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EX「親愛なる我が弟子へ」

とあるキャラが自分の弟子へ送った手紙です。

非常に長いです。本作へ深い興味のある方以外にとっては、退屈なものとなるでしょう。

本編を書いている時に暇潰しに書いたものであって、読まなくても支障はないように出来ています。

読むと、この世界の裏側で起きていたことが少しだけわかるようになっています。

なお、読まなくても支障はありませんが、2章まで読んだことを前提とした作りになっていますのであしからず。

 やあ、リューディオ。

 元気かい? ゼナンとの戦を経て中将になったという話は、ねぐらに籠もっている私の耳にも届いているよ。


 まずは、おめでとう。よくやったね、流石は我が愛弟子だ。

 とはいっても、君がエルベリアで軍務に就いた時からはもうオードラン元帥の弟子ということになっているのかな?

 幼い君に魔導の基礎を叩き込んで、半死半生の身になるまで追い込んで鍛え上げたのは私だというのに、世間はちっともこの身を評価してくれないのが困りものだね。


 もう君はすっかり有名になっただろう? 帝国の総司令官として、初めてハーフエルフである者が選ばれたのだから。

 だからこそ脚光を浴びるその身を利用して、是非とも、君の教育を担当した私の名を世間に広く知らしめてほしい。


 私は怠惰で自己愛に満ちていて、エルフにあるまじき愚物でありながらも――魔導の才には極めて恵まれていると言わざるを得ない。もちろんこれは客観的に捉えた事実だよ。君もそう思うだろう?

 その私のような逸材が、悲しいかな。大森林の奥深くにあるねぐらでただ寝っ転がって過ごし、そのまま朽ち果てていくだけというのはあまりにも酷だと思わないかい?


 君の地位と名声と金を利用して、是非エルベリアに私の別荘を建ててほしい。場所はミルディアナの貴族が多く住まう一等地がいいね。

 数年に1度くらいは退屈しのぎのために遊びに行くからさ。

 あ、帝都はやめてくれたまえ。あそこは騒がしいし、何よりとても嫌な気配に満ちている。


 ――前置きが長くなってしまったね。

 君がこのような長ったらしくてくだらない挨拶を嫌っているのは百も承知だ。

 もちろん、嫌がらせで書いているんだよ? あまりにもくだらなくて思わず読み飛ばしそうになっただろう? 君は本当にわかりやすいね。あまり眉をしかめていると、その端正な顔が台無しになるから気を付けたまえ。


 こんな前置きを書いたのも、愛弟子から送られてきた久しぶりの便りの中身があまりにも酷過ぎるからだが――まあいい。君からの調査依頼には、私も多少なりとも興味があったからね。早速、本題に入ろうか。


『大魔法使いディルーナを始祖とするキアロ・ディルーナ王国。その何処いずこかに眠ると噂される“死姫”についての詳細』


 以上、私の知り得たものから興味深いものだけを抜粋して纏めておいた。

 参考にしてくれたまえ。



・死姫とは何か

 古来より、キアロ・ディルーナ王国に伝わる伝承上の化け物の総称である。

 彼の化け物の逸話や正体については、今現在残っている数少ない文献や口伝のそれぞれにおいて大きく異なっており、明確な実体像を想起させるまでには至らない。


 ある古文書では、死姫とはその名の通り、若い人間の女性のようであったと書かれている。

 しかしとある口伝では、身の毛もよだつほど正視に堪えない化け物であったと伝えられている。


 外見が一致しない理由は明確だ。

 どの文献や口伝でも1つだけ共通している事柄であり、死姫の本質そのものと同義である『その姿を見れば死ぬ』というのが最大の理由だろう。

 その存在を見た者は死んでしまうのだから、外見のことなどわかるはずがない。


 では、何故あえて外見に触れるのか。

 それはこの逸話を後世に伝えるためであると思われる。

 姿かたちのわからない化け物の脅威を記しても、後の世には伝わらない。長く語り継がれていくためには、やはりそのモノの容姿を定義付ける必要がある。


 面白いのは、正視に堪えない化け物であっても死姫という名で通っているところだ。

 このあたりの事情に関しては憶測で語るほかないが、記述者あるいは口伝した者が死姫をどういう存在として捉えていたかということなのではないかと私は考えている。

 つまり、美しい容姿をした女性が己を見る者すべてを殺してしまうほど繊細であったとか、逆にその醜い容姿を見られるのを嫌い、その結果がやはり見た者を殺めてしまうということに繋がるわけだ。


 もちろん私としては、前者であってほしいと願うよ。私的に美醜にあまり興味はないが、見目麗しい繊細な女性だという方が物語的には映えるだろう?

