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第15話「王女の憂鬱」

 女王の間で僕は問いかけた。


「その黒翼という存在の詳細は?」

「……名はラナキエル。背中に黒い翼を生やした女だ。人間の年齢でいえば、14、5歳の外見といったところか」


「ふぅん。それは天使、なのかな?」

「わからぬ。背中に翼が生えている人形ひとがたの者を総じて天使と呼ぶのであれば、あるいはアレもまたそうなのかもしれないが……」


 女王陛下は憂いを込めた口調で言った。


「先の話の通り、ラナキエルは獣神王ボフォール・ラダイトとルードヴァインの戦に介入できるほどの力を持つ非常に危険な存在だ。強い力を秘めているということはわかるが、真なる力がどの程度なのかを推し量るのは難しいな」

「単に戦うことが好き、という次元では計れそうにないね。常軌を逸した戦闘狂、あるいは快楽殺人者ということかな」


「一言で表すのならそうというほかあるまい。いずれにしろ、フュートハリアの代々の王はその黒翼から力の加護を受けていた。果たして、それがいつから始まったのかは知らぬが」

「そのラナキエルという存在は、女王陛下が生まれるより前からこの地にいたということになるのかな?」

「そうだ。滅多に姿を現さぬ故、見かけたことは数えるほどしかないが……いずれにしろ、ルードヴァインがリーゼメリアを欲する以上、我が娘の前にあの黒翼が現れるのは必然」


 女王陛下は苦々しい顔を浮かべる。


「妾は幼少の頃、黒翼の怒りを買うことだけはするなと教えられた。しかし仮にも王の位を冠する者に力を与えている存在に対して、何をそこまで警戒するのかと思っていたが――アレは想像を絶する者であった」


 陛下は続ける。


「ラナキエルは戦と血に飢えているだけではなく、弱者をしいたげ弄ぶことに悦びを感じている。罪を犯した者だけではなく、自分を少しでも不快にさせた者を切り刻んで哄笑こうしょうを上げるような……」


 当時の光景を思い出したのか、陛下は表情を曇らせて言葉に詰まった。

 ……戦と血に飢えている、か。それではまるで、魔族の――。

 思わず思考が脱線しそうになった時、黙って聞いていたジュリアンが吐き捨てるように言った。


「天使さまでも何でもねえ、ただの化け物じゃねえか。オレからすりゃ、腐食の双邪神なんかよりもよっぽどおっかないね」

「……黒翼を持つのはあの女だけだ。テオドール、ジュリアン、そしてクラリス。もしもラナキエルに遭遇したなら、決して逆鱗に触れるような真似をしてはならぬ。このプロメテーラの地は平穏を重んじている故、あの黒翼が訪れることなどないとは思うがな……」


