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第13話「晩餐会の後に~後編~」

 リズを花嫁として渡せ、か。

 この女王陛下の前でずいぶんと大胆なことを言うものだ。

 恐らくは自分の力量に相当の自信があるのだろう。そのダークエルフの王とやらに、僕も興味が湧いた。


「そのことをリズは知ってるのかい?」

「……まだ伝えてはいない。そもそも、本来ならリーゼメリアをこの地に呼び寄せること自体があってはならなかった」

「それはどうして?」


 エインラーナ陛下は告げる。


「例のミルディアナの事件はエルフがその標的とされた。黒幕の何某なにがしかは末期の雫を造ることを目的としていたのは間違いない。……だが、果たしてそれだけが理由だったのか? と疑念は尽きなかった。リューディオともこの件を話し合った結果、黒幕のもう1つの目的は我ら王族の殺害であろうと結論付けたのだ」

「……確かに、それならリズと陛下が一緒にいるのはまずいのかな」

「だが、ダークエルフの要望によりそうも言っていられなくなった。まずは当の花嫁候補がいなければ話にならんからな」


 ミルディアナの空を舞った化け物共は、エルフに強い執着を抱いていた。

 それは500年前も同じ。


 500年前にこのツェフテ・アリアを天魔の群れが襲撃した理由がエルフの王族の殺害である、という話は否定できるようなものでもないだろう。

 ただ、それをする理由は何だ。王族が封じているという双邪神と何か関係があるのか?

 末期の雫事件のギスランとその背後にいる『女神』は、双邪神を復活させようとしていたのだろうか……。


「陛下。率直に聞くけど、双邪神が復活したとして君たちエルフはアレを討伐することが出来るのかい? 僕が見たあの化け物共の強さは相当なものだったけどね」

「出来る。……無論、ダークエルフの協力が得られればの話だが」


「逆に言えば、協力が得られなければ無理だと?」

「……」


 エルフの女王陛下はぎりっと歯を食いしばり、視線を俯けた。

 己の非力さを悔やむような、そんな印象だった。

 僕はかつてあの戦闘で使われた弓の存在を切り出す。


「神弓は使えないのかな?」

「アレは使えぬ」


 即答だった。

 意外だな……。純粋な戦闘力が欠如するエルフにとって、あの神弓は正に神から与えられし護国の武器と言っても過言ではないだろうに。


「使えない理由は?」

「ここから先を言うかどうかは、汝の答え次第となる」

「どういう意味だい?」


 女王陛下は下唇を噛み、苦渋を滲ませた表情で言う。


「リーゼメリアを、あやつらに渡すわけにはいかない」

「それは親子の愛情がどうとかいう理由じゃないよね?」

「……先も言ったが、ツェフテ・アリアの実質的な王権の根拠はミスティリア・ティスティさまの加護を継いでいるか否かとなる。リーゼメリアとダークエルフが交われば、その間に生まれた子から慈愛の加護は消え去るだろう」


 慈愛の女神の力は、純血のエルフにしか引き継がれないと言っていたっけ。

 リズとダークエルフが交われば、ハーフエルフの子が産まれるのだろう。


 子供がどちらの力をより強く引き継ぐかはわからないけれど、どちらにせよ慈愛の女神の加護は消え去る。

 それは王家に加護が与えられなくなるということだけではなく、また別の問題を孕んでいるとも言えるだろう。


「リズがダークエルフと交われば、子供に慈愛の女神の力は引き継がれない。それは現王家の力が衰退するだけではなく、君たちがツェフテ・アリア王家としての正統性を失うことに直結する。……面白い結果になりそうだね。そう遠くないうちにこの国はダークエルフが治めることになりそうだ」

