少子化の反転、「チャンスとっくに逃した」 他国の対策導入しても…
日本が直面する少子化問題。政府はこれまで「2030年代に入るまでが少子化傾向を反転できるラストチャンス」とし、昨年末に少子化対策を盛り込んだ「こども未来戦略」を閣議決定しました。いまからでも掲げる対策をすれば出生率は本当に回復するのでしょうか。同じように少子化に悩む他の先進国の事例も踏まえながら、東京大学の山口慎太郎教授(家族経済学)に聞きました。
「子育ての暗黙の費用」とは
――日本の少子化の主な要因として「未婚化」が指摘されていますが、その理由は何だと思いますか。
日本の場合は給料が上がらず、経済的に将来を楽観できない状況にあることが大きいと思います。日本では結婚後に子どもを持つケースが非常に多いわけですが、結婚を考える段階で、将来子どもを持つことのコストを大きく感じて結婚しない方が増えているのではないでしょうか。
――子どもを持つ費用が上がり続けている、と著書で指摘されていました。
子育てはお金も時間もかかります。学費などの金銭的な支出だけではなく、子育てに時間を費やすことによって失われたであろう収入、「子育ての暗黙の費用」まで考えると、とても大きなものです。
日本は家事育児の負担が女性に偏っており、子育て中の女性は働く時間が減って収入が減ったり、キャリアを断念せざるを得なかったりする場合もあるでしょう。キャリアのある高収入の女性ほどそのインパクトは大きく、結婚・出産のメリットは薄れているのではないかと思います。
――政府はこれまで「若年人口が急減する2030年代に入るまでが少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」として少子化対策の旗を振ってきました。
率直に言うと、ラストチャンスはもうとっくに逃しています。ボリュームが大きい団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)、就職氷河期世代と重なるわけですが、この方たちが結婚、出産しやすい環境を整えるための政策的な仕掛けができず、第3次ベビーブームは起きませんでした。出産適齢期を迎える女性の人口は今後、減る一方です。
しかし、だからと言って少子化対策をやらなくてよいという話ではなく、出生率が反応しなかったとしても家族支援策は必要なものなのでやらなければいけません。人口減少や労働力不足への対策、経済政策として考えても、やはりやるべきだと思います。
政策で誘導できる出生率 「小さなもの」
――他の先進国も少子化問題に悩んでいます。少子化対策のモデルにされてきたフランスや北欧諸国も近年、合計特殊出生率が下がっているのはなぜなのでしょうか。
統計的に検証されておらず理由ははっきりしないのですが、欧州の専門家らに尋ねると、「価値観が大きく変わってしまった」と言います。家族を持つことの幸せより、個人としてのキャリアや趣味を追求する、自由を重視する価値観が強くなってきたのではないか、ということが言われています。
日本より出生率が低い韓国や台湾、シンガポール、香港といった東アジアの地域にはまた別の事情もあります。韓国は子どもの教育に関する競争が激しく、シンガポールはそれに加えて職場での競争も激しい。自分のキャリアを考えると、子育てに時間を使っていたら負けてしまうと考える方も多いようです。
――少子化の克服は難しいですね。
政策で誘導して動かせる出生率の割合は本当に小さなものです。子育て支援策は出生率にプラスの方向に働くことは過去の実績で分かっていますが、それだけでは十分に打ち消せないぐらい出生率を下げる世の中のトレンドがあるというのが、先進国の現状ではないでしょうか。既に他国で出ているような対策を日本が導入したとしても、出生率2.0のような水準になることは現実的ではありません。
歴史をさかのぼると、女性が社会進出した際に保育所などの家族支援策が充実していると、出生率と女性の就業率は正相関する時代がありました。しかし、いまの先進国の様子をみていると、女性の賃金は上がり続けており、家族支援策では追いつかないほど女性が子育てによって暗黙のうちに失うであろう収入は大きくなっています。
――日本は人口減を前提とした議論をもっと深めるべきではないでしょうか。
そうですね。出生率は増えないというシナリオのもとで、日本の社会や経済をどうするのか。社会保障のあり方や労働力不足への対応について、中期、長期の具体的なプランを国として立てていく時期がとうにきており、検討した内容について国民のコンセンサスを得る必要もあります。戦略的な移民の受け入れについても正面から議論すべきです。
――児童手当の拡充など少子化対策を盛り込んだ「こども未来戦略」についてどう評価していますか。
多くの予算を投入して、パッケージとして様々な支援策が行われることになったのはよかったと思います。よい方向に進んでいるとは思います。ただし、現金給付によって出生率は少ししか増えないということは多くの国ですでに観測されています。子どもがいる世帯に現金給付しても、もう1人子どもを持とうとはなかなか考えず、塾に通わせるなどいまいる子どもの教育を充実させることにお金は使われてしまいがちです。
――「子育てはコスパが悪い」という声も耳にします。
お金だけで考えたらその通りで、どの国でも受け止め方は共通しています。ただし、特に日本の場合は、子育てのコスト面や負担感だけがすごく広がっている印象です。子どもが大学に入るまでいくらかかるかや、子どもを持って後悔したエピソードが具体的かつすごいスピードでSNSなどで広まっています。
一方、子どもを持ってよかった話はバズらないし、遠慮がちな日本人は他人にあまり伝えません。その結果、子どもを持つことのマイナスの面ばかりがくっきり出てしまい、プラス面が過小評価されているとも感じます。
子育ての負担 分かち合える社会に
――子どもを持つことに希望を持てる社会にするためにどんなことが必要でしょうか。
雇用の安定化や賃上げといったかたちで経済的に若い世代を支え、将来を設計できるようにする必要があります。女性に偏っている子育ての負担を女性と男性が平等に分かち合えるように、民間企業がさらに働き方改革を進めて長時間労働を是正することも必要です。男性の育休取得もさらに広げる必要があると思います。
男性が家事育児をやる国ほど出生率が高いという傾向は分かっていますし、日本では、第1子が生まれた後に父親が育児に参加する時間が長ければ長いほど、第2子以降が生まれやすくなるという傾向が知られています。男性の家事育児の時間を増やせば必ず出生率が上がるというところまでは分かっていませんが、その可能性を示唆するようなデータというのは複数あります。
日本の法律や制度自体は結構ジェンダーニュートラルで、子育て支援も充実していますが、現実は追いついていない部分があります。日本は男女の性別役割分業意識が特に強い国で、日本人男性の働いている時間は世界でも突出しています。男性が家事育児に参加できるように、働き方の文化を変えるフェーズにきていると思います。(聞き手・平井恵美)
◇
やまぐち・しんたろう 東京大学経済学部教授。専門は結婚や出産、子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」や労働経済学。著書に「『家族の幸せ』の経済学」や「子育て支援の経済学」。
◇
ご意見・ご感想は、kodomo@asahi.comにお寄せください。
「朝日新聞デジタルを試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験