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第17話「女王の計らい」

 礼拝堂を出た僕は、この高台にある地から遠くを眺める。

 豊かな自然が視界を満たす中、僕は遠方の地に細長くて巨大な建造物があることに気が付いた。

 同じく外に出ていたリズへと話しかける。


「リズ、向こうにあるあの建造物は何だい? 塔のように見えるけど」

「ん~? アレはフュートハリアに昔からある物見の塔、らしいんだけど……ちょっと不思議な所らしいよ」

「不思議?」


「うん。どこを見ても塔の内部に入るための入り口が見当たらないんだってさ。あたしは噂で聞いた程度だからそれ以上のことは知らないけど」

「へえ。あんな場所から大森林を眺められたら楽しそうだ」

「テオくんなら風迅術式とか使っててっぺんまで行けるんじゃない? あ、行くなら1人で行ってね? あたしは嫌だよ、あんな高いところ」


 リズの言葉を聞き流しながら、僕はその方角を眺め続けた。

 かつて僕とレヴィが訪れた、フュートハリア。当時はあのように目立つ塔などなかったし、ダークエルフの王もいなかった。

 フュートハリア自体もそこまで栄えているとは言いがたく、それがエルフとダークエルフの力や権限の差なんだろうと思っていたものだけれど……。


 そういえば、もう1つ大事なことがあったんだった。

 ジュリアンが図書館で調べていることに関しては、僕も興味がある。


「女王陛下も言っていたけど、腐食が始まってるんだよね? 具体的な場所はどこなんだい?」


 すると、リズはうぅんと唸った。

 まるで、何と説明したらいいのかわからないといったような雰囲気だ。


「具体的に……といっても難しいんだよね。ツェフテ・アリア全土で腐食の現象が見られるらしいんだけど、散発的にしか起こらない上にどうしてそこで発生したかの原因もわからないとか……」

「その様子だと、大規模な腐食には至っていないのかな?」


 リズは肩を竦めた。


「今のところは、ね。ただ、やっぱりあたしと母さまが生きている以上、腐食が起きること自体がおかしいんだよ。しかも、徐々に腐食していく箇所が多くなっていってるみたいだから……双邪神の復活が近いっていうのは本当なんだろうね。正直な話、あんま実感とかないんだけどさ」

「このプロメテーラの近くに腐食した場所があるなら見てみたいんだけどね」


 僕がそう言うと、リズはうえっと変な声を上げた。


「物好きだねぇ、テオくんは。あたしは遠慮したいところ……なんだけど、まあ見に行かなくちゃいけないのかなぁ。あーあ、やだやだ。王族なんてほんとやだよ。自由にのんびり生きたいなぁ」

「王族がしっかりしていなければ、民が自由にのんびり生きられるような国にはなれない。君の奔放さの裏では人知れず苦労してる者もいるんだよ」

「わーかってますよーだ。今日のテオくんは意地悪だなぁ……」


 リズはツェフテ・アリアの東方の地を指し示す。


「あっちの方に『キラファ・リシテル』っていう聖域があってね。結構広いとこで、エルフが通う学校もあったりする場所なんだけど……その聖域の近くで腐食が見られるって近衛たちが言ってたよ」

「ここからどのくらいの距離かな?」

「う~ん、2日くらい? そんなに離れた場所じゃないんだよね。……あ、そうそう。その学校はね、あのリューく……リューディオせんせーがちっちゃい頃に通ってたことがあるんだって」


「リューディオ学長が? へえ、それは面白そうだね。彼がどんな教育を受けてあんな風に育ったのか、調べてみたいところだ」

「通ってたのは幼年クラスだっていう話だから、テオくんが授業受けられるわけじゃないと思うけどね~」

「それは残念。見学だけでもしてみたいんだけどなぁ」


 まあ、あの学長のことだから早々に首席の座になりそのまま卒業したんだろうけど。

 そう思っていた時、リズが言った。


「リューディオせんせー曰く、『退屈でつまらない毎日でした』ってことだったらしいけど? テオくんなら半日で飽きるんじゃない」

「それならそれでいいさ。元々の目的は腐食の実態を探ることだからね。学校の様子はついでに見るくらいでいい」


「まあ、あたしもちょっとだけ興味あるかな。ミルディアナの軍学校に通うまでは、ずーっと水晶宮の中での教育しか受けさせてもらえなかったし。母さまの視察について見に行ったことくらいはあるけどね」

