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「群像劇」ってどうして面白いの!? そもそも「群像劇」ってなに!?

群像劇が好き。

面白い群像劇って、本当に数え切れないほどある。最近観た映画を思い出しても、『街の上で』、『ナイブズ・アウト』、『騙し絵の牙』...。自分がオールタイムベスト級に好きな作品だけを振り返っても、『桐島、部活やめるってよ』、『ラブ・アゲイン』、『七人の侍』...。

友達と最近、短編映画の企画をしているときにも自然と、「群像劇にしてみよっか?」なんて話になったけど、その後に冷静になってみて「そもそも群像劇ってなんなんだ...?」と思ってしまった。

なんとなく「複数の人々の出来事が同時に進行していて、それらが最後に交錯し合って、全員でクライマックスを迎える」みたいなイメージはあるけれど、その本質や、そうでないものとの境界がどこにあるのかわかっていない。

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メインキャラクターがたくさんいる作品が「群像劇」?。でも昨今の映画って、ほぼ確実に「サブプロット」と呼ばれるメインストーリーと同時に進行する物語が存在して、一人の主人公だけの出来事にフォーカスしたものの方が少ないだろうから、だとしたらほとんどの作品は群像劇になってしまう。

あるいは、出来事を見せる視点がコロコロ変わる作品が「群像劇」?。パク・チャヌクの『お嬢さん』は同じ出来事を二人の視点で繰り返すけど、それも群像劇なんだろうか。でも感覚的には、群像劇ってもっと大勢の物語の説明として使われている気がするし、だとしたら何人以上が群像劇なんだろう。

それに、どうしてぼくらは、群像劇を面白いと感じるんだろう。同じ出来事を複数の人物の視点で描くことで初めて見えてくる事実があったり、一見関係ないように見えるいくつかの要素がお互いに影響しあったり、という面白さはあるような気がするけど、逆に「この映画はいろんな要素を詰め込みすぎて、結局何が言いたいのかよくわからなかったな...」みたいな作品に出会うことも少なからずあるし。

でも、「群像劇は面白い」っていう共通認識がある程度観客にはあるからこそ、映画やドラマのキャッチコピーにもこのワードが使われているはずで、自分も毎話圧倒されていた傑作ドラマ『コントが始まる』でも、「20代後半の5人が織りなす青春群像劇」という宣伝がなされていた。

でも、自分が通っていたシナリオスクールでは、「初心者が群像劇を書くと必ず失敗します。普通のドラマが書けるようになってから挑戦しましょう!」と言われたこともあって、一体普通のドラマってなんだろう?って分からなくなったりした。以下のnoteでも、地雷作家の一例として「群像劇症候群」が挙げられている。

というような、幾つかの疑問を解決するために、大学のレポートのノリで、群像劇について研究してみたいと思った。今後企画するときにも役立つしね。

群像劇の定義

困ったらWikiに頼ろうと思ったけど、「群像劇」という記事はなくて、代わりに「グランドホテル方式」という記事があったので、そちらから定義を引用。

グランドホテル方式は、映画や小説、演劇における表現技法の一つ。ホテルのような一つの大きな場所に様々な人間模様を持った人々が集まって、そこから物語が展開する方式のことである。群集劇、群像劇、アンサンブル・プレイとも呼ばれる。

「え!この定義だと、レストラン、アパート...と複数の拠点で進行していく『パルプ・フィクション』や『街の上で』みたいな物語は群像劇ではないということ?」って一瞬思ったけど、ホテルや館という大きな場所にも複数の部屋がある、学校にも教室や部室など複数の空間があるし、なるほど大きな場所にたくさんの人々が集まるというのはしっくりくる。その中でも一つの限定的な空間で描く物語が「密室劇」ということみたい(『十二人の怒れる男』とか『CUBE』みたいなもの)。

でもここでまた一つ疑問が生まれる。例えば、男女9人の24時間を描いた『マグノリア』に関しては、「カエルが〇〇する」(ネタバレ回避で伏せておくけど...)というヤバイ珍事で物語を決着させていて、全員が集合する瞬間すらもないまま映画が終わってしまうけど、あの映画だって「群像劇の傑作」と呼ばれているのをよく目にするし、全員が一つの空間に集まらなければ群像劇とは呼べないのだろうか?