 まあ、君が興味を持っているのは死姫の容姿云々ではないだろうからこの話はこのくらいでやめておこうか。



・死姫とキアロ・ディルーナ王国の関係性

 これに関しては既に君も把握しているだろうが、一応記載しておこう。

 死姫の逸話が多く残っているのは、キアロ・ディルーナ王国のみ。

 彼の魔術大国と隣接し、何度も激戦を繰り広げてきたルーガル王国にそのような伝承はあまり伝わっていないのが現状だ。まあ、君や私のような物好きは獣人にもいるようで、たまに話が通じる者もいるけれどね。


 古老連中や、一部の変わり者たちから聞いた話もキアロ・ディルーナ王国で得られた情報と似たようなものだった。

 しかし、キアロ・ディルーナ王国と違い、あの国の者は死姫を否定する傾向が強い。

 それはそうだろう。もしもそんな化け物が彼の魔術大国に隠れ潜んでいるのであれば、とうの昔に自分たち獣人は死に絶えているに違いないのだから。


 死姫という存在の制御が可能かどうか、それ自体は獣人にとってはあまり意味をさない問題らしい。

 キアロ・ディルーナ王国を憎む彼らにとって、死姫とはその仇敵ともいえる魔術大国の切り札のようなものであり、実在するのであれば使われない理由はないということだ。

 逆に言えば、もし自分たち獣人が死姫を使う立場であるなら、とっくの昔にそうしているとも言えるのさ。

 たとえ、制御が難しくても、凶悪な敵国を滅するためならば利用することも躊躇わない。


 これは、魔術というものに縁遠い彼らだからこその発想だ。

 まるで、まだ魔術を学んだばかりの子供が、大魔法を使いたいと言っているようなものさ。

 少なからず魔導の道を探究する者からすれば、自殺行為に等しく見えるものだがね。彼らにとっては、それでも構わない。

 それほどに、彼らは強く恨んでいるのだよ。彼の魔術大国を、ね。



 そして、竜族が支配するゼナン竜王国が死姫についてどう思っているかは、残念ながら私にわかることはほとんどない。

 ルーガルと同じように、彼の魔術大国と隣接するあの国で得られる情報があるのではないかと多少は期待したのだけれどね。

 今現在、緊張関係にあるエルベリアとゼナン。そして我らエルフが住まうツェフテ・アリアはエルベリアと同盟関係にある。エルフというだけで、あの国では何をされるのか見当もつかない。まったく怖いね、あのトカゲ共は。



・死姫の扱い

 この世界には様々な神々が存在するが、その中でも最も有名なのは言うまでもなく『創世の大女神オルフェリア』さまだ。

 そして、この世のすべての悪しき者を焼き尽くすとされる『聖炎』と呼ばれる者。こちらに関してはそもそも本当に神なのか、女神なのか男神なのか、それすらわかっていない。


 おおよそどの国であってもこの大いなる2柱の存在を崇め奉り『二大神』として信仰している。

 だが、帝国を除いて、我らエルフも、獣人族も、ゼナン竜王国も、果てはキアロ・ディルーナの者も、自らが崇める神をその二大神に付け加え、『三大神』として扱うことが多いのが現状だ。


