第18話「マリーシャ」
ツェフテ・アリア王国の聖域と呼ばれる、キラファ・リシテル。
僕らがその地に辿り着いた時には、夕刻の時間帯だった。
落日に照らされた聖域は、プロメテーラとは違い、ごくごく自然的な街並みのようだ。
家々は木造で、地面は剥き出しになっている。
雑草はきれいに取り除かれ、家々の地から生える花々が色鮮やかに咲き誇っていた。
なんというか、牧歌的というべきなのかな?
エルフたちが住みやすいように整地されていながらも、自然の豊かさを維持している。
第一印象はそんな感じだった。
その街並みを眺めたジュリアンが、拍子抜けとばかりに言った。
「聖域と言うからにゃ、あのプロメテーラに引けを取らないほどの街並みかと思ってたんだが……ただの農村にしか見えねえ」
その発言にリズは溜息を吐く。
「あそこが特殊なだけで、エルフの里っていうのは大体こんな感じですよーだ。お気に召さなければ帰ってくれてもいいんだけどー?」
「いんや? 俺にとっては、むしろあの水晶そのものみたいな異空間じみた街よりも、こっちの景色の方がずっと馴染みが感じられていいね」
少し意外な発言だった。
ジュリアンはこういう一見しただけでは何もなさそうな光景には退屈するだろうと思ってたんだけど、どうやら違うらしい。
リズも意外そうな顔をするものの、同意するかのように呟く。
「まあ、王都は色々と仰々しくてアレな感じするしね。無機質っていうかなんて言いますか。あたしもこういう場所の方が好きかな」
聖域への感想はそこそこに、リズは「さて」と気を取り直したかのように言った。
「ここでの目的は2つだっけ。軍学校に行くことと、どっかの物好きが腐食の現場を見に行くこと」
「リズ。君も未来の女王候補として見に行くって言ってたはずだけど?」
「うえっ……思い出させないでよ……。気持ち悪い……」
リズは目的は2つと言ったけど、本当は3つだ。
アミルという女性のことに関しては、みんなにはまだ知らせていなかった。
恐らくリズは件のダークエルフの女性のことは知っているだろう。
それが自分が嫁ぐ相手の姉ということも考えれば、下手に教えるとまた何かいざこざがあってもおかしくない。
だから、とりあえずこの聖域に辿り着いてから改めてダークエルフに会いに行くことを知らせるつもりだった。
腐食の現場を見に行くかどうかはともかく、ジュリアンもクラリスも異論はないようだった。
クラリスは未だに押し黙ったままだから、多分何を言っても賛成も反対もしないだろうけど。
ふと、リズが西日を眺めながらうぅんと唸る。
「宿、探さないといけないかも。学校の寮は満室だろうから使わせてもらえないだろうし」
ジュリアンは鼻で笑ってから言う。
「てめえは王女だろうが。寮に乗り込んで『ここは自分たちが使うからお前らは外で寝てろ』くらい言ってみろよ」
「あーのーねー! あたしはそんな自分の権力を誇示するような横暴な振る舞いはしないことにしてるの! キミみたいな子にはわからないかもしれないけどー」
「王族の考えてることなんて知りたくもないね」
まったく、この2人は放っておくとすぐこれだ。
眺めていても面白そうだったけど、僕は話題を元に戻す。
「でも、リズ。宿のアテはあるのかい?」
「うーん。一応、ここは聖域だからね。巡礼者もいるから、宿もあるんだよ。場合によっては神殿で寝泊まりすることもあるけどね。あたしはちょっと色々探してくるから、テオくんたちはまず学校行っててくれない? あたしも後で行くから」
「僕たちは土地勘もないしね。お願いするよ」
「うん。んじゃ、早速行ってこようかな。……ああ、学校は向こうの通りを歩いていけばすぐに着くよ。ほら、こっからでも建物見えるでしょ?」
リズが指差した先には、それなりの大きさをした建物があった。
まずはそこを目指すことにしよう。
手を振って駆け足で去っていくリズを見送った後、僕らは学校へと足を向ける。
ジュリアンが先頭に立って歩く中、僕はクラリスの歩調に合わせつつ彼女の手を取った。
特に抵抗もされないまま、街路を歩いていく。
往来はエルフばかりで、他の種族は見当たらない。
それだけに僕らの存在は大いに目立つようで、プロメテーラほどではないにせよ、少しだけ警戒心を抱いているような瞳で見つめられる。
学校帰りであろう制服を着たエルフたちの姿もあった。
