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第54話「帝国の大元帥」

 秒間に十、二十の爆発が起こる中、獣の血を宿した者が攻撃の余波を掻い潜り、敵の術者の首を掻き切った。

 報復とばかりに、森の木陰に身を隠していた獣人たちを纏めて焼きつくすための禁術が解き放たれ、森林が一瞬にして丸焦げにされる。


 そのような戦場を、近くの断崖絶壁の上から一人の老いた偉丈夫いじょうふが見下ろしていた。

 断崖であぐらをかき、顎に蓄えた豊かな白髭を弄りながら、魔術大国と獣人たちによる血で血を洗う戦を、まるでつまらない芝居を見物するかのように見据えている。


 2メートルという、老人とは思えないほどの体躯をしたその男は上半身の衣服を見につけておらず、人間離れした筋骨隆々とした肉体を外気に晒していた。

 彼の左腕は、人間の腕とは到底呼べなかった。


 左の上腕からは、巨大な純白の魔導銃が『生えて』いる。

 老人のすぐ傍には、彼の身の丈ほどもある大型の斧が大地に刃を突き刺して立っていた。


 眼下の戦は、どうやら魔術大国に分があるらしい。

 次第に追い詰められ、数の減っていった獣人族たちがその闘争本能を必死に抑えつけながら撤退行動へ移った。

 本来なら死ぬまで戦を続けるほどの彼らの本能を抑えつけていたのは、紛れもなくいまこの場に座り込んでいる一人の老人の指令によるものだった。


「ダリウス・セヴラン大元帥閣下!!」


 後方から伝令の兵が駆けてきた。

 ダリウス――そう呼ばれた、帝国でただ1人の大元帥は後ろを振り向きもせずに答えた。


「なんじゃい」

「戦はルーガル側の劣勢です。閣下のご命令通り、命ある者の大半は既に撤退行動に移っています。――頃合いかと」

「ふむ、よかろう」


 老軍人がゆっくりと立ち上がり、眼下の光景を見下ろしながら呟く。


「魔力は十分に溜め込んだ。どれ、1つばかりどでかいのをくれてやろう」


 ダリウスは左腕と一体化した白い魔導銃の銃口を、敵方の陣地へと向けた。

 砲身からは、解き放たれるのを待っているかのように魔力がばちばちと音を立てながら弾け飛んでいる。


 その時、眼下の兵士たちの何人かがこちらへと目を向けてきた。

 莫大な魔力の気配に気が付いたのだろう。


「もう遅いわい。おぬしらに恨みはないが、ここで消えてもらうぞ」


 瞬間、左腕の砲身の銃口から凄まじい魔力を帯びた光の奔流が解き放たれた。

 それは魔術の枠組みをも超える禁術の最上位階梯に比肩するほどの威力を持ち、光の奔流が魔術大国の陣地に直撃した瞬間、その地にあったすべてのモノがまるで浄化されるかのように消し飛んだ。

 直後、その周囲一帯から紫色の光が漂い、それらが大地の中へと飲みこまれていく。


「お見事です。大元帥閣下」

「魔術大国も地に堕ちたものよ。このような一撃すら受け切れぬとは……」

「恐れながら閣下。その『原初の魔導兵器』の一撃を防げる者はいないのではないかと」


 伝令兵がそう言うと、ダリウスはかかと笑った。


「斯様な一撃、リューディオであれば詠唱すらしない結界で楽々止めおるわい」

「ら、ランベール中将閣下は……規格外ではございませんか。あのような凄まじい力を持つお方は、いくら魔術大国と言えど存在しないはず」

「はて、それはどうかのう」


 遥か彼方、魔術大国キアロ・ディルーナ王国の『王都レスキリア』の方を見ながらダリウスは言う。


「この戦の裏には、とてつもない化け物が潜んでおる。そんな気がしてならんのよ」

「……れ、例の死姫のことでございましょうか」

「ふぅむ、リューディオが提唱してやまぬ、キアロの伽噺に出てくるという化け物か。存在の是非はわからぬが、そんな者がいては儂らは全滅じゃのう」


 愉快そうに笑うダリウスにつられて笑っていいのかわからず、伝令役の兵は直立不動のまま口を閉ざしていた。

 それをつまらなそうに見たダリウスは続ける。


「儂が言うておるのは、死姫のことではない。もっと何か――得体の知れぬ者の思惑がちらついて見えるのよ。此度のキアロの動きは明らかに精細さを欠いている。まるで自ら滅びの道へ突き進むかのような愚行の繰り返しじゃ」

