彼女は援軍の巻物を読んだ   作:きりり

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いつも感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
次回、カルカの物語最終回になります。


四十三話 彼女が示したかったこと

 エローナとモモンガは、相討ちになった。

 実力差が絶対的だったモモンガにとって、これはジャイアントキリングと呼ぶに相応しい戦果だろう。

 さらにモモンガには死亡時に自動蘇生できる指輪がある。

 独白を含め、全てエローナの油断を突くための演技だったのだ。

 語っていたこと自体は、本心だったけれども。

 

「……なんとか、なったか」

 

 おそるおそる立ち上がったモモンガは、倒れ伏したままのエローナを見下ろす。

 注意深く、状態を調べた。

 自動蘇生など、相手も用意していて当然と考えるべきだ。

 いつでも攻撃できるように魔法を準備しておく。

 間違いなく死んでいて、蘇ってこないことをしつこいほど繰り返し確認し、安堵した。

 

(あ、危なかった。一歩間違えれば、完敗だった……)

 

 できれば生かしたまま捕えて情報を吐かせたかったが、そんな余裕はなかった。

 明らかにレベルカンストのモモンガや守護者たちよりもエローナは強く、遥かに速かった。

 勝てたのは、殺されるまでにThe goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)を完成させる猶予を与えられたからだった。

 エローナが話を聞こうとしてくれなければ、絶対にモモンガは勝てなかった。

 

(それにしても、この女には妙な点が多過ぎる……。強さの割に耐性貫通即死の対策をしていないのがそもそも変だ。動きも異常過ぎるし……。何だったんだ? 転移ではなさそうだった。身体能力だけでも説明がつかない……。あれほどの速さなら、動作に付随する物理現象が発生してもいいはずなんだ。でも、それが無かった。身体能力はもちろん高いのだろうが……。それに加えて、彼女だけ時間そのものが通常より早く流れていたような……。荒唐無稽だが、そうでもなければ説明できない)

 

 考えれば考えるほど、エローナが見せた強さに対する疑問は大きくなる。

 ワールドアイテムの守りが一時的に消失したのも不可解だった。

 しばらく納得できる答えを探していたモモンガは、今は他にすべきことがあると思い直し、ひとまず抱いた疑問を全て一時棚上げすることにした。

 NPCたちに対してここまでされたモモンガの腹の虫は収まらないものの、ナザリックの建て直しの方が優先だ。

 早く全員蘇生して、無事な姿を見せてやりたい。

 エローナの死体はとりあえず保管しておくとして、全てが終わった後で思いつく限りのやり方で冒涜しつつ、戦力として活用して恨みを晴らすとしよう。

 疑問の答えを見つけるのは、その時でも遅くはないはずだ。

 急ぐ必要はない。

 どちらにしろ、敵は死んだのだから。

 大きく息を吐いたモモンガの視界がぐらりと傾いた。

 

「──え」

 

 そのまま視点がぐるぐると回転しながら落ちていって、地面が垂直になった状態で停止する。

 視界には、地面と一緒にエローナの死体が映っている。

 状況を理解できない。

 どさりと、遅れて何かが倒れる音がする。

 

「つくづく甘さを捨てられない自分が嫌になるわ。こんなことをしているから、無駄に一回殺されることになる。……私は奇跡を起こす方で、私自身に奇跡なんて起きない。分かっているのに」

 

 聞きたくない声がした。

 それも、背後から。

 訳が分からなかった。

 目の前にエローナの死体があるのに、後ろからエローナの声がする。

 足音が近付いてきて、視界を遮られる。

 真正面のすぐ近くから見下ろすように佇むエローナと目が合った。

 その手には、青白い神秘的な輝きを放つライトセーバーが握られていた。

 首を刎ねられたのだと理解するのに、数瞬を要した。

 モモンガがまだ生きていられるのは、アバターがアンデッドだからだろうか。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 笑顔はない。その表情は無表情のまま、凍り付いたかのように変わらない。

 エローナの背後には、ナザリックへ突入してくる時に現れたのと同じ、中から光を漏らす空間の裂け目があった。

 前回よりも間近で見ることになったモモンガは、自分が勘違いしていたことに気がついた。

 それは、光などではない。

 気付いた瞬間、怖気が走った。

 瞳だ。

 目の色だ。

 巨大な裂け目に収まり切らないほどの大きな何かが、裂け目の向こうから至近距離でモモンガを見ている。

 開いたままの裂け目が大きく広がっていく。

 世界の壁を乗り越え、途方もなく大きな何かが向こう側からやってくる。

 その全長を、モモンガが知ることはできなかった。

 大きさゆえに、視界の中に入り切ることができないのだ。

 だが、出てきてエローナに傅いたモノを、モモンガは知っていた。

 それは、ユグドラシルでかつて、九曜の世界喰いと呼ばれていたモノ。

 このワールドエネミーならば、確かにナザリックの護りを破ることだって、その力があればできるだろう。

 

