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幕間「獣王の帰還」

 獣人族の住まうルーガル王国と、魔術大国と謳われるキアロ・ディルーナ王国。

 現在もなお激しい戦闘の続く2国間の最前線。

 そこにはエルベリア帝国の北方領総司令官であり、総軍司令官でもあるダリウス・セヴラン大元帥がいた。


 白髭をゆたかに蓄えた偉丈夫は、キアロ・ディルーナ王国の領内にあたる断崖絶壁から、眼下に広がる戦場を見つめ続けている。

 獣人族と魔術大国の兵士たちの戦は、敵方に禁術の使い手が多数いることで膠着状態が続いていたが徐々に獣人族の勢いが増し、今では敵兵の首を狩り取った獣人たちの咆哮が轟くことが多くなった。


 二国間の戦に介入してもなお、ダリウスは帝国兵たちを積極的に投入することはなく、また己が戦うこともなかった。

 理由は明白。まだその刻ではないからだ。

 彼らが獣人族と共に戦場へと参戦するのは、キアロ・ディルーナ王国の王都へ進軍する道程からとなる。


 筋骨隆々とした肌を露出している大元帥の左腕には、魔導銃にも似た兵器が装着されている。

 かつて一度だけ使用して魔術大国の戦力を判じたそれは、砲撃の準備に入ることもなく沈黙を保ち続けていた。


 ふと、こちらへと疾走してくる者たちの気配を感じる。

 凄まじい速度で地を蹴るようにして走る者たちが迫ってきた時、ダリウスはゆっくりと振り向いた。


「っと! 元気にしておったか、爺!」

「思ったよりも早い帰還じゃのう。ロカ……いや、もはや獣王と呼ぶべきか」

「まだ良い。その呼称は蛮族共の根城を陥落せしめた時に、初めて余が戴くものだからな」


 ここまで駆けてきたのは、獣人族の婦人が着用する衣装を身に纏った黄金色の耳と尻尾を持つ狐の獣人の少女だった。

 そして、その傍らには彼女についてくるだけでもやっとという有り様で荒い息を吐いている真っ白な身体をした狼の獣人の少女がいた。


「何だ、もう息切れか。鍛え方が足りんぞ、シャウラー?」

「ハァッ……ハァッ、ハァ……ごめん、なさい」


 前屈みになり、両膝に手をついて呼吸を整えていたシャウラがやや苦しげに謝る。


「まあ、余もお前も3日くらい休まずに走ってきたからな。仕方あるまい」

「……ロカよ。あまり臣下に無理をさせるものではない。神使であっても、力に優劣はあるんじゃからのぅ」


 ロカが何か言おうとした時、シャウラが遮った。


「私は、平気。ロカの言う通りだもの……ハァ……。それで、戦況はどうなっているのかしら」

「ふむ。獣人の優勢じゃなぁ。飛ぶ鳥を落とす勢いといったところよ」


「爺よー。あやつらを侮るでない。蛮族共には魔導生物という隠し玉があろう。もっとも、お前の言い分ではまだ投入されていないのであろうが……」

「然り。此方こなたにはまだ投入されてはおらん。じゃが、『向こう』では既に魔導生物の目撃報告が相次いでおる」


「む……『旧ラカンザ城砦』の方であるか。我らもそちらへ向かった方が良いか?」

「必要あるまい。向こうには女帝がいる上、あのバーネット元帥も控えておる。難なく陥とせるじゃろうて」


 旧ラカンザ城砦とは、ルーガルと魔術大国の国境線付近にある堅牢な城砦である。

 かつてはルーガル王国の要塞であったが、遥か数百年前の戦で獣人族が押されていた時にキアロ・ディルーナ王国によって奪われた因縁の場所だった。


 しかし、表向きは魔術大国の防衛線として機能しているように見えるが、獣人族は断崖絶壁を利用して、城砦を回避しながら魔術大国の領内に潜入することが多いために完全にその役割を果たしているとはいえないものになっている。