白を基調とした制服は、帝国の軍学校の黒い制服とはまた違った独特の近寄りがたさを覚えさせる。
規律を重んじていて、堅苦しそうとでもいうべきか。
やがて、学校の正門が見えてきた時、そこに周囲とは少し違う雰囲気を纏った存在がいた。
白い軍服を着たエルフの女性だ。
青い宝玉のような瞳と整った鼻梁に細長い耳。
薄紫色の長い髪を後ろで編んで垂らし、楚々とした佇まいで学校から生徒たちが出るのを見送っている。
年齢はリズよりも少し上程度にしか見えないけど、エルフたちの実年齢を外見から推測するのは困難を極める。
そして彼女が纏う雰囲気は、厳格な軍属の者とは思えなかった。
きっちりと軍服を着こなしてはいるものの、瞳はどこかぼんやりとしていて、生徒たちから別れの挨拶をされても上の空な感じで無言で手を振って答えているだけだ。
そのエルフは正門の近くの壁に身体を預け、気だるげにしている。
ツェフテ・アリアのこれまでの道程で見てきたエルフは誰も彼も超然とした感じだったり、近寄りがたかったり、穏やかで静謐を重んじているが故に厳格そうに見える者がほとんどだっただけにひどく印象に残った。
軍属ともなれば、エインラーナ女王陛下の傍に仕えている近衛たちと近しい存在のはずだけど、彼女からはそんな雰囲気は微塵も感じられない。
ジュリアンが言った。
「マリーシャとかいう学長に会うんだろ? あのエルフに聞けばわかるんじゃねえの?」
「そうだね。とりあえず、聞いてみようか」
僕はクラリスに少し待つように告げてから、早足で女性のエルフのもとへと向かった。
彼女もまたエルフ特有の耳の良さの影響で、既に僕たちが話している内容を知っているはずなんだけど……。
薄紫色の髪をしたエルフの女性は僕へと視線を向けながら、その青い瞳で僕をじっと見据えた。
しかし、何も言わない。ただ見つめてくるだけだ。
……これじゃ埒が明かないな。僕は早々に要件を伝えることにする。
「えーっと、この学園の学長さんの――」
「『マリーシャ・セリエルス』に何か?」
気だるげな表情のまま、彼女は抑揚のない声で告げた。
その青い瞳は確かに僕を映しているんだけど、どこか違う場所を見つめているのではないかと思うほどに茫洋としていた。
しかし現在のクラリスのように生気がないわけではないし、憔悴しきっているようにも見えない。
ただ、僕を含めた周囲の者に対して一切興味を抱いていないような……そんな印象を抱かずにはいられなかった。
こういう相手と話すのはどうにも慣れないなと思いつつ、僕は訊ねた。
「そのマリーシャというエルフに会いに来たんだ。これ、女王陛下からの紹介状なんだけど」
僕が手紙を手にして渡すと、軍属のエルフはその封蝋を確認してから中身を開いた。
手紙を読んだ後、エルフはそれを僕に返してから言う。
「リーゼメリア殿下のお姿が見えませんが」
「彼女なら今日の宿場を探しに行ったところだよ。多分、そう遠くないうちにここに来ると思うけど」
「そうですか。それでは、学長室に案内致しましょう」
無味乾燥な声色で言うと、そのエルフはさっさと学校の敷地内に入っていってしまう。
僕らは少し早足になって彼女を追いかけた。
学校の校舎は木造で、建物の至るところに植物の蔦や蔓が絡んでいた。
建物の中の廊下は老朽化のせいなのか、歩く度にギシギシと鳴る。
まるで床が抜けそうな感じがしてきた。
校舎の最上階にあるという学長室へと向かったエルフと、彼女についてきた僕たちは特に何の障害もなくそこに辿り着いた。
ほとんどの生徒は下校した後らしく、他の教師たちの姿も見受けられない。
軍属のエルフの女性が扉のノブに手をかけると、軋んだ音と共に少しだけカビ臭い匂いが漂ってきた。
エルフが先に入り、僕とジュリアン、クラリスが中に通される。
部屋の内装は殺風景の一言に尽きる。
小さな窓から射し込む西日が照らし出す室内には、執務机と椅子があるだけで他の家具や調度品はない。
机の上には小皿の上に盛りつけられた野草らしきものがあるが、他に目立つようなものはなく、本当にこの部屋を使っている者がいるのかどうか疑わしく思えてしまう。
まるで、これからこの部屋を使うためにとりあえず机と椅子だけ運んだような――そんな雰囲気の部屋とでもいえばいいんだろうか。
部屋の扉がぎぃぎぃと耳障りな音を立てながら閉まった時、エルフの女性は“執務机の上”に座って足を組んだ。
