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Fate/Reverse ―東京虚無聖杯戦争― Ⅲ
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当企画はTYPE-MOON原作の『Fateシリーズ』の設定の一部リレーSS企画です。
同作中の魔術儀式「聖杯戦争」を元にし、参加者達が聖杯を賭けて戦う企画となっております。
暴力表現やグロテスクな描写、キャラクターの死亡などがあるのでご注意ください。
まとめwiki
ttp://www65.atwiki.jp/ljksscenario/
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1456181279/l50
【参加者名簿-キャスト-】
No.01:來野巽@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ&セイバー:ジークフリート@Fate/Apocrypha
No.02:松野トド松@おそ松さん&セイバー:フランドール・スカーレット@東方Project
No.03:アイリス=トンプソン@SCP Foundation&セイバー:ミリオンズ・ナイブズ@TRIGUN MAXIMUM-トライガン マキシマム-
No.04:今剣@刀剣乱舞&アーチャー:那須与一@ドリフターズ
No.05:アダム@SCP Foundation&アーチャー:ロボひろし@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん
No.06:織田信長@ドリフターズ&アーチャー:セラス・ヴィクトリア@HELLSING
No.07:ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険&ランサー:アクア@マテリアル・パズル
No.08:ジーク@Fate/Apocrypha&ランサー:ブリュンヒルデ@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ
No.09:カナエ=フォン・ロゼヴァルト@東京喰種:re&ランサー:ヴラド三世@Fate/EXTRA
No.10:平坂黄泉@未来日記&ライダー:SCP-053@SCP Foundation
No.11:安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX&ライダー:ジャイロ・ツェペリ@ジョジョの奇妙な冒険
No.12:先導エミ@カードファイト!!ヴァンガード&キャスター:ブルーベル@家庭教師ヒットマンREBORN!
No.13:ジャック・ブライト@SCP Foundation&キャスター:西行寺幽々子@東方Project
No.14:あやめ@Missing&キャスター:夜馬(ヨマ)@マテリアル・パズル
No.15:安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX&アサシン:SCP-073(カイン)@SCP Foundation
No.16:松野カラ松@おそ松さん&アサシン:宮本明@彼岸島
No.17:二宮飛鳥@アイドルマスター シンデレラガールズ&アサシン:零崎曲識@人間シリーズ
No.18:メアリー@ib&アサシン:アイザック・フォスター@殺戮の天使
No.19:ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険&バーサーカー:SCP-076-2(アベル)@SCP Foundation
No.20:馳尾勇路@断章のグリム&バーサーカー:ヴラド三世@Fate/Grand Order
No.21:桐敷沙子@屍鬼(漫画版)&バーサーカー:オウル@東京喰種:re
No.22:遠野英治@金田一少年の事件簿&バーサーカー:ジェイソン・ボーヒーズ@13日の金曜日
No.??:神原駿河@化物語&アヴェンジャー:うちはマダラ@NARUTO
<通達者>
先導アイチ@カードファイト!!ヴァンガード
<主催>
『リンクジョーカー』@カードファイト!!ヴァンガード
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【ルール】
・定時通達は正午(12時)のみ、サーヴァントのみを対象に行われます。(次回の通達は4日目の正午)
・ただし、イレギュラーであるマダラには通達はされません。(今回の通達も把握しておりません)
・裁定者は存在しない為、事実上ペナルティはありません。
・舞台の東京都から脱出をしようとした場合、主催側(リンクジョーカー)による『処理』がされます。
・割とどうでもいいかもしれませんが、舞台の季節は『春』とします。
【設定】
・何者かによって再現された『東京都』に酷似した場所ですが、電脳世界ではなく現実世界です。
もしかしたら実際の『東京都』とは異なる部分があるかもしれません。また離島は舞台から除外させていただきます。
・全てのマスターは最初記憶を封印されており、その違和感に気付き記憶を取り戻すまでが予選になります。
・全てのマスターは何らかの日常生活の役割を与えられた状態です。
・記憶を取り戻すと同時に令呪を入手しますが『聖杯戦争の基本的な知識は与えられません』。
【NPCについて】
・詳細不明。所謂レプリカの人間として捉えて下さい。
・NPCの中には予選に落選したマスターも混じっているかもしれません。
・NPCの中にはマスター及びサーヴァントと縁があった人物がいるかもしれません。
・全てのNPCは、いわゆるモブキャラなので何の能力も保持しておりません。
【サーヴァント及びマスターについて】
・サーヴァントが消滅しても、マスターは脱落せず死亡もしません。
・令呪を全て失った場合、マスターは脱落及び死亡となります。
【時間表記】
未明(0~4)※本編開始時刻
早朝(4~8)
午前(8~12)
午後(12~16)
夕方(16~20)
夜間(20~24)
【予約期間】
二週間+延長一週間です。
原則として主催側の先導アイチは>>1のみが予約可とします。
それ以外の全ての主従に関しては予約自由です。
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前スレが埋まりそうでしたので新スレを立てました。
前スレが全て埋まり終わったらこちらをご利用下さい。
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おー、遂に3スレ目。おつです
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投下しマッスルマッスル
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000
自分らしさと人間らしさ。
これらはどちらも大切なものだが、命を懸けた場面では真っ先に捨てるべきものでもある。
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001
場所は都内のホテル。時刻は正午を少し過ぎた後。
少女の五感を起動したのは、部屋に備え付けられた電話の鳴る音だった。所謂――鳴っている時間がそれ程モーニングでない事はさておけば――モーニングコールである。
「……はいはーい、今起きましたーっと」
そう言いながら、少女はのそりと起き上がり、受話器を手に取る。着信音が鳴り止んだことを確認すると、すぐにそれを元の位置に置き戻した。
寝癖のついたピンクヴァイオレットの長髪を掻きながら一つ大きな欠伸をし、彼女はベッドから降りて洗面台へと向かっていく。
顔を水で数回洗って意識を完全に覚醒させると、少女は机の上にあるリモコンを手に取り、窓際のテレビの電源を入れた。
明るくなった画面内では都内で起きている連続殺人事件や行方不明事件といった暗い内容のニュースが流れている。
それを見た少女は気分を害されたような表情をして、チャンネルを変える。しかし、昼のこの時間帯では、どこも皆同じようなニュースを報道していた。
「うーん、帰ってくる時期間違えちゃったかもぉ」
自分が今居る街、東京の惨憺たる有様を見てそう呟く少女。
ザッピングの末に、テレビを付けた時に最初に画面に出た番組で固定すると、彼女はパジャマ代わりに着ていた白衣を脱ぎ、外出用の服に着替え始める。
それを終えると、少女はバッグの中に荷物をまとめる――が、元々彼女が持ち運んでいる荷物はあまり多くなかったので、それには然程時間が掛からなかった。
出掛ける支度を終えると、少女はテレビの電源を切り、部屋のカードキーとバッグを持って部屋から出て行った。
彼女の名前は一ノ瀬志希。
『アメリカにある世界最高峰の研究施設『ER3システム』を抜け、日本に帰ってきた天才女子高生(ギフテッド)』という設定のNPCである。
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002
「パーフェクトだ、デカパン博士」
板橋区内某所の坂道沿いにある怪しい建物――『デカパン研究所』で、カラ松はそこの主、デカパン博士に賞賛の言葉を投げ掛けていた。
「こんな短期間で修理を終わらせるとは……あなたは本物の天才だ」
己の目の前にある、泡風呂のバスタブと四輪車を合体させたような乗り物――『カラ松 A GO GO !』の表面を愛しそうにつるりと撫でながらそう言うカラ松。
それに対し、デカパン博士は照れ臭そうな顔をしながら
「ホエ~、元々あった物に多少のメンテナンスを施しただけだから、それほど労力は掛からなかったダス」
と言った。
「尤も、急にマシンのメンテを頼まれて驚いたダスがね。どうしてダス?」
「フッ、少し都心に行ってみようと思ってな。所謂、気まぐれというヤツさ」
「成る程成る程、その足としてコレが必要だったと」
「イグザクトリィ(その通りだ)」
カラ松は懐の中から大きめの紙袋を取り出し、デカパンに渡した。中には代金代わりのエr……カラ松曰く『グリモワール』という書物が入っている。
デカパンは紙袋の中を覗き込み、それを確認すると嬉しそうな表情を浮かべ、『また何かワスに頼みたいことがあったら、遠慮せずに言うダスよ』と言った。余程、好みのものだったのだろう。
ついでに言っておくと、デカパンに渡す前に、昨晩カラ松は買ったばかりのそれを一回自分で『使った』のだが……どうやら博士はそれに気付いていないらしい。
「それじゃあ、早速だが出掛けるとするぜ」
そう言うと、おもむろにカラ松は服を脱ぎ出した。
何もこれは今からデカパンと二人で、何ならダヨーンも交えて三人でアレやコレやソレをおっ始めよう――という訳ではない。目の前の風呂型のマシン『カラ松 A GO GO !』に乗り込むべく、彼は服を脱いだのである。
痛い上着や痛いジーンズや痛いタンクトップや痛いパンツを脱ぎ、しかし何故かサングラスだけは外していないカラ松は、それの中に既に張られている湯へ身体を沈める。と、同時にバスタブの中の泡風呂から白い泡が少し溢れた。
成人男性が平日の昼間っから風呂に入っているのは何だかとても堕落的な絵柄だが、それをニートを極めた男ことカラ松に言うのは無意味であろう。
それに、何度も言うようだが彼が入ったのはただの風呂ではない、『カラ松 A GO GO !』だ。風呂型であっても、その正体は四輪車――かつて、とある男が主催したカーレースに出場した程の代物だ。その機能性はF1マシン並――否、デカパン博士によるメンテナンスを受けた今ではそれ以上であろう。
「スイッチ……オン!」
カラ松がそう呟き、ボタンを押すと同時にマシンのエンジンがかかる。
と、その時。
彼の頭の中に、念話によるアサシンの声が聞こえた。
『おいマスター。まさか本当にその素ッ頓狂なクルマで都心に行くつもりなのか』
『イグザクトリィ(その通りだ)』
『それ気に入ったのか? ……そんなクルマで――と言うより、そんな格好で都心に行ったらお前……どうなると思ってるんだ』
『そうだな……服による修正がなされていない、俺の†パーフェクト・ボディー†を直視して倒れるカラ松ガールズが続出……チガイマスヨネ、ハイ……』
カラ松の頭の中にアサシンの溜息が流れる。
『別に風呂型だからと言って、服を脱いで乗る必要は無いし、湯を張る必要も無いだろ? それに、こんな研究所ならこれよりもマシなマシンがあるんじゃねェか?』
『し、しかしだなアサシン。この『カラ松 A GO GO!』はかつて生死を共にした我が愛機で――』
『警察の世話になりたいのか? いや、それも良いかもしれないな。今の東京では留置所――刑務所の中の方が余ッ程安全かもしれねェ』
『グッ……うぅ……』
『警察』というニートにとっては天敵、恐怖の象徴とも言える存在を持ち出されたカラ松は言い負かされ、渋々クルマから出ようとした――が。
その時。
『カラ松 A GO GO !』が勝手に進み出した。それもかなりの高スピードで。
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『は?』
『えぇぇぇぇぇーっ!?』
アサシンよりも、クルマの主であるカラ松が驚いていることからこの事態が不測の出来事――つまり、マシンの故障によるものであることは想像がつく。
『カラ松 A GO GO!』のメンテナンスを行ったデカパン博士は慥かに数多の天才的な発明品を生み出した男だ。しかし、それと同時に――『ドーピング薬を作るも、失敗してただ被験者の陰囊を大きくするだけだった』を代表とする――多くの失敗談を持つ男でもある。
つまり、今回の出来事もまた、彼の失敗の一つに過ぎないのだ。尤も、それの当事者にして被害者であるカラ松にしてみればたまったものではないが。
「あああああああああああああああああああああああああああああーっ!」
悲鳴をあげるカラ松。しかし、いくら大声を出しても『カラ松 A GO GO !』は止まらない。寧ろ、その名に相応しく加速している。
必死にブレーキを踏むも、止まるどころかスピードが緩みさえしない。
「チクショウ! 止まらない! このブレーキが壊れてるからチクショウ!」
結局、『カラ松 A GO GO !』はそのまま向かう先にある壁を突き破り、外へと走り出して行ったのであった。
残されたのはこの一部始終を呆然とした顔で見ていたデカパン博士と、一人の男とマシンのシルエットの形に穴の空いた壁だけである。
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003
「ねぇねぇ、ちょっとそこのキミ! 聞きたいことがあるんだけど」
放課後。
学校を終えて帰り道を歩いていた二宮飛鳥の背中に掛けられたのは、そのような声であった。
最初は自分が呼ばれていると気付かなかった彼女はそのまま歩みを続けていた──が、後ろから肩を掴まれて、ようやくそれに気付く。
振り向くと、其処に居たのはピンクヴァイオレットの長髪の少女──一ノ瀬志希であった。
彼女の姿を目視した飛鳥の表情は、驚愕のそれに変わる。
何故か。
目の前の少女に飛鳥は見覚えがあったからだ。
「し、志希……?」
「え? うん、そうだよ。あたしの名前は一ノ瀬志希。すごいね~! キミとあたしは初対面なのに、どうして名前が分かったの? 気になるー!」
しまった、と二宮飛鳥は思った。
元の世界では同じアイドルとして一緒にユニットを組んでいたこともある志希に懐かしさを感じるも、彼女が持つ雰囲気から、目の前の志希が自分の知っている彼女とは微妙に違うこと──NPCであることを悟った飛鳥は、先程の失言を何とかして取り消そうと慌てる。
「いや……ボクはキミの名前なんか知らない。それは聞き間違いじゃないかな?」
「えぇ~? でも慥かに今『志希』って──」
「言ってない。大体、『志希』という弱い発音が二文字続く名前なんて、聞き間違いが起きやすいものだろう? 『それが自分の名前である』という先入観があるなら尚更さ。それより、ボクに聞きたいことって何だい?」
かなり強引な理屈と話題の切り替え方であったが、『初対面の相手が自分の名前を知っている』よりも『聞き間違いだった』の方が信じるに値すると渋々納得した志希はええと、と話を切り出した。
「不動高校って場所に行きたいんだけど、知らない? いやぁ、日本の街ってこんなに迷いやすかったかな?」
「不動高校?」
「そう、不動高校。字は不動産の不動と一緒だよー。今日は其処に転入手続きをしに行かなくちゃいけないんだよねー。迷っちゃった所為で予定の時間よりだいぶ遅れてるけどっ! にゃははー!」
「えっと、其処なら……」
不動中学に所属している飛鳥は当然、不動高校の場所もぼんやりとだが把握している。故に、拙い説明ながらも志希に其処に至るまでのルートを教えることが出来た。
彼女の説明を受けた志希は『ありがとー! あっ、これお礼代わりにあげるー!』と言って、懐から取り出した小さな硝子瓶を飛鳥に渡した。
「これは最近あたしが作った、サイコーにトリップ出来ちゃう香水だよ。ちょっと色々変な成分も入ってるけど……なーんてね! にゃははー!」
志希はそう言うと、『バイバーイ』と言って手を振りながら、猫のような軽快な足取りで去って行った。
彼女の姿が見えなくなると、飛鳥は一つ溜息を吐いた。
「この世界でこんな形で彼女と出会うことになるとは……神サマは一体何を考えているんだ……いや、ここで文句を言うべきなのは神ではなく先導アイチかな?」
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004
飛鳥が駅の近くに着くと、其処には何やら人だかりが出来ていた。
また殺人事件が起きたのか、と考え其処を避けて通ろうとした彼女であったが、どうやら違うらしい。別の事件のようである。
周囲の人々の言葉によると、何やら奇妙な四輪車で都内を爆走する不審者が現れ、警察に捕まったらしい。
今現在この都内でそんな目立つことをする人間は聖杯戦争の参加者である可能性が高い、と考えた曲識は飛鳥と共にその場に近づいてみることにした。
「だからコレはマシンの故障による不慮の出来事なんだ!」
「いやさー。でもお兄さん、その格好の時点でかなりアウトだと思うよ?」
「グ……」
「それに何だいこのクルマは。改造しすぎでしょぉ」
「ググ……」
「兎に角、一度署に来てもらうからね。家の電話番号教えてくれる?」
其処には風呂型の四輪車に乗った裸の成人男性が警察官数人から取り押さえられているという、今東京が置かれているのとは別の意味での地獄的な光景があった。
周りの群衆はその様子をケータイのカメラで撮影/録画している。きっと数時間後には某SNSや動画サイトで今現在行われている都内連続殺人鬼のクソコラグランプリやMAD杯に加えて、彼のグランプリやMAD杯も開催されるのであろう。もしかすれば、一生ネットの晒し者になるかもしれない。
『悪くない──マスター……アレは黒だ』
『それは言うまでもなく理解(わか)るよ。と言うより、アレは現行犯じゃないか』
『いや、そういう意味ではなくてだな……』
曲識は呆れたように言うと、一拍間を置いて、こう続けた。
『彼はこの聖杯戦争のマスターの一人だ。魔力で分かる』
『ああ……そっちかい』
『何やらさっき──シキという少女と出会ってから気が抜けていないか、マスター?』
曲識からの質問に、飛鳥は首を横に振って否定する。
『そんなことはないよ。で、どうするんだい? このまま放っておいたらあの人、警察署に連れて行かれそうだけど……』
『そうだな……主の緊急事態にサーヴァントが現れてないのが少し気になるが……まあ、ここで突然出現したら更に怪しまれるからだろう……ふむ、此処は一つ恩を売っておいては如何だろうか』
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『恩を売る?』
『この状況から彼を助け出すということだ。そして、行く行くは僕たちの味方になってもらう。
……実は、直接的な攻撃を可能とする楽器が手に入らないことが分かってから考えていたのだ、他に良い方法は無いか、とな。そこで一つ思い出されたのが、かつて『彼女』と共にした戦闘で僕が学んだこと──つまり、『同盟や味方を作ること』だ。僕と共に戦い、僕の肉体操作に耳や身を預けてくれる相手が居れば、音使いの第2の戦闘スタイルを取らなくても然程不便は無い。物理的に攻撃してくれる味方がいるのだから。その役目を彼のサーヴァントにしてもらうのだ』
『成る程……何だか、人の弱みに付け込んで利用するようであまり気は進まないけど、『味方を作る』という部分には大いに賛成だよ』
けど、と飛鳥は言葉を続ける。
『いったい如何やって彼をこの危機的状況から助かるんだい?』
『決まってるだろう? 僕は音使いだぞ』
曲識は区切れの良い発音で言う。
『音で救うのだ』
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005
そう言うと、曲識は飛鳥の真横に、突如実体を持って現れた。
その姿を周りの人々に見られてはいないか気になった飛鳥だが、彼らの視線は彼女たちではなく、裸の不審者に集中している。
『ここで待っていると良い』と言って、曲識は群衆を掻き分けながら不審者──否、彼を取り囲む警察に近づいていった。
その内、一人の警察官が曲識の存在に気付き、彼の前に立って行く手を遮る。
「はいはいお兄さん。此処から先に入るのはちょっと勘弁して下さいね」
「……少し、会話をしないか? 」
「はぁ?」
「何、時間はそんなに取らないさ」
「……」
『何を言ってるんだこいつは。頭がおかしいんじゃあないか』とでも言いたげな顔をして、警察官は首を傾げる。
他の警察官たちも曲識という新たな不審者の存在に気付き、囲む対象を裸の不審者から彼へと変えて行った。
「会話が嫌ならゲームでもするか? こんなに人数が集まってるんだ。伝言ゲームでもしたら、かなり盛り上がると思うぞ」
「いやさあ、お兄さん? 警察官は話し相手になる為に存在しているんじゃあないですよ。それに見て下さいよこの状況を。あなたに構ってる暇も理由もはないんです」
「暇は兎も角、理由ならあるさ」
「理由?」「なんだそれは?」「あるなら言ってくださいよ」
警察官たちは口々にそう言う。
ただでさえ、連続殺人鬼に都内が緊迫している中現れた不審者の所為で多少の苛立ちが湧いていた彼らは、曲識に対して露骨にその感情を見せ出す。
「いや、理由なら『あった』と言うべきか。既にそれは達成されたのだからな──」
それが決め手となった。
何せ、精神を操る音使いの前で『感情を表に出す』という行為は、丸裸になっているも同然なのだから……。
「──動くな」
曲識が短くそう言うと、突如警察官たちの動きは表情筋レベルで止まった。
完全なる静止である。
この現象は、曲識の音使いとしてのテクニックにして宝具『作曲──零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』の肉体操作によるものだ。
本来なら楽器による演奏で可能となる芸当なのだが、事前に会話をし、相手に催眠の下準備をかけることで『声』による肉体操作も可能になるのである。
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「しかも、僕がサーヴァント化したことにより、一般人相手ならほんの僅かな会話でも十分となったわけか……悪くない」
「な、な……?」
一人そう呟く曲識と、驚きの声すらもマトモに出せない警察官たち。
曲識の音の操作により、彼の声は群衆の方まで届いていないが、何処からどう見ても今警察官たちに起きている事象は彼によって引き起こされたものだった。
人々は驚きのあまり茫然とし、己のケータイでその場を記録することすら忘れている。飛鳥や裸の男もその例外ではない。
曲識はそんなことを気にもせず、警察官たちへと一歩近づき、再び口を開いた。
「このままパトカーに乗って、この場から去れ。大丈夫だ、催眠は警察署に着いたら解けるようにしてある」
彼の言葉を聞くと、警察官たちは返事もせず、何も言わないまま機械のような動きでパトカーに乗り、その場から去って行った。
残された群衆たちは思い出したかのようにケータイでその光景を記録しようとしたが、既に遅い。残っているのは何の変哲もない燕尾服の男と散々撮り古した裸の男だけである。
「映画の撮影か何かだったんじゃねぇか?」
僅かな間場が静寂に包まれた末に、ふと誰かがそう言うと、「そっかー」「そうだよなー」という言葉を口にしながら人々は各々別の方角へと歩いて行き、散り散りになった。
それから一分も経たないうちに、その場に残されたのが曲識、飛鳥、裸の男の三人になる。すると、男が口を開いた。
「あ、ありがとう……何だかよく分からないが……あんたが俺を助けてくれたんだろう?」
「『助けた』か。ふむ。そう好意的に、厚意だと受け取ってもらえるのは悪くない……しかし、実際は違うのだ。名も知らぬマスターよ」
曲識の言葉に裸の男──カラ松はピクリと身体を震わせる。
「……成る程。オレが聖杯戦争の参加者だと分かっていたのか。ならお前もマスターか? いや、さっきの魔法みたいな出来事から考えるに……サーヴァント?」
カラ松からの問に首肯する曲識。
「僕はアサシンのサーヴァントだ。で、あっちの方に居る彼女が僕のマスターだ」
そう言うと、曲識は右手の親指で後方にいる飛鳥を指差す。
自然、カラ松の視線はそっちに向いた。
突然自分のことを話題に挙げられた飛鳥は一瞬緊張する。
「……フッ、自分のクラスやマスターのことを初対面のオレ──オレたちにそうホイホイと教えて良いのかい?」
「良いに決まってるだろう? 何せ、僕らはこれから同盟を結ぶ──仲間になるのだからな。また、知られた所で大して損をすることではあるまい」
それは生前己の戦闘スタイルが相手に知られることについてそこまで忌避感を持っていなかった、つまり己の情報の秘匿についてそこまで徹底していなかった曲識らしい考えであった。
零崎曲識の真骨頂とも言えるマイペースぶりを発揮しながら、彼は言葉を続ける。
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「それに、次はお前の情報を教えてもらうのだからな」
「……教えない──そもそも同盟を組まない、と言ったらどうする?」
カラ松がニヤリと笑みを浮かべながら、挑戦的とも言える台詞を口にした。裸でバスタブの中に入ってさえなければ、嘸かし格好が付いたであろう。
しかし、曲識はそれに一切動じない。
「そうか。では、そう言う前にもう一つ教えておいてやろう。実はさっき僕が彼らに掛けた催眠、及びそれの下準備はお前にも掛けている」
「っ!」
「まあ、念の為にしたことだ。安心しろ、お前は僕に殺される『条件』を満たしてないのだからな。──しかし、多少は痛めつけるかもしれないぞ。戦闘不能になるくらいにはな」
「!!?」
「だが、どんな危機的状況にあっても自分を曲げない強さというのは美しい。それに免じて骨を十数本折る程度で勘弁してや──」
「分かった分かった!」
「 ──動「Hey、燕尾服のアァァサシィィイン!? 分かったと言ってるだろう!? ストップストォーップ!」
風呂から飛び出さんばかりの勢いで、両腕をブンブンと振りながらそう叫ぶカラ松。
その後、暫くハァーハァーと肩で荒い息をする。
「……OK、同盟の提案を受け入れるぜ。な、良いだろうアサシン?」
彼が言うと、彼の後ろから突然古いコートを着た男が「あァ……」と言いながら現れた。
カラ松の情けない言動──というよりもここに至るまでの行動全てに心底呆れたとでも言いたげな表情をしている。
(奇しくも、飛鳥とカラ松、両者のサーヴァントは同じアサシンであった)
「まァ、元々都心に行くのには──いや、この変なマシンが暴走した所為で予定していた場所には行けなかったが──同盟相手を探す為という目的があったからな……結果的にそれは果たされたと言えるし、良いんじゃねェか。しかも、向こう側から持ち掛けられたんだから万々歳ってものだ。アサシン離れしたさっきの芸当から、同盟相手の実力も申し分無いと見たしな……」
「だろう? こう言うのを不幸中の幸いと言うんだろうさ。矢張り、天はこの俺カラ松に味方していると見……サーセン」
さっきまで警察官に囲まれており、実体化してカラ松へ怒りをぶつけられなかった分もあってか、コートのアサシンはいつもよりも倍怖い形相で腕に仕込んだ刃物を彼に向ける。
しかし、暫くすると元のシリアスな表情に戻ってから、コートのアサシンは曲識の方に振り向く。
「……こっちの情報を教えろ、とのことだったな。俺のクラスは──さっきこいつが言った通りアサシンだ。俺が教えるのはお前が教えた分と同じ分だけ。これ以上は教えねェ。言っておくが、俺はまだ完全にお前を信頼したわけではないからな」
「同盟相手への態度にしてはやけにギスギスとしている気がしなくも無いが……まあ、悪くない。寧ろ中学時代の人識を思い出してホッコリするくらいだ」
曲識の人の話をちゃんと聞いているのかよく分からない態度に、カラ松に対して抱くのと同じ程ではないにせよ、コートのアサシンは苛立ちを感じた。
だがこうして形ながらも、燕尾服とコートのアサシンの両陣営による同盟は結ばれたのであった。
「で、これからどうするんだ? どっかのカフェで呑気に今後の作戦会議でもするってのか?」
「それはかなり魅力的な提案だが、それよりも先にすることがあるだろう。なあ、裸のマスターよ」
曲識がそう言うと、コートのアサシンは己のマスターの方へ振り向き直す。
そこに居たカラ松は「そうだな……」と真剣な面持ちと共に口を開いた。
「お嬢さん──そう、燕尾服のアサシンのマスターに頼みたいことがあるんだ」
「ボ、ボクに頼みたいことが……?」
さっきまで話の輪に入れなかった自分が突然指名され、驚く飛鳥。
カラ松はそんな彼女の両目をジッと見つめる。
「あぁ、これはカラ松ガールである君にしか出来ないことだ。頼めるかい、Baby?」
カラ松の真剣な目つきに思わずゴクリと喉を鳴らす飛鳥。
「あ、あぁ……言ってしまえばただの女子中学生であるボクが出来ることなんて限られた範囲でしかないだろうけど、それに収まることなら、キミたちと良好な関係を築く為なら、何だってしてみせるよ。寧ろ、やっと自分に活躍の出番が回って来て少し嬉しいくらいさ。カラ松ガール? というのが何なのかよく分からないけど、その名に──勿論、アサシン、キミのマスターの名にも──恥じないくらいの働きぶりを見せてみせるよ。
……で、ボクは何をすれば良いんだい?」
「俺が頼みたいこと。それは──」
カラ松は言う──
「服を買ってきてほしい」
──春になったとは言え、未だ寒さの残る街風に、すっかりぬるくなった湯と共に身を晒されて震えながら。
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006
こうして、カラ松&アサシンは前者の期待通り──カラ松ガールズなのかはさておき──少女(ガール)と、後者の希望通り──その前に付く言葉に『吸血』と『殺人』の違いがあるとは言え──鬼と同盟を結ぶことに成功した。
しかし、彼らはまだ知らない。
同盟を結んだ相手――零崎曲識が『敵にも味方にも回したくない』と呼ばれる零崎一賊に生前所属していたことを……。
今後彼らがどうなるのか、そもそも足である『カラ松 A GO GO !』が壊れ、裸姿で財布を持っていない状態で無事家に帰ることが出来るのか。それぞまさに神のみぞ知るということであろう。
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【三日目/午後/葛飾区】
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]精神疲労 寒い
[令呪]残り3画
[装備]なし。サングラスは『カラ松 A GO GO !』の暴走中で何処かに飛んで行ったものだと思われます。
[道具]カラ松 A GO GO !(故障中)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る
1:服が欲しい
[備考]
聖杯戦争の事を正確に把握しています。
バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
神隠しの物語に感染していません。
デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
警察に不審者として知られました。
SNSや動画サイトに姿が晒されているかもしれません。
二宮飛鳥&アサシン(零崎曲識)と同盟を結びました。
【アサシン(宮本明)@彼岸島】
[状態]健康
[装備]無銘の刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:カラ松と共に行動する。
2: 燕尾服のアサシン……完全に信用することは出来ないが、同盟を組む価値はあるだろう
[備考]
バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
神隠しの物語に感染していません。
二宮飛鳥&アサシン(零崎曲識)と同盟を結びました。
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、戦いに対する不安
[令呪]残り3画
[装備]不動中学の制服
[道具]勉強道具、学生鞄 、一ノ瀬志希から貰った香水
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。
0:ボクは―――。
1:都内で暴れているバーサーカーの存在が気になる。
2:志希……
3:良好な同盟関係を作る為に頑張る
[備考]
アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
葛飾区にある不動中学校に通っています。
『東京』ではアイドルをやっておりません。
神隠しの物語に感染していません。
NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
松野カラ松&アサシン(宮本明)と同盟を結びました。
【アサシン(零崎曲識)@人間シリーズ】
[状態]健康、殺人衝動(中)
[装備]少女趣味(ボルトキープ)
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:マスターである『少女』を殺さないようにする。
2:『神隠しの少女』を笑って死なせてやりたい。
[備考]
神隠しの物語に感染しました。
『神隠し』にサーヴァント、あるいはマスターが関与していると考察しております。
警察に宝具『作曲――零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』による肉体操作を行いました(それを見ていた一部のNPCは『映画の撮影か何かだった』と思っているようです)
松野カラ松&アサシン(宮本明)と同盟を結びました。
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投下終了です。タイトルは『痛物語-イタイモノガタリ-』です。
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予約分投下します。
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やっぱり駄目ね。
ルーシーは気分転換にショッピング街を歩みながらも、憂鬱な溜息を一つ。
勇気を振り絞って、あの刺青男を探そうにも彼はすでに新宿区から離れてしまっていた。
往く当てもない。
だが、鍵は彼しか握っていないのだ。何としてでも、彼を見つけなくてはならない。
「あの夢……」
ルーシーが頼りにしていたのは、今朝まで自分が体験していた不思議な夢であった。
あれが彼の夢で……彼の体験したものならば……
携帯電話の検索機能を表示し、ルーシーはある番号を打ち込む。
「SCP………確か、076。……出る訳ないわね」
物は試しに『SCP財団』も検索してみたが、それらしいものが一切検索結果として表示されない。
途方にくれるルーシー。
そんな彼女を心配したのか、一人の青年が声をかける。
「あのすみません。どうかなさいましたか? あ、えーと英語じゃないと駄目かな……」
奇妙なことだが、ルーシーには青年の言葉が英語に聞こえるし。
文字も英語に読めるので、全く困らなかった。
これらも自身に起きている異常の一つだとルーシーは理解しているが、右も左も分からない異国の地では非常に助かる。
「いえ、言葉は通じています。大丈夫です」
とはいえ、青年には何と返事をすればいいのだろう。
ルーシーはしばしの沈黙の末、一つ尋ねた。
「――――図書館を探してるんです。それで沢山本が置いてある場所がいいのですが」
「うーん……だったら国会図書館かな。千代田区にあるから割と近いよ」
通りかかった青年が気軽に教えてくれた。
ルーシーは茫然としながらも「ありがとうございます」と礼を伝える。
彼女自身、戸惑いもあったが。半信半疑でタクシーを呼びとめ、青年の教えてくれた図書館へ向かった。
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東京都千代田区。
ここに構える東京都内で最大の蔵書数を誇る図書館。
タクシーから降りたルーシーは、恐る恐る一般利用者への案内を頼りに
カウンターで作業している図書館司書らしき女性に声をかけた。
「あの……すみません」
総白髪で眼鏡をかけた女性司書は「はい、なんでしょう?」と受け答える。
「調べたい事があるんです……資料とかでもあればいいのですが」
「分かりました。御調べします」
「SCP……アルファベットのSCPなんですが、確か何かの略称で――」
「番号は?」
「え?」
「番号です。存じておりますとも『SCP』。世界各地にあります超常的物体、現象、生物、場所そのものなど。
それらをSecure(確保)、Contain(収容)、Protect(保護)する事を目的とした財団の方々が使う名称です」
確かそんな略称だったような、とルーシーも頷いた。
どうやら、彼女はSCP?に詳しいのだろうか。ルーシーが疑問を抱くが―――違う。
彼女は図書館司書としての役割を担っており。
あらかじめ、検索施設に所属するNPCとして情報をインプットされているのに過ぎないのだ。
ルーシーは女性をSCPに詳しい人物なのだと理解し、話を続ける。
「それで……番号を言えば、資料を持ってきて下さるんですか?」
「もちろんです。正直な話になってしまうのですが、番号を言って下さった方が私も助かります。
何せ、こちらの図書館に所蔵しているSCPオブジェクトの報告書の数は約3000!
添付資料を含めますと4000近くはあるものですから――」
「さっ……3000ですって!?」
あんな可笑しな物や『彼』のような存在が3000……最早、どういう仕組みで世界が滅びないのか。
どんな奇跡で世界の平和が保たれているのか、不思議なくらいだ。
気が遠くなりそうなルーシーは、何とか言葉を紡ぐ。
「SCP-076……」
「076ですね。わかりました……付録資料もございますが、いかがいたしましょう?」
「お、お願いします」
不気味なほどあっさり見つかった為、ルーシーは自身の体が震えるのを感じる。
女性司書は通常業務の対応を続けた。
「SCP-076に関連のあるオブジェクトの資料の方はどうですか?」
「分かるんですか? そういうものも」
「はい、簡単にですが。ある程度の関係性のあるものならば、すぐにご用意する事が可能です」
「じゃあ、それも――。あと、資料は借りることは?」
「ご利用者カードをお持ちでしょうか」
「あの、ごめんなさい。そもそも私、日本在住者ではなくって……観光でここに」
流石に貸し出しは難しい話かもしれない。
ルーシーも半ば冗談で女性司書に聞いた感覚だった。
司書が変な間を生じ、無言を保っていたが機械的に返答する。
-
「ではここに携帯電話番号か宿泊されているホテルの電話番号でもよろしいので、ご記入の方を。
資料の方をお持ちしますので、少々お待ち下さい」
「……わかりました」
ルーシーは立ち去る女性司書を見届けてから、手にしたボールペンで紙に記入しようとした。
が、一旦やめる。
ここに嘘偽りの電話番号を記入してしまっても構わないのだ。
最悪、そういうことも可能。
だけど……仮に、ここから足取りを掴む人間がいたとしたら。
それはもしかしたら……
ルーシーは自身の名前と携帯電話番号を書き込む。
しばらくすると女性司書が、図書館内にある空いた座席にルーシーを案内する。
そこにはすでに例の資料が幾つか用意されていた。
彼女が夢で見たあの殺戮者について、嫌というほど書かれてあった……
◇
『図書館?』
「あぁ。少々用事があってね。そのついでに、知り合いの司書に調査して貰うつもりだ」
セイバーから逃れたロボットのアーチャーと、そのマスター・アダム。
彼らが盗難車を人気のない場所に放置し、アーチャーの燃料を補給し終えた矢先、足を運んだのは国立国会図書館。
東京都千代田区にある都内最大の蔵書数を誇る図書館である。
つまり、ここには東京都内の土地関係の情報は全て収まっていることだろう。
「インターネットも便利な時代になったとはいえ、完璧な情報を得られないものだ……」
靴底をすり減らして情報を集める、なんて熱血刑事の古臭いセリフを連想させるが。
あの巨大な棺――SCP-076-1――を設置できる場所は限られている。
やはり情報機関に調査を依頼するのがベストだった。
そして、アダムは学者の地位にある。
この図書館にもアダムの顔見知り(という設定)の学者・教授が何人か存在する。
これから会う司書もそうだった。
霊体化しているアーチャーは関心する。
『やっぱ頭いいなぁ、アダムはよ。棺の場所は調査してもらって……俺達は俺たちなりに行動するって訳か』
「アーチャー。色々あって聞くのを忘れてしまったが、あのセイバーに特徴などなかっただろうか?
もしかしたら奴についても調べられるかもしれない」
『あー指先が変な形状になってたりしたな。切られちゃ不味いって焦ったぜ……だからセイバーなのかもしれねぇけど』
それも真名を探るヒントにはなったが。
情報不足。それだけでは調べようがないものだった。
何であれアーチャーは確かな事を言う。
『あいつは人間を滅ぼすとか言っていた。冗談なのかはサッパリだけどな。
見た目は人間だけど―――もしかしたら人間じゃねぇかもな………』
「ふむ……」
皮肉にもSCP-076を連想させるような……人類に対し、敵対心を持つ存在なのだろうか。
アダムがそろそろ図書館内に入り、カウンターの方に顔を出すが待ち人はおらず。
カウンターにいた司書が「向こうにいますよ」とアダムに教えてくれた。
館内をしばらく歩き、座席に置かれてあった資料を片づける司書が一人。
-
彼女の方がアダムの存在に気付き「アダム教授!」と声をかけた。
「調査の依頼の件ですね。少々お待ち下さい」
「いや、こちらが押し掛けてきたようなものだ。すまないね」
他愛ない会話を交わしたつもりのアダム。
司書が片づける資料を一瞥して――慌ててもう一度、視線を向けた。
アダムが驚きを隠せないのは無理もない。紛れも無く、それは『財団』の報告書なのだから。
司書に対してアダムは焦りをそのままに、問いかける。
「君!? こ、この資料……いや! この報告書は一体!?」
「え? 御覧の通りSCP財団の報告書です。アダム教授も何かのSCPをお探しで?」
「そうではない! それが何故ここにあるんだッ!!」
「何故と申されましても……この国会図書館に蔵書されている物としかお答え出来ません」
財団の資料が外部に流出している時点で、もはや異常なのだ。
この『東京』に刺青のバーサーカー……アベルやカインが召喚されている以上。
聖杯自体も何かおかしい、アダムはそう思ってはいたのだが――まさか財団の情報が流出しているとは!
これはアダムにとっても予想外の事態である。
冷や汗を流しながら、アダムは言う。
「す……少し見てもいいかね。立ち読みする程度なんだ」
「分かりました、どうぞ」
司書はアダムにこれっぽちの疑いもなしに資料――報告書を渡す。
集められていた報告書は『SCP-073』『SCP-682』『SCP-105』……全ての関連する物を真っ先に気付いたアダムは
顔色を青に染め、司書に尋ねた。
「SCP-076は……」
「申し訳ございません。先ほど一般利用者のお方に貸出したところで――」
「貸出!? 国会図書館で、重要な資料を貸し出すなど……そんなこと」
「何か問題がありましたでしょうか?」
女性司書が人形のような返答をした為、アダムはギョッとして「いや」と呟いてしまう。
ここが主催によって作られた『東京』だからこそ、NPCによる管理には穴があるのかもしれない。
実際、日本の警察がアベルを捜索するのに手間取っているのは分かるが、にしたって一般死傷者が多く。
警備が無粋だと感じられた。
インターネットも恐ろしい事に、アベルを撮影した動画やアベルのコラ画像など作成される有様だ。
財団職員が目撃すれば卒倒して気絶する者が一人や二人、現れるのではないか?
単純に日本国民の精神力が並外れているのかと思いきや、女性司書の様子からそうではないとアダムは感じた。
-
「あぁ……その、その報告書を借りた人はどういう」
「個人情報に関連する情報を申し上げることは出来ません。お客様のプライバシーに関わりますので……」
「そ、そうだったな。もしかしたら私の教え子ではないかと思ったんだ……」
妙なところで管理は機能している。
だが、間違いなくアベルの報告書とそれに纏わる資料を持ち出したのは――アベルのマスターの可能性が……
『アダム……アダム! 大丈夫だ、聞いてくれ』
すると霊体化しているはずのアーチャーの念話が響く。
『今、霊体化したままカウンターのところに行ってきてよ……そいつの電話番号を見つけたぜ!』
『み……見つけた? 本当なのか??』
アダムは、そのまま女性司書に『例の棺』が置けるような場所の調査の依頼についての話をし、
その傍ら、アーチャーとの念話を続けた。
『貸し出すのに電話番号とか書いてくれって奴らしい。今から番号を言うからメモでも取ってくれ』
『アーチャー、本当に助かった! SCP-076-2のマスターを捕捉したのは大きいぞ……』
『へへ! どうってことねぇよ。俺達ラッキーだった訳だ』
幸運。
確かに、その通りだ。今は幸運なのだろう。
強敵であろうセイバーから逃れられ、マスターの情報を入手した。
最高にツイているのだ。しかし、この幸運……果たしてどこまで続く?
◇
千代田区内にある日比谷公園。
現在、連続殺人鬼が出没しており全く人影がないかと思えば、そのようなことはない。
日常の役割を埋め込められた人々が、ジョギングをしたり、散歩をしたり、子供をつれて主婦同士の会話を楽しんだり。
会社員と思しき人も休憩がてらベンチに座っている。
幾つかあるベンチの一つに、ルーシーがおり、借りた報告書と資料に目を通していた。
財団。SCP……収容、保護、確保……彼らのやってること、やってきたこと。
やっぱりそうだわ。全部そう……『彼』の夢で見た通り。それに――名前。
初めて知った。
だって、あそこにいる人たちは皆、彼のことは『番号』で呼んでいたから……まるで囚人みたいに。
―――アベル。
報告書、資料。全部読んだ。関わったSCP、関連のあるSCPについても知った。
でも、同情なんて出来ない。
あたしを殺すつもりなのには変わりないのだから、当然の事……
一つ理解したのは、彼が教えてくれたのは『財団』の存在。
あと分からないのは――この状況。
-
ルーシーが思い詰めていると、携帯電話が鳴る。
来た………来てしまった。
しかし、もう覚悟を決めなくては――この時点で、やめる訳にはいかなくなったのだ。
ルーシーが電話を取る。向こう側から男性の声が聞こえた。
『ルーシー・スティール様でしょうか? 私、国立国会図書館の鈴木と申します』
「……はい、そうですが。何か?」
『実は先ほど貸し出した資料に不備がございまして……図書館の方までご足労お願いますでしょうか』
「………職員の方じゃあないですよね」
『……』
「日比谷公園……今、日比谷公園にいます。御用がありましたら、そちらに来て下さい」
ルーシーは電話を切り、電源もオフの状態にしてしまった。
体が震える。
相手は――来るだろうか。罠ではないかと、警戒するのでは?
ルーシーに不安が過った。
だけど、このタイミングで……この、アベルの資料を手掛かりにルーシーの存在を捉えたのならば。
間違いなく、この異変に関わる存在。
最悪、大統領の刺客。もしくは…………財団の………
しばらく、石像のようにベンチに座っていたルーシーの元に一人の男性が現れた。
スーツ姿の男性。
風貌からして会社員というよりも、もっと地位のある、政治家や学者のような印象がある。
周囲に目立った人間がいないのを確認したルーシー。
彼女の方へ歩み寄ろうとする男に対し、彼女の方から話を切り出した。
「SCP-076-2のことで、わたしを探していた。違いますか?」
男は表面上冷静を保っていたが、少し驚いた風な口調で答えた。
「君はSCP-076-2と話を……? いや、君は奴のマスターだから、ある程度の会話が出来たのか」
どうなのだ。と問いかける。
彼の反応――『SCP-076-2』という番号に何の違和感を抱かないのに、ルーシーは確信した。
やはりそうだ! この男は『財団』の職員……!!
話を合わせて……向こうの目的を把握しなくては、そうしなければ最悪。
あたしが『消される』……
ルーシーは体を震わせ、自然と涙が溢れてしまうが。
何とか話を続ける。
「ごめんなさい……よく分かりません。ここで何が起こっているんですか?
この模様……どんなに洗っても落ちない。体調も、なんだかとても酷い……全て関係が?
あなたは――わたしに何が起こっているのか。どうしてアメリカに帰れないのか………ご存じですか」
ルーシーの前に登場した男・アダムは、やはりと思う。
もしかしたら、あのバーサーカーはSCP-076-2の番号をルーシーに伝えたのかもしれない。
しかし、聖杯戦争のことは全く知らない。
隠蔽シナリオでも考えておけばよかったが、聖杯を手にするのが目的のアダムにはどうでも良かった。
アダムは、ちゃんと聖杯戦争の概要を――ルーシーの身に起きている全てを説明した。
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令呪のこと。
サーヴァントとマスター。
聖杯戦争のこと。
体調の悪化は魔力の消費によるもの。
主催者によって作られた空間だからこそ、脱出することは不可能だと。
そして……恐らく、否。紛れも無く、ルーシーがSCP-076-2のマスターなのだという事実も。
アダムからの説明を聞かされたルーシーは、酷く沈黙する。
無理もない。
一度に全てを理解するのは難しい。残酷な事実――刺青のバーサーカーのマスターである現実を受け入れるなんて。
簡単にできる話ではなかった。
ルーシーが漸く重い口を開いた。
「あの……そういえばお名前をお聞きしていませんでした」
「私はアダムという。『ここ』では学者をやっている」
ルーシーは令呪を眺め、思いつめた様子だった。
アダムは彼女が少し理解力のある人間だと判断し、本題に入る。
「ルーシー。落ち着いているか?」
「ええ……色々教えていただきありがとうございます」
「では、君のするべき事が分かるだろう。その令呪でSCP-076-2を止めてくれ。誰も死ななくなる」
令呪を見つめたまま、ルーシーは沈黙する。
彼女の様子に、アダムはただならぬ悪寒を感じた。
否。
普通ならば、アダムに指摘されるまでもなく令呪で刺青のバーサーカー(アベル)を止めるはず。
彼女は報告書を全て読んだ。そして、理解したはずだ。アベルが如何に恐ろしい産物かを!
「あなたは……聖杯をどうするつもりですか。アダムさん、あなたは聖杯戦争をどうなさるおつもりですか……」
「る……ルーシー。今は一刻も早くSCP-076-2を」
「お答え下さい! わたしはまだ、あなたを信用しきってはいない」
一連のやり取りを、霊体化した状態で聞いていたアーチャーが念話でアダムに伝えた。
『アダム! 相手はまだ女の子なんだぜ、しょうがねぇだろ。聖杯戦争に好きで参加した訳でもないんだからよ。
きっとお前に命を狙われていると思ってる。家族のところに帰りたいんだ!』
『分かっている! わかっているが、しかし!! 彼女が全てを握っているんだぞッ!』
アダムは会話の中でルーシーの事を知った。
また少女と言える年齢だが(法的には問題ないとはいえ)彼女はすでに夫がいる。
彼女は必死に、夫の元へ帰りたいのだと訴えていた。
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家族。
ああ、そうだとも! 家族は大切だ。この子の感情も分からなくはない。
だからといって、それとこれは別ではないか!
家族だとか、感情論で物を言う状況ではないのだ!!
アダムの黙秘にルーシーが口を開いた。
「……どうして答えてくれないのですか。いいえ――分かっているわ。
アダムさん、あなたは『財団』の職員……だからこんなにも必死になっている。『彼』を止めようとしている」
「!?」
「全部『納得』した……『彼』の夢は真実………
もう一度聞きます。アダムさん、あなたは聖杯を『収容』しに来たのですか。
それとも――『獲り』に来た………どちらかお答え下さい」
夢だと!?
アダムの顔から驚愕を色は隠せない。
ルーシー・スティール……本気なのか、この女の子は。
違う! 彼女はもう覚悟を決めている。そんな目をしているじゃないか。
夢……アーチャーが以前言っていた、サーヴァントの記憶の夢。SCP-076-2の夢を見たのか……?
悩んだ末に、アダムは答えた。
「私は……聖杯を『収容』しにきたのだ。『財団』についても公に話してはならないが、仕方ない。
君はSCP-076-2のマスターだから教えておく。なるべく誰にも話さないで欲しい」
「………聖杯戦争は」
「止める。無論、止めるとも。これ以上、犠牲者を増やしたくはない」
「聖杯戦争に参加したマスターは?」
「なるべく助けたい。君も無事に……家族のところへ送り返すよう努力する」
ルーシーは全て理解していた。
刺青のバーサーカー……アベルの夢を介して『財団』が何をしてきたのか、知っている。
だからこそ断言出来る。
「嘘、ですよね。こんな大規模な――戦争に巻き込まれたわたしや他のマスターを、ただで帰すつもりなんて……
ハッキリ言わせて貰います。『財団』はわたしを、わたし達を全員『処理』するつもりですよね」
「な………」
アダムにとって、そこまでルーシーが把握していたとは想定外だった。
だが、そもそもアダムは聖杯を『獲り』に来たのだ。聖杯戦争のマスターとして。財団職員としてではなく!
ルーシーの考えがアダムには読める。
『財団』によって処理される。存在の全てを――家族の元になんか帰れないと。
正直に自分は聖杯を『獲り』にきた。そう真実を明かした方が良かったのだと、アダムは後悔する。
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「ルーシー。そんな事はしない、絶対に!」
「いいえ! 信用できないわ……! できるわけがないッ!!」
ルーシーの瞳には涙が浮かびあがり、呼吸も荒い。
彼女は必死だった。必死に運命から抗おうとしている。
「ごめんなさい……きっとあなた方が『正義』……『財団』は正しい事をしているわ。
間違っている人間はわたし……でも帰りたいの! 死にたくない、夫のところへ帰りたい……ただそれだけ」
「分かった、ルーシー。ならば――せめてSCP-076-2を令呪で止めてくれ」
「……しません」
「何故だ!? 君は聖杯が欲しい訳ではないだろうッ」
「わたしには『彼』が必要だから」
アダムとアーチャーは互いに思考を停止させた。
彼らは、最初から――恐らく今この瞬間も――ルーシーを少女としか見ていなかったのだろう。
ルーシーは彼らの想像以上の行動を取ろうとしているのだ。
彼女は言葉を続ける。
「あなたの話が真実なら、無暗に令呪も使わない……
令呪を失ってマスターが死んでしまうなら、令呪が使えるのは二回だけ。どう使うかはわたしが決める!」
「君の考えは甘い。そんなことでは駄目だ。
少なくとも、SCP-076-2に殺害を止めさせるよう令呪を使うべきだ」
「……使わない。あなたが一番知ってるはず………それこそ『彼』は許さない。
説得なんて応じてくれないのは百も承知……だけど。最低限の事はするわ……『彼』を怒らせるような真似はしない」
「君は、ここにいる人々の命を――殺されるかもしれないマスターの命まで、見捨てるのか!」
「分かっています……でも『そうするしかない』!!
わたしが邪魔だと、殺しに来たマスターが現れた時……そういう時『彼』がいなければ、わたしは無力……」
アダムは息をのむ。
サーヴァントを失ったとしても、マスターには『再契約』のチャンスがあった。
そんな可能性がある。可能性が0ではない以上、アダムがそれを否定する事は出来ない。
事実――アダムは聖杯を『獲ろう』としているのだから。
彼女の行動は、聖杯戦争においては『正しい行動』だった。
しかしながら『悪』でもあった。
ルーシー自身、それを分かっているのだろう。
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「酷い奴だと思って構いません。わたしは、本当に聖杯への興味はありません。
ここから脱出する方法を自分で探します……もしかしたら、わたしのようなマスターが他にいるかもしれない」
「待て! 待つんだ、ルーシー・スティール!!」
アダムが立ち去ろうとするルーシーの腕を掴んだ瞬間。
彼女は令呪をかざす。
まさか、とアダムは反応した。
「わたしに関わらないで………令呪で『彼』をここに呼びます」
「正気か!?」
「本気です。腕を離して下さい」
アダムは脳裏でシュチュエーションをするが、どう考えたって最悪のシナリオだ。
しかも、ルーシー・スティールは正気だ。
彼女の意思は本物で、迷いもない。実際にアベルがこの場に呼び寄せられたとして、最悪ルーシーも死ぬだろう。
そして一瞬の内にアダムも……
冗談ではなかった。
マスターであるルーシーを――聖杯を『獲る』つもりのアダムは、どうすると。
反論が一つも出来なかったのだ。
だが!
彼女をここで逃がす訳にはいかなかった。何としてでも――アベルの鍵を握っている彼女を。
ルーシーをここで始末すれば、アベルは問答無用に消える。
ならば……アーチャーに『殺せ』と命じるか? 最悪、令呪を使ってでも――
アダムが様々な思惑を胸に抱いていると。
彼の体に、強い衝撃が走った。
◇
東京都千代田区 国会議事堂。
そこをバッグにテレビ局のクルーが撮影を行っていた。
一人の男性アナウンサーが、実況中継を始める。
「おはようございます。えー……東京都内に出没したテロリストに関して大きな動きがあったのに伴い。
本日午後。国会で緊急招集がされるとの発表がありました。
テロリストに対し、警視庁からの特別部隊の投入の発表から一夜明け、犯行が留まるどころか
共犯者と少女の人質が確認され、政府は対策に追われているものと思われます……」
彼らを傍観するサーヴァントが一騎。
美男子のアーチャー・那須与一はそれを耳にし、音も無く、姿を見られる事も無く去った。
与一は付近を警戒しながら、先ほどコンビニの荷からくすねたオニギリを一瞥する。
先ほどの情報が確かならば『織田信長』は午後まで姿を現さない。
それまでどうやって時間を潰すか。
ただ、空模様を眺めてばかりで良い訳がないのだ。
この大都会で姿を隠せる場所は……探せば見つかるが。与一と、彼のマスター・今剣は一文なしの状態。
ホテルに宿泊してやり過ごせないし、何より今剣は子供の容姿なので目立つ。
無銭で目を欺くのに格好な場所――とは言い切れないが。
公園などでコソコソ隠れるよりは、高層ビルの屋上。
風通りは強いが、立ち入り禁止が設けられている場所ならばNPCにも目撃されない。
一先ず彼らはそこに陣取っていた。
-
与一が到着した時、小さな主が起床していた。
「あーちゃー、おはようございます!」
「目覚められたか。握り飯だけですが、どうぞ」
「あーちゃーがよういしてくださったんですかっ、ありがとうございます」
「ええと種類が色々ございまして。これは梅干し、こちらは昆布、明太子に鮭、鶏肉? つなまよ……?」
「わあ、いろいろあるんですね!」
現代は握り飯の中身まで変わったのだな、と与一がしみじみする中。
東京タワーやスカイツリーに劣るとはいえ、それなりの高さのある建物の屋上だ。
多少、周囲を見渡せる。
端末などがない以上、与一たちの情報は視覚と聴覚に頼るしかない。
(あのバーサーカーは……こちらへは来ないか)
闘争を仕掛けない相手に興味はないのか、はたまた偶然こちらへは向かって来なかったのか。
分からない。
だが、恐らく――二度目はない。与一にはそう感じる。
二度も見逃すほど、あの殺戮者は生易しいものではない。
見逃されたのは、酷く幸運だったに過ぎないのだ。と………
(主(マスター)の事を考えるならば、安全な砦となる場所が必要だが……無理だ。
あのバーサーカーは無差別。他の主従の動向も不明……主(マスター)が籠城可能な場所も大分限られる)
無人の住居などはキャスターが陣地を張るには好都合だ。
鉢合わせの可能性もありうる。
そうではないキャスターはいなくもないが、分からない以上。無意味に突っ込むのは止した方が良い。
与一はそう判断していた。
「! あれは……」
サーヴァントとしての脅威的な視力で与一が発見したのは、公園で言い争う男女。
女性の方は……まだ幼さのある少女だろう。男性はスーツを着こなすほどの年相応の外見。
どちらも日本人ではないのは確かだった。
何より――少女の手の甲にある、令呪。
「主(マスター)、しばらくここに居て下され」
「どうかしたんですか?」
「様子見です。食事を続けて構いません」
「わ……わかりました」
今剣にも緊張感が生まれ、食事どころではなくなったかもしれない。
だが、聖杯戦争の渦中にいる以上。与一も見て見ぬふりなどはしなかった。
彼らに接近する為。今剣のいるビルからビルを渡り往く。
-
与一は逃げ去ろうとする少女の腕を掴む男性の姿を目にして、彼なりの判断を下す。
どちらもサーヴァントが近くにいない訳ではないはず……
少女はあの様子、令呪でサーヴァントを呼び寄せるつもりなのでは?
男のサーヴァントは分からない。周辺で霊体化している可能性が高いが、少なくとも少女は違う。
サーヴァントが周囲にいないマスター……
そこまで考えがゆきつくと、与一は弓矢を構えた。
あの少女は――恐らくあの……刺青の戦士のマスターだ。だが……彼女は『違う』。
与一の判断、直感のようなものであって、確証なんてい1ミリもない。
それでも。
涙を浮かべる少女が、聖杯を取ろうだとか。刺青の戦士の殺戮を楽しんでいる風には、全く見えなかった。
そういう人間ではない。
……だが、少女と対峙する男はどうだ?
与一は『千里眼』にとって標的は捉えられるが、距離は大分ある。
ビル風が吹き荒れる。公園の木々や、電柱、標識……数多の障害物が邪魔をする。
そんな状況で一寸の狂いなく特定の部位を狙うなど、不可能だ。奇跡に近い。
まさしく舟の上にある扇の的を正確に射ぬくような行為だった。
故に――可能。
僅かな可能性があり、尚且つそれが絶望的であればあるほど与一は『成功』させる。
それこそが那須資隆与一の逸話が宝具と化したもの。
『かくして扇は射抜かれた』
◇
「アダム!?」
アーチャー・ロボひろしが実体化しても、それは遅すぎた。
アダムの左肩に矢が突き刺さった。衝撃によりアダムはルーシーの腕を離し、地に倒れ伏す事になる。
周辺に人間がいない訳ではなく。
散歩していた幾人かが、その異常に反応した。
アダムは痛みを堪えながらルーシーを見上げたが、彼女はこの状況に困惑している。
予想外だったのだ。当然のこと。
釈然としないが、ルーシーはチャンスだと思い逃亡を図った。
矢がどこから射抜かれたのか。冷静に状況を判断出来ずにいたアダムは、咄嗟に言う。
「アーチャー……! 彼女を、ルーシーを捕らえるんだ!」
-
ロボひろしは走り出すルーシーの後ろ姿を追跡しようとしたが、不味いと悪寒を覚えた。
倒れるアダムの方に駆けだし、彼を庇おうとした瞬間。
ロボひろしが庇いきれなかったアダムの右足が射ぬかれたのだ。
「くそ!」とロボひろしは、物影に避難するのを優先する。すれ違うように、数本の矢が飛び交う。
アダムの体をかかえ、木々の影に避難した頃にはルーシーを完全に見失ってしまったロボひろし。
しかし、最早そんな状況ではない。
「とんでもねえ距離から攻撃してきてやがる……サーヴァントの姿が見えねぇ!!」
「う、ぐ……しょ、正真正銘の『弓兵』という訳か……!」
弓矢の名手。
恐らくクラスはアーチャーだと察せた。
だが、これはどういう状況だ? ルーシーの待ち合わせ場所にサーヴァントが存在していた。
『偶然』? 『罠』だった?
罠の可能性も考慮していなかった訳ではない。
アダムはルーシーがアベルのマスターであると確信し、聖杯戦争を把握していないと推測した。
だからこそ、アダムはルーシーと接触しようと決心したのである。
騙したのは――彼女なのか?
やはり……ルーシー・スティール。危険だ。彼女を何とかせねば……
周囲にいた人々が、謎の攻撃に警察に通報する様子や逃げ惑う姿を確認できた。
ロボひろしは様子を伺いながらアダムに告げる。
「病院に行った方が――」
「まだ……あの『弓兵』がいるとは限らない。迂闊に動けないだろう………」
「だったら少しの間、俺が運ぶ! いいよな?」
「あぁ………」
結局、例の『弓兵』の攻撃はあれで終わりを告げた。
ロボひろしの気使いは無駄とは思えない。まだ監視は続いている可能性はあった。
『弓兵』の姿は捉えられなかったし、アダムに刺さった矢が特徴のある代物には感じない。
恐らく、道具作成などにより作られただけの矢……
確かなのは――ルーシー・スティール。
彼女を食い止めなければならない。たとえ、彼女が夫の元へ帰還する為だけであっても。
たとえ……彼女を本当に『始末』しなければならないとしても………
「アダム。まさか、あの子を殺そうなんて思ってないよな」
念を押すかのようにロボひろしが問う。
アダムは痛みを堪えながら、答えた。
「そんな事はしない……したくはないが。彼女の行動は危険過ぎる」
「ちゃんとルーシーを家族のところに帰してやろうぜ」
ロボひろしの言葉に、一瞬アダムは黙りこくった。
そんなマスターの姿を知らぬロボのアーチャーは話を続けた。
「後でいいからちゃんと教えてくれよ。『財団』って何なのかを――」
-
【3日目/午前/千代田区】
【アダム@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(小)、左肩と右足を負傷
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[所持金]余裕あり
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1:ルーシーを止める……始末する?
2:SCP-076-1を探す。
3:同盟が組めそうな組を探す。あのセイバーくらい強いサーヴァントなら良いのだが。
[備考]
・ロールは生活に余裕がある学者です。
・出席しなければいけない学会は当分ありません。
・アーチャーに最低限SCP-076-1のことを話しました。
・免許証を抜かれたのにまだ気づいていません。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・図書館にSCP-076-1を配置できる、もしくはSCP-076-1らしき物体のある場所の調査を依頼しました。
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん】
[状態]魔力消費(小)ダメージ(回復済)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:アダムに聖杯を
0:『財団』ってのは本当に何なんだ……?
1:アダムを病院に送る。
2:ルーシーを家族のところに帰してやりたい。
3:バーサーカーやセイバーに聖杯は渡さない。
[備考]
・セイバーのステータスを把握しました。
・ダメージは燃料補給した後魔力で回復できます。
・SCP-076-1についての知識を得ました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
またルーシーの携帯電話番号を知りました。
◇
ルーシーは出来る限り走り切った。人生でこれ以上にないほど疾走しただろう。
緊張によるものではない荒い呼吸をしながら、何とか息を整えようとした。
振り返ってみれば、日比谷公園から大分距離を取っている。
奇妙な人型ロボットとアダムは、ルーシーを追跡する気配がない。
逃げ切った? それよりも――………
「待たれよ」
ハッとルーシーが気付いた時には――居た。
彼女が振り向いた先の、路地に身を潜めていたサーヴァント。
見た目は美少年といった彼だが、ルーシーには『アーチャー』というクラス名が浮き上がる。
アーチャー。
サーヴァントのクラスだとアダムが説明してくれた。その通りだった、と。
アダムは嘘をついてはいなかった……だが。
弓矢を持つアーチャーが、先ほどの攻撃の主なのだと理解したルーシーは問う。
-
「何故、わたしを……」
「あなたからは聖杯を獲る意思を感じない。闘争を楽しむ精神も」
ルーシーの戸惑いの色を見たそのアーチャーは、話を切り替えた。
「私の主は聖杯を獲るつもりはございません。ただ、あるべき世界に帰りたいと訴えている」
「!」
「あなたの目的は?」
「わ……わたしは。わたしも、そうです。夫のところに帰りたい――それだけです。それ以上の事は望みません」
ルーシーはすでに覚悟を決めていた。
アーチャー・那須与一は、彼女の覚悟が本物か――それを確認したかったのである。
そして、与一は持ちかけた。
「このままではあなたも脅迫され、利用されかねないでしょう。
同じ方針を持つもの同士――同盟を組みませんか」
「本当に? ………わたしが、あの刺青男のマスターだと言っても?」
与一はルーシーの手の甲に浮きあがった令呪を目にする。
間近でハッキリと分かる。令呪は一画も消費していない。
「令呪はまだお使いになっていないのですか」
「わたしにだって分かる。令呪(これ)はとっても重要なもの……気易く使えるものではない。
『彼』を止める行いが善であったとしても。令呪は貴重で、絶対に使わなければならない場面が来る……
そして、令呪は『二回しか』使えない! だから……ごめんなさい。『人を殺すな』そう命じる事はない……」
それを許してくれるのならば。
ルーシーの目が無言を訴えて来る。
与一は、彼女の行いが善であるか悪であるか……そんなものはどうでもよく。
少女ながら聖杯戦争を冷静に分析したと感心していた。
普通の人間ならば罪悪感に耐えきれず、令呪で刺青のバーサーカーを止めるだろう。
それが、また別の悲劇を生みだすとしても―――
令呪を失えば、マスターは死亡する。
ルーシー・スティールは何としてでも元の世界に帰りたい。
だからこそ……令呪は冷静に、慎重に、容易く使ってはならないものだった。
彼女の意思は『本物』である。
与一は返事をした。
「ええ、それが最善です。あなたは正しい判断を下しました」
「嘘よ。こんなの絶対間違ってる」
「私は……一回。たった一回、一度だけあの男と会いましたが。あれはもはや兵器でも狂人でもない。
人が扱うには手が余り過ぎる。どうしようもない純粋な殺戮者」
「………」
「あなたは彼を支配しようとしはしなかった。自身の立場が優位にあると思わず。
令呪の力を過信してもいない。それでいいのです。あなたは誰よりも『彼』を理解なさっている。
故に、私はあなたを信用しました。あなたが私を信用できなければ、最悪――『彼』を呼んで良い」
ルーシーは……少なくとも与一を信用した。
彼のマスターはルーシーと同じく、元の世界に帰りたいのだろうと。
ルーシーを信用してくれたのは確かなのだと。
しかし。
ルーシーは不思議と……与一がまるで『刺青男を呼ばれ戦い合う』としても、一向に構わない。
そんな風にも感じられたのだった。
-
◇
「え……あーちゃー、それって」
「はい。ここで殺戮を続けるバーサーカーの真名です」
場面は、今剣が留まっていた高層ビルの屋上。
そこには与一によって連れて来られたルーシー・スティールの姿もあった。
ルーシーから渡された資料……『SCP-076-1』の報告書。目を通して、その真名を知り。受け入れた。
何故あのように殺戮をするのか。
何故あれほどに殺戮をするのか。
どうして、あんなにも人間を憎悪しているのか。
全ての謎が解けてしまう。
名探偵の推理によって犯人を知ったような感覚。
皮肉にも、与一と今剣は『彼』のことを不気味なほど把握していた。真名を聞けば、どういう経歴を持つ存在かも。
何もかも――分かってしまったからこそ、今剣は困惑する。
「なぜなんです? どうして……かれは『財団』というそしきにいたのですか」
「『財団』が彼のような存在を確保する、収容する……保護というのは人類を保護する意味でしょう、この場合は」
ルーシーは重い口を開いた。
「アーチャーが攻撃したのは『財団』の関係者よ。聖杯を収容しようとしている……
もし、そうだとしたら―――わたしたちが『財団』によって無事に帰れる保証がない」
「でも『財団』のひとたちは、いいひとなんですよね? しんじでもいいとおもいます!」
「ええ……正しいのは彼ら。わたしは間違っている。絶対なんて保証はないの」
「どうして、るーしーはうがたっているのですか? ぼくには、よくわかりません……」
今剣が顔をしかめる一方、与一が主に説明する。
「彼女はサーヴァントの夢を見たのです。主(マスター)。
『財団』(彼ら)がやったこと、刺青男(彼)がやったこと。全てを分かっている」
「それじゃあ、ほんとうに……」
最悪『処理』をした事もある。覆すことない記憶だった。
ルーシーは与一から資料を受け取り、それからもう一度資料に目を通す。
SCP-105。
これも刺青男――アベルと同じ人型オブジェクトの一人。
ルーシーは、それを今剣に見せながら話をする。
-
「この子は……わたしと同い年くらいの女の子。変わった能力を持っていたの。
……それを良い事に利用しないかと『財団』から話を持ちかけられて、その過程で『彼』にも関わった」
「………」
「最初は情報を集めていただけ……でも最終的に、彼らは彼女に暗殺をするように命令した。
無論、彼女はそれを拒否した。きっと彼女は多くの手助けをしたはず……
……結局彼女は『収容』され続けている。家族の元に帰れないまま……」
こうなる運命だとしてもルーシーは抗いたかった。
どんな手を使ってでも、スティーブンのところへ………利用されるくらいなら、死を選ぶ。
特殊な能力を持った少女は悪用される可能性も、少女自身が能力を悪用する可能性もある以上。
『財団』は彼女を収容している。だから正しい。
悪いのは少女自身。彼女の能力。
そして――この場合は、ルーシーが間違っていた。
「るーしーとそのこは、まちがっていないですよ! かぞくのところにかえりたいだけなんですから!!」
今剣が純粋に告げた。
彼は、世間のなんたるかを把握しきっていないから、子供だから?
無知な付喪神だから――単純な正しさを言えるのだろう。
彼の純粋な思いにクスリとほほ笑んだルーシーは、涙を拭った。
「でも……これから一体どうすれば? 何か心当たりはあるの?」
ルーシーの問いに与一が答えた。
「『織田信長』という国会議員がおりまして。マスターではないかと思い、接触しようかと」
「オダ ノブナガ?」
「るーしーは、しりませんよね。にほんで、ゆうめいなおかたなんですよ!」
電源をオフにしていた携帯電話を起動させ、ルーシーが検索してみる。
確かに偉人の――戦国時代で名を轟かせた武将。むしろサーヴァントとして呼ばれかねない存在。
それが表示されたが、調べるのは国会議員としての『織田信長』。
「あったわ……何だか色々言われているわね、この人。凄い目立ってる」
「そういうところもあって、すごいのが信長さまなんです!」
そう……大統領とは違う。
大統領よりは信用できるかもしれない……まだ信じられる。
実際、会ってみないと分からないけど。
「えっと……足立区にある自宅に行くのかしら?」
ルーシーが信長の噂の中にある自宅について尋ねると、今剣も与一も目を丸くさせる。
やはり、情報端末機器を所持しているだけで違うものだ。
あっさりと目的地を捕捉しまえたことに、与一も驚きを隠せない。
現代の携帯電話について知識はあったが、ここまで優れているとは想定外だったのだ。
今剣は素直に喜ぶ。
「すごいです、るーしー! かんたんにみつけてしまうなんて!!」
「でも、きっと簡単に見つかっちゃうのは駄目だと思うのよね。こういう場合」
「どうしてですか?」
「だって住所がこんな風に公にされているのって……いやだわ、有名人って大変」
ルーシーは半ば呆れを醸しだす。
与一もそれには同感だが、気休めさせるように言った。
「今回ばかりは感謝しましょう。ルーシー、あなたのお陰で少し前進しました」
「ええ、そうね……」
ルーシー・スティール。
彼女の聖杯戦争はようやっと幕を上げた………
-
【3日目/午前/千代田区】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(小)それによる体調不良(薬で緩和中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]携帯電話、バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
0:織田信長と接触する?
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]短刀「今剣」
[道具]おにぎり(いくつか)
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る
1:アーチャー(与一)と共に行動する。
[備考]
・聖杯戦争については概ね把握しております。
・アーチャー(与一)の真名は把握しておりません。
・通達について把握しております。
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されているかもしれません。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
【アーチャー(那須与一)@ドリフターズ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]弓矢
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:今剣を元の世界に帰す。
1:織田信長かアヴェンジャーと接触する。
2:最低限、戦闘は回避したいが……
3:先導アイチの言葉が気になる。
[備考]
・バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
・バーサーカー(オウル)と桐敷沙子の主従を確認しました。
・アダムとアーチャー(ひろし)の主従を確認しました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
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投下終了します。タイトルは「間違った世界と正しい世界」です。
感想と次の予約は前スレでいたします。
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投下乙です
ルーシーがやっと事態を把握
でもアダムを正義の味方と誤解
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予約分投下します。
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一夜明けたが、相変わらず東京都内はサイレン音がどこかで鳴り響いていた。
警察が捜索するのは間違いなく刺青男とその仲間と思しき者たち。
きっと、行方不明の少女の存在など目に止まらない。
二の次だと放置しているかもしれなかった。
当然である。
東京都民の全ての命と一人の少女。
どちらを選ぶか問われれば、後者を選ぶ人間はまずいない。
だとしても、警戒は怠ってはならない矛盾がある。
行方不明届があるか否か関係なしに、少女がたった一人、東京の街を放浪するだけで奇妙なのだから。
だが、彼女がマスターであれば話は別。
マスターにはサーヴァントがいる。
事実――家出した少女……先導エミはマスターで、サーヴァントのキャスター・ブルーベルが傍らに居る。
サーヴァントに睡眠は不要。故に、何の苦労もなく周囲を警戒するだけなら問題はない。
しいて言うなら退屈なだけだ。
(あいつ、こっちには来ないみたい)
ブルーベルは霊体化したままだが、先ほどエミたちを追ってきた少年(馳尾)が現れないのに安堵をする。
とはいえ、状況は改善していない。
悪化するばかりだった。
このまま東京都内に留まり続ける訳にもいかない。
23区は皮肉にも、あの殺人鬼――刺青のバーサーカーのせいで監視が強まっていたのである。
(マジ最悪……バッカじゃないの? バーサーカーだから大暴れしちゃってさ。
でも魔力切れして消えたりしないし………分かってやってんの?)
薄暗い雰囲気の公園の中。
居心地が悪いだろうが、仕方なく公園の遊具のトンネルで就寝しているエミ。
先ほどと同じだが。ここは遊具も錆ついており、いづれ解体する予定の場所らしく。
しょぼくれた[立ち入り禁止]の看板が置かれてあった場所。
地方の管理者も、取り壊すのを忘却しているかのような有様だった。
ブルーベルは人目を気にすることなく実体化をした後、風によって飛ばされてきたらしい新聞紙を掴む。
刺青のバーサーカーの犯行現場。
彼の似顔絵。
多分――彼女には初めての相手だろう。
目的のない殺戮者。ただ人類を憎悪するだけの狂気。
恐れなさないどころか、悪趣味な刺青。キモい。と子供らしく悪態をついたブルーベル。
-
その裏面には病院で大量虐殺事件が発生したと記載されていた。
不思議なことに、そこで一人の少女が消息不明になったとか………
エミを含めた二人目の行方不明者。
『桐敷沙子』
彼女の名前を顔写真(白黒だったが)を確認し、ブルーベルは一応マントの裏ポケットにしまっておく事にした。
この時期に行方不明になったのは、やはり聖杯戦争と関係あると踏んだのである。
だが、エミの目的は聖杯の獲得ではない。
脱出する事。
何故か主催側の人間として姿を露わにした兄。彼の元へ往く辿りつく事。
(にゅ~~~絶対アイチに会う方法って。聖杯戦争勝ちぬいた方が早いと思うんだよねー)
わざと危険区域に侵入するよりも、確実だ。
聖杯戦争の主催者である以上、エミたちが聖杯を手にすればアイチが彼女たちの前に現れる可能性が高い。
『処理』さねない危険を冒すより絶対に良い。
可能性が十分ある。
問題は――エミにその意思があるか。彼女に人を殺す覚悟はあるのか。
ブルーベルも聖杯を手にしようとは思わず、令呪のことも教えてしまった為、エミの判断次第では自由に動けない。
最悪『単独行動』のスキルを持つブルーベルは、マスターがおらずとも少しは現界は出来る。
しかし、意味がない。
ブルーベル自身に願いがない、訳ではないのだが……違う。
少なくとも、兄を探す妹に協力したい想いがブルーベルにはあった。
そもそも、アイチが主催者側にいると想像出来なかった。
マスターであるなら、エミの住む世界に残されているだけならば、それだけであったら方針が覆る事はなかったのに。
どう行動するか? それは先導エミに委ねられる――
◇
幼女のライダーの襲撃から逃れたホット・パンツ。
彼女は、所持品を確認する。
財布から抜き取った一万円札が十枚、カード。それだけだった。
排水溝を通るには、それ相応の物体しか通れない。細切れになっても問題ないホット・パンツ自身は別として。
携帯電話や持ち出したアメも、駅構内に取り残されたまま。
後日、落し物として駅から回収できるのではとホット・パンツは推測するが。
ここで携帯電話を失ったのは少々問題がある。
携帯電話は連絡手段だけではなく、ニュースや情報検索など機能も優れていた。
……が、幼女のライダーとそのマスターは周辺にいる。うかつに接近する事はできない。
何にせよホット・パンツは、教会に戻らなくてはらなかった。
ランサー・アクアの武器である『アメ』が必要だった。
だが……幼女のライダーの能力。それを把握しなければ……マスターであるホット・パンツに効果がなかったのは何故?
他に特殊な条件が必要だとすれば、何か?
最悪、ホット・パンツも幼女のライダーの術にかかるだろう。
きっと――幸運だったのだ。
-
ホット・パンツが足を再び運んだ教会。
ここには、彼女の他に神父が所属していた。
東京でわざわざ宗教に関心のある者は少ない為、二人だけでも十分過ぎる。
しかし、今はホット・パンツだけしかいない。
彼は――死んだ。
アクアは神父がマスターではと怪しんでいたが、刺青のバーサーカーによって始末された。
巻き込まれただけ……マスターになりえたとしても、記憶を取り戻さなければ、それでお終い。
呆気ないものである。
尤も、神父が死亡したのは随分と前。
先導アイチの妹らしき少女と出会い、ランサーを召喚したあの日。
刺青のバーサーカーが殺戮を始めた。記念すべき復活祭に参加してしまい、殺された。
葬儀は行っていない。
ホット・パンツも彼の家族を知らないし、警察も死亡の一報を伝えただけで、それ以上の事は何も。
刺青のバーサーカーを確保しようと必死で、被害者の家族や関係者の心のケアどころではないのだろう。
保管してあるアメをいくつか新たなバッグに詰めていると、一人の警察官が現れた。
アクアが魔力を感じないと判断した為、ホット・パンツが登場すると。
行方不明者のポスターを差し出された。
一つでも目撃情報を得たい為、教会の柵にポスターを飾って欲しいとの申し出。
渡されたポスターを目にしたホット・パンツは、驚きを隠せない。
警察官が立ち去った後、アクアが念話で言う。
『もしかして……』
「ああ、間違いない」
先導エミ。
ポスターの一つに彼女の情報があった。姓を確認するまでもなかったが『先導』の者……
つまり、先導アイチが彼女の兄。彼女は先導エミの妹と見て、間違いようもない。
『しかし、訳がわかんないね。実の妹を聖杯戦争に参加させるなんて』
「……妹を優勝者に仕立て上げる企みか? いや……だとしても、目立ちすぎか。
贔屓させるならば、警察に注目させるような真似はしないはずだ」
エミの様子から、兄が聖杯戦争の関係者とした行動ではない。
ならば――彼女は本当に無知。
妹でも容赦なく生死の駆け引きを余儀なくさせる戦場へ送り込む、非道な人間。
それが先導アイチ。
もう一人の行方不明者――『桐敷沙子』のポスターを一瞥したホット・パンツは、アクアに告げた。
「だが――先導エミは何も知らないはずだ。無暗に追っても埃すら出さない……
何も知らされず兄によって葬り込まれたに過ぎない。同情はしない方がいい……」
受け入れられる。理解もできる。
それにしては胸糞の悪過ぎる物語だった。
アクアは舌打つ。
幼女のライダーについてもそうだが、何故こうも自分にとっては都合の悪い敵が多いのか。
試練だと云うのか。
先導エミ、桐敷沙子もマスターならば――始末しなくては。
『刺青のバーサーカーを追うかい? あのライダーは能力が異常だけど、力技でねじ伏せる事も出来るよ』
「優先するのはバーサーカーの方だ。魔力が尽きかけている今を狙わなくては……
今日中に仕留められなければ、次のチャンスは明日になる……」
-
ホット・パンツはノートパソコンでインターネットを開く。
SNSでの情報を把握する限り、刺青のバーサーカーは新宿区で姿を消した。
さらにはフードを被ったフードの男。……刺青のバーサーカーと共犯者。
アクアが嫌な声を漏らす。
『狙われるって分かって同盟を組んだのか、こいつ』
「分からない……利害が一致した。それだけの理由でも共に行動することはある」
『あーー………でも分かるよ。危険な輩とあえて一緒に行動する奴』
そして、彼らと共に行動し、人質と噂されている桐敷沙子。
ホット・パンツが予測しているのは、やはり新宿区内。あるいは新宿区周辺。
刺青のバーサーカーは霊体化をしてからは、先ほど行動範囲を広めていないはず。
なるべく――迅速に行動せねば捕捉は不可能。
ただ、同盟(?)相手と思しきフードの男(恐らくこちらがサーヴァント)と桐敷沙子が共にいる以上。
桐敷沙子に関しては自力で、あるいはフードの男を頼って逃亡をしているはず………
ならばこの二人を目印に刺青のバーサーカーを探るしかない。
しかし……問題は。
刺青のバーサーカーが――真偽はさておき――同盟を組んだ点。
フードの男の正体は? どういう戦闘を仕掛ける?
アクアも『魔法』が効率的に当てられる接近戦が得意とするが、2騎のサーヴァントを相手にできるか?
あるいは……こちらも『同盟』を組む。
幼女のライダーは危険過ぎるとホット・パンツは判断した。
他に把握しているマスターは、先導エミくらいだが。彼女の場合は恐らく同盟を拒否する。
もし彼女が全てを把握しきっていないのならば、聖杯を狙うホット・パンツは『敵』に近い存在。
心を許す訳もない………
(他の主従を探さなくては――刺青のバーサーカーが万全な状態であればあるほど不利になる!
信用できるか否かは良い。同盟とは互いに利用し合うだけのもの……誰だって構わない)
誰だって一時的なものとしか考えない。
同盟とはそういうものである。いづれ殺し合う関係。
だが……障害はある。一組の主従では越えられない壁が、必ずある。
そして、ホット・パンツ達の前にもう、その壁が一つあったのだ―――
◇
「おはよーエミ。もう疲れは取れた?」
「うん、ありがとう。ブルーベルちゃん」
朝と呼べる時間帯に差し掛かった頃、先導エミはようやく起床した。
以前、ブルーベルが指摘した通り。エミは極度の緊張感の中、まともな睡眠を取らなかったのは事実。
兄が聖杯戦争に関わっているなど情報が錯綜していた為。
体力は回復し、精神も多少は落ち着いたが、結局は気休めにしかならない。
少女が一人で行動しても悪くは無い時間帯にコンビニで購入した食事。
質素なおにぎりを食べながら、エミは考えた。
これからの行動。
ブルーベルの話を信用するならば、東京から脱出を図った瞬間。存在が抹消されるのか――
どういったものか想像は出来ないが『処理』が為される。
だが、アイチと遭遇できる可能性も高い。
逃して貰える可能性も、一度くらいならば………
しかし。
保証はない。
「そうよね……この方法は危険過ぎる。アイチと必ず会えるとは限らないし………」
-
根本的な話。『東京』から脱出する術があるのかすら、絶望的だった。
ならば―――
ブルーベルが話を持ちかける。
「聖杯戦争で勝ち残れば、アイチには会えると思うよ」
「………でも、他の……マスターの人たちを殺す、ってこと」
「素直に降参してくれるんだったらいいんだけどね~~マスターは絶対殺す必要ないんだもん」
「あ、そっか。そうだよね! サーヴァントを倒せば……大丈夫?」
「にゅ。マスターにも意地で聖杯手に入れようとする奴、いると思うから。そいつらは殺さないと」
「殺す………」
いくらブルーベルが手を下すとしても、人の命を奪うなんて。
中学生になったばかりの少女には重すぎる選択だった。
ブルーベルの方は、平然としている。
「そういう奴だって自分が死ぬ覚悟くらい出来てるんだから、殺されたって恨みっこなしよ!」
「やめて! 簡単に殺すだなんて、言っちゃ駄目だよ。ブルーベルちゃん!」
エミの叫びに、ブルーベルは顔を膨らませる。
彼女が死ぬだの殺すだの口にするのが、日常的な冗談半分の脅迫ではない事くらいエミも分かっていた。
だからこそ拒絶する。
「やっぱり無理……人を殺すなんて」
「どーせ、殺すのはブルーベルでしょ? 何が駄目なのよ。どーせエミは何もしないんだから!」
「人を殺すのは駄目……それって当たり前の事じゃない? ブルーベルちゃん」
「………」
「ブルーベルちゃんは人を殺した事、あるの?」
「あるよ。たーーーーーーーっくさん」
そう………そうなんだ。そうだよね。
多分、ブルーベルちゃんは『そういう世界』に居て、慣れちゃってるんだと思う。
でも……私は。違う。
先導エミの世界に、そんなものはなかった。
戦争も、死も、破壊も、何もなかった。平和過ぎる世界にいた。
故に、あの殺人鬼が――刺青のバーサーカーが酷く恐ろしいのである。
エミは体を震わせ、言った。
「私……人はやっぱり殺したくない。ブルーベルちゃんにそんな事、させたくないから」
まぁそうだろう。
ブルーベルの反応は分かり切った風だった。
簡単に人を殺めてきたブルーベルと、彼女のような世界と無縁なエミ。
二人の間には深い溝があり、それをエミが超えられるか定かではなかった。
「ブ~~~~~じゃあ、どうするつもり? 本気でわざと外に出るの??」
23区に面した県境を一通り確かめたが、刺青男の言い訳として検問が敷かれていた。
東京都から離れようとする車や人は、問答無用に通行不可が言い渡され、彼らも自分勝手に納得し引き返す。
警察を攻撃する――なんてのもエミは抵抗した。
NPCであれ、彼女にとってはやはり生きた人間に見える。
飛行機も欠航状態。
電車も都内のみ運行。バスもタクシーも同じく。
船は一応東京湾に浮いているのが何隻か目に出来るが、動く気配がない。
ならば――最低限に人の目がない場所で、ブルーベルによって『外』に運んで貰う。
エミが心当たりある所。
目的地は、即ち――――………
-
◇
ホット・パンツは、一先ず最寄りの『練馬駅』から新宿区内に移動する方針を立てる。
跡地とはいえ、他の主従も刺青のバーサーカーの痕跡を辿ろうと集結する可能性があった。
同盟を組むにせよ。戦闘を行うにせよ。
多少の危険を冒さなければならない。
幼女のライダーだってそうだ。能力は不明。効果の範囲も定かではない。
あの様子では、得意げに手の内に述べるような性格とは思えなかった。
そもそも、幼すぎる故に喋ることすら叶うかも分からない。
逆に――あの能力は無差別なのでは? とホット・パンツは考察していた。
だが、ライダーのマスターに影響はない。
紙袋はふざけているようで、実は何かしらの意味があるのでは?
可能性は幾らでも思いつくが、結局は再び幼女のライダーと相見えなくては。
答えを導く事は困難だ。
何しろ、ライダーが騎乗するであろう宝具すら不明のままである。
『おい! ホット・パンツ!!』
霊体化したままだったアクアがマスターを呼びかけた。
ホット・パンツは何事かと周囲を見回せば、ハッと声を上げないように反応をする。
一人の少女がいる。
こんな時間――10時という通勤通学ラッシュを通り過ぎた頃合いに。
その少女が偶然にもあの『先導エミ』なのだ。
(先導エミ!? 何故、こんなところに――攻撃を仕掛けるかッ!? いや、人目が多すぎる)
平日の昼間近い時間帯とはいえ、人が居ない訳ではない状況。
アクアの破壊魔法が炸裂すれば幼女のライダーと匹敵する騒動になりうる。
それに、幼女のライダーの騒動の影響で、電車の運行に支障が発生していた。
他の主従は、これらを把握されているだろう。
繰り返すか? 否、そんな事はしない。それよりも――……
『一体どこに行くつもりなんだ……ホット・パンツ、早くしな! 見逃すつもりかい!!』
『だがランサー! あの刺青のバーサーカーはどうするッ、幼女のライダーは!?』
『バーカ。そんなの放っておけばいいんだ。目立ってる奴なんだから、他の奴らと勝手に潰し合わせりゃいいんだよ。
固く考えすぎなんだ、ホット・パンツ。エミって奴、このまま遠くに逃げるつもりかもしれないよ』
-
………そうだ。確かに一理ある。
刺青のバーサーカーは、他の主従にも把握されているはずだ。
幼女のライダーも、あの様子では刺青のバーサーカーの二の舞を踏むのも時間の問題。
狙っているのはあたし達だけじゃあない……先導エミ。
彼女を見逃す方が不味い。
ホット・パンツは適当に切符を購入し、既に駅構内に居る先導エミを追跡した。
事前に何者かと戦闘をしたのか? 服装が酷く汚れているように感じる。
そして、彼女は一人で、中学生になったばかりの少女。
不信に思った駅員がエミに声をかけてきた。
「君、こんな時間にどこへ行くんだい?」
「あ……おばの家に行くんです! 今日は創立記念日でお休みなんです」
「あぁ、そうだったのかー」
「えっと。この駅に向かいたいんですけど、次の電車に乗ればいいんですか?」
「どれどれ」
駅員がエミの対応に不信感を抱かず、彼女の質問に返事をする。
創立記念日なんて好都合な嘘だろう。
だが、駅員がわざわざ無数にある中学校の創立記念日を調べる訳も無い。
エミからすれば、家出少女と判断されるのを回避したといったところ。
ホット・パンツは彼らの会話を耳に入れるよう、集中した。
大江戸線………
西武新宿線に乗り換えて………青梅線?
ホット・パンツとエミの前に到着する一つの電車。
エミが乗り込んだのを見届けホット・パンツがそれに続いた。
先ほど聞こえた単語を頼りに、ホット・パンツは車両内に掲載された線路図を確認する。
青梅線は立川駅から始まり、終点は奥多摩………。
(奥多摩だと!? この時代の子供は、それほどの金を所持しているとしても――)
23区からは大きく遠ざかり、闘争を避けるにはうってつけ。
聖杯戦争から逃げ延びようとする作戦なのだろうか? あるいは他に目的が?
何であれホット・パンツはアクアの判断は『正しい』と感謝した。
奥多摩ほど遠ざかってしまえば、23区内の戦争ばかりに目を奪われ、先導エミを仕留めそこなったかも分からない。
(しかし、どうする? 最悪、奥多摩まで向かうならば、そこまで呑気に付き合うつもりは毛頭ない。
人目が少なくなった瞬間。彼女を攻撃するしかない……何かを起こす前に!)
-
◇
『森ばっか! 凄いド田舎じゃないの!!』
エミたちが向かっていたのはホット・パンツの予想通り、奥多摩である。
広大な面積に対し、自然ばかりが広がる地域。
駅構内にある無料の観光パンフレットがあったので、エミもそれを入手し、場所を確認していた。
ブルーベルが叫ぶようにド田舎だろう。
故に、ブルーベルがエミをつれ飛行しても目立つ恐れは無い。
目撃者がいれど、それはわずか数人程度のはず。
検問も都心と比較すれば大分減る。
何より――刺青のバーサーカーが23区で騒動を起こしている以上。
彼らの戦闘に巻き込まれるのも回避できるのだ。どういう理由があれど、時間をかけて足を運ぶのは損ではない。
「奥多摩……」
普通に観光目的ならば、兄と共に行きたかった。
エミにはそんな思いがあった。
先導アイチの目的も――何故このような結果を招いたのかも、エミには分からない。
兄の近くに居たはずなのに……何一つ、兄を理解していなかった。
複雑な感情を抱くエミがバッグから取り出すのは――カードデッキ。
『ヴァンガード』
兄が変化を始めた切っ掛けをつくったカードゲーム。
エミ自身のデッキは、どういう訳か『東京』には残されていたのだ。
所詮は紙切れのような存在だからか。『東京』に呼び寄せられた時、エミがデッキを手にしていたのか。
定かではないが、偶然などではないとエミは感じる。
きっと『ヴァンガード』を思い出せば兄も………
エミにはそんな希望があった。
彼女を乗せた電車は目的地の奥多摩へ、着実に近づいて行く。
-
【3日目/午前/練馬駅から電車で移動中】
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]『クリーム・スターター』、アメ(バッグ一杯)
[所持金]それなりにある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、弟に許されたい。
0:先導エミに攻撃をしかける?
1:少女のライダー(幼女)の対策をする。
2:刺青のバーサーカー(アベル)を今の内に仕留めたいが……
[備考]
・役割は「教会のシスター」です。
・拠点である教会に買い溜めした飴があります。当分、補充が利く程度の量です。
・通達を把握しました。
また通達者の先導アイチは少女(先導エミ)が探す人物ではないかと推測しております。
・少女(先導エミ)はマスターであると確信しました。
・平坂と少女のライダー(幼女)の主従を把握しました。
・端末は後日、中野駅に向かい引き取る予定です。
・フードの男(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル】
[状態]霊体化
[装備]アメ
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。ホット・パンツにはなるべく従う。
0:先導エミを追う。
1:個人的には少女とは戦いたくない。
2:エミの事が少し心配。
[備考]
・平坂と少女のライダー(幼女)の主従を把握しました。
・幼い少女は妹を連想させる為、戦うのに多少抵抗を覚えてしまうかもしれません。
・先導エミがマスターだと把握しました。
【先導エミ@カードファイト!!ヴァンガード】
[状態]精神疲労(大)、肉体的疲労(回復)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]着替え等が入ったバッグ(『ヴァンガード』のデッキ)
[所持金]中学生として普通
[思考・状況]
基本行動方針:アイチを探す。
1:奥多摩から『外』へ脱出を試みる。
2:あのマスター(勇路)からは逃げる。
3:人は殺したくない。
[備考]
・役割は「中学一年生」です。どこの中学校に所属しているかは後の書き手様にお任せします。
・通達を把握しました。
・少年(馳尾勇路)がマスターであると確信しました。
【キャスター(ブルーベル)@家庭教師ヒットマンREBORN!】
[状態]霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:エミと共にアイチを探す。
1:アイチと接触する術か、脱出する術を探したいが……
[備考]
・少年(馳尾勇路)がマスターであると確信しました。
・桐敷沙子がマスターではないかと疑っております。
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投下終了です。タイトルは「ゆるぎないものひとつ」です。
次の予約先は前スレでいたします。
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投下します。
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1.不動総合病院
不動総合病院。
この病院もまた、不動中等学校や私立不動高校と同じく葛飾区内に構えられている。不動高校からの距離はだいたい一、二キロメートルほどで、そこで見られる光景はさほど高校周辺と変わらない。病院の屋上からは高校が見えるし、高校の屋上からは病院が見える。その気になれば、恋人同士で合図を送り合えるかもしれない。
葛飾区内には、こうしたある一区画に「不動」あるいは「不動山」といった名前のついている施設が非常に多く立ち並んでいた。
中学、高校、病院以外にも、不動幼稚園、不動小学校、不動芸術高校、不動ヒポクラテスセミナー……などがある。近くの教育機関は、一通り「不動」とついていた。
これほど“不動”だらけなので、この辺りの地名と誤解されやすいが、実のところは、ただ施設がそんな名前をつけているだけで、一帯が「不動」あるいは「不動山」といった名前の土地というわけではない。だからといって、昔の地名というわけでもないし、「不動」といった名前の事物に所縁のある地というわけでもなかった。
では、何故、こんな名前がついているのか。
仮に民俗学や歴史学の観点から、それをいくら探っても、その答えとめぐり合わせる事はないだろう。
何故なら――本来、葛飾区にこんな土地がある筈はないのだから。
これは端的に言えば、全て、この疑似的な東京ゆえの不条理だった。
元々、都下にあったはずの「不動山市」という公共団体が、聖杯戦争においては他の世界と画一化される為に地図上から消失し、代わって手頃な地域――今回ならば葛飾区内――に不動山市にあったはずの物を作り出した。
それが、何名かのマスターの生活圏にある、一帯の「不動」の地域なのである。
その為、『男はつらいよ』や『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で描かれるような下町風情は「不動」の地区では影を潜めて、「葛飾区」のイメージに縛られる事のない施設が多くこの一か所に集まっている。
聊か不自然ではあるが、あくまで飲み込める範囲の不自然さであった。すぐ隣――千葉県あたりのベッドタウンを見れば、右手が都会、左手が林道になった奇妙な道路も多々あるし、言ってみれば、それと大して変わらない。
この不動総合病院も、葛飾のイメージとは、少し逸れていた。
最近塗り替えられたような純白の大きな外観は、いかにも最新の設備が整っていそうなイメージを作り上げている――これはやはり下町のイメージとは対極にある光景だと言えるろう。
この外観の示す高級感に、却って尻込みしてしまう者もいるだろうと思える。
尤も、別段、高所得者でなければ利用できないというわけでもないのだが、やはり設備面で安心感があっても、妙に温かみに欠けるような雰囲気は感じられた。それが人によってはどうも合わないらしい。
そして――ここが、授業の最中に突如倒れた『遠野英治』少年の容態に最適な医療施設であった。
幸いにも、運び込まれる事になった英治は、リゾート会社社長の子息だ。高級感に圧倒されるような人間ではなかった。温かみとは無縁の男で、それこそ病院などどこでも良いとさえ思っているであろう男だった。
救急車のサイレンの音が、徐々に病院に近づいている――。
◇
激しくランプを点滅させて高音をかき鳴らす救急車が一台あった。
通行者に不安を過らせる乗り物ではあるが、その内側で繰り広げられている光景はさほど危機感に呑まれてはいなかった。むしろ、搬送される少年の容態を確認し、症状自体は命や一生を左右する物ではないと推して、救急隊員の胸には安心感が募っている。
-
悪い報せで救急車を出す事が多い昨今、「また連続的な殺傷事件が起きたわけではない」と判じた時点で安心できるものである。
「――ええ、事件性はありません。おそらくは、ただの過労でしょう。どうやら意識はあるようですし……」
救急隊員は移動中、搬送先の不動総合病院に連絡していた。
この頃でいえば、やはり病院の用途は、「重傷者」に傾いている。つまりは、殺人事件による死亡者であったり、重症者であったり、そんな人間が解剖や治療で医師の厄介になるわけだ。その為、警察は勿論の事、医師もその点では忙しく働いている。
そんな状態なので、患者が果たしてどんな症状なのかは医師の心配事の一つになっていた。また新しい事件の発生ともなれば、それこそ、その手の専門医の方こそ過労で倒れてしまう。
ここまで、既知の情報を全て知らせると、電話の向こうから、病院側の人間の安堵の混ざった了承が聞こえた。
救急隊員も思わず少し綻んだ。
「何せ、受験シーズンですからね。無理が祟ったのかもしれません――」
救急隊員は、言いながら、英治の寝顔を見やった。これといって苦しんでいる様子でもなかった。英治の容態も大きく変わる事はなかったが、それは悪くもならなければ良くもならないという事だった。
不動高校に辿りついた時、英治も、救急隊員の呼びかけに対して、一度は意識を取り戻したものの、再度瞼を閉じて眠ったのである。
しかし、その反応でも意識は確認できたので、救急隊員もそれ以上の無理はさせるべきではないと判断して、これ以上は寝かせておく事にした。
所見では、外傷による物ではないし、勉強を続け過ぎた不眠やストレスが原因である可能性が高いと見られる。まして、授業中に突然倒れた英治は、高校三年生だ。丁度、大学受験の時期なのだから、そうした不摂生が起こっても仕様のない話だろう。
付き添う教師の話によれば、英治は去年まで生徒会長を務めた程の真面目な生徒だったというし、寝顔を見下ろしてみても、清潔感に溢れていて好青年であるというのが誰の目にも伝わりやすい。顔立ちはどこか十八歳にしては幼く、遊んだ素振りもなく、それでいて毅然としたようでもある。
だから、余計に違和感はなかった。
そういうタイプほど、無理に受験勉強の辛さを背負い込みやすいのだろう。一見すると清潔感があって、まじめな人間ほど、努力の対価として自分の肉体をすり減らす事もある。英治はそういうタイプでもおかしくない生徒に見えた。
それは全て、ただの思い込みかもしれないが、もうこれ以上はもう医師の仕事である。あくまで少年に付き添う彼らは、彼の境遇を類推して、迅速に運ばれるのを待つのみだ。
「……では、間もなく到着しますので……はい。よろしくお願いします」
救急車は間もなく病院に着く。両区間の距離はそこまで開いていないので、一分か二分ほどあれば充分辿りつける。それこそ、教職員がそのまま車を走らせてもさしたる問題はなかったと言える程だ。
……流石は都内である。救急車がすぐたどり着く範囲には、それなりの規模の病院が見当たるようになっている。救急車は走り慣れたような手際で、すいすいと不動総合病院を目指していた。
◇
――当然、救急隊員は、彼が「宝具のせいで魔力を消費してしまっている」などという考えには及ばなかった。
遠野英治が聖杯戦争のマスターであり、
同じ私立不動高校に何人かのマスターが存在し、
そして、英治がこうして倒れてしまった
という三つの事実がある限り――また新たな事件を起こす引き金になりうる可能性を孕んでいるなどと、彼らはまだ知らない。
過労を引き起こすのは、今度こそ医師や警察の方になりうるなどとは、部外者である彼らには思いもよらない話だ。
そして、おそらく――。
-
同じ不動高校に所属する生徒にとっては、校門の前に停まった白い車体と真っ赤なランプは恰好の話題の種となるに違いない。
学校を休んだ人間がマスターと疑われるならば、授業中不意に体調を崩して倒れ込み、救急車で運び込まれたたった一人の生徒は、当然の如く目を付けられやすい立場にあると言える。
しかし、まだ一つだけ、そこに違和感を持たせない手段は、存在していた。
◇
2.遠野英治
遠野英治が目覚めると、そこは仮設されたような小さなベッドの上だった。
保健室のようなベッドだが、どうやら保健室ではない。病院のようだ。
それに気づいて、英治は記憶を探り出した。
「――」
担架で担ぎこまれたところまでは記憶の上に薄っすらとあるが、本当に意識を失って救急車で運ばれていたのだという事実には、驚きを隠せなかった。
……こうして担架で運ばれるのは生まれて初めての事である。
騒ぎ立てる事でもなかったが、心臓が少し跳ねた。
ざわり――胸騒ぎ。
飛び起きるようにして上体を起こす。周囲を見回すが、病院の人々はそれぞれの仕事に忙殺されていて、英治自身も果たしてどうして良いのかわからなかった。
見知らぬ場所にただ一人、満身創痍の身体で置かれ、今度は自分を包む仮設ベッドを見下ろした。
別にベッドに興味があるわけではない――。自分の胸騒ぎや、自分の状況について、より没頭して考えたかったのだ。
慌ただしい病院内を見つめてただあたふたするよりも、自分の置かれている状況を、自分自身の思考を通して探り出す――。
一体、何が今、自分のもとに不安として降り立ったのか。
(……)
すると、胸騒ぎの答えがわかった。
これは――焦燥感だ。
(そうか……)
度々思い出す嫌な「過去」と、想像しうる嫌な「未来」が、同時に頭を過った。
英治がここに来て、精神的に動揺した理由がこの二つであるのもすぐにわかった。
過去――それは、おそらく、小泉螢子が亡くなった時の事だ。
オリエンタル号の衝突事故で死亡した百名以上の人間が横たえている地獄の光景の中――新たに引き上げられた死体の山が、英治を運んだのと同じような担架で丁重に運ばれていた。
自らが担架に運ばれた事を思い出すと同時に、「担架」という物に結びつく過去の記憶も纏めて引き出されたのだ。
普通ならば蓋をする忌まわしい記憶だろうが、あれも英治にとっては、それから先の日々を生きる糧だった。――あれが復讐を初めて決意した始まりであり、あの時から英治は死人と等しくなったのである。
……しかし、そんな切欠は、今はどうでも良かった。これを思い出すのは、復讐に生きると決意してからの日課を行うのと同じである。
微かに唇が震えたが、それを心で押し留めた。
(……まずいな)
-
問題なのは、過去の事ではない――これから「先」の事だった。
ああして衆人観取の最中で倒れたという事は、悲願を託す聖杯戦争に、早速不利が生じてしまっているという事である。
現実にこうしてマスターたる英治自身の身体で暗殺が出来なくなった……というのも勿論の事であるが、不動高校内にいる人間たちに「違和」を持たれた可能性が実に高いという事だ。
救急車を呼ばれた現状、高校生たちの関心はその患者に集まるのが自然だし、元生徒会長という少し目立った立場に立っている英治の場合、一層その噂の広まりやすさも高まってしまう。
この肩書がある以上、噂の時の枕詞にしやすいのだ。「A組の陣馬くん」などと言われてもすぐに忘れてしまうが、「元生徒会長の遠野くん」だと、少なくとも「元生徒会長」の肩書だけは忘れられない。
随分と厄介な立場にいると思った。最初から生徒会長などにならなければ良かったと後悔したが、今更そんな事を思っても仕方がない。
問題は、噂を聞いた相手がただの生徒ならば、まだ良いのだが、“そうでない生徒の耳に入ったら”――という事である。
その時は、マスターだと特定される可能性も低くない。
(このままだと、時間がない。早く何らかの手を打たなければ――)
私立不動高校に、英治以外に何人かのマスターがいる可能性は、既に推して考えている。今日休んだらしい三名は、そうかもしれない。いや、そうだろう。
ほとんどが人形のように学校に通う生徒たちの中で、その“常識”から外れ、欠席している“イレギュラー”な者が何名かいるという事実がある。そして、英治もまた、その“常識”から外れ、個性を殺した人形ではなくなってしまった。
最悪、生徒とは無関係に、この病院内にもまだマスターが潜んでいるかもしれない。すると、こちらの存在をほとんど一方的に知られてしまう事になる。それはまずい。
少なくとも同じクラスの女子生徒を一名殺害した時点で――日常のごく近くにも、聖杯戦争の参加者がいる事はわかっているのだ。
それを殺さなければならない。何人いるかはわからないが、英治が最後の一人となるまで、サーヴァントと共に、「殺戮」を続けなければならない。
誰がマスターなのかわからなければ、「全員殺す」というのも良いかもしれない。
しかし、それは事実、物理的に不可能だ。この日本中に一体、何人の人間がいる。そのどれかがマスターであるという事の為に、全員を殺すのは骨が折れる。
勿論、“可能だったならばそれもいとわない”が――――そんなのは、幻想だ。
百人、二百人と人を殺しても、それが螢子の為ならば英治は飲み込める。しかし、一般人の能力ではその百人、二百人を一人で殺すのは無理だ。それこそ爆弾でも持たなければ話にならない。
なんとか、「全員殺す」以外に、今からこの不利を挽回する術はないだろうか――英治は思索を巡らせた。
「あっ、先生! 患者さん起きましたっ!」
ふと――若い女性の看護師が、英治に気づいて、奥に居る別の誰かを手招きした。まだ忙しいのか、それだけで済ませて、また別の仕事に戻ってしまう。
だが、それでどうやら、英治の症状に合う医師が現れた。
眼鏡の中年医師であった。――一瞬だけ、「医師」という言葉に、九人のSKの内の一人が浮かんだが、その男とは全く別の人間である。全国に大勢いる医師の中から、あの男が英治の前に現れる偶然は起きなかったようだ。
医師は、張り付いたような笑みで、英治に言った。
「ああ、起きたかい。遠野くん」
「えっと……はい。すみません、僕、一体どうしたんでしょう」
考え事は後回しだ。
英治自身にも自分の身体の状態についてはよくわかっていない。まずは素直に、その医師に自分の容態を訊いた。
ただ異様な疲れやけだるさに、意識が朦朧として、そのまま倒れてしまったのだ。意識が途切れるのはかなり不意の事だった。
この理由は、医師に訊いておかねばならない。
「う~ん、現状、身体に目立った異常はないんだけど、ちょっと色々聞いていいかな」
「ええ。なんですか?」
言いつつ、焦る。
魔術の事を訊いたのなら、この医師はマスターかもしれない。
しかし、そうではなかった。
-
「簡単な事だけだよ。昨日は何時に寝たか、とか、今日の朝食は、とか」
どうやら生活習慣に英治の不調の原因を探っているらしい。彼はマスターではなく、只の医師のようだ。
それは、お説教を聞かされる前兆のような感じもするが、それは別に良かった。
英治自身も、このところの疲れは不眠や過労によるものだとは、何となく自覚している。――それが、人を殺した事に端を発する物であるとは到底、口が裂けても言えないが。
ただ、その推論を疑ってもいる。ただそれだけの事で自分が倒れるとは思っていなかったからだ。
「……」
と、その時に、「ぐぅ」と英治の腹が鳴った。
英治は、朝方から――もっと言えば昨晩より以前には――気分が優れず、朝食を摂っていない。時刻は昼前だが、もう腹が減る頃合いだった。
「……すみません、今日は……朝食は食べてないです」
「ああ、やっぱりそうか。ちゃんと食べなきゃ駄目だよ。……で、それから、睡眠時間は――」
睡眠時間。
これも正直に答えようかと思った。
確かに英治は、このところ、ぐっすりと眠る事が出来なかった。
他のマスターに狙われ勝ちあがれなかったら――、殺人を犯した事が誰かに発覚してしまったら――、などと思っていると、眠ろうにもあまり長くは眠れないわけだ。
そして、どういうわけかどれだけ長い眠りも快眠にはならない。
ここに来る前、時折、英治は地獄の夢を見て起きる事があった。溺死体たちがいくつも並ぶ中――その一つが、自分の大切な人間だったという夢だ。夢というより、ただの現実の追体験である。
だが、ここに来てからは――その夢を見ない朝でも、満足に眠れない。
この症状は悩みの種だったので、素直に吐き出して、原因や療法を探ってもらおうとでも思ったのである。
「それは――」
自分の不眠について打ち明けかけた、その時であった。
「――……」
英治の脳裏に、ふと、ある閃きが――過った。
いや、果たして、それが成功するかはわからない。
しかし、現在の状況で、これから真実を打ち明けて何となるとも思えないし、もしかすればこれは良い作戦になるかもしれない。
聖杯戦争で自らが作り上げてしまった一つの“不利”を埋める為の――ごく簡単なトリックが、彼の頭に降りてきたのである。
◇
3.木の葉を隠すなら?
――昼。
午前と午後との境界が飛び越えられたのを、英治は腕時計で丁度確認した。
学校で倒れたと言っても、大した事ではない――と、英治は迎えに来た母親に言って、後は自宅に帰る準備をするのみだった。学校の方には、どうやら病院側から連絡してくれたらしく、その分の手間は省けている。
救急車で運ばれる程の大事を起こしながら、病院に着いてみれば、「睡眠不足」という結論が出て、英治はここでは只の人騒がせで片づけられた。勿論、病院の人間がそう云ったわけではないが、態度や表情で、何となくそう思っているのがわかった。
-
本当は、実際に倒れるほどに体調は悪かった。それでも、その体調の異変を他者に悟られる事が明らかな“リスク”になりうるのを英治は知っていた。弱みを見せれば、他のマスターは必ず英治の弱みに付け込む。それは避けなければならない。
大した事がなかったで済まされれば、それが一番良いのである。
何にせよ、事実、身体にそこまで大きな異常がなさそうだと言われたのだから、正直に医師に打ち明けても何の糸口にもならないに違いない。
この騒動は、ただ、聖杯戦争での不利を作ってしまっただけである。
英治の体はちっとも良くはならなかった。ただ、校内で苦悶を押し留めて演技する必要がなくなったというだけだ。
「遠野さーん。遠野英治さーん」
英治の名前が、窓口で呼ばれた。
薬剤師なのか看護師なのか、白衣の女性が英治を呼んでいる。
「……えっと、遠野さんのお薬はこちらですね」
「はい」
彼に出された薬は、「ハルシオン」と呼ばれる睡眠薬である。
実際に医療現場で薦められるように、効能自体はそこまで強力でもないが、飲めば大抵二、三時間は眠りに落ちる薬だ。
「……」
つまり、英治は、自分の意識昏倒の原因が、すべて「不眠症」にあると――医師に打ち明けたのである。
受験勉強を毎夜続けた事で、ここ数日全く眠れなくなったと告げて、すぐに医師の診察は終わった。そして、案の定、この薬が英治に処方される事になった。
勿論、不眠症の事は嘘である。確かに眠れない事や、眠りの浅い事はあるが、それはあくまで些末な話だ。今更、その程度の事で肉体が言う事を訊かなくなるとは思えない。
不眠症というのは、この薬を手に入れたいが為だけに作り上げた、嘘の「原因」である。本当の「原因」というのは、英治自身にもまだわかっていない。
「こちらのお薬が一回分です。眠れなかった場合に毎晩服用してください。五日分用意しましたが、服用の際は――」
受付の女性が睡眠薬の説明を続けたのを一応聞いていた。
しかし、何となく知っている通りの事しか言われなかった。多く服用すると危険だとも言われているが、おそらく死ぬ程ではない。死ぬような量を一度に処方する訳がないし、睡眠薬を大量に服用して本当に人が死ぬのかは英治から見ても疑わしい話に思えた。
まあ、人を殺す為に使う訳ではないので、それで良い。
あとはすぐに、これの最も効果的な用い方を考え、明日以降を目安に実行するまでだ。
翌日は学校を休む事を薦められたが、英治はそんなつもりはなかった。明日、学校でコレを使わなければならないからだ。
そして、今のところ、自分自身にこの薬を使うつもりも……全くない。
「ありがとうございます」
「はい、お大事に――」
英治と受付のそれぞれが笑顔を交わした後、英治は小さな袋を持って病院を後にした。
袋の中には、五日分のハルシオンが入っている。彼は、それを学校鞄の中に仕舞う。
母親に合図をして、英治はその日、少し早く家に帰る事になった。
◇
遠野英治が考えている作戦は、ごく単純だった。
必要な道具も、この睡眠薬だけだった。
そして、これを生徒たちに盛る事で、学校で度々、「学校で生徒が突然倒れる」という状況を作るのである。
それだけで英治の疑いは薄まると考えたのだった。
つまり。
-
――仮に、この状況下、不動高校の生徒で授業中に倒れる生徒が「遠野英治だけ」ならば、英治は「特別な一人」になってしまう。何度も言うように、これでは勿論、目立ってしまい、マスターだと特定されやすくなってしまうだろう。
しかし、何人もの生徒が連続して倒れたのならば、そうはならないのである。何故なら、英治は、「何人も倒れた中の一人」に過ぎなくなるからだ。
何人もの不動高校の生徒が連続して倒れ、仕方なくまた保健室に運んだり、救急車を呼んだりする。
明らかにそれは一つの事件に見えるが、その場合、――英治は、ただの“連続的な事件の最初の一人”に埋没する。何人もの生徒が倒れる一連の事件が起きたとして、その全てがマスターであると断定する者はあまりいないだろう。
あくまで、遠野英治という一人の人間を、事件の“切欠”にすればいいのだ。すると、マスターか、あるいは、愉快犯か何かが、何らかの理由で事件を起こした事になり、英治はたまたまその事件に巻き込まれた「ただの被害者」になる。
英治が倒れた件についても合理的な理由が後付けされ、マスターでないとしても全く不自然ではなくなっていく。
これによって、英治は、「授業中に倒れた人間だから」という理由では目立たなくなるはずだ。
有名なミステリー小説の言葉を引用するのなら、
――――“木の葉を隠すなら、森の中”、というやつだった。
というわけだ。
あるいは、これはその応用であり、“患者を隠すなら、被害者の中”という変わった隠蔽方法であった。
……ただ、その場合にも気を遣わねばならない事がある。
完全に無差別だと、それこそ「マスターが、マスターだけを狙った犯行」と思われてしまう可能性が否めないからだ。わざわざ奇妙な犯行を繰り返す人間がマスターと思われる可能性も高い。
勿論、「襲われた人間だからマスター」という発想は考え難いが、それでも万が一、目立った人間を疑い続ける敵がいたとした時の為に、更なる攪乱を用意していた。
生徒たちは、“ある括りの中で、殆ど無差別に襲われている”――と思わせるのである。
たとえば、「生徒会に関係する人間が順番に眠らされる」とか。
あるいは、「それぞれの名前の頭文字を襲われた順に辿るとメッセージになる」とか。
そんな風にして、「連続眠らせ魔」という、謎の事件を作り上げ、英治はその被害者になる事で疑いを晴らしていく。
多くのNPCを介して、英治はその中に埋もれようとしているのである。
幸いにも、不動高校は、「事件」という物には全く事欠かない。
最近でも、演劇部の生徒の自殺、演劇部合宿での連続殺人事件、生徒と教師が加害者として関わっている六角村の殺人事件、創立祭前に起きた『放課後の魔術師』の連続殺人事件、そして生徒が何名か犠牲になった近所での殺人事件など、いくつかの事件が記憶に新しい。
これだけ事件が起きていれば、今更、生徒が連続して倒れる事件が発生しても、そこまで目立つ事はないし、誰かが本気で犯人探しを始める事もないだろう。事件が目立ち過ぎてもいけないのだ。こんな眠らせ魔事件の対応など真面目にする事はないが、生徒の間ではある程度話題になる筈だ。「生徒に知られるが大きな関心は持たれない」という絶妙な塩梅に話題をとどめる事が出来る。
作戦は、ある程度整い始めていた。
◇
4.早すぎる放課後
英治は、母親が運転する車で、無事に家に帰った。
当然のように、午後からの授業は休む事になった。「早退」というやつである。怪しい要素が一つ出てしまったが、明日からそれが何人もの身で起きれば、「早退」は珍しくなくなる筈だ。少なくとも、今の英治は、あと五人ほど早退させられる薬を持っている。
今はただ、考え事をしながら、ベッドで休むだけだった。
身体は相変わらず悲鳴をあげていた。やはり――身体の不調自体は、持続している。
またいつか、今日と同じ目に遭うのも時間の問題かもしれない。
しかし、堪えなければならない。
-
今日は眠るとして、明日だ。いくら行きたくなくても、明日は学校に行って、最低でも二人の生徒を睡眠薬で眠らせるのだ。あるいは、他の手でも、同じように眠ってもらったり、倒れてもらったり、救急車で運ばれてもらったりできれば、それでも良い。
とにかく、何人もを「遠野英治と同じ目に遭わせる」という形で、事件を連続させるのである。
そして、適当な人間にその罪を擦り付け、他のマスターの疑いをそちらに向けさせれば完璧であると言えよう。
……だが、明日からは普通に学校に行けば良いのだろうか。
救急車で運ばれた翌日に普通に学校に来るのはおかしく思われないだろうか――それが英治にはわからなかった。
それでも英治は行かなければならない。
平気なフリをして学校に行き、次の事件を引き起こすのである。その為には、やはり普通に生徒として学校に通い、後はまた次々と「眠らせる」しかない。
◇
【3日目/午後/葛飾区 自宅】
【遠野英治@金田一少年の事件簿】
[状態]魔力消費(極大)それによる体調不良 一応横になってます
[令呪]残り3画
[装備]不動高校の制服
[道具]勉強道具、携帯電話(現在は学校に鞄の中にある)、睡眠薬(ハルシオン5日分)
[所持金]並の高校生よりかは裕福(現在は学校に鞄の中にある)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、螢子を蘇生する。
0:不動高校の生徒を目立つ形で“眠らせる”事件を起こす
1:学校内にいるかもしれないマスターに警戒。
2:SNSで情報を集めて見る手も……
[備考]
•役割は「不動高校の三年生」です。
•通達は把握しておりません。
•体調不良については過労のようなものと思い込んでおります。
•聖杯戦争については大方把握しております。
•刺青の男・バーサーカー(アベル)が生存していることと、新宿区で事件があったのを把握しました。
フードを被ったサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
イニシャルが『S・K』である桐敷沙子に関する情報を得れば、彼女の始末を優先するかもしれません。
•バーサーカー(ジェイソン)に対して不信感を抱き始めました。
【トリック解説/連続睡眠事件?】
遠野英治がこれから行うべき事。
私立不動高校の人間を、ある法則に従って、順番に“突然倒れさせる”事で、遠野英治が校内で倒れた理由を攪乱する。
つまり、「何者かが連続して生徒を襲撃する事件に巻き込まれた」という状況を作り出す事で、「マスターだから魔力消費で倒れた」という考えを他のマスターから消させるのである(ただし、遠野英治自身は魔力消費などについて現状知識はなく、あくまで目立つ立ち位置から逃れる為に事件を起こす)。
この手法は主に睡眠薬を用いる。しかし、機会があればそれ以外の方法も使うかもしれない。
あくまで、「無差別」ではなく、一定の規則に従って襲わせる事で、「襲われた理由」までも作り出す。これは、「マスターの疑いがある人物を、他のマスターが順番に襲っている」という可能性を消させる為でもある。
そして、最後に、適当な人間に罪を擦り付ける事で、疑いをそちらに向けさせれば尚完璧である(ここまで能動的に「犯行」を行う人間はマスターくらいしかありえないので、擦り付けられた人間が疑われる形になる)。
【補足/不動総合病院】
この施設は、ノベルス「金田一少年の事件簿 鬼火島殺人事件」に登場します。
事件が起きる現場ではなく、冒頭に多少出る程度の場所なので特に把握する必要はありません。
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投下終了です。
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前回言いそびれてしまいましたが、感想ありがとうございました。
私もまずは感想を投下します。
>楽団は朝礼で前から順に眠りに落とされた
遠野は遠野なりの立ち回りをしているつもりなのですが、果たして連続睡眠事件をどのように完遂するのか。
それ以上に、このままジェイソンに対し何らかのアクションを起こさなければ
遠野自身も危ういのですが……彼に救いの手は差し伸べられる時は来るのでしょうか。
投下ありがとうございます。
私も予約分を投下します。
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東京都文京区。
警察により一時的にランドセルランドは閉鎖され、
殺戮者が登場したと通報を受けた室内アトラクションに突入した警察隊が目撃したのは――無数の死体ばかり。
刺青男やフードの男もいない。
新手の共犯者の噂もあったが、影も形もなかった。
現場検証が迅速に行われ、目撃者や関係者の事情聴取も簡易なものがされる。
また、犯行現場から逃走するのに必死だったろう目撃者を視野し、
報道機関を通して、目撃情報を集める事を警察内部で検討されていた。
全てが終わったランドセルランドは、異様な静けさに包まれていた。
カメラを持ったテレビ番組スタッフたちや、マスコミが写真を取りに現れるのみ。
一般人は野次馬を作り上げ、何事かと興味を示すが時間帯の為、あまり多くの人々が現れる事は無い。
時刻は丁度お昼すぎ。
昼食を終えた会社員たちが職場に戻る頃合い。
何より、今日は平日であった。
また、世間を騒がす刺青男の犯行と確定されていない以上、注目度が低いらしい。
彼らは自然と――普通に注目するのは、ランドセルランドの入場口であった。
野次馬もマスコミも、そちらに視線を奪われている。
見向きもされないランドセルランドの裏門付近に、フードを被った梟が指を咥え、傍観しているとは夢にも思わず。
未だ眠りについたままのメアリーを背負い、フードが外れた状態のアイザックことザックは
ランドセルランドの事件を把握していない故、何事かと眺めていた。
「なんだありゃ。こんな所で暴れた野郎でもいるのかよ」
しかし、視線が集まるのは面倒な事である。
霊体化を保っていたはずの刺青男・アベルが、前振れなく実体化を遂げれば、乱雑かつ強引ではあったが。
スパッとブレードで裏門の閂を切断した。
だから今度は何するんだよ。
ザックが文句をぶつける前にアベルは、勝手にランドセルランドの裏門から堂々と侵入した。
耳につく効果音を立てながらスーツケースを引きずる梟も、それに続いた。
苛立ちながら周囲を見回したザックだったが、遠くからペラペラとお喋りをする女性二人がやって来るのに気付く。
逃れるようにザックも裏門から侵入すると、アベルの方は真っ直ぐどこかへ進んでいた。
彼には目的地がハッキリしているようだ。
仕方なくザックが続く。アベルにとっては、重要な物があったのだ。
「………」
しばらく園内を歩むが、警察愚か関係者もいない。
それ以上に――悪臭がした。
血肉の生臭さでも、腐敗臭でもない。青臭さが入り混じった、とにかく鼻につく臭いだった。
ザックが目にするのは、腐り果てた植物。
雑草は多少の水分を含んだまま、黒混じった緑の物体に成り果て。
咲き誇っていた花々は茶色に変色し、木々は根元から朽ちて、それらのどれもが悪臭を放っていたのだ。
-
アベルとザックが目にした植物の死骸は、一部のみに広がっている。
ある一定の範囲外からは、植物は生きており。殺害された植物たちが、生き生きとする同士を憎んでいるようだった。
ザックは不愉快な光景に顔をしかめる。
ギリギリと歯ぎしりを立てたアベルは私怨を込めて、ある名前を呟く。
その名を、ザックもどこかで聞いたような気がするが、どうでも良かった。
骸になり果てた植物たちを一瞥し、ザックが問う。
「テメェの殺したい奴ってのは植物が嫌いなのか?
こんな風にする『だけ』の能力とか、他にどういう需要で使うんだよ」
アベルはギロリとザックに視線を送るが。
ザックの方は、面白半分、冗談交じりに聞いておらず、訳の分からない能力に対し、理解に苦しんでいるだけである。
自称・マトモな成人男性の反応を目にしたアベルは、わずかに苛立ちを抑え、答えた。
「勘違いしているようだが、力ではなく呪いだ」
「呪い?」
どっちにしたって訳の分からない呪いだ、ザックは半ば呆れ気味に思う。
悪臭が不愉快なザックは一刻も早く立ち去りたかったが、ふと周囲を見回して「あ」と声を漏らした。
いつの間にか、梟がいない。
彼の所持していたスーツケースの形すらない。
園内へ共に侵入した部分は鮮明に記憶しているが、どこで離れたかも具体的ではなかった。
ザックは「おい!」とアベルが無視しないほどの大声で言う。
「おい、アベル! あいつがいねーぞ!! フードの人喰い! どさくさに紛れて逃げやがった!」
アベルの方は、無視はしていないが不思議そうな顔をしていた。
なんだよ、その顔。ザックは率直に告げようとしたが、そういえばと尋ねた。
「お前の名前、アベルでいいのか? 違うなら呼ばねぇけど」
ザックが刺青のサーヴァントと視線を交える。
アベルは、視線を逸らすように閉鎖された室内アトラクションを目にした。
植物の死骸が産まれる範囲の中心には、この建物があった。
恐らく―――『奴』はここにいた。すでに居ない。気配もない。あるとすれば……あの人喰いの気配だけ。
アベルが逆に問いかけた。
「そういう君も『ザック』というのは本名か?」
「あー……本名じゃねぇな。『アイザック』だからザックだ」
「成程………彼はきっと餌を貪りに行ったのだろう。ここから忌々しい血肉が匂う」
事実を把握し、ザックは舌打つ。
「また喰ってるのかよ、あいつ! 絶対腹壊すだろ。そこら辺で嘔吐されたら堪ったもんじゃねぇ」
「私も指摘はしている」
ブレードを手に、刃の輝きを眺めるアベルが、唐突に尋ねた。
「君は、何故ここで殺さない」
二人きりで、あの人喰いの梟もいないのだ。今がチャンスではないのか。
試すかのような問いかけ。
あるいは――ザックが油断していると疑って、最悪ここで刃を向けようとしているアベル。
ザックは眉をひそめ、意味不明なアベルの質問に返答したのだった。
「お前なぁ、忘れてるんじゃねぇよ。俺はメアリーが起きたら殺すって言っただろうが」
-
あれは、状況の不利を語っていたのではなかったのか。
正確に条件を設けていたのか。しかも、少女がいつ起きるかも分からぬのに、それを基準にしていたのか。
素直が過ぎると一度は評価されたが。
ある意味、バカ正直過ぎる人間でもあったザックは付け加える。
「俺はな、嘘はつかねぇよ。それともあれか。テメェもレイみてえな、殺してくれって頼む気持ち悪い奴か?