 眉根をしかめた陛下の様子を見て取った近衛が、休憩を促した。

 陛下はやや迷うような素振りを見せた後に、僕を見つめる。

 軽く頷いて見せると、陛下は一旦この場での話し合いを終了すると告げた。




 プロメテーラ水晶宮で女王陛下との謁見を終えて、僕とジュリアン、クラリスは街中へと向かった。

 ジュリアンが早速とばかりに言う。


「オレはこの街の図書館に行ってくるぜ。歴史書がどうなってんのか気になるからな」


 彼が特に強い興味を示したのは、腐食の双邪神の件だった。

 グリオスとブラストーマという強大な2柱の邪神の話は、今では神話に近い形となって書物や碑文などに残されているという。


「ジュリアン、リズを見かけたら教えてくれるかい?」

「知らねえよ。つか、そもそもあのクソエルフが図書館に入り浸ると思うか?」


 まあ、確かにそれもそうだ。

 軍学校の座学では一応真面目に授業を受けているように見えつつも、たまにあくびをしたり、目を擦ったりして退屈そうにしていたからね。

 自ら進んで知識を求めるようなことはしない、か。


 ジュリアンはそのままさっさと図書館に向かって歩き始めてしまった。

 街路を往来するエルフたちの中には、彼を見ただけでそっと身を引く者もいた。


 それは彼の粗野な口調が一番の原因だろうけど、エルフたちは魔力の流れに敏感だ。

 ジュリアンの体内に宿る凄まじい魔力を恐れている。そんな気がした。

 小柄な少年の姿が完全に見えなくなった後、僕は隣にいる金髪の少女へと話しかける。


「クラリスは何かしたいことはあるかい?」

「……いえ……」


 普段の彼女なら、やはりジュリアンと同じく図書館に向かったんじゃないだろうか。

 勉強熱心だから、帝国とツェフテ・アリアで学べるものの違いについて大いに興味を抱いたに違いない。

 そんな彼女の今の様子は、まるで蝋燭の火のようだ。弱々しく揺れていて、ふと吐息を受けただけで儚く消えてしまいそうな感じがする。


 彼女が率いる小隊の人数などたかが知れている。

 全滅したところで大した被害でもない……。

 いつまで落ち込んでいるつもりだ、と言うのは簡単だ。


 しかし、そういった言葉のすべてが今のクラリスのガラスよりも脆い心にひびを入れてしまうのだろう。

 僕のような魔族と、ただの人間の少女の感覚を比べること自体がおかしいのはわかっているんだけど。

 かつての規律を重んじていて社交性豊かな彼女の姿をまた見たいものだ。何とかして元気を出してもらいたいが、今の彼女に必要なものが何なのかがわからない。 


 ……これは、普通の人間なら簡単に思い付くことなんだろうか?

 昨夜、女王陛下との密談の後にレナに情報を知らせた後、それとなくクラリスのことについても訊ねてみた。

 しかし、レナは即答できなかった。しばらく考えてから、彼女は冷めた様子でこう言った。


『軍学校時代の私の周囲は敵ばかり。いつ寝首を掻かれるかわからず、信頼するに足る者など誰1人としていないまま過ごしてきました。そのような私が、民や部下からの信頼もあつかったクラリスさまの今の気持ちを推し量れるはずもございません』


 レナの大事な存在は自らの両親と、かつての屋敷の主たる老夫婦のみだったという。

 その大事な存在も、レナの地位を見下し、その力を妬んでいた者たちの手によって奪われてしまった。


 今でこそ、かつてのことを思い出すことも少なくなったようだが……。

 僕と結ばれてすぐの間は大事な者たちへの哀愁の情と、それを奪った者に対する怒りや殺意がない交ぜになり、枕を涙で濡らす日も多かった。


 ……僕とレナは確かに結ばれていたし、今ではいい関係にもなっているけど、当時はその複雑な心情を汲み取ってあげられることは出来なかった。

 周囲の者は魔族ばかりで、人間の心を深く理解してやれる存在もまたほとんどいなかったといっていい。

 その中では最も彼女と近しい存在であるジゼルが、レナの苦悩や葛藤をすべて受け止め、優しく包み込んだ。レナがジゼルを心の底から敬愛しているのはそういう経緯があってこそだ。


 そして、僕が人間の心をわかるようになったのも、所詮はジゼルやレナといった限られた存在から得られる『情報』によるものだけだ。

 中には理屈はわかってはいても、理解しがたい感情というものも多かった。人間という生き物はそれだけ複雑だということだろう。

 ジゼルは人の心は雪の結晶のようだと語ったことがある。複雑で、繊細で、簡単に壊れてしまうようなとても儚いものである――と。


 僕は改めてクラリスを見つめる。

 こうして僕が黙っていても、その場に立ち尽くしたまま俯きがちにぼんやりとしているだけ。

 さて、どうしたものか。逡巡した後、僕は言った。


「クラリス。一緒にリズを捜すのを手伝ってくれない?」

「……私はこの街についてはまったくわからないですが……」

「そんなの僕も一緒だよ。でも、この街の光景を見てごらんよ。とても新鮮じゃないか」


 このプロメテーラという地は、すべてが白銀の水晶で出来ている。

 帝国はおろか、他の地にいてはまずお目にかかれないであろう光景だ。

 そんな街を歩き回れば、少しは気分転換になるんじゃないかな。


「リズを捜しつつ、この街の景観を眺めて行こうよ。さあ、おいで」

「あっ……」


 僕はクラリスの手を取って歩き、とりあえず近くにいたエルフの女性へと声をかけた。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「……何か?」


 警戒心も露わにされるものの、僕は怯まずに言った。


「リズ……リーゼメリア殿下の姿は見かけなかったかな?」

「さあ。私にはわかりません」


 まるで関わり合いになりたくないというような表情で言ったエルフは、そのまま歩き去ってしまった。

 やれやれ。取りつく島もないな。まあいい、次だ次。

 ――しかし。


『知りません』

『殿下の連れである貴方がたの方がよくご存じなのでは』


 往来を行き来するエルフの誰もが、そのような素っ気ない態度で答えた。

 酷い時には、僕が声をかけても無反応のまま立ち去るエルフまでいる始末だ。


 ここまで来ると、流石に異常だな。どういうことだ……? 何故、そうもリズに無関心でいられる?