と思って、Wikiを読み進めると、もうひとつの定義が出てくる。

アメリカ合衆国など英語圏では、アンサンブル・キャスト(ensemble cast)と呼ばれる。主人公を1人や2人に限定せず、数人のキャラクターのストーリーラインを並行して進行させたり、エピソード毎に異なるキャラクターに焦点を当てるという手法である。この方式には、レギュラー出演者が急に降板となった場合でも番組が継続できるという利点がある。

これは元々持っていたイメージとかなり近い...!けどこの定義だと、2人の視点で描いた『お嬢さん』は群像劇にならないみたい。だとしたら、3人以上が登場することで生まれる何らかの面白さが群像劇を群像劇たらしめているということになる。それはなんなんだろう。

そう言われてみると、『大豆田とわ子と三人の元夫』も、各エピソードでフォーカスされる人物が変わっていってドラマ全体を通してそれぞれの人物像がわかっていったり、関係性の変化が楽しめるという魅力があったし、『ドラゴン桜』だって各々の生徒たちが抱える家庭や生活の問題を桜木先生が毎話解決していくという面白さがあった。大好きな『ストレンジャー・シングス』もお手本のような群像劇出し、このような構造をとっているドラマってすごく多いような実感がある。

でもなんとなくこう調べているうちに、群像劇にもいくつか種類があることがわかってきたので、まずは分類を試してみようと思う。会社の尊敬する大先輩も

「"分ける"っていうのは、"分かる"ってことだよね

って言っていたので、この方向は多分間違っていないはず!

①グランドホテル方式

これに関しては上でも言及したけど、改めて引用をしながら簡潔にまとめると...

ある一定の場所(空間)にやって来た者たちが、それぞれ複数の場所(部屋など)で物語が展開するもの。さらに、それを一つの空間に限定したものが「密室劇」。

1932年にアカデミー作品賞を獲った映画『グランド・ホテル』(とあるホテルの宿泊客それぞれの人生を描いた物語)が由来になっているそうで、同時進行で複数の人生模様が進行するというストーリー展開は当時かなり斬新だったみたい。

あと、「3人以上が登場する面白さ」に関してもヒントになりそうな言及を発見。

映画やテレビドラマでは、カットバックは自由に行われ、複数の人物に自由に焦点を動かすことができる。これは単に三人称描写というだけであり、これだけではグランドホテル形式とは呼ばない。

つまり、カットバックやクロスカッティングのような、「2つ以上のショットを交互に切り返す表現手法」を部分的に用いているからと言って群像劇とは限らず、設定自体に「複数同時進行」が必要となることみたい。

駅馬車方式

これも1939年の映画からそのまま名前がついている例。

密室化した乗り物に乗り合わせた人物間の人間関係と、乗り物そのものに襲いかかる障害を同時並行で描く物語。この駅馬車を現代の乗り物に置換して映画化したのが『大空港』や『ポセイドン・アドベンチャー』。

有名どころだと『タイタニック』とかもこの方式だし、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』も『駅馬車』が元ネタだと聞いたことがある。最近だとポン・ジュノの『スノーピアサー』もこの方式だし、『インターステラー』や『ゼロ・グラビティ』みたいな宇宙旅行モノもこの方式に含むことができるような気がする。マスターピースで言うと『オリエント急行殺人事件』だってこの方式と言えそう。

100年経ってもジャンルというもの自体が古くなることはなくて、新たな発明によって更新し続けられるんだな〜と思ったけど、「乗り物」を舞台とすることの良さを分析してみると...

接点のない複数の人々を同じ密室空間に閉じ込めておく強力な口実になるからだろう。ドラマには「枷」が必要だと言われるけど、走行中は外に出られないし、事故で止まったり、悪天候でルートが変わったり、アクシデントにさらされやすいからストーリーに展開が生まれやすい。

さらに、乗り物って「時限爆弾」的な側面もあって、永遠に乗っているものというよりは、目的地までの限定的な時間を共有する体験だから、物語がダラダラせずに緊張感が生まれるという良さもあると思った。例えば、殺人ミステリーだったら、「到着するまでに犯人を見つけ出さねば!」というミッションが生まれる。

③メリーゴーラウンド方式

これもサマセット・モームの小説『回転木馬』が名前の由来。

ある関わり合いを持った複数の同格の登場人物が、それぞれあまり絡み合うことなく、交互に並行的にストーリーが進んでいく構成。日本語では、より縄方式とも呼ばれる。映画『愛と哀しみのボレロ』が代表的作品。