勘弁しろよ………サーヴァントじゃなかったら吐いてたぜ」
「君は戦士ではなく快楽者だ。私が問いかけたのは、そういう意味ではない」
「あぁ!? だったら何が聞きてぇんだよ!」
アベルの回りくどさにザックが苛立つ。
「君は想像以上に律儀だが、私は体が鈍る。退屈は嫌いだ」
元よりアベルと全うな会話をしようとも願っていない。会話を楽しみたい訳でもないのは、恐らくアベルも同じだ。
ザックは、それらを理解したうえで聞き返す。
「だったら、テメェの方こそ俺を殺さない理由はなんだ」
「君が『奴』より先に死ぬのが許しがたい」
「どういう理屈だよ」
◆
ランドセルランド周辺の本屋に足を運ぶ少女・神原駿河。
駅構内にあるエキシビジョンには、速報で【東京都文京区 ランドセルランドにて殺傷事件発生】との見出しがある。
刺青男が都心で殺戮を繰り返し続けている為、東京都内が事件に敏感になった。
【また刺青男による犯行か?】などと騒がれている。
聖杯戦争に関わっている駿河には、犯人が刺青男(バーサーカー)ではないことは分かり切っているので。
もどかしい思いが募った。
『確かに、私たちは実際に現場にいた。情報はある程度手に入れたようなものだが………』
『他の連中は違う。少なくとも――様子見をする奴が現れるだろうな』
駿河は納得する。
犯人は犯行現場に再び戻る……なんて聞いた事があるが、似たようなものだろうか。
情報収集能力のない主従が現場に現れる可能性は、確かになくはない。
最悪、刺青のバーサーカーが本当に近辺で現れる事も。
『安藤潤也の住処などは知っているのか』
『住所や電話番号のことだろうか? 残念だが知らないのだ。クラスメイトで顔見知りとはいえ
深く関わり合った訳でもないからな。もし、明日学校で会えるならば聞きだすのは可能だ』
『自分はマスターだと教えるような真似はするな』
『欠席した時点で、不動高校にいるマスターには気付かれたと私は思うのだが』
その点は自覚しているのか、とアヴェンジャーが意外な駿河の一面を知る。
自らを囮に使った。
だが、駿河は加えて言う。
『東京都内には幾つ学校がある事か……同じ不動高校に所属していた安藤先輩たちが
たまたまマスターだったのは幸運だと私は思うのだ。他にマスターがいる可能性は低いのでは?』
駿河も不動高校にマスターが居たとして、それは良くて一人か二人程度と予想していた。
安藤兄弟たちだけで、すでに三人――不動高校にはマスターが所属していた。
芋づる式に、他のマスターが所属しているのは都合が良過ぎる。
-
駿河は、一つだけアヴェンジャーに尋ねた。
『そういえば……サーヴァントを失ったマスターはどうなるのだ?』
通達の方はアヴェンジャーに伝わらないが、基本知識については問題はない。
それでも――神原駿河に令呪の事は伝えない。
唯一譲れないものだった。
令呪が失わなければマスターは死亡することはない……そのようには教えない。
『生き残る。存在する以上、他のサーヴァントと再契約することも可能だ』
『再契約……? そんな事も出来るのか』
店頭に並べられている本。
『室井静信』という聞きなれない作家の最新作がひっそり置かれてある一方。
デカデカと壮大に宣伝されている話題の本が一つ。
タイトルは『王のビレイグ』。本の著者名を目にし、駿河は呟く。
「うーん……聞いた事ない名だ」
話題の本ならばCMで宣伝されたり、電車の広告で目にしたり、タイトルくらいは耳にするはず。
本のタイトルも、著者でさえも聞き覚えがない。
神原駿河の居た『日本』ですらないから、この著者に心当たりないのは当然だろうか。
暇つぶしもとい、読書する一般人に見せようと思いつきで駿河は、偶然手にしたその本を購入する。
また金が減ったなんてアヴェンジャーに文句言われるだろうが。
ランドセルランドの一件で、殺戮者の姿がないと判断されたその後。入場料の返金が行われていたのだ。
つまり、駿河の所持金は大分回復している。
再び余裕のある状態に持ち込めたのだ。
駿河が本屋から出たところで、アヴェンジャーの念話が響く。
『1時間程度監視し、マスターらしき存在を捕捉出来なければ家に戻れ』
『分かったが……それらしい人物が現れた場合は、アヴェンジャーを呼べば良いのだろうか?』
『特徴だけ掴めればいい。―――余計な事はするな』
アヴェンジャーからの返答は消え失せた。
アヴェンジャーは周辺の捜索を開始したのである。
それは聖杯戦争という状況においては当然の行いで、ランドセルランドに付き合ったのだから。
もうこれ以上の私用に巻き込むな。そう念を押された駿河。
少し不満げに唸ってから駿河は、ランドセルランドから大通りを挟んで向かい側になるファーストフード店に
席を取って、昼食を取った。
購入した本ごしに監視を続けたが、結局マスターらしき人物というのは現れなかった。
尤も、これは駿河個人の見解であって。
もしかすれば、マスターを見逃していた場合もありうる。
携帯電話で時間を確かめれば、そろそろ一時間ほど経過しようとしていた。
店から退出し、帰路につこうとした駿河だったが……一か所だけ寄ろうと思い立つ。
ファーストフード店からは望めなかったランドセルランドの裏側。
運送業者など関係者専用の裏口の方である。
すると――裏口もとい裏門の施錠はされていないようだ。
キイ……と、不気味な音を立ててわずかに門が動いたのは、風によるもの。
殺戮事件が発生した現場を厳重閉鎖しない場所など存在しうるのだろうか?
-
駿河が改めて門を観察する。
よくある閂に錠前を加えたもので、そこが不思議なことに切断されてしまっていた。
破壊の痕跡。
恐らく、室内アトラクションで殺戮を繰り広げたバーサーカーの犯行ではない。
後にやってきた警察によって、門に何らかの措置が施されているはずだ。
ならば………
駿河は行動に迷ったが、自然と裏門へ向かい手を伸ばそうとしていた。
言わば、ここは舞台の裏側。夢の世界を支えるスタッフたちの領域と呼べる場所。
足跡のような痕跡は一切なく、駿河も当てずっぽうに彷徨っていたが、不自然に開かれたものがある。
それは――消滅したバーサーカーが虐殺を行った室内アトラクション。
安藤が脱出した際に使用した裏口。アヴェンジャーと安藤が邂逅した位置。
閂の破壊とは異なる手段を用いて破壊された扉だけが、そこにはあった。
「アヴェンジャーは私を心配し、深く関わるなとは言ってくれたが」
ポジティブな駿河は、アヴェンジャーの命令を一種の心使いと解釈しつつ、裏口から侵入をする。
非常口の緑ランプが点灯しているが、その他はうす暗い。
アトラクションも停止し、最低限の電源のみしか起動していないのだろう。
駿河は、携帯電話を懐中電灯代わりにすることにした。
最低限、自分も何か情報を得たい。そんな思いが駿河にはあった。
彼女自身――聖杯戦争を体験していなかったからこそ取れた手段・行動。
お日様も今が一番輝いているであろう時間帯に、薄暗い――しかも殺人事件が発生した場所を探索。
しかも、凝った設定による雰囲気作りをするまでもなく、現実の犯行現場。
明かりで照らされたアトラクション内にあるキャラクターたちが、一層不気味に感じさせる。
裏口から大分遠ざかり、レールを辿って向かう駿河は鼻を押さえる。
悪臭。死体の残り香。
死体は恐らく警察が回収したはず……清掃が手をつけられていないのだろう。
にしたって酷いものだ。
どれほどの惨劇が行われたのか。
「――――!」
駿河は驚愕せざる負えない。
彼女自身、絶叫をしなかったのが不思議なくらいである。
そこには悲惨な光景が広がっていた。マスクのバーサーカーによって産み出された悲劇。
紛れもない地獄が広がっていたのだ。
今もなお。
死体が―――残されている。
遺体の回収は終えていなかったのか!?
駿河は異常な状況に困惑しつつも、我に返った。
まだ、この現場に新手のサーヴァントが侵入しているのは明らかで――
駿河は死体に吐き気を催すどころではなく、周囲の様子を伺うべくライトを照らし回った。
その時。
一瞬、妙なものが見えた気がする。
見間違い? 何か目に入ったような。気のせいでは無い、はず。
もう一度、明かりを頼りに見回せば……妙な文字が浮かび上がった。
それは、彼女のサーヴァント・アヴェンジャーを目にした時と同じで………?
-
駿河も、最初は違うと。脳が判断してしまったのだ。
そんな訳がない。ありえない。やっぱり見間違いかもしれない。
しかし――人とは思えぬほど廃退しきったフードを被った異形を目にした時、バーサーカーというクラスが浮かぶ。
アトラクションの飾りでも、フィギュアの一種でもなく。
サーヴァント……!?
異形は口に指をくわえながら、ギョロリと彼女を睨む。
もう片方の手には、そこらにある死体からもぎ取ったであろう首があり。
発見したのを期に人の形をした人喰いが、駿河に接近をしかけた。
駿河は無論、恐怖した。
よりにもよって、彼女のサーヴァントの次に出くわしたものが、人を止め切った化物であったのだから。
パキ。
「……?」
音を立てたのは、駿河でもバーサーカーでもない。
『死体』から音が聞こえる。
両者が自然と周囲の死体に注目すると、それらが全て赤黒色の粒子となって消滅を始めたのだ。
駿河の足元に並べられた死体も、バーサーカーの手元にある生首も。
床一面を染め上げていた血液ですら粒子となり、色すら残さず消え去った。
残されたのは神原駿河と人喰いのバーサーカーだけ。
茫然としていた駿河だが、ようやく言葉を発する。
「どういう事なのだろうか。アヴェンジャーがここにいる人々が『模造品』と称していた通り
もはや構成されている物は肉体ではなかったのか……? 先ほどの粒子のようなものが
聖杯戦争の主催者によって生み出されたものならば、後でアヴェンジャーに伝えておくべきだな」
駿河は知らないだろうが。
隣にいる人喰いは、人肉を食する化物である為、先ほどの死体は紛れも無く『人間』だったと理解していた。
だからといって彼女に事実を告げはしない。
彼女が口にした『アヴェンジャー』というクラスに反応する人喰い。
「仲間はずれの奴。一人ぼっちで晒された可哀想な子。同情はしないぜ」
廃れ切った人喰いの嘲笑に、駿河は怯まなかった。
「アヴェンジャーはツンデレなのだ。私相手ですら高度なデレを披露するのだぞ。
根が優しい一面。孤立的なイメージが強いのは否めないが、馬鹿にしないで頂きたい」
激情的ではないし、怒鳴りつけるような勢いはないが。
妙な部分で神原駿河は怒りを露わにしていた。
挑発一つどころか、聞いてもいないツンデレに関しても触れる。これが、神原駿河の芸風なのだ。
悪魔のような人喰いは指を咥えたまま、呟く。
そして、駿河は気付いた。
対話しているではないか―――と。
-
「私の名は神原駿河だ」
駿河は、アヴェンジャーから「バーサーカーは理性がない故、話は通じない」と聞かされたものの。
理性が欠如する事が、どれほど会話に支障をもたらすか理解してしなかった。
駿河は話を続ける。
「バーサーカーさんは一人でここに――お食事をしにきたのだろうか」
一応、相手は初対面のサーヴァント。
さん付けをした駿河だが、そもそも丁寧な対応をする相手でもない。
明らかに相手を間違えていた。
羨ましそうな瞳で睨みを利かせる梟は、咥えた指を齧り続けた。
「私は買い物の途中、偶然ここへ侵入してしまったのだ。
ああ。元より侵入しようと計画していた訳ではなく、門の施錠が破壊されていたのを目について
そのまま衝動的に至ったのだ。人間は危険を承知しながらも、好奇心が抑えられないものだ」
これを買ったのだ。そう駿河は、購入した本を取り出す。
試しに例のバーサーカーに掲げて見せた。相手はわざとらしく首を傾げる。
分かりやすく、本のタイトルが見えるよう携帯の明かりを翳す駿河。
片手で駿河が掴んでいた本を梟が奪い取った。
突然の行為に、駿河も反応が遅れたが――梟は、少しばかり離れた位置に置かれたスーツケースの方へ進んでいた。
スーツケースがブランド物の類であろうことは、デザインで察せるもの。
雑に扱い過ぎたせいで、使い古されたかのようにボロボロの状態。
駿河が携帯のライトで梟の手元を照らしてやる。
梟が何だと言わんばかりに睨むが、そのままスーツケースを開けた。
一人の少女が入っていた。
スーツケースこそ小さな匣で。そこに収められた少女は人形のよう。
梟が本を少女と共に入れ、匣の蓋をする。
「あ、あの。バーサーカーさん。さっきの子―――」
普通に考えれば聖杯戦争のマスター。
即ち、梟のマスターだと推測することは可能だが、神原駿河は違う。
「無茶苦茶かわいかったな!」
彼女の本音である。
「抱きしめたい! いや、抱かれたい!!」
これも本音だった。
嘘偽りない本心であって、聖杯戦争が始まって以来、最高の笑顔を浮かべているほど真実である。
小さな女の子がかわいいだけで幸せだし、年下の女の子であれば10秒以内で口説くと豪語できる神原駿河。
梟は不気味な沈黙を保っていたが、口を動かす。
-
「スナコちゃん」
「スナコちゃんか! 私が人生で出会った美少女の中でも上位に食い込むかわいさだったぞ。
服もかわいかったな。あと髪も! 髪も女の子が手入れするべき部分だ、エロ同人誌でも役立つ箇所だ!!」
エロ同人要素も、エロ要素も皆無だった状況に、わざわざエロをぶっこんで来るほど。
不気味な状況と、不気味なサーヴァントを相手にしておきながら。
かわいらしい少女が登場しただけで、神原駿河は笑顔を浮かべていた。
「幸せそうな顔してんじゃねぇよ」
血の底から響く声色で言ったのは、闇から現れた殺人鬼の方だった。
猟奇殺人鬼とはいえ、狂気を象徴するバーサーカーではなくアサシンとして召喚されたのは。
闇夜に紛れる存在であったからか、あるいは『彼』を召喚したマスターの影響か。
何であれ、駿河が幸運だったのは。
包帯まみれのアサシンがマスターである少女を背負った状態だった点。
鎌を握れる状態であれは、真っ先に駿河を切り刻んでいただろう。
咄嗟だが、駿河は運動神経が良い部類に属する。
真後ろまで詰められていた距離を、彼女なりに離した。
反射神経を見届けたアサシンの方は不敵に笑いながら称賛する。
「すばしっこいな、お前。マスターか? サーヴァントはいねぇのかよ」
駿河が戸惑っていると、梟の方がケタケタと笑う。
「ザックきゅんだ」
「ザックきゅんさん?」
過剰解釈した仇名にアサシンの方は苛立った。
「ザックだ! こいつの話、間に受けるんじゃねーよ!!」
「成人男性で『ザックきゅん』というかわいらしさが似合うのは素晴らしい事だ!!」
「テメーぶっ殺されてぇのか!!」
やはり、神原駿河はアサシン――ザックが背負う少女に視線を奪われる。
(もちろん、神原駿河がかわいい女の子に目がない故に)
外見なら梟と同じく、ホラーアトラクションに登場しそうなキャラクターだ。
駿河もマスターとして、ザックのクラスやステータスを把握しているが。
サーヴァントが一騎ならともかく、二騎いるのは絶望的だ。
「ヘラヘラ調子乗りやがって。どういう状況か分かってんのか?」
-
駿河は状況を確認する。
バーサーカーとアサシン。アヴェンジャーから教えられた通りにステータスを読めば。
圧倒的にバーサーカー(梟)の方が強敵であった。
今のところ、敵意はないように感じられる。感じられて、そう演技しているかもしれない、本性は分からない。
アサシン・ザックの方は、梟同様に危険性しか感じられないが。
やけにキレのある突っ込みや、会話からして。梟よりもまだ話が通じるように思えた。
ザックは殺気をそのままに言う。
「三秒数えてやるから、逃げて見ろよ。殺してやる」
「死ぬのは怖いから勘弁して欲しい」
今更、何抜かしてるんだこいつ。ザックは心底呆れていた。
ある意味、包み隠さず正直に答えているだろう駿河には、怖いと口にする割には
恐怖の色が顔に全く浮かばないのが、全く以てザックには理解できない。
「お前の場合、殺して下さいって堂々としてるじゃねえか。なあ?」
「いやいや、これでもかなり恐怖しているのだぞ。バーサーカーさんが登場した時点で、
恐怖のあまり、女の子のかわいさに癒されていたのだ」
怖くない――そんな風に嘘を言った女や、ザックに『殺されたがった』少女。
彼らとは違い。
正直に、神原駿河は恐怖を抱いていると宣言している。
死への恐怖を覚えているのは、むしろ普通だが。
死への恐怖を全面に出さずポジティブ姿勢を崩さないのは、死んだ目の少女よりも異常だ。
そして。
駿河も逆転の一手を用意していない訳ではなかった。
「私はザックさんたちの役に立ちたい。例えば、私が代わりにその女の子を背負ってやれるのだ」
駿河の提案は魅力的だ。
マスターであるメアリーを庇う必要がなくなるし、自分は思い切り鎌を手に殺戮を行える。
「つまり、ザックさんの専属奴隷だ!」
「いらねぇ」
「何故!」
「今の一言で完全にテメェの信用切ったんだよ!」
ぐぬぬと駿河は唸って、一歩も退かない。
「今なら三食と宿つきだぞ! 私の部屋は少しばかり汚れているが、ないより良いはずだ」
「だから、いらねーよ!」
「ザックさんには不必要かもしれないが、スナコちゃんやその子には必要ではないだろうか」
彼女の指摘に、ザックは一つだけ重要な事実を思い出す。
忘れていた訳ではないのだが、問題にはなりかねない。
基本的に聖杯戦争のマスターは何らかの役割が与えられている。どのマスターも平等に。
だが、ザックのマスター・メアリーは異なる。
彼女は役割どころか、住むべき場所も、さらに言えば記憶も曖昧と来たものだ。
つまり――家も金も、食事も取れない。
サーヴァントには食事は不要だが、マスターは違う。
「あー……」とザックは悩む中。梟は、真剣に話を持ちかけている駿河に問いかけた。
-
「スナコちゃんは『伺って』もよろしいでしょうか」
「全然問題ない! むしろ毎日伺って欲しいくらいだ!!」
威勢のよい駿河の返事を聞いて、梟は不気味な笑みを浮かべているのを誰も気づかない。
大体……ザックは周囲を見回す。
恐らく、霊体化したままのアベルがいるはず。彼の反応が皆無であった。
ザックが話す前に、梟が首をわざとらしく傾げながら尋ねる。
「アベルくんは」
「あー、あいつの探してる奴がここに来たとか言ってたぜ。
にしたって植物腐らせるとか意味わかんねぇ呪い持ってる奴だけど」
アベル……?
駿河の知識の中にある『アベル』という名。
梟とザックの間でわずかに行われた短い会話の情報だけで、不思議と駿河には分かってしまった。
理解してしまった。
恐らく『アベル』はサーヴァントに違いない。
そして、彼の探す者にも心当たりがある。もし、神原駿河の知識が正しければ。
「ちゃんスル」
梟の唐突な呼びかけに、ザックの脅迫よりも酷く動揺した駿河。
「お前はゴミ(役立たず)か? お宝(有能)か?」
悪魔のように笑みを浮かべるが、瞳は決して愉快ではない梟。
今の今まで。一体どうして神原駿河に攻撃をしかけなかったのか。
『そういう気分』ではなかった。
バーサーカーには、十分言い訳になってしまえる。
だが、梟は違った。少なくとも――神原駿河を生かす理由が『ここ』にあったのだと、彼女自身が理解した。
◆
「……私は、ここで何が起こったのか。大雑把ではあるが知っているのだ」
神原駿河が重々しく告白する。
彼女の告白に、ザックもしばし呆然としてしまった。
梟の方は不敵に笑いを零しながら「有能」とハッキリ呟く。
ザックは乗り気味に駿河を問いただす。
「本当に知ってるんだろうな?」
「勿論だ。ここで起きた事件の情報と、三食つきの宿とで命を見逃して欲しいのだが……今度はどうだろうか?」
冗談抜き、ネタ抜きに真剣な取引を持ちかける駿河。
梟は無言であったが、ザックの方は再び周囲を見回す。
これほどの重要な話をしているのに、肝心のアベルの姿がまったく現れない。
駿河の話相手などしたくもないと反感の意思を表しているとしても、ザックは苛立った。
それとも。
ザックがyesと返事するのを期待しているとでも?
バカか! ザックは毒吐いてから、駿河に告げる。
「あぁ、いいぜ。今回だけだからな! 聞こえてるんだろうな、アベル! テメェに言ってるんだぞ!!」
「ザックさんも結構なツンデレだ! もしや聖杯戦争はツンデレ度を競う競技ではないのか?」
「ツンドラとか余計な事は喋るんじゃねぇよ」
「永久凍土ではないのだ。それで、ここで起きた事なのだが……」
-
説明しようと構えたところで駿河は躊躇した。
わずかな情報の組み合わせ。
パズルのピースが、神原駿河の手元には揃ってしまったのである。
植物の腐敗を有する、そして『アベル』が血眼になって探す存在など一つしかありえないのだ。
そして――ここにいたサーヴァント。
安藤が『刺青のバーサーカー』に対し、有力な手を所持しているのと話。
「ここで暴れたのは『バーサーカー』だ。ここにいるバーサーカーさんではなく、
都内で殺戮を行っているバーサーカーとアヴェンジャーも推測する刺青男でもない。
全く無関係な『バーサーカー』だ。同じクラスが複数いては、説明が非常にややこしいな」
恐る恐る語る駿河に対して、ザックが無神経に助け舟を出した。
「あー、刺青野郎は『アベル』だ」
「やはりアベルさんだったのか」
「分かってたのかよ」
「確証がなければ分からないのも同じだ。うむ、刺青男がアベルさん……」
ぶっちゃけると解答が出てしまった。
安藤のサーヴァントが恐らく――――――『カイン』だ。
アベルとカイン。
人類最初の被害者と加害者。
人類最初の殺人。
よりにもよってだ。
よりにもよって、神原駿河が全てを理解してしまったのである。
解答は出された。しかしこれからどうするべきか。
安藤は、駿河のいた世界にはいない。
そういう意味では全く無関係な人間だった。初対面で、赤の他人に近い。
所謂『赤の他人以上知り合い未満』な関係。
だからといって――安藤を差し出すべきなのか?
(いや……知っているのは、私。だけだ)
生きた心地がしない。
駿河は確かに一筋の汗が伝うのを感じた。
恐らく、ザックや梟の様子から――あの『アベル』(刺青男)は霊体化をし、ここに………居る。
最悪。
情報を吐きだしきってしまったなら、次の瞬間には死に絶えてるのではないのか。
ザックや梟との対峙なんかよりも、恐怖を覚えていた。
何故ならば。
ザックや梟よりも。
アレは対話のしようがない存在なのだから。
「姿形は不明だが、もう一人のバーサーカーがここで暴走をし、二人のサーヴァントによって倒されたのだ」
「マスターはわからねぇのか」
「いや、心当たりはある」
「あるのかよ」
ザックの突っ込みに対し、駿河は言う。
「しかし、そのマスターたちがどこに住んでいるか。もしくは私が二人の連絡先を知っているのでもない。
接触する手段は、まぁ――あると言えばあるのだ。どうしても接触したいのならば、私が一手打つのだが」
-
どうするべきだろうか?
駿河は尋ねる。冷や汗が背に流れる感覚は止まることを知らない。
どうするか、などと問われて答えられるほどザックも頭が良くはない。
彼自身、馬鹿であることは承知しているし、判断を任せられる人格者でもない。
梟の方も指を咥えたまま、駿河の方を眺めているばかり。
最善の道筋を辿ったつもりの駿河に、悪寒が走る。
本能というのは働くらしい。
駿河は――理解していながらも、一歩も動く事が叶わなかった。
拘束された訳でも、攻撃された訳でもない。術の類なんて以ての他。
あの殺戮者には―――暴力しかない。
彼女の背後から、ゆっくりと顔を覗かせた殺戮者と神原駿河の視線が、偶然にも合った。
先ほどまでの威勢が消えうせた神原駿河は、死を悟った。
彼の手元にはまだ凶器は握られていないが、たかが人間一人。素手で十分だろう。
「それで?」
鋭く尖った歯を見え隠れさせながら、灰色の瞳をした男が狂人たちの代わりに答えた。
「他に、君が話す事は」
もう気付いている!?
違う! 違う違う! ハッタリだ、引っかけようとしている。相手を脅迫しているだけ。
何もないと答えればいいのだ。
だけど、それは『嘘』だ。
正直に―――話したところで、助かる保証も、無い。
刹那。
駆けだしたのは――梟。
状況を飲み込めない駿河は、頭の中が真っ白に染まっている。
梟は、固まったままの駿河や彼女の背後にいる殺戮者を飛び越え、その先にいる相手に攻撃したのだった。
梟の飛び蹴りを受けたのは、かつて『ここ』で死に絶えたマスクのバーサーカーであった。
!?
マスクのバーサーカーは強靭な筋力で、梟の一撃を受け止めきっていた。
梟は狂喜の帯びた声で叫ぶ。
「マジかッ!!! 止めやがったッ!!!」
楽しんでいる梟に対し、マスクのバーサーカーが右腕を大きく振り下ろす。
直撃した梟の左肩から骨や筋肉がへし折れた――それに近い生々しい音が響く。
体が裂ける事態には至らなかったが、亡者のうめきような声色で語りながら、赫子を生やす梟。
「オオオイ、オイオイ。何かしたか? 全ッ然響かねぇのよ」
-
ブレード状に展開した赫子でマスクのバーサーカーの右腕を切断させる。
相手の方はうめき声すら上げないが、梟は構わずその巨体を投げ飛ばす。
一部始終を傍観していた駿河と刺青男。
唯一、ザックだけが「おい! 人喰い!!」と叫んだ。
アトクラションのライドに直撃したマスクのバーサーカーを、羽赫による弾幕で追撃する梟。
騒音は果たして外まで響き渡っているか。
大声を張り上げるザックに睨むかのように振り返った梟の片目が、変色していた。
その瞳を目にすれば、奇妙な事に駿河は正気に戻った。
相も変わらず、刺青の殺戮者がそこにはいるが。体が自由に動けるような気がする。
駿河が目についたのは『スナコ』が入ったままのスーツケース。
短距離走のスタートダッシュの如く、勢いよく飛び出した駿河はスーツケースまで駆け、取っ手を握りしめた。
『中身』が入っているとはいえ、されど少女1人分の重さ。実際、動かそうとすれば手間が少しかかってしまった。
ザックは言う。
「こいつ、一体どこから湧いてきやがった! 俺達を追いかけてきやがったのか!?」
梟は一時攻撃を止め、アベルは酷く冷静に一連の状況を傍観し続けるばかり。
駿河が室内にあるわずかな明かりを頼りに、マスクのバーサーカーを視認する。
ステータスが浮かびあがった。
「?」
駿河は生じた疑問を誰かに尋ねたいのだが、この場合は一体誰に頼ればいいのか。判断がつかない。
起きあがろうとするバーサーカー。
梟の羽赫が蠢く。
ザックも鎌を構えたいところだが、これほどの騒ぎの中、未だ眠りにつくマスターのせいで難しい。
アベルはブレードを手元に出現させた所。
意を決して、神原駿河が叫んだ。
「あ、あの! あの―――アベルさん!!」
「なんだ!」
吠えるような返事をするアベルは、憤慨を喫しているのだろう。
酷く不愉快な表情を浮かべていた。
対して駿河も叫んで対抗する。
「あのバーサーカーのステータスに『EX』というのが見えるのだが、一体どういう意味なのだ!」
駿河が問うステータスの意味を理解していたサーヴァントたちは、一旦沈黙する。
アベルは声量を抑えて「何が」と返事をした。
「た、耐久だ。あと、私の考えなのだが―――」
「必要以上に喋るな」
-
バーサーカーに対し、再び梟が弾幕をぶつける。
これでは一種の嬲り殺しと変わらないが、脳が弾幕によって抉られてもバーサーカーは消滅しないようだ。
まだ生きている。
殺しても蘇る。
消滅させても現界を果たす。
幾度でも、何度でも。
それがバーサーカー・ジェイソンの逸話。恐怖によって誕生した宝具『13日の金曜日』。
概要を知らずとも耐久の『EX』という文字だけで、誰であっても可能性を得るには十分。
しかし、ザックは言う。
「マスターを殺せばどうにでもなるだろ」
マスターの殺害。
否応なしにサーヴァントの消滅を免れない事態(単独行動スキルを持つサーヴァントは例外だが)
ザックも梟も、そのマスターの枷がある故に、行動を制限されているようなものだ。
マスターの枷は他のサーヴァントにも課せられていた。
聖杯戦争においてマスターを殺す必要は無い。サーヴァントのみを殺せば問題ない。
最低でもサーヴァントを全滅させれば、聖杯は出現するのだ。
だが――あのバーサーカーを止める術は、マスターの殺害しかない。
マスターの方が、聖杯戦争に乗っているのならば絶対に………
アベルは冷めた口調で応えた。
「私は戦士で、人喰いの『彼』も戦士だ。そして、アイザックは快楽者。
必要なのは知性と力ではない。私達で打ち滅ぼすのは不可能だ」
殺戮者のアベルはそうキッパリ断言する。
彼が最も恐るべきは、決して狂人ではないこと。
人類にとっては彼の思考回路を読みとるのが困難なだけであって、思考回路が狂っている訳ではない。
強靭な肉体と戦闘技術と不死性。それに加えて知能が優れている。
駿河が絶句する中、アベルが梟に退くように無言で促す。
変色した瞳で梟が睨みつけながら、わざと舌打ちを立てた。
ザックもあまり気乗りではない様子で。
駿河は彼らに追いつこうと必死に、スーツケースを引きずりながら追う。
彼らが向かっているのは裏口とは正反対の――入場口。
そこはシャッターが締まっていたが、彼らにはお構いなしだろう。
何事もなく、逃げられればの話だが。
-
情景が変化した。
間違いなく駿河達のいた場所は、ランドセルランドの室内アトラクションだった。明かりもわずかな薄暗い空間。
しかし、どうだろう。
いつの間にか、周囲には霧が立ち込め、さらには植物が生えていた。
先ほどの腐り死んだ植物たちの姿は無く、まるで別世界。駿河は変化に戸惑っている。
「バーサーカーの癖して結界持ってるのかよ!」
ザックが文句を述べるように、所謂―――固有結界。
バーサーカーもアベルたちを取り逃がそうとはしない。
幾度も死ね、幾度も生き返るから逃亡の手段を取られるくらいはマスクのバーサーカーにも読める。
生贄を取り逃さない為の、封じ込める為の奥の手はあった。
バーサーカーがかつて溺死を経験した因縁の地・クリスタル湖。
それを再現した固有結界。
霧のせいで視界は悪い。この霧に紛れ、バーサーカーは凶行に及ぼうと構えているのだろう。
駿河は言い知れぬ不安を抱き、スーツケースの取っ手を握りしめた。
身動き取れぬ状況で、ザックが駿河に聞いた。
「おい! さっきの話は冗談じゃねぇだろうな!」
「う、うん?」
「メアリーを俺の代わりに背負うって話だ!」
「無論だ!」
「一瞬だけ、テメェの変態根性を頼りにしてやる」
ザックがメアリーを駿河に渡すと。鎌を手元に出現させる。
アベルもタイミングを掴むつもりか、ブレードを構えていた。
スーツケースの守りがなくなったのを見、梟が代わりに取っ手を掴む。
暗転。
霧も植物も、何も無くなる。ただの闇が広がっていた。
周囲が霧の代わりに闇に包まれたのは、ザックが鎌を手にした瞬間から。
ザックは溜めに溜まった苛立ちを解放するが如く、鎌を振り上げた。
彼が破壊を開始したのは『結界』そのものだった。
魔力のついた鎌の刃の効果は、至ってシンプルである。
普段斬れないものが斬れるようになる。ただ、それだけ。本当にそれだけだった。
そして『結界』も普段――否、普通は斬れない物に含まれる。だから斬れる。
斬ろうとすれば、斬れるようになってしまう。
-
こんな単純な能力だったが、固有結界を攻撃するには最適すぎる武器。
「ヒャハハハハ! ざまぁみろ! あのノロマ!! 壊しちまえば意味ねぇんだよ!!」
ザックによる結界の破壊により、もはや周囲の部分は穴だらけであった。
本来の景色(室内アトラクション内部)が見え隠れし始め、駿河達がその気になれば抜け出せる。
結界の主のバーサーカーも、黙ってはいない。
霧によって効果を発揮する『気配遮断』。皮肉にも、周囲はザックの作り出した闇のせいで霧はないが。
最低限、駿河たちに接近する事は叶う。
戦闘体勢を、殺気を発する瞬間まで、マスクのバーサーカーを捉えるのは困難。
だが、その瞬間を以て。
アベルがブレードでマスクのバーサーカーを両断する。
ワンテンポ遅れて梟の弾幕が巨体に直撃する。
駿河とザックが、攻撃を受けたマスクのバーサーカーを確認した矢先、アベルは言う。
「君、それは少し殺し過ぎだ」
「勝手に殺してるのは、アベルくんだろ」
ザックによる闇が消えうせたが、結界による霧は未だ立ち込め、フラフラとした足取りでバーサーカーは姿を眩ます。
梟が「生きてる生きてる」と嘲笑した。
騒音じみたものを立てながら梟はスーツケースを引きずり、結界の穴を目指す。
そうこうしている内に、結界は修復されていく。やはり、あのバーサーカーは息があった。
アベルに至っては魔力を温存する方針のよう。
霊体化を遂げながら告げた。
「アイザック。『まだ』その女は殺さない方がいい。話が途中だ」
鎌を携えた殺人鬼は「ザックでいい」とイライラした口調で返事をする。
駿河とザックも結界から脱出し、室内アトラクションの建物に戻れば。
梟がシャッターを破壊し、乱雑にスーツケースを引きずり駆けていた。
瞬く間に起きた恐怖から現実逃避したかった駿河は、途方に暮れていたが。
自分が背負っているかわいい女の子よりも、変色した瞳が戻った梟に声をかけていた。
「バーサーカーさん、怪我は大丈夫なのか?」
我ながら何を心配しているのだろう。
駿河は思う。恐怖のあまり、気が動転しているからだと彼女は解釈していた。
梟の方も、何を聞かれたのか理解していないように首を傾げていた。
表はマスクのバーサーカーと交戦した際の騒音によって、周囲も様子見しに来たらしい野次馬の声が聞こえる。
あの裏門から脱出した方がいいかもしれない。
誰もがここからの逃走と、マスクのバーサーカーの追跡を警戒する中。
梟が呟く。
「ちゃんスル。お喋り好きで、お調子モンだな。ちゃんと人の話聞いてるか?」
◆
-
何………ここ、真っ暗?
メアリーが意識を覚醒させた時、そこは闇の中であった。
彼女は――酷く『闇』を恐れていた。記憶にはないが……彼女自身にトラウマが刻まれているのかもしれない。
記憶のないメアリーにとっては、正体不明の恐怖。
自覚なしに味わう恐怖は、酷く嫌なものだ。
ただ、一つ。
そこにはメアリー以外に、もう一人少女が存在していた。
金髪で青眼の少女。
特徴はメアリーと酷似しているが、彼女の目は濁り切った深い蒼だった。
初対面のメアリーですら不快感を催すほどの、どこか闇を抱えた少女だと察せられる。
おずおずと死んだ瞳をした少女に尋ねるメアリー。
「誰……?」
「私? レイ。……レイチェル・ガードナー」
「レイチェル……わたしはメアリー」
そうだ。メアリーは思い出す。
レイチェルという少女には見覚えがあった。覚えと称して良いか定かではないが……
メアリーが見たアサシンの――『アイザック・フォスター』の夢にレイチェルは登場していた。
ならば、これはまだ夢の続きなのだろうか? どっちでも良い気がする。
メアリーにとっては些細な問題だった。彼女には、それ以上の問題がある。
誰かの代わりに、レイチェルが口を開いた。
「これからどうするの」
「分からない……分からないよ」
自分の名前は思い出せても、過去の記憶はサッパリなかった。
聖杯戦争というのも理解出来ていない。
どうすればいいのか分からない。何も――分からない。
彷徨う少女は、第三者から見れば悲劇のヒロインに相応しいのではないか。
「何を言っているの……?」
悲惨なメアリーに対し、レイチェルは無表情に言い放つ。
-
「自分がしたこと……覚えているはず。何故、知らないフリをしているの?」
「知らない! 本当に何も覚えてないの!! 覚えていたら、こんな苦しくないもん!」
本当に分からないというのに。一体何様のつもりなんだろうかと、メアリーはレイチェルを睨む。
しかし、レイチェルは表情の筋肉一つ動かさなかった。
「イヴとギャリーのことは覚えている?」
「イヴ? ………ギャリー」
嗚呼、誰かの名を呟いていたはず。そんな名前だった気がした。記憶には無い。
メアリーは答えた。
「知らない………」
「ええ。『知らない』と言って二人を見捨てた」
「見捨てた……? 違うよ、それは違う」
「知らない癖に、どうして違うなんて言えるの?」
確かに。メアリーは不思議な感覚に溺れる。
分からない……でも見捨てたつもりはないはず。ない、のだ。違う。やっぱり違う。
イヴもギャリーも、記憶には無いが。彼らを見捨てるような事はしていない――はず………
「知らなかったから。それで許されると思う?」
「なんのこと……」
「許されたいから。知らないフリをしている」
許されたい? 誰に? イヴと、ギャリーに?
見捨てたから………違う。でも、だったら。どういう………
「自分勝手に行動して、独りになって……誰からも見放されて。怖くなって、寂しくなって
だから、また自分勝手に許されようと、知らないフリをすれば。誰が助けてくれるの?」
「やめて」
「二人をあのままにすれば、どうなるかくらい。―――知ってたはず」
「やめてよ!」
だって!!
一緒に出ようって約束を破ったのはイヴの方!
勝手に壊れちゃったのはギャリーの方!
わたしは、一緒に出ようって言ったのに!!
イヴは無視するし、ギャリーは大人だから後から来てくれると思って。
だから――だからちょっとくらい先に出たって平気……大丈夫……あんな。
あんな事になるなら。
分かってたら………見捨てたり、しなかったよ………
-
「そう」
メアリーの懺悔に対しても、レイチェルは酷く無表情であった。
闇に取り残された少女は嘆く。
「会いたいよ……イヴ……ギャリー…………」
外の世界は明るくも楽しくも、人が沢山いた訳ではなかった。
薄暗く苦しく、人が沢山死んでいた。
こんな酷い世界なんて、見たくなかった。早く帰りたい。二人に会いたい―――
このまま帰って、本当にイヴとギャリーは生きている?
大丈夫、きっと心が壊れたまま。何とか生きているはず。多分、大丈夫だから。
死んでなんかいない。あそこにだって帰れる。
外の世界に出られたように、絵の世界へ帰れるはずだ。絶対に。
帰れたら。帰れるならば。闇に取り残されたのは、何故なのだろうか。
『あそこ』にいた皆が「バイバイ」と別れを伝えたのは………
「う………ああ………ああぁぁ……わたし、もう帰れないんだ……帰れない………
誰も助けてくれない。ずっと、あそこにいて。真っ暗な場所で……ずっと、一人ぼっちで……」
一体どれほどの時間。闇の中に取り残されてきたのだろう。
「わたし……どうすればいいの、分からないよ。誰か……誰かぁぁ………」
呻くメアリーに、レイチェルが言う。
「…………死なないと」
「………え?」
「殺されないと」
だって、それほどの事をしてきたはずだ。
レイチェルの濁り切った蒼の瞳が、メアリーに訴える。
やっぱり――これもまた夢の続きなのだとメアリーは確信した。そうであって欲しいと、メアリーは願った。
「神様が、自殺はいけないと言ってた」
故に、このイカれた少女は。
「ザックなら殺してくれる」
殺人鬼相手に狂った誓いを立てたのだ。
◆
-
東京都台東区。
本来ならば、アヴェンジャーも分身などを残し、監視させる手もあったのだが。
それを取らなかったのは、分身の術はチャクラ(魔力)を削ぐ必要があり、何よりアヴェンジャー自身の
能力が半分以下に制限されてしまっている点があった。
安藤に対し告げた能力の事実は、冗談ではないのだ。
何より、マスターである駿河が魔力の素質があるか否かと問われれば――否。
戦闘となった場合、魔力が尽きるかどうかの鬩ぎ合いを求められるのは必須。
刺青のバーサーカーを相手にするならば、尚更。
一先ず。
アヴェンジャーが持つ『瞳』。幻術眼を用いれば、自身の手を汚す必要なく情報入手が可能だった。
この程度の術に対する魔力消費は微弱なもので済ませられる。
NPC相手でなくとも――マスターにも有効だ。
駿河や安藤がアヴェンジャーの幻術にかけられなかったのは、幸運だっただろう。
彼が情報を得ようと赴いた場所は、不動高校や警視庁などといった明らかに情報が集中するものではない。
所謂、ゴシップ記事などを取り扱う雑誌社。
適当にそこに出入りするNPC相手に幻術をかけ、情報を得た。
何故あえて陰険な存在を頼ったかと問われれば、表向き以外の情報を入手する為だった。
刺青のバーサーカーに関する出来事はニュースに目を通せば幾らでもある。
もはや腹一杯なほど。肝心なのは他の主従の情報だ。
アヴェンジャーが入手した情報は以下の通り。
刑務所内で受刑者及び、看守の謎の死。
多発する行方不明者。
世田谷区で謎の暴動――死者多数。
美術館内で芸術品の器物破損。
不動高校のスキャンダル………
元よりこの不動高校は、過去に殺人事件が校内で発生し、生徒・教師などが殺人事件を起こし。
数十名の殺人事件被害者・自殺者も出していたのだ。
何らかの厄災が纏わりついた場所なのだろうか……『場所』にサーヴァントが関係しているかは定かではないが。
つい最近も、不動高校で行方不明者が出たと言う。
行方不明者――不動高校だけではなく、都内だけでも異常なほどの行方不明者がいた。
虱潰しをする必要がある。
だが、一人。アヴェンジャーが通達を耳にしていれば『先導エミ』の存在に注目した事だろう。
行方不明者とひとくくりに称しても、理由は幾らでも想像出来る。
アヴェンジャーも、こちらは後回しにする事にした。
-
刑務所内の不審死。
魂食いの可能性が高い――が、皆殺しではない点は腑に落ちない。
相手を選出したかのような。そんな有様。あるいは、特定の人間にしか危害が与えられない縛りか……
世田谷区の暴動。
聖杯戦争と無縁な人間が『殺し合った』と言うのだから不自然だ。
差し詰め、人間を洗脳する類の術を持つサーヴァントが、実験的なものを行った。
だとすれば――このサーヴァントは聖杯を獲ようと、敵対的だと察せられる。
ある美術館にて開催されていた『ゲルテナ展』にて、美術品が……
正直、こんなものが関係あるのか。アヴェンジャーはその情報には関心を示さなかった。
『アヴェンジャー。取り込み中かもしれないが、聞いて欲しい』
マスターである駿河の念話に、アヴェンジャーはまたどうでもいい話を聞かされるのだろうと無視する姿勢だった。
『刺青のバーサーカーさんに捕まってしまった』
『……………』
『正しくはアベルさんに捕まってしまったのだが、エロ同人誌のようなギチギチな拘束をされている訳ではない』
『……………』
『……アヴェンジャー? 返答がないな……念話の仕方を間違えてしまったのだろうか。感覚は掴んだつもりだったが』
『どうやらお前には自殺願望があるようだな。俺に殺されるか、刺青のバーサーカーに殺されるか選択肢をやろう』
『あぁ、良かった! 二度とアヴェンジャーの声を聞けず、死んでしまうのは未練がましい想いが募る』
『さっさと答えろ』
『実際に選べと迫られたら情けない事に即答できないものだな』
『真面目に答えろ、何故まだ生きている?』
『……恐らくアベルさんは、安藤先輩のサーヴァントを探しているからだ』
割と酷い質問に対する駿河の返事を聞いたアヴェンジャーにも、わずかな時間をかければ察する。
かの有名な『アベル』が刺青のバーサーカーならば。
ある程度の状況を把握出来る。
神原駿河を生かす以上、情報収集能力を持ち合わせてはおらず。
マスターとも意思疎通すらしていないのだろう。
-
駿河が慌てて付け加える。
『あぁ、そうだ。一緒にいるもう一人のバーサーカーさんは、人を食べる種族……いや、ちゃんと対話は出来る人だ。
アサシンの「アイザック」のザックさんは包帯まみれでオッドアイの……多分、殺人鬼とかそういう方だろう』
『お前は悪運が酷いだけか、時折役立つような真似をするか。どちらかにしろ。中途半端な活躍をするな』
急にサーヴァント二騎の情報が湧き出たのではない。
彼らもまた、駿河を包囲する敵となる存在。味方とは呼べない存在。
取るべき行動は制限された。
だが――安藤をどのように利用するか、刺青のバーサーカーをどのように利用するか。
『神原駿河。お前の悪運がどれほど続くか次第だが……連中の殺されないよう立ち回れ』
『無論、善処する。アベルさんに関しては安藤先輩に関する情報を話さなければ良いだけで済むと願いたい。
ザックさんもまだ対話の余地がある。バーサーカーさんも良い人だろうから大丈夫だ』
『人喰いが善人とよく言えたものだな』
『すまない、噛んでしまった。バーサーカーさんは「良い人だった」と思う』
そんな気がする。
彼女が人喰いに対し、どのような交流があったかは定かではないが。
さも自信有り気に語る駿河との念話を、アヴェンジャーは切ってしまった。
駿河が人質にされたのは最悪だが。
どうにかあの刺青のバーサーカーと交渉が叶う、という奇跡的な状況を使わない手はない。
勝手に暴走する連中は邪魔になれば消し、そうでなければ放っておく。
アヴェンジャーの方針は、聖杯戦争を潰す。主催者も打ち滅ぼす。
――聖杯戦争などはしない。
■
東京都北区。
文京区からここまで少女1人をおぶって、走り抜けた駿河は一息つきたかった。
自宅のある板橋区まで、足で向かうならば時間を要するが。
それでも行けなくはない。
元より、梟とザックを引き連れ交通機関の類を使用するのは困難だからだ。
正直な話。
神原駿河は、ニュースで梟とスナコ(桐敷沙子)が話題になっている事を把握していないが。
包帯まみれのザックを加えれば、いかにも怪しい集団であった。
平日の――まだ人目がつかない時間帯の内に、せめて駿河のマンションには到着しなくては。
目撃者は現れてしまう確率が高いが………
駿河が思案する最中に、どういう訳か裏路地にいた男性が彼らを眺めているのを発見してしまう。
男性は、野良猫たちに餌をやっている途中だったようだ。
それにしたって、平日のこんな時間に、この男性は何故ここにいるのか?
無職。ニートだから、ブラブラと当ても無く暇つぶしがてら立ち寄っただけなのかもしれない。
男性は奇抜な駿河たちを気怠げな態度で眺めながら「コスプレだ……」とぼやき
自分には無関係だと言わんばかりに立ち去って行く。
-
案外、普通にしていた方が問題ないのかもしれない。
聖杯戦争の片鱗を味わった駿河は、ようやっと安堵を覚えた。
周囲に誰もおらず、偶然そこにあった自動販売機を目にし、駿河は言う。
「ザックさん、何か飲み物は欲しくないか?」
ザックが顔をしかめる傍ら、駿河はメアリーを一度降ろして、財布を取り出す。
駿河が本気で購入しようとする姿勢を表した為、ザックは突っ込んだ。
「バカかよ! さっきから思ってたが、テメェも相当おかしいな」
「私自身、気分を落ち着かせようと必死なのだ。衝動買いのようなものだと受け止めて欲しい」
「まず、衝動買いする奴に共感できねぇ」
「それでザックさんはいいのだろうか?」
「いらねぇ!」
既に自動販売機に小銭を入れ終えたところだった駿河は、隣で指を齧る梟に尋ねた。
「バーサーカーさんはどうだ?」
「そいつに聞くのが一番間違ってるだろ! 絶対いらねぇからな!!」
「必要性があるか否かはともかく。バーサーカーさんにだけ尋ねないのは、失礼に値するのではないだろうか」
神原駿河なりの謎めいた心使いに、ザックも押されてしまう。
どう考えたって人喰いの、しかもサーヴァント相手に食事関係の気使いをするよりも。
彼女自身が人喰いの梟に食べられないよう自重しようとは考えないのか。
この場の誰も、そういった指摘はしない。
自販機を眺めていた梟は、さり気なくボタンを押していた。
ザックも、尋ねた駿河も、黙りこくった。
返事をするまでもなく購入している。
しかも、軽快な音を立てて落ちてきたのはコーヒー。
コーヒーを手に取った梟に、ザックが本気で驚愕を浮かべる。
駿河の方は、あれこれ突っ込む事はせずそれらを見守っているだけであった。
未だ眠りについている――もしかすれば、起きられぬ身であるメアリーを再びおぶってやろうとした駿河に。
これまでの神原駿河に対し。
ザックは「おい」と呼びかけ、鎌を彼女の首にかけた。
正直に、ザックが神原駿河の殺害を抑えているのは相当の我慢をしているに等しい。
障害や縛りなどがなければ、駿河はアベルよりもザックに殺害されていたのだ。
-
切り刻まれる寸前で刃を止められた駿河は、困惑する。
「ざ、ザックさん。これはアレだろうか、巷で流行りの『壁ドン』ならぬ『鎌ドン』をしているのだろうか?」
「――テメェ、やっぱり俺を舐めてるだろ」
「正直、何にでもすぐ業腹になってしまう人徳の足りない私ではあるが、
ザックさんは色々素晴らしいと思っているし、舐めている訳ではない。
しかし、気に障るような行いをしてしまったのならば……ごめんなさい」
「お前はアレか、俺のファンって嘘ついた女と同じか?」
死に直面しなければ恐怖しないのか。
怖くないとホラを吹くが、実際あまり駿河がザックに恐怖する様子は表で垣間見る機会がなかった。
むしろ。
刺青男――アベルと直面した際。
あの瞬間に、神原駿河は絶望の色に染まったのだ。
梟でも、ザックでもなく。何故か『彼』だけに。
「ザックきゅん、嘘吐きだなぁ?」
嗤う梟を睨み、ザックは刃を納める。
「嘘はつかねぇよ。こいつは――何時か殺すけどな」
『まだ』殺さないだけ。
果たして、神原駿河は周囲にいるサーヴァントの誰に殺害される運命に至るのか。
不穏な雰囲気の中、駿河はザックに言う。
「ザックさん、一つ良いだろうか」
「あぁ?」
「ザックさんはさぞかし名のある殺人鬼と見受けする。ならば、ザックさんのファンはいると思う」
急に何を言い出すのかとザックも言葉を失う。
神原駿河は改めて話を続けた。
-
「確かに、ザックさんが出会った女性はザックさんのファンではなかったのだろう。
だからといって、ザックさんのファンクラブが実在しないという証明にはなっていない。
殺人鬼のファンクラブ故に表向きではなかった可能性も否めない。たとえファンクラブがなくとも
心の奥底ではザックさんを尊敬した人が居るだろう。
長々と述べてしまい清聴を感謝するが、ザックさんのファンは確かにいる。安心して欲しい」
「……何をだよ」
ファンがいるとか居ないなど、ザックはどうだっていい。
神原駿河の熱弁を、殺人鬼は呆気なく一蹴した。
彼女は勝手に納得する。
「そうか。余計な気使いをしてしまったようだ」
それにしても。
不思議そうに睨みつける梟を隣に、駿河は言う。
「ところで、ザックさんのファンクラブとは具体的にはどのような活動をしていたのだろう。
ザックさんの追っかけや隠し撮りをしていたのだろうか」
「…………」
「そして日夜、ザックさんのここがカッコイイとか。ここが可愛いとか。ここが性的でエロい!
……といった議論を熱く語り合っていたのだろうか。胸が熱くなるな!!」
誉めているのか、馬鹿にしているのか。
判断のつきようがない駿河の語りにザックが苛立った。
「清々しい笑顔浮かべて良い度胸してるじゃねぇか!」
「決して私はファンの方を愚弄しているのではない。素晴らしいと称賛しているのだ。
私などではザックさんとバーサーカーさん、アベルさんの三人を―――三時間しか語れない」
「三時間語れるのか、こいつ」
「事前情報では、三時間しか語れないだけだ」
「この人喰いで一・二時間語れるのかよ。アベルの奴でも語れるのか? 俺で話を埋め合わせるつもりだろ!」
「例えば、そうだな。アベルさんはザックさんを『アイザック』と呼んでいたのだが」
「あぁ。それが何―――」
「―――アベルさん、全力でデレてはいないか?」
野良猫の鳴き声と、遠くから響く車の走行音が聞こえるほど静寂に包まれた。
梟がコーヒーの缶をこじ開けて中身だけ飲み干す。
もはや、神原駿河は死期を悟ったので、いっそのこと全力で語りたい事を命尽きるまで語る算段らしい。
あの刺青男が現れ、駿河を惨殺するのではと間が置かれたが。
何も起きない。
「アベルさん。ザックさんに名前を呼ぶほどデレてはいないか!?」
重要な事なので二回目は叫んだ。
「テメェ、ただ死にたいだけだろ!」
「やはり二人の馴れ初めから現在に至るまでの経緯を教えて貰いたい!」
「おい、アベル! 俺がこの女殺すからな!! 殺すんじゃねぇぞ!! 無茶苦茶殺してぇが殺すなよ!!」
-
【3日目/午後/北区】
【神原駿河@化物語】
[状態]肉体的疲労(中)、メアリーを背負っている
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話、アイポッド帽子×2
[所持金]高校生としては普通+親からの仕送り
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の世界に帰らなくては。
0:安藤先輩は……
1:一旦自宅に戻る。
2:アヴェンジャー(マダラ)にはもっとデレて欲しい。
[備考]
・参戦時期は怪異に苦しむ戦場ヶ原ひたぎの助けになろうとした矢先。
・聖杯戦争について令呪と『聖杯』の存在については把握しておりません。
・役割は「不動高校一年生」です。安藤潤也と同じクラスに所属しております。
・新宿区で発生した事件を把握しております。
・アヴェンジャー(マダラ)の発言により安藤兄弟がマスターであると把握しております。
・『レイニーデビル』が効果を発揮するかは、現時点では不明です。
・NPCに関して異常な一面を認知しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスと沙子の主従を把握しました。
・アサシン(アイザック)のステータスとメアリーの主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスと真名を把握しました。
・安藤(兄)のサーヴァントが『カイン』ではないかと推測しております。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]睡眠、精神的疲労(小)、魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]室井静信作『屍鬼』
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:もっとここにいたい。
0:―――。
[備考]
・参戦時期は不明。
・聖杯戦争については把握しておりません。
・一応、アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。彼女のいた病院はバーサーカー(オウル)により
大量虐殺が発生しておりますが、沙子が生存が絶望的な死者として扱われるか、行方不明者として
扱われるかは現時点では不明です。後の書き手様にお任せします。
・バーサーカー(アベル)の真名については、まだ確証がありません。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・バーサーカー(オウル)を介して、神原駿河の部屋に招かれる許可を得ました。
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(小)(ある程度回復済み)
[装備]
[道具]沙子の入ったスーツケース、拳銃、携帯電話
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全部殺して、自分が一番だと証明する。
1:アベルくんはおいしいから喰う。
2:ザックきゅんは可哀想な子だ、やっぱり死んだ方が良いよ。
3:スナコちゃんにプレゼントあげる。
4:ちゃんスルは? ザックきゅんが殺す。そう。
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・聖杯戦争の説明をしないのはどうでもいいと思っているだけで、話そうとすれば話せます。
・バーサーカー(アベル)の真名については確証があるのかは不明です。
ただ、オウルが名前代わりに呼んでいるだけかもしれません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
-
【メアリー@ib】
[状態]気絶、精神的疲労(大)とそれによる情緒不安定、肉体的疲労(小)、???
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:???
[備考]
・役割は不明です。
・聖杯戦争参戦前の記憶を取り戻しました。
参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・アサシン(アイザック)の説明が適当な為、聖杯戦争のことをよく分かっておりません。
・一応、バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]魔力消費(小)
[装備]鎌
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全員殺す
1:早くメアリーは起きて欲しい。
2:バーサーカーたち(アベルとオウル)が頭おかしいし、殺したい。
3:神原駿河に対しては――
[備考]
・聖杯戦争についての説明が適当なので令呪のこともメアリーに伝えておりませんが
伝えるのを忘れているだけなので、教えようと思えば教えます。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・駿河がアヴェンジャー(マダラ)のマスターであるのを把握しました。
・SCP-073の能力の一部を把握しました。
【バーサーカー(SCP-076-2/アベル)@SCP Foundation】
[状態]霊体化、魔力消費(中)、SCP-073に対する憎悪
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しみ尽くしたら、ルーシーを殺害する。
1:SCP-073をここから抹消する。
[備考]
・アーチャー(与一)を把握しましたが、戦意がないと判断しました。
・SCP-073の存在を感じ取っておりますが、正確な位置までは把握できません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・バーサーカー(オウル)の持つ拳銃について言及するつもりはありません。
・駿河がSCP-073に関しての情報をまだ隠していると判断しております。
【3日目/午後/台東区】
【アヴェンジャー(うちはマダラ)@NARUTO】
[状態]気配遮断、魔力消費(微)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:この聖杯戦争を潰す。
0:安藤(兄)とバーサーカー(アベル)、どう利用するか……
1:神原駿河とはあまり関わりを持ちたくない。
2:他の主従の動向を探る。『敵』は倒す。『味方』には興味ない。
[備考]
・安藤兄弟がマスターであると把握しました。住所等の情報を把握しました。
・新宿区で発生した事件を把握しております。
・バーサーカー(オウル)とアサシン(アイザック)の存在を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・「刑務所内の不審死」「行方不明者に関する情報」「世田谷区での暴動」
「美術館内で芸術品の器物破損」「不動高校のスキャンダル」の情報を入手しました。
【3日目/午後/文京区】
【バーサーカー(ジェイソン・ボーヒーズ)@13日の金曜日】
[状態]宝具『13日の金曜日』発動、魔力消費(中)、肉体ダメージ(大)、右腕切断
[装備]無銘・斧
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:殺戮
1:???
[備考]
・恐らくマスターかサーヴァントを発見すれば、それらの殺害を優先すると思われます。
・アサシン(カイン)を把握しました。ライダー(ジャイロ)を把握しているかは不明です。
・バーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)、アサシン(アイザック)とメアリー、神原駿河を把握しました。
・宝具の発動により再び現界を果たします。次の再臨までにどの程度の時間がかかるか、後の書き手様にお任せします。
・宝具『13日の金曜日』発動が1回発動しました。
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投下終了します。タイトルは「おうるビレイグ」となります。
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トド松&フラン、ヨマ&あやめ、カナエ&ヴラド(槍)、平坂黄泉&幼女
予約します。
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乙
ザックさんとマダラのツッコミ役が板についてきたなw
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松野カラ松&アサシン、二宮飛鳥&アサシンで予約します。多分遅れるんで、延長お願いします
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すみません。やっぱり予約を破棄させてもらいます
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<削除>
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<削除>
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松野カラ松&アサシン、二宮飛鳥&アサシンで予約します
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0 3 5 5 3 9 6 8 19
0 3 5 5 3 9 9 6 8 1
0 3 5 5 3 9 6 8 3 3
0 3 6 7 4 8 1 3 0 9
おいで
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感想ありがとうございます!
これより予約分投下いたします。
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「逃げやがったのか…………」
キャスターこと死神ヨマが新宿区に現れた時、その周辺には誰も存在していなかった。
もとい。
適当に出会った人間を殺し巡りながら東京を回っていたが、一向に気配もない。
キャスターへ攻撃をしかける者すらいない。
全てが残りカス。残骸であった。
刺青のバーサーカーが新手のサーヴァントによって始末されたのならば、問題ではないが。
倒されてもいないとすれば――霊体化。
気配を消している。
大人しくするような人格とは思えない。
大体、バーサーカーならば成り振り構わず暴走しているのだ。
どうにかマスターがバーサーカーをコントロールした?
魔力切れを考慮する程度の理性を持ち合わせていた?
真相は定かではないが……
様々な産物によって生じる雑音。
耳障りな音の中――『詩』が響いていた。
呪いのようで、怪しげな美しさを醸しだす『詩』はキャスターのマスターによって詠われる。
神隠しの少女。
東京において『都市伝説』そのものである、規格外な存在。
サーヴァントでも容易に感知することは叶わない。
視認した人間は、問答無用に『連れて行かれる』。
忌々しい蟻の行列の如く群がる人間に対する苛立ちが、唄のお陰で多少は和らいだ。
キャスターはふと思い出す。
あの下らないSNSを信用しきっている訳ではない。ただ、念のために情報を確認した。
刺青のバーサーカーの虐殺が新宿区で途絶えたのを期に。
SNSでは「早く夜にならないか」「もっとやって欲しい」などと云う風な称賛や賛美のような感想が飛び交っていた。
相変わらず、頭がめでたい連中だとキャスターは鼻先で笑う。
あいつに殺されるよりも先に、俺が殺してやろうか?
ふと、キャスターは自分の書き込みに対し返信が幾つかあるとの通知を発見した。
どうせ。バーサーカーが持てはやされているかのような、冗談と面白半分な気持ちで挑発するコメントだろう。
キャスターが想定したような挑発的なコメント。
キャスターにとっては想定外な真剣なコメント。
全く関係のないコメントや画像。
適当に流し読みする中、ある二つのコメントに視線が奪われた。
それらは一見、神隠しに関心があるように振舞った内容であったが、最後に『暗殺者』『槍兵』とのハンドルネーム
のようなものが付け加えられている。どちらも聖杯戦争のサーヴァントのクラスに当てはまるもの。
どうにも無関係とは考えられない――無視できないものだった。
-
……が。
キャスターは眉を顰める。
「こいつら……」
書き込みのアカウントを追跡し、他の書き込みを確認した。
『暗殺者』の方は、神隠しに触れているどころか、かわいらしい洋服やグッズなどのコメントをお気に入り登録しているだけ。
『槍兵』の方も、同じく神隠しには触れておらず、書き込みすらしていない。
つまり、どういう訳か一点集中し、キャスターの書き込みに注目したのだ。
何故、キャスターが捕捉された?
キャスターは情報媒体を通して、何らかの術によって敵を探り当てるような……
とにかく、察知能力の類を持つサーヴァントかと警戒した。
自身のコメントが異常なほど特徴的で――秘めた想いが込められたからこそ、音楽家の暗殺者に捕捉された。
なんて可能性はこれっぽっちも考えていない。
夢にも思わぬ話だろう。
問題は――神隠しの少女。彼女がマスター、サーヴァント……どちらで捉えられているか。
異常性からしてマスターである発想に至るのは、中々難しい類だろう。
事実として彼女はもう幾人か向こうへ『連れて行かせた』のだ。
非常に敵対的だと解釈されても、普通だった。
「………どうでもいいか」
情報能力? マスターの心配?
全て平等に皆殺しなのだから、一々面倒な事は気にしなくとも良いではないか。
サーヴァントも、マスターも。全て殺す。
キャスターの主である神隠しの少女ですら、彼の手によって葬り去る定めなのだ。
キャスターが何を行っているのか。詠う少女は分からない。
分からなくても嫌な予感がする。
でも、どうすればいいかも分からなかった。
キャスターに対し少女は恐怖を抱き、恐怖以外の感情は今のところは無い。
彼は正真正銘の死神であった。
神性のある神という意味ではなく、死の神としての身分を称している訳でもない。
ただ万人に等しく死を与えるからこそ『死神』なのだ。
「あ………あの………」
少女がおどおどしく声をかけただけで、キャスターの表情が一変し、睨みつけた。
しかし。
キャスターは今までとは違い。怒りや苛立ちを少女にぶつけるような真似はしなかった。
不敵な笑みを浮かべ、悠々と一方的に話す。
「……なんだ? もう死にてぇか? ………あぁ、それでも良いな。
欲しい聖杯も手にせず……何もしないで、めそめそ泣いて死ぬ…………お前にはお似合いだぜ……
死にたきゃ……俺の攻撃を受けて、勝手に死ね。そうだろ……?
お前が死ねば、俺も消える……お前にそれが出来たらの話だが、な」
「……………っ」
嗚呼、やはりこの男は。平然と死を差し出す彼は、何とかしなくては。
けれど少女は無力だった。
-
東京都渋谷区。
ここで有名な公園と言えば『代々木公園』の名が思い浮かぶだろう。
バスケットボールコートやサイクリングゴース、噴水広場など施設が充実しており。
隣席する明治神宮が夜間立ち入り禁止されているのに比べ、ここは何時だって入園できる。
平日となれば、休日よりも格段に利用者もおらず。
しかも日中だとしたら、職についていない、既に退職し老後生活を楽しむ人々がいるくらいか。
ここに、1人の不審者もとい聖杯戦争のマスターがいた。
紙袋をマスク代わりに被った男・平坂黄泉。
彼の近くでコンクリートの地面に落書きをしている幼女が、彼のサーヴァント・ライダー。
いかにも可笑しな姿をした平坂は、耳をすませていたのだ。
視力が皆無である代わりに、超人的な聴力を持つのが彼。
自慢の『耳』を頼りに東京の異常を感じ取ろうと試みているのだが、成果らしきものは得られない。
いくら聴力が優れているとはいえ、騒音がノイズとなり、静寂であれば聞き取れる音ですら聞き逃す。
すると。巡回していたらしい警察官の――あるいは刑事だろうか?
警察関係者と思しき者たちの会話を、平坂は耳にした。
「これが刺青男の新たな共犯者の情報だ」
「また共犯者ですか……」
「あれほどの規模をやからしてる相手だぞ。他にも居るんじゃないかって上層部は噂してる」
共犯者。
フードを被り『桐敷沙子』なる少女を誘拐したと推測される共犯者の話は、平坂も警察関係者以外の
一般人から情報を得ていた。(無論、超聴力による盗み聞きだが)
新たに耳にした情報は刺青のバーサーカー(アベル)が流した『カイン』について。
警察関係者も刺青男の『声』を知らず、声紋を調べようなどはしない模様。
盲目の平坂にとって、外見情報は無意味に等しいのだが、金属製の義肢をしていると情報に反応する。
義肢――しかも金属製の物となれば特徴的な『音』がする。
瞬間。
平坂の耳に入って来たのは、酷い騒音。最悪の悲鳴。
すぐ近くであると判断できる距離からのものだった。
否。
近辺であるか否かは問題ではなく、平坂黄泉はそこへ往くのは聞こえてしまった以上、確定していたのだ。
落書きを楽しむライダー。
彼女をサーヴァントと知らぬ平坂は、彼女をただの謎めいた子供と判断していた。
故に、現場へ彼女を連れてゆく事に抵抗がある。
中野区の事件は『巻き込まれてしまった』が為に起きた非常事態であって、なるべくは無縁にさせて置きたい。
-
平坂は、ライダーに声をかけた。
「しばらくの間。ここで待っていてくれますか?」
彼女は何ら疑問を抱かずに頷く。
「何かあれば、私を呼んで下さい。必ず戻ってきますから」
そう伝え終えると、平坂は颯爽と駆けだしていった。
外見問題を考慮してしまえば、彼が無事に現場へ到着できるのかが不安ではある。
ライダーは、そんなマスターを明るく見送った。
巨大なトカゲの乗る少女(恐らくライダー自身)を書き終えたライダーは、ポケットに入れておいた紙を取り出す。
以前、自分を攻撃してきたアサシンとマスターらしき少女。
それを描いた紙。
ライダーにとって敵対的であるかは問題ではない。
サーヴァントは、平坂もといマスター達と同じように『遊び相手』という認識しかなかった。
いくらサーヴァントで、聖杯戦争の知識があり、異常な性質と凶悪な宝具を持ち合わせていても。
彼女は、やっぱり子供だった。幼女である事に変わりない。
戦う。
殺し合う。
戦争。
そういった物騒な類を理解していない。
ライダーなりにサーヴァントは『遊び相手』、マスターも『遊び相手』と解釈していた。
敵――という概念ですらない。
だから、アサシンや飴を爆発させるランサーも、それらのマスターも。
自身のマスターと同じなのだと、彼女は信じ切っている。
「君。1人でどうしたんだい?」
ライダーに声をかけた男性。
彼は親切本位で接触した、もしくはよからぬ企みを抱いている可能性もあるが。
彼女は全く不安の色を浮かばず、手元にあった例の絵を男性に見せた。
「うーん? この人達を探しているのかな。いや、知らないなぁ……」
残念そうな様子をするライダー。
だったら、飴のランサーの方はどうだろう?
お絵かきセットがないので、ライダーはコンクリートに描こうと構えた。
すると、男性が如何なる理由であれ、ライダーに対し話を続け、腕を掴む。
「迷子なら、おじさんが迷子センターに連れて行ってあげるよ。確か――………」
彼が言いかけた矢先。
そのまま幼女を固いコンクリートに叩きつけたのだ。
唐突な殺意。明らかな悪意を以てして、男性はライダーに攻撃をしかけてきたのである。
だが、殴ろうが首をしめようが。ライダーはサーヴァントなので、通用しない攻撃だった。
「てめぇ! このクソガキッ、ぶっ殺して……う、っぐ」
ライダーに確かな攻撃を与えた事により、男性に纏わりついた呪いが効果を発揮する。
彼女に攻撃を仕掛け終えた為、心臓麻痺が発生したのだ。
今度は男性の方が固いコンクリートに体を大きく叩きつけるよう、転倒する。
もがき苦しんだ後。男性は――死亡した。
このような光景をライダーは何遍も目にしている。
けれど、マスターの平坂は彼らのような死が訪れることはない。
きっと――ライダーは、それに安心しているのかもしれない。
ライダーの傍らで死亡する男性を目にした通行人が悲鳴を上げた。
積み重なった死体は謎の粒子と化し、存在すら消滅する。
悪意なき暴力の連鎖は続く………
-
同じく渋谷区。
最近よく見かけるお洒落を強調した珈琲チェーン店。それを代表する『スタバァコーヒー』。
ここでアルバイトに就いている松野トド松は、至って普通に過ごしていた。
彼もまた聖杯戦争のマスターであり。
様々な主従がそれぞれの思惑を交差させる中、彼はただ1人。
普通のアルバイトに勤しんでいるのだった。
(平和だなぁ)
恐らく聖杯戦争のマスターでは一番勝ち組なのではと、トド松は思う。
例の刺青男が出没したと客が噂していた新宿区と隣接した区域にいるが、未だ彼が現れた様子はないし。
そもそも、彼が現れるのも夕方から深夜にかけて。
時間帯的にバイトは終わっているし、今のところ残業を要求されていない。
刺青男がトド松の自宅付近まで移動したとしても、流石に――流石にピンポイントで襲撃をする事はありえない。
捕捉されたならばまだしも。
偶然、自分や兄弟たちが被害者として選ばれる訳がないのだ。
(それに……あんなに目立っているから、他の皆もアレを倒そうって狙うよね?
一斉に攻撃とかされたら、さすがに倒されるだろうし……そこにセイバーちゃんを参加させる必要もないかなー)
楽観視しているのではない。
普通に、常識的に、現状を分析すれば無理してセイバーに刺青男を倒すよう命じる必要性が感じられない。
セイバーから聞かされた通達によれば、20前後の主従が本選を通過したと云う。
ならば自分が無理しなくとも。他の主従が『彼』を狙うはず。
トド松はセイバーを戦わせたくはなかった。
聖杯戦争が真の意味で血みどろの戦、かつての日本でも日常のように繰り広げられていたものを示すのは
トド松にだって分かる。
だからといって、あのような女の子を戦地に送るのは幾らなんでも、する方がどうかしている。
「ふふふ、トッティ~♪」
「えっ!?」
可愛らしい声が店内から聞こえたかと思えば、セイバーが奇妙な翼をはためかせ、存在していたのだ。
無邪気な笑みを浮かべる彼女の存在は、運よく他の店員には気付かれていない。
何時ぞやの5人の悪魔が現れた感覚に近い衝撃を受けながら、トド松はセイバーに慌てて言った。
「せ、セイバーちゃんっ! どうしてここに――」
「トッティがここで退屈そうに働いている事は私、知ってるわ。
出かけたついでにここで待ち伏せしてビックリさせようかな~って」
トド松も忘れていたつもりはない。
アルバイトに向かう仕度の最中も、彼女はもう帰宅し眠りに就いたままなのだろうか?
と、一度は念話で語りかけようとしたが、本当に就寝の途中であれば迷惑だと感じ。
セイバーに対して念話をすることはなかったトド松。
-
「セイバーちゃん。あの、姿を消す奴をやってくれないかな?
ここは人が多いし……マスターの人に見つかっちゃうかもしれないよ」
「えー」
「そこを何とか………あっ、今日は『ミセスドーナツ』で期間限定の奴、買ってあげるよ!」
「ドーナツ? それじゃあ、少し我慢しようかしら」
渋々セイバーが霊体化をし、トド松が一安心したところで。
彼と同じレジ係の女の子が「どうしたの?」と声をかけられた。
ちょっと目眩がしたのだと適当な嘘をついてトド松は苦笑いで対応したのに、相手は疑念を抱いた様子はない。
もう少しで昼食の時間帯が過ぎる頃合い。
トド松も昼休憩が貰えることになっており、あともう少しだけ接客に耐えれば一息つける。
何より、レジに立つ必要も無いからマスターか否か、バレる心配もなくなる。
悪気はないつもりで訪れただろうセイバーの事もある。
客足も遠のき始めているので、先ほどの女の子がトド松に話しかけた。
「ねぇ、トド松くん。あの噂、知ってる? あの刺青の人の……」
「確か新宿区の方に出たんだっけ? 怖いよねー今日は早めにあがらせて欲しいよ」
彼女は昨日も刺青男について熱弁していた。
果たして彼女は、彼を恐れているか崇拝しているのか、いっそのことハッキリさせて欲しいほどである。
トド松の受け答えに、女の子は「ううん」と首を横に振った。
「共犯者がいるでしょ? 何か、人食べてたって噂されてる」
「え、人!? それ本当?」
流石のインパクトにトド松も聞き返す。
共犯者は恐らくサーヴァントだろうとトド松は思い至るが、ただ殺害するならまだしも食べるなんて!
ただならぬ恐怖を味わう。
噂なのかと半信半疑なトド松だが、それを打ち砕くかのように彼女は話を続ける。
「マジ! あたしネットでその動画見ちゃったもん!
しかも、誘拐されてる女の子。生首持ってたし! 皆、あの子は誘拐されて人質なんだ~って騒ぐけど、絶対違うって!」
相も変わらずデリカシーのない語りをする彼女だったが、トド松はあくまで普通に対応する。
「そうなんだ。だったら尚更、関わらない方がいいよ」
「でもさぁ、やっぱり一度は会ってみたくない? 遠目からだけど!」
「僕も遠目だったらいいかなぁ~。遠くにいるなら写真取ってもバレないから」
「それね~。近くからの写真ってやっぱりないのよ。遠くからだとボケちゃうし……
でも絶対イケメンだって! ほら、トド松くん。これ見てよ!!」
一体どこから拾って来たのやら。
遠くからの撮影で、ぼやけているが紛れも無く彼の刺青男の画像。
灰色の瞳が真っ直ぐにトド松を睨みつけているかのようだ。
そんな彼の助け舟として、1人の客が現れる。
トド松がギョッとしたのは、客というのが明らかに外国人であったからだ。少なくとも日本人ではない。
外国人と称しても、アメリカ人、フランス人など様々。
顔立ちから国籍を推測するなど、トド松には不可能だった。
-
「い、いらっしゃいませー」
トド松の場合は、ぎこちなく、しかしながら日本語で挨拶をしてしまった。
相手の外国人の方は、戸惑うことなく平然と注文を告げる。
「ドロップコーヒーを1つ」
あ、日本語喋ってくれた。
トド松は、安堵し接客を続けた。
会計を終え、その外国人が席に移動したのを見届けてから、トド松は安心の溜息を漏らす。
すると、霊体化してから沈黙を保っていたセイバーが念話で語りかけた。
『トッティ、さっきのマスターだと思うから気をつけてねー』
…………え?
さっきの? さっきのって、まさか――さっきの外国人……?
ま、マスター? もしかして、僕の事を………そんな訳ないよね!?
この瞬間まで自分は、一切のミスを犯していないと慢心していたトド松。
果たして本当にマスターなのか?
トド松も決してセイバーを疑っている訳ではないのだが、実感がなさすぎる。
先ほどの外国人は、どう見たってコーヒー1杯を購入しただけの客にしか見えない。
『セイバーちゃん。あの、さっきの人? 本当にマスター??』
『魔力が全然感じられるし、多分そう。あと、人じゃないと思うわ』
どっからどう見ても人でしょ!? 人間だよ! 怖いこと言わないで!!
待って! マスターが人間じゃないとかアリなの!?
何より。
この時期に、このタイミングに。
東京23区内に『スタバァコーヒー』は幾つも展開しており、渋谷区内にも複数存在していた。
どうして? よりにもよってトド松のいる『スタバァコーヒー』に?
偶然?
あるいは――マスターであると察された??
セイバーからの情報や、未だ席でコーヒーを飲む外国人、それらによって生じる不安に押しつぶされそうなトド松。
ふと、彼はある可能性を導き出す。
トド松はしていないのだが……他の、あの兄弟たちはどうか?
例えマスターでなくともトラブルに巻き込まれても、何らおかしくない彼ら。
そして、六つ子の為。顔は一見ではどれも同じ。
初対面の人は、誰がどれだか、すぐに区別をつけないだろう。
(正直……ありそう。ありえそうで困るよ……)
可能性を突き詰めるならば……そう、例えば。
兄たちの誰かがマスター。
(それは―――ない、かな。うん………)
何を期待し、何を信用し、トド松は判断したのか。
彼から見て兄弟全員至って普通。良くも悪くもいつも通り。何の異変もない。いつもの六つ子。
聖杯戦争のマスターに選ばれた~なんて大それた事態に巻き込まれたなら
明らか様な異変を感じ取るはず。
(しかも、何でも願いが叶う聖杯だよ? 絶対、目の色変えるよね)
否。
トド松は改めて想像する。
聖杯戦争がいかに恐ろしいものか、兄弟たちはマスターであるかはともかく。
あの刺青男によって体験しているはずだ。あれをしなければならない事を意味している。
だが、例の事件について兄弟全員がどこにでもある事件のように受け止めていた。
(アレ? でも、なんか……)
そう。
トド松が感じたのは違和感。
どう見たって彼らは同じ六つ子なのに、酷く冷静に事件を受け入れている。
夜は気をつけよう、なんて言っておきながら居酒屋で飲み明かす。
「トド松くん、大丈夫?」
冷や汗が流れる彼に気づいたらしい
バイトの女の子が心配したつもりで声をかけたのを、トド松は慌てて反応した。
「が、外人だったから緊張しちゃったよ」
「分かる~。でもあの人、日本語喋ってくれてたし良かったね」
先ほど刺青男を熱弁していた勢いはどうしたものか、彼女は至って普通の言葉を返してくれる。
トド松は、改めて例の外国人の様子を伺うが。
彼もまたトド松に関心はないかのように感じられた。
深く溜息を漏らす。
やっぱり偶然なんだ。このまま知らぬふりでやり過ごせるだろう。
トド松が平静を取り戻したのも虚しく。
この『スタバァコーヒー』は地獄に変貌する――………
-
渋谷区内。
ここにある有名大学の午前の講義を終えた聖杯戦争のマスターの1人、カナエがSNSを確認する。
例の神隠しの書き込みは、あれ以降。全く変化がない。
カナエも期待などしていない。あれがあれで返事があれば、幸運なだけ。
実際、あの書き込みの主がサーヴァント、もしくはマスターである可能性は高くは無い。
いっそのこと。
書き込みへ真っ先に飛び付いた『暗殺者』なる存在に接触してみるべきか?
恐らく『暗殺者』も『槍兵』とハンドルネームを付け加えたカナエのコメントも注目しているはず。
大学から少し歩いた位置にある珈琲チェーン店『スタバァコーヒー』。
カナエは意味なくそこへ立ち寄った。
NPC時代にも幾度か立ち寄った事はあったのが経験として生かされている。
そこが聖杯戦争のマスターの勤め先だったのは、皮肉な偶然なのだ。
ドロップコーヒーの注文を受け取った男性がマスターとは露知らず。
カナエが席についた矢先、SNSからの通知が携帯の液晶に表示されたのだ。
例の書き込みの主が返信をしてくれたらしい。時間を確認すれば、丁度カナエが大学を出たタイミング。
内容は以下の通り。
<■■■さんのコメント>
神隠しに遭遇した場所は渋谷区の代々木公園です。
具体的な位置などは深夜であった為、暗くてよく覚えていません。 キャスター
カナエの『槍兵』や『暗殺者』のように、あえて遠まわしな表現を使わず、あえて分かりやすい用語を使ってきた辺り。
恐らく、向こう側にいる『キャスター』も大体の事を理解しているのだろう。
そして――具体的な場所の指定。
キャスターであるというのに真っ向勝負を挑もうと企んでいるのか?
カナエも、ランサーからある程度の説明を受けていたからこそ『場所』の指定に引っ掛かりを覚えた。
(ランサー。確かキャスターは陣地を作り、有利に持ち込むといったか)
『ふむ……如何にも。ならばその「場所」が奴の領域。踏み込むのは悪し。
だが、放置してはおけぬ。虚偽なく、それが真のキャスターであるならば尚の事』
例えばの話。
代々木公園全土をキャスターの陣地にされれば、それこそ面倒な事態になりかねない。
そうでもなくとも、陣地などなく――たとえ書き込み主が『キャスター』のクラスではなくとも。
あえて、他の主従(少なくとも『暗殺者』には伝わるだろう)の目にも届くような真似をしたのは。
相手に自信がある。
自信を勝手に誇張し、油断しきってるとしても。
チャンスではあった。
(仮に――キャスターが短期間でどれほどの陣地を作成しきるか、私は分からない。
それこそ、相手の力量次第だろうが……現時点で渋谷区内に異変は――無い)
魔術師の定番らしく、偵察の使い魔や魂食いをするNPCに対する罠。
そういう類はカナエ達は確認していない。
ランサーが反応を示さないのも、奇妙な点だった。
聖杯戦争が本格化する以前から陣地作成に勤しんでいたならば、この区域へ通学していたカナエが異変を感じ取れる。
やはり、罠か。
-
代々木公園に陣地作成している可能性は、極めて低い。
冷静にカナエが判断するも、ある程度の主従が様子見として姿を現すのも考慮すれば。
ある程度ここに居座る理由が生まれた。
カナエと同じく書き込んだ『暗殺者』の反応は、なし。
恐らく―――運悪く、通知に気づいていないだけだろう。本物の『暗殺者』なら無視しないだろう。
カナエが導きだした答えは、撤退。
正しくはランサーを渋谷区(特に代々木公園付近)に配置し、カナエはある程度の距離を取る。
いくら『人ではない者』であれサーヴァントの能力を相手できる保証はない。
複数のサーヴァントによる乱戦が発生するならば、そうせざる負えなかった。
「ねぇ、ちょっとアレ!」
「映画の撮影か? スタントマン的な」
周囲にいたカップルが窓の外に注目しながら、そのような会話を交わす。
彼らの他にも、店内――とくに窓際の席にいる人々はソレに気づき、口々に驚愕と困惑あるいは戸惑いの混じった声色で語る。
カナエの席からは景色が望めなかった為、あえてカナエ自ら席を立ち。
窓際まで接近する。
瞬間。
カナエが何も命ずるまでもなく、ランサーが店内で実体化したのだ。
彼の独断の行動により、客はビックリする者が幾つかいたが。ランサーよりも外の光景に視線を奪われていた為。
さほど騒がれはしなかったが………
ランサーが実体化した理由とは、外に居るある存在。
何ら特徴のない電柱の天辺に立つ男。
顔に刺青があり、杖を携えた、それは――英霊ではなく死神だった。
その男――サーヴァントこそが。
「キャスター!」
しかし、同時に『異常』だ。
カナエもサーヴァントをしっかりと視認し『キャスター』であると確信した。
だからこそ異常である。キャスターが真っ向勝負とは!?
陣地や使い魔などの小細工は?
――否、違う。
ありきたりの常識的な範疇で考えてはならないのだ。
真っ向勝負を挑んだということは――このキャスターは陣地作成などを持たない………
「死ね」
死神は、無慈悲に光の弾幕を撒き散らした。
-
トド松は理解が追いつかなかった。
彼のいる『スタバァコーヒー』の店内がどこか騒がしくなったかと思えば。
例の外国人のマスターがサーヴァント(トド松が視認しランサーだと判明した)を出現させ。
まさか、この場でセイバーと戦おうとするのか。
トド松の脳裏に最悪なシナリオが過った時。
眩い弾幕が店内を襲った。
それはトド松ではなく――恐らく例の外国人の方を狙った攻撃だろう。
しかし、攻撃を仕掛けたキャスターはそのような甘ったるい思考を持ち合わせていなかった。
キャスターがカナエや『暗殺者』に対しての返信。
渋谷区に集中させるような文面にしたのは、他の主従を呼び寄せる策の一つだが。
決して、代々木公園で籠城しようという計画ではなかった。
あの文面から罠だと警戒するマスターは、簡単に予想できる。だからこそ。
代々木公園の周辺を見回ったのだ。
アサシンのような気配遮断を持つマスターや、NPC程度の魔力しか感じられないマスター。
それらを捉えるのは困難だが。
キャスター自身が実体化すれば、嫌でも対応しなくてはならない。
ましてや。
キャスターの視認でマスターと判別できる存在がいれば、問答無用に殺害するのみ。
即ち――カナエのような。
粗方キャスターが、足元に群がる『蟻』を潰し尽くしたところで攻撃を中止した。
高笑いを漏らしながら砂煙が舞い上がる『スタバァコーヒー』を目にやる。
カナエのサーヴァントが出現したのを、キャスターも把握していたが――それでも殺し尽くした自信は抱いていた。
少なくとも、野外の席にいた客や通行人は皆殺し。
辛うじて生きている人間のうめき声が、わずかに聞こえた。
「ははは……ザーコ。もう死んだか」
別の場所へ移動しようとしたキャスターだったが。
『スタバァコーヒー』の店内に異様な物を発見した。――『槍』だ。
植物のように床から突き出た無数の魔槍。キャスターの弾幕で数本欠けた物があるのか分かる。
槍の隙間から『化物』の瞳がキャスターを睨んでいた。
ランサーが静かな怒りを込め、告げる。
-
「気は済んだか?」
電柱を貫いて一本の槍がキャスターの足を貫く。
串刺された程度で済まされない。生涯の全てを悪徳で埋め尽くしたキャスターにとって、魔槍は絶大な破壊力を発揮した。
切り裂かれた足から始まり、地中から無数の槍がキャスターを襲う。
「あ………ああぁ…………」
無残な串刺しを目の当たりにしたトド松は、嘆きのような声を漏らしていた。
レジカウンターが盾となった為、情けなく伏せていた彼は奇跡的にキャスターの攻撃から逃れきったのである。
そして、彼が目撃したのは残虐非道なキャスターの末路。
肉体が生々しく破壊されたかのような痕跡を残し、串刺しにされぶら下がっている、哀れなサーヴァントに。
トド松は言葉が出て来なかった。
まさかセイバーもあのように?
想像しただけでトド松は、吐き気を催す。
でも、聖杯戦争とはそのようなものだ。彼らは――トド松がマスターであるとは把握していない。
絶対にしてなど、いない!
トド松は、咄嗟に自分の隣にいた例のバイトの女の子に「逃げよう」と声をかけるつもりだった。
しかし、彼女はとっくの昔に無残な姿で倒れていた。
不運にもキャスターによる犠牲者となった彼女は、喉笛をパックリと抉られ、風の音のようなものを鳴らしている。
辛うじて息があった彼女は、口をハクハクさせながら。
まだ生きる資格のあるトド松を、羨ましそうに見つめる瞳。
逃げたかった。
彼にとっては一刻も早く、この狂った世界から抜け出す為に足を動かしたかった。
だが、不思議なことにピクリとも動かなかった。
それはランサーの『槍』の影響が強いかもしれない……
逃亡に手間取るトド松を傍らに、槍を構えたランサーは言う。
「あのキャスター、まだ息があるではないか!」
ランサーには焦りではなく歓喜に似た感情を浮かべ、槍を固定された獲物目掛け投擲する。
身動きを取れないだろうはずのキャスターは。
死に絶えたフリを止め、自身を貫いていた槍を破壊し、投槍も光の魔法を纏った腕によって破壊をした。
再び、登場した際にいた電柱の上を陣取るキャスター。
正面対決を挑んだ事だけはあり、攻撃を耐えきったのだろう。
……と普通は関心する場面だったが。
確実にキャスターの傷が修復されていくのが、目に見えた。
折角、ランサーが負わせた傷だというのに。
むしろ、キャスターは平然とした様子でカナエたちを見降ろしていた。
首を鳴らしながらキャスターは呟く。
「………お前みたいな奴……俺は沢山見てきたな……どこかに城を立てて…………
偉そうに踏ん反り返ってる………ゼッテーにそうだ。俺の勘に……間違いはねぇ」
なんだ。あのキャスターは?
カナエは、不快感を覚えるほどのキャスターの脅威的な回復力を目撃し、困惑する。
第一。
あのキャスターが例の書き込みをした『キャスター』と同一の存在かは不明だった。
素直に尋ねて、嘘なく返答してくれる相手でもないだろう。
状況からキャスターも偶然カナエと鉢合わせした形。
あのキャスターは、書き込み主の『キャスター』ではない……?
もがき足掻いていた例のレジ店員(トド松)がいなくなったのを、カナエは気付いた。
確かに彼は幸運にも無傷であったが。
彼は一連の目撃者。カナエたちの事を警察に伝える可能性は?
あの店員こそキャスターのマスターなのでは?
考えた末、カナエはランサーに言う。
「奴のマスターを炙り出す。時間を稼げ、ランサー」
「御意のままに」
カナエが店内から脱出をしたのを、キャスターはハッキリ目にしたが。何もしない。
する必要がなかったから、そうしたのだ。
むしろ不敵な笑みを浮かべていた。
ランサーにキャスターを任せた時点で愚かな判断だと嘲笑している。
逃亡したレジ店員を捜索するカナエの鼻に、妙な臭いがこびり付いた。
血液とは異なる金属の臭い。錆ついた香りがどこからか漂ってくる。
その香りは、廃墟に充満する錆の臭いに近いものだった。
-
遠くから鳴り響く騒音。悲鳴。人々の多くは自ら逃走を図り、必死の形相を浮かべる。
阿鼻叫喚の地獄絵図が渋谷区内に広まる中。
1人の少女が裏路地から体を震わせ縮こまっていた。
神隠しの少女。
怪異でありながらも無力な彼女にとって、聖杯戦争の恐怖を嫌でも体験し続けるばかり。
いっそのことキャスターから逃げ出したい想いもあるが。
それはそれで、彼を止める機会を失くすような真似だ。
一体どうすればいいのか。こんなちっぽけな存在に何が出来るのか?
キャスターの言葉通りに泣き寝入りし、死神による死を待つだけの無力で終わるのか。
そんな少女の前に、見覚えのある男が現れた。
必死に胸に秘めたものを押し殺しながらキャスターに伝えなかった、アサシンのマスター。
だが、彼は日傘を差した少女の形をした化物に引っ張られる形で裏路地の入口を通過したのだった。
神隠しの少女が、首を傾げる。
日傘を片手に携えていたのは『セイバー』のサーヴァント。
アサシンではない。
当然だ。神隠しの少女が発見したのは『松野カラ松』ではなく『松野トド松』である。
『スタバァコーヒー』から情けないマスターを、セイバーがわざわざ引っ張ってきたのだ。
あの時。
ランサーとカナエはキャスターに注目しており、キャスターも呑気に辺りを見回す余裕もない。
セイバーが霊体化を解除し。
レジから厨房にある裏口まで移動し、そこから店を脱出した。
裏口に丁度いい日傘が置かれてあったのは偶然だろう。
思い返せばそれは、トド松の隣で死に絶えたレジ店員の女性の物ではと予想ができた。
セイバーも吸血鬼とはいえ、日傘で日光を凌げる事は可能。
しかし、それも最低限。なるべくは回避したい最終手段のようなもの。
彼女も余裕なく、光に怯えながらおっかなびっくり白昼を歩んでいた。
そうとは知らないセイバーのマスター・トド松は、漸く自分の足で歩み始めている。
「あ……ありがと、セイバーちゃん。どうなるかと思ったね……」
「………」
-
やがてセイバーは主を手離す。
沈黙の末、幼い姿を形取った吸血鬼は尋ねた。
「ねぇ、トッティ。あれで良かったのかしら?」
「え………だ、大丈夫だよ。多分、僕がマスターと思われていないはずだし。
セイバーちゃんのことも気付かれていないと思う……」
違う。
セイバーが問いたかったのは、ぬるま湯のような甘ったるい世界観とは異なる。
本来在るべき在り方。聖杯戦争においての立ち回り。行動方針。
あの状況ならば――セイバーも交え、乱戦するのも可能だった。
一応、セイバーはマスターの方針に合わせ、戦闘をせず退散を選択したが……やはり釈然としない。
「僕たち、無事で良かったよ……うん」
トド松は心底ホッとしていたのである。
バイト先があのような事になってしまったのは、不幸だ。
それでも、自分やセイバーが何事も無く……支障すらなかった点は幸運だ。
死に至るような事態に発展するよりかは、バイト先なんてどうでも良く感じられるほどに。
「――そう」
マスターに対し、セイバーは冷淡な返事をした。
トド松が指摘するまでもなく、彼女は呆気なく霊体化を自らする。
どういうことだろうか? トド松はそれが不思議だったが、慌てて足を動かす。
まだ戦場からは近い。
家に戻ろう。
隠れ家のような場所を所有しないトド松にとって、唯一の居場所。
安心に浸れる位置。許された土地。
深く考える(むしろそんな余裕がない)事なく、トド松は自宅へ向かった。
「あ………」
その光景を目の当たりにした神隠しの少女は、戸惑う。
彼の存在をキャスターに伝えるべきか?
否、どうにかしてマスターのトド松ではなく、セイバーに話が出来れば……
裏路地から姿を覗かせた少女は、ぎこちない動きで追いかけようと勇気を振り絞る。
-
「やあ」
そんな彼女に。
「どこかで見た仔猫さんだ」
「…………!?」
少女は驚愕を浮かべた。
登場した新手のマスターは、神隠しの少女が『視えて』いたのだから。
そのマスター……カナエ=フォン・ロゼヴァルトは少女を知っている。
例の『神隠しの物語』で語られる。
唄を詠う少女。選ばれた人間にしか少女を視認できない画像。
語れ、描かれ、『感染』された物語を知るカナエは、少女を認識出来たのだった。
「……いや………!」
「止めるとでも?」
拒絶する少女に対し、カナエは鱗赫を体から露わにさせ攻撃をしかけようとする。
子供1人捕らえるなど造作も無い。
彼女を人質にしてサーヴァントを利用するのも手だったが――
少女が襲撃を行ったキャスターのマスターならば……アレは利用しようにも難しい、むしろ利用しない方が最善だ。
即座に殺害するべきである。
瞬間。
哀れな少女を救うかのように、カナエに振りかかったのは―――
□
(まだか……)
店内に籠城するランサーと交戦するキャスターは、地中から出現する槍を交わしながら、待っていた。
光を操るキャスターにとって、まだ日中……しかも真昼間の時間帯で魔力に対する不安は一向にないのだが。
相手のランサーは、宝具を展開させるのに魔力消費が避けられない。
何よりも。
異常な回復力を誇るキャスターの『魔法』を理解しきっていないランサー。
初手で仕留めそこなった、あの時ほどキャスターを追い詰めなければトドメを刺す事も望めない。
長期戦になるのは不利である。
彼には、その程度の判断は下せた。
しかし、キャスターが待ち構えているのはランサーの消耗ではない。
-
「お前ら……アレだろ。……あの『闇』を追ってここまで来た、違うか……?」
「さぁ、何の事か。キャスターよ、貴様は随分と語らいを好むようだが。オレに傷一つ与えておらんぞ」
ならば書き込みの『槍兵』ではないのか。
キャスターは少々つまらない感情を抱きながらも、ランサーの余裕かました挑発に無言だった。
あの『槍兵』が――ランサーのマスターであったならば。
それはそれは滑稽な結末だったというのに………キャスターは静かに舌打ちした。
(さっさと殺すか……『光刺態』に………いや、老いた元王如きに使う………馬鹿みてぇだ)
キャスターが決め倦ねている、ランサーの猛撃が――停止した。
魔力が枯渇したのか。何らかの異常が発生したのか。
定かではないが――キャスターにとってはチャンスでしかなかった。
再び乱雑な光のレーザーによる弾幕をランサーに仕掛けたキャスター。
今回の襲撃はランサーも対応が遅れ、槍で防ぐのは間に合わず、槍で振り払おうにも避けるのは叶わなかった。
ランサーは、キャスターのレーザーが身を掠めただけで異常な痛みを覚える。
苦悶の表情を浮かべるランサーを目にし、満足げなキャスター。
彼に対して、少女の念話が響いたのである。
『き………きゃすたー………助けて』
「あ?」
散々虐殺をしつくしたキャスターにとって、その言葉は命乞いの一種として嫌でも耳にしたもの。
助けてと求められて、救済を施した事は無い。
助けてと言われたら、死を与えるだけであった。
だが、キャスターからすれば。神隠しの少女は「助けて」なる言葉の知識があったのか、と感じていた。
謎めいた念話の理由は、次にランサーが宝具を展開させたことで明らかになる。
「不義不徳の魔術師! 貴様は、オレではなく我がマスターを手にかけようとは!!
憐れみもくれてやらぬ! 『串刺城塞』!!!」
残りの魔力を全てつぎ込む勢いで宝具展開が広まる。
もはや、足場の隙間もなくなる勢いで槍が地中から出現し、キャスターも一先ず逃れる他なかった。
ランサーの激情は、説明するまでもなく――カナエの件である。
槍を解除すればキャスターの姿は、ない。恐らく、神隠しの少女の元へ駆けたのだろう。
カナエはランサーに『神隠しの物語』の件を詳しく説明してはいない。
『物語』の噂……他者に『物語』を伝えなければ、自らも神隠しに合うといった内容。
決してカナエも、下らないと称したが、念のためにランサーの存在を用意していた。
自らのサーヴァントには念話で伝えられる。
神隠しの元凶がサーヴァントかマスターか――何にせよ対策にはなりえる。
実際に、カナエはランサーに『物語』を伝えた事で回避に成功したらしい。
-
あの魔術師は生かしてはおけない。が……逆にランサーも理解してしまったのだ。
キャスターの攻撃が、異常なほどランサーにダメージを与える点。
異常過ぎる結果。
皮肉にもランサーはキャスターの『魔法』を理解してしまう。
ぬぅと先ほどの激情を納め、ランサーは冷静に思案した。
(太陽……か)
あの攻撃は『太陽』に関係のあるものだった。
直撃ではなかった為、ランサー自身に支障は来さなかったものの。
キャスターが手加減なしの強力な一撃をランサーへ与えられたならば、最悪の展開が待ち構えていた。
『吸血鬼』の風評被害により在り方を捻じ曲げられ、化物のソレに近しいランサー。
故に、吸血鬼の弱点である『太陽』にも強く反応した。
逆の話。
太陽の恩恵もない夜ならば、奴を仕留め切れるであろうとランサーは思い至る。
しかし、夜こそがあの魔術師の本領が発揮されるとは。
ランサーには想像できなかった。
□
カナエが携帯を必死に操作し、メールの送信を完了させた。
宛先人は自宅に居る連絡先を把握していた使用人たち。文面は無論――『神隠しの物語』。
神隠しの少女は、既に見失っている。
彼女の追跡どころではなく、あの異形そのものである神隠しの片鱗を味わったカナエは。
アレこそサーヴァントの領域に含まれる部類だと実感したのだ。
果たして使用人はメールを確認するのだろうか?
それどころではない。
カナエが大分、戦闘現場から離れた頃合いにパトカーが周辺にサイレンを立てて出現するようになった。
彼らの疲労具合から、刺青のサーヴァントの捜査に翻弄されている巡回係だろう。
一般人を誘導し、閉鎖作業を開始したが。
もはや時既に遅しと言ったところ。
どこからともなく錆ついた香りが漂ったのに、カナエは悪寒を覚える。
神隠し如きに――と、強気の姿勢は崩さないが、あの規格外の少女と能力に警戒しているのは確かな事実。
まだ、使用人たちはメールを確認していないのか?
ランサーだけに『物語』を伝えただけでは、アレが現れるのは近いだろう。
-
見かけも精神も、ちっぽけな、小動物にも劣る人間の少女でしかないというのに!
それが『神隠し』そのものだと。それがマスターであるなど!
全く以て出鱈目な存在にカナエは苛立ちを隠しきれない。
「そこの君! 早く向こうへ避難を!!」
警察官の1人がカナエに声をかけた。
とやかく文句を垂れている状況ではないのだ。躊躇なくカナエは、その警官に話をしようと試みる。
「少し私の話を――」
「後でちゃんと聞いてあげるから、今はここから離れて……」
空気が独特の緊張感を醸しだす、錆の香りがよりいっそう強くなった。
カナエの焦りは、自然と悪化してしまう。
恐らく、警官も刺青男の一件による事件の対応に明け暮れストレスが募っているのだろう。
目に見えて憤りを感じられる節が垣間見えた。
だが、空気を読んで退く余裕などカナエにはない。
「今でなくてはならない! 貴様はまず神隠しの話を知っていないのかッ! 知らなければ私を無視しろ!!」
「はぁ? なんだって?」
「いいから質問に答えろ! 知っているのか――」
鱗赫という凶器で脅そうとも考えるが、聞いて貰えれば十分なのだ。
無理に化物である点を暴露する必要性もない。早々に警官がカナエの問いに受け答えればいいだけ。
だが、彼自身の疲労やカナエの態度のせいか。
警官もわざとらしい溜息を立てた。
「なんなんだ、君は! いいから指示に従いなさい!!」
「この、ゴミの分際で……!」
カナエの激情が冷めたのは、このタイミングで何者かが肩を掴んで来た瞬間。
まさか。カナエすら振り返るのを躊躇った。
すると――向こうがカナエの心境を察したのか、自ら話しかける。
「何かお困りでしょうか?」
「………?」
恐る恐るカナエが振り返ると紙袋を被った変人が、堂々と存在していた。
「私でよければ、お話しいただけませんか?」
なんだ、コイツは。
如何にも変人である人物に、カナエも言葉を失う一方。
彼は待ってましたと言わんばかりに、雄弁に名乗りを上げたのだ。
「ご安心を。私は正義の味方です」
嗚呼、コイツは馬鹿だ。
カナエでなくとも酷く納得する答えである。
-
カナエの身に何か起きたか結末だけを述べるならば―――何も起きなかった。
神隠しも、新手のサーヴァントによる襲撃も、キャスターが再び出現する事も、
マスターと思しき男(トド松)との邂逅も。
紙袋を頭に被った謎めいた男も、しっかりと神隠しの物語を聞いてくれただけで、それ以上の事はない。
「これでお役に立てたのならば」と、男は一人満足した様子だった。
不思議にも、彼はそれ以上何も問い詰めず。
颯爽と現れた後、颯爽と立ち去る。
それが正義のヒーローらしさを追求した結果なのだろうが、カナエにとっては腑に落ちない。
「あの男はマスターではなかったのか?」
マスターでなくとも、紛らわしく奇抜な恰好をしているだけならば。
無駄に注目する必要性はないが……
使用人からの返信を目にし、カナエは一先ずの安堵を覚えた。
神隠しの物語の内容を把握してくれたのならば、少しの間は問題ないはず。
問題は、あのキャスターと神隠しの少女。
一先ずカナエは大学に戻っていた。
カナエの予想通り
周辺で爆発事件(キャスターとランサーの戦闘は、表向きそのように処理された)が発生したのにも関わらず。
大学は午後の講義は続行するらしく、生徒達の間で不満の声が飛び交う。
その様子を、カナエは大学から離れた位置で傍観していた。
ある程度だが神隠しの噂を広めるには格好の場所である。
決して、大学内だけに広めればいいのではない。
SNSで広めるのも手だ。
例えば――巷で話題になっている『刺青男』について語った記事に見せかけ
実際の内容は『神隠しの物語』だった、という具合なもの。
カナエ自身の安全の確保にもなりえるし、他の主従を『神隠し』に合わせてしまえる。
逆に利用しない手ではない。
この時、カナエが想定していなかった点。
途方もなく予想外の事実。
それこそが自称・正義の味方が隠し持つ『千倍の聴力』であった。
-
公園にいた子供のライダーと合流した平坂が、カナエの存在に注目しない理由はなかった。
だが、そのまま追跡すれば怪しまれるのは当然。
平坂はカナエの視界に入らないだろう位置から、謎めいた独り言を耳にする。
カナエが口にする『ランサー』と呼ばれる人物。
『キャスター』という存在。
神隠しの少女について。
謎の紙袋の男(平坂の事だろう)はマスターなのか?
どうであれ――キャスターと神隠しの少女は始末する、と物騒な発言をしっかりと平坂は聞いた。
かなり有益な情報を得られたものの。
平坂黄泉の欠点とは『聖杯戦争を全く把握していない』ことなのだ。
他のマスターたちからすれば、重要であっても、根本を知らぬ平坂黄泉からすれば意味不明な内容だ。
それでも平坂は。
『正義』として途方に暮れていたカナエを救ってしまったが。
キャスターと1人の少女を抹消するべく動き出そうとするカナエは『悪』ではないか。
彼は非常に悩ましかった。
カナエに手を差し伸べたのを後悔しているのではない。
果たしてカナエは――『悪』なのだろうか?
彼にとっては重大で、他人にとってはどうでもいい疑問が渦巻いていた。
あるいは、キャスターなる存在と少女の方が『悪』なのかも?
どうでも良かったのだ。
「私は、私の正義を全うする。彼女を守り、刺青男を倒す!」
彼はまだ誰にも敗北を喫しいない。
勝者が正義で、敗者が悪。
全てを諦め、潔く敗北を認めた上に自らを悪と認めるまでは――
平坂黄泉の正義は終わらない。
平坂黄泉の聖杯戦争は、始まらない。
-
【3日目/午後/渋谷区】
【松野トド松@おそ松さん】
[状態]健康、恐怖
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]バイトをしているので割とある
[思考・状況]
基本行動方針:目指せ勝ち逃げ☆
0:自宅に帰る
1:生きてて良かった……
2:周囲が異常に感じるが……
[備考]
・聖杯戦争を把握しておりますが、令呪やNPCについての詳細は知りません。
・通達も大雑把ですが把握しております。(先導アイチやアヴェンジャーのことは知りません)
・どことなくNPCには違和感を持っています。
・噂話程度に刺青男(アベル)のことは把握しておりますが、サーヴァントとは疑っておりません。
・フード男(オウル)と誘拐された少女(沙子)を把握しました。
・カナエとランサー(ヴラド)の主従を把握しました。
・キャスター(ヨマ)のステータスを把握しました。
・アルバイト先の『スタバァコーヒー』が襲撃され、営業停止となった為、実質職を失いました。
【セイバー(フランドール・スカーレット)@東方Project】
[状態]霊体化、苛立ち?、欲求不満?
[装備]
[道具]日傘
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
0:どうしようかしら。
1:人喰いたちを探してみる……?
[備考]
・都内で殺戮を続けるバーサーカーたち(アベルとオウル)の存在には気づいております。
・アーチャー(セラス)を把握しました。
・破壊の手加減が出来るようになりましたが、本人の気分次第では木端微塵にしてしまうかもしれません。
・カナエとランサー(ヴラド)の主従を把握しました。
・キャスター(ヨマ)の存在を確認しました。
【カナエ=フォン・ロゼヴァルト@東京喰種:re】
[状態]健康、???
[令呪]残り3画
[装備]赫子(鱗赫)
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]かなり裕福
[思考・状況]
基本行動方針:習様の元に馳せ参じる。
1:キャスター(ヨマ)とあやめの始末を優先させたい。
2:『神隠しの物語』を意図的に広める。
3:紙袋の男(平坂)はマスターかもしれないが……
4:私は習様を……■している……?
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・あやめを視認したことにより神隠しのカウントダウンが始まりました。
・あやめとキャスター(ヨマ)の主従を把握しました。
・トド松をマスターであるとは確信に至っておりません。
・平坂黄泉がマスターではないかと疑っております。
【ランサー(ヴラドⅢ世)@Fate/EXTRA】
[状態]霊体化
[装備]槍
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの愛を見る。
1:キャスターとそのマスターの始末を優先する。
2:夜までに魔力を確保したい。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。あやめを視認する事が可能です。
・刑務所で貯蔵した分の魔力は消費しました。
・キャスターの魔法に『太陽』の恩恵があるのを把握しました。
-
【平坂黄泉@未来日記】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]紙袋の覆面
[道具]
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:正義を為す
0:カナエを追跡する?
1:ライダー(幼女)を守り抜く。
2:『東京』で暴れまわる殺人鬼(アベル)を倒す。
3:先ほどの人物(ホット・パンツ)から事情を聞きたいが……
[備考]
・聖杯戦争を把握しておりません。
・ライダー(幼女)が何者から狙われた存在だと思い込んでいます。
・強力な催眠術を使う者がいると把握しました。それがライダー(幼女)とは思っておりません。
・バーサーカー(アベル)によって拡散されたアサシン(カイン)の情報を得ました。
・カナエの独り言から断片的な情報を入手しました。
・神隠しの物語に感染しました。
【ライダー(SCP-053)@SCP Foundation】
[状態]健康
[装備]
[道具]絵[アサシン(アイザック)とメアリーを描いたもの]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:遊ぶ
1:マスター(平坂)と共に行動する。
2:そろそろ他の主従と接触したい?
[備考]
・アサシン(アイザック)とメアリーの主従を把握しております。
・ランサー(アクア)とホット・パンツの主従を把握しております。
・現時点では『SCP-682』を召喚する様子はありません。
彼女が『SCP-682』と遊びたくなった場合、召喚してしまうかもしれません。
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]神隠し
[道具]無
[所持金]無
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争が恐ろしい。
0:カナエから逃げる
1:キャスターをどうにか……
2:発見した主従(カラ松組)の事はキャスターに伝えない。
[備考]
・聖杯戦争についておぼろげにしか把握していません。
・SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
・カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
・トド松とセイバー(フランドール)の主従を把握しました。
・カナエがマスターであると把握しましたが、ランサー(ヴラド)の存在は確認しておりません。
・役割は『東京で噂される都市伝説』です。
【キャスター(ヨマ)@マテリアル・パズル】
[状態]魔力消費(小)、肉体ダメージ(中)[宝具による回復中]
[装備]杖
[道具]携帯電話
[所持金]無
[思考・状況]
基本行動方針:全員殺す。
1:サーヴァントを探す。
[備考]
・バーサーカー(アベル)の存在を把握しました。
・カナエとランサー(ヴラド)の主従を把握しました。
・トド松の存在については把握しておりません。
-
投下終了します。タイトルは「トド松の不安をよそに聖杯戦争は開始する」となります。
続けて、以下を予約します。
安藤(兄)&カイン、潤也&ジャイロ、馳尾&ヴラド(狂)、ブライト&幽々子、ひろし&アダム
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投下乙です
日光レーザーは吸血鬼に効果抜群!
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感想ありがとうございます!予約分を投下いたします。
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東京都千代田区日比谷公園。
その敷地内にあるベンチに座る1人の議員が、ある有名な料亭に連絡を取っていた。
殺人鬼の刺青男と、その共犯者が今なお拘束されず、東京都内に放りこまれているのに。
呑気なものだと思われるだろうが。議員が聖杯戦争のマスターだと知れば、少々印象が変わるかもしれない。
「もしもし? 今晩予約を入れて貰いたいのだが、大丈夫かな?
人数は私を含めて四人。もしかしたら二、三人増えるかも分からないけど――」
議員の名は『ウィルソン・フィリップス』。
どうにも不自然な話。アメリカ人が何故か日本の参議院議員の1人として、東京に存在していた。
あまりに異端極まりない。
聖杯戦争の舞台は日本で――その中心『東京』。
決してマスターに選ばれる人間は『日本人』とは限らない。
逆にマスターが『日本人ではない』のならば、日本の東京において『ウィルソン・フィリップス』同様。
浮いた存在になりうるだろう。
だからこそ、聖杯戦争の主催者も不自然に外国人を多く配置したのだ。
別に議員の中には『ウィルソン・フィリップス』のように、アメリカ出身の人物から。
アジア、ヨーロッパ。あらゆる国籍の人間がいくつか存在している。
学校にも、企業の職場にも。
この『東京』で外国人が馴染んでいるのが不自然ではないよう、日常に取り込ませるように――
ただ。
マスターであるのは『ウィルソン・フィリップス』じゃなく。
彼の肉体を乗っ取った『ジャック・ブライト』なのだが。
「これで良し、と。『オダノブナガ』がマスターならば私の……
ウィルソン・フィリップスの秘書からのメッセージに反応を起こしてくれるはずだろう」
「結構、露骨過ぎるけど。悪くはないと思うわ」
ブライトに返事をしたのは、彼のサーヴァント・キャスター。
議員なだけあって美人秘書を雇っていたウィルソン・フィリップス。
秘書を通して、ブライトが注目する『織田信長』……彼の有名な戦国大名と同姓同名の議員との
宴会の席を取ろうと企んだ。
しかし、ただ頼むだけでは意味がない。
ブライトは秘書にあるメッセージを伝えるよう言いつけた。
『キャスターのマスター、ウィルソンより』
このメッセージに反応があれば『織田信長』はマスターに違いない。
ブライトが一旦、携帯電話を置いてキャスターに尋ねた。
-
「ところでユユコ。公園で何が起きたのか、分かったのかい?」
本来サーヴァントは真名を伏せる為、クラス名で呼び合うのが基本。
しかし、ブライト博士に至っては平然とキャスターの真名――西行寺幽々子の『ユユコ』と呼ぶ。
キャスターこと幽々子も今更訂正するのが面倒であり。
指摘したところで、ブライトは「真名で呼ぶ方が礼儀だと思うね」なんて反論しそうだった。
それはさておき。
彼らのいる千代田区に実在する日比谷公園にて。
警察の捜査が行われた様子だったので、情報を軽く集めていたのだ。
幽々子は、やれやれといった様子で答える。
「矢が飛んできたらしいわ」
「矢? 弓矢の??」
「ええ、男が1人。矢に討たれたって。男性がどうなったのかまでは分からないの。
救急車だったかしら? アレに運ばれた用でもないし、自力で逃げたみたい」
紛れもなくサーヴァントの攻撃だろう。
奇襲に合ったのは、当然マスター。
普通のNPCであれば大人しく病院に搬送されるのを抵抗しないはず。
低く唸ってからブライトは幽々子に問うた。
「他には? 例えば、その男が誰かと話をしていたとか……」
「さすがにそこまでは、ね」
「目撃者から男の特徴とか判明すればいいが――あまり望みをかけない方がいいだろう。おっと」
ブライトは、携帯電話にメールの受信を知らせる音楽が流れたのに反応し、手に取って確かめた。
彼が依頼をしていた人物は警察官僚。
些細な話程度だと、ブライトが頼んだのは……
まずは、刺青のバーサーカーもとい『アベル』に関する情報。
公式に発表されていない情報や、簡易的な現在までの情報、それと恐らくアベルが最初に犯行を行ったであろう事件。
依頼をする言い訳に「孫が事件に関心があって」なんて使ってみたが。
相手は笑って了承してくれたところ、ウィルソン・フィリップスの顔の良さが優れていると言えよう。
「ユユコ、こいつを見てくれ。どう思う?」
監視カメラっぽくはない。
インターネット上などに広まっている画像らしきもの。恐らく一般市民が撮影したものだろう。
人の生首をかかえた少女と、おぞましい顔をしたフードの男。
その二人がアベルと同行している絵だ。
幽々子は眺めた後、溜息のような返事をする。
-
「多分、他の主従かしら。フードの方がサーヴァントでしょうけど」
「ああ、驚いたよ。アベルに友達が出来た」
「………貴方が彼に殺されたって理由が、少し分かる気がするわ」
「私が冗談を抜かしたように捉えられているようだけど、本気でビックリしているのさ。
まぁ、何を考えているのか理解できないが。アレでもアベルは他人を見る目はあるのだよ」
成程。幽々子はちょっぴりだけ納得した。
ブライトも、アベルと同行する彼らを『普通』とは想定しないつもりなのである。
もう一つの画像。
そして、文面。
アベルが最初に出現した博物館……
何故、ブライトがこれだけに注目したのか?
彼は他よりもアベルを理解しているのは事実であり、召喚されたアベルがブライトの知識通りの存在ならば。
確実にある物が宝具として昇華されていると判断したのだ。
◇
東京都千代田区内にある病院。
一人の男性が一般人?によって担ぎ込まれた。
左肩と右足を負傷がそれ相応のものであり、一通りの手当ては終えたものの。
ただならぬ傷跡と感じた病院側は、事件性があると見て警察に一報を入れていた。
それを知らない男性――アダムという教授。彼も聖杯戦争のマスターの一人である。
病室で安静にしている暇などない。一刻も無駄にしたくはないが、今は仕方がないだろう。
傷の痛みは確かで、足に関しては歩けば激痛が走る。
何より――………
霊体化をしているアダムのサーヴァント、ロボットのアーチャーと念話を交わしていた。
内容は『財団』について。
アダムも、いくらサーヴァント相手とはいえ『財団』の全てを語る事はなかった。
裏切り行為を既に行っているが、最低限。財団職員の意地として、隠すべき部分は触れず、アーチャーに伝えた。
そうしなければ、アーチャーの方が納得しないのだから。
『……ってことは……ルーシーが言った通りの事も、したのか』
(我々は常に最善を尽くしてきた。しかし、それでも限界がある。「処理」もそうだ。
手の施しようもないほど終わってしまった存在は、誰かが「終わらせ」なければならない)
アダムはアーチャーに納得して貰うのと同時に、説得もしていた。
(我々の手段が「悪」でないとは証明は出来ない。それも『必要悪』なのだ。アーチャー)
『………一つ、頼みがある。アダム』
(可能な限り努力しよう)
『やっぱりルーシーを殺すのは、駄目だ。俺はできねえし、ルーシーが聖杯を手にしたいように見えないんだよ』
-
ルーシー・スティール。
彼女は聖杯戦争に巻き込まれただけだ。予期せぬ形で。ある種の不幸と称しても良い。
尤も、意図せず巻き込まれたのはアダムも同じ。
恐らく、他のマスターもそう。
ルーシーには願いなどなく、アダムには確固たる願いがあった。
それだけの違いだろう。
アーチャーの要望に対し、アダムは目を伏せた。
(アーチャー……この聖杯戦争の主催者が、生き残ったマスターを生かしてくれるだろうか)
『な、何言ってんだ』
(令呪が残ればマスターは死に絶えることはない……だが。もし聖杯戦争が終わりを告げ
生き残ったマスターが居た場合……主催者たちはどうすると思う? 素直にあるべき世界へ戻してくれるか?
私は……私は、そうは思わない。聖杯を獲得したマスターも、然りだ)
事実それは妄想ではない。
主催者からは、マスターたちにどのような処遇を下すかなんて説明はなかった。
アダムは最悪自分が死に辿るとしても、娘のことを聖杯に願えれば良いと思っている。
否。
最初から、アダムはそんなつもりだった。
(マスターの殺害を控えたい気持ちは分かる。だが、結局は無意味かもしれない。
主催者の力は――強大だ。逆らえば、聖杯獲得の権利剥奪では済まされない)
大げさにアダムは話すが、決して想像上の話ではない。
架空の世界を作り、人間の複製を行い、財団にいたアダムをここに誘拐した。
間違いなく主催者の力は本物である。誰もがそれを忘却しかけるだろう。
半ばアーチャーを強引に言いくるめているようだが。聖杯を獲得するには、これしか術はないのだ。
アダムは沈黙するアーチャーに説得を続ける。
(何より。私は彼女が……ルーシー・スティールが混乱しているとは判断しない。彼女は冷静にあの決断を下したのだ。
……我々は「幸運」にも彼女を捕捉している。棺の破壊よりも、彼女の始末こそがSCP-076-2への最善策だ)
真っ向勝負は困難だ。
棺の破壊も重要だろうが、ルーシーを始末する方が最善すぎる。
返事がないアーチャーに対し、アダムは言う。
(頼む、アーチャー。戦う相手はSCP-076-2だけではないんだ。
数多のサーヴァントとの死闘が予想される以上、なるべく安全にSCP-076-2を無力化した方がいい)
どうしても―――聖杯を獲得するには。
そして、聖杯戦争の会場で『災厄』が発生するのを防ぐには。
ルーシー・スティールの死しかないのだ。これも『必要悪』だと割り切る他ない。
折角掴めたチャンスだ。
棒に振るなんて出来る訳がない。
-
『アダム……「財団」ってのは潔く諦めるのか。違うだろ』
アーチャーがやっと応えた。
『お前は今まで影ながら人々を救い続けてきたんだろ! だったら!!
ここにいるマスターたちも助けてやろうとは思わねえのかよ!』
(………)
『ルーシーも、アダムも! 家族が待っている!! お前の娘だって……父親がいなきゃ解放されたって嬉しくねぇ!』
やはり、アーチャーは『父親』なのだ。
ロボットでも、何でもあったとしても、父で居た事実は変えようがない。
ルーシーはアダムが『正しい』と称した。
だが、大きな間違いである。
聖杯戦争を行うに当たって――それらを妨害する財団の方が、この状況では『悪』なのだから。
逆に彼女こそが『正しい』のだ………
「アーチャー。『見つけ次第、ルーシー・スティールを殺害しろ』」
アダムが下したのは単純な命令ではなく――令呪による強制だった。
アーチャーとの関係を悪化させるものであったとしても。
彼は、こうしなければルーシーに攻撃すらしないだろう。
『アダム!?』
「私がSCP-076-2を止め、ここで最悪の事態を起こさぬよう行動するのは。
聖杯を得る為だ。私は聖杯を得ようとしている時点で――財団を裏切っている!」
『どうしても、そのつもりなのか。お前! ルーシーは……あの子の家族は!!』
「良いか、アーチャー! もし、SCP-073がサーヴァントとして召喚されているのならば………
SCP-076-2以上に倒すのは不可能だ。奴はあらゆる攻撃を跳ね返す……お前では倒せない。
アレこそマスターの方を倒すしか術はないのだ」
アーチャーは絶句する。
聖杯を必ずアダムに。
それを約束したのだから――あの忌まわしき兄弟を倒すのに、マスターの死という罪を背負わなければならない。
逃れられない運命。
アダムも、アーチャーも。ただただ、遣る瀬無い気持ちに包まれるのだった。
-
ランドセルランドの戦いが終わりを告げた後、安藤兄弟たちは昼食を終え。
「これからどーする?」と潤也が兄に尋ねていた。
難しい表情を浮かべていた安藤は、どう話を切り出そうかと悩む。
兄を察した潤也の方が先に言う。
「どっか寄る場所でもあるのか?」
「……宿題の為に資料を探そうと思ってて。俺の用事だし、潤也は無理して付き合わなくていいぞ」
「ふーん? じゃあ、先に帰ってるから俺が晩メシ作っておく!」
「お前が!? 危険過ぎる……」
心配するなって! 潤也は相変わらずの調子で笑うものだから、安藤もつられて笑みを作った。
潤也と別れた安藤は、電車を乗り継いで目的地を目指す。
ただ、遊園地に足を踏み入れただけで邂逅したバーサーカー、そしてアヴェンジャー。
安藤のサーヴァント・アサシンが出くわしたライダー。
今もなお殺戮を止めない『最悪の弟』………安藤の頬に冷や汗が伝う。
「同盟か……」
アヴェンジャーは聖杯戦争と真っ向から対立する姿勢だ。
ライダーは恐らくアサシンの能力に警戒し同盟を持ちかけてきた。
どちらのサーヴァントも、マスターの真意は不明。
安藤としては、少なくともアヴェンジャーのマスターは不動高校におり。
ライダーのマスターも……身近にいるのでは? と考察していたのである。
というのも。
ライダーの言い回しから察するに、彼もしくは彼のマスターは安藤と接触する事が可能な状況だと推察できた。
いつ邂逅が叶うかも分からない相手に、同盟に対する返事を待つ。
……などと、悠長な構えを取るのは変である。
それが出来るのは、安藤の身近にいる証拠……まさか不動高校に他のマスターが?
「なら、明日は学校に行ってみるか……」
安藤も正直、同盟は願ってもない話だった。
アサシンの絶対防御と呼べる能力は、異常に優れているのだが。
直接攻撃となる手段は一切ない。
安藤も『腹話術』が奇策の一つではあるものの、決定的な一撃じゃないことは重々承知していた。
『双方の話を承諾するつもりはないのですね』
アサシンの念話に対し、安藤は頷く。
(同盟相手が多ければ多いほどいいと思う。でも……アヴェンジャー、あいつは……
もしライダーのマスターが聖杯の獲得に動いていたら、容赦はしない……)
アヴェンジャーの言葉通りなら。
ライダーも、そのマスターも始末されるのだ。
あの男は『そういう事』を慣れている。造作もなく成し遂げる。
-
安藤は考えた。
少なくとも――戦争は止めなければならない。あの『最悪の弟』も。
きっと、偽りであれこの『東京』の秩序は確実に崩壊へ近づく事だろう。
ただ。
『聖杯』とは、破壊するべきなのか?