「それだけではない。慈愛の女神の力を失えば、この豊かな大自然も枯れてしまうだろう。今の我が国が豊かであるのも、すべては我らが女神さまの加護によるものなのだから」


「うん? そう考えると、少し妙なのかな。ダークエルフはこの大自然の恵みを維持したいとは思っていないのかい?」

「ああ。あの男は『この国を元の姿に戻す』と言っていた……」


 仮に僕がダークエルフだった場合、王権を奪取することを狙うのは間違いない。

 今の制度上では妻となるリズが女王になるが、彼女の子供は王家の正統性と直結する女神の力を受け継がないのだから、行く行くは現行体制の維持が困難となる。

 リズが生きている限りは大丈夫? なら、子をなした後にでも彼女は殺してしまえば晴れて僕が王となる。


 しかし、それと引き換えのようにこの大自然を失ってしまうと考えると気が引けるだろう。

 この国の資源は極めて有用だ。他国との国交や、経済を動かす上でなくてはならない存在なのは間違いない。

 だが、そのダークエルフの王とやらは大自然を否定したという。この国が自然からの豊かな恵みを失えば、必然的に国力が落ちることに直結するにもかかわらず。


 リズを生かして傀儡かいらいとしつつ、自分が実質的な王となってこの国を栄えさせるというのであればまだ理解は出来るが……。

 この豊かな地を激変させてでも何かを成し遂げようと考えているのか? 何故? 何のために? そこまでして達成しなければならない目的があるのか?


 現時点ではいくら考えてもわからないとしか言えない。

 リズとの婚姻を迫るだけならともかく、その先にある目的はこの国の王として維持しなければならない国力を大きく弱体化させることに繋がるはずだから。


 エインラーナ陛下が言う。


「テオドールよ。汝には多大な恩を感じている。計り知れぬほど強大な力を持つ魔族として敬意も払おう。その上で頼みたい。双邪神を討伐せしめ、どうかリーゼメリアの身を助けてはくれまいか」

「……まあ、面白そうではあるけど」


 僕は間を置いてから言った。


「僕もその対価としてリズを要求したらどうするつもりなんだい?」

「…………」

「さっきも言ったけど、僕は帝国やエルフたちの味方でもなんでもないんだよ? 当然、対価を要求したっていいはずだよね?」


 女王陛下は――答えられないままだった。


「僕にとっては金銀財宝や貴重な資源より、彼女みたいに可愛い子の方が欲しいかな。陛下も言ったように僕は好色だから」

「それ、は――」

「君は僕とミルディアナで出会った時から、僕の正体に勘付いていたはずだ。魔族は意地悪だからね。こうして相手につけ込むこともある。安易に信用するべきじゃなかったかもしれないね。それに――」


 僕は椅子から立ち上がって、エインラーナ陛下の顎を指で持ち上げた。


「リズも君もまとめて可愛がってやってもいい。亡き夫への想いなんか、僕にとってはどうでもいいことに過ぎないから」


 何も言えずにいる女王陛下へと顔を近付ける。


「こんなことを言われても、まだダークエルフよりも僕を頼るのかな。もしかしたら、魔族としての破壊衝動が抑えられずにこの地に住まうエルフやダークエルフを虐め殺してしまうかもしれない。魔族とはそういうものだよ? 女王さま」

「……汝にも強い目的があるのであろう」

「うん?」


 真摯な瞳で見つめられる。僕の心の深奥をも見透かしてしまうような、その薄緑色の目はどんな宝玉よりも美しく感じた。


「他の者を排除してまで妾との対話を望んだ。汝はこの国や王家のことはもとより、褒美など一切興味がないにもかかわらず、わざわざこの地にやってきたのだ。――今度は汝の番だ。妾との対話を望んだ理由を述べよ」

「凛々しい表情と毅然とした態度。それでこそ女王陛下だ。だけど」


 僕は両手で彼女の両肩を軽く掴んだ。


「身体が震えているよ、陛下?」

「……!」

「君は相手の心を読み取ることが出来るようだけど、僕も君の心をある程度は理解できる。怖いんだよね、本当は。僕が魔族だから。得体の知れない相手に、王家に関わる問題やダークエルフとの密談を漏らしてしまって本当に大丈夫か。不安で堪らない。そういう顔をしている」


 幼げな容姿の彼女はそれでもまっすぐに僕を見据えてきた。


「でも、そんな素性が知れない相手にも縋るしかないほど、状況は切迫している」


 僕は窓辺に飾られている一輪の白い花を見つめながら言う。


「君の亡き夫が唯一、自分で決めてあの花を君へ贈ったように。今の君もまた、誰にも悟らせなかった本心を僕へと語ることを決めた。自分の選択がこのツェフテ・アリア王国というものの未来を決めてしまうことに、強い不安を覚えている。君は夫を繊細だと称したけど、僕からすれば君もまたとても繊細に思えるよ。可愛らしい女王陛下」