なるほど〜!先ほど言及した『マグノリア』はまさにこの例だ。名前がついているとは知らなかった。「人は名前がついているものしか認識できない」なんて聞いたことがあるけど、名前をつけて万人が共有できる知に変えてくれる人の存在は本当に偉大だと思う。

「あまり絡み合うことなく」というのがこの方式の要点だと思うけど、ホテルや列車みたいなわかりやすい一つの空間に集合するのではないので、序盤は「お互いが交わることなく散発的に交錯する」のに、クライマックスで一同が集結することで一気にボルテージが高まるという面白さがより大きいように思う。「無関係かと思っていた要素が繋がった...!!」という伏線回収劇の快感に近い。

「六次の隔たり」理論とか言われるけど、一見関係ない人々同士にも意外と何らかの接点はあるものなので、その意味では適切な接点さえ作ることができれば、関係性のなさそうな人々を集結させるのは意外と難しくないのだろう。

六次の隔たりとは、全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっていて、友達の友達…を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができる、という仮説。

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分類してみて気づいた群像劇の面白さ

こうやって分類してみて気づいたことがある。①「グランドホテル」②「駅馬車」は"集合してから始まる物語"で、③「メリーゴーラウンド」は"集合するまでの物語"と言えるけど、本質的には両者は同じことなのかもしれない。

ホテルに集まった・列車に乗った時点では、ただ同じ空間に存在するというだけで、人物たちの関係性や過去はまだ隠されているので、それぞれが別の場所に置かれている状態と大差はないし、彼らが現時点で同じ空間にいるかどうかには本質的な違いはないのだと思った。

「シングルポイント」の集合型(最後に一同が集合する)と、「ダブルポイント」の集合型(一堂に会するポイントが複数回ある)、という分類をされている方もいたけれど、言いたいことは同じだと思う。

結局、複数の出来事が同時に進行することで、「フリ」が作れるのが一番の面白さなんだろうと個人的には思った。「驚きは予想が確実であるほど大きくなる」という心理学的効果が知られているけど、終盤になって初めて登場する人物が何か行動を起こすよりも、今までずっと登場して人物が何かを起こした方が「意外性」が生まれやすいのだと思う。

そしてそのフリを回収すべく、①〜③のどのパターンでも、一同が集合するクライマックスにおいては、元々の世界の秩序を覆してしまうような「衝撃」「混沌」が全員に降りかかる

『エレファント』であれば、発砲事件が起こって学生たちの平和な日常が突然終わりを告げる。『桐島・・・』であれば、屋上でゾンビ映画の撮影を行なってスクールカーストが崩壊する。『七人の侍』であれば、野武士が襲来して決戦に挑む。

群像劇をおもしろくするためのヒント

そういえば、恋愛群像劇の名手と言われる今泉監督が「おもしろくする方法」なるものを呟かれていた。あくまで経験的に見つけ出した法則なんだろうけど、ここまでに書いてきたことと繋がる部分も大いにあるのでまとめておきたい。

①物語を主人公から始めない。

それによって何が生まれるかって言いますとですね。そこに生きてる人たちがみんな平等に扱われていることの提示になりやすいんですよね。主人公から始めるとどうしても主人公のためにその世界の住人が存在してるように見えちゃう。

脚本術でよく言われるのは「主人公を最も過酷な状況に追い込め」ということだけど、たしかに主人公にとって都合の良い出来事ばかりが起こったり、他の登場人物が主人公のための道具になっているような物語は面白くないのでこれは大事だと思う。

②主人公のうじうじを一刀両断する人だすなら後半。

簡単に解決する葛藤を作ってはいけないということかなと思った。人はそんなに簡単に成長しないし、問題はそんなにすぐに解決しない。もがき切った後だからこそ主人公は新しい世界へと向かう何らかの兆しを手にすることができる。

③基本的には全員なんとなく集めたら終われる。集めないなら同時に何か起こす。地震とか、蛙がXXとか。平等に全員に起こる出来事。そしたら勝手に終われる。

ずっと話しているPTA監督の『マグノリア』や ロバート・アルトマン監督の『ショート・カッツ』を例に出されている。

④最終的に主人公を救うのは、馬鹿にされがちな地位の低い人、もしくはめちゃくちゃ悪人とされている人、もてない人など、どこか下に見られて舐められている人にする。一見、嫌なやつや見下されてるやつに救わせるとグッときます。

これを聞いて一番初めに思い出したのは、『CUBE』のサヴァン症候群の青年。『古畑任三郎』の「今泉くん、お手柄だよ」もそういうことだよね。解決しそうにない人が解決の糸口を見つけるから面白い。