本当に破壊しても良いのか?
願いを叶えるだけの願望機と決め打てない。破壊しても良い物とは限らない。
破壊するべき物とも限らない。
断言は出来ない以上、聖杯の破壊を目標にしてはならないと安藤は考えた。
そして、主催者たち――先導アイチたちの目的が、聖杯戦争の完遂であるならば、達成させてはならない。
安藤は我に帰り、ある駅で降りた。
駅から脱出し、安藤の目の前に視える――目的地である警視庁が。
とはいえ警視庁周辺でうろうろする訳にはいかない。
「確か……」と安藤は付近に公園(正式には日比谷公園)があったのを思い出す。
着実に公園へ歩み始める安藤は、念話でアサシンに伝えた。
(一先ず、俺は公園で待ってる。居ても不自然じゃないし……大丈夫なはずだ)
実質、高校をさぼってしまったのだ。
余計なことで職務質問などされては厄介になりかねない。
慎重に動く安藤に対し、アサシンの常に機械的な声色が聞こえる。
『マスター……一つ、よろしいでしょうか』
(………)
『ライダーのマスターに心当たりがあるのでは?』
最早、アサシンですら確信を感じているのだろう。
一体いつから? ライダーが出現した時から? 違う。
結局この『東京』も、人々も偽りだったのだ。安藤の知る、流されるだけの人々だけしかいない。
だから安藤は、記憶を取り戻してしまった。
だから安藤は、気付いてしまった。
(ああ…………潤也は、きっと『マスター』だ)
-
潤也は正真正銘の『安藤潤也』だった。
ランドセルランドの戦いを通じて、安藤は実感する。
だとしても――潤也がライダーのマスターなのか? ならば、何故あそこで。
それ以前に、聖杯戦争が開始した直後に話を……否、潤也は安藤がマスターだと察せるか定かではない。
違う。絶対にありえない。
きっと気付いている。
安藤は思い返す。一度だけ逃げたのだ。『最悪の弟』に支配されつつある偽りの空間から。
あの時。
潤也は察せたはずなのだ。
潤也でなくとも、彼のサーヴァントならば……きっと。
だったら、どうしてソレを安藤に伝えようとしないのだろうか?
まさか……潤也は聖杯を獲ろうと目論んでいるのか?
何故?
事故で死んだ両親を生き返らせたい?
実は、そんな事を考えていたのだろうか?
だとしても、尚更の話。安藤にそれを伝えない理由にはならないはず。
『彼がマスターで、聖杯の獲得を狙うのならば。アヴェンジャーにとっては「敵」です。
聖杯戦争においてマスターを殺害は必須ではありませんが、彼は恐らく……』
(分かっている。分かっているんだ……)
アヴェンジャーが安藤の周辺に探りを入れるか?
安藤の弟まで調査するかは分からない……第一、アヴェンジャーのマスターの正体を掴めていない。
どうやって安藤がマスターであると狙いをつけたのかさえも不明だ。
(潤也が俺に悟られないように行動しているなら……動くのは潤也じゃない。サーヴァントの方だ。
確かにサーヴァントがマスターと別行動するのは、リスクがあるけど。
アヴェンジャーのように、マスターの正体を探られないメリットもある)
潤也が約束通り夕食の準備をするなら、帰宅するのは嘘ではない。
安藤の考察が筋通るなら潤也は目立った行動はしないだろう。
一方で、アヴェンジャーの動きは不安だが……彼も安藤だけに重点を置くとは想像しがたい。
最悪、監視されている可能性はある。
安藤なりに、アヴェンジャーの接触を見る限り。
彼自身の目論みに利用できる主従を選別しているのでは? と考察する。
-
安藤は、漸くアサシンに問いかける事ができた。
(アサシン……『奴』を、どうしたいんだ。俺たちは最終的に『奴』と対決する)
『………』
(赦されるか、赦されないかの問題じゃない……最終的に倒したいのか……?)
刺青男が聖杯を狙っているとは思えない。
きっと、殺戮だけを目的とし。最終的な願望は、一欠片もない。
最悪――倒さなくては。
アサシンからの情報による例の『棺』を破壊したうえで、討ち滅ぼすのだ。
そうしなければ奴が東京から消滅することは叶わない。
『私が望むのは謝罪のみです。マスターが彼を葬るべきと考えたならば、従いましょう』
霊体化している為、アサシンの表情は伺えないし。
声色も冷淡な――何の感情も込められていないように錯覚するものだった。
けれど、安藤は歩みを止める。
「あんた、何も考えてないだろ」
アサシンからの返答は、なかった。
「俺は一度もあんたに『従え』なんて命じてない。助けたいなら、助けたいとハッキリ言ったらどうだ」
安藤自身、それは無謀だと分かり切っていた。
あの『最悪の弟』はアサシンに何も望んでいない。何かを与えても、投げ捨てる。
アレはどうしようも出来ない。
救済を与えることすら、無意味な存在だ。
「俺は――ちっぽけな能力しか持っていない。『考える』事しかできない。
でも、逃げない。あんたも逃げないって決めたんだろ。だったら」
刺青男に、『最悪の弟』に――
『アベル』に勝利するくらいの覚悟で挑む。
安藤は既に決心した。
後は――アサシンの――『カイン』の意思だけであった。
-
「割とあっさり見つかっちゃうものね。まぁ、ほぼ解答を知っているから当然かしら」
幽々子が例の『棺』の画像を目にしていた。
それこそが刺青のバーサーカーの宝具であり、彼が何ゆえ人類に対して脅威的なのか? の原因となる代物。
刺青男・アベルはタダでさえ暴力の擬人化のような戦闘能力を保持し、イカれた知能を備えているだけではなく。
それらに加えて不死身なのだ。
彼が人類に敵対心を持つのに、これらが悪夢の四品セットで販売されるような有様だ。
アベルの不死性を機能させるのが――この『棺』。
幽々子の『西行妖』が表で設置する宝具のように、アベルの『棺』も移動可能な代物ではない。
逸話になぞるならば……きっとアベルが初登場を果たした現場にあると、ブライトは踏んだのだ。
彼の推測は見事的中する。
アベルが最初に行った犯行現場。江東区の博物館に『棺』は展示品と称し設置されていた。
博物館の住所を把握したところで、幽々子が口を開く。
「ところで、ブライト。結局、どうするの?」
「うん?」
「刺青の彼……面倒だからアベルと呼ぶけど。アベルと彼のマスターに接触して、どうするの?
まさか本気でアベルに変な命令をしたいが為に、追っているつもりじゃないでしょう」
「あぁ……八割ほどそのつもりだが、それ以外の事はあまり考えていないかな」
幽々子は大いに呆れていたが、ブライトはメールで送られてきた情報を目に通す。
「そもそも私の行動方針の五割は東京観光で、残り五割は……色々とね。
主催者たちがどうやって私をここへ連れてきたのか、聖杯戦争の在り方など他の興味はあるさ。
それらを行う上で、正直アベルは邪魔になりかねないからね」
アベルが居ようが、居なかろうが、聖杯戦争の状況下に平和と余裕を求めるのはお門違いだ。
幽々子はブライトに突っ込もうとしかけるものの、止める。
何故なら、ブライトの表情が途端に曇ったのだ。
こんな彼を幽々子も初めて拝めた。
「おいおい」とブライトが焦りを現にしたのは、アベルに関するある情報。
新たな共犯者の情報だと向こう(警察)は解釈しているが、特徴を聞く限り。
絶対にありえないはずだった。
「共犯者だって? ……コレは間違いだ」
「この共犯者に心当たりでも?」
「ユユコ。アベルと聞いて、もう一人。連想する人物がいるだろう?」
「…………カイン?」
-
聖杯の知識から引き出した情報を頼りに、幽々子は正解を口にする。
アベルがいれば、当然カインもいるだろう。
幽々子も何となく想像していたのだが……共犯者の特徴が、まさにブライトの知る『カイン』そのもの。
アベルとカイン。
二人が揃ったと聞いて、幽々子でさえも嫌な予感を覚えた。
「参ったな。これは想定外にもほどがある! SCP-073もいるなんて、クソったれな悪夢であって欲しいよ」
だが、ブライトもカインがアベルとは異なり人類に敵対的ではない事は把握しきっている。
故にこの情報は偽りだと察せた。
最悪、彼が収容される以前に攻撃的な相手を『呪い』による殺害を犯したような過ちを繰り返し。
警察に危険人物と称され、アベルの共犯者の濡れ衣を着せられたくらいだろう。
もう一つ。
ブライトが依頼したのは、アベル以外に関する情報。
些細な事件でもいいから刺青男と無関係なものを要求したところ。
刑務所の不審死・行方不明者・美術館の器物損壊などなど……多種多様な情報が揃った。
しかしながら、植物が腐敗した――といった類の記述がある文面は、ない。
植物の腐敗……具体的にあげるなら、土地の汚染物質による被害。
それは、警察ではなく『環境省』の管轄に含まれる。
残念だがウィルソン・フィリップスが所持していた名刺の中に、環境省に関わる人物はいない。
やれやれ、これでは秋葉原でメイドカフェに立ち寄る余裕がないじゃないか。
ブライトは内心、そのような文句を呟いていた。
「うっわ、あのおっさん宝石つけてるけど似合わなくない?」
「ホントだ。だっさい~」
偶然、通りかかった二人の女性がブライトもとい『ウィルソン』を遠目に語り合う。
彼女たちは、きっとブライトに聞こえるよう話しているつもりはないのだ。
冗談半分。面白半分。本気かどうかはさておき、直接伝えようとしない時点で陰口も同然。
ブライトは「ふむ」と何か思い至り、彼女たちに話しかけた。
「君たち! 私も全くそう思ってたところだよ。実は、知り合いがコレをくれたんだ。
仕方なく身につけていたのだが……やっぱり、似合わんだろう。私みたいな奴にはね。宝の持ち腐れだ」
アメリカ人らしい大げさなマシンガントークをするブライトに
いかにも現地人の女性二人は困惑していた。
日本では、他国によくある愉快なノリは通用しにくいものである。
「私みたいな男性よりも、君たちのような女性が貰った方が宝石も喜ぶだろう。
これも縁だと思って、君たちにあげよう! ちゃんとした本物だ、持ってくれれば分かるはずさ」
「え……ええ」
彼女たちは見知らぬ男性に宝石をやる、なんて言われ明らかに警戒していた。
戸惑いながらも1人が、恐る恐るルビーと思しき宝石がはめ込まれた首飾りに触れる。
そして――
-
幽々子も唐突なブライトの行動にさり気なく合わせ、ウィルソンに死を与えた。
邪魔になった『ウィルソン・フィリップス』は、ベンチに座っている。
彼を起こさないでくれ、死ぬほど疲れている。
と誤魔化せば問題ないくらい外傷一つないその死体は、心臓麻痺辺りの死因で処理されるだろう。
だが、彼の方針はアベル並に意味不明である。
幽々子は、先ほどの首飾りを身につけた女性――の体を乗っ取ったブライト博士に問いかける。
「で? 今回は何があって『乗り換えた』のかしら」
ブライトの現在の肉体である女性と同行していた連れには、適当な都合を理由に別れたと思われる。
死体から財布と携帯電話だけを強奪し、女性が所持していた鞄にソレを仕舞うブライト。
満足したところで彼(肉体は女性だが)は幽々子の問いに答えた。
「ユユコ、想像してみて欲しい。君が『オダノブナガ』の立場でね。
彼が聖杯戦争におけるマスターと仮定して、そんな彼にキャスターのマスターと思しき存在が接触してきた」
「普通は警戒するかしら。逆に『ウィルソン・フィリップス』の探りを入れたいわね」
「しかし、どちらにせよ『ウィルソン・フィリップス』に接触するべきではないかな?」
「そうね。彼のサーヴァントの手の内次第じゃ、接触しても構わないでしょう」
「その通りさ、ユユコ! 最終的に『オダノブナガ』は我々と接触する。だが―――
あえて『ウィルソン・フィリップス』ではなく今の私のような女性がマスターであった場合。
大分、イメージが変わると思わないかね?」
逆に、罠ではないかと警戒されそうだが。
幽々子というサーヴァントが傍らに存在するのと、ブライトの令呪を確認すれば。
相手方は納得してくれる、だろうが……意図はサッパリだ。
第一印象のインパクトを重視したアイディアなのか?
幽々子が考察した通りに、ブライトが「第一印象だ」と意気揚々に語る。
「正直言って、あの初老の政治家よりも、美人の方が好印象だ!
第一印象で人を決めつけるのは良くないが、結局は第一印象が全てだと思うよ」
一応、納得はしたが。
それにしたって理不尽極まりない。
地位を利用されただけの『ウィルソン・フィリップス』。
新たに乗っ取られた女性。
決してブライトに限った物語ではない。このような理不尽を日常に押し付ける……それが『SCP』でもある。
彼は、これでも残虐な理不尽から人々を守る『財団』の一員だ。
-
「――おい」
ただし、その事実を知る人間は少ない。
聖杯戦争の舞台においては、さらに絞られるほどに。
ブライトたちの前に現れた一人の少年。
この時間帯にうろついている事すら、日常を逸脱している中学生程度の未成年者。
彼もまた、ブライトの正体を知らぬ人間だったが。
唯一。ブライトが聖杯戦争のマスターだと見抜ける数少ない一人ではあった。
「よく分からねーが、その男はサーヴァントの能力で殺したんだろ」
先ほどのブライトが口にした第一印象を用いれると。
少年はガラの悪い、如何にも反抗期だと言わんばかりの雰囲気を醸し出しているが。
ブライトと幽々子による理不尽な殺人を快く思っていないようだ。
彼なりの正義感が胸に秘めている。
幽々子は、少年がマスターだと察せた。故に、どうしたものかとブライトの様子を伺う。
女性の体を乗っ取ったままのブライトは、不敵な笑みと共に返事をする。
「安心して構わない。『彼』は聖杯戦争におけるマスターではないよ」
「は?」と少年は素っ頓狂な声を漏らす。
彼の表情は憤りと困惑が入り混じったものであった。
恐らく、少年がブライトに問い詰めたかった事実は、それではないのだろう。
ブライトは、お構いなしに話を続けた。
「おや、聞いていなかったかね? ここにいる人間は『生贄』だよ。
尤もそれは主催者が使用した呼称であって、実際のところは人間の『レプリカ』のようなものだ」
「あんた、何言って………!」
「だからとはいえ殺人は許容できないと? はははは! 正義感に満ち溢れているね!
しかしだよ。『レプリカ』が死んだところで『東京』の様子はどうだい? 何一つ変わってないじゃないか」
生贄の人間が死んだって、大した事じゃないんだ。軽快に笑い飛ばすジャック・ブライト。
そうであっても人間。されど人間の形をしたモノ。
ソレの正体がどんなものであっても、生きているのだ。
-
何でもないものと軽視することに少年――馳尾勇路にとっては赦し難いものだった。
勇路は、コイツにだけは<断章>による制裁を与えても赦される、とすら感じた。
いつの間にか安全ピンを手の内に忍ばせているが。
ブライトの傍らにはサーヴァント……キャスターこと幽々子の存在。
彼女が一体どう行動をしでかすか分からない。
(バーサーカー!)
勇路は念話で自身のサーヴァントに呼びかけた。
無論、彼の傍らにバーサーカーは霊体化をし、存在はしていたものの。
バーサーカーは不服そうな声色をしていた。
『炎天下の元で実体化しろと? 家臣であるなら日傘程度は用意できぬか、無礼者』
(んなこと言ってる場合じゃねーだろ! 連中を放っておくつもりかよ!!)
『それは貴様にとって目障りであり、余は奴らに対する感情がない』
吸血鬼として召喚されてしまった時点で、バーサーカーは不満を買っているというのに。
昼間の戦闘を強制するならば、勇路の血を吸いつくす以前に。
明確な殺意による殺害の実行を決断する方が速いはずだ。
くそ、と舌打つ勇路。
一方のブライトたちも、ただ無抵抗に終わる訳がない。
以前、マスターの体を『乗っ取って』色々と試してみたいと述べていた通りに。
勇路の肉体に『乗り変わる』のも悪くは無い。
ないのだが……如何せん勇路は見るからに未成年なのだ。
ブライトの現在の体である女性や、ウィルソン議員といった成人男性とは違い。
未成年なだけで大分行動が制限されてしまう。
夜間うろつくだけでも、警察のお世話になりかねない。
幽々子も念話でブライトに伝える。
『彼。魔力は感じるけど……どうする? 彼のサーヴァントも姿が見えないし』
(体を乗っ取るのは良した方がいいかな。かといって、無視する訳にはいかない)
素直に同盟を組もう。
なんて素敵な話は、ブライトは毛頭する意思がなかった。
勇路は良くも悪くも、少年らしい年頃だ。既にブライトの犯行を目撃している以上。
脅したところでブライトたちの指示を受けるとは思えない。
勿体無いが『処理』してしまおう。
利用出来れば良かったが、勇路は利用どころか反抗しか与えてくれないだろう。
であれば、生かしておく理由もなくなってしまった。
残念だ。うん、非常に残念でならないよ。
なんてブライトは責任逃れの呟きを繰り返し、幽々子に命令しようとした。
-
その時。
「逃げろーーーーーーーーーーーーーー!!」
一つの大声が、日比谷公園に響き渡った。
「!?」
公園内で一人の男性が叫ぶ。
彼は勇路とブライトたちから少し離れた位置にいたものの。
決して、勇路たちに向けて言葉を発したのかは定かではなかった。
一体何事か、他の無関係な人々も注目する中。件の男性は続けて叫ぶ。
「ここに爆弾が仕掛けられているぞ! 早く逃げろーーーーーー!!!」
爆弾……!?
話がついていけない。爆弾が仕掛けられた? それは聖杯戦争のマスターによるものなのだろうか。
何より、あの男性は?
彼が聖杯戦争のマスターということも………
ブライトや勇路も、可能性を視野に入れようとした時。
今度は、老女が叫んだのである。
「あともう少しで警察が来るらしいわ! 早く逃げましょう!!」
続けるように、少々呆然としていた主婦らしき女性が叫んだ。
「いつ爆発するかも分からないのよ! みんな、逃げて!!」
奇妙な現象に困惑する勇路。
いよいよこうなれば「本当に爆弾が?」「最悪、警察もここに?」と不安が渦巻いた。
勇路は、家も抜けだし、学校も不登校した身だ。
もし本当に警察が現れれば……
文字通り勇路が我に帰った時、ジャック・ブライトが乗り換えた女性の姿は消えていた。
幽々子の姿もない。
混乱し、逃げ惑う人々の流れに乗じ、姿を眩ませた。サーヴァントの幽々子は霊体化でもしているのだろう。
「おい!? どこへ行きやがった! バーサーカー………!!」
『全く忙しい奴め。貴様は先ほどの主従か、少女の主従。どちらかを選ぶべきである。
双方取るならば好きにするがいい。それほどの裁量が貴様にあればの話だが』
「な………」
バーサーカーの素っ気なさすぎる態度に勇路は苛立つが、冷静になれば一理ある。
どちらかは選べない。
勇路も、少女(先導エミ)を捜索し、偶然この場を通りかかっただけで。
死を玩ぶ主従との邂逅は夢にも見ていない出来事だった。
どちらも放置してはおけない。だが、どちらしか選べない。
再び舌打つ勇路に、公園に居合わせていた男性が声をかける。
「君! なにをしているんだ、逃げた方がいいよ。そこのおじさんも――」
男性が、ベンチに座るウィルソン・フィリップスの肩を叩く。
その僅かな弾みで死体はベンチから落ちてしまった。
見るからに死人のソレだと理解した男性は、腰を抜かしながら悲鳴を上げる。
勇路は振り返る事なく、逃亡する他なかった。
誰も居なくなった一種の地獄で。
一人の『魔王』が、この光景にほくそ笑んでいた。
-
一般人による突然の混乱。
それは安藤の『腹話術』によるものだった。
ウィルソン・フィリップスの死体発見と共に、警察が再び日比谷公園に現れ、現場検証が行われている。
安藤は、野次馬の中からそれを眺めた。
潤也のサーヴァントの監視、アサシンに同盟を持ちかけたライダーの存在、アヴェンジャー。
様々な視線を警戒していたが。
安藤は、それでも『腹話術』を使用した。
あのまま。
彼らは『聖杯戦争』を繰り広げるのは明白であったから。
安藤は、少なくとも主催者を止める事は確固たる方針として定め始めていた。
聖杯戦争を止める。
までは行かずとも、阻止する事は可能なのである。
つまるところ、今回のような手段で。
これで良い。安藤は一つの満足を胸に覚えた。
(……けど………あのサーヴァントの能力は一体)
安藤もわざと周囲に合わせ、野次馬の中にいるのではない。
一つは、アサシンが警視庁にて情報を収集するまで待機している為。
もう一つは、この現場検証で警察関係者の発言からキャスターが殺害したと思しき死体の情報を入手する為。
外傷はなく、詳しい死因は不明。
事件性がない為、心臓麻痺で処理しよう。
……といった情報だけは聞き取れただけ。故に安藤は考える。
野次馬も段々と興味をなくしたように一人、また一人と日常へ溶け込んで往く。
安藤は、ブツブツと考えながら。公園から離れる事にする。
「キャスターは陣地作成と道具作成……戦略的な行動に適しているんだ………」
だったら、マスターと行動している方がおかしくないか?
召喚されてから陣地を作成するのに、どれほど時間がかかる??
あのキャスターはマスターに同行している時点で、陣地を諦めているか。既に基盤となるものは完成させた。
――その、どちらかだと安藤は考察する。
でなければ、聖杯戦争を勝ち抜く方針の場合。無謀と言わざる負えない。
「あの! あの、すみません!」
「………え? あ、俺?」
急に声をかけられたので、安藤も反応に遅れた。
一人の女性が普通な雰囲気で話を続ける。
「これ、落としましたよ!」
女性が差し出してきたのは派手なルビーの宝石がつけられた首飾り。
どう考えても安藤には覚えがない代物だった。
常識的に見ても、このような首飾りと安藤は無縁の存在である。
「いや……俺は落してませんけど」
「え? 私、ちゃんと貴方がコレ落とすのを目にしてたんですから!!」
-
どういうことだ?
訳の分からない女性の主張だが、彼女は『何かに操られている』様子ではないし。
見間違いだろうが、彼女が納得しない雰囲気だったので。
安藤は渋々、似つかわしくない首飾りを受け取ろうとした。
『マスター! 触れないで!!』
かつてないほどの声量でアサシンが呼びかける。
警視庁での情報収集は終えたのだろうか?
だが、アサシンの声色は機械的であったが必死さが伝わるのが十分である。
安藤は不自然に固まってしまったものの、慌てて話を続けた。
「すみません、急いでるんです。本当に俺は落していませんから、警察に届けて下さいっ」
「あー………」
アサシンから後で事情を聞くとして、安藤は一刻も早く立ち去るのを優先する。
女性は首飾りを手にしたまま呆然としていた。
彼女が追跡する様子はないが、仮にマスターだとすれば? サーヴァントが追跡する可能性もある。
もし、安藤がマスターなのではと疑い、接触してきたとしたら?
安藤が駅のホームに到着し周囲を警戒するが、先ほどの女性はいない。
そのまま、江戸川区方面に向かう路線へ足を運んだ。
(アサシン、さっきの人を知っているのか)
『正確には、あの首飾りを存じております』
(え………首飾り? なんだ、あれって。呪いの代物とか……?)
『詳しくは教えられません。私の「情報」は秘密厳守と命じられたものです。
マスターにも最低限の情報しか公開できません。ただ………アレには触れてはなりません。
そして、あの女性は――現時点では聖杯戦争のマスターと判断して構いません』
(……そうか)
アサシンの所持する『情報』とやらに引っ掛かりを覚える安藤だが、とくに疑心は抱かない。
むしろ、アサシンが安藤を阻止した瞬間。
表情は伺えないが、アサシンは自らの意思で動いた。
安藤を守ったのだと察せるのは容易だった。
彼の一連の行動は、彼が『考えた』末の結果なのだと。
そう、アサシンは考えた。
仮に首飾りの女性―――『ジャック・ブライト』と接触し、アサシンの存在を知られれば。
バーサーカー・アベルとの接触を妨害されるのは明白である。
アサシンは決心したのだ。
本当の意味でアベルと対決する事を―――………
-
罪は赦されたいと願った事はあるが、赦されるものはないと分かり切っていた。
赦される事はないのでもなく。
赦される権利すら与えられない。
完全に神の掌から零れ堕ちた。見放され、救いを求められず、掲げられる正義もない。
いつかは、赦されるものだと『考えて』すらいなかった。
しかし。
それでも救いを与える事は出来るのか。
見放さず、正義の為の犠牲にはなりえるのか。
で、あるのならば―――
聖杯を手にせず、ちっぽけな力でどうにかしようと足掻けるならば
主が『魔王』と成るように、何か。なんであってもいいから、救えると云うなら。
それこそ彼の『兄弟』が望まず。自己満足であったとしても。
ただ漫然と生きているだけの人生なんて、もう――終わりにしよう。
何の意気込みもなく、平坦に生きたくはない。
それこそが安藤も、カインも抱いている本心だった。
【三日目/午後/千代田区】
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通+潤也から貰った一万円(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)と対決する。聖杯戦争を阻止する?
0:自宅(江戸川区)方面へ移動する。
1:考える為に情報を集める。
2:アヴェンジャー(マダラ)とライダー(ジャイロ)からの同盟の話は慎重にする。
[備考]
・原作第三巻、犬養と邂逅した後からの参戦。
・役割は「不動高校二年生」です。
・通達について把握しております。
・潤也がマスターであると勘付きましたが、ライダーのマスターであるとは確証しておりません。
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・アヴェンジャー(マダラ)のステータスを把握しました。
・アヴェンジャー(マダラ)のマスターが不動高校の関係者ではないかと考察しています。
・ライダー(ジャイロ)の存在を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
また首飾りの女性もマスターであると把握していますが、キャスター(幽々子)のマスターと
同一であるとは把握しておりません。
・少年(勇路)がマスターであると把握しました。
・SCP-963-1との接触が危険だと把握しました。
・現時点で腹話術の使用による副作用はありません。
今後、頻繁に使用する場合、副作用が発生する危険性が高まります。
【アサシン(SCP-073)@SCP Foundation】
[状態]霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)に謝罪をする
0:バーサーカー(アベル)を助ける……?
1:自分は聖杯を手にする資格はない、マスター(安藤)の意思を尊重する。
2:バーサーカー(アベル)と接触する為、ブライトに行動を悟られないようにする。
[備考]
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・ライダー(ジャイロ)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
しかし、キャスター(幽々子)のマスターがブライトであるとは把握しておりません。
・潤也がマスターであると確信しております。
・警視庁にて、現時点までの事件の情報を把握しました。
-
「やれやれ。今のはサーヴァントに怪しまれてしまったのかな?」
先ほど安藤に首飾りを渡そうとした女性――ブライトは溜息をついてしまう。
離れた位置から様子見していた幽々子が現れ、さすがにね。と呟く。
ブライトは公園で乗り換えた女性とは、また異なる別人の女性に『移り変わっていた』のだ。
これまた何となく『変わった』のではない。
ブライトも、公園の騒動が聖杯戦争と無関係とは判断しなかった。
マスターの仕業か、サーヴァントの仕業か。
まずは、別人に乗り変わって探りを入れるべきだとブライトは行動に至った訳である。
見事に幽々子が明らかに魔力のある少年を、野次馬から発見する。
犯人は現場に戻る習性がこのような形でも発揮されるとは。
しかも、少年とはいえ高校生くらいの年頃だ。勇路よりも行動範囲は広まるはず。
悪くは無いと思い、首飾りを差し出してみたところ。少年に警戒されたのか失敗に終わった。
少年が勘付いた、よりかはサーヴァントが注意を促したように見える。
幽々子はブライトに問う。
「彼をこのまま追う?」
「それはいいかな。さっきの少年と違って攻撃しようとしない辺り、一般的なジャパニーズだと思うよ」
危険視するほどではない。
ブライトは、一応『織田信長』との宴会を考慮し、後先視えない無謀に突っ込む真似は良したのだ。
「少なくともアベルのマスターではなさそうだ。それは公園で接触した少年も同じさ」
だが、公園の騒動を引き起こしたのが彼(安藤)だとして、何がしたかったのだろう?
ブライトと勇路による聖杯戦争を阻止するにしたって変な手段だ。
正直、回りくどいというか……ブライトは靄がかかった気分で唸る。
「彼が聖杯戦争を阻止する方針なのは確かだ」
「ええ、私も同意するわ。それで?」
幽々子が試すように、改めてブライトへ問いかけた。
「貴方はどうするのかしら、ブライト博士」
「うーん………そうだね。どうやらアキバ観光を楽しめられないようだ」
安藤は、聖杯戦争を阻止すると決断した。
勇路は、聖杯そのものを破壊すると決断している。
ジャック・ブライトは?
彼の導きだした答えは、ただの聖杯戦争のマスターのものか。あるいは『財団職員』としてのものか。
それとも――………
【三日目/午後/千代田区】
【ジャック・ブライト@SCP-Foundation】
[状態]20代女性の体
[令呪]残り2画
[装備]SCP-963-1
[道具]ウィルソン・フィリップスの財布+乗っ取った女性2人の所持品
[所持金]現金15万とクレジットカード+乗っ取った女性2人の所持金
[思考、状況]
基本行動方針:???
0:聖杯戦争は――
1:織田信長がマスターならば接触する?
2:少年(勇路)は危うい存在なので、出来れば処理したいが……
[備考]
・キャスターに雑談として財団や主なSCPの話をしました。
・織田信長と宴会の席を本日の晩に設けました。
・フードのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の宝具が設置されている博物館を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の事件以外の情報を入手しました。詳細は後の書き手様に任せます。
・SCP-073が東京に存在することを把握しました。
・勇路がマスターであると把握しました。
・安藤がマスターであると把握しました。
【キャスター(西行寺幽々子)@東方Project】
[状態]能力上昇中(二分咲き)
[装備]扇子
[道具]死霊20体
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:ブライト博士に付き合う。
1:また宴会やりたいわ。
2:どうしてレプリカから死霊が出るのかしら?
[備考]
・ブライト博士に雑談として幻想郷や主な友好関係の話をしました。
・元々いたブライト博士が捨てた体の死霊(2体)に加えて、新たに死霊16体(花見13:SP2:前の体1)を得ました。
得た死霊は常にキャスターの周りに浮かんでいます。
・乗り変わった際に得た2体の死霊を得ました。
・西行妖は現在二分咲きであり、冬の範囲を半径2.5km程までのばしています。
西行妖の存在はまだ認知されていません。
・ブライト博士の影響か、死を操る程度の能力の行使に抵抗が無くなっています。
・SCP-073が東京に存在することを把握しました。
-
「くそっ! どうなってやがる………!?」
勇路は状況がサッパリだった。
勇路のサーヴァント・バーサーカーも、異様な事態に一つ唸りを漏らす。
日比谷公園から離れた彼らは一先ず、人目のつかない場所で警察の監視から逃れようとした。
幸運にも現れた警察の数は、普通より少ない編成に感じる。
ほとんどが刺青男の捜索に注がれているだからだろう。
勇路は、少しの間だけ身を隠そうとした。
何ら意識もせず。
ここならば目立たないだろう、といった具合の路地に勇路が足を踏み入れてみると。
見覚えのある人物が倒れていたのだ。
忘れる訳がない。キャスターのマスターと思しき女性だった。
瞳孔が開き切った彼女の表情を見れば、死亡が明白である。
キャスターと仲間割れして殺害されたのか?
であっても分からない。
あの短い期間で何が不満に想い、そして殺害へ至ったのか。
バーサーカーもそれは腑に落ちないらしく、勇路に告げた。
『ふむ、少し調べろ』
なんでこう上から目線なのだと不満を抱きつつも、勇路はキャスターのマスターの死が納得できない以上。
嫌々、死体を調べるしかなかった。
ウィルソンと同じく、ビックリするほど外傷は一切見当たらない。
それと、所持品がない。
勇路と対峙した際、鞄を手にしていたはず。盗人が持ち去った?
他にも――ルビーの首飾りがないのを勇路は記憶を頼りに気付いた。
宝石にしては自棄に目立つ装飾品だったので、鮮明に覚えている。
高価な装飾品と判断され、盗難のターゲットにされやすいものだろう。
……が。
短期間にマスターが殺害され、所持品が奪われる。それは異常に都合が良すぎるような気もした。
-
「お前……その死体!?」
一般人に見つかったのか、と焦った勇路。
しかし、彼と死体を目撃した存在とはサーヴァント。それもテレビアニメに登場しそうな奇天烈なロボットだった。
勇路が目視すると『アーチャー』のクラス名が浮かびあがる。
相手は攻撃を仕掛けようとしている様子はないが、女性の死体は勇路の仕業だと思い込んでいるようだ。
状況から、疑われるのは仕方ない事だが……
「俺がやったんじゃねーよ! ここに来たら、コイツは既に死んでいた!!」
信憑性がまるでない返事をした勇路は、ロボットのアーチャーと対峙する。
アーチャーが問いかけた。
「お前もマスターだろ? 聖杯が欲しい……って訳じゃねえみたいだな」
「聖杯なんていらねー………そもそも聖杯戦争が<泡禍>かどうかも分からねー……
だけど、さっきまで生きてたこのキャスターのマスターや
ここで暴れているって噂の刺青野郎のやってる事を認めたくはねーんだよ!」
どこかに行方を眩ませた少女を……どうにかしたい。
それこそ、聖杯戦争に歯向かう――主催者と対立する存在に勇路はなろうとしている。
ロボットのアーチャーは意味深に沈黙した後。
冷静に話を持ちかけた。
「なら、一つ頼みがある」
「……?」
勇路は愛想がない少年ではあったが、彼の意思を強く感じ取ったアーチャーは。
彼の方針が『悪い』とか『正しい』なんて指摘はせず。
自分には叶わない事を託せると判断したのだ。
「ルーシーを助けてくれねえか」
-
あくまでロボットのアーチャー・ひろしは、アダムに聖杯を与えるべく勝利する方針だ。
アダムの決断は聖杯戦争において『正しい』のだろう。
ひろしも、刺青のバーサーカーと真っ向勝負が成立するかも怪しい。
ルーシーの殺害が安全策だと、分かっていた。分かってはいても、受け入れられなかった。
聖杯戦争を終えたマスターたちの保証は一切ない。
アダムの仮説通り『処理』されてもおかしくもない。
だとしても……ルーシーも、アダムや他のマスターたちも可能な限り生かしたい。
救うべきだとひろしは思った。
帰る場所があり、待っている家族がいる。
ならば、生きなくては――生かさなくてはならない。
だからこそ、ひろしは勇路を見逃すと決断した。
アダムに命じられた通り、情報収集がてらの見回りを続ける為、勇路に同行はせず。
代わりに病院でメモしたルーシーの携帯電話番号を勇路に渡した。
……が。ひろしは、ルーシーが刺青のバーサーカーのマスターであるとは伝えなかった。
そうすれば、勇路は迷うだろう。
彼にだって刺青のバーサーカーが危険だと判断がつける。普通に阻止するべきだと断言していた。
「………分かった。けど、俺にもやりてえことはある。優先させるのはそっちだ」
勇路の返事に安心したひろしは、一つ加える。
「ルーシーも携帯の番号が知られてると分かっている。まだ警戒しているはずだ。
かける時は慎重にやってくれ。それと――姿は見えなかったが、ルーシーには仲間がいるみてえだ。
多分、俺と同じアーチャーだろうな」
勇路はひろしに警戒をしていた。
しかし、様子からして善良なサーヴァントだと感じられる。
本心からルーシーや、他のマスターの安全を優先させたい意志が垣間見えた。
とはいえ。
結局、聖杯を獲得したい目的は揺るぎない。
どうしてもマスターは聖杯が必要なんだ。ひろしがハッキリ譲れぬと強く主張したのである。
-
「その聖杯っていうのが、本当にただの願望機だったら。俺は破壊はしねーけどな……」
ひろしが立ち去り。死体のある路地から離れたところで、勇路は呟いた。
勇路にだって願いはある。
どうしようもない、それこそ奇跡を起こさなければ叶わないものが。
だが、死を玩ぶキャスターの主従や刺青男もどうにかするべき存在を無視はしない。
彷徨い続ける少女たちも、ルーシーも、助けられるならば救うべきだった。
『一つ聞くが、あの死体には何もなかったのだな』
念を押すようにバーサーカーが尋ねたのに「そうだよ」とぶっきら棒に答える勇路。
『貴様の手の甲にある刺青と似たようなものも、か?』
「………あ? 確か」
バーサーカーが指摘したのは、令呪。
聖杯戦争の参加権でもある象徴のそれは、マスターの肉体に刻まれるべきものだ。
しかし、勇路が調べる限りでは見当たらなかった。
複雑な位置にあれば勇路も気付きはしないが、令呪がそういった場所に現れるかは分からない。
少なくとも、勇路は「なかった」と判断する。
『ならば、コレはさしずめ操り人形であろう。本物ではあるまい』
キャスターのマスターは、どこかで生きている。
奴ならば少女のマスターにも容赦せず、無関係な人々を手にかけた感覚で殺めるだろう。
勇路は、少女たちの捜索だけに集中すると決断した。
刺青男が動きだすであろう、夜までには何としてでも――
そして……バーサーカーも自身が感じる違和感に近付いている事に気づいていた。
【三日目/午後/千代田区】
【馳尾勇路@断章のグリム】
[状態]精神疲労(小)、肉体疲労(中)
[令呪]残り3画
[装備]安全ピン
[道具]ルーシーの携帯電話番号が書かれたメモ
[所持金]中学生としては普通+■親からくすねた分
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊する。
1:少女たち(エミとブルーベル)を探しだす。
2:キャスター主従(ブライト達)を放置してはおけないが……
3:家には帰らない。……戻りたくない。
4:余裕が出来たらルーシーに連絡してみる……?
[備考]
・役割は「不良中学生」です。どこの中学校に所属しているかは後の書き手様にお任せします。
・エミとキャスター(ブルーベル)の主従を把握しました。
・トラウマのこともあり、自宅には戻らないつもりです。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
・アーチャー(ひろし)のステータスを把握しました。
・ルーシーの携帯電話番号を把握しました。
ルーシーがマスターであると把握しましたが、刺青男(アベル)のマスターとは知りません。
・刺青男(アベル)のことは噂程度に把握しております。
・キャスターのマスター(ブライト)は生存中と判断しました。
【バーサーカー(ヴラド三世)@Fate/Grand Order】
[状態]霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(勇路)には従う。現時点では。
1:感じる違和感が気がかり。
[備考]
・エミとキャスター(ブルーベル)の主従を把握しました。
・アーチャー(セラス)の存在を把握しました。
・何となくですが、ランサー(ヴラド三世)の存在を感じ取っています。
・キャスターのマスター(ブライト)は生存中と判断しました。
-
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん】
[状態]魔力消費(小)ダメージ(回復済) 令呪【見つけ次第、ルーシー・スティールを殺害しろ】
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:アダムに聖杯を
0:ルーシーも、SCP-073のマスターも、殺すしかないのか……?
1:他の主従の捜索をする。
2:ルーシーを家族のところに帰してやりたいが……
3:バーサーカー(アベル)やセイバー(ナイブズ)に聖杯は渡さない。
[備考]
・セイバーのステータスを把握しました。
・ダメージは燃料補給した後魔力で回復できます。
・SCP-076-1についての知識を得ました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・財団について最低限ですが知識を得ました。
・勇路がマスターであると把握しました。
【三日目/午後/千代田区 病院内】
【アダム@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(小)、左肩と右足を負傷(治療済み)
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]
[所持金]余裕あり
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1:ルーシーの始末を優先させる。
2:念のためSCP-076-1の捜索を続ける。
3:同盟が組めそうな組を探す。あのセイバーくらい強いサーヴァントなら良いのだが。
[備考]
・ロールは生活に余裕がある学者です。
・出席しなければいけない学会は当分ありません。
・アーチャーに最低限SCP-076-1のことを話しました。
・免許証を抜かれたのにまだ気づいていません。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・図書館にSCP-076-1を配置できる、もしくはSCP-076-1らしき物体のある場所の調査を依頼しました。
・後に警察が事情聴取をしに現れますが、アダム本人はそれを知りません。
-
「少し肌寒いな」
東京都江戸川区。
まるで春が失われるかのような寒さ。それはキャスター・幽々子の宝具の影響なのだが……
そうとは知らない少年・安藤潤也は、実体化している自らのサーヴァント・ライダーに告げた。
「取り合えず、昨日と同じ感じで頼むよ」
潤也は兄と約束した通り夕飯作りに励む予定だった。
だが、同時にチャンスでもある。
携帯などを使えば競馬のレース内容が把握できるし、念話でライダーに指示するのは可能だ。
犯罪ではない合法的な資金調達だが、ライダーは潤也に言う。
「おいおいおい。やっぱりソレか! 考えたんだけどよォ~~~………
『十分の一確率なら確実に当てられる』――だろ? お前の能力。
それなら競馬よりもカジノのルーレットの方が効率的じゃあねぇか」
「日本にカジノはないんだ。探せば裏カジノみたいなものは……あるかもしれないってくらい」
「ニホンてのは妙な拘りがあるぜ。競馬や宝くじがあって、どうしてカジノは駄目なんだ」
大体、金が必要ならばこんなものを購入する方が無駄使いだ。
ライダーはランドセルランドで入手したお土産を物色しながら思う。
おっ、とライダーがあるモノに反応した。それは30cmほどの小さなテディベア人形。
「あぁ。それ……もしかして、欲しい?」
「そうだな……一つ聞いていいか。こいつ、何のキャラクターだ?
俺の記憶ではランドセルランドにこんなの居なかったぜ。本当にあそこのキャラクターか?」
ライダーは奇妙な能力を多く経験しているせいか、変な所で警戒をしていた。
妙な拘りは果たしてどちらの言葉か。
潤也が面白く笑みを浮かべながら、彼の問いかけに答えた。
「居たって! ほら、俺達が乗ろうとしてたコースターに」
「えっ、アレって悪趣味なモンスターから逃げるホラー系の奴だろ?」
「そいつもモンスターだよ。確か『素材』を使って自分の個体を増やすパニックホラー映画のキャラ。
『素材』っていうのは―――例えば人間の耳とか………胎児とか」
潤也からテディベアの正体を知ったライダーは、一瞬にして苦虫を踏んだような表情となって、
慌てて人形を袋に戻して「やっぱり、いい」と断りを申し出た。
英霊といえど、嫌悪あるものにはそれ相応の反応を示すものである。
改めてライダーは言う。
「あのまま別れて良かったのか」
「兄貴が情報を集めようとしてるのは確かだ。それを邪魔したら、逆に怪しまれる……
まだ兄貴は俺がマスターだって気付いていないから」
「………そいつはどーだろうな」
潤也の兄も、サーヴァントのアサシンも、一筋縄にいかない連中だとライダーも察していた。
故に慢心を抱いて相手してはならないだろう。そんな評価を得ていた。
何より……あの腐敗した植物。
ライダーは一つ心当たりがあった。
攻撃をはねかえす、植物を腐敗させる、額に模様がある……そんな人物を。
-
「なぁジュンヤ。『カイン』……って知っているか?」
「カイン? ん~~~どっかで聞いた事あるけど、歴史の偉人だっけ」
「人類最初の殺人をし、人類最初の嘘をついた奴だ」
今度は潤也がギョッとする番だった。
困惑気味に「どうしてそんな話を?」と尋ねる潤也に、ライダーは間を置いて「いや」と何事もないように話を流す。
皮肉にも。
『カイン』が殺害するのは『彼の弟』なのだから。
【三日目/午後/江戸川区】
【安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通+競馬で稼いだ分(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る。その為にはなんでもやる。
1:兄を利用する。
2:ある程度、情報を集めてから行動を移す。
3:暇があれば金を稼ぐ。
[備考]
・参戦時期は不明。少なくとも自身の能力を把握した後の参戦。
・役割は「不動高校一年生」です。
・通達について把握しております。
・安藤(兄)がマスターであると確信しております。
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
【ライダー(ジャイロ・ツェペリ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]健康
[装備]鉄球×2
[道具]
[所持金]競馬で使う程度の金額(潤也から渡された額)
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(潤也)には従うが……
1:潤也の意思に不穏を抱いている。
2:どうにも主催者が気に食わない。
[備考]
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
・アサシン(カイン)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・アサシン(カイン)の正体に心当たりがありますが確証には至っていません。
【捕捉】
クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0に従い、
SCP FoundationにおいてResearcher Dios氏が創作されたSCP-1048のキャラクターを二次使用させて頂きました。
また、特性もなくマスコットキャラクターであることも明記します。
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投下終了します。タイトルは「桜田門外の変」となります。
続いて、ホット・パンツ&アクア、エミ&ブルーベルを予約します。
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投下乙です
みんなが色々考えてる中、サクサク殺してるキャスター主従がこわすぎる
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二人とも悪い人じゃないはずなのに不思議だ
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延長します
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感想ありがとうございます。予約分を投下いたします。
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青梅駅。
東京都青梅市に構える青梅線の駅である。
昭和の町と称し駅周辺が昭和レトロ化されているのと同様、駅構内も昭和風の装飾で統一されており。
待合室まで木造建築にする拘りようだった。
しかしながら利用者は減少の傾向にあるらしい。
観光客をうまく招き入れられず、商業に関しても豊とは言い難い。
先導エミはここで電車を乗り換える。
青梅駅始発の電車で終点に向かえば、ゴールとなる奥多摩に到着するのだ。
そわそわと落ち着きない様子のエミは、気持ちを抑えながら駅のホームで遅めの昼食を取ろうとした。
駅構内で購入したサンドイッチとお茶が昼食。
聖杯戦争のことや、兄・アイチの存在が脳裏に過ると食欲が湧かない。
だけど、これからの事を考えれば食べ物を胃袋に放りこまなければ。
『にゅ』
エミのサーヴァント・ブルーベルだけが違和感を覚えた。
あともう少し。
彼女たちが目指す目的地が近いというタイミングで、邪魔が入ったのである。
『エミ! 離れて、あいつ……』
「え!?」
まさか。
こんなところもマスターとサーヴァントが。
影から様子を伺っていた一人の男性(中性的なので女性もありえるが)は、明らかにマスター。
実体化したブルーベルも、彼女からNPCたちとは異なる魔力の量を確かに感じる。
ここで攻撃を仕掛けるのだろうか?
ブルーベルが死ぬ気の炎を構えたところで、早速相手のサーヴァントが出現した。
エミは、視認して『ランサー』のサーヴァントと判別したが。
ブルーベルと同年代くらいの少女の姿をしており、何よりランサーのはずが槍を所持していない。
今から手元に槍を出現させるかと思いきや、彼女がマスターからバッグを受け取る。
その中より取り出したのは――
アメだった。
棒付きのキャンディーや、アメ玉といった具合の様々なアメを、どういう意図か投げつける。
そして、次の瞬間。
―――マテリアル・パズル『スパイシードロップ』―――
-
アメが『爆発』した。
言葉で説明するだけなら、それで済まされるが生半可な類ではないことはブルーベルにも判断がつく。
彼女は腕を雨の炎に変化させつつ。爆発を防いだ。
炎に反応せず、威力が左右された形跡もないところを見れば、引火性物質に関係がある訳ではない。
しかも、至近距離で爆発させているにも関わらず、ランサーに爆発の影響は見られない……
まだ周囲にいたNPCの何人かが異常に対し悲鳴を上げるのが聞こえた。
しかし、躊躇などはしていられない。
ブルーベルが纏っていたマントを脱ぎ捨て、裸体の状態になれば胸に埋め込まれた生々しい兵器が露わとなる。
ランサーが、それに気づき。
舌打ちをしながらアメ玉を放りこんだ。
ブルーベルがそれをあざ笑う。
「遅いよーだ。修羅開匣!!」
雨のマーレリングに灯した青の炎を匣兵器に注ぎ込まれると、高濃度の魔力が展開され、アメ玉による爆発が吹き飛ばされた。
何よりも、一瞬にしてブルーベルの容姿が人魚に変化したのである。
ブルーベルがキャスターのクラスと判別しているランサーのマスター……
ホット・パンツも、通常とは異なるキャスターの宝具に困惑していた。
『ランサー、アレは特殊なキャスターか?』
『一緒に行動している時点で、ある程度真っ向勝負できる奴とは思っていたけどね』
ランサー・アクアが、少女の姿をした相手に対し、アメ玉を噛み砕くほどの苛立ちを覚える中。
ブルーベルの方は、待ってましたと言わんばかりに魔力を溜める。
意外にも攻撃が速いのは、これは宝具に含まれる攻撃ではなくキャスターの『道具作成』スキルに含まれた類だから。
アクアがホット・パンツに叫ぶ。
「ホット・パンツ、どうにか避けな!」
「!!」
魔力を放出しブルーベルが作成したのは、雨の炎を纏った巨大なアンモナイトの殻。
作成の過程で駅のホームの屋根は破壊されるほどの大きさで、喰らえば一溜まりも無い。
ホット・パンツは、どうにか『クリーム・スターター』で避けるとして。
アクアは一体どうすると云うのだ!?
「『ボンバ・アンモニーテ』!!!」
ブルーベルが腕を振り下ろすと同時にアンモナイトは放たれる。
しかし、アクアはその場を動く事は無い。
棒つきキャンディーを構えるだけのアクアに、思わずホット・パンツが叫ぶ。
「ランサー!」
「避けろと言ったのが聞こえなかったのかい! あたしを舐めるんじゃないよ!!」
アンモナイトが至近距離まで接近したのを見切り、アクアはキャンディーを叩きつけた。
実際、アクアの魔法は棒つきキャンディーのような『手元』にあればあるほど、威力が増す。
魔力を込めれば、破壊力は増す。
だからこそ、棒つきキャンディーを5本同時に手で握り締め。
巨大アンモナイトと太刀打ちしたのだった。
先ほどまでの『スパイシードロップ』の爆発が爆竹程度のものとすれば。
今回の騒音は、正真正銘の爆弾規模のものであった。
二つの技が相殺されただけでも、アンモナイトの殻は粉々に砕かれ、破片が周囲に散乱する。
駅のホームに設置された物が破壊され、同様に吹き飛んでいった。
避けろ、とアクアが注意を促したのはこれを見越したものである。
-
避難したホット・パンツが我に帰ると、先導エミを見失ったのに気付く。
否。
あの派手の技に注目してしまい、見失ってしまった。
ブルーベルが意図的に行ったかは定かではないが、エミを追跡するべきか迷うホットパンツ。
待ったはなしで、アクアが続けてアメ玉を――今度はちゃんとブルーベル目掛け飛ばす。
だが、ブルーベルも呑気に攻撃を受け問うとはしない。
雨の炎を放出し『陣地作成』スキルによって高速に技を発動させた。
――クラゲ・バリア(バリエーラ・メドゥーサ)―――
アクアとブルーベルの間に雨の炎による強力な防御壁が出現し、アメ玉による爆発が造作もなく防がれる。
攻守ともに優れた能力に、アクアは眉を潜めた。
十数個のアメ玉を手元に用意すると、自身のマスターに念話で呼びかけた。
『ホット・パンツ! 令呪一画使いな。こいつを一気にぶち抜くよ!!』
このままでは埒が明かないと察したアクアが、魔力を溜める。
彼女が使う技――宝具が何かをホット・パンツは理解していた。
アクアの魔法『スパイシードロップ』の最大最終形態であり、ランサーが槍兵たる象徴。
強大な魔力が集められているのを感じるブルーベルは、焦りを浮かべた。
「あの魔力……まさかここで宝具クラスの技をやるつもり!?」
通常ならばアクアの必殺技である宝具を発動するのに、アメ玉へ魔力を注ぎ込まなければならない。
だが、ホット・パンツによる令呪のブーストにより。
魔力蓄積をショートカットし、本来よりも短時間で発動が可能になった。
アメ玉同士を弾き合わせ、威力を上昇させ――槍の形状へと変化させる!
「闇よ煌け」
―――『ブラックブラックジャベリンズ』―――
-
防御壁と漆黒の槍が激突する。
双方未だにそれぞれの魔力を最大限まで引き上げ、技のレベルを上昇させている。
技の削り合いを制したのは――アクアの『ブラックブラックジャベリンズ』。
ブルーベルの『クラゲ・バリア(バリエーラ・メドゥーサ)』を完全に突破し、消滅を果たしたが。
このままでは終われない。
壁は破壊したが、ブルーベル自身に傷は一つも無いのだ。
「バリアがなくなれば、こっちのもんだ!」
「キャァッ、来た!」
アメを携えたアクアが一気に駆け抜ける。
至近距離であれば『ボンバ・アンモニーテ』を破壊するほどの攻撃を、ブルーベルに直撃させるのは容易だから。
……が。
途端にアクアの動きが停止する。
アクア自身――そこには何もない空間とばかり誤認していたのだ。
実際は、透明な何かがブルーベルの周囲を纏わっており、アクアは水中に潜り込んだような状態になる。
「なーんて、ひっかかったー♪ 私の『クラゲ・バリア(バリエーラ・メドゥーサ)』は
内側が絶対防御領域なのよ~~っだ」
アクアが飛びこんでしまったのは純度100%の雨の炎のプール。
即ち、雨の炎の性質『鎮静』に満ちた世界。
決して『ブラックブラックジャベリンズ』の威力が低かった訳ではない。
ブルーベルの絶対防御領域を高めるべく、彼女もまたエミに令呪を消費させたのだ。
念話でエミが心配する声が聞こえる。
(ブルーベルちゃん! 大丈夫!?)
『へーきへーき。エミが令呪使ってくれたから、ちゃ~んと防げたもん』
(よかった……!)
逆に令呪による防御強化がなければ、アクアの槍はブルーベルを貫いていた事だろう。
後は、アクアが死するのを待つのみだったが。
彼女はここで終わるような魔法使いではなかった。
動くことすら望めぬ制止の世界で、それでもなお彼女の肉体は、意志は、動き続けている!
「まだ……だ!」
保有スキル『戦闘続行』。
途方も無い往生際の悪さをアクアは見せつけようとしていた。
雨の炎のプールは、炎で構成されているとはいえ結果的に魔力の帯びた水に変化している。
だからこそ――アクアはバッグの中身を全てバラまく。
アクア自身に爆発の影響は一切ない。
故に、プール全てに漂ったアメ玉全てを爆発させて被害を受けるのは――ブルーベルのみ!
一つ一つの威力は『ブラックブラックジャベリンズ』よりも大分劣るが、
無数のアメ玉によるプール内という閉鎖された空間での爆発から、プールを纏っているブルーベルは逃れられない。
-
ブルーベルは油断していた。
『ブラックブラックジャベリンズ』の時は発動の前兆があったからこそ、令呪による強化という対処が可能だった。
しかし、アメ玉の魔力が発揮するまでブルーベルは、アクアが行動可能だった事すら気付けない。
このプールに侵入した獲物は、皆平等に動けなかった為。
サーヴァント相手では、そうはいかないと想像しえなかった為。
「ありったけの魔力をつぎ込む! 今度こそ消し飛びな!!」
かつての妹。
もう狂ってしまった妹。
脳裏に過る存在に対して、幻影をかき消したいかのようにアクアは叫んだ。
◇
ああ、今度は何を間違えちゃったのかな……
別に罪滅ぼしとか、そーいうのじゃなくって、エミのサーヴァントとして一緒に行動して、戦っていただけなのに。
最初から……?
そうだよね。
だって本当のブルーベルは違う。
別世界のブルーベルは、水泳のオリンピック選手になって、誰よりも早く泳げて。
そこには……『おにいちゃん』が見守ってくれてて………
ブルーベルって、ふつーの女の子なんだよ。
凄い水泳選手なだけで、魔法とかそーいうのは使えない普通の女の子だったんだ。
人なんて誰一人殺してない。マフィアの世界にも関わらない。
それが本当の、本物のブルーベル。
やっぱり、ブルーベルには無理なんだね………ここで終わりなんだ………
………やっぱり、無理なのかな……
今度はちゃんと、本当の事を誰かに話したいな…………
もう一度、会いたいよ………おにいちゃん………
【キャスター(ブルーベル)@家庭教師ヒットマンREBORN! 死亡】
-
◇
青梅駅で、再度爆発が響き渡った。
近年、人気もない場所で一体何が起きたと云うのか。
白昼に発生した異常事態に、周辺に構えていた警察も驚きが隠せない様子である。
近隣の住人も23区内で出没する刺青男に恐怖を抱いていただけに、まさかこのような場所まで手が及んだのだ。
不安が広まるのは当然のこと。
様々な理由で青梅駅を利用とした一般人たちは、パニック状態のまま逃げ惑う。
都内とは違い、このような事態の対応に慣れていない近隣の警察官も必死に職務を全うしていた。
人々の流れに沿って走り続ける少女が一人。
彼女――先導エミは、時折振り返りながら不安を募らせる。
エミの手の甲に刻まれた令呪は一画だけ、消しゴムでかき消したような跡に変化している。
「ブルーベルちゃん……」
彼女は、ブルーベルの言う通りに令呪を発動させた。
ブルーベルの助けになってくれたら、それだけでもいい。
何故ならば、本来サーヴァントはマスターに従うだけの存在。しかし、聖杯を求める感情もあるに違いない。
それを抑えてブルーベルはエミに従ってくれている。
ただの少女ですら、その程度は理解していた。
「―――君! そこの君!!」
一瞬、エミに声がかけられているとは思わず、肩を掴まれるまで彼女は反応しなかった。
エミを呼びとめたのは警察官。
普通ならば、何ら問題ないのだが今のエミは違う。
家出少女で都内に捜索されており、何よりここから――東京から脱出しなければ。
聖杯戦争を止める為に。
先導アイチと出会う為に――……
「君、保護者の人は!? はぐれたのかい」
「ごめんなさい!」
咄嗟にエミは警官を手を振り払い、駆け抜けようとするが大人相手に力負けするのは当然。
エミの心境など知るよしもない警官は、職務を全うするべく彼女を確保した。
携帯していた無線で警官は連絡を取る。
「こちら青梅駅前! 少女を一人保護!! 至急同伴者の捜索を――」
「いやぁあぁぁぁぁっ!!!」
先導エミは、ただの少女だった。
彼女自身に特殊な力なんてなく、彼女のサーヴァントも――もうここには居なくなった。
マスターでもなくなった先導エミは、人の子に過ぎない。
-
◇
青梅市内を走っていた一台の車。
ふと運転手が脇道を一瞥してみると、一人の外国人が手を上げ、振っていた。
もしかして、こんな場所でヒッチハイクなのだろうか?
不思議に思った運転手が停車し、外国人から事情を尋ねると。
どうやら青梅駅のホームにて爆発事故が発生し、電車が停止してしまい困っていたようだ。
外国人はチップを支払おうとしていたので善良な運転手はそれを断り。
「災難だったね」と無償で運転されている路線がある駅まで送ってくれた。
この優しさがジャパニーズクオリティーだと他国は称賛する。
その外国人――ホット・パンツが爆発事件の主犯者であるとは、運転手も夢に思っていない。
日本人は皆こうなのか? と慣れない国柄に困惑するホット・パンツ。
運転手が詐欺やら騙しをしようものなら、スタンドで防衛する魂胆だった。
ともあれ、ホット・パンツは教会へ戻らねばならなかった。
先ほどのキャスターとの戦闘を終え、アメは全て消費している。
無論、回収して再び使用するのは可能なのだが。呑気にバラまいたアメ玉を回収するほど余裕はなかった。
キャスターが消滅し、しばらく立てば消防車や救急車が現場に現れており。
警察もいた以上。
無暗に長居する訳にはいかなかった。
(ランサー、体の方はどうだ?)
『流石にあの技は効いたよ……少し休ませておくれ』
アクアのダメージも魔力も、それなりの消費を要したらしい。
移動をかねて、この間に回復を専念して欲しいが……改めてホット・パンツは今後を考える。
令呪は一画使用した。実質、使用可能なのは一画のみ……
何より……サーヴァント同士の戦闘が、あれほど熾烈なものとは想像以上のものだった。
同じマスターを相手にするしかないほど割り込める隙もない。
『先導エミ。どこに行ったんだろうね』
弱音を吐くように、アクアがポツリと呟く。
ホット・パンツも先導エミの存在を無視したくはなかった。
しかし、彼女は中学生になったばかりの少女。無関係な外国人であるホット・パンツが彼女を捜索するのは怪しい。
残念ではあるが、一旦退く他ない。
(だが、サーヴァントがいない以上。警戒しなくても良いだろう。
あたしたちは何もしてやれない……聖杯を手にするには、彼女のサーヴァントを倒さなければならなかった)
『………』
(巻き込まれただけなら、それはそれだ。マスターは令呪を失わない限り、生存し続ける。
生き続ければ先導エミは、先導アイチとは再会出来る筈だ……)
『……だといいけど』
先導エミは、ただ生き残れば良かった。
闇雲に行動しなくとも、兄に会いたいだけならば、生き残れば必ず主催者と邂逅する。
先導アイチと――嫌がおうにも。
結局、主催者や先導アイチが何を考え、妹を巻き込んだのか。詳細は分からぬまま。
いかなる陰謀が渦巻こうが、ホット・パンツとアクアは聖杯を手にしたいのだ。
手にしなければ、ならないのだ。
それは彼女たち自身の為であり、それ以上の事はない。
ただ彼女達は忘れない。
キャスターの、ブルーベルの、兄を想う気持ちだけで作られた最期の言葉を。
-
【3日目/午後/青梅市】
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]『クリーム・スターター』
[所持金]それなりにある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、弟に許されたい。
0:教会へ戻る。
1:少女のライダー(幼女)の対策をする。
2:刺青のバーサーカー(アベル)を今の内に仕留めたいが……
[備考]
・役割は「教会のシスター」です。
・拠点である教会に買い溜めした飴があります。当分、補充が利く程度の量です。
・通達を把握しました。
また通達者の先導アイチは少女(先導エミ)が探す人物ではないかと推測しております。
・少女(先導エミ)はマスターであると確信しました。
・平坂と少女のライダー(幼女)の主従を把握しました。
・端末は後日、中野駅に向かい引き取る予定です。
・フードの男(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・持ち込んだアメはキャスター(ブルーベル)との戦いで全て消費しました、
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル】
[状態]霊体化、魔力消費(大)、肉体ダメージ(大)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。ホット・パンツにはなるべく従う。
1:しばらく休む。
2:エミの事が心配だが……
[備考]
・平坂と少女のライダー(幼女)の主従を把握しました。
・幼い少女は妹を連想させる為、戦うのに多少抵抗を覚えてしまうかもしれません。
・先導エミがマスターだと把握しました。
◇
青梅駅で発生した爆発事故は、爆弾と思しき物体も発見されず。
表上にて【ガス爆発】として処理され、駅職員による精密な調査を終えれば運行は再開される予定となった。
爆発事故はこれで終了したものの。
警察は一人の少女を保護した。
少女は名前も名乗らず、必死に解放を願うばかり。
祖母の家に遊びに行く――と説明していたが、警視庁に問い合わせて見たところ。
彼女と酷似した少女が23区内で行方不明となっており、捜索届けが提出されていたのだ。
名前は先導エミ。
顔写真も一致し、彼女を自宅のある23区へ送り届ける事となる。
この間にも、彼女は涙ながら何度も何度も、東京都内から出たい。奥多摩の方へ行きたい。
などと警官たちに乞い願うが、彼らは先導エミの望みを聞きいれる事は無かった。
先導エミを無視しているのではなく。
警察としては、彼女が反抗期で家出したとしか解釈していない。
虐待や学校内でのイジメも想定したが、彼女の身にそのような痕跡は一つも無い。
一先ず、自宅に帰そうとしたのだ。
彼女の母親が娘の帰りを待ち構えている。
刺青男の事件では、一人の少女が人質になっていると判明されたばかり。
母親も行方の知れぬ娘が誘拐されたのでは、そう不安を抱いているに違いない。
だが、現実は違う。
-
(ブルーベルちゃん………ブルーベルちゃん!)
先導エミは聖杯戦争のマスターだった。
念話を繰り返しても、消滅したサーヴァントが返事をしてくれる訳がない。
ブルーベルの死。
あるいは消滅。
それを実感した先導エミは深い悲しみに包まれた。
ブルーベルと共に居たのは、本当に短い間。
人魚のサーヴァント。
まるで自分の好きなヴァンガードのクラン【バミューダ△】のような、かわいいサーヴァント。
彼女と色々喋ったし、行動したり、空も飛んで、少しだけ戦って。
最期の最後まで……彼女は少女らしく明るかった。
血塗られたマフィアの世界で生きたと思えぬほど、明るい少女だった。
(どうしてブルーベルちゃんが……! どうして聖杯なんて……!!)
あんな彼女を倒してまで、ランサーとそのマスターは聖杯が欲しいのか?
彼女の命を奪っておいて……あらゆる願いを叶える聖杯を手にするなんて、卑怯だ。
絶対に間違っている。
絶対に認めたくない。
だけど――
強く、幾度も訴えても、先導エミは無力なのだ。
もはや、ちっぽけな少女に、ランサー主従をどうする力は一つもなく。
彼女は仮初の日常へ閉じ込められようとしていた――………
【3日目/午後/青梅市】
【先導エミ@カードファイト!!ヴァンガード】
[状態]精神疲労(極大/ブルーベルが消滅した悲しみ、再びアイチの居ない日常へ戻される絶望)
魔力消費(中)、肉体的疲労(小)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]着替え等が入ったバッグ(『ヴァンガード』のデッキ)
[所持金]中学生として普通
[思考・状況]
基本行動方針:アイチを探す。
0:どうしたらいいの……
1:何がなんでもアイチに会いたい。
[備考]
・役割は「中学一年生」です。どこの中学校に所属しているかは後の書き手様にお任せします。
・通達を把握しました。
・少年(馳尾勇路)がマスターであると確信しました。
・サーヴァントを失いましたが令呪がある為、死亡および消滅はしません。
・ランサー(アクア)のステータスを把握しました。
・警察によって自宅に強制搬送されます。
-
投下終了します。タイトルは「君と約束した優しいあの場所まで」です。
続いて以下を予約します。
アイリス&ナイブズ、ルーシー、今剣&与一、信長&セラス
-
初投下です
-
000
掛け違ったボタンを直すには、当然ながら、一度全てのボタンを外す必要がある。
人間関係もこれと似たようなものであり――
.
-
001
結果だけ先に言わせてもらうと、カラ松の願いは叶わなかった。
この場合叶わなかった彼の願いは『聖杯戦争を生き残る』という根本的なものではなく、同盟相手の少女、二宮飛鳥にした『服を買って欲しい』である。
当然と言えば当然だ。
昨日までならいざ知らず、今日の飛鳥に近くの服屋で服一式を買うだけの金銭的余裕はない。
もう少し遠出した先にあるであろう古着屋を探せば、彼女の財布の許容範囲内に収まる額のそれらが見つかるかもしれないが、其処に行くまでの間に第二の通報によって駆けつけた警察がカラ松を見つける方が先になるに違いない。
いくら世話をされることを生き甲斐にしているニートの彼でも、警察の世話になるのだけはもう二度と御免である。
つまり、今の彼は俗に言う『服を買いに行く時の服がない』状態なのだ。
†パーフェクト・ファッション・マスター†たるこの俺がこんな状況に陥るとは……フ、どうやら世界にはまだまだ俺の知らないモノが眠っていたらしい――と、後にこの時を思い出したカラ松は語る。
しかし、今現在のカラ松にそんな痛い台詞を言う余裕は全くなく、ただ両手で顔を覆って『それじゃあ一体どうすれば良いんだー!』と叫んでいた。
そのような奇行をすれば、周りの通行人が彼に抱いている元々高かった不信感が更に跳ね上がり、第二の通報のカウントダウンが早まるだけなのだけれども、そんなことを気にする落ち着きは、今の彼とは無縁である。
みっともないマスターの姿をコートのアサシン――宮本明は呆れたような顔つきで見ている。
カラ松から頼み事をされ、それを断った当の本人である飛鳥は申し訳ない気持ちや目の前の裸の成人男性を憐れむ気持ち、そして彼に軽く引いてる気持ちが混ざり合って構成された、何とも形容しがたい表情を浮かべていた。
だが、彼女のサーヴァントである燕尾服のアサシン――零崎曲識は表情を無の状態からほんの少しも変えず、顎に指を添えて黙っている。
何か考え事でもしているんだろうか。
そう思った飛鳥が声を掛けようとした瞬間、曲識は口を開き、『カラ松』と先ほどカラ松が飛鳥に服を買って欲しいと頼んだ際に行われた短い会話の間で知った彼の名前を口にした。
自分の名前を呼ばれ、カラ松は顔を覆っていた両手を下ろし、曲識の方へ目を向ける。
「……おまえは今服が無くて困っているのだろう? 」
「? あぁ、そうだが……」
カラ松の疑問げな喋り方と表情から、『そんなことはさっき俺にわざわざ発言の機会を用意したおまえが一番知ってるんじゃないか?』という感情を察したのだろう。
曲識は
「――慥かに、僕は先ほどおまえにその旨を告白するよう促したのだが、何も僕のマスターに服をねだることまで促したわけではないぞ」
と言った。
その言葉にカラ松は声を上げて驚き、明と飛鳥も声こそは上げなかったものの、目を見開く。
そのリアクションを疑問に思ったのか、曲識は言葉を続ける。
「別に服を買わなくても、おまえは服を手に入れることは出来るじゃあないか、と僕は言いたいんだ」
「……買わなくても手に入れることは出来る? おいおい、それじゃあつまり、おまえは俺に服を盗めとでも言うのか? そっちの方こそ、より警察に捕まりやすくなってしまうだろう?」
盗む、という言葉にその場に居た二宮飛鳥は僅かに反応するも、それに気付いた者は誰もいなかった。
「盗む――か。ふむ、慥かにそういうアイデアもあるな。悪くない。だがしかし、カラ松よ。それよりも簡単で安全に手っ取り早く服を手に入れる方法があるだろう」
「ほ、本当にそんな夢見たいな方法があるのか!?」
「もちろんだとも」
曲識はそう言うと腕を前方に真っ直ぐ伸ばし、カラ松の隣に立つ明を指差した。
「コートのアサシン――彼からコートを借りれば一件落着だ」
「はあ!?」
次に声を上げて驚いたのは指差された本人である明であった。
-
「何を驚くことがある、コートのアサシン。別にコートの下が裸というわけではあるまい。 ならば、カラ松に貸しても構わないだろう?」
「たしかにそうだが……」
別にその案はおまえが燕尾服を貸すという風に替えることも出来るんじゃないか、と続けて言いそうになった明だが、直前にその考えが間違っていることに気付き、口を閉じる。
まず第一に、たとえ裸であろうとカラ松は明のマスターだ。故に、ここは彼のサーヴァントである明が彼に服を貸すのが道理である。いくら同盟相手であっても、そこまで頼っていては(服を買って貰おうとした時点で相当頼っていたと思われるが)同盟間のパワーバランスが崩れかねない。
そして第二の理由は――実の所、こちらの方が明に反論を諦めさせる説得力が強い――燕尾服を来たカラ松。そのイメージがあまりにも痛かったからだ。
一見ふざけているように思われる理由だが、かなり真剣なものである。
もし燕尾服を着たカラ松が、
『燕尾服すらも華麗に着こなすとは……フ。全く、自分で自分の可能性の広さが恐ろしくなるぜ。今宵はピアノバーで一晩限りのマイハニーを探してみるのも良いかもしれないな……』
とでも言えば、半径十数メートルの人間の肋骨は無残にも砕け散るであろう。
そんな事態は絶対に避けなくてはならない。
しかし、逆に明のコートを着たカラ松をイメージしてみると、こちらは別に痛くはない。
元々、コート自体が古びていてファッション性が薄いのだ、それを着たところで燕尾服ほどの脅威はないであろう。
そう判断し、諦めた明は溜息を一つついた後、コートを脱いでカラ松に渡した。
渡された方のカラ松は驚いたような表情をする。
「い、良いのか、アサシン!?」
「あぁ……当たり前だが、ちゃんと服を手に入れたら返せよ?」
カラ松の顔は驚きから喜びのそれへと変化し、最終的には涙ぐみさえする。
彼が裸だったのは時間にすれば半々日もないのだが、それでもコートの袖に腕を通した時はさながら初体験を終えた童貞のような快感に満ちた表情を浮かべていた。
「フ、どうだアサシン、そして燕尾服のアサシンとカラ松ガールのお嬢さん。中々似合っているんじゃないか?」
「……」
「……」
「……」
かくして、其処に生まれたのは『裸の男』から『裸の上に直接コートを纏った男』にジョブチェンジ――否、悪い意味でランクアップしただけの不審者であった。
今のところはまだバスタブで局部がギリギリ隠されてるから良いものの、其処から出れば、前開きのコートからそれが見えるのは確実だ。
コートの前開き部分は手で挟むようにして押さえればそれは何とかなるとして、それでも不審者感は拭えないのだが――まあ、速急に通報され、警察が駆けつけてくる可能性は一応減ったであろう。
ともあれ、これで一件落着――ではない。
カラ松と明には服以外にも『クルマである『カラ松 A GO GO!』が壊れた状態でどうやって家に帰るのか』という問題があった。
しかし、目の前に大きく立ちはだかっていた服の問題が解決したことで気が緩んだのか、二人がそちらの問題に気がつくのは今ではなく、もう少し後になってからのことである。
-
002
場所は変わって松野家。時間は多少前後することとなる。
カラ松が出掛け、トド松がバイトに行き、両親が仕事や買物に行っている中、今現在家に居たのは残りのおそ松、チョロ松、一松、十四松だけであった。
おそ松とチョロ松はリビングに居り、前者はテレビのバラエティ番組視聴、後者はスマートフォンを使ってTwitterをしている。
一松は屋根の上で猫と戯れ、十四松はその隣でバットを磨いていた。
場面は恍惚に満ちた溜息を吐くチョロ松の顔のアップから始まる。
(はぁ~~~~……ほんっと、みくにゃんは可愛いなあ……)
彼がTwitterでチェックしているのは今現在人気急上昇中、902(くれふ)プロ所属の猫系アイドルこと前川みく(通称『みくにゃん』)のアカウントであった。
其処にはライブの報告や新しく買った猫耳の写真などがあげられている。
東京都内で連続殺人事件が起きてて、数々の芸能人が活動を自粛している中、彼女は未だ活発に活動を続けいてる数少ないアイドルの一人である。
ウワサによれば、何処かのインタビューで、『事件で東京が暗くなっている今だからこそ積極的に活動して、みんなを元気にするにゃ!』と言ったとか。
(みくにゃんのそんな部分が僕は好きなんだよなあ。芯を持ってるというか、自分を曲げないというか。それに可愛くて、スタイルもメチャクチャ良いし……あぁ、もう、ほんと……最高だよぉ……)
そう考えながら、チョロ松はTwitterの画面を操作し、彼女のツイートを溯ろうとする。
しかし、うっかり『ホーム』部分をタップしてしまった。
何もチョロ松は前川みくのツイートを見るためだけにTwitterをしていない。それ以外の人も決して少なくはない人数フォローしている。
故に、スマートフォンの画面には沢山のユーザーのツイートが並ぶ――所謂、タイムラインが表示された。
突然変わった画面には戸惑うも、すぐにそれが自分の操作ミスによるものだと知ったチョロ松は画面を元に戻そうとする。
が。
その時、画面の真ん中に表示されていた、『葛飾にヤバイやつがいる 笑』という言葉と共に画像が添えられたツイートにチョロ松は目を奪われた。
何故なら、その写真に写っているのは彼のよく知る人物だったからである。
ニヤニヤから急に驚愕へと顔が変化した彼を不審に思ったのか、おそ松は『どうしたんだよチョロ松ぅ~。エロスパムにでも引っかかった?』と言いながら近づいて来る。
しかしチョロ松の耳にその言葉は聞こえない。
今の彼は他人の空似や己の見間違いを祈りながら画像をタップして拡大し、被写体の人物をより詳細に見ることに全神経を集中させていた。
かくして、より詳細になった画像の中に写っていたのは――
――裸のカラ松であった。
-
003
「うわぁ……これはカラ松……こっちは『カラ松 A GO GO!』……なんだこれは、たまげたなあ……」
チョロ松の手に握られたスマートフォンの画面を覗き見したおそ松の第一声は、このようなものだった。
勝手に覗き見をされたことに突っ込みを入れる余裕がないのか、チョロ松はただ汗をダラダラと垂らしながら、兄が居る後方を振り返る。
「やっぱり……これってカラ松兄さんだよね?」
「こんな痛い眉毛してるやつと言ったら、カラ松しかいなくね? んで、おまえが作ったの?このコラ画像」
「いや、今Twitterに出回ってる画像……多分コラじゃなくてガチだよコレ……」
「え?」
チョロ松は画像を縮小し、元の画面に戻す。画像の下にはその写真が添えられたツイートが『いいね』と『共有(リツイート)』された回数が表示されており、そのどちらも――ツイートされた時刻がつい先ほどであるにも関わらず――四桁を越え、五桁に達していた。
ゾッ。
チョロ松――加えておそ松――は、そんな擬音がこれ以上なく似合う顔をする。
「慥かにアイツ今日はどっかに出掛けてるけど、まさかこんなことしてるなんてなぁ……」
「それによく見てみるとさ、この画像……カラ松兄さんの周りに警察が居るんだけど……」
チョロ松が再び画像を拡大表示すると、慥かにカラ松の周りに何人かの制服姿の男たちの姿が認められた。
つまり、それが示すことは――
瞬間、おそ松はチョロ松からスマートフォンを奪い取り、開きっぱなしの窓の外へ向かってそれを投げ飛ばした。スマートフォンは見事な放物線を描きながら虚空の彼方へ消えて行く。
与えられた情報があまりにもショッキングすぎたが故の、一種の現実逃避であろう。
「ええええぇぇぇぇ!? 何してんのおそ松兄さん! そんなことしてもカラ松兄さんは――」
自分よりもテンパってる人間を見てようやく冷静になったのか、それともスマートフォンを投げ飛ばされたショックによるものか、チョロ松はおそ松に突っ込みを入れようとする。
が、それは途中で
「ホエー!」
という、デカパン博士の声によって掻き消された。
……デカパン博士?
何故ここに彼が登場するのだろう、と疑問に思った二人は声のした方――玄関のへと向かう。
其処にはデカパン博士が立っていた。
自分の研究所内で起きた惨劇にしばし放心し、その後気分を落ち着けようとカラ松が持ってきた『グリモワール』を暫く堪能した彼は、その後にカラ松の身内である松野家にその事実を伝えるべくここまで足を運んできたのであった。
玄関口で簡単ながらもその話を聞いたおそ松たちは、より詳しく聞こうと、彼をリビングまで上げる。
デカパン博士の大声に気付いたのか、一松と十四松もいつのまにか其処へと降りてきていた。
-
「……何かあったの?」
気だるげな様子でそう聞いた一松も、後に行われたデカパン博士による研究所での事件、そしてチョロ松によるTwitterで絶賛拡散中の裸のカラ松の画像についての説明を聞くと、
「はあ!?」
と、らしくない驚きの声を上げた。
十四松も普段のだらしなく口を開けた剽軽な表情から、汗を垂らした真剣味のあるそれへと変わっている。
一同はリビングの床に円形に座り、会議を始めた。
「僕が見たツイートによると、どうやらカラ松兄さんは葛飾区まで行って、其処で警察に捕まったらしいけど……」
「でも、それなら普通家の方に連絡が来ない? 『御宅の息子さんが裸で彷徨いていたので捕まえましたー』みたいな感じにさ」
「……それがまだ来てないって事は……」
「この写真が撮られた後で、カラ松兄さんが何らかの方法で警察から逃げたって事だよね……」
「まあ、裸だから家の電話番号が分かるものがなかっただけかもしれないダスが……」
暫くの間、静けさがリビングを包む。
いくら議論しようとも現地の様子を彼らは知ることが出来ないし、肝心のカラ松の写真も今では見ることが出来ない。
しかし、その後、おそ松が口を開き、次のようなことを言った。
「葛飾に……行こう」
途端、顔を彼の方へ向ける一同。
皆の視線を集めながらおそ松は話を続ける。
「いや、ここで俺たちが何か話し合ってても何も事態は変わらないし、何も分からないしさぁ……それなら葛飾に行こうぜ? っていう……」
「成る程。慥かに現場に言って、あの画像の真偽を確かめる必要もあるしね。……そう言えばトド松のやつは――ああ、バイトか……まあ、あのドライモンスターがここに居た所で、付いて来るかは分からないけど……」
「……もしかしたら警察から逃げてるかもしれないクソ松と会う事があるかもしれない」
「葛飾にレッツゴー!」
皆が口々にそう言う。
明確な目的が見つかったことにより、場の温度が先ほどよりも上がったかのように思われた。
カラ松が誘拐された時には無視を決め込んだ彼らだが、それでも彼が警察に捕まるかもしれないというシリアスなピンチの時には、動かずにはいられないのだろう。
それが兄弟というものだ。
「デカパン博士! クルマある?」
「あるにはあるダスが……でも、『カラ松 A GO GO!』が暴走した原因であるワスのクルマで大丈夫ダスか?」
「いいっていいって! さっき故障が起きたんだから次は起きないでしょ!」
呑気極まりないことを言うおそ松。
そんな彼に半ば呆れながら、チョロ松はデカパンに質問する。
「ここから葛飾まで、どのくらいで着くの?」
「『ベストフレンド』を使えばすぐ着くと思うダス」
『ベストフレンド』とは、とある人物が主催したカーレースにデカパンとダヨーンが参戦した際に乗っていたマシンである。
当然、その性能は従来のクルマとは一線を画すものだ。
本来は二人乗りなのだが……まあ、頑張れば五人でも乗れるであろう。
明確な目的が出来、そこに至るまでの足まで準備できた彼らはニートとは思えないやる気を持ちながら、早速デカパン博士の研究所へと向かって行くのであった……。
-
【三日目/午後/葛飾区】
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]精神疲労
[令呪]残り3画
[装備]アサシン(宮本明)のコート
[道具]カラ松 A GO GO !(故障中)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る
[備考]
聖杯戦争の事を正確に把握しています。
バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
神隠しの物語に感染していません。
デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
警察に不審者として知られました。
Twitterで裸姿が晒されています。
二宮飛鳥&アサシン(零崎曲識)と同盟を結びました。
【アサシン(宮本明)@彼岸島】
[状態]健康
[装備]無銘の刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:カラ松と共に行動する。
2: 燕尾服のアサシン……完全に信用することは出来ないが、同盟を組む価値はあるだろう
[備考]
バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
神隠しの物語に感染していません。
二宮飛鳥&アサシン(零崎曲識)と同盟を結びました。
コートをマスター(松野カラ松)に貸しました。
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康、戦いに対する不安
[令呪]残り3画
[装備]不動中学の制服
[道具]勉強道具、学生鞄 、一ノ瀬志希から貰った香水
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額 (服一式をまとめて買うことはできない程度)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。
0:ボクは―――。
1:都内で暴れているバーサーカーの存在が気になる。
2:志希……
3:良好な同盟関係を作る為に頑張る
[備考]
アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
葛飾区にある不動中学校に通っています。
『東京』ではアイドルをやっておりません。
神隠しの物語に感染していません。
NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
松野カラ松&アサシン(宮本明)と同盟を結びました。
【アサシン(零崎曲識)@人間シリーズ】
[状態]健康、殺人衝動(中)
[装備]少女趣味(ボルトキープ)
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:マスターである『少女』を殺さないようにする。
2:『神隠しの少女』を笑って死なせてやりたい。
[備考]
神隠しの物語に感染しました。
『神隠し』にサーヴァント、あるいはマスターが関与していると考察しております。
警察に宝具『作曲――零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』による肉体操作を行いました(それを見ていた一部のNPCは『映画の撮影か何かだった』と思っているようです)
松野カラ松&アサシン(宮本明)と同盟を結びました。
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投下終了です。タイトルは『松野カラ松の弥縫策』でお願いします
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>松野カラ松の弥縫策
やはり普通の中学生である飛鳥ちゃんには金銭的な面でも可能な事が狭められますね……
改めて、その辺をカラ松が補って欲しいところですが
すでにSNSで拡散されて、しかも同じ顔をした兄弟たちが探しに来る始末……
一時的に助かったとはいえ、カラ松はこのままでは色々と問題を抱えたまま。
明さんや曲識さんたちに助けられてばかりにはいられないので
今後は慎重に行動して生き残って欲しいものですね。
投下お疲れ様でした。
私も予約分を投下いたします。
-
東京都江東区。
早朝から動き出した信長とそのサーヴァント、アーチャーことセラス。
彼らは車である場所に移動していたのだが、その最中でも情報屋『ミスターフラッグ』から渡された資料を整理していた。
車の運転手は、セラスの存在をどのような目で見ているのだろうか?
少々、気にしているが聖杯戦争の状況下で緊張感は持つべきである。
「ようし、大体まとまったな」
「結構短時間で終わった気がしますが」
「何。刺青のバカを除外してあるから当然だ」
刺青のバーサーカー以外の情報を一つ一つ整理し、大体の目星をつけることから始まった。
①刺青のバーサーカーと行動している人喰いのサーヴァントとそのマスター(桐敷沙子)
②美術館で暴れたらしきサーヴァント(容姿がいかにもそうだったので)とそのマスターらしき少女
③『神隠し』の主犯者と思しき少女のサーヴァント
④聖杯戦争の主催者である先導アイチの関係者と思しき『先導エミ』
以上は、容姿が監視カメラや画像などで捕捉することが可能だった。
能力や宝具はさておき「これらが聖杯戦争に参加している主従」と判明しているか否かで大分違う。
一般人を装って不意打ち、なんて展開を回避できるだろう。
……尤も、確認できた主従のマスターはどれも少女。
大人であり戦国武将でもある織田信長にとっては、警戒する必要すらないほどか弱い存在だ。
セラスがサーヴァントとしての意見を述べる。
「刺青のバーサーカーと行動している方は、恐らくですが二騎目の『バーサーカー』。
美術館にいた包帯男のクラスは正直何とも言えませんが……神隠しのサーヴァントは
概ね『アサシン』が適正クラスかと思います」
不動高校などで発生した行方不明事件。
人々は都市伝説の『神隠し』だと称して噂していた。
その『神隠しの物語』に重要なある画像。
セラスと信長は、その画像に居る少女の姿を認識したが、SNSの書き込みでは「何も映っていない」との声が多い。
むしろ、少女を見た者こそが『神隠し』に合うのだから……仕方ない事だろう。
残念なことに、二人は『神隠しの少女』をサーヴァントと疑っている。
普通、都市伝説――怪異そのものがマスターと想像しえない為、これも仕方なかった。
信長は低く唸る。
「持っとる『すきる』とやらは、気配が消えるだっけか。そんなもんで隙つかれたら、一瞬で終わるぞ。どうやって回避する」
「私が全力で対処する他ないですね。戦闘態勢に入れば、わずかに気配は感じられます」
「刺青バカとバカ①とバカ②はいいとして、問題はコイツだな」
別には良くはないが、と信長は付け加えフードのバーサーカーとアサシンの写真は一旦隅にやった。
『神隠しの少女』。
彼女の行動愚か、目的すら定かではない。
生贄(人間)を好き勝手に神隠しするのは問題ではないが、全く捕捉できないのは困りものだ。
-
行方不明で注目したのは、神隠しに遭遇したか、あるいは家出でもしたのか。
一人の少女――『先導エミ』が行方不明だという情報である。
まさかこれで聖杯戦争の主催者・先導アイチと無関係な訳がないだろう。
信長がコレを知った瞬間。嫌気が刺したのだ。
「あーやだやだ、出来レースとやらか。溜まったもんじゃない。わざとコイツに勝たせようとしている気がしてならん」
「しかし……彼女は行方不明ですし『神隠しの少女』にやられた可能性があるのでは」
「『神隠し』に合った証拠もないだろ。一応、住所と在籍している中学校も調べた。用心に越したことはない」
他にも、刑務所の不審死。
恐らくサーヴァントによる魂食いではないかと考察できるが、監視カメラなどにサーヴァントの姿は確認できなかった。
最後に、世田谷区での乱闘。
誰も彼もが『皆殺し合った』ことによる死者数十人に及ぶ怪事件。
こちらもサーヴァントを捕捉できる監視カメラの類がなかった為、これだけであった。
現段階(聖杯戦争開始から三日目の早朝)では以上が限界である。
「あのー……ところでマスター。私たちはどこへ向かってるんです?」
ふと、セラスが今更ながら尋ねる。
どうやら車は適当にフラフラと『東京』の街を移動しているのでなく、明確な目的地を目指しているようだった。
信長はジリジリと苛立ったオーラを醸しだす。
「おい、ぷるるん弓兵。人の話、聞いてなかったのか」
「ネーミングが最早何が何だか……え、ええと。そういえば取り込める輩……同盟相手を探しに、でしたっけ?」
「そーだ。仲間以下敵未満の関係になれる奴、そいつを探す」
「えぇ……仲間じゃないんですか。信頼できる相手じゃ」
「聖杯戦争だぞ。聖杯を手にいれる奴は一組の主従しかおらん。聖杯をくれてやるお人よしなんざ、おらん!
最終的に敵になるなら、最初から『味方』になれる奴とは交渉せん。断然怪しすぎる」
その通り。否、それが真理だった。
聖杯戦争の勝者は一組の主従のみ。だからこそ、味方なんていない。
しかし……セラスは疑問が生じる。
「マスター、でしたら私たちは一体誰を探そうと?」
「ぼよよん弓兵よ。俺の話、思い出して御覧。ほら、家で話した事だよ。ホラホラ」
「あの、吸血鬼のセイバーとかですかッ」
「違う! すぐ居場所が分かりそうで、会えそうな馬鹿がいるだろーが」
まさか。
セラスがギョッとする一方、信長は不敵な笑みを浮かべていた。
そんな――あの『質問』の意味は、そういう意味だったのか?! 彼女は度肝を抜かれている。
正直イカレているとしか評価しようがないのに。
信長は全てを楽しんでいる。
-
「刺青のバーサーカー。それとバカ①。こいつらを利用して『神隠し』の奴も、他の主従も炙り出す」
「無茶苦茶です!」
セラスを吸血鬼にした『不死王』と交渉するようなレベルだ。
同盟どころか対話すら成立するか定かではない。
えー、と信長の方は文句垂れる。
「だって、おっぱい星人が相手出来るっていうからー。頼むよぉー、ぱいぱい星人だったら勝てるよぉー
刺青のおバカとおバカ①と同盟組んでー、神隠しの奴も引きずり出してー
他の連中も全部ぶっ倒してー、最後は刺青のおバカとタイマン勝負してー」
「あーもー! やりますよ! やるだけやってみますよ! どーなっても知りませんからねッ」
ヤケクソ気味にセラスが返答するが、やはり無謀だ。
相手はただの殺戮者。喜ぶ要求なんてものは、闘争以外ない。
何より、刺青のバーサーカーは聖杯すら求めていないような―――
「着いたか」
車が停車したのに信長が反応する。
セラスにも有りがたい地下の駐車場に到着したが、ここに刺青のバーサーカーがいるとは思えない。
オドオドしくセラスは、信長と共に車を降りた。
関係者以外立ち入り禁止の札が張り付けられた扉から、その建物内部に侵入する。
最低限の照明だけが点けられているだけで、早朝だというのに薄暗い。
そして、ここは『博物館』だとセラスは察した。
「マスター、ここって」
「刺青のバカが『最初に』暴れた場所だ。殺人事件があったからにゃー、閉鎖されておったが。
そこんところは俺の権力バンザイだ。よゆーで許可下りた」
「さいデスカ……」
場所には意味がある。
『何故』ここが最初の犯行現場だったのか。
『何故』刺青のバーサーカーはここに現れたのか。
『何故』始まりがここでなければならなかったのか……
全ての解答は、展示されてある一つの『棺』に収束されていた。
3m立法の黒い変成岩。
一つだけある扉は堂々と開け放たれており、内部には『棺』が存在していた。
圧倒的な神秘性を与えるコレは、紛れもなく宝具の一種だと分かる。
冷や汗を一つ流すセラスの横で、信長は『ミスターフラッグ』の資料を改めて確認している。
「監視カメラの映像によれば、こん中から刺青のバーサーカーは現れたらしい。
それから警備員二人を惨殺……む、女が一人逃げ切ったとあるが……」
「現れたって、警察も監視カメラの映像とか見たんですよね? その辺り無反応じゃないですか」
「一般人が魔法だなんだって騒ぎ立てるのは邪魔だろうよ。
ただの一般人。マスターでもない連中が出しゃばるのは、主催者も都合が悪い筈だ。
俺の記憶を封じたように、こういう類も無視するよう操作しているんだろうよ」
-
確かに。セラスは納得したが。
この『棺』からバーサーカー本体が出現したというのは、どうにも不思議だ。
博物館の展示品として紛れこむにしても、目立ち過ぎる。
信長が資料に目を通して「後で映像とやらを見るか」と呟いた矢先。セラスに言う。
「セラス、撃て」
「……………はい?」
「おっぱい砲だよ、おっぱい砲! ついに使う時が来たぞ、バァーンとぶっぱなせい!!」
「『ハルコンネン』です! てか。アレですよね、あの『棺』狙うんですよね」
刺青のバーサーカーにとっては重要そうな宝具であるのに、破壊しようものなど。
むしろ、破壊してしまえば同盟どころではなくなりそうだ。
「一発くらい痛めつけても問題ないだろ。俺達は他に何も出来ん。
俺たちは『アイツ』の事は何も知らん。少しでも情報が欲しい。とにかく撃てい!」
「は、はいッ」
セラスが手元に出現させたのは『30mm対化物用「砲」ハルコンネン』。
全長はおよそ2m。弾は劣化ウラン弾及び爆裂徹鋼焼夷弾を用いる代物。
人間には到底扱えない武器を、化物であるセラスは普通の重火器の如く手に取れる。
目標が眼前にあり、障害が一切ない状況下。
はずす訳がなかった。
が。
二人は目を見開いた。
棺は一つも傷を負う事はなく、逆に弾が粉砕されてしまう。
攻撃されていないかの如く『棺』は健在していた。
信長が溜息を漏らし、それでいて笑みを作り上げながらセラスに言った。
「もういい。こいつは破壊不可能か。この『棺』は刺青のバーサーカーに作用しているだろうが
無力化は厳しいときた。どうしたもんかね」
「………神秘性の問題かもしれません。私の宝具は近代の兵器ですから、通用しない場合もあるかと」
「うーむ。となれば、奴のマスターを人質にしてみるか……」
-
東京都葛飾区不動高校。
昼食の時間となり、生徒たちがそれぞれの食事を取り始めた頃。
聖杯戦争のマスターの一人である少女・アイリスは『写真』を確認する。
彼女自身の能力により、監視カメラのようなリアルタイム映像と変貌するソレで異常がないと判断し。
セイバーとの念話を行った。
(やっぱりセイバーには『神隠しの女の子』を探して欲しいわ。きっとマスターだから)
『コレがマスターだと』
セイバーも、意外そうな声色で聞き返す。
都市伝説として情報を感染させていく物語は、偽りであれ歴史ある物語だった。
役割を持つマスターとしての権威。
ただの少女のマスターならば、サーヴァントが強者だろうが殺せばお終い。
しかし、怪異そのものがマスターという規格外の存在は、誰も想像しえない話であろう。
出会えば神隠しからは、逃れられない。
神隠しがいかなるものか、詳しい条件や制約、能力の影響。何も散策のしようがない。
唯一、サーヴァントには影響がない点だけは明らかだ。
(この子は……そうね。『保護』してあげて。サーヴァントに利用されているだけだと思うわ。
それに噂通りの『能力』を持っているなら私は直接出会ってはいけないし、放っておくのも危険よ)
『保護、か。随分と甘い対応だな。敵意がないとは言い切れないぞ』
セイバーに指摘されても、アイリスは姿勢を崩さなかった。
彼女自身『神隠しの少女』に通じるものがあるのかもしれない。
同情的になるのは冷静ではない証拠だが、彼女の場合は物事を考察した末に導いた決断だ。
(貴方の方はどう思っているの?)
アイリスは逆に問い詰める。
感情論で物言えと命じているのではない。セイバー自身の答えを知りたかった。
刺青の彼とは違い、セイバーの感情はまだ理解できる。アイリスにだって、そのくらいは分かる。
悲しげに詠う少女の画像を脳裏に過らせたセイバーだが。
『……捜索範囲はどうするつもりだ。虱潰ししろと?』
彼の言葉にアイリスは一息ついて、携帯電話でSNSを確認する。
注目していた書き込みに様々な返答がある中、動きが見られた。
例の噂話の主が『キャスター』のクラス名を明確に付け加え、槍兵と暗殺者に返信をしている。
『キャスター』も槍兵と暗殺者が、聖杯戦争の関係者と踏んで露骨に名を使ってきたのだろう。
渋谷区の代々木公園。
真偽はどうであれ、槍兵と暗殺者もここに向かう可能性はある。
-
『本物のキャスターならば、陣地におびき寄せる為の餌をバラ撒いているだけだ』
(でも、本当に『キャスター』? 陣地の位置を明かすなんて、勿体無いと思うわ)
アイリスの意見は一理あった。
キャスターは真っ向勝負は不向きなクラスだ。陣地を明かすのは、馬鹿の一つ覚え。
相手を油断させようとする作戦かも分からない。
『……いいだろう。一先ずそこへ向かう』
(うん、お願い。搬送された人については、ちゃんと調べておくから)
アイリスは決して過信をしているのではなく、僅かな緊張感を常に抱きながらセイバーと会話をしていた。
聖杯戦争とは、文字通りだ。
ある意味、不可思議な現象を取り込んだ静かな戦争。
こうしている最中にも、戦闘を繰り広げる主従が居てもおかしくはない。
それにしたってアイリスは冷静過ぎた。
内心、恐怖などの感情が渦巻いてたとしても、明らかに『普通』からは逸脱している。
聖杯が欲しい一心で努力を重ねていようが、その意志の強さは常識外のもの。
そんな少女が、両親と再会したい。普通の女の子として生活したい。
………なんてイカレた話だった。
□
東京都千代田区。
ここで合流を果たしたルーシーと今剣、アーチャー。しばし、ルーシーと関わったアダム達が現れるか。
他の主従が現れるか、様子見の警戒を続けていた。
ついでに昼食(アーチャーが盗ってきたおにぎり)を食べれば、多少ルーシーの体調も良くなったように思えた。
ルーシーは携帯電話の電源を一度オフにする。
アダムたちに電話番号を把握されてしまった以上、必要な時を除いて使えないようにするべきだ。
彼女はそう判断した。
とはいえ、携帯電話の機能で『織田信長』の住所は把握できたのである。
上手く活用するべき代物だと、ルーシーは実感した。
さて。
ここから移動をしなければならないが……アーチャーが今剣とルーシー、二人を抱えて移動する。
――のは無理があった。
ルーシーは『東京』の移動でタクシーを活用するが、今剣と行動するのは大丈夫だろうか?
今剣が話を合わせてくれれば、問題ないと願いたい。
タクシーの値段は乗車人数で変化はしないが………ルーシーは所持金を確認する。
確実に減っている。少々頼りないほど。
金は有限であった。
だが、ルーシーが戸籍も持たない土地で職に就いて稼ぐ所も、時間もない。
-
「だいじょうぶですか? るーしー」
心配そうに今剣が尋ねる。
ルーシーは険しい表情をしていたのだろうか。
彼女は、少年の姿を形取る付喪神に「大丈夫よ」と返事をした。
酷い話だが……国会議員の信長には金の余裕があるはず。やはり彼を頼るべきだろう。
「アーチャー。わたしと今剣はタクシーで移動するわ。心配だったら、今剣はあなたが抱えて移動してもいいけど……」
「いえ、それで構いません。私の方はサーヴァントを警戒し、周辺から様子見しますので」
「よろしくおねがいします、あーちゃー」
深く頭を下げる今剣に対し、アーチャーは笑顔で答えた。
色々と不安を抱いていたルーシーだったが。
その後、今剣とタクシーに乗車して、信長の住所――から少しばかり離れた場所を目的地として伝えるまで。
運転手の方は、これといってルーシーと今剣を怪しむ事はなかった。
幾つか話題を振られたが「姉弟で観光しています」と先に告げたお陰で、何の支障も生じない。
サーヴァントの脚力と比較すればノロマな移動だが、徒歩の移動よりかはマシな手段だ。
「………っ!」
しかし。
アーチャーが反応する。ルーシーも、今剣も、事態には気づいていない。
いや――それは相手も同じだろう。
相手も、ルーシーと今剣、二人のマスターの存在に気付きはしてない筈………
少なくともアーチャーは捉えていた。彼方から現れる、人の姿をした人ならざるもの。
男の姿をしたソレは、サーヴァント。
高層建築物の屋上にて、アーチャーは即座に弓矢を構える。
その位置からでも感じ取れる。奴は戦いに現れた。
邂逅したのが偶然だとしても――あの刺青のバーサーカーのように、苛立って見逃すような相手ではない。
逆立った金色の短髪、コートを纏った男性。
アーチャーの視力で相手が刃を手にしていると分かる。
セイバーか?
武器だけで判断するのは軽率だが、アーチャーは確信していた。
奴は、戦闘態勢であると。
――――来る!
意識などしていない。本能に従いアーチャーは射た。
圧倒的な距離があったにも関わらず、矢は不気味なほど例の男・セイバーに吸い込まれるよう飛ぶ。
見切られていたかの如く、セイバーの刃によって矢は切り伏せられた。
何十、何百メートルの距離があろうが、セイバーもまた英霊だ。
人ならざるスピードでビルというビルを渡って接近している。
-
一方のセイバーも、アーチャーが的確に放つ矢をあしらいながら思う。
(この状況で退かないか)
典型的な弓兵であるはずのアーチャーは、どうしてか応戦を続けた。
違和感を覚える。罠かもしれない。
接近戦に持ち込まれれば『不利』なのは明白だからだ。しかし、どうしてかアーチャーは退かない。
戦線離脱は愚か、後退する事も無い。
残り十数メートル。
アーチャーが構えを微弱に変化させた。
理由は、手にしたのが二本の矢であったから。即ち、二本撃ち!
セイバーは放たれた一本を避け、もう一本は刀によって切り壊した――つもりだった。
何故か、セイバーの左肩に矢がかすめた。わずかに傷が生じる。
今、奇怪な現象が起きたのでは……?
油断してはいない。
猿も木から落ちるように、回避に失敗しただけ。ならば良い。
だとしても不自然な何かをセイバーは感じ取る。
この感覚は嘘ではないだろう。セイバーの『直感』が訴えかけていた。
アーチャーとの距離が残り数メートルになった頃、セイバーは鮮明に感じ取った。
―――これは回避が不可能だ、と。
ほぼ眼前に近い距離感ながらアーチャーは、セイバーの一閃を鮮やかに避け、正確に射る。
やはり、そのようだ。
セイバーは理解する。
回避不可能なのは決してアーチャーの腕前の問題ではなく、アーチャーの能力もしくは宝具による影響だ。
アーチャーが後退しないのは、接近戦をやり合える為であり、むしろ得意のように振舞っている。
何よりも。
弓兵は笑っていた。―――戦いを楽しんでいる。
死の業を思う存分に振るい、セイバーと応戦を続けていたのだ。
(あ……あーちゃー……?)
すると、覚えたての念話で今剣がアーチャーに呼びかける。
セイバーとの戦いにより、魔力の消費を感じ取ったからだろう。
今剣とルーシーが乗るタクシーは、まだ遠くにはいない。もう少し時間を稼がねばならなかった。
『道具作成』による矢の生成を行いながら、アーチャーは答えた。
『セイバーと思しきサーヴァントと交戦中です。
時間を稼ぎます。私が頃合いを図って令呪による戦線離脱を主(マスター)に求めるまでは――』
悠長に会話させて貰える相手ではなかった。
アーチャーの宝具の影響から、僅かに逃れたセイバーが矢の回避に成功する。
今の攻撃をかわせると判断したのは、流石と言わざる負えない。
振り下ろされた刃を、アーチャーは飛んで回避に成功させ、同時とまではいかないが連続でセイバーに射た。
-
それをセイバーは察していたのだろう。
ピリッと肌に触る威圧感が一瞬だけあった中、全ての矢は切り刻まれた。
明らかに刃で行った所業ではない――何をした?
アーチャーが警戒するが、セイバーは静かに言う。
「――少々、見くびったようだ」
対してアーチャーはニッと笑みで返事をした。同時に空気が変化する。
このままでは埒が明かないと、セイバーの方が判断したのだ。これより本気で来る。
自然とアーチャーの手に力が籠った。
セイバーは以前交戦したロボットのアーチャーを思い出す。
完全に切り刻めはしえなかった。サーヴァントとただの人間は、耐久に差が生じる。
いつも通りの感覚では、眼前のアーチャーも仕留め切れないのだと。
もう、片手の指先だけ変貌を開始させている。見る見るうちに、セイバーの片腕は変わり果てた。
それはまるで―――天使の片翼。
次の瞬間、終わりが告げられた。
決してアーチャーは油断していたのではない。反応すら許されず、積み木のように体はバラバラとなる。
それほどの速度と鋭利さによって、抵抗をするまでもなく。
アーチャーは下半身と上半身が裂かれる感覚を記憶したのだった。
ついでの如く。彼らが立つビルの屋上から崩壊が起きる。
一体何事だろう。
ふと頭上を見上げた幾人かが「あそこには『天使』がいた」と証言するが。
後に現れる警察は、それを真に受ける事はないのであった。
-
「お前のマスターは、それほど生かす価値があったのか」
消滅が始まっているが。
ビルの残骸に混じって伏しているアーチャーに対し、天使のセイバーが問う。
アーチャーの猛攻は手を抜いた訳ではなかったが、急所を狙った攻撃でもなかった。
彼ほどの腕前であれば、至近距離であろうが遠距離だろうが、急所を的確に狙い仕留めるのは容易だ。
それをしなかった。
戦闘を延長させる……つまりは時間稼ぎ。
マスターを逃がす為か? セイバーはカマをかけただけだが、強ち間違いではない。
アーチャーは答える。
「彼はマスターではありません。『戦友』です。かつて戦場を共に駆け巡った『戦友』です」
どんな形であれ。
たとえ人でなくとも。
そして――『真実』がどうであれ。
あの少年は、マスターではなく仲間だったのだと。
アーチャーは割り切っていた。少なくとも彼はそう受け入れていた。
後悔はなかった。
セイバーは目を見開いたが、やがて相変わらずの無表情となる。
「成程。それは奇妙な縁があったものだ」
「ええ、まったく」
この運命に嫌気をさしていたのか、それでいて満更でもない様子で。
アーチャーは笑みを浮かべ、退場を遂げた。
【アーチャー(那須与一)@ドリフターズ 死亡】
-
不動高校では昼食時間が終わり、午後の授業の時刻となった。
満腹感からの眠気に襲われる生徒がいる中、アイリスは黒板に書き記されたものをノートにとるように見せかけ。
実際の内容は、聖杯戦争に関係あるキーワードを書き込む。
これから放課後。どう行動するべきか。
それもまたセイバーの代々木公園の調査次第で変化するだろうが……他にもマスターの情報はある。
安藤潤也。
神原駿河。
アダムという教授。
そして――遠野英治。
『遠野英治』とは、先ほど救急車で搬送された生徒。
英治に関しては無理して踏みこまなくても、学校内で噂になっていた。
理由は、彼が元生徒会長だったから。
彼は現在三年生。所謂大学受験を忙しなく感じる時期。生徒会長を引退したのも頷ける。
とはいえ前任の生徒会長として記憶は新しい為か、嫌がおうにも話題となる。
アイリスが「以前お世話になった事があるからお見舞いに行きたい」とクラスの何人かに住所を尋ねれば。
生徒会に関わりある生徒が、情報を提供してくれるほど。
住所と言えば、アイリスも『東京』では住まいを持っている。
それは不動高校の学生寮。
留学生ならば当然の場所である。
高校の敷地にあるのではなく、徒歩10分くらいの位置。
歴史を感じさせる高校校舎とは違い、最近建てられたものの為、バス・トイレ、家具家電付き、インターネットも常時接続。
食堂がある他、オートロックと防犯カメラも備えられている。
そして――学生寮だけに門限が設けられていた。
部活動を行った場合を想定し、門限は夜の10時まで。
聖杯戦争の最中、門限など考慮してられないが目をつけられるのは想像できる。
マスターと思しき人間が複数いる中、アイリスもなるべく目立たぬよう行動したかった。
-
(場所が一番近いのは『遠野英治』……もしマスターなら、今は警戒しているかしら……?)
遠野英治の自宅はここ――葛飾区。
神原駿河の自宅は板橋区。
安藤潤也の自宅は江戸川区。
もう一人、アダムの住所だがセイバーに確認して貰ったところ江戸川区であった。
が。セイバーは彼(アダム)の『免許書』でそれを把握していたのだ。
最悪アダム本人が『免許書』を失ったと気付いた時、素直に自宅へ戻るかは定かではない。
気付いていない可能性などを配慮し、自宅周辺の『写真』を取る程度にしておこうとアイリスは考える。
無論、それはアダムだけではなく安藤潤也と遠野英治に関しても同様だ。
自宅及び自宅周辺を撮影している程度ならば、怪しまれる事は無い。
アイリスが外国人であるなら尚更。観光で日本の風景を撮影しているのだろうと周囲は思う。
しかし、この中でも神原駿河の自宅は比較的遠くにある。
『写真』をとるだけとはいえ、何が起きるかは分からない。
今日のところは余裕を持って近場からの情報収集をアイリスは決定した。
(あと問題は……)
セイバーが、何故、刺青のバーサーカーの捜索を優先させないのか
と、改めて問いただした際にした念話を思い出すアイリス。
刺青男――アベルがサーヴァントとして所持する宝具は、あの『棺』しかない。
――セイバー。彼は普通に倒すだけでは終わらない。私は彼の宝具が何か、心当たりがあるわ……
その宝具を破壊しなければ、彼を完全に殺すのは不可能よ。
――……まさか、蘇るのか。
――ええ。直ぐに……という速さではないけれども。絶対に蘇る。
持ち運べる類ではないし、現れる際にも必要だから、どこかに置かなくちゃいけない。
まずはそれを探し出さないと……
-
ただでさえ危険な戦闘力を保持する存在が、事実上の不死なのだ。
まずは、不死の部分を処理しなくてはならない。
面積上、他県に比べれば狭い東京だが建築物や入り組んだ土地を考慮すれば『棺』を隠せる場所はいくらでもある。
もう少し決定的な情報がなければ……
悠長にしていられないが、恐らくアベルが本格的に殺戮を開始するのは――夜。
昼間で魔力を蓄えているのだろう。
夜はセイバーと行動すれば安全……とはいかないが。マシな筈。
(?)
ふとアイリスは手を止める。
セイバーが戦闘を行えば体が少し重く、疲労感が蓄積される感覚があった。
魔力を消費するとは『こういう』感覚なのだと理解していたアイリスは、今、魔力が使われたのだと反応した。
もしや代々木公園で何かが? 恐る恐る念話を試みるアイリス。
(セイバー?)
『あぁ。今、終わったところだが――目的地には到着していない』
終わった。
アイリスがオウム返しをしたのに、セイバーが答えた。
『先ほどと異なるアーチャーと交戦し―――倒した』
(………)
アイリスは何も言えなかった。驚くほど実感が湧かない。
サーヴァントを一騎倒したならば、聖杯へ一歩前進したのと同義なのに。
セイバーと交戦したアーチャーはどのような存在だったのか、それすら無意味で、最初から居なかったかのようだ。
困惑するアイリスだが、何とか言葉を紡ぐ。
(そう……ありがとう)
自分は何もしていない。せめて言葉だけしか与えてやれない。
こんな言葉セイバーは、呆けているのか? なんて鼻先で笑いそうだったが。
何も言わないよりも断然良いに決まっている。
(向こうで危なくなったら、深追いとかはしなくていいわ。そういう時は戻ってきて)
セイバーからの返事は無い。
アイリスの心使いなんてどうでもいいと聞かぬフリをしているかもしれない。
だけどそれは、以前は出来なかった。
財団は感情的になることすら許されない場所だった。
今は――なにを言ったって大丈夫。
アイリスの心は、少しだけ晴れていた。
-
【三日目/午後/葛飾区 不動高校】
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(小)、神隠しの物語に感染
[令呪]残り3画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:神隠しの噂に関する書き込みに注目しておく。
2:安藤潤也、遠野英治、アダムの自宅周辺を撮影する。
3:『棺』の捜索のため情報を集める。
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・神隠しの物語に感染しました、あやめを視認することができます。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
・安藤潤也と神原駿河の住所・電話番号を入手しました。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・葛飾区にある不動高校の学生寮に住まいを持っております。門限は夜10時(22時)までです。
・遠野英治の住所を把握しました。
【三日目/午後/千代田区】
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]魔力消費(小)、肉体ダメージ(小)、黒髪化進行
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:代々木公園へ向かう。
2:あのアーチャー(ひろし)は……
[備考]
・アーチャー(ひろし)のマスターについての情報を得ました。
・アーチャー(ひろし)のステータスはアーチャー(ひろし)のスキルにより把握していません。
・神隠しの物語に感染しました。あやめを視認することができます。
・アーチャー(与一)のマスターは健在であると把握しておりますが、深追いする予定はありません。
・アーチャー(与一)での戦闘でビルの一部を破壊しました。事件として取り扱われているかもしれません。
・バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
-
東京都足立区。
信長とセラスは午後までどう行動していたかと言うと……残念な事に、空回りな行為をしていた。
真っ先に刺青のバーサーカーと思しきマスター候補して挙がったのは、
例の江東区の博物館――そこの館長である。
館長ならば、手を回せば宝具と展示物として違和感なく設置できるし、
あそこの建物自体監視すれば、探りを入れたマスターやサーヴァントを捕捉するのも容易だ。
情報を頼りに、彼らは事件による一時閉鎖を理由に寛いでいる館長の自宅に押し掛け。
脅迫やらなんやら吹っ掛けた挙句、最終的に館長の身に令呪がないと分かり。
無駄足を踏んだと気付いたのだった。
あの『棺』に関しても、最初から設置されていたと証言しており。
館長が何かに操られた様子も見られない。
……しかし、信長はそれで終わりはしない。
金を持たせたり、色んな理由を強引につけてあの博物館の権限を『特別に』もらったのである。
重要な宝具が設置されている以上。手中に収めておくべきだった。
それからは博物館の警備と連絡をし、監視を強化するのと同時に。
博物館周辺にいる人間も見逃さず、怪しければ尋問をしたり、写真を信長に送るなりするよう命じた。
向こうが納得いかぬようで、信長は仕方なく金を手渡しておいた。
一仕事終えた彼らは、一旦自宅へ車で移動している。
ノートパソコンで調べていた信長は、博物館のホームページを開いていた。
これも『特別な』権限を得て、信長のパソコンから編集する事が可能であった。
「オッパイニウス。これ(パソコン)の操作は慣れている奴か?」
「まぁ、そこそこは……」
「ホームページに入った奴の位置とか把握できる的な罠みたいなもんとか――」
「無理です、無理」
「しゃーない。じゃあ、コイツを消すのはどうだ」
展示物一覧にあるバーサーカーの宝具のページ。
その記述だけで、信長はバーサーカーの真名を把握できてはいないものの。
情報になりうるなら、消しておく。
「そのくらいなら何とか……あっ。『ミスターフラッグ』さんからお返事(メール)来てます」
-
それは、先ほど信長が追加で要求した依頼の件。
あのバーサーカーの宝具がどういう手段で設置されていたかはともかく。
マスターは、宝具の近くに存在していたはずなのだ。
信長が一つ引っ掛かりを覚えたのは、バーサーカーから逃れたと云う女性。
バーサーカーが近くにいたであろう女性を手にかけなかったのは、どうにも不自然だった。
女性がマスターなのでは?
『ミスターフラッグ』に女性の捜索を依頼したが、その返事は「無理がある」といった内容だった。
監視カメラの映像でも彼女は鮮明には撮られておらず。
ぼんやりとした絵だけで捜索は、やはり無謀。
覚束ない操作でセラスがホームページの編集を終えると。
運転手の方が「あの……」と声をかけてきた。
「家の前に誰かいるようですが……お知り合いでしょうか?」
「ん?」
信長が後部座席の窓ガラスを解放し、外の様子を伺った。
それを目にした信長は、一体何だと困惑するしかない。
一人の外国人の少女と銀髪の少年。
どちらも信長の記憶にはない、見知らぬ人物であったが――何を隠そう、二人ともぐずぐずと泣いていた。
他人の家前で屯する若者なら空気の読めない奴だと追い返すが。
理由も分からずボロボロ泣かれては、さすがの信長も反応に困った。
セラスが彼らを視認し、信長に告げる。
「マスター。あの子供の方は間違いなくマスターです。魔力が十分感じられます」
「マスターねぇ、どうして俺に目をつけたのか分からんが」
渋々と信長が車から降り、彼らの眼前に立つと。
少年の方が、涙を拭って必死に言う。
「の……信長さまっ。あーちゃーが……『さいご』に、きえるまえにおしえてくれました………
あーちゃーが信長さまにつたえれば、わかってくださると……でんごん、を」
「……伝言?」
「げんじ、ばんざい」
一瞬だけ間を置いたが、信長はもしやと理解する。
「よ、与一かッ!?」
異世界へ飛んだ『織田信長』に対し察せられる合い言葉を挙げられ、『弓兵』であるなら。
そうであるなら、紛れもなくそのアーチャーは『那須与一』。
……那須与一しか―――ありえなかったのだ。
その名を聞いて少年は泣き崩れる。
しばしの間。この世界は悲しみ包まれたのだった。
-
【三日目/午後/足立区】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(小)、体調良好
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]携帯電話(電源オフの状態)、バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
0:アーチャー……
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]魔力消費(小)、深い悲しみ
[令呪]残り3画
[装備]短刀「今剣」
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る
0:与一……
[備考]
・聖杯戦争については概ね把握しております。
・アーチャー(与一)の真名を把握しました。
・通達について把握しております。
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されているかもしれません。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
【織田信長@ドリフターズ】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]資料
[所持金]議員の給料。結構ある。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を頂くつもりだが……?
0:与一が……?
1:ルーシー達と話をする。
2:刺青男(アベル)を利用する。
3:出来れば武器を入手したい。
[備考]
・役割は「国会議員」です。
・パソコンスキルを身につけました。しかし、複雑な操作(ハッキング等)は出来ません。
・通達を把握しております。また、聖杯戦争の主催者の行動に不信感を抱いております。
・ミスターフラッグから、東京でここ二、三日の内に起きている不審死、ガス爆発、
不動高校、神隠し、失踪事件の分布、確認されているサーヴァントなどの写真を得ました。
・セラスからセイバー(フラン)とバーサーカー(ヴラド)の容姿の情報を得ました。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・江東区の博物館の館長を脅迫もとい交渉した結果、博物館の警備の強化などの権限を得ました。
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING】
[状態]魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(信長)に従う。セクハラは勘弁して欲しいケド。
0:マスター……
1:ルーシー達と話をする。
2:バーサーカー(ヴラド三世)に通じる存在……?
[備考]
・セイバー(フランドール)とバーサーカー(ヴラド三世)の存在を把握しました。
・刺青のバーサーカー(アベル)を危険視していますが……
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
-
投下終了します。タイトルは「世界 止めて」となります。
続けて以下の予約をいたします。
巽&ジークフリート、ジーク&ブリュンヒルデ、遠野&ジェイソン
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投下乙です
与一、信長との再会は果たせなかったか……
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感想ありがとうございます。
遅れながらですが、現在の予約に以下を追加いたします。
アベル、沙子&オウル、メアリー&アイザック、駿河&マダラ
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予約分を前編だけ投下します。
-
「闇があるから光がある。」
そして闇から出てきた人こそ、一番本当に光の有難さが分るんだ。
世の中は幸福ばかりで満ちてゐるものではないんだ。
不幸といふのが片方にあるから、幸福つてものがある。
小林多喜二 「書簡集」
-
(魔力?)
『あぁ、その可能性がありえる』
東京都葛飾区に構える不動高校の教室にて。
午後の授業を受ける巽は、セイバーと念話を交わしていた。
巽があれから下した判断は――セイバーに搬送された生徒を追跡させる。
もし、生徒がセイバーの察知から逃れたサーヴァントの攻撃を受けたならば。
今後、不動高校内で被害が拡大するのでは?
そう考えたまでで。
少なくとも、安藤家に向かう放課後までは追跡を続けて欲しいと巽は頼んだ。
搬送されてから多少時間が経過したが、生徒は病院で動きがないらしい。
まだ気絶しているのだ。
生徒――否、巽も生徒の名を把握している――遠野英治は、マスターなのか?
彼のサーヴァントが現れるかもしれない……
様々な展開を予想していた中。
セイバーが一つの可能性を巽に告げた。
それは極度の魔力消費。
未だ、その感覚を巽は理解していないものの。
サーヴァントが魔力の消費を多く行えば、マスターも魔力を消費し。
疲労感、脱力感、体調不良……といった症状を招くのだとか。
魔力消費による気絶なのか、定かではないが可能性はありえた。
実際、不動高校でサーヴァントの攻撃らしき事件はコレ以外発生していないのだから。
『どうやらこのまま自宅に帰るようだ。そちらに戻る様子はないだろう』
(早退って奴だな……そのまま追ってくれ)
体調の悪化を理由にそのまま不動高校には戻らず……
セイバーからの報告によれば母親が迎えに現れ、何らかの薬を処方されたらしい。
巽がふと考える。
かなり魔力消費を必要とし、英治本人の周辺にはサーヴァントはおらず。
こうして見れば、ある可能性が浮上した。
(セイバー。遠野……先輩が、刺青のバーサーカーのマスターって事があると思うか?)
-
刺青のバーサーカー。
マスターを放置し、東京という世界を蹂躙しようと殺気立つ悪魔的なサーヴァント。
先ほどの魔力の話を合わせると、あのバーサーカーが活動するたびにそれ相応の魔力が必要となるはず。
倒れ伏すほどの魔力。
そして、マスターの傍らにいないサーヴァント。
これは強ち妄想ではないはず。
セイバーは少し唸ってから、巽に返答した。
『それは全てのバーサーカーに通じる部分だ。何よりバーサーカーが、あの刺青の男だけとは限らない……
しかし、刺青のバーサーカーのマスターと同様。聖杯戦争を把握すらしていない可能性は十分ある』
(そっか……もし、そうだったら俺が行くべきだな)
計画としては――放課後、安藤の家へ様子を伺った後。遠野英治の家へ向かう……
文字で並べるだけなら、何ら問題が見当たらない。
……が。
遠野英治の件のような『予想外の事態』が起こりえる以上。
安藤がマスターだったら、そこで最悪戦闘に発展しかねない……と、巽は不安を抱く。
巽は再び欠伸をかいてしまう。
眠気ばかりはどうしようもなかった。
授業に集中も出来ない。夜に備えて、ここで寝てしまおうと巽は決める。
(何かあったら念話で教えてくれ、セイバー)
『わかった』
向こうでしっかりとセイバーが頷いたのを幻視した巽は、教師の話を聞き流しながら机に顔を伏せる。
セイバーも一晩中動き回った主を思い、必要以上に会話を長引かせぬよう注意を払っていた。
一方で。
密かに、セイバー自身は遠野英治のサーヴァントは刺青男ではないと察していた。
理由としては、現在さほど町が騒がしくないから。
千代田区の日比谷公園では、男性(アダムというマスター)が弓矢で射られ。
文京区のランドセルラントでは、バーサーカー(これこそ英治のサーヴァント)が暴れ。
渋谷区では、トド松のアルバイト先が光の魔法使い(キャスター)に襲撃され。
セイバーたちのいる葛飾区では、カラ松が『カラ松 A GO GO !』を暴走させ。
といった具合に。
あの刺青男が再び暴れ始めれば、東京にいる全市民に何らかのアクションが生じるはずだ。
「また刺青男が事件を起こした」など噂にされたり。
だが、セイバーが感じるにソレはなかった。
何より――他の主従よりも大々的に取り上げられている刺青男が、少しでも犯行に及べば
現在の東京では瞬く間に話が広まる。
セイバーは遠野英治が自宅に到着したのを見守りながら、過去の過ちを思い返す。
迷い、戸惑い、最悪の一手を選択してしまう。
助けを求められなかったから、見捨てようとする。声なき声を無視しようとする。
醜悪で、邪悪な………そんなものは『正義』では断じてない。
彼のマスター・巽の意志。聖杯戦争を止める。即ち――命を助ける。
単純で、純粋な。ありふれた正義の為に、セイバーはどうするべきか『考えた』のだった。
-
遠野英治は、息をつまらせるほどの苦痛を感じていた。
体を休ませているにも関わらず、体調が良好へ向かう愚か悪化に転じている。
ただならぬ容体に母親も心配していたが、先ほど医者が『寝不足』と診断した為。
それを信じ、薬を飲んで。一先ず眠りに就くべきだ。
母親が薬を差し出したものの、英治はそれを『飲み込んだフリ』をする。
薬は自らの為ではなく――これから不動高校で起こす予定の事件に使用するのだ。消費する訳にはいかない。
その原因は、英治のサーヴァント・ジェイソンの行動にある。
ジェイソンはこの時間帯、ランドセルランドで刺青のバーサーカーとその他のサーヴァント・マスターに戦いを挑んでいた。
皮肉な話だが、英治が望んだ通り。刺青のバーサーカーらと交戦し、最終的には最悪の結果を出してしまう。
二度目の死には至らなかったものの。
見事にボロボロの有様で、一度死んで蘇った方が良いくらいなほどギリギリで生きていた。
とはいえ、ジェイソンもとい英治は幸運だったのだ。
刺青のバーサーカーは、『直感』や彼自身の経験を生かし、ジェイソンが『普通』の手段で殺しきるのは不可能だと
判断したが、彼はそこに魔力を考慮してはいなかった。
ジェイソンの復活に魔力が必須な事を。
刺青のバーサーカー達が、ジェイソンの嬲り殺しを続け、幾度も復活する化物を幾度も滅ぼし続ければ。
英治が限界を達し、死に絶えるシナリオが想像出来る。
だが、ジェイソンは素直に行動はしない。
折角見逃されたと云うのに、幾ら酷い手傷を負い腕が切断され、魔力が限界に近付いたとしても。
霊体化である程度の移動をし、次の殺戮現場へ向かうだけだった。
日本の中心都市と称しても良い『東京』。
ここは作られた仮想空間で、隣接する他県は存在しないも同然だが、設定として海外赴任した人間や
観光にきた外国人、上京してきたばかりの人間、遊びに来た設定の人間など。
様々な理由で配置された人間が数多におり、常に人に溢れていた。
故に。
人々が集中する場所に到着次第、ジェイソンは無差別な虐殺を繰り返していた。
一時的に霊体化する為、手傷が回復しているかもしれないが、常に実体化を保っているに等しい。
これでは魔力消費は嫌がおうにも継続される。
結果として、英治の寿命は延長されたに過ぎないのだ。
-
「―――」
それを知らぬ英治は、ただ一人苦しみ続ける。
偽りの母親に訴えたところで、もう一度医者を頼ったところで、何も変わらない。彼は救われない。
この世界で聖杯戦争を知っているのは――マスター、サーヴァント。それらだけなのだから。
「―――るか」
そもそも、英治は個人的な体調不良と今のところは判断している。
ジェイソンが英治の健康を害すような――そのような類か問われれば、否。
刺青のバーサーカーを倒しきれないのは、逃しただけなのだろう。英治は思った。
「大丈夫か、気を確かに持て」
!?