「そいつは……」

「ああ、この子? ……援軍の巻物を読み続けていたら出てきたのよ。運が良かったわ。現地生物が召喚対象に入るのは確認済みだったけれど、ユグドラシルからこちらに来ているものも、可能性さえあれば結構何でも来てくれるようね」

 

 裂け目が閉じていく。

 鼻先を近づけてくる九曜の世界喰いを慈しむように一撫ですると、エローナはしゃがみ込み、静かに、ライトセーバー型生き武器を振り上げた。

 援軍の巻物というアイテムの効果は知らずとも、その名称で大体の想像はつく。

 Elonaを全く知らないモモンガであっても。

 

「ふざけるな。そんなの、ただのチートじゃないか」

「そうね。否定しない。そもそもゲームから引き継いだ力だもの。……この世界で必死に生きている人間から見たら、全部ズルよ。本来なら私たちの力は、唾棄すべきものに過ぎない。だからこそ、何故振るうのかを、よく考えなければならないの。自分の大切なものを守ることを免罪符に、他者の犠牲を簡単に許容して振るってはいけない。そうしてしまえば、いつか来る因果応報が、私たちから全てを奪い去っていく。常に自分を戒めないとならないのよ。身体に比べて強さを伴わない私たちの心は、簡単に化け物になってしまうから」

 

 もうどうしようもなくなったモモンガは、目の前の敵に命乞いするしかなかった。

 聞き入れられるはずがないと、分かっていても。

 

「見逃してくれ。こんなところで、死ねないんだ。だって、皆を見つけてない。頼む、話を聞いてくれ。俺は、まだ」

「……ごめんね、悟」

 

 一瞬の躊躇の後、今度こそエローナが最後の一撃を振り下ろす。

 モモンガという者は、これで永遠にこの世界からいなくなった。

 その場にエローナは無言で佇んでいた。

 何かを堪えるように口元を引き結び、頭上を見上げ。

 しばらくして、エローナは自分の死体から落とした装備を回収する。

 契約の魔法で即死を防げなかったが、致命的な問題になる前にそれが分かったのは僥倖だ。

 原因として考えられるのは、ユグドラシルとElonaの即死というシステムの違いだろうか。

 ユグドラシルの即死はあくまで即死という現象を直接起こすが、Elonaの即死は即死級のダメージを発生させることで行われる。

 そのため、契約もあくまで即死級のダメージを受けることをトリガーに発動するようになっているのではないか。

 あるいはモモンガの即死魔法がエローナに効果を及ぼせるようにElonaのルールに変換され、エローナですら死ぬ量の即死級ダメージが叩き込まれた結果、The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)で『契約』の魔法を貫通されたか。

 

(あくまで、推測だけれど)

 

 当たっている確証はない。

 一度死んだことを、エローナは特に気にしていない。

 下がった能力はポーションや巻物を使用して潜在能力最大を維持しつつ鍛錬をすればそのうち戻る。

 まあ、エローナのレベルまで鍛えていると、どんなに上げたところで潜在能力の数値は飾り程度にしかならないのだが。

 場合にもよるが、下落転生を併用してもいいかもしれない。

 ナザリックのワールドアイテムはエローナに効果を与えなかった。

 九曜の世界喰いをペットにしたせいだろうか。

 

(……私は立ち位置を定めた。やるべきことをやらなければ)

 

 エローナは回収しておいた方がいいと判断したアイテムを回収しながら、最初の宣言どおり残っていたナザリックの者たちを九曜の世界喰いと共に全て皆殺しにしていった。

 戦える者、戦えない者の区別なく、平等に。

 悲しそうにすることも、楽しそうにすることもなく、ただただ機械的に死を積み上げていく。

 この世界に生まれ、ナザリックに保護されたり、寝返ったりした者たちも、例外ではなく。

 そこに善人と悪人の区別はない。

 クライムはラナーを守って死んだ。

 情報を遮断されて己の知能を生かす場を与えられず、ナザリックの者たちに憎悪と反感を募らせていたラナーは、エローナと相対してナザリックが窮地に陥っていたこと、ナザリックに本当の意味で信用されていなかったことを瞬時に悟り、ナザリックの者たちを罵倒しながら己とクライムに振りかかった理不尽な末路を呪って死んだ。