⑤3本はしらせる。

なにかしら話の流れを3本くらい走らせると面白くなります。ただ、気をつけるのはその行ったり来たりがうまくいかないと観客がついてこれなくなる。流れる時間は常に意識する。同じ線に戻るまでの時間を特に。

監督の講義を受けたときに「群像劇は情報を知るタイミングが重要」という話をされていたのも印象に残っている。観客が主人公の出来事より前に知るのか(神様視点)、あるいは同時に知るのか、それとも後なのかを気にして作っているということを聞いた。

主人公と同じ状態でミステリーが明かされていくのを楽しむという擬似体験的な面白さもあるし、あるいは主人公よりも前に情報を知っていて、その後に起こることを観客が知っていればそれは「来るぞ...!」というサスペンスやホラーになるのだと思う。

群像劇を撮ってみて気づいたこと

自分も実は、映画学校で恋愛群像劇を一度撮ったことがある(訳あって公開できなかった)んだけど、その編集で気づいたことがひとつあった。それは、群像劇において複数人の視点を切り替えて同じ出来事を伝えるときには、なにか「共通のモチーフが必要」であるということ。

「同じ時間軸を繰り返し描いています」ということを伝えるために、画面の中に何か特殊な小道具を置いてそれを様々なアングルで捉えたり、特徴的なセリフを特定の人物に繰り返し語らせたり、ということをやらないと、そもそも何を描こうとしているのかがわからなくなってしまう。

割り切ってテロップで説明を入れてしまう作品も多くて、『桐島・・・』であれば曜日を明記しているし、『エレファント』であれば誰の視点で描いているのかを説明している。言われてみれば初歩的なことなんだけど、こういうことをかなり気をつけてやらないと作家が当たり前だと思っていることが観客に伝わっていないということが起こる。

これはきっと「ループもの」の映画でも同じで、例えば最新のアカデミー短編最優秀賞作品『隔たる世界の2人』だと、同じ時間を繰り返していることを伝えるために、ベッドを垂直に見せるという特徴的なショットとか、タバコ・割れる瓶みたいなモチーフを繰り返し登場させている。彼女は同じセリフなんだけど、彼のリアクションが変わっていくという面白さもあったりする。

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もっと深めてみたい議題

ポン・ジュノは、大勢の人物を同じフレームに入れることでズーム等による強調を使わずにドラマを展開しているという解説動画があったり、『ナイブズ・アウト』を書くにあたって、ライアン・ジョンソンがどのようにヒッチコックやアガサ・クリスティを参考にしたかという考察もあったりするので、逐次考えていきたい。

名作で言うと『アベンジャーズ』、『パルプ・フィクション』、『ラブ・アクチュアリー』...などいくらでもある中で、分類①〜③に当てはまらないものも絶対ありそうだし、10話のドラマと2時間の映画でもまた全然違うと思う。

まとめ

というわけで、疑問を解決するために雑多に群像劇について調べてきた。今回の企画を進めるための共通言語づくりと思って始めたことだけど、「自分の好きなものがはっきり言える」ってすごく大事だと思うので、続けていきたい。

「一番好きな映画ってなに?」「どんな映画が好き?」みたいな質問ってみんなすごく困ると思うけれど、オールタイムベスト10を発表している監督とかって意外といるし、ジャンルくらいの解像度であったとしてもそれが組み合わされば新しい作家性になるはず。

パッと思いつくものでも、「スクリューボール・コメディ」「どんでん返し」「虚実皮膜もの」などなど、深堀りしてみたい題材がいくらでもあるから、第1段を「群像劇」として定期的に書く。

とはいえ、「群像劇のことならなんでも聞いてくれ!」と言えるようなシネフィルでもないので、この研究レポートはまだまだ未完成なものとして、作品や文献を探りながら気づきがあり次第追記していきたいと思う。

社会人になって、ひとりで年に何本も自主映画を撮るようなことは難しくなってしまったり、友達との雑談からやってみたいアイデアが生まれるみたいな機会が減っている今の時期だからこそ、少しでもだれかの発見のあるような記事になったらいいなと思って公開してみたので、感想でも反論でも思いつきでもおすすめの書籍でも、お気軽にコメント・連絡をお待ちしています。

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企画屋 / 東大 山中研卒 & 映画美学校卒 →広告プランナー
「群像劇」ってどうして面白いの!? そもそも「群像劇」ってなに!?|音 / Oto Kawamata
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