見知らぬ声に英治が飛び起きようとしたが、肉体は悲鳴をあげ、コントロールが効かない。
だが、動かざる負えない。
何時の間にか――英治の前に全身を鎧で身を包む青年・セイバーが存在しているのだから。
自身を隠蔽しようと事件を計画していた英治だが、やはり時はすでに遅し。
不動高校には、やはりマスターがいたのだ。
そして、英治を始末しようとしている………!
「セイバー……! くっ……」
「驚かせたようで、すまない。だが、このままでは貴方の命に関わる」
「……?」
「簡潔に言おう。貴方のその症状は魔力消費によって引き起こされているものだ」
魔力?
摩訶不思議な単語に英治は戸惑う。
否、聖杯戦争自体が幻想のような話だった。魔力なんてのは当然ある。
セイバーは話を続けた。
「サーヴァントが実体化し、能力などを使用すれば魔力は使われるものだ。そして、マスターも魔力を使う事になる」
「………じゃあ、その魔力が……失い続ければ………」
「とにかく、このままでは危険だ。魔力が回復するまで霊体化するようサーヴァントに伝えてくれないか」
セイバーの話が真実であれ、理性のないバーサーカーに伝えるなど。
英治はバーサーカーに念話を出来ているかも怪しい。
どうする? 英治は苦痛の中、何とか思考を巡らせる。
「む、無理だ………僕の話を聞かなくて……どうしたら」
マスターに逆らっているサーヴァントに偽装しようと、英治は曖昧に答えた。
それにセイバーもどうするべきか考え、伝える。
「令呪の存在は知っているか?」
「は、はい……」
「そうか、なら令呪を使えば問題ない。
魔力が回復するまで霊体化をするよう命じればいい。受けたダメージも、消費した魔力も回復する」
なんだと……?
ただでさえ半信半疑だった英治は、セイバーに不信感を抱く。
令呪を使えなんて、無駄に消費させようと企んでいるんじゃないか? と。
本当に体調不良は魔力消費によるものなのか?
あのクラスメイトの女子は、魔力消費なんて一つも言わなかった。
英治が、彼女をよほど信頼している訳ではなく、魔力消費も重要な点であるからこそ教えてくれているはずだ。
そう思っただけで、彼女はソレを知らなかった可能性もありえる。
ならば、バーサーカーを令呪で呼べば……いや。
先にセイバーに殺されるのでは………
どちらにしろ、英治の状況は危機的だった。
決断を迫られる中、英治は恐る恐るセイバーに問うた。
「どうして、僕を助けてくれるんですか。だって……聖杯が欲しいはずじゃ………」
「俺も、俺のマスターも聖杯は望んでいない。俺達は――聖杯戦争を止めに来た」
-
東京都板橋区。
設立当時は、現在の練馬区も含まれた場所であり『東京の満州』なんて異名があった。
かつては、あちらこちらで地下水が湧き出ていたらしく。その名残はどこかで残されている。
都内有数の住宅団地。都営住宅や集合住宅も多く点在。
ちなみに、聖杯戦争のマスター・松野兄弟の自宅があるのもここだったりする。
時刻はおおよそ夕方。
文京区から板橋区の長旅でありながら、人目に注意しながら至ったのは。
神原駿河。
そして、アイザックことザック。そのマスターのメアリーは駿河におんぶされている。
人喰いの『梟』と、彼が引きずるスーツケースの中にいる桐敷沙子。
メアリーと沙子は真昼間だというのに眠りに就いていた。
実際、この五人しかいないように見えるが――霊体化し、傍らに存在する世間を騒がす刺青男・アベルもいる。
ところが、神原駿河は最悪の弟が居ようがおかまいなしに語っていた。
「驚いてしまったぞ。やはり第一印象で物事を捉えるのは早計というか……
てっきり私は、バーサーカーさんよりもザックさんの方が早くアベルさんと出会っていたと思っていたのだ」
「マジでどうでもいいだろ、その話」
ザックが幾度目かも分からない突っ込みをする一方、駿河は語った。
「執着度の違いというか。ザックさんの確固たる意志に、私も感服せざるおえない。
しかしだ。ザックさん……殺してやる、と約束をするのは正直良くないと思う。
様々なシュチュエーションが想像できるが、最終的に殺さなかったり、殺せなかったり。
殺してしまっても生き残った方が絶望し、不幸を覚えてしまう事が多い。
あまりオススメしたくはないのだが……」
「お前、さっきからどういう視点で語ってるんだよ。俺は普通にそう宣言しただけで、
アレコレ説得されて諦めろって話になってんだ。バカか! 殺さなかったら嘘つくのと同じじゃねぇか」
「多分、ザックさんは後悔してしまう。私はザックさんの為を思って助言しているのだ」
「だから! 何でアベルを殺したら俺が不幸になるんだよ! 意味不明だろ!!」
恐らく、神原駿河は彼女の趣味趣向で物を語っている。
駿河の性癖を知らぬザックからすれば、意図が見えない内容であり、奇跡的なほど意志疎通が出来ていない。
会話が成立しているようで、全く成立していない。
隣でケラケラと笑う梟を横目に、ザックは駿河に言う。
「話がしてぇなら、そっちの人喰いに聞けよ。元はと言えば、コイツがアベルと一緒にいたからな」
「バーサーカーさんは寡黙というか、必要以上に話したがらない方だと思ったのだが」
「んなことねぇよ。ベラベラ喋るぜ」
ザックはそう言うが。
駿河は、梟とはあまり言葉を交わしていない。
彼女も積極的に話しかけているものの。ザックの方が喋るせいで、そう錯覚しているだけなのだろうか?
釈然としないまま、駿河が試しに話しかけた。
-
「バーサーカーさんは、そもそもどうしてアベルさんと一緒に?」
「アベルくん、おいしいから」
「うん?」
「ザックきゅんが殺したがってるけど。俺はずっと前からアベルくんが喰いてぇんだよなァ」
対して、それを耳にしたザックは無言で人喰いを睨む。
駿河は改めて唸った。
「これはこれで困った事になってしまったな……」
どうせ下らない事を抜かすのだろうとザックが思った矢先、駿河は真剣な顔つきで続ける。
「つまり三角関係ではないか!」
沈黙。
「おい、人喰い。やっぱりコイツ殺すぞ」
「了解~~~~~っす」
「着いた! 嘘ではない、本当に私のマンションに着いたぞ!! 長旅御苦労さまだ!!!」
本気で殺されたかもしれない寸前で、彼らは目的地に到着した。
神原駿河のマンションは大したものではない。
二階建て。
部屋数も限られた、築数十年経過しているだろう外観。
何より「少し散らかっているが」と駿河が扉を開けた瞬間。漫画やら小説やら、本が雪崩の如く外に飛び出してきた有様。
初対面な上、今にも殺されそうな相手を、よくまぁこの部屋に通せたものだ。
服も脱ぎ散らぱなし、本という本も読みっぱなし。
一応、上京してきた女子高校生という設定らしく引越しで使われただろう段ボールが、山積みのまま。
ゴミというゴミも放置。ビニール袋にまとめてある(本人なりに)だけで、捨ててない。
ぶっちゃけると男性が目にしてはならぬ類の代物も、平然と転がっている。
最早、本当にここで生活しているのか疑わしい。
悪質な環境で育った過去を持つザックも、しばしの間を置いた。
「今まで見た中で最悪かもな」
「いやいや、それほどのものではない」
「誉めてねぇよ! つーか、邪魔だから踏むぞ!!」
-
ズガズガと先に進むザックと後追いする梟。
彼らが踏みつけるだけならまだしも。梟の持つスーツケースが完膚なきまでに本を引き殺した。
「あぁ……」と悲しみの声を漏らす駿河だったが。
実際、家にある本物のコレクションがあるんだ。大丈夫と自分に言い聞かせ。
本を部屋に入れ直し、中へ入った。
何であれ(ゴミ屋敷の中だが)周囲を警戒するような状況下ではない。
どうしたものかと考えた駿河。記憶を頼りに彼女はザックに言う。
「ザックさん、今立っているところに恐らく布団があるはずなんだが……」
「あぁ?! どこだよ、見えねぇ」
「本を掘り起こせば分かる……そうだ。ザックさん、日本では土足で家に上がるのは」
「土足じゃねぇと駄目だろ、ここ」
「……うむ。反論の余地がない。私は片づけ後片付け、始末後始末みたいな行動は不得意なのだ」
実際、本当の駿河の部屋もこの有様だ。
それこそ駿河の取り柄は、バスケットボールくらいしかないだろう。
彼女自身自覚はしていた。
埋もれていた布団を引っ張り出した駿河は、それを敷くスペースを強引に作り出す。
メアリーをそこで横にさせれば、漸く一安心できた。
梟も適当な本の上にスーツケースを置いて、中身を開けた。
そこには、駿河も見た眠り姫のような沙子が綺麗に収められている。
沙子もメアリーと同じく疲れているのだろうか、と思う駿河。変な事に、奇妙な点に視線が向かう。
梟の手。
彼が履いていただろうサンダルが掴まれていた。
(え? あれ??)
ザックに指摘する以前から、梟はそうしていただろうか? 分からない。
廃退し切った外見では想像しにくいが―――ひょっとしたら『日本人』かもしれない。
駿河が妙な間を置いた為、ザックと梟の双方から睨まれる。
我に帰った彼女は、再び喋り始めた。
-
「メアリーちゃんや沙子ちゃんの為に夕食の準備をしておこう。
冷凍食品はまだ残っているはずだ。ザックさんはどうする? 色々あるぞ」
「あのよ。サーヴァントはな、飯必要ねぇ」
「な、なんだと!? 初耳だ、アヴェンジャーも教えてくれなかった……」
「どうでもいいから言わなかったんだろ」
「いやいや。一般常識的に飲まず食わずは死活問題だ。教えてくれなければ、私はその辺りを考慮しなければならなかったぞ。
……ところで、そのー……バーサーカーさんは、色々と美味しくいただいているようだが?」
名前を挙げられた梟は、鳥のような瞳で駿河を睨みながら首を傾げる。
一向に返答しない彼の代わりに、ザックが適当に言う。
「喰うのが趣味なんじゃねぇか」
「なるほど」
少しは納得できるので、駿河は頷いた。
話題を持ち上げられたからか、指を咥えた梟が駿河に接近する。
普通の人間ならば、臆して後ずさり、部屋の隅で体を震わせる場面だが、神原駿河は違った。
冷蔵庫から物色していた冷凍食品を手にした状態だったので、何か食べたいのかと察する。
「バーサーカーさんは何が食べたいのだ?」
「ジャム」
「ジャム? 恐らくパンにつけたいところだろうが、生憎パンは――」
「ジャムっつってんだろ」
「あぁ、すまなかった。ジャムだけ食べたいのだな。ええと、何のジャムだ?」
「アベルくんのジャム」
瞬間。
駿河が手にしていた五分ほどで解凍される冷凍パスタを、一面のゴミの床へ落とす。
舗装されていた袋とゴミの入ったビニール袋が衝突する音。
それだけで、訳の分からない静寂が流れた後。
神原駿河は――――混乱した。
とんでもない発言に対し、駿河は混乱する他なかったのだ。
「ば、バーサーカーさんっ! バーサーカーさん!? あ、あああ、アベルさんの?! アベルさんの何だって!?」
「ジャムジャムジャムジャム……」
「待て! 冷静になれ、そうだ。まだ決まった訳ではないぞ、神原駿河!!
ジャムってなんだ。哲学の類ではない。本当の本当にジャムとは一体何なのだ!?
駄目だ……! どう考えてもいやらしい単語にしか聞こえない!! 謎のアベルさんのジャムの正体とは!?」
-
コイツは興奮するだけで卒倒して、そのまま死に絶えるんじゃないのか。
なんてザックが顔をしかめる。
梟は相変わらず呪詛のように「ジャムジャム」と繰り返しので、そろそろ人肉が惜しい頃合いなのだろう。
「いかん、このままでは夜が眠れない」とうなされる駿河に、ザックが気付いた。
「コイツがいつも喰ってんの『脳みそ』だぜ」
「え」
「だから『脳』」
「あ………あぁ……あぁ、そういう」
「んだよ! その反応!!」
折角、正解をザックが教えてやったと云うのに、駿河の様子はどこか残念そうだった。
仕方なく取り出した冷凍パスタを電子レンジへ入れる駿河に、念話がされた。
相手は言うまでもない。彼女のサーヴァント・アヴェンジャーである。
◆
東京都葛飾区不動高校。
ここでは聖杯戦争のマスターである來野巽が授業中居眠りし、アイリス=トンプソンが今後の計画を立てている。
彼らの知らぬ間に脅威が迫ろうとは知る由もないだろう。
気配遮断を纏ったアヴェンジャーが、学校内に侵入しているとは――
だが。彼は目立つような派手な真似はしない。
そのような危険を冒さずとも安藤兄弟の住所を把握できるから。と表現した方が良い。
適当にタバコを吸いに職員室から移動していた教師の一人を幻術にかけ、学校内の異常などの情報を引きずり出した。
元生徒会長・遠野英治が倒れた以外、学校内では何もない。
しかしそれは、今日一日の事だけ。
他にも生徒が神隠しと噂されている行方不明事件に巻き込まれた、というのもあった。
正直、行方不明が真の神隠しによる犯行という確証は得られなかった。
駿河と同行している人喰いと同じく、全てを平らげてしまえば死体は残らない。
何より――落ち着いたところで駿河がアヴェンジャーに報告した、謎の死体消滅があった。
それが発生すると分かった以上、行方不明は殺害され死体が消失するまで発見されていない人物が含まれる可能性もありえる。
-
一先ず。
欠席したのは安藤兄弟と神原駿河。早退をした遠野英治。
彼らの住所と連絡先は把握する。アヴェンジャーは、それ以上の散策はしない。
これは駿河も意見したように、安藤たち以上に、聖杯戦争のマスターが不動高校に集中しないと判断したのだ。
さて――これから安藤の家に向かうのかと問えば、否。
安藤は利用するのは間違いないのだが、アベルの一件をわざわざ説明する必要性がなかった。
教えれば、逆に安藤が意見を申し出るに違いない。
だったら安藤を本格的に幻術をかけてしまえば良い話だが、問題は彼のサーヴァント・カイン。
彼の能力が逸話通りならば、『彼を殺す者には七倍の復讐を与えられる。彼が殺されない為の刻印がある』。
攻撃を跳ね返す類。殺害に転じなければ、意味がないのか。
果たして幻術も通用するのか、定かではない。
とにかく安藤を差し置いてアベルと交渉する。
所謂――同盟。
それが叶わぬならば、消すしかない。
駿河はある程度対話ができるようだと証言したが、それでも狂戦士だ。
間違いなくアレは闘争しか求めない戦士でしか在れない類のものだった。
カインの存在に釣られ、渋々従う程度ならばそれで良い。
――恐らく、安藤は弟の方にも俺の存在を伝えている……
兄弟が揃ってマスターというのは、運命を感じられるほどだ。
だからこそ、兄弟で聖杯戦争を生き抜こうと、そして裏では生々しい読み合いが繰り広げられている。
……そんな具合か。
アヴェンジャーはまだ、安藤兄弟たちがマスターだと告白し合っていないのを知らない。
「マスターだと認識している前提」が危険だからこそ、その視点を優先させたのだ。
アヴェンジャーも断定はしない。故に、可能性を考慮する。
「…………」
不動高校から様子見程度に葛飾区内を移動していたアヴェンジャーは、ある者を目撃した。
不審者もとい露出狂である。
それこそが聖杯戦争のマスター・松野カラ松。
警察にお世話になるべき彼の周囲には、アサシンが二騎。女子中学生が一人。
不思議だが、他の通行人はいないようだ。
あまりの滑稽さに「何だアレは」とアヴェンジャーさえ呆れている。
アレと比較すれば神原駿河の方がありがたいマスターだ。むしろ、アレが自分のマスターでなくて良かったとすら思える。
警察は一時的に退散しているのは、サーヴァントの能力なのだろうか。
アヴェンジャーと同じく幻術の類……精神操作の能力を保有しているはず。
あの二騎のサーヴァントを支配下に置いて、神原駿河の元へ向かえば良いのでは?
マスターと思しき女子中学生や、露出狂のその後なんて知った事ではない。
-
……いや、それもどうか。
あんな行動(犯罪行為)に及ぶ時点で積極的に聖杯を獲得したい意志が感じられない。
どちらが露出狂のサーヴァントか不明だが……マスターの行動(犯罪行為)を横目に制止しない者だ。
底が知れている。
何より彼ら(アサシンら)が幻術に対抗可能なスキルを保有している場合もある。
駿河に危機迫る中、戦闘へ発展させる訳にはいかない。
良くも悪くも捕捉は出来たから、一応の収穫としてアヴェンジャーは受け入れ。彼らを一瞥し、立ち去る。
『神原駿河。まだ生きているか?』
(奇跡的に生きているぞ。私の部屋に到着し、皆くつろいでいるところだ)
『アベルはいるのだろうな』
(姿は見えないが恐らく……いや、アベルさんも安藤先輩の情報が欲しいはずだ。寛大な精神で命を逃してくれている)
アヴェンジャーにかましたあのトークを、霊体化しているアベルの前で繰り広げているなら。
確かに菩薩並の精神力で耐えているな、とアヴェンジャーも理解した。
アヴェンジャーは話を続ける。
『他はどうだ』
(ザックさんとバーサーカーさんは実体化したままだ。メアリーちゃんと沙子ちゃんは眠っているぞ。
深夜帯に都内を動き回っていたらしい、余程疲れているはずだ)
駿河の余計な情報を聞き流しつつ、アヴェンジャーは板橋区へ足を向かわせる。
その最中。
アヴェンジャーは酷く冷静に念話をした。
『良く聞け、まずは俺が集めた情報だ。安藤の住所も記憶しておけ』
(少し待ってくれ! せめてメモでも……あぁいや、それだとアベルさんに勘付かれてしまう。
とはいえ、いきなり覚えるのは難しい。電話番号だけなら何とかなる)
『ならば、もう一人。遠野英治という奴の番号も記憶しろ。奴はマスターであるという確証がないが念の為だ。
葛飾区にいた二人の主従についてもだ。分かったな』
(う、うーん……努力する)
無茶振りも何も、最悪な状況を作り上げたのは言うまでも無く駿河本人だった。
彼女なりに責任を感じているのだろう。「無理だ」なんて弱音は吐かない。
話が終わったところで、駿河は尋ねた。
(これから具体的にはどうするのだ?)
『奴と交渉する。失敗もしくは話にならなければ、その時次第だ。
そして――神原駿河。全てが失敗に終われば、お前は死ぬと思え』
駿河は無言だった。
とっくの昔に死んだようなものだが、いよいよ以て死を覚悟しなければならない瞬間が来る。
聖杯戦争は夢物語ではない。現実味の帯びた戦争だ。
ファンタジーが入り混じっていようが、血肉と生死が一面に転がるような世界。
暴力に支配された空間。
-
アヴェンジャーが駿河のマンションに到着した。
彼はまだ霊体化したまま部屋に侵入したが、そこでは少女二人が眠り姫状態で。
駿河が冷凍オムライスを解凍し、ケチャップで模様を描いている所だった。
包帯男のザックが、それを呑気に眺めており。梟は指を咥えたまま、沙子を眺めている。
先ほど深刻に念話をしていた傍らで何をしている事やら。
アヴェンジャーが、似合わぬほど満喫している彼らの前で霊体化を解いた。
意外にも真っ先に梟が反応し「アヴェ公」と狂い気味に呟く。
つられてザックもアヴェンジャーの方を振り向いた矢先、アヴェンジャーの『瞳』が変化する。
宝具『写輪眼』による幻術。
決して生贄に過ぎないNPC達だけではなく、マスターやサーヴァントにも通用する。
魔力をハッキリと溜めれば正確に効果は発揮される。
幻術は間違いなく発動した。
が、梟はアヴェンジャーと視線を交えた瞬間、小さく舌打ち「オイ」とドスの効いた声を漏らす。
いつものような気狂った様子ではなく、バーサーカーでありながら正気の籠った声色だった為。
わずかに駿河とザックは驚きを見せた。
一方のザックは、何にも反応せず状況が飲み込めていない。
狂気に身を投じている梟はまだしも、ザックも対精神干渉系のスキルを保有しているのは明白。
『写輪眼』の幻術をものともしない時点で、高ランクのスキルだ。
アヴェンジャーとしてはザックの方は幻術で足止め出来ると踏んでいた為、思わず言う。
「無能なせいで幻術が効かぬか」
「……あ? そう言う事かよ! なんかしたな、テメェ!」
「しかも、今気付いたのか。無能を通り越してただの馬鹿か……」
今更反応するザックに呆れるアヴェンジャー。
困惑する駿河が恐る恐る問うしかなかった。
「ええと……今、何が起こったのだ? 私にはサッパリなのだが……??」
当然だ。
サーヴァント達はただ視線を交えたに過ぎない。
視線だけの静かな攻防なんて、魔術の類では凡人の神原駿河の理解の外である。
-
このゴミ屋敷の中。漸く『彼』が現れる。
それだけで――空間は戦場にあるワンシーンのように映し出されていた。
日常的なゴミにありふれているここが、一瞬にして廃墟のソレを連想させる情景になっている。
アヴェンジャーも、実際にその戦士を前にし。納得する。
根本が狂っていようが、紛れもない強者であると。
現在、舞台である『東京』を恐怖に陥れている刺青男は目を伏せていた。
先ほどのアヴェンジャーの『瞳』を理解したからか、わずかな動作すら目視しようとはしない。
威圧感が肌身に感じるほどの彼が、静かに口を開いた。
信じられぬほど穏やかな声色だった。
「少し――場所を変えよう」
「……?」
空気を震わせる言葉に、アヴェンジャーすら沈黙する。
ザックは無神経に「何でだよ」と聞き返した。刺青男は首を横に振る。
「アイザック、君や『君たち』には言っていない。私は『彼』だけに話をしている」
「………」
―――――コイツは。そうか、コイツは『そういう』つもりなのか。
アヴェンジャーは彼の言葉と意志を理解した。
思考回路が読みとれずとも、彼の決断は先読む事が容易であった。
何故なら、アヴェンジャーも根本は彼と『同じ』なのだから…………
無言の取引を経て、アヴェンジャーが答えた。
「よかろう」
返事を得た刺青男は再び霊体化をする。
それを見届けたアヴェンジャーは、駿河に対し言った。
「『先ほど』述べた通りだ。精々大人しくしているんだな」
「う、うむ」
梟は指を咥えたまま睨み、ザックは顔をしかめたまま、アヴェンジャーが消えるのを見送る。
駿河だけが分かっている。――これから何が起きるのかも、どこかで察していた。
-
偽りの空間であっても、時間の概念は存在する。
夕方。
東京の空は『赤』で塗りつぶされている。
遠くの方は雨雲らしき『黒』の雲で覆われ、彼方は星が煌く夜空が広まり始めていた。
かつて―――世界は『黒』と『白』だけで構成されていた。
現代を生きる人々にそれを訴えても、信用されないだろう。だが、事実である。
それは『財団』によって元から色彩にありふれた世界に隠蔽されてしまったのだ。
何故そのような事に?
『財団』は失敗したのだ。これ『収容』に。
本来あった『黒』と『白』の『美しい』世界は失われ、『下劣な色彩の』世界に変わった。
夕焼けは目を酷使するような痛々しい『赤』となり、木々は下品な『緑』へ染まり、海は一面に汚された。
ひょっとしたら、彼の刺青の殺戮者――アベルはかつての『美しさ』を記憶しているのかもしれない。
だが、アベルは語らないだろう。それこそ人類を嫌悪する彼なら尚更。
妖怪桜『西行妖』の影響により不安定な空模様を描いている頭上を、アベルは眺めていた。
駿河の部屋から共に移動したアヴェンジャーに背を向けている。
敵に背を向けるなど、隙が生じて良くないはずだ。
しかし、アベルには完璧な程、隙がない。
アヴェンジャーも攻撃をしかけようものなら、直ぐに対応されるのが目に浮かんだ。
「お前は、殺したがっている『奴』の居場所を知りたいのだろう」
話を切り出したのはアヴェンジャーだった。
「教えて欲しければ、まず――……」
「君は私と戦いに来たのだろう? 何の話をしているのかな」
交渉以前のアベルの発言に、アヴェンジャーは眉を潜めた。
まるで意志疎通が出来ていない。
そうだとしても、アヴェンジャーも心のどこかで理解している。
理解していながら、アヴェンジャーは再度問い詰めていただけに過ぎないのだ。
アベルは続けた。
「私は戦士である君を待ちわびていた。君も、戦士の一人として私を心待ちしている。違わないはずだ」
「……オレの交渉に応じるつもりは、無いか」
「利用された時代はあったとも。しかし私は飽きたのさ」
かつて『財団』の狗として自ら利用されていた頃も、既に過去の栄光。
アベルは飽きてしまった。もはやアレでは退屈を満たされないと理解してしまったからこそ。
有象無象を自らの手で終わらせてしまった。
何度やったって同じだ。
利用されて忌々しい兄弟を抹消したとしても、退屈な作業である。
アベルは視えていた。高ランクの『直感』によるものか、ただの狂った思考回路が奇跡的に正解を導きだしたのか。
元より交渉なんて応じない。利用されない。
最終的に――アヴェンジャーとの戦闘を強いられる。
この瞬間の為だけに霊体化を続け、魔力を温存したのだ、と。
戦闘狂の話を聞きいれたアヴェンジャーは言う。
「ならば―――うちはマダラは、それに応えよう」
アヴェンジャーの言葉と共に火蓋が切られた。
-
東京都板橋区は物々しい雰囲気に包まれていた。
警視庁のある千代田区から移動してきたであろう無数のパトカーの群れが、動物の集団移動の如く区内で蠢く。
神原駿河は彼女なりに警戒していたつもりだったが、現実は上手くいかない。
彼女が注意していたのは警察だけ。
その他、一般市民は違う。
「もしかして、刺青男と一緒にいたフードの男?」と思ったNPCが面白半分に遠くから写真を取り。
SNSなどで画像を上げていた。
同時に、善良な市民は警察に通報をしていた。
いたずらどころではないほど板橋区からフードの男(梟)と同行する包帯男、女子高校生と金髪の少女の目撃情報が相次いだ為。
本格的に捜査員を派遣させたのである。
しかも、女子高校生らしき少女は同じ不動高校の関係者から本名や住所まで明かされる始末。
相手は犯罪者の一味なのだからプライバシーなんて知ったものではない、と言わんばかりに祭り状態だ。
先ほどまで葛飾区の露出狂で盛り上がっていたネットは「刺青様バンザイ!」な具合に
あっという間に方針転換している。
中には、現地へ向かい刺青男を目撃したい者や神原駿河の自宅に乗り込もうとする輩まで。
その為、珍しいほどに板橋区は人で溢れていた。
警察としては避難して欲しいので、市民に注意を呼びかけ続けている。
「なぁ! そいつの家燃やしに行こうぜ! どーせ犯罪者の家だから問題ねーだろ!!」
「SNSでアップするか?」
「ぎゃははは! それサイコー!! あっ―――?」
悪意に溢れる若者たちが何人かいる。
そんな彼らの一人を踏み潰し、着地した存在がいた。
調子に乗っていた彼らが一瞬にして顔色を変え、悲鳴を漏らした。
殺戮の帝王――アベルだ。
対峙するアヴェンジャー・うちはマダラが到着し、アベルはブレードを振りまわした。
マダラが超人的な速さで対応する。
『写輪眼』は常時発動を続けていた。人間には理解できぬ思考をするアベルの手順は梟と同じく『出鱈目』。
確かに『写輪眼』でアベルの攻撃を見切れるが、見切ったところで対応できるのは個人の能力に委ねられる。
『写輪眼』を開眼したばかりの者が、無理して体を酷使させるのは良くある。
マダラは既に本気の速さだった。そしてアベルも。
これに関しては互角。
ただ力はアベルが上回っている。
-
圧倒的な筋力による攻撃を受け流し続けるのはマダラにとっては、肉体の酷使と同義だった。
その調子で彼らは64m範囲内を蹂躙し続け、板橋区で一騒ぎ起こそうとしていた人間は巻き込まれて排除される。
面白半分に現れた暴徒は一瞬にして冷水を浴びされたように逃げ惑う。
お祭りのようが活気は、悲劇へと変貌した。
「ひぃいぃぃいっ! 助け――」
先ほどまで犯罪行為に及ぼうとしていた若者が、ここで命乞いしたところで何なのか。
マダラが受け流すのを止め、アベルと距離を取る為、ジャンプをするのと同時に。
マダラが交わしたアベルのブレードが、若者を頭部を横に裂いた。
[容疑者発見! 包囲しろ!!]
パトカーが舞台に遅れて到着し、間を置いたアベルとマダラの周囲を取り囲む。
ドタゴダと車内から現れた警察官は拳銃や盾を構え、呼びかけた。
「武器を捨てなさい!」
マダラは、エキストラに過ぎない彼らを横目に「数が多いな」と鬱陶しい様子でぼやく。
だが、アベルもマダラも、心底どうでも良かった。
彼らは再び戦闘を続けるだけなのだ。
先ほどと同等レベルの体術を繰り広げられるだけで、暴風に等しい風圧が警察に襲いかかる。
「うおおおおぉおおぉぉぉぉぉっ!!? な、なんだコイツら――――!?!?」
彼らが間抜けな反応するのは無理もない。
人間を凌駕した闘争を繰り広げる彼らは間違いなく笑っていたのだ。
アベルは無論、暴力を擬人化させたような戦闘狂だ。
そして、うちはマダラも同じく戦闘狂だった。
彼は確かに平和を求めていた。忍世界を変えようとし、彼なりの行動を起こした。
真の平和を求め、争いの概念を排除しようと奔走していた。
しかしながら―――本能的に戦いを求める人格者なのである。
目的の為の戦いではなく。戦う事自体が楽しいと感じてしまうのだ。
平和を求める人間にとって、これほど矛盾した本性はありえないだろう。
「ハハハハ! アベル!! 『本気』になれないのが非常に残念でならん!!
だが―――今のオレの『全力』でお前の相手をするしかあるまい!!」
「!」
僅かな隙を見切ったマダラは、跳躍で一度離脱をした。
警察もそれを見逃さず「今だ! 撃て!!」と取り仕切っていたリーダーらしき人物が掛け声を上げる。
取り残されたアベルに銃弾の嵐が襲いかかった。
が、何もない。
サーヴァントには通用しない。
だからこそアベルも構える事なく、平然と立ちつくすだけであった。
一方の警察官たちは絶望する。まるで化物を眼前にしたかように。
「火遁―――」
マダラが距離を取った先で魔力を込めたのに、アベルが反応する。
その判断が遅いとマダラが思う矢先。彼は術を発動させた。
「豪火滅失」
ただの地獄が、灼熱地獄になった。
-
東京都葛飾区不動高校に場面は移る。
(本来良くはないが)授業中睡眠を取ったお陰で、巽の目は冴えていた。
やはり無理するのは良くないな、と判断し。睡眠時間を考慮しようと計画を練っている。
巽に声をかける友人。
本来の友人ではなく、この東京においてそういう設定の人物。
「これから遊びに行かね?」と笑みを浮かべ尋ねるが、巽は丁重に断った。
代わりにアンダーソンと共に、下駄箱まで移動する。
「來野さん。自宅はどちらでしょうか」
「俺? 世田谷だけど……」
「安藤さんの自宅は江戸川区の方でして……電車で向かおうと思うんですが、お金はありますか?」
「あぁ、大丈夫だ。それより早めに向かおう。夜になると現れるらしいな、例の……」
「刺青のテロリスト、ですよね。一刻も早く捕まって欲しいものです」
アンダーソンの顔も不安に帯びていた。
警察ならば何とかしてくれるはず……そう願っているのだろうが、相手は普通のテロリストではなくサーヴァント。
マスターである巽は、一層使命感を胸にする。
先ほどセイバーに念話で情報を共有したところ。
どうやら、彼は遠野英治の安否を気にかけ、接触をしてしまったらしい。
だが――結果として、英治は令呪によりサーヴァントを霊体化させ、魔力の消費を抑えたとの事。
英治のサーヴァントに関する情報は彼が眠りに就いた為、得られていないものの。
これはこれで大きな進展だ。
上手くいけば、遠野英治と同盟が組めるかも知れない。
(セイバー。俺は安藤のところへ寄ってから、遠野先輩の家に行こうと思う。それまで先輩を守ってて欲しい)
『心得た。……マスター、いくら彼を救う為とはいえ無断で実体化してしまったのは、申し訳ない』
(むしろ助かったよ。これが『切っ掛け』になると思うし――やっぱり、セイバーは違うな)
『何が?』
(いや、こっちの話)
セイバーは、巽とも覆面の正義の味方とも違う。
本物の正義を貫く英霊とは、まさしく彼のような存在なのだと巽は感じ取る。
果たして……自分にそれが出来るのか?
いや、出来るかの問題じゃない。しなくちゃいけない。聖杯戦争を止めるとは、そういう意味なのだ。
「うわっ! おい、アレ!!」
生徒たちがざわめくのに、巽とアンダーソンは気付く。
彼らが指差す方面に視点を向ければ、夕焼け空に不気味な黒煙が立ち上っていたのだ。
葛飾区から視認できるソレは遠い位置ではない事が、容易に理解できる。
―――まさか、火事!?
-
呆然とする巽の傍らで生徒たちが色々と噂する。
板橋区で火災が起きている。刺青男がそこに現れた。不動高校の一年生がテロリストの仲間だ。
などなど、信憑性は定かではないが。板橋区で何かが起きている。
どうする? 本当に刺青男がいるのか……!?
巽は必死に考えた。
安藤の家へ行く……そんな必要はない。安藤は逃げないだろうし、明日、もしかしたら学校で会える。
優先させるのは、やっぱりコッチだ! 早くしないと、酷い事になる……!!
「ごめん! アンダーソン!! 火事がある方……
もしかしたら俺の親戚がいるところかもしれない。心配だから行きたいんだ!」
「そ、それは……わかりました! 行ってあげて下さいっ、來野さんの事は僕が伝えておきます」
「ありがとう!!」
伝えてくれるなら、それはそれで安藤に自分のアピールが出来ると巽はアンダーソンに任せた。
急いで巽は現場へ向かう。
セイバーと同じく独断で巽は向かっていたが、セイバーとは異なり、無謀に等しい行動だった。
分かっていても、動かずにはいられない。
巽は最寄りの駅へ走り出していたが、近くにタクシーが停車していたのでハッと足を止めた。
どうやら、板橋区の火災の他、様々な理由で電車は運転を見合わせているらしい。
何だっていい。
巽は、身近で正確な交通手段に頼ったのだった。
◇
「………」
ジークはレジカウンターで一人、胸に手を当て、感じ取る。
昼間頃、この英霊の心臓が大きく反応を示した瞬間があった。しばらくして、それは止む。
以降、心臓に反応は見えられないが……見当がつく。
アレは電車で感じた疼きとは異なる。すれ違い、近くにいたような感覚ではなかった。
『黒』のセイバーが実体化したのでは――ジークはそう判断している。
葛飾区内で事件らしい事件は起きた様子もない。
戦闘とは限らず、何らかの理由で一時的に実体化をした可能性がある。
心中思い詰めているジークに対し、店長が声をかけた。
「ジークくん」
「はい」
今度はちゃんと返事ができたとジークは確かな感覚を掴む。
しかし、店長が告げたのは意外なものだった。
「もうあがっていいよ。後片付けは私がやっておくから」
「……? まだ閉店の時間では……」
「しばらく早めに店を閉めようと思うんだ。例のテロリストは夜に現れるって言うし……お客さんも来ないからね」
どこか悲しげに店の表に出していた商品棚を移動させる店長。
-
ジークは帰宅の準備をする。
店長からオススメされた本『黒山羊の卵』を鞄にしまいながら、ジークは思う。
周囲の様子や雑誌・新聞記事。ラジオやテレビ番組から感じられる異様さ。目に見える変化を感じざる負えない。
つい最近まで芸能人のゴシップを取り上げていた三流雑誌も、刺青男関連の記事を渋々取り上げており。
新聞のどこを捲っても、刺青男やそれに関連するかもしれない政治的話題。
テレビ番組もアイドルや芸能人関係のものは、刺青男の特集番組や。
日本のテロ対策問題を中心とした番組。
悲惨な犯行現場と、それに巻き込まれた被害者の声を取り上げる番組など。
CMも最近の飲食品やゲームの宣伝ではなく、公益社団法人のCMが頻繁に流れる。
……中には予定通りアニメを放送するテレビ局があった。そこは流石クールジャパンと称するべきか。
とにかく、全体的に活気のあるモノは「不謹慎だ」と罵られ、自粛を余議なくされている。
これが……変わって行くということなのだろう。
深夜に家まで送り届けたあの老女の悲しげな表情と、店長の表情がよく似ていた。
ジークは実際の日本を知らない。
再現された通りの世界なのか、分からなくとも。元は活気のある、明るい世界なのだと思える。
少なくともNPCであった頃の記憶のような。あれが本来の『東京』………
あるべき『東京』を取り戻したい。
ジークの想いを叶えるには、やはり不安の元凶である刺青男をどうにかしなければ。
その時。
再びジークの心臓が脈動を始めた。
店の外には誰の姿もない。マスターらしき姿や、霊体化している『黒』のセイバーがいる事は無い。
そうであれば、もう既にジークの前に登場しているだろう。
心臓を頼りに『黒』のセイバーを捜索出来るだろうか? ランサーと共に……
「ランサー?」
ジークの呼びかけに答える声が――なかった。
-
聖杯戦争を止める―――
そんな正義の味方ごっこのような発言に、遠野英治はふざけるなと罵倒したくなった。
だが、発言を抑え、令呪を使用したのである。
馬鹿げた方針であったものの。遠野は捕捉されてしまった以上、セイバーとそのマスターを利用しようと企んだ。
もし、セイバーのマスターに隙が生じればあの女子と同じく殺害してしまえばいい。
何より、聖杯戦争において場違いな行動方針を持つセイバーの話は、嘘ではないと推測できた。
貴重な令呪一画の消費。
しかし、効果は明らかなものだった。
少し休む感覚でベッドに横になっただけで、日が暮れる夕方まで熟睡してしまった英治。
しまった。と思う反面、これは魔力が重要だと理解する。
だが、魔術に関しては一般人と変わらぬ遠野が、どうやって魔力を確保すればいいのだろうか?
「せ……セイバー、さん?」
姿はないが、オドオドしく英治が言葉を発すると鎧のセイバーが実体化をした。
「調子の方はどうだ?」
「あぁ、大分よくなりました。ありがとうございます」
皮を被ったまま英治は、話を続ける。
「ごめんなさい。セイバーさんを疑ったりして……
怖かったんです。令呪が現れた時、他のマスターにいきなり襲われた事があって……」
「不信感を与えてしまったのだな、すまなかった」
「いえ。魔力の事を教えていただき感謝しています」
「サーヴァントの様子はどうだろうか」
「分かりません。念話もなくて……もしかしたら、向こうも魔力の事を察したのかもしれません」
-
英治がバーサーカーの存在を明かすか迷っていた。
いづれにしろ、バーサーカーを呼び出せばクラス名は判明してしまう。
ギリギリまで情報を隠すか? とはいえ英治はバーサーカーの宝具や能力を把握していないのだが。
セイバーに中々話を切り出せない英治。
が、セイバーは感じる。
こちらへ接近をするサーヴァントの気配に――
クラスの象徴でもある大剣を手元に出現させたセイバーは、英治に告げた。
「サーヴァントが一騎、こちらへ向かっているようだ」
「えっ!?」
「貴方は身を潜めてくれ。俺は、なるべく相手をこちらに接近させないよう心がける」
「わ……わかりました!」
こんな時に……いや、むしろ都合が良い。
ここで魔力を回復させたバーサーカーを弱ったセイバーたちにけしかければ……
などと英治が企む中、セイバーは窓から外へ飛び立ち。住宅の屋根を飛び越え、移動した。
現れるは憂いを帯びた女性のランサー。
幻想による最高峰の美で構成された彼女は、魔銀(ミスリル)の槍を携えている。
ここは閑静な住宅街の一角に過ぎない。
聖杯戦争を知らぬ人間が目撃すれば、巷で話題のコスプレの撮影かと誤認するだろう。
「あぁ、そんな。……ごめんなさい」
唐突に謝罪を申すランサー。
彼女は分かっていたのだ。こうなってしまう事を、理解しておきながらも。
マスターであるジークがセイバーと邂逅を果たそうとしていた。故に、いづれかは出会う事になる。
だが、セイバーの気配を感じ取り、ランサー自ら赴いた故に果たした。
状況が変化しただけ。
恋に落ちると知り、恋人の全てを奪うと予言されたのにも関わらず。
恋に落ち、全てを奪った。
かつての彼女そのものであった。
結末は予想できたはず。だけども――ランサーは、どうしてもセイバーを一目見ようとした。
そして、やはり。
『あの人』に凄く似ている。そう思ってしまった。駄目だと分かっても、止められない。
幾度も謝罪を述べたランサーは
「ごめんなさい……とってもごめんなさい」
殺し―――ますね。
大槍『死がふたりを分断つまで』を大きくセイバーへ振り下ろしたのだった。
全ては、愛がために。
-
「アイツら一体なんなんだよ」
ザックが苛立って一面に敷かれる本(主にBL系の)を蹴り飛ばす。
アベルとマダラが立ち去ってから、しばしの時間が経過したが一向に戻ってくる気配がない。
梟の方も、先ほどのマダラの攻撃に苛立ちを覚えているのか、忙しなく部屋を徘徊している。
まさか逃げたのか? とザックは疑うが。
マスターである駿河を殺人鬼と人喰いに囲われたまま放置はしないだろう。
「マジで何しに行ったんだ? なぁ、おい。念話でアヴェンジャーの奴に聞いて――」
ザックが駿河をチラリと目にすると、彼女らしくなく無言でどこか放心とした様子だった。
というか。
事ある度にベラベラと話題を提供する神原駿河が、どういう訳か一言も喋らないのは異常である。
先ほどの場面ならば「アベルさんとアヴェンジャーはデート中なのだろうな」……なんて話そうだ。
「オイ!」とザックが強めに呼びかければ、体を大きく跳ねて駿河は正気に戻る。
「あ、あぁ。すまない、ザックさん……どうやら疲れてしまったようだ。少し休ませて欲しい」
「おーそうか。思いっきり裂いてやるぜ」
「……うむ、それは勘弁して欲しい。本気で体がダルイというか……何と言うか。
メアリーちゃん達と同じように、自覚がない疲労を溜めこんでいたのかもしれない……」
何時になく元気のない反応をする駿河。
ザックでも、かなり疲れているようだと察せられるほどの雰囲気だった。
彼女の様子を眺め、ザックは不思議にもある考えに至る。
「まさか、魔力減ってるのか。お前」
「魔力? 私は魔力が減る――という感覚が分からないのだ。むしろ、これは減っているのだろうか?」
「…………あー! やっぱりか!! アベルの野郎がやる事なんざ知れてるじゃねーか! 何で気付かなかったんだよ!」
舌打ちをしてから、ザックは霊体化をしてしまう。
突然の展開にボーっとしていた駿河も、目を大きく見開いて「ザックさん!?」と呼びかけるが。
反応はない。
まさか外へ?
駿河も念話でアヴェンジャーに伝えようかと悩んだ。
そこで、一人の少女が目を覚ました。
開けっぱなしのスーツケースに収められていた桐敷沙子である。
-
バチリと不気味なほど鮮明に起床を果たした彼女がいるのは――どう見てもゴミ屋敷だ。
どういう状況なのか飲み込めない沙子に、梟が「おはようございます」と挨拶をしている。
つられて沙子も会釈だけして、冷静に確認をした。
「ここはどこ?」
「あぁ、沙子ちゃん! ここは私――神原駿河の家だ」
沙子の嫌う『ちゃん』付けで声をかける神原駿河に、少々戸惑いを覚える沙子だったが。
そんな彼女を差し置いて、駿河は話を続ける。
「色々あって今晩は沙子ちゃんたちを私の家に泊めようとなったのだ。
バーサーカーさんと沙子ちゃんは宿や家がないのだろう? 遠慮はしなくていいぞ」
「………」
「沙子ちゃん?」
「………ええ、そうね」
ゴミ屋敷で泊まれなんて遠慮もクソもない話だが、実際のところ、梟と沙子に休める場所は無い。
かつて居た病院には居られない。
あそこは全て梟が食べ尽くしてしまったのだから。
往く宛もなく『東京』という殺戮の街を徘徊するのは、愉快である。
沙子は心のどこかで安らぎを感じていた。
だが、安全に眠りにつける場所は見つからない。あれからどうやって神原駿河の部屋に到着したのかも、沙子は知らない。
「アベルさんと一緒に行動しているだけで正直大変だったと思うが。
恐らく、沙子ちゃんが眠った後はバーサーカーさんが頑張って守っていたはずだ」
駿河の話に、沙子は意外そうな表情をする。
まぁ、スーツケースの扱いは乱雑で、本気で沙子を守るつもりかは分からないが。
最低限努力はしていたのだろう。それを駿河は大げさに言うだけだ。
指を咥え、虚空を眺める梟を一瞥した沙子は、駿河の言葉から重要な名前を引出す。
「……アベル。もしかして、刺青の?」
「ああ、そうだとも。沙子ちゃんは、アベルさんの名前を知らなかったのか?」
ひょっとして本物なのでは?
沙子はそう思った時がある。あの人間を憎悪する暴力の化身。なかなかどうして沙子は惹かれていた。
少女らしくない、どこか大人びた雰囲気を醸す沙子の表情だったが。
冷静のようで心の中は不気味な色合いでかき回されていた。
心配した駿河は、可愛い少女を前に疲れを隠して話を続ける。
「大丈夫だ、アベルさんは今はいない。少しアヴェンジャーたちと出かけてしまったものでな。
私でよければ何だってするぞ、沙子ちゃん。私の胸に飛び込んで泣いても一向に構わない」
むしろ、して欲しいと言わんばかりの駿河。
漆黒の瞳で駿河を見つめた沙子は、少し間を置いて、本当に駿河の胸へ飛び込んだ。
冷静を装っていたが、聖杯戦争という過酷な状況で不安を抱いていたのかもしれない。
少なくとも、駿河は最後まで彼女を疑いもしなかった。
沙子に、首筋に牙を突き立てられる瞬間まで。
-
走る、奔る、奔る。
赤い赤い空の下、漆黒の殺人鬼は騒がしい方へ走り続けていた。
阿鼻叫喚の地獄では無差別な死が巻き起こり続け、遠く彼方では炎が揺らめく。
炎。
何故か、炎に恐怖を覚えるのだけは相変わらずだった。
無意識に殺人鬼・ザックは足を止めてしまう。
もはや本能的に炎を嫌悪しており、何ともないと分かっていながらも、臆してしまう。
体が石像のように固まり、ピクリとも動かなくなる。
間違いなく、この先にアベルとアヴェンジャーが居るというのに。
避難する人々を尻目に、ザックは炎を眺めているだけである。
―――ザック。
ふと、どこかで聞き覚えある声がした。
つまらない、何の感動や感情も込められていない、淡白な声色を持つ少女は一人しか存在しない。
金髪碧眼の容姿はメアリーを連想させるが、その少女はメアリーではなく。
本来、この『東京』には存在しない少女だった。
―――早くしないと。
急かしているのか、何がしたいのか。サッパリ読めない表情で呼びかける少女に、ザックは鼻先で笑う。
「うるせーな。わかってんだよ」
何でお前がここにいやがるんだ。今が『あの時』と似ているからか?
考えたところでわかんねーけどよ。あー……そうだな。
しいて言うなら、アベルの野郎はお前よりか殺し甲斐があるぜ。
どうだ? 少し悔しいか??
……ったく、ホントつまんねー反応しやがって。
殺人鬼は一歩を踏み出した。
少女に振り返る事は無い。殺人鬼も、その少女が幻影に過ぎないと心で理解していたからだ。
数多の歴戦の英霊たちの中でも、ちっぽけで、威厳もなく、純粋に狂っているだけで殺人鬼と呼ばれた―――
そんな男は、赤い赤い炎の中へと奔って消えた。
-
前編の投下を終了します。ここまでのタイトルは「赤い、赤い空」となります。
中編、後編の投下はもうしばらくお待ちください。
-
中編投下します
-
神原駿河の住むゴミ部屋で、一人の少女が読書をしていた。
傍らには人喰い男が居るものの、少女にとっては日常のように何も感じない。
どこぞの有名作家とは違い、大々的な宣伝もされず、ひっそりと執筆し、静かに評価されている小説家。
そんな『彼』の小説に目を通していた。
弟を殺した兄の物語。
何かで聞いたような話だったが、作家ならではの改変が施された内容である。
最後の1ページをめくり終えた少女は、何とも言えない溜息をついた。
少女が余韻に浸る中、人喰いは本の床の上で倒れたままでいる部屋の主・神原駿河を眺める。
ちょっかいでもしようと企んでいるのか。
定かではないが、少女――沙子は人喰いの『梟』に言う。
「その人は大丈夫よ。私たちの命令に従ってくれる」
この世で最も弱き化物・沙子が持つ、優れた特権。血を吸った人間への暗示。
神原駿河がいかなる人間かは知らないが、沙子にとってはされど人間だった。
沙子が人ではないと知れば、きっと容赦はしない。
化物だと嫌悪するに違いない。
初対面の相手であっても、沙子はどこかで怯えを抱いていた。
それにしても、この本の群れは一体。
神原駿河も相当の読書家のようだ。
沙子は、試しに散らばっている中から適当な一冊を選び、内容を流し読みする。
「………………………………………………………………………………………………………………っ!!?!?!?」
生気のないはずの白い肌が赤面になったような感覚を覚えながら、沙子らしくない慌てようで本を投げ捨てた。
全力疾走後のような呼吸を上げながら、沙子は震える声で呟く。
「変態だわ……この人」
読書家の沙子も『あのような』ド直球ストレートの作品は、生前は勿論。死後も読んだ事がなかった。
訳が分からない。
何故『あんな』作品をベッドの下に隠す愚か、整理整頓もしないで放置しているのだろう。
羞恥心というのが、ないのだろうか?
沙子は、恐る恐る他の本も流し読みするが、どれもこれも『ヤバイ』類の内容である。
良い子は絶対見ちゃいけない。
しかも、似たような内容や趣向が多くあるような………
考えれば考えるほど、神原駿河の血は吸って正解だった。むしろ、吸いつくした方が良かったかもしれない。
「………バーサーカー。えっと……その………何もされていない?」
梟に限ってそれは無いだろう。沙子の心配は要らぬものに等しい。
いや、神原駿河だから分からない。もしかすると、もしかするかもしれない。
意味不明な沙子の不安に対し、梟はキョトンとした様子を浮かべてから、首を横に振る。
沙子は「そう」と一安心した。
-
「アベルは……どこへ行ったの? 私、彼と話がしたいわ」
あの殺戮者は律儀に戻って来るのだろうか?
彼は分からない。
前触れもなく、梟を殺しにかかりそうにも。何をしでかしても、格別変ではないと思えるほど沙子も理解できない。
梟は指を口に咥え、沙子が収められていたスーツケースから本を取り出す。
本来は駿河が購入した品だが、特別な何かを思ったのか。それを沙子に渡した。
『王のビレイグ』
沙子は少々驚いた風に反応し、それからほほ笑みを浮かべる。
「それ……それを書いた人の本を幾つか読んだわ。ここ(東京)に来てからよ、その人を知ったの」
貴方に教えたかしら。
本を受け取りながら沙子は言う。
「色々本を読んで来たけど、初めて見た作家だった。ここでは人気みたいね。
……少しだけ分かる気がするの。この人の事。実際に出会った事もないけど……
きっと、全てに絶望してしまっているんだわ。でも――だから、惹きこまれるのよ」
本の表紙を眺める沙子に対し、梟は何かを差し出す。
「誕生日プレゼント」
「……え」
別に沙子の誕生日ではないのだが。
その――差し出された代物というのが、拳銃だった。
一体どこから。そうではなく、何故『そんなもの』を沙子に渡すのだろうか?
『そんなもの』がなくたって沙子は人間を殺せる。
「……………」
純黒の凶器を前に、沙子は躊躇をした。むしろ、それは自分に向けられるべき産物なのだ。
だけど。
手にする権利を得てしまった以上、彼女は受け取る。
少女が持つにはあまりにも重量のある物体。だけど、人も化物も簡単に殺してしまえる恐ろしい武器だった。
「………」
終始無言だった。
この凶器は『何』に使えばいいのだろう。沙子は途方に暮れた。
一冊の本と凶器を抱える沙子の前で――もう一人の少女が目覚める。
沙子も気付いていない訳ではなかったが、彼女に対してどのような対応をすれば良いかは考えなかった。
子供に過ぎない少女なら、問題はないと判断した為か。金髪の少女――メアリーは沙子に噛みつかれていない。
だが、メアリーの瞳は酷く淀んでいた。
奈落の底のような色合いをする蒼で周囲を見回せば、倒れたままの駿河。
不気味な梟と、生々しい白の肌を持つ沙子を目にした。
そして―――何も反応しなかった。
果たして、メアリーに意識があるのかと疑うほど、彼女は無反応だった。
眠りにつく前、酷く怯えていた梟相手でも、何一つ悲鳴すら漏らさない。
指を咥えた梟がジリジリと接近してくるのに対し、メアリーは至って平常に答える。
「やめて」
やめろ、と言われ止める梟ではないが、メアリーの次の言葉で動作を止めた。
「わたし―――ザックに殺されたいから」
死を危惧する主従には、俄かに信じがたい言葉だった。
沙子は茫然として、梟は思わず聞き返したのである。
「何言ってんだ、お前」
-
アヴェンジャー・うちはマダラの忍術『火遁』系の類により、板橋区が灼熱地獄に変貌を遂げている。
警察から一般人、暴徒から子供まで。それら犠牲者の悲鳴が絶え間ない。
被害が及んでいない場所や方面は、神原駿河のマンションのある場所などが挙げられる。
一応、現時点では一帯だけで収まっているが、放置しておけば炎は区域全土に及ぶだろう。
マダラが交差点で降り立つと、そこも炎上しているに近い。
信号待ちしていた車は全て炎に包まれており、中には誰かが入っていたに違いない。
哀れな被害者たちは、所詮レプリカだとマダラは冷酷に受け流す。
何よりも――刺青の殺戮者・アベルの所在だ。
これほど広範囲に魔力(チャクラ)の炎が一面にあれば、霊体化していても逃れる術はわずかしかない。
高い建築物に逃げ込んだ様子はなく。
マダラは『写輪眼』で周囲を探り、警戒していた。
あの状況で逃亡を図ったとは想像しにくい。
どこにいる?
第一、マダラはアベルの宝具を確認していなかった。
宝具や能力は注意しなければ―――
!?
マダラは最低限の対応をしたつもりだった、が。間に合わなかった。
アベルが出現したのは、前方でも後方でも、上空でもなく――地下である。
地下……即ち下水道を伝って……否、そう都合よくマダラの足元に下水道が通っているとも限らない。
ある程度は、アベル自身が自力で掘り壊した可能性が高い。
アスファルトを突き破り打ち込まれたアベルの一撃を、マダラは受けるしかない。
かつて蘇りを果たしたマダラが、体術において右に出る者はいないと参照した男の拳に等しい攻撃。
彼の体はミサイル並のスピードで吹き飛ばされた。
――追撃だと、しかも………
既にアベルはマダラの背後にいる。
殺人的な蹴りを、今度は『受け止めた』マダラ。
正確には彼の宝具『須佐能乎』で受け止めているのだ。
姿形は完全ではなく、一先ずチャクラの鎧部分だけを出現させた状態だが。
やはり、即展開したばかりの鎧ではアベルの力に耐えきれない。それでも、防御なしよりはマシである。
蹴りにより飛ばされたマダラではあるが、『須佐能乎』を再構築し形状を露わにさせる。
そして、アスファルトで舗装された地面に立つ。
永遠の万華鏡写輪眼を持つ為、『須佐能乎』の使用の負担は幾分減っている。
だが、今回はマスターである神原駿河の魔力に問題があった。
彼女は、本当の意味で一般人。
並より魔力があるか否かと問われれば―――無い。
マスターだからといって、魔力が少しばかり多い訳でもなく。
ごく普通の人間にあるべき魔力しかない……そういう意味では『普通』のマスターだった。
-
『須佐能乎』の使用による魔力消費を、神原駿河は長時間耐えきれないのだ。
完成体の手前の形態に留めることすら難しい。やはり令呪がなければ全力の『須佐能乎』も望めない。
やはり、彼女には令呪の存在を明かすべきか?
マダラはアベルに対し、存外満足げに話しかけた。
「オレとお前――先に限界が来るのは、どちらだろうな?」
「…………」
アベルも同じだった。
実のところ、アベルのマスター・ルーシーの方が少し駿河よりも魔力があるのだが。
バーサーカーという大量の魔力を必要とするクラスの為、アベルは確実にマダラよりも魔力が危うい。
『東京』のどこかにいるルーシーの容体は、どうなっている事か。
何であれ。
もう、決着をつけなければならない。
夢の時間は終わりを告げる。
鐘の音の合図を耳にしたシンデレラの如く、アベルは駆けた。
これが限度。
アベルが出しきれる最大速度でマダラに接近。
『須佐能乎』が手に握る波打つ刀身を振りかざすマダラ。
驚いた様子もなくアベルが避けるのに、続けて『須佐能乎』により作成した勾玉を飛ばす。
どうせ避けられる。のはマダラも見抜いている。
アベルが避けた事により、炎上する区内にある建造物が破壊されていく。
あれは何の会社のビルだったか。あそこの家には誰が住んでいたのか。
どうでも良いと言わんばかりに勾玉が衝突し、跡形もなく散っていった。
周囲に立ちこめる炎と、建物の破壊による砂煙で多少の視界が遮られるが、アベルには関係ない。
高ランクの『直感』により、マダラの位置を掴む。
『須佐能乎』の刃を避けた直後、アベルの速度が一気に減速した。
マダラは見逃さない。
視界が遮られ、まともに避けるのも困難な状況。勾玉を至近距離で命中させた。
それでも、アベルは幾つも避けられるものだった。しかし、一つがアベルの頭部に直撃する。
脳が抉れた。
続けるようにして、チャクラで構成された『須佐能乎』の刃が、アベルの体を貫いた。
並の力ではアベルの肉体に損傷すら与えられない。
刃だけに『須佐能乎』の完成体に近いチャクラを一点集中させ、的確に突き刺した。
-
「……終わりだ」
心残りはある。
アベルもマダラも、魔力やマスターの柵なく戦えたのなら、このような結末にはならなかった。
本当の意味で『全力』の戦いを繰り広げられれば、どのようになっている事だろう。
それは夢に過ぎない。もう夢は終わりを告げたのだ。
だから、マダラは残念であった。しかし、最早意味はない。
『須佐能乎』も自動的に形状が退化する。マダラも限界に近い。
しかし、ここで登場したのは
「―――何、勝手に殺されやがってるんだ!! テメェ!」
奇跡的に英霊になれただけの殺人鬼だった。
刃に貫かれたままピクリとも動かないアベルに対し、苛立って吠える殺人鬼は、マダラからすれば哀れでしかない。
彼らにどういった『絆』があったか。それすらアベルの死によって無意味に終わっている。
今更、一体何をしでかすつもりだ。
マダラが思う矢先、イカれた殺人鬼は言う。
「今から三秒、数えてやる」
「……は?」
「三秒だけテメェに時間をやる。俺から逃げてみろよ」
何を言っているのだ、この無能は。
マダラは茫然としてしまう。
『うちはマダラ』を知る人間からすれば、誰に対して挑発しているのだと戦慄に走る場面だ。
アベルの死で感情的になっているのか。
この殺人鬼は、何の目的で聖杯戦争に至ったのか。
ここで死ぬ為だけに登場しただけか?
いいや、殺人鬼・アイザックは何一つ考えていない。
自覚するほどバカな彼が、作戦を練って突撃する方がありえない。
-
―――3―――
カウントダウンが始まった。
マダラが見立てた通りの無能を通り越した馬鹿は、止まらないのだろう。
残り少しの魔力のマダラだったが、溜息一つ漏らした。
アベル以下の存在。
それこそマダラの居た世界にいる下級戦士よりも劣る存在に、高揚感など抱けない。
―――2―――
「なら、お前も消えるか」
『須佐能乎』の勾玉が出現する。
彼の殺人鬼が目にした事も無い怪現象が巻き起こっている。チャクラによる巨人がそびえ立つ。
油断をすれば、幻術が襲いかかる。
普通ならば絶望的な状況。
殺人鬼は、恐れる様子が一つもない。
―――1―――
戦士であるマダラが勘違いしている点があるとすれば、殺人鬼――アイザック・フォスターは『戦士』ではない事。
英霊でもないし、戦士でもない。
アベルが言うに殺戮によって快楽を得る『快楽者』だと云う。
きっと、それは正解だ。
同時に、アイザックことザックは、戦闘をするつもりは一切ない。
彼は、殺す事しか考えていなかった。
世界が暗転する。
-
宝具の情報とは、重要である。
単純な武器、単純な能力、そうとは限らず二転三転、意味合いが込められた類も存在する。
普通の能力であったとしても、一部のサーヴァントからすれば『弱点』になりうる可能性があるのだ。
神原駿河は――ザックの宝具(かどうかも分からぬ能力)の詳細をマダラに伝えていない。
理由として、ザックの宝具こそがマダラの『弱点』を的確に突くものとは知らなかった為。
伝え忘れも理由の一つではあるが。
もし彼女がマダラの宝具(あるいは能力)を把握していれば、念話で語っていたことだろう。
そして、マダラもまさか。
こんな下級英霊の分際が、このような宝具を所持しているとは――想像しえなかったのだ。
それは『闇』だった。
視界の全てが『闇』に覆われ、ザックの姿どころかマダラの周囲に展開されているはずの『須佐能乎』すら視認できない。
『写輪眼』は、機能を果たさなかった。
単純かつ真実の闇によって視界を奪われるのは、マダラにも想定外である。
『須佐能乎』は視認出来ずとも、展開は継続されているのは確か。
ザックの手にする鎌が『須佐能乎』を貫通しきるとは思えない。
だとしても攻撃は来る。
無謀であっても、ザックが『須佐能乎』に刃を振るう事くらい目に見える。
音のする方向へ『須佐能乎』の刀を振り下ろせば、あっという間だ。
バキリ。
折れた音が聞こえる。そこか、とマダラが反応したが、対応は不可能だった。
それは――ザックの攻撃ではない。
『須佐能乎』の刃で貫かれていたアベルが、その刃をへし折った音。
自らを貫いた『須佐能乎』の刃をへし折り、ソレで『須佐能乎』の防御を貫き、マダラを攻撃する。
かつて、マダラが蘇った際。当時の火影がアベルと同じような戦法を取った。
しかし、その時とは状況がまるで違う。
視界が封じられ、木遁分身も使用出来ず、魔力もマスター(神原駿河)が限界。
マダラが歴史の裏側で入手した力は―――無い。
-
確かなのは―――既にマダラは『須佐能乎』の刃で攻撃をされている。
芸術的なまでに、アベルはマダラの霊核狙っていた。
一連の戦闘は、この一撃の為の儀式でしかなかったような鮮やかさ。
それが炎の世界であっても、闇の世界であったとしても、覆る事もない真理のような一撃。
(何故だ……)
消滅の間際。
闇が晴れ、夜空に切り替わった空を目にしながら、マダラは思う。
(『今度』は………どこで、間違えたんだ……)
生存しているのが不思議な状態のアベルと、本気で殺害を果たす筈だったザックが、崩れ落ちるマダラを見届けている。
並び立つ二人の姿は。
『無限月読』を食い止めようと立ちはだかった、二人の少年と影が重なった。
嗚呼、そうか。マダラは納得する。
そういう事か。それでオレは負けた。
素直に安藤と同盟を成立させれば良かったのか。あの変質者と……いやアレはあり得ないな。
それとも、神原駿河の下らない話に付き合えば良かったか。
冗談のつもりかは知らんが、柱間の話を聞かせて欲しいと言っていたな。
……フ……甘過ぎるな………
やはり、俺には――あの女(神原駿河)は似合わん。
【アヴェンジャー(うちはマダラ)@NARUTO 死亡】
-
消防車や救急車のサイレンが彼方より響いている。
あまりにも大規模な火災だ。このままでは他の区に火の手が及ぶだろう。
アベルの損傷は酷い。
頭は半分抉れ、臓器はほぼ機能を果たしていないだろうほど失われている。
『須佐能乎』によって開けられた肉体の穴は、回復の兆しはない。
ダラダラとあらゆる液体が溢れ返っていた。
「おい、アベル」
言葉を取り戻したザックは、呼びかけるなり鎌を振るう。
刃はアベルの首元の寸前で止まるが、アベルは何ら平坦な面白みのない表情をした。
ザックが舌打つ。
「このまま死ぬなら、俺が殺すぞ」
嗚呼。と、アベルは驚くほど冷静に受け流す。
軽く声を漏らしただけで、大量に吐血をしながら、それでも酷く感情なく告げた。
「そうだった。私はしばらく死ぬ」
「あぁ!?」
これで死んでしまうの間違いではないのか。
ザックはアベルに突っ込もうとしたが、にしたって何ら焦りもないアベルの様子に戸惑いがあった。
「仕方がないな」アベルはさも当然のように死を受け入れる。
「それでも君の約束は果たせる。機会はまだある。出来るかは、君次第だ」
「出来るも何も、死にかかってるじゃねーか。テメェ」
アイザック・フォスターは『戦士』ではない。『殺人鬼』だった。
しかしながら。
遠く昔に『財団』を少しばかり信頼したかように、ザックは信頼しえる存在だった。
類を見ないほど、ザックは素直が過ぎて、嘘を嫌う奇妙な『殺人鬼』。
そして、戦士でなくとも、戦士であったマダラに一矢報いた。
だからこそだ。
―――アベルは、アイザック・フォスターを認めた。
灼熱の世界の中で燃え尽きないものは存在しないが、火に襲われていないものはあった。
先ほどマダラが破壊したビルからか、それとも別の場所か。
飛ばされたのだろう、落ちた紙が幾つかある。
その内、一枚だけを掴み、滴る血で何かを書き込んだアベルは、それをザックに差し向ける。
-
「また会おう」
自身の限界を察しているアベルは、最後の言葉を告げた。
「勇敢な『戦士』はいる。だが、必ずしも『戦士』だけで解決できる世界ではない。
優秀な『戦略家』が必要な時も。君のような存在でしか、どうにもならない事はある。
先ほどはまさしくそうだった。だからこそ――もう一度。私は君との再会を願おう」
回りくどく、ややこしいアベルの言葉をザックは理解しようとはしない。
けれども。想いは理解した。
乱暴に紙を受け取ったザックは、答える。
「そこまで言うならマジで蘇りやがれ、死にたがり。絶対に俺がお前を殺してやる。――――神に誓ってな」
殺人鬼の真面目な殺害宣告に、あのアベルが笑いを吹き出す。
満足げに殺戮者は、灰となって消えた。
大気に溶け消えた灰は、もうどこにも残されていない。
格別ザックは、アベルを信頼しきった関係でもないものの。
これもまた一種の『約束』であった。
顔見知りでもなければ、偶然ここに召喚され、奇跡的に邂逅を果たした相手を殺す。
こんな『約束』は後悔する、と忠告していた神原駿河に感化された訳ではないが。
アベルが眼前から、世界から、消滅を果たしたと分かるザックは、どこかで虚しさを覚えていた。
バカか。と吐き捨てるザックは、一応アベルから渡された紙に目を通す。
内容は意味不明であった。
「あー………戻るか。そーいや、あの人喰い。メアリーを喰ってねーだろうな」
まぁ自分が生きているから、それはないか。
ザックはマンションを目指す。
ただでさえ馬鹿のザックが道を記憶していることはなく、果たして駿河のマンションに到着できるか。
正直、難しい。今更過ぎる話だった。
-
沙子は、遠く離れた場所から聞こえる消防車のサイレンを耳にする。
外は異常なほどに騒がしくなっていた。
同じく――メアリーも淀んだ瞳で周囲を見回す。
「ザックは……?」
「アベルくん追って、どこか行っちゃったよ」
お喋りな神原駿河の代わりに、イカレ狂った梟の方がメアリーの問いかけに返事をした。
アベル。という人物をメアリーは刺青男の事だと連想しにくくかったが、どういう事情であれ立ち上がる。
駿河が解凍した食事に視線が向かう。
空腹を覚えていたので、少しだけ食べてみた。
「………うん」
あぁ、外の食べ物ってこうなんだ。そんな感想しかメアリーは抱かなかった。
彼女の中から感動は消滅している。
死という方向にしか意識が集中しなかったのである。
ゴミ屋敷に関しても、不潔な場所だという嫌悪感すら湧きあがらない。
様々な本が置かれているが、興味は全くそそられない。
「ザックを探さないと」
適当に食事を終わらせたメアリーは、彼に会わなくてはならなかった。
彼に殺されたいと伝えなければならない。その使命感だけが、彼女を動かしている。
どこか狂い死んだ瞳の少女に、沙子は戸惑いを抱いていたものの。声をかけた。
「待って」
沙子はダンボールの中など、あちらこちらを探り、肩にかけられるバッグを一つ発見した。
駿河が何らかの理由で入手した品物だろうが、恐らく本人は記憶の片隅にやった悲しい物である。
そこに梟から渡された本と拳銃を入れ、他にも何かないかと探れば――現金を見つけた。
恐らく、神原駿河が両親から貰っている(という設定の)仕送り。
万札の束が無造作に放置されているのは、ある意味。驚きである。
銀行から引き落として、そのまま放置。……なんて流れにしても、沙子には信じがたい感覚だった。
お金は必要だと沙子にも分かる。
ソレを強引にバッグへ押し込んだ沙子は、首を傾げている梟に言う。
「一緒に行きましょう」
もう日が落ち、夜空が広まっているのを確認した沙子は梟に呼びかける。
梟は何も言わずとも、指を咥え、沙子の後に続いた。
メアリーも同じく駿河の部屋から外へ現れたのを確認した沙子は、そのまま駆け足で進む。
こんな風に思い切り町を駆け抜けるのは、いつ以来だろう?
-
彼女たちの位置からでも区内に火の手が広まるのは、目に見える光景だった。
火の主・アヴェンジャーのうちはマダラは消滅したが、だからと言って、彼の残した全てが無になる訳ではない。
こうして、灼熱地獄を広め。
あらゆる死を巻き起こす原因となっている。
無数の消防車による懸命な消火活動が続いていた。
周辺住人の姿は全くない。
避難所に指定されている施設へ皆向かったのだろうか、コンビニも店員の姿がないガラ空きの状態だった。
炎の海は隙を見せぬ勢いである。
これほど燃えているのだから、もはや燃え尽きているはずだが。
不思議な事に猛威が衰える雰囲気がしない。
沙子は悩ましい表情をする。
「駄目……ここからじゃ、いけそうにないわ。別の道を探すしか………」
それらを傍観していたメアリーは、無人のコンビニに足を向けた。
役立つ物がないかと見まわしたところ。あるものを発見する。
メアリーは一人でそれを持ち運ぶ。
踵を返そうとした沙子に元に、メアリーは現れた。
「消火器、あったよ」
「!」
義務がてらに配置されていた消火器だったが、少しばかりは火を抑えられる……かもしれない。
無論、沙子も消火器一本で全ての火を消せるなんて過信はしていない。
この先へ進むためだけの道を作り出せる。前進するだけの消火だけならば、可能だ。
前方の炎だけをかき消し、消火器は数分も持たず使い捨ててしまったが。
沙子たちは炎の海に飛びこめる。
燃え盛る死体や、斬り刻まれた死体。その他の外傷を持つ死体など、種類は様々。
あらゆる死の要因には、アベルによる犯行も含まれているだろう。
燃えていない死体を首をもぎ取り貪る梟を傍らに、沙子は声を上げた。
「アベル! どこにいるの!!」
少女の声など、炎の轟音によってかき消されてしまう。
建物がいくつか崩壊を始めていた。
夜には艶やかな景色を作り上げていたこの町は、炎が終われば漆黒の更地となる。
歴史の終止符を象徴するかのような光景だった。
沙子が走り抜ける。
メアリーも、少しばかり咳き込みながら漆黒の殺人鬼の影を追っていた。
消防士による水の雨が見えたが、やはり殺戮者も殺人鬼も、駿河のサーヴァントである復讐者すら。
ここには姿がなかった。
-
何一つ、誰一つとして登場しない炎の海に、少女たちは一つの焦りを覚える。
人喰いの梟も、燃え尽きる低層階ビルを指を咥え眺めていた。
もはや――アベルも、ザックも居ないのでは?
誰もがそう思い始めていた。
否。
アベルは、まさか死んでしまったのでは……? そういう不安の方が大きくあった。
「ザック……」
彼は――死んでいない。
きっと、死んでいないけども。早く殺して貰わないと。
メアリーの焦りは、沙子とは異なる類であった。
よく分からないけど。自分で死ぬのはいけない。
死んで罪を償わなきゃいけないのに、どうしてなのか知らない。でも、神様はそう言ってる。
それは許されない事なんだって、だから――………
「危ない!」
「!?」
死人の如く放浪していたメアリーを庇う勢いで、一人の少年が飛びこんで来た。
焼き崩れる建物。
その残骸からメアリーは守られる。
固く熱いアスファルトにメアリーの体は倒されるが、それは庇った少年も同じ。
彼も咄嗟の行動だったらしく、受身の体勢は取っておらず、擦り傷がかっこ悪くつけられていた。
沙子と梟も、少年の存在に気づく。
少年と称するにも青年に近い。高校生くらいだろうか……そのくらいの年頃の人物。
「痛っ……」となさけない声を漏らしながら、彼はメアリーに問う。
「大丈夫か……!? それに、君……」
彼が注目したのはメアリーの令呪。
それに視線を奪われた理由は、彼もまた聖杯戦争のマスターだったからだ。
メアリーの淀んだ瞳にギョッとする少年。メアリーは「うん」と返事したきり、無言で立ち上がる。
沙子は、少年の意外な行動に興味を持ちながら話しかけた。
「あなた……どうして、私たちのところに?」
ここは炎の海の中。
普通の人間は避難するべき空間。だというのに――少年は、沙子たちと違う理由でここに至った。
少年は、いざ返事をしようとしたが多少の間を開けてしまう。
「俺は―――君たちを、助けに来た」
「………」
沙子は眉をひそめる。
メアリーは相変わらず死の瞳のまま。
ただ、梟だけは異様に少年を睨みつけていた。
人の頭部を貪る化物を前に、少年は足を竦ませるが――何故だろう。理由は分からないが。
―――來野巽は、この『化物』相手に、退いてはならないと強く意志を抱いた。
「止めたいんだ。聖杯戦争を」
-
東京都葛飾区。
彼方では大火災の灼熱地獄が広がるのを、視認できる場所。
不動高校や不動総合病院を中心とした『不動』に名称を統一された地域では、真の戦闘が繰り広げられていた。
『竜殺し』の異名を持つ剣士(セイバー) ジークフリート
戦乙女『ワルキューレ』の槍兵(ランサー) ブリュンヒルデ
両者の攻防が長引くのは仕方ない事。
セイバー・ジークフリートの必殺と呼ぶべき宝具『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』。
宝具の名を明らかにすれば、彼の真名は暴露されたも同然。
ジークフリートには致命的な弱点がある為。本人も使用に注意を払っていた。
他にも――ここだけではない。東京全土は住宅や建造物の密集地帯である。
夕刻の時間なら、下校や退勤時間とぶつかる。
そういう意味では人々に溢れ返るタイミングだった。
そんな状況で大規模な宝具を展開する訳にはいかない。
何より、並の人間よりか魔術回路があるとはいえジークフリートのマスター・巽は、魔力量が優れている訳でもない。
『幻想大剣・天魔失墜』の使用は巽に負担をかける。
けれど、決定的な一撃はそれしかない。
まだ、他のサーヴァントが現れないのであれば、隙をつけ、宝具をぶつけられる。
だが……それが出来たのならば、苦労はない。
ジークフリートは攻防をしているつもり、だったが明らかに可笑しいと気付いている。
敵ランサーの攻撃は――奇妙な事に、ジークフリートの背へ集中していたのだ。
そこはジークフリート、唯一の弱点。
背後を取る戦法を好む相手もいよう。
そうであったとしても、異様な何かを感じざる負えない。
ジークフリート自身が過剰に警戒しているだけか? 否、断じてありない。
ありえない頻度で、ランサーはジークフリートの背後を取ろうと企んでいるのだ!
-
―――まさか、俺の真名が……!?
だとしても、どこで悟られたのか。
実体化したのは、それこそ遠野英治の前くらい。ジークフリートが自らの真名を明かした相手は、マスターの巽。
もしくは……ジークフリートが感じる『疼き』の相手?
ジークフリートが思考を巡らす中。
ランサーはくるりくるりと大槍を回転させる。片手の手首だけで容易に回転させる大槍は、先端で空間を裂く。
台風のような風圧により、わずかに自生していた木々や外壁、外灯などは吹き飛ばされる。
動じる事なく、ジークフリートは真空を耐えるが。
注目するべきはランサーの槍。
戦闘開始直後に比べ、圧倒的に巨大化していた。
刀身部分だけで人の身長ほどあり、重量が幾らほどであったとしても愛する相手ならば更に何百倍もの重さに感じる。
『死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア) 』
ランサー・ブリュンヒルデにとって最愛のシグルドの面影を垣間見られるジークフリートに対し、
この大槍の効力は存分に発揮される。どの英霊に、どのような英霊に対して抱く愛よりも特別な『愛』を以て
増大した威力は、この宝具の過去類を見ない最大の威力と化していた。
ブリュンヒルデは、その大槍を持ち上げ、軽く――しかしながら人並以上に――跳躍。
その位置から大きくジークフリートに振り下ろす。
一連の行為だけで、嵐に等しい風圧が発生し、周辺にある物という物を無茶苦茶句にした。
そして、槍はジークフリートそのものを狙わず、巨大化した先端で振りかざす勢いをそのまま
ジークフリートの背後を的確に狙っていた。
「くっ……!」
ジークフリートは『悪竜の血鎧』の効果が及ぶ範囲の部分で、槍を受け流した。
彼が体感する重量は恐ろしいほどのもの。サーヴァントの筋力を持ってしても、何とか退けられるほど。
何故、自らの真名が暴露されているのか。
様々な憶測が浮かぶものの、ジークフリートはマスター・巽を思い出す。
-
『マスター!』
(どうした、セイバー……!?)
念話の相手である巽も戸惑いがある返事をしたが、直ぐに反応したところ。
他の主従に襲われた様子ではないとジークフリートは安心した。
しかし、ジークフリートは現状を見て、遠野英治の家に向かう予定である巽に報告しなければならなかった。
『報告が遅くなってすまない。今、遠野英治の自宅周辺でランサーと交戦している』
(ランサー!?)
『俺が相手を退けるまでは、こちらへ向かわないで欲しい。
俺もマスターがいる江戸川区の方面にランサーを近づけぬよう注意する』
(ご、ごめん。セイバー……実は安藤の家に行っていないんだ。今、板橋区の方に居る)
『板橋……?』
(えっと……その、板橋区で火事があったんだ。そこで、刺青のサーヴァントが現れたとか聞いて――)
マスターの身で、なんて無茶をするんだ。
ジークフリートは思わず叱りつけそうになるが、ランサー・ブリュンヒルデを相手にしながらそれは厳しい。
ともかく。
巽は葛飾区にはいない。
少なくともマスターの安全は確認できた。
『マスター、魔力の方はどうだろうか』
(あ……そっか。今、実体化しているんだったよな。……大丈夫だ。さっき走ったせいで疲れたと思ったけど。
これが魔力の消費なら、もう少し戦っても問題ないぞ。セイバー)
『分かった。宝具を発動する際には令呪を要求するかもしれない。その時は頼む、マスター』
(あぁ。[こっち]も何とかなりそうだ。お互い頑張ろう)
巽の意味深な言葉が、どこか引っ掛かるもの感じるが。
ジークフリートは戦いに集中する事にした。
今なお巨大化を続ける槍を目にし、ジークフリートはなるべく広い場所へブリュンヒルデを誘導する。
何とか広々とした交差点に到着したが、ここもやはり狭い。
人々もあちこちにいて―――?
-
「おー! すげー、マジか!!」
「え? コスプレ??」
「何の映画の撮影だよ! 金かかってんな~~~」
ど………どういう、ことだ……!?
ジークフリートは困惑する他ない。
人々はサーヴァント同士の戦闘に恐れなすどころか、興味津津で立ち止まっている。
彼らは、ジークフリートらの戦闘を噂に聞いた、撮影したものを頼りに現れた野次馬だったのだ。
恐れる様子もなく、面白半分でいる彼らにジークフリートは驚きを隠せない。
「早く逃げろッ!?」
寡黙な男が、滅多にない迫真の叫びを群衆にかけるが。
彼らはそれもまた映画のワンシーンとして解釈しているようだった。
一方のブリュンヒルデは問答無用に、大槍を軽々と振りまわし。竜巻のような暴風を巻き起こす。
えっ、と野次馬から興味が恐怖へ変わった瞬間。
信号停止していた車体が持ち上がり、小さな子供も軽く浮き上がり、ブリュンヒルデの槍が直撃した電柱は粉々に。
電線が火花を散らしながら、人々に襲いかかれば、いよいよ彼らも死を感じ取った。
けれども、全てが遅すぎる。
ブリュンヒルデはジークフリートに目掛け、槍を振りかざすだけ。
彼女はまるで、彼を死なせなければ、攻撃しなければならない使命感を胸に秘めたように。
人々が逃げ惑い始めるが、恐怖で動けぬ人間もちらほらいた。
足が竦んで動けない彼らに襲いかかる愛憎の大槍。
彼女の前に現れたのは、大剣で庇い立つ戦士であった。
-
「止めろ、ランサー! 俺は貴方の良心に訴えている!!
先導アイチらが用意した存在だとしても、彼らを我々の戦闘に巻き込むべきではないはずだ!」
対するブリュンヒルデは「あぁ」と悲しげな表情をする。
「やめて下さい……! そんな事を言われると、困ります……困ってしまいます!!」
それは相手側のセリフだと言わんばかりの内容を口にしながら、ブリュンヒルデは攻撃を止めない。
精神汚染があるかと疑うほど意志疎通が出来ない。
ジークフリートは猛攻を抑えながら、隙を伺う。
その時。
「ランサー! 何故『黒』のセイバーに攻撃をする!!?」
一人の少年が現れる。
ジークフリートは確信を得た。少年がランサーのマスターであることを?
違う。
少年こそが邪竜の気配を醸しだす存在。
そして……あまりの事実に、ジークフリートも刃を緩めそうになったのだ。
ブリュンヒルデは呻く。
「マスター……そんな、止めて下さい。彼を愛さなきゃ、殺さなきゃ……!」
少年は己の甘さを悔いているようだった。
彼の登場に困惑するブリュンヒルデに隙が見えたジークフリートは、渾身の力を以て槍を退ける。
大切に槍を携えていた彼女は、いくら自在に操れるからとはいえ。
巨大化した大槍があらぬ方向へ退かれたので、バランスを崩す。
一度、倒れ伏したことでブリュンヒルデは収まる。
少年とジークフリートは、しっかりと交えた。
「まさか……そのような事が………そこにあるのは――『俺』の一部か」
「………あぁ。貴方の『心臓』だ」
少年が頷く。
竜の血が並よりも帯びているが、紛れもなくそれはジークフリートの一部だった。
心臓。
サーヴァントの心臓で生きた存在など、過去に例のない者に違いない。
何故。どうして。
理由は分からないが……今はそういう状況ではない。
少年が嘆くブリュンヒルデと向き合う。
「シグルド……あぁ、シグルド! 早く殺さないと……私が愛した……」
「彼はシグルドではない。冷静になるんだ、ランサー」
ブリュンヒルデは、完全に『愛した男』とジークフリートを重ね切ってしまっていた。
彼女にとってあまりに似過ぎた為に。
最早、彼女は正気を失っている。理性を蒸発した『黒』のライダーように状況を忘却している。
しかしながら、これで戦いは収まった。
全てが終わったのだと、誰もが思った………そうなる筈だった……
-
「聖杯戦争………」
東京都板橋区に場面は移る。
消火活動が続けられている現場から、沙子と梟、メアリー。そして、巽は移動していた。
絵画のように変化しない光景だったが、彼ら以外いないこの場では時は流れている。
沙子とメアリーは聖杯戦争が何であるかも把握していなかった。
奇妙な偶然で巡り合った巽から聞かされた内容に。
メアリーは至って平静に、沙子は少々険しい表情を浮かべている。
一方の巽も、まさか彼女たちほどの少女がマスターとして選出されているとは夢にも思わなかった。
どこか浮世離れした少女の傍らで指を咥えている梟に、不思議と嫌悪を覚える巽。
そんな彼に、沙子は改めて問う。
「來野さん。さっきの話は本当?」
「あ……あぁ。いきなり、あんな話されてビックリするよな。でも、本当に起きている事なんだ」
魔法や聖杯、戦争や儀式。
マスターとサーヴァント。
どれこもこれも現実離れした話ばかり。
幾ら幼い少女とはいえ、夢のような出来事を受け入れるのは難しいのだろう。
沙子は質問を訂正する。
「召喚されるサーヴァント、だったかしら? 歴史の偉人とか、物語の英雄とかが召喚されるって話」
どこか好奇心が見え隠れする少女に、巽は少し気を緩めて「うん」と返事をした。
「詳しくは言えないけど、俺のサーヴァントもある物語に登場する剣士だ」
沙子はしばしの間を置いて「じゃあ」と胸に手を当てる。
「本物なのね。凄い……何て『運命』なのかしら。來野さん、彼の事知っている? 刺青の彼」
「あ、うん。知ってるよ」
「彼は『アベル』よ。人類最初の被害者『アベル』。彼は『カイン』の子孫である人類を憎んでいるわ。
だから殺戮を繰り返すの。きっと、何百何千殺しても彼の怒りは冷めない」
サーヴァントの真名は致命的な情報だ。
沙子はそれを知らないからこそ、平然と巽に教えたのだろう。
だが、この場合は巽の精神に緊張は走った。
巽もどこかで聞いた名――アベル。あの刺青男が、バーサーカーが、アベル……人類を憎悪する。
無差別でありながら、無差別ではない虐殺の真意を知り。言葉を失った。
そんな巽の心情を知る由もなく、沙子は興奮気味に語り続ける。
-
「彼が言っていたわ。忌々しい『兄弟』がここにいると。きっと『カイン』の事よ。
人類最初の加害者の『カイン』もいる。信じられないわ。こんな機会、二度と来ない。
來野さん。貴方も知りたくない? アベルは兄をどう思っていたのかしら。兄に殺されてどうだったのかしら。
カインはどうして弟を殺したの? 本当に嫉妬だけが理由だったの??」
聖書の話を熱烈に語る少女に押され気味の巽だった。
彼女は、本当の意味で生き生きとしていた。
水を得た魚のように、漆黒の瞳に光が差し込んだようにすら感じさせる。
「アベルにもマスターだったかしら、呼んだ人がいるのよね? どんな人かしら。
カインの方もそう。会って話がしてみたい……ねぇ、來野さん。ここへ来る途中、アベルと会わなかった?」
「……いや。ごめん、会っていない」
急に話を振られて、慌てて巽は返事をした。
沙子は「そう」と気分を落ち込ませる。
ここでもう本題に入るべきか、巽は躊躇する。
聖杯戦争を止める――人々を救う。ありふれた正義の為に、巽は前進しようとしていた。
だが、巽を嘲笑うかのように、梟は適当に拾ってきた頭部を貪っていた。
「――やめろ」
どういう勇気があったのか、何故か巽の口から廃れた化物に対する言葉が出て来る。
折角、反論できたというのにそれきりで、情けないほどか細い声だった。
対して梟は、血まみれの口でハッキリと答える。
「うるせェな、腹減ってんだよ」
この瞬間、巽は殺されるんじゃないかと死期を悟りかけた。
足が少し震えてる。必死に恐怖を噛みしめながら、人喰いのマスターである沙子に説得する。
「沙子ちゃん。頼む、君しかいないんだ。止めてくれ」
沙子は不思議そうに「止める?」と呟き、美味しそうに餌を食べる梟を一瞥してから尋ねた。
「何を?」
「何って」
「バーサーカーが人を食べるのを?」
「あ、あぁ」
「だって、お腹がすいているのよ。仕方がないわ」
-
パンがなければ人を食えばいいじゃない。
沙子が平然と、そう答えたように聞こえた。巽は俄かに信じがたい反応を見せる。
驚愕と困惑。
どうして人の死を何とも思っていないのだろうか?
常識だけを抱える巽に、沙子は無垢な顔立ちで続けた。
「ヒトしか食べれないの。だからヒトを食べて生きるしかない。
ライオンだってそうでしょう? 草食動物を食べなければ餓え死んでしまう。同じなのよ」
「違う」
巽は即座に反論したが、沙子は凄まじい勢いで問い詰める。
「何が違うの? ヒトの命は特別なの? 草食動物はヒトと違って喋れないから食べられてもいいの?
來野さんはいつも鶏肉とか牛肉とか食べて平気なの? 來野さんも命を奪って生きている筈。
それは神様に許される命の搾取なの? バーサーカーと何が違うの?」
それに……巽は何一つ反論できなかった。
ただただ呆然と、どうすればいいのか立ちつくしているばかり。
滑稽な有様だった。
見かねた沙子は、ほくそ笑む。
「別に意地悪をしたかった訳じゃないの。……來野さんは優しい人ね。きっと『正しい人』よ」
「………沙子ちゃん」
「でも……ごめんなさい。私はバーサーカーを止めない。聖杯戦争を続けて欲しいの」
巽の方針とは真っ向に対立する事を選ぶ沙子。
どこか聡明で、大人びた少女であっても。巽からすれば少女以外の何者でもなかった。
ゴクリと喉に音を立てて、巽は問う。
「聖杯が欲しいから?」
「それもそう。普通のヒトだったらそれが一番の理由ね。でも、私は――アベルとカインの行く末を見守りたいの」
運命の巡り合わせのように召喚された『兄弟』。
そこに偶然で、奇跡的にも立ちあう事になった最弱の『化物』。
沙子は、皮肉な偶然であれアベルと邂逅したのは、巡り合わせなのだと思っている。
きっと『兄弟』は対立する。
彼らが対峙した時。一体何が起きるのだろう? 想像しただけで心を躍らせる沙子。
-
「再び彼らが巡り会った瞬間、何が起きるか……私は目にしたいの。だから――」
「駄目だ」
「………」
巽の意を決した説得に、沙子は冷めた様子だった。
「俺だってアベルとカインについて、少しは知ってる。………そんなの実際、会わなくても想像できる。
酷い事になる。もっと――沢山の人が死ぬことになるんだぞ」
巽が、必死に沙子を説得しているつもりなのに。
それなのに、沙子の様子は「だから何だ」と言わんばかりの呆れ顔だった。
人が死ぬからなんだ、と無言で訴えかけている。
「私はどうしても聖杯が欲しいし、アベルとカインを止めて欲しくないわ」
彼女には怒りが見える。
祖母の言いつけを守れていなかったのだろうか?
巽は全く理解できないまま。
沙子が、チラリと終始沈黙を保っていたメアリーに視線を向けた。
「彼女は少し事情が違うみたいだけど」
巽がメアリーに注目すると、死んだ瞳の彼女は虚ろに尋ねた。
「タツミは……聖杯で誰かを救ったり、生き返らせたり。それは駄目だと思う?」
メアリーに如何なる事情があるか知らぬ巽だが。
彼は、彼の信じる正義のまま。それを頷いた。
「救われた人も、生き返った人も、喜ばないさ」
「じゃあ、わたし……聖杯はいらない。必要ない。―――でも」
「でも?」
「ザックは……どうなんだろう。ザックは欲しいのかもしれない。欲しいか分からないから、タツミと協力しない」
「欲しいかどうかは関係ないんだ」
-
メアリーは、必死な巽の様子を偉く冷淡に眺めていた。
まるで第三者のようで、傍観者のような。しげしげと正義感にあふれる少年を観察し。
彼女は、漸く口を開く。
「わたし。自分勝手な事をして……イヴとギャリーを、殺しちゃった」
それで真っ暗闇に一人ぼっち。
当然の報いだ。
自業自得だ。
メアリーは思う。だからこそ、言える。
自分勝手で決めちゃいけない。
自分がした事は許されない。
死ななきゃいけない。生きてちゃ駄目だ。
彼女――レイチェル・ガードナーの言葉は、正しかった。
「ザックは聖杯が欲しいかもしれない。スナコは聖杯が欲しいって言ってる。
わたしは欲しくないけど……どうしても欲しい人とか、必要な人は居るんだよ」
「でも、巻き込まれる人たちは――君のように聖杯を欲しくない人は、納得しない!」
「だったら、欲しがる人たちはどうしたらいいんだろう。タツミ……………その人たちを、殺す?」
殺す。
沙子は、メアリーの言葉に反応する。
薄々気づいていた。巽はきっと沙子たちを止めようと必死になる。
そういう人間は――最悪、どんな手を使ってでも阻止しようとするのだ。
巽の方はギョッとしながらも、首を否と振る。
メアリーは巽を見向きもしないで、虚空を眺めながら話し続けた。
「わたし……ザックに殺されようと思ってた。でも。タツミが殺してくれるなら、そうしようかな……」
「死んでいい訳ないだろ!」
思わず巽は叫ぶ。
沙子も、メアリーも思い通りにいかない相手で、少し苛立っていたかもしれない。
だけど、これだけは確かだった。
「死んでいい命なんかない! 罪を犯したなら――その人たちの分まで生きるんだ!!」
巽の渾身の叫びに、メアリーは表情筋一つ動かさず答える。
「それって『自殺』だよ」
「え」
「罪を償って生きるって、生きている『だけ』。結局、最後は死ぬもん。死を待つだけ。何も考えないで」
メアリーは重い溜息をつく。
沙子は眉間にしわを寄せ、何かを思いつめる。
梟も、口に指を咥えたまま。何も。メアリーに嘲笑すらしない。
巽は唖然としていた。
-
「タツミ。神様が『自殺』は駄目だって言ってるよ。やっぱり殺されないといけないんだ。
悪い事を償うには、死ななきゃ示しがつかないもん」
「………なん……」
「タツミが殺してくれないなら、やっぱり――わたしはザックに殺してもらう」
淡々と語る少女に、巽は全く納得できない。
「何でなんだ!?」
人が死ぬのも、戦争も、あってはいけない!! 不幸にする! 平和でなくなる!!
東京に住む人々も、聖杯戦争に巻き込まれた人も!
守りたいんだ!
なのに――どうして人の死を何とも思わず、逆に死を望んでいるんだ!?
気付いた時には、巽はメアリーの腕を掴んでいた。
「俺は……! 俺には分からない! どうして………」
外見からは予想出来ぬほど生を得ていた沙子は、どことなく不味いと感じ取る。
巽のような正義感を持つ人間は、初めは躊躇する。でも、最後は、何だかんだ言い訳して――襲いかかった。
そういう人間の恐怖を、沙子は嫌というほど味わってきた。
メアリーを助けたい訳ではない。
殺されたい、なんて共感出来ぬ相手を気にかけるほど沙子はお人よしではない。けれど――
このままでは恐らく。
メアリーに続いて、自分も……沙子はハッと我に帰った。
バッグの中。
お金と……本……それから『コレ』は?
自分で入れたのに、沙子は存在を忘れていた。
漆黒の凶器。
バッグの中で触れたそれを、呆気なく握りしめると最初に触れた時よりも軽く感じる。
知識が豊富な沙子は、どこかで手順を身につけていた。装置をはずし、それから銃口を定める。
捕食行為とはまるで違うのに。沙子は、何一つ抵抗がなかった。
「―――來野さん。貴方、助けるヒトを間違えたのよ」
巽が振り向いた時、全ては遅すぎた。
「私、人を殺すのは『初めて』じゃないわ」
銃声。
-
あれ………俺、どうなったんだ……これ……体。胸、熱い……振り向いた時。
胸に何か命中して……銃声? 撃たれた?
動けない。
痛い。
いたい、凄くいたくて……死にそう。違う。おれ、しにかかってる。死ぬ、のか?
「來野クン。流石に同情するぜ」
耳触りな声は、きっとあのバーサーカーだ。
あいつ……なんでなんだろう。嫌いだ。こわい、とかじゃなくって、きらいなんだ。見たくない。
よりにもよって、アイツに色々言われるのが嫌で、イヤで堪らない。
変だよな。オレ。どうしてなんだろ。
「所詮そんなもんだよ。お前のやろうとしてた事なんて。正義の味方ごっこして、誰かに誉めて貰いたかったんだろ」
違う。
あ、でも―――違わない。
誰かに、だれかのために、誰かの命をたすけたくって。
そうしたら、こんなオレでも、生きてきた意味があるんだなって。
納得できるから。
普通の高校生が誰かを、何かを救えたら、かっこいいから。ユメみたいだ。
けど
倒れた体は動けない。見上げるしか、できない。
そこにいたのは―――俺? 違った………バーサーカー?
沙子ちゃんが……妹に、環に、みえた。
そうなんだ。やっと、分かった。
沙子ちゃん達は『立場』が違う。
俺が正義だったら、あの子たちは悪だ。ひょっとしたら逆かもしれない。
でも、だから、怯えている。
俺が敵に見えたから、殺されると思って、そんな、俺はそんなつもりなかったのに。
沙子ちゃんたちを殺すなんて出来なかったけど、赦すのは出来なかったかもしれない。
セイバーは……きっと違うんだろうな。それでも沙子ちゃんたちを救おうとする。
俺には、そんな事……
うん。できなかった。
やっぱり、無理だったんだな……
馬鹿だったよ。ごめん……本当に、ごめん。『こんなこと』させて。
-
「令呪でサーヴァントを呼べよ。このまま死ぬか?」
無理だ。俺にはそんな事できない。
お前も分かるんじゃないか? バーサーカー。俺がそうだって。
多分……俺達『どこか』同じなんだ。
どこで違ったのか分からないけど………
あぁ……やっぱり嫌だ。このまま死にたくない。
でも、どうする? もう俺には何も……最後に何か、なんでもいいから。
そうだ。
バーサーカーの奴に、何か言ってやれ。
來野巽。
言われっぱなしでいいのか。
「バーサーカー……おまえ……お前は、絶対に…………」
「沙子ちゃんから―――――離れるんじゃないぞ」
【來野巽@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ 死亡】
-
「あぁ、殺せなかった……ちゃんと殺してあげたかった!!」
自身の無力さへの嘆き、後悔、憎悪。
全てが入り混じった叫びが葛飾区の一角で響き渡った。
恐怖に染まっていた空間に、聖杯戦争においてあってならぬ光景。
ジークとランサー・ブリュンヒルデの眼前で『黒』のセイバーの消滅が始まったのだ。
どうにもセイバーに致命傷があったとは思えない。魔力が尽きたとも。
ならば――原因は、セイバーのマスターの『死』。
セイバーは嗚呼と項垂れる。
「そうか……俺は、また道を違えてしまったようだ」
マスターを――助けに往くべきだった。
ここにいる、セイバーの消滅を何事かと驚愕しているNPCに過ぎぬ人々、遠野英治。
彼らは確かに救えたかもしれない。
だけど、マスターの巽を助けてやるべきは自分だった。
彼を救えるのは――セイバー以外いなかったのだ。
不器用であったとしても、巽を導いてやるべきだった。
後悔は幾らでも出来る。
それを後悔せずに決断する力が足りえなかったとセイバーは自覚する。
「セイバー!!」
分かっていても、ジークは叫ばずにはいられない。
ランサーと契約している以上、セイバーをどうする事も、それこそ救う術はないのだ。
漸く会えた。
話したい事――伝えたい事、ジークには山のようにあった。それを考えてばかりいたかもしれない。
それなのに……! ジークもランサー同様、セイバーの消滅を納得出来ずにいる。
セイバーは、申し訳なさそうに、哀しげに、ジークへ伝えた。
「俺のマスターは……板橋区に居た。そこで何かが起きた。それが事実だ。
すまない……俺はまた託してしまう。その『心臓』も、俺が背負わせた『運命』のようなものだ」
「そのようなことはない」
ジークの言葉一つ一つが震えていた。
しゃがみ込み、セイバーと視線を合わせたジークはハッキリ言う。
ただ死ぬはずだったホムンクルスが、絆を知り、戦いを知り、世界の闇を知り――愛を知った。
奇跡だ。
それら全てが奇跡である。
奇跡でなくて何と言うのだろう。
そして――それらの奇跡を支えてくれたのは、紛れもなくセイバーだった。
「セイバー……いや、ジークフリート。俺に命を与えてくれて、ありがとう……」
悲しみ、感謝、憤り、様々な感情が入り混じり、訳の分からぬ想いで。
ジークは必死に、そして確かに伝えた言葉。
セイバーはそれに満足する。
俺は――その言葉を受け取りに、ここへ至ったのかもしれない。
これもまた宿命だ……
「それを聞いて――安心した。無念はない」
互いに感謝を交わし、互いに答えを得た。
短い時の中、永遠とも呼べる体感を得、会話をし、後悔を残さず。
そして―――聖杯戦争で一つの主従が生を失ったのだった。
【セイバー(ジークフリート)@Fate/Apocrypha 消滅】
-
東京都葛飾区にも、板橋区ほどではないが救急車と警察がサイレンを鳴らし現れる。
セイバーの死――消滅の方が正しいが――を目撃したNPCは、駆け付けた警察官に何と説明すればいいのか困惑していた。
ジークは……立ちあがる。
セイバー・ジークフリートのマスターを倒した存在。
それは、サーヴァントかマスターか。
聖杯戦争の渦中にいる彼は、そこへ向かわなければならなかった。
その主従を倒すか、否か。
まだ決断を下していないが、何であれ向かう。それだけ――………
しかし、全ては思い通りにはならない。
ジークは悪意ある狂気を本能的に感じ取ったのだ。
瞬間―――悲鳴。
到着したばかりの救急車。それを軽々と持ち上げる怪物がそこに登場した。
マスクを被ったバーサーカー……!
新手の怪物の登場に、ジークは即座に対応しようとした。
「ランサー! 貴方の力を貸して欲しい。あのバーサーカーを放置する訳には……っ!?」
ジークが振り向いた時。
ブリュンヒルデの姿はどこにもない。
いや、遠く彼方。
大槍を携えたブリュンヒルデが、炎を纏い、空を駆け抜けていた。
彼女は繰り返そうとしている。憎悪にその身を委ね、殺戮の限りを尽くさんとしていた。
きっと、それもまた新たな犠牲者を出す結果を残すだろう。
ジークは令呪を目にした。
これで――ランサーを止める?
違う。それでは意味がない……彼女の怒りを納める結果には通じない。
躊躇はあった。けれど、ジークが最終的に下す決断は『運命』通りだったのだろう。
「令呪を以て、我が肉体に命ずる」
-
ジークの身に、身体能力、戦闘経験、宝具の情報が組み込まれていく。
最終的に――消滅を果たした筈のセイバーが、竜の側面がはみ出でしまった『竜殺し』が。
ジークフリートが憑依したのだった。
英霊の心臓を持ち、何物にも染まっていない純粋な魂を持つ『彼』だけが実現できる奇跡。
『竜告令呪(デッドカウント・シェイプシフター)』
聖杯戦争を知らぬ人間からすれば、ただの少年が『変身』したようにしか見えない。
特撮ヒーローが敵を倒す為、『変身』をし、刃を振るう。
奇跡であり、夢のような光景に巻き込まれた。そして、生贄でしかない人々は心を奪われる。
これこそが『正義の味方』のようだった―――
ジークフリートの行いは無駄ではない。
ジークフリートが残したものを無駄にはしない。
生贄であっていいはずがない。『東京』という町には『彼ら』がいなければならない!
善があれば悪がいるように。
光があれば闇があるように。
両方がなくては、成立しない。
マスクを被ったバーサーカーは、担ぎあげた救急車をジークへ投げつけた。
刃は振るわない。
ジークはそれを堂々と、しっかりと受け止める。
中で恐怖している救急隊員たちも、死から脱した事で安堵していた。
「……ああ……あああああ! 止まれ!!」
警察も黙ってはいない。
斧を手にし、人々を虐殺しようと言わんばかりの怪物に発砲していた。
サーヴァントには通用しないと知っていようが、彼らは止めない。
怪物はジークよりも、攻撃してくる彼らを襲おうと歩み寄る。
「させない!」
英霊に変身を遂げたジークのスピードは、鈍足な怪物を余裕に越せるものだった。
彼の持つ刃が――怪物に命中し、そのまま狂気の図体を押し倒す。
「俺は『彼ら』を――『東京』を守る。来い、バーサーカー」
-
――何故、どうして『令呪』を使ってしまわれたのですか。マスター……いえ、ジーク………
暴走し、憎悪に駆られ、しかしながら僅かに残された正気でブリュンヒルデは念話で問う。
ジークは英霊を憑依した。
彼は戦っている。
彼のところへ戻るべきなのだ。
だけど、そうであっても、ブリュンヒルデは許せなかった。
彼を愛(ころ)せなかった原因を、元凶を、それを葬りたい。しなければ、それこそ後悔する。
ジークは刃を振るう。
怪物と対峙を続けた。
それらを目にした人々は、恐れをなして逃げるだろうか?
確かに、そういう人々もいるだろう。
けれど、それでも残る人々もいた。
彼らは邪魔をしているのではない。
心の底からジークを応援していた。ジークの『勝利』を願っていた。
それが偽りの人間が持つ感情だと云うのか。
(ランサー。俺は後悔などしていない、それはセイバーも同じだ。
例え、誰かの与えた道だとしても構わない。俺が選んだ道だ。望んだ――道なんだ)
――ええ。ええ、そうでしょう。それが望みであると、あなたは後悔をしていない。
私もあなたの力になりたい。それ以上に――あなたを英雄(ヒト)として死なせてあげたい……
-
ジークがよくとも、ブリュンヒルデはよくない。
竜に飲み込まれる愛らしいマスターを、ただただ見届けるなんて、出来る訳がない。
その前に、死なせたい。
そうなるならば、殺したい。
セイバーに対しても。ブリュンヒルデはそれを望んでいた、いたというのに――
このまま令呪を使用し続ければ、竜に飲み込まれる。
令呪を失えばマスターは消滅するのが、この聖杯戦争のルール。
だが『竜告令呪』は特殊である。
使用しても残り続ける。呪いとしてジークを竜が飲み込もうとする。
既に、ジークは一度受け入れてしまったのだ。
だからこそ、令呪を失えば完全に――絶対に、竜へ変貌を遂げる。
幻想の竜として、東京に出現する。それを人々はどうするというのか。
ジークが守ろうとした人々は、恐れ成して攻撃するかもしれない。
ブリュンヒルデは許さない。
セイバーを消滅させた存在を、ジークを追い詰める存在を。
しかし、それは――………
(俺は、貴方を止めたい。貴方はきっと――死ぬつもりだ。それは在ってはならない)
炎から始まり、炎で終わった槍使い。
怒り狂い、あらゆるものを悉く殺し尽くした彼女の最期は、我が身をも灼き尽くすもの。
ジークは、ブリュンヒルデを止めようとした。
彼女の怒りを鎮め、彼女の死を阻止したかった。
(俺が『東京』を理解できたのは貴方のお陰だ。貴方が俺を支えてくれた。俺は――新たな答えを得られたんだ)
令呪による強制では意味がない。
セイバーと同じよう、ジークはブリュンヒルデの良心に訴えていた。
嗚呼。
ブリュンヒルデは嘆く。あまりに優しい。
ジークの優しさと、健気さは、ブリュンヒルデの嘆きをより一層強める。
-
(貴方からの想いに、俺はまだ応えきっていない。だから――)
「倒せるぞ! あの『バケモノ』!!」
幾度もジークの刃を受けたマスクのバーサーカーは、確実に勢いが収まっていた。
素人のNPCたちにも分かる。
もうすぐ――あのバーサーカーを倒せる!
自分たちには結局なにも出来ない。無力な存在でしかない。生贄で終わる定めだと知らずとも、何かを。
このまま何もせず、生きているだけでは終われない!
「いいぞ! やれ―――――!!!」
人々の応援が、崩壊しようとする東京の片隅で響き渡る。
――そう、それが英霊のあなた……ジーク。それで良いのです。
だけど。
ごめんなさい。
もう………もう遅いです。だって………
-
沙子は発砲の弾みで地に伏していたが、死に絶えた巽を目にし、安堵を抱いて立ちあがる。
だが、体は震えている。
銃を使用したせいなのだろうか? 違う。
長い長い吐息を漏らした沙子。
人を殺してしまった。
散々、捕食と称して人間を食ってきた。殺してきた。並の殺人鬼よりも、だけど殺戮者以下くらい人を殺した。
とんだ笑い話だ。凶器で人間を殺したくらいで……沙子自身思う。
死にたくなかったから? 殺されると思ったから?
捕食なんて本能的な話ではなく、明確な動機を以て巽を殺害したのだ。
聖杯……そう。聖杯があれば。
隠れなくてもいい場所、さびしくない場所、安心できる場所が――きっと。
それは沙子だけが望んだものではない。
全ての『屍鬼』が望んだ『世界』。
聖杯ならば、きっと叶えてくれる………
「あ」
馬鹿に大げさな声を上げた人物の存在に、沙子とメアリーは振り向いた。
居たのは漆黒の鎌を携えた殺人鬼。
相変わらず気持ち悪い瞳をした少女を目にし、少しばかり笑っている。
「よぉ、起きてたのかよ。メアリー」
「ザック」
殺人鬼の無事にメアリーはどこかで安心していた。
先ほどの銃声を聞いて駆けつける人間は、もはやおらず。
道を迷っていた殺人鬼・ザックだけが飛んで火に入る虫のように、現れたのだった。
メアリーが言うザックなる人物が、包帯男のことだと沙子も勘付いていたものの。
彼のような馬鹿正直すぎる狂人は、巽よりも非常に面倒で、あまり関わりたくは無いと沙子も眉を潜めていた。
-
「なんだよ、そこのイカレお嬢ちゃんも起きたのか。あーあ、タイミングが悪すぎるだろ……」
ガツとザックの足に何かぶつかる。
死体。
巽の死体に対し「なんだこれ」と邪魔だから転がすザック。
彼にふと、死体を眺める梟が目に入った。どうせ、これも喰べようと企んでいるのだろう。
しかし、梟の表情は違った。
憐れんでいるようだった。
鳥のように目を見開いておらず、目を細めて。少なくとも――狂気のソレではない。
「……あ? なん…………」
思わずそう漏らしたザックは、少しばかり驚愕を得ていた。
ヒトの形をしているが、ヒトではないのだろうと思っていたのかもしれない。
だけど、実際は違う。梟の声色も少し違った。
「そこのゴミは、俺が責任もって喰べさせて頂きます」
「―――お待ち下さい」
制止したのは、ここにいた誰でもない。
メアリーとは異なる意味で虚ろになった瞳を持つ少年。
サーヴァントも従えていない彼はマスターではないが、聖杯戦争に無関係ではなかった。
彼の姿を知る者は――ほんの一人しかいない。
だけど、その声色から察した梟は、漸く狂気帯びた表情で喋る。
「アイチきゅん」
「アイチ? ……あー! あいつか、センドーって奴!!」
-
ザックは今更気付く。
サーヴァントに通達を行う存在。聖杯戦争の主催者の立場にある存在。
彼は、死に絶えた巽に近付き、手をかざす。
死体から何かが浮かびあがり――ソレは先導アイチの手に写されたのだった。
令呪。
巽の場合は死ぬ瞬間まで一画も消費していない。
彼は、令呪の回収が役割なのだろう。それを終えると、何事もなかったかのように立ち去ろうとした。
銃を抱え込んだまま、沙子は口を開いた。
「先導アイチ。一つだけ聞かせて」
少年は、背を向けたまま止まる。
「聖杯。本当に勝ち残った者に与えてくれるの?」
確証なんてない。その少年は嘘をつくかもしれない。
分かっている。でも答えが欲しい。
沙子の問いかけに対し、少年は心底呆れた様子。
彼女がしたような疑問は必ずあるだろう。想定していなかった訳ではない。だけど
一々、返答するのが下らない。面倒くさそうだった。
「はい、勿論。ですが――聖杯を手にしたその場で願いを叶えて下さい」
「…………?」
「聖杯を『持ち帰る』のは良しとはしない。そういう意味です」
奇跡の願望機を前に、そんな戦利品のように飾る趣味のマスターがいるかどうか。
先導アイチは淡々とカンペを読み上げる風に続ける。
「我々は聖杯がどのように願いを実現させるか、それを成し遂げた聖杯がどうなるのか。
それらを観察しなければなりません。それもまた『我々』の一つの目的でもあります」
彼の言葉は誰もが分からない。
少なくとも、願いは叶えられる。聖杯を使って――それだけは事実。
喋るだけ喋り終えた先導アイチは赤のオーラを纏った謎めいた黒輪に包まれ、姿を消した。
取り残された四人。
-
「アベルくんは」
最初に沈黙を破ったのは、梟。
ザックが「あー」と呻いてから答えた。
「死んだ。でも、生き返るらしいぜ」
「……え?」
沙子が眉間にしわを寄せて、ザックを見やった。
その反応にザックは苛立ちを覚える。
「アベルの野郎がそう言ってんだよ! 俺に聞いてもわかんねーからなッ!!」
まぁ、嘘ではないだろう。
沙子にもザックがそういう者だと察する事が出来た。
生き返る? とはいえ、結局アベルは『どこで』生き返るのかすら分からない。
ザックだけではなく、皆が途方に暮れるだろう。
「ザック」
メアリーが声をかけたのに、ザックは気付く。
「ザックは、聖杯が欲しいの?」
「あ? 聖杯? いらねーよ。俺は殺しに来ただけだからな。
取り合えず、お前が起きたからアベルの奴は真っ先に殺さねーと。そこの人喰いが喰うだろ」
梟は指を咥えてケラケラと笑っていた。
転がっている巽の死体には手もかけず、だが。ピタリと動作を止める。
聞こえる。
それは火事によって引き起こされたものではない。
暴風、災害、死そのものが迫っているかのようだった。
ザックも危機感を覚える。
上空何十メートルに存在する何か。それは兵器と呼ぶに相応しい大槍を簡単に携えている。
槍先が、全てを破壊する。幼い少女たちが触れれば、一瞬で跡片もなくなるだろう威力。
「ふふふ、みつけましたぁ」
ただの憎悪に狂った半神が其処に居た。
-
投下を終了します。タイトルは「生と死を別つ境界の東京」となります。
先導アイチを予約せず追加させてしまい申し訳ございませんでした。
また、後編を予約期限内に投下できるか怪しい為、ここで予約延長をします。
-
後編投下します
-
鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。
卵は世界だ。
生まれようと欲するものは、 一つの世界を破壊しなければならない。
ヘルマン・ヘッセ『デミアン』
◆
-
マスターである沙子とメアリーが視認すれば、それはランサーだと分かる。
ランサーの持つ大槍が少しでも動くだけで、暴風が巻き起こり、吹き飛ばされそうになった。
彼女は戦士に対する愛おしさよりも、憎悪の駆り立てられている。
嵐を人為的に巻き起こしながら、ランサーはその大槍を振り下ろす。
「この―――ふざけんじゃねぇ……!!」
思わずザックが暴言を吐いた。
こんな圧倒的な凶器に、暴力的な能力の前に、ただの殺人鬼なんてのは人の子だった。
とにかく、簡単に浮きあがりそうなメアリーの体を掴むザック。
ランサーが狙うのは一人。
巽を殺したであろう銃を手にした沙子のみ。
ザックとメアリーは巻き込まれたに過ぎないが、意図も簡単にそこから追いやられてしまう。
一方の沙子は、人智を凌駕したサーヴァントに押されていたが――バーサーカーの梟は違った。
ブレード状に展開した赫子は切り裂く為ではなく、それを地に刺し暴風を耐えている。
梟から離れればあっという間に殺される。
沙子はそれを察しているからこそ、人喰いにしがみ付く。
「ああ? あれ、ふふふ、お利口さんですね?」
赫子によって作成された弾丸を飛ばす梟。
しかし、ランサーが纏う炎。
魔力放出によるソレが弾丸を防御する。防御というよりも、一瞬にして焼き尽くすに近い。
「今、何か飛んできましたか? 止めて下さい、殺すだけなんです。私のシグルドを殺した『悪しき竜』を!」
「くそったれ! あの『女看守』よりもイカレてやがる!!」
何が死んでください、だ。訳が分からない。
ザックは過去に邂逅した狂った女性と比較しながらも、苛立ちを見せる。
大槍による突きを回避した梟は、沙子を抱え移動する。
人ならざる跳躍による移動は、ランサーと同じく飛行しているに等しいものだった。
「あぁ、邪魔しないで下さい! 逃げないでください。貴方は、後でちゃんと殺してあげますから!!」
狂気に蝕まれた梟に対しての台詞にしても、ランサーの言い分は支離滅裂であった。
彼女なりには正気なのだろう。
刺青男――アベルと同じく、彼女なりに彼女らしく憎悪する者に死を与え、愛する者には死を与えるつもりなのだ。
憎悪に夢中なランサーに対し、地上に置き去りにされたザックは。
怒声で吠えた。
「成人男性はな! 空なんか飛べねぇんだよ!!」
飛べないため、追跡する愚か攻撃する手段もない。
何より、戦士ではないザックはランサーの猛攻を耐えきる能力を保持していなかったのだ。
複雑な土地に沿ってメアリーを担いでザックが走るが、一向に追いつけない。
どんどん彼らは小さく見えていく。
だからと言え、諦めるなどザックの思考にはない言葉だった。
-
ザックは人ならざる速度で駆けている。
担がれているメアリーは、ライオンの背にいるネズミの如く冷静だった。
何となく周囲を見回していると――聞こえる。
たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ。
細かく刻まれたリズムが聞こえる。
乱雑なザックの走り音とは異なる軽快な音。走っているというよりも、跳ねているに近い。
ハッキリ耳にする。
メアリーは、音の主を捉えた。
「ザック。誰か来たよ」
「あぁ!?」
――とザックが振り向いたが、新たな驚愕を得る。
メアリーをおぶっていた時とは違うフォーム、走り、速度。
サーヴァントであるザックを追い越すのは、人間には不可能だ。
体力も速度も違う。身体能力を凌駕するのは、通常でなくとも困難である。だが―――
『彼女』はジャンプした。
走り幅跳びよろしく、引力の法則を無視したかのような、理想的かつ鮮やかなフォームで。
その高さは身長が180くらいあるザックを越した程だ。
大した跳躍である。
そして、着地。
ザックの眼前に現れた彼女の登場により、足を止める他ない。
着地した彼女のスニーカーの裏面が、摩擦により焼き焦げた香りを漂わせた。
軽やかな登場ではあったが、顔色は決して良くない(むしろ悪い)疲労困憊の状態。
体調など構わず、彼女――神原駿河はいつも通りに声をかけたのだった。
「やあ、ザックさん! 奇遇だな」
「………テメェ、嘘つくなっつったよな」
「冗談混じりの挨拶という奴だ。そう怒らないで欲しい。実は私はザックさんをストーカーしに来たのだ」
「おー、そうか。じゃあ死ね」
-
火災のある方ではない。まだ街が機能している『東京』へと逃走を続ける梟と沙子。
ランサーが続くように追いかけるが、その最中。
『東京』は破壊され続けていた。
板橋区に隣接する―――豊島区。
『都心5区』の一つに数えられているここには、高層ビル群が立ち並ぶことで有名だ。
サンシャインシティや豊島区役所がそれに含まれている。
立教大学、東京音楽大学などの教育機関。
高級住宅街で有名な目白。
『おばあちゃんの原宿』の異名を持つ巣鴨。
それらがあるここで、ランサーの宝具による破壊が開始されてしまった。
上空にいるランサーにとって邪魔なビルは、槍が触れただけでも破壊される。
ランサーが放出する炎で、建物は焼かれ、融解していく。
ここで中心と位置する池袋では若者たちが集まっていた。
普段から、そういう場所ではあるのだが。今日は違う意味である。
隣の板橋区で刺青男が出現した、火災も発生した。生き残った者はこの区へ避難をし、噂を駆けつけた者はここに留まった。
しかし、それも不幸だ。
ランサーから逃亡しながら隙を伺う人喰いの梟が、都内を走る路線バスの上に着地する。
衝撃は車内全体に響き渡り、運転手・乗客が何事かと状況を把握しようとした。
ぬうっとビルの影から現れるランサーと巨大な大槍は、まるで街を破壊しに登場した怪獣のようだった。
大げさなビームなんて放たないが、ランサーは梟たちに接近べく。
大気を蹴り、飛翔。
ガリガリと舗装された道路を削り、電線を引きずり、車などを裂いた大槍の先端。
そのままランサーは大振りに振り上げようと構える。
「うわあぁあぁぁぁっ! もっとスピードを! 早くしろーーーー!!!」
バスの乗客はパニック状態だった。
車内など気にも留めない梟は、攻撃を観察し続けるだけ。
眼前に死が迫るだけで、沙子は酷く体が震えていた。
こんなものは絶叫マシーンよりもタチの悪い。けれど、梟にとっては恐怖にすら含まれていないらしい。
ランサーが両手で振り上げた大槍。
それでバスは真っ二つになるが、梟は大槍の柄に降り立った。
ランサーへ向かい全力疾走する人喰いは、負けじと狂気を喋る。
「可哀想なので、お前が死んで迎えに逝って下さい」
ブレード状の赫子を構えた梟。
沙子は、体を震わせながら恐怖を耐えていた。
ここから飛び降りて逃げた方がマシだ。屍鬼ならば、こんな高さから落ちても平気だ。
だけど――………
「お前がとっとと自害して、お幸せに暮らしてろよ! おほほほほほほッ!!」
-
梟とランサーとの距離は、僅かで0になる。
彼女の肉体に光が一筋。その瞬間――爆発にも似た劫火が広まった。
それは魔力放出によるものとは桁違いの炎。壮絶の火災は梟を簡単に吹き飛ばす。
大神オーディン直伝の『原初のルーン』。
万能性を付与できるソレは脅威でしかない。
沙子は悲鳴を上げたが、直撃はしていない。熱は嫌というほど感じる。
梟に直撃していなければ、きっと彼女も半分は焼けていたに違いない。
堕ちる梟の体に、沙子はしがみ付く。
迫る地面よりも先に、ランサーの大槍の柄が梟の肉体を捉え、そのまま払い飛ばされる。
無抵抗のまま彼らは飛ばされる。
沙子が梟の背にしがみ付いたまま、振り返るとビルが見えた。
あんなものに衝突してしまえば、一溜まりも無い。
屍鬼なんて造作もない。
―――が。梟が空中で体勢を変えた。
ビルのガラスに降り立つような、しっかりとした構えを取るが。窓ガラスは破壊される。耐久性の問題ではない。
梟が破壊したと称して言い。
何か企業の職場だったらしい階層に飛びこんだ梟は、そこから弾丸を飛ばすが。
意味はない。
防御以上に破壊をもたらす劫火を纏っているランサーは、恐らく弾丸の存在すら認識していない。
「……ああ」
ランサーは巨大な大槍を振り下ろす。
「そんな事――――しないで―――くださぁいっ!!」
ビルが真っ二つに割れた。
そこにいた人々は崩壊するビルから逃れる猶予すら与えられなかった。
大胆なランサーの攻撃により、梟の右肩が切断される。
「あっ……!」
思わず沙子は顔を覆ってしまったが、切断された部位は修復されようと即座に反応する。
糸状の赫子が傷口に現れた矢先。梟は、崩壊するビルから退避を開始していた。
ランサーは見抜いている。
耳を塞ぎたくないような人々の悲鳴をかき消し、狂った笑い声が聞こえる。
ビルの壁面に梟が顔を覗かせれば、魔力放出による滑空をするランサーが近くにあった。
-
少なくとも、接近は不可能だった。
だけど遠距離戦も不可能だった。
精神を燃やし、半神の能力を解放しているランサーを相手にするには、無謀に等しい。
いくら腕が再生したからとはいえ、梟はランサーを倒せない。
最も、それは―――『この状態』だからというのが最大の理由ではあった。
この状態。
沙子を庇ったまま、沙子を連れたままの状態では。
しかし、ランサーの狙いは沙子であった。そして、この状況では沙子を隠す暇もない。
どうにかして―――この状態で倒す他なかった。
「困ります。困ってしまいます、私。早く、早くその子を離して下さい!」
遂に両者はサンシャイン60に到着する。
梟が、強靭的な身体能力でビルの壁面を移動し、ランサーは一方的な破壊を続けた。
このままランサーは魔力が尽きるか?
否――どう考えても尽きるのは、梟の方だ。
彼女の魔力はありふれている。マスターの魔力も優れている。圧巻の魔力を湯水の如く使用し続けた。
「どうしてその子を守っているんですか、どうして貴方は守り続けるんですか」
「そんな事してません」
梟の呟きは誰かに聞こえただろうか。
サンシャイン60が崩壊したことにより、地上にいた人々は被害を受ける。犠牲者が増える。
押しつぶされたり、ガラス片が刺さり重傷を負い、それが更なる被害を起こし……
悲劇の連鎖が続いていた。
ついにはランサーが建物を切り裂いた。高さを失い、機能を失われ残骸となる。
「哀しいです。貴方は哀しい人です。どうして『そんな風』になっても、役目を果たすのですか!」
「人の話くらい聞けよ」
錯乱するランサーの大槍。その柄に再び立った梟。
再び繰り返すつもりか? 流石の梟も、そのようなつもりはない。
彼はまだ―――まだ『もう一つの宝具』を解放していないのだ。そう、つまり。
ランサーが酷く歪んだ微笑を浮かべた。
「いっそ、私が全部壊して―――楽にさせてあげます。それが貴方の為です」
「………」
ランサーが手を下さずとも、梟はそのつもりだった。
完全に精神を崩壊させ――ランサーを攻撃する手段があるのだから。
沙子が居るなんてのは関係なく。ランサーを殺さねば『一番』になれないのだ。
マスターが死ねばサーヴァントは消滅してしまうが。
幼い外見をしたマスターを守る良心が、このバーサーカーにあるかは怪しかった。
-
「そうすれば貴方は何も守らなくて済みますから―――!!」
「が………!」
ランサーは大槍の柄を手繰り、引き寄せたのだ。そして、槍先を梟――そして彼の背にいる沙子に命中させようとする。
しかし、沙子には直撃せず、梟のみに攻撃は当たった。
柄が動いた事で、梟のバランスが崩れたせいだろう。きっと、恐らく。
「――――――ッ!!!!!」
醜い人喰いの叫び声が、夜の東京に響き渡った。
愛憎の槍先に衝突した事による肉体の崩壊、軋む音、砕ける音。
そしてそのまま地上へ叩き落とされる主従。舗装された道路が大きくへこみ、彼らが身を擦った場所から砂煙が発生する。
痛い。
沙子の肉体も悲鳴を上げた。
やっと飛ばされるのが止んだ時には、沙子の体はボロボロだった。
これっぽっちで、もう死にそうな気分だ。
しかし、沙子が起き上がれば梟の方が死骸のような有様で倒れ、上空から狂った槍兵が哄笑を続ける。
「あぁ……バーサーカー……駄目。死んじゃ駄目……!」
分かっているわ。
私、邪魔なのよ……でも、どうすればいいの?
