829 クマとの遭遇 リディア編 その1
手に入れることができたベルトラ草で薬を作ってもらったけど、妹の病気は治らなかった。
だからと言って、効果がないわけでもない。
熱が出たときに飲ませれば、熱は下がり、容態は落ちつく。
一般的な薬よりは効果があるのは間違いない。
でも、体調を壊せば、すぐに熱が上がり、湿疹も酷くなる。
薬師に聞いても、ベルトラ草で作った薬を飲んでいれば治ると言う。
他の薬師に診てもらったが、結果は同じだった。
この薬師に頼むしかなかったわたしと兄さんは薬師の頼みを聞くようになっていた。
「こちらの薬草を見つけたら、お願いします」
新しく草や花の絵が描かれた紙を渡される。
ベルトラ草が採取ができない季節は近くの森、別の森、薬師に頼まれて、ベルトラ草がある森まで行くこともあった。
見つけた薬草は苦労に見合わない安さで、買い取られる。
他の薬師に相場を尋ねても、その薬師が言うなら、その価格だと言われる。
でも、その薬師の店に並ぶ薬はどれも高い。
それなら、その薬に使う薬草も高くていいと思うが、薬を作るには知識と技術、それから調合には時間がかかると言う。
それを言われたら、何も言えない。
わたしたちが薬草を持っていても、薬にする技術は持っていない。
何日もかけて取ってきた薬草を薬師に渡し、薬を作ってもらうしかない。
わたしたちには、ベルトラ草の採取に向かうことしかできない。
そして、今年もベルトラ草を採取する季節になった。
森まで王都に向かう馬車に乗せてもらい、途中下車させてもらい、森に向かう。
街や王都から遠いってこともあり、この森に来る冒険者は少ない。
この森は先駆者の冒険者が目印の紐を付けて進んだ跡がある。
初めて森にきたときも、その目印の紐を頼りに森の奥に進んだ。
何度か来ているので、目印がなくても、目的のベルトラ草まで行くことはできる。
「兄さん、魔物」
魔物が歩く音。
わたしは後ろを歩く兄さんに魔物がいる方角を伝える。
「数は?」
「たぶん、4」
「それじゃ、左は危険だから、右だな」
兄さんが簡易マップを見ながら言う。
簡易マップには過去の魔物遭遇、薬草を見つけた場所が書かれている。
「この先に、薬草があるから採取していこう」
もう、慣れたものでいつもの流れで進む。
魔物と遭遇することもなく、薬草を採取する。
「もう少し行ったところで、野宿の準備をするぞ」
どうしても、魔物を避けたり、薬草を採取しながら進むと、1日の移動距離は短くなる。
そして、何日目かの野宿先は迷い花の中。
迷い花は、自分たちに近づけさせないようにするために粉を出す。
それを気づかずに吸い込むと、方向感覚が狂い、迷い花を遠ざかるように進むようになる。
前に来たときにウルフの群れに襲われそうになり、逃げるためにウルフがいる方向とは反対へ進んだ。
感覚がおかしくなり、来た道を戻りそうになったけど、音を頼りに、ウルフから遠ざかるように歩いたら、偶然に辿り着いた。
迷い花は冒険者だけではなく、生物、全てを迷わせる。
それが例外もなく魔物だ。迷い花に辿り着くと、魔物の音は聞こえなくなった。
兄さんが、何度も違う方向へ歩こうしていたので、あのときは大変だった。
わたしたちは口と鼻に布を巻く。
迷い花の対処方法は花の出す粉を吸い込まないこと。
だから、わたしたちは口と鼻に布を当てて、吸い込まないようにする。
息苦しいが、魔物に襲われないで、体を休ませることができる。
わたしたちは迷い花の群生地にやってくる。
「それにしても、魔物が多くない」
「ああ、そのせいで何度も回り道をすることになった」
「やっぱり、2人じゃ、大変だね」
「だからと言って、パーティーを組んで薬草の採取に来ることはできないからな」
パーティーを組めば、採取した薬草の利益を分けないといけない。もちろん、魔物を倒せば利益も増えるけど、目的は魔物ではなく薬草だ。そんなわたしたちの願いを聞いて、同行してパーティーを組んでくれる冒険者はいない。
「久しぶりに休める。しっかり休めろよ」
ここなら、見張りも必要もなく休むことができる。
わたしは簡単な食事を済ませると、体を休ませる。
翌朝、地面で寝ていたので体は痛いけど、ゆっくり寝ることができた。
わたしたちは洞窟を目指して進む。
何度も回り道をして、木の上で一晩明かすこともあったけど、どうにか洞窟までやってくる。
「暗いから気をつけろよ」
「うん」
何度も通っているけど、洞窟の中は怖い。
明かりは腰にかけてあるランタンだけだ。
手はすぐに戦えるように空けておくためだ。