「なら、女王陛下に紹介状でもしたためてもらいたいね。いきなり行っても門前払いされそうだし」

「……まあ、そうだけど」


 リズがあまり面白くなさそうに呟く。

 彼女が何を考えているのかは、僕にもすぐにわかった。


「陛下に会うのは気まずいかい?」

「今朝、母さまの話の途中で逃げ出してきたのに、その日のうちに『紹介状書いて』とか言いに行けるわけないじゃん……」

「それなら、僕が伝えておくよ。リズは……そうだね、夜までクラリスとデートでもしてればいい」


 今まで話に参加していなかったクラリスはというと、礼拝堂を支える柱に寄りかかってぼんやりとした瞳をしながら遠くを眺めていた。

 ともすれば、その場に座り込んでしまってもおかしくないほど憔悴しているように見える。

 そんな様子を見たリズは、小声で僕に問いかけてきた。


「……クラリスはどうしたら元気になってくれるかなぁ」

「それがわかったら苦労しないところなんだけど、君にも思いつかないかな」

「わかんないよ。こんな時に、ロカとシャウラがいてくれたらグランデンでのことなんか忘れさせちゃうくらい楽しいこと、させてあげられると思うんだけど……」


 リズは自由奔放に見えて、気配り上手で感情の機微に敏感なところもある。

 その彼女にすらわからないのであれば、僕らがしてあげられるようなことは何もないのかもしれない。


 クラリスが心に負った傷は、時が経てば塞がるものなのだろうか。

 それとも、その傷口を放置しておけば、やがては腐り果てて取り返しのつかないことになってしまうのか。

 そんなことを考えつつも、僕らは礼拝堂を後にした。




 リズにクラリスのことを任せ、僕は水晶宮へと向かった。

 特に門番に邪魔されるようなこともなく水晶宮へと入り、女王の間へと向かう。


 流石にそのまま入るわけにはいかないので、僕は部屋の前に立つエルフへと話しかけた。

 もう気分も落ち着いたんだろう、そう時間を置かずに僕は女王陛下への謁見を許可される。


 玉座に座るエルフの女王はその幼げな顔立ちに憂いを帯びた表情を浮かばせてはいたものの、僕を見ると――その整った顔立ちはわずかに苛立ちを覚えたかのように歪んだ。

 その理由がわからずにいると、陛下は肘掛けに頬杖を突きながら僕へと話しかけてくる。


「――アミル・セルジェスタ」

「え?」


「普段は温厚な妾もこの500年もの刻の流れで、ふとした気の迷いで思わず相手をくびり殺したいと思ったことがないと言えば嘘になる」

「う、うん?」


「妾に対して無礼な振る舞いをする輩も、自由奔放という域を超越したような我が娘も、帝国の南方の総司令官という座にあるどこぞのハーフエルフも……妾に多少の苛立ちを覚えさせることはあっても、所詮はその程度。すぐに怒りも収まろうというもの。だがな」


 女王陛下は眉根をひくつかせ、酷く不快なものを見るような目で僕を睨めつけてきた。


「何事にも例外は付き物だ。常日頃から平穏を重んじる妾もまた、その唯一と言っていいほどの例外の存在には大変頭を悩ませている。端的に言うなら、いま目の前にいればこの手で滅殺してやりたいと思うほどにな……!」