あんなのどうにも出来ない。銃だって効くかも怪しい。
怖い……死にたくない。死ぬのは怖い、でも、でも、私に何ができるの!?
逃げる? どうやって?
逃げたって、ずっと追いかけ続けるに決まってるわ。あの女……
室井さんの小説に出てきた『弟』のように………
他に―――何か、できないの?
嫌。
いやよ。
私、こんな命。嫌よ。どこかで終わりにしたいって思ってた。
でも――だけど―――……………
-
「たりねぇな」
梟がそう呟きながら、ゆったりと起き上がる。
彼の言うのは『魔力』だ。
沙子が人ではないからと言って、魔力がある存在とは限らない。
魔力に関しても一般人程度しかない。魔力に関しては、元々ヒトではなかったメアリーが断然優れている。
最初から精神崩壊を来す梟の宝具など使えなかったのだ。
どの道、このまま戦いが長引くだけでも――――魔力は尽きる。
「バーサーカー………わたし………」
沙子は体をカタカタと震わせていた。
今にでも逃げ出しそうだった。
うざったい雰囲気で振り向いた梟に対し、沙子は言う。
「……頑張ってみるわ」
「…………」
「私の体……ヒトより丈夫な方よ………傷も、ホラ。治るし…………だから、少しくらいあの槍、平気よ」
「…………」
「そ、それに……私は小さいから、当たらないかもしれないわ。何とか避けられるかもしれない」
「…………」
「大丈夫………大丈夫よ。逃げたりしない。逃げないから………」
沙子は、自分自身に言い聞かせてるかのようだった。
こんなのは巽が行った正義よりも無謀である。まだ巽のような自分勝手な正義を振舞った方がマシだ。
それでも――沙子は聖杯が欲しい。
一体、どうして巽を撃ち殺したのかと問えば。それでも聖杯が欲しかったから。
これでは巽を殺した意味すらなくなる。
ここで死ぬのならば、巽に殺されても同じではないか。
「死んでくださぁいっ!」
あの狂った半神が槍を向ける。大気を駆け、突撃する。
炎を纏い、憎悪だけを抱くランサー。沙子に向けられる愛憎の大槍は、簡単に彼女の体を貫通するだろう。
-
なんて馬鹿な事を言ったのだろう。
沙子はやっぱり逃げ出したい。
全力で背を向け、梟を取り残して、助けを求めながら喚きたい。
だけど、人殺しの自分を助けてくれるヒトなんて居ない。
こんな生物は死んでしまった方が世の中の為なのだ。
だから……だから、怖くない。
ボロボロと涙が止まらないが、体の震えが一向に収まらなくても、沙子は必死に思い続ける。
あんな狂った女なんか怖くない!
倒さないと――倒さないと、聖杯が手に入らない!!
絶対、死なない! 大丈夫! 大丈夫だから、怖くない!! 怖くなんか―――
「死にたくないくせに」
目を細め、見下す梟は。
少女の姿が『どこかの誰か』を連想させたのか、そんな言葉を吹っ掛けた。
皮肉った梟の言葉に、沙子は顔を上げる。
不思議と涙や震えが収まった。むしろ、沙子の様子はどこか晴れやかだった。
沙子は首を横に振って否定する。
「私――もうここで終わって良い。そう『思わなかった』のは、初めてよ」
そんな少女に、梟は何も返事をしなかった。
指示せずとも彼は駆け抜ける。三度目の正直。大槍の柄を全速力で駆けのぼる。
アレ? ランサーはかくんと首を傾げた。
梟はそのまま弾丸を飛ばし、接近し続けるのだ。沙子は地上に置き去る。
弾丸は虚しくランサーの魔力放出で焼かれるものの、ランサーは嗤う。
「ええと? どおして守ってあげないんですか? 当たっちゃいますよぉ」
当てる気しない癖に、ランサーは梟に言う。
ほら。ほらほら。当たってしまう。
もうすぐ槍先が小さな体に―――――当たる―――前に。
看板が降ってきた。
「え?」
正しくは道路標識。東京都心にはごまんとある大きな案内標識が、槍と沙子の間に落ちた。
奇跡が起こる訳がない。
先ほどの『あの弾丸』は――ランサーを攻撃する為ではなく。どさくさに紛れ、案内標識を破壊するため。
-
――嗚呼。そんな……
ランサーは慢心していたのかもしれない。
追加の『原初のルーン』を使用すれば、いや。しなくとも、痛みなど『慣れてしまった』梟を。
この瞬間。
何も庇うものがない梟を、炎や愛憎だけで止められる訳がなかった。
「オメェ。さっきから近所迷惑なんだよ」
ブレード状の赫子がランサーを斬った。
ランサーの大槍は標識に激突し、騒音と砂煙を巻き起こす。沙子は――分からない。
姿は見えない。どうなったのかさえも。
ただ。
ランサーは大槍を手離しながら、地へ堕ちながら、思う。
ごめんなさい。
貴方のようなヒトを死なせてあげるべきでした。
殺す相手を間違えてしまいました。
貴方はまだ苦しみ続けるのですから―――本当に、ごめんなさい…………
許して下さい。『シグルド』
【ランサー(ブリュンヒルデ)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ 死亡】
◇
-
時は遡る。
東京都葛飾区で続けられていた英霊の力を手にしたジークと、マスクのバーサーカーの戦い。
そもそも、切っ掛けを作ったのは――遠野英治だった。
ランサーとセイバー。
二人の戦いを英治は自宅から眺める続けていた。
巨大化する大槍に対応するセイバーの圧倒的な技量。あれこそまさしく聖杯戦争なのだ、と。
同時に、人々の悲鳴が続く中。ついに攻撃らしきものが止んだ気がした。
【バーサーカー! セイバーとランサーを倒しに、葛飾区へ現れろ!!】
このチャンスを逃すまいと英治は令呪を使用した。
躊躇はない。
もしかしたら、他人から令呪を奪う事が可能では? なんて希望もあるかもしれない。
とにかく、万全の態勢のバーサーカーを相手にすれば両者共に倒れる事だろう。
バーサーカーが実体化したと英治は、疲労で感じる。
疲労……ではなくこれが魔力消費なのだろう。
英治が外の様子を確認すれば―――何とランサーが飛行をしているではないか!?
そのままランサーは英治に攻撃……しに来た訳ではない。そのまま英治の自宅を通り過ぎる。
しかし、令呪で命じたと云うのに何故バーサーカーは追跡しない!
英治が苛立つが、それは当然だった。
何故ならバーサーカーは飛行できないからだ。ザックと同じく。
そして、セイバーが消滅したのを英治は知らない。
代わりに―――ランサーのマスター・ジークがセイバーに変身したとは、英治でなくとも想像できないだろう。
しかし、ランサーもあの大槍を携えたまま飛行するとは。
多くに目撃されるだろう。他の主従からしても、恰好な的でしかない。
英治は、現場へ向かうのを決意した。そこで目にしたのは――……
-
人々の声援を背に、邪竜の血を濃く露わにしたセイバーが戦う。
剣を振るうセイバーは、マスターであるジークが変身した姿でもあった。
対峙していたマスクのバーサーカー。
もう少しで倒せる……ジークも、人々もそう確信した瞬間だった。
ジークが顔を見上げれば―――周囲に霧が立ち込めていた。
まさに突然。前触れも無く。
周囲を見渡せば、そこは東京都葛飾区ではなく霧の立ち込めた湖だと分かる。
ぼんやりと視界が悪く、あまり風景を確認できるものではなかったが。
ジークは湖の岸に立つように存在していた為、そこが湖だと察せた。
しかも、人々の姿も、声もない。そこにはジーク以外の存在はいない、気がした。
違う。
サーヴァントに関する知識のあるジークは、もしやと剣を構えなおす。
「これは固有結界か」
マスクのバーサーカーの宝具。
相手も追い詰められたからこそ発動したものと言える。だが、ジークはこの瞬間、一つの行動が決まった。
『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』
ジークフリートの宝具を、ここでなら思い切り発動する事が叶う。
ここには人々がいない。『東京』でもなくなった。
躊躇の必要は――無い、が……バーサーカーの結界、奴の方が地の利は上手。
!?
突如、ジークの――よりにもよって背後からバーサーカーの強靭な怪力により攻撃が入った。
この結界内において、バーサーカーは気配遮断のスキルを得る。
視界も曖昧な為、ジークは存在に気付けなかった。何より……
固有結界『クリスタルレイク』では、時折パラメーターのランクが低下する恐れがあった。
ジークは不幸にも、低下を受けてしまい。
通常通りの動きが不可能だったのだ。
「――――!」
『悪竜の血鎧』のない部分に入った致命的な一撃。
バーサーカーは確かな感覚を得たからか、幾度も追撃を仕掛けた。
ジークは気付いている。それでも致命的な重みのある攻撃を受けた為、振り返る事すらままならない。
魔力を集中させ、体を動かそうとした矢先。
ジークの体に変化が起きる。それは……変身の終了。
彼自身それを警戒していなかった訳ではない。だが、変身終えた事に寄る反動。激痛。
今にも意識は飛びそうだった。
それでも―――ジークは動く。彼は奇跡の産物だった。
彼の中には、もう一騎のサーヴァントの能力がある。
『黒』のバーサーカー・フランケンシュタイン。
彼女から受け継いだ第二種永久機関を用いた宝具―――『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』
事実上、不完全な宝具ではあるが。もう一歩でトドメを刺せるマスクのバーサーカー相手には十分な威力。
「ああああああああああーーーーーーー!!!!!」
心臓が凱歌を奏で、歌が神鳴を呼び起こし。
咆哮する裁きの鉄槌は、マスクのバーサーカーとジークに降り注いだ。
この怪物を葬り去れるのならば――死んだって構わない。
同時に、固有結界が崩壊したのだった。
-
英治が急激な魔力消費を感じながら、現場に到着した時。
そこにいる人々は、野次馬は騒然としていた。英治のように後から現れた野次馬も何事かといった様子。
小学生ほどの少年が熱弁を繰り返すのを、英治は耳にする。
「だから! あそこのお兄ちゃんが竜の戦士に変身して、悪い奴やっつけたんだよ! ちょー凄かったぜ!!」
変身?
特撮ヒーローじゃあるまいし……何より。
救急隊員が担架に乗せる銀髪の少年は、サーヴァントではない。マスターだ!
マスターである少年が、あのバーサーカーを……倒した!?
俄かに信じがたい噂に、英治は半信半疑だった。
「変身したってマジ?」
「ホント! SNSで動画があるよ!!」
通りかかった学生やサラリーマン。
その少年の戦いを見守っていただろう人々。彼らは口々に語り、噂をする。
刺青男の事件で暗雲漂う東京にて、一筋の光のように小さく……だけどハッキリと人々は目にした。
紛れもない。
正義の味方……正義のヒーローを。
「大丈夫かッ!?」
「気絶している上に酷い状態だ。一刻も早く運ぶぞ……この子は俺達を助けてくれたんだ!」
最悪、車内で押しつぶされていただろう救急隊員(彼ら)は、誰よりもジークを助けようと必死だった。
人々も自然と、ジークを搬送する救急車を通す道を開く。
英治はそんな光景を呆然と目にし……崩れるように座り込んだ。
バーサーカーが……負けた。
聖杯戦争で、もうサーヴァントを失ったマスターは……どうすれば。
聖杯を……手にする事が、出来ない。
愛した螢子を失くしたような。それほどの絶望を抱く英治。
聖杯を手にしようと、彼なりの努力をした。魔術師でもない彼は、必死に孤独の戦いを強いた。
このまま、自分はどうすればいいのだ。
考える。
その末――英治は、一つ思いつく。否、もうこの一つしか方法はない!
マスターを全員殺せばいい。
それしかない!
マスターが死ねば、サーヴァントも死ぬ!!
全員殺し、生き残った参加者がいれば……きっとそれが勝者! 主催者はその一人に聖杯を与えるだろう。
運ばれた病院を突き止め――暗殺する。
彼のサーヴァントらしきランサーも、どこかへ行ってしまっている。
今がチャンスだ!
英治も、ジークも。この時は知らなかった。
まだ悪夢が終わりを告げていない事を―――………
-
【3日目/夕方/葛飾区】
【遠野英治@金田一少年の事件簿】
[状態]魔力回復→魔力消費(大)
[令呪]残り1画
[装備]不動高校の制服
[道具]携帯電話、睡眠薬(ハルシオン5日分)
[所持金]並の高校生よりかは裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、螢子を蘇生する。
0:マスターを全員殺す。まずは銀髪の少年(ジーク)から狙う。
1:不動高校の生徒を目立つ形で“眠らせる”事件を起こす
2:学校内にいるかもしれないマスターに警戒。
3:SNSで情報を集めて見る手も……
[備考]
・役割は「不動高校の三年生」です。
・通達は把握しておりません。
・体調不良が魔力の消費によるものと把握しました。
・聖杯戦争については大方把握しております。
・刺青の男・バーサーカー(アベル)が生存していることと、新宿区で事件があったのを把握しました。
・フードを被ったサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
イニシャルが『S・K』である桐敷沙子に関する情報を得れば、彼女の始末を優先するかもしれません。
・バーサーカー(ジェイソン)に対して不信感を抱き始めました。
・バーサーカー(ジェイソン)が消滅したと思いこんでおります。
・銀髪の少年(ジーク)がマスターと把握しました。また何らかの手段でサーヴァントと戦闘を行ったと推測しております。
【バーサーカー(ジェイソン・ボーヒーズ)@13日の金曜日】
[状態]宝具『13日の金曜日』発動
[装備]無銘・斧
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:殺戮
1:???
[備考]
・恐らくマスターかサーヴァントを発見すれば、それらの殺害を優先すると思われます。
・アサシン(カイン)を把握しました。ライダー(ジャイロ)を把握しているかは不明です。
・バーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)、アサシン(アイザック)とメアリー、神原駿河を把握しました。
・ジークがマスターであると把握しました。
・宝具の発動により再び現界を果たします。次の再臨までにどの程度の時間がかかるか、後の書き手様にお任せします。
・宝具『13日の金曜日』発動が2回発動しました。
【ジーク@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費・肉体ダメージ(大)、気絶、『竜告令呪』による副作用、サーヴァント消失
[令呪]残り2画(令呪の模様は残っております)
[装備]
[道具]携帯電話、『黒山羊の卵』
[所持金]不明(アルバイトをしている為、そこそこあると思われる)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還、そのために聖杯戦争を見極める。
0:セイバー……ランサー……
1:あるべき『東京』を取り戻したい。
2:アヴェンジャー、及びそのマスターと接触したい。
3:板橋区で何が起きたか知りたいが……
[備考]
・役割は「日本国籍を持つ外国人」です。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・葛飾区にある病院に搬送されます。
・葛飾区内で戦闘を行った為、多くの人々に『変身』を目撃されております。
・『竜告令呪』は使用しても令呪は消えません。しかし、残り2回の『変身』を行えば邪竜に変貌します。
・バーサーカー(ジェイソン)が消滅したと思いこんでおります。
・傷や魔力は『ガルバニズム』で回復しますが、蓄電が満足にない為、時間がかかります。
-
沙子は生きていた。
醜く、しぶとく、それでいて奇跡的に。
直撃はしなかったが、槍がかすめた肩に深い傷口が産み出された。もう損傷は回復している。
神原駿河が褒め称えた髪も服も、正直酷い状態だったが。
沙子は全く以てどうでも良く感じられた。
乾いた笑いが漏れる。
「ああ、私……生きてるわ。凄い……どうしてかしら………」
我ながら不思議だった。
しかし、それも当然。沙子が生きていたのは、本当の意味での奇跡。
ランサーの宝具――『死がふたりを分断つまで』はランサーの愛が高まるごとに威力を増大させるもの。
それ故に、嫌悪した相手には威力が極端に低下してしまう。一長一短な宝具。
梟相手に絶大な効果を得たとしても、殺すべき沙子に対してはまるで無力。
言い変えてしまえば、ランサーの宝具がそういう特殊な物でなければ、沙子は間違いなく死んでいた。
静寂。
狂乱が冷め止んだ。
元凶であったランサーは消滅し、大槍もなく、炎はところどころ残ってはいるが。
アヴェンジャーの炎ほどではない。機能を果たしているスプリンクラーなどが残り火を消火するだろう。
沙子は道路で足を崩した。
座り込む。別に足が負傷した訳ではないが、脱力感に見舞われる。
原因不明の病の仕業ではなく、精神的なものが大きい。
体も震えていない。涙も流れていない。安心なのか分からないが、ヒビ割れたアスファルトを眺めるよう沙子は項垂れた。
フードが外れ、廃れ切ったボロボロの白髪を露わにした梟が彼女を眺めていた。
急かしている様子はなく、ただぼんやりと、生き物を観察しているかのよう。
沙子が、口を開く。
「バーサーカー……貴方の願いは、何?」
私は前に話した通りよ。
安心して静かに暮らせる世界が欲しいの。
屍鬼にとって良い世界
屍鬼が当たり前に生きられる世界
梟は――相変わらず目を見開いて、虚空を見上げる。
すっかり夜の空模様だが、雲がやけに多い。吹きつける風もどこか冷たい。春の気候ではなかった。
「証明したくなっちまった」
「……?」
「誰がここで一番だと思う? 俺か? アベルくんか? 分からないだろ、それを証明する」
沙子は、納得できなかった。
嘆きを漏らそうとしかけたが、そんなの梟には耳触りに違いない。
だけど……けれども、沙子はこう言わずにはいられない。
「そんなの……願いじゃないわ」
-
聖杯が欲しい。
きっと自分勝手の自己満足。醜い欲望と餓えがあってこその願望だ。
しかし、梟のソレは。
自分勝手ではなく、自己満足でもなく――自分の存在意義を求めるものだった。
願いとは異なる。
自分がこの世界でどうあるべきか。何だって良い、自分がこの世界に居る意味を求めるモノ。
「――おい、居たぞ! あそこだ!!」
「警察はまだかよ! クソ!!」
遠くから声が聞こえた。人々――生贄と称され『東京』に配置された人間たち。
彼らはゲームでいうNPCなだけ。
話しかけたら受け答えする。ただそれだけの役割。聖杯戦争に関わる者は、皆そう思う。
実際は違った。
ジークを応援し、ジークを積極的に助けようとした。
そういう心のある存在でもあった。だからこそ―――彼らも思うのだ。
このままじゃ終われない。終わってたまるか、と。
「全員武器は持ったかッ!」
「テメェの仲間が俺のお袋を殺しやがった……! 許さねェ!!」
「生きて帰れると思うな!!!」
口ぐちに恨み事を吐きながら名もないNPCたちは梟と沙子を取り囲む。
一見すれば、勇敢な市民として移されるだろう。
サーヴァントを知る人間が目にすれば、馬鹿馬鹿しい滑稽な努力だと嘲笑するだろう。
梟も、不貞腐れたような苛立った表情で呟く。
「なんだコイツら。回転寿司か?」
沙子は顔を上げない。
怖い。
こういう人間の恐ろしさを知っているから。
集団意識。
この場にいる人間が一体となることで殺意が増大する。それで作り上げられた集団の結束は、何だって犯す。
犯罪であろうと、常識性を失った彼らは平気で行うだろう。
-
「復讐だ! 死んだ連中の復讐だーーー!!」
「殺せ殺せ! ここで死刑にしてやれーーーーーーー!!」
「死ねーー!!」
色々と石やら破片を梟に投げつける人々だが、それを焼け石に水とは知らない。
むしろ誰かが投擲した大き目の石片が沙子に命中し、彼女は小さな悲鳴を漏らして、地面に伏した。
それを目撃した者は思わず怒りを納める。
暴動の一部が少しばかり冷静を取り戻したかのようだった。
「お……おい! 誰だよ、石投げたの!!」
「しらねーよ! 逃げないアイツが悪いんだろ……!!」
「何よ、その態度! あの子、怖くて逃げられないに決まってるじゃない!!」
「んなこと言ってねーで、誰か………」
責任の押し付け合いをする彼らの傍ら。痛みで泣きじゃくりながら起き上がる沙子。
立ち上がる。
沙子は絶望した。
彼女は神様から見放された。祈る神も、悪魔すらいない。
同じだ。
きっと梟も同じだ。彼は絶望したから、奇跡の願望機に何も願おうとしない。
自分自身に絶望した。
室井静信の小説に登場した『兄』も同じ理由で『弟』を殺した。
ひょっとしたら、本物の『カイン』もそういう理由で『アベル』を殺したかもしれない。
『王のビレイグ』を執筆した件の作者も、そんな理由で絶望している。
そんな彼らは―――世界から追い出され、暗い荒野を歩き続ける他ない。
虚しさを抱え込みながら、生きるしかない。生き続けるしかない。
生きる。
そんなの―――やっぱり、いやだ。
生き続けるしかないなんて、そんなのいやだ。
それだったら、何かの役に立って、女の子らしくないけど――かっこよく死にたい。
でも……死にたくない……?
「バーサーカー、私―――」
違う。
言いたい台詞が違う。
今――そうは思っていない。否、そんな事『一度たりとも』思っていない。
「生きたい」
-
「やっぱり死にたくないだけだろ」
「ええ、そうね。そうだったわ。ずっと、ずっとそう思ってきたの。
こんな命は最低。だけど意味はあるんだって、哲学者めいた言い訳を偉そうに述べて。
そうやって生き続けたわ。結局、死にたくなかっただけ」
死は平等で恐ろしい。
若くても老いても、善人でも悪人でも同じ。
地位や名誉、日ごろの行い、美貌や個性、それらは死んだ途端、意味を失くす。
特別な死なんてものは存在しない。
「でも、今は違うわ。『生きたい』の。
アベルと話をしてない。カインにもまだ会っていない。聖杯だって欲しい。ここに居るだけでも、きっと楽しいわ。
こんなの理由にしちゃいけないでしょうけど……生きがいを見つけたの。見つけてしまったの。
だから『生きたい』のは嘘じゃない」
沙子は、そう梟に告げる。
手を差し伸べる。
一番と二番には物凄い差があるように、100点と99点の差は1点ではない。
『死にたくない』と『生きたい』にも、広大な差があった。
-
◆
長い歳月を経て
今、一つの世界が壊された。
■
-
時刻は完全に夜のそれであった。
今、火災現場となった板橋区やランサーによる被害を受けた豊島区には誰もいない。
外にも、建物にも、どこにも。
死んでしまったり、燃え尽きてしまったり、他には避難したりなど。
理由は様々ではあったが、現在ここを走り続けているのはアサシンのサーヴァント・ザック。
彼に担がれているマスターのメアリー。
そして、サーヴァントを失ってしまったマスター・神原駿河。
(彼らで言う)挨拶を交わした後。
駿河はとにかく、沙子を探したいと申し出た。
駿河に『噛まれた』記憶は一切ない。しかし、沙子の姿がない以上、沙子の安否を確かめずに居られなかった。
それも沙子の『暗示』の効果だろうが、きっと駿河自身の本心も願った事だろう。
「全然見えねーじゃねぇか!! どこまで行きやがったんだ、あいつら!!」
「バーサーカーさんは足が速いな………すまない、ザックさん。少し歩かせて欲しい」
「テメェに合わせる理由はねぇよ。そんだったら置いてくぞ」
「ザックさんはアベルさん同様に私を殺すと言った。
つまり、私の行方が分からなくなるのは、ザックさんにとっても都合が悪いのではないだろうか」
「おぉ、そうだな。………てか、お前死にたいのかよ」
「死にたくはないぞ」
意味分かんねぇとザックがぼやき、仕方なしに走りを止めた。
幾ら神原駿河でも、蓄積された疲労や先ほどまでの魔力消費、そして吸血による貧血で最悪の状態なのだ。
むしろ、よくぞここまで走り切れたと誉めるべきである。
呼吸を整える駿河に「あぁ」とザックは思い出す。
「そーいや、あいつ死んだぜ。アヴェンジャーの奴」
-
普通、この流れで言う者はいないだろう。逆に、自分は知らないと嘘をついても悪くはない。
けれども、ザックは平然と告げた。
駿河の表情はショックよりも、体調不良による蒼白と疲労の方が強く浮き出ている。
彼女はしばらくの沈黙を経て答える。
「ザックさんは……やはり正直者だな。私だったら嘘をつきそうだ……気苦労が多くなかったか?」
「なんでテメーに心配される流れなんだよ」
「うむ、そうだな………私も、薄々は勘付いていた。思えば後悔が尽きない。
私なりにアヴェンジャーと接してきたつもりだったが、私は何も知らないまま。
アヴェンジャーがどのような英霊かも分からないまま別れてしまったのは……残念でならない」
「ごちゃごちゃうるせーな。もう死んだ奴のことなんか忘れちまえよ。
どーせ、生き返りやしないんだし―――」
それを聞いたメアリーが、ふとザックに言う。
「でも……アベルって人は生き返るの?」
「あぁ、らしいけど……そーだ。なぁ、お前。名前なんていった」
急に問われたので、駿河は簡単に「神原駿河だ」と答えた。
日本特有の名前に「カン……スルガ?」と呼び方に戸惑いつつ、ザックはある紙を渡す。
それはアベルが渡してきたもの。
「俺は馬鹿だから、こういうアンゴー? とかそういうの分からんねーんだよ。スルガ、お前なら分かるだろ」
「努力はしてみるが……これは一体なんなのだ……?」
「アベルの奴がまた会おうとか、訳わかんねーことベラベラ喋って渡してきた。読めねぇ」
「何だか非常に感動的なセリフな予感がする! 実際に、この耳で聞き取りたかった……」
いやいや。再会を約束した時点で大分アベルさんはデレているぞ!
なんて駿河は前向きに、紙の内容を確認してみる。
アルファベットで筆跡されており、英語圏の人物であろうザックに読めないのが不思議だ。
だが、一つ一つ読んで行けば。やはり単語や文面ではないのが明白だった。
「分かるの?」
メアリーが光のない瞳で、駿河に問いかける。
唸る駿河は言う。
「私が思うに、これは暗号ではないぞ。恐らくだが………」
-
『……………――――――!!!!!』
静寂な夜の街から、非常に騒がしい何かを感じ取った駿河達。
誰かが「行こう」と呼びかけずとも、既に走り始めていた。
さほど遠い位置ではない。もう少し進めれば、全貌が明らかになっているだろう。
走り抜ける道の風景を一瞥すれば、どこか明確に『豊島区』という文字が見えた気がした。
効果音。
悲鳴。
凄まじい何かが起きている空気。
あちらこちらの高層ビルは炎上や崩壊を起こし、瓦礫に押しつぶされた人々の姿。
まるでこの世が地獄になったかのような。悪夢のような空間。
だが、音がするのはここではなく。もう少しだけ先の……………
「あああああああああああああ!!!!!」
絶叫していたのは―――市民たちだった。
名も無い、聖杯戦争とは無縁の。無関係の、無意味な。そんな彼らが、どうしてか化物相手に武器を構えていた。
だが――化物は。
梟は問答無用に殺戮をしつくしていた。
手刀だけで首を切断し、片足だけで人間の腹部を貫通させ、片手だけで首の骨を折り。
縦横無尽に駆け抜けるだけで人間を殺し尽くしていた。喰い尽くしていた。
如何に頑丈な武器を以てしても、梟には意味を為さない。
「弱ェ! 弱ェ! 弱ェ! 弱ェ! 弱すぎんだよォォォ!!」
血みどろの梟の口が叫ぶ言葉は、意味合いが間違っていた。
彼が強すぎるだけだ。
否。
そうであっても――彼は、決して楽しんで殺してはいない。狂気に帯びていない。何かに必死だった。
「や――ろうっ!」
梟を取り囲んでいた市民の一人が、背後から襲いかかる。
その――背後にしがみ付いていた少女がいた。
桐敷沙子。
彼女は何一つ怯えがなかった。これほどの大群を前に、体の震えも、涙もない。
鋭い眼光を持った彼女は、拳銃でその人物を撃ち殺す。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「あの餓鬼、銃を撃って来やがったッ!!!」
「人質じゃなかったのかよッ!!?」
沙子は叫んだ。最弱の化物の咆哮から始まる新たな攻撃。
心臓を突けばあっという間であろう、大人数人でかかれば造作もなく始末できるだろう。
化物の咆哮は――この『東京』にいるあらゆる生物の中でも、最も『生』を渇望する意味が込められていた。
そう。
彼らは『生きる』為に戦っていた。
『餓え』を凌ぐ為でもなく、『死』を回避する為でもなく。
『生きて』―――この先へ進む為に!!!
-
「何やってんだ、アイツら」
それをザックは呆れていた。
心底、どうでもいい。それこそ無関係な人間相手に、何を必死になっているのか。サッパリ意味が分からない。
空気の読めない発言を耳にした駿河は。
我に帰って、ザックとメアリーに呼びかける。
「不味い……ザックさん! 早く止めるぞ!! 沙子ちゃんたちを助けるんだ!!!」
「お……おー?」
何が不味くて、どうして沙子と梟を助けなければならないか。
ザックは釈然としない。
メアリーも意気投合しない。
駿河は―――再び全力で駆けた。
人々の合間を駆け抜け、今度は駿河がありったけの叫びと共に行動に出た。
沙子と梟を取り囲む人々。
彼女もその大舞台に立とうと―――跳んだ。
ザックに見せたような、大胆かつ驚異的なジャンプで、群衆を飛び越える――飛び越える――!
誰一人として接触せず。
そして、駿河の登場に市民たちは、沙子と梟も、注目せざるおえない。
着地は無残にも失敗してしまう。
アスファルトに強く体を打ちつけ、転がる、情けない姿ではあったが。
全員が一度だけ、一瞬でもピタリと動作を止めた。
身を起こした駿河は、大声で怒鳴る。
「全員タダで済むと思うな! 今ここに――アベルさんが来るぞ!! 命が惜しければ消えろ―――!!!」
誰もが困惑する。
「な、なんだ……アイツ」
「あれって『神原駿河』じゃ……アベルって」
「あの刺青男の事だろ! 冗談じゃねぇ!!」
刺青男が!? ここに来る……!!?
幸か不幸か。駿河の存在がSNSで『共犯者』と称し拡散されていた事で、逆に発言への信憑性が高まったのだ。
彼女の存在や、いつの間にか。少し離れた位置にいるザックの存在に気付いた彼らは。
「やばいって! やっぱりコイツら化物だ!!」
「おい、ふざけんな!! アイツら放っておくつもりか!?」
「うるせー! テメェが殺れよ!!」
状況を把握したザックが「オイ!」と市民たちに呼びかけるが。
彼らは、どういう意味で呼びかけたかも知らぬザックを恐れ、勝手に逃げ惑う。
梟と沙子に殺され、喰いつくされた死体もそのまま。
最終的に残ったのは――聖杯戦争に関わる彼らだけだった。
-
「みんな、いなくなっちゃった」
虚ろな様子のメアリーの独り言。
ザックが盛大に転倒していた駿河に吠えた。
「おい! なんでアベルの奴が来るって嘘つきやがったんだよ、テメェ!!」
「ザックさん! 嘘というのは………つかなければならない時がある」
それが今だったのだ。
すっかり熱の冷めた場所で、神原駿河は――どんな理由であれ放置されてしまった彼女は。
疲労を吹き飛ばすかの如く言った。
「まずは言わせて欲しい! 私は、無茶苦茶心配した!!
沙子ちゃんも、バーサーカーさんも、メアリーちゃんも、ザックさんも!!
全員!! 全員だ! 全員をッ、本当に心配したのだ!!!」
「お、おう」
あまりの勢いの良さにザックは押される。
「放置プレイも悪くはないが、それでもだ! どこへ行くか伝えるとか。
せめて置手紙を残すとか!! あるいは私の本を使い暗号めいたメッセージを残すとか!
とにかく、とにかくだ! 何も言わず出ていくのは良くないと思う!!」
何が起きたのかは問題ではない。
どういう事情があったかも理由ではない。
ただ、神原駿河は誰も何も、疑心や恐怖や憎悪など、そういう感情は持っていないし。
いつの間にか気絶していたのは、彼女自身の責任だと重々承知している。
だとしても言わずには居られなかった。
桐敷沙子は彼女を変態だと解釈したが、文字通りの変わった人間なのだと理解する。
「……そうね。ごめんなさい」
別に心からの謝罪でなくとも、謝らなければその場は落ち着かないだろうと沙子は判断する。
一先ず、駿河は大きく息を吐いて安堵していた。
「はぁ……その……なんだ………無事で安心した」
全員が全員、どこかしらボロボロの満身創痍。
まるで嵐のような出来事の連続だったが、なんであれ無事に終わっていない。それでも生きている。
生きているのだ。
十分過ぎる結果である。
狂ったランサーも、アヴェンジャーも、巽も、アベルも。
舞台から退場してしまったが、彼らは最後まで残れた………のではない。
-
駿河は思い出す。
「あぁ! そうだ、アベルさん!!」
「何? アベルは……死んでしまったらしいけど、生き返るのよね?」
沙子が再度尋ねた。
駿河はもう一度アベルがザックに手渡した紙を広げる。
「ザックさん。これは暗号ではなく住所だ!」
ザックは未知なる言語を耳にしたかのように「ジューショ?」と首を傾げる。
駿河は頷いた。
「うむ。最初の方が『江東区』と読める。数字は番地を示しているのだ。ええと……江東区の」
終始無言で駿河を眺めていた梟が、懐から携帯電話を取り出す。
なんとなく奪っていた代物。
ランサーの猛攻を受け、機能を発揮できるか怪しかったが、どうやらまだ動けるらしい。
駿河が読みあげる住所を慣れた手つきで検索ワードに打ち込んでいく梟。
メアリーがそれを眺めていると、梟が携帯を渡してきた。
ヒビ割れた液晶画面に映し出されるは、ある博物館。
どうやら住所はそこを示している。
「博物館だって、ザック」
「あ? おい、こっちの方が速いぞ。スルガ」
「や、やはりバーサーカーさんは日本人だったりしないか?」
検索の手際良さに脱帽する駿河は、思わず梟に尋ねてみるが。
彼は、相変わらず首を傾げ、指を咥えているだけだった。
しかし――アベルの宝具である『棺』を知らぬ者からすれば、一体どうしてこの場所を指定して来たのか。
いささか疑問が絶えない。
「……ここにアベルがいるの?」
沙子が問いかけるが、誰も答えられない。
「なんか集合場所みてぇなもんじゃねぇのか? よーするにここ行きゃいいんだろ」
「うむ。だろうな。……ザックさん! 江東区はそちらではないっ!!」
「あー! わかんねぇよ! さっさと連れてけ!!」
何とも騒がしい集団だ。
これでは江東区まで無事に到達できるかすら怪しい。
だが、沙子は存外、この状況は悪くは無かった。
ここにいる名もなき人間から敵視され、社会から追放されてしまっても。
何の柵すら感じなかったのだ。
-
【3日目/夕方/豊島区】
【神原駿河@化物語】
[状態]魔力消費(大)、肉体的疲労(極大)、吸血による貧血、沙子による暗示、サーヴァント消失
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の世界に帰らなくては。
0:博物館へ向かう。
1:沙子の安全を第一に考える。
[備考]
・参戦時期は怪異に苦しむ戦場ヶ原ひたぎの助けになろうとした矢先。
・聖杯戦争について令呪と『聖杯』の存在については把握しておりません。
・役割は「不動高校一年生」です。安藤潤也と同じクラスに所属しております。
・新宿区で発生した事件を把握しております。
・アヴェンジャー(マダラ)の発言により安藤兄弟がマスターであると把握しております。
・『レイニーデビル』が効果を発揮するかは、現時点では不明です。
・NPCに関して異常な一面を認知しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスと沙子の主従を把握しました。
・アサシン(アイザック)のステータスとメアリーの主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスと真名を把握しました。
・安藤(兄)のサーヴァントが『カイン』ではないかと推測しております。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・安藤兄弟自宅の電話番号、遠野英治の電話番号を知りました。
・葛飾区にいた主従(カラ松たちと飛鳥たち)の特徴を把握しました。
・沙子の暗示により沙子の手助けを優先させます。
・このまま吸血行為を受け続けると死に至ります。死後どうなるかは不明です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
住所など個人情報もある程度流出しています。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]肉体損傷(回復済)、魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]拳銃、『王のビレイグ』
[所持金]神原駿河の自宅にあった全額
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい。聖杯が欲しい。
1:アベルを探す。
[備考]
・参戦時期は不明。
・聖杯戦争について把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。現在はバーサーカー(アベル)らの人質として報道されています。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・バーサーカー(オウル)を介して、神原駿河の部屋に招かれる許可を得ました。
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費&肉体ダメージ(捕食による回復中)
[装備]
[道具]携帯電話
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全部殺して、自分が一番だと証明する。
1:スナコ………
2:アベルくんはおいしいから喰う。
3:ちゃんスル、駄目な子だな。
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・バーサーカー(アベル)の真名については確証があるのかは不明です。
ただ、オウルが名前代わりに呼んでいるだけかもしれません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
-
【メアリー@ib】
[状態]肉体的疲労(小)、目が死んでる
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい? 殺されたい?
1:ザックと共に行動する。
[備考]
・役割は不明です。
・聖杯戦争参戦前の記憶を取り戻しました。参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・聖杯戦争を把握しました。
・バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・SNSでバーサーカー(アベル)の人質として情報が拡散されております。
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]魔力消費(小)
[装備]鎌
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全員殺す
1:アベルの奴、本当に蘇るのかよ?
2:神原駿河に対しては――
[備考]
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・駿河がアヴェンジャー(マダラ)のマスターであるのを把握しました。
・SCP-073の能力の一部を把握しました。
・バーサーカー(アベル)が何らかの手段で蘇ると知りましたが、半信半疑です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
【3日目/夕方/江東区 博物館】
【バーサーカー(SCP-076-2/アベル)@SCP Foundation】
[状態]SCP-073に対する憎悪、宝具『SCP-076-1』発動
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しみ尽くしたら、ルーシーを殺害する。
1:SCP-073をここから抹消する。
2:アイザック達と合流する。
[備考]
・アーチャー(与一)を把握しましたが、戦意がないと判断しました。
・SCP-073の存在を感じ取っておりますが、正確な位置までは把握できません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・バーサーカー(オウル)の持つ拳銃について言及するつもりはありません。
・駿河がSCP-073に関しての情報をまだ隠していると判断しております。
・宝具『SCP-076-1』が発動しました。6時間後、再生が完了次第江東区の博物館に出現します。
-
投下終了です。タイトルは「正義の輪舞 悪の祭典」です。
続いて以下を予約します。
アイリス&ナイブズ、ヨマ&あやめ、カナエ&ヴラド(槍)、平坂黄泉&幼女
カラ松&宮本明、飛鳥&曲識、トド松&フラン
-
予約分の投下をします。
-
東京都新宿区。
今朝、刺青男の事件が発生したが、すっかり現場は片づけられている。
現場が交通量の多い交差点であった為、時間を要したとはいえ、優先されて残骸は撤収された。
やっぱりかぁ。トド松は溜息をつく。
帰宅しようと地下鉄などを使用する為、足を運んでみたが運転を見合わせている状態だった。
当然だ。
トド松のいたアルバイト先がキャスター(ヨマ)によって襲撃された。
表では『ガス爆発』として報道されている。実際は違う。それ以上の理由が思いつかないだけなのだ。
しかし『ガス爆発』ならば、周辺の警戒をしなくてはならない。
地下鉄なんて以ての外だ。
電車という公共交通機関を手段として失った人々は、バスやタクシー、迎えに来て貰うなど。
様々な別手段で解決しようとする。
トド松には、それらが叶わなかった。
一刻も早く渋谷区から脱出したい。悠長にバスを待っているなんて、余裕は一切ない。
渋谷区内にランサー(ヴラド)もキャスターも、まだ居るに決まっていた。
トド松は焦りが募る。
仕方なく、徒歩で隣の新宿区から空いた交通手段に頼る為、移動する事にした。
トド松のように途方に暮れた人々が、自力で隣駅まで向かう姿はチラホラ見られた。
珍しい光景ではない。
『ねぇ、トッティ。ちょっとお話ししたいことがあるのだけど』
「僕でよければ何だって聞いてあげるよ」
先ほどの素っ気ない態度がなかったかのように、トド松のサーヴァント・セイバーが尋ねる。
彼女の思考は、ケーキみたいな甘ったるい類ではない。
そうとは知らぬトド松は、至って普通の対応をした。
『初対面のヒトと会う時には、何をすればいいのかしら。特別なにかするもの?』
「ええと。それってつまり、誰かと会うってこと?」
この『東京』にもセイバーが交流を深めた相手が出来たのだろう。
セイバーが「ヒトじゃないけどね」と付け加えたのを聞き流してたトド松。
彼は、少なくとも前向きな姿勢を受け答えをした。
「うーん………その人の家にあがらせて貰うなら、何か手土産があるといいかな」
『手土産? モノじゃないといけないの? それに………何が欲しいか分からない時はどうすればいいのかしら』
「気持ちの問題だよ」
『気持ち?』
「訪問先に感謝を込める意味も含まれているからね。ちょっとした物でも構わないんだ」
『ふぅん』
セイバーは漠然とした想像しかしてない。ピンと来ない、釈然としない。
果たして、そういうもの(手土産)は本当の本当に『ちょっとした物』で構わないのだろうか?
その辺に落ちている石ころを手土産にするなんて、セイバーも凄く失礼と思えた。
人喰い相手なら死体を持って行けばいい。
しかし……あの刺青男は、何を欲しているのだろうか。
分からない。どうしたものか。
-
途方に暮れていた霊体化しているセイバーとトド松の脇に、一台の車が停車する。
何者かが彼ら(正確にはトド松のみ)に呼びかけた。
「ちょっと君!」
「えっ……な、なに……!?」
見知らぬ人間から声をかけられトド松は動揺する。
常識的に怪しい。不審者だ。
もしかしたら後部座席から、如何にもなヤクザが登場して誘拐されたりするんじゃないだろうか。
自分に限って、そんな事ある訳。そうトド松が不安を過らせる中。
運転席からトド松を呼びかけた人物が、携帯電話で何かを確認してから「やっぱり!」と言う。
「現行犯逮捕! 急いで!!」
逮捕!? えっ、えぇ!!? なんで!?!?
声をかけたのは私服警官だったのだ。
本来の目的は、刺青男とその仲間の捜索。巡回パトロールの最中なのだろう。
しかし、トド松は全く身に覚えない罪で逮捕されようとしていた。
自分は先ほどまで殺されかかった。生死の淵を彷徨った身だというのに、何の不幸か。
セイバーに警察のお世話にならないよう警告していたトド松本人が
警察のお世話になる滑稽な結末を見せつけたところで。
トド松は、必死に訴える。
「僕は何もしてません! さっきまで渋谷区の方でバイトをしてたんです!!」
「しかしねぇ、どう見たってこれは君でしょ」
警官が携帯の液晶で見せつけたのは、完璧全裸の露出狂の画像だ。
その人物の顔は、トド松そっくり。
否、違う!
トド松だからこそ違うと分かった。
赤の他人の、初対面の人間からすれば『六つ子の誰がどれか』なんて区別がつく訳ない。
それでもトド松はハッキリと言う。
「か……カラ松兄さんだーーーーーー!!!」
マスターのピンチに行動すらしないセイバーは、取り囲む『警察』に対し、密かな企てを立てていた。
-
東京都渋谷区内。
セイバーことナイブズが到着した時には、後の祭りの状態だった。
事件が発生したのは、代々木公園ではなく少し離れた位置にある珈琲チェーン店『スタバァコーヒー』。
警察の話を耳にしてみると、事件はガス爆発として処理されそうになっている。
実際は違うのだろう。
人智の超えた戦闘を現実主義の生贄達はどう判断するべきか、決めあぐねているだけだ。
事件に関しては仕方がない。もう過ぎた事は流すしかなかった。
問題は――神隠しの少女。
そのサーヴァントと思しきキャスター……
が。
こればっかりはナイブズも呆れを通り越していた。
何と、キャスターと思しきサーヴァントは平然と実体化を続けていたのである。
しかも、ご丁寧に代々木公園から魔力は感じる。間違いようも無い。
ただ。ここまで露骨ならば、きっと代々木公園に罠を仕掛けている可能性が高い。
公園内は、やはり異変がない。実体化して視認しようものなら、キャスター(らしきサーヴァント)も魔力に反応するだろう。
偵察としては、ここまでが限度であった。
―――感じられない。
ナイブズも『直感』で察しているに等しい。
きっと恐らく――いや、絶対に代々木公園には。さらに正確に示すならばキャスターの近くに。
マスターはいるはずだ。
それが神隠しの少女とは断言できないが………
『何も感じない』
微量な魔力ですら、そこにはない。漠然とした深い闇のような靄が漂う空気だけは、感じ取れる。
所謂――納得が得られなかった。
―――どうしたものか。
というのも。
ナイブズは他の主従の存在も確認していたのだ。
これもまた、代々木公園近くにある私立大学の周辺で待機している紙袋を被った謎の男。
傍らには幼女。
その幼女がサーヴァント・ライダーなのである。
キャスターに動きがない為、ナイブズは謎の覆面男の様子を伺う。
-
「……神隠しについて私に話してくれた。しかし、納得がいかない」
男は静かに、それでいてどこか熱の籠った口調で語る。
幼女に例の『神隠し』の噂をしているようだが、話を聞くに彼が広めた訳ではなさそうだ。
何者かが意図的に噂を広めている。
それこそキャスター自身が最悪広めてもおかしくない。
しかし、マスターであるアイリスの考察を聞いたナイブズは、少々思うところがあった。
「神隠しの少女とは果たして『悪』なのか? それはフェイク!
どうやら『彼女』は意図的に噂を広めているようだ。 この話で奇妙な点とは、そう!
噂を広めれば広めるほど、他人に悪影響を与える事なのですよ!!」
覆面のマスターの話を、幼女はポカンと聞いている。
彼女は内容を理解しているか怪しい程の幼女だ。話を聞いたフリ。分かったフリをしている可能性が高い。
奇跡ながら覆面のマスターの言い分は、筋は通っているのだ。
噂を感染させていき、神隠しに合う範囲を広める類。
だとすれば……『神隠し』の仕掛けを理解した存在は、必ずこういう手段を取る。
わざと『神隠し』の噂を広める。
ナイブズはアイリスの話を思い出していた。
既に『神隠し』に出くわした人間が『神隠し』を回避するには、永遠と噂を広めないといけない。
広めるだけならSNSなどの交流サイトで幾らでも可能。
だが、出くわした人間が『マスター』であった場合。
他のマスターも同様『神隠し』に合わせようと、一種の攻撃手段として取る可能性が高い。
―――ならば。この男に噂を伝えた者が、マスターだろう。しかも、既に『神隠し』と邂逅した。
「つまり! 『彼女』は悪なのです! 神隠しを利用し、人々を陥れようとする悪!!
どうやら私は『彼女』を倒さなければならないようだ。一度は助けてしまったが、悪ならば容赦はしない!」
いささか、曲がった解釈をしているようだが。
それでも覆面のマスターが言う人物が、人々を神隠しに合わせる危険を与えているのは確かだ。
価値観はどうあれ、見る目はあるらしい。
尤も………
「あのー、そこの人? ちょっと話いいかな」
「ふぇ?」
-
当の本人の見た目が問題だらけだった。
もしかしなくても、私立大学の関係者が不審者の通報をしたのだろう。
先ほど原因不明の事故が発生した為、現場周辺を巡回していた警察官が覆面のマスターを確保する。
ナイブズが自ら手を下さずとも自滅しそうに感じられる覆面のマスターは「ちょ、待って!」という制止も聞かされず。
あっという間にパトカーに乗せられ、連行されてしまったのだ。
体を張ったお笑い芸人のドッキリ番組じゃあるまいし。
訳の分からぬ退場をしたマスターに、ナイブズだけではなくそのサーヴァントである幼女もポカンとしていた。
正直なところ。
覆面のマスターが邂逅したというマスターも興味はあるが。
ナイブズは、わざわざ幼女にそれを尋ねるのは気が退けた。
その幼女の方はというと。
しばし、どうするべきかと悩んだ様子をしてから、移動を始めた。
霊体化もせず、黙々と歩み続けた彼女が向かった先こそ――代々木公園。
ナイブズ同じくキャスターの魔力を察知したらしく。興味本位で足を踏み入れるようだった。
幼女が全く警戒なしに公園内部に突入したのは、つい先ほど自分がここで遊んでいた為である。
彼女は、ここが陣地ではなく。罠も仕掛けられていないのを理解している。
―――無警戒とは。知能は低いか?
ナイブズは幼女をそう判断しつつ、霊体化したまま便乗の形で公園へ進んだ。
皮肉にも幼女が先行する為。罠があれば、向こうが先に引っ掛かるだろう。
例の事故のせいで、すっかり人の姿は無い。
平日とはいえ、この時間帯にも何人かの人々がいるであろうと想定されるが、人っ子一人いない。
霊体化しているナイブズには認知できなかったが。
幼女は、錆ついた香りを感じ取った。
この世のものではない臭い。異界の匂いを。それを辿って公園内を進んでいく。
視えた。
平然と実体化を続けるキャスターと、その奥の草むらに潜む『闇』が。
至近距離で感知したからこそ言えるものだが、果たしてアレがマスターなどと規格外な現象があるのか?
否。
現実は、そうだった。
-
キャスター・ヨマが実体化を続けるのには理由が含まれていた。
彼は『光』の魔法使い。
太陽の光を浴び続ければ、魔力や損傷が回復する。
快晴だった空模様が不機嫌になってきたのに、キャスターは舌打ちをした。
天候なんてのは自然現象だ。どれだけ不満を漏らしても、変化が訪れる訳ではない。
実は、それもヨマとは異なるキャスターの宝具の影響だと、この時点では予想すらされていなかった。
「おい、クソザコ」
「………っ」
闇そのものと思しき存在は、少女の形をしている。
自身のサーヴァントに恐怖を抱いているらしいソレは、高圧をかけるヨマに睨むことすら出来ない。
むしろ、彼女は暴力は愚か、恐怖すら自らの手で与えようとは出来なかった。
少女に構わず、ヨマの話は続く。
「あのマスター……お前の姿が視えた……だったら。そのまま消しや良かった……そうだろう?
何、仕留めそこなってんだよ………一々、俺に構って欲しいのか? お前……死にてぇのか??」
「い…………いや……」
「はぁ?」
少女の否定に、ヨマは苛立ちと怒りが混じった声で威圧した。
この神隠しの少女は、確かに聖杯が欲しい。聖杯の力で人間に戻りたかった。
そういう願いが、欲望があるというのに。
「どれが嫌なんだよ……殺される事か? まさか……誰も殺したくありません………なんてバカ抜かさねぇよな………」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい………」
「謝れとは言ってねぇ………どっちにしろ………お前は殺すんだよ…………」
マスターを殺害すると宣言しているのなら、成程――少女が怯える理由は分かる。
だが、一体どういう理由でマスターの殺害を目標にするサーヴァントがいるのだろうか。
その辺りの共感は、ナイブズにも不可能だった。
方針が支離滅裂な彼らを前に、幼女が行動に出る。
新手のサーヴァントに接触しようと(幼女の場合は遊ぼうと)子供レベルのスピードでヨマに近付く。
やはり、幼女は警戒心すら抱いていない模様。
身体能力も年相応のソレであった。もはや英霊なのかすら怪しい。
幼女に気付いたヨマは、彼女の行動や彼女自身に声をかけることなく。
彼は薄く口を開いたまま、手をかざす。その手に集った光の力が、幼女の体に命中する。
呆気なく殺した。
まるで人間が家畜を殺すかの如く、無抵抗だった。
神隠しの少女は悲鳴を漏らす。手で顔を覆って、悲劇的な光景から目を逸らそうとした。
……が。
幼女は平然と立ち上がる。傷はすでに感知をしていた。
少しくらい手ごたえあるようだと気付いたヨマは、そのまま連続で光の弾幕を放つ。
あまりに一方的過ぎる。
ヨマの方は上機嫌に高笑いをし、攻撃を続けるが、幼女は対抗する術がないかのようだった。
ならば何故、特攻してきたのか?
少なくとも――幼女は聖杯戦争を遊びだと思っている。
先ほどから幼女が捜索をしているアサシン(アイザック)に関してもそう。
一方的にやられてしまっただけで終わったので、その『続き』がしたいと幼女は望んでいた。
何故なら、まだ彼女は自身が常時発動している呪いではない。
もう一つの宝具を発動していなかったのだ。
ナイブズも気付く。
幼女は攻撃を受け続けているのではなく――『魔力』を蓄えていた。
-
「………なっ―――!?」
突如として出現。否―――召喚された存在に、ヨマも、霊体化するナイブズも戦慄が走った。
彼らは本能的に『ソレ』は、この世に存在するあらゆる生物を凌駕する……憎悪の象徴だと受け入れる。
明確な生物名は不明。
爬虫類の仲間のようで、ひょっとしたら竜種の一つかもしれない。悪夢のような生物だった。
召喚された後、常時変化を続ける肉体、甲羅の装甲が厚みを増す。
巨大な頭蓋にある悪意に満ちた瞳が眼光を放った。
小規模な山のような体格をした怪物の上に、幼女は騎乗している。
この史上最悪の不死身の爬虫類に騎乗した記録が残されているが故に、幼女はライダーとして召喚されたのだ。
ヨマの攻撃を受けた部位は、とっくの昔に修復してあった。
人智を越えた怪物の登場に対し、ヨマも冗談半分ではなく本気で相手しようと構える。
次の瞬間。
怪物は、巨体に似合わぬほどの速さでヨマの頭上に移動していた。
「―――」
ヨマは何か言葉を発したかもしれない。だが、遅いうえに聞き取れなかった。
そのまま怪物は、ヨマに頭突きをかます。
一撃。
公園内に舗装された地面は大きく凹み、クレーター状の陥没が刻まれる。
ヨマの傷は癒えない。最悪な事に――怪物が巨大な為、その真下に落ちたヨマがいる場所は『日影』になっていたのだ。
そこに、大陸が動いたかのような音が聞こえた。それは――言葉。
「相変わらず……耳触りな奴らだ………」
「………ん……だと……!?」
喋ったのは、紛れもなくその怪物である! 人の言語を発したのだ!!
ヨマが驚愕している内に、怪物の前足が頭部に押しつけられていたヨマに襲いかかる。
重装甲の甲羅と刺殺する為だけのかぎ爪がある前足は、ヨマの体を横に裂こうとしていた。
勢いをつけ、払い飛ばされる。
-
ナイブズが「不味い」と思う。
既にこの怪物が登場した時点で、相当状況は酷いものだが――彼が感じたのは、そういう問題ではない。
代々木公園にある木々に衝突したヨマの肉体は、どうにか繋がっている状態。
しかし、ヨマも黙ってはいない。
彼が宝具を解放すると同時に、ナイブズは自然と霊体化を解く。
――――マテリアル・パズル『アデルバ』――――
ヨマの体に光が集中する。光を蓄積し、そして光そのものに姿を変化する奥義『光刺態』。
その間――ヨマの肉体は光そのものとなって為、先ほどの損傷は回復しきっている。
怪物はそれを静観していた。
ヨマが「死ね」と合図をすると、魔法によるレフ盤を作成し、怪物へ投げ飛ばす。
怪物の方は、幼女を背に乗せたままレフ盤に衝突したのだった。
『光刺態』のヨマに体当たりを噛ます怪物だが、ヨマは平然とする。
『光刺態』は物理攻撃を無力化する。魔力のない怪物の猛攻など、ヨマには何ら障害にもならなかった。
ただ、攻撃するだけならば。
レフ盤は怪物の頭部を切り裂き、幼女に襲いかかる。損傷は即座に回復するが、ヨマの追撃が続く。
雨のような弾幕。
そして、巨大な矢のようなエネルギー。
怪物と幼女は、それを受けて立つ。
ナイブズは、怪物と殺人者の蚊帳の外。
しかし、彼が実体化したのは――例の神隠しの少女に関してだった。
戦闘に加わっても構わないが……ナイブズが実体化をし、確かめれば異常の塊である。
彼ですら至近距離にいる少女を認知するには、直接目にしなくては存在が危うく、見失う。
優柔不断な少女を、今すぐ切り裂くのは一向に構わない。
神隠しをする以外では無力ならば、ここで終わらせても良いのだ。
だが―――
怪物が発生させる衝撃波、ヨマが乱れ撃つ弾幕。
それらを受け流したナイブズは、少女の眼前に立つ。
少女も、自らを視認出来る存在を受け入れがたく、恐る恐る尋ねてきた。
「あの………私の姿が…………」
怪物の方はともかく、ヨマの方はすっかり少女の安否を考慮していないらしい。
流れ弾であるヨマの攻撃は、乱雑に少女の方にも飛ばされていた。
手にしていた刃でそれを弾きつつ、ナイブズは問う。
-
「どうするつもりだ」
「………その……それは………」
「俺を殺すか、それとも死ぬか」
違うな。ナイブズは訂正した。
「どちらかしか選べないぞ」
「………!」
少女は、ついに決断しなければならないのだと察した。
聖杯戦争は恐ろしい。人を死なせるのも、消させるのも。本当は嫌だ。
カナエに恐怖を抱いたのではない――カナエの存在が消えるのが恐ろしかったから。
もう、そういう光景も、人の死も起こしたくはない。繰り返したくなかった。
一方で、聖杯を諦めたくなかった。
どうしても聖杯は欲しい。聖杯で人間に戻れたならば、それはどんなに素晴らしい事だろう。
もうこのような想いはしなくて良いのだ。
だけど……けれど……分かっている。どちらかしか選べない。
眼前のセイバーは、冷酷な現実を突き付ける。
少女が。
漸く、一歩だけ前進する。
「…………私は……聖杯が欲しい…………でも………………止めます……
………………人が死ぬのは……………………………もう………いや…………」
どうにかしてキャスターを止めなくては。
彼はあの怪物と対峙し続けるように、恐ろしく強い。
だから……自分が死んでも構わない。
最悪、自分が死ぬしかないのだろう。
別にナイブズを前に恐れをなした訳ではない。最初から彼女の中で答えは決まっていた。
それを決断できなかっただけ。前進する切っ掛けが欲しかっただけ。
体を震わせる少女に「そうか」と、ナイブズは至って驚く様子もなかった。
「運が良かったな。俺のマスターはお前の始末を命じてはいない」
「………え?」
-
彼らの傍らでは、相変わらず恐ろしい戦いが繰り広げられていた。
件の怪物は不気味な再生を続け、ヨマを追い詰めている。
強靭な牙と巨体の尋常ではない速さによる攻撃を、怪物がしかけた。
対して『光刺態』となったヨマは、姿を消す。
霊体化のような類ではなく――光の屈折を利用した視覚妨害の一種である。
レフ盤もヨマ同様に消滅をするものの、確かに存在している。
動きを止めた怪物が、次々と手傷を負って行く。最終的にヨマが狙うのは――怪物の甲羅に乗る幼女だ。
瞬間。
怪物が笑った。
この怪物の恐ろしい点は言語を語れるように、知能が優れているという点であった。
かつて、人工知能相手に高度な語り合いを交わせたように、ヨマの行動も読めている。
怪物自身。ライダーに召喚された身である以上、ライダーの死こそが自らの消滅だと察している。
故に。怪物は、肉体を変化させた。
先ほどの構造上、背後に届くはずのなかった頭部が、急激な肉体変化により背後に存在しているだろうヨマを捉えた。
本能的なもので感じ取ったヨマの気配を頼りに、怪物は暴力的な顎でヨマを噛み砕く。
屈折の効果を失ったヨマの姿が露わになると同時に。
ヨマは大量の血を吐く。
丁度、上下半身を別つように怪物の牙はヨマの体を貫いていた。
そして――怪物の口の中は『影』だった。
「がっ…………! この、野郎……!!」
異常な攻撃が続いた。
怪物の口内に牙のような、針のような、ともかくヨマの下半身を剣山に突き立てるかの如く生えて来る。
だが、ヨマも黙って死を受け入れるような殺人者ではない。
まだ『光刺態』の効力が残る腕で、怪物の頭部に攻撃をしかける。十分な至近距離だ。
周囲を飛び交うレフ盤も続け様に攻撃してきた為。
怪物は一旦、グロデスクな口を解放したのだった。
生々しい有様になったヨマの肉体が現れるが、構わない。日の光を浴びれば―――
叶わなかった。
天はヨマに味方はしない。
どこからか漂ってきた厚い雲が太陽を隠したのだ。
暗黒が現れたかのような大いなる影が、ヨマだけではなく怪物や幼女、ナイブズも影に包む。
雲の向こうでは、燦々たる太陽が照りつけているだろうが。
今は違う。この状況下では『光刺態』も自動的に解けてしまうのだ。
「は……何故だ………どうして、今は夜……じゃねぇ……昼間……だろ………なんで、影が―――」
呆然とするヨマに怪物が圧し掛かった。
前足だろう部位で、全体重を押し付けると骨や筋肉が砕ける音が不気味に響き渡る。
その残骸をゴミのように遠くへなぎ払った。
神隠しの少女は心底怯えに満ちた声を漏らす。
-
凛然とした怪物だけが、健在していた。
ヨマを葬れば、自然と次のターゲットが何になるか分かる。
ナイブズの存在は視認しているようで、憎悪に満ちた瞳がそちらを伺えば、やや間を置いて。
「人間ではないのか」
怪物から憎悪が消えたようだが、生物的な殺意だけは残されている。
ナイブズも、いつ刃を振るっても構わぬように体勢を取っていた。
「人でない癖して人に飼いならされて。お前は哀れだ」
ナイブズは何かを察して、刃は収める。
冷笑する怪物に対して、彼は酷く淡白に答えた。
「俺は――『考えた』だけだ」
「考える?」
「あぁ、そうだ。それだけだ。お前とは違う」
人を憎悪しても、人を滅ぼすべきか。感情に従ったのではなく、至極冷静に判断したのだと。
過去もそうだったように、今も変わらない。
ナイブズの主張に「そんな必要などなかろう」と怪物は山が動いたような声で話す。
「お前のように『自分で選んだ』と抜かして、人間に飼われた奴が居たな。奴がどうなったか、聞きたいか?」
自棄に饒舌に語る怪物。ナイブズは背を向けた。
「俺には関係ない」
怪物は気に食わなそうに鼻を鳴らし――消滅する。
魔力の問題だ。
幼女と、彼女のマスターの魔力は限界だ。恐らく、ヨマとの戦闘で使い果たしてしまったのだ。
怪物もそうだが。幼女も姿を消している。
恐らく霊体化をしているだけだろうが、ナイブズも深追いするつもりはない。
地獄の化物が居なくなったのを安堵する神隠しの少女に、ナイブズは声をかける。
「俺のマスターは、お前を保護すると言う。少なくとも『神隠し』の被害を広めない為らしいが」
「……えっと?」
保護。
という表現が、今一少女には想像できないものだった。
しかしながら『神隠し』の被害を抑えるのを協力してくれるのなら……?
少女が頷く。
「……わかりました………」
-
東京都渋谷区。ここに構える私立大学にて。
聖杯戦争のマスター、カナエ=フォン・ロゼヴァルトは決して呑気に講義へ出席しているのではない。
理由の一つとして、大学内で『神隠し』の噂を広めること。
カナエもどの程度の広め具合で『神隠し』から免れるか分からない以上。
安全を考慮する為に、十分と呼ぶほど話を広める事に成功していた。
いささか、目立った行動に違いない。
仮にカナエのいる大学内で、他のマスターがいればカナエに狙いを定める事だろう。
現時点では、それらしい人物はいないとカナエのサーヴァント・ランサーは教える。
……何よりも。
「まだ居るのか」
『うむ……俄かに信じがたいが、そのようで』
あのキャスター(ヨマ)はまだ渋谷区内に存在していた。
しかも、書き込みの予告通り代々木公園付近で。
最悪……神隠しの少女が同行している可能性もありえたが、カナエの一件で向こうも警戒しているはず。
一方。
カナエとランサーはある事実に確信を得た。
「奴は、昼間に多くの敵を滅ぼす算段か……」
キャスターの攻撃には『太陽』の恩恵が含まれているという。
ランサーが怪物(吸血鬼)の影響に犯されたが故に得た、皮肉な情報。
一連の戦闘を回想すれば、すとんと空洞に収まるような話だった。
キャスターは何故か高い位置を維持し続け、店内にいたランサーを追撃しようとはせず。
常に『太陽』の光を浴びれる場所にあり続けたのだ。
ならばこそ、弱点は―――『夜』。
とはいえ、キャスターも馬鹿ではないはず。夜になれば代々木公園から撤退する。
ランサーは拘置所で補充した魔力が尽きただけで、余力は有り余っていた。
太陽がなければ、不死身を連想させるキャスターも打破が可能。
日が完全に沈む手前。夕刻。
それまで『神隠し』の噂を広め続け、ニュースなどを確認しておけばいい。
「さっき、でっかいトカゲが代々木公園にいたんだけど見たか!?」
「はぁ~~~? なんだそれぇ」
「マジでミニチュアのゴジラって感じでさ! 誰かが作ったもんかな、アレ」
他愛のない噂をする男性らを尻目に、カナエは久々に刺青男の話題に目を通した。
すると。
現在、板橋区の方で目撃情報が相次いでいるらしい。
幸か不幸か、カナエのいる渋谷区や住まいのある港区とも無縁の場所。
SNSでは共犯者と思しき女子高校生が話題になっている。しかも、彼女の住所まで公にされていた。
あまりの悪意に、カナエも流れに逆らいたい程だ。
それでも。
神原駿河……包帯まみれの男……金髪の少女………桐敷沙子………
もう一人のフードを被った………!
カナエはその人喰いの『瞳』に注目せざる負えなかった。
-
東京都千代田区。
ここにあるは警視庁。日本警察の総本山と呼べる場所である。
流されるまま、トド松は人生でも見学でしか目にしたくない警視庁内部に足を踏み入れていた。
人手は、割と多くいるように感じる。
普段ならこれ以上の警察関係者がいるのだろうが……そんな感傷に浸る余裕はない。
トド松は、身に覚えのない罪で捕まってしまった。
むしろ、実の兄の犯罪を知って、ある種の放心状態だった。
トド松の心情などお構いなしに取り調べが行われようとした矢先。
「葛飾区から渋谷区を数分で移動するなんて、物理的に不可能ですよ~~なにやってるですか~~」
「………そ、そう……でしたっ、申し訳ございません!」
冷静に分析してくれた若い美形刑事のお陰で、トド松は無実は証明された。
された……は、いいのだが。
一体どうして兄は犯罪行為に及んだのだろう。
日ごろから、痛々しい兄だが……
まさか「俺の†ビューティフル・ボディ†を見てくれ、カラ松ガールズ!」とか何とか抜かして全裸になったのか。
絶対泥酔レベルの所業だ。幾ら痛くても、犯罪ラインは理解している。
そう、トド松は願っていた。
絶望の取調室から、待合室に移動したトド松。
そこで、美少年にも美少女にも見える若い刑事に聞かされた話では。
カラ松は改造車(カラ松 A GO GO!)で都内を暴走したあげく、その姿は全裸だったという。
何時ぞやのレースのノリで公道を走ろうとしたのか。
トド松も呆れて言葉を失う。
普段なら「痛いよね~」「馬鹿なの!?」と突っ込みをする場面だが。
もはやカラ松は、犯罪者として警察に目をつけられている。
お先真っ暗。
しかも容姿の似ているトド松や他の兄弟にも影響が待ったなしだ。
事実、トド松は逮捕(無実は証明されたが)されてしまったレベルである。ギャグでは済まされない。
若い刑事の方は呑気に部下と話をしていた。
-
「あまりに似ているので区別がつかないです。はんべ~なにかあるですか~~」
「えっ……ガムテープなら」
「よーし、確か『チョロ松』でしたね~~」
「あ、あっ! 僕は『トド松』です! トド松!!」
若い刑事なりの区別なのだろう。
『トド松』とペンで書いたガムテープを、トド松の服に張りつけてきた。
あまり良い気分ではないが、普通の人じゃ区別はつかない。仕方ないと受け入れる事にしたトド松。
「そうそう」若い刑事はついでのようにトド松に尋ねる。
「燕尾服を着た男の人に覚えはあるです?」
「燕尾服? いえ……僕はありません」
「そうですか」
詳しい話は聞けなかったが、燕尾服を着た男は何か重要人物なのだろう。
無論、嘘偽りなくトド松は覚えがなかった。だからこそ、訳がわからない状況にあった。
ところで。
トド松もだが、若い刑事も気になっていたらしく、部下に問うた。
「そこで気絶している人はなんです?」
待合室のベンチで横になっている男性……?が居る。
しかも、頭に何故か紙袋を被っており。その姿は全裸のカラ松並に不審者の貫録がある。
嗚呼と部下が答えた。
「私立大学付近にいた不審者らしいのですが、連行中に気絶したとか何とか……すみません、あまり知りません」
若い刑事は「へぇ」と納得したようで、それ以上の言及はしなかった。
その時。
警視庁管内に緊急連絡が鳴り響く。
トド松ですら、それが『不吉』を知らせる鐘の音である事を察する。
長身の部下は「あぁ刺青男、怖い」と呟いているが、若い刑事はどこか愉快そうだった。
「僕たちは行って来るです~ここでもう少し待ってて欲しいです」
「あ、はい」
彼らは捜査一課の人間であっても、性犯罪を取り締まる係の人間ではなかったのだろう。
次に現れる刑事は、カラ松を連れて来るのか。
あるいは別の兄弟を連れて来るのか。
ただ。
それほど、カラ松の事件がショッキングだったとはいえ。
トド松はすっかり忘却していた。
彼のサーヴァント・セイバーのことを………
-
同じく東京都の千代田区にある警視庁内。
トド松のいる場所から離れた階層にある、刺青男の対策本部にセイバーはいた。
霊体化しているセイバーにとっては厳重警戒は無意味に終わるものだ。
忙しなく刺青男の情報を集計し、まとめている眼鏡をかけたデスクワークの警官は「はぁ」と溜息を漏らしている。
きっと、彼も刺青男の捜査に加わりたい熱意があるか。
嫌々行う書類担当に厭きを抱いているのか。
そのどちらもあって不満がありそうな雰囲気を露わにしていた。
広々とした会議室を大胆に使用し、捜査は行われているよう。
セイバーは迷いこんだ子供のように踏み入れた。(無論、霊体化したまま)
すると本部が一気に慌ただしい場所へ変貌する。
「目撃情報だ! 場所は板橋区■■■!!」
SNSではとっくの昔に広まっていた情報を、漸く公表したのは信憑性の問題だ。
関係者は新たに書き込まれるホワイトボードの情報に、ざわめく。
刺青男の共犯者と人質が発表された。
包帯まみれの男(しかも鎌を手にしている)。
神原駿河という女子高校生。
身元不明の金髪の少女。
「女子高校生が共犯者!?」
「脅されているだけかもしれないが………」
「捜査員は現場に急行! 今度こそは取り逃すな!!」
室内を犇めいていた人々が雪崩れるように移動を始めた。
どさくさに紛れ、セイバーは実体化を解く。
皆の意識が集中していたとはいえ、セイバーの容姿は酷く目立つ。
七色の宝石がぶら下がった枝のような翼、金髪、しかも少女。衣服も並より幼さを醸しだす。
-
捜査資料の視認を始めたセイバーは、神原駿河の自宅住所を目に通す。
目撃情報が相次いだ板橋区の位置。
刺青男、フードの人喰い、神原駿河、包帯男、金髪の少女、桐敷沙子………
「おい、子供がいるぞ? どこから入ってきたんだ!」
セイバーに気付いた人間が、やれやれといった様子で彼女の体を持ち上げ、強引に退出をしようとする。
が―――次の瞬間。
その人物の頭部が吹き飛んだ。
言いかえるなら『破壊』される。
断面から血の噴水が溢れ返る光景に、残っていた人々は茫然とするばかり。
一体何が起きた?
何の攻撃なのだ?
誰もが『少女による犯行』とは思えないだろう。
セイバーは溜息をつく。
「やっぱり警察って邪魔ね。私、やっと気付いたわ。トッティも気にしている通り、邪魔ばっかりするじゃない。
どーしてアイチとかいう主催者は警察の存在を排除しなかったのかしら。ルーラーと同じくらい邪魔よね?」
セイバーはいよいよ理解したのである。
警察を警戒するべき、ではなく。
警察そのものが邪魔、なのだと。
聖杯戦争の邪魔をする。マスターを容疑者として確保する。
考えれば考えるほど邪魔な存在だ。恐らくルーラーも警察と同じく一々自重しろと申しつける邪魔な存在なのだろうが。
ルーラーが居ないからこそ、警察の存在が際立ち。より一層、邪魔に思えてならない。
哄笑しながらセイバーは決心した。
―――『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力-one unknown coin-』―――
暴風のように人間を破壊するセイバー。
彼女にとってみれば「きゅっとしてドカーン」な感覚。呆気ないほど躊躇なく殺害をする能力。
少なくとも。
この室内にいた人間は、全て『破壊』された。
「邪魔だから『破壊』してあげるわ! これって『手土産』になるかしら?」
彼女の疑問に答える声はなかった。
-
東京都葛飾区。
先ほどまで露出狂の騒動が発生していた場所で、アサシンこと零崎曲識は携帯を確認する。
SNSの書き込み。
例の神隠しに関してのものに、新たな進展があった。
それがあったのは大分前のこと。
カラ松の事件で意識を向けられており、曲識もつい目を離してしまっていた。
「ふむ」とSNSの内容に目を通し、彼はマスターである飛鳥に言う。
「マスター。そろそろ帰った方がいいかもしれない。もう、このような時間だ」
曲識から携帯の時刻を見せられ、飛鳥は少しだけ日常に引き戻されたような錯覚に陥る。
この東京ではアイドルではないが、中学生であり。
偽りとはいえ家族が存在する。彼らは飛鳥の帰宅が遅れれば心配するだろう。
刺青男が――まだ捕まっていないから………
嗚呼。どうして彼の事を想うのだろう。
我ながらどうかしている、と飛鳥は残念な心情のまま言う。
「やはり中学生の身であるボクには、最低限な事しかできなかったようだ。こればかりは申し訳ない」
「いやいやいや! カラ松ガール。君は十分な働きをしてくれた! ……あぁ、その本当にアリガトウゴザイマシタ」
確かに飛鳥は服を買う財力はないし、このまま飛鳥の家にカラ松を匿える身分でもない。
むしろ、それを行えば飛鳥の家族にカラ松が通報されかねない。
だけど――飛鳥は『サンダル』だけは買えた。
非常な安価な。多分、海辺で履くような質素なサンダル。
素足でアスファルトを歩み続ける、どこかの修行僧のような体験をカラ松が回避する手助けをしたのだ。
とはいえ。
飛鳥の貴重な資金を使用したのだ。曲識は「後でマスターに金を返すんだ」とカラ松に言いつけ。
流石にカラ松のアサシン・明も同意している。
痛々しい当のカラ松も、中学生相手に有難味を感じるほど哀れな有様だ。
ところで。
曲識は、明に尋ねる。
「コートのアサシン……いや、『元』コートのアサシンとでも呼ぼう。これから予定はあるだろうか」
「予定? いや、特にはないが」
「そうか。何。聖杯戦争に関係ある件で少し時間を貰えるか、それを聞きたかったんだ」
明も現実に引き戻された気がする。
マスターの露出狂事件も十分ショッキングだったとは言え、聖杯戦争とは無縁な事に費やしてしまった。
カラ松と飛鳥も、聖杯戦争なる非現実的な単語に体をビクリと跳ねる。
格別、空気を壊すつもりで曲識も言った訳ではないのだろう。
-
冷静に、明は問う。
「だったら、マスターも交えて話合うべきじゃねェのか」
「それが少々難しい。見てくれた方が早いな」
曲識が飛鳥の携帯を使用し、ある『噂』に関してのページを開いた。
そのまま、それを明に渡す。
内容を確認した彼は、少々驚きの色を浮かべながら納得した。
「しかし、どうやってコイツを捕捉出来た?」
「僕の『音楽家』の勘。としか言いようがない。生憎、僕もこれほど情報が集まるとは想定外だ」
確かに理由としては納得できないが。
普段ならば明も「凄ェ!」「でかした!」と称賛していた場面だろう。
それに、曲識の言う想定外の理由も、色々と分かる気がしたからだ。
一連の様子を眺めた飛鳥は、邪魔にならないタイミングで尋ねる。
「ボクたちはボクたちで、大人しく家に帰った方がいいようだね」
曲識は頷く。
「そうしてくれると有難い。最悪、何かあれば念話で令呪の使用を呼びかけるかもしれないが……
マスター、もうしばらくコレを貸しては貰えるだろうか」
携帯電話を差して問う曲識に「構わないよ」と飛鳥は答えた。
順調に会話する彼らを見て、カラ松も渋々自らのサーヴァントに聞く。
「あ、アサシン。令呪?の使い方は前、話した通りでいいんだったよな?」
使用を体験した身ではない為、その確認だろう。
飛鳥同様。彼も彼なりに、最低限努力の姿勢を見せているのだ。
明は「あァ」と返事をする。
「その時は頼んだ」
「お……OK」
カラ松個人としては、令呪だろうがなんだろうが、戦争に関わりたくも無い思いで一杯だった。
だが、マスターの身分を持つ以上。嫌がおうでも関わるハメになる。
けれども、カラ松の今後を想像するだけで、先は真っ暗に思うが……
聖杯戦争は始まっている。
既に刺青男も、人喰いも、殺人鬼も、皆がみんな踊り狂うように暴れているのだ。
飛鳥とカラ松は、その渦中へ飛び込むべきか。
遠くから静観・傍観するだけに終わるか。そのどちらかしか選べない。
-
(ボクは…………)
わかっている。
二宮飛鳥は、本当はもう気付いているのだ。己の本心に。
だけど、果たしてそれは正しいのか?
怖いと思うし、不安にも思う。だけどそれはきっと自己防衛本能だと理解していた。
飛鳥がもどかしい想いを胸に秘めたまま。
二人のアサシンがどうやら何か目的があるらしく、飛鳥とカラ松に別れを告げた。
飛鳥は何かを書き込んだノートの切れ端をカラ松に渡す。
「ボクの連絡先だ。携帯電話の方はアサシンが持っているけどね」
「でかした! ……じゃない。ナイスだ、カラ松ガール!
フッ。やはり、ナイスガイなロンリーオンリーウルフにも手が差し伸べられたものだ」
なんて痛々しい反応をするカラ松を見たら、連絡先を教えるべきではなかったのかもしれない。
……が。ここでカラ松はある問題に直面した。
コートの前開き部分を抑え込む事で、露出してはならぬ場所が視えるのを避け。
なおかつ、サンダルを履いて歩け、二宮飛鳥の連絡先を入手したものの。
どうやって帰宅すればいいのだろうか?
葛飾区から自宅のある板橋区。
『カラ松 A GO GO!』を使えばあっという間の距離だが、徒歩で帰宅するにはかなりの距離。
徒歩で帰ろうにも『この状態』で長時間うろつけば、流石に不審者として再び通報されかねない。
「一体どうすれば良いんだー!」
本日二度目のカラ松の叫びである。
飛鳥も「えっと」と財布の中身を確認した。
彼女が考えたのはタクシーだった。それなら一目を気にすることなく移動するのは可能だろう。
勇気を出して、停止していたタクシーの運転手に声をかけて尋ねる。
すると、ここから板橋区へ向かうには5000円以上の料金がかかるとのこと。
非常に申し訳ないことに飛鳥は、それほどの現金は所持していない。
まるで無力だ。
飛鳥は思う。
彼女でも、決してカラ松を見捨ててもいいんじゃないかと悪魔の囁きを聞いても。
どうにか同盟相手の手助けはしたかった。だけど、何もできない。
行動しようにも……これじゃ、無力も同然ではないか。と……
-
「なぁ、アレやばくね!?」
「火事でも起きてんの?」
その時。
人々が不審者であるカラ松を差し置いて注目していたものがあった。
これのお陰で、カラ松は怪しまれてないのだろう。
「板橋ですげー火災起きてるんだって。しかも刺青ヤローの仕業とか……」
「マジ!? どんだけだよ、アイツ――」
刺青男……?
胸の脈動を感じながら、飛鳥は自然と――あそこへ向かおうかと興味を覚えていた。
違う気がする。
飛鳥は思う。
彼はきっと、火事なんて起こさない。
アサシン(曲識)が助言する通り、飛鳥に彼の共感や理解など不可能なのに。
いいや。無実だ。彼は正真正銘の殺戮者なんだ。ボクにもそれは判る。
確かめなければ……確かめなくては………
「あ……あぁ………」
火事の噂を耳にして、反応を起こしたのは飛鳥だけではない。
カラ松が痛々しいソレではなく、顔面蒼白になって身を震わせていた。
「俺の………家が………」
「え?」
-
東京都葛飾区不動高校。
もう、あと一つの授業が終わればホームルームの時間となって、下校時刻だ。
ある一年生の教室でアイリスは、彼女のサーヴァント・ナイブズから念話を受ける。
正直に奇跡的だった。
ナイブズでもその――神隠しの少女を感知するのは困難だったという。
最悪、高度の感知能力を持つサーヴァントでしか捕捉できるか否かな、異常な存在。
少女のサーヴァント・キャスター(ヨマ)も感知が困難だった。
ああだこうだ、暴言を吐露しながらもヨマが神隠しの少女と同行していたのは
ヨマ自身も少女を感知出来ず、どこかに逃げられては困る存在だったからだ。
『マスター。お前は喋る大トカゲというのを、どこかで聞き覚えはないか』
ナイブズからそのような情報を聞き、ひょっとしたら……とアイリスは一つ連想したものがあったが。
正直『アレ』が召喚されていようものなら、ナイブズでも相手が難しいのではと思う。
まだ刺青のバーサーカーの方が優しい。
他にもその大トカゲに騎乗していた幼女や、神隠しの少女のサーヴァント。
『神隠し』に合ったと思しきマスターの存在などが確認された。
情報を確かに集めつつ、アイリスがずっと悩ましくしている点があった。
それは神隠しの少女をどこに置くべきか。
真っ先に思いついた場所が一つある。
葛飾区にある『東京拘置所』だ。
ここは情報が遮断されているし、囚人たちは『神隠し』の噂を聞く機会も少ないだろう。被害者が出ないはず。
だが、少女を拘置所に身を隠すようになんて、流石のアイリスも止めた。
それこそ『財団』のような所業だと思う。
何より―――どうやらここで囚人の不審死が発生したという事件が、小さくニュースサイトに掲載されていた。
恐らく、サーヴァントが行う『魂食い』の可能性が高い。
逆に……既に『魂食い』をした場所に、犯人のサーヴァントが現れる事は無いかも……?
【[編集済み]事件の再審。被告人 フエグチヒナミ、無罪の可能性が浮上】
『東京拘置所』関係のニュースと言えば、その一つくらいしか他にはない。
しかし、ここが安全かと問われれば難しい。
先ほど噂で、遠野英治が病院で目覚め、そのまま早退したという話を聞いてアイリスは思いつく。
ならば――『病院』だ。
-
不動総合病院。
ここであれば、拘置所ほどではないが『神隠し』の噂をする場所でも、広まる場所とも言い難い。
少なくとも、アイリスの知る範囲の話だ。
もっとちゃんとした場所を確保するべきだろうが、一先ずここに少女を隠すようナイブズに伝える。
正直な話。
こうも簡単に少女を保護できたのは、アイリスにとっても予想外だったのだ。
ひょっとしたら、少女も自分と同じように聖杯を欲しがっているなら、抵抗もありえた。
少女も少女で、彼女なりの決断をしたのだろう。
神隠しの少女。
話をしてみたい節はあるが、それが叶わないのが非常に残念に思うアイリス。
不動高校にチャイムが鳴り響く。
ついに下校時刻だ。
学生寮で私服に着替えてから、まずは――遠野英治の自宅周辺の撮影でもしようか?
悩んでいるアイリスのところに生徒たちの騒ぎが耳に入る。
向こうの――板橋区で火災が発生したという話。
そこに刺青男が現れたという噂。
また不動高校一年生の少女が、彼の共犯者ではないかという信憑性が定かではないもの。
葛飾区内で大槍を持った女が暴れている。
騎士のコスプレをした男が、大槍の女性と対峙している。
そんな話。
「………」
アイリスが踵を返した。
学生寮へと真っ直ぐに帰宅。カメラを手にして、江戸川区へ向かった。
「まだ……貴方と会うのは先になりそうね」
アイリスの意志は確かなものだった。
聖杯が欲しい。願いに対する欲が並の人間よりも強い。
だからこそ、刺青男と――アベルと対峙するのは避けられないと確信している。
ならば……『もう一度』彼に勝つのだ。
ゲーム上とはいえ、一度は勝利したアイリスだから言える。
聖杯の為に、アベルに勝利するには――まだ無理だ。『棺』の破壊をしなければならない………
自由への障害に『彼』がいるなんてのは、過去の皮肉ではないか。
だけど、次は失敗しないようにすればいい。
前回はきっと。暗殺を拒んでしまったのは……失敗だったのだ。
アイリスは、彼女のやるべき方へ進んで行く。
-
【三日目/夕方/葛飾区】
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(微)、神隠しの物語に感染
[令呪]残り3画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:神隠しの噂に関する書き込みに注目しておく。
2:安藤潤也、遠野英治、アダムの自宅周辺を撮影する。
3:『棺』の捜索のため情報を集める。
4:神隠しの少女(あやめ)を匿える場所を探す。
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・神隠しの物語に感染しました、あやめを視認することができます。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
・安藤潤也と神原駿河の住所・電話番号を入手しました。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・葛飾区にある不動高校の学生寮に住まいを持っております。門限は夜10時(22時)までです。
・遠野英治の住所を把握しました。
・ライダー(幼女)とライダーのマスター(平坂)、キャスター(ヨマ)の特徴を把握しました。
また、ライダーの宝具『SCP-682』の特徴を把握しましたが、SCP-682であると確信していません。
・神隠しに合ったマスターの存在を把握しました。
・東京拘置所で発生した不審死について把握しました。サーヴァントによる魂食いと判断しています。
・板橋区でアベルが出現した噂を知りました。
-
飛鳥とカラ松は、居てもたってもいられず。自力で現場へ向かったのだ。
中学生とコート一枚羽織っただけの不審者。
誰も彼も、刺青男の存在や火災の規模へ関心が向かい。
雪崩れるように移動する人々に隠され、二人の存在は浮いたものではなくなっている。
何より―――異常な光景を目にしたのだ。
空を飛ぶ大槍を携えた女性。
炎を纏い、大槍がビルなどの建物を破壊しながら葛飾区から板橋区方面へ向かう姿……
都内を徘徊する不審者なんかより、彼女が注目されてしまった。
「ランサーだ!」
驚愕と興奮が混じった声で飛鳥は叫ぶ。
マスターである彼女は、遠目ながらもクラスやステータスを視認していた。
「うあぁ………」
あんなものと戦わなければならないのか。
カラ松は街を破壊しながら移動する狂った半神に絶望する。
彼は飛鳥とは違い、恐怖だけが渦巻いていた。
どうやらランサーも板橋区へ向かっているようだった。急がなくては、飛鳥は走り出す。
しかし、葛飾区から板橋区まで足で移動するなんて無謀だ。
それでもカラ松と飛鳥は、それぞれの理由で足を動かしていた。
興味本位で現場へ向かう人々。事件の真相を掴む為に、急行する報道陣。
現場に急行する救急車や消防車。刺青男の噂を聞きつけてか、パトカーもちらほら居る。
必死で駆け抜け、どれほど経過しただろう。
人々は再び動揺の声を挙げた。
再びランサーが遠目から確認できた。大槍はより一層巨大化しているように感じられる。
ランサーは何かを追跡しているかのように思えた。
飛鳥も、ソレが刺青男なのか。それすら確認出来ず終いである。
-
「駄目です! ここから先は火の手が回っております! 皆さん、避難して下さい!!」
彼らは漸く、東京都北区に到着した。
しかし、どうやら板橋区の炎がこちらまで猛威を振るっているらしい。
消防隊員が市民に避難を呼びかけ続けている。
同時に彼らの懸命な消火活動は、無為に終わろうとも行われていた。
だが、カラ松は黙っていられない。この先には、家が、そこには兄弟たちが――……
「俺の家は――どうなったんだッ!!?」
「な、君!? なんだその格好は!」
現場に居合わせた警察官が露出狂を確保しようとするが、そんな状況ではない。
家は?
兄弟は?
無事な訳がない。それでも確かめずにはいられない!
混乱するカラ松の代わりに、飛鳥はどうにかフォローしようと考えた。
「あの……どうやら、入浴中に避難したらしくて。こんな状態らしい」
「ん? あぁ、そうだったのか。おーい、誰か毛布を持ってきてくれ!」
この状況では警官も納得したらしく、酷い姿のカラ松は毛布のお陰で大分良くはなった。
むしろ、一変し。哀れな被害者として人々の目には映る事だろう。
カラ松は何とか警官に聞く。
「……い、板橋……今、板橋の方はどうなって………」
「あそこから避難してきたのか。そりゃ大変だったな……あそこはほとんど全焼に近い状態だ」
「………っ!!」
板橋が全焼。
自分の家も、デカパン博士の『デカパン研究所』も、何もかもが――消えた。
炎を撒いたアヴェンジャーとしては、別にカラ松を不幸にさせたい一心で行った所業ではない。
彼の殺戮者・アベルとの戦闘における些細な被害としか受け流していない。
だけど。
カラ松や、彼のような被害者たちには冗談では済まされない。
こんなもの納得できない。
幾ら偽りであったとしても、安心できる家や家族を失ってしまったのである。
対して、飛鳥は違う。
飛鳥はカラ松に何一つしてやれない。家族に相談して、ある程度の支援を施せるかもしれないが。
そんなもの意味はなかった。
感謝をしてくれても、飛鳥を妬ましく思う事だろう。
飛鳥は少女でしかない。そんなものに耐えられるほど出来た人間ではない。
未熟な人間だ。
しかし、思う。
自分は――優しい世界で生きてきたのだ、と………
だからこそ、聖杯戦争に不安を抱くのは当然なのだ。ずっと、そこで暮らしてきた。
-
飛鳥もカラ松と同じく、現場から避難を余儀なくされる。
彼女の方はここらの住人ではないが、そのまま避難所に案内された。
悲しみと恐怖、孤独、空虚に満ちた人々で溢れ返っていた。
最初はこんなものだろう。
いづれは、刺青男に恨みを抱いたり、やるせない苛立ちを誰かにぶつけたり、不満を漏らしたり……
地獄のような光景が続く事だ。
きっと、明るい気分にさせようとライブを行えば、逆に帰れと罵倒されるに違いない。
「くそ……! なんなんだよ!! 警察は早くあいつを捕まえてくれよ!」
違う。
刺青男は――火災なんて起こしていないはず。
彼は蛮人であり勇敢な殺戮者なのだ。
ここで沢山の生贄を殺し尽くしたに違いない。だけど……飛鳥は手を握り締める。
こんな事はしていない。
自然と『彼』を調べていた飛鳥だから分かる。
彼は優しい感情なんてないし、どこか良心が残っている訳でもない。
だけど――何故だろう。どこか惹きつけられる魅力は、確かだった。ただの犯罪者なんかじゃない。
彼は確実に人類を殺戮するが、今回のような所業は行わない。
こればかりは無実なのだと――それを主張する勇気も、立場も、飛鳥にはなかった。
鞄の中から、どこかの誰かに似た名無き人間から貰った香水を取り出す飛鳥。
「……志希」
キミも『彼』が怖いと思うだろうね。
ボクもそうさ。
きっと『彼』はこの世の誰よりも、あるいはどの英霊よりも恐ろしい。
それでもボクは『彼』と向き合わなければならないんだ。
同じ舞台に立つ役者として……かな?
ボクはまだまだ未熟だ。人間としても、アイドルとしても。
ヘルマン・ヘッセも云っていたかな。
『卵は世界』だとね。生まれる為には殻<セカイ>を破壊しなければならない。
ボクは………
「ボクは―――行くよ」
卵の中は安全さ。
だけど、それじゃいつまで経っても飛び立てない。
ボクは往こう。誰でもない、ボク自身の為に。
例え誰が望んでいなくても、『彼』がどうでも良くとも。ボクは納得していないんだ。
こんな人々の受け入れ方は……駄目だ。知るべきなんだ、聖杯戦争というものを。
手段は分からない。暗雲がかかって光すら望めない。
それでも。
ボクは彼らに『伝えたい』。誰かに『伝えたい』んだ。アイドルがファンに歌を届けるように―――………
-
□
殻<セカイ>を壊して、鳥は飛び立つ。
◆
-
「気のせいか」
曲識は周囲を見回していた。
彼は、枯れ草に鉄錆を混ぜ合わせたような独特な香りが鼻についたような気がした。
その正体は、単純に都会の悪臭か何かだと判断する。
曲識と明は葛飾区から距離を取り始めていた。
サーヴァントの足を以てすれば、短時間でこれほど移動するのは造作もない事。
遠くの方面で、何やら黒煙が立ち上っているが、明は一先ず話を進める。
「代々木公園か……」
明もまた日本にいた人物だ。
その名に覚えがあるし、それが渋谷区にあるのも記憶に残っている。
例の神隠しに関する書き込み……あれが事実ならば、キャスターが陣地を張っている可能性がありえた。
「コイツの攻撃手段が『神隠し』というのが厄介だな。直接、相手をするよりもマスターを狙った方がいいかもしれねェ」
今は影響がないが、サーヴァントも『神隠し』しない保証はなかった。
特殊な能力を持つ相手を、無暗に刺激するよりかは。
いっそのこと相手にはせずマスターを狙う作戦……普通なら曲識が「悪くない」と返事をしそうだが。
引っ掛かりがあるようだ。
「『元』コートのアサシン。『少女』を何だと思っている?」
「サーヴァントだろ。お前もそう思って、俺に情報を差し出した筈だ」
「サーヴァントと判断するか、それも悪くない。
僕はてっきり彼女は『アサシン』かと思っていた。『キャスター』というのは……まぁ一理あるだろうが」
「……そうだな」
神隠しが本領と聞けば、明も曲識と同じく少女が『アサシン』ではないかと思う。
現に、この二人は同じ『アサシン』なのだが。もう一人くらい『アサシン』が召喚されていても……無い話ではない。
実際、書き込みで返事をした内容に使用されたクラスは『キャスター』。
どうにも、曲識は受け入れがたいらしい。
「クラスを疑うにしても『神隠し』の能力は分かっている。警戒する必要はない」
「必要はあるぞ。キャスターなら、僕たちは陣地の破壊を優先するべきだ。候補は勿論、代々木公園。
最悪、既に罠を張られている可能性は否めない。だが、それはキャスターであった場合だ」
「……だが、陣地そのものが『神隠し』の領域を示しているかもな」
「ふむ、その辺りは不毛の論争になりそうだ。話を切り替えよう」
決して明も曲識も、真っ向勝負ができないサーヴァントではない。
しかし『神隠し』という特殊な能力を相手に、真っ向勝負など難しい話だった。
簡単に行くか?
無論。曲識もそうは思っていない。
むしろ、彼は――神隠しの少女を殺害する意思が強かった。
-
少女しか殺さない殺人鬼。少女趣味。
だからこそ、あえて――神隠しの少女を殺害する隙を狙っている。
曲識は続けた。
「マスターを狙う作戦は上手くいく保証はない。最悪、サーヴァントに捕捉された場合の作戦を決めておこう」
あまり信頼しきっていない相手に手の内を見せるのは、明も気が引ける。
同盟を組む以上、ある程度の情報公開は止む負えないとしても。
最小限の情報だけ明は告げる事にした。
「俺は……真正面からある程度やりあえる。お前は『音』でどこまで戦える?」
曲識は少々思い詰めた様子で答える。
「生憎。衝撃波を出せる楽器が手元にない。可能なのは、警察にしたような心身操作ぐらいだ。
尤もそれを敵に行うか、あるいは……」
「?」
「いや、止そう。敵に精神操作を遮断するスキルがあっては、僕にも操作(足止め)が不可能だ。
それ以外では音で足音をかき消し、気配遮断の精度を高められる」
曲識にも明を音で操り、戦闘させる。
そんなスタイルも取れたのだが、明は曲識を信用しきってはいない。許しはしないだろう。
明の方も、曲識の『音』に警戒している筈。
サーヴァント故、可能な長距離移動だったがついに終わりが見えた。
明が既に日が暮れ始めた空の下。あれだろうと指示す。
「見えたぞ。代々木公園だ。……何か様子が変だな。既に戦いが終わった後か?」
気配遮断を纏ったままアサシンたちは渋谷区へ到着した。
周辺にいる彼らから聞けば、把握はできるだろう。
……が。
情報は嫌というほど入手できるこそ、訳の分からなさが広まって行く。
明も奇天烈な化物を相手にしてきた戦士であるが、それにしたって異常なものだった。
「でけェトカゲに女の子が乗っていたらしい。ライダーにしても変な奴だ」
「女の子か。悪くないが、果たして年頃はどの程度だ?」
「幼稚園児ほどの子供……少女というよりは『幼女』だな。神隠しの少女とは別人だろう」
「幼女……」
少女を殺害するのをモットーとする曲識でも、幼女というのは微妙だった。
何でもかんでも幼い女の子だけであればいい訳ではない。
言語が理解できるかも怪しい年頃の子ども……悪くないが……
今は、神隠しの少女だ。
大トカゲに騎乗した幼女の目撃がある以前に、この渋谷区内でガス爆発が発生したと聞く。
少なくとも、まだ近辺にサーヴァントが潜伏してても可笑しい話ではない。
-
下品な『青』が痛々しい『赤』へ、そして『黒』に塗り替えつつある頭上。
空は厚い雨雲に覆われている。
隙間から夜空が見え隠れするが、今晩は美しい月が望めないようだ。
曲識はふと呟く。
「天候が崩れ始めたのは最近らしい」
「天気? なんだ。変な話の切り出し方をしてきて」
聖杯戦争とはあまりに無縁な天気の心配なんて、明は一切していない。これは当然だろう。
曲識も、格別確証を得たつもりではない。
世間話程度のつもりなのだ。
「一部地域では氷点下を観測したと云う。あまりに『春』らしい気候とは思えない。
もしかすればサーヴァントの仕業……それも悪くない」
「何が言いたい。まさか、天候を操るサーヴァントが居るとでも?」
「そうではないんだ。『元』コートのアサシン。僕たちはある可能性について語り終えていない」
「どうして先にそれを話さなかった」
むしろ渦中へ到達する以前に話し合うべきだろう。
明が曲識に対する疑心を強める一方、燕尾服を着こなす音楽家は至って冷静だ。
「あまりに低い可能性だったからな。正直、話す必要性がないと僕は判断してしまった。
マスターやサーヴァントをただ捜索するのも飽きるだろう。その暇つぶし程度に聞いて欲しい」
例えるなら音楽を嗜むように。
曲識が話そうとしているのは――些細な天候の変化がサーヴァントの仕業では? と云う。
それ程、信憑性のない話。
そういう意味だ。
明は仕方なしな様子で、言葉を傾ける程度にしようと判断する。
「神隠しの少女が『マスター』という可能性だ」
「それはないだろう」
「だから、僕も話さなかったんだ」
成程。明も頷いた。
「しかし……少女のサーヴァントがキャスターで、あのような書き込みをしたのなら。それはそれで合点がいく。
僕が『あの噂』に注目したのは、少女の『詩』とそれを称賛する内容が理由だ」
数多の噂の中で、例の噂だけが浮いている気がした。
それが曲識が書き込みをした動機。
曲識も、少女こそがマスターで、サーヴァントが傍らにいるのを想像できたが。確証はない。
可能性の一つでしかない。
現実的に考えれば『怪異』そのものがマスターになるのは規格外だった。
「その説に自信はねェのか」
「悪くないと思うくらいだ」
曲識の返答では程度の具合すら測れない。結局、自信がないのだ。
明も「まァ。最悪ありえるか」としか聞き流していなかった。
-
だからこそ、マスターと思しき群衆の方に視線を向け、魔力の程度を伺うのに意識を集中してしまう。
気配遮断を纏っているとはいえ、彼らも実体化している以上。視認は出来る。
何かの切っ掛けがあれば、人々にも目に入る。
そして――
「おい……お前ら………何、してやがる……?」
低確率の可能性。
それに気付いた時には、明は近くのビルの屋上から見降ろす魔法使いの姿を視認した。
―――あれは杖! まさか……キャスター!? だが、公園から離れている。どうしてここにまで!?
明は、疑問が尽きないものの。今は、曲識に教えてやるべきだった。
夕刻。
この時間は太陽も月もある。
故に、どちらの恩恵も受けづらい絶妙な時間帯でもあった。
それでも光はある。
明が発見したキャスター・ヨマは戦闘態勢を取ろうとしている。
咄嗟に、明は丸太を出現させ、曲識に伝えた。
「キャスターだ! まさかと思うが『神隠し』のサーヴァントかもしれないぞ!!」
「……確かめてみよう」
確かめる? 律儀に「神隠しの少女のサーヴァントか?」なんて質問をするんじゃねェだろうな。
と、明は曲識に不安を覚える。
予感は的中しなかった。ある意味、それを凌駕する内容だった。
「あの噂を書き込んだのは、お前か? 随分と彼女の『詩』を褒めていたようだが、彼女にそれを伝えたのか?
折角の機会だ。お前の代わりに僕が彼女に、お前が書き込んだ噂の内容を教えてやろう」
よりにもよって。
先ほどまで幼女と怪物相手に苛立っていたヨマに対し、
曲識の挑発的な発言は決定的な理性の切れを引き起こすものであった。
静かな怒りを込めた声色でヨマが答えた。
「殺すぞ………!」
「良し。『元』コートのアサシン、奴は間違いなく『神隠しの少女』のサーヴァントだ」
明は素直に思う。―――酷ェものを見た。
かくして予想外な形で戦闘の火ぶたは切られる。
-
――――『串刺城塞(カズィクル・ベイ)』――――
猟奇的な槍の投擲によって、ヨマは貫かれた。
そう。
曲識も『キャスター』や『神隠しの少女』に意識を向けすぎたせいで、記憶の片隅に追いやっていた。
決して、忘れたわけではないが。警戒を疎かにしていた。
ランサー。
神隠しの噂に書き込みをした、他の主従の存在。
満を持して真紅の武人が、殺人鬼と戦士……それから魔法使いの前に登場を果たす。
「他愛も無し! 恩恵も得られぬ身ではこの程度か、汚らわしい魔術師。
ならば―――そこの新手よ。貴様らの方は骨のある奴か、否か……!!!」
怪物じみたランサー相手に、明の持つ丸太はあまりに場違いな武器だ。
それでも、明はどこかでランサーに丸太が通用するかもしれないと感じ取る。
そして、音楽家でありながら殺人鬼でもある曲識は、最悪最低な状況下であってもマイペースに口上を告げた。
「零崎を始めるのも、悪くない」
-
前編の投下を終了します。タイトルは「考えろ、マクガイバー」となります。
-
中編を投下します
-
何だか騒がしい……気持ち良く寝たいのに………あれ?
どうして寝ているのだろうか? 確か、バイト先がサーヴァントに襲撃されて……それから………?
トド松は、我ながらビックリしていた。
いつの間にか自分は熟睡していたのである。慌てて飛び起きようにも、表現できぬ疲労が圧し掛かった。
トド松自身それを『魔力消費』による疲労とは知らない。
そうだ。トド松は思う。
サーヴァントの一件もそうだが、カラ松の事件で誤認逮捕されて――今は警視庁に……?
「え? ええっ?! な、何これ………」
起床したトド松は、現状を視認したことで素っ頓狂な声を上げる。
近くにいた鮫のような歯の警官が「静かにしろ」と小さな警告を向けた。
周囲の警官・私服警官と思しき人間も、トド松に対し無言の威圧をかけてくる。
にしたって説明が欲しい。
トド松は、いつの間にかかけられている毛布を避け、身を起こす。
現在位置は先ほどまで居た待合室で、間違いはないだろう……恐らく。
それでも、原型が留めていない。
トド松が横になっていたベンチ以外は、廊下側に集中するかのように移動させられ。
まるで周囲は籠城する形を取っているかのようにベンチは積み上げられていた。
警官と刑事たちは平然と拳銃を手にしており。
他にも巻き込まれた?らしい一般人がちらほらと体を震わせていた。
中には、一階の受付カウンターにいた女性警察官の姿もある。
小太りの女性警官と思しき者は「これバイオだ。完全バイオ」とゲームの話題をブツブツと呟く。
「目覚めたかね」
「っ!?」
そしてトド松に声をかけるは、紙袋を被った件の不審者だった。
皆が皆。雰囲気的にも話しかけにくい状況の為、仕方なく彼から話を聞くことにしたトド松。
「あ、あの……これって一体」
「どうやら警視庁内にテロリストが現れたようだ」
「テロリストォ!?」
トド松が大声で叫んでしまった為、眼帯をした女性警官が「しー!」と慌てて声をかけてきた。
まさか、まさかとは思うが――刺青男? 人喰い? どちらだ??
口元を押さえながらトド松は、謎の覆面男に尋ねた。
「それって、あの刺青男ですか? それとも……」
「ふむ……私も信じられないが……ここに潜む悪とは少女なのだ」
「少女。て、あの人質の?」
「残念だが。私は人質となっている少女の『声』は聞いたことがなくてね。そこまでは分からない」
-
意味深な言葉を漏らす覆面男。
なんであれ、テロリストが少女なのは信用できない証言だ。
しかし、目撃者らしい女性が小さな声で言う。
「ホントよ。その人の言う通り……小さい女の子が炎を出したり、周囲にいる人たちがいきなり爆発したみたいに……」
不安を煽るような真似は止して欲しい。
そう言わんばかりの冷たい視線を向ける泣きほくろが特徴の青年がいた。
彼は私服だったが拳銃を所持している為、恐らく刑事か何かだろう。
眼帯の女性警官は、泣きほくろの青年に「やっぱり」と小さく声をかけてくる。
「瓜江くん。みんなを避難させるのを優先させた方がいいんじゃ……」
「(何を言っている)奴がどこにいるかも分からない状況で、無暗に行動する方が危険だ(俺が奴を仕留められない)」
鮫歯の青年が緊張を全面に出しながら、言葉を漏らす。
「ついてねぇー……こんな時にサッサンが居てくれたらなぁ~~~」
肥満気味の女性警官も「ママン……」と悲しみの帯びた声を呟いた。
緊迫した空気の中。トド松は茫然としていた。
無論、自分に出来る行動なんてのは他の一般人同様、静かに。大人しくしているくらいだ。
だけど、このままでは自分も殺される!
その時。
トド松は思い出した。セイバーの存在を。
情けないマスターである。こんな状況をサーヴァントに頼るなんて……否、頼るしかない!
セイバーがどのような強さを誇るかは知らないが、最早手段がそれしかなかった。
自分が頑張れば……ここにいる人たちを救えるのでは……!?
別に、トド松は正義の味方になりたい訳ではない。
だけど……このままでは自分も死ぬから。
他人よりも自分を優先させる節はあったが、自分ならこの状況を打破できると確信したのだ。
「セイバーちゃん! お願いがあるんだ……!!」
しかし。返事はなかった。
「あ、あれ? セイバーちゃん!?」
「どうかしたのかな」
代わりに返事をするのは覆面男だけだった。
トド松は不安が過った。もしかしたら、自分が寝ている間に何かが……セイバーは無事なのか?
教えて貰った念話で話を試みるも、返事がない。
カラ松の一件で意識を逸らしたばっかりに、そう思えばトド松はセイバーに対し申し訳なさが込みあげた。
すると。
覆面男が何かに反応し、呼びかける。
「向こうから来るぞ!」
-
変人の戯言かと警察たちは即座に反応しなかったが、ベンチの隙間から奥の方に人影が。
紛れもない――少女の姿がチラリと映った。
彼女がテロリスト?
泣きほくろの刑事が、隙間から的確に射撃を行う。
しかし、彼女に命中したとは思えない。
「なっ(ハズした!? 馬鹿な)」
「瓜江くん!」
次の瞬間。
ベンチが『破壊』された。グシャグシャに破壊されたとか、そういうレベルのものではない。
積み上げられたベンチの一つが木端微塵。大気に漂う粒子状に変化してしまう。
そのままドミノ倒しの如く、他のベンチがバランスを崩し。少女が姿を見せた―――
「――――って、セイバーちゃん!?」
何と、それはトド松のサーヴァント・セイバーだったのだ。
あの特徴的な翼に服、容姿からして間違いない。視認すればステータスだって把握できる。
トド松の反応に周囲がざわめいた。
覆面男も態度を一変させる。
「まさか、君も悪の手先だったというのか!」
「(クソッ、俺としたことか!)六月! まずはそいつを押さえろ!!」
「うん!」
「え!? ま、待って! 違うよ! これは何かの間違いで――」
言い訳する前に、眼帯の女性警官に抑え込まれるトド松。
しかし、何かの間違いだ! セイバーがあのような事をする訳がない!!
トド松は必死に訴える。
「セイバーちゃんが犯人な訳ないよ! 僕だってテロリストなんかじゃない、信じて下さい!!」
「……トッティ」
セイバーの瞳は憐れむかのようで、猟奇的だった。
吸血鬼としての本性が丸出しとなった今、当初は邪魔だから警察を『破壊』しようとの目論みが。
ただの殺戮行為へと変貌しているセイバー。
彼女は、静かに右手を翳した。
-
「邪魔なら、その人間。壊すわ」
「え!?」
壊す。
まるで人間を『生物』と見做していないかのような表現だ。
本当に? 一体どうして?
セイバーの狂った思考回路を読みとる術は、トド松にはない。制止しようとも彼女は止めない。
動機なんて『そんなもの』だ。
結局は、吸血鬼である彼女は人間を壊したいだけなのだろう。
「やめ―――」
人殺しなんて、そんなこと!
トド松がセイバーを止めようとした矢先。この空間に、突如として幼女が出現したのだ。
誰もが、霊体化の解かれたサーヴァントをそうとしか判断できない。
幼女は正真正銘の英霊。
トド松が視認すれば『ライダー』であると把握できる。
否。
幼女が英霊とは、どういうことなのだ!?
ライダーである幼女も、マスターである覆面男こと平坂黄泉の魔力を探り当てて、ここに到着した。
助けに現れたのではなく。
魔力が回復し、新たな遊び相手を発見した程度の認識しか、彼女はない。
それはセイバーの方も同じだった。
「サーヴァント! 初めまして、一緒に遊んでくれるのかしら?」
これだけ聞けば純粋な子供のようなセイバー。
実際は猟奇的で残虐性を兼ね備えた吸血鬼であった。
一方の幼女は、セイバー以下の子供。
知能も能力も優れているとは言えず、悪意なき悪意を兼ね備えていた。
マスターである平坂は彼女(幼女)の存在に気付き、咄嗟に対処しようとしたが………遅い。
彼女は召喚してしまったのだ。
召喚を終えた瞬間。
『史上最悪の怪物』によって警視庁内部が更なる崩壊を招かれる。
警察たちは茫然とし、肥満気味の女性警官が「レッドハーブ! グリーンハーブ!!」と意味不明な悲鳴を上げた。
トド松らが居た場所は強引に召喚された怪物により、天井が崩壊する。
既に内部の人間はセイバーが破壊、食いつくしたが。
いよいよ建物すら破壊されていった。
-
山のような巨体に騎乗する幼女。
不死身の爬虫類。
それらを前にし、狂気の笑みを浮かべたセイバーは、眼帯の女性警官に向けた右手をそちらに向けた。
幼女と爬虫類。
どちらを『破壊』しようか?
愉快に選択する余裕は―――なかった。
セイバーが右手を翳した時。
怪物は軽く前足のかぎ爪を振るえば、その右手が吹き飛んだのだ。
「え?」
セイバーは吸血鬼だ。
人間よりも強い。驚異的な身体能力と魔力。自らを蝙蝠に変化させ、霧状になれ、再生能力も優れている。
それでも何故か弱点の多い種族。
けれども夜になれば最強の種族。
嘘ではない。
だがしかし。
彼女の知る世界は―――狭かった。
眼前にいる爬虫類は、古今東西から集結した異常性のある存在を収容、確保、保護する組織にて。
ありとあらゆる手段を以て『破壊』しようとしたが、『破壊』が叶わなかった。
同じくして、自らに対する脅威を覆す異常性を持つ。
吸血鬼を軽々と凌駕する、正真正銘の不死身の怪物。
「うわあああぁぁぁあぁぁぁあぁーーーーーーーーーーーー! セイバーちゃん!!」
トド松は文字通り。一瞬にして半身を抉られたセイバーの残骸を目にしたのだった。
-
東京都渋谷区。
ここでは二騎のアサシンとランサーの戦いが開始されていた。
『元』コートのアサシン・明は、アサシンの身でありながらもランサーの槍捌きについて行く。
事実上、サポート(後続)に属さなければならないもう一騎のアサシン・曲識は。
じゃらん! と音を立てている。
黒色のマラカス。
零崎曲識の異名『少女趣味』をつけられた唯一無二の楽器。
彼が行える所業は、少々限られていた。だけど、それを成し遂げる為、明はまだランサーと応戦を続ける。
曲識のサポートがあるとはいえ、明も彼独自にランサーを仕留めようと丸太を駆使し、挑んでいた。
「ふははは! 棒きれのようなもので、よくぞオレと渡り合えるな!!」
「くっ……」
―――駄目だ! リーチが長すぎる!! これじゃ、懐に踏み込めねェ!
当然のことだが。
明が手にする丸太と、ランサーの槍。
どちらもリーチのある武器。それらの攻防を繰り広げれば、武器裁きに委ねられる戦いを強いられる。
あらゆる物も工夫し、武器として扱って来た明でも。
槍使い相手に間合いの鬩ぎ合いが勝ると過信はしていなかった。むしろ、逆にやられる。
ならば……明は奇策に賭けた。
「ここだ!!」
「!」
それは槍の先端を丸太の横面に喰い込ませる事。
宝具だが、されど丸太は木製……矢先は丸太に突き刺さる。だからこそ!
明が強引に丸太を押し込めば、貫通した。そのまま槍の柄も丸太に貫通させ、明はランサーに接近。
義手で丸太を抑えつつ、空いた手には無銘の刀を抜いていた。
「そう来るか。ならば―――」
不敵に笑ったランサーが魔力を集中させた。
明の足が止まる。
無数の槍が、彼の足もと――地面から成長したかのように生えてきたのだ。
まさしく串刺しになった明は、激痛もそうだが。身動きが効かない状態となる。
そして、曲識にも異常が発生した。
奇妙な脱力感。力が吸い取られるような……?
事態に気付いたのはランサー。
「貴様。オレの槍の影響を受けるとは、ただの音楽家ではないな?」
-
見透かされたような感覚を抱く曲識だったが、あくまで戦闘に集中することにした。
あの槍は攻撃手段だけが目的ではない?
攻撃を受けてしまっている明に『影響』があるか定かではない。
しかし、それ以前に明の状況は最悪そのもの。
曲識は『じゃらん!』とマラカスを鳴らしながら、ランサーに言う。
「そういうお前こそ、余裕を保っているようだが……この際だから言わせてもらう」
「?」
「あの『キャスター』は―――まだ生きているぞ」
曲識は、ランサーの心身操作の準備を整えただけだ。
マラカスと声による精神的揺さぶり。
曲識は明に対し、攻撃をしかけるよう呼びかけ……なかった。
違う。違ったのだ。
ランサーも曲識のハッタリに引っ掛かるほど、軟ではない。
精神的にも彼の『ヴラド三世』たるランサーが、それで動揺を見せる事は無い。
ランサーがわずかに隙を見せた理由。
それは本当に、キャスターが―――死神ヨマが生存を果たしていたからだ。
「!?」
雲の切れ間からスポットライトのように月光が差し込み、彼らの付近に佇むヨマが露わとなる。
『串刺城塞』の槍を物ともせず、引き抜いたヨマは。
ランサーにとっては想定外な事に、傷の回復が始まっていたのだ。
「キャスター!? 貴様、『太陽』のない今。何故、立っていられる!!」
「俺の『魔法』を……理解したつもりか……?
あぁ……だからノコノコ現れやがった……訳だな……はははは………そいつは、残念……だったなぁ!!」
死神の目的は『死』を与える事。
その為だけにこの舞台へ登場を果たしたのだ。
アベルが殺戮を担当し、アイザック・フォスターが殺人を担当するならば。彼はただ『死』という概念そのもの。
今こそ。
月の光を纏う艶やかな花となる―――
――――マテリアル・パズル 『ムーン・アデルバ』――――
『月下光刺態』
-
太陽ではない、月光を吸収したヨマの肉体には目で分かる通りの変化が起きる。
髪色が黒に変化し、肉体は幾何学的なパーツに変貌しており、それらが浮遊した状態だった。
それらを目撃した曲識たちは茫然とする他ない。
ヨマの手の内を知ったつもりだったランサーは尚更。
ついに真なる力を解放したヨマは、猟奇的ではなく何も私怨すらない虚無感を抱く。
死神は、高笑いを上げた後。
幾何学的になった右手に魔力を溜めこむ。
誰しもが悪寒を覚えたが、誰よりも早く行動を取ったのは曲識である。
曲識は逃げた。
重要なのは『どこへ』逃げるかである。
彼の逃亡先。それはランサーの懐。正確には、ランサーが展開した防御壁。
明に攻撃したようにランサーの槍は壁として展開され、もはや奇怪な風貌のヨマの姿を視認できる状態ではない。
それでも、曲識だけではない。全てのサーヴァントが感じ取っていた。
ヨマの強大な魔力を!
防壁に守られている明とランサーの元へ、曲識は飛びこむ。
『逃げの曲識』という情けない異名を持つ彼の本領が垣間見えた瞬間だった。
そして―――………
――――『ダイアモンドプラズマ』――――
放たれる月光エネルギーによる光線。
曲識たちだけではない、周囲の建造物、周辺にいた人々。
その直線上、数十メートルにかけてあらゆる有象無象が破壊された。
太陽の恩恵を受けた場合とは異なる、本来のヨマの能力。彼の魔法は月光の吸収こそが完成形であった。
ランサーの弱点になりえてしまう『太陽』が、逆にヨマを仕留められるとは。
彼のマスターですら予想していなかっただろう。
砂煙が晴れた先には何もない。
ランサーの槍も、二騎のアサシンも。全てが消え去った。
周辺をパトロールしていた目障りな警察、まだ残っている周辺住民。学校などで残る他なかった人々。
平等に死を与えられた。
死神はそれに満足感を抱く。
-
「やっと目が覚めた。相も変わらず、世界は美しい……」
明るく、美しい。艶やかな世界。それが死神ヨマにとっての真の世界。
夜こそが自分のあるべき時だったのだ。それを死ぬ間際に知ったのだが………
ヨマは高揚に満たされていた。ふと、彼は思う。
むしろ、忘れかけている。晴れやかな気分に暗雲がかかるような最悪を覚えながら、ヨマは念話をした。
『マスター。今はどこにいる』
(……えっ………えっと、きゃす……たー?)
念話先のマスターは、どこか困惑していた。
当然だ。
燦々たる太陽を浴びながら、ギトギトしい態度で純粋な悪意を胸に虐殺していたヨマとは違う。
まるで別人だった。毒が抜けすぎて、声色や態度すら変化してしまったのだから。
(……その………近くには……いない………です…………)
『そうか、ならば問題ない。俺の魔力くらい察知は出来るだろう? お前は近づかない方が良い。
巻き込まれて死にたくなければ……の話だがな。俺はやるべき事が出来た』
(………)
念話相手の少女は、淡々と語るヨマに対し無言ながら何か伝えたそうだった。
ヨマは上空に浮遊し――渋谷区に隣接する新宿区と港区。
それらの向こう側に位置する――千代田区へ目をつけていた。
ヨマも、ただSNSに噂を流したりする程度の事ばかりしていない。
「アリを踏み潰すよりも、アリの巣を根こそぎ潰す方が効率的だ」
-
東京都葛飾区にある不動総合病院。
セイバー・ナイブズと神隠しの少女がここへ至るまで、他の主従を目撃していた。
少女は、発見した二騎のサーヴァントは『アサシン』であるとナイブズに教えている。
一応、ナイブズも彼らの容姿だけは確認しておいた。
向こうは、少なくとも神隠しの少女にまるで反応がない。そして、マスターの方は明らかに素人の人間だった。
間違いなく、ナイブズのマスター(アイリス)に劣る。
しかしながら。
ほぼ全裸に近い状態のマスターなど滑稽な醜態を晒している時点で、底が知れたマスターの男性がいたのだが。
あれは同盟を組むにしても、社会的に足を引っ張っていると言わざる負えない。
心底呆れたナイブズは、それを後で伝えるとして彼女と共に病院へ向かっていた。
その最中。
少女が恐る恐るナイブズに声をかけた。
「あの……きゃすたーが………」
まだ、生きていたか。
怪物の猛攻を耐え凌ぐだけでも、そこそこ出来たサーヴァントだなと感心しつつも。
ナイブズは少女に告げた。
「無視をしろ。話続けるようなら、居場所を明かさない程度に答えろ」
「は……はい………」
彼らが一目につかぬよう病院に到着した時だった。
一台の救急車が、かなりのスピードで病院の敷地内を走り抜け、停車。
一人の少年が運ばれようとしていた。
「あ………」
少女にも、ナイブズにも、遠目から十分すぎるほど感知できた。
あれは紛れもなくマスターだ。……と。
先ほどまでバーサーカー(ジェイソン)と死闘を繰り広げていたマスター・ジークは、何の因果か。
この不動総合病院に搬送されていた。
少年(ジーク)の傍らにサーヴァントがいないとも限らない。
まだ、無暗に手を出すべきではないか。ナイブズが判断していた中、少女が一つ。おどおどしく尋ねた。
「………あの……一つだけ……………令呪、というのは………」
「…………」
-
令呪。
アサシンの主従たちの会話に登場した謎の単語。
疑問に思った少女は、子犬のように怯えながらナイブズに質問するしかなかった。
聞けるのは彼だけだった。
ナイブズも、令呪の存在をマスターに伝えていない為、少女のキャスターも似た理由かと察する。
しかし、彼は至って平静であった。
何故なら……この少女はナイブズのマスター(アイリス)とは会ってはならぬのだ。
向こう(アイリス)が一番にソレを理解している。
例え、少女に知られたところで支障はない。
「マスターに与えられるサーヴァントに対する絶対命令権だ。
令呪を全て失えばマスターは死にたえる。事実上、二度だけ使用可能なものだ」
「……え?」
やはり存在を知らなかった少女は、意外そうな反応をした。
ナイブズでも、それは予測できる程に。
絶対命令権。
即ち、可能であれば如何なる命令であってもサーヴァントは従わざる負えない。絶対服従のもの。
少女は驚きながらも「あの」と、ナイブズを見つめる。
鉄仮面の彼は、少しだけ顔をしかめた。
「俺は―――何も言わない」
そうだとも。
ナイブズは少女に「キャスターを自害させろ」と脅迫するのは容易だった。
即座にやっても構わない。
だが、やらない。
自分で考えろ。手段は教えたのだ。
ナイブズの無言の威圧が全てを語っていた。
神隠しの少女は……優柔不断のまま。それでもキャスターに命令できると知った今。
自分がどうにか出来ると希望が見えた。
「………私は……」
-
――――なんという(Fuck)……!?
東京都渋谷区に視点は戻る。
猛烈なヨマの月光による光線が放たれた場所から、距離を取った位置にいたランサーのマスター・カナエ。
その距離からでもヨマの攻撃の脅威を思い知らされた所だ。
放心が解けたカナエが念話でランサーに呼びかける。
(ランサー!)
『―――マスター。そこから離れよ。キャスターは移動を始めたようだ』
(貴様は、どうなっているのだ!)
『生憎、無傷とはいかぬが無事ではある。まだ戦える……が』
(………ッ?)
ランサーは、消し飛ばされたのではなく。吹き飛ばされたに近かった。
サーヴァントならではなの耐久性。槍の防壁も相まって、ランサーだけではなく。
防壁の内側にいた明や曲識も、息も絶え絶えでボロボロの状態なものの。
無事とは呼べぬが、全員生きてはいた。
体勢を整える為、仕方なしに彼らは物影で息を潜め、ヨマが移動するのを見逃していた。
「ハァ……ハァ………すまない。助かった」
緊迫感を張りつめたまま、明が言う礼に対し。ランサーは素っ気なく答える。
「勝手に助かったの間違いであろう」
――――奴(キャスター)め。どこへ向かう……?
ランサーは睨みを利かすが、どういう意図かは不明のまま。ヨマは渋谷区から離れようとしていた。
上空に浮遊を続けている様子だったが、最悪。見失いかねない。
追跡するならば、今すぐにも行動しなくては――
ここで明が制止をした。
「待て。ランサー……ここは共闘をしないか」
「断る」
-
呆気ないほど即答をしたランサーだったが、明はまだ食い下がる。
「あんたはキャスターを倒しきれるほどの能力を持っているのか? それなら話は別だが……違うなら、俺達も協力する」
唐突に切り出した話だが、曲識もそれに反論しない。
ランサーも最初は興味ない様子だったが、明は話を続ける。
「ハッキリ言って、俺はキャスターを倒しきるほどの力はねェ。だからと言って、見逃す理由にはならない。
それはあんたも同じの筈だ。同盟とは言わない。キャスターを倒すだけの間でいい」
「………」
ランサーは、明や曲識の手の内を知らぬ為、アサシンの彼らがどこまで前線について行けるかも図れない。
しかし……事実として。
あれほど上空に浮遊されては、ランサーの宝具の範囲外だ。
何とかして地上へ引きずり落とすか……あるいは先手で見せた投擲による攻撃か。
どちらにせよ、もう一筋縄にはいかない状態である。
故に見逃せ……と?
