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第52話「王族会議~前編~」

 カーラが帝国へ向かってから3日後。

 昼でも暗雲の立ち込めることの多いテネブラエ魔族国を、強い朝焼けが照らしていた。

 私は自らの宮殿である『あかつきの宮』を離れ、テネブラエの中心地からやや離れた場所にある広大な台地を目指した。


 辿り着いた先にあるのは、巨大な古城。

 先代のルシファーがこの地を支配していた時から、王族会議に用いることにのみ利用される特別な場所だ。

 現ルシファーである私もまた、王族会議を開催する時にはこの地を選んでいる。


 定めた刻限までもうじき。

 既に王族たちは古城の中庭に集合しているだろう。

 私もまた古城の入り口へと進み、そこに立っている銀髪のメイド――第三夫人であるレナが深く頭を垂れるのを横目に城の内部へと入り込んだ。少し間を置いて、レナも私の後ろに続いた。


 人間の住まう城を真似た作りになっているのは、私の宮殿と似たようなものだ。

 飾り気はほとんどないが、しかし巨大な城の内部は初めて見る者を圧倒させる。内部は巨大な魔族が出入りすることはもちろん、短期間留まることも想定されて作られているために1階の広間の天井までの高さは優に100メートルを超えている。


 通路も階段も、何もかもが規格外の大きさと言ってもいいだろう。まあ、魔族の中にはこの高さであっても狭く感じる者がいるわけだが。

 一言で例えるなら、巨大な化け物が棲む場所を、人間の城を真似て作った場所といった感じか。


 私とレナが廊下をしばらく歩くと、巨大な扉が目に入った。そしてその前に佇む1人の黒尽くめの女――第二夫人たるジゼルが穏やかな微笑を浮かべながら私たちを待っていた。

 ジゼルが深々と礼をした後にぱちりと指を鳴らすと、人間の手では到底開けることなど出来ないであろう扉がいとも容易く開かれる。

 その先にあるのは、魔族以外の種族が使う神殿に似た場所だった。帝国のグランデン領で訪れた神殿の大きさを変えただけのようにも見える。


祈祷きとうの間』と呼ばれるこの場所は、魔族の末永き安寧を願うために用意されたものであるのだが、作ったのは私ではなく先代のルシファーだ。

 あの男が願っていたのは安寧などではなく、永遠に続く闘争。安寧のためなどというのは建前に過ぎない。

 ――くだらん。私は何の感慨もなく、歩を進めた。


 神殿の遥か先にある扉の前に立っているのは、純白の翼を生やした堕天使――第一夫人たるルミエルだった。

 先日帰還したばかりのルミエルとは、あえて今まで会わずにいた。ひと悶着くらいはあるかもしれないかと感じていたが、彼女の赤い瞳はいつもとはまったく違った様子で厳かとも言える雰囲気を醸し出していた。

 流石に数百年ぶりに開かれる本格的な王族会議となれば、いかにこいつと言えども緊張するものか。


「――テネブラエ魔族国を支える7柱がうちの1柱にして、頂点たる者。我らが魔族を統べる魔王ルシファーよ」


 普段の少女然とした口調とはかけ離れた口振りでルミエルは言った。


「これより催されしは王族会議。1柱が欠ける今、テネブラエ魔族国の行く末を定める合議の最終的な決議を下すのは至高の御方である。されど、王族すべての言葉を傾聴し、慮ることを忘るるべからず」


 ルミエルは続けた。


「多数派への安易なる迎合、少数派への浅慮なる計らい、そのいずれもが我らが魔族国の破滅の序曲となり得る。合議の末に両者の意見が天秤にかけられし時には、その決裁にて真なる魔王の器であることを示されるべし」


 真摯な眼差しで私を見つめながら語るルミエルに対して、頷いてみせた。


「私が願うは魔族の永劫たる安寧だ。それに最善を尽くすのみ」

「……これより先は殺意の嵐が吹き荒れる戦場も同じ。見事、その身を以て鎮め給え」

「もちろんだ。殺意も殺気も悪意もすべて、私がこの両の腕で抱き留めてやろう」


 ルミエルはふと表情を和らげながら言う。


「どうか、その御身が我らを導く道標たらんこと――を……」


 ……どうした?