「……」

「本当なら双邪神を倒し、邪魔になるならダークエルフも蹴散らして、後はリズと君を貰い受けてこの国を好きにしたいくらいなんだけどね。残念ながらそんなことにかまけている場合じゃないんだ。――『貴女』が言うように僕にもまた重要なことがある」


 僕は女王陛下からそっと離れて椅子に座り、足を組んで肘掛に頬杖を突きながら言った。


「さて、対等な交渉相手に戻るとしよう。だからもう、そんなに肩肘を張って緊張しなくてもいい」

「……あ、ああ」


 エインラーナ陛下は両膝の上で強く握り拳を作って、平静を保とうと息を吐いた。

 彼女が落ち着くのを待って、僕は切り出した。


「陛下。貴女は『女神』という存在に心当たりはあるかな? もちろん慈愛の女神の話じゃないよ」

「この世に女神の名を冠する存在は多い、とされている。だが、汝が言う女神とは――忌まわしき事件を起こせし黒幕のことだな」


 認識に齟齬はないようだ。

 なら、これはどうだろう?


「では、『赤星の煌めき』という天文現象に関してどこまで知っている?」

「……? 妾も500年の刻を生きた故、あの現象は何度も見かけたことがあるが……」


 女神と赤星の煌めきには関係がある。ベルゼブブはそう言っていた。

 僕がこの地へやってきた直接的な理由もそれだ。


 女王陛下は少しだけ不可解そうな表情をしながら、僕の瞳の深奥を見据えてくる。

 僕が知りたいということに嘘偽りがないと判断したのか、逡巡してから口を開いた。


「あの現象は国によって捉え方が違う。帝国では意見が割れているというが、ゼナンや魔術大国の者はアレを吉兆だと捉えているらしい。反対にルーガル王国と我らツェフテ・アリアでは凶兆だと考えている」

「凶兆だと思う理由はなんだい?」


「赤き星が煌めいた直後には何かしらの災いがこの地を襲った――と、妾は教えられて育った。飢饉が起きた、戦が起きた、疫病が発生したなど枚挙に暇がないが、中でもとりわけ重要なことといえばやはり『旧ルトガリア王国からエルベリア帝国が誕生した時』だと。その時の赤き星の輝きは、それまでとは比較にならないほどであった……王家に伝わる古文書には、そう書かれていたな」

「陛下。それは帝国の誕生と簡単に結び付けていいものなのかな? あの王国が帝国へと変わった原因は、ゼナン竜神域で暴走した竜神王を王国の大勇者が討伐したからだよね?」


 僕の言葉を受け、陛下は頭を横に振ってから言う。


「……すまぬ。これでは、まるで帝国の誕生が凶兆だと言っているように聞こえるな」

「まあ、そうなるかもね。僕は気にしないけど」


 形だけの謝罪と、無意味な返答。

 僕は帝国の誕生の善し悪しに興味はない。もっと、別の可能性を考えていたから女王陛下の思考を変えさせた。


「妾も詳しくは知らぬ。だが、あくまでも竜神王が暴走したことを凶兆だとする考え方も納得がいく。汝も――」

「そうじゃない。その様子だと、やっぱり貴女は知らないのかな」


「……何の話だ?」

「陛下には少し刺激が強いことかもしれないけど、少しだけ耳を傾けてほしい」


 訝しむ陛下を前に僕は同時期に起きたもう1つの出来事を話すことにした。


「旧ルトガリア王国がエルベリア帝国へと変わった時、僕ら魔族を討伐するために天使の大軍がテネブラエに侵攻をかけてきたんだ」

「……なっ……」


 1000年前の出来事に想いを馳せながら僕は言った。


「当時の僕たちは、戦力の要ともいえる同胞の1柱を欠いた状態だった。当時の魔族たちも一枚岩ではなかったし、諍いも絶えなかった。そんな時に、あの白翼の群れがテネブラエの上空を覆い尽くした」