 ツェフテ・アリア王国では、我らが癒やしの女神『ミスティリア・ティスティ』をその大枠の1つに入れている。

 ルーガル王国では、大魔法使いディルーナの伴侶となったとされている『神獣王ルーガル』を入れて、三大神としているね。

 ゼナン竜王国では、かつて旧ルトガリア王国の大勇者に討伐されたという竜神王『グノウシス』を。


 そしてキアロ・ディルーナ王国では、神獣王の伴侶であるディルーナが三大神の一角になって“いない”のは君も知っているだろう。

 そう、あの国で奉られている三大神のうちの1柱が“死姫”だ。


 キアロ・ディルーナ王国では彼の存在を、死を司る神聖なものとして、大女神オルフェリアさまよりも格上だと思っている者も多い。

 自国の祖の片割れである神獣王を否定し、祖自体も信仰の対象とすらしないというのはなかなか余人には理解出来ないことのように思えるよ。


 このことからわかるように、キアロ・ディルーナ王国と死姫の繋がりは非常に強い。

 恐れていただけではなく、敬ってもいた。正しく神への信仰の在り方の1つと言えるだろう。

 死姫――それが実在したとして、果たして神といえるのかどうかはともかく、ね。




・死姫と大魔法使いディルーナについて

 魔術大国の始祖ディルーナ。

 キアロ王国の姫として生を受け、幼い頃からその身に宿した膨大な魔力を完璧に制御することが出来たとされる歴史上、類を見ない大魔法使い。

 では、彼女は『死姫』とどのような関係があるのか。


 残念ながら、現存する書物や碑文などにそのような記述はほとんど残ってはいない。

 だが、とある一冊の書物にまるで覚書おぼえがきのように記載されていた情報によるなら、ディルーナは死姫の存在を“信じていた”という。

 何を根拠にそのようなことが書かれていたのかはわからない。ただ、一文だけ『ディルーナ姫は死姫と会ってみたいらしい』と言っていたということが記されているだけだった。


 大魔法使いがどのような人物だったのかについて、詳細な記録はほとんど残されていない。

 これは、極めて不自然と言わざるを得ないことだ。

 キアロ・ディルーナ王国には、数多くの書物が存在する。その広大ともいえないような国土の中にある本すべてを一所ひとところに集めたのなら、君が住むミルディアナの大図書館どころか、帝国中のすべての書物の数を超えるのではないかとさえ考えられている。


 魔術大国として名高い彼の国は、記録を残すことにも熱心だった。

 魔導の発展はもちろん、文化や歴史、気候や風土など、あらゆるものの記録が膨大に残っているんだよ。

 そのすべてを読むには、我らエルフの寿命を最低でもあと1000年は増やしてもらわないといけないだろう。……1000では足りないか? 万でようやく、か?


 そんな記録好きの彼らが、自国の祖であるディルーナに関する情報はほとんど残していない。およそ、常識では考えられないことだね。

 信仰していようと、忌むべき対象であろうと、自らの国の祖となった者の歴史がどうしてこうも少ないのか。

 同時に、現在のキアロ・ディルーナ王国の民もまた、私と同様の疑問を抱いている。何故、ディルーナに関する記録がこうも少ないのかと。

 もはや、古老ですらディルーナの名前しか知らないという有り様だ。これがどれだけ異常なことかは考えるまでもないね。


 ちなみに先に記したディルーナと死姫に言及した覚書が書かれた本は、とある貧民窟にあるあばら家の地下から見つかった。

 誰も興味を抱かないような、ぼろぼろの家の地下にどうしてそんなものがあったのだろう? 君はこういうことにも関心はないかな?



 さて、彼の魔術大国は、『死の国』あるいは『死を呼ぶ国』と呼ばれているね。

 ある草原が、丘が、森が、挙句の果てには海岸に至るまで――その場に留まると死んでしまうと言われている、いわゆる禁足地の数があまりにも多い。

 誰もが死姫の存在を訝しみながらも、どうしても信じてしまいたくなる最大の要因がこれだ。


 彼の国に数え切れないほど存在する忌み地。それはまるで、呪いや祟りも同然。死姫と何らかの関係性があるのではないかと疑ってかかるには十分といえるだろう。

 いくら魔術大国が神と崇拝しようとも、傍から見た死姫という存在は理不尽で恐ろしい化け物に過ぎないのだから。 


 そんな曰くに塗れた国の中でも、特に民が恐れ、今や昼間ですら誰も近づかないとされるのが『死の海岸』だ。

 150年ほど前、我らエルフが禁足地となった場所へ調査活動を行ったのは周知の事実だ。しかも魔術大国たっての依頼であり、報酬もそれなりのものだった。

 この意味がわかるかい、リューディオ。キアロ・ディルーナ王国は我らエルフという部外者を使ってでも、禁足地の謎を解き明かしたかったのさ。それは一体何故なのか。

 ……まあ、とうに昔の話だがね。今とは情勢も違う。


 とはいえ、そんなしちめんどくさい調査に誰が協力するものか。

 知的好奇心はあるけれど、遠方の地に行くまでもない。調査は勝手にやってくれたまえ。結果は紙に書いて渡してほしい。


 そう言った私は結局、半ば強制的に彼の地へ連れていかれた。

 拒否して逃げ続ける私を問答無用でとっ捕まえて、そのまま死の国などという物騒な地に笑顔で送り出したエインラーナとかいう馬鹿女の顔はもう二度と見たくないよ。


 この件はくれぐれも内密にね? もしあの傲岸不遜な女王さまにこの手紙の存在を知られたら、一体どうなるやら。でも、愚痴らずにはいられないのだよ。

 嗚呼、リューディオ。何故、君はいま、私の隣にいないんだい? 当時のあの女の強引なやり方をこれでもかというほど愚痴り倒したい気分になってきたよ! まったく、子供のような顔をしているくせに油断のならないクソババアさ。顔に唾を吐きかけてやりたい気分だ!