 いきなり顔を俯かせて黙り込んでしまったぞ。

 緊張し過ぎて、続けるセリフを忘れでもしたのか――。


「や~んもう!! だ~りんってばかっこいいー!!」


 どすっと体当たりするかのように抱きついてきたルミエル。

 まったく、こいつは最後の最後で……。


「お前という奴は……第一夫人の威厳が台無しだぞ」

「そんなのどうだっていいもーん! だ~りん、大好き~!!」


 物凄い勢いで頬ずりしてくるルミエルの頭を軽く撫でていると、背後からくすくすと笑う声が聴こえてきた。


「ふふ。やっぱり、ルミエルはこうでなくちゃ。ねえ、レナ?」

「……今までの雰囲気が台無しでは。第一夫人ともあろう者の態度とは思えません」


 ジゼルとレナの言葉などまるで届いていないかのように上機嫌そうに甘えてくるルミエルをそっと引き剥がし、彼女と向き合う。

 そのくりっとした赤い瞳が私を見据えていた。


「続きはまた後でな。会議の最中、ジゼルとレナのことは頼んだぞ」

「は~い! まっかせて!」


 元気よく言って笑うルミエルと視線を合わせるようにして屈み、その額に口付けをしてから、私は彼女が護っていた扉を開け放った。

 そこに広がるのは、巨大な中庭だった。

 私が夫人たちを引き連れて歩いていく最中、その場にいる高位の魔族たちの視線が一身に注がれる。


 王族たちのお付きだ。

 人間に近い姿をした者が多い淫魔の中でも側頭部から角が生えている者や、死の気配を色濃く漂わせた動く甲冑、更にはオークの最上位種など。

 王族会議をその目で見ることが許された数少ない者たちは、私に向かって一礼するのみ。何かしらの特例がない限り、発言権はない。


 やがて中庭の中心地、長方形の黒いテーブルが置かれている場所へと辿り着いた。

 そこには既に淫魔の魔王アスモと、死者の魔王レヴィ、そして蟲の魔王ベルゼブブの姿があった。

 さて、まだここにいない面子は――。


「うおおおおおおぉぉッ!!」


 雄叫びと共に何かが天空から降ってきた。

 私の頭を狙った大振りの剣の一撃を魔力による結界で防ぎ、その剣の主の腹を蹴り飛ばした。

 上位の魔神であっても紙のように吹っ飛ぶ一撃だったが、そいつは軽く飛ばされてテーブルに叩きつけられた直後、すぐに起き上がった。


「……相変わらず、腕は衰えてねえみたいだな、旦那」

「ベルフェ。熱烈な歓迎は嬉しいのだがな、少しは場を弁えろ」


 灰色のざんばら髪をした男は、口許に弧を描いた。


「……久しぶりの王族会議って聞いたもんでな。つい力んじまった」

「テーブルは足を乗せるものではない。いい加減、そこをどかぬか」


 呆れた口調で言うレヴィを見て、ベルフェは肩を竦める。


「……ノリが悪いねぇ、この婆はよ。こちとら眠い中わざわざ来てやったんだ。これくらいのやんちゃは許してくれよ」


 私がふと背後を見れば、ベルフェの一撃を結界で防いだにもかかわらず、大地に亀裂が走っていた。

 ルミエルらに怪我はないが、まったく馬鹿力なものだ。

 今の一撃だけで、お付きの魔族たちが殺気立っているのがわかる。しかしそれもただの強がりによるもの。内心ではベルフェの一撃の破壊力に震えていることだろう。


 その時、中庭に一瞬にして灼熱の炎が出現した。

 広大な庭すべてを覆い尽くす大規模な火焔がルミエルたちに迫る直前、私は結界を張ってそれを防いだ。

 凄まじい業火が煌々と燃え上がり――やがて、30メートルほどの塊に収束した後、それを割くかのように現れたのは巨大な体躯を誇る七色に輝く馬だった。


『遅れて失礼した。急ぎ馳せ参じた故、転移術式が思わず炎で包まれてしまったが……斯様な弱火に燃やし尽くされるような弱者はこの場にいないであろう?』