『―――との話だ。マスター』
(………)
念話でそれらを把握したカナエは、遠目ながら上空を浮遊するヨマを確認した。
方向は……新宿区か。あるいは港区。
港区にはカナエの自宅(とされている場所)があるが……それが然したる問題とは言い難い。
しかし、共闘。
ランサーの手の内を把握しているカナエも、それは魅力的な話に聞こえたが。
キャスターとの戦闘のみ。同盟ではない。
いや。手の内を知られる覚悟ならば、向こうの情報も入手可能か………
(……乗ろう)
カナエの了承を受け、ランサーもふと些細な疑問を二騎のアサシンにした。
「マスターからの了承を得た。善しとする。そして、貴様らに一つ問う。『向こう』には何がある?」
「向こう?」
曲識がオウム返しに答えたのを、ランサーは肯定する。
「オレはこの国は知らぬも同然だ。貴様らは土地に詳しい方か」
「………」
-
それはそれでランサーの真名のヒントになりえたが、風貌からして日本の人物ではないのは誰でも分かった。
向こう。
つまり、ヨマが向かう方角。
何があるかと問われれば、新宿・港区方面としか言いようがない。
まだ彼の目的すら推測できない以上、曲識や明も何一つ答えようは……あった。
曲識は。
否、曲識だからこそヨマの目標を理解したのかもしれなかった。
「奴が目指すのは―――警視庁だ」
ヨマは新宿区などには関心はなく、それらを越えた先にある千代田区の警視庁に目的があった。
そここそ、現在の――この『東京』の秩序を保つ場所として過言ではない位置。
正義の象徴。
故に、悪としては破壊するべき城。
悪であるヨマは、それを崩壊させようとしている。邪魔だから。
セイバー・フランドールが理解したように、警察とは聖杯戦争の運行を妨げる社会的抑止力。
ルーラーが存在しない為の代用品。
しかしながら、彼らは聖杯戦争を認知していない。
非現実的なそれらから目を逸らし、ヨマとランサーの戦いをガス爆発として処理。
非現実的な人喰いの存在やアベルの戦闘力を無視し、テロリストとしか称しない。
そして、マスターであるカラ松や神原駿河を犯罪者と見なし、逮捕しようとしたのだ。
逮捕されてしまえば、いくら所在が明らかになっても暗殺するのは容易ではない。
それこそ攻撃しようとする主従も犯罪者の一員として巻き込まれる。
全く以て面倒だ。
全てを担う社会そのものと、聖杯戦争は噛み合わない。
争う必要性が皆無にも関わらず、社会そのものと戦わなければならない。
意味不明だ。
だからと言え、正義をなくしてしまった瞬間。
果たして『東京』はどうなるだろう?
警察の総本山が崩されれば、犯罪なんてし放題だ。
先導アイチが申した通り、人間は殺し放題の喰い放題。いくら人間に手をかけたところで咎められない。
だが、それはマスターだけではない。
他の人々……NPCも同じだ。
警察が消滅すれば、あらゆる犯罪が横行する。普通の生活なんて不可能だ。
正義と悪はバランスが重要である。
ある種、異常ではあるが『悪』のアベルの犯行は、善と悪と全ての抑止力になりつつある。
だからこそ犯罪者も警察の監視が厳重となった現在、逆に犯罪を行わない。
歪ながら天秤は保たれていた。
-
しかし、まさに今、秩序が崩壊しようとしている。
終わる。
全てが終わる。
死神と悪魔と殺人鬼と人喰い、殺戮者によって平和は終わりを告げようとしていた……
カナエが静かに問う。
(魔力はどれほど残っている)
『ふむ……奴の一撃に対する防御や先ほどまでの戦闘を含め、半分程度は削がれたかと』
カナエは、正義の味方ではない。
平坂黄泉が睨んだ通り、どちらかと言えば悪だ。更には人間ではない。
けれども……ヨマが為そうとするモノの結果ぐらい理解していた。
(令呪を一画分くれてやろう。その代わりに――奴を必ず仕留めろ、ランサー!)
カナエの意思は、正義でも、良心でも、善でも、悪でもない。
私怨でもなければ、憎悪でもない。
ましてや――自身の為でも、聖杯の為ですらなかった。
愛だ。
カナエの行いは全てがある存在への愛に昇華していた。
聖杯戦争に参戦しようとする意欲も、結局は愛が為。
その愛こそ、皮肉にもランサーが失ったものだった。
-
東京都千代田区、警視庁。
『トッティ! 魔力が足りないわ。令呪を使って、令呪よ!!』
「え、あ……あああ………!? せい、セイバーちゃ、んッ!!? その……えええっ………!!?」
トド松は困惑する。
何故ならば……セイバー・フランドールは件の怪物の巨大な口に飲み込まれながら、念話でそう伝えたのだ。
しかし、怪物の牙の隙間から蝙蝠が溢れ出る。
それらが集結を果たせば、再び。傷一つない少女の吸血鬼が出現した。
怪物と幼女は、フランドールに意識を集中させた。
もはやフランドールは油断しない。
尋常ではない速度で、怪物の巨体を蹴り飛ばしたのだ。
幼女も怪物も建物の天井・床に衝突をし続け、上層階へと吹き飛ばされる。
それにより、トド松たちのいる階層も崩落の前兆が垣間見えた。
チンタラするトド松に、流石のフランドールも苛立ちを露わにする。
「早くしてよ」
「うう、う……その……令呪、って?」
「………? あ、話すの忘れてたわ。まぁ、別にいいかしら。教えてあげる」
次から次へと異常事態が発生するのに、皆が対応しきれていない。
唯一。
覆面男――平坂黄泉は勇敢にもフランドールに立ち向かった。
幼女の悲鳴。
それを耳にした平坂だからこそ判断する。
今までの惨劇を起こした犯人の正体であるからこそ、行動を取った。
歪んだ価値観だろうが、彼は彼なりに考えた末、フランドールを『悪』と見なす。
どこぞの特撮ヒーローの如く「とう!」と華麗なフォームで、平坂はフランドールに飛び蹴りを仕掛けた。
「正義を成し遂げる! 私は――悪を倒す!!」
一瞬にしてセイバーに殴り倒された。
平坂は壁に大きく体を叩きつけられると、その壁が陥没してしまう。
骨が折れたり、内出血したりなど、一見検討つかない外傷はともかく、肉体が一部吹き飛んでいないだけマシだ。
クソと舌打ちした泣きほくろの刑事が、この近距離から発砲をするが。
まるで何も起きないのだ。
「シラズッ!(動けよ!)」
「……っぁ!!」
-
指示を受けたと思しき鮫歯の警官もセイバーと応戦を開始した。
その隙に、眼帯の女性警官がトド松を抑えたまま、避難する一般人の方へ移動をする。
が。
ゲームの単語を呻いていた肥満警官が、身を震わせていた。
彼女はフランドールではない……頭上を目にしている。
「は……ひぃ……食べてる」
「え?」
眼帯の警官がつられて目をやれば―――信じられない光景が広まっている。
あの怪物は、警視庁の上層階を『喰って』いたのだ。
観葉植物から、死体、コンクリート、鉄・金属、蛍光灯、会議室の椅子や机、etc etc……
それらを『喰って』エネルギーとして得ていた。傷は癒え、体つきも先ほどより巨大化している。
フランドールは何もせずとも銃弾をものともしない。当然。サーヴァントには、現実攻撃は無意味だ。
頭上には不死身の怪物。
眼前には少女の吸血鬼。
「わ…………れ、令……呪………!」
トド松は念話で令呪について教えられた。
とはいえ、フランドールは令呪を魔力ブーストの代わりとしか説明していない。
そして――説明された通り、トド松は令呪を一つ失う。
魔力が手に入ったフランドールは水を得た魚の如く、一瞬にして怪物の元へ移動を行う。
次の瞬間から、目にも止まらぬ戦いが始まった。
吸血鬼のフランドールはともかく、巨体である怪物の方ですら光速にも近い動きで渡り合う。
どちらが劣勢かなどは問題ではなかった。
どちらが勝利したところで、何も変わらない。
失ったモノ全てはそのままなのだから。
フランドールの破壊能力を使用する寸前に怪物は怒涛の攻撃を仕掛ける。
怪物も、もはやフランドールが手を握りしめれば能力が発動するのを理解したのだ。
フランドールも、怪物の知能を察したところで、互いの―――生物としての死闘へと切り替わっていた。
怪物の叫び声とフランドールの哄笑。
それらが響き渡る警視庁内に取り残された生存者たち。
「だっ誰かロケラン持って来い! ロケラン!!」
「無理だよ、才子ちゃん! ………あんなのには太刀打ちできない」
-
本当にロケラン(ロケットランチャー)があったとしても、人智を凌駕した存在に打ち込めるか怪しい。
眼帯の警官は泣きほくろの刑事に呼びかける。
不服だが、もはや化物相手にはそうするしかない。
刑事はフランドールの攻撃を受け、またもや気絶した平坂を一瞥し、言う。
「不知! そいつを運べ。退路を作る(化け物どもに押しつぶされたら元も子もない!)」
「お、おう」
ご丁寧に階段を下りて避難しようとはいかない。
何とか工夫をして、脱出を図るのを優先させるべき状況であった。
今度は火災警報が鳴り響く。
彼らの頭上ではフランドールが宝具を解放していた。
―――『汝が継続できない炎の禁忌(レーヴァテイン)』―――
彼女の持つ杖に魔力を与える事により、巨大な『剣』を作成する。
それに魔力放出の炎が添付され、周囲を融解。大きく振るえば、レーザー状の斬撃となって怪物と幼女を襲った。
同時に、建物(警視庁)を切断する。
「うわああぁぁあぁぁっ!!?」
幸運にもトド松らを直接攻撃するには至らなかったものの。
フランドールの剣により床も、天井も、全てが崩壊してしまったのだ。
ただただ、彼らは叫ぶ他ない。
しかし、吸血鬼も怪物も、そんなものはどうでも良い。
『レーヴァテイン』による切断を受けた怪物だったが、どうやらエネルギー(魔力)の供給が追い付かず。
消滅をしてしまう。
同じく、幼女も致命傷ではなかった為、生きてはいるが、霊体化を余儀なくされた。
令呪によるブーストを受けたからこそフランドールが勝者として存在している。
「折角だから、全部壊してあげるわ!」
こんなものでは終われない。
いっそ、全てを破壊しつくし――警視庁も原型を失くす魂胆のフランドール。
「こいつは驚いた。壊す手間は省けたが……サーヴァントだな」
「!」
ソレは警視庁の外、上空に浮遊していた。
雲の切れ間から差し込む月光により、存在は視認できる。
キャスター・ヨマだ。彼の幾何学的な肉体など、フランドールは何ら疑問にはしない。
炎の剣を、ただただ本能的に振りかざす。ヨマの方は、月光により作成した矢を手から放った。
爆発。
前代未聞の事態が発生していた。
警視庁が崩壊し、爆発が起こり、警官たちは虐殺され……正義が、秩序が敗北しようとしている。
それでも。
例え邪魔であろうとも、正義は自らの正義を為す。
平坂黄泉が勇敢にフランドールへ攻撃をしかけたように―――
-
「奇跡だ! 生きているぞ、俺達!!」
警視庁内部からトド松を連行した状態の警察たちと一般人。あそこに集っていた面々が脱出を成し遂げていた。
上空では、フランドールとヨマが空中戦を開始していた。
炎を纏った大剣を振りまわす吸血鬼と、他愛もない弾幕で迎え撃つ死神。
双方の弾幕がぶつかり合い、不謹慎にも美しい花火のような光景が目に写される。
警視庁周りの道路は、交通が完全に崩壊しており。車が戦いにより破壊され、通行人も巻き添えになっていた。
「冗談じゃねーよ……あんなん………」
鮫歯の警官が放心しながら呟く。
ファンタジーな出来事に対し、聖杯戦争とは無縁の彼らはどうもしない。為す術も無い。
だとしても、最低限あがき続ける事はできた。
泣きほくろの刑事は指示を出す。
「六月! この共犯者を連れて退け!」
「瓜江くんはどうするのッ!!」
「刺青男の件で出動した警官隊に応援を要請する!(向こうが生きていればの話だが)」
「ちが……僕も、セイバーちゃんもテロリストじゃないんですっ!!」
トド松の無実の主張は虚しい。
状況的に、警視庁を無茶苦茶にした彼女の罪は明白であったのだから。
そんな彼らの元に、人外の速さで出現した男が現れる。
燕尾服の男性……いや、サーヴァントのアサシン。
真名を零崎曲識と言う存在だった。
何故、彼がここに現れたのか?
それは女性警官が確保しているトド松が理由である。
「遠目でもしやと思ったが……やはりカラ松じゃないか。何故ここに?
自力で千代田区まで来たのは自首が目的といったところだろうか。罪悪感に耐えれなかった為の自首。
悪くない。しかし、同時に僕が助けたのが無意味になるのは残念ではあるな……」
「僕はトド松です! トド松!! てか。あ、アサシン……あっ、いや。その、カラ松兄さんのこと知っているんですか!?」
「……ん?」
-
曲識はようやくトド松がカラ松ではないと理解する。
声だ。
カラ松とは声が違うと、音楽家である曲識は即座に分かったのだ。
それにしたって、曲識は次に到着をした明に問いかけた。
「『元』コートのアサシン。これはどういう事だ? こいつはカラ松の双子なのだろうか」
「……あぁ、いや………それは」
明も、いきなり曲識がトド松の方へ向かったのを、止められなかったというべきか。
ハッキリ言って、曲識に重要な情報を教えていなかったのだ。
カラ松には兄弟がいることを。
双子どころではない、六つ子の兄弟がいることを。
こればかりは、何であっても明の不注意だった。
松野兄弟の容姿は酷似しているのだ。
それだけで曲識が、うっかり話しかけてしまう恐れもあり、面倒な事になりかねなかった。
曲識を警戒するあまり、伝えるべき情報を与えず仕舞いなのに、明も後悔する。
しかも……どうやらトド松はマスターである。
状況が状況の為、明は爆音を響かせる上空を見上げて話を戻した。
「後で説明する。今はあのキャスターだ。それと……あれはセイバーか?」
「あのような空中戦をされては、オレの槍が届かんぞ」
遅れて現れたのは真紅のランサー・ヴラド。
彼の言うとおり。このままではヴラドだけではない、明も、曲識も、ヨマをどうする事はできない。
フランドールが応戦を続けているが、一般人のトド松の魔力なんて底が知れている。
恐らく、彼女の魔力も尽きかねない。
新たな謎の介入者により呆然とする彼ら(警察)を余所に、明は考える。
-
「くっ……何かないか。ロープのような物があれば、キャスターに『丸太』が届くかもしれない」
「………」
一連の会話を聞いているだけで、音楽家っぽい男や、丸太を持った男と槍を携えた武人は何者なのだと。
対処に困っていた警察とトド松。
何を思ったのか、周囲を見回した眼帯の女性警官はある物を発見した。
「あの、消火栓!! 消火栓は!」
「は……?(何を言っている、六月!)」
「消火栓の中はホースがあって、それがロープに代わりになるかもと思って」
肥満気味の女性警官は「おお」と感心したようだったが、泣きほくろの刑事は(そういう意味じゃないだろ)と
今にでも罵倒しそうな雰囲気を醸し出している。
一方、それを聞いた明は思わず大声を張り上げた。
「でかした! コレを丸太に結べば……」
「待て。『元』コートのアサシン。それでもキャスターに届かないだろう」
曲識の指摘に明は「分かっている」と答えた。
「消火栓は警視庁内に複数設置している筈。そのホースを全て結びつければ、相当な長さだ」
その間は……セイバー・フランドール次第と言うべきか。
彼女が、明の為に時間稼ぎ(尤もフランドールはそのつもりはない)をしてくれるならば、チャンスはある。
明はまだ原型が留まっている警視庁の屋上を目標に見た。
-
「まだ生きていたか、ランサー。それと二騎のアサシン。ここで全員殺しておくべきだな」
ヨマも気付いていない訳がなかった。
倒し損ねた曲識たち。
それから現在相手を続けている吸血鬼のセイバー・フランドール。
彼らを前にしても、焦りを浮かべるどころか。未だ余裕の様子のヨマ。
何故ならば『月下光刺態』は一度月光を吸収してしまえば、一晩は形態を維持し続けられるのだ。
彼にとっては、かつての自らが敗北した原因となる戦法を取りかねない相手以外。
まるで敵ではなかった。
もはや、サーヴァント達を完膚なきまでに叩き殺すだけ。
「温い。そんな弾幕、バカにされるわよ」
だが、フランドールは凄まじい猛攻であるヨマの弾幕を物ともしなかった。
彼女の住んでいた『幻想郷』なる場所では、弾幕ごっこがあった。
一撃、一撃が濃密な弾幕の回避など彼女にとっては欠伸が出るレベルである。
魔力放出をバネに、フランドールは『レーヴァテイン』を手に、ヨマへ接近を仕掛けて来る。
ならばこそ。
ヨマも接近戦を仕掛ける。
現時点ではあらゆる面でフランドールを凌駕する力を持つ死神。
吸血鬼は魔力放出による能力向上でそれらを補っていた。
――――『満月掌』――――
ヨマは、手元で作成した球体状の強大な一撃をフランドールへ向けた。
対して彼女は『レーヴァテイン』で一刀両断してみせる。
怒涛の接近戦が開始されるかと思われたが、フランドールは感じた。魔力の残量を。
怪異そのものがマスターであり、不死と無限に近い魔力を手にしたヨマと。
一般人がマスターであるフランドール。
比較する必要なく、フランドールが不利だ。『レーヴァテイン』や魔力放出も止む。
代わりに――最強の攻撃を仕掛けた。
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力-one unknown coin-』
-
ヨマにある『目』を捉えたフランドールは、それを握りつぶす。
圧倒的な破壊能力。
一瞬はヨマの肉体が完全に崩壊したかのようだった。しかし、それは夢に終わる。
それでも再生された。
粉々になりかけた肉体が、破壊されたであろう姿が、逆再生の映像を見るかの如く復元された。
そして、死神ヨマは健在する。
「今のは、普通のサーヴァントであれば即死だったな。だが、俺は違う。
満月の夜の俺は不死身! いかなる攻撃を喰らおうとも、俺が死に絶える事は無い」
「――――」
その時。
フランドールが感じたのは、ただならぬ恐怖。
不死身のヨマ相手の絶望感……? 違う! そんな生半可なものではなかった!!
本能が叫ぶ。
彼女は、無意識にソレを回避した。
警視庁屋上から。
消火栓のホースをロープ代わりに用いて、明によって振り飛ばされた『丸太』を―――!
数多の吸血種を葬った、世界樹の丸太だとかエクスカリバーに匹敵する丸太と称された。
一見すると棒きれにしか見えないソレの危険性は。
フランドールの吸血鬼の本能が感じ取ったのである。
ヨマもフランドールばかりに注目し、彼女が避けたことにより直撃する『丸太』の存在を疎かにしていた。
不死身故の慢心か。ヨマは間抜けにも『丸太』に衝突した。
「か……! なんだこの『丸太』は!」
こんな下らないモノで!
ヨマはそんな程度としか思わない。
だが、あらゆる手段や工夫を用いて化物たちと闘争を繰り広げた明にとっては、日常なもの。
そして、明の策は終わらない。
ヨマに衝突した事で上に跳ね上がった『丸太』をロープで引っ張り、再度ヨマに振りかざしたのだ。
「!?」
損傷が与えられたかは問題ではない。
ヨマを地上へ叩き落とす事が目的なのだ。
幾何学的なヨマの体が、地上へ落ちていくのをハッキリ捉えた明は叫ぶ。
「今だ!」
-
――――『串刺城塞』――――
この世の全てが奇跡で構成されているのならば。
ヴラドたちが共闘し、フランドールが時間を稼ぎ
そして、この場に数多のサーヴァントが集ったのが『偶然』ではないなら……
無数の地中から生えた断罪の槍がヨマを襲うとする!
ヨマもそれを視認していた。
浮遊で体勢を整えようとするのを、明が全力で阻止しようともう一撃『丸太』をぶつけようする。
……が! 足りない!
ヨマの位置とロープの長さが合わない。このままでは折角の攻撃が代無しになる。
果たして、全ては終わったのだろうか。何か忘れていないだろうか?
吸血鬼のセイバー・フランドール。
彼女は、善悪、秩序、社会、そんなものはどうだっていい。暴れたいから殺し尽くす。
そうしたいからそうするだけ。
だけど―――
彼女にも感じられたのだ。
このままヨマを叩きのめすチャンスだと。
残り僅かな魔力の放出による急加速を用いて、フランドールはヨマを槍の剣山に叩き飛ばしたのだ。
死神が串刺される。
ヴラドはそれを機に魔力を込め、槍数を増やしていく。
その間に全速力で駆けた明は、丸太を手に叫ぶ。
「でかした! セイバー!! このまま一気に叩きのめすぞ!!」
明と、フランドール、そしてヴラド。
奇妙な戦闘の果てに武器を手に、彼らは一つの敵を倒そうと身構えていた。
複数のサーヴァントを周囲に囲われたヨマであったが、焦る様子は一つもない。
手に魔力を集中させ、強靭な爪ように変化させた部位で彼らを一瞬にして薙ぎ払った。
「ぐ……ぁ……!」
「こんな馬鹿らしい戦い、もう終わりにするか。
一帯を滅ぼし、調子に乗った刺青野郎を殺す用事が俺にはある」
-
そう。
最初からヨマの眼中に、彼らはいない。
『東京』に君臨を続ける彼の殺戮者にだけ、ヨマの意識はあったのだ。
アレを滅ぼせば、もはや自分に勝つ者など存在したいのだから……
光の屈折を利用した姿を消滅を発動させる死神。
明たちは、未知なるヨマの能力に困惑を見せていた。どう対処すればいいかも、分からない。
霊体化とは異なる。視覚操作の一種。
このままでは、声一つ上げられず攻撃を受けてしまうのは当然の結末。
「―――悪くない」
そして、最後の一騎。
零崎曲識は、打ちのめすかのように告げた。
「だが、音を極めた僕の『耳』を誤魔化せなかったな。キャスター」
微弱な空気の音色。そして殺気。
殺人鬼としての勘によって、曲識は導き出す。
曲識は武器は所持していない。マラカスは一応武器代わりになるが、致命的に威力に欠ける。
明が丸太を使用する為。曲識は、彼から無銘の刀を一時的だが貸して貰えた。
その刃で、ヨマを捉える。
しかし。
曲識が刀の扱いに慣れているかと問われれば微妙だ。
楽器ならまだしも、普段から刀を振るう訳でもない為。この場合は刺した、に近い。
ヨマの姿が露わになったが、同時にそれは死を意味する。
「死ね」
-
◆
意味はあっただろうか?
不死身のキャスター・ヨマに対して、令呪を使用し、宝具を使用し、死に物狂いで戦い続け………
ヨマ自身、無意味だと明たちを嘲笑し続けていた。
本当に……意味などないのだろうか?
普通ならば、このまま明たちは全滅を与儀なくされる。
それでも――それでも、意味がないとは言い切れるだろうか……?
警視庁は結局、無残な有様。
ヨマを幾ら追い詰めたとしても、殺す事は叶わない。
そうだとして……明たちの死闘は、苦労は、水の泡として済まされるか?
意味は―――あった。
◇
-
「な……に!?」
曲識に放たれようとしていた弾幕は、寸前で消滅する。
この事態に、全てが驚いた光景だったが。何よりもヨマ自身が驚愕していた。
彼でさえ予想だにしないアクシデント―――即ち、これは。
明たちは、隙を逃さない。
弾幕や無数の槍、丸太が最後と言わんばかりの連続攻撃を仕掛けるのを、ヨマの強大な力が一蹴してしまう。
……が。
どういう訳かヨマは明たち本人には、攻撃をせずに終わる。
まるで――攻撃できないかのように………!
ヨマも確信していた。
『おい、この―――クソザコ!!』
(……………っ)
念話先の少女は震えていた。ヨマのマスターである、少女の令呪による効果。
彼女が願ったのは、命じたのは――『誰も殺さない事』。
聖杯戦争にとってその命令は禁断の行為に等しい。
NPCは勿論。マスターやサーヴァントの殺害を良しとはしない。
神隠しの少女は、完全に聖杯戦争を放棄したのである。
そう。
明たちは十分過ぎた。
神隠しの少女が令呪を使用する―――彼女の決断までの時間稼ぎ。
それにより人々が死に絶える事も、警視庁が完全に滅びる事も、全てを阻止したのだった。
人々が救われ、明たちも好転し、神隠しの少女が良くても。
ヨマの方は全く以て納得出来なかった。出来る訳がない。
-
『どこで聞いたかは知らないが、何をしているのか分かっているんだろうな!?
聖杯はどうするつもりだ。欲しいと言わなかったか、マスター!!
それともアレか! 殺されるのに恐れを為した訳か!! 臆病者が!』
(き………きゃすたー………もう、お願い……やめて……)
『その言葉、そっくりそのまま返すぞ。令呪を取り消せ!』
(……誰も殺さないで…………)
『お前が―――死にたくないだけだろう! クソザコ!!』
(……………………………………………………)
本当に。
神隠しの少女―――あやめは、キャスターをどうにかしたかったのだ。
人を死なせるのは止めて欲しい。自分が死ぬのも恐ろしい。彼の言うとおり、自分は臆病者だと思う。
それでも……あやめは、キャスターも死なせたくなかった。
幾ら恐ろしい死神であり『光』の彼であっても、死は平等なのだ。
彼の死も、人々の死と同じ………
(もう、戦わないで………)
『あぁ、そうか。それで―――どうする? 聖杯戦争を放棄して、どうやって生き延びるつもりだ?
聖杯が手に入らず、一生人間になれないまま泣き寝入り。そいつは、いい気味だ』
(………はい……その、つもりです)
正気を疑うような発言をするあやめだが、彼女は自分なりに考えたのだ。
そうするしかないと。それ以外、ヨマを阻止する術はなかった。彼女が考えた上で………
ヨマは、全然納得する訳がない。
『ふざけるな。一つ教えてやる。令呪で殺人を阻止したところで――俺を止めた事にはならない』
人を殺すつもりはなくとも。
建物を破壊する事は叶う。
人が居るか、判別しなければ――ここから警視庁を破壊する事は叶うのだ。
いいや。きっと警視庁には人っ子一人もいない。ならば――破壊する。
(きゃすたー……!)
あやめが意を決して、もう一つの令呪を使用する。
決定的なものを。
(宝具を使うのを、やめて)
「………!!!」
-
瞬間。
死神は過去を思い出した。
雲の切れ間から顔を覗かせた美しい満月を見上げながら。
幽閉されていた時。
夜にだけ部屋の窓が開放され、そこからは月と城だけが良く見えた。
自分の両親を殺したい。
あの城に住みたい。
ずっとずっとそう思い続けていた。
だけど、結局―――自分がやった事は? 何がしたかった? 何も。『虚無』しか残らない。
生前は? 魔法を手に入れて……それで、その最後は――
「貴様が死ね―――キャスター!!」
魔法の解けたヨマの肉体を、ヴラドの槍が貫いた。
ヴラドも恐らく限界だ。最後の一撃に等しい。全魔力を込めて限界まで槍数を増やすが、数本程度に終わる。
誰かが追撃を仕掛けようと、構えを取った。
だが。
それを見た明は「いや」と何かを察する。
「もう……終わりだ」
ヨマは、まだ存在している。
高ランクの戦闘続行能力も、宝具を使用できない以上、真に無意味であった。
数本の槍に串刺され、拘束された状態は。昔の、幼少期の無力な彼そのもの………
-
(ごめんなさい………きゃすたー………私………)
あやめの謝罪の言葉だけが繰り返される。
ヨマは何も答えない。
(……ごめんなさい………わたしが………私じゃ、なければ………)
自分がマスターでなければ、きっと。
そんな例え話をされたところでヨマは怒りも湧き上がらない。
ただただ、呆然と満月を見上げて―――
『俺は―――謝れと言ってねぇ。何回……繰り返せば、理解する……んだ。お前』
(…………きゃすたー)
『「詩」でも詠っていろ』
――――お前の謝罪は……耳障りなんだよ。
静寂が広まった『東京』で、少女の『詩』が聞こえる。
誰がそれを耳に出来るだろうか。
少なくとも……ヨマは確かに聞こえた。
怪しくも不気味で、それでいて彼にとっては心地の良い『詩』を耳にしながら。
嗚呼。どういう訳か死神は思うのだ。
生前の最期よりも、よっぽどマシな最期だ――と。
【キャスター(ヨマ)@マテリアル・パズル 死亡】
-
そんなヨマの最期を看取るほどフランドールは寛容ではなかった。
警視庁を粗方崩壊させ満足した彼女は、自らのマスターを捜索しようと場から離れている。
トド松を確保していた警察達は、どうやら一時避難をしたらしく。少なくとも警視庁周辺にはいない。
まぁ、居ないなら別にいい。
刺青男の方へ向かおうとした彼女を
「待て、セイバー」
アサシン・零崎曲識が止めた。
フランドールは彼に一片の興味がないものの、声をかけられたからには振り返る。
「何かしら」
「一つ確認しておきたいのだが、お前のマスターはカラ松か?」
「私のマスターはトッティよ」
「……そうだ、トド松だ。名前すら酷似しているからな、非常にややこしい」
「私もトッティの魔力で区別しなくちゃいけないし、何となく分かるわ。それで?」
「僕と同行していた丸太を持ったアサシン……彼はカラ松のサーヴァントだ。詳しい関係性は分からないが
恐らくトド松とは、双子か三つ子の兄弟に値する人物だろう」
「残念、六つ子の兄弟よ」
「驚いたな。僕の中では五つ子までは許容範囲だったが、姿形が酷似した六つ子が実在するとは」
曲識はいつものように「それも悪くない」と付け加える。
フランドールからしてみれば、他愛のない世間話をするだけなら、早々に立ち去りたいところ。
生憎。曲識を相手するほどの魔力すら尽きている状況だった。
吸血鬼のつまらなそうな態度を察したらしい曲識は、話を戻した。
「今、僕は丸太のアサシンと同盟を組んでいる。そこでだ。お前も僕たちの同盟に入るのはどうだろうか」
「どうして?」
「お前のマスターとアサシンのマスターは兄弟だ。家族じゃないか。共に行動しても怪しまれない。
更に言えば、赤の他人である僕のマスターよりも話が進む。悪くない筈だ」
「よく分からないわ。マスターが兄弟同士だったら、同盟を組まなきゃいけないもの?」
-
兄弟や家族の繋がりをフランドールは心良く思っていないようだ。
曲識は別に同盟を強制しているのではない。少々言葉を選ぶ事にする。
「では、お前はこれからどうするつもりだ?」
「最近あちこちで暴れているのに会いに行くつもり。確か、刺青男。サーヴァントでしょ?」
「お前も……か。僕のマスターも刺青のサーヴァントに興味を抱いているが、何か理由でもあるのか」
「何となくよ。でも、きっと楽しいと思うわ」
曲識も、あのサーヴァントには関わりたくないと願うほどだ。
認知していたとしても、いづれ邂逅しなければならなくとも……危険だと判る。
判っているのに、どうしてか巡り会う。
世の中、上手くいかないものだ。曲識は嫌がおうにも、刺青男と対面するのではと予感すらしている。
彼はきっと―――曲識の『初恋の赤色』とは違い。自分の歌を褒めてくれる訳がないし、音楽に関心すらないだろう。
「悪くない」
自らの危険を顧みず。奈落へ飛び込んでしまう。
自殺行為に等しいものであっても、どこか美しさの片鱗を目に出来る。
愚かで、哀れな末路も、曲識は悪くないと称賛したのだった。
「もう用は済んだかしら」
フランドールは会話に飽き飽きしており、今にでも霊体化をしそうな雰囲気を醸す。
ああ。そう曲識は返事をした。
「もう十分だ」
『動くな』
曲識が命じると、フランドールは人形のように動きを止める。
確かにフランドールは気がふれている面があるだろう。一種の精神異常だ。けれど、それを操作できない訳がない。
これほどの会話を交わせば、曲識がフランドールを支配下に置くのは造作もない。
明から借りたままの刀を手に、曲識はもう一つの命令を告げた。
『笑う』
-
吸血鬼なのを除けば、フランドールは無邪気な子供のように笑っていた。
世間を知らず、油断していたのはある意味。彼女がまだ子供だった証拠なのかもしれない。
尤も。
曲識はヨマ相手に心身操作が不可能なのは最初に、神隠しの噂について触れた時点で察していた。
故に――曲識は、その能力を使わずにいた。
フランドールが彼の能力を把握せずにいた。
たった、それだけ。
「刀で殺害するのは音楽家らしくないが――そういうのも悪くない」
彼は零崎曲識。
その異名通り。
「少女以外は―――殺さない」
フランドールの頭はスパッと刀により胴体から切り離された。
吸血鬼であるフランドールには、この程度の傷。何ともない――むしろ再生が可能だろう。
しかし。
皮肉にも再生するだけの魔力が尽き果てていた。
そんな理由だけだった。
彼女が何を思って最期を迎えたのか、誰も知らない。
彼女を理解する者は―――最初から誰も居なかったのだから。
【フランドール・スカーレット@東方Project 死亡】
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これにて中編投下終了します。タイトルは「続・桜田門外の変」です。
後編は明日中に投下します。
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後編投下します
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「……という訳だ。僕はセイバーを殺した」
「…………」
ヨマとの戦闘による騒動で応援にかけつけた警官隊や、救急車。消防車まで出動し、救出活動が行われている最中。
曲識と明の二人は現場から少し離れた場所で。
周囲の人々には気付かれないよう、気配遮断を纏った状態で話をしていた。
セイバー・フランドールの殺害。
その報告を。
しかし、曲識は何も全てを伝えた訳ではない。
例えば少女以外殺さないという性癖を、明にカミングアウトはしていなかった。
簡潔に。
自分たちの同盟にセイバーの介入を持ちかけて見たが、それは断られた。
魔力がないのを見て、心身操作を行い。フランドールの殺害をするのに成功した――と。
結果だけを伝えた。
だが。
曲識の話はそれだけではない。
「『元』コートの……と呼ぶのはやはり長いな。丸太のアサシン、僕のマスターの話によれば
カラ松の家がサーヴァントの戦闘に巻き込まれ全焼したらしい。現在は北区の避難所にいるようだ。
マスターはカラ松もそうだが、兄弟含め、全員の支援をしてくれるそうだ。
尤も、僕のマスターは中学生。最低限の支援しか出来ないと思ってくれ」
「………」
「カラ松には僕のマスターの連絡先を伝えている。援助を求める際はそれを使ってくれ。
それと……問題は『神隠しの少女』だ。マスターの殺害は、まぁ、不安要素をなくす為にした方がいい程度だが。
彼女に関しては、放置してはおけない。存在するだけで僕だけではなく、お前のマスターも被害に合う可能性がある」
「………」
「刺青のサーヴァントを警戒したいが……奴は逆にSNSなどでも十分探れる存在だ。
僕は『神隠しの少女』の始末を優先するべきだと思う。
そう言えば、丸太のアサシン。ランサーはどうした? 僕がセイバーを殺害している間、何が起きたか教えて欲しい」
曲識の話をただ聞いていただけの明だったが。
漸く、その口を開いた。
「マスターのところへ帰還した。奴も魔力が限界だったらしい。次は容赦しないと念は押された」
だから、今後。共闘は愚か、同盟も望めない。
無論、明も十分承知をしていた。
そして――それは曲識相手でも同じだった。
彼とは共闘・同盟の関係に値するが、最終的には聖杯を巡って対立しなければならない。
曲識の心身操作が、ヨマと互角に渡り合ったフランドールにも通用する恐ろしさ。
今は『同盟関係』だが戦うとなれば、やはり曲識のマスター・飛鳥を狙う他ない……?
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「一つ聞いていいか」
「ああ」
「……何でセイバーを殺した」
どうにも。
何故なのか明は納得できなかった。
曲識の話は全て筋が通っている。普通ならば明も同意する。だけど、どこか。
そう―――完璧過ぎる。
まるで、完全犯罪を成立させる為に完璧なアリバイを用意した犯人のように。
「先ほども説明したが……僕も最初はセイバーに同盟を求めた。しかし、向こうから断られたんだ。
何より、トド松の命令に従っている様子もない。例え、トド松を言いくるめたところで
トド松がセイバーをコントロール出来るか怪しいと僕は判断したんだ」
明はしばしの沈黙の後「そうか」と頷いた。
この場は問い詰めるべきではない。
曲識が完璧なアリバイを用意した犯人ならば、明は長年の勘で犯人を怪しむ刑事だ。
証拠もない以上、不毛な争いになる。
「僕はマスターから呼び出されたから、一旦マスターの自宅へ戻るが……お前はどうする?」
「トド松と接触する。サーヴァントを失ったが、それでも聖杯戦争を把握しているマスターだ。念のためにな」
「分かった。一時解散としよう」
曲識は霊体化をして、存在を完全に消した。
一方の明は……トド松と接触したいのは嘘ではない。
探せば見つかる。しかし――明が抱える謎と問題は強大だった。
あの時のヨマの異常。
どう見ても令呪によるものだと明ですら察した。
誰かに脅迫されて令呪を使用し、ヨマを止めた……にしろ。あまりに奇妙だ。
曲識への攻撃を中止したのは――『攻撃を止めろ』もしくは『誰も殺すな』といった類の命令に違いない。
そして――宝具が解けた。
『宝具を使用するな』……そういう命令だろう。
だが、それら全ては『キャスターの自害』を命じれば収まる筈だ。
どうしてわざわざ『攻撃の中止』と『宝具の使用不可』を別々にしたのか?
答えは一つしかない。
マスター……恐らく『神隠しの少女』はヨマの死を望んでいなかった。
-
――やはり、何かおかしい。燕尾服のアサシン……
あれほど言葉が回る曲識が、それを理解していないのは少々おかしい。明はそう思う。
明は『神隠しの少女』が争いを好まない性格だと感じた。
攻撃的ではないなら『神隠しの少女』を捜索するならまだしも、殺害する必要性は無い。
あの様子では『神隠しの少女』は令呪を二画消費している。その面では脅威ではない。
何故、そこまで『神隠しの少女』の殺害に執着するのか?
兎にも角にも、曲識の心身操作は驚異的だ。
マスターである飛鳥の殺害を狙うべきだろうが、曲識もその程度の警戒はする筈。
ならば……
「最近やばくね? さっき板橋の方で刺青男が出たって言うけどさ……」
立ち入り禁止のテープが貼り巡らまされている現場周辺。
そこにいる野次馬が噂している。
「これもアイツの仲間の仕業じゃねーの?」
「かなり死んだよな、これ! しかも建物自体やばいって言うし、これからどーなるんだろ」
「絶対、便乗して犯罪する奴が出て来るよなー」
火災に加えて警視庁の破壊と来たものだ。
不安を覚えるのは無理もない。便乗して犯罪が横行するのも想像できる。
明は、それとは無関係でいなくてはならない。
ここで人々を救うのでなく。
聖杯で人々を救う為に。
「刺青の――バーサーカーか……」
曲識は酷く『彼』を警戒している。もしや『彼』を上手く使えば?
否。
あれは同盟を良しとする存在ではない。
だとしても……心身操作の効かないサーヴァントとの同盟は、明にとって必要なものだ。
戦いを終えた今。
明は、再び日常へ溶け込む。
それは休息ではなく。マスターであるカラ松やトド松の日常を取り戻す為に。
【三日目/夕方/千代田区 警視庁周辺】
【アサシン(宮本明)@彼岸島】
[状態]肉体ダメージ(中)、魔力消費(中)
[装備]無銘の刀(曲識から返されました)
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:トド松と接触する。
2:燕尾服のアサシン(曲識)への疑心。
3:神隠しの少女をどうするべきか……
4:対精神操作スキルを持つサーヴァントを探し、同盟を組みたい。
[備考]
・バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・コートをマスター(松野カラ松)に貸しました。
・ランサー(ヴラド)の存在を把握しました。
・神隠しの少女(あやめ)が攻撃的ではないと判断しております。
・松野家がアヴェンジャーによる火災で全焼した把握しました。
-
東京都千代田区にある警視庁……の隣、警察庁。
内閣総理大臣の管轄にある「日本警察の頂点」と呼ばれる場所。
どうしても刑事ドラマではな警視庁に視線が向かいがちになるが、それに隣接する建物が警察庁。
ここでは警察制度や運営、教育、通信、鑑識などなど。
行政に関わる調整が行われる重要な場所であった。
このような事態となった今。
緊急措置に近いが、警察庁に警察関係者及び逮捕された犯罪者などは一時移動されていた。
どんな形であれ警視庁は崩落の危険性が高い。
しかしながら、あそこには事件に関わる重要書類が山のようにある。
集結した警察はそれの捜索、及び確保に専念せざる負えない。これには消防隊員も協力していた。
「そろそろ自衛隊の派遣も検討されては……」
「国民の非難が……」
「しかし、これほどの規模となれば………」
忙しなく移動する関係者から、そのような話を耳にする。
すっかり手錠をはめられ、警察の監視下にいる人物・トド松は途方に暮れていた。
本当にセイバーが警視庁内で虐殺をしたのか?
自分はどうやってテロリストの冤罪を晴らせば良いのか?
カラ松の事件も解決していない今、自分まで捕まってしまって……兄弟たちはどんな顔をするのか。
しかも、セイバーはいくらやっても念話が通じない。
「板橋区で起きた大規模な火災は、どうなっている?」
「区内全域は全焼……隣接する区にも被害が及んでいるらしい。何とか被害は喰いとめたが……」
え……!?
トド松はギョッとした。
板橋区とは……実家のある場所。そこで火災?! しかも区内は全焼と来たものだ。
普段、家でダラダラしている兄弟たちは……? そこに居るデカパン博士含めた住人は?
「す……すみません! 火災って何ですか!? 僕の家は、兄さんたちは――」
「松野トド松! 行くぞ」
トド松を制するように現れた警察官は、問答無用に彼を連行する。
そんな状況じゃない。
自分の家は? 兄弟たちの安否。それにカラ松やセイバー。
何も分からないまま、トド松はテロリストの容疑者として引きずられていく。
出口の先には、よくニュースで目にするようなマスコミ関係者のフラッシュが襲いかかった。
テレビカメラや雑誌記者、報道陣が行く手を阻んでいる。
一体、どうしてこのような事態になっているのか?
「あ! 今、テロリストの容疑者が現れました! えー! 松野トド松容疑者が警察署へ移動されようとしています!!」
「今回の警視庁爆破事件の首謀者の一人として逮捕されました松野トド松容疑者は
これより都内の警察署で事情聴取をする、と。警視庁より発表がありました。
――現在、都内に潜伏している首謀者・通称『アベル』の捜査に進展が見られると思います!」
え? 何で? あれ、何で僕……アイツらの共犯者みたいになってるの!?
-
トド松には訳が分からなかった。
だが、警視庁への攻撃をする人物など現在東京都内で虐殺を繰り返す刺青男しかいない。
刺青男に関して進展があったとすれば、神原駿河が口にした『アベル』という名が。
一瞬にしてネット、そして社会全体に広まっているらしい。
その『アベル』の捜査に進展があったと、警察のアピールがしたかったのだ。
矢先のトド松の逮捕。
まだトド松が刺青男のテロと関係があるかは不明だ。
しかし、聴取すれば判明することだ。思考停止にも警察は、絶対にトド松は刺青男と関連があると察したのである。
一躍、ただ巻き込まれただけの一般人から、犯罪者へと転落したトド松は。
カラ松と同じく放心するしかない。
「これで良かったのかな」
「………」
それを遠くで眺めていたトド松を確保していた警察たち。
泣きほくろの刑事も今回の一件で功績を残した筈だ。だが……彼らはどこか釈然としない。
あの時は必死だったが。
思い返してみれば……本当にトド松はテロリストだったのだろうか?
否。
そう感じるのは彼らだけではない。
不審行為への注意を聞き終え、解放された平坂黄泉。
マスターである彼は、聖杯戦争を把握していないものの。この状況の渦中にいた。
無残にも壮大に連行されようとするトド松に対し、どうするのか。
残念なことに。
平坂黄泉の聖杯戦争は始まっていない。
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【三日目/夕方/千代田区 警察庁】
【松野トド松@おそ松さん】
[状態]魔力消費(極大)、精神的疲労(大)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]
[所持金]バイトをしているので割とある
[思考・状況]
基本行動方針:???
0:どうして……
1:セイバー(フランドール)が心配。
2:兄さんたちは………
[備考]
・聖杯戦争を把握しておりますが、令呪やNPCについての詳細は知りません。
・通達も大雑把ですが把握しております。(先導アイチやアヴェンジャーのことは知りません)
・どことなくNPCには違和感を持っています。
・噂話程度に刺青男(アベル)のことは把握しておりますが、サーヴァントとは疑っておりません。
・フード男(オウル)と誘拐された少女(沙子)を把握しました。
・カナエとランサー(ヴラド)の主従を把握しました。
・キャスター(ヨマ)のステータスを把握しました。
・アルバイト先の『スタバァコーヒー』が襲撃され、営業停止となった為、実質職を失いました。
・カラ松の事件を把握しました。
・テロリストの容疑者及びバーサーカー(アベル)の共犯者として報道されております。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・セイバー(フランドール)が死亡したのを把握しておりません。
・千代田区内の警察署で事情聴取を受けます。
【平坂黄泉@未来日記】
[状態]魔力消費(極大)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:正義を為す
0:トド松に関しては……?
1:ライダー(幼女)を守り抜く。
2:『東京』で暴れまわる殺人鬼(アベル)を倒す。
3:先ほどの人物(ホット・パンツ)から事情を聞きたいが……
4:カナエを倒す。
[備考]
・聖杯戦争を把握しておりません。
・ライダー(幼女)が何者から狙われた存在だと思い込んでいます。
・強力な催眠術を使う者がいると把握しました。それがライダー(幼女)とは思っておりません。
・バーサーカー(アベル)によって拡散されたアサシン(カイン)の情報を得ました。
・カナエの独り言から断片的な情報を入手しました。
・神隠しの物語に感染しました。
・カナエを悪と断定しました。また聴覚に優れた経験からかカナエが女性であると把握しております。
・セイバー(フランドール)を悪と断定しております。
【ライダー(SCP-053)@SCP Foundation】
[状態]霊体化、魔力消費(極大)、肉体ダメージ(回復中)
[装備]
[道具]絵[アサシン(アイザック)とメアリーを描いたもの]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:遊ぶ
1:マスター(平坂)と行動する。
2:魔力と傷が回復するまでは実体化しない。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・アサシン(アイザック)とメアリーの主従を把握しております。
・ランサー(アクア)とホット・パンツの主従を把握しております。
・キャスター(ヨマ)の存在を把握しました。
・セイバー(ナイブズ)とあやめの存在を把握しました。
・トド松とセイバー(フランドール)を把握しております。
-
あやめは、ついには謝罪すら呟かなくなった。
彼女の行動は正しかったのか? 他にヨマを止める術はなかったのか?
もう……全てを終えた後に追求するべき問題ではない。
ここ『東京』から死神は完全に消え去った。
けれども――彼女が行う追悼の意を制する必要は無い。ほんの少しでも許される。
彼女は唯一、あの死神の死を惜しむ者なのだ。
言葉は交わされなかったものの。ナイブズもヨマがどうなったのか察するのは容易だった。
ナイブズが倒したアーチャー(与一)、キャスターの死神ヨマ。
これで二騎のサーヴァントの脱落が確認された。
他の主従の動向は……不明だが。
もしかすれば、激しい闘争の末。敗北したサーヴァントが何騎か存在するかもしれない。
「……そろそろ動くか」
「!」
あやめも顔を上げた。
ナイブズはアイリスの命令を待っているだけではない。
この不動総合病院に運ばれたマスターらしき少年。
彼を無視する訳にはいかなかった。
聖杯戦争は―――まだ、終わらない。
【三日目/夕方/葛飾区 不動総合病院】
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]魔力消費(小)、肉体ダメージ(小)、黒髪化進行
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:魔力を持つ患者(ジーク)に接触する?
2:あのアーチャー(ひろし)は……
[備考]
・アーチャー(ひろし)のマスターについての情報を得ました。
・神隠しの物語に感染しました。あやめを視認することができます。
・アーチャー(与一)のマスターは健在であると把握しておりますが、深追いする予定はありません。
・アーチャー(与一)での戦闘でビルの一部を破壊しました。事件として取り扱われているかもしれません。
・バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
・ライダー(幼女)の存在と宝具『SCP-682』について把握しました。
・緊急搬送された少年(ジーク)がマスターであると把握しました。
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]魔力消費(中)、サーヴァント消失
[令呪]残り1画
[装備]神隠し
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争が恐ろしい。
0:ごめんなさい……
1:どこかに身を潜めておきたい。誰も巻き込みたくない。
2:搬送された少年(ジーク)が気になる。
[備考]
・聖杯戦争についておぼろげにしか把握していません。
・SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
・カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
・トド松とセイバー(フランドール)の主従を把握しました。
・カナエがマスターであると把握しましたが、ランサー(ヴラド)の存在は確認しておりません。
・役割は『東京で噂される都市伝説』です。
・セイバー(ナイブズ)とライダー(幼女)のステータスを把握しました。
・飛鳥とアサシン(曲識)の主従を把握しました。
・緊急搬送された少年(ジーク)がマスターであると把握しました。
-
「……フン」
カナエは新たなるテロリストの逮捕(トド松の件)のニュースを携帯で把握し、一蹴した。
目標であったキャスター・ヨマは思わぬ形で始末出来たが、問題は『神隠しの少女』。
一応、ヴラドは千代田区内を。
カナエは渋谷区内を適当に捜索してみたが、一向に確認できなかった。
サーヴァントを失ってもマスターは存在する。
神隠しの少女の殺害を達成しなければ、カナエも『神隠し』を回避したとは言えない。
「『ゼロザキ』と言っていたのか」
『間違いなく。しかし、それが単語であるか、もしくは人名であるかどうかは………』
ヴラドから得た情報。
燕尾服のサーヴァントが呟いていた言葉が重要ではないかと、彼はマスターに伝えた。
『ゼロザキ』
漢字にすれば『零崎』?だろうか。分からないものの。
他にも音楽家である点。ヴラドの槍の影響を受けた為、犯罪歴のある人物。恐らく日本人。
特徴は多い。
逆に丸太を武器にするサーヴァントの方が、目立った特徴がなく。
情報の少なさから真名を特定するのは困難に感じる。
燕尾服のサーヴァントの逸話を探るよりも、今は―――
「魔力の確保(食事の時間)だ」
先ほどの戦闘で大分ヴラドの魔力は持って行かれてしまった。
カナエ自身も魔力の消費や……『空腹』を感じられる。
補わなければならない。
壮絶な戦い終えた彼らに必要なのは――文字通りの晩餐だった。
【三日目/夕方/渋谷区】
【カナエ=フォン・ロゼヴァルト@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(中)、???
[令呪]残り2画
[装備]赫子(鱗赫)
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]かなり裕福
[思考・状況]
基本行動方針:習様の元に馳せ参じる。
0:ランサー(ヴラド)の魔力を確保しに向かう。
1:『神隠しの少女』の始末を優先させたい。
2:『神隠しの物語』を意図的に広める。
3:紙袋の男(平坂)はマスターかもしれないが……
4:私は習様を……■している……?
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・あやめを視認したことにより神隠しのカウントダウンが始まりました。
・あやめとキャスター(ヨマ)の主従を把握しました。
・平坂黄泉がマスターではないかと疑っております。
・刺青男(アベル)とそれに関係する情報をある程度調べました。
またフードの男(オウル)が喰種であることを把握しました。
・アサシン(明)の存在を把握しました。
・アサシン(曲識)の存在を把握しました。また「零崎」というキーワードも得ています。
・トド松がマスターであると把握しました。
【ランサー(ヴラドⅢ世)@Fate/EXTRA】
[状態]魔力消費(大)、肉体ダメージ(大)
[装備]槍
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの愛を見る。
1:魔力を確保する。
2:神隠しの少女の始末をする。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。あやめを視認する事が可能です。
・刑務所で貯蔵した分の魔力は消費しました。
・キャスターの魔法に『太陽』の恩恵があるのを把握しました。
・アサシン(明)の存在を把握しました。
・アサシン(曲識)の存在を把握しました。また「零崎」というキーワードも得ています。
・トド松がマスターであると把握しました。
-
東京都北区の避難所。
「………」
ふとカラ松が顔を上げると、飛鳥の姿はどこにもなかった。
彼女は行くと言った。
どこへ? 分からないし、今のカラ松にとってはどうでも良く感じられた。
一つだけ。
何かの餞別のつもりか、小さな硝子瓶が近くに置かれていた。
痛々しいカラ松にも似合わない香水。
何故だろうか。
カラ松にも、それが自分の為に置かれた代物ではないと確信していたのだ。
まるで、シンデレラが階段で落とした『ガラスの靴』。
けど、カラ松はそれをどうかしようと行動に移せなかった。
「なんだ?これ」と避難所に出入りしていた誰かが拾って、そのままどこかへ行ってしまう。
アレは捨てられてしまうのだろうか?
制止する気力が、カラ松には湧かなかった。
ただただ放心している。
すれ違うように新たな人物が登場した。
「刺青男。逃げられちゃいましたね~」
それは若い美少女……いや、美少年だろうか。同行するのは190ほどの高身長の男。
どうもカラ松や他の人々と違って、刺青男の魔の手や火災から逃れる為、ここへ至ったようではない。
美少年は残念そうな表情を、高身長の男は図体に似合わず酷く安堵した表情を浮かべていた。
二人は何故かカラ松に注目し、呑気な態度で美形の方が話しかけて来る。
「もしかして『十四松』ですか~?」
クソニートとは無縁な人物と、一体どうやって知りあったのだ。
なんて感情はカラ松には湧きあがらない。
明らか様に一松のようなどんよりした態度でカラ松は答える。
「いや……俺は、カラ松……」
「ありゃ。カラ松でしたか。それじゃあ、逮捕です~」
「……は?」
「僕はそっち(性犯罪)の担当してませんけど、見逃さないです~」
同行していた高身長の部下が「こういう者です」と警察手帳を見せつけてきた。
そういえば、自分は公衆の面前で全裸を晒していた。
確かに燕尾服のアサシンは警察の手から逃してくれたが……そうだ。
アレは一時的なものに過ぎない。
あれで凌げたと誰もが慢心してしまっていた。
曲識も、飛鳥も、明も。そして、カラ松自身も。
-
曲識が強引に警察を退却させただけで、警察自体はカラ松を露出狂と見做している。
既にSNSでは何万人の人々がカラ松の全裸を目にしていた(しかもモザイク修正なしでだ)。
結局は犯した罪から逃れられないという訳だ。
こんなところで被害者顔をするのは―――許されない。
だが、家も兄弟も失ったカラ松に、前科という追い打ちは焼け石に水のようだった。
これ以上の衝撃などない。
あまりにリアクションが見られないカラ松に、美形の刑事が言う。
「早く行った方がいいです」
「………え?」
「トド松は誤認逮捕されて警視庁の方にいるです。残りも葛飾の方で確保されてしまったらしいです」
「へっ、Hey! 待ってくれ!! その……無事なのか!? 葛飾の方に、何故!?」
息を吹き返したカラ松の反応に、美形の刑事が答えた。
「どうやらカラ松を探しに葛飾へ向かったらしいです。
向こうの警官は、誰がどれか分からなくて面倒だから全員捕まえちゃったです。
あ、分かりにくいので目印つけておくです~」
トド松同様。
ガムテープに『カラ松』と書き記したものを、カラ松に張りつける刑事を余所に。
カラ松は、言葉にならぬ安堵を感じる。
紛れもない嘘偽りない感情だった。
【三日目/夕方/北区 避難所】
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]魔力消費(中)、精神疲労(大)
[令呪]残り3画
[装備]アサシン(宮本明)のコート、サンダル、毛布
[道具]二宮飛鳥の連絡先が書かれたメモ。
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:……
[備考]
・聖杯戦争の事を正確に把握しています。
・バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
・神隠しの物語に感染していません。
・デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
・警察に不審者として知られました。
・Twitterで裸姿が晒されています。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・二宮飛鳥の連絡先を把握しました。
・ランサー(ブリュンヒルデ)を確認しました。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・おそ松一行がカラ松と容姿が似ている為、葛飾区にて誤認確保されました。
・このまま連行される予定です。
-
東京都葛飾区。
二宮飛鳥は、家に帰宅をしていた。
往くと言ったが、それはどこかへ向かうの意味ではない。行動を移すという意味合いだった。
帰りが遅いのを家族に指摘されたが、飛鳥はそれに火事関連の話題を持ち上げる。
友人の知り合いが火事の被害にあった。
それに付き合っていた。
知り合いの家は全焼してしまい、物資も何もない状態だ。何か支援がしたい。
という具合に。
事情を聞いた家族は古着などをあげようかと提案してくれた。
カラ松にとっても服ほどありがたい物はない。無論、カラ松の家族にとっても。
食料は……あの様子では避難所で配布されそうだ。問題ないだろう。
曲識たちが死闘を繰り広げている間。
飛鳥は夕食を取ったり、着替えたり、呑気な行動をしていた。
久方ぶりの全力疾走を続けた為、結構な疲労感を覚える。
それには魔力消費の影響も多少含まれていたが、アイドルのレッスンに比べたら。
まぁ、飛鳥には些細なものかもしれない。
さて。
飛鳥は何も頼まずとも自室に配置されていたノートパソコンを立ちあげ、情報を調べる事にする。
葛飾区に突如出現した上空を飛ぶ女性(ランサー)
同じく葛飾区にいた変身をしてマスクを被った大男と戦闘する少年(ジーク)
千代田区で警視庁で爆発事故が発生したという事件(曲識たちの戦闘)
そんな具合に飛鳥なりの情報収集をしている。
ただ、自然と刺青男の情報に目が向かった。
動画サイトでは生放送として刺青男を追跡した映像が、沢山投稿されており。
一番の再生数を獲得しているものは、実際に人の死体まで映っていた。
「生放送か……」
ショッキングな映像に、多少の不快感を抱きながら飛鳥は呟く。
飛鳥は何か思い、検索をしてみるとソレは見つかる。
今の時代。手軽に携帯端末で生放送を可能にする専用アプリというのが存在していた。
「マスター。待たせたようですまない」
そこへ霊体化を解き、曲識が出現をした。
飛鳥は早速、自らのサーヴァントに言う。
「アサシン。ボクの携帯を貰えるかな」
「元々はマスターのものだ。貰うという表現は少し間違っている気がするぞ」
「それもそうだね」
-
曲識から渡された飛鳥は、携帯端末を充電しつつ、アプリストアから件の生放送アプリをダウンロードする。
それらを眺めていた曲識の方は、尋ねた。
「どうかしたか? マスター」
「……色々とね。ボクはやりたい事が決まったんだ」
「今後の方針という奴か。悪くない」
飛鳥は、曲識の状態を確認してから問う。
「アサシン。かなり疲弊しているようだけど、大丈夫かい?」
「あぁ……しばらく霊体化し、回復に専念するつもりだ。マスターもこのまま就寝するのだろう?」
「いや。実はそのつもりはないんだ。アサシンの回復が終わるまで仮眠を取って……それから外へ向かいたい」
意外な行動方針に、曲識の顔にも驚きが浮かびあがった。
彼女は確かに聖杯戦争が恐ろしく、そして死にも恐怖していたのだが。
曲識が変わった、と感じたのは雰囲気だけではない。彼女自身の意思が確固たるものになったのだ。
「何か宛があるのか?」
「宛はないさ。でも、そんなもの必要なくとも十分だ。『彼』の事だからアサシンにも見つけられると思う」
飛鳥は改めて告げた。
「ボクは――『刺青男』を探しに行きたい」
不思議と曲識はすんなり受け入れた。
「そんな予感はしていたが……本気なのだな、マスター」
「アサシンを信用していない訳ではないけど。実際のところ、どうだい?
最悪の場合、ボクやアサシンは『彼』から逃げ切れるだろうか」
「最悪か……逃げる点に関しては勝ると僕は自信がある。と、普通は答えるが最終的に相手次第だろう」
第一。
曲識は『彼』を殺害しない。少女でない為、殺害できない。
『彼』のマスターが少女であれば話は別だが……
飛鳥は、刺青男に関するまとめサイトに目を通す。
今、ネットも世間も賑わせているテロリストだ。誰も彼もが注目する。
だけど―――真実から目を背けたくは無い。
絶対にあの火災は刺青男の仕業ではない。
他も、刺青男が行ったかも分からない冤罪が幾つかあるに違いない。
無意味であったとしても。
そして――無関係ではないからこそ、飛鳥は行動に出ようとする。
-
「噂によると刺青男は『アベル』という名前らしい。彼の真名か、正直断定できないけどね」
「アベル? あの『アベル』だろうか」
「そう、人類最初の被害者である『アベル』。これが事実なら、彼は人類全てを嫌悪しているんだ」
でも。聖杯戦争を知らない人間は、偽名か何かとしか思わない。
本物の『アベル』だとしても。
彼らは『アベル』ではないとしか受け入れない。
「ボクは聖杯戦争を伝えたい」
ここで何が起きているか、生贄でしかない彼らに伝えるべきだ。
それで新たな問題が起きようとも。無意味に終わろうとしても、何もしないのは間違っている。
インストールされたアプリを一瞥し、曲識は言う。
「しかし、マスター。それは、自らの存在を他のマスターに明かすような真似だ。危険過ぎる」
「もう安全な場所なんて無いさ」
それに。
「ボクは未熟でもアイドルだ。人並より何かを伝えるのは得意だよ」
この瞬間。
彼女は正真正銘―――アイドルの『二宮飛鳥』であった。
-
【三日目/夕方/葛飾区 飛鳥の自宅】
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]魔力消費(中)、肉体的疲労(中)
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話(充電中)
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額 (サンダルを購入した分、減っている)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。そして、聖杯戦争を伝える。
0:仮眠を取る。
1:バーサーカー(アベル)の捜索。
2:カラ松及び松野家をなるべく支援する。
3:聖杯戦争の生中継をしてみる。
[備考]
・アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
・葛飾区にある不動中学校に通っています。
・『東京』ではアイドルをやっておりません。
・神隠しの物語に感染していません。
・NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・ランサー(ブリュンヒルデ)を確認しました。
・葛飾区で起きた事件やジークの『変身』を把握しました。
・板橋区で発生した火災及びバーサーカー(アベル)に関する情報を入手しました。
バーサーカー(アベル)の真名を把握しましたが、半信半疑です。
【アサシン(零崎曲識)@人間シリーズ】
[状態]肉体ダメージ(中)、魔力消費(中)、殺人衝動(小)
[装備]少女趣味(ボルトキープ)
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:マスターである『少女』を殺さないようにする。
2:『神隠しの少女』を笑って死なせてやりたい。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・『神隠し』にサーヴァント、あるいはマスターが関与していると考察しております。
・警察に宝具『作曲――零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』による肉体操作を行いました。
(それを見ていた一部のNPCは『映画の撮影か何かだった』と思っているようです)
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・ランサー(ヴラド)の存在を把握しました。
・セイバー(フランドール)を殺害した為、殺人衝動がしばらく収まります。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しましたが、確証は得ていません。
-
投下終了します。タイトルは「クラレッタのスカートを直せ」となります。
続いて以下を予約します。
安藤&カイン、潤也&ジャイロ、ルーシー、今剣、信長&セラス、ひろし&アダム、ブライト&幽々子
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予約分投下します
-
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青春には『嘘』がつきものだ
□
東京都江東区。
ご存じお馴染みの夏と冬、オタクたちの大戦争・コミックマーケットが開催される『東京国際展示場』がある場所だ。
埋め立てが多くある区であるが。その埋め立ては江戸時代から行われている。
ゴミ埋立地『夢の島』は有名だろう。
その一角。
ひっそりとした隠れ家のような、それでいて内装はアンティーク調。
お洒落な雰囲気で充満している喫茶店『:Re』が存在していた。
経営しているのは若い女性と寡黙な男性。
常連客らしい人間がちらほら居る中、席の一つに少年が座っている。
少し冷えたコーヒーをテーブルの傍らに置いて、彼は携帯の液晶画面と向かっていた。
彼はサイトの観覧やゲームに夢中なのではない。
連絡帳に電話番号を打ち込んでいた。
それは知り合いでもない。赤の他人の電話番号――『先導エミ』の住所と連絡先。
(合っているか?)
『はい、大丈夫です』
少年・安藤は、自らのサーヴァント・アサシンと念話で確認した。
警視庁で入手した情報など、山のように存在する。その山の中から木の葉を探るような真似は、無謀だ。
しかし、木の葉を一瞬にして見分ける力があったとすれば?
アサシンはまさにその能力を有していた。
真っ先に彼が着目したのは『先導エミ』なる少女が行方不明という点。
(主催者の関係者が聖杯戦争に参加しているなんて……)
聖杯戦争本選前より彼女は行方を眩ませていた。
怪しすぎる。安藤も不信感を高めるが、いささか奇妙でもある。わざわざ『先導エミ』を参加させる意味とは?
推測するに『先導エミ』は『先導アイチ』の妹に値する人物だろう。
とはいえ。
例えば偽名を使うなど、主催者と無関係に装える手は幾らでもある。
何故、そうしなかった?
(訳がありそうだけど……)
アヴェンジャーの監視を警戒しつつも『先導エミ』への接触は慎重に行うべきだ。
彼女は中学生。
年上の安藤が彼女に話しかけるだけで、世間体は怪しむに違いない。
そして、彼女がどこへ行ったのかも不明だ。
最悪。アヴェンジャーが『先導エミ』に探りを入れてくれる方がありがたいが……
『マスター、到着しました。建物は休館になっていますが』
アサシンからの念話を安藤はしっかり聞き入れる。
安藤の自宅はこの区に隣接する江戸川区にあるのだが、訳あって立ち寄る事にしたのだ。
それは、刺青のバーサーカー・アベルの件。
アサシンが警視庁で入手した情報によると―――
ここにある博物館で警備員が殺害された。それがアベルが最初に引き起こした事件だという。
恐らく……その博物館に『棺』があるはずだ。アベルの宝具たる存在が……
-
(……休館か)
アサシンが伝えてくれる事実に、安藤は思う。
あんな事件があったからには当然だ。違和感もない。
出入り口には警備員が二人。
『せめて「棺」があるかを確認しに向かいます』
(あぁ)
監視カメラの映像の切り抜きだけではアサシンも確証に至っていなかった。
霊体化すれば、どんな厳重な警備も関係なしだ。問題はない。
安藤は鼻を擦って、少し思い詰める。
(博物館の館長がマスター……なんだろうか)
ならば、あの『棺』を設置するのは容易だ。
むしろ――『棺』を何かに隠蔽して設置するのに、博物館の展示品という偽りの名称は恰好なもの。
アサシンは内部に潜入したか定かではないが、安藤に念話で返事する。
『いえ。展示品と設置せずとも、展示品を収容する倉庫などに隠す方が合理的では』
(………それもそうだな。アサシン、中の様子は?)
博物館内部で霊体化しているアサシンは探ってみるが、巡回をしている警備員らしき存在はいない。
ただ、監視カメラは動いている事だろう。
そして。
彼の『棺』を発見する。
紛れもない、アサシン自身の知る物だった。
不気味ながらも神秘的で、そして扉は開かれたままの状態。
酷く安心した。
不謹慎ではあるが、アサシンは一つの安堵を胸に抱いていた。それが事実。
皮肉ながら、扉が開かれた状態というのは刺青のバーサーカーが……アベルがまだ『東京』で生きて存在している事を示す。
価値ある芸術品を観察するかのように、アサシンは『棺』の魔力を感じ取っていた。
『マスター……「棺」は開かれた状態です。しばらく様子を伺ってもよろしいでしょうか』
いや、違う。
きっとアサシンはもう少しだけ『棺』の傍に居たいのだろう。
-
安藤も、思い詰める。
弟・潤也の事だ。
マスターである彼とはどう向き合って行けば良いのか。
両親を事故で亡くして以来。ずっと弟の隣に立ち、共に歩んで来た。
兄弟だから。
行く先が大体同じ道のりだから。
将来が不透明で、手探りに生きてきて……それで潤也の方は……。漠然とする安藤の携帯端末に、潤也からのメールが届く。
[夕飯はカレーにしたぜ! 早く帰って来ないと、先に食っちまうからな! 兄貴!!]
考え過ぎか。
安藤はメールの内容にほほ笑んでから、念話でアサシンに伝える。
(分かった。何かあったら念話で教えてくれ。俺は先に家に帰るよ)
『ええ、そうした方がいいです』
アサシンも察してくれたらしく、同意の返事をしてくれた。
安藤は、そろそろ喫茶店から出ようと腰を上げかけたところで、常連客らしい人物たちの会話を耳にする。
日常の他愛ない光景だったが、安藤からすれば異質に感じられる。
「テロリストのフード被ってる奴ってバケモンって噂だけど、ぜってーアレだよな」
「まだ言ってるんか。それ」
「だからネットであの『目』を見たんだよ! あの小説に出る『隻眼の喰種』じゃねぇの」
隻眼……?
……喰種ってなんだ?
どうにも彼らは『ある小説』に登場する架空の人物と、刺青のテロリスト――アベル――と同行しているフードの男。
双方を重ねているらしい。馬鹿馬鹿しい話しだが、安藤は小骨が喉に詰まった感覚を抱く。
サーヴァントは偉人から物語の英霊、殺人鬼までと幅広い範囲で召喚が可能だ。
その小説に登場するキャラクターが……フードの男の可能性は、ある。
「どちらかと言えば、刺青男が『隻眼の王』であって欲しいな」
「今の腐った世の中ぶっ飛ばしてくれるってか? そりゃ、俺だったら刺青男の方、応援したくなるわ」
―――『隻眼の王』………
「あの」
席をはずかけている安藤に、女性店員が声をかけてくる。
「お会計でしょうか?」
「えっと……」
安藤が少し戸惑いつつ、客の会話を耳に傾けたい思いがあったが……意を決して店員に聞いた。
「……小説。あ、あのお客さんが話している小説って、何の……?」
最低限、不自然のないよう尋ねてみたつもりの安藤。
店員の方が、どこか不思議そうにキョトンとした表情を作っていた。
何か怪しまれたのでは、そう安藤が不安を渦巻いている一方。彼女は答える。
「あれは――」
そして、彼のタイトルの名前を聞いた。
-
□
世界は残酷だ。
この世界に限った話ではない。非常に嘆かわしいが、人間とは愚かだ。
それが私自身の責任か、私でなくとも元より愚かな生物だったかは分からない。
ただ。
ここにいる全てが、お前を嘲笑し、憎悪し、嫌悪しようとも。
誰も彼もが、お前を見捨てようとも。
私は、私だけは――お前を愛し続けよう。
私の愛しい弟よ。
■
東京都足立区。
ここに国会議員・織田信長の自宅が構えてある。
噂のテロリストの対応は政府に命運がかけられていると言っても過言ではない。
しかしながら、信長は本日の国会を欠席すると申し出た。
決して、テロリスト相手に臆病風が吹かれたからではない。無意味だと知っていたからだ。
国会に出席している余裕などない。
人々が夢物語と鼻先で笑うようで笑えない現実――そして戦。
聖杯戦争と向き合わなければいけないのだから。
そして、信長のところへ二人のマスターが現れた。その内一人……今剣はサーヴァントを失っているが……
もう一人の少女のマスター・ルーシーは、信長にとっては無視出来ない。
彼の刺青男。
世間はテロリストだの殺人鬼だのと囃し立てる存在。
聖杯戦争における『バーサーカー』たるサーヴァント。
そのマスターこそが、ルーシー・スティール。
彼女は―――聖杯を求めてなどいなかった。
ただ、夫のところへ。元の世界へ生きて帰りたい。聖杯戦争から脱出をしたい。
聖杯を信長に差し上げるから、同盟を組んで欲しい……と。そういう話を持ちかけられた。
(後に理由は明らかとなるが)信長のアーチャーと今剣が居ない空間――
リビングに値する場所でルーシーと信長は、対話を繰り広げている。
-
信長の返答は
「駄目だ」
短い返事だった。ルーシーは必死に涙や感情を堪える。
戦国武将たる天下統一を目前まで上り詰めた、最悪サーヴァントとして召喚されても変ではない信長は
ハッキリとルーシーに告げた。
「いくら平凡な街並みを装っていても、ここは戦場で、お前は戦争に巻き込まれている。
実際、お前はそう主張して聖杯欲しがってる奴に狙われた。幾ら主張しようが、聖杯を欲しがってる奴らからすれば
邪魔か良いカモとしか映らん。生き残りたい、脱出をしたいなんて甘い考えは止めるんだな」
「分かっています! でも―――わたしと貴方では、あまりに違いすぎるッ!!
戦争の経験なんてない。わたしは無力に等しいです。何も出来ないかもしれない……
聖杯は欲しくありません……どうしても帰りたい。それだけなんです。決して裏切りません!」
信じて欲しいと、必死に訴えるルーシー。
だが。
信長は呆れた様子で、ルーシーの言葉を制した。
「あのな、ルーシー。よく聞け。お前は―――まだ負けちゃあいない」
「……え?」
「お前にはサーヴァントがいる。刺青のバーサーカー。あいつは強い、ちょー強い。
俺には分かるぞ。奴はまだ本気を出しちゃいない。暇つぶし程度であれだけ殺せるんだ。『勝機』は十分ある」
「……………」
「与一の言う通りだ。お前は令呪を残して正解だ。そいつで奴の援護が出来る。
なぁんだ。これだけ揃ってりゃ、十分戦えるだろ。何、諦めてる。合戦終了できねーじゃん」
「ま……待って! 待って下さいッ!! 私は聖杯が欲しいのではありません!」
「あのにゃー」
大げさな溜息を漏らす信長は、ルーシーに告げる。
「戦争の経験ないお前にも分かりやすい話をしてやる。
戦場で兵士が『如何にして生き残るか』――なんて考えて戦をする訳ねぇだろ?
『如何にして勝利するか』を考える。つまり『勝利』こそが生き残る道だ」
「……」
「生き残るには『勝利』しろ。お前を殺そうとした奴も、殺そうとする奴も。全て倒せ!
そうじゃなきゃ『生き残れない』! 聖杯が欲しいかどうかは関係ないんだよ。
聖杯手に入れたら夫婦仲良く末永く爆発したいですとかテキトーに願っとけ!」
-
勝ちたい。聖杯が欲しい。
ルーシーにはそういった欲望は一つもない。だけど、生きるのには。
自分を攻撃しようとしたアダムのような相手には……そうするしかないのだ。戦うしかない。
勝利し、生き残るために。
ひょっとしたら、ルーシーにそれを伝えた信長自身が『勝利』と『生存』を望んでいるかも分からない。
今剣のアーチャー・那須与一の犠牲を重く受け止めている筈。
だけど……あの刺青男は、アベルは自分を殺す。
だから生き残るなんて事はできない。だけど――信長は良しとはしない。
ルーシーは『嘘』をつく。
「分かりました。……………私は、勝ちます。聖杯戦争を勝ち抜いて、夫の所へ――帰りたいです」
「そんじゃ『同盟成立』だ。最後のシメは俺のおっぱい弓兵と『アベル』の死闘にさせるぞ」
二人が一通りの会話を終えたところ。
部屋の扉をノックし、登場したのは旗を耳の穴などに刺したアーチャー・セラスと
頭に旗を突き刺した今剣である。
彼らは、何かひと段落したらしい満足げな表情を浮かべていた。
「バビューンともどってきましたよー」
「はぁ~……マスター、昼間の報告です。それと秘書さんから伝言を預かって来ました」
「うむ、御苦労。というか――今剣は『付喪神』とやらだから頭に旗を刺しても平気なのか」
「これは、ぼうしにさしているんです! えっへへ~」
「中々セコイな」
セラスと今剣が出向いたのは、信長が雇った『ミスターフラッグ』からの新たな情報を得る為だ。
やはり。
信長の大方の予想通り、刺青男――アベルの情報は一つも無い。
正確には、世間が勝手にアベルの仕業だと騒ぎたてる事件が幾つか確認できるが、証拠はない。
ルーシーが魔力消費を感じていない為、彼はさほど実体化していないのは明白だ。
「あぁ、それと」セラスが思いだしたかのように、ルーシーに幾つかある物を渡す。
栄養ドリンク。ルーシーが体調の悪化に効果があった薬。
バーサーカーのマスターであり、魔力が優れているとは言えないルーシーには必要不可欠なものだ。
バッグへ仕舞いながらルーシーは「ありがとうございます」と礼を言う。
セラスは「いえいえ」と呑気な表情で答えたが、真剣な顔立ちで信長に問うた。
「マスター。これからどうしましょうか」
「まずは情報を整理してからだ。焦るな、パイチャー。昼間は刺青の……じゃなかった
『アベル』の奴が動かない代わりに、他の主従が活発になる頃合いだからな。それと武器の調達だ。
俺もそうだが、ルーシーや今剣もいざって時に打つ手なしの状態だ。そいつを解決させる」
「それって………まさか、ですよね? マスター」
「『ミスターフラッグ』から入手した情報は、他にもある。銃火器の入手ルートだ」
-
手っ取り早い武器は、どうしても『銃』だ。
けれども、日本で銃を入手するのは困難を極めるうえ、所持は法律で禁止されている。
偽りの『東京』も律儀にそれを習っているが、裏組織的な存在も律儀に配置されていたのだ。
暴力団、暴走族、闇金などなど……
警察官から拳銃だって強奪は可能だろう。
やっぱりと呆れるセラスを傍らに、信長は武器に関しても慎重であった。
「都内で銃をぶっ放すなんて目立つからな。『さいれんさー』とか言ったか? それが付属についてる奴を買う。
まぁ、サーヴァントには通用しないがマスターには通用する。持つに越したことはない」
「あのっ、ぼくの『刀』はどうなんでしょう?」
今剣が自身そのものである短刀『今剣』について尋ねる。
セラスが視認してから、答えた。
「神秘性はありますので通用はするかと。しかし、幾らなんでもサーヴァントを相手にするような真似は止した方がいいです」
「そうですか……ぼくは『刀』のほうが、あつかいなれていますので。ぶきはいいです」
もはやサーヴァントを失った今剣こそ、ルーシーとは違い。勝利を求められない存在だ。
彼こそ、ただただ糸のような細い生き残る術を手繰り寄せなければ。
何より……
今剣はまだ『再契約』というチャンスがあった。
マスターを失ったサーヴァントと契約を交わせる可能性を持つ。
とは言え。今剣自身、かつて戦場を共にしただろう那須与一の死を抱え持つ以上。
積極的に『再契約』をする気力が湧かない。
-
今剣は明るく振舞っている。
先ほどまではアーチャーの……与一の死を悲しんでいた。
那須与一が今剣に対して、単純な主従以上の感情があったに違いない。話もするべきだった。
なのに……もうそれらは叶わない。
もう前へ進むしかない。
与一が今剣とルーシーの二人を生かした理由。それを証明する為に。
彼の死を無駄にするではない。
それが――先ほど織田信長が告げた方針。
信長自身も、ルーシーと今剣も全てを重く受け止めていた。
彼の為に生き残る。否、勝利をする。
その時。
信長が「む」と如何にも嫌嫌そうなオーラを全面に出す。
「不味いな……新手の主従が俺を捕捉してきおった」
我ながら知名度は高いと鼻をくくっていた信長だったが、有名すぎるのは問題だった。
戦国武将と同姓同名なだけで随分と話題が提供されるもの。
聖杯戦争――過去の英霊を召喚する儀式――に参加する者たちは、自然と彼に注目するのだ。
実際、今剣たちが信長に注目した理由がそれである。
セラスが「え!?」と声を張り上げる傍ら、信長は例の秘書からの伝言を全員に見せた。
それは『キャスターのマスター、ウィルソンより』の文言が付け加えられていた。
-
「本当か!?」
東京都千代田区内にある病院の一室で、アダムが電話相手に驚きの声を漏らした。
相手は、例の図書館司書だ。
彼女の方は至って冷静に、アダムと話をしている。
『はい、ご依頼された棺の居場所……いえ、厳密に言えばそれらしい物体を発見しました。
後日。アダム教授にご確認していただきたいと思い連絡したのですが』
確かにセラスはホームページから『SCP-076-1』のページを削除したが
紙媒体の記録だけは抹消が叶わなかった。
司書は『SCP-076-1』がどういった類の物体かを理解していない。
しかし、ある特徴的な言語が記されていたり、歴史的な価値のあるもの、という具合にアダムが説明したのに従い。
博物館関連の貯蔵一覧を調査したところ『SCP-076-1』らしき物体が設置されている博物館を発見した。
「いや、十分だ。それで、それがある場所は……」
アダムがもう片方の耳で何かを聞き取った。
警察関係者がここへ? 一体何用で……数々運ばれる患者から事情聴取に?
違う。
どうやら聴取をしに来たのは――アダムの件らしい。
アダムの手傷が事件性のあるものだと、病院側が判断したのだろう。
厄介だ……否! そんな事よりも………一刻も早く『SCP-076-2』を無力化しなくては!
最終手段としてアーチャーに自分を運ばせる手段がある。
だが、それは最悪の場合。令呪はあと一回しか使用できない……慎重に進まなければ。
アーチャーの善良さからマスターの殺害に躊躇しかねなかった。
最悪……【敵マスターの殺害をしろ】なる令呪を使用する場面もあるだろう。
ここは自力で抜け出そうとアダムは行動した。
『住所は江東区■■の[編集済み]、[削除済み]博物館です………アダム教授?』
「すまない、ありがとう。お礼に今度……ええと、どうしようかな。君は要望はあったりするかね」
『そうですね。今度、高槻泉先生のサイン会が行われるんです。私は業務で足を運べないものでして……
私の代わりにサインの方をお願いしてもよろしいでしょうか?』
「あぁ、分かった。それくらいならお安い御用だ」
アレを破壊すれば……それだけで『SCP-076-2』の殺害に一歩繋がる。
いや、何を言っているのだろうか。
破壊するとは財団の理念から背くじゃあないか。だったら……私は聖杯を手にする為に。
そうだ。これも娘の為なのだ……
アダムは移動の補助として病院側から用意された松葉杖を手に、目的地へ足を運んだ。
-
東京都港区。
一昔前まで東京のシンボルとして象徴させていた『東京タワー』が構えている区域。
企業が多く本社を構えており。青山・赤坂・六本木・台場といった具合でどこかで耳した名の土地がある。
外国人居住者の人口がそこそこある。
故に、聖杯戦争のマスターの一人。カナエがここに住む設定なのだろう。
ここに、足を運んでいたのは女性の体を乗っ取ったジャック・ブライト。
予約した料理亭にいつでも出向けるよう、周辺で暇つぶしをする算段だった。
「ユユコ。あの『木』の具合は分かるかな? この目で確認しないと駄目なら話は別だ」
ブライトが自らのサーヴァント・キャスターこと幽々子に問う。
木―――宝具『西行妖』のことを指し示すのだが、問われた幽々子の方は彼女自身の感覚で探る。
『西行妖』の開花状態が進行するだけで、幽々子の能力は向上していく。
そして開花の進行に必要なのは『春』。
皮肉にも、会場の季節は『春』の為、それらを集めるのは容易だ。
まぁ。設置した場所が場所で、急速な開花は望めない状況ではあるが……
「三分咲き……ぐらいね。折角だから『魂』を捧げて来ようかしら」
「おや、そういう手段もあるのか」
『西行妖』に人間の魂を与えれば、無論その分だけ満開へ近づけるのだ。
その『西行妖』は港区内に設置されていた。散歩ついでに、幽々子は20ほど引き連れていた魂を与えようと考えている。
サーヴァントに警戒した方がいいだろうが、マスターのブライトは少々特殊だ。
ちょっとやそっとでは死にはしない。
幽々子も、十分承知している事実なので呑気に『西行妖』のところへ向かう。
ブライトとは念話で会話を続ける事にした。
『中々、優柔不断なのね。少し意外よ』
(いやいや。実際、迷う場面じゃないか。何と言うかこう……財団の柵もなく自由奔放にやれるとなったら困ってしまってね)
そう。
ブライト『博士』という肩書は『財団』で通用する話だ。
ここには『財団』の手は及ばない。
聖杯を手にしようとしてもいい。
財団職員らしく聖杯を収容してもいい。
聖杯戦争を止めたっていい。
などと想像が楽しいブライトだったが、いざ一択を選べとなったら迷ってしまう。
-
ただ。
ブライトは一つだけ明確に、目標にしているものがあったのだ。
幽々子に対し、彼は聡明な態度で答えた。その瞬間だけ正真正銘の『博士』らしい振舞いで。
(幽々子も聖杯が具体的にどういったものかは知らない。……それが引っ掛かってね)
『そう? 私は気にしていないけど』
(聖杯戦争の知識などがあるサーヴァントに、聖杯が如何なる産物かを説明されないのは奇妙じゃないか)
『指摘されれば……そうね。実際どんな物体なのかとか、興味がある程度よ』
(『聖杯の正体』をサーヴァントに知られては不味い―――ではないかな?)
『……』
それも予想に過ぎない。確固たる証拠はない。
けれども。ブライトの指摘はどこか鋭さを垣間見させた。
「その辺りは詮索しようがあり過ぎる」とブライトは話題を切り替える。
(私は最終的にこう結論した訳だ。『聖杯戦争を抹消しよう』―――と)
『抹消、ですって?』
(歴史の偉人、物語の英雄。それらを召喚できるには非常に魅力的だ。
そして……戦争。舞台は戦場となって、死が巻き起こった)
『その危険性が理由かしら』
(いいや。勿論、戦争に発展する要因も危険視するべきだが。
私としては『簡単な手段』であらゆる願いを実現可能にする『聖杯』が入手出来る点と。
それを引き起こす『儀式』が危険だと判断した。手順を踏めば、本当の本当に『簡単』じゃないか)
『簡単……まぁ、簡単かしら。いえ、きっと簡単ね』
(サーヴァントだって悪用される。主催者が口を滑らせた『解析』とはサーヴァントを解析し
最悪の場合、ここらにいる『生贄』と同じく複製する算段じゃないかな?)
なんであれ。
ジャック・ブライトの行動方針は――『聖杯戦争の抹消』。
聖杯戦争の在り方を根本から否定するのではなく、それが人類にとっては危険だから抹消するのだ。
SCPにおいてオブジェクトの破壊・無力化は目的ではない。
しかし、時には終わらせなくてはならない類もあった。
聖杯戦争の概念は、それに値するとブライトは言う。
-
(しかし、悲観しないでくれユユコ。聖杯戦争の抹消がここで実現させるなんて、私は期待していないさ)
『聖杯に願えばいいじゃない』
(先導アイチたちは良しとはしないだろう。
私の目的は『聖杯戦争』の情報を財団に伝える事さ。願わくば生きて財団に帰還を果たせればいいけどね)
『貴方なら簡単でしょ? 死んだフリだって出来るのだから』
(人生どうなるか分からないものさ、ユユコ。最悪、死んでしまっても……
どうせなら、格好つけたいじゃないか! ハリウッド映画で主人公の為に犠牲となる仲間的な……
あーうん。私? 私は、ホラ。どう見たって主役っぽくはないだろう?)
幽々子は遂に『西行妖』のところへ到着した。
設置した頃よりも大分花をつけた代わりに、周辺は枯れ果てており。すっかり冬の景色だった。
空模様も雨雲がちらほらあり、雨が降りそうだったが。冬になりつつある気候を考えれば。
雪が降り積もる方が正しい。
魂が『西行妖』に吸収されていく。
幾つかの花が実ったのを視認する幽々子は、何気なく尋ねた。
『やっぱり、貴方―――死にたいの?』
珍しくブライトは黙りこくった。
表情を伺えない状況で、ブライトの心情を察せない幽々子だったが「そう」と呟く。
彼女も何となく理解して来たのかもしれない。
無暗に人間を殺せば、逆恨みで自分が殺されるかもしれない。
生き飽きたから、簡単に死ねる存在が疎ましいのかもしれない。
死にたいから、誰か何かに死を振りまきたいのだろう……
聖杯戦争に巻き込まれた者の中では『死にたくない』と必死な存在も居る事だろう。
彼らからすれば、冗談ではない願いである。
死を恐れる人喰いが聞いたら、堪ったものではないし。
殺して欲しいなら殺してやる―――なんて本気を抜かす殺人鬼だって居る。
ブライトは、そんな奇妙でイカレた存在を……まだ知らない。
-
『……それじゃあ。織田信長と同盟を組むって方針でいいのかしら』
(うーん、それは相手の出方次第だね。誰であれ同盟は組みたいところさ。
『満開』に近付かない以上、幽々子も戦闘を満足の状態で出来ないだろう?)
まるで先ほどの問いかけが無かったかのように、ブライトはいつもの調子で返事をした。
死にたがり屋の癖して。律儀に人類のためを思って行動する。
どこか狂ったマスターに幽々子は呆れた様子だったが、満更でもない。
(先ほど乗っ取れなかった少年に交渉のチャンスはありそうだ。彼の捜索は続けるべきだと私は思う。
そして、アベルのマスターもだ。アベルを放っておけないよ。第一……
ユユコも見ただろ! あのクソコラグランプリとかいう常軌を逸脱した企画を!!
あれが噂に聞く「クールジャパン」という奴さ。我ながら度肝を抜いたね!!)
『大爆笑してたじゃないの、貴方……』
(いやぁ、ジャパニーズは発想力が素晴らしいね! しかし、アベルが目にすれば怒り心頭だ)
しかし、この時。
ブライトも幽々子も、ある問題に気付かなかった。
気付くのは――文字通り、しばらくした後の事………そんなブライト博士のところに、ある存在が登場する。
一瞬。
ただの一般人かとブライトは目を疑った。
それは正解だった。ちゃんと観察してみれば、ソレはサーヴァントで……ロボットだった。
「お前、マスターだな」
「ははは! だったらどうする?」
サーヴァントが傍らに居ないのに、ブライトは余裕満面にロボのサーヴァントに嘲笑する。
一方の鋼鉄のロボは、真剣な表情(ロボではあるが)で頼んだ。
「お前のサーヴァントと戦わせてくれ!」
「……うん? それは何故。私を殺そうとすればいいじゃないか」
挑発的な態度をするブライトだったが。
ロボのサーヴァントの方も、一歩も譲らない。
「マスターを殺す必要はねえからだ! 俺としちゃ、アンタも家に帰したい」
「家? あぁ、家ねぇ……家はないんだ。おっと浮浪者の意味ではないよ? もはや家を所有できる立場ではないというか」
-
ある意味、ジャック・ブライトそのものが『SCP』である為。
このように満足な外出が叶うかは、今後も怪しい話だった。
東京観光を楽しむ、なんて馬鹿げていながらも、ブライト自身割と真剣な方針なのだ。
兎に角、ブライトはロボのサーヴァントに答えた。
「要するに『聖杯』を手にする方針のようだね。実に結構!
しかし、私の意向とは真っ向から対立するからには戦わなければ!!」
ブライトは聖杯を欲している訳ではないが、どう行動するべきかは決まっている。
戦い。勝利する事!
即ち――どのような方針であれ、対立する以上。勝利こそが前に進む術なのだ!!
悪役さながら、一々大げさな仕草を加えながら、ブライトは言う。
「非常に残念なのは――君はロボットだから『死』に近付くのが難しい点だよ」
「―――のあっ!?」
背後からサーヴァントを襲いかかる、桜吹雪のような美しき弾幕。
死を以てして、死に近づける。
死を望む者が呼びしキャスターが成す攻撃は、一つの芸術性を魅せていた。
――――幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ』――――
「上等だ! だったら、こっちも……!!」
父親として、英霊として。
だが、彼は――ロボットは『死』を心良くは断じて感じない。判断しない。
マスターの殺害など……ルーシーだって、カインのマスターもだ。必要のない犠牲を犯したくない。
『死』を打ち消すなど、成せばなる!!
「チクビィ――――ム!!!」
人体の乳首に当たる部分から発射される情けない光線。
だが、その熱意。その能力は、死と弾幕を打ち消すには十分な威力だった。
ロボのサーヴァント・ひろしは意を決して叫ぶ。
「俺は父親としてアダムの為に戦う! アダムと――その娘の為にだっ!!」
「………」
それをジャック・ブライトは冷徹に見降ろしているとは、ひろしは気付かなかった……
-
「これだ……」
東京都江東区の一角にある本屋。
安藤がそこへ足を運び、手に取った作品とは――『王のビレイグ』。
そこに登場する喰種なる存在。
人喰い……フードの男は、その物語に登場するかは不明だが。
間違いは無い。
安藤も『隻眼』と呼ばれる特殊な瞳を嫌というほど確認していた。
あのフードのサーヴァントは『喰種』。
『隻眼の喰種』というのは特別視される存在らしい。安藤も本を流し読みした程度で、詳細は不明だが……
サーヴァントとして召喚される以上、何らかの脅威を持つ存在だろう。
本を購入した安藤は、江東区に降りた最寄駅に足を運び――自宅である江戸川区を目指す。
電車内でも宣伝パネルで流される映像では刺青男と共犯者・人質に関する情報が流れ。
サラリーマンが読む新聞のどこかには、その話題に関する者が記述されて。
SNSをやっている人々は、新しい共犯者の情報がいると噂していた。
包帯男。
金髪の少女。
それから―――………
(神原……?)
神原駿河。
不動高校一年生の彼女が共犯者だとSNSでは、自宅やどこかで取られた写真などが流出していた。
こんな光景……まるで猫田市で犬養に流される人々そのものだ。
安藤は酷くもどかしさばかりが募る。
安藤も分かる気がした。
『隻眼の王』に現れて欲しいと願う。踏み滲められる『悪』は望む。
『奪われる者』の意思……
一年生なら、弟の潤也は彼女の事を知っているか? ……自分に話してくれるだろうか。
心のどこかで亀裂を感じる安藤は、不安を覚えた。
チラリとサラリーマンが読み終えた新聞を、頭上の荷物置きに捨て、駅のホームに降りる。
それを確認した安藤は、その新聞を手にし――広げる。
-
[現時点の『刺青男』による被害総額は凡そ[削除済み]円規模とされており、
連日飛行機や宿泊施設のキャンセルが相次いでいる状況が収まらない。
テロによる死亡者は午後三時現在において約1100人、ケガ人は約2100人。
しかし、これは『刺青男』と共犯者と思しきフードの被った男性の犯行と判明している事件の被害であり
東京都内で発生する余罪とされる事件を含めれば、死者は2000人規模に相当すると予測される……]
[本日夕方、国会で行われる緊急会議後。記者会見が予定されており、首相が
『非常事態宣言』を発表するとして注目が集められている。また自衛隊の派遣も本格的に検討され
入国制限の措置と外交関連にも影響は逃れらない。東京都都知事も本日未明に
都内23区の教育機関へ緊急通達をし、最大限の警戒をするよう注意を高めている]
「………」
テロ――――とか。戦争とか。そんなの……目にしない平凡な世界だった……
治安が悪かったかもしれないけど……俺の居た世界って『大したこと』ない場所だった。
楽しいクラスメイトとか、笑顔で挨拶してくれる近所の人とか。
良い人が居た。みんな、悪い人間なんかじゃない。
皆がみんな……日本は平和な国で…………戦場にならないって、どうして…………思って………
「大丈夫……大丈夫だ………」
安藤の体は震えだした。
怖い。
本当は怖い。
刺青男も、フードの人喰いも、何もかも恐ろしい。
「決めたんだ……やるって決めただろ………今更逃げるな……逃げるなよ………」
必死に言い聞かせる。
そうでもしなければ――不安で殺されそうだった。
-
ウィルソン。
信長と同じく国会議員の『ウィルソン・フィリップス』だと直ぐに判明する。
日本なのに一体どうして外国人が議員になっているのか、など言う疑問は些細なものだ。
ともかく、ウィルソン・フィリップスは今晩、港区六本木にある料亭で宴会の席を用意したと云う。
……………が。
セラスが唸った。
「どういう事なんでしょうね。その『ウィルソン・フィリップス』参議院議員……遺体で発見されたって」
そう。
ウィルソン・フィリップスは遺体で発見されていた。
『ミスターフラッグ』の昼間までの事件情報の中に、千代田区にある日比谷公園にて。
ウィルソン・フィリップスの遺体発見。そして、爆弾騒動があったという報告。
警察が身元を調べるまでもない。
彼は参議院議員の一人だ。知る人は知る。
否、政治関連に精通する人物、新聞を読む人間はウィルソンを知っていても可笑しな話ではない。
しかも、奇妙な事に。
ウィルソンが死亡したとされる時刻は、信長の秘書に宴会の誘いをした直後。
彼の死因は心臓麻痺。
外傷や争った痕跡はない為、事件性はないと判断された。
セラスは聞いた。
「マスター、どうしましょう」
「どうもこうも。死んだと分かれば行かんでいいだろ」
信長はアッサリと断言する。
伝言通り、ウィルソンがキャスターのマスターならば他の主従によって倒されただけ。
彼は少なくとも、そう判断している。折角の宴会の席を無駄にしようが、宴会をする時点で時間の無駄だ。
しかしまぁ。信長は悪だくみの笑みを浮かべ、ルーシーに言う。
「やっぱり最高に狂っとるなアベルの奴。案外お人よしなんじゃねーの」
「……きっと『彼ら』は特別だと思います」
「特別、ね」
信長が割と警戒してしなかった美術館を荒らしたとされる包帯のサーヴァント。
予想外な事に、人喰いのサーヴァントと同行する場面がSNSで流出していたのだ。
そこにはアベルの姿は無いが、霊体化しているとすれば何も違和感はない。
そんな彼らと同行している女子高校生。
同じ学校(不動高校)に所属する生徒が流したらしい噂では『神原駿河』と言う。
ルーシーは思う。
-
彼らは必要があってアベルに生かされていて……アベルと同じよう狂って、イカれているから。それで赦されている。
アベルに限って、親しみの感情で生かす事はありえない。
……いや、ひょっとしたら。
『あのエージェント』に対する感情のような……敬意があるのだろうか?
理解に苦しむルーシーの隣で、スパッとセラスが話す。
「現状、把握できた主従はこれですね」
①織田信長&アーチャー(セラス)
②今剣&アーチャー(与一)……サーヴァントは脱落。
③ルーシー・スティール&バーサーカー(アベル)
④フードを被ったバーサーカー&桐敷沙子
⑤包帯のサーヴァント&金髪の少女
⑥神原駿河&???(サーヴァント不明)
⑦先導エミ&???(現在行方不明・サーヴァント不明)
⑧ウィルソン・フィリップス&キャスター(マスターは死亡確認)
⑨アダム&???(クラス不明)
⑩???&斧を持ったサーヴァント(ランドセルランドにて確認/マスター・クラス共に不明)
⑪???&セイバー(与一と交戦した相手、マスターは不明)
他にも様々な事件が発生したが、監視カメラなどの証拠で判明しているのは以上となる。
酷い話。ニュースでは全て刺青男(アベル)の仕業、関連があるなど無駄な濡れ衣を着せる現状だ。
もどかしいが仕方ない。
それと……もう一つ。
神隠しの少女(恐らくアサシン)の存在も把握している信長とセラスだが。
ルーシーと今剣にはある理由で伝えていない。
(様子見って奴だな。噂を知らない奴がアサシンと出くわせばどうなるか。神隠しに合わないかもしれん)
『ですね……例の噂通りなら』
神隠しを知った人間が神隠しに合う。
ならば――神隠しを知らない人間は何も起きない。
単純な話だが、少なくともそれが事実であるかも把握しなければならなかった。
実験的としてルーシーと今剣には『神隠しのアサシン』の主従については話さないと決める。
「そろそろ時間だな」
銃の取引の時間という事だ。
ルーシーと今剣も、まぁ仕方ないが同行させた方がいい。
だが、セラスは何かを感じ取り、全員を制した。
「気配を感じます」
全員が緊張感を抱く。
どうやら、有名人たる信長は――否、それ以上に生粋の敵を作りやすい体質なのかもしれなかった。
-
東京都江戸川区。
安藤潤也は自宅でカレーを煮込み終え、テレビのニュースを眺めている。
そこで、彼のサーヴァント・ライダーのジャイロが念話で声をかけた。
『ジュンヤ。こいつは驚いたぜ……マスターらしい奴を一人見つけたが、国会議員だとよ!』
(議員か……)
彼らが捕捉したマスターとは『織田信長』。
戦国武将と同姓同名じゃあないかと、潤也も驚いた。
しかし、聖杯戦争とは無縁の――政治関係に目を向けて居なかった為、潤也は初めて彼の存在を知る。
どうやって『織田信長』をマスターと捕捉したのか?
――買ったのだ。情報を。
正しくは『情報屋が情報を提供した人物についての情報』を買った。
無論、情報屋とは信長が利用している『ミスターフラッグ』である。
何故『ミスターフラッグ』は信長を裏切ったのか? のではない。
そもそも『ミスターフラッグ』を含めた情報屋は誰の味方でもない。
金さえ支払えば、それに応えるのが情報屋なのだ。
『どうしてこう、政治家の連中を敵にする縁があるんだろうなぁ。ま、大統領相手よりかマシか』
(えっ、マジ? 一体どーしたら大統領を敵にすんだよ……)
『色々あってな……それよりジュンヤ、そいつの家に探りに向かうか?
情報屋が俺の存在をノブナガに明かすのも考慮した方がいいかもな………』
(……場所は?)
『足立区だ』
サーヴァントの足ならば、容易な距離の移動だ。
情報屋によれば、信長は一日に三回分けて情報を仕入れるように契約をつけたらしい。
即ち、彼は国会に出席しておらず。大体が自宅にいるとの話だ。
潤也はしばし考えた後「そうしてくれ」とジャイロに伝えた。
兄の帰宅がまだなのを見計らい、潤也はパソコンを起動させた。
今朝、兄が使用していたと思しき観覧履歴を確認すれば、どれもこれも刺青男に関するサイトや書き込み。
ニュースサイトは些細な事件まで目を通している。
兄貴らしいなぁ……と感心しつつ、潤也はある単語を検索した。
[カイン]
カインと……アベル。
二人の兄弟。
そして、人類最初の加害者と被害者。
人類最初の殺人。人類最初の嘘………それらを行ったのが『カイン』。
攻撃を跳ね返す……植物を枯らす……他にもジャイロは思うところがあるのだろう。
だからこの名を潤也に尋ねた。
しかし、潤也は概要を眺めながら、沈黙を続けている。
兄貴が召喚したのが……こいつ?
でも、もし本当だとして。ライダーは勝ち目があるのか?
最悪……兄貴の方を殺さないと………
潤也は呟く。
「なぁ、兄貴……もしかしてさ………俺を殺したりしないよな」
分からなかった。
どう考えても――何故『カイン』が『アベル』を殺したのか。
-
「――お」
東京都足立区。織田信長の自宅前。
野次馬ではない人物がしかと待ちかまえている。それは安藤潤也のサーヴァント・ライダーのジャイロ。
彼は自宅前に停車している高級車に、彼の織田信長が乗車するのを確認した。
そして、どこかへ向かうらしく走り出す。
ジャイロは走り去る車をしばし眺めてから彼の愛馬――『ヴァルキリー』を召喚する。
東京都内を馬が走り抜けるなど、それだけで話題が尽きないだろう。
ただ、逆に。
ジャイロの存在に気づき、攻撃を仕掛けてくるようなら紛れもない聖杯戦争の主従だ。
何より――ジャイロが様子見で訪れた際。
サーヴァントらしき魔力を確かに感じたのだ。
少なくとも……あの瞬間までは、サーヴァントは実体化をしていた……
「だったら――こっちから仕掛けてやってもいいぜ」
ジャイロは鉄球を一つ手にし、信長が居る高級車へ接近した。
都内で走り続ける馬とそれに追跡される車―――どう見ても異常な光景だ。
そして、信長も気付いていない訳ない!
むしろ、信長はセラスが察知した為、既にジャイロが自宅前に構えている事を把握していたのだ。
その上で高級車に乗車し、ジャイロに『追われている』。
運転手の眼鏡をかけた男性がおどおどしく声を上げる。
「どっ、どうしましょう!? 危険ですから一旦停車して――」
「いーや、走れ! 走り続けろ。信号機で止まるまではな。アーチャー!」
車内で霊体化を解いたセラス。
しかしながら、ここで対化物砲を出現させる訳にはいかない。
吸血鬼である彼女は日光を警戒するべき存在だが、時刻は夕暮れ。何の問題もなかった。
まだ住宅街。
もう少しで街並みが変化する辺りで、信号機が出現する。
皮肉にも、色は『赤』だ。セラスは即座に後部座席の扉を開き『影』を蠢かす。
それも『影』であった為にジャイロも異変への反応が多少遅れてしまう。
ジャイロ本人よりも、馬のヴァルキリーが動物としての本能で緊急停止せざる負えなかった。
『影』は明確な攻撃性が備わっていた。
わずかに振れたことで、ヴァルキリーは影で身動きを封じられた。
-
ジャイロもただで終わらない。
住宅の庭に植えられた植物から『黄金長方形』を視認し、鉄球を投擲したのだ。
この距離で、確実に命中する。
「……な」
そして。
セラスも同等だった。
車外であれば『ハルコンネン』は取り出せる。化物の洞察力を以てして『影』で『ハルコンネン』を操り。
そして――放つ。
弾丸と鉄球は衝突したが、弾丸が破壊され。鉄球は残ったものの。
一旦、ジャイロの鉄球は彼の手元に戻らざる負えなかった。
「あのサーヴァントッ!?(アーチャーか!?)こんなところで、あんな馬鹿でかい銃火器をぶっ放す奴がいるか!」
信号機の色が変わった途端、車が走り去る。
それから少し遅れ、ヴァルキリーを束縛していた『影』が退いて行った。
追跡は? まだ間に合う筈。恐らくレンジ外からセラスの方が抜けだした為だろう。
「……まさか。狙ったのか? あんな馬鹿みてえな武器で、俺の鉄球を……」
衝突したのは――偶然なのか。
確証がつかめないまま、ジャイロはヴァルキリーに支障がないのを確認し。
再び街を走り抜けた。
大分、距離は離れてしまったが、英霊の持つ馬の方が圧倒的な速度を誇る。
最悪――信長の車と肩を並べるのは簡単だ。
一方の信長は、全てが作戦通りで満足した様子。
車を追跡するジャイロを確認し信長は携帯電話のメールを送信する。
「あ。来ました」
信長のメールを受け取ったのは、信長の自宅に残った若い家政婦だった。
眼鏡をかけたツインテールをした巨乳の家政婦は「よいしょ」と信長邸にある駐車場から車を発進させる。
運転する女性以外に、今剣とルーシーが乗車をしていた。
訳もわからず信長の命令に従っている女性だが、少し顔色の悪いルーシーに対し心配する。
-
「すみません、私の車なんで乗り心地良くないと思います。
もしかして車酔いしやすいタイプですか? 横になっちゃってていいですよ」
「ええ……ありがとうございます」
「確か~えーと。向かうのは博物館でしたっけ? 何でまたこんな時間に……」
やれやれといった呆れを浮かべる家政婦。
今剣は、優れない顔色のルーシーを心配していた。
「るーしー。ひどくなったら、くすりをわたしますね」
「大丈夫……まだ、大丈夫よ。心配をかけて、ごめんなさい」
簡単な話。
ジャイロとの戦闘に、今剣とルーシーを巻き添えには出来なかった。
今剣はサーヴァントを失い。ルーシーはサーヴァントを呼び寄せて令呪を失う為にはいかない。
何より、巷で噂の刺青のバーサーカーのマスターがルーシーなのだ。
格好な餌でしかない。
だからこそ。信長は自らとセラスを囮に使った。
捕捉された理由は信長自身にある。相手は信長をマスターと認識しているのだ、それを利用する。
相手は抜け殻だと家の監視は止めたも同然。
勿論。
他の主従には警戒しなければならない。ビクビクしながら進まなければ――
最悪の場合、ルーシーは刺青男を――アベルを呼ぶしかない。
しかし、そのアベルもどうやら動き始めたらしい。
出発する以前に、ルーシーの身に疲労感が蓄積されていった為、魔力消費が原因だと分かる。
それを見た信長は迅速な判断を下す。
ルーシー達は―――博物館へ向かわせる。
ひょっとすれば、アベルが一度死ぬ可能性がある。
もうそろそろサーヴァントとの死闘を予想される以上、これもまた最悪のケースを考え。
博物館で待機しろとのこと。
そして信長はそこでアベルに話をつける、と。
ルーシーは無謀だと言ったが。信長は嗤って答えた。
――同盟とか。そんなんじゃあない。カインの奴がこの『東京』にいるとか……騙したりすりゃいいってことよ。
-
それも酷い嘘だ。ルーシーは思う。
アベルはカインを憎まない筈がないのに、彼の子孫たる人間が死に絶えるのを望んでいるのに。
そんな恐ろしい事をやってのける男なのか。織田信長は。
神にも動じない。第六天魔王などという異名を持つ彼の逸話を知らぬルーシーでも。
彼がとんでもない綱渡りに挑戦しようとするのは明白だった。
「う………」
「るーしー! これを……」
久方ぶりの目眩を覚えルーシーは呻く。
今剣が差し出してくれた薬を飲み干してから、念のために栄養ドリンクも口に入れた。
気分は分からない。
吐き気やら目眩やらなんやら……様々な症状が混ざり過ぎて、判断力が薄まっているのをルーシーは感じる。
否。
違う。
今度ばかりは尋常ではない症状が現れた。
理由は――限界に近いほどの魔力消費。そして――宝具の発動。
「う、っぐ………! うう………!!」
「るーしー!?」
急激な魔力消費。もはや生死に関わるレベルだった。
アベルの通常戦闘だけでもルーシーは限界だというのに、それ以上の魔力を要求する宝具への代償!
彼女の苦しみようはタダ事ではない。
運転していた家政婦も、慌てて問うた。
「大丈夫ですか!? 今すぐ病院に―――」
「い……いえ、お願い。博物館へ……博物館に向かって、下さい……わたしは、うっ……!」
「るーしー! 『令呪』をつかったほうがいいです! はやく!!」
令呪で魔力ブーストが使用できる。
それを分かっている。分かってはいるが……駄目だ。やっぱり令呪は使えない!
ルーシーは生死の覚悟を決めた。
令呪は……使わない!!
耐える! 耐えるしかないのだ。
生き残るために……! 勝利する為に!
那須与一が残したもの……夫・スティールのこと……その為には―――
「るーしー!!」
「わたし……は……耐えるわ…………だから、止めないで。令呪は……使わない」
「そんな、だめです! あーちゃーが、よいちが……ぼくたちをたすけてくれたんです!! しんじゃ、だめなんです!!!」
涙ながらに訴える今剣に、ルーシーは首を横に振る。
「今剣……お願い………祈って欲しいの……わたしの命が尽きないことを……それだけでいい………」
「るーしー……!」
ルーシーは意識が遠くなるのを感じる。
完全に蚊帳の外な家政婦は「あの……」とおどおどしく声をかけてきた。
今剣は、涙を拭う。
短刀を握りしめながら、今剣は家政婦へ頼む。
「はくぶつかんへむかってください! おねがいします!!」
「えっ、あ……は、はい。わかりました」
今剣の必死な態度に押された家政婦は、再びハンドルを握った。
-
ここまでが前編です。続けて後編を投下します。
-
.
青春は『無き』にしもあらずだ
■
ジャイロは信長たちを追跡し続けていた。
先ほどの砲撃には驚かされたが、セラスの行動も強ち愚かな行為ではないとジャイロは勘付く。
やはり、相手はどこか善良なサーヴァントであった。
人々を必要以上巻き込まないよう考慮をする上、あの砲撃はやっぱりジャイロの鉄球のみを狙ったもの。
先ほど、もう一発。
車に目掛け鉄球を投げつけたが、それをあの巨大な砲で防がれた。
それでジャイロは確信を抱く。
何より彼も悠長にしていられない。
東京都内にある植物――『黄金長方形』を視認できる場面は、限られたものとなっている。
正確なチャンスは数回程度しかないだろう。
相手も――人気のない場所を狙っているか……決定的な隙を狙ってジャイロを攻撃しようとするのか。
セラスの『影』に警戒しながらヴァルキリーを走らせるジャイロは、鉄球を構えた。
「オラァアッ!!」
黄金回転エネルギーが加わった鉄球が再度、信長達に襲いかかる。
セラスが、砲を携えて高級車の上に飛び乗った。
周囲の人々は、騎手(ジョッキー)と婦警(の恰好をした吸血鬼)の戦闘に目を奪われている。
だが、彼らの戦闘は悠長なものではない。
撮影する暇も与えられないほどのスピードの世界で繰り広げられていた。
――分かっているぜ……その『砲』……連続して発射することはできねぇ。
だから一発は仕方がない。俺の狙いは……もう一発の鉄球!
セラスが砲弾で再び鉄球と相殺をした矢先。
その隙にジャイロが投球したもう一つの鉄球―――……
独特なカーブを描きながら、それはセラスの左肩に命中したのだった。
肩の筋肉を操作しようと鉄球は更なる回転が加わろうと蠢く。
しかし、ジャイロには予想外の出来事が発生する。
セラスの左腕そのものが――破裂した。
彼女の肉体は存外軟い性質だったのか? 耐久に弱点が? そんなものではない。
左腕そのものが『影』となって分散し――何者かが現れる。
『影』から上半身を形取った男性がセラスの中から姿を見せ、鉄球を影と同化しながら掴む。
-
男の投球の体勢は、鉄球に精通するジャイロからすればまるで形になっていない。
だが、それは人外の威力が込められていた!
暴力的なパワーとスピード。
それだけで十分過ぎるほどに……!!
衝撃。
咄嗟の判断で、ジャイロはヴァルキリーを一旦消滅させた。
ジャイロだけが鉄球の攻撃を肉体に受け、その反動でヴァルキリーが転倒するのを阻止する。
ジャイロは道路を転がり、クラクションを鳴らす車を回避しながら、わき道に逸れた。
信長たちを乗せた車は、以前として走行を続けている。
周囲で呆然としていた人々は、ジャイロに近寄ろうとしたが――彼は霊体化した。
人々はあまりの光景に呆然とする他ない。
あの男性は?
巨大な砲を抱えた女性は?
車は一体どこへ……
そんな疑問に答える声はどこにもなかった。
霊体化をしたジャイロの方は、見失った信長たちを思いながらも、状況を確かめる。
やはり……ここでは戦いづらい。承知していたが、逆にあれは……信長のアーチャーも善良であったから済んだ事。
彼女が、刺青男のように常識性も欠片のない戦闘狂なら話は違った。
―――黄金長方形を視認できる場所……そこへ誘導する手段か……
「……追って来ませんね」
ジャイロの存在を視認できない為、セラスは霊体化をする。
巨大な砲も『影』も同じく消滅したのだった。
高級車を運転する男性はビクビクした様子であるが、乗車する信長は至って冷静を保つ。
(家政婦の伝達だと、ルーシーが魔力消費で苦しんでいるだけで何もない。
少なくとも向こうが別の奴らに追跡されている可能性は低いな。あのライダーの単独だろう)
何にせよ。
銃火器の購入を目標とする信長は、迷いなくそちらへの道を目指すのだが。
それまで新たな騒動が発生しているとは夢にも思っていないだろう。
-
「………! るーしー!」
今剣の呼びかけに、ルーシーはゆっくりと瞳を開いた。
少し安堵した様子の今剣と、運転していた家政婦が心配そうに覗きこんでいる。
―――生きている。
無謀に感じられたあの魔力消費をルーシーは……耐えた。
しかしながら、肉体には尋常ではない疲労感が圧し掛かって来る。
何とか言葉を喋れる為、ルーシーは弱々しくも返事をしたのだ。
「大丈夫……少しまだ横になっていたいわ……ここは?」
すると、家政婦が「えっと」と相変わらずのオドオドした様子で受け答えた。
「博物館の地下駐車場、です。信長さんは少し遅れてこちらにいらっしゃると、先ほど連絡を受けました」
「そう………ごめんなさい。心配をかけてしまって」
信長がメールを送ってきたという事は、向こうも無事。
敵サーヴァントを倒したのか。もしくは上手く撒いたか……何にせよ、銃の取引を終えてこちらへ向かっている。
ルーシーは一安心をする。
宝具……もしかして、あの棺が………?
きっと博物館の内部で確認すれば分かる。しかし、恐ろしい。
あの棺を……あそこに、もう二度と戻らないばかり思っていたのだから……
今は、考えないで体を休めなくては。
「きゃあっ!!?」
家政婦が突如として悲鳴を上げた。
何者かが彼女の体を突き飛ばしたのである。誰が? それは―――
あの財団職員・アダムだった。司書からの情報を頼りに、この博物館へ至り――地下駐車場の存在に気付いたのだ。
必死ながらアダムは、ルーシーの居る車へ接近しようとしていた。
「ルーシー・スティール! ……もう一度言う。今直ぐ令呪を使用するんだ。SCP-076-2を止めろ!!」
「ハァ………ハァ………!」
-
二人の間に、今剣が入る。
子供ながら刀を持つ少年に、アダムは違和感を覚えたが――そんな場合ではない。
冷酷にアダムは言った。
「邪魔をするな。少年……彼女はあの刺青のサーヴァントのマスターなのだ」
「しっています」
「刺青のサーヴァントは危険な存在だ。止めねばならない」
「……わかっています」
「ならば君も彼女に説得してくれ! 彼女が令呪を使えば……私は何もしない!!」
「………あなたは『財団』の……」
財団。
そのワードに反応したアダムに対して、今剣は言う。
「どうして……カインとアベルを……あわせてあげなかったんですか?」
「君は―――何を言っているのか、分かっているのか!?」
「かみさまが……ふたりをあわせなかった。だから、あなたたちなら、あわせられた……なのに、どうして」
「子供の君には分からない。まだ理解が難しいだろう。だが、それは危険な行為だ」
そんな事をしたら、どうなるか分かる筈だ。
どんな結末が広がるかも、容易に想像できる。
愚かな末路しかない。意味のない。アベルは人類を憎悪する、殺戮兵器に過ぎない。
人類を脅かす危険因子でしかない。それが真実だ。財団も――そう断言した。
「でも……でも!」
今剣は納得しない。
だけど、一つだけ答えを得た。
那須与一を死なせてしまった。
取り戻しようがない犠牲だ。聖杯戦争がどのように残酷か教えられたのである。
彼の死を無駄にはしない? そうではない。
彼の死を背負っていく? それも違う。
二度と犠牲を出さない? それは無理だ。
ただ。生き残るために………今剣は、生きるしかない。
勇者とか英霊とかヒーローとか。そんな正義の味方になって責任は取らないし、取れない。
前へ、進むだけだ。
-
「るーしーには、あべるがひつようなんです」
「……!」
「あべるが、きけんなのはわかっています。でも、ひつようなんです!」
殺させはしない……!
今剣が少年とは思えないほどの身のこなしで、大人であるアダムの体を投げ払った。
想定外の能力にアダムも驚愕を隠せない。
同時に、理解した。
もはやルーシーは聖杯を手にする算段なのだと。もう容赦はしない。
今剣は転倒したアダムへ刃を向ける。
「あきらめてください!」
だが、今剣はアダムを――殺さない。
過去を守る刀剣男士である今剣は、過去に生きるアダムも殺してはならないと理解していた。
刀剣男士としての使命。
主との約束。
過去を変えてはならない意味を、ようやく理解した今剣。
与一の死は無かった事にしたい。でも―――無かった事にしては、駄目だ。
彼が死んだからこそ、今の自分が存在するのだ……!
アダムは咄嗟に、足を動かした。
与一によって痛められた足を気合いだけで動かし、今剣を蹴り飛ばす。
攻撃を受けた今剣の体は、駐車場のコンクリートの柱にぶつかる。
衝撃で少年の手から短刀が零れ落ちた。
「くっ………」
アダムは起き上がろうとする今剣に、ヤケクソ気味に松葉杖で叩きのめした。
追撃を喰らって倒れる今剣を確認して、アダムは短刀を目にする。
これで――ルーシーを。
そういえば、アダムはもう一人・家政婦がここにいたと周囲を見回すが、彼女はヘナヘナと足が脱力し座り込んでいる。
最悪……今剣も、家政婦も殺す。
しかし、それでいい。それだけの犠牲で『SCP-076-2』を無力化できるのならば!
-
ルーシーは息を絶え絶えになんとか車から脱出する。
走ろうとしても、足は動きにくい。
何としてでも……生きなくては、夫と再会するには乗り越えなくては……!
短刀を手にしようとするアダム。
だが、それを抑え込んだ第三者が現れたのだった。
「な―――!?」
驚くのは無理もない。それは―――サーヴァントであった。
両義肢の―――冷徹な瞳でアダムを抑えるアサシンは、紛れもない。間違いようも無い。
故に、制止する意味が理解できなかったのだ。
アダムは取り乱して叫ぶ。
「SCP-073! 彼女はSCP-076-2のマスターなのだ! 彼女にSCP-076-2を無力化して貰わなければならない!
お前は……この状況がどういったものか――理解している筈だ!!」
「………」
『073』………!?
魔力消費の影響で重度の疲労を抱え込んだままのルーシーは、思考を動かす。
確か『SCP-073』は……! どうして……?
何故、あたしを助けてくれるの………!?
どういった理由で……違う………そうじゃない? そういう理由では……あたしを利用しようとか……
………まさか……もしかして………
ルーシーがアサシンと視線を交える。
ハッと彼女は我に帰った。短刀が――今剣の持っていた、刀がそこにはあった……
自然と荒い呼吸を続けるルーシーは、再度アサシンと目を交わした。
「あ……アサシン……いえ『カイン』……あなた………」
サーヴァントであるアサシンに、アダムは勝ち目はない。
それは承知していた。だからこそ……アダムは決心するのだった。
令呪。
実質、最後に使用できる令呪で――アーチャーを、ひろしをここに呼び寄せる!
「令呪を以て命ずる! アーチャー………」
ルーシーは渾身の力を込めて、這い上がる。
アサシンに注目し、アサシンに――…………カインに押さえられているアダム。
落ちていた短刀『今剣』……それを掴んだルーシーは―――彼を刺した。
聖杯戦争のマスターであるアダムを。
-
「き……さま…………ルーシー………」
アダムがルーシーに手を差し出しかける、その矢先。
ルーシーは荒く呼吸を続けながら、引き抜いた短刀を咄嗟にアダムへ投げつけた。
それは――吸いこまれるようにアダムの喉笛を突く。
「が………はぁっ………」
「あ―――ああああ」
分かっていた。そのつもりでも、ルーシーは涙が溢れ出てしまう。呻いてしまう。
一連の出来事に呆然としていた家政婦や、起き上がろうとした今剣は言葉を失くしたのだった。
嘆きながら、ルーシーは涙を流し続ける。
アダムは転倒し、弾みで血まみれになった短刀が喉から落ちた。
―――何て事! やってしまった!! でも、やらなければ……やられていた!
そして……彼が助けてくれなければ、全員殺されていた……!!
苦しみもがくアダムを見下ろすカインは、どこか不気味であった。
血が溢れようが、アダムはそんな彼を理解する事が出来ない。
カインは財団の情報を全て把握している。だからこそ……アダムが財団職員であることも、知っている。
「が………いん。……じぶんが……なにを……じで、いるが……わがっで………」
「ええ」
カインの声色は恐ろしいまでに機械的だった。
凍てつくように冷淡な口調のまま、カインは言葉を続ける。
「ですが……私はサーヴァントです。私はマスターに従い、そして私自身の意思で動いています」
「財団を、裏切っで……」
「何度も言います。これは『聖杯戦争』で、私はサーヴァントで――貴方はマスターだった。
この世界には『SCP』も『財団』も、存在しません。私も『SCP-073』ではなく『カイン』なのです」
カインはそう。自らの呪縛を解き放つように、アダムに告げたのだった。
アダムの体はいよいよ動きを止める。
嗚呼。なんてこと………
最初から、結局は財団に捕らわれたままだったのは。
娘ではなく……私だったというのか……
私は―――財団としても在れず、父親としても失格だった。
【アダム@SCP Foundation 死亡】
-
「ど……どうしよう! どうしようこれ! でもそのぉ、これって、せ……正当防衛よねっ!?」
緊迫する空間で一人話を切り出したのは、聖杯戦争とは無関係の家政婦だった。
今剣は、ようやっと立ち上がり。
そして、ルーシーは荒い呼吸を続けたまま。
存在するサーヴァント――アサシンの『カイン』と対峙している。
アダムの死体を一瞥したカインは、ルーシーと向き合う。
「弟の……マスターですね」
「………う……」
分からない。どうして……!?
ルーシーは不安と恐怖を抱え込みながら、カインと向き合う他なかった。
何故? 何故、ルーシーを助けたのだ?
もう……彼はもしかしたら………
カインの方は沈黙の後。ルーシーに告げるのだった。
「貴方はきっと、聖杯が欲しい訳ではないのでしょう。弟も同じです。彼は何かに満たされたいのです」
「………カイン……」
「私はここで起きた事。貴方達の事をマスターに伝えなければなりません。
しかし、貴方が『彼』を殺した。その危険性は絶対伝えません……だから、お願いします」
「……」
「弟の事を―――お願いします」
彼の言葉や表情は悲しみに帯びていた。自分では、それは叶えられないから、託すしかない悔しさも込められている。
ルーシーは……押しつぶされそうになる。拒否する。
無言で首を横に振って、彼女は言葉を紡いだ。
「彼は……アベルは、あたしを殺すわ。そうしようと、してる……」
「貴方よりも私を殺すでしょう。弟は、私の存在に気付いています」
-
その告白は衝撃的だった。
だけど、別にカインは分かり切っていた事でもある。
警視庁の情報収集の際。警察無線で新たな共犯者としてカインの特徴を詳細に述べた情報が入ったと、報告が一つ。
それは……直ぐにアベルの仕業だと理解した。
アベルは気付いている―――カインの存在に、カインを……殺そうと。
「だからこそ、貴方は安心して下さい。私は『その時』が来るまで生き続けるよう努力します。
そして、弟と共にいる『彼ら』は弟が許し、弟が望んだ者です。どうか信じて下さい」
「あ……ああ………カイン……」
涙が溢れるルーシーは、その言葉に……安心してしまった。感謝しかない。
本当に。彼は。
弟の為と、ルーシーの為に生きようとしているのか……!
それが償いになるから……?! 正気じゃあない。だけどそれが、ルーシーにとっては希望だった。
カインはアダムの死体を再度眺め、静かに告げる。
「この死体は私が運び出します。早く行かなくては……弟が再び目覚めてしまう前に」
立ち去ろうとするカインを、放心していた今剣は退きとめた。
「―――あ………あ、あやまって……あやまったほうが。い、いいです」
いざ言おうとすれば、呂律が回らない。
何とか今剣が伝えた言葉に、カインは少し驚いた風だったが笑みを浮かべた。
「その時が来れば―――そうするつもりです」
-
「くそぉ! あいつら、なんて事しやがる……!!」
東京都港区。
ここでキャスター・幽々子と文字通りの死闘を繰り広げているひろしは、必死であった。
幽々子の攻撃から逃れる為に?
幽々子を攻撃する為に?