 ロカはその城砦の方角を眺めた。彼女の視力はかなりのものだったが、城砦での攻防の様子まではわからない。

 むしろ、その遥か先にある2国間の領土を跨るようにして存在する大火山がうっすらと見える程度だった。


 ダリウスはこちらの砦と、女帝率いる獣人族の主力が侵攻している旧ラカンザ城砦を同時に押さえるさせることによってキアロ・ディルーナ王国の戦線を一気に後退させるつもりでいた。

 魔導生物を見かけない以上、こちらの処理はもはや獣人族だけでどうとでもなるだろう。

 歴戦の老兵がそう判じた時、狐の少女はふぅむと鼻を鳴らした。


「レザンがいるなら、ジェックスも待機しているであろうな……心配いらぬか」

「うむ。……それに、向こうには『黒狼こくろう』がおるじゃろう」


 それを聞いたシャウラが白い耳をぴくりと動かした。


「なに? 『あいつ』、まだ生きてるの?」

「生きておるも何も主力じゃろうて。儂が見た限り、アレは女帝と同等かそれ以上に強いぞ? おぬしらからすれば認めがたいことかもしれんがな」

「何ですって!? レザンさまに敵うはずがないじゃない、あんな穢れた雄が……!!」


 ロカが瞳に敵意を宿すシャウラと、それをものともしない表情で見つめている大元帥の間に割って入る。


「良い。この爺が言っておることはまことだ」

「でも、ロカ……!」


「余が超えねばならんのはレザンだけではない。ただ、それだけのこと」

「ロカだって、あいつの出自を知ってるでしょ!?」

「黙れ。良いと言っている。……今だけは、な」


 ロカがそう呟くと、シャウラは押し黙る。

 その様子を見ていた帝国の大元帥はふと笑った。


「今は眼前の戦に集中するがよかろうて。それとも、もう儂ら帝国軍の助力が必要か?」

「余計なことはせんでいい。我らの愉しみがなくなる」


 ロカは眼下の戦場の様子を見て、にぃっと口角を吊り上げた。


「まだまだ獲物がたくさん残っているぞ、シャウラ」

「……そうね。まずは、そっちかしら」


 先程までの激昂していた様子からあっという間に思考を切り替えたシャウラが、瞳を細めて眼下を駆ける兵士たちの人数を数える。


「なあ、シャウラ。ひと勝負と行こうぞ!」

「あら? なぁに?」


「余とお前のどちらが、より多くの蛮族の首を刎ね飛ばせるかだ」

「ふっ。面白そう。……負けないわよ、私?」

「抜かせー。余とて負けるつもりはない」


 ロカは飄々とした口調から一転、まるで感情を失くしたかのように告げた。


「勝負は蛮族共を根絶やしにするまで。1人も逃がすなよ。良いな」

「了解。さ、狩りに行きましょう。血生臭いデートもたまにはいいでしょう」

「おい、爺。戦場に残っている帝国兵を退かせよ。巻き添えになりたくはないであろう」


 不遜な態度にも眉根1つ動かさない大元帥だったが、僅かながらに呆れたような声で言った。


「ほんに血気盛んなことじゃ。よかろう、後はおぬしらに任せる」

「うむ。では、行くぞシャウラ」

「ええ!」


 ロカとシャウラは断崖絶壁から同時に飛び降りた。