 ツアレは偶然階層崩落の被害に巻き込まれず生きていたが、セバスの姿を探しているうちにエローナに遭遇し、セバスがどこにいるか尋ねようとして、自覚のないまま死んだ。

 あんな目に遭っても、まだツアレはセバスのことを慕っていた。

 だから、話をしたかった。ただそれだけだった。

 元奴隷だったエルフの三人娘は、エローナに命乞いをしたものの聞き入れられず逃げようとして死んだ。

 ピニスンを始めとする森精霊(ドライアード)たちやトレントたち、マンドレイクたち、蜥蜴人(リザードマン)たち、さらにはトブの大森林から移住している紫らも含め、迎え入れられた者たちは例外なく、全員死んだ。

 ナザリックには、残っていた魔導国の監視網によって存在を発見され、シズの希望により元王国の地で保護されて、避難に成功していたネイアもいた。

 シズは、ネイアにとって大切な友人だった。意気投合して、先輩と呼ぶほど慕っていた。

 最後の別れをする暇もなく、シズはアインズを守ろうとして死んでしまった。

 残されたネイアは何をするべきなのか考えて、自らエローナの前に姿を晒した。

 もはや死を覚悟しているのか、それともアインズに殉じるつもりなのか、ネイアはエローナを恐れず、問いかけた。

 

「……どうして? どうしてこんな悲劇を振り撒けるんですか? あなたには、人の心はないのですか?」

 

 ネイアにしてみれば、答えなんて期待していなかった。

 来るとも思っていなかった。

 だって話が通じるなら、何故こんな結末になってしまったのか、分からない。

 だからこそ返事があったことに驚いた。

 

「人の心があるからこそ、やらなければならない。私は、誰よりも強い分、誰よりも多く願いを背負っている。それらの願いを叶えるため、私はここにいる」

「だったら、何故……! それほどの力を持ちながら、私たちを見捨てるのですか! 私たちの願いは、あなたには背負う価値もないというのですか!?」

 

 納得できなくて、ネイアの眦から涙が溢れ出す。

 口惜しくてたまらなかった。

 エローナが強いのは、疑いようがない。

 なら、聖王国の政変を食い止めることだってできた。

 それによって出た教団の死者を、なくすことが可能だったはずだ。

 大切な仲間だったから、エローナに守って欲しかった。

 そう思うのが間違いだと分かっていても、自分が弱かったことが悪いのだと理解できても、ネイアの感情は納得できなかった。

 

「無理よ。あなたたちの願いと、私が背負う願いは相反する。私は一方の願いしか背負えないの」

「ならせめて、話し合いでは済ませられなかったのですか。少なくとも、陛下は私たち聖王国の民を守ってくださいました。その力を、あなたも正義のために使おうとは思わないのですか?」

 

 ネイアにとっての正義とは、魔導王のことだ。

 ヤルダバオトと亜人軍に蹂躙される聖王国の者たちの弱さと、圧倒的な力で次々と状況を打破していく魔導王の強さを対照的に見せつけられてしまったから、その考えに染まってしまっている。

 精神を支える根幹になってしまっているから、己が騙されていたことも、認められないし受け入れられない。

 仕方のないことだ。

 

「……あなたは何も悪くない。だから助言をあげるわ。覚えておきなさい。どんな強さも誰かの犠牲の上に成り立っている。代償なく得られる強さなどない。そうである以上、力で己の正しさを貫こうとするなら、やがて自らの大切なものを手放さなければならない時が来る。それこそが、他人を犠牲にして強さを追い求める行為への報いだということを。今後もあの子の強さを正義と信じ、自らも力を求め続けるなら、この言葉を忘れないように胸に刻んでおくのよ」

 

 厳しい眼差しをネイアに向けていたエローナの無表情が、少しだけ和らいだ。

 無機物のようだった、エローナの氷の雰囲気の中に。

 少しだけ命の輝きが混じったのを、ネイアは感じた。

 

「……本音を言うとね。あなたのようにあの子のことを慕ってくれている子の存在が、少しだけ私には救いに感じられるの。──ありがとう。あの子を最後まで信じてくれて。もし本当のことを知る時が来ても、どうか嫌わないであげてね」

「……えっ?」

 

 魔導王をまるで愛しい年下の誰かのように扱うエローナの言葉を聞いて、目を見開くネイアの首が、横にずれる。

 断たれた首が落ちていく。

 エローナの言葉の意味を考えながら、ネイアは死んだ。

 瞬く間にナザリック内の掃討を終えると、エローナの手は魔導国全土に波及していく。

 カルネ村では、エンリがネムを家に隠し、ンフィーレアやゴブリンたちと共に絶望的な抵抗を行い、死んだ。

 ネムは戦いの音が絶えて、姉たちの身を案じて外に飛び出したところを見つかって死んだ。

 王国から魔導国に鞍替えしたレエブン侯たち貴族も例外なく死亡した。

 少しでも力を持ち聖王国にとって後の脅威となるであろう者たちと、それらを慕い、失って復讐心を抱く可能性がある者たちを、徹底的に殺し尽くした。

 最後に魔導国の国土全てに、メテオを降り注がせた。

 夥しく大地に転がる死体の山を全て、火葬するかのように。

 魔導国の者たちが皆殺しになったことを知ったら、カルカは気が晴れるだろうか? まだ足りないと叫ぶだろうか? それともやり過ぎだと嘆くだろうか?