 腸が煮えくり返る思いのまま綴るが、嫌々ながらも現地に到着した私は真面目に調査をさせられるハメになった。

 仕方なく村々や都市部に至るまで、数多くの地を訪れた、当時の民から話も聞いたが、特におかしな様子は見受けられなかった。

 ただ、その禁足地と呼ばれる場所に足を踏み入れた途端、強烈な違和感を覚えたのだよ。


 陳腐な表現だが、まるでこの世のものとは思えないほど空気が淀み、地面は泥のように足を呑み込んでいく――実際には何も起きてはいないのに、そのような感覚が確かにあった。

 これは私以外の調査団員すべても感じたものだった。決して私が耄碌もうろくしたとか、恐怖のあまりに幻覚でも視たとかそういうものじゃない。流石にこのような状況でまで冗談を言うことはないと信じてもらって構わない。


 しかし、いくら調べても禁足地と呼ばれる場所に何があるのかを探ることは出来なかった。

 私たちエルフが禁足地に入り込んでも、死んだり、行方不明になることはなかった。

 その結果に納得がいっていないのは私のみならず、調査団員の長を務めていた者も同じだった。


 そして、私たち調査団は二手に分かれることになる。

 私が率いる団は引き続き現地を調査し、団長率いる団はキアロ・ディルーナ最大の禁足地とされる『死の海岸』の調査へと赴いた。


 後悔先に立たずとはこのことを言うんだろうがね。結果をもし予知することが出来たなら、私は団長を殴り飛ばしてでもあの地へ向かうことはやめさせたはずだ。

 ……結局、いつまで経っても死の海岸へ向かった団長たちが帰ってこなかった結果、私たちもまたその海岸へと向かうことになった。


 あそこはね、昼間は穏やかで静かな海岸だったよ。

 心地良い潮風が吹く中、かすかな波の音がする程度で、他には何の音もしない。海鳥の鳴き声すら響いてはこない。

 当然、誰もが恐れるだけあって人影すらないそこは、まるで死姫が浜辺を歩いて他の生物をすべて息絶えさせてしまったような……そんな不気味な印象を私に与えたものさ。


 そして私がこの場所で何を見たかは、君も知っての通り。

 調査を続けた先で、私たちが発見したのは恐怖に身体を震わせている哀れなエルフだけだった。

 何を聞いても答えられない。心ここにあらず。

 ――今日こんにちに至るまで君にはそこまでしか伝えていなかったが、この話には続きがある。エルベリア帝国の支柱ともなった君になら伝えてもいいだろう。


 その怯えていたエルフ――調査団長の『メルトーリア・キルフィニスカ』は心神喪失の状態に陥っていたが、頻繁にとあることを口にしていたのだよ。

 彼女が言うには“夜中に海から何かが這い出てくる”らしい。

 他の団員はそのすべてが海から出てきた何者かに連れられて、どこへなりと消え去ってしまったのだと。


 調査団員は精鋭揃いだった。

 たとえ、正体不明の化け物や、キアロ・ディルーナ王国が密かに研究と生産を続けているとされる魔導生物を相手にしても一歩も退かない強者ばかりだった。

 そんな彼らが、どういうわけか何の抵抗もしないまま連れ去られてしまった。


 ――ここまで書けば、勘のいい君になら思い当たることも出てくるんじゃないかい?