 それとも、僕らが部外者かつ人間だからあえて知らないふりを貫き通そうとでもしているのか? ……僕らがリズの連れであることを承知しているであろう者も多いのに?


 どうにも不可解な気分に陥る。

 それはただ僕についてきているだけのクラリスにも伝わっていたらしく、彼女は呟いた。


「……リズの話題を避けている、のでしょうか」

「そうかもしれないね。――どうして避けるのか、あのへんを歩いてるエルフたちに教えてもらいたいくらいだけど」


 あえて僕が口に出すと、道を歩いていたエルフは露骨に警戒するような眼差しを向けてからそそくさとその場を後にした。

 僕たちがそのまま大通りを歩くと、エルフたちは何も見なかったかのように歩き去る。


 情報収集には期待できそうにないな。

 ただ、リズが走り去ってからそう時間は経っていない。

 今もこの街のどこかにいるのは間違いないと思うんだけど……。


 とりあえず、この街の広場に向かってからこれからどこを捜すか考えよう。

 クラリスと手を繋ぎながら歩いていた時、往来に頭からすっぽりとフードを被り、ローブを羽織った者が歩いてきた。

 冒険者の類いだろうか? あまり気にしないですれ違った時、女性の声がした。


「リーゼメリア殿下なら、この街の高台にある礼拝堂にいるよ」


 その言葉に慌てて振り返ると、ローブ姿の者もまた同時に僕たちへと振り向いた。

 フードからわずかに覗く地肌は褐色で、耳の部分が布地越しに尖っていることからエルフであることがわかった。

 その褐色のエルフは金色の瞳で僕を見つめながら言う。


「この街の者はみな、ダークエルフを煙たがっているのさ。彼らの王とリーゼメリア殿下が婚約をすると決めてからはその傾向がより顕著になった。みながみな、ルードヴァインと黒翼を嫌い、恐れている」

「そういう貴女は何者かな?」


「ただの通りすがりのダークエルフだよ。慈愛の女神さまの加護を受けていないが故、この街には似つかわしくない存在さ。すぐに立ち去るつもりだから、私のことはくれぐれも内密に、ね」