 

(少しでも、慰めになればいい。……でも、他人を思いやる心で、踏み止まってくれたら)

 

 できれば己を非難して欲しいと、エローナは願う。

 そして他人の不幸を願ったカルカ自身の罪まで全て、構わないから着せてくれとエローナは祈る。

 エローナは、飛ぶことを怖がるカルカに、勇気を出して大空へ羽ばたいて欲しかった。

 もうゲームではないのだ。己の傍にずっと縛りつけておくわけにはいかない。

 傷つけられた心との折り合いをつけ、これからカルカは生きていけなければならない。

 すぐに心の傷が治ることは有り得ない。

 これからもずっと、カルカを苛み続けるだろう。

 それでも、憎しみだけは捨てさせたかった。

 間違いなくその感情は、カルカの価値観を肥大化させ、多くの命と共に他人の価値観を踏み躙り、いつか報いを招いて破滅に導くものだから。

 汚名だろうが悪名だろうがなんだろうが、エローナはいくらでも被ってやるつもりだった。

 どうせティリスでは、ゲームでの行いが現実となった結果、幾億もの憎しみと呪いを産んで、渦を巻いているに違いないのだから。

 案外逞しそうに生きているように見えても、それはきっと表層だけ。

 Elonaを、エローナは文字どおり、遊び尽くした。

 ゲームで現実ではないとはいえ、あらゆる悪行に手を染めてきたのだ。

 現実になって被害者が本当に出てしまった以上は、その罪を背負わなければならない。

 九曜の世界喰いが口を開けて、エローナの前で待つ。

 回収したワールドアイテムをねだっているのだ。

 ナザリックにあった全てのワールドアイテムを、エローナは九曜の世界喰いに食べさせてやる。

 その間に考えるのは、モモンガのこと。

 

(考えないと。私にできることを)

 

 表情を凍り付かせ、エローナは九曜の世界喰いと共にまた別の場所へと消える。

 被害を減らす選択肢は示した。

 アインズ本人へ情けもかけた。

 差し伸べた手を相手が取らなかった以上、ただただ感情を排除して、カルカと聖王国の安全を最優先に考えて動くのみ。

 情を交えず、徹底的に反撃の一切の芽を潰す。

 エローナが魔導国を滅ぼす光景を、ツアーは目を逸らすことなく見つめていた。

 本当なら、ツアーは自らの手で行い、背負うべきだった。

 できなかったのは、ツアーの力が足りなかったからだ。

 守るべきものがある者にとって、他者より弱いということはそれ自体が罪となる。

 少なくとも、ツアーはそう思っている。

 魔導国を滅ぼし終えた後。

 

「ナザリックで見つけた。あなたにあげるわ。おそらく、それが一番いい」

 

 突然現れたエローナが、ツアーへナザリックから回収したスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを投げ渡してきた。

 意志を持つ生きている武器を多く抱えているエローナにとって、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの激しい抵抗を捻じ伏せるのは、簡単なことだった。

 さらに回収した他のアイテムを、ツアーの前に落としていく。

 形見として欲しがられたひとつを除いて、エローナから全て受け取ったツアーは、帰ろうとするエローナへ問いかけた。

 

『ギルド武器を破壊してはいけないとよく分かったものだ。もしかすると、君は何もかも知っているんじゃないのか?』

 

 無言で、エローナは足を止めた。

 

「人より知識があることは否定しない。でも、何でもではないわ」

 

 いつにも増して、声音は冷え切っていて感情を窺えない。

 

『……守るものがある弱者は勝つために手段を選べない。元々は強者だろうと、もっと強い者が現われて弱者に転じればそうせざるを得なくなる。私も、彼も。おそらくは君でさえも。君は優しい。今回の行いは、酷く心が痛んだだろう。任せてしまって悪かった。謝罪しよう』

 

 それは、ツアーにとって罪悪感から出た言葉だった。

 労わるというより、自らの心の痛みを軽くするためのもの。

 エローナは辛そうな態度を見せず、弱音を吐こうともせず、毅然としている。

 少なくとも、表面上は。

 カルカたちの安全を考えれば、時間をかけるわけにはいかなかった。

 アインズの本心を知りたかったから、NPCの判断を挟ませたくなかった。

 今までの自分の行いをどう感じていたのか、本人の言葉を聞いて確認したかった。

 禍根の種を残したら未来の聖王国にとっての災いとなるから、徹底的にやって根を断った。

 全て言い訳に過ぎない。

 もっと穏便な方法を取ることができるだけの力はあったのだから、この結果が齎す全ての不幸は間違いなくエローナの罪で。

 