 7柱の魔王の中でも、最も人間を忌み嫌う炎獄のマモンがその赤い瞳を私に向けてきた。

 私は結界なぞ張らなくても平気だが、ルミエルたちは軽い火傷くらいはしただろう。

 元天使であり、今もなお強力な魔力耐性を持つルミエルにすら手傷を負わせるほどの炎を、攻撃ではなくただの転移術式で放つのだからまったくもって殺意の塊と言い表すほかない。こいつの前では上位の魔神も赤子同然だ。


 私は荒ぶる魔王がうちの1柱を前にして、溜息を吐きながら言った。


「久しぶりだな、マモン。だが、少々転移術式の扱い方が雑に見えるぞ? 今度、私が直々に一からその身に叩き込んでやろうか?」

『我を愚弄するかね、ルシファー。浅ましき人間と変わらぬような姿に相応しき愚かさよ』

「愚かなのはどちらか。我が妻たちにかすり傷でもつけてみろ。その無限に近しい命が尽きるまで、殺し尽くしてやるぞ」


 こちらも挑発に乗ったふりをして様子を見る。

 マモンはしかし、興味を無くしたかのように目を逸らした。

 これがこの魔王の性格だ。今の魔法の領域に達する炎はただの戯れ。奴は本当にただ単に転移術式でこの場に来ただけで、他意はない。もっとも、先の炎で私の愛すべき妻たちが手傷でも負っていればこれ幸いと見下してきただろうが。


『此度は王族会議と聞いているが、殺し合いでも始めるつもりかね』

「お前たちが大人しくしていれば、会議は滞りなく進むだろう。早く席に着け……お前の身体に合った椅子などないが」

「やめよ。先から聞いていれば馬鹿馬鹿しいにも程がある。時間の無駄じゃ。はよう会議を始めぬか」


 レヴィが不快も露わに言い放った瞬間、マモンの纏う雰囲気が変わった。


『……おお、これはすまないね、レヴィアタン。ただ、君にとってはあの程度の炎は何ということもなかろう』

「これから始まるは王族会議じゃ。何も知らぬ童でもないというに、くだらぬ茶々を入れるでない」

『申し訳ない。して……レヴィアタン。我に……その、何だ』


 ん? マモンの様子が……。


「何じゃ?」

『……我のことを案じていたと、風の噂で聞いたような、気が』

「ん? はて、そんなことを言ったかどうかよく覚えてはおらんが」


 その時、アスモが両者から顔を逸らしてふっと吹き出すように笑った。

 ……そういえば、マモンの招集役はアスモだったな。

 マモンのことだから、かなり苛烈な抵抗をするかと思っていただけに特に何事もなく参加すると聞いた時は少し意外に思ったが、アスモに上手く言い包められたのだろう。


「とはいえ、ぬしのことはいつも案じておるよ」

『そ、それはまことか』


「他の者を寄せ付けぬその傲慢さ。かといって、放っておけばいつかは暴走するやもしれぬと思うと、不安で堪らぬ」

『……そうか……』


 マモンは気落ちした様子で呟く。

 こいつは誰に対しても傲慢極まりないが、レヴィに対してだけは敬意のようなものを抱いている。

 その関係性は遥か昔にあったちょっとした出来事がきっかけだが、まあ今はどうでもいいことだ。いい加減に本題に入らねばな。


「さて、サタンを除く6柱の王族が集った。これより、王族会議を始める」


 私が宣言すると、場の雰囲気が一気に張り詰めた。

 もっとも、それは王族だけのことであり、お付きの者たちは先のベルフェの一撃やマモンの予期せぬ登場から緊張感に恐れおののいて警戒心を露わにしているが。


「此度の王族会議の招集は、私の命令によるものだ。お前たちも既に知っての通り、サタンが1200年の時を経て再び我らの前に姿を現した。本来であれば喜ばしきことであるが、奴の状態は以前のものとはまったく異なっていた――」


