「体験」が子どもに及ぼす影響とは?
“体験格差”という言葉を聞いたことがありますか? 子どもたちが学校以外の場所で得られる“体験”の格差のことなのですが、ここでいう体験とは、たとえば休日に家族で旅行へ行ったり、放課後に習い事をしたり、映画や美術館で芸術鑑賞をしたり、様々な機会の事を指します。
親自身の体験の有無や貧困、または住んでいる場所によって生じる格差は、現代社会の新しい課題として今話題を呼んでいます。
そこで今回は、今井悠介さんの書籍『体験格差』をご紹介。
なぜ、子どもたちにといって体験が重要なのか? また体験をさせてあげるにはどのくらいのお金が必要なのか。体験格差の実態に迫ります。
「体験」がなぜ重要なのか
そもそもの前提として、なぜ「体験」が子どもたちにとって重要なのだろうか。言い換えれば、「体験」にはどんな価値があるのだろうか。
まず、「体験」は往々にして楽しいものだ。海は楽しい。動物園は楽しい。サッカーは楽しい。絵を描くのは楽しい。旅行に行くのも楽しい。
もちろん、プールで泳ぐのが楽しくない子どもはいるし、ピアノの練習が楽しくない子どももいる。すべての「体験」が、すべての子どもにとって楽しく感じられるわけではない。だが、それぞれの子どもにとって楽しいと感じられる「体験」が、一つはきっと存在するだろう。
さらに、「体験」の価値はその時々の楽しさだけではない。例えば、「体験」は子どもの社会情動的スキル(非認知能力)にも関係するとされている。つまり、子どもたちへの短期的な影響(楽しさ)だけでなく、かれらの将来に対する長期的な影響もある。
だからこそ、その格差を放置しておけないわけだ。たまたま裕福な家庭に生まれた子どもたちばかりが様々な「体験」の機会を得られ、それによって大人になってからの収入などの格差が再生産されているとすれば、とてもフェアな社会とは言えないだろう。沖縄県で長く子ども・若者の貧困問題に取り組み、不登校状態の子どもたちを支援している金城隆一(きんじょう・たかかず)さん(NPO法人ちゅらゆい代表理事)は、様々な困難を抱える子どもたちを連れて北海道へ旅行に行ったときのことを次のように語る。
子どもたちにとって初めての旅行でした。でも、子どもたちは北海道の現地に着いても、沖縄の地元にあるようなアニメショップやゲームセンターなど、普段の生活とまったく同じことをやりたがる。食べ物も全国チェーンの寿司屋に行きたいと言う。これまで色んなことを体験したことがないから、「北海道に来たらこれをやってみたい」とか、そういう選択肢がそもそも頭に思い浮かばない。貧困とは「選択肢がない」ということです。私は、子どもの貧困問題の中心にあるのが、体験格差だと思っています。
何かを一度もやったことがなければ、それが好きか嫌いかもわからない。何かを一度も食べたことがなければ、それが好きか嫌いかもわからない。どこかに一度も行ったことがなければ、その場所が好きか嫌いかもわからない。
子どもたちにとっての想像力の幅、人間にとっての選択肢の幅は、大なり小なり過去の「体験」の影響を受けている。貧困状態にある子どもたちは、「過去にやってみたことがあること」の幅が狭くなりがちだ。そして、そのために「将来にやってみたいと思うこと」の幅も狭まってしまいがちなのだ。
体験格差とは、今を生きる子どもたちにとっての楽しさや充実感の問題でもあり、将来の人生の広がりに関わるより長期的な問題でもある。そのどちらも極めて重要だ。そうであるにもかかわらず、子どもたちの「生まれ」によって「体験」の機会に格差があることは、この社会ではあたかも仕方がないことのように捉えられてきてしまったのではないか。
「体験ゼロ」の子どもたち
全体の中で「体験ゼロ」の子どもたちがどれだけいるのか、その割合を見ていくところから始めよう。
ここでいう「体験ゼロ」とは、私たちが調査の項目に含めた様々な学校外の体験が、直近1年間で「一つもない」ことを意味する。要するに、スポーツ系や文化系の習い事への参加もなければ、家族の旅行や地域のお祭りなどへの参加も含めて「何もない」ということだ。お金を払わなければ参加できないものが多いが、無料で参加できるものも含まれる。
「放課後の体験」も「休日の体験」もゼロ。あるいは有料であろうが無料であろうがゼロ。こうした「体験ゼロ」の子どもたちは、調査の結果、全体のおよそ15%を占めることがわかった。
逆に言えば、残りの85%、つまり大多数の子どもたちは、少なくとも何らか一つの「体験」に参加する機会を得ていたことになる。
もちろん、「体験ゼロ」以外という形で括られる子どもたちの中には、動物園に一度行っただけという子どもから、週に何日も習い事に通い、旅行やキャンプにも何度も行っているという子どもまでが含まれている。その違いに目を向けることはもちろん重要だが、同時に、ゼロかゼロでないかの違いにも注目が必要だろう。
こうした「体験ゼロ」の子どもたちの割合を、家庭の世帯年収別にも見てみよう
すると、世帯年収が低い家庭ほど、「体験ゼロ」の割合が高くなっていることがわかる。世帯年収が600万円以上の家庭だと「体験ゼロ」が11.3%であるのに対し、300万円未満の家庭では29.9%となった。つまり、2.6倍以上もの格差だ。
こうした経済的な格差は、各家庭が支払っている「体験」の平均的な年間支出額にも表れている。
体験への年間支出額(世帯年収別)/講談社『体験格差』より
世帯年収600万円以上の家庭のおよそ12万円に対して、300万円未満の家庭では5.5万円弱。具体的な金額の面でも、およそ2.2倍の格差が生じている。
具体的に必要なお金はどのくらい?
「体験ゼロ」の子どもの割合(世帯年収別)/講談社『体験格差』より