 そう。500年前に起こった『ミラの血潮事件』だ。

 現在、我らがツェフテ・アリア王国であの事件に触れることは禁忌とされている。


 かつての悲劇と惨劇を記録した数多くの書も、当時の事件を目の当たりにし、今現在も女王として君臨しているあのエインラーナ・キルフィニスカ女王陛下の命によって焚書の憂き目に遭った。

 およそ100年近く前になるエルベリア帝国との同盟締結時に数々の書物が燃やされ、それを隠し持っていた者には重罰が与えられもした。


 とても苛烈なものだったよ。私の知り合いは焚書に最後まで反対していたが、女王陛下はそれを許しはしなかった。

 その者はつい最近まで牢獄にぶち込まれるハメになったのさ。

 まあ、ねぐらで安穏と暮らす私の生活とそう大差はなかったようで、外に出てきた時は元気そうにしていたよ。うん、とてもね。



 話は前後するが、死の海岸で私たちが得たものは数多の同胞を失うという惨憺たる結果のみだった。

 調査を続けた私は、その海から這い出してくるというモノを見かけることもなかった。一月ひとつきは粘ったのだがね。

 怯えて地を去る団員もいたが、引き留めもせずに調べた。しかし、何の手掛かりも得られないまま彼の国を立ち去るほかなかったよ。

 自分が無力であるという事実に、苛立ちを覚えながら帰途に着いたものさ……。



 さて、それでは次の話だ。

 これはある意味、君が最も気にしている事柄だね。



・先史文明が滅んだ理由について

 ルーガル王国の東方に拡がる先史文明期の都市『リャフト・ヴァルクス』。

 幼い頃から君が興味を持っていた彼の地が滅んだ原因は今もわかっていないが、有力な仮説は以下の3つに絞られる。


・流行病説

・未知の術式発動説

・死姫降臨説


 まず最初に流行病説だが、私的には有り得なくはないとしか言えない。

 これらの説が提唱される理由については君も知っての通り、先史文明期の都市には何かに破壊されたような痕跡が何もなかったからだね。

 端的に言えば、何故滅んだのかがわからないんだ。強大な魔法か何かが直撃したような破壊的現象もなければ、住民同士が争い合ったような形跡もなく、また他国から侵略されたような痕跡もなかった。


 故にその地に暮らしていた者たちが死に絶えるはずがない。何か特殊なことが起きない限りは。

 そこで第一に挙げられたのが流行病説だ。

 確かに流行病というものは、何者に感知されることもなく、時に特定の地に住まう者に対して凶悪な牙を剥く厄介なものだ。


 目には見えないそれに罹患りかんした者は、まるで呪いにでもかかったかのような異変に見舞われる。

 ただの神聖術式では完全に回復することは難しく、有効な薬草や薬物を投与するなど特定の対処法がわかるまでは呪いや祟りと同義のものであった。

 流行病というものは、ほんの数百年前まではそのように扱われていたのだよ。


 それが彼の先史文明期の都市で起こったのではないか。

 確かに否定することは難しい。だが、私にはどうにも腑に落ちないことがある。

 何故なら、先史文明期の都市に住んでいた者たちが遺した資料にそれらに関する記述が一切ないからだ。


 先史文明期に使われていた文字の解読は困難を極めるが、死者を土葬していたらしきことが記されていることはわかっている。

 仮に流行病が起こったのだとすれば、それらしき記述が必ずあるはずなんだ。たとえば、大量の死体が山となったとか、それらが地中に埋めることが出来ないほどの量だったとか、何かしらを書き記す者が必ずいたはずだが、今のところそのような記述がされた書物は一切見つかっていない。


 ただ、もちろん書物の大部分は保存状態が極めて悪く、そもそも文字を読めるような状態ではなかった。

 今現在残っている物は、地下の奥深くなどに残されていた比較的保存状態の良い書物であり、何らかの防腐効果のある処置をなされていた。

 そう、そこまでして遺しておきたいほど重要な書物しか見つかっていないんだよ。つまり、先史文明期にその都市を滅ぼしてしまうほどの流行病が発生した場合、それらの書物に何らかの記述がないこと自体がそもそもおかしいんだ。