「わざと短く制限時間を切ったのは私で、この期に及んで悟に情けをかけようとしたのも私。奇跡が起きなかったからって、口に出したことすら反故にしたら言葉の重みが無くなる」

 

 大きく息を吸い込む。

 その顔が上向く。

 魔導国の者を皆殺しにしたのは、少なからずエローナにカルカへの同情があったからだ。

 憎しみで動いた結果どうなるかを、カルカに示したかった。

 下手人として、この世界の人間ではないエローナは都合が良かった。

 這い上がることができる。

 殺した者を生き返らせる手段もあった。

 実行してもいい理由が揃っているのだから、恨みを晴らしてあげたかった。

 罪は己が背負えばいい。

 ゲームが現実になった時点で、どうせもうエローナの手は拭い切れないほど血に染まってしまっている。

 

「復活の書という蘇生アイテムがある。好きなだけ用意するから、カスポンドと相談して評議国と聖王国の脅威にならなそうな人たちを蘇生してあげて。対象が属する場所で使えば拒否されない限り、誰でもそれで蘇るはずよ。使わなくても構わないわ」

 

 ツアーから背を向くエローナの表情は見えない。

 エローナは、聖王国の、カルカの味方をする選択をしたのだ。

 誰も彼もと救いの手を伸ばすことはできないし、してはいけない。

 どんなに力があったとしても、伸ばせる手の範囲には限界があって、それを超えれば後で他人を巻き込んで破綻してしまうから。

 そして、己の手が伸びる範囲の限界が分かる者など、いないのだ。

 力を過信し不相応に際限なく手を伸ばし続ければ、いつか手痛いしっぺ返しが来る。

 かつてカルカがそうなったように。

 これから、エローナ自身がそうならなければならないように。

 理屈だけで判断するなら、復活の書による蘇生は間違いなく余計だ。

 あくまで、我儘と罪悪感から来るエローナの罪滅ぼしに過ぎない。

 行った殺戮を蘇生で帳消しにしようなんて、酷い偽善だ。

 その行いの結果が、報いとなって跳ね返ってくるのは確定している。

 だからこそ、意味がある。カルカの学びになってくれるだろう。

 ……それに。

 

(本当なら私は戦うべきではなかった。誰かの味方をして力を振るうことが、他の誰かの大切なものを踏み躙ることに繋がると知っていたのに)

 

 ゲームが現実になった時点で分かっていたのだ。

 エローナの力は、心のままに振るうには大き過ぎる。

 だからこそ、これまで他人を鍛えることに徹して、戦闘行為を制約で縛ってきた。

 カルカの願いと、エローナ自身の願い。

 その両方を叶えようと欲張って、ありもしない奇跡を夢見てしまった。

 自ら定めたルールを破ったのだから、その責任を負わねばならない。

 あまりの強さを危険視し、ツアーは不意を打ってエローナに攻撃することを考えた。

 

(たとえ敵わなくとも、世界の秩序を乱す者なら正さなければならないが……。彼女はまだ踏み止まれそうか。様子を見よう)

 

 すぐに思い直し、動かないことに決める。

 正直なことを言えば、殺し切れる自信もなかった。

 間違って仕留め損なえば、どうなるか。

 ちょっと想像したくない。

 だから判断は保留にして、その背へ問いかける。

 

『君は、何者だ?』

「ただの、人間よ」

『……嘘だろう?』

「そうかもね。……でも、心だけは人でありたいわ」

 

 種としては人間でも、その力量はもう人間の範疇にない。

 心の在り方を見て、まだ人だと感じる者はいるだろう。

 その力の凄まじさを見て、もう化け物だと思う者もいるだろう。

 ツアーは、エローナをどちらだと思っただろうか。

 

 

 

 

 

 

 邂逅が終わった。

 残されたナザリックの調査で、行方不明になっていた王国民と聖王国民に貴族たち、フォーサイトを含む帝国のワーカーたちの一部や、フィリップ、アンティリーネ、さらにはリ・エスティーゼから奪われた物資の残りが発見された。

 それによりエローナの証言は真実と結論付けられ、カルカの世界の魔導国は名声が地に落ち、史上最悪の侵略国家として滅びてなお歴史に名を残すこととなった。

 本当に全員死んだのか確認するため、ナザリック内で使用された復活の書には、ナザリックの者たちの名前は誰ひとりとしてリストに表示されなかった。

 必ず失敗するものの、ナザリックにあったアイテムによる、《真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)》で蘇生を試みる対象にはできるようなので、生存しているわけでもないようだ。