 フードを被ったダークエルフの女性は指を唇に当てながら言うと、さっさと歩いていってしまった。

 不思議な雰囲気の女性だったが、その体内からはほのかに闇の力が感じられた。


 彼女のことも少し気になったが、今はリズを捜す方が重要か。

 白銀の水晶で形成された建造物が並ぶ街並を見回すと、遠方に高台が見えた。


「高台というと、あっちの方角かな。さあ、行こうかクラリス。リズのこともそうだけど、もしかしたら高台から絶景が拝めるかもしれない」

「……はい」


 クラリスはダークエルフの女性にもさして興味がなかったのか、茫洋とした瞳を浮かべたまま黙って僕についてきた。




 高台に辿り着くと、これまた白銀の水晶で形作られた礼拝堂が目に飛び込んできた。

 帝国などで見かける神殿にも似た建造物の前には、誰もいなかった。

 警護のエルフが割り当てられているかと思ったけど、そういうわけでもないらしい。


 神秘的で厳かに見えるのは、この街ではどのような建物でも同じだ。

 確かに見栄えはいいが、民家も礼拝堂も女王陛下の住まう宮殿でさえも建物の大きさ以外には他との違いがほとんどない。


 僕はクラリスを伴って中へ進む。

 長い廊下の先にあったのは、大広間だった。


 室内には、10メートルはあろうかという美しい女性の像が鎮座している。

 そしてその前にひざまずき、合掌して祈りを捧げている深緑色の髪をしたエルフの少女の姿が見えた。

 僕たちが部屋にやってきたことはわかっているのだろうけど、彼女はまったく気にした素振りも見せずに祈りを続けている。


 僕はどうしたものかとクラリスを見る。と、彼女もまたぼんやりとした瞳で僕を見上げてきた。

 ……祈りが終わるまで待てばいいか。そう考えた時。


「まったく、誰に教えられてこんな所にまでやってきたんだかー」


 祈りを捧げていたエルフ――リズがすっくと立ち上がり、僕たちへと振り向いた。

 そして、その表情に呆れの色が浮かぶ。


「いつまで手繋いでんのー? ここはそういうことをするために来る場所じゃないんだけどー?」

「別にやましいことなんてないよ。それより、ここは?」


 リズは肩を竦める。


「見た通り、礼拝堂なんだけど……ツェフテ・アリアの主神であらせられるミスティリア・ティスティさまに供物を捧げるために作られた場所でもあるかな」

「供物? エルフの生娘でも捧げるのかい?」

「ちょっとちょっとー、我らが慈愛の女神さまに不敬なこと言わないでくれる? そんなもの捧げられて喜ぶのは邪神とテオくんみたいな輩だけだよね」


 言葉とは裏腹に、ふっと苦笑して言うのが冗談の通じる彼女らしい。


「どうしてこんな所にいるんだい? 君に限って、真面目に神さまにお祈りでもしてたわけでもないんでしょ?」

「まったく、失礼だなキミはー。……ま、その通りなんだけどさ。ここ、ほとんど誰も来ないからちょっと考え事したい時とかにはよく来るの」


「今はもう使われていない礼拝堂なのかな?」

「そそ。信仰を失った女神さまなんてのは、大体こんな風に見捨てられちゃうわけ」


 信仰を失った? 慈愛の女神が?

 今もなお、この大自然を維持しているのはその女神の力じゃないのか?


「もうミスティリア・ティスティさまを信仰しているのは王家と、その血筋にごく近しい者くらいなんだよ。まー、それもあたしがダークエルフの王さまに嫁いだら本格的になかったことにされちゃうのかな、とかなんとか思ったりしまして」


 リズは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。


「一応はあたしも王家の血筋だからさ。あんまお祈りとかする性質じゃないけど、誰も信仰しなくなったら何かかわいそうだなーとか……ね」

「リズはダークエルフに嫁ぐ前提で語ってるのかな?」

「……だって、それしかないんでしょ。双邪神を討伐する方法。あたしら純血のエルフだけじゃそんな化け物倒せないし、やっぱりダークエルフの力を借りるしかないわけで」


 リズは自分ではどうしようも出来ない事態を前にして抵抗するかと思いきや、現実を受け入れようとしているらしい。

 ……だが、もちろんそれは本心からではないだろう。諦観した結果、受け入れざるを得ないのが現状という感じかな。

 ふと、リズが僕とクラリスを見つめながら言った。


「テオくんとクラリスは、攻性術式が得意だよね?」

「まあね。流石にリューディオ学長には敵わないけど」

「……私も、最近は魔導銃の扱いを主に学んでいましたが……魔術程度であれば」


「だよねー、特待生だし。元から魔力と縁のないロカやシャウラは例外として、キースくんもジュリアンくんも得意。あたしだけなんだよね、杖の補助がないと攻性術式扱えないのって」

「それはエルフの特性上、仕方がないことなんじゃないのかな。慈愛の女神さまから制約を受けてるんでしょ?」


 僕が訊ねると、リズは少し難しい顔をして言った。


「……テオくんは覚えてるかどうか知んないけど、ミルディアナでの事件の時、あたしと母さまはギスランの禁術で同時に地下に強制転移させられた、でしょ」


 そのくらいのことは覚えているが……と思っていると、リズは先を続けた。


「あの時、母さまは反エルフ主義者に向かって攻性術式を放とうとした。結果的にはエルフを弱体化させる結界の力に束縛されて無理だったけど」


 そういえば、そんなこともあった。

 この地に来てからの密談の際にも、女王陛下は「無理をすれば攻撃的な術式を放てる」というようなことを言っていたけど。


「母さまは正真正銘、王家の血筋であって最も慈愛の力と制約を受けてる存在なの。――本当は使えるわけないんだよ、攻性術式なんて」

「それは……術者の力が強ければ、女神の制約を振り払って強引に攻性術式を扱える、という風に解釈していたんだけどね?」

「そんなことが出来るなら、女神の制約って大したことないんじゃないの?っていうお話。そもそも、それほんとーに女神の制約のせい?ってこと」


 ……確かに、言われてみればそうなのか?