 もっとも、流行病が急性的なものであり、ほとんど記述する間もなく全員が死に絶えてしまった可能性もゼロではない。

 故に完全に否定はしきれないという意見に留まらざるを得ないのだよ、私の立場からすればね。



 さて、次は未知の術式発動説だ。

 これは文字通り、一切の破壊の痕跡なく人々を死滅させてしまうような術式が発動したのではないかというもの。

 外傷を与えることなく魔力耐性のない人間の命を奪ってしまう術式は、残念ながら存在する。闇を司る晦冥術式の中に、そういう効果を持つものがいくつかあるからね。


 ただし、いずれも難度は恐ろしく高い上に魔力消費量もとんでもないものばかりだ。

 悪意を持った高等な術者が1人2人いたところで、とてもではないけどあの規模の都市の人間すべてを殺めてしまうような術式など発動させられるわけがないのだよ。

 可能性はないに等しい。私はこの説には疑問しか抱いていないというのが正直なところだ。



 ……最後の説が、君を魅了してやまない死姫降臨説。

 死姫の特性については、既に散々記述した通り。見た者を殺してしまうほど恐ろしい何かだとされている。

 この死姫降臨説は、先の未知の術式発動説に似ていて一見陳腐な仮説のように思える。


 しかしだ。

 後世の一部地域にのみとはいえ、死姫の伝承が残されている理由を考えると安易に否定出来るものではないのも事実なんだ。

 そのような逸話がある以上、当然死姫の被害をどうにかして免れた者がいるという証左にもなる。


 彼の魔術大国の人間が、この神話や伽噺とぎばなしじみた物語を創作していただけの可能性と比較してごらん。

 死姫にはいくつもの顔がある。それは死姫降臨を生き延びた者たちの証言がまばらであったことにも繋がる。

 現在残っている逸話のそれぞれが、各々の生存者の証言を後世に伝えるためにわかりやすい伝承として記されたと考えれば、魔術大国にこのような話が多く伝わっている理由にもなるだろう。


 これまた話は前後するが、先に挙げた『流行病そのものを死姫という恐ろしい怪物に見立てて話を作った』可能性もある。

 だが、見れば死ぬという化け物の記述は、流行病の特徴と合致するとは考えがたい。感染すれば死ぬという隠喩いんゆとして捉えるには、根拠に欠けるように思う。

 あくまでも可能性の1つとして考えてくれたまえ。



 私の意見を述べておくなら、流行病説と死姫降臨説を天秤にかけているところだということかな。

 先史文明期の都市に何かがあったのは確かなんだ。通常では有り得ないはずの何かがあった。

 流行病説には若干否定的だ。しかし、死姫降臨説は荒唐無稽に見えて実は説得力があるように見えるものの――これも確信に至る仮説だとは言えない。魔術大国に残された逸話以外の物証があまりにもないからね。


 そもそも、死姫が降臨したとして。

 何故、ソレは先史文明に降臨し、その地にいる者たちを殺めてしまったのだろうね?

 もちろん、死姫が実際に降臨したという確かな記録など、どこにも残ってはいないのは言うまでもないことだ。


 故に憶測を立てることすら難しい。

 そのような存在がいたとして、降臨した理由を説明しろと言われれば私は口を噤むほかない。残念ながらね。




・赤星の煌めきについて

 君に調査を頼まれたこととは少し趣が違うのだけれど、これも記しておこう。

 彼の現象については君も何度か目にしたことがあるだろう。

 このツェフテ・アリア王国において、現女王の次かその次あたりくらいまで長い刻を生きてきた私も何度もアレを目にしてきた。


 そして先史文明期の書物の中に度々出てくるんだよ、あの天文現象に関わる記述がね。

 曰く、あの現象が起こった時、大陸が消え去るのだという。

 何故夜空に星が煌めいた時に大陸が消えるのかはわからない。だが、我らよりも遥かに高度な文明を築き上げてきた先史文明期の者たちは、赤星の煌めきをとても恐れていたのは間違いない。