 私は帝国の西方に出現した次元の裂け目から、白き化け物共と共にサタンが現れたこととその後に起きた出来事を説明した。

 あらかた話し終えると、最初に挙手したのはベルゼブブだった。


「ふぇっふぇ……ルシファーよ。あの次元の裂け目から現れ出でしは、魔導生物の失敗作であるというのじゃな?」

「恐らくはな。相手取ってわかったが、強固な魔力耐性を有しているのは明らかだった。しかし、知性や理性があるとも思えず、意味不明な挙動をする個体も多かった。ただの生物では有り得ない姿かたちからして、魔導生物である可能性が極めて高い」

「もう何百年経つかのう……。儂らも魔導生物と戦ったことがあるのは覚えておるぞい。彼奴らは知能が高く、魔力耐性が高い上に俊敏で高度な連携攻撃を得手としておった故、なかなかに手強い相手であった。……失敗作であっても、その名残らしきものはあったというわけかのう」


 ベルゼブブの率いる軍隊が帝国を襲撃した時、魔導生物の介入があったということは知っている。

 私も興味本位でその戦いを眺め、少しばかり魔導生物と遊んでみたものだ。


「魔導生物といえば、彼の魔術大国で造られしもの。次元の裂け目を作り出す魔導技術も彼の国以外で扱える者がいるとは思えんのう。儂ら魔族であれば話は別じゃが……ふぇっふぇ」

「ゼナン竜王国であれば、可能ではありませんの?」


 そう言ったのはアスモだった。

 桃色の髪を弄りながら、先を続ける。


「竜族といえば、わたくしたち魔族と同程度に魔導に精通する者もいますし……なにより、最近のあの国はどうにも得体が知れませんわ」

「そういえば、アスモ。お前は眷属を派遣させて情報収集をさせていると言っていたな? ゼナンにも向かわせているのか?」

「向かわせて『いましたわ』。今はあの国に出向くことは禁じていますの。――あの国に行って、そのまま帰ってこない子たちが多くなってきましたから」


 アスモの言う通り、力ある魔族と比肩し得るほどの力を持つ竜族は多い。

 こいつの眷属は基本的には人間の姿をしている者が多く、その正体を勘付かれることもまずないのだが、やはりわかる者にはわかる。

 帰還しない者たちがどうなったかはわからんが、殺されたか監禁でもされているといったところだろう。


「そして最近、ゼナン竜王国はキアロ・ディルーナ王国と関係を密にしているという噂も聞きますわ。ゼナンの空中移動要塞が度々あの魔術大国の上空を飛び回っているらしいですし」


 その言葉に反応したのはレヴィだった。


「ゼナンの言うところによれば、空中移動要塞の制御は困難を極めるとのことじゃが」

「戦時中に『竜将』を名乗る者が制御して、やっと自由に動くことが出来るという話は聞きますわね。ただ、それも眉唾な話ですわ。あの空中移動要塞が“あの件”以降、一度でも我らが魔族国の領空に入り込んできたことがありまして?」

「サタンが、魔族国の上空まで漂ってきたファフニールを破壊した時じゃな。確かに、それ以降は他の要塞がこの地にやってくることはないのう。目視出来るほど近くまで寄ってくることは何度かあったが」


 アスモとレヴィが言うように、ゼナンの空中移動要塞の一基ファフニールがテネブラエの領空に侵入した時、破壊衝動に苦悩していたサタンが彼の要塞を木端微塵にしてしまったことがある。