「確かに、我らの中でも魔術大国の動きは度々話題になります。意味不明な行動が多過ぎる。これではまるで『指揮官が子供のごっこ遊びをしているようだ』と」


「それだけでは理屈が通らんのよ。指揮官が無能であれば、必ずや指揮下の者に動揺が広がる。相手はあのルーガル王国なのじゃ。降伏したところで八つ裂きにされるに決まっておると考えれば、どこへなりと逃げ出す者がいてもおかしくはない上、無能な上官を討たんとする者が出ることも有り得る……が」


 豊かにたくわえた顎鬚を弄りながら、ダリウスは難問を前にした数学者のような顔になる。


「キアロの兵士の士気は異様に高い。それこそ、戦に勝つことを確信しているかのように活気に溢れ、自らの敗北など万に一つも想像しておらぬような無謀な動きをする者ばかりじゃ。まるで何者かに思考を支配されているかのような不気味さを覚えて仕方がないのう」

「……い、いくら禁術の枠に足を踏み入れた術式であっても、一国の兵士全員の思想を操れるようなものでしょうか」


「術式ではないと儂は考えている」

「と仰いますと……?」

「そこで先の言葉に繋がるのじゃ。何者かの悪意の介入があるのではないか、とな。――アレを見よ」


 ダリウスが指し示した先には、空中を浮遊する白亜の城のようなものがあった。


「ゼナン竜王国の空中移動要塞ですね。あの白い要塞は……『ジルニトラ』。かつて、ゼナンの白竜将はくりゅうしょうが管理していたという難攻不落の大要塞、ですか」

「そうじゃ、リューディオがドライグを破壊し、クロードがベルーダを破壊せしめた。じゃが、我らが総軍を挙げて破壊しにかかったあのジルニトラを陥落させることは叶わなんだ。白竜将自体を討ち取ることには成功したがなぁ」


 数年前の出来事に想いを馳せながらダリウスが続けた。


「此度もまたゼナンが絡んでおる可能性は高いやもしれん」

「……確かに。もはや我らが帝国と魔術大国の関係は周辺諸国から見ても一目瞭然ですな。ゼナンであれば、魔術大国に肩入れしてもおかしくはない。しかし、戦場で竜騎兵の姿を見たという報告はありません」

「停戦条約が締結された手前、あからさまなことはすまいよ。……いや、むしろそのくらいわかりやすく動いてくれた方がありがたい。魔術大国もそうだが、ゼナンもまた謎の多い国故、なぁ」


 沈黙。

 帝国総軍の最高司令官を務める男と、ただ黙っていることだけが気まずくなり、伝令兵は話題を変えた。


「そ、そういえば、先の竜王国との一戦。自分はあの時は後方での支援を任ぜられておりましたので詳しくはわからないのですが……白竜将を討ち取ったのは、『ミレイユ・バーネット元帥』閣下であったとか」


 その名前を聞いて、ダリウスは笑う。


「そうか。おぬしはミレイユちゃ……いや、バーネット元帥については知らぬか。彼女の力は凄まじいぞい。まともにやり合って勝負になるのは、クロードくらいであろう。実力だけを見れば、リューディオをも上回っているかもしれん女子じゃ……いや、婆か。んん、いやいや、こんなことを言ってはミレイユちゃんに殺されてしまう」

「は、はぁ……。なんでも、先史文明期の遺物を最も使いこなすことが出来る人物だとか」


 伝令兵はダリウスの左腕と一体化した魔導砲を見ながら言った。


「もしかすれば、この戦場で共に戦う機会も訪れよう。その時は注意せい。バーネット元帥の戦を見ただけで、幾人もの才ある者の心が一瞬にして砕け散り、中には軍籍を放棄してしまった者もいるからのう」