否――それとは全く違った。
彼女の弾幕、そして『死』を形にした蝶。それらの攻撃に、ひろしは怒りを露わにせずいられない。
夜空に打ちあがったような美しい弾幕であるが、全てがひろしを狙ったものではない。
ひろしが追跡する弾幕を回避するのを予測した攻撃もある。
そういった類は『無差別』なのだ。
蝶に関しても同じだ。
ひろしが「不味い」と感じ取ったそれを回避すれば、近くで呆然としていた人々が巻き込まれ、死に絶えていく。
ブライトも、幽々子も。
巻き込まれてしまったなら仕方ないとしか受け流していない。
ブライトに関して言えば『財団』でそういった犠牲になれてしまったのが強い。
であってもだ。ひろしは許せない。
生贄であれ、無関係な人々を巻き込もうなど……!
「止めろ! 場所を変えて戦え!!」
「別に殺したって構わないと、主催者直々の通達を聞いていなかった訳ないでしょう?」
ひろしは、意を決して弾幕が薄まったのを確認し、両腕を幽々子に定める。
「ロケットパアァアアアアンチッ!」
弾幕の隙間を抜けていくひろしの分離した手首は、幽々子に命中した。
幽々子は、そのまま無様に手首に押され、遠くへ移動させられていくのだが。
彼女はまるで効いた様子がない。
ひろしによって操られた車が背後から襲いかかるが、それにも動じない。
何故なら幽々子は亡霊だから。
物理攻撃に等しいひろしの攻撃は、酷く相性が悪かったのだ。
無論、ひろしも幽々子にダメージが通っていないのは承知していた。
亡霊であることを理解した訳ではないが、幽々子が放つ弾幕は勢いを衰えない。
-
ひろしが成すべき事は、幽々子を街から離すこと―――
幽々子の攻撃が恐ろしいことを思い知らされ、人々を考慮すらしない態度を見れば、こうせざる負えない。
先ほど放ったロケットパンチは継続中だ。
そのまま幽々子の体を押し続けるのみ! ダメージがあるなら、少しでも効果があるなら良い!!
だが、一番に優先するべきは無関係な人々の安全。
「……アダム。ねぇ。まさかとは思うが」
戦闘を繰り広げるサーヴァントたちを傍らに、ブライトは呟く。
『アダム』という名と娘の存在。
ひょっとしたら、何て考えたが……そんな偶然はあるのだろうか? そう疑問を抱いているブライト。
「『自分の娘』を解放したい、なんて願ったんじゃないだろう?」
すると。
どういう訳か、ひろしの猛攻は止んだ。
幽々子を攻撃していた手首もひろしの元へ帰還をし、幽々子は更なる追撃を仕掛けようとしたが。
ひろしの状況は少し妙である。
ブライトの発言に動揺した……訳でもないらしい。
魔術に疎いブライトには分からないが、ひろしの魔力に異変が起きたのは確か。
何より、ひろし自身が混乱していた。
「アダム!?」
念話で語りかけても、返事はない。
当然だった。
アダムは―――死亡した。そして、ひろしへの魔力供給も停止したのだ。
アーチャーであるひろしには『単独行動』がある為、消滅には至らないものの。
マスターを失ったロボットが満足に宝具などを使える状況でなかった。
何故?
これは失敗だ。
責任の取りようのない……せめて、どうにかしてでもアダムの娘を助けたい。
無論。
様子見とはいえ単独で博物館に乗り込み、令呪を出し惜しみしたアダムにも責任はある。
ひろしも、念話がない為。アダムは病院で大人しくしているとばかり……
そんな言い訳は無駄であった。
-
「いや……!」
駄目だ!
ひろしは立ち上がる。
アダムの願いを叶えなくては、せめて娘だけでも解放したい!
刺青男やセイバー、眼前にいるキャスターなどに聖杯を渡す訳にはいかない!!
ひろしが取った手段。
それは―――逃亡だった。
悔しさばかりこみ上げ、自分自身への憤りを胸に、されど『父親』として、英霊として。
人類を滅ぼそうなど企む連中に聖杯を手にさせてはならない!
アダムの娘を必ず救う!!
―――せめて……サーヴァントを失ったマスターがいれば……!
諦めない。
アダムを助けられなかった自分に出来るのは、アダムの願いを達成させる事だ。
ひろしは霊体化をしつつ、意識を集中させていたせいか。
何故、幽々子は追跡をしないのか? 些細な疑問を抱かなかった。
【三日目/夕方/港区】
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん】
[状態]霊体化、魔力消費(中)、ダメージ(中) 、マスター消失
令呪【見つけ次第、ルーシー・スティールを殺害しろ】
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯でアダムを願いを叶える
1:アダム……
2:ルーシーを家族のところに帰してやりたいが……
3:バーサーカー(アベル)やセイバー(ナイブズ)に聖杯は渡さない。
4:サーヴァントを失ったマスターの捜索。
[備考]
・セイバーのステータスを把握しました。
・ダメージは燃料補給した後。魔力で回復できます。
・SCP-076-1についての知識を得ました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・財団について最低限ですが知識を得ました。
・勇路がマスターであると把握しました。
・ブライト主従を確認しました。また危険な主従として認識しております。
-
幽々子がひろしを追撃しなかった理由、それは――
「魔力消費……だったかな? 堪えるものだ、これ以上戦われたら堪ったものじゃないね」
そう、魔力だ。
既に魂だけに等しいブライトだったが、魔力は乗っ取った人間の体に依存するものらしい。
これならば、次から次へ。体を乗り替わり続ければ良いだろうが、容易な事ではない。
ブライトも一々それは面倒だと理解していた。
ひろしを取り逃がすのは失態だが、まだ相手の本領が見えない。
彼は幽々子を街から離そうと必死なだけで、本気でやりあっていないのは素人のブライトにも分かった。
「『西行妖』の開花が進めば、魔力供給も必要なくなるけどね」
「成程! 巻き込まれて死んだ人間の魂をもう一度捧げれば、開花は進行しないかな?」
「少しは進む……ってくらいかしら。それに、焦る必要はないと思うわ」
放置したって周囲から『春』を奪うものだ。
一々手間暇かける必要性がない。しかし、幽々子は死に絶えた人々の魂をちゃんと回収し。
そして、それらを捧げるつもりだ。
「それと……あのアーチャーのマスターに心当たりでも?」
「うん? あぁ、名前が似てるけど知り合いとは限らないね」
「もし知り合いだったら?」
「ジャック・ブライトからのクソったれなメッセージを伝えるさ。
聖杯には『息子たちを最高な形で終わらせてくれ』と願うつもりなんだろうな? とね」
【三日目/夕方/港区】
【ジャック・ブライト@SCP-Foundation】
[状態]20代女性の体、魔力消費(中)
[令呪]残り2画
[装備]SCP-963-1
[道具]ウィルソン・フィリップスの財布+乗っ取った女性2人の所持品
[所持金]現金15万とクレジットカード+乗っ取った女性2人の所持金
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯戦争という概念の抹消。
1:今後の為に『西行妖』の開花を少し早める。
2:アーチャー(ひろし)は危険と判断し、排除したい。
3:少年(勇路)は危うい存在なので、出来れば処理したいが……
4:織田信長がマスターならば接触する?
[備考]
・キャスターに雑談として財団や主なSCPの話をしました。
・織田信長と宴会の席を本日の晩に設けました。
・フードのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の宝具が設置されている博物館を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の事件以外の情報を入手しました。詳細は後の書き手様に任せます。
・SCP-073が東京に存在することを把握しました。
・勇路がマスターであると把握しました。
・安藤がマスターであると把握しました。
・アーチャー(ひろし)のステータスを把握しました。またそのマスターを薄々勘付いています。
【キャスター(西行寺幽々子)@東方Project】
[状態]能力上昇中(三分咲き) 、魔力消費(中)、ダメージ(小)
[装備]扇子
[道具]先ほどの戦闘で発生した死霊(無数)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:ブライト博士に付き合う。
0:西行妖に死霊を捧げる。
1:また宴会やりたいわ。
2:どうしてレプリカから死霊が出るのかしら?
[備考]
・ブライト博士に雑談として幻想郷や主な友好関係の話をしました。
・死霊20体を西行妖に捧げました。
・西行妖は現在三分咲きであり、冬の範囲を半径5km程までのばしています。
・ブライト博士の影響か、死を操る程度の能力の行使に抵抗が無くなっています。
・SCP-073が東京に存在することを把握しました。
-
「何があった」
幸運だったのだ。
この江東区にある博物館の地下駐車場には監視カメラが設置されていなかった。
だから、警備員もアダムを認識していなかったのである。
そして――信長とセラスも。
唯一、セラスが吸血鬼の嗅覚で『血』が流れた事を感じ取ってしまっただけで………
家政婦は何がなんだか分からず、呆然としていたが。
ルーシーが混乱と不安など様々な負の感情による涙を流し、今剣が自らの化身である短刀を握りしめる。
三人の中で沈黙を破ったのは、ルーシーだった。
「アダム……わたしを襲ったマスターがここに……だけど、今剣が刀で」
「そ、そうです! あいてに、きずをおわせて……その、えっと、にげられてしまって」
慌てて家政婦が「正当防衛ですって! そうです、はい!!」とフォローを加える。
そんな三人の様子を眺めながら、信長は厳しい視線で睨んでいた。
「そのアダムとやらのサーヴァントは。何故いなかった」
今剣とサーヴァントを知らぬ家政婦は困惑していたが、ルーシーがはっきり返答する。
「分かりません……もしかしたら居なかっただけかもしれない………必死な様子だったから、サーヴァントを失ったのかも」
「――で、あるか」
どこか納得いかない様子の信長。
彼らの元に、博物館内部を様子見しにいったセラスが帰還する。
チグハグした雰囲気で話しにくいセラス。信長の方が先に口を開いた。
「どうだった、バインバイン弓兵」
「名前適当になってません? ……例の『棺』、扉が閉まっていました」
成程。
ルーシーの魔力消費の酷さが理解できた。
そして、アベルはどういう形であれ再びここで目覚める。
信長は「さて」と緊張感を醸す。いよいよ狂気の王と対峙する時が来たのだ。避けては通れぬ道。
「問題は……あのバカ達はここに来るかだが」
-
うぐぐ、とセラスは唸る。
新たな情報では包帯男と神原駿河の姿が視えぬサーヴァント。
新手の二騎が確認されたのだ。アベルと人喰いのバーサーカーだけでも十分だというのに。
セラスが流石に不満を込めて言う。
「最悪、四人相手しなきゃいけないですよね? 私」
「頑張れ、ちょー頑張れ。相手出来るっつったじゃん」
「なんでこう厄介な部分だけ私に投げつけられるんですかー!」
「……まぁ、そういう訳だ。ルーシー、お前は一先ず休め。動くのも手一杯じゃ困る」
「…………はい」
今剣は自らの無力さを痛感し項垂れ、ルーシーは信長に悟られないの警戒し。
双方沈黙をする。
ただ一人。
巻き込まれてしまった家政婦――オルミーヌは溜息をついた。
(嘘ついちゃったなぁ……)
【三日目/夕方/江東区 博物館】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(極大)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]携帯電話(電源オフの状態)、バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
3:カイン……
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
・信長には聖杯を手にする為、方針を変えたように宣言しましたが、本人はそのつもりはありません。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]精神疲労(与一の死の悲しみ)、肉体ダメージ(小)
[令呪]残り3画
[装備]短刀「今剣」
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1:ルーシーと共に脱出する。
2:カイン……
3:なるべく人は殺したくない。
[備考]
・聖杯戦争については概ね把握しております。
・アーチャー(与一)の真名を把握しました。
・通達について把握しております。
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されているかもしれません。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
-
【織田信長@ドリフターズ】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]資料、購入した銃火器
[所持金]議員の給料。結構ある。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を頂くつもりだが……?
1:アベルの出現を待つ。
2:ルーシーは……
[備考]
・役割は「国会議員」です。
・パソコンスキルを身につけました。しかし、複雑な操作(ハッキング等)は出来ません。
・通達を把握しております。また、聖杯戦争の主催者の行動に不信感を抱いております。
・ミスターフラッグから、東京でここ二、三日の内に起きている不審死、ガス爆発、
不動高校、神隠し、失踪事件の分布、確認されているサーヴァントなどの写真を得ました。
・セラスからセイバー(フラン)とバーサーカー(ヴラド)の容姿の情報を得ました。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・江東区の博物館の館長を脅迫もとい交渉した結果、博物館の警備の強化などの権限を得ました。
・正午過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・ライダー(ジャイロ)のステータスを把握しました。
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(信長)に従う。セクハラは勘弁して欲しいケド。
1:アベルの出現を待つ。
2:バーサーカー(ヴラド三世)に通じる存在……?
[備考]
・セイバー(フランドール)とバーサーカー(ヴラド三世)の存在を把握しました。
・刺青のバーサーカー(アベル)を危険視していますが……
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・正午過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
<その他>
信長邸に出入りする家政婦(オルミーヌ)はルーシーがアダムを殺害した事を把握しており、
アサシン(カイン)の存在を確認しております。
■
死体を運ぶ。というのは常識的に考え、車など手段が必要となるものだ。
自力で――しかも東京都内を徘徊するのは無謀に近い。
一体どうして目撃されないのかすら怪しいのが普通だろう。
が……
現在の東京はかなり異常なのだ。
人気もないし、巡回しているパトカーすらない、活気も失われている。
全ては――警視庁の爆発もとい崩壊が原因であった。
江東区からは離れた場所にある警視庁で、キャスター・ヨマと複数のサーヴァントたちによる死闘が繰り広げられていた。
それは終わりを告げたが、現場では混乱状態が続いており、ニュースも注目している最中。
板橋区での火災と、未曾有の警視庁でのテロという事態に。
巡回していた警察はその応援へ向かい、人々も不安のあまり足早に帰宅を余儀なくされた。
もはや、自宅が安全とも言い難い状況だが。
皮肉だがこれはチャンスだった。
アダムの死体を運び出していたカインは少しでも、例の博物館から距離を取ろうと急ぐ。
江東区は河に面した場所が多い。
そこへ死体を投げ込めば問題はないだろう。
「………」
果たしてこれは正義なのか?
例え、ルーシーの為、アベルの為であったとしても……こんなことまでしなくとも。
否。
間違いなどない。
もはやこの世界に『正義』も『悪』もないのだ。
聖杯戦争の舞台というだけで、全ては聖杯戦争の勝者だけが、全てなのだから……
月夜が雲で陰り、漆黒にしか見えない河の中へ。
一つの死体が沈んでいった。
-
東京都江戸川区。
自宅前に到着した安藤だったが、どこか足取りは重い。
ここに来る途中でも、様々な噂を聞いた……速報で警視庁で事件。爆発事故が起きたと。
もしや、東京の秩序が崩落し……
最終的にかつて安藤のいた猫田よりも酷い戦場へと変わるのだろうか……
そんな不安を胸に、家へ足を踏み入れると潤也が出迎える。
「兄貴! 遅すぎるだろ! どこ行ってたんだよ!!」
「あ……悪い。連絡するの忘れてたな」
「まーいっか! メシ食わないで正解だったぜ」
そういえば。
潤也がふと尋ねてきた。
「兄貴。來野って人、知ってるか?」
「來野……? えっと……」
どこかで聞いたような……クラスメイトだっただろうか?
安藤の『東京』での記憶は曖昧なもので「いや」と答えるだけにしておいた。
リビングに移動するとテレビでは刺青男関連の緊急特番がされている。
潤也は不満げに「面白いのやってねーんだよなぁ」とぼやいた。
「なんか今日、アンダーソンがお見舞い来てくれてさ。その來野って人も来る予定だったらしいぜ」
外国人のアンダーソンに関しては、安藤も覚えはあった。
しかし、來野なる生徒とはロクに関わりがなかったような……クラスメイトなら。
もしかしたら、アヴェンジャーのマスターが?
テレビを横目に眺めると、テロリストの容疑者として松野トド松なる人物が逮捕されたらしい。
……いや、違う。
あの雰囲気、どう考えたって刺青男とあの人は関係ない……
安藤は顔をしかめつつ、今度は潤也に尋ねた。
「なぁ……神原って奴知ってるか? 神原駿河」
「あー知ってる! つーか兄貴も会ったじゃん!! 俺達の頭上ジャンプしてたの」
「えっ? あ、そうだっけ………?」
絶対に覚えていそうだが、それは記憶に違和感を覚える前のことだろうか。
聖杯戦争が始まる前は漠然としていて……
それこそ死んでいるように人生を歩んでいるような有様だった。
「神原がどうかしたのか?」
「あぁ、いや。どんな奴か知ってるかなって……」
「ん~~~? 俺も同じクラスだけど話した事はないかな。明るい奴だよ」
「……そうか」
-
分からないな。
神原がアヴェンジャーのマスターって可能性も……駄目だ。
安藤は何であれ、明日学校へ向かうべきだと決断する。どうやら、來野もそうだが――他の主従が不動高校には居る。
『マスター、今からそちらへ戻ります。それと……報告するべき事があります』
アサシンからの念話に、安藤は少し顔を上げる。
しばしの沈黙をしてから、アサシンに聞いた。
(何か――あったのか?)
あの博物館で何かが発生した……どうやらそれだけではないと安藤はどこかで感じ取っていた。
でも、安藤が望んだ事だったとしても。
アサシンの言葉は、どこか晴れやかだったのだ。
【三日目/夕方/江戸川区 安藤家】
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話、『王のビレイグ』
[所持金]高校生としては普通+潤也から貰った一万円(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)と対決する。聖杯戦争を阻止する?
0:アサシン(カイン)から情報を聞く。
1:考える為に情報を集める。
2:アヴェンジャー(マダラ)とライダー(ジャイロ)からの同盟の話は慎重にする。
3:明日、学校に行く。
[備考]
・原作第三巻、犬養と邂逅した後からの参戦。
・役割は「不動高校二年生」です。
・通達について把握しております。
・潤也がマスターであると勘付きましたが、ライダーのマスターであるとは確証しておりません。
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・アヴェンジャー(マダラ)のステータスを把握しました。
・アヴェンジャー(マダラ)のマスターが不動高校の関係者ではないかと考察しています。
・ライダー(ジャイロ)の存在を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
また首飾りの女性もマスターであると把握していますが、キャスター(幽々子)のマスターと
同一であるとは把握しておりません。
・少年(勇路)がマスターであると把握しました。
・SCP-963-1との接触が危険だと把握しました。
・現時点で腹話術の使用による副作用はありません。
今後、頻繁に使用する場合、副作用が発生する危険性が高まります。
・フードを被ったのサーヴァント(オウル)が喰種であり『隻眼』という特殊な存在だと把握しました。
・神原駿河と包帯男(アイザック)、金髪の少女(メアリー)の存在を把握しました。
【安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通+競馬で稼いだ分(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る。その為にはなんでもやる。
0:神原か……
1:兄を利用する。
2:ある程度、情報を集めてから行動を移す。
3:暇があれば金を稼ぐ。
[備考]
・参戦時期は不明。少なくとも自身の能力を把握した後の参戦。
・役割は「不動高校一年生」です。
・通達について把握しております。
・安藤(兄)がマスターであると確信しております。
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
・織田信長をマスターと判断しました。
-
【三日目/夕方/江東区】
【アサシン(SCP-073/カイン)@SCP Foundation】
[状態]霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)に謝罪をする。
0:安藤と合流する。
1:自分は聖杯を手にする資格はない、マスター(安藤)の意思を尊重する。
2:バーサーカー(アベル)と接触する為、ブライトに行動を悟られないようにする。
[備考]
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・ライダー(ジャイロ)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
しかし、キャスター(幽々子)のマスターがブライトであるとは把握しておりません。
・潤也がマスターであると確信しております。
・警視庁にて、現時点までの事件の情報を把握しました。
・江東区の博物館にある『SCP-076-2』を確認しました。
・バーサーカー(アベル)が自分(カイン)の存在を確認したと把握しておりますが、安藤には伝えておりません。
・ルーシーがアベルのマスターだと把握しました。また今剣がマスターである事も把握しております。
【三日目/夕方/足立区】
【ライダー(ジャイロ・ツェペリ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(小)
[装備]鉄球×2
[道具]
[所持金]情報を買った為、競馬で稼いだ分の金額も合わせて無くなりました。
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(潤也)には従うが……
1:潤也の意思に不穏を抱いている。
2:どうにも主催者が気に食わない。
[備考]
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
・アサシン(カイン)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・アサシン(カイン)の正体に心当たりがありますが確証には至っていません。
・信長とアーチャー(セラス)の存在を把握しました。
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投下終了です。
タイトルは前編が「虚物語-ウソモノガタリ-」後編が「無物語-ナキモノガタリ-」となります。
また、本日はアサシン/アイザック・フォスターの誕生日(推定)です。
おめでとうございます。
そして、一部自己リレーとなってしまいますが、以下の予約をします。
アベル&ルーシー、沙子&オウル、メアリー&アイザック、駿河、今剣、信長&セラス
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投下おつー
虚無もばんばん落ちていくな―
非日常を生きる者にとっても“非日常”な聖杯戦争
そこに巻き込まれて尚、聖杯戦争以前のロールに囚われてどっちつかずの半端者になってしまったが故の死か
カインが死因に絡んでるのが皮肉だけれど、まあルーシー狙ったらこうなっちゃうよね……
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感想ありがとうございます!!
これより前編を投下します。
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東京都千代田区。
ここに何があるか、そして何が起こったのか。もう説明する必要はないだろう。
秩序の崩壊。
それらを保とうと努力した者たち、狂って、凶悪な暴力たちによる死闘……
そして、テロリストの逮捕により静寂が保たれたところで、この地区は一つの落ち着きを取り戻していたのだ。
不思議な話。
『異常』とは目に映るもの全てを示すのではなかった。
奇跡や陰謀とは異なる力が働いていた。
努力の積み重ねは無意味ではないように。
人間を一人殺せばただの人殺しだが、数千人殺せば英雄なのだ。
もはやアベルと梟の殺害人数は総合千人は到達しており、濡れ衣を含めれば更に残虐な数字だった。
同時に、世間はアベルらを生半可なテロリストと称するのを止める。
先ほど政府は『非常事態宣言』を発表した。
同時に、本格的な自衛隊の導入まで決定する。
つまり――もうここは冗談半分の悪意で済まされる祭り会場ではない。
治安の悪化した都市。
正真正銘の戦場へと変貌しようとしていた。
一部市民は、その発表を受けて避難もとい実家へ向かおうとする動きが見られるものの――
結局、彼らは嫌がおうにも東京に残る。
何故なら、彼らは『生贄』なのだ。どんな事態であっても日常を続けなくてはならない。
自衛隊が周辺を物騒な雰囲気で歩行しようとも、通勤通学、家事など生活を続ける。
だけど、彼らには感情があった。
つまり――恐怖・不安……そういった負の感情。
冗談半分に、神原駿河の自宅へ向かおうとした人々は、皮肉にもアベルに蹂躙された。
冷水をかけられた彼らは、アベルの恐ろしさを漸く理解する。
SNSでは、板橋区の火災は神原駿河の自宅への放火が原因では?
と議論され、責任の押し付け合い。
[今から放火しまーすwwww]などいったコメントを書き込んだ者のアカウントが炎上したり。
あるいは住所を特定して、その人物を『テロリストの共犯者』と掲げたり……
聖杯戦争とは無関係過ぎる、不毛な争いが続いていた。
沙子が銃で攻撃してきた、なんて書き込みも信憑性がないと一蹴されたり。
「第一、神原駿河が共犯者とかおかしくね?」なんて意見が、今更湧きあがり。
そんな事よりクソコラグランプリの新素材が入手したと、面白半分の行為を続け。
沙子や金髪の少女(メアリー)の目撃情報から「アベルはきっとロリコンだって……」など新説が誕生し。
一部のお姉さま方は「アベル周りの三角関係予想」を深夜に渡って語っていた。
などなど。
それでも奇妙な事に刺青男の名が『アベル』という。
神原駿河が漏らした事実だけはちゃんと広まっていた。
どのような形であれ『東京』に配置されたNPCでしかない人々は思う。
冗談半分に彼らと関わるべきではない。と……
やはり相手はテロリストなのだ。
その脅威を目の当たりにし、一度は歯向かってみたが、その結果が今回の虐殺、火災、壊滅だ。
洪水の激流をせき止められたかのように。
『東京』の街は、不気味なほど静寂に包まれ、人々は外出を最低限に抑えていた。
-
板橋区から豊島区を蹂躙したのは嘘ではないが、狂った半神のランサーの濡れ衣まで着せられた梟を率いる。
神原駿河、そしてアイザックことザックとメアリー、沙子。
彼らは、前述による世間の動きによって夜の街を駆け抜ける事ができた。
しかし、他にも奇妙な点がある。
駿河が息を吐けば、それは白い靄のように目に映り、やがては大気に溶けて無色となった。
「さ……寒い。確か最近、桜の開花宣言を聞いたような……」
その通り。
この東京は『四月』の設定だった。
入学式からどの程度経過しているとか、曖昧な部分はあるものの。明白なのは季節が『春』である点。
頭上の雨雲が、今にも雨を降らせようとしている。
とはいえ――駿河はチラリと様子見すれば……警察官の姿がチラホラあった。
ここは千代田区だ。
例の爆発事故があって以来、警視庁周辺の警備だけは一丁前の状態である。
しかし、厄介なものだ。
江東区へ向かうには千代田区もとい『桜田門』を突破せねば叶わぬ話だ。
今更、遠回りしようにも……駿河は白い息を吐きながら、ザックたちに尋ねる。
「ザックさん達は……ここを走り抜けられるだろうか……」
「あ? そりゃサーヴァントの足なら余裕だぜ。何でんな事、聞くんだよ」
「確認という奴だ…………うむ……」
駿河は深く考えた。この状況を―――……
ここへ至るまでの間に、駿河もSNSで自分が晒され、共犯者扱いされている事実を把握している。
正直、憤りを感じ、無実を証明したいところだが、そんな暇はない。
世間の都合とは異なる。聖杯戦争の都合があるのだ。
それでも、聖杯戦争を知らぬ世間からすれば知ったことではないのだ。
きっと……神原駿河も、警察の逮捕対象にされ、事情聴取ならぬ尋問をされる事だろう。
分かってはいる。
だけど――駿河は決心した。
彼女は『正しい』と判断し、そして『成し遂げたい』と本心に抱いていた。後悔をしない、絶対に。
-
「………私が『囮』になる」
誰もが沈黙した。
ザックは理解が出来ていないようで、メアリーは死んだ瞳で眺め、梟は指を咥え見当違いの方向に視線を向け。
沙子は、酷く険しい表情のまま。
ひょっとしたら、沙子の暗示が駿河に影響を与えるのだろう。
分かってはいても、沙子は聞かずにはいられない。
「本気?」
「仕方がないのだ……沙子ちゃんとメアリーちゃんは、ザックさんとバーサーカーさんが抱えて運べるが……
私は……足手まといだ。体力も満足にない……魔力消費とやらのせいか、気分の悪い。
つまり絶体絶命のベストコンディションだ。正直、嬉しい状況ではないぞ……」
自分のせいで、沙子たちを引っ張るくらいなら。
駿河は、残りの体力をふんだんに使用し、警察の目を逸らす。
それだけで十分役目が全う出来た。
元より――アヴェンジャーの敗北の時点で、神原駿河に勝利はない。
故に、せめて些細な事でいいから、役立った方がよっぽどマシだ。駿河はそう決断する。
自分勝手に言いだした事だ。
沙子は強く止めないが、ザックの方は不満そうである。
「おい、スルガ! 俺から逃げようってつもりじゃねぇだろうな」
「……警察に捕まれば、逃げも隠れも不可能だ。
捕まったとして。殺される事も、危害を与えられない事を考慮すれば、逆に安全ではないだろうか?」
「おー……それもそうだな」
ザックは「俺が捕まった時もそんなんだった」とさり気なく、それでいて現実味のある呟きをする。
「おおう……」そう、駿河は表情一つ変えないザックの態度に困惑しつつ。
不安を隠し切れていない沙子や、睨むように見つめ出した梟へ告げた。
「大丈夫だ。何があっても沙子ちゃん達がどこへ向かったかなんて教えない。
知らないと答え続けよう…………安心してくれ、沙子ちゃん」
「……駿河」
「かわいい女の子の為だ。私も本望だぞ」
疲労の色は隠しきれないが、満足げな笑みを浮かべる駿河。
一体どうして彼女がそこまで良心的なのか。
彼女が助けようとする存在が社会的に反しているのだから『悪』そのものではないのか。
そのような反論も意見も、誰もしない。イカれた連中しか集って居なかった。
ここには『悪』だけが存在するのだから………
-
「あのよ。お前――」
そう、ここには狂った連中しかいなかった。
駿河でなくとも「ここは自分が惹きつけるから」なんてその身を投げ出す者に対し、普通ならば制したり。
あるいは「分かった」と返事をし、犠牲を胸に前へ進もうとする。
感動を呼び起こすような―――ありきたりな展開はなかった。
マトモな殺人鬼・ザックが苛立った口調で返事する。
「俺は嘘が嫌いなんだよ」
「いや、私は嘘をつかないぞ。ザックさん。本気で囮になるつもりだ」
「ちげーよ! 俺達がどこ行くか知ってる癖に嘘つくんじゃねぇ!!」
―――………え?
流石に、それは可笑しいだろう。
普通なら話さないのが常識ではないか。最終的に話す事になっても「知らない」と嘘ついても許される。
否。
この、どうかしている殺人鬼に関しては、馬鹿げたもので。
『そんな嘘』すら許そうとしないのだ。
全員が全員。言葉を失った。
静寂を破ったのは梟で、ケラケラと道化のようではなく本気で嘲笑しているように感じる。
だが、ザックは真面目に続ける。
「嘘をつく必要があるとか、ねえとか。関係ねぇんだよ。俺は嘘が嫌いだ、何度も言わせるな」
こんな狂った状況では正気の沙汰ではない。
だけども、駿河はむしろ気力が湧いた。
とんでもない。
英雄ほど人間を殺さずとも、匹敵するほど馬鹿馬鹿しくも『マトモ』な精神ではないか。
そんなアイザック・フォスターの言葉を得て、駿河は笑う。
「あぁ、心得た! ならば堂々とアベルさんやザックさん達のことを赤裸々に語っておこう! 赤裸々にな!!
バーサーカーさんはアベルさんを食べるつもりで、ザックさんは――」
「おう。アベルを殺すって神に誓ってやったぜ」
誰に誓ったって?
梟が再び堪え笑いをする傍ら、沙子があまりのことに尋ねた。
「それどういう意味か分かっているの?」
「あ? そのまんまの意味だろうが」
「やっぱり馬鹿なのね。貴方……」
「駄目だ、沙子ちゃん。ザックさんは遠くへ行ってしまったのだ……もう私たちが呼びかけても戻って来ない。
遠くの世界でアベルさんと幸せになる。私達はただ見守るしかないのだ……」
「俺はここにいんだろ!」
-
ザックの突っ込みを聞いたところで。
改めて駿河は饒舌に続けた。
「つまり、ザックさんはアベルさんと神に誓い合った関係だと伝えておこう! それはもう熱烈にな!!」
「よし、いいぜ。何も間違っちゃいねえな、マジで伝えておけよ」
「伝えなくてどうするのだ! むしろ聞いて貰わなくては!!」
ケラケラと笑う梟の隣で、沙子は「絶対に誤解されるわ」と思うが。
断じて、駿河の部屋にあった冒涜的な書物の影響ではない筈。
それ故だろう。
神原駿河は背中を後押しされたかのように、走り出せる気力が、火事場の馬鹿力と呼ぶべき未知なる力が込み上げる。
「それではザックさん! アベルさんとの旅行先で絵葉書を警視庁宛に送ってくれ! 私は生涯それを大事にしよう!」
「意味わかんねぇが、これだけは教えてやる。俺は文字書けねえし、読めねえからな」
衝撃的なオチに、今度ばかりは屍のように無言だったメアリーも「え?」と困惑していた。
駿河がしばし呆然した後。
渾身の力で駆けながら思いっきり言った。
「ならば―――アベルさんに頼んでくれ!!!」
神原駿河の姿がザックたちの視界から消え数十秒後。
向こうが一気に騒がしくなるのを感じながら、梟は呟く。
「ちゃんスルは馬鹿だなァ。どっちにしたって、かわいそうなザックきゅんはアベルくんを殺せねぇよ」
「あぁ!?」
どういう意味で『かわいそう』なのか。
本当にザックの人生はロクでもなく、悲劇的であったかは少なくともこの場の者は知らない。
だけど。
英霊の癖して文字が読み書き出来ないのは、義務教育すら受けていない証拠だ。
尤も、それで不幸の具合は図れないが。
沙子はロクでもない人生だっただろうと察する。
折角、神原駿河の一世一代の囮作戦が繰り広げられてるにも関わらず。
ザックの方は、相変わらず乱雑な大声で「俺が殺すんだよ! テメェは死体でも食ってろよ!!」と反論する。
梟は、指を咥えながらザックの言葉を聞かぬフリしているよう。
沙子を抱えて、目的地へと走った。
-
「?」
頭上から何かが振る。
一瞬、嘘のように感じたが―――紛れもない。それは『雪』だった。
沙子は、死の街を梟と共に駆けながら季節外れの幻想的な『雪』を眺め続けている。
温かい陽気が消え去り。
冷たい季節が訪れる。
嗚呼。これこそが『東京』なのだ。
きっと『東京』という街は真価を問われている。
この瞬間。全てがリセットされ、0になっただけ。恐らく始まりだ。
神に試されている。
聖杯戦争という過酷な戦場の舞台と選出されたここと、そこにいる人々達はどうするのか。
気高く飢える獣のように、マスターやサーヴァントに歯向かうか。
あるいは?
だとしても……マスターたる者たちは、逃げるか対決する術しかないのだろう。
様々な思惑。企み。苦悩。
醜い争いが永遠と続けられようとも、聖杯戦争には終わりがある。
マスターたちは、考え続けなければならない。
「ねえ……ザックは」
雪が紙吹雪のように散る街で、メアリーは静かに問いかけた。
「約束は守ってくれるの」
もしアベルのように。
自分も殺される事を約束されれば、どんな風に殺されるんだろうか。やはり、鎌で斬り落とされる方かも?
完全に狂った思考のメアリーに対し。
どこぞの少女みたいに殺す気力も湧かない、気持ち悪い瞳をしていると感じるザックは。
嘘一つなく。
ありのまま、彼の在り方を貫くだけだった。
「お前が、ちったぁマシな事をすればな」
簡単に言えばギブアンドテイク。等価交換。そんなところだ。
何かを得るには代償が必要なのだった。
殺されるのだって、それなりに対価を必要する。
命でなくとも。物であっても。何を天秤に図ろうとも、無で何かを得られる事は無い。
簡単だが、少女たるメアリーは漸く納得した。
「うん、わかった」
「……で、俺に何して欲しいんだよ」
メアリーは躊躇している訳ではないが、何となく感じる。
「後で話すね」
まずは―――彼の殺戮者を出迎えなくてはならない。
-
東京都江東区にある博物館。
嵐の前の静寂が広まった最中だったが、セラスはノートパソコンを確認し、信長へ伝達をした。
それは『ミスターフラッグ』からの深夜の報告。
情報としては、刺青男の騒動が大部分を占めているが。
他にもサーヴァントに変身したと思しき少年の存在などが、信長にとっては重要だろう。
東京の上空を飛行したランサーの行方は不明だが、最悪――刺青男かその仲間によって倒されたか。
信長は唸る。
「その後のアベルの動きは?」
「不明です。少なくとも――豊島区にてフードのサーヴァント達の目撃情報が多数確認されております。
信憑性は定かではありませんが、桐敷沙子は拳銃を所持している可能性があるようです」
「……ふむ」
その時点で、アベルは一度死亡したという訳だ。
確か。
信長はアベルの報告書の記述を回想する。『棺』が閉じられ、最短でも6時間。
時を消費し、アベルは再び肉体の再構築を完了させ、『東京』に復活を果たす……
博物館館内は明かりが灯っている。
警備は一旦帰した。監視カメラも停止し、客人を招き入れる準備は整っていた。
死に絶えたかのように沈黙が流れる『東京』の街で――恐らく、警察が一々目を配る事は無いだろう。
状況を把握した信長は、家政婦(オルミーヌ)の車で横になるルーシーと
それを見守る今剣のところへ現れる。
「あ、信長さま。どうしましたか?」
「ルーシー。気分の方はどうだ」
「……少し良くなったと思います」
魔力が回復したとは感じられない。
ルーシーは何とか身を起こして、少しばかり行動できるか否かといった具合である。
正直、まだ横になりたい。再度眠りについて、万全の態勢を取りたいほどだ。
-
だが、信長は苛烈に告げる。
「動けるな」
「はい……何とか……」
「よし。行くぞ。アベルのところだ。お前もあそこへ行け」
―――な…………!? 何ですって……どこに? アベルの……棺の前へ!?
ルーシーは唐突な要求に、首を横に振って拒絶した。
「無理ですッ! わたしは……そんな事をしたらアベルに殺されるッ!!」
「そうです! やめてください、信長さま!! ぼくからも、おねがいします!」
「……なら、ここで死ね」
例の、サイレンサー付きの銃を向けたのに、ルーシーは悲鳴を漏らしそうになる。
今剣は咄嗟にルーシーの盾となった。
何故このような乱心を!?
信長にとっては、ルーシーを甘やかそうとしていない。
どこぞのお嬢様のように、優遇しようなんて考えてすらいないのだ。
これは戦争だ。
ここは戦場だ。
わがままに付き合っている場合はない。
一刻一秒が惜しい。
信長なりに、至って平静にルーシーたちに告げる。
「マスターが死ねば、どんなサーヴァントだろうが直ぐに終わる。アベルも例外ではない」
「………ッ!」
「お前を放置する時点で、無能か。あるいはお前の命なんてどうでも良く思っとる」
「きっと……後者です。だとしても、彼は……わたしが召喚した事に憤慨しています。顔も見たくないはず……」
「なら俺がここでお前を殺したって大して変わりはしない。
ルーシー、お前は勘違いするな。俺は『同盟』を組んだがそれは、お前とアベルを利用する意味でだ。
利用できなきゃ、さっさと殺すぞ。躊躇なくな」
-
当然だ。
アベルの存在など『厄災』でしかない。
障害を無償で喪失できるならば、信長に躊躇はなかった。手慣れていた。
ルーシーのような少女一人、殺したところで魔王の胸には一つとして響く事は無い。
信長が「利用する」と方針以外だったら。
きっと、間違いなく。ルーシーも今剣も葬り去っていただろう。
もし那須与一がおれば、変わっていたかもしれない。
だけど、那須与一のいない信長は枷が外れた魑魅魍魎だった。
再度、信長はルーシーに告げる。
「マスターとしての示しを見せろ! ルーシー!!
戦場で甘えなど許されん。勝利する事だけを考えろ。いいな!」
「……う…………」
涙を堪えながらルーシーが「はい」と答える。
銃が信長の懐へ戻ったのを確認し、ルーシーは今剣と共に体を震わせながら、あの始まりの場所へ向かう。
嗚咽を漏らすルーシー。
そんな彼女を見届けた家政婦は、とんだ状況に巻き込まれ。困惑していた。
信長は、いつもの調子で家政婦に話しかける。
「オッパイーヌ」
「オルミーヌです! な、なんですか」
「もう帰って良いぞ」
「………へ」
NPCである彼らは聖杯戦争とは無縁なのだ。これ以上、余計な事はして欲しくないのが信長の本心。
オルミーヌのように、信長が乗車していた運転手にも帰宅するよう指示していた。
まさか、そんなことがと家政婦自身戸惑いを隠しきれない。
実際に殺人事件に遭遇し(信長にはアダムが死亡したとは告げていない)、拳銃やら、幽霊のように姿を現した男性や。
そりゃもう、ありったけの非日常を味わったのだ。
明日、死ぬんじゃないかと家政婦は気が気ではない。
「口止め料として金を振り込んでおいてやる。いいな。もう帰れ(用が出来たらまた呼ぶ)」
「あぁ………は、はい……わかりました」
信長たちは、こんな時間(深夜0時を回りそうな頃)に博物館へ何用か。家政婦はあまり想像したくない。
色々あったけど自分はもう関係ないのだ。
報酬が手に入るなら、それでいいじゃないか。
刺青男がまだ捕まっていないのだ。早く帰宅した方がいい。
「………」
―――いいのかなぁ……それで………
家政婦は思う。
事情を全く知らないが酷く追い詰められていたルーシー。
彼女を親身になって守ろうとする今剣。
そんな家政婦は、聖杯戦争とはまるで無縁だ。
ひょっとしたらマスターになりそこなった存在かもしれないが、どうだっていい。
名も無き通行人に過ぎない彼女が、何かしたところで意味は無いのだ。
だから………
だけど……
-
東京都千代田区。
警視庁が崩落の危険があるとして、警察のほとんどが周辺の警察署で待機する状態。
そして、機密情報を持ち出される危険を考慮し、無意味な厳重体勢を整えていた。
無論。そういった情報は、出来る限り回収するべきだが。
警視庁の状態を見れば、望めぬ事だった。
ロボットによる遠隔操作の回収を検討されていた頃。またもや、刺青男関連で進展が発生する。
それは、SNSでは共犯者と噂されている神原駿河の確保だった。
どういう訳か、彼女は千代田区内を駆け巡り、体力が枯渇したところを逮捕もとい確保された。
高校一年生故にまだ未成年に分類される神原駿河。
しかしながら、彼女の確保は深夜を回る時間帯であった為。
緊急速報として簡易的な情報がテレビやネットのニュースサイトに掲載される程度。
恐らく、早朝の時間帯には詳細な内容となって、あらゆる場所で公表するはず。
神原駿河は至って真面目に事情聴取を受けた。
彼女の語る内容が全て真実かは定かではなかった。一見ふざけた内容もあったし。
駿河は『ザック』と呼ばれる包帯男を含めた一味を家に泊めようとしており。
彼らが都内を騒がすテロリストと承知した上での同意。
しかも、神原駿河は脅迫に屈した訳ではなく。自らの意思で了承おろか、要求したと言うのだ。
これでは最早、共犯者と断定せざるおえない。
それほど、馬鹿正直に神原駿河は受け答えをしたのだった。
一向に否認を続ける松野トド松とは偉い違いである。
他に、神原駿河はその『松野トド松』の存在を知らず。彼は刺青男・アベルとは無関係だと返答した。
さらには、アベルたちがある博物館に集合する秘密まで暴露した。
アベルたちを裏切るつもりか?
仲間割れという奴なのか?
警察の予想を上回り駿河は「ザックさんが正直に答えろと言ったのだ」とばかり続ける。
彼女は何一つ。清々しいほど真実しか語っていない。
だからこそ……駿河は平静を保てるのだろう。嘘をつき続ければ、警察の尋問など耐えられない。
心底、神原駿河はザックに感謝をしていた。
-
「もう一つ、聞かねばならない話がある」
とはいえ、駿河からすれば尋問の威圧感よりも疲労感が勝っていたのだ。
正直、喋り続ける事すら辛い状態だ。
牢屋の中でも、このまま聴取室の中でもいいから眠りにつきたい。
駿河が少女で未成年であるのを考慮してか、聴取をするのは金髪の女性刑事だった。
「『バーサーカー』というのは偽名か? 刺青男の『アベル』も『バーサーカー』と証言していたが」
「あぁ……それはクラスだ。アヴェンジャーは狂戦士と称していたが……サーヴァントが真名を把握されるのは
弱点を知られる危険性が高まる、故にクラスで呼ぶのが基本なのだ。
すまない。ザックさんの真名は知らないし、フードの被ったバーサーカーさんの真名も同じくだ。
知っていれば、ちゃんと答えているとも」
いや、そうではなく。
聴取を取っている女性警官も呆れた様子だ。
NPCである彼らは、バーサーカーだの、アヴェンジャーだの。サーヴァントや、真名なんて。
中学生の妄想に付き合っている暇なんてない。と言わんばかりの威圧。
一見ふざけた様子に、女性刑事は改めて問い詰める。
「それらは捜査を撹乱させる為の証言か? 真面目に答えたらどうだ」
「何度も言うが、私は真面目に受け答えをしている。
ザックさんがアベルさんと神様に誓い合った関係なのも、それを交えてバーサーカーさんと三角関係になっているのも。
全て事実だ。嘘はついていない。実際、本人に聞けば普通に答えてくれるはずだ」
「なら、説明することだ。アベル達は、何を目的としている?」
「厳密に言えば、アベルさんは人間が許せないからそうしているのだろう。カインとアベルの話を知っていれば分かるはずだ。
ただ。アベルさん以外……ザックさんとバーサーカーさんは違う筈だ。それに私が知らない人たちも。
きっと『聖杯』が欲しい人だって、居るに違いない」
「……聖杯?」
この『東京』は偽りの舞台。配置されたのは偽りの『生贄』。
そこに紛れこんだ真実の登場人物たるマスターと
それに使えるべき英霊たち・サーヴァント。
彼らが欲するは一つ。行うのも一つ。
即ち
「『聖杯戦争』だ」
-
「おい、まだ着かねぇのかよ!」
幻想的な雪もいよいよウザったい風に思えてきた頃。
ザックが適当に周囲を見回すが、驚くほど人の姿は一つたりとも存在しない。
むしろ、それが普通だった。
ここ――東京都江東区の展示館地帯には、関係者以外。このような時間に現れる事すらない。
逆に道を迷う事がおかしい場所だが、ザックが見当違いの方向へ進もうものなら。
メアリーが梟が無言で歩む方を指差していた。
「大体なぁ、博物館なんざアベルの奴、興味なんかないだろ。待ち合わせ場所の癖して分かりづらいんだよ!」
「いやねぇ。ザックきゅん。なんで急にアベルくんをお気に召し始めたんだよ」
「テメェが居るからに決まってんだろうが。ふざけやがって」
梟が、再びボロボロになった携帯を取り出すが。
画面をしばらく観察した後。ゴミのように建物の壁面に叩きつけた。
『隻眼』を連想させるような――左右異なる色をした瞳で睨むザックを、梟は道化の嘲笑する。
「楽しいから?」
「………」
アベルと一緒に居れば、きっと楽しい。沙子はそう思えた。
しかしながら。アイザック・フォスターは……?
彼は自分なりに僅かな思考能力を回転させて、どうにか答えを導き出す。
「知らねぇよ」
「やっぱり、かわいそうな子だ」
成程。沙子はどこなく梟の意図が読めた。だからこそ、彼女は小さく頷いた。
―――そうね。と……
多分この殺人鬼にとって、分からないとか、知らないなどが。
俄かに信じがたい事に嘘偽りない答えなのだろう。
殺人快楽など、僅かに残された感情だけがあって。それ以外は皆無だった。
メアリーが目的地である博物館を視認した時。
その玄関に誰かが存在している。否、それがサーヴァントであるとも理解する。
少女にしては異常なほど冷静にメアリーは、一人ぼやいた。
「アーチャーがいる……」
「!」
-
沙子も、梟から降ろして貰い。件のサーヴァントを視認する。
アーチャーのサーヴァントである女性の姿をした英霊。だけど、どこか人間ではない雰囲気が漂っていた。
種族として人間ではないと察したのは、沙子の……屍鬼の本能か。
梟の場合は『喰種』だからか。
何であれ――婦警の恰好をしたアーチャーは、自分らに近い存在だと沙子と梟は思う。
楽園を守護する衛兵らしく構える吸血鬼。
何故、アーチャーがここに?
疑問が生じるが。彼女は――何もしない。
それどころか、アーチャーとしては心良くない様子で、博物館の出入り口を譲ったのだ。
沙子たちは彼女の行動が分からず終いである。
「どうぞ、中へ」
顔をしかめながらザックが問う。
「大体なんなんだよ、お前」
「あぁ……お話の方は、私のマスターからお聞きください」
「おーそうか。まぁ、聞くつもりねえけど」
まるで意思疎通できない(むしろ、しようともしない)ザックの態度に、冷や汗とは異なるものを頬に流すアーチャー。
博物館に罠が貼られている可能性など考慮せず、どかどかと慌ただしい様子でザックが先行する。
不思議そうに沙子はアーチャーを眺めつつ、博物館へ足を踏み入れた。
梟も、人間じみた反応を浮かべるアーチャーを鳥のように見開いた瞳で睨む。
不愉快に思ったのか、すれ違い様に舌打ちまでした。
「ええ……?」と戸惑う婦警のアーチャーの傍らを、一番最後にメアリーが通りぬける。
内部は格別特徴的ではない。
至って普通……もしくは、並の博物館よりもシンプルかつ色彩のない構成だろう。
歴史や芸術への興味が皆無なザックは、展示物に目もくれず。
適当に進み続けた。
-
「………………………………………」
明らかに展示物の類ではない異物が、そこには存在していた。
黒い立方体の石。
表面全て埋め尽くすかのように奇妙な模様が刻まれて、一面だけ扉が申し訳程度にある。
サーヴァントであるザックには、ソレそこが『宝具』だと理解した。
ザックにすら、立方体に膨大な魔力が集中しているのを感じられる。
その立方体の傍ら。
男性と少年、涙ぐむ少女の姿があった。
少年(今剣)に関しては人ならざる者の為、結構な魔力を感じ取れるが……
「誰が、さっきの婦警のマスターだ」
「この俺よ」
ニィと不敵に笑う男性――織田信長。異国の偉人など知らぬザックには無縁の相手だった。
そして。
信長はサイレンサーが付属された銃を片手に、めそめそと泣く少女・ルーシーに銃口を向ける。
「こいつが刺青の――アベルのマスターって訳だ」
「……チッ、そういうことかよ」
気に入らねぇ。
ザックは不快感を前面に出して、信長たちを睨みつける。
通りでアベルがマスターを放置する訳だ。
ちっぽけで何の関心も抱けない、ある意味つまらない少女に一々構っている暇ではない。
それよりも闘争に励んだ方がマシだ。
だけど、アレでは人質だ。
ザックにとって『アベルを殺害する』過程で、ルーシーの死ほど面倒で厄介な障害はない。
信長は、そんなイカレた約束を把握している訳がないが……奇跡的にも、ザックが苛立つほど邪魔をしている。
沙子たちが遅れて現れた。
フードを被った狂った梟に、人喰いの少女である沙子、死んだ瞳の少女・メアリー。
あまりに異常性を放つ彼らを、今剣ですら反応に困った。
ルーシーは荒い呼吸で緊張状態を続ける。
―――本当に……!? 信じるべきなの……彼らを………でも、そんな事……あたしは、脱出を……
-
アダムを殺害したのは正当防衛だ。聖杯なんて――断じて欲しくない!
だからと言って、ザックたちは信用するべきなのか?
沈黙を続けるルーシーを、沙子は眺めていた。
「大体、アベルの奴はどこだよ。アイツがここに来いって言ってきたんだぞ!」
「あーやっぱりね。何も知らないで来た訳か」
ザックの反応を見て、信長は納得する。
というか。雰囲気的に奴(ザック)は馬鹿だと察せるレベルだ。
梟の方は、指を咥えた状態で例の立方体を観察し続けている。それ以外何も喋らない。気味悪いほどに。
信長は冷静に状況を見据えてから、一先ずザックたちに話を続ける。
「まぁ、アベルが直ぐここに来るかは俺も知らん。まずは―――」
「もしかして、こん中に入ってんのか? オイ! とっとと出て来い、アベル!!」
信長達にはおかまいなしに、ザックは黒い立方体をどついたり、鎌で叩きまくり、耳障りな金属音が信長の声をかき消す。
婦警のアーチャー・セラスも、予想外な馬鹿っぷりを目の当たりにし呆然とする。
これは普通の馬鹿だ。殺戮バカでも戦闘バカでもない。
故に、どうしようもない存在だ。
沙子とメアリーは状況を確認していた。
やはり、セラスは沙子達の背後から動こうとしない。後方を狙う算段なのだ。
沙子はまだ拳銃に弾は残されているが……果たして信長に命中できるか?
その前に、セラスが沙子を制する光景が想像出来る。
梟が首を傾げて、沙子の様子を伺う。
沙子はポケットに入れておいた拳銃を確かめてから、ザックの代わりに話を続けた。
「貴方たちは、どうするつもり? その人がアベルの……マスター?」
「……そうだ」
信長が少し遅れて返事をした。
少女相手で交渉なんて……
信長は一瞬思ったのは嘘ではないが、セラスからの念話で一つの事実が明らかとなっていた。
沙子が――人間ではない点。
どちらかと言えば、セラスと同じ『吸血鬼』に近い存在なのだと。
(確か、昼間は動けん病とか情報であったが……間違いないか、セラス)
『勿論です。私はもうちゃんとした吸血鬼なんですから、分かって当然です』
-
だったら頭部や心臓に銃弾を打ち込めば、呆気なく死ぬかもしれない。
信長は、ガンガンと暴れるザックを横目に話を続ける。
「良し。話の分かる奴がいて助かる。俺としちゃ、どーしてもアベルと手が組みたい」
「無理だと思うわ。私にだって関心を持たないもの。よっぽどの事じゃないと駄目よ」
沙子はとうの昔に理解しきっていた。
だけど、彼女はどうにかしてアベルとの対話を望んでいる。
信長のような生半可の態度で、彼と接しよう者は拒まれるだけに終わるだろう。
瞳を静かに細めた信長は、言葉を続けた。
「『カイン』だ。奴が召喚されている」
実際、衝撃の発言である。
けれども、沙子は平静に答えた。
「ええ、知ってるわ」
え?
と、度肝を抜かれ、表情に出しそうになった信長が念話でセラスに確認する。
(……ちょ。おい、巨乳弓兵。マジで『カイン』はやばいんだったよな)
『ヤバいも何も―――普通じゃ絶対倒せないと思います。少なくとも防御面は脅威的です』
逸話を把握しているセラスは、ジリジリと焦りを募らせる。
ならば、既にどこかで会ったと言うのか。
否。だったら尚更だ。
カインは倒さなければならないし、アベルもカインを放置しておけないだろう。
信長は改めて交渉を持ち出す。
「知っとるなら話が早い。俺たちも奴を真っ向から倒そうなんざ思っちゃいない。マスターを仕留める。
それしか方法はあるまい。……かと言って、向こうも何の対策がないとは思えん。
アベルのニュースは散々流れているし、狙われるなど百も承知だ」
「……だから、アベルと話を?」
「そら『カイン』がサーヴァントってなら仕方ないだろ。お前も聖杯が欲しいなら『カイン』を倒さなきゃならん」
「………そうね」
でも。
沙子は確かに聖杯は欲しいが、自分がカインを倒そうとは全く想像していなかった。
奇妙な事に。
決着が自分でつけるとは、まるで思っていない。
「カインと対決するのは――アベルよ。多分、私じゃないわ」
「なんじゃ。『同盟』組んでいるんじゃないのか、お前ら」
「アベルがそんな事、すると思う?」
-
沙子の返答に、若干信長も納得する。
明らかに同盟の『ど』の字を理解していない存在がいた。
だったら―――やはり同盟は無謀なのだろうか。否、まだ分からない。
信長はチラリと、不気味なほど沈黙を保っている少女――メアリーを横目にやった。
メアリーは、何か深く考える。これからどうするべきか。何をするべきか。
子供ながら子供らしく自分が出来うる手段を、ぼんやりと考えこみ続けている。
拳銃を所持している沙子。
信長も銃口をルーシーに向けていた。
心良くない様子を浮かべる少年・今剣に。
あらゆる状況に恐怖して涙ぐむルーシー。
―――あの人が死んだら、ザックが嘘をつくことになる。
メアリーの背後に佇むのは、信長のアーチャー・セラスではなく。
自分とは異なる金髪と奈落の底のような色をした瞳を持つ、レイチェル・ガードナー。
聖杯戦争に……『東京』にすら存在していない幻影に対し。
メアリーは呟く。
「うん、そうだね……」
その時。
ザックが乱暴に叩き続けた扉が―――開かれた。
肌に貼り付くような緊迫感が唐突に広まり、涙ぐんでいたルーシーは今にも逃げ出しそうだった。
おずおずと、ザックが少し離れると。
僅かに開かれた扉の隙間から、縫う様に殺戮者が登場を果たす。
正真正銘、生き返ったかのように。
蘇り果たした殺戮者。
黒色の雅な長髪を靡かせながら―――アベルはいよいよ、再びここへ入場したのである。
違ったのは。
そこにはルーシー以外にも、複数のマスターやサーヴァントが居る点。
何よりも……彼は、敵意と殺意を振りまきながら現れたのではない。
奇妙な事に――彼は不愉快ではない。
ルーシーや信長に目も暮れなかったが、アベルが待ち望み、アベルを待ち望んだ者たちが、そこにいた。
たった、ちっぽけな違い。
けれども、アベルからすれば十分過ぎるほど。
灰になった殺戮者はどうやって復活を成し遂げたのか?
ザックからすれば、然したる問題ではなかった。
ただ『蘇る』ことが嘘じゃない。現実に復活した時点で、全て解消された。
さぁ。後は――殺すだけだ。
漆黒の鎌を構える殺人鬼は不敵ながら、どこか晴れやかに告げる。
「よぉ……待ってたぜ、死にたがり」
-
◆
Fate/Reverse ―東京虚無聖杯戦争― 【四日目】
◆
-
前編の投下を終了します。
-
後編を投下します。
-
殺戮者・アベルの降臨に、その場の誰もが視線を奪われた。
ルーシー・スティールは死期を悟ったが、幸いにもアベルは眼前にいるサーヴァント達にしか興味がない。
指を咥えて、不気味な沈黙を保っていた梟は、大きく目を見開いて呟く。
「アベルくん」
実際、消滅を果たしたとされるアベルが復活し。
正体不明の宝具から出現しただけで異質極まりないのだが、狂った梟や殺人鬼のザックには無意味だ。
だからこそ誰も指摘はしない。
むしろ、アベルの不変の風貌に沙子などは安堵した様子である。
ルーシーは、そんなイカれた彼らを「信じろ」とカインから教えられたからこそ、体が震える。
信じる?
あの狂人達を……でも。
信用とかなんかじゃないわ。利害が一致している訳でもない、共感出来ないけども……
ルーシーが荒い呼吸を続けたまま、フラフラとアベルに接近る梟を見届けた。
「アベルくん、生きてたんだぁ。俺、嬉しいぜ。本当に嬉しいよ、アベルくんにもう一度会えて――」
そこから唐突に駆けだす梟。
「あ、ああぁ………アベル―――なんで―――………」
彼の肉体から生やしたブレード状の羽赫が、アベルに振りかざされた。
しかし。
アベルも梟の攻撃を見切っていた。瞬時にブレードを出現させ、残虐な狂気の一撃を防ぐ。
鈍い音が博物館内に響き渡った矢先、梟はそのまま追撃を仕掛けて来る。
沙子も、他の者たちも呆気に取られる中で、梟が絶叫した。
「オメェ、ここに居るんだよおおぉぉおおおぉぉ! 生き返ってるんじゃねええぇえぇ!!」
「―――!」
アベルの方はまるで動じない。
むしろ歓喜を浮かべながら、梟の猛攻と渡り合っていたのだ。
このままでは不味い。と信長はセラスに指示を出そうと構えた矢先。
ザックが鎌を手に動いた。
二人を仲裁するかと思いきや、殺人鬼は強引に殺戮者と人喰いに鎌で斬りつける。明らかに制し目的ではない。
殺害目的の攻撃で、ザックの攻撃を受けた双方は、火ぶたを切られたかの如く。
激しい乱闘が開始されたのである。
「おい! テメェ、邪魔だ!! 俺がアベルを殺すっつってんだろうがぁあぁぁ!!」
「このままザックきゅんのビブレーション響かせようぜ、アベ――なに、殴りやがッ、ふ、ざけんじゃねぇえ!」
-
獣の遠吠えよりも酷い叫び合いが続けられる。
アベルは、二騎を相手に相変わらず肉弾戦を行い、喚く梟やザックをあしらっていた。
激情により歯止めが効かなくなった梟やザック、そしてアベルのガツガツと生々しい効果音を鳴らす乱闘に。
漸く、信長は声を上げた。
「アーチャー! 止めろ!! 早く止めろ!」
「はっ、はい!!」
婦警・セラスが『影』を伸ばした。
変幻自在のそれは、点となって集中し、ギリギリと三騎のサーヴァントの動きを封じ込める。
ただ。
逆を返せば、魔力を大量に消費しながらセラスは彼らを抑え込んでいる。
同盟だの、仲間だの、やっぱりそんな関係ではない。本気で彼らは殺し合おうと自棄になっているとセラスは気付いた。
「マ……マスター! なるべく、て、手短にッ!! 私も長くは抑えきれません」
「わかっ―――」
瞬間。
信長が反応できたのは、戦国武将たる勘であろう。
無論、信長も事前に情報があったからこそ、警戒はしていた。拳銃を所持する沙子の存在を――!
とはいえ。
沙子は躊躇なく引き金を引いたが、巽や豊島区での混戦時とは違い。至近距離から定めた訳ではない為。
信長に命中させることは出来なかったのだ。
ハッとする沙子だが、信長はルーシーに向けていた銃口を沙子へやり。
そして―――発砲。
サイレンサー付きの為、小さな音しか響かない。
沙子の体に命中したものの。それは心臓や頭には命中していない。
胸に受け床に倒れてるが、拳銃を落としてしまった為、少女は文字通りの無防備となった。
「銃を使う子供には死ぬ目に合わせられたわ! 長島、本願寺、雑賀……と、まぁ。これで形成は逆転だな」
「くっ………」
沙子は、胸に手を当てながら、何とか立ち上がろうともがく。
実際に攻撃され、痛みを知ったせいだろう。体が、上手くコントロール出来ない。
だが―――
信長は我に帰る。
あの金髪の少女は―――?
-
そう、ザックのマスターであるメアリーが完全に姿を見失ったのだ。
信長もつい、アベル達や沙子に意識を集中させていた為。メアリーの方は無警戒だった。
否! 違う!!
姿を消していたのは――ルーシーと今剣。
三人が忽然と姿を消していたのだ……!
「マスター! ミセス・スティールが――恐らく地下駐車場の方にッ!!」
「ええい、一々言うでない。こちとら謀反慣れはしとる!」
メアリーがルーシーを逃がす為に……自力で!?
それほど行動力があるようには感じられなかったが、彼らの足では満足に博物館から離れる事は不可能だ。
何より。
ルーシーは裏切ったのではなく、アベルから逃れたい意志が強いか。
散々、泣き喚いて拒絶していたのだ。少女には無理がある行為だったかもしれないが……これでは交渉にヒビが入りかねない。
しかし、もう退けない。
信長は何とか動きを封じられたアベルに話しかける。
「ああー……アベル。奴、お前のマスターであるルーシーはこちら側にいる。
相変わらずびびってお前から逃げ出した情けない少女だがな。お前としちゃ死なれちゃ困るだろう」
セラスの『影』で行動が制御されている梟とザック。
彼らを冷静に眺めながら、アベルは小さく呟いた。
「別に」
「よくねぇよ! 俺が殺せねえだろうが!!」
ザックの返答に顔をしかめる信長とセラスだが、アベルは焦る様子なく平静を保っていた。
セラスに邪魔をされたのが、逆に彼を退屈させたらしい。
むしろ、不愉快としか受け止めていないのだろう。
信長は静かに――沙子の方へ近づく。梟はアベルを喰らおうと『隻眼』を剥き出しにし、沙子の危機には反応していない。
「……とか、そこの馬鹿は言うが。お前はそれでいいと」
「仕方がない」
「おい!」
ザックの怒りにすら反応しないアベルは、周囲の気配を辿る。
そうして。何かを感じ取った。
信長は、沙子の方へ銃口を定めている。梟は信長達とは背を向けていた為、何一つ。制止をしない。
ザックも梟と同じだ。
アベルだけが気付き――信長は続けた。
-
「俺達が用あるのはカインの件だ。奴は普通じゃ倒せない。お前が一番理解している筈だ。
――同盟とはいかないが、取引をしよう。カインを倒せたら、ルーシーは帰す。俺のアーチャーと戦わせてやる。どうだ」
「…………」
アベルが話しかけたのは、梟。
セラスの『影』を物ともせず、筋力のみで梟の頭を掴む。強制的に視線を合わせられた梟は、無論睨んだ。
酷く、それでいて穏やかな口調でアベルは言う。
「そろそろ合図だ」
「…………」
「沙子(彼女)は『少しはマシ』になった」
そして、博物館は―――『突入された』のだ。
聖杯戦争の最中、介入をしてきたのは、警察!
他にも特殊部隊から自衛隊まで!
皮肉にもそれらは、ザックが神原駿河に「嘘をつくな」と命令した結果による一種の救いだったのだ。
神原駿河の情報を――警察は信用した。
テロリストの信憑性の薄い情報なんて、信用する価値があるかと問われれば、無い。
だからといえ「それが本当でした」だったら尚更問題だ。折角、神原駿河が提供した情報を無駄にするとは。
結局。
警察はこの博物館へ部隊を、自衛隊も派遣される。
しかも……加えて、開館時間でもないのに明かりが灯っており、沙子による銃声が聞こえた。
これでは疑いようも無い。
突入する前に、応援要請もされた。
恐らく、更なる人数がここへ配置される事だろう。
これには、セラスも信長も予想外過ぎた。
正直者が救われるといった文字通りの展開が来ようとは!
何より――この状況では、沙子に銃を向ける信長が『悪人』なのが明白である。
「既にこの建物は包囲されている! 銃を捨てなさい!!」
「なん………だとう!?」
予想外どころではない。
こんなものは、想定外もいいところだ。
まさか、この場にいない神原駿河が馬鹿正直に全てを自白するなんて『奇策』を、信長は考慮不可能!
尤も。
神原駿河や、それを要求したザックはそのような事一ミリも『奇策』になるとすら想像していないが。
-
何であれ。
またもや形勢は逆転された。形勢どころの問題ですらない。
一瞬。爆発的な魔力を消費し、アベルが『影』を引き裂き、余計な部分は傷を負った。
弾丸並に早いブレードの斬撃を見切ったセラスは、咄嗟に『影』を退かせ。
信長を全力で庇う。
「う………ぐぅぅぅぅ!!」
違う!
なんてこと―――最初から! アベルは『影』に抵抗出来たのだろう!!
しかし、アベルは待った。最高のタイミングを見計らって……!
アベルの鋭い斬撃は、セラスの肉体に何十何百、何千以上も切り刻まれ。
吸血鬼ではない並のサーヴァントならキャベツの千切り状態。あるいは飴色のタマネギのような、ドロドロして―――
「―――――――!!!」
お、追いつけない………!
敗北を悟ったセラスは、兵器を取り出す猶予すら与えられない。
アベルは床に倒れる沙子を一瞥し、信長とセラスを突入してきた警官隊の方へ押し込むように猛攻を続ける。
「………アベル!」
沙子は床に転がった拳銃を再び手に取り。
梟が沙子を抱えて、別方向から突入をし、逃げ道を塞ぐ自衛隊らを睨む。
ザックは奇怪な状況に顔をしかめた。
「なんだ、コイツら」
「ちゃんスル」
「ちゃ……スル? あー! スルガの奴か!! あいつ、マジで喋ったんだな!! ヒャハハ、上出来じゃねえの!!」
「ま……マスター!」
一方の虐殺に巻き込まれていく警官隊の荒波で、セラスが叫んだ。
信長は、どうのかセラスの背後についているが――このままでは……!
意を決して、セラスは警官隊を盾にしようと行動を取る。
「このまま―――離脱します!!」
「待てい、セラス!!」
-
セラスは信長と共に、そのまま警官隊達の海へ飛び込む。
アベルもかき分けるように人間という人間を虐殺し、前へ前へと前進するばかり。
アーチャーのクラスであるセラスは『単独行動』で、信長が魔術師でなくとも、ある程度の魔力消費を補えた。
だが、限界がある。魔力も有限だ。
事前のライダー(ジャイロ)との戦闘。サーヴァント三騎を抑える為の『影』。
傷は何とか回復するが、これ以上は――無理だ。
何よりも、この状況だ! 信長は再度命令する。
「退くな! セラスゥッ!! こやつらは殺せい! でなきゃ離脱は許可せんぞ!!」
国会議員の織田信長がテロリストだった?
そんな噂が広まれば、一瞬にして行動制限がかかる。制限どころではない。そこら辺の通行人ですら敵となる!
アベル達も似たような状況だが、世間は聖杯戦争におかまいなしだ。
だから、皆殺すしかない。
目撃者を殺し、セラスも吸血鬼であるなら血を飲んで魔力を補えばいい。
なのに―――……
「いえ。殺しません」
彼女は離脱だけを望む。
さすがの信長も令呪を使用するしかないと、構えてしまいかけたが……瞬時に推測する。
『単独行動』のスキルを持つサーヴァントは、マスターを逆らえるのだ。
マスターを殺害し、他のマスターと再契約する余裕すら持てる。
最悪、セラスがそうする事も………
セラスは、中途半端に人間の心は失っていない。
無関係であり邪魔であり、聖杯戦争に関わりすらしていない。
生贄でしかない『彼ら』を殺害するほど残虐性を備えていなかった。
容赦はせずとも、快楽的ではない。
何より―――このまま、魔力に満ちた状態のアベル相手にどこまで渡り合えるか。セラスでも確証を得られなかった。
信長を庇う状況が続けば尚更。
まぁ。信長も、令呪で強制は止めた。セラスがいなければ、聖杯を手に出来ない。
アベルは、交渉に応じるどころか。例の報告書通り、対話すらしなかったのだ。
実質、交渉決裂。新たな策を講じなくては……
セラスは信長を抱え、一筋の黒線となって雪のカーテンを靡かせる東京の上空へ走った。
アベルに空を飛ぶ能力は無い。
殺戮を作業のように繰り広げながら、雪が降る外へ姿を現わせば、周囲は警察・自衛隊・特殊部隊が陣を敷き。
彼方より、応援が駆けつけ、周辺のビルからは狙撃手がタイミングを図っていた。
無防備にアベルに続けて館内の人間を粗方喰った梟。沙子とザックが、その光景を目にする。
「アベル! あいつらはどこ行った。逃げやがったのか」
「………」
大気が震える。
生贄でしかない『東京』の住人たる彼らも、アベル特有の殺気を感じ取れたのだ。
殺されるべくして立ち向かうのならば、殺さずにはいられない。
聖杯戦争とは無縁の彼らとの闘争が始まった。
-
ルーシーは今剣と、そして金髪の少女・メアリーと共に地下駐車場まで駆け下りていた。
興奮か恐怖による体の震えが続いている。
メアリーが一瞬の隙をついて「早く!」とルーシーの逃亡を叱咤した時は、正直驚いたが。
むしろ、有難味しか感じられなかった。
今剣は戸惑いながらも、ルーシーを心配する。
「だいじょうぶですか……るーしー……」
「え、えぇ……それより…………貴方はどうして?」
ルーシーが不気味な瞳のメアリーに尋ねた。
彼女は、淡白な感情を込めて答えるだけ。
「ザックが困るから。ザックは、アベルって人を殺したいから」
「……本気?」
思わずルーシーが聞き返したのに、メアリーは頷いた。
「約束したんだって。………神様に?」
「たぶん、かみさまがおこってしまうと、ぼくはおもうのですが……」
今剣の困惑した返事にルーシーも同意する。きっと、ザックと呼ばれるアサシンはアベルの逸話や恐ろしさを把握していない。
平然と、イカれた約束なんて交わせる理由の一つなのだ。
それでもメアリーは、ルーシーに申し訳なさを込めているのか。分からないものの。
ハッキリ断言するのだった。
「ザックは嘘をつかないよ」
メアリーの言葉が、その場凌ぎの嘘であったとしても。
ルーシーは少しだけ気が楽に慣れた。
一刻も早く、ここから離れたい。アベルから逃れなくては……! 彼が少しで妙な気を起こせばルーシーだけではない。
今剣や、メアリーだって殺されるだろう。まだ緊張を保った呼吸を続け、ルーシーは立ち上がる。
-
そこに現れたのは――家政婦のオルミーヌだった。
物々しい騒音が頭上から聞こえ、居てもたってもいられなかったのだろう。
「だ、大丈夫ですかッ!」
「あ………ええと、確かお名前は」
「オルミーヌです。すみません、刺青男の件とか考えこんでたら、なかなか外に出られなくって……
じゃないっ。まだ私の車があるので、乗って下さい! よく分かりませんけど、逃げましょう!!」
「ありがとうございます……」
不味い状況なのはNPCの彼女ですら感じ取れていた。
とにかく車へ乗り込むルーシー達。今剣だけは、浮かない表情をする。
「るーしー……どうして、なんですか?」
恐らく、信長に逆らった事を問い詰めたいのだろう。ルーシーは沈黙を少し流した後、それを答えた。
「今剣……あたしは耐えられない。アベルと行動するなんて無理よ。きっと、信長も終わってしまう……
彼は甘く見過ぎているの。アベルがどのような所業をしたか、あの報告書だけでは語れないわ」
「でも!」
「信長は聖杯を獲ると言ったわ。あたしは獲れない。獲る前に殺されるからよ、アベルに……!」
「………っ」
今剣は分かっていた。理解していた。
アベルが真の意味で人類を憎悪しているのだ。あの威圧感から逃れたことすら、奇跡ではないかと思う。
実際に直面する瞬間まで、ほんの僅かに良心が残されていると希望を抱いた自分が愚かだったと後悔するほどに。
オルミーヌが乗車をしないメアリーに呼びかけた。
「貴方も乗って!」
「ザックがここにいるから、私は残らないと」
メアリーが、ルーシー達を無理に引き止める様子はない。
小さな少女を相手に、ルーシーは酷く感謝をせざる負えなかった。
-
オルミーヌの車が発進しようとした矢先だった。
思わぬ障害が立ちふさがる。それは――警察、自衛隊の突入である。
博物館館内の突入と同時に地下駐車場の占拠が開始された。彼らは無論、ルーシーたちの存在に気づく。
しかし、それらの状況をルーシーたちは理解出来ていない。
「人質の少女を確認! 車から降りなさい!!」
自衛隊たちが所持するのは紛れもない、本物の銃火器。
困惑するオルミーヌ。ルーシーは冷静に考えた。
今剣が不安そうな表情を浮かべる中、ルーシーはオルミーヌに告げる。
「指示に従った方がいいです。わたし達は……民間人。道に迷って、ここに来てしまった………そういう事にしましょう」
「そ、そうですね」
警察なるものは今剣も把握していたので、ルーシー達に教えた。
「ごめんなさい。ぼくは……ここでは『こじいん』にいました。そこから、ぬけだしてしまって」
「……わかったわ。今剣は、迷子という事にしましょう」
「はい。すみません……」
何故、警察がここに? という疑問は良い。
先ほどの作戦通り、ルーシー達は車から降りる。
子供である今剣とメアリーは、身体検査もされなかった。
一方のルーシーとオルミーヌは、身体検査と所持品検査をされる。
アベルに関する資料を確認された時は、一瞬肝が冷えたルーシーだったが、結局何も指摘されない。
彼らは、危険物の所持だけを警戒していただけだった。
「どうやら本当に民間人のようです」
「手間をかけさせてしまい、申し訳ございません。ここにテロリストが潜伏している可能性があります、至急避難を」
オルミーヌがおどおどしく尋ねた。
「えっと、あ、あの。車で……」
「外は我々の車両で出入り口が塞がっております。誘導に従って、一刻も早く避難を!」
ルーシーたちが避難を始めた瞬間、頭上からは悲劇は開始されていた。
魔力消費による疲労に、ルーシーは戦慄が走る。
やはり、アベルはルーシーの考慮など一切していない。きっと、ルーシーが警察に捕まろうがどうでも良いのだろう。
誘導に流され、外へ出れば、吐息が白くなった。
そして――博物館の玄関から激しい銃撃が響き渡る。
一閃が煌いたかと思えば、ビルの上階から顔を覗かせていた狙撃手が、顔面にブレードを突き刺し。
体がアスファルトに舗装された地面へダイブしていた。
オルミーヌが悲鳴を上げながら、誘導に従う余裕ではなくなり全力疾走する。
だが、アベル達の攻撃がここにまで及んだ為、警察らはルーシーたちどころではなくなった。
この瞬間を待っていたのである。
ルーシーは、オルミーヌに続くようにして今剣とメアリーを引き連れ、駆け抜けた。
-
「―――では、把握している『マスター』について教えて貰おう」
神原駿河の聴取はまだ続いていた。
警察も、彼女の戯言によく付き合って居られるものだと感心を抱かざる負えない。
何を言おう。駿河が、一から『聖杯戦争』がなんたるかを、彼女の知る限り説明したのだ。
時間がかかって仕方はない。
だが。
女性刑事の様子に、駿河はムッとした表情で、真剣に――それでいてどこか不満と怒りを合わせた表情で答える。
「私、神原駿河。そして、沙子ちゃんとメアリーちゃんについては公となっている以上。
二人がマスターであるのは明白だから、それはハッキリさせておく。しかし、それだけしか話さない」
「それは何故?」
「やはり、貴方は『マスター』や『サーヴァント』をテロリストの共犯者としか見なしていない」
金髪の女性刑事はやれやれと言った風だった。
改めて、彼女は駿河に言う。
「『聖杯戦争』については……概ね信用するつもりだ。我々が『作り物(レプリカ)』というのは受け入れ難いが」
「だったら尚更だ。『聖杯戦争』に関わらないで欲しい」
駿河は、決して馬鹿になってザックの要求通り、正直に話したのではない。
無意味な犠牲を出さない為に、彼女なりの説得をしていたのだ。
それこそ無謀だったが。
警察も、あれだけの犠牲や出来事、戦力差、なにより非現実を目の当たりし、受け入れないほど愚かではない筈。
神原駿河は必死に訴え続ける。
「私がアベルさんたちの居場所を明かしたのは、ザックさんの純粋無垢な精神に感服したのも理由の一つだが。
警察をそこへ誘導したく、明かしたのでは断じてないのだ。
残酷だが、アベルさんもバーサーカーさんも、ザックさんも容赦はしない。『奪う側』の存在だ」
「…………」
「断言しよう。サーヴァント相手に勝機などない。だからアベルさん達に関わるのは止めて欲しい」
「……それは――無理があるな」
「サーヴァントには物理が効かないのだ。銃火器なんて意味はない。それとも、沙子ちゃんやメアリーちゃんを殺すと」
「彼女らは人質だ。そのような事はありえない」
「うむ、そうか。やはり、私はまだ貴方を信用できないし、沙子ちゃん達に手をかければ許しはしない」
-
故に。
他のマスターの情報。安藤たちについては話さない。
無論、サーヴァント・カインについても、だ。
そんな決意を胸にした駿河の聴取は、ここらで終わりを告げた。
一先ず、続きは昼間に行われる予定となる。
結局のところ、女性刑事や聴取の内容を聞いた他の警察がどのような判断をしたか?
駿河が予想した通り。
聖杯戦争なるものは信用されなかった。ただし、沙子やメアリーが共犯者であるとも判断されなかった。
恐らく非現実じみた話にしか受け止めていない。
警察は引き続き、人質の沙子とメアリーの救出。アベル達の逮捕の為、全身全霊をかける所存だ。
少なくとも――現時点は………
かくして、神原駿河の戦いは続く。
【4日目/未明/千代田区 警察署】
【神原駿河@化物語】
[状態]魔力消費(大)、肉体的疲労(極大)、吸血による貧血、沙子による暗示、サーヴァント消失
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具](携帯電話は警察に押収されました)
[所持金](警察に押収されました)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の世界に帰らなくては。
0:沙子の安全を第一に考える。
1:警察に聖杯戦争への介入をしないよう説得を続けてみる。
2:出来るならば、沙子達と合流したいが……
[備考]
・参戦時期は怪異に苦しむ戦場ヶ原ひたぎの助けになろうとした矢先。
・聖杯戦争について令呪と『聖杯』の存在については把握しておりません。
・役割は「不動高校一年生」です。安藤潤也と同じクラスに所属しております。
・新宿区で発生した事件を把握しております。
・アヴェンジャー(マダラ)の発言により安藤兄弟がマスターであると把握しております。
・『レイニーデビル』が効果を発揮するかは、現時点では不明です。
・NPCに関して異常な一面を認知しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスと沙子の主従を把握しました。
・アサシン(アイザック)のステータスとメアリーの主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスと真名を把握しました。
・安藤(兄)のサーヴァントが『カイン』ではないかと推測しております。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・安藤兄弟自宅の電話番号、遠野英治の電話番号を知りました。
・葛飾区にいた主従(カラ松たちと飛鳥たち)の特徴を把握しました。
・沙子の暗示により沙子の手助けを優先させます。
・このまま吸血行為を受け続けると死に至ります。死後どうなるかは不明です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
住所など個人情報もある程度流出しています。
・警察にはアベル達以外の情報を教えないつもりです。
<その他>
神原駿河が『聖杯戦争』の概要、及びアベル達周りの情報を聴取で説明しましたが。
警察は『聖杯戦争』を信用しておらず。また、沙子とメアリーを危険因子とは判断しておりません。
-
東京都江東区、博物館
降り注ぐ雪が地面へ落ちれば赤色へと変色する。
雪が降り積もる前に、死体と血の水たまりで一帯が占拠されてしまっていた。
梟は山のようにある死体から、頭を一つ二つもぎ取る。その傍らで、沙子が警察官の拳銃を漁る。
彼女が梟から貰った拳銃の弾数はわずか。
だから、沙子は銃弾だけを抜き取っていた。
拳銃そのものを複数所持していても、荷物になるだけ。弾は違う。
ちゃんと沙子が所持していた拳銃と合うのを確認し、複数の弾を手提げの鞄に入れた。
悲劇的な惨状を目の当たりにして、ザックはアベルを一瞥する。
何か忘れているような?
といった疑問が、一つ解消された。躊躇なくザックが漆黒の鎌をアベルに振り降ろしたが、ブレードで防がれる。
キリキリと金属音が耳につく中、ザックは不敵に笑みを浮かべた。
「テメェを殺すの忘れてたじゃねぇか、アベル! 邪魔も居なくなったし、大人しく死ねよ」
「…………」
至って平静のアベルに対し。
舌打つ梟が、再びザックに襲いかかろうとした。
「ザックきゅんよぉ、調子乗ってんじゃねえぞ。お前―――」
「待って!」
唐突に沙子が声を上げたので、全てが制止をする。
どこか緊張感が広まりつつ、沙子は恐る恐るアベルに尋ねた。
「これから……どうするの? カインの居場所に心当たりがないわ」
少し不愉快そうな表情のアベルだったが、力技でザックの鎌を振り払ってしまうと。
冷徹な声色で答えた。
「あの彼女はどうした」
「……ちゃんスルは捕まったよ」
いつもの狂った調子で梟が答えたのに、アベルは眉間にしわ寄せる。
-
確かに。神原駿河が『カイン』のマスターを把握している様子だっただけに、重要な情報源ではあった。
無事、ザック達がアベルと合流するフォローは良いものの。
アベルにとっては、カインを抹消出来れば、後はザックと殺し合おうが、梟と死闘を繰り広げようが。
どうなっても良い。むしろ、それを叶えたいほど。
が。
ザックは相変わらず刃を納める気配がない。
「だから! 俺にとっちゃ関係ねえんだよ! 約束を忘れたとは言わせねえぞ」
殺気立つザックに、アベルは何ら感情を込めず至って普通に話した。
「君は――彼女(メアリー)が起きれば真っ先に殺すと言ったが、それは『一番最初に』殺すという意味だ」
「……あ?」
「『彼女(メアリー)が起きた後』は継続している。誰も殺さず、最初に私を殺せば成立する。嘘にはならない」
「…………おー、そうか」
変に納得したザックが鎌を降ろす。
今のは完全に言いくるめられたようなものだった。
ザックにそれを指摘せず、沙子は呆れながらも一安心をする。
そもそも。アベルは本気でザックに殺害される魂胆なのだろうか? 分からない。
だけど――駿河に聞きたい事があれば、沙子が暗示で強引に言わせる事が可能だ。
江東区から千代田区まで移動……
しかも、警察の目を掻い潜り、神原駿河の居場所を突き止めなくてはならない。
何より……沙子は朝になれば眠りについてしまう。
例え、このまま雪が降り続いて、曇りが晴れず、太陽が陰っていたとしても変わなかった。
「私なら神原から話を聞き出せるわ。でも……朝までに出来るかしら」
-
第一、テロリストに関わっていた駿河を、警察署の一角に収容し続けるとは思えない。
警視庁も崩壊した以上。どこへ搬送されるかも定かではないだろう。
ザックが「大体なぁ」と言う。
「なんで、朝に寝るんだお前。少しは起きる努力しろよ」
いくら嘘を嫌っているザック相手に「朝が弱点だ」と明かすには抵抗があった沙子。
指を咥えて静観する梟が、口を開いた。
「スナコちゃんは、そういう子。夜におはようして、朝におやすみする子」
「へー、変わってんな」
――――………やっぱり馬鹿なんだわ。
どんな形であれ「変わった少女」として改めて認識するザックに、沙子は言葉を失うだけだ。
首を傾げている梟に、沙子は溜息をついた。
助け舟を出してくれたはいいものの。乱闘ではずれてしまった梟のフードを被せてやりながら言う。
「ちゃん付けは止めて欲しいわ」
「………」
-
あれからどれほど走った事だろう。
ルーシー達は博物館から大分離れた場所で、漸く息を整える事ができた。
だけど……ルーシーは周囲を異常に警戒する。きっとまだ信長とセラスが自分たちを探すに違いない。
信長は銃火器を所持している。
遠くから、パトカーのサイレン音が聞こえた。
「るーしー……やはり、信長さまにあやまって………」
「……今剣。あたしは……無理よ。危険な真似は続けたくない、死んだら元も子もないわ」
アベルに頼らなければ。
だけど、アベルに殺されかねない。
矛盾した状況にルーシーは苛まれていた。今剣も、それを解決したいのに、自分があまりに無力だと痛感する。
オルミーヌも、メアリーも。
途方に暮れた状況だ。しかし、何としてでもルーシーは生き残りたい!
聖杯なんて犬にくれてやって自分は元の世界へ戻る!!
「ちょっと、急いで! 早く!!」
その時。
深夜にも関わらず、一台のワゴン車が路上に停車し、どやどやと人が雪崩れるように現れた。
見慣れぬ機械を所持した彼らを、ルーシーは警戒する。
一人の女性が、ルーシー達に話しかけた。
「その子! 人質になっている女の子じゃありませんか!? 貴方たちは!?」
ルーシーの時代に、このようなものは見かけなかった為。
ただただ動揺する他なかった。
この集団は一体何者か。新手の暴力団なのか?
訳が分からず混乱するルーシーは叫ぶ。
「なッ、なに? そういう貴方たちこそ、何なんですッ?!」
オルミーヌが慌てて答えた。
「テレビ局の人だと思いますよっ、多分。ホンモノの……」
「テレビ……?」
既に撮影は、開始されているのか分からない。
疑心暗鬼なルーシーの態度に、その集団――『お台場』から現れたテレビ局の面々は「失礼な」と無言で訴える。
そうであった。
メアリーはSNSでは、アベル達の人質とされている。
報道ネタの為、巡回していたテレビ局のスタッフが、偶然通りかかったのだろう。
しかし、テレビだの。報道などを知らぬ今剣やルーシーは、どうしたらいいのか混乱していた。
-
メアリーが自分に向けられるカメラに「これ何?」と淡々に語る。
アナウンサーの女性が「喋れるの?」と心配のフリして、何かを喋って欲しいと言わんばかりの様子だ。
死んだ瞳でメアリーは問う。
「喋ったらどうなるの?」
「え? えっとね、テレビに流れたり、皆に伝わるわよ」
「みんなに? 本当?」
「皆に伝えたい事はあるかしら」
考える。
メアリーは考えた。
そして、沙子たちからの話を断片的に組み上げて、思いつく。
「アベルは『カイン』って人を探している。その人を消したいって。
だから、その人がいなくなれば――アベルはザックが殺してくれるよ」
全員がギョッとするのは言うまでも無い。
だけど、メアリーは考えたのだ。
ザックはアベルを殺したいが、そういうアベルはカインの消滅を望んでいる。
先に――カインを消さなくては、ザックに殺される事はないだろう。
遠くに鳴り響くサイレンで我に帰ったルーシー。
テレビ……情報………
信長の情報も、一部はSNSというネットの交流サイトで経由されているという。
もし、メアリーの発言が報道されてしまったら……? だけど、ルーシーは理解した。
他人の都合にお構いなしな彼らだ。きっと情報が手に入れば、ある程度は……味方をしてくれる。
ルーシーは、必死に言う。
「早く逃げて――いえ、お願いします! ここから早く連れて行って下さい!!
あの車で……もう近くに犯人がいます。ほ、本当に危険ですっ!! さっき警察の人たちが……」
-
メアリーという人質の存在が、ルーシーの訴えに信憑性を高めたのだろう。
現場スタッフが「どうします?」とアナウンサーに尋ねたが。
やはり報道陣魂に火がついたらしく、現場について問い詰める。
「失礼ですが、現場はっ!?」
「は、博物館……あの。お願いします! 本当に危険なんです!!」
「行くわよ!」
女性アナウンサーは先ほどのメアリーの発言なんて知ったものではないと、言わんばかりにスタッフ総出で現場へ向かう。
残されたスタッフが数名残っただけで、ルーシーの話なんて聞いていない。
それに悲しみしか覚えないルーシー。涙を流し続ける。
流石の今剣も、残されたスタッフたちに訴えた。
「お、おねがいします! るーしーたちを……」
「いや。俺達はここに残らないと……」
「どうする? 警察でも呼ぶか?」
今剣は遣る瀬無い感情ばかりが積み重なった。オルミーヌは項垂れる様子の彼らに、伝えた。
「だ、大丈夫ですよ。警察の人が来てくれればその……きっと………」
サーヴァントのいない今剣とルーシーは、果たしてどうすればいいか。
警察。と聞いて。今剣は隙をついて、短刀を付近に植えられた植物の影に隠した。
短刀は本物だ。
武器がなくなってしまうのは心もとないし、これが破壊されれば今剣の生命に関わる。
だけど、こうしなくては言い訳らしいものが思いつかなかったのだ。
メアリーが、それを眺めながらポツリと言う。
「ザックのところに戻らないと……」
ふと、今剣が思い出した。
「えっと……『ねんわ』は?」
「ネンワ?」
「『サーヴァント』と『ますたー』はこえをださないで、なんというでしょうか、あたまのなかでおはなしできるんです」
「離れていても?」
「そうです!」
「………」
今剣からの情報で、メアリーは決心した。
-
『―――ザック?』
アベル達が博物館からの撤退を行うが、すでに異常を駆けつけた報道陣や警察がちらほら現れる。
こうなってはキリがない。
騒ぎを立てているのに、肝心のカインや他のサーヴァントすら登場しなかった。
移動し続ける中、ザックがメアリーからの念話を聞き取る。
そこで、ザックは気付いた。
メアリーがいないことを―――
アベルの殺害にだけ意識を持って行かれ、重要な事実を逃していたのだ。
『あっ! おい、メアリー!! お前どこに――てか、念話使えるのかよ!』
『教えて貰った』
どこに、と聞かれてメアリーは普通に答える。
『警察に向かってる?』
『はぁ!? なんだよ! スルガだけじゃなくてお前もか!』
『だから……スルガを探すよ。私』
メアリーの言葉に、ザックは明らかな反応を見せた。
『マジかよ。アベルの野郎が、スルガにカインとかいう奴の情報聞き出せって殺されねぇんだ』
『わかった。聞いて来る』
『いや、聞き出せるのかよ。お前』
メアリーは相変わらず死人のように気力もない声色だったが。
確かな意志がある。
まるで綱渡りをするような話であったが、そんなのあの暗闇の世界なんかより大分マシなのだ。
ザックが念話をしているのに気づいたらしいアベルが、僅かにザックの方へ振り返る。
念話では冷静に、メアリーが話を続けた。
『スルガのところに向かってるから』
『じゃあ、そこどこだよ。面倒だから「俺達全員」で行く』
『それでいいの?』
メアリーからの確認に、ザックは返答に躊躇したが――アベルと視線が合う。
何が言いたいんだ。
そう文句をぶつけたいザックだが、何故だか。理解出来る気がする。
指を咥えて移動する梟と沙子は、今はただ追跡してくる有象無象から生きる為に駆けていたが。
最初から、答えは一つしかない。
『あぁ、いいぜ。それまで死ぬんじゃねえぞ』
『―――うん』
-
「どうしてあの――神原駿河のところに……危険では?」
「あの子が、神原駿河が共犯者かどうか。顔を見ないと分からないと言うんだ……
それに神原駿河の証言は支離滅裂だ。彼女よりも、あの子の証言の方が信憑性がある」
パトカーで移動するメアリーと今剣。
ここにはルーシーとオルミーヌはいないが、後方のパトカーに二人は乗車していた。
今剣は不安そうに尋ねた。
「だいじょうぶですか? めありー」
「うん。来てくれるって」
「そ……そうです、か」
カインとアベルの逸話を知る今剣は複雑な心情だ。
警察と同行している状況下では信長も簡単に手出し出来ない筈。
否、むしろ。
警察がルーシーたちのところへ駆けつけるまで、何事もなかったのは幸運だったのかもしれない。
どうやら、駿河の証言があまりに信憑性に欠けた内容なので、メアリーの証言を警察は頼るらしい。
当然だ。
少年少女二人の前だからだろう。
警察が「聖杯戦争」だの「マスター」だの、そういった情報を口にしていたが。
一瞬。今剣やメアリーも驚いた風であったが、助手席と運転席に居る警察は狂人の戯言だと鼻先で笑っている。
紛れもない事実なのに……今剣は少しばかり憤りを感じてしまった。
彼らが入場する千代田区にある某警察署。
メアリーが、周囲の光景や警察署の名前を睨むように眺め続けている。
それらの情報をザックに伝えている。
警察が嘲笑する正常な神原駿河とは全く異なる。
真の狂人たちが―――狂気を携えて、ここへ現れようとは。
誰も想像していなかった。
「めありーは……どうして、しんじているんですか?」
自分だったら、あの殺人鬼は信用できるか定かではなかった。
今剣は聞かずにはいられない。
メアリーが答えるは、一つ。
「ザックは嘘をつかないから」
友情だとか、愛情なんて。クソったれた価値観は押しつけられているのではない。
狂人たちは相も変わらずあるがままに、子守唄を奏でるかの如く。
殺戮と狂騒を続けるのだ。
-
【4日目/未明/江東区】
【バーサーカー(SCP-076-2/アベル)@SCP Foundation】
[状態]カインに対する憎悪、魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しみ尽くしたら、ルーシーを殺害する。
0:駿河のいる警察署へ向かう。
1:アサシン(カイン)をここから抹消する。
[備考]
・アーチャー(与一)を把握しましたが、戦意がないと判断しました。
・アサシン(カイン)の存在を感じ取っておりますが、正確な位置までは把握できません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・バーサーカー(オウル)の持つ拳銃について言及するつもりはありません。
・駿河がアサシン(カイン)に関しての情報をまだ隠していると判断しております。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]肉体損傷(回復済)、魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]拳銃、『王のビレイグ』、拳銃の弾(幾つか)
[所持金]神原駿河の自宅にあった全額
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい。聖杯が欲しい。
0:駿河のいる警察署へ向かう。
1:ルーシーと話がしたい。
2:カインとアベルの行く末を見守る。
[備考]
・参戦時期は不明。
・聖杯戦争について把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。現在はバーサーカー(アベル)らの人質として報道されています。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・バーサーカー(オウル)を介して、神原駿河の部屋に招かれる許可を得ました。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(回復中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全部殺して、自分が一番だと証明する。
0:駿河のいる警察署へ向かう。
1:スナコ………
2:アベルくんは俺が喰うっつってんだろ。
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]魔力消費(小)
[装備]鎌
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全員殺す
0:駿河のいる警察署へ向かう。
1:一番にアベルを殺す。
2:神原駿河に対しては――
[備考]
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・駿河がアヴェンジャー(マダラ)のマスターであるのを把握しました。
・アサシン(カイン)の能力の一部を把握しました。
・バーサーカー(アベル)が何らかの手段で蘇ると知りましたが、半信半疑です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
・沙子を変わった少女として認識しております。
-
【4日目/未明/千代田区 警察署】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]携帯電話(電源オフの状態)、バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
3:カイン……
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
・信長には聖杯を手にする為、方針を変えたように宣言しましたが、本人はそのつもりはありません。
→やはり、信長の方針について行けず。脱出手段を探す方針を本格的に試みます。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]精神疲労(中)、肉体ダメージ(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1:ルーシーと共に脱出する。
2:カイン……
3:なるべく人は殺したくない。
[備考]
・聖杯戦争については概ね把握しております。
・アーチャー(与一)の真名を把握しました。
・通達について把握しております。
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されているかもしれません。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・短刀は江東区の草影に隠しました。
【メアリー@ib】
[状態]肉体的疲労(小)、目が死んでる
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい? 殺されたい?
0:ザックを待つ。
[備考]
・役割は不明です。
・聖杯戦争参戦前の記憶を取り戻しました。参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・聖杯戦争を把握しました。
・バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・SNSでバーサーカー(アベル)の人質として情報が拡散されております。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
<その他>
・信長邸に出入りする家政婦(オルミーヌ)はルーシーがアダムを殺害した事を把握しています。
・オルミーヌはアサシン(カイン)の存在を確認しております。
・メアリーの発言がテレビで報道されるかは不明です。
-
【4日目/未明/江東区】
【織田信長@ドリフターズ】
[状態]魔力消費(大)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]資料、購入した銃火器
[所持金]議員の給料。結構ある。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を頂くつもりだが……?
1:今後の策を考える。
2:ルーシーは……
[備考]
・役割は「国会議員」です。
・パソコンスキルを身につけました。しかし、複雑な操作(ハッキング等)は出来ません。
・通達を把握しております。また、聖杯戦争の主催者の行動に不信感を抱いております。
・ミスターフラッグから、東京でここ二、三日の内に起きている不審死、ガス爆発、
不動高校、神隠し、失踪事件の分布、確認されているサーヴァントなどの写真を得ました。
・セラスからセイバー(フラン)とバーサーカー(ヴラド)の容姿の情報を得ました。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・江東区の博物館の館長を脅迫もとい交渉した結果、博物館の警備の強化などの権限を得ました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・ライダー(ジャイロ)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING】
[状態]魔力消費(大)、肉体ダメージ(極大)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(信長)に従う。セクハラは勘弁して欲しいケド。
1:博物館から離脱する。
2:バーサーカー(ヴラド三世)に通じる存在……?
[備考]
・セイバー(フランドール)とバーサーカー(ヴラド三世)の存在を把握しました。
・刺青のバーサーカー(アベル)を危険視していますが……
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
-
投下終了です。タイトルは前後篇合わせて「夜は眠れるかい?」となります。
続いて以下を予約します。
ホットパンツ&アクア、馳尾&ヴラド(狂)、エミ
-
投下します
-
東京都練馬区。
時刻は夕方。無事にコンビニでおにぎりなどを購入し終えた馳尾勇路がいた。
この時間帯ならば、まだ中学生の勇路が徘徊してても怪しまれない。
むしろ。休日以外だと、この時間帯くらいしか許されないだろう。
如何せん、中学生という身分は面倒であった。
遅めの昼食を終えた勇路は一息ついてしまった。
練馬区は以前も訪れた事がある。
恐らくだが……東京23区全体を一周したのだと思う。行き辺りばったりな歩みだったが、一先ず。
先導エミを目撃した筈の練馬区がゴールであった。
勇路は再び溜息をつく。
結局、先導エミは発見出来ず終い。もはや、彼女は23区内にはいないと判断せざる負えない。
この聖杯戦争の舞台である『東京』とは『東京都』全て(離島などは除く)が舞台なのだ。
奥多摩など、人気のない場所を積極的に選び。
例の刺青男から逃れる算段を企む主従が存在するだろう。
だが……
勇路も放浪の経験がある。
彼女が23区内を飛び出したところで往くアテがあるか? それが疑問だった。
食事などの為、金だって必要不可欠だ。勇路のように親の金を盗んだ可能性も??
しかし、もし23区内から飛び出したと仮定すれば……
勇路も捜索の仕様がない。広大過ぎる。無謀極まりなかった。
ふと、ロボのアーチャーから渡された連絡先を思い出す。
ルーシー・スティールと呼ばれる少女……聖杯戦争には否定的らしいが、どうにかして遭遇できないか。
「つっても……」
勇路は携帯電話を所持していない。
今時の中学生――しかも都内にいる――にしては珍しいが、違う。彼の携帯は存在する。
それは彼の自宅に放置されたままなのだ。
確かに便利な代物だが、子供の携帯にはGPSとか備わっているとか。
使用していれば、■親から電話がかかってくるのでは。
……など想像すると勇路は持って行くのに抵抗を感じられた。
実際の話、携帯電話にGPS機能が備え付けられているか、勇路自身は覚えがない。
連絡手段。
古典的な公衆電話が思い浮かぶ。
駅前には、幾つか設置してある場所もこのご時世でも残されているはず。
-
一目につかぬうす暗い通りから姿を現す勇路。
警察は……今は刺青男の警戒に意識を集中しているが、勇路の捜索を怠っていないとは断言出来なかった。
念のため。
周囲を警戒しながら、駅へ向かう勇路。
遠目から駅を眺めて見れば、どこか一足が多く感じられた。
歩きながら携帯(スマホ)をするのは良くないという風潮はどこへやら、スマホゲームをやっている訳ではないようで。
SNSで実況を打ち込みながら、若者たちが面白おかしく語り合う。
「板橋の方でテロリストが出てきたんだって!」
「ちょ、マジかよ。こっから歩けば近いし、行ってみようぜ!」
容疑者である人喰いたちや、個人情報がばら撒かれている神原駿河など。
聖杯戦争とは無縁の彼らが自棄に囃し立てているのは、勇路も少し不愉快に感じられた。
第一。
勇路だって好きで聖杯戦争に巻き込まれた訳ではないのだ。
なのに……
突如。
勇路のサーヴァント・バーサーカーが前触れなく実体化をする。
何事かと思えば、勇路の足元に転がって来た『アメ玉』が爆発を巻き起こしたのである。
吸血鬼の不規則な形状で爆風を物ともせず。
バーサーカーが勇路の体を掴み、回避を成功させた。
しかし『アメ玉』が爆発とは一体どういう攻撃手段なんだろうか?
バーサーカーはいつも通り呆れた態度で、マスターである勇路に言う。
「注意力の足らん家臣よ。間抜けに命を奪われるのは、余の顔に泥を塗るのと同等と思え」
「………だ………大体っ………!」
勇路が必死に周囲を見回せば、ステータスが視認できた存在が確認できたのだ。
だが、あれは『少女』であった。
棒付きキャンディーを片手に、魔力を溜めこむ―――ランサーのサーヴァント……!
勇路の目撃した先導エミやそのキャスター(ブルーベル)と大差ない。
だけど、あんな少女にしてアメを爆発させる奇妙な攻撃を仕掛ける………敵?
もしくは……
迷う勇路に時間を与えぬよう、アメのランサーは更なる猛攻を仕掛けるのだった。
が。
もはや猶予もない。
バーサーカーは実体化した。
乱雑に勇路を降ろせば、吸血鬼としての能力で霧に変化し、実体を失くす。
ランサーは、見た目に似合わず舌打ちをした。
-
「隠れるつもりかい!」
そのような訳はない。
バーサーカーの霧が蝙蝠や猛犬に変化し、ランサーへ牙を立てた。
洒落臭いとランサーは握りしめていた棒付きキャンディーで、異形の怪物達を吹き飛ばす。
―――マテリアル・パズル『スパイシードロップ』―――
ランサー自身に爆発の影響らしいものはない。無傷だ。
どことなく、疲労らしい顔色の悪さが垣間見えるが、それはバーサーカーによる影響ではない。
先ほど――別の主従と対峙した時のものだ。
少しランサーは疲弊した状態である。
とはいえ、まだランサーの象徴たる『槍』が登場していなかった。
「っ!?」
だが、バーサーカーには生易しい手加減がない。子供相手に躊躇すら取らず。
霧状から瞬時に実体を保ったバーサーカーの体内から、穢れが帯びた『杭』が無数にランサーを襲う。
ランサーは接近戦で『アメ』を当てなければ、いくら驚異的な爆発を保有しても意味がない。
しかしながら。
速さは皮肉にもランサーは劣っていた。
『杭』の先端が彼女の腕や体を掠めた寸前で、咄嗟に『アメ玉』を爆発させた。
こうなれば、あらかじめアメに魔力を込めた方が良い!
ランサーは投げつけられるアメを出来る限り『魔力』を込め始める。
アメのランサーに対し、バーサーカーは既に太陽が沈みかけ、魔力も温存しているだけあり。
戦闘になんら支障のない状態だ。
……が。
バーサーカーも気付いていない訳ではない。
念話で勇路に語りかける。
『奴のマスターの姿がない。ならば――貴様も用心の一つは出来るであろう』
『分かってる……』
ランサーのマスター。
勇路は、それらしい影すら目撃していない。魔力の気配すら感知が不可能な為、己の感覚だけが頼りだ。
バーサーカーが繰り返す攻撃を、ランサーは『アメ』の爆発で誤魔化しているかのよう。
接近戦を得意とするランサーだが、接近特化の相手。
例えるなら――刺青のバーサーカーなどは有る種不利なのだ。
再度、ランサーの攻撃が続き、周囲に砂煙が舞い上がる。
これほどの規模となれば、テロリストの噂を聞きつけた人々も異常事態に反応してしまう。
一度退くべきか?
いや……勇路は考える。
少なくとも、ランサーは攻撃をしたのだ。聖杯戦争に準え、聖杯を手にしようとしている……
-
(聖杯……)
聖杯戦争こそが〈泡禍〉だとすれば、きっと聖杯は紛い物。
そうでないなら? もう一度……失った者に再会が叶うならば………
勇路が見せた隙を、見逃さなかったのはランサーのマスター。ホット・パンツ!
我に帰って勇路が現れたホット・パンツに警戒し、咄嗟に安全ピンを一つ握りしめた。
マスターなのか!?
だとしたら、一体なにを――勇路が様子見した瞬間。
彼女の片手にあるスプレー………――スタンド『クリーム・スターター』。
『片手』こそが、スタンドの能力により、ホット・パンツの腕から離れ、勇路の背後の電柱から狙っていた。
「!?」
肉スプレーを噴射されたのを、勇路は催涙スプレーに酷似した代物と思ったが。
噴きつけられた物が、勇路の口や鼻にへばり付いたのが危険だと判断出来た。
〈泡禍〉による神の悪意に匹敵はしないが、純粋な殺意がある。
このままでは呼吸が―――!!
「お前は、ここで再起不能になって貰う」
ホット・パンツのスプレーは『普通』ではなかった!
やっぱり〈泡禍〉!!
聖杯戦争や聖杯戦争に関わった者は〈泡禍〉に巻き込まれた……<断章>を使う、人間も!?
口がふさがり切る前。何とか勇路が言葉を紡ぐ。
「―――<自由を奪うモノは檻に>………」
安全ピンを手の甲に突き刺した勇路。
ホット・パンツは理解不能だった。
あの『安全ピン』の針で攻撃するならともかく、何故自傷行為に走るのか?
まさか、それが能力発動に必要なトリガー……?
困惑する彼女の傍ら、窒息の苦しみと『トラウマ』が過ったショックで勇路の体が硬いアスファルトに倒れる。
直後。
ぶちっ
と、生々しい音を立てて、ホット・パンツの右足に何かが食い込んだ。
『針』。
ありえない――アスファルトと右足を縫い付けるかのように、無数の針が出現する。
僅かな痛み。
ホット・パンツは不味いと、右足をスタンド能力で切り離し、距離を取ろうとした。
だが、攻撃は終わっていない。
右足を切り離せば、露わとなる内部の様子。
無数の針がホット・パンツの右足の内部に埋め尽くされている!!
「――――っ!?」
-
違う! 切り離しても意味は無い!! ホット・パンツの右太ももまで針は既に侵入していたのだ!
勇路の<断章>の影響範囲から逃れた為、それ以上の猛攻は続かないが。
バランスを崩したホット・パンツも、勇路と同じように転倒を回避できなかった。
「お前……! スタンド使いか!? う………!!」
起き上がろうとしたホット・パンツの体。
もう縫い付けられている! みちみちと激痛を与えながらホット・パンツの肉体に侵入する針。
彼女は『クリーム・スターター』を噴きかけ、針から逃れようと試みるが。
針は肉を完膚なきまでに破壊し続けている。突き刺さった個所から、針は永遠と出現を繰り返す!!
「や……やめろ! わかった、その『肉スプレー』を解除する!!
だからお前のスタンド攻撃を中止してくれ! このままでは共死にするぞ……!」
「…………!」
『スタンド』なるものを勇路は理解していない。
だが、怪奇な攻撃・魔力の類を示しているのは察せる。勇路は迷ったが、死に絶える訳にはいかない。
<断章>の追撃を中止したことで、勇路の口元を覆っていた肉スプレーは消失する。
必死に呼吸を繰り返しながら、勇路は針を取り出そうと必死なホット・パンツに問い詰めた。
「そのスプレー! あんたの<断章>なのか、答えろ!!」
「ダンショウ? い……いや……お前の方こそ、それは『スタンド能力』ではないのかっ!」
「………?」
双方の意見が酷いほど食い違っており、互いに困惑の表情を浮かべた。
能力については、どうでもいい。
勇路はとにかく重要な質問をぶつけるのみ。
「キャスターに会ったか……っ………青い炎を出すキャスターだ。見かけなかったか!」
「青い……? まさか、お前――先導エミを追って」
(何? 『先導』………?)
バーサーカーから聞いた放送通達者である少年の姓――『センドウ』と同姓?
どうやら、ホット・パンツは勇路よりも圧倒的に青い炎のキャスター、そしてエミを把握しているかのよう。
まさかと勇路が睨む。
「あんた………! 聖杯を取るつもりで、殺したのかっ!?」
「サーヴァント『しか』倒していない! 私は先導エミには手をかけていない。
彼女は生きている! 死んだとすれば、別の主従が手を下しただけだ……」
「な―――」
-
俄かには信じがたい。否、勇路は<騎士>としてはあるまじき行為だが――
ホット・パンツをそのまま死に至らしめようとすら想像するほど。
憎悪と絶望。憤りを抱いた。
あの少女――先導エミは、明らかに聖杯戦争を嫌悪していた。どう見たって、戦う気などない。
そんなの、一目見れば分かる話だろう!
勇路にも理解できた。
過激で残酷な聖杯戦争の被害、バーサーカーとランサーの戦闘の威力。
もし、サーヴァントに出くわせばマスターは、少女のエミなんて呆気なく散る運命だというのに!!
「本気で言っているのかよ! その――エミが、サーヴァント相手に何もできねぇ!
噂になってる刺青男に出くわせば、それで終わりだろうが!! 第一、エミは俺を攻撃しなかったぞ!」
「わからない……お前は何がしたい? 聖杯が欲しい訳ではないのか」
勇路が返事を詰まらせる。
聖杯で叶えたい事はあるのだ、あるが……本当に……
沈黙する少年を前に、ホット・パンツは言う。
「私は『聖杯』が欲しい。だが、それは願いを叶える為じゃあない……
それで誰かを生き返らせようなんてことは、願わない……」
「……なん……だと?」
「……もし、例え誰かを死なせてしまったとしても、罪は清められない。
罪を慰めてくれるのは……『聖遺物』だ………例えば『聖人の遺体』のような………私はそれが『聖杯』だと思っている」
「……………!」
「罪からは逃れられない……そういうこと。だから私は『神様』の為に聖杯を獲ろうとした」
「だったら……じゃあ………」
「考えろ……! バーサーカーのマスターッ! あの刺青男たちに聖杯を渡して良いと思っているか!?
やましい事、悪意ある者に渡すくらいならば……獲るしかないッ!!」
罪から―――逃れられない?
『田上瑞姫』………『斎藤愛』………彼女らの死。
蘇らせても、蘇ったという形な以上。死んだ事には……変わりが――ない?
罪を償う為に聖杯を?
だったら先導エミが犠牲になっても?
だけど、公園で出くわしたキャスター主従のような。刺青男などに、聖杯を渡しては………
分からない。
こんな状況で勇路には明確な思考回路など存在しなかった。
第一、彼女は勇路を殺害しようとしたのに変わりない。
勇路を惑わす言葉をかけているだけ、かも。
だが、ホット・パンツの言葉は勇路の中では重要なものとなっていた。
スタンド能力だとか、勇路の知識外を持ち出している以上、ひょっとしたら〈泡禍〉とは無関係では。
特殊能力を所持した『普通の人間』ならば、今回のは正当防衛として……
このままホット・パンツに追撃をかけるのは、許されない。
-
「!」
ホット・パンツと勇路は、反応する。
ランサー達の戦闘で、やはり周辺の住人が通報したのだろう。遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。
舌打ちする勇路は、一目散に退散をしたのだ。
警察の世話になりたくないし……強引でも『あそこ』へ戻らされるは、それだけは……
ハッと勇路が我に返って周囲を見回せば、ホット・パンツの姿がないではないか!
あの状態で、どうやって?
恐らく『肉スプレー』で肉体を移動させたのだろうが。
そして、警察の到着が異様に早かったのである。
周辺に刺青男が出没すると噂された、それが事実であった為、警察も重い腰を持ち上げたのだ。
パトカーが行く手を阻む。勇路は念話でバーサーカーに確認する。
『あのランサーはどうなった?!』
『消えた。恐らく令呪による強制移動だが、あのランサー……宝具を出しきっていないだろうに』
全く以て悪手を使ったと、バーサーカーの言葉の裏にはそのような意味合いが込められている。
サーヴァントの消失は確かに痛いが。それを、令呪を使用してまで回避する必要があるか?
バーサーカーが推測するよう、ランサーが真の『槍』たる宝具を使用せずにいたならば。
確かに宝具を使用すれば済む話だ。
もしかして、市街地で宝具を使用するのは避けたのか?
分からない。最早、見失ってしまったあのマスター(ホット・パンツ)の思考など……
何であれ。
今は勇路が警察によって捕捉される事態だ。
「君! そこで止まりなさい!!」
「……くそっ…………」
ホット・パンツが持ちかけた聖杯の話が、勇路の脳裏を過ぎる。
そうだ。そうなのだ。
『田上瑞姫』も『斎藤愛』も、既に終わった存在で、否定しても罪からは逃れられない。
だが。
その聖杯は?
正しい願望機で、聖遺物なのは間違いないのか??
-
「俺は何もしらねー……とっとと調べてくれよ。変なモンは持ってない」
その場凌ぎに、勇路は大人しく警察に従う。
無駄に反抗すれば余計に怪しまれると、勇路も理解していた。
恐らく、バーサーカーは霊体化をしているだろうし。せいぜい、周辺にはランサーが残したアメしか落ちていない。
爆発物となりうる物体すら、無い。
勇路が所持しているのは安全ピンとルーシーの連絡先が書かれた紙だけだ。
警察も爆発事件に巻き込まれただけだと判断する。
「ところで君、ここで何を?」
「は?」
他愛のない質問なだけに勇路は戸惑った。
こういう場合、何と答えれば正解なのか……適当に散歩していたとか、それで良いのかも怪しい。
困った勇路がどこかで耳にした話を思い出す。
「なんか……噂を聞いて」
そもそも、何の噂だったか忘れてしまった。
聖杯のことやホット・パンツ、先導エミの存在ばかりに意識を集中させており。
続けて警察に確保されたのだ。余裕がなくなるのは仕方がない。
警察官の方はやれやれといった様子である。
「最近の若い子は、まったく……いいかい。相手は本物のテロリストだ、刺激させるような事はしちゃいけないんだよ」
嗚呼、刺青男の噂だったか。
勇路も漸く思い出して、面倒くさそうに返事をする。
何であれ、ランサーのマスターはここ――練馬区で構えていた。ならば先導エミも、まだここに?
一刻も早く先導エミを確保しなければ……
付近で出没する刺青男の噂が真実ならば、彼女の命は……
すると、警察官が言う。
「君、家はどこだい。送って行くから……」
ギョッとして勇路は焦った。
「い………いや、自分で帰れる。道に迷った訳じゃねーんだ」
「でもねぇ。そうは行かないんだ。君は向こうへ行く気じゃないか?」
非行的な印象のせいか、警察は勇路がこのまま刺青男のところへ向かうのだと思っているらしい。
断じて違う。
だが、家へ帰る訳にはいかなかった。
勇路も承知している。あのまま自宅に居続ければ、自分の<断章>が暴走する!
分かっていても、耐えられる訳がないのだ。
-
「行かねーよ! だから早く帰してくれ」
「車で行った方が早いじゃないか」
警察は何も、爆発事件の犯人として勇路を怪しんでいる訳ではない。
勇路が不良少年だと察して。
きっと保護者に注意をかける魂胆で自宅へ向かおうとしているのだ。
住所を聞かれても、名前を聞かれても、勇路は頑なに黙秘を続ける。続けなくてはならない。
『あそこ』への帰還が、最も『東京』に被害をもたらすくらい。
勇路は理解していたのだから………
「まいったなぁ……」
勇路を足止めしていた警察官たちは、そんな困惑の声を漏らす。
彼らも刺青男を追跡する任務がある。
だから、一組の警察官が勇路を補導し、パトカーに乗せ、警察署へ向かうのだった。
クソ、どうにか隙をついて……
勇路が逃亡を考える中。思い出す。先導エミのこと、ホット・パンツのことを……
やはり。ホット・パンツは許せない。
先導エミは被害者だ。無理矢理戦闘をし、それでサーヴァントが倒されるなど惨たらしいにもほどがある。
だが……聖杯のことは…………本当に聖杯戦争は〈泡禍〉じゃあない?
(待てよ……)
勇路は一つ思いついた。
どうせ、警察署へ向かうならば――そんな勢いで。
バーサーカーに念話で伝えると、向こうは非常に不愉快そうだった。
『貴様。余をなんだと思っている』
『………俺にも限界がある。あんたにしか出来ない』
『全く。自らの技量を計れただけ、良しとしよう』
サーヴァントは霊体化で建物や監視を簡単にすり抜けられる。
先導エミが行方不明者として名が挙がっていれば、警察署内に情報がある筈だ。
彼女の所在でも、些細な情報でも掴めればいいのだが。
-
危なかった……あの少年、どういう能力かは不明だが、危険過ぎる。
最悪、こちらがやられていた!
令呪も……もう使えない。相手が悪すぎた……
肉スプレーで針を取り出しつつ、ホット・パンツは冷や汗を流す。
勇路から離れた為、ホット・パンツはスタンド能力の効果範囲から逃れたと判断した。
針の効力は必要以上に発生しない為、一安心した。
傷を回復させるのに専念するとはいえ、勇路の能力は攻撃性が強い。
油断すればホット・パンツが命を落としかねない……
だが、聖杯戦争に乗っている訳でもなさそうだった。
「ランサー……どうだ」
『結構、深手だね。バーサーカーの癖して、普通に喋ってたよ。アイツ』
属にいう知性を残したバーサーカー。
無暗に突っ込むのではない。正気の戦法でランサーを追い詰めたのだ。
ステータスにおいても、正直バーサーカーが勝っていた。
だからこそ、ランサーに時間を稼がせ、ホット・パンツが勇路の始末を優先させたのである。
結果は、敗北に近い形となったが………
ホット・パンツとランサー。
二人だけでは無謀だったのだろう。このままでは、再度対面した際、確実にやられてしまう。
勇路は、ホット・パンツとランサー。双方の能力を把握していのだから。
もう一度、教会へ戻り。
アメの補充と回復をしたとして……ホット・パンツは考える。
同盟。
考えなくてはならないか。
彼女の把握しているサーヴァントは、どれも一筋縄では勝ち目のない相手ばかりだ。
あの幼女のライダーも能力や宝具が不明なのだ。
『んで。お前はどうして生きてたんだい』
勇路にトドメを刺されなかったのか。
ランサーの問いかけに、ホット・パンツは返事をした。
「奴は――先導エミを探していた」
『!』
「理由は………分からないが、聖杯を欲しい様子でもない」
『……そうかい』
だったら、彼女(先導エミ)の心配はもう必要ないかもしれない……ランサーはそんな心情だった。
やはり。主催者であり通達者の先導アイチとの関係性があるエミの存在は、不穏要素だった。
けれども――勇路がエミをどうにかしてくれるならば……それでいい。
迷いなく聖杯戦争を続けられる。
隣接する板橋区で火の手が上がったのは、丁度その頃だった。
-
【3日目/夕方/練馬区】
【馳尾勇路@断章のグリム】
[状態]魔力消費(中)、精神疲労(中)、肉体疲労(中)、右手の甲に傷、
[令呪]残り3画
[装備]安全ピン
[道具]ルーシーの携帯電話番号が書かれたメモ
[所持金]中学生としては普通+■親からくすねた分
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を破壊する?
1:エミを探しだす。
2:キャスター主従(ブライト達)を放置してはおけないが……
3:家には帰らない。……戻りたくない。
4:余裕が出来たらルーシーに連絡してみる?
5:瑞姫を蘇らせたのは間違いだった……?
6:聖杯について調べたいが……
[備考]
・役割は「不良中学生」です。どこの中学校に所属しているかは後の書き手様にお任せします。
・エミとキャスター(ブルーベル)の主従を把握しました。
・トラウマのこともあり、自宅には戻らないつもりです。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
・アーチャー(ひろし)のステータスを把握しました。
・ルーシーの携帯電話番号を把握しました。
ルーシーがマスターであると把握しましたが、刺青男(アベル)のマスターとは知りません。
・刺青男(アベル)のことは噂程度に把握しております。
・キャスターのマスター(ブライト)は生存中と判断しました。
・ホット・パンツとランサー(アクア)の主従を確認しました。
・現在、練馬区内にある警察署に補導されています。
【バーサーカー(ヴラド三世)@Fate/Grand Order】
[状態]霊体化、魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(勇路)には従う。現時点では。
1:感じる違和感が気がかり。
[備考]
・エミとキャスター(ブルーベル)の主従を把握しました。
・アーチャー(セラス)の存在を把握しました。
・何となくですが、ランサー(ヴラド三世)の存在を感じ取っています。
・キャスターのマスター(ブライト)は生存中と判断しました。
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(大)、肉体損傷(中)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]『クリーム・スターター』、アメ(バーサーカーとの戦闘で大分消費)
[所持金]それなりにある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、弟に許されたい。
1:同盟可能な相手を探す。
2:ライダー(幼女)の対策をする。
3:刺青のバーサーカー(アベル)は夜が明けてから検討。
4:勇路の能力に警戒する、
[備考]
・役割は「教会のシスター」です。
・拠点である教会に買い溜めした飴があります。当分、補充が利く程度の量です。
・通達を把握しました。
また通達者の先導アイチは先導エミが探す人物ではないかと推測しております。
・先導エミはマスターであると確信しました。
・平坂とライダー(幼女)の主従を把握しました。
・端末は後日、中野駅に向かい引き取る予定です。
・フードの男(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・馳尾勇路とバーサーカー(ヴラド)の主従を把握しました。
・勇路の能力を目撃しましたが、全てを把握しておらず、スタンド能力ではないかと疑っております。
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル】
[状態]霊体化、魔力消費(大)、肉体ダメージ(大)
[装備]
[道具]アメ(バーサーカーとの戦闘で大分消費)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。ホット・パンツにはなるべく従う。
1:もう何も迷わず戦い続ける。
[備考]
・平坂と少女のライダー(幼女)の主従を把握しました。
・幼い少女は妹を連想させる為、戦うのに多少抵抗を覚えてしまうかもしれません。
-
「…………」
エミの傍らには誰も居なかった。
もう、キャスターは……ブルーベルはここにはいない。
外に出るなんて……危険過ぎる。怖い。もし、あのランサーが再び自分を狙って来たら。
先導エミが張りつめた空気の中。自室に籠っている。
その扉をノックする音。
本物ではない、エミの母親として設定された良く似た誰かが扉ごしから声をかけた。
「エミ。学校で……なにかあったの? お母さんに話してくれる?」
「………」
聖杯戦争のことを信じてくれるわけがない。
だって、彼女は本物のエミの母なんかじゃない。偽物でレプリカだった。
頼れる存在じゃあない。
途方に暮れていた。
どうしたらいいのか……でも、エミは僅かな希望を抱いて答える。
「お母さん……ここから離れたい」
「どうして?」
「だって……お母さんは怖くないの………あの殺人鬼が、私は怖いよ」
「大丈夫。大丈夫よ、エミ。警察の人が必ず捕まえてくれるから」
「嘘!」
思わず叫んでしまった。
無理だ。エミは分かっている。相手はサーヴァントだ、どう頑張っても勝ち目なんかない。
追跡も逮捕も不可能だと………ブルーベルがいないエミにとっては恐怖でしかなかった。
「ねぇ、お母さん。お願い! あの人から離れたいの、怖くて……学校にも行けない!」
「エミ……でもね。マイちゃんも、皆、学校に行っているのよ?」
「おかしいでしょ!? こんな状況で学校に行くなんて! そっちの方がおかしい!!」
「………エミ……」
部屋で一人、エミは蹲って泣き始める。
こんな様子で強引に学校へ向かわせても駄目だと、流石の『母親』も思う。
「分かったわ」と『母親』はエミに伝えた。
「不動中学校に連絡しておくから……ゆっくり休んで、落ち着いたらご飯でも食べに降りてきてね」
「う……うう………」
例え、刺青男の脅威が取り除かれても。
聖杯戦争は続く。まだ、サーヴァントたちは『東京』で戦争を続け、人々を巻き込み、日常を脅かす。
ヴァンガードのデッキを握りしめながら、先導エミは怯え続けたのだった。
-
【3日目/夕方/練馬区 先導エミの自宅】
【先導エミ@カードファイト!!ヴァンガード】
[状態]精神疲労(極大/ブルーベルが消滅した悲しみ、再びアイチの居ない日常へ戻される絶望)
サーヴァント消失
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]『ヴァンガード』のデッキ
[所持金]なし(母親に没収されてしまいました)
[思考・状況]
基本行動方針:アイチを探す。
0:どうしたらいいの……
1:何がなんでもアイチに会いたい。
2:刺青男(アベル)が恐ろしい。
[備考]
・役割は「中学一年生」です。所属は「不動中学校」です。
・通達を把握しました。
・少年(馳尾勇路)がマスターであると確信しました。
・ランサー(アクア)のステータスを把握しました。
・『母親』の計らいで、明日は学校を休めます。
・自宅は練馬区にあります。
-
投下終了です。タイトルは「勝利者への資格」です。
続いて、安藤&カイン、潤也&ジャイロ、アイリスを予約します。
-
あやめ、セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)、予約します
-
予約ありがとうございます。
私の予約分を投下いたします。
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【東京都板橋区で火災。刺青男と関連が?】
速報の簡易的な記事を携帯のニュースサイトで発見するアイリス。
SNSではテロリスト(梟やアイザック、神原駿河)に関する話題が尽きない。
皮肉にもそれが『神隠し』の感染を抑えているので、不愉快ながら有難かった。
現在、現場に到着した警察が全滅しただの。板橋区にいた野次馬も皆殺しにされただの。
信憑性のない噂が飛び交うが、唯一アイリスは刺青男……即ち『アベル』は放火の主犯者である可能性が低いと判断していた。
単純にアベルは炎の類の能力を保持していない。それだけの理由なのだが。
江戸川区でバスに揺られる事、十数分。
アイリスは次の目的地に到着した。
もうアダムの自宅マンションと思しき場所の出入り口は撮影を終え、次は安藤潤也の自宅。
閑静な住宅街にある一軒家。
兄弟二人と両親で暮らしているのだろうか。
そんな憶測を胸に、アイリスは一枚、カメラで写真を撮った。
一見すればただ風景を撮影しているようにしか感じられないワンシーン。
アイリスにとっては重要だった。
写真は『カメラ』のような機能を発揮する。アイリスだけが持つ能力。
これでいい。
安藤潤也の自宅から離れながら、アイリスは携帯で再びSNSを確認する。
後は、遠野英治の自宅だが……先ほどの『事件』がさらに進展が発生しており。
変身をした少年が、あちこちで噂になっていた。
SNSではその瞬間の映像が確認できる。
変身?