 それ以降、平時は制御の利かないはずの空中移動要塞が何故我らテネブラエ魔族国に迫ってこないのかという問題に行き当たる。ゼナンの言い分を信じるなら、だが。


「少し話が逸れてしまいましたが、ゼナンの力は侮れないと思いますの。ジゼルの空間魔法を覗き見していた限り、竜将自体の戦闘力はそれほど高くはないと思いますけれど……アレは相手が悪かっただけ、とも言えますし」


 次元の裂け目から現れた化け物たちから自国を守るために大竜将が中隊規模の軍隊を引き連れ、帝国内に侵入し、クラリス率いる小隊を壊滅させたことがきっかけとなってデュラス将軍の怒りを買い、中隊は壊滅。大竜将1人が逃げ帰ったという報告は聞いている。

 クラリスも力のある神使だが、流石に経験と場数があまりにも違い過ぎた。恐らくは実力もまだまだ竜将には及ばないのだろう。

 デュラス将軍によって一瞬にして蹂躙されたといえば聞こえが悪い。逆に言えば、あの男がいなければ大竜将を止められる者はいなかった。そして遮る者がいなかった時、大竜将は何をしようとしたか――。


「我が君。大竜将はサタンのことをとても警戒していましたわ。彼がまだ何もしていないうちに、中隊の総力を以て集中攻撃を行いましたもの。あの帝国の少尉が止めなければ、それはずっと続いたと思われますわ」

「わらわも見ていたが、サタンは自身の身体に手傷を負わせてみせよとのたまっていた。あのままサタンへの攻撃が続き、帝国の者が止めに入らねば――度重なる攻撃によって、奴の破壊衝動が再び目覚めて周囲が焦土と化した可能性が高い。わらわが思うには――黒幕の狙いはそれでないかと」


 レヴィが眉根をしかめながら言った。

 サタンの暴走。それが巻き起これば、当然被害はグランデンにも及ぶだろう。そしてその結果として、大英雄クロード・デュラスは必ずやサタンの討伐に向かうことになる。

 サタンとデュラス将軍の戦闘。これこそが狙いか。確かに状況から考えれば否定は難しい。


「我が君があの黒尽くめの男と戯れている間、神殿では神剣を持った少女が暴れていましたわね。力では到底デュラス将軍の足元にも及んでいない様子でしたが、その不死のような特性と神剣の力によってあの大英雄を一時的に無力化させて、神殿の水晶を破壊した。それと同時に、次元の裂け目が現れたのは間違いありません。わたくしのみならず、レヴィや我が君の夫人もそれは目にしていますわ」

「……ハインとトトか。人間にしてはなかなかの強さだったが」


 奴らの狙いは間違いなく、神殿の水晶の破壊。

 私が直接目にした巨大な水晶は1つだけだが、恐らく他の襲撃された神殿すべてにもあの水晶が置かれていた可能性がある。

 そして奴らの狙い通り水晶がすべて壊された後、トトが言っていた「地獄を体感してもらう」という言葉は恐らくはサタンのことを指していたのだろう。


 弱っていたサタンにデュラス将軍と渡り合えるような力はなかった。

 だが、サタンの神器カデシュ・セゲルを顕現させることは出来た。

 力も理性も失っていた奴が、後先のこと――神器を振るった後、自分の身体がどうなるかなどを一切考えずに全力で振るったとすれば、正気の時と同等の威力の神器の力が振るわれたに違いない。


 サタンがその命と引き換えに放つ渾身の一撃を、あの大英雄が耐えられるかはわからない。

 だが、己が身は守れたとしても、神器の強大な一撃は周囲のものに甚大な被害を与える。

 かつて、破壊衝動に支配されたサタンがカデシュ・セゲルを振るった時、その衝撃波によって孤島の大地が割け、海をも切り裂いた一撃が遥か彼方の海岸付近をも破壊したことを思い出した。