 ちょうど眼下にいたキアロ・ディルーナ王国の兵士たちが、闖入者の姿を見て呆然とする。


「なっ……ぐぁっ――」


 ロカがその兵士の首を文字通り、刎ね飛ばした。

 血飛沫がその身にかかるが、まったく気にした様子もない彼女は狂気じみた笑みを浮かべながら囁く。


「さあ、狩りの始まりぞ。蛮族共よ、残らず細切れにしてやろう」


 断崖から飛び降りてきた獣人の対処に手間取った兵士たちが攻性術式を構築する直前、その首が刎ねられる。

 首を纏めて狩った主は、その真っ白な身体を鮮血に塗れさせながら微笑を浮かべた。


「ふふ。全員殺した後に、首を一列に並べてあげる」


 自らの肥大化した爪を振るった狼の少女は、戦場には似合わないほど愉快そうな口調で言うのだった――。




 ◆




 ダリウス・セヴラン大元帥とロカ・コールライトが再会した一方、火の手の上がる旧ラカンザ城砦を前にひと悶着起きていた。

 獅子の獣人の女性、レザンが怒気を孕ませた口調で言う。


「なぁ、バーネット元帥さんよ! アンタは頼むから何もしねえでくれ!」

「何故、ですか。キアロ・ディルーナ王国の殲滅において、助力を懇願されたのはルーガル王国、でありましょう?」

「そういう意味じゃねえ! 帝国の協力はありがてえよ、それがなけりゃアタシらはいつどこで全滅したっておかしくはねえだろうさ! でも、あいつらを見てくれ!」


 バーネット元帥と呼ばれた水色の髪の女性が背後を振り返ると、その仕草だけで全身を震わせながら警戒する獣人族の者たちがいた。

 最初はあまりにも戦場に不釣り合いな女性の姿を見て、果たして戦力になるのかと不安に思っていた者が大半だったが、今ではそう考えているような者は誰1人いない。


「アンタのり方はやべえってわかってくれたか? あんなに恐れ知らずだったあいつらが、こんなに腑抜けたようになっちまって……」

「私の攻撃は、獣人族を巻き込まないと……先にご説明申し上げたはずですが」

「わかってるさ。今まで戦場に出てた奴らを含めても、アンタの攻撃で頭が消し飛んだ獣人はいねえからな……。でも、わけのわからねえ攻撃が自分の背後から迫ってくるって思ったら普通はビビっちまうだろ? アンタの言葉を信じるとか信じねえとかそういう話じゃねえんだ……! アタシだって寒気がするんだよ……!!」


 レザンは自ら戦場に赴いて、キアロ・ディルーナ王国の兵士たちと戦っている最中、ミレイユ・バーネット元帥からの射撃による援護を受けていた。

 だが、彼女の放つ攻撃はまるで光の槍を放出しているようなものであり、直撃した者は漏れなく頭を消し飛ばされて即死していた。

 獣人族には1人も被害が出なかったが、魔術大国の兵士たちの死に際を目にした指揮下の獣人たちが大いに混乱して戦闘の継続が困難となったのだ。


「誤射の確率は0%。貴方がたが大群でどのように動き、いかにして戦闘行動を続行し、予期せぬ不足の事態に陥って体勢を崩そうとも、たとえその結果死したとしても、その身体を私の攻撃が射抜くことはありません。すべて計算しております」