予想外の光景に驚いていると、エルフの女性は気だるげに言う。
「……ようこそ。キラファ・リシテル聖域領直轄軍学校へ」
無感動な青い瞳を向けられて、ジュリアンは眉根をしかめながら「何だこいつ」と呟いた。
僕は言葉に困りながらも、彼女のあまりにも堂々とした態度を見てその正体に気付いた。
「ええと、その様子だと貴女がマリーシャ・セリエルスなのかな」
「はい」
沈黙。
自らがマリーシャだと肯定した女性は、執務机に置かれた皿から1枚の葉を手にして口許へと運んだ。
そのまま、しゃくりと噛む。
しゃりしゃり、と静かに葉を咀嚼する音だけが響く中、僕は問いかけた。
「……聞いてもいいかい? 何してるんだろう?」
マリーシャ学長は咀嚼したものをこくんと飲み込んだ後に言った。
「葉っぱを食べています」
……何なんだこのエルフは。
流石の僕も戸惑いを覚えたところで、マリーシャ学長はもう1枚の葉を手にして僕へと向けた。
「あなたも食べますか?」
「い、いや、遠慮しておくよ」
「そうですか」
しゃくり。もしゃもしゃもしゃ。
ごくっ。
その様子を見て露骨に嫌そうな顔をしていたジュリアンが僕の横っ腹を肘で突いた後、小声で囁いてくる。
「おい、こいつやべえ女じゃないのか……? 何とかしろよ」
「何とかしろよ、と言われても」
マリーシャ学長は葉を食べながらも、僕らのやり取りを黙って見ていたが、不意に呟いた。
「『やべえ女』とは心外ですね。私はただ葉っぱを食べているだけですが。若き竜の子よ」
「っ! ……よく気が付いたな、オレが竜だって」
「その体内に宿る独特の魔力はまさしく竜族のもの。過日のエルベリア帝国とゼナン竜王国との戦で、数え切れないほど感じてきました」
ここに至って、彼女がただの変なエルフではないことに僕も気が付いた。
「マリーシャ学長は、帝国とゼナンの戦に参戦していたのかい?」
「キルフィニスカ女王陛下からの命で、当時の南方領総司令官オードラン元帥の補佐をしておりました」
薄紫色の髪をした軍属のエルフは特に感慨に耽るようなこともなく、淡々と言ってからまた1枚の葉を咥えた。
ジュリアンが訝しそうな顔をしながらも、少しだけ警戒した様子で問いかける。
「その元帥さまは最前線で戦ってたんだろ? あんたも竜族を相手に戦ったのか」
「んぐんぐ……ごくっ。何匹も殺しました」
「へえ……。そんなに強そうには見えねえけどな」
「それは自己紹介ですか?」
「あんだと……?」
「あなたは貧弱でか弱い竜にしか見えません」
「なら試してみるか?」
ジュリアンの全身から殺気が放たれた。
普通の人間やエルフであればそれだけで怖気を走らせるようなものだったが――マリーシャ学長が動じる様子はない。
「私は気にしませんが、そのような挑発をしているようでは早晩召されてもおかしくありません。世界はあなたが思っている以上に広く、あなたよりも格上の存在もまた多い――そのようなことを、リューディオから教えられませんでしたか」
リューディオ学長の名前が出たところで、ジュリアンは気勢を削がれたのか、少し冷静さを取り戻して言った。
「あんたはあのハーフエルフを知ってるのか」
「あの子は私の姉の息子。甥です」
エインラーナ陛下がリューディオ学長とマリーシャ学長は親戚同士だと言っていたけど、なるほど。よくよく考えてみれば、両者は似ているかもしれない。
自らの興味がない者にはどうでも良さそうに接するあたりは特に。
ただ、リューディオ学長の方は表向きは穏やかで朗らかだから普通の生徒はそれに気付かないんだけど……このマリーシャというエルフの女性からはその取り繕いというものがまるで感じられない。
とりあえず、僕は殺気立つジュリアンを「まあまあ」と制してからマリーシャ学長に訊ねた。
「リューディオ学長は幼い頃、この地で勉学に励んでいたらしいけど……貴女に師事していたわけではないんだよね?」
「当時の私はまだ学長ではなかったので。そして、あの天性の才を持つ子に私が教えられるようなことは何もありません」
「少し突き放した言い方に感じるけど、リューディオ学長とはあまり仲が良くなかったとか?」
「何度か話すことはありましたが、親戚だからといってそれが何になるのでしょう。私もあの子も、お互いの存在に興味がありません」
……そういうものなのだろうか?