 彼らは、現在エルベリアで徐々に発展、普及し始めている魔導兵器の基を作っていた。

 それはとても高度な代物であり、原初の魔導兵器と呼ばれる代物は複数あれど具体的な使い方は何1つわかっていなかった。

 そのような最中、幸か不幸か、原初の魔導兵器の使い方を理解した者が現れる。


 君と同じく、ゼナンとの戦で大活躍したミレイユ・バーネット元帥だ。

 彼女は年若く、まだ軍人になってからそう経っていない頃、その知識を買われてリャフト・ヴァルクス調査隊の一員となった。

 君はまだ軍学校を卒業したばかりだったから現地に行くことは出来なかった。だが、私はそれは良いことだったのではないかと思っているよ。


 バーネット元帥はあの地で、原初の魔導兵器に『選ばれた』。

 結果として、今のような化け物じみた力を手にするに至る。数km離れた人間を寸分の狂いもなく射抜いて即死させるような力は、正に先人の叡智の結晶と言えるだろう。

 だが、それを代償とするかのように彼女は年を取らなくなった。


 理由は今以て謎に包まれている。

 原初の魔導兵器の何が彼女をそうたらしめたのか。


 そして、もしも彼女の体内に潜り込んだとされる原初の魔導兵器が取り出された場合、彼女の身体はどうなってしまうのか。

 逆にそのまま放っておけば、彼女はこの先100年も200年も生きてエルフや竜族をも超える長命となり得るのか。


 何もわからない。

 彼女には申し訳ないが、私にはあの不老状態を好ましいものだとは思えない。アレはもはや人間という枠組みを超えてしまっている。

 だからこそ、君があの地に行けなかったことを私は良いことだと考えているんだよ。当時、バーネット元帥と同じく文武両道であった君が調査に出向いていた場合、下手をすれば原初の魔導兵器に選ばれたのは君の方だったのかもしれないからね。



 すまない、話がかなり逸れてしまったね。赤星の煌めきの続きを話そう。

 といっても、実はこれまで記した原初の魔導兵器とあの現象にはどうも関係があるらしい。

 最近になって、リャフト・ヴァルクスで、巨大な魔導兵器が発見された。


 これはつい最近のことであり、またツェフテ・アリア王国独自の調査でわかったものだ。故にエルベリアはこのことを知らない。

 当然、君も知らないことだ。もしかしたら、珍しく驚いている君の顔を見られたかもしれないね。


 ……魔導兵器は、とある場所に格納されている。詳しい場所までは申し訳ないが記せない。

 そして、その魔導兵器には膨大な魔力を溜める機構があった。その溜め込むことの出来る魔力量を正確に測定することは難しいが、少なく見積もっても今で言う「大魔法」を放つに足る量なのではないかというのが私の推測だ。


 大魔法を放てる者などいない。少なくとも、ツェフテ・アリア王国では誰も使えない。

 私も魔法こそ放てるが、それは大魔法の領域に届くようなものではない。

 歴史上、そんなものを扱えたのは魔術大国の祖であるディルーナしかいないとされているが……。


 何はともあれ、それほどに強大な力を溜め込んで、一体何がしたかったのか。

 その兵器は、当初は水平線の遥か向こうへと照準があてられていた。


 だがね、とある仕掛けを作動させることにより照準を変更することが出来た。

 それは――天空の遥か先をも捉えられたのだよ。


 赤星の煌めきという天文現象を過剰なまでに恐れていた先史文明期の者たち。

 そして彼らが作り出したと思われる原初の魔導兵器は、天をも穿つことが出来るらしい。

 これが何を意味するのか。理由は今一度自分でよく考えてみてほしい。

 腹立たしいことこの上ないが、君は私よりも頭もいいし勘もいい。私の考察よりも君が考えた想像の方がより現実に近いものとなるだろう。




 リューディオ、君がこの時期に私に便りを寄せた理由はわかっている。

 ルーガルとキアロ・ディルーナへの戦に、帝国軍を参戦させるつもりなんだろう?

 そのために、君が持ち出した理由が『死姫』だ。


 恐らく、君は他の手段も使って彼の存在について調査を重ねただろう。

 もしかしたら、私よりも遥かに多くの情報を持っていて、この便りを目にして思ったよりも使えない師匠に冷めた気持ちを抱いているかもしれない。

 死姫の存在について、結局のところは私には何もわからない。それが答えだ。


 だけど、これだけは言わせてほしい。

 死姫とは我らの想像の次元を越えた存在だ。そんなものを彼の衰退したキアロ・ディルーナ王国如きが使いこなせると本気で信じているのかい?

 仮にそのような驚異的な存在がいるとして、あの国には何も出来やしないよ。従って、恐れる必要など何もないし、あえて言うのならキアロ・ディルーナ王国を攻める口実にしてはならない。


 あくまでも『死姫』は知的好奇心を満たすためだけの探究の材料だと考えてほしいんだ。

 まかり間違っても、政治や戦の道具にしてはならない。


 そんなことよりも、私には恐ろしいものがあるんだよ。

 それは生きとし生ける者の底知れない悪意だ。

 ルーガルとキアロ・ディルーナの戦が起こった根本的な原因にこそ、それが表れているじゃないか。


 キアロ・ディルーナ王国において、数々の魔法を使いこなす王家の者たちは見るも無残で、もはや死体とすら呼べないほどおぞましい姿で発見された。

 恐らく会議の最中に殺害されたであろう王家の者たちの身体は、ぐちゃぐちゃの肉塊のようだった。そして会議で使われていたであろう長テーブルの上には、傷1つないきれいなままの頭部が死体の人数分置かれていた。