わたしが光の魔法が使えれば、照らすことができるのに。
家などでは使うことができるのに、森に来ると使えなくなる。
自分では緊張はしていないと思っていても、心の奥では緊張をしているのかもしれない。
確かに、魔物は怖い。
でも、魔物がいないところでは魔法が使えてもいいと思うんだけど、使えない。
精神的に、わたしの心は弱いってことだ。
わたしの心が強ければ、兄さんを楽にさせてあげることができるのに。
緊張で魔法が使えないなんて、自分が情けなくなる。
でも、わたしには耳がある。
「兄さん……」
後ろにいる兄さんにハンドサインで止まってと伝える。
スネイクの這いずる音が聞こえる。
わたしは弓を構え、音がする方へ放つ。
這いずる音が聞こえなくなる。
次はあっち、弓を放つ。
「終わったよ」
わたしたちは歩き出す。
しばらく歩くと、矢に刺さっているスネイクがいる。
「俺の出番がないな」
兄さんはまだ生きているスネイクに剣を突き刺しながら言う。
何度も言うけど、避けられ、近寄られたら、わたしに戦う素手はない。
兄さんがいるから、できることだ。
兄さんは倒したスネイクから、矢を回収して、渡してくれる。
矢だって、タダではない。
前に爆発花で矢を放ったときは、回収ができず、矢を何本も無駄にしてしまった。
そして、無事に洞窟を抜け、ベルトラ草が生えている近くまでやってくる。
最悪のことにベルトラ草の近くからウルフの足音が聞こえてきた。
「本当にいるのか?」
「うん、それもたくさん。30匹はいると思う」
流石に、この数は倒すことはできない。
「ここまで来たのに」
ベルトラ草が採取できない。
「明日、また来てみよう。明日には移動しているかもしれない」
「うん……」
わたしたちは、明日にもう一度くることにして、引き返すことにした。
引き返す中、大きな這いずる音が聞こえた。
こんな音、初めて聞く。
なに?
「どうした?」
わたしの反応がおかしいと思った兄さんが心配そうに尋ねてくる。
「なにか、大きなものが這いずっている」
「大きなものってなんだ?」
「そんなのわからないよ。重く、大きな物を這いずる音」
それしか分からないけど、怖い。
鳥の慌てる鳴き声、逃げ出す音が聞こえる。
「離れるぞ」
「うん」
この場を離れる。
でも、這いずる音は聞こえてくる。
「兄さん、こっちは魔物が」
「それじゃ、こっちに行くぞ」
這いずる音は魔物の方へ向かう。
這いずる音が速くなり、魔物の音が聞こえなくなった。
巨大な何かが、小さい魔物を殺した。
正確には、食べられた。
嫌な音が耳に残っている。
「どうした?」
「魔物が死んだ」
わたしのそれだけの言葉で兄さんは理解してくれる。
這いずる音がする方へ目を向ける。
そのとき、大きなものがそびえ立つ。
それは、巨大なスネイクだった。
巨大スネイクは長い舌をチョロチョロを出しなら、首を左右に動かし、周りを見る。
わたしと兄さんを探している?
わたしと兄さんは口を塞ぎ、音を出さず、ジッとする。
巨大スネイクの首が下がり、這いずる音が聞こえてくる。
その音は、次第に聞こえなくなる。
「ふぅ」
わたしは小さく息を吐く。
「もう、大丈夫だよ」
「な、なんだ。あの大きいスネイクは」
「知らないわよ」
巨大な魔物の話は聞いたことがある。
でも、実際に見たことはない。
「俺たちを探していたのか」
「分からないけど。生物なら、なんでもよかったんじゃない?」
そう思いたい。
あんな魔物に、狙われているとは思いたくない。
とりあえず、この馬車から離れて、洞窟のほうへ、移動する。
洞窟の近くなら、魔物の様子を窺うにしても、ベルトラ草を諦めて帰るにしても、どちらの選択肢を選ぶことができる。
そう判断したわたしと兄さんは洞窟に向かって歩いている。
「音は聞こえるか?」
耳を澄ませる。
「聞こえない」
「なら、今日はここで休むぞ」
巨大スネイクも休んでいるのか、音は聞こえない。
「ここで少し休もう」
森に入って何日も歩き続けているため疲労が溜まり始めている。
しかも、巨大スネイクの存在が精神的疲労を増加させている。
ベルトラ草を諦めたくないが、あんな巨大スネイクがいては、向かうこともできない。
今は体を休め、明日考えることにした。
あれ? ユナに会えなかった。
次回、ユナとの遭遇です。
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※投稿日は4日ごとにさせていただきます。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。