「ど、どういうことかな?」


 エインラーナ女王陛下から発せられる怒気が凄まじいものになる。

 そういった雰囲気に敏感なのか、近衛たちは一様に陛下に怯えるような視線を向けていた。


「妾があの女のせいでどれだけ辛酸を舐めさせられたと……。くぅっ……今思い出しても腸が煮えくり返る!」

「何だか因縁の相手のようだね?」

「ずぼらでがさつで陰気で怠惰で礼儀知らずの恥知らずにして愚か者の極致! 嗚呼、もう! あの女を一言で評する言葉など思い浮かばぬ!」


 玉座からばっと立ち上がった女王陛下は、見るだけで魔族すら殺せそうな視線を僕へと向けながら言う。


「……もはやアレとは関わり合いになることもないだろう。そう思っていた矢先に……!!」


 近衛たちがいるから聞くわけにはいかないけど、恐らく僕が渡したあの手紙を読んだんだろう。

 そういえば、学長が言っていたっけ。女王陛下がそのダークエルフの名を聞けば、面白いことになると。

 形は違うけど、現にエインラーナ陛下はやり場のない怒りに満ち満ちている。


 確かに面白いことになったけど、大丈夫かなこれ。

 もしも今、隣にリューディオ学長がいたら迷わずに拳でぶっ飛ばしそうなほど怒りを露わにした女王陛下が握り拳を震わせながら言う。


「不本意極まることだが、あの女の助言に頼らねばならぬ時が来たようでな。寝耳に水とは正にこのことよな。そうは思わぬか、テオドール」

「……陛下が色々苦労してそうだなってことは伝わってきたけど?」


 僕がそう言うと、女王陛下はふんと鼻を鳴らして不快感も露わにした。


「あの女は、このプロメテーラからそう遠くない森の聖域で今もぐうたら過ごしている。ダークエルフの領域からも追い出されるような、まことにどうしようもない女だ。滅多にねぐらから出ることはなく、妾の召集に応じることもないろくでなしの大馬鹿者というほかあるまい」

「『セルジェスタ』って、ダークエルフの王さまと同じ姓だよね? 追い出されたというのはどういうことかな」

「……そんなものは知らん! あの女のことだから、ろくでもないことをやらかしたに決まっている! 知りたければ、直に汝が聞いてくるがいい!」


 吐き捨てるように言ってエインラーナ陛下はどさっと玉座に座り直した。

 ……一見、怒りで我を忘れているように見えるけど、これで僕がそのダークエルフの女性に会いに行く言質が取れたと言ってもいい。


 陛下は相変わらず僕を射殺しそうな視線のままだけど、「これで良いな?」と問いかけてきているように見えなくもない……多分。

 ここは素直に乗っておくとしよう。


「うん。僕もそのアミルという女性のことが気になるかな。いつもは穏やかな陛下をここまで怒らせる存在というものに興味は尽きないよ」

「怠惰に過ごしながら自分の興味のある事柄にだけ思いを馳せているような、くだらぬ女だ。長々とどうでもいいような知識や薀蓄うんちくを聞かされる目に遭ってこい。汝も少しは痛い目を見た方が良いかもしれぬ」


 アミルという女性の知識は陛下のお墨付きというわけかな。


「ところで陛下、その聖域というのはキラファ・リシテルという場所のことかい?」

「何だ、知っているのか? その通りだ。このツェフテ・アリアで最も慈愛の加護を受けているのは無論このプロメテーラだが、彼の地もその恩恵を受けている……いや、受けていたと言うべきか。先に話した腐食が起こっている場所でもある」


「ますます興味深いね。アミルという女性もそうだけど、腐食の現場をこの目で見てみたい。そこを管轄している者はいるかい?」

「ああ。『マリーシャ』というエルフの女が管理している。そこには学校もあって、学長の座にも就いている才女だ。あのリューディオの親戚なのだが……」


 陛下は怒りよりも呆れの感情を強くさせて続けた。


「……マリーシャもなかなかどうして、底知れぬ女でな。あの名前を思い出すだけで吐き気が込み上げてくるダークエルフと違い、妾に対する態度には特に問題はないのだが……まあ、クセの強い女だ。あの者らと話すつもりであれば、その雰囲気に呑まれ過ぎるな」