血が繋がっている相手なら、多少は気にかけるものだと思っていたけれど。
ジュリアンが吐き捨てるように言う。
「あのハーフエルフもあんたも相当イカレてるね。あの2国間の戦に参戦してたってことは当然、ランベール中将と一緒に戦うこともあったんだろ」
「何度かありましたが、それが何か」
「……甥っ子と戦場を共にする感覚ってのはどうだったんだよ」
「それは、血の繋がりのある者同士が同じ戦場に立つことで、特殊な感覚を抱くことはあるのかという問いですか」
「……いや、わかんねえならいい。話にならねえ」
エインラーナ陛下の『雰囲気に呑まれるな』という言葉がよくわかった。
このマリーシャというエルフは同族や人間はおろか、他のどの種族とも異なった感情を有していて、それは思考の仕方も同じなのだろう。
僕は少し聞いてみることにした。
「マリーシャ学長は戦うことが好きかい?」
「特別な感情はありません」
「じゃあ、帝国軍に加担したのは女王陛下からの命があったからで、それがなければ放置していた?」
「はい」
「もし、あの戦でリューディオ学長が殉死していたらどうしたと思う?」
「葬儀に参列したでしょう」
「そこに悲しみや怒りの感情はあるのかい?」
「特には」
今まで感情が薄い者たちとは何度も話してきたけど、こうも淡々としている者を見るのは初めてだ。
戦に興味がないというのであれば、それはつまり戦いを望んでもいなければ戦いを厭ってもいないということだ。
ジュリアンは既に得体の知れない化け物でも見ているかのような瞳だった。
だが、僕としては逆に興味深い。
彼女が熱心になるものとは何だろうか?
「じゃあ、マリーシャ学長はどんなことに興味があるんだい?」
「この世の真理です」
「また、大層なものだね……? それはどういうものなんだい。いや、真理は真理だとか言われても困るから具体的に聞くとしよう。それはこの世の理そのものを指しているのかい?」
「はい」
「……で、その真理を追い求めて何か結果は得られたのかな」
「エルフも、人間も、獣人も、竜族も、その背に繰り糸が見えます」
繰り糸とは文字通りの意味か。
ということは、マリーシャ学長が言いたいことは――。
「種族を問わず、この大陸に生きる者みなが誰かの意のままに操られているという意味かい?」
その言葉を受けて、これまでの問いかけに即答していたマリーシャ学長は初めて沈黙した。
彼女の表情は依然として変わらない。
その青い瞳で僕を見据え、心の奥底でどんなことを考えているのかを探っている気がした。
長い沈黙の末、エルフの学長は言った。
「あなたはどう思いますか」
「陰謀論などくだらない――と笑いたいところなんだけどね。あいにく、そうも言ってはいられない状況だ。僕はマリーシャ学長の言葉は否定できないものだと考えているよ。むしろそれが現在のこの世界を表しているといってもいいんじゃないか、とね」
ジュリアンがどういうことなのかと言いたげに僕を見つめてくる。
クラリスはもはや話についてこられないのか、黙しているのみだった。
そして、当のマリーシャ学長は相変わらず執務机に座ったままだけど、初めてどこか感慨深そうな仕草でふぅと一息吐いてから言う。
「私の追い求めた真理を聞き、笑いもせず、否定もせず、逆に同調してきたような者は初めてです」
相変わらずのぼんやりとして掴みどころのない口調だったけど、マリーシャ学長は続ける。
「改めてあなたの名前を教えて頂けますか」
「テオドール。姓はないよ、貴族じゃないからね」