「うっ……」


 エインラーナ陛下は呻き声を上げ、自分の胸元に手を当ててまるで吐き気を堪えるかのような苦しげな表情を浮かべた。

 白翼恐怖症の彼女にとっては辛い状況だろうけど、僕は構わず続ける。


「陛下が想像している通り……いや、それ以上の光景になったんだよ。僕たちを襲ったのは正真正銘、本当の天使だった。その力は1体1体が魔族の上位種に等しかったからね」

「……それは、汝と同程度ということか?」

「う~ん。魔神の身体ならともかく、1体1の正攻法に則って戦うならこの人間の身体じゃ厳しそうだ。1回か2回は死ぬのを覚悟で相討ちに持ち込むのがやっとだろうね」


「そのような馬鹿げた存在が、空を覆い尽くしただと……?」

「うん。正確な数は覚えてないけど、二千はいたと思うよ。しかも天使は当然理性も知性もある。天魔のような存在とは根本からして違ったんだ」


 僕は当時の光景を思い起こしながら続ける。


「酷い有り様だったよ。天使たちはみな、神気しんきを纏っているからね。特に力の強い者は、そこにいるだけで弱い魔族たちを滅してしまうほどだった」


 魔族の中でも低級に当たるゴブリンやオークといったベルフェの配下、そして戦闘能力の低い淫魔たちで構成されるアスモの配下の被害が特に酷かった。

 天使たちの主戦力が大挙して押し寄せ、ベルフェやアスモ自身も戦いに臨むことになり、両者共に何度殺されたかわからないほどの激戦となった。


 特にアスモは消耗が著しかった。後、数度でも殺されていればもしかしたら彼女は今はもういなかったかもしれない。

 後にベルフェはマモンの率いる魔獣の軍勢の助力によって難を逃れたが、それは天使側の主力のほぼ全員がアスモを襲撃していたからにほかならない。

 彼女が守護する領域を奪取することにより、そこを拠点としてテネブラエの戦力を削っていく作戦だったのだろう。


 ――それが裏目に出るとも知らずに。

 天使たちは健闘したと言える。あのアスモをあそこまで追い詰めたのだから。

 暁の宮の防衛に回って成り行きを見守っていた僕が、従者のカーラの強い反対を押し切って戦場の只中ただなかへと赴く直前になって天使たちの命運は尽きた。


 結果だけを言えば、僕が介入する間もなく天使の軍勢は死滅した。

 アスモ自身が最も嫌う真なる力の解放によって、あの精鋭揃いの白翼の軍勢は滅せられたのだ。


 だが、その力が解き放たれるまでに天使の主力は誰も欠けていなかったという。

 恐ろしい話であると同時に、僕の中の破壊衝動が疼いて堪らない。

 アスモではなく、僕を襲撃してくれていればさぞ愉しかったに違いないだろう。


 ……もっとも、その場合、僕は最愛の妻を娶ることもなかったかもしれないが。

 ルミエルは別働隊の主力として暁の宮の周囲にいたからこそ、アスモの驚異的な攻撃に晒されずに済んだのだから。

 状況さえ違えばルミエルとアスモが戦い、僕はあの可愛らしい天使の姿を見ることもないまま今に至ったかもしれない。


 僕はエインラーナ陛下に当時の状況を説明した。

 天使の襲撃により、魔族に破滅的な被害が出たことに陛下は驚愕も露わにしていたけれど、僕が彼女に伝えたかったことはあの戦の内容ではない。

 どうして、あの戦が起こったかだった。


「――ということがあってね。参考までに陛下の意見を聞かせてほしい」

「少し待て。簡単に言ってくれるが、汝の言っていることは歴史書にも載っていないものだ。まことの天使がこの地上に降臨したというだけでも、にわかには信じられん」


 陛下は難問を前にしたかのように、瞼を閉じて唸る。

 まあ無理もない。天使が魔族を襲撃したことを知っている者などほとんどいないだろうから。

 仮に襲撃した事実を知っている者がいたとしても、その後どうなったのかを知る者は限られるだろう。

 