「そ、想像もつきませんが、心しておきます! 自分にとっては、セヴラン大元帥閣下の攻撃を見るだけでも戦意が失われそうになるほどでありますが……」

「儂など地位の高いだけのお荷物よ。はようこんな立場なぞほっぽり出して自由気ままに暮らしたいんじゃがのう」


 先程、たった一発の砲撃で魔術大国の大隊を壊滅させた老人はそんなことはおくびにも出さずに言った。

 そして、今までのどこか緩んでいた表情を引き締めて言う。


「さて、そろそろじゃろう」

「はい?」

「今は確か、ミルディアナにおるのではなかったか、あの“獣人族の少女たち”は」


「ロカさまとそのお付きの者でございますね。南方からの伝令によれば、現在は西方領に短期留学中とのことですが」

「急ぎ、呼び戻すが良い」


「彼女たちを呼び戻すのは、戦が終焉を迎える頃だと窺っておりましたが」

「正に今がその時じゃ」


 ダリウスはきっぱりと言う。


「これより、我ら北方と東方の帝国軍も総力を挙げてキアロ・ディルーナ王国を文字通り、殲滅させる。短期決戦になる故、戦後の処理を考えてもそろそろ獣王を戦列に加えねばならん時よ」







 水色の長い髪をした女性が、戦場に佇んでいた。

 彼女が身に纏っているのは軍服ではなく、水色のドレス。

 場違いな格好をした女性は、その長い睫毛で縁取られた瞳を閉じて、ただ黙って立っている。


 武器を携帯している様子もなく、あまりにも不用心であると言わざるを得なかった。

 細身で華奢な身体と、その儚げな気配は深窓の令嬢と言い表しても過言ではない。

 獣人族の女帝、獅子の獣人たるレザン・グロウは前方に立つそんな女性を前にして、複雑な表情を浮かべていた。


「……アンタ。本当に戦えるのかい? ミレイユ・バーネット元帥だっていうのは間違いないのかい? 同姓同名の別人だとかそういうのじゃないんだね?」

「信用、なりませんか?」


 慎ましやかに告げる女性は、病的なほどに白い肌をしていた。

 そして、戦意というものがまるで感じられない。


「いやさ、帝国の元帥にして五大英雄の1人が来るってもんだから、アタシはめちゃくちゃ緊張してたんだがねぇ……あー、その……いま、アンタは何をやってるんだい?」

「戦場の解析を、しております」


 帝国の大元帥ダリウス・セヴランと同期であるという、バーネット元帥。

 しかし、眼前にいるのはせいぜい10代後半から20代前半といった年若い女性にしか見えない。おまけに軍学校に入学したばかりの貴族の子女ですら、もう少し戦意を感じさせるものだと思ってしまうほどに、今の彼女の纏う静謐せいひつな雰囲気は明らかにこの場から浮いていた。


「解析っつったって、アンタら人間はアタシたちほど目がいいわけじゃねえだろう。蛮族共が遠くにいるのはアタシにもわかるが、豆粒ほどにしか見えねえ」

「キアロ・ディルーナ王国の大隊とは、約3.67kmほど離れております」

「ずいぶんと正確に聞こえるけど……まあ、大体そんな感じか」


 レザンが赤茶色の髪を掻きながらぼやいた時、五大英雄の1人と謳われた女性が呟いた。


「解析が完了致しました。これより分析に入ります」

「お、おう……?」


 それからわずか数秒後、その女性はぽそりと言った。


「――熱源反応探知。敵影補足。総数723名。魔力保有者比率92%。禁術相当の結界術式行使可能人数5名。斥候は帰還、此方こなたの戦力を報告中。敵将に警戒反応無し。殲滅は可能と判断――」