「陛下の苦労は察するに余りあるよ。そういう性格の者に限って優秀だから困るということでしょ?」

「そうとも言えよう。なまじ優秀だからこそ、対処に困るのだ。凡庸であれば放っておけば良いのだが……時にはどうしてもあの者らの助力が必要不可欠な時がある」


 アミルとマリーシャ、か。

 陛下にここまで言わしめるとは、一体どんなエルフたちなのやら。会うのが楽しみだね。


「じゃあ、僕はそのエルフたちに会いに行ってもいいかな?」

「構わん。アミル・セルジェスタなぞに手間暇をかけるつもりはないが、マリーシャはまた別だ。妾から紹介状をしたためておこう。……だが、1つだけ条件がある」


 女王陛下は居住まいを正して、にっこりと微笑んだ。

 その穏やかな顔を見れば普通なら緊張感も解けるのかもしれないけど、僕は逆に少し寒気を覚える。


「テオドール。ツェフテ・アリア王国の現女王が直々の命を出す」

「それ、断れるやつ?」

「汝の首と胴体が永遠に離れ離れになってもいいならな」


 それは回復するのに結構時間がかかるから嫌だ……。

 魔神の姿なら頭が消し飛んだ程度だったらすぐにでも再生出来るけど、人間の身体じゃそうもいかないし。


「救世主だなんだと持て囃しておきながら酷いなぁ、もう」

「アミル・セルジェスタをこのプロメテーラ水晶宮に連れてくるがいい」

「陛下も話を聞きたいんだっけ? でも一筋縄じゃいかない相手なんでしょ? 僕が言ったところで引き受けてくれるわけないと思うけど」


 エインラーナ陛下は笑顔のまま言う。


「その場合は連行しろ。引き摺ってでもここに連れてこい。腕と足の1本や2本折れていても構わぬし、なんなら無くてもいい。この際、喋れるように首から上さえまともなら他は問わぬ」

「エルフっていつから蛮族みたいになったんだい?」

「黙れ。とにかく、あの痴れ者をここまで連れてこい。良いな? それが紹介状をしたためる条件だ」


 エインラーナ陛下について、初めてわかったことがある。

 このエルフの女王さまはいつものように気難しそうで、少しだけ眉間に皺が寄っているような近寄りがたい雰囲気の方がよほど可愛げがある。


 今のにこにこと笑っている姿はとても愛らしく見えるんだけど、小動物の皮を被った化け物にしか思えない。

 僕は後ろ頭を掻きながら言った。


「わかったよ。何とかして連れてくる」

「一応言っておくが、アミル・セルジェスタはツェフテ・アリアの中でも最も魔導を究めている存在と言って過言ではない。ゆめゆめ、それを忘れるでないぞ。下手をすれば、あの女を捜しに行った汝らがそのまま帰ってこないなどという可能性も十分に有り得る」

「会うだけでも一苦労な気がするけど、まあ何とかしてみるさ。しかし、そういう場所ともなるとリズたちは連れていけないかな」


 僕だけならどうとでもなるけど、他の特待生たちも含めるとなると話は別だ。

 リズもジュリアンもクラリスもうちに秘める力は強いけど、まだまだ未熟なところが多い。

 しかし、陛下はこう返してきた。


「ああ、そうであった。条件がもう1つある。リーゼメリアも同行させよ」

「そんな場所に連れていって大丈夫なのかな?」

「……恐らく我が娘の力が必要となる時が来よう。それに、あのわがままな娘もまた手痛い目の1つや2つに遭って少しは大人しくなれば都合がいい」


 暗にリズがいないとアミルという女性には会えない、と言われているような気がした。

 何か事情があるんだろうけど、まあ行けばわかるか。


「了解したよ、陛下。ところでジュリアンとクラリスは同行させても?」

「好きにせよ。いずれにせよ、汝もリーゼメリアもしばらくこの地を離れるのだ。あの者らだけではここは居心地が悪いだろうからな」


 こうして、僕たちは女王陛下の計らいによって、ツェフテ・アリア王国東方の聖域であるキラファ・リシテルへと向かうことになった。

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