「アンタの中じゃそうなのかもしんないけどね! クソ、でもアタシらだけじゃここはちときつい……!」


 レザンが見上げた城砦では、異様な巨躯の化け物が巨大な武器を手にしながら徘徊していた。

 それらは人間の頭をしていて、身体も一見すれば人間のようなものだったが、その表面からは人間の顔や手足がいくつも浮き上がっている。


 平時は武器を引き摺りながら歩いているだけだが、斥候の獣人を見つけた途端に耳障りな咆哮にも似た笑い声を上げて襲いかかるのだ。

 そして、城砦の様子を確認しに向かっていた獣人が、化け物に見つかったのはその時だった。


『アハハハハハハハハハハハァッ!!』

「……ひぃっ!」


 化け物は狂乱したかのような笑い声を上げながら、巨大な武器を手にして獣人を追いかけてくる。

 体長4メートルはあろうかというその巨体からは想像も出来ない速さで、逃げる斥候を追いかけ、その獣人に向かって武器を薙ぎ払う。


 それを何とか回避した獣人は、隙をついて化け物の喉を切り裂く。が、ほとんど傷を負わせられなかった。

 しかも、その傷はぼこぼこと隆起した肉によって瞬時に回復してしまうのだ。


『アハッハハハハハハハハハ!!』

「うわああああああああ!!」


 その獣人が逃れられぬと悲鳴を上げた時、光線が化け物の頭を穿った。


「緊急を要する事態でした。ご容赦ください」

「……」


 ミレイユの身体の中から浮き上がり、彼女の手に収まった水の塊のようなものから、光が放出されたのだ。

 化け物は頭部を消滅させてよろめいたが、肉が盛り上がっていき自己再生し始めている。

 ミレイユはそれを見つめたまま口を開いた。


「アレは、生肉人形フレッシュ・ゴーレム。古来よりキアロ・ディルーナ王国の軍事兵器として活用されてきた魔導生物であり『ごく一般的なもの』です。何十もの死人の身体をかき集めて造られたもので、その性質は極めて頑強。剣術や体術で仕留めるのは困難を極める上、魔導への耐性ですら禁術が直撃しても再生してしまうほど。あの自己再生力は、獣人の貴女がたにとっては脅威そのものでしょう」

「……アレをたった1匹始末すんのに、アタシらが何十人となって束になってかからなきゃ勝てねえのが悔しいところさね」

「私の援護があれば、心配は無用、ですが……そうはしてくれるなと仰る。どうしましょうか」


 小首を傾げるミレイユは、別に困った様子など見せてはいない。

 彼女であればたとえ単騎でも、あの化け物を倒すことなど容易いだろう。

 だが、ここではまだ力を温存してもらわなくては困るし、ダリウス・セヴラン大元帥からこの場では援護射撃以上のことはまだしてはならないとの命を受けているのだとか。


 しかし、レザンの指揮下の獣人たちは化け物だけではなく、ミレイユをも恐れている。

 まだあの化け物は相当数が城砦の中にいるだろうというのにこの状況だ。

 どうしたものかとレザンが頭を悩ませていた時。


「ただいま、帰還、した……」


 足音1つさせずにいつの間にかそこに立っていたのは、黒い髪と黒い肌を持つ獣人だった。狼のそれを思わせる耳と尻尾を生やし、服装は動きやすさを重視しているかのように上半身の地肌を半分以上も晒す薄布と腰布を纏っているだけだった。

 年の頃は10代後半とまだ若々しく見える。


「『ライオル』、帰ってきたのかい? 向こうの断崖でこっちを見ていた連中は?」

「全員、狩り、終えた」

「……早いもんだね、流石だよ」


 喋り慣れていないのか途切れ途切れに言う彼の首には、鉄環が嵌められている。

 それは奴隷よりも『下の身分』の証。

 誰に告げることもなくミレイユ・バーネット元帥がそう思っていた時、女帝は言った。


「あそこに馬鹿でかい化け物がいるだろう。アンタも戦ったことがあるはずだ」

「ああ。何度も、殺した……また、やれば、いいのか」

「頼むよ。アンタなら、バーネット元帥の援護射撃にビビることもないだろう」


 ライオルと呼ばれた黒い肌を持つ狼の青年は、ミレイユ・バーネット元帥を見つめた。


「援護は、お任せください。私の攻撃が、貴方を射抜くことは有り得ません」

「了解し、た――」


 ライオルは凄まじい速度で、生肉人形に向かって駆けていった。

 レザンがその後ろ姿を見送っていると、背後からひゅうと口笛を吹く者がいたので慌てて振り返る。


「なんだい、ジェックスか。ビビらせんじゃないよ、まったく」

「おいおい、あねさん。あんたの肝はいつからそんなに小さくなっちまったんすか」


 そこには、虎の獣人の副官がいつものように気楽な態度でいた。


「うるさいね。そんなことを言うんだったら、アンタもライオルに続くかい? ビビって足がすくむかも――」

「ライオル? 『誰の話ですかね』?」

「……あっ。ああ……いや、何でもねえよ……独り言さ」


 援護射撃を行いながらそのやり取りを見守っていた水色の髪の将官は、心の底で呟いた。


(これが、ルーガル王国の闇ですか。何よりも同胞を重んじている、等とは口が裂けても言えないでしょうね……)


 それから、1時間にも満たぬ時間で堅牢さを謳われていた旧ラカンザ城砦は陥落した。

予定では前話の直前に投稿するつもりだったのですが、連載再開からいきなり幕間を投稿するのもアレだったので今回まで引き延ばしました。

次回分のお話はそう間を置かずに投稿します。


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