 全員が、まるで聖者殺しの槍(ロンギヌス)で抹消されたかのように、存在自体が消滅してしまっているとしか考えられない状態になっていた。

 ツアーによると、これはエローナの仕業らしい。

 どうやったのかは分からないが、アインズも、ナザリックのNPCたちも、二度と復活できないように、きっと全て滅ぼしてしまったのだ。

 残っていたナザリックの宝物は、全て運び出されて戦地の復興と人々への補償に当てられることとなった。

 価値があると見込まれたものは、それが布の切れ端であっても、残らず持ち去られた。

 調査が終了すると、ナザリックはエローナによって破壊され、あらゆるものを人々によって剥ぎ取られた無残な状態のまま、ツアーによって機能を停止させられ厳重に封印された。

 新たな聖王となったカスポンドは、レメディオスが産んだ半人半獣身四足獣(ゾーオスティア)の子、メディを利用し亜人たちとの関係改善を推進する。

 並行して、ツアーと協議を重ねたうえで、魔導国でエローナに殺された者のうち、生かしていても問題ないと判断できる、善良で世界の秩序の崩壊を齎さない者たちを選定し、エローナに提供してもらった復活の書で蘇生させるため魔導国へ向かった。

 まさか、魔導国に与した自分たちを生き返らせてもらえるとは思っていなかったから、蘇生された多くの者はカスポンドに感謝した。

 さらにカスポンドは蘇生の対象を、明確な悪人を除いて、ナザリックが来てから死亡した聖王国や旧王国、帝国、竜王国、法国など、あらゆる全ての者たちにも広げ、各国を回った。

 その中には漆黒の剣の面々や、ザナックなど、多くの人々が含まれていた。

 カスポンドは蘇生という行為で以てその立場を盤石にし、聖王として聖王国だけでなく、他の国の人々にも受け入れられていく。

 復活の力を振るう聖王の威光が、聖王国の人々の態度を軟化させ、共存を望む亜人を受け入れさせていった。

 選定にはツアーが関わっているから、亜人ですら蘇生を許される者が出てきた。

 これにより、アベリオン丘陵を聖王国は版図に加え、人とそうでない者たちが共に暮らす、魔導国が目指したような、理想郷への一歩を踏み出す。

 クーデリカとウレイリカは相変わらず死亡リストに乗らないままだったが、カスポンドが復活行脚を行っていたのとちょうど同じ頃、アルシェは死に物狂いで捜索し、ついに彼女たちを見つけていた。

 妹たちは何者かに保護されたようで、安全な場所で穏やかに暮らしていた。

 自分たちが両親に売られたことも、アルシェが戻ってこなかったことも過去として乗り越えようと、心の傷に苦しみながらも前向きに生きているのを確認して、姉として名乗り出ることはせず、変装した状態で会話を交わし、それを最後の別れとして去った。

 アルシェは理解していた。

 生きて帰れなかった以上、カルカの世界のクーデリカとウレイリカの隣に、もう自分の居場所はないのだと。

 エローナは魔導国の人々からの恐怖と怨嗟を全てその身に受け止めて自ら罪人となった。

 その気になれば逃げることなど簡単だったはずなのに、エローナは装備を外して持っていたアイテムも含めて全て四次元ポケットに入れて、人々に無抵抗でその身を委ねた。

 九曜の世界喰いさえ、小城へ帰して。

 断頭台に登る死刑囚のような背中が語っていた。

 罪は全て、自分が持っていくから利用しろと。

 カスポンドも意図を承知で、魔導国での殺戮の咎としてエローナを許されざる大罪人として扱った。

 そうしなければ、人々の憎しみは聖王国にまで向けられかねなかった。

 憎しみから、あらゆる報復がエローナに与えられた。

 自分を殺したから。

 アインズを殺したから。

 家族や恩人、恋人、友人を殺したから。

 人々が復讐に走った動機は他にも様々だった。

 皆、大切な人たちをエローナに殺され、その蘇生が許されなかった人々だった。

 報復に加わらなかった者たちも、遠巻きに眺めたり目を逸らしたりするだけでその行為を止めることはなかった。

 彼ら彼女らとて、憎しみがないわけではなかったからだ。

 そして報復を見届ける者たちの中には蘇ったクライムやツアレ、エルフの三人娘、小鬼将軍の角笛を取り上げられたエンリと、ンフィーレア、ネム、さらにはネイアの姿もあった。