 しかしその一撃により、弱り切ったサタンの身体は崩壊する可能性が高い。

 トトとハインの背後に見え隠れするナニカがもしサタンの弱体化に関与していた場合、サタンの復活や暴走、そして大英雄との対決の他にも何か目的があるのかもしれないが……それをする理由とは何だ。


「デュラス将軍はあのトトという少女に邪なる加護が宿っている、などということを言っていましたわね。故に不死に近い存在になったと。そしてそれを指摘されて、あの少女は自らが信仰する『女神』を穢されたと思い込んで激怒していましたわ」

「わらわから見てもあの女子おなごは人間のように見えた。少なくとも死者アンデッドではない。本来であればただの人間はおろか、人外の領域に足を踏み入れた魔術師であってもあのような力を手にすることは出来ぬ……ルシファーよ、やはりあの者らの裏で糸を引いているのは、ぬしがミルディアナで聞いたという『女神』と関係があるのではないか?」


 末期の雫事件と、今回の神殿襲撃事件から始まったサタンの召喚。

 これらを直接的に結び付ける要素は、犯行に関わった者たちが口にした『神』と同列の存在。


 ギスランが言う『女神』、そしてトトが言っていたという『女神』。

 神というのはただの比喩であるという可能性を捨て切れなかったが、奴らに与えられた力はあまりにも凄まじい。

 神格の者でもなければ、そのような加護を与えられるはずもないのだ。


 奴らはみな、人間だった。ギスランはもはや己の肉体すら失ってはいたが、もとは強大な魔術師であった。

 そしてトトとハインはその段階にまでは行っていないが、何度死んでも蘇る不死性を持っていた。


 両者に共通するのは、人間という種族には必ず訪れる死を超越している点。

 この共通事項から考えても、奴らの背後にいるのは、同一の存在である可能性が極めて高いだろう。そしてそのナニカは人間の死を超越させ、サタンの失踪に関与しているともなれば計り知れないほど強大な力を持っていることになる。


 この世界には数多の神々が存在するが、そこまで凄まじい力を持つ者は稀だ。

 そしてそれほどの力を持っていれば、大女神オルフェリアのように数多くの者から信仰されているはずだが……そのような加護を与える神に心当たりなどない。

 私は王族の中でも最も魔導や歴史に精通した男へと問う。


「ベルゼブブ。お前から見ても、此度の件の裏側に潜んでいるのは神であると思えるか」

「……ふぇっふぇ。末期の雫の生成と、それを用いたミルディアナでの天魔召喚術式。不完全とはいえ、人間に不死という加護を与えている点。そしてサタンの失踪にも関与しておる可能性が高い。これらをもしすべて同一の存在が仕組んだと考えるならば、もはやそれは人ではあるまいよ」


 私はギスランの記憶の中で垣間見た謎の女を思い出す。

 普通の人間にしか見えなかったが、あるいは私やカーラのように完璧に近い人間への変化が出来るのかもしれない。


「仮に女神が本当に神格に値する何者かであるとしよう。では、その者の目的は何だ。最初こそ帝国に敵意があるのだと考えていた。だが、次元の裂け目の封印を維持していたのは他ならぬ帝国の神殿に安置されていた水晶だ。その者の狙いがわからん」


 その時、椅子に座ってテーブルに足を乗せていた灰色の髪の男が言った。


「……おいおい、さっきから聞いてりゃ何だ。ぐだぐだとこまけえことばっかり気にしてるじゃねえか、旦那」

「相手の狙いを突き止めぬことには何も始まらんだろう?」

「……ゼナン、キアロ、そして帝国」


 ベルフェはふっと笑った。


「……その女神だかなんだかいう奴はそのどこかに潜んでるんだろ。なら簡単だ。その3つをぶっ潰していきゃ、最終的にはそいつとやり合うことになる。戦の時間だぜ、旦那」

「何を馬鹿な――」

『我もその意見には賛同だ』


 マモンの言葉と共にその身体から爆炎が巻き起こる。

 中庭はおろか、古城の城壁をも吹き飛ばすような凄まじい威力だ。

 瞬時に結界を張って防いだが、即席で作ったそれが粉々に砕け散った。

 