「テオドール、ですか。いいですね。面白い。気に入りました。あなたのような者と出会えた幸運に感謝しましょう。リーゼメリア殿下をはじめとした他の方々も含め、心より歓迎します」
マリーシャ学長は執務机から降りて、1枚の葉を掴んで僕に差し出した。
「1枚いかがですか」
「いや、それは遠慮しておきたいかな」
「そうですか。残念です」
不思議な雰囲気のエルフの学長はそう呟くと、ぱくりと葉を咥えた。
もそもそと咀嚼してから飲み込み、何かを思い出したかのように言う。
「まだ名を名乗っただけでしたね。私はマリーシャ・セリエルス元帥。この聖域キラファ・リシテル聖域領直轄軍学校の学長と、守護長としての任も兼務しています」
「ここの門番といったところかな?」
「その認識で相違ありません」
彼女がそう言った時、廊下から誰かが走ってくる物音がした。
この部屋の前で立ち止まった誰かは、扉をノックするなり返事も聞かずに開けた。
「ごめんごめん、遅れちゃったよ。とりあえず、宿の候補探しておいたから――」
「リーゼメリア殿下。お久しぶりです」
「あ……マリーシャせんせー? 久しぶりー! 相変わらずぼんやりしてるね」
「よく言われます」
リズは女王陛下に連れられて学校の見学をしたことはあるようだから、顔見知りなのかな。
僕がそう思っていると、マリーシャ学長は言った。
「殿下はこの学校に興味をお持ちだとか」
「うんうん。どんな授業してるのかなーとか興味あるんだけど」
「普通の退屈な授業です。ミルディアナの地でリューディオと過ごしてきた殿下にとっては物足りないでしょう」
「んー、あたしは別にそれでもいいけど……」
リズの言葉を聞いて、学長はふと何かを閃いたというような感じでぽんと手を叩いた。
「私から特別な授業をご提案させて頂きます」
「……い、いや、そういうのはいいんですけど」
早々に嫌な予感がしたのか、リズは両手を振って拒否したがマリーシャ学長は構わずに言った。
「このキラファ・リシテル領近辺で発生している腐食の地へ赴き、そのお身体に宿る王家の力を以て腐食を浄化して頂きましょう」
「うえー……いつかは見に行くことになるんだろうなぁとは思ってたけど、初っ端からそれー?」
「彼の地では危険が伴います。無論、私が同伴しますので心配は無用です」
「……まあ、嫌なことは最初に済ませちゃう方がいいよね。出発はいつ? 明日でいいの?」
「問題ございません。テオドール、あなたにも同行してもらいます」
「願ってもないところだよ。リズの活躍を楽しみにしてる」
「テオくんってほんと、意地悪な時はとことん意地悪だよねぇ……はいはい、わかりましたよ。やりゃいいんでしょ、やりゃ」
とても王女さまとは思えないような口調で投げやりに言ったリズの言葉を最後に、この場は解散となった。
学長が言う。
「我が校の寮は満室故、ろくなおもてなしも出来ずに申し訳ございません」
「そんなぼんやりした顔で言われても説得力ないんですけどー」
「ええ。では、せめてものお詫びに」
マリーシャ学長は1枚の葉を持って言った。
「殿下も葉っぱを食べませんか?」
「……いらない。苦そうだし」
「苦みが良いのですが、甘味も欲するのであればイモムシを包んで食べると――」
「はい、わかった! その後の言葉はもういらないからマリーシャせんせーが全部食べて! どうぞ!!」
「そうですか、残念です」
マリーシャ学長はさして残念そうでもない表情でぱくりと葉を咥えた――。