 慈愛の女神から力を得ている代償として制約を課されているにもかかわらず、実際には多少の無理をすればその影響を無視して攻性術式を扱えるというのはおかしいのかもしれない。

 制約を破った際には身体に激しい負荷がかかるし、死者も出たとは陛下も言っていたけど。


「それにさ。徐々に腐食の影響が出てきて、双邪神が復活する兆しを見せてるんだよ。王家のエルフは母さまとあたしが残ってるにもかかわらず。ここで出てくるのが、大自然の秩序を守る力や双邪神を封印している力を持っているのは、あくまでも『王家自体の力であって女神の加護によるものではない』とか言い出すお馬鹿さん方でね。いやー、どこの国でもこういう困った奴がかならーず出てくるから始末に負えないんだよねー」


 リズはそう言い切った後に、溜息を漏らした。


「でもまぁ、慈愛の女神さまの力が本当にあるのかどうか疑わしいって気持ちはわからないでもないのかなって。元からそんな特別な恩恵を与えられてないダークエルフっていう存在も、また事態をややこしくしてるの――ルードヴァインが王になってからは特に」

「リズはその王さまと面識があるのかい?」


「あたしが一方的に覚えてるだけかな。ちっちゃい頃に、母さまと話してるところをちらっと見かけた程度。気難しくて相手に心を開かない感じの、まあよくわかんない奴。母さまも母さまでそんなところがあるから、ある意味似た者同士なんだよね。あたしとは気が合わないかなー」

「その時、黒翼と呼ばれる存在はいたのかな?」

「ラナキエルさま、だっけ。あたしは見たことない。プロメテーラにはほとんど姿を見せないようだし……ルードヴァインに力を与えてるのは確かみたいだけどね」


 リズはラナキエルという黒翼の天使についてはよく知らないようだった。

 リューディオ学長や女王陛下の言っていることが確かなら、このエルフの少女に相当強い警戒心を抱かせるはずだけど……そういうことは教えられていないんだろう。


 ――それにしても。

 僕は、ミスティリア・ティスティの像を見上げた。

 白銀の水晶で造られたと思しきそれは、今もなお輝きを失っているようには見えない。


 その時、ふとクラリスがリズへと問いかける。


「……リズ。貴女は慈愛の女神さまのお声を聞いたことはない、のですか……?」

「えー? ないよ、そんなのー。母さまだってそんな話したことないしねぇ」


「私も同じ、です……。この身に加護を与えてくださったメティオ・ロロジーさまのお声らしきものを耳にしたのは、幼い頃だけ。今思えば、気のせいだったかもしれないと思うほどです」

「うーん。神々ってみんな気まぐれだっていうしねぇ。そんな方々と比べたら、あたしなんてまだまだ全然いい子だと思う。だーれも認めてくれないでしょうけど」


 リズは冗談めかして言う。


「ほんと、神さまは何を思って神使なんていう存在を作ったのかな。気まぐれに力を与えて、何をするか観察してるとか? だとしたら、悪趣味ーって感じ」


 神々は存在する。

 僕も何度かそれらしき存在と遭遇したことがあるし、わずかな時間とはいえ僕と親交のあった彼の神獣王ルーガルもまた紛れもない神聖体だったのだから。


 だが、女王陛下との密談でも話したように、僕は創世の大女神オルフェリアの身に何かがあったのではないかと思わずにはいられなかった。

 それも、遥か昔。僕にとっても、最近のことだとは言えないほどの大昔からオルフェリアはその存在自体が疑わしいと思えるようなことが多々あった。

 今もなおエルベリア帝国に現存する神剣リバイストラに、それを使いこなす大英雄クロード・デュラス将軍がいるからこそ、オルフェリアも存在するはず……という曖昧な推測しか出来ていない。


 そして偶然なのかなんなのか、このツェフテ・アリアの主神だというミスティリア・ティスティもまたその存在を疑問視されているという。

 ……僕がかつてレヴィと共に目にしたエルフと双邪神の戦では、凄まじい神気が双邪神の脅威からこの地を守っていたにもかかわらず。


 話はそれだけではない。

 グランデンの地にいた時、僕はもう一柱の偉大なる神の力が失われたと耳にしたではないか。

 そう、レルミット伯爵家に代々受け継がれるとされていた『聖炎』の加護だ。現に彼の伯爵家の嫡男であるキースに聖炎の力は宿っていない。


 オルフェリアと並び、二大神と崇められる聖炎もまた、現在では存在自体が疑わしいことになっている。

 これらの一連の流れは本当にただの偶然なのだろうか?

 僕はしばらくの間、慈愛の女神の像を見上げながらそんなことを考え続けていた。

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