 この魔王は言葉を発するだけで、周囲を焼き尽くしてしまう。

 興奮し、気が立っている証拠だ。


『ルシファーよ。すぐに戦の準備を始めろと言いたまえ。我らはいつでも歓迎するぞ』

「本当にお前は先代ルシファーの頃から何も変わらんな。今は戦の話をしている時ではない」

『その女神なる者を炙り出すためにはこれ以上ない方法であろうに。人間も竜もすべて蹂躙してしまえばそれでいい』


 ベルフェとマモンの殺気立った視線が私に集中する中、これまで大人しくしていたベルゼブブもまたにぃとした不気味な笑みを浮かべる。


「ふぇっふぇ、それはいい。人間の断末魔を聴きながら、また頭を噛み砕いて中身を啜り出してしまいたいのう……ふぇっふぇっふぇ!」


 ベルゼブブの身体から黒い瘴気が噴き上がり、中庭全体を包み込んだ。

 他の王族のお付きとして同行してきた上位の魔族たちが一斉に怯え出す。

 そして、その瘴気を一身に浴びたベルフェが愉快そうに笑った。


「……ああ、いいじゃねえかこの空気。俺たちゃどうにも破壊衝動が溜まっちまって堪らねえ。やろうぜ、旦那。ゼナンもキアロも帝国も――なんなら聖王国もエルフも獣人も、みんなぶっ殺してやりゃぁいい」

「ここは王族会議の場じゃ。落ち着かぬか……!」


「……婆は黙ってろや。それとも何だ。この湧き上がる衝動を、てめえの身体にぶつけてやってもいいってか?」

「斯様な挑発は聞き慣れた。ここは戦場ではなかろ――」


 ベルフェが瞬時に跳躍し、レヴィの頭を割らんとする勢いで大剣を振り下ろした。

 レヴィはすかさず自らの神器、サトゥルナリアでそれを防ぐ。

 その衝撃波だけで暴風が起きて、焼け残った古城の壁を吹っ飛ばした。


「話を聞かぬか、たわけ」

「……今まで聞いてただろ? もう日和った穏健派の意見にはうんざりさせられてんだ。ここはいっちょ、どっちの意見が正しいか力と力で決めようじゃねえかよ」

「お待ちなさいな。王族会議とはそんな――」


 大規模な爆発が生じた。

 そして中庭をいくつもの落雷が穿ち、猛吹雪が発生する。


『こそこそと立ち回るなど笑止千万。我らは戦を望む。帝国も魔術大国も竜王国も、すべて焼き尽くせば済むこと。それ以外の選択肢なぞない』


 普段は穏やかなアスモも眉間に皺を寄せ、レヴィは戦を望まずとも神器をその手から離しはしない。

 やはりこうなるか。

 力だけで抑えられてきた者たちは、力だけですべてを解決しようとする。こうなった結果は私にも責任の一端があるな。困ったものだ。


 私は自らの前方に向かって魔力の衝撃波を放った。

 結界も受け身も意味をなさないそれを受けて、他の王族すべてが吹き飛ばされる。

 アスモやレヴィも巻き込んでしまったが、今は仕方がない。


 もはや城の原型すら留めていない荒地となった場所で、私は静かに告げた。


「王族会議の進行を妨げる者は誰であろうと容赦はしない。不満があるならかかってこい。すべて叩き潰した後、倒れ伏すお前たちを椅子代わりに使って会議を続けるまでだ」


 好戦派の王族たちの視線が一斉に私に向けられた。

 すっかり破壊衝動に支配されている様子だ。

 まったく手間のかかる奴らだ。少しばかり痛い目に遭ってもらうとしよう。

多分今までの話の中で一番文字数が多いです。

更新が遅れてしまってすみません。

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