 もうネイアはエローナが悪人ではないと悟っていたけれど、それでも助ける気にはなれなかった。

 本来は心優しい者たちばかりだった。

 皆、力ある者たちの中に、親しい者や大切な者がいる者たちだった。

 永遠の別離をエローナによって身勝手に決定付けられた、被害者だった。

 例えば、クライムにとってのラナー。

 ツアレにとってのセバス。

 三人娘にとってのアウラとマーレ。

 エンリとンフィーレア、ネムにとってのゴブリンたち。

 ネイアにとってのアインズやシズ。

 それらは誰一人として、許されなかった。

 ナザリックの者たちはたとえ戦えない者であっても、戻ってくることはなかった。

 永遠の喪失。

 誰かを大切に思う善良な心が、反転して人々の復讐を消極的とはいえ許容させた。

 復讐に走る人々から、目を逸らさせた。

 

「どうして、こんな酷いこと……! やめて、やめてください……!」

「アルシェ。……カルカを、止めて。……お願いよ」

「……分かった」

 

 カルカは泣き叫んで止めようとしたが、エローナ本人に制止され、後ろからアルシェに羽交い絞めにされた。

 ショックを受けて、カルカが振り返る。

 激情のまま、アルシェを睨みつけた。

 

「あの人たちを止めないのですか!? アルシェさんは! アルシェさんにとって、神様はその程度の方だったのですか!?」

「止めない。エローナはきっと、止めて欲しいなんて思ってない」

 

 険しい表情で、アルシェはカルカに答えた。

 声が震え、唇はわなないている。

 その眦から涙が滲み、伝った。

 かけられた言葉は、鋭くナイフのようにアルシェの胸を抉っていた。

 アルシェはカルカに手が出そうになるのを全力で堪えなければならなかった。

 当然だ。大切な人を傷付けられて、絆すら侮辱されて、平静でいられるわけがない。

 でもそれは誰だって同じで。

 かつてエローナ自身から教えてもらっているからこそ、止めてはいけないと分かっていた。

 いくら自分たちにとってエローナが大切であっても、他の人々にとってはそうじゃない。

 例外にしてはいけない。それはきっと、エローナ本人をも侮辱する行為だ。

 そして、どれだけエローナが自分たちに心を砕いていたかも理解していた。

 気付かなかったからこそ、目の前の現実がある。

 ならばせめて過ちを認めなければならない。

 

(私たちは、どこかで間違えたんだ。その負債を、エローナに払わさせてしまっている。どこから? ……決まっている。憎しみで動いた時から、きっと全部が間違っていた。……もう、捨てよう。憎しみなんて。後生大事に抱えていたって良いことはない)

 

 大き過ぎる代償を支払って、アルシェはようやくその答えに至った。

 リンチは続く。

 ひとりでも止めようとしたカルカだったが、実力行使に及ぶことができなかった。

 今の実力で無理やり止めようとすれば、己のへっぽこな攻撃技術でも、素の力だけで魔導国の人たちの中にまた死人を出しかねない。

 そのことを、聡く優しいカルカはしっかりと理解していたから。

 善良なカルカの気質が、最後の最後でその選択を取ることを許さなかった。

 手を出せず蹲るカルカに、一部の人々が口々にまくしたてた。

 この女のしたことは虐殺だった。

 だからこれは正当な復讐なのだと。

 こちらの事情を理解せず、一方的に悪と断罪したこの女の方こそ悪なのだから、やり返されて当然なのだと。

 憎悪と無理解から来る、心無いレッテル張りだった。

 

「どうして……! どうして! あなたたちに、神様の何が分かるというのですか……! 神様は、そんな人ではありません……!」

 

 声を枯らして叫んでも、人々は止まらなかった。

 元が善良なはずの人々が、カルカには悪魔のように見えた。

 そして気付く。

 実行に移さなかっただけで、復讐心を抱いていたのは、カルカだって同じこと。

 魔導国やアインズへの憎しみを吐露していた時、庇護下にあったというだけの、直接関係のない人々にまで憎悪の対象を広げた時、カルカ自身が目の前の人々と同じ表情を、エローナに見せていたのだと。

 愕然とした。

 人々に囲まれ殴打され斬りつけられているエローナが、カルカを見てほほえんだ。

 

「私は復讐されても仕方のない仕打ちを彼らに行った。これは彼らの権利であり、私への報いなのよ。魔導国が聖王国にした行為もまた、あなたの復讐が許されるべきことだった。……ねえ、カルカ。覚えておいて。誰かがどこかで復讐心を捨てない限り、こういうことは延々と続いてしまうの。だからこれからは、前を向いて生きなさい」

 