 テネブラエの隣国であり、天使を崇拝するレスタフローラ聖王国を除けばの話だけどね……。

 ゼナンや帝国は、竜神王の暴走やその後に起きたあらゆる出来事の影響でそれどころではなかっただろう。でも、あの聖王国なら事態を把握していた可能性は高い。


 やがて、エインラーナ陛下は瞼を開いて溜息を吐いた。


「……そもそも、天使は何故テネブラエを襲撃した?」

「オルフェリアさまのお導き、らしいんだけど」


 あの戦で天使として唯一の生き残りたるルミエルは、創世の大女神を見たことがないと言っていた。

 そして、テネブラエに侵攻することを立案したのは自身よりも上位の存在であったとも。


 当時の彼女は、先代のルシファーがこの大陸の西方諸国を蹂躙したことから考えても、魔族は断罪するべきものだと思っていたらしい。

 その後のキアロ・ディルーナ王国で起きた内紛や、ゼナンの竜神王の暴走などにも魔族が関与しているのであればもはや捨て置けない――という理由で天使が粛清に赴いた。そんなことを言っていた。


 先代の蛮行はともかく、他の件に魔族は関わっていない。

 1000年前の僕は今よりも魔族の行動を強く制限していた。だから勝手な行動をする者なんているわけもないし、思い違いも甚だしい。

 ルミエルを娶って以降も、しばらくは信じてくれなかったものだ……。


 あの侵攻以降、他の天使が現れることはなかった。

 そして、500年前に起きたミラの血潮事件で、天使たちはたかが人間の使う召喚術式によって異形の姿へと変じて帝国とツェフテ・アリアを襲ったわけだが……。


 この時点で、既におかしい。僕はずっと考えていたとある可能性を告げた。


「創世の大女神と言われる存在は、もうどこにもいないという解釈は出来ないかな」

「……それはおかしいのではないか。オルフェリアさまが存在しないのであれば、帝国の大英雄の存在をどう説明する?」


「そこがわからないから悩ましいところなんだけどね。デュラス将軍の力は本物だったし、その娘のシャルロットもまた神使として強い力を宿していた」

「まさか、オルフェリアさまの力ではなく、他の神の力を宿しているとでも?」

「それもなさそうだ。神剣リバイストラから感じた神気は凄まじいものだったからね。あれほど強力な加護を与えられる存在に心当たりはない」


 オルフェリアの姿を見た者は魔族の中にもいない。それは先の王族会議の席で語られた通りだ。

 そして元天使のルミエルですら、せいぜいがお触れを知っている程度。その姿を見たわけではない……。


 でも、あの大女神が今も存在するとしたら、説明のつかないことが多いのも事実だ。

 500年前のミラの血潮事件は無論のこと、現代で起きた末期の雫事件でも天使たちは辱められたと言っていい。

 オルフェリアはそれを見て何も感じなかったのか? その強大な力を以てして、自らの配下を護ることは出来なかったのか? いくら気まぐれとされる神々であったとしても、自身の配下にすら興味は抱かないものなのか?


 神剣リバイストラを皇族ではないデュラス将軍が手にしているという事実も謎だ。

 1000年にも亘って皇族にのみ力を与えていたというオルフェリアは、何故今になってデュラス将軍を神剣の使い手として選んだ?


 そして、この件を訊ねたジュリアンに対するリューディオ学長の態度も気にかかる。

 皇族が神剣に拒絶されたというのは確かに醜聞だろう。ジュリアンが問いかけた言葉は正にそれを意味していた。

 学長は外に漏らせば命はないと言っていたけれど……彼の立場からすれば、当然ジュリアンと同じ疑問を抱くはずだ。そして彼は他の誰よりも帝国の情報に詳しいともいえる。何も知らないわけがない。


 何かしらの事情を知っていても行動に移せないのか? この件に関して、何か問題があれば皇族を説得して調査に乗り込むことも出来るはずだが。

 あるいは、放置しておいた方が都合がいいのか?


 疑問点は他にもある。

 僕が久しぶりにミルディアナに戻った時に感じた、異様な気配を発する者たちの存在。


 アレらは、街中のいたる場所にいたらしいが……リューディオ学長と何か関係があるのだろうか。彼は僕との会話であの不気味な者たちの存在をほのめかしていたから、彼の味方というわけではないだろう。

 なら、学長は監視でもされていたとか? では、あの者たちは帝国と関係があるのか?