「は……? なんだって?」


 レザンは思わず間の抜けた声を上げてしまったが、ミレイユ・バーネット元帥は軽く首を傾げながら言った。


「レザン・グロウ女帝。敵兵の殲滅を、致しますか?」

「そりゃ、殲滅してえのは当然だけど、どうやってするってんだい」

「いま、この場で。指揮権は貴女にあります。ご決断を」


 その場に佇み、両手をお行儀よく組んでいる上品なその立ち姿から、そんな場違いなことを言われても。

 レザンは、はいはいとばかりに頷いて言った。


「わかったわかった、やれるもんならやってみてくんな」

「確認しますが、殲滅で構いませんね? 敵将を生け捕りにすることも可能と判断しますが」

「容赦はいらねえよ。皆殺しでいい」


 心中で「そんなこと出来るわけねえだろ」と思いながらそう言ってやると、水色の髪の女性はこくりと頷いた。


「承知致しました。戦場に散り行く徒花あだばなとなる彼らに、せめて痛みを感じない安らかなる死を」


 ミレイユが合掌して呟いたと同時、彼女の体内から巨大な水の塊のようなものが浮かんだ。

 意味のわからない光景に呆然としているレザンを尻目に、ミレイユは遥か彼方にいる敵兵たちへと向けて腕を突き出した――。






「敵方との距離はおよそ4km。交ざり者共に動きはありません」

「そうか。遠くにいるからと油断しているのだろう」


 キアロ・ディルーナ王国の大隊を指揮する将校は、含み笑いを漏らしながら言った。


「作戦通り、今しばらくここに隊を展開させておく。その後、禁術を扱える者たちを後方へと送り込み、準備が整い次第我らから一斉に魔術による攻撃を開始する」

「奴らの視覚は無論、嗅覚も鋭敏です。斥候の存在に気付いている節も見られますが」

「問題ない。交ざり者たちは昼間は単なる睨み合いになるとしか思っておらんだろう。我らがここに留まり、もう3日目。夜になり、奴らが焦れ始めた時が頃合いよ」


 獣人たちは、やがて戦闘本能を抑えきれずに真正面から総力戦を仕掛けてくる。

 これまでの歴史や現在の戦況を考えても、それは間違いない。相手は所詮は獣の血が混じった知能の低い下等生物共。単純な思考しか出来ないのだから次もそうなる。


 上官の勝利を確信した笑みを見て、状況を報告していた斥候の男もまた笑った。

 そして笑みを浮かべながらも、上官が何かを言おうと口を開いた時。


 閃光が煌めいた気がした。

 眩しくて思わず瞼を閉じたが、それも一瞬。

 すぐに目を開けた斥候は、目の前の光景を見て思考が固まった。


 上官の首から上が消えていた。

 一片の血肉さえ残さず、あるはずの頭がどこにもなかった。

 首から上を切断されたのか。首の断面はまるで鋭利な刃物で勢いよく刎ねられたかのように、なめらかに見えた。


 だが、斥候の思考はそこで途絶えた。

 何故なら、直後に彼の頭もまた消し飛んでいたから。


 その光景を見ていた者たちが、わけのわからない状況に慄いて叫んだ瞬間、700名以上にわたる者たちの頭に閃光が迸った。

 指揮官の男が頭を消し飛ばされたわずか4秒後。

 その場にいた、キアロ・ディルーナ王国の大隊総勢723名全員が一瞬にして命を散らし、彼らの遺骸から紫色の光が飛び出してから、ゆっくりと大地に吸い込まれていくのだった――。




 ◆




 戦闘は終わった。

 ミレイユ・バーネット元帥がそう告げた後、レザンは豆粒ほどにしか見えていなかった敵兵たちの姿がまったく見えなくなったことに気付き、急いで自ら確認へと向かった。


 そこには、頭部のない死体が数え切れないほど転がっていた。

 有り得ない。

 そうとしか表現出来ない光景が、レザンの頭を混乱させる。


「戦場に舞う紫紺の光」


 思わず声のした方向を振りかえると、そこに立っていたのは水色の髪の女性だった。


「とても美しい輝きなれど、これは死した者たちが最期に遺した命の煌めき。獣人族も魔術大国も関係ない。死人しびとの発する光はかくも儚きものなのですね」

「あ……アンタ……一体、何、を?」


「ご命令通り、殲滅を。敵勢力723名全員の生命反応の消失を確認致しました。何か不備はございますか?」

「い、いや、ねえよ……ねえっつったって、こりゃ……」

「それでは、私は一旦指揮下の者たちの所へ向かいます。別命があればいつでもお呼び出しください。失礼します」


 ミレイユ・バーネット元帥はそう言うと、水色の長い髪を翻してゆっくりと歩いていった。


「……こんなとんでもない化け物共なのかい、五大英雄ってのは……」


 歴戦の猛将でもあるレザン・グロウ女帝は、蹂躙という言葉すら生ぬるい光景を前にして勝利の喜びなど一切感じないどころか、言いようのない恐怖心を覚えた。

 もしも、この力がキアロ・ディルーナ王国ではなく、自分たちに向けられていたとしたら……。


 眼前の惨状を認識するのを本能が拒絶し、冷や汗が頬を伝う。

 レザンは身体を震えさせて、しばらくの間見動き1つ出来なかった。

今更ですが、書籍の表紙画像を目次とあとがきの後ろに表示致しました。(だいぶ遅い)


残り4話です。

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