 人々の力では、たとえ全ての装備を外したとしても、エローナを殺すことは難しい。

 せいぜいが傷をつけることができる程度で、それも僅かなものだ。

 すぐ治ってしまう。

 やがて誰かが火傷を負わせられることに気が付いて、エローナは火炙りにされた。それでも死に切れなかった。

 やはり再生力が強過ぎる。

 電撃、毒、凍結など、人々はあらゆる方法で殺そうとしたが、依然としてエローナは生き続けた。

 最終的に、エローナは身体に石を括りつけて湖に沈められることになった。

 波紋が無くなっても、浮き上がってこなかった。

 超人に思えたエローナも、窒息には勝てなかった。

 廃人になった冒険者たちを葬るElonaの死因も、思えばもちを喉に詰まらせたり、ロープで首を吊るなどの窒息だ。

 無敵ではない。

 死んだと思って、人々は歓喜した。

 エローナの死体は引き上げられ、考えられる限りの方法でさらに尊厳を奪われた後、アンデッド化しないよう切り刻まれて野晒しにされた。

 腐って異臭を放つようになった頃、溜飲を下げたのかようやく人々はエローナの死体に注意を払わなくなった。

 天から降ってきた始源の魔法の炎が、放置されたエローナの死体を荼毘に付した。

 燃え尽きた後には何も残らなかった。

 全て、カルカは見届けた。見ているしか、なかった。

 ようやく分かった。エローナは、カルカの身代わりになったのだ。

 きっと自分も同じことをした。

 憎悪に突き動かされるまま、罪のない人々をも巻き込んで復讐を果たした後で我に返って、罪悪感に押し潰されて、復活の書を使って魔導国の人々を生き返らせようとしたに違いないから。

 彼ら彼女らも、本来は善良な人間たちだ。

 憎悪が晴れて正気に戻れば、己の行いを恐怖する時が来る。

 何かの不幸を祟りと勘違いしたりして、その時になってようやく、鎮魂のためなどと適当な理由をつけ、仰々しい慰霊碑を作ったりするのだろう。

 良心の呵責に突き動かされて、自分勝手に。

 自らが辿るかもしれなかった道だからこそ、カルカには容易に想像できた。

 そして、己に彼らの行動を責める資格などないことも。

 

「う……うう……うああああああああ……!」

 

 心を抉るようなこの痛みこそが、憎悪を捨てられなかった己の選択で背負わなければならないものなのだと悟って、泣きじゃくりながら、カルカはこの結末を受け入れた。

 

「……くそ。何なんだ、この嫌な感覚は。虫唾が走る」

 

 カルカが悲しんでいることを察知し反射的に動こうとしていたレメディオスは、ケラルトに止められ行動に移すことができず、言語化できないもやもやする気持ちを覚えて戸惑っていた。

 

「姉様も、カルカ様も。……気を落とさない方がいいですよ。人間なんて、所詮こんなものですから」

 

 既に人の汚い側面を充分直視して生きてきたケラルトは、ある意味ではこのエローナの死を当然の末路だと捉えていた。

 ケラルトは、相手のことを思いやるも思いやらないもその人の自由だと思っている。

 ただ、後になってその行いの報いが因果応報となって返ってきた時、払い除けられるだけの力が無ければこうなる、それだけの話で。

 自ら身を挺して証明してみせたエローナを、度を越えたお人好しだとすら思っていた。

 向けられる悪意や憎しみなど嘲笑いながら全て薙ぎ払えば良かったのだ。誰も逆らえないほど隔絶した力を持つのだから。

 少なくともケラルトは、その摂理に従って力を振るい生きてきて、最期は自らが力を振るわれる側になって死んだことを理解し、それなりに己の結末に納得している。

 ずっと前から。

 ……まあ、さすがにカルカに対して今回の件は荒療治過ぎると感じたので、エローナには後で文句のひとつでも言ってやりたいが。

 過保護な自覚はあるものの、カルカを甘やかすのはケラルトにとって譲れないところなので、改める気はない。

 呆然自失になって、アルシェやケラルト、レメディオスらに連れられ小城に帰還したカルカは、這い上がって自室にいたエローナを見て、安堵のあまりその場に泣き崩れた。

 気がついたエローナは、机に向かって日記を書いていた手を止めると、涙と鼻水で顔中を濡らしたまま勢いよく抱きついてきたカルカを黙って懐に迎え入れた。 

 泣き笑いの表情で無事を喜ぶカルカに連れられて、エローナは部屋を出ていき。

 その後は定期的にアルシェがカルカやケラルトと共に、嫌がるレメディオスを無理やり連れてメディの送り迎えのためカルカの時間軸に行っていたものの、エローナがもう一度訪れることは、決してなかった。

 カルカの世界でのエローナの役割は終わった。

 もう、どんな理由があろうと二度と訪れないと決めている。

 きっとエローナが彼女で有り続ける限り、その誓いが破られることはない。

 ……そして。

 机の上で開かれたままのエローナの日記、その最後のページには。

 

『あなたは、私の宝物。昔も、今も。ずっとずっと、大好きよ』

 

 彼女以外の誰にも読まれることのない、母から息子へ贈られた、愛の言葉が綴られていた。

 

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