 ――ダメだ。思考の袋小路に入ってしまう。

 推測をしようにも、情報が足りない。


 ただ、1つだけ言えることは……少なくとも、オルフェリアの身に何かがあったのではないか、ということ。

 エインラーナ陛下が歴史書で学んだという、約1000年前に起きた赤星の煌めき。それは僕も目にしたからよく覚えている。赤い星々の輝きがひときわ強かった、という認識でしかなかったけれど、それは後に起きた出来事の重大さを表していると思ってもいいのではないだろうか。


 思わず考え事に耽り過ぎた。まったく、頭が痛いな。力だけで解決できるのならどれだけ楽か。

 僕が眉間を揉んでから意識を目の前の女王陛下に集中させると、彼女はふと笑った。


「汝でもそのような顔をするのだな」

「……こう見えて、結構色々と悩ましいことがあるんだよ。オルフェリアのことを考えるにしても手詰まりの状態だ。そういうわけで、女王陛下に赤星の煌めきについて知っていることがないかを聞いたんだけど」


「このツェフテ・アリアでは天文現象に興味を抱く者が多いが、妾は研究に没頭するような性分ではない故に詳しいことはわからぬ。だが、汝が困り果てているということであれば力を貸したいとは思っている」

「その言葉を聞けて安心したよ。僕もエインラーナ陛下のお願いを無下には出来ないかな。リズをダークエルフに差し出したくない気持ちはよくわかるし、何より僕も……どうせエルフの純血の血筋が絶えるくらいなら、僕があの子を奪ってやりたいと思ってるから」


 女王陛下は苦笑して言う。


「まったく、リーゼメリアも災難よな。ダークエルフから婚約を求められたかと思えば、その次は魔族がよからぬことを企んでいるとは。……あの娘に何をどう説明すれば状況を飲み込んでくれるであろうか」

「まあ、十中八九ろくでもないことになるだろうね。自分が知らないところで物事を勝手に決められることほどあの子を怒らせるものはなさそうだから」


 僕はかなり長い間話し込んでしまっていたことに気付いた。

 まだまだ陛下と話したいことはあるんだけど、すべてを語っていたら朝になってもおかしくはない。

 だから、僕は言った。


「じゃあ、陛下。一応はお互いの意思確認は出来たと解釈していいのかな?」

「……そうだな。気まぐれな汝が協力してくれるかどうか、不安な部分がないと言えば嘘になるが」

「約束は守るよ。双邪神を蹴散らして、ダークエルフからリズを守る。うん、なかなか面白そうだからね。協力してもいい――だから最後にさっきの続きを聞かせてくれるかい?」


 僕は姿勢を正して、女王陛下を見据えながら問いかける。


「王家に伝わる神弓が使えないというのは、どういう意味なのかな」

「言葉通りだ。かつて双邪神を穿ち、その身を崩壊させた神弓は……もうどこにもありはしない」


「なるほど。もう一度、慈愛の女神に創ってもらうことは出来そうにないかな」

「それが出来れば、苦労はしないのかもしれんがな」


 エインラーナ陛下はまだ何か言いたげな感じだった。

 しかし迷っているような素振りが見受けられる。ここで問い詰めても逆効果かもしれない。


「陛下。双邪神の復活は今すぐにでも起きそうなのかな?」

「いや……まだ封印の力は途絶えてはおらぬ。もうしばらくの猶予はあるはずだが」

「なら、陛下にはこれを渡しておくよ」


 僕はそう言って、女王陛下に手紙を渡した。

 彼女はそれを受け取って封蝋を見るや否や、眉根をしかめる。


「……リューディオがしたためたモノか。また、ろくでもない話ではあるまいな」

「まあ、陛下にとってはあんまり喜ばしくないものかもね。そこまで急いでるわけでもないし、リズに現状を伝えてからでもゆっくり手紙を読んでほしい」

「この期に及んで更なる追い打ちをしてくれるとはな。……あまりにも考え事が多過ぎて頭が爆発してしまいそうだ」


 手紙を持って憂鬱な表情で言う陛下を横目に、僕は軽い別れの挨拶をして部屋を辞した。

 さて、明日の朝にでもこの宮殿は大変な騒ぎになるかもしれないな。

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