 ルーガル王国において、こと武道に関しては並び立つ者なしと謳われた獣神王と、それに優るとも劣らないほど屈強な王位継承者たちは、魔術大国の王家の者とは逆にすべてが頭部を失った身体を野晒しにされていた。数十を超える歴戦の猛者たちの頭を失った死体が、草原に並べられていたんだよ。横一列にね。馬鹿げているが、本当に起こった話だ。震えが走るね。


 このルーガル王国とキアロ・ディルーナ王国の戦には、死姫どころの話ではない。もっと得体の知れない邪悪な何者かが介入している。

 その正体は私にも見当すらつかないが、確実に言えることは今もなおそのような存在がどこかにいるということだ。これほど身の毛のよだつ話は他にはないよ。


 だから、リューディオ。二国間の戦に介入することだけは何としてでもやめてほしい。

 恐らく帝国軍が参戦することになっても、地理的な問題で君のいるミルディアナ軍を動かすことはないだろう。……ないだろうが。


 もう、君の顔を見なくなってから何十年経ったか、私もよくは覚えていないよ。

 でもね、それでも君は私の可愛い弟子なんだ。かけがえのない愛弟子なんだよ。子供の頃の君の愛らしくも端正な顔は今でも忘れることなんてない。

 頭のいい君のことだ。短慮に走るような真似だけはしないと信じているよ、リューディオ。


 今度、私のねぐらに――




 ミルディアナの総司令官室に、音もなく火の玉が現れ、手紙を燃やし尽くした。

 術式を発動させたハーフエルフのミルディアナ領軍部総司令官リューディオ・ランベール中将は、久しぶりに届いた師からの手紙に何の感慨もないかのように言う。


「ご忠告痛み入りますよ、師匠」


 椅子に腰掛けたリューディオは、テーブルに頬杖を突きながらつまらなそうに呟いた。


「しかし、貴女は私にまだ伝えていないことが山ほどありますね。私とてそれは同様」


 ハーフエルフの中将は瞼を閉じ、昔を懐かしむかのように言った。


「ツェフテ・アリアへと単身赴き、貴女と過ごした時間はとても有意義で楽しいものでした。幼かった私は無邪気に貴女を慕って、魔導の修行に励み、座学にも精力的に取り組んだ。それだけで済めば良かったのかもしれませんが――」


 端正な顔に感情を浮かべることもなく、リューディオは続ける。


「私は修練を続けているうちに、ツェフテ・アリアを……いや、帝国も周辺諸国も、そのすべてを覆うような闇があると確信しました。そのことに当然女王陛下もお気付きになり、貴女も薄々ながらも勘付いていた。陛下が記録を抹消しようとしているミラの血潮事件だけではない。それ以上のものが隠されていると。私はそれを解き明かさねばならない。たとえ、何を敵に回そうとも」


 彼の無表情は変わらなかったが、わずかな溜息が漏れた。


「私を含むエルフ全体を憎む者たちが増えている。このままでは、いずれ帝国とツェフテ・アリア間に亀裂を生み出しかねません。だから私は、五大英雄として祭り上げられている今だからこそ動かねばならないのです」


 最後にリューディオは呟いた。


「師匠、貴女は愚物などではありませんよ。とても聡いお方です。ただ、都合の悪いことからは目を背ける悪癖がある。それだけのお話です。今回のご助力には、深く感謝していますよ……本当にね」


 この時、リューディオは自国の裏で起きている事態についてまだ把握していなかった。

 エルフへの嫌悪と憎悪が数を増していき、その感情を利用せんとする者が現れていたことに。

 怨恨の果てに、このミルディアナという街――ひいては帝国そのものに危機が訪れるであろうということに。

というわけで、このエピソードは1巻の数年前の出来事です。

いかがだったでしょうか。

たまにはこういうお遊び的なモノも悪くはないかなと思って公開してみました。

なお、2章の幕間「東方の女帝」にてこのお話がもととなったやり取りがあります。

師の願いも空しく、リューディオは結局……というものです。



さて、書籍の2巻発売日が10月と決まりました。(確定ではありませんがガガガ文庫の刊行予定リストにはもう載っています)

そのあたりのことは、先日公開した活動報告にも記載しましたのでご興味があれば是非。


3章開始は書籍化作業がすべて終了した9月後半となる予定です。

遅れてしまって申し訳ございません。もう少々お待ち下さいませ。

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