サーヴァントと互角に渡り合う存在など、サーヴァント以外考えられないが………
「―――アイリス」
「………」
声をかけられアイリスは即座に反応できなかった。
否。
俄かに信じられなかったのである。
恐る恐る顔を上げれば、確信せざるおえない。アイリスの知る存在がそこにはある。
「…………か……………カイン」
アイリスの声は震えていた。
名前で呼んでいいのか躊躇もした。
それが誰にも咎められなかった瞬間、アイリスは少し緊張が解れた。
だけど……何と恐ろしい事か。
彼は『サーヴァント』だった。
いいや、仮に呼び出されるとすればサーヴァント以外ありえないだろうと理解してはいたが。
両手足義肢の男。『アサシン』と視認できたカインを目にし、アイリスは周囲を見回す。
そんなまさか。
アイリスが慌てて、だけど小さな声で尋ねる。
「カイン、あなた―――まさか安藤潤也の……!?」
-
思わず取り乱してしまったかもしれない。
カインは相変わらず機械的な声色でアイリスに返事をするのだった。
「いいえ。私のマスターは安藤潤也ではありません」
むしろここは答えてはいけない場面であろうが、カインも内心驚きが隠せなかった。
大分遠くにある安藤家の様子を伺いながら、戸惑うアイリスの腕を引っ張り。距離を取る。
その際。
周辺の植物が死に絶えてゆくが、躊躇する暇などない。
アベルの存在は承知していた。
ジャック・ブライトが存在するのは意外だった。
アイリス=トンプソンの存在は、想定外過ぎた。
アイリスが安藤家を撮影した写真に一瞥し、カインは冷静に尋ねる。
「アイリス。一体どのようにして聖杯戦争に巻き込まれたのですか」
「………わからないわ」
正直な話。
ここへ至る過程をアイリスは理解していない。
あの『林檎の木』が何を意味するかも。未だハッキリ分からない。
嘘偽りない、ありのままの通り答えた。
「ごめんなさい」
真っ先にアイリスはそう伝える。
もう、セイバーは名も知らぬアーチャーを倒してしまった。
後には退けない。
カインの性格をよく知るアイリスだからこそ、率直に答えたのだ。
「私は……聖杯が欲しいの」
アイリスは手に汗を握りしめながら、表情が読めないカインを伺う他なかった。
それを聞いたカインは――周囲を伺いながら答える。
「………分かりました」
「え?」
あまりに呆気ないカインの態度に、アイリスも間抜けな声を漏らす。
周辺には少なくとも『人間』はいない。最悪の場合、潤也のサーヴァントかアヴェンジャーがいるだろう。
実体化はしていない。それを確認してから、カインは話を続けた。
-
「幾つか話をします。よく聞いて下さい」
「……え、ええ」
「まずは『ジャック・ブライト博士』がマスターとして『ここ』におります」
「いるの?」
思わずアイリスは聞き返した。カインは頷く。
アイリスもあの『ジャック・ブライト』のことは把握している。居るとなれば、SCPたるアベルやカインだけではない。
アイリス自身の事も勿論理解しているだろう。
真っ先に、出くわせばマスターだと疑いにかかる。
疑わない理由は無かった。
むしろ、それを伝えたカインも『財団』に把握されたくない……理由がありそうだ。
「彼のサーヴァントは私も分かりません。その目的もです。……次に、私のマスターと同盟をして貰えないでしょうか」
「同盟……」
「現時点で……私のマスターは『弟』を無力化させる事を目的に行動しております。
そして『弟』は既に、私の存在に気づいています。あくまで、気付いているだけで私の所在は掴めていません」
アイリスは徐々に冷静を取り戻しつつ、カインとそのマスターの状況が危ういと気付いた。
カインは聖杯などではなく、マスターの命を守りたいのだ。
例え、カインが自害で聖杯戦争から離脱したとしても。『カインを召喚したマスター』をアベルが許す訳がない。
何より。
聖杯戦争でマスターが生き残るには、サーヴァント無しでは不可能だ。
説得は――無謀だろう。
全てを阻止するにはアベルを倒すしかない。
「………」
「勿論。この場で決断する必要はありません。ですが、なるべく早急にお願いします」
「カイン。あなたは自分のマスターを助けるつもり? 本当にそれだけ?」
「……恐らく『弟』は自らのマスターも殺すでしょう。それも回避しなくてはなりません」
嗚呼。そうなのか。
カインの意図を知ったアイリスは、申し訳なく感じてしまう。
恐らく、カインは聖杯を必要としていない。最初から、そのつもりで行動だったのだ。
アイリスは、沈黙の後。静かに聞いた。
「『財団』に従う……訳でもないのね」
「アイリス。残酷ですが、ここに『財団』は存在しません」
「……そうね。とっても残念な事よ。でも、私は凄く安心しているの……」
アイリス自身は酷くカインを信用したが、セイバーに無断で同盟を組むのは駄目だろう。
その辺りの話し合いをしなければならない。
「――最後に、アイリス。この辺りで他のサーヴァントを確認しました。
令呪に余裕がなければ、無暗に現れない方がいいでしょう」
アイリスの令呪事情をカインは問い詰めなかったが。
潤也のサーヴァント(ライダー)とアヴェンジャーの存在。
彼らが自分らを監視している可能性がある以上、カインは露骨に注意を呼び掛けた。
相手にプレッシャーを欠ければ十分なのだが、問題が一つ。
「えっと………『令呪』って何?」
基礎的な支障が生じていた。
-
(神原か………あんまり話した事もないけど)
安藤家では自室で潤也が、テロリストの仲間として噂されるクラスメイトの事を想っていた。
確実に、共犯者じゃあない。第一、刺青男はテロリストでもないだろう。
間違いなく神原駿河はマスターに違いない。
だが……きっと流されているだけだ。
潤也は流れに逆らえる人間であったが、そうはしない。
聖杯戦争で、それどころではないからだ。偽りの空間の世論、政治など無意味に等しい。
念話先でライダー・ジャイロが言う。
『ジュンヤ。あのノブナガとかいう奴を探しだすか? まだ距離が離れちゃいない』
(いや、マスターだって分かれば良い。それより………)
潤也が気になったのは、SNSでもう一つ。ひっそりとだが、重要な事件が発生していた。
何でも。
一人の少年が騎士に変身をし、大男と戦闘をした。
なんて事件である。
これに対して、警察がどのように動くか見当はつかないが。
少年は病院に搬送されたらしく。搬送先は『不動総合病院』だと性懲りもなくSNSでは情報が広まっていた。
刺青男とは異なるケースだが……変身なんて特撮ヒーローのような現象が起きれば。
嫌でも注目されるのは、仕方がない事だろう。
とにかく。
少年が実体を持ち、霊体化しない様子であれば……マスターの可能性が高い。
何より……
潤也から事情を聞いて、ジャイロが「おいおいおい」と動揺した。
『そいつは本当か?』
(あぁ。アイスホッケーマスクを被って、いかにもバーサーカーって感じの大男が
変身したマスターと戦っていたサーヴァントだ。………これって兄貴のサーヴァントが倒した奴じゃないか?)
ランドセルランドの日常を破壊したバーサーカー。
カインの能力で倒された筈の。
消滅を目撃したジャイロからすれば、理解できない話だった。
『……俺はあのバーサーカーの消滅を見届けたぜ。間違いなく死んだ……体が真っ二つになってな』
(でも、それと似たサーヴァントが現れた………一応、映像確認する?)
『いや……要するに、葛飾区で調査をしてくれってことだな』
(頼むよ。それと「病院」にも寄ってくれ。ライダーならマスターかどうか判別できるだろ?)
-
ジャイロは思い出す。
そうだ。まだあのバーサーカーには不明な点がある。―――『宝具』だ。
特殊な発動条件を必要としたのか、否か。
あの状況ではジャイロが判別出来なかったものの。
もし……『復活』をする能力を所持していたとすれば?
それこそ、黄金回転のエネルギーで攻撃するしかない。
まだ潤也の兄のサーヴァントよりも、攻撃が通りそうな雰囲気はある。確証はないが……
『異常はないんだな。そっちで』
(兄貴のクラスメイトが見舞いに来たくらいだ。アンダーソン……もしかしたらマスターの可能性はあるけど………
一先ず問題は無いぜ。アンダーソンを疑うにしても、確証がないし………)
不動高校の生徒に刺青男以外の被害が及べば――
この「流れ」では、それすら刺青男の仕業になりかねないだろうとしても。
無暗に襲う必要は無い。
もし、アンダーソンがマスターでないなら無駄足を踏むだけなのだ。
(何かあったら令呪で呼ぶから、心配するなって)
念話を伝え終えた潤也は、改めて思案した。
今後の行動だ。
現時点で、兄は明日学校へ向かうと言いだしている。
この状況下で? 潤也も驚きを隠せなかったが……そうじゃない。
学校に行かざる負えない事情があるのでは? と、察していた。
(学校に他のマスターが……神原のことか? でもアイツは学校に行ける状態じゃない……)
となれば。
神原駿河以外のマスターを考慮して、だろう。
アンダーソンが言っていた『來野』なる生徒の存在……それを警戒してかもしれない。
否。違う。
今日はサボっても、明日までよっぽどの事情がなければ休む意味がないからだ。
呑気と言ってしまうが、兄は課題に手をつけている様子で。
格別怪しい様子は無い。
念話でサーヴァントと話し合っているかもしれないが、潤也の関われぬ世界である。
兄を利用する。
潤也は心に決めた。
あそこにいる兄は、自分の兄でありながら異なる存在だと受け入れている。
潤也の兄は、もうこの世にはいない………
-
ジャイロは同盟の話を持ちかけたらしいが、潤也としては同盟をしない魂胆だった。
刺青男たちのような接近戦を持ち出す相手。
兄のサーヴァントのような特殊能力を有する相手。
様々だが、ジャイロは特殊側……黄金長方形を必要する存在なのだ。
それが存在しない場所は不利。むしろ、植物を枯らせる兄のアサシンとは見事に相性が悪すぎる。
兄のアサシンを――倒さなければならない。
潤也は兄を殺そうとは考えていない。
兄を殺されるよう仕向け、最期まで敵サーヴァントを惹きつける役に仕立て、死んで貰いたかった。
(病院にいるマスターを脅迫すれば、うまく利用出来るかもしれない)
潤也は少年についても考えていた。
マスターと思しき少年自身が戦っていたとなれば、彼の傍らにサーヴァントがいない可能性がある。
なら、サーヴァントを持つ潤也が有利だった。
「潤也? まだ寝ないのか」
「!」
部屋の明かりに気付いた兄が、心配したのか顔を覗かせて来る。
潤也は浮かない笑みで答えた。
「なんか眠れなくてさ」
「明日、早いんだからちゃんと寝とけよ」
「……なぁ。兄貴、学校行くのか?」
兄は意表をつかれたように驚いた顔で「どうしたんだ、急に」と呟く。
「流石に明日も休む訳にはいかないだろ……天気も悪いらしいし、早めに起きた方がいいぞ」
「…………」
今、自分はどういうつもりなのだろうか。潤也は我ながら思う。
兄も普通のフリをしているだけで、間違いなくマスターだ。
潤也だって同じ。
ふと視線を降ろせば兄の手には本が握られている。
兄は、それを何か察したのか『王のビレイグ』というタイトルの本を潤也に差し出した。
「あぁ、これ………中々面白かったよ。眠れないなら読んでみるか?」
「流行りものに手を出すなんて珍しいじゃん、兄貴」
知っていたのか? と、兄が驚く一方で、潤也は違うと首を振る。
でも、折角だから………
何ら些細な日常の一場面だと潤也は、何気なく本を受け取るだけだった。
「そーだな。ちょっと読んでみる」
-
カインから令呪を教えられて、アイリスは至って冷静だった。
むしろ、概要を知り、何故セイバーが令呪の存在を明かさなかったのか理解する。
彼女の様子に、カインも少々困惑していた。
「アイリス……」
「大丈夫よ。彼、何となく似ているのよ…………アベルに」
だから少しだけ分かる。
実際、アイリスが名前を口にした途端。言葉にならない重圧感を抱いた。
確かに『財団』のない世界は開放的だが、アベルの危険性を知る自分にとってこれほど恐ろしいことはない。
カインは彼女の返事を聞き、納得する。
「他にも、私が勘違いしている事はあるのかしら。もう一度、聖杯戦争を教えてくれる? カイン」
「無論、話しましょう。しかし、アイリス。よろしいのですか」
「間違っているのは私だって、自分でも分かっているわ。聖杯戦争に加担しようなんて」
「……いいえ。間違いではありません」
「ありがとう。………でも『財団』は許しはしないわ。カイン、本当は私を見過ごせないでしょう?」
「それもありません。私は……サーヴァントですから」
嗚呼。それもそうだ。
アイリスは納得し、カインもそれを納得したからアイリスに話しかけているのだろう。
改めて聖杯戦争の概要を耳にし、アイリスが誤認した情報が判明した。
マスターが死亡すれば、サーヴァントも死ぬ。
だから、サーヴァント同士で戦闘を成立しなくとも、マスターを不意打ちで殺害すればいい。
アサシン(暗殺者)なんかは、マスター殺しに特化したクラスだ。
(そういうこと……)
正直、アイリスは憤りを感じた。
重要な事実を伏せていたのは、よっぽどアイリスの実力と人格を蔑んでいたのだと。
誰だって不満を抱かざる負えない。舐められている。
だけど、アイリスは殺人を容認できない、暗殺任務を投げ捨てた臆病者だ。
そんな程度かもしれない。
だから、アイリスはセイバーを無暗に問い詰める気力は湧かなかった。
深い溜息をついて、アイリスは話を続ける。
-
「ねぇ……仮にだけど、サーヴァントを失った状態のマスターが最後まで生き残った場合。
どうなるか分からないの? 主催者の……先導アイチは何も?」
「はい。その点に関しては。………恐らく、マスターを殺害する必要はありません。
サーヴァントが一騎になった時点で終了なのに間違いはないでしょう」
何とも言えない不安が残る。
『神隠しの少女』もそうだが……カインとアベルのマスターも。
アベルの魔の手から逃れられても、ただで元あるべき世界に帰してくれるかどうか。
悩んでも解決はしない。
「同盟は………私のサーヴァントと話し合って決めるわ。
――『不動総合病院』。私のサーヴァントがそこに待機しているわ。今日の深夜、彼から返事を聞いて」
自然と、その名所が口から出てきたのは『神隠しの少女』のせいか。
アイリスとしては、もしカインと同盟を組めるならば。『少女』を安全に保護したかった。
財団の真似ごとでも、使命でもない。
純粋に『少女』の能力が危険だからだ。それは無差別で『少女』自身、制御できない。
彼女の事情を知らぬカインだが心良く頷いてくれる。
「アイリス、貴方は?」
「そろそろ帰らないと……怪しまれちゃうからね」
随分と遠慮なしに暴れたアベルたちは、こんな有様だ。
アイリスもそれを考慮して、なるべく日常に準えて行動している。
最早、あとどれだけ『平凡な日常』を味わえるかは分からないが、可能な限りアイリスは楽しみたいのだ。
聖杯戦争なんて無関係でも。
監視されていない。自分の好き勝手に出来る程度の日常を……
踵を返そうとしたアイリスが
「……カインはどうしているの?」
ふと、何気なく尋ねたのにカインは言葉を詰まらせた。
自分は――まだ何もしてやれていない。
「私は『これから』です」
-
安藤は自室に戻り、ノートパソコンを確認する。
今―――この『東京』、世間、全てが瓦解された状況だった。
群衆は自己崩壊を始めて、洪水は一旦収束している。
刺青男・アベルの恐ろしさ。人喰いの『梟』の残虐性。それによる被害。
神原駿河の家に放火しようとした人間が、火災の主犯者だと責任の押し付け合い………
安藤が何もせずとも、こうなった。
違う。
アベル達の行動が皮肉にも、このような結果を招いた。彼らは決して意図して行った訳ではない。
だが、どこからの情報だろうか。
刺青男の真名が『アベル』であるという噂が垣間見える。
感染されたように、人々はその名を使い。報道でも刺青男の仮名として称されていた。
何よりも。
声に漏らさぬよう、安藤は念話で自らのサーヴァント・カインと情報のやり取りを続けている。
しかし、カインは『あの時』伝えなかったが。
例の『赤い宝石の首飾り』についての情報を教えてくれた。
本来は機密情報である。
もはや聖杯戦争の舞台、サーヴァントである自分には機密など無意味だとカインは割り切った。
それで明らかになったのは『首飾り』に触れれば、人格を乗っ取られる事実。
『首飾り』には『ジャック・ブライト』なる人物の魂が収められている。
カインは話さなかったのではなく。
伝えてしまえば、安藤の警戒次第で『ジャック・ブライト』に怪しまれる可能性があったからだと。
安藤も、事実を把握した後。確かに自信がない、と納得する。
何よりも。
『ジャック・ブライト』はカインとアベルの邂逅を妨害する可能性が高い人物と言うこと。
(よく分からないな……えぇと、さっきのアイリスって人もそうだけど………)
安藤は、カインが知り合いの少女が『偶然』マスターとして参加しており。
彼女と同盟を持ちかけてくれた。のは、ありたがい話だ。
正直、まだ方針が視えない弟やアヴェンジャーよりかは信頼が高い。
だからこそ分からない。
(アサシンは……本当に『カイン』なんだよな? だったら、どうして……)
聖書に登場した人類最初の殺人者ならば、一体どうして現代の少女と知り合ったのだろうか?
ジャック・ブライトもそうだ。経緯が分からない。
カインも、あえて伏せていた訳ではない。
『説明すれば、非常に長い話になります』
(……)
確かに一言では、すまなそうだ。
きっと何千、何百の時を埋めるような途方もない話のような気がする。
まだ時間があるし。洪水のように流れるSNSのコメントを眺める安藤は答えた。
(……どうせ眠れないし、聞かせてくれ)
-
【三日目/夕方/江戸川区 安藤家】
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話、
[所持金]高校生としては普通+潤也から貰った一万円(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)と対決する。聖杯戦争を阻止する?
1:考える為に情報を集める。
2:アヴェンジャー(マダラ)とライダー(ジャイロ)からの同盟の話は慎重にする。
3:明日、学校に行く。
[備考]
・原作第三巻、犬養と邂逅した後からの参戦。
・役割は「不動高校二年生」です。
・通達について把握しております。
・潤也がマスターであると勘付きましたが、ライダーのマスターであるとは確証しておりません。
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・アヴェンジャー(マダラ)のマスターが不動高校の関係者ではないかと考察しています。
・ライダー(ジャイロ)の存在を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
また首飾りの女性もマスターであると把握していますが、キャスター(幽々子)のマスターと
同一であるとは把握しておりません。
・少年(勇路)がマスターであると把握しました。
・SCP-963-1及びブライト博士についての情報を得ました。
・現時点で腹話術の使用による副作用はありません。
今後、頻繁に使用する場合、副作用が発生する危険性が高まります。
・フードを被ったのサーヴァント(オウル)が喰種であり『隻眼』という特殊な存在だと把握しました。
・神原駿河と包帯男(アイザック)、金髪の少女(メアリー)の存在を把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
・バーサーカー(アベル)のマスターであるルーシーと今剣の存在を把握しました。
・アイリスの存在を把握しました。
【アサシン(SCP-073/カイン)@SCP Foundation】
[状態]霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)に謝罪をする。
0:深夜、不動総合病院へ向かう。
1:自分は聖杯を手にする資格はない、マスター(安藤)の意思を尊重する。
2:バーサーカー(アベル)と接触する為、ブライトに行動を悟られないようにする。
[備考]
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・ライダー(ジャイロ)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
しかし、キャスター(幽々子)のマスターがブライトであるとは把握しておりません。
・潤也がマスターであると確信しております。
・警視庁にて、現時点までの事件の情報を把握しました。
・江東区の博物館にある『SCP-076-2』を確認しました。
・バーサーカー(アベル)が自分(カイン)の存在を確認したと把握しておりますが、安藤には伝えておりません。
・ルーシーがアベルのマスターだと把握しました。また今剣がマスターである事も把握しております。
・アイリスがマスターとして東京にいる事を把握しました。
-
【安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話、『王のビレイグ』
[所持金]高校生としては普通+競馬で稼いだ分(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る。その為にはなんでもやる。
1:兄を利用する。
2:少年(ジーク)を上手く利用してみる?
3:暇があれば金を稼ぐ。
[備考]
・参戦時期は不明。少なくとも自身の能力を把握した後の参戦。
・役割は「不動高校一年生」です。
・通達について把握しております。
・安藤(兄)がマスターであると確信しております。
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
・織田信長をマスターと判断しました。
・バーサーカー(ジェイソン)が生存しているのを把握しました。
・マスターと思しき少年(ジーク)が不動総合病院に搬送された情報を得ました。
【三日目/夕方/足立区】
【ライダー(ジャイロ・ツェペリ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]霊体化、魔力消費(中)、肉体ダメージ(小)
[装備]鉄球×2
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(潤也)には従うが……
0:葛飾区へ調査しに向かう。
1:潤也の意思に不穏を抱いている。
2:どうにも主催者が気に食わない。
[備考]
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
・アサシン(カイン)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・アサシン(カイン)の正体に心当たりがありますが確証には至っていません。
・信長とアーチャー(セラス)の存在を把握しました。
・バーサーカー(ジェイソン)が生存しているのを把握しました。
・マスターと思しき少年(ジーク)が不動総合病院に搬送された情報を得ました。
-
【三日目/夕方/江戸川区】
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]健康、神隠しの物語に感染
[令呪]残り3画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
0:セイバー(ナイブズ)と同盟について話し合う。
1:神隠しの噂に関する書き込みに注目しておく。
2:遠野英治の自宅周辺の撮影は保留する。
3:『棺』の捜索のため情報を集める。
4:神隠しの少女(あやめ)を匿える場所を探す。
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・神隠しの物語に感染しました、あやめを視認することができます。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
→改めて聖杯戦争の知識を得ました。しかし、セイバー(ナイブズ)に追求するつもりはありません。
・安藤潤也と神原駿河の住所・電話番号を入手しました。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・葛飾区にある不動高校の学生寮に住まいを持っております。門限は夜10時(22時)までです。
・遠野英治の住所を把握しました。
・ライダー(幼女)とライダーのマスター(平坂)、キャスター(ヨマ)の特徴を把握しました。
また、ライダーの宝具『SCP-682』の特徴を把握しましたが、SCP-682であると確信していません。
・神隠しに合ったマスターの存在を把握しました。
・東京拘置所で発生した不審死について把握しました。サーヴァントによる魂食いと判断しています。
・板橋区でアベルが出現した噂を知りました。
・アサシン(カイン)のステータスを把握しました。
・アサシン(カイン)の目的を理解しました。アイリス自身はそれを信用しています。
-
投下終了します。タイトルは「明日になるまで待って」となります。
続いて、ジークと遠野英治を予約します。
-
ブライト&幽々子を追加予約します。
-
投下します。
-
.
『室井静信様
[前略]
弊社より発行しております文学雑誌[編集済み]にて高槻泉の対談インタビューが掲載されます。
それに伴い。高槻泉本人の希望で対談者として室井静信様がご指名されました。
4/■■ 17時頃。弊社の■階にあります[削除済み]で打ち合わせ等を行います。
詳細な内容は………
[以下略] 』
○
訳が分からない。
しがない小説家・室井静信の感想は、その一言に尽きる。
新手の詐欺かドッキリじゃないか。などと思いながら結局、静信は最寄り駅から出版社へ向かっていた。
何度も、例の手紙の内容を目に通しながら、一つ溜息をつく。
静信は都心から大分離れた位置にある『檜原村』に所在を置いている。
彼の本業は『僧侶』である。
小説家は副業で、そろそろワープロで原稿を書いてくれないだろうか。なんて担当から言われる。
滅多に都心へ出向く事すらない。
正装らしい正装もない為、僧侶の恰好のままの静信。
現代の東京では彼の存在が非常に目立つだろう。だが………それ以上に……
何もこんな時期に。
静信が思うのは『刺青男』の事件だった。
突如として東京に現れたテロリスト。一般人から警察関係者まで、平等に殺害しつくされている現状。
彼の活動範囲が23区内と承知していながら、危険な行為だと理解しつつも。
静信は出版社へ足を運び。担当編集者と打ち合わせする。
『高槻泉』とは無関係だった。
何より宣伝一つすらされていない静信の小説とは違い、相手は若くして処女作で大ヒットを叩きつけた天才小説家だ。
多くのメディアが注目する『高槻泉』とは。
処女作の『拝啓カフカ』から始まり『黒山羊の卵』『吊るしビトのマクガフィン』など。
最新作の『王のビレイグ』は静信も拝見したが、非常に吸い込まれるかのようだった。
嗚呼。
あの『隻眼の王』が現れて欲しい。とすら思えるほどに。
ともかく。
そんな『高槻泉』とどうして対談を行うのだろうか。
打ち合わせ相手であり『高槻泉』の担当でもある塩野が言うには「高槻先生にしか分かりませんので」
などと曖昧な返事をしてきた。
多分、彼も理由を知らないのだろう。
表現出来ぬ胸騒ぎを覚えながら、打ち合わせを終えた静信は、宿泊するホテルのチェックインを済ませようと。
東京の街へ溶け込んでいた。
噂を耳にする。刺青男とその関係者たちの物語。
静信は興味がない訳ではない……逆だ。
きっと興味が湧いたから、ここへ来たのだ。
刺青男たちから逃れる未来もあった筈。しかし……静信は選んだ。
-
そうだ。
チェックインを終え、荷物を部屋に置いた静信は思い出す。
葛飾区の『不動総合病院』で働く幼馴染の事を。
彼は無事だろうか。
心配も理由の一つだが……このような状況だ。怪我人などの被害者が多くいる。対応に追われているかもしれない。
そんな時期に顔を覗かせるのは不謹慎だが。
疲労を抱え込んでいないか、静信なりの心使いで足を運ぶことにした。
向かう途中。悪夢が続いていた。
まるでここは地獄なのだ。
静信がタクシーに乗車して、しばらく走行した頃。
上空を飛行する大槍を抱えた女性を目撃した。彼女が駆け抜けた方向には火の手が上がっている。
火災のあった板橋区方面から避難した人々で、周囲は混乱状態。
タクシーはしばらく立ち往生を余儀なくされる。
それから漸く動き出した矢先。
警察の総本山がある千代田区では、その総本山が崩落寸前だった。
重軽症者も多数。
チラリと静信が目にした光景はまるで戦場とした異国の情景そのもの。
ここは……本当に『東京』なのか?
まさかこれほどとは。
静信は言葉を失う一方、タクシーが悪夢のような地獄から抜け出し。目的地へ到着を果たしていた。
我に帰れば、周辺は何ら異常のない景色だ。
本当に夢の――悪夢のようだった。静信は漠然とした恐怖を抱え、病院内に足を踏み入れる。
驚くほど、場は落ち着いていた。
葛飾区内で被害が少ないのか。流石にここまでたらい回しされた患者が運ばれる事もないのか。
定かではないものの。チラホラ、普通ではない怪我を負った人はいる。
静信は妙に警戒しながら、カウンターに向かい尋ねる。
「あの……『尾崎敏夫』先生はどちらに?」
それなら。と看護師が案内をしてくれたのに、静信は安堵する。
まぁ、病院内にいればよっぽどの事態がない限り無事ではあるだろう。……ただ。
テロリストが病院に襲撃しては元も子も無い。
-
「悪いが帰ってくれ」
びくっと静信が反応したが、決して静信に向けられた言葉ではないと知り、次の瞬間には緊張が解けた。
静信の幼馴染である『彼』は長い吐息をかます。
相手は若い男性数名。
中でも白と黒の入り混じった髪色が特徴の青年は、話を続けた。
「彼の意識の方は?」
「ない。命に別条はないが、今日のところは絶対安静だ。傷も深い。分かったら、明日にしてくれ」
「……尾崎先生。他に気になった点は」
「何もない。……大体、あの子はなんだ。どういうつもりで警察は関わるつもりだ? 『容疑者』か?」
静信を案内してくれた看護師も、空気を読んで様子見を続けている。
やはり、何かあったらしい。
刺青男と関係があるか不明だが……どうも彼――尾崎の様子は不愉快そうだった。
警察。
と聞こえたのが正しければ、白黒髪の青年は差し詰め『刑事』か?
「詳細な余罪は何とも言えませんが、現時点では『銃刀法違反』ということで」
「馬鹿馬鹿しいにもほどがあるな。何も持ってなんかいなかったぞ。あの子の所持品はコレだけだ。
なんだったら、この病院内を虱潰しに捜索したって構わない」
「……令状はありませんので、捜索はしません。ですが、証拠の映像がある以上、彼は見過ごせません」
尾崎が警察に手渡した袋に入った代物は、本当に僅かだ。
財布と携帯、それから本が一冊。
本のタイトルが『黒山羊の卵』であると分かった静信は、悪寒を感じる。
渋々、警察が退却するのを見届ける静信。
尾崎がやれやれといった態度から一変、静信の姿を確認すると声を上げた。
「ん? 静信か! 一体どうした、こんな時期に」
「あ……あぁ、少し仕事でね」
「なんだ。サイン会でもやるのか?」
「ははは………まぁ、似たようなものかな」
尾崎と静信は案内をしてくれた看護師と別れ、病院の裏手に回った。
医者ではあるが尾崎はヘビースモーカーなので、しょっちゅうここで煙草を吹かしているのだろう。
それらしい痕跡が残っている。
-
静信はふと、錆臭い、異様なものを嗅ぎ取ったが、正体が分からない。
尾崎の煙草の匂いとして知らぬふりをした。
「やはり邪魔をして悪かったかな」
「今、落ち着いたところだ。怪我人は多いが、難しい手術(オペ)をする患者はいなくてね」
咥えた煙草の煙を吐き出してから、尾崎は言う。
「運ばれて来るのが、生きているか―――死んでるか。………そのどちらかだ」
「………あの警察は?」
恐る恐る静信が尋ねた事を「ああ」と尾崎は幼馴染の好でか、随分と喋ってくれた。
尾崎個人も、腑に落ちない点が多く。
鬱憤が溜まっていたと察せる程の様子で。
「葛飾区内で槍を持った女とか、斧を持った男とかが暴れた……静信は知らんだろうが、そんな事件が発生した。
その件で一人の少年がこっちに搬送されて、俺が手術した。一命は取り留めたがな」
煙草を揉み消しながら尾崎は話を続けた。
「なんでも、その少年が騎士に変身をして大男と戦ったって話だ。
騎士と言えば『剣』だろ? 本物の剣でやり合った訳だから『銃刀法違反』だと。訳がわからん」
「変身?」
「俺も信じられんが、救急隊員の目撃証言も聞いてな……」
確かに、俄かに信じがたい話である。
ハタから聞けば、馬鹿馬鹿しい狂人の妄言にも聞こえなくない。
目撃証言……いや、警察の話では証拠映像が残っているのだ。何か撮影ではなく、実際に戦闘があった訳だ。
危険……なんてものじゃない。
『変身』? 特撮ヒーローじゃあるまいし。
「……映像だけでその『剣』が発見されなければ、証拠不十分じゃないか?」
「まぁな。大体そんな非現実じみた案件を警察がまともに取り扱うなんざ、思っちゃいない。
未成年相手だ。適当な罪状で少年院に入れて『点数』稼ぎをする魂胆だろう」
「…………」
それは残酷な話だ。
尾崎の憶測が的中しないことを静信は祈るばかりだが、正義のヒーローであろうとした少年には
あまりに惨い現実ではないか。だからと言って、静信は少年を手助けする意志は湧かない。
ここは漫画や小説の世界とは違い。
法で裁かれる世界なのだ。少年は……どうなってしまうのだろう。
-
「敏夫。……妙だと思わないかい。そんな非現実じみた話」
「全くだ。それに、少年が戦っていう相手の大男が、死体で発見すらされていない」
「!」
死体が発見されれば、逆に少年の余罪が増すだけだが。
奇妙な話だ。
漫画のような――大男の姿をしただけの未知なる生命体と戦うヒーローが少年では?
だとすれば、少年を拘束するなど以ての外。
証拠もないが……あまりに不可思議な現象で溢れている。
静信はここ最近仕舞いこんだ思いを放った。
「あの『刺青男』と関係があるんじゃないのか?」
尾崎は沈黙する。
「ぼくは思う。あの『刺青男』はただのテロリストなんかじゃない。
何か………ぼく達の理解の外の現象がここでは起きている。それは『知られるべき』事だ」
「…………」
「このままでは『少年』が無実の罪を被る。彼のような人間が他にもいるかもしれない」
「『刺青男』も無実だって事か?」
「……もはや彼は『人ではない』と思う」
人ではない。
刺青男の所業は人間技ではなかった。
彼の仲間とされるフードの男は、人喰いである。人間と共存すら望めない哀れな種族だ。
包帯男は、その風貌から『化物』と罵倒されるだろう。人でありながら人と見なされない。
「『殺人』は人の世界における罪だ。人ではない者に、罪を咎め、罰を与える事はできないんだ」
だとしても。
尾崎は不愉快な血色で染まっていた空が、夜空の色に変化したのを確認し。
静信に対し返事をした。
「俺達が幾ら喚いたところで、何も変わらん」
「敏夫……」
「ただし。あの子は『守ろう』として剣を握ったんだ。決して、誰かを傷つける訳じゃない。
…………そこだけはハッキリしてやる!!」
-
遠野英治は鈍い体を強引に動かして、自宅からの脱出に成功を果たした。
聖杯戦争のマスターだが、サーヴァントを失ってしまった身。
英治に残された手段は……マスターを殺害することで、聖杯を獲得する事のみである。
尤も。英治のサーヴァント・バーサーカーは消滅をしていない。
残念なことに、英治はそれを知らないまま。
だが、重症を負ったマスターの殺害など英治には簡単な話だった。
しかし………
殺害はあらゆる方法で容易だが、問題はそこへ至る過程である。
不動総合病院に搬送されたとSNSでは噂されているが、まず夜。どうにか忍びこんで、少年の病室を探らなければ。
むしろ、昼間堂々と出入りし、少年の病室を尋ねるも悪くないが……
英治には焦る理由が一つあった。
SNSでは、総合病院に出向いた追っかけもいたらしく。
その人物の書き込みによれば―――
<■■■@△△△△>
報告します。騎士さん(少年)を容体は安定したとのことです。一先ず命に別条は無いと見ていいでしょう。
さて、問題はここからです。どうやら警察は騎士さんを逮捕(補導)するらしいです。
先ほど院長さんとお話しされているのを偶然耳にしました。
<■■■@△△△△>
騎士さんの容疑は『銃刀法違反』のようです。例の大男が殺害された場合はさらなる余罪も加えられそうです。
なので葛飾区内にある警察署で騎士さんの正当防衛性を我々が主張しなければ不味いでしょう。
<■■■さんへの返信>
いやいや……警察は馬鹿なの? 死ぬの?
<■■■さんへの返信>
特撮系ヒーロー「えっ」
<■■■さんへの返信>
ある程度の器物損害を出したのは一理あるけど、なんだかなぁ……
<■■■さんへの返信>
大男が地球侵略した怪物だと証明する必要がありそうだな
<■■■さんへの返信>
変身時にしか出て来ない剣とか押収できないやん
<■■■さんへの返信>
なお変身ベルトもない模様
<■■■さんへの返信>
まぁ、被害を拡大させてしまったし。銃刀法違反とかも分からなくないけど、正当防衛であることは証明したいな。
これだと、騎士が何のために戦ったのか意味がなくなる。
<■■■さんへの返信>
正義のために戦ったのに社会に殺されるとか、闇落ち待ったなしだぞ
-
(馬鹿か! 警察に捕まったら捕まったで、奴を殺す機会がなくなる!!)
そう。
逮捕(補導)され、監視下に置かれてしまえば、ジークを殺害するのは英治には不可能になる。
現在、入院及び絶対安静の為。警察病院に移動されず、不動総合病院にいるのは明らかのようだ。
しかし……それもいつまで続く事か。
だったら―――今、殺すしかない。
英治が有利な点は一つある。
それは『動機』だ。
聖杯戦争なんて非現実じみた話を警察は知らないだろう。
バーサーカーとジークの戦闘も一種の事件として取り扱っているほどだ。
マスターによる殺害なんて線で調査はしない。そして、英治とジークの接点はまるでない。
怨恨の線を調べようにも、捜査線上で英治の存在が浮上する事は無いのだ。
完全犯罪を成し遂げれば英治は疑われない!
どこにでもある服装。そして靴。
顔は――犯行時に、購入しておいたアイスホッケーマスクで隠す。
いざ目撃されたとしても、ジークと戦った大男の仕業。あるいは仲間の仕業と見せかけられるかも……
病院に忍び込む方法は……現場で模索するが。
後は『凶器』だ。
これは病院内にある物で行おうと英治が考えている。
医療器具は、いざとなれば人を殺す凶器になりうる代物ばかり。
故にどの『凶器』で殺害したらいいか……英治は手袋をしっかりとし、惨劇の舞台となる病院へ向かった。
-
「まいったなぁ、スッカリ忘れてたよ」
女性の体を乗っ取っているブライトは、苦笑いを浮かべる他なかった。
幽々子もうっかりしていたというか。
あれだけ調子をこいてたのだ。これくらいの報いは受け入れるべきかもしれない。
ブライトが休息がてら、予約していた料理亭に赴いたのだが、そこの女将からは奇妙な顔をされた。
予約していたとは言え予約したのは『ウィルソン・フィリップス』だ。
自分は『ウィルソン・フィリップス』の連れだ。彼は後から来る、と正々堂々述べたつもりだが。
ますます怪訝そうな表情をされる。
確かにウィルソン・フィリップスが、このような若い女性と付き合いがあるのか。
疑問を思うのは分からなくもない……しかし。
女将がブライトに告げたのは、常識的な範疇の話ではなかった。
「ウィルソン・フィリップス様がお亡くなりになったのは、ご存じないでしょうか?」
そうだった。
ウィルソン・フィリップスの死体は警察に発見されていた。しかも、殺害したのはブライト達である。
現代社会もある程度の情報網が存在する。
されど、警察は十分な働きを見せて来るものである。
恐らく秘書が料亭に連絡をしたのかもしれない……何せよ。予約はキャンセルされたのだ。
慌ててそれを知らなかったとブライトは逃れる他ない。
と云う事は。
織田信長も料理亭に足を運ぶ事がない……とんだ無駄足を踏んでしまった。
幽々子は呆れて念話で告げる。
『調子に乗って乗り変わるせいよね』
「あー……うん。反省しているよ。これから、どうしようかな……えーと」
ブライトはすっかり信長と対面する気持ちだった為に、戸惑っていた。
あの様子では、女将が警察に通報する可能性もあるだろうか?
乗り変わったら魔力を回復できるか試したいから、別の人間を……いやいや、止めよう。
やるにしても深夜など、人気のない時間帯を狙うべきだ。
乗っ取った女性の持つ携帯電話でニュースサイトに目を通すブライト。
「おや、もうこんな時間か」
どうやらアベルが行動を始めたらしい。
夕方頃。板橋区近辺で虐殺と火災が発生。新たに鎌を所持した包帯男という共犯者。金髪の少女が人質に。
何より――神原駿河なる女子高生まで共犯者として報道されている有様だ。
SNSを除いて見れば、さすがのブライトも顔をしかめる。
「なんだい、これは。酷いなぁ」
神原駿河の個人情報が晒されているどころか。
それを頼りに自宅に放火したのが、今回の火災の原因だと騒がれ、炎上するアカウントが幾つも。
他に話題はないのか。
ブライトが探ってみれば、非常に興味深い映像を発見した。
「良し。どうせ行くアテもないから、行ってみようじゃないか」
『どこへ? アベルの棺のある場所?』
「いやいや……今の状態でアベルと戦うのは難しいと思うよ。ユユコ。開花が進行するまでは我慢さ」
彼らが向かうのは――葛飾区にある不動総合病院だった。
ブライトもまた、少年・ジークの映像を目にしたのである。
変身をする少年の存在なんて。
実際のところ『SCP』に認定されても悪くは無いほどの能力だろう。
それに……少年に関しては明確に『マスター』だと察せるほどの異常性に満ちたもの。何より。
「どうやら、このままでは警察に補導されてしまうようだ。
会って話せる機会は、今しかないらしい。ユユコ、是非とも協力してくれ」
『貴方の代わりに話をして来いって訳ね。まぁいいけども……どうするの?
信長とは違って、彼と同盟を結んでも正直意味はないと思うけど』
「むしろ、これから社会的に行動制限されるからね。どんな方針かは分からないが、聞いてみるのは悪くないさ」
『ああ、なるほど』
社会的拘束に身を任せる人間かは分からないが……ブライトの言い分に幽々子は納得する。
拘束や補導、逮捕と言えば。
テロリストの仲間らしい人物が逮捕されたとニュースがあった。
幽々子は「彼はいいの?」と問いかける。
ブライトが改めてニュースを確認しつつ、幽々子に返事をした。
「どう見たって彼はアベルとは無関係だよ」
「……そうね」
見た目で判断するべきではないが、天地がひっくり返ってもその人物・松野トド松がテロと関連あるように感じられない。
カメラのフラッシュに混乱するあの様子では、マスターであるかも定かではなかった。
彼よりは、変身を遂げた少年の存在を注目するべきだと、ブライトは判断する。
「それに何だか寒くなってきたよ」
『「西行妖」の影響で春が奪われ冬になるの。直接の影響を避けるつもりなら、離れた方が懸命ね』
「ううん、一長一短だね……上着でも買って、向こうに行こうか」
-
尾崎と静信は病院内に戻っていた。
静かで平穏な雰囲気の廊下を移動する中。
静信は、少年について尾崎から事情をさらに聞いている。
理解不能な点は幾つかある。
騎士に変身をしたと云う少年の左手に刻まれた奇妙な刺青……
純粋無垢な穢れのない少年の風貌とは裏腹に、刺青など悪趣味な事をやっているのか不思議だったが。
その一部。
黒く変色している部分が問題である。
どうにも、皮膚を拡大して見ればそれは『鱗』のようになっているという。
しかも人間の類ではない。生物学的にトカゲなど、爬虫類に近い状態らしい……
先ほどから『ありえない』のオンパレードだったが。
ありえない、なんて事こそありえないのだろう。
次は『回復力』。
緊急手術が必要な状態だと救急隊員からの報告が入った為、かなりの重症だと察せられたが。
確かに多量の出血をした筈が、不思議な事に止血しており。
傷も徐々に塞がった状態だった。
つまり、尾崎は必要以上に処置は施さなかったという。
まだ完全に癒えた訳ではないし、少年も意識を回復してはいない。
それを聞いた静信は眉を潜めた。
「だったら……どうして警察にはあのように?」
「気に入らなかったんだよ」
昔から変わらぬ負けん気を見せた尾崎に、どこか安心する静信。
案内された個室には、例の少年が眠っていた。
まだ若い。しかも日本人ではない異国の顔立ち……一体どのような気持ちで『騎士』として戦っていたのだろう。
尾崎は意識の戻らない少年を一瞥し、話を続ける。
「それと……最後に『血液』だな」
「血液にも異常が?」
「人体に悪影響を与える類ではないが、明らかに人間の血液にはない成分が含まれていた。
明日、詳しい検査を行ってみるが……肉体的に『普通』の少年じゃないのは確かだ」
尾崎は何か不穏に思ったのか、尋ねる。
「静信。いつまでこっちに居るつもりだ?」
「仕事が終わったらすぐ村に戻るよ。物騒だってことは十分承知しているからね」
「……そうか。なるべく早めに戻れ」
やはり、この『東京』は異常だ。
静信が言うとおり。刺青男たちや少年が人ならざる者であれば、もはや人間に抵抗する術はないかも分からない。
それでも人間は抗う。
自分たちの住む『東京』を守り続ける為に。
「……敏夫。一つ聞いても良いだろうか」
何故だろう。
静信は誰でも答えを聞きたかった。
「『隻眼の王』に現れて欲しいと思った事は、ないかい」
尾崎がしばしの沈黙の後「高槻泉の?」と確認したのに、静信は頷く。
「人間側の俺としちゃ、堪ったもんじゃないね。想像の世界だけで十分だ」
嗚呼。
その反応もまた『当然』のものだ。
だけど、静信も流されて――それが一番だと受け入れることにした。
『隻眼の王』は存在しない。
あのテロリストも、人でなかったとして倒されるのだろう。滅ぼされるのだろう。
悪が平然と生き残り続ける世界など、架空でも許されていない。
正義だけが残る。それで終わる。だから……
-
◇
隻眼の王はいるよ。しかも、貴様らの腹の中に――――な。
◆
-
【3日目/夕方/葛飾区 不動総合病院】
【ジーク@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費・肉体ダメージ(中)、気絶、サーヴァント消失
[令呪]残り2画(令呪の模様は残っております)
[装備]
[道具](警察に押収されました)
[所持金](警察に押収されました)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還、そのために聖杯戦争を見極める。
0:セイバー……ランサー……
1:あるべき『東京』を取り戻したい。
2:アヴェンジャー、及びそのマスターと接触したい。
3:板橋区で何が起きたか知りたいが……
[備考]
・役割は「日本国籍を持つ外国人」です。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・葛飾区にある不動総合病院に搬送、入院しております。
・葛飾区内で戦闘を行った為、多くの人々に『変身』を目撃されております。
→警察が銃刀法違反で聴取をする予定です。ジーク自身はまだ知りません。
・『竜告令呪』は使用しても令呪は消えません。しかし、残り2回の『変身』を行えば邪竜に変貌します。
・バーサーカー(ジェイソン)が消滅したと思いこんでおります。
・傷や魔力は『ガルバニズム』で回復しますが、蓄電が満足にない為、時間がかかります。
【三日目/夕方/葛飾区(不動総合病院に移動中)】
【遠野英治@金田一少年の事件簿】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り1画
[装備]私服
[道具]携帯電話、睡眠薬(ハルシオン5日分)、アイスホッケーマスク
[所持金]並の高校生よりかは裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、螢子を蘇生する。
0:マスターを全員殺す。まずは銀髪の少年(ジーク)から狙う。
1:不動高校の生徒を目立つ形で“眠らせる”事件を起こす
2:学校内にいるかもしれないマスターに警戒。
3:SNSで情報を集めて見る手も……
[備考]
・役割は「不動高校の三年生」です。
・通達は把握しておりません。
・体調不良が魔力の消費によるものと把握しました。
・聖杯戦争については大方把握しております。
・刺青の男・バーサーカー(アベル)が生存と、新宿区で事件を把握しました。
・フードを被ったサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
イニシャルが『S・K』である桐敷沙子に関する情報を得れば、彼女の始末を優先するかもしれません。
・バーサーカー(ジェイソン)が消滅したと思いこんでおります。
・銀髪の少年(ジーク)がマスターと把握しました。また何らかの手段でサーヴァントと戦闘を行ったと推測しております。
-
【三日目/夕方/葛飾区へ移動中】
【ジャック・ブライト@SCP-Foundation】
[状態]20代女性の体、魔力消費(中)
[令呪]残り2画
[装備]SCP-963-1
[道具]ウィルソン・フィリップスの財布+乗っ取った女性2人の所持品
[所持金]現金15万とクレジットカード+乗っ取った女性2人の所持金
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯戦争という概念の抹消。
0:少年(ジーク)と接触するため、不動総合病院へ。
1:今後の為に『西行妖』の開花を少し早める。
2:アーチャー(ひろし)は危険と判断し、排除したい。
3:少年(勇路)は危うい存在なので、出来れば処理したいが……
[備考]
・キャスターに雑談として財団や主なSCPの話をしました。
・織田信長と宴会の席を本日の晩に設けました。
→ウィルソン・フィリップスの死亡により予約はキャンセルになっています。
・フードのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の宝具が設置されている博物館を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の事件以外の情報を入手しました。詳細は後の書き手様に任せます。
・『カイン』が東京に存在することを把握しました。
・勇路がマスターであると把握しました。
・安藤がマスターであると把握しました。
・アーチャー(ひろし)のステータスを把握しました。またそのマスターを薄々勘付いています。
・少年(ジーク)の変身する動画を視聴しました。
・板橋区近辺で発生したバーサーカー(アベル)らの事件を把握しました。
【キャスター(西行寺幽々子)@東方Project】
[状態]能力上昇中(三分咲き) 、魔力消費(中)、ダメージ(小) 、霊体化
[装備]扇子
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:ブライト博士に付き合う。
1:少年(ジーク)と接触するため、不動総合病院へ。
2:どうしてレプリカから死霊が出るのかしら?
[備考]
・ブライト博士に雑談として幻想郷や主な友好関係の話をしました。
・戦闘で発生した死霊は『西行妖』に捧げました。
・西行妖は現在三分咲きであり、冬の範囲を半径5km程までのばしています。
・ブライト博士の影響か、死を操る程度の能力の行使に抵抗が無くなっています。
・『カイン』が東京に存在することを把握しました。
-
投下を終了します。タイトルは「Crazy Crazy Crazy Town」です。
続いて
平坂黄泉&幼女、飛鳥&曲識、カラ松&宮本明、トド松、ひろし
を予約します。
-
投下乙です
こういうNPCでありながら真実に近づこうとするキャラがいるのはいいですね、掲示板の内容はどこか生々しい
ニアミスしたブライト博士も来るのか…この二人は相変わらずトリックスターですねぇ
ジーク、遠野英治、バーサーカー(ジェイソン・ボーヒーズ)
追加予約します
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感想ありがとうございます!
予約分を投下いたします。
-
東京都北区にある警察署。
本来は、事件が発生した葛飾区の警察署に向かうべきだろうが、露出狂・松野カラ松は近所の方に移動していた。
事情聴取は手短に行われて、牢へ案内されたきりである。
案外、呆気ない聴取に感じられたが、警察は露出狂よりも刺青男の方に意識を集中させたいのだ。
一応、キチンと順を追って説明していけば、警察の方も簡易的だが、カラ松の話を聞いてくれる。
故意に全裸で出向いた訳ではなく。改造車の暴走によって巻き起こった事故。
カラ松は対面できないものの。
デカパン博士による改造車のメンテナンス不備によるものだと、兄弟達が熱く主張してくれたお陰もある。
(おそ松兄弟達としては、身内に犯罪者が出るのを避けたい一心による援護なのだが)
カラ松は、改めて兄弟の無事と有難さに感動を抱いていた。
しかし、カラ松の恰好は情けないままだ。
流石に警察の方から服を一式貸し出して貰える。
カラ松のサーヴァント・アサシン(明)のコートも一旦押収されてしまったが。
まぁ……サーヴァントの衣服なので、後で回収は簡単だろう。
社会的に終わりのような光景だが、牢屋の中にいれば他の主従に捕捉や。
刺青男たちとも邂逅は果たせないだろう。だが……カラ松ガールこと二宮飛鳥とその燕尾服のアサシンには
非常に申し訳なく感じる。折角彼らのお陰で一度は警察から逃れたと云うのに……
そこで一息ついたカラ松に、念話が聞こえた。
『マスター。事情は燕尾服のアサシンから聞いている』
(うおっ!? あ、アサシン……そうか。つまり、カラ松ガールが教えてくれたのか)
『……良い知らせと悪い知らせ、どっちから話した方がいい?』
まるで良くできた映画やドラマのワンシーンのような台詞だ。
カラ松は、リアクションを大きく顔に出さず、牢を監視する警察官を様子見しつつ。
何とか平静に受け答えする。
(そ……そうだな。良い知らせから頼む)
『まず、俺と燕尾服のアサシン……他にもランサーが一時的に共闘したお陰もあって、キャスターを一騎倒した。
さらに加えるなら、セイバーも一騎倒れた………』
(で、でかしたぞ! アサシン!! 流石はマイ・サーヴァント……)
『……次に、悪い知らせだが』
(ちょっ、ストーーーーップ! Hey、アサシン! 少しは勝利の余韻を残すべきだろう!)
相変わらずのカラ松の様子に明は呆れをしたが、同時に少し安堵もしていた。
事実上、偽りの社会とはいえ警察に逮捕され、家も失い、途方に暮れ。精神的に追い詰められた筈。
どこかしら、カラ松の精神が強いのか。
あるいは――偽りであれ兄弟たちのお陰もあってだろう。
けれども。残酷な事実を明は伝えなければならない。
(………マスター……!?)
『あァ。だが、サーヴァントのセイバーは……いない。燕尾服のアサシンが倒した。
さっき倒れた「セイバー」というのが、トド松のセイバーだ』
まさか。
否、そういう可能性は高かった。
トド松から漂っていたクソ松臭に間違いはなかったのが証明されたが、カラ松はしばし呆然とし。
(待て。アサシン……その、あれだ。経緯を教えて欲しいんだが。
燕尾服のアサシンは、トッティとは会ったのか? 俺と顔が似ているし、兄弟だと思わない訳が無い)
『分かってはいた。それを踏まえた上で、セイバーと同盟を交渉したが
決裂したと燕尾服のアサシンは言う。………だから殺した。とな………』
(……い、いや………その………なんだ………)
-
カラ松は何と反論すればいいのか、答えが見つからない。
ただ。全然納得が出来ない。しろというのが難しい話だろう。
もう少し、話し合って……カラ松の存在を仄めかして、どうにか同盟に持ち込めればまだ……
だが――過ぎ去った事象でしかない。
カラ松の態度に、明は続けた。
『それでいい』
(どういう意味だ?)
『俺も燕尾服のアサシンは信用しちゃいない。お前も完全に信用せず、そのままで居てくれ』
(……OK。アサシンの意思と俺のガイヤが共鳴したなら、間違いはない)
痛々しいカラ松の去勢だが、明と思いが一致したならそれは悪くない。
不思議と奇妙な部分でしっかりするカラ松に対し、明は続ける。
『まず、今の内に燕尾服のアサシンと対抗できるサーヴァントと同盟をしたい』
(ナイスアイディアだが、それこそノープラン……だろ?)
『……一応アテはある』
(す、凄ェ!! 仕事が早いぞ、アサシン!)
『最終的な決断はマスター。お前に任せる。勿論、お前が駄目だと拒否すれば、そいつと同盟はしない』
カラ松も、トド松のサーヴァント・セイバーに手をかけた燕尾服のアサシンに思うところがある。
燕尾服のアサシン。彼の能力を把握しているからこそ、脅威だとカラ松自身理解していた。
故に。
明の提案には是非とも乗りたい場面だった。
(――で? 同盟相手は、どのようなカラ松ガールズだ?)
『刺青男――と、行動している人喰いのバーサーカーだ』
カラ松はキザ顔を浮かべたまま、卒倒しそうになった。
-
東京都千代田区。とある警察署。
そこはテロに関与されていると思しき人物・松野トド松が、事情聴取を受けている場所であった。
聖杯戦争のマスターという肩書に置いては、確かに刺青男とは無関係ではない。
しかし、刺青男とトド松は同盟を組んでいないどころか。出会ってすらいないのだ。
大体……流石のトド松も、聴取する警察に反論するのだ。
「確かに、僕はセイバーちゃんとは知り合いです!
でも、あんな女の子が殺人とか爆発だとか……そんな事すると思ってるんですか!?
常識的に考えて見て下さいよ! 皆さん、本当に警察の方なんですよね!?
根拠のない目撃情報だけで勝手に決め付けないで欲しいです! そんなんだから冤罪が出て来るんですよ!」
ハタから見れば、トド松の言い分は至極正論である。
確かに、トド松がセイバーと呼ぶ少女はあまりに幼い。テロとは無関係の存在だ。
少年兵(少女兵と称するべきか)などにも当てはまらない。不自然な目撃談なのだ。
セイバーが警視庁内の爆破事件に関与しているのはともかく……松野トド松は重要参考人に変わりない。
「なら……彼女とはどこで知り合った?」
「え、あ、えっと……近所で」
聖杯戦争なんて警察に説明したって信じて貰えない。
だから、トド松も頑なに口を閉ざした。
何より……自分が聖杯戦争のマスターだと知られれば……警察に捕らわれている以上、逃げも隠れもできない。
牢屋の中が安全なんて、間違いである。
助けを求められないし……昼間、トド松がバイト先から逃亡したような真似が繰り返せない。
第一。
世間はトド松をテロリスト扱いだ。何とか無実を晴らしたい。
「じゃあ、コイツらと無関係だってことか?」
「ニュースとかで見かけただけで、知り合いでも何でもないですよ! こ、こんな化物みたいな人達……」
警察が刺青男――アベル――の写真や、人喰いの梟、包帯男のアイザック。
彼らの姿をまじまじと目視してみればトド松は、体を震わせた。
考えれば考えるほど、彼らと共に行動する少女たちが哀れでならない。
皮肉にも、彼らを召喚してしまったが為に、振りまわされ続けている……
「そのセイバーという少女は、どこへ向かったか心当たりは」
「わ、わかりません……あのままセイバーちゃんから引き離されてしまったので……むしろ探して欲しいくらいです」
トド松の受け答えに、やれやれといった態度の警察。
当然だ。
世間にはトド松はテロリストの一味という認識なのだ。誤認逮捕であれば、問題となる。
半ば強引に、虚偽の供述でも構わないからトド松に自白をさせるべきだと彼らは判断を下す。
このままでは、トド松が話すのは時間の問題だろう。
聖杯戦争について。
しかしながら、精神困憊の状態で吐きだしたトド松の証言を、後後語る神原駿河同様、鼻先で笑われるとは。
この時点でトド松は知るよしもないのだった。
彼は本心よりセイバーを心配している。
故に、彼女の行方を探したいだけなのに……どうしてこんな風に。
-
そのトド松の聴取を超人的な聴覚により盗聴していた男が一人。
先ほど、不審者として確保されていた平坂黄泉。
警察署の外から、事件のネタを集りに現れたマスコミに紛れて、彼はそこに存在していたものの。
覆面として被っていた紙袋を装備していない状態の為、逆に怪しまれる事がなかった。
「……ふむ」
聴取の内容。
そして、警察が尋問を続け、強引に自白をさせてしまおうとトド松の知らぬ場所で語っているのを聞いて。
正義である警察が、悪になった瞬間に平坂は酷く失望する。
無論。
トド松を悪ではないかと疑ってしまった平坂自身、責任を感じていた。
恐らく、トド松はセイバーに騙されていた。それが平坂の見解。
正解か否かはともかく。トド松は、ハッキリとセイバーを信用している。
あの現場でも、彼の態度に変わりは無かった。ならば……倒すべき悪はセイバー、ただ人い。
早速、平坂は行動を開始したいのだが、彼は先ほどからある存在の捜索を続けている。
幼女だ。
正確には、平坂のサーヴァントであるライダー。
彼女は魔力が回復するまで霊体化を続けているが、実は平坂の傍らに居る。
けれどもそれを知らない。平坂黄泉は、聖杯戦争を未だに把握出来ていないのだ。
幼女を守るべく、平坂は影ながら正義の味方として行動を続けている一方。
警察に一度捕まり、何故か警視庁内で気絶した(幼女がSCP-682を召喚した魔力消費によるもの)後。
どういう訳か、幼女がセイバーの前に現れ……戦った?
「おい! 待ってくれ……!!」
「ん?」
幼女の捜索を続ける為、移動していた平坂に何者かが声をかけてきた。
どこか声色は機械的で――足音も金属めいた……?
もしや。平坂は一つ心当たりがあった。それは警察が口にしていた肢体が義肢である男。
テロリストの一味として、平坂の記憶にある。きっと相手はそれでは……!?
「私としたことが! お前は刺青男の仲間!!」
「ちょっ! 少し話を聞いて――――」
「私は正義のため、悪を倒す! とう!!」
平坂は生身で攻撃をしてきた。しかも―――サーヴァント相手に。
彼に話しかけてきたのは、マスターを失ったアーチャー・ロボひろしだった。
マスターの方が、サーヴァントのひろしに戦いを挑むのは想定外にもほどがある。
規格外の能力を持ったマスターなのか?!
ひろしは、警戒しながら平坂の蹴りを簡単に避けた後。よいしょ、とのかけ声に合わせ平坂を捉えた。
呆気ないにもほどがある。明らかに可笑しいとひろしは思う。
一方の平坂は、酷く項垂れていた。
「ま……負けた。私は悪になったというのか………」
「お、おいおい……別に俺は戦いを挑んじゃいないだろ」
「しかし、あの刺青男の一味では」
「見てわかんねぇのかよ。ニュースにも取り上げられてねえだろ、俺は。それに、お前……サーヴァントはどうした?」
登場をしないサーヴァントに疑念を抱くひろし。
もしや平坂はサーヴァントを失ったマスター? だろうか。
僅かな希望を抱いたひろしへ、平坂は呆気ないほど、それでいて重要な事実を告げた。
「……サーヴァントなるものは存じないが、残念な事に私は『目が見えなくて』ね」
「…………なぁ!?」
-
意識を取り戻した瞬間、カラ松は念話の中で叫ぶ。
(無理だ! 無理無理!! 何を考えている、アサシィィン!!)
『分かった。無理なら諦める』
(うっ……後気味悪い返事をしてくれるな。一体どういう気の迷いで、そんな相手と同盟を……
というか。つまり、刺青男と同盟を組む……そうじゃないのか[どっちも真っ平御免だが])
『あくまで「人喰い」の方だけだ。理由はある。
一つはアサシンの能力が精神操作の類と分かった以上、対抗できる能力の例として「精神汚染」があげられる』
(せ……精神……あー、何となく察したぜ。頭がおかしい奴だろう?)
『……まァ、そんなところだ。俺も噂程度に奴ら(刺青男たち)の情報を仕入れていたが
「人喰い」は喋れたが、何を喋っているかは理解不能だったらしい』
(……あ、ああ? 待て、アサシン。喋れるなら、その、なんだ。狂人じゃなくないか??)
『「精神汚染」を持つ奴は喋れるが意思疎通は難しい……微妙だがそんな違いだ。それに、喋れるなら交渉の余地がある』
何より。
明が重要視しているのは『相性』である。
もう一つの理由。明が持つ宝具『丸太』と人喰いの梟の相性は良い点。優位に立ちまわれるのだ。
人喰いの梟は、明が戦いを繰り広げた吸血種ではないが。
性質は似通っている。『丸太』が通用する相手だと、明は察していた。
明も、一時的に吸血種と共闘をする場面が幾つもあったのだ。別に、梟相手で怯む事は無い。
即ち――倒す前提の同盟だ。
説明を聞いたカラ松ではあったが、悩む。当然だ。
恐らく、上手く交渉が成立するとは思えない。何より刺青男や他の仲間も居る中で?
(刺青男はどうする?)
『何とか撒くか……少なくとも、奴は同盟なんて交渉に応じる相手じゃねェ』
それは人喰いの梟も同じだろう。
カラ松が反論したい思いを胸に収めて、刺青男をどうするかは差し引いて。
明が、梟との交渉に成功するかを考えた。
本人は自信があって、この同盟を提案しているのだろう。ならば、後はカラ松次第。
(……少し考えさせてくれ)
『あァ、なるべく早めに決断してくれ』
思案するカラ松の一方。
明は、トド松の様子を伺いに千代田区の警察署へ足を運んでいる。
事情聴取は今なお続けられている。いくらサーヴァントを失ったマスターとはいえ、どうにか話を持ちかけたいが。
警察を強引に気絶させるのは、止めた方が良いか……
まだ……この事を、伝えるべきじゃない。
カラ松の精神状態を見て、明は一旦トド松が「テロリストの一味」として逮捕された事実を伏せる。
わいせつ罪で聴取する警察も、カラ松にその件を伝えないだろう。
しかし、いつかは伝えなくては。
彼らは切っても切れぬ、兄弟の絆があるのだから……
-
【三日目/夜間/北区 警察署】
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]魔力消費(小)、精神疲労(大)
[令呪]残り3画
[装備]警察が容易してくれた簡易的な服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:同盟に関しては……?
1:トド松がマスターだった事に動揺。
2:アサシン(曲識)に不信感。
[備考]
・聖杯戦争の事を正確に把握しています。
・バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
・神隠しの物語に感染していません。
・デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
・Twitterで裸姿が晒されています。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・二宮飛鳥の連絡先を把握しました。
・ランサー(ブリュンヒルデ)を確認しました。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・おそ松一行がカラ松と容姿が似ている為、葛飾区にて誤認確保されました。
・現在、北区にある警察署の檻におります。
警察の監視下におかれている為、カラ松に異常が発生すれば即座に分かるでしょう。
・飛鳥からの伝言とトド松がマスターであることを把握しました。
・アサシン(曲識)をなるべく信用しないよう心がけます。
・アサシン(宮本明)のコートなど所持品は警察に押収されました。
・飛鳥の連絡先は記憶してあります。
【三日目/夜間/千代田区 警察署】
【松野トド松@おそ松さん】
[状態]魔力消費(大)、精神的疲労(大)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]
[所持金]バイトをしているので割とある
[思考・状況]
基本行動方針:???
0:どうにか無実を証明したい。
1:セイバー(フランドール)が心配。
2:兄さんたちは………
[備考]
・聖杯戦争を把握しておりますが、令呪やNPCについての詳細は知りません。
・通達も大雑把ですが把握しております。(先導アイチやアヴェンジャーのことは知りません)
・どことなくNPCには違和感を持っています。
・噂話程度に刺青男(アベル)のことは把握しておりますが、サーヴァントとは疑っておりません。
・フード男(オウル)と誘拐された少女(沙子)を把握しました。
・カナエとランサー(ヴラド)の主従を把握しました。
・キャスター(ヨマ)のステータスを把握しました。
・アルバイト先の『スタバァコーヒー』が襲撃され、営業停止となった為、実質職を失いました。
・カラ松の事件を把握しました。
・テロリストの容疑者及びバーサーカー(アベル)の共犯者として報道されております。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・セイバー(フランドール)が死亡したのを把握しておりません。
・千代田区内の警察署で事情聴取を受けます。後に聖杯戦争の件を自白しますが、警察には戯言として聞き流されます。
【アサシン(宮本明)@彼岸島】
[状態]霊体化、肉体ダメージ(中)、魔力消費(小)
[装備]無銘の刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
0:トド松の件は、まだカラ松には伝えない。
1:トド松と接触する。
2:燕尾服のアサシン(曲識)への疑心。
3:神隠しの少女をどうするべきか……
4:人喰い(梟)に対アサシン(曲識)の為、同盟を持ちかける?
[備考]
・バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・コートをマスター(松野カラ松)に貸しました。
・ランサー(ヴラド)の存在を把握しました。
・神隠しの少女(あやめ)が攻撃的ではないと判断しております。
・松野家がアヴェンジャーによる火災で全焼した把握しました。
-
アーチャー・ひろしの説明は非常に苦労するものだった。
平坂黄泉が盲目である為、聖杯戦争という状況を把握しきっていない事。マスターやサーヴァント。
ステータスすら視認できぬ状態だから、仕方ないとは言え……聖杯戦争の知識を与えられぬ。
という、この聖杯戦争においてのルールでは非常に厄介である。
一通り説明を終え、平坂のサーヴァント……と思しき幼女だったが、ここには居なかった。
が。
空気を読んだのだろうか。一度だけ、霊体化を解いてひろしの前に現れる幼女。
軽く会釈し終えた後。
幼女は、直ぐ様に霊体化した事から。魔力や体力の回復に専念していると察せられた。
「それで……あの子(幼女)は何か願いは喋っていねえんだな?」
「私には何も。彼女は十分満足しているように感じられるよ」
確かに。
ひろしは息子や娘であった『しんのすけ』や『ひまわり』を彷彿させる幼いサーヴァントに
敵意を感じなかったし、願いに固執した様子も感じられない。
そもそも、一体どうしてサーヴァントとして召喚されたのかすら、理解が困難を極めるほどだ。
しかしながら。
ひろしも平坂も、幼女の真の恐ろしさを体験してない故の油断なのだ。
幼女の能力を把握すれば、考えは一新する。
「なら、俺はアダムの……俺のマスターの願いを叶えたいんだ。聖杯を刺青男たちの手に渡さない為にも」
「勿論! アーチャーも私と同じく正義を志す『同士』だ。協力しようではないか!!」
「ははは。正義のヒーローって奴か」
満更でもない様子で、平坂の熱意に答えるひろし。
どういう形であれ、味方が増えたのは心強い。価値観に歪みがあれども、平坂の根っこは『善人』なのに変わりない。
ならば。
平坂は生き生きとアーチャーに尋ねる。
「早速、悪を倒しに……あぁ、そういう訳にもいかない。アーチャー、まずは『悪』からマスターを救わなくては」
「なんだ? 他の主従に心辺りがあるのか!」
「一人は『悪質な噂』を意図的に広めるマスター……もう一人は、あそこにいるマスターだ」
平坂が指差す警察署に、ひろしも心当たりを覚えた。
松野トド松。
刺青男・テロリストの一味として報道された人物……警察庁の爆破事件に関与しているらしい。
無論、ひろしはその噂を頼りにここ(千代田区)へ足を運んだ一人である。
平坂の証言によれば、トド松は無実の罪を着せられようと尋問に追い込まれている最中のようだ。
警察は聖杯戦争とは無関係であろう。
トド松を社会的に抹殺したところで、それこそ聖杯戦争では無意味な事象に過ぎず。
無意味の塊だ。
だが、警察は自らの利益の為。不祥事を始末する為だけに、トド松を犯人に仕立てあげようとする。
許し難い話に違いない。ひろしは一つ、平坂に聞いた。
「トド松のサーヴァントはどうなったんだ?」
「恐らく、セイバーと呼ぶ少女が彼のサーヴァントだ。私も形としては出会ったが……彼女を倒そうとし
気絶をしてしまってね。セイバーに敗北した私は悪であった……」
「気にすんなよ。正義の味方だって負ける事はあるだろ? だったら、何度でも立ち上がるってのが定石じゃねえか」
「あ、アーチャー……!」
感動する平坂は、改めて話を続ける。
「私もそこで気絶をしてしまってね……詳しい経緯が分からないのだよ。
あの様子通りならば、彼はセイバーを見失ってしまったようだ」
「見失った、か……念話で連絡も取れないなら、消滅した可能性もありえるな………」
もし、トド松がサーヴァントを失ったマスターであれば、再契約出来る相手では?
まだ断定するには情報が少ない。
何より、警察の聴取は終わる気配もない。
「まずは面と向かい合って話し合いてえところだ……」
「アーチャー! 彼は悪にさせられようとしている! 正義として見過ごす訳にはいかない!!」
「落ち着けって。そのトド松てのが聖杯戦争をどうするか、まだ分からねえだろ」
「それは……確かに」
トド松が刺青男同じく悪意のあるマスターでないとは断言できない。
ひろしとしては、トド松がサーヴァントを失って居れば再契約したいのだが。
彼の本性次第では契約をしないつもりだ。
どこか歪な彼らの根本は変化しない。正義の為、正しい願いを、悪から守り抜く為に戦う人間なのだ。
-
【三日目/夜間/千代田区】
【平坂黄泉@未来日記】
[状態]肉体疲労(小)、魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:正義を為す
1:トド松を救出したいが、果たして彼は悪なのか?
2:『東京』で暴れまわる殺人鬼(アベル)を倒す。
3:先ほどの人物(ホット・パンツ)から事情を聞きたいが……
4:カナエを倒す。
[備考]
・聖杯戦争を把握しました。
・強力な催眠術を使う者がいると把握しました。それがライダー(幼女)とは思っておりません。
・バーサーカー(アベル)によって拡散されたアサシン(カイン)の情報を得ました。
・カナエの独り言から断片的な情報を入手しました。
・神隠しの物語に感染しました。
・カナエを悪と断定しました。また聴覚に優れた経験からかカナエが女性であると把握しております。
・セイバー(フランドール)を悪と断定しております。
・トド松の聴取内容を聞き取れています。
・アーチャー(ひろし)の存在を把握しました。
【ライダー(SCP-053)@SCP Foundation】
[状態]霊体化、魔力消費(中)
[装備]
[道具]絵[アサシン(アイザック)とメアリーを描いたもの]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:遊ぶ
1:マスター(平坂)と行動する。
2:魔力と傷が回復するまでは実体化しない。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・アサシン(アイザック)とメアリーの主従を把握しております。
・ランサー(アクア)とホット・パンツの主従を把握しております。
・キャスター(ヨマ)の存在を把握しました。
・セイバー(ナイブズ)とあやめの存在を把握しました。
・トド松とセイバー(フランドール)を把握しております。
・アーチャー(ひろし)の存在を把握しました。
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん】
[状態]魔力消費(中)、ダメージ(中) 、マスター消失
令呪【見つけ次第、ルーシー・スティールを殺害しろ】
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯でアダムを願いを叶える
0:トド松と接触し、彼の方針次第では救出したい。
1:アダム……
2:ルーシーを家族のところに帰してやりたいが……
3:バーサーカー(アベル)やセイバー(ナイブズ)に聖杯は渡さない。
4:サーヴァントを失ったマスターの捜索。
[備考]
・セイバーのステータスを把握しました。
・ダメージは燃料補給した後。魔力で回復できます。
・SCP-076-1についての知識を得ました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・財団について最低限ですが知識を得ました。
・勇路がマスターであると把握しました。
・ブライト主従を確認しました。また危険な主従として認識しております。
・平坂黄泉とライダー(幼女)の主従を把握しました。
-
東京都葛飾区にある少女の部屋。
薄暗い部屋の中。少女のサーヴァントである燕尾服を着こなすアサシン・零崎曲識が、ノートパソコンで情報を探る。
曲識のマスター、二宮飛鳥。
彼女が口にした通り刺青男は『アベル』の名前で、何故か称されている。
人喰いの名前や包帯男の名前も浮上しているかと思えば、そのような事は無い。
アベル……
仮にアレが聖書に登場する彼の『アベル』ならば、その能力や宝具は何なんだろうか?
アベルではなく『カイン』の方がその予想が可能だが。
曲識は唸る。
少なくとも近接特化のサーヴァントだ。精神汚染のスキルがあるか不明だが……バーサーカーならば意思疎通は困難か?
いや。
ひょっとすれば神原駿河や他の仲間たちが『アベル』の名前を聞き出したとすれば、会話は可能な筈。
何より、三騎相手だと能力や宝具次第では曲識も立ち回りにくい。
正直……コートのアサシン(明)を呼び出すのが手だ。
しかしながら、曲識もとい飛鳥はアベルと戦おうとしているのではない。
彼女はとにかくアベルと会うのを目的とし。
コートのアサシン(明)と合流する必要はないとハッキリ断言していた。
―――だからといって、同盟を組む。訳でもないらしい。
曲識が目を通した情報は『少女』だ。
『桐敷沙子』と『メアリー』。皮肉にも少女趣味に相応しい生贄が差し出されているのに、曲識は一息つく。
難しい話であろう。
尤もそれは、神隠しの少女を殺害を達成させるよりかは楽かもしれないが。
彼女たちのサーヴァントの能力が不明だ。
明らかに、人喰いのバーサーカーと思しき存在は、精神に異常を来している部類であろう。
精神干渉が効かない相手であれば、即座に食い殺されそうだ。
狙うなら『メアリー』の方か………
すると。
曲識のマスター・飛鳥がパチリと目を覚ます。
ノートパソコンの明かりで起きてしまったのだろうか、属に言う興奮状態で眠れなかったのか。
否。
時刻を確認してみれば、深夜0時を回りそうな時刻だ。
曲識も時間を忘れていたようだ。それほどまでに『東京』は静寂に満ち溢れている。
あるいは、刺青男は誰かに倒されてしまったかも?
曲識は、起床した飛鳥に対し話しかける。
「マスター。悪くない時間だ。丁度、僕も起こそうとしたところだ」
「……あぁ………今のところ様子はどうだい?」
「僕なりに調べているが『アベル』に動きは見られないようだ。しかし――悪くない。
無暗に動かれる前に、僕たちが彼を追跡する猶予が与えられたんだ」
仮眠を取ったとはいえ、飛鳥にも眠気がある。
ボーっとした様子で窓の方を眺め、突如立ち上がった。
幻想的な光景を確かめる為、飛鳥は窓を開ければ、真冬のような冷気が室内に侵入する。
空気と共に。空から降り注ぐ白い粉も飛鳥の頬や髪へ幾つかこびりついた。
家族には聞こえぬよう、小さな――それでいて驚愕に満ちた声を漏らす。
「アサシン……! ご覧。雪だ、雪が降っている!」
「雪? それは奇妙だ……今の季節は春。入学シーズン真っ盛りじゃないか。季節外れの雪。あるいは」
「サーヴァントの仕業、かな? 何にせよ胸が高鳴る。聖杯戦争なんだ、こうでなくてはね」
曲識も、どこか子供っぽく現実離れした四月の雪に歓喜する飛鳥の傍ら、外の景色を眺めた。
シャレにならない勢いで雪は降り続く。
このペースだったら、最悪今朝には積っている箇所が見られるだろう。
充電を終えた携帯電話を手に、飛鳥は準備を整える。
二宮飛鳥の聖杯戦争なるステージが、開演した。
-
◆
勇敢なる蛮人である君へ。
ボクのようなちっぽけな少女の相手なんてしたくはないのだろうね。
だけど、ボクは知りたい。皆が知りたがっている。
君が決して無為に生きていないのならば、教えて欲しい。答えて欲しい。
そして、ボクはそれを伝えたい。
意味が無くたっていい。
意味を求める必要は無い。
君の本心を知ったところで、誰が何かしようとも。君は変わらないから。
ボクも何も変わらない。ボクが求める道は一つだけさ。
だから、伝えて欲しい。
君の言葉を………
皆に届けよう。
これが――――――ボクらの聖杯戦争なんだ。
◆
【三日目/未明/葛飾区】
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額 (サンダルを購入した分、減っている)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。そして、聖杯戦争を伝える。
1:バーサーカー(アベル)の捜索。
2:カラ松及び松野家をなるべく支援する。
3:聖杯戦争の生中継をしてみる。
[備考]
・アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
・葛飾区にある不動中学校に通っています。
・『東京』ではアイドルをやっておりません。
・神隠しの物語に感染していません。
・NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・ランサー(ブリュンヒルデ)を確認しました。
・葛飾区で起きた事件やジークの『変身』を把握しました。
・板橋区で発生した火災及びバーサーカー(アベル)に関する情報を入手しました。
バーサーカー(アベル)の真名を把握しましたが、半信半疑です。
【アサシン(零崎曲識)@人間シリーズ】
[状態]健康、殺人衝動(小)
[装備]少女趣味(ボルトキープ)
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:マスターである少女(飛鳥)を殺さないようにする。
2:『神隠しの少女』を笑って死なせてやりたい。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・『神隠し』にサーヴァント、あるいはマスターが関与していると考察しております。
・警察に宝具『作曲――零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』による肉体操作を行いました。
(それを見ていた一部のNPCは『映画の撮影か何かだった』と思っているようです)
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・ランサー(ヴラド)の存在を把握しました。
・セイバー(フランドール)を殺害した為、殺人衝動がしばらく収まります。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しましたが、確証は得ていません。
・トド松がマスターであることを把握しましたが、外見で六つ子を区別していない為、間違えるかもしれません。
・桐敷沙子とメアリーをマスターとして把握しました。
-
投下を終了します。タイトルは「ボクらの聖杯戦争」です。
続いて
アベル&ルーシー、沙子&オウル、メアリー&アイザック、駿河、今剣、飛鳥&曲識
一部自己リレーとなりますが、予約します。
-
申し訳ありません、延長させていただきます
-
延長了解しました。
それでは予約分を投下します。
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東京都千代田区にある警察署。
警視庁が崩落寸前の状態のため、あらゆる事件は千代田区内各所にある警察署で賄われていた。
その一つに神原駿河は拘置されている。
テロリストの一味、だけならば松野トド松も同じだが。
仲間を同じ場所に留めておくのは悪い。仮に刺青男――アベルらが救出しに襲撃した場合、参考人二人も失うハメになる。
故に、勢力を分散させるべく、別々の警察署で聴取をしている。
尤も、マスコミも分散させる目的もあり。
先ほど確保された神原駿河に至っては、確保した周辺の警察署にいる。
まだ詳細な情報の発表がない以上、マスコミも松野トド松と同じ場所に移動させられたと推測していた。
しかし、残念な事に松野トド松はアベルとは無関係だった。
仮にアベルが彼と対面すれば、大した人間ではないと軽視し、即惨殺する事だろう。
舞台は神原駿河の居る警察署となる。
例の――博物館での聴取を終えたルーシーと信長に仕えていた家政婦・オルミーヌ。
メアリーと遭遇した経緯など。偽りがあれども、何とか話を合わせる。
ルーシーがパニックであまり記憶がないなど適当に受け答えしたが、警察の方は割と信用してくれた。
そして、最終的に警察が新宿区にあるルーシーが宿泊するホテルへ送り届けてくれるらしい。
最悪の状況だ。
きっとホテルの場所は、信長の情報網で捕捉されてしまいかねない。
待ち伏せている可能性も……一体どうすれば? 何より
今剣だ。
彼はある孤児院から捜索願いがあり、ルーシーが聴取されている内にそこへ搬送されてしまったのだ。
聖杯戦争のマスターであった今剣……心の支えの一つだった、彼の喪失に。
ルーシーは表現出来ぬ不安を抱いた。
影で涙を流す。
「あ……あの………」
おどおどしくルーシーに話しかけて来るのは、オルミーヌ。
涙を拭いながらルーシーは言う。
「ごめんなさい……オルミーヌさん………貴方を巻き込んでしまって」
「い、いえ。大丈夫です……そのう……これから、どうします? 本当にホテルへ帰っても、いいんですか……?」
「………正直。駄目……きっと信長に捕まってしまう。でも、自分で何とかします」
「何とかって――」
「オルミーヌさん。わたしとの出来事を信長に話さないでください……それだけがお願いです」
「わかりました。話しません」
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これ以上、オルミーヌを巻き込みたくは無い。
ルーシーにだって理解している。生贄であれ、レプリカであれ、彼女は聖杯戦争とは無関係なのだ。
だが、これからどのようにすれば?
信長に捕まらない為……聖杯戦争から脱出術を確保する為………アベルに殺されない為にも。
重い溜息を漏らすルーシーに女性警官が話しかける。
「ルーシー・スティールさん。お車の準備が出来ましたので……」
「……ごめんなさい。一度お手洗いに向かっても?」
女性警官は低音の声色で「どうぞ」と返事をする。
困惑するオルミーヌを置いて、ルーシーは署内のトイレへ移動を始めた。
深夜だというのに警察署内は騒がしい。どの職員も徹夜状態だ。中には少し居眠りしている者もいる。
先ほど声をかけた女性警官も、早くトイレを済ませて欲しい。という不満が、表情に出ていた。
申し訳ない気持ちで一杯だが……ホテルに戻る訳にはいかない。
しかし、往くアテがない。
「他の主従……」
そうだ。頼れる主従がいれば……頼れる。そう感じたのはメアリーだ。それから今剣。
けど、メアリーはアベルと共に行動していた。
本気でアベルを殺害するなら、ザックと呼ばれるアサシンもアベルから離れる事は無い……
ルーシーは耐えられない。
ひょっとすると、気付かぬ間にアベルに殺されるかも。
「……うう…………カイン……」
ならばカインは? 彼なら信用できる。カインとそのマスターのところへ向かえば……
だけど、自分が殺されない保証は?
カインのマスターはアベルを止める方針だ。
過程でルーシーの殺害が含まれていないとも、分からない。怖い。
「おい! スルガはどこだよ。スルガ! お前、どこにいるか言えよ」
「……?」
なんだか騒がしい。
ルーシーが振り返ってみると、少し遅れて悲鳴が上がった。
警察も油断していた訳ではないのだろう。だからとは言え――
まさか、アベル達が正面突破するのは予想外であった。
一番に馬鹿なザックは、堂々と神原駿河の居場所を聞き出そうとしている。
逃げ惑う警察や、拳銃を構える者を横目に。
ザックは「あー」と声を漏らす。
「取り合えずここにいるんだし、全部探せばいいか」
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そんなザックの傍ら。
刺青男・アベルの登場でピリピリと肌につく威圧感が空間全体に広まった。
アベルが署内を睨みつけ、人間を踏み潰すかの如く駆ける。
博物館での殺戮と大差ない。おぞましい死体が産み出されていく。演武のような虐殺が繰り広げられる。
アベルからすれば、人類の殺害はついでの行為でしかない。目的ではない。
彼の目標は……この警察署内にいる神原駿河だけなのだから
不味い、と咄嗟にルーシーは女子トイレに走った。
(殺される―――!)
幾ら女子トイレに逃げ込んだからといって、律儀に入室をしない殺戮者ではない。
それにトイレの逃げ場など……窓くらいしかない。
窓は上部に配置された、女性が通れるか微妙な幅のもの。
何とかして、あそこから抜け出さなければ!!
「ルーシィちゃぁん」
「……あ、あああぁあぁぁあっ!!!」
侵入してきたのは誰でもない。人喰いの梟だった。
アベルはルーシーなど視界にすら入れぬほど興味や関心がない。代わりに、廃れ切った人ならざる者
――になってしまった梟が道化のようにおどけた様子で、ルーシーに接近する。
悲鳴を漏らしながら、必死に窓を開けようと、ルーシーはトイレの個室として張られている壁によじ登ろうとした。
アベルに殺害される前に、梟に食い殺される!!
「待って!」
「っ!?」
ルーシーは既に個室に追い詰められた状況だが、そんな悲劇を寸前で制止したのは桐敷沙子。
梟の人質扱いされている彼女だが。
手元には相変わらず、梟から渡された拳銃を手にしたまま。
涙を流すルーシーに沙子は話しかけるのだ。
「あなたは……いえ、あの男は? あなたと一緒にいた」
「………ハァ……ハァ……の、………信長?」
彼の戦国武将と同性同名愚か正真正銘の本人でもある彼は、ここには存在しない。
あれから、信長がどうやって。どこへ逃れたかすら、ルーシーは分からなかった。
確かなのは。
危機的状況には変わりがない……と云う事。
沙子は、慌ただしく聞こえる悲鳴や騒音を無視し、話を続けた。
「彼から逃げたの?」
「……逃げた?」
ルーシーは何かを察して、沙子に返事をする。
「え………えぇ、逃げたわ……でも、どうすればいいか……分からないの」
「アベルと一緒に居れば大丈夫よ」
「殺されるわ! ……彼は、わたしを殺すつもり………本当に……間違いないわ」
実際にアベルはルーシーを殺害するなど、述べてはいない。沙子やザックにも伝えていないが、ルーシーは確信している。
沙子はしばし沈黙をし、顎に手を添えて思い詰める。
ルーシーは、アベルの存在を恐怖しているだけなのか? それも事実なのか?
幼い少女相手に、ルーシーは何とか言葉を紡ぐ。
「わたしが召喚したのを恨んでいる……だから、殺す………信じられないけど、そんな理由」
「えぇ。分かるわ。人類を憎むアベルには許し難い事よ」
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でも。
不安に怯えるルーシーに、沙子は不気味なほど冷静に続ける。
「奇跡が起きているわ。ここにはアベルが居て、カインも居る」
「…………!」
「だから、貴方に死なれては駄目なの。理由は色々あるけど……私たちは皆そう思っている」
「……無理よ。アベルと居られない。きっと…………アベルも……そう」
震えるルーシーの姿は、実に情けない有様だが当然の反応でもあった。
人を喰らい続けた沙子よりも血生臭い世界を知らぬ少女だ。
戦争なんて無縁である。
肉食獣の檻に投げ込まれた小動物のような有様。
食べられると理解を承知に天敵に接近する動物は居ない。ルーシーはまさにソレだった。
「怖いか」
口を開いたのは、人喰いの梟。
酷くルーシーが恐怖する様子に不敵な笑みを浮かべる狂った梟は、目を大きく見開く。
そんなの当然である。
アベルや人喰いに恐怖しない者など、ありはしない。
血化粧のついて口元が語った。
「どうして、スナコが俺を怖くないと思う」
「……………?」
「『同じ』だから」
何が言いたいのか、分からない。だけど、ルーシーは自然と彼らから後ずさる。
彼らの間に見えない境界線が敷かれている。それが恐ろしい。
死なれては困る……そう言うが………嘘吐きじゃないのか?
どうしてか、メアリーや包帯男(ザック)は信用出来たが……沙子達は不思議と恐ろしいとしか感じられない。
「アベルくんが怖いか? それとも――死ぬのが怖いか?」
「う………あ……」
「死ぬのが怖ければ『死』になればいい。生きているから『死』を怖がってる」
「………ち……違う………」
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必死にルーシーは否定した。
ピクリと梟の大きく開かれた瞳が睨みつけるが、ルーシーは荒く呼吸を繰り返しつつ。
呂律の回らない口を必死に命令させ、喋り続けた。
「怖いのは……アベルよ………」
「………」
「彼は……彼のしてきた事は、何がしたいのか………分からないの。何をするか分からない……だから怖い」
嘘じゃない。
―――きっとルーシーは梟を恐れている理由もソレだ。
敵意があるか否かではない。何を考えているか、共感とか、理解の範囲にいない。
未知の領域にいる狂人だからこそだ。単純に怖いだけ。
実際に、殺されると思ったが、梟は何もして来なかった。気まぐれでルーシーに危害を当たるかも、予測不可能だ。
梟は首を傾げながら、鳥の仕草のような反応で黙する。
フードで表情が視えない中。太く短く「そう」と呟いた。
体を震わせつつ、ルーシーは告げる。
「貴方達が、嘘吐きじゃないなら……約束、して欲しいの。わたしは、夫のところに帰りたいだけ……
聖杯も欲しくない。だから……わたしに何もしないで欲しい……信長の事や、知ってる限りの話を教えてあげられる……」
「―――ザックきゅんに言えよ」
梟の即答に対し、何故かルーシーは納得したのだった。
◇
インターネット上にあるお手頃にライブ配信を可能にするサービスが存在する。
携帯(スマホ)でアプリをダウンロードすれが、専用器具を必要せず容易に行えるのだ。
そこで、一つの生放送が話題となっていた。
配信主は「これから刺青男・アベルの追跡をする」と宣言した。
視聴者たちは冗談半分だと馬鹿にしていたが。
パトカーなどの大移動を目撃した配信主は、現場に接近し撮影すれば。
江東区のある博物館。
アベル達の虐殺が終えた。後の祭りであろう惨劇を目の当たりにし、警官、自衛隊、他にもテレビクルーと思しき死体が。
まるでここだけが地獄の表面を浮き彫りにしたかのような。
言葉を失う光景に、視聴者も漸く生半可な内容と判断しなくなった。
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コメント
―――――――――――――
×××(編集済み)
これマジ?
×××(編集済み)
現場から生中継らしい
×××(編集済み)
雪で見えないからもっと近づけよ!
×××(編集済み)
本物の死体じゃん!?
×××(編集済み)
配信主はJKなの?
×××(編集済み)
一緒に居るのは誰よ
×××(編集済み)
死んでるのって■■■テレビの[削除済み]じゃね……これ……
配信主である少女・二宮飛鳥は死臭に堪えながらアサシンに尋ねる。
「………まさか、全部アベルがやったのかい。これは」
「もうここにはアベルはいないようだが、彼と同行しているバーサーカーと思しき人喰いが居た。
喰われた痕跡が多い……勿論、アベルによる犯行もある。しかし、問題は何故ここが選ばれたのか、だ」
「場所に意味がある、という事かな?」
「どうだろう、マスター。博物館を調査してみるのは」
遠くからサイレンが絶え間なく聞こえる。
まるで、永遠と湧き続けるゲームの雑魚キャラのようだった。
アベルが幾ら虐殺しようとも、無限に出現を続ける警察や自衛隊たちは、もはや不気味な異物に感じられる。
飛鳥は、死体を遠目に、逸らしながらアサシン・曲識に言う。
「アベルを追おう。まだ遠くには行っていない筈だ」
「悪くないが……ここからの移動先は分からないぞ、マスター」
「確か……松野トド松。いや、違う………」
彼女が思い出したのは、松野トド松。アベルの一味だと噂される人物。
千代田区の警察署で事情聴取を受けているとニュースで報道があったのを思い出すが。
正直、飛鳥はトド松がアベルの仲間とは受け入れ難い事実だった。
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だったらもう一人。
先ほど確保された人物を飛鳥は口にする。
「そう、神原駿河だ。ボクは彼女は確かなアベルの仲間だと思う。
松野トド松は濡れ衣を着せられているんじゃないかな……とにかく、彼女のところへ向かった可能性はあるよ」
「松野トド松に関しては僕も概ね同意する。しかし、アベルが仲間思いの人格を持つかどうかなら。
間違いなく『否』だ。わざわざ、神原駿河を救出する価値を見出したとは想像できない」
「……あるんだ。アサシン」
飛鳥は、燕尾服の殺人鬼に告げた。
「如何なる事象にも『動機』と『原因』が付きものさ」
「成程。アベルにとって神原駿河に生かす理由があると」
「何も神原駿河に限った話じゃないさ。人喰いのバーサーカーや包帯男にだって、アベルと行動する訳がある」
飛鳥と曲識は、惨劇から離れる。
先ほどから何故飛鳥を「マスター」と呼ぶのか。バーサーカーとは一体?
そのような疑問のコメントも幾つか見られる。
千代田区から離れつつ、飛鳥は一つだけ。確固たる意志を持つ。
「ボクが知りたいのは目的さ。アベルの目的……何故、彼がこの東京に現れたのか。その理由だよ」
「それは……答えは無いと思うぞ、マスター。
サーヴァントの召喚は媒体がなければどうなるかは分からないものだ」
「つまり、現れたのは偶然という訳だね。でも……彼の目的はハッキリさせよう」
「それもマスターが推測した通りじゃないのか? アベルはカインの子孫たる人類に嫌悪している。
だからテロ紛いの虐殺を繰り返している……それだけだと」
「憶測に過ぎないよ。ボクの勝手な妄想じゃない、彼自身にそれを語って欲しい」
皆も知りたい筈だ。
ネット上で飛鳥たちの会話を聞く東京都民はどのような心情だろうか。
十人十色、答えは様々だが……アベルの犯行目的に興味がない訳は、なかった。
彼から『回答』が聞けるならば、是非とも聞きたい筈だ。
「!」
コメントでも「さっきの音、何!?」と騒ぎ立てられていた。
飛鳥が目視していた。
それは――銃声。雪が舞い落ちる東京の渦中で、千代田区方面から静寂を切り裂くような発砲音が続く。
まるで無法地帯の光景だ。
曲識の方は、不自然な位冷静に「あの辺りだ」と飛鳥に教える。
音に精通した曲識は、発せられる方向も察知できるのだろう。飛鳥は覚悟を決めて向かった。
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「おい、なんだ!?」
場面は再び千代田区にある警察署内。
物々しい騒音に牢屋で大人しくしていた邪者達が騒ぎたてる。
胸が跳ね上がるような銃声。明らかに署内に響き渡るものだったそれは、監視していた警官も何やら廊下へ飛び出す事態だ。
牢屋にいる犯罪者たちは「ここから出せ!」と吠えた。
だが、警察はそれどころではない。
まるで化物と対峙しているかのような異常な発砲が続いている。
異常事態に混乱がドミノ倒しの如く反応が起きる中。
神原駿河とマジックミラー越しに対面させようとしたメアリーのところでも、警察が対応を続けられていた。
本来、聴取の方を終え。メアリーが現れなければ、駿河を一旦牢屋へ入れる算段だったのだが。
急変する状況。
人質であるメアリーを狙う為か、仲間の駿河の救出か。
目的は定かではないものの。迅速な対応がここでは求められていた。
先ほどまで駿河を聴取していた金髪の女性刑事は、メアリーを引き連れ現状を把握する。
部下に小声でハッキリと聞く。
「連中はどう動いている」
「刺青男たちが一階に………報告によれば、全員が集結しているようで」
「我々は非常口から避難だ。この少女は、何か重要な存在に違いない」
メアリーが聖杯戦争のマスターである。
……なんて戯言は信用していないが、金髪の刑事は部下と共に、非常階段の様子を確かめ。
一味が全員一階に集結している隙を狙い、メアリーを引き連れ去る。
それとすれ違うかのように。
金髪の刑事の視界に、人喰いの梟が二階に現れた瞬間が捉えられた。
モンスターパニック映画めいた戦慄を胸に、冷や汗を流しつつ。刑事はメアリーと共にパトカーへ駆け抜ける。
隻眼で光景を眺めていた梟は、指を咥えながら呟いた。
「■■だ」
しばし、虚空に視線を移しながら。何かを思いトドメつつ、荒い呼吸をしながら階段から現れた少女たちに振り向く梟。
止まらぬ冷や汗を流すのは……ルーシー・スティールだった。
酷く冷静な桐敷沙子が、人気のない二階を警戒しつつ。梟の方に尋ねた。
「バーサーカー、神原は?」
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沙子に返事もせず、梟は前進する。
一切の躊躇がないのは、ここら一帯は誰も居ない事を意味するのだ。
ルーシーは、先ほどの会話を思い出す。
沙子たちの目的は、神原駿河の知る『カイン』の情報。きっと、彼女は『カイン』のマスターを把握している。
アベルはそれを確信しているし、恐らくそれが事実なのだろう。
カインを抹消するべくアベルは行動している。
カインとアベルの対決は避けられない。
故に――ルーシーの運命は、その対決の行く末次第だという事。
一度、カインと対面したルーシーだからこそ理解していた。
逆を言えば、カインが倒されぬ限り、ルーシーがアベルに殺害されることはない……それでも。
ルーシーがアベルと共に行動してはならないのは、彼女が本能として意識している。
承知しているものの、ルーシーは沙子に問う。
「アベルは……何も言わない。あの………『ザック』って呼ばれているアサシンは? 彼はアベルを殺すと言っている」
「……私もよく分からないわ」
でも。
何故かザックをアベルが許しているのは明確なのだ。
奇妙でイカれた絆に、沙子は共感できぬ面が多いが……それがアベルには心地よいのかもしれない。
だから、本気でアベルが殺されようと構えているかも定かではなかった。
唐突に梟の歩みが止まる。
取調室と思しき部屋の前で停止し、ルーシーと沙子は緊張を抱きながら距離を取った。
不思議な物を眺めるように、梟は扉のノブを眺め、それから開く。
そこから、情けない叫び声を上げながら発砲する警官が現れる。
他にも、刑事らしき男性も梟に銃弾を打ち込む。まるでゾンビか化物への対応だった。
銃弾をものともしない。
サーヴァントであるが故に効果もない攻撃を受けながら、梟は彼らに接近する。
生々しい。
柔らかい物体が潰されたかのような音に悲鳴を漏らしそうになったルーシー。
沙子は室内を伺う。
血肉が散りばめられた惨状と、一人呆然とする一人の少女だけは生き残っていた。
彼女以外は、梟が貪り始めている。
「す……沙子ちゃん!? まさか、私を助ける為だけに来たのか? それはそれで感動的で有りがたいのだが
生憎、私はもうサーヴァントであるアヴェンジャーもいない。足を引っ張るだけではないだろうか」
取調室に居る少女・神原駿河は、緊迫した状況下で悠々と喋っているようにみえるが。
本人は至って冷静ではない。落ち着きを取り戻す為に、戯言を語っているのだ。
しかし、悠長に居られないのは沙子も同じ。
警察の応援が駆けつけるまでに、事を済ませなくては。
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「一つ、危機忘れていた事があったの。『カイン』についてよ。アベルが言っていたわ……貴方、何か知っているのね?」
「え、ええと………カイン、ではなく。安藤先輩の事だと思う、が……?」
しどろもどろに駿河が答えたのを、彼女自身が驚愕していた。
あれほどアベルの前では、頑なに口を閉ざしていたというのに……沙子の前で気が緩んでしまったのだろうか。
疲労で頭がぼんやりとして、うっかり喋ってしまった。
駿河はそんな風に感じられる。
梟が二つの死体の頭部をもぎ取る中、沙子は話を続ける。
「安藤……それってカインのマスターの事?」
「あ、ああ。私と同じ不動高校にかよう……二年生の先輩。私と同じクラスの安藤潤也の兄にあた人物だ」
「どこにいるの?」
「それは……その………電話番号なら、分かる」
「教えて」
書く物がないかと駿河は、周辺を探る。
梟が襲撃した際に、刑事か警官が落としただろうボールペンを一つ発見した。
沙子が手元にあるのは数奇な事に、本来は駿河が購入した『王のビレイグ』である。
仕方ないが、駿河はそこに安藤の電話番号を書き込む。
「沙子ちゃん……その………一つ、頼みがある」
「………」
「やっぱり、安藤先輩は―――」
「無理よ。……安藤という人はアベルに殺されるか、殺されないか………そのどちらかしかないわ」
駿河が言うまでも無い。
沙子は、キッパリと断言する。
そうするしかない。これが運命なのだと受け入れているかのように。
沙子は――その『運命』の行く末を知りたいだけなのだ。『流れ』に逆らわない。
だったら、神原駿河は逆らう側の人間だ。
故に、沙子が簡単に駿河の首筋へ噛みついたのは――当然の行為であった。
邪魔な障害を始末するのは、きっとアベルもした行為だろうから。
カインのように、嫉妬ではなく………
倒れ、動かない駿河を見届けてから沙子は梟に言う。
「行きましょう」
沙子の呼びかけに対し、梟は駿河をしかと睨んだが。何もしない。
狂った化物が、あの殺人鬼(アイザック)の約束の為、律儀になったのかは分からなかったが。
一連を見届けたルーシーは体を震わせながら、思う。
『流れ』……運命に身を委ね、『流れ』に従えというなら………
それも一つの『流れ』……決着は必ず果たされる………カイン……あたしは……
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「これは……」
スマホでしっかりと撮影しながら、二宮飛鳥は現実でありながら非現実的ではない光景を目の当たりにしていた。
無数のパトカー、物々しい装甲車。
それらが列を為して、一か所を目指そうと走り続ける。
ある警察署。
恐らく、そこに神原駿河がおり、アベルたちも居る。だけど……
少し躊躇はするが、飛鳥は決断をした。
「アサシン。あの時と同じ事はできるかい?」
「あの時………あぁ、カラ松の時か? つまり、あの規模の人数を追いやれと……中々、無茶な要望をする。
だが、悪くない。マスターもそれなりの覚悟をしているのなら、僕も応える場面だ」
「そうでもしないと話が出来ないからね」
『作曲――零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』
殺人鬼であり音楽家たるアサシンの宝具。
即ち、様々な効果を齎す『曲』なのだが最大でも30人を操るのが限度であった。
少女しか殺さない殺人鬼であるアサシン・零崎曲識はまずは30人を操る。
楽器はマラカス。
NPC相手とはいえ。曲識も長く演奏を続けられない。
マスターの飛鳥は、一般人だ。アイドルという職業を差し引いて、至って普通の少女である。
魔力を必要とする精神操作。
手短に済ませたいが………心配する必要はなかった。
30人だが、されど30人。足止めできれば問題はない。つまり――『同士打ち』だ。
味方と認識している軍隊を、意図的に操作し、現場を混乱させる。
精神操作を得意とする曲識からすれば単純な作戦だが、敵からすれば厄介な手段である。
突如反逆した仲間に、自衛隊も警官隊も混乱する。
曲識は同じ30人を永遠と操作するのではない。
ある程度、操作した30人が確保されれば。また別の30人の操作に切り返え、それらがまた確保されれば……
という具合の流れ作業。
反逆した彼らもテロリストの一味。スパイではないかと疑惑が浮上する。
ひょっとしたら、他にもスパイがいるかと疑心暗鬼の誕生は回避できない。
組織の結束を崩壊させるには十分だった―――……
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「―――――」
その異常をどこかで感じ取ったのは、警察署内にいるアベル。彼は眉にしわを寄せ、なにか不快な気分でいた。
ザックが周囲を見回すが、肝心のメアリーがどこにもいなかった。
逃げた、訳でもない。
きっと……レイチェルと同じだろう。ザックは何となく理解していた。
メアリーを容疑者として扱わず、被疑者として保護している。
刑事たちが、彼女の安全を第一にどこかへ避難した可能性が高い……まぁ、何かあればメアリーが念話をするだろう。
「アベル!」
シン、と静まりかえった署内で沙子の声が響く。
人喰いの梟が頭部を咥えつつ登場する傍ら、ルーシーは彼らには近づかず。階段から様子を伺うだけで、体を震わせ続けていた。
ザックが二人に対し、尋ねる。
「おい、メアリーはどこだ。あとスルガ」
「神原は無事よ。メアリーはいなかったわ………アベル」
本に書かれた電話番号をアベルに差し出す沙子。
しかし、アベルは無視する。
それよりも………生温い室内が、警察署の自動ドアが開閉したことで、僅かに入り込んだ新鮮な空気で清らかになった。
入って来たのは、警察ではない。
ちっぽけな中学生ほどの少女だった。
今時の少女らしく、少しばかりシャレた格好で、ボーイッシュな雰囲気を感じさせる。
だけど……戦場とは無縁すぎる存在が、迷い込んで来た。
「…………」
少女・二宮飛鳥は、いざとなれば言葉がすぐ出て来なかった。
アサシン――曲識が折角時間を稼いでいるというのに。今しかない、この為にここへ来たのだ。
ここから先は……彼女を優しく出迎えてくれない世界である。
理解している。
飛鳥は息を飲み込み、そうしてやっと言葉を発した。
「君の―――話を聞きたいんだ」
アベルは飛鳥を完全に軽視した目で睨むと、沙子から本を受け取り、署内のデスクにあった受話器を取る。
どうにか……!
飛鳥は必死に叫んだ。
「それでいいのか! 君は!!」
アベルの手が僅かに制止したのを見て、飛鳥は叫び続ける。
「確かに意味はないさ。だけど、知って貰うべきだ! 君が話さない限り、誰も君が成すべき事を理解できないままなんだ!!」
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ザックや梟は、何もしないが。叫ぶ少女が何をしたいのか共感しない。
彼女が成そうとする行為ですら理解できぬのだろう。
沙子は、飛鳥の事情を知らぬものの―――彼女に尋ねた。
「貴方……もしかして、マスター?」
聖杯戦争における。
飛鳥は返事をしないが、沙子は「そう」と察した。
「なら、分かるでしょう? アベルの逸話の事を。殺戮を続けるのは、カインの子孫を憎んでいるから」
「……それは君の解釈じゃないか」
たった14歳の少女の反論に、沙子は少しばかり憤りを抱く。
緊張や威圧に押されながら飛鳥は、言葉を続ける。
「ボクは彼から直接聞きたい。本当にそうなのか。それとも……違うのか」
「チッ、面倒な奴だな。お前」
訳が分からないが、ザックは飛鳥の話……いや、飛鳥の納得に対し、反した。
「そんなのどうだっていいだろ」
「よくないよ……彼の事を、知りたくは無いのかい?」
「あぁ? 別に」
ザックは本心から嘘偽りなく、ありったけの苛立ちをぶつけるかの如く即答する。
呆気ない態度に、梟は不敵に笑うが。アベルは沈黙した。
ただ、殺人鬼の答えが決まり切っていたから。
「何をしようが、どんな野郎か。んなの関係ねえ。俺はもう誓ったんだよ―――アベルを殺すってな
コイツが何考えているかわかんねー、死にたがり野郎ってのは変わらねぇだろ」
なぁ、違うか?
ザックの問いかけにも、アベルは無言だった。
一つ異なるのは、そんなザックの視線と交えた点だけ。
そうして。
受話器を置いたアベルは……静かに、さり気なく、ポツリと言葉を漏らす。
「君が……人を殺したい理由は、なんだったかな」
「俺は殺したいから殺すだけだ」
殺人動機としては許し難い、安直な回答だがザックは嘘など申していない。迷いもなかった。
きっと、アベルに対する殺意もそんなものだ。
何ら緊張感も持たないザックを眺め、アベルはゆっくり言う。
「――――――私も、同じさ」
-
アベルの言葉に、誰もが沈黙した。
警視庁内にいる全ての者が静寂を作り出したうえ、飛鳥は確認していないがライブ放送のコメントも打ち込まれないほど。
大気に溶けて消えた彼の声は、血まみれ『東京』の中心から浸透する。
幾千の弱者の遠吠えを集結させたところで、彼の一声には届かない。
絶対なる君臨者たる近隣を露わにさせた。
「戦士にも値しない者は、平等だ。高揚もない相手を如何に称賛するか………君も私も、考えない」
それから改めてザックの様子を伺うが、殺人鬼の方は困惑したような。
心底、反応に困った風であった。
「だから何だよ」
お揃いですね? ってつもりかよ。気持ち悪い。
そんな共感の喜びも見せない殺人鬼に対し、殺戮者の反応はどこか満足げだった。
一方の沙子は心底驚愕している。
尋ねた飛鳥でさえも、戸惑いながら確認した。
「……憎んでいないのかい?」
人間を。
飛鳥が割り込んだ瞬間、アベルの形相は不快なものへと変貌している。
殺人鬼に対する穏やかな表情ではない、冷え切った苛烈な様子を前面に睨む。
殺される……? 手汗で端末を落としそうになるのを抑えつけながらも、飛鳥は逃げない。
否。逃げられないの間違いだ。
アベルの返答は、乱雑で。嫌々、仕方なく答えたものだった。
「君と話していない」
「……あ……あぁ…………?」
意志疎通ができているのか、飛鳥も実感が湧かなかった。今のは、飛鳥に返事をしているつもりはない?
という事なのだろうか。
有る種、高度なツンデレのようだと、どこかの誰かは感嘆しそうだが。
飛鳥は真面目に話を続けていた。
「なら……君の目的は? 君は、何故ここに来たのか……意味はあるんだろう………?」
「――クソ兄貴を殺したいから」
そう答えた梟が、啜り終わった頭部を放り投げれば。
頭部はまるでスイカのような破裂を遂げ、壁にへばり付いた。
アベルは何も返事をしない。奇妙な沈黙が続いた為、飛鳥は否定ではないと受け止める。
兄。
即ち、自身を殺した『カイン』が? まさか、この『東京』に?
半信半疑ながら、飛鳥は問いかける。
「私怨なのかい?」
自分を殺した相手だ。全ての元凶たる存在だ。恨まないはずがない。
そうでなければ説明がつかないほどに……当たり前の質問に聞こえるが、重要なのは本心だ。
二宮飛鳥が求めるのは――真実である。
名探偵の推理は証拠がなければ妄想でしかないように、犯人の自白がなくては成立しないような……
「もう殺した」
「……え?」
誰を?
カインを?
いや……そんな訳がない。そんな筈がない。ありえない。
アベルの言葉だというのに、皆が疑念を抱くような――そんな事実を受け入れられない。
だが、殺戮者は至って平静に告げたのだ。
「これで―――二度目だ」
-
『……成程。そういうことか』
念話先で零崎曲識が納得をしていた。
一方の飛鳥は、何もかもがサッパリであった。訳が分からなかった。
アベルはカインによって殺害された筈では? 史実はアベルがカインを殺害したのだろうか?
歴史は異なるものだった?
飛鳥が念話で教えた僅かな証言で、曲識はすんなりと理解する。
例えば、ケルト・アルスター伝説の戦士であり異境・魔境『影の国』の女王にして門番。
その名は『スカサハ』。
彼女は現在もなお生き続けているが故に、座に存在せず、サーヴァントとしても召喚されること無い。
カインも同じだ。
彼は神より与えられし恩寵により『死』を回避し続けた。故に、生き続けている。
彼が明確に『死亡した』とされる記録は、何にも記されていない。
しかし、カインはサーヴァントとして召喚された。
一度、死んだ。その死因こそ、アベルの所業ということ……
沙子が言葉を失い、梟が指を咥えながら沈黙する中。
ザックは顔をしかめた。
「殺し損ねたのか? あー、違げぇな。また殺す気か」
「かつて私がここ(現世)へ舞い戻った理由もソレだった」
「は?」
「アレは………見て呉れを取り繕って、全てを思い通りにならんと気が済まない愚かな奴だ」
「ふざけた野郎だな」
人類最初の殺人者に対する淡白な感想をぶつけるザック。
そんな小心な価値でしか認識されない兄を滑稽だと嘲笑するような、アベルは笑みを浮かべる。
腹立たしい話も、アベルはどこか悠々と語っていた。
「そういう奴だからこそ、私を殺した。そういう奴であり続けたから、再度過ちを犯そうと企む。
………私は、それらを代無しにする為だけに呼ばれた」
――誰によって……?
いや、それは……わざわざ聞く必要もないだろう。
「これが『二度目』の繰り返しだと分かり、心底失望した。奴は何一つ変わっていない。何一つ学んでいない」
「要するに俺より馬鹿なんだろ、ソイツ」
馬鹿だと自覚する殺人鬼の言葉を、アベルよりも先に梟がせせ笑った。
大きく瞳を見開く狂った人喰いなどは無視して、ザックは「大体な」と言う。
「何、道具みてぇに殺そうとしてんだよ、お前。面倒で嫌なら、さっさと俺に殺された方がマシじゃねぇか」
「………それは奴を葬り去ってからだ」
-
私怨はない訳ではない、のだろう。
まるで『その為だけに現れ』『道具のように使役され』、カインを抹消しようと動く。
そんなアベルの真意を、結局――飛鳥は理解できなかった。
だけど、答えは得た。一つの緊張が解けた飛鳥は、曲識からの念話を受ける。
内容を聞き……飛鳥は殺戮者たちに告げた。
「今、アサシンがここに来る応援を足止めしている。あと数分は持つ筈だ」
他にも、外の騒がしいのはマスコミが追いついてきたのか。
あるいは――飛鳥のライブ放送を聞きつけて、居場所を特定した野次馬の可能性もある。
どちらかはともかく。
飛鳥は、ライブ放送を終了させる操作を行いつつ、ちゃんと伝えたのだ。
「ボクは、君たちの邪魔をしない。約束しよう…………教えてくれて。伝えてくれて、ありがとう」
ガリッ。と、音を立てたのは人喰いが指を深く齧りついたもの。酷く餓えたような恨めしそうな瞳で、ギロリと飛鳥を睨んだ。
アベルは飛鳥など無視をして、周囲の気配を探っており。
唯一、ザックが不快な表情を露わに、答えた。
「いいから、早く行けよ」
一体全体どうして自分たちに礼を告げたのか、心底理解できない。
殺人鬼からすれば、不気味なほど律儀な飛鳥の対応に引いてしまっているのだ。
外見もそうだが、過去にロクな受け入れもされた事のない殺人鬼にとって『普通』こそが理解できない世界だった。
ガタン!
何かが大きく倒れる音。
咄嗟に、飛鳥が振り返り――沙子が叫んだ。
「ルーシー!?」
階段で身を潜めていた少女・ルーシー。脱力したかのように、階段から崩れ落ちたのだ。
彼女は何者なのか? 飛鳥は僅かに興味が湧いたものの……
『マスター。もう限界だ』
同時に曲識の念話が飛び交ったので、飛鳥は仕方なく全速力で自動ドアへ飛び込み、雪が吹き荒れる外に帰還を果たす。
遠くから鳴り響くサイレン。
飛鳥の言うとおり、まだこちらに到着はしないだろうが。時間の問題だ。
梟が片手で受話器を掴み取り、アベルに差し出す。
アベルは、刺青を蠢かしながら行動を起こす。まず、梟の持つ受話器は受け取らず。
逃亡した二宮飛鳥も追跡せず……階段付近で蹲るルーシーに接近した。
ルーシーは、体を震わせる。しかし、酷く動揺していたのだ。
――さっきの………話……カインのこと…………う、嘘よ!? だって、違うわ! 彼はあたしを助けてくれた……!
そうだ。きっとアベルは大嘘吐きだ。
今にもルーシーを殺害しようとしている……正しいのはカインだ。そうだと言って欲しい!!
利用されているだけだ。アベルは間違いなくルーシーを殺す。
だから……このまま…………
「カインが……あたしを、騙そうなんて………嘘」
「………」
「貴方は信用できない……!」
嗚呼。鮫に睨まれたら、こんな感覚なのだろう。
ルーシーは令呪を確かに抱えながら、殺戮者と対峙する。こうして間近の感覚を味わうのは、きっと次は死ぬ時だ。
そうとすら悟れるほど……『こいつは大嘘吐きだ』ルーシーの中で、再度復唱が続けられる。
灰色の瞳が、ルーシーを退屈そうに映して、それから凍てつくような声色が漏れる。
「最初に嘘をついたのは―――――誰だ?」
-
「はぁ………はぁ……!」
雪が降りしきる『東京』の夜を、一人の少年が駆け抜けていた。
警察や自衛隊など、物々しい雰囲気を身にまとった人々とすれ違うが、皆は少年の存在に目もくれない。
そして、少年も必死だった。
到着した頃には、後の祭り。
死体が片づけられ、現場検証や生存者の確保などを行っている。
人目につかぬよう少年が、それらの中から探し人だけを選別しようとする……が。
誰も居ない。
ルーシー・スティールも、メアリーも。
だけど、我に帰って見れば少年が一人の女性を捕捉していた。
彼女を知っている! 探し人に含まれているようで居なかったが、彼女も重要な人物。
「おるみーぬ!」
「えっ!? う、ウソっ! どうしてここに………」
毛布で包まれ放心としていた女性・オルミーヌは、少年・今剣の存在に驚く他ない。
彼は、確かに警察の手によって孤児院へ搬送されてしまったはず……何とか隙を見つけて抜けだしたのだろう。
今剣は息を切れ切れに、周囲の人間に怪しまれぬよう尋ねる。
「る……るーしーは、めありーも、どこにいったのか……わかりませんかっ」
「えっ、あ、うう……その…………」
オルミーヌも空気を読んで、今剣を影で隠してやりながら答えた。
「連れて行かれちゃったの……あの、刺青男に……」
「あべるに!?」
「そ、それと他にも仲間だっていう化物みたいな人達と一緒に! ごめんなさい……わたし、必死で
死体の下敷きで隠れて生き伸びたなんて、ホント……生きた心地しない………」
「おるみーぬ……ほかは。なにか、わかりませんか?」
「駄目よ! ルーシーを心配する気持ちは分かるけど……止めた方が良いわ! 本当に……」
申し訳なさそうな表情を浮かべ、今剣は告げる。
「ごめんなさい……ごめんなさい。おるみーぬ……ぼくたちの『せいはいせんそう』にまきこんでしまって」
「せ、せい??」
「だから……ぼくたちにしか、どうにもできないんです。なんでもいいです! なにか、おしえてください」
-
改まった謝罪と願いに困惑するオルミーヌ。
彼女は、マスターでもないし、聖杯戦争に巻き込まれてしまっただけのNPCだ。
だけど、それでも出来る事はあるのだと……
彼女自身が理解していた。
「確か、どこかに電話をかけようとしてたの。刺青男……アベル?が」
「でんわ?」
「え、ええ………他は、よく分からないけど……お兄さん?を殺すって………」
「『かいん』のことですね」
やはり。今剣の知る逸話通りの……きっと、オルミーヌもどこかで聞いた話に戸惑いを見せているのだ。
カインを倒しに、向かっている。
もし、カインが倒されてしまえば、ルーシーは……!
今剣は拳を握りしめる。だが、オルミーヌが慌てて一つ加えた。
「なんか。なんて言うのかな、その……お兄さんを殺さないと、駄目?みたいな」
「どういうことです?」
「わ……わからない。何か企んでいるから、倒さないといけない……そんな感じに聞こえたけど」
「………」
「状況、全然飲み込めないんだけどっ、きっと……あの人でしょ? わたしたちの前で姿消したりしたのが『カイン』?」
「……………それは、まちがないです……でも」
一体どちらが『正義』か?
問題はその一つに絞られる。
だが、真実を今剣とオルミーヌは見抜く力がなかったのだ。
途方にくれる中。咄嗟に、オルミーヌが思い出す。
「そうだ。神原駿河……あの子なら分かるかも。わたし、覚えているの。沙子って女の子が、二階に向かって行ったの。
警察の人が話してた。二階には、神原駿河がいて。もしかしたら、会っていたのかも!
あの子が生きているかどうか、包帯男も聞いてたし……何か知ってるんじゃ……?」
「! ありがとうございます」
誰が『正義』かは今剣自身が見極めなくては、ならない。
立ち止まらない。生きる為に……今剣は逃げ出さなかった。
聖杯戦争と『対決』する。
それだけの為に、少年は帰還を果たした―――………
-
【四日目/未明/千代田区 警察署】
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]精神疲労(中)、肉体ダメージ(小) 、肉体疲労(大)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:神原駿河と接触する。
1:ルーシーと共に脱出する。
2:カイン……
3:なるべく人は殺したくない。
[備考]
・アーチャー(与一)の真名を把握しました。
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されています。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・短刀は江東区の草影に隠しました。
【神原駿河@化物語】
[状態]気絶、魔力消費(大)、肉体的疲労(大)、吸血による貧血(中)、沙子による暗示、サーヴァント消失
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の世界に帰らなくては。
0:沙子の安全を第一に考える。
1:警察に聖杯戦争への介入をしないよう説得を続けてみる。
2:安藤先輩を助けたい、だけど……
[備考]
・参戦時期は怪異に苦しむ戦場ヶ原ひたぎの助けになろうとした矢先。
・聖杯戦争について令呪と『聖杯』の存在については把握しておりません。
・役割は「不動高校一年生」です。安藤潤也と同じクラスに所属しております。
・新宿区で発生した事件を把握しております。
・アヴェンジャー(マダラ)の発言により安藤兄弟がマスターであると把握しております。
・『レイニーデビル』が効果を発揮するかは、現時点では不明です。
・NPCに関して異常な一面を認知しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスと沙子の主従を把握しました。
・アサシン(アイザック)のステータスとメアリーの主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスと真名を把握しました。
・安藤(兄)のサーヴァントが『カイン』ではないかと推測しております。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・安藤兄弟自宅の電話番号、遠野英治の電話番号を知りました。
・葛飾区にいた主従(カラ松たちと飛鳥たち)の特徴を把握しました。
・沙子の暗示により沙子の手助けを優先させます。
・このまま吸血行為を受け続けると死に至ります。死後どうなるかは不明です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。住所など個人情報もある程度流出しています。
・警察にはアベル達以外の情報を教えないつもりです。
-
『―――で、お前は今どこにいるんだよ!』
(分からない……)
メアリーはパトカーから外の様子を眺めるが、雪で視界が悪い事や現在もなお移動を続けている点など。
念話でザックに教えられない状況であった。
同行している女性刑事の話によれば、安全な場所へ避難しようとのことだが……
彼女は、メアリーが重要参考人として警護を強化させるつもりだ。
サーヴァントのザックからすれば、監視や警護も無意味に等しいものの。
メアリーの行動は、圧倒的に制限される。
確かに刻まれている令呪を、淀んだ瞳で眺めつつ。
メアリーは答えた。
(でも、死なないように頑張る)
『頑張るじゃなくて、絶対に死ぬな!』
(うん。ザックがアベルを殺すまでは死なない)
『俺には他にもスルガとか殺したい奴が、腐るほどいんだよ!!』
(……分かった。絶対、死なないようにする)
念話でありながらも、面倒そうな溜息をするザック。
『お前、ちったぁ緊張っての? 真面目な感じで喋れねえのか……分かってるなら、いいけどよ』
メアリーは慌ただしい刑事たちの傍ら、人形のように大人しい。
何か思い詰めたまま、ザックに念話をした。
(アベルが殺した人たち……みんな、天国にいるのかな)
返事がなかった。
無視されたよりも、ザックの身に何か起きたのか不安に思ったメアリーは呼びかける。
すると、息を吹き返したかのようにザックが答える。
『お前……今、すげー気持ち悪い事言ったぞ』
(そうかな。でも気になって)
『そういう話は俺にするな』
付き合いたくもない。
ザックの声色からして、心底嫌悪しているようだったので、メアリーは追求をしなかった。
でも、神様が自殺を許してくれないのは。きっと、自殺した者を天国へ導かないからだろう。
メアリーはそう思っている。
実際……何も分からなかった。
嗚呼。殺されれば、天国へいけると信じたい。
少女は一人、そう願っていた。
【四日目/未明/千代田区】
【メアリー@ib】
[状態]肉体的疲労(小)、目が死んでる
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい? 殺されたい?
1:今は死なないように頑張る。
[備考]
・役割は不明です。
・参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・SNSでバーサーカー(アベル)の人質として情報が拡散されております。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
・現在、刑事らによって保護・監視されております。
-
これでいい。これで良かったんだ。
飛鳥は生きた心地のしないまま、何とか現場から逃げ切る。無論、曲識の手を借りつつ。
東京にいる人々は、確実に聖杯戦争の近隣を味わった。
アベルの真意に僅かな接触をした。十分だろう………
何より、曲識の宝具を継続し続ければ魔力が尽きてしまいかねない。
「しかし、マスター……本気なのか? 邪魔をしないとは」
「したら逆に良くないさ。分かってはいたが、彼らはボクを心良く感じていない。
ああして、話に応じてくれただけでも奇跡だね」
果たしてアレは応じたに含まれるのか、些か疑問を抱く曲識だったが。
取り合えず、そういう事にしておこう。
とはいえ、少女を殺したい曲識からすれば勿体無い話だ。
無論。アベル相手にどこまで通用するかも、梟やザックも含め、複数を相手するのは無謀。
我慢の要求されるのは、心良いものではなかった。
確か、今降っている雪……サーヴァントの仕業じゃないか?
そんな話を曲識と交わしていた気もするが……飛鳥は、彼女らしくない生々しい溜息をついた。
どうして自分は生きているのだろう。
もしかすれば、飛鳥は既に殺されていて……これは悪夢の続きなんかじゃないか。
飛鳥は不安を胸に抱え込んだまま。淀みに浸っていた。
「アサシン……帰ろう」
それだけしか言えなかった。
曲識は、何ら大きな反応はない。
飛鳥のような普通の少女らしいマスターの反応に、なんだか殺したくなるのを抑え込んでいる。
聖杯戦争と呼ぶ悪夢は。まだ終わらない。
【四日目/未明/千代田区】
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(大)、魔力消費(大)、肉体的疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額 (サンダルを購入した分、減っている)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。そして、聖杯戦争を伝える。
0:一先ず自宅へ戻る。
1:バーサーカー(アベル)達の邪魔はしないが……
2:カラ松及び松野家をなるべく支援する。
[備考]
・アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
・葛飾区にある不動中学校に通っています。
・『東京』ではアイドルをやっておりません。
・神隠しの物語に感染していません。
・NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・ランサー(ブリュンヒルデ)を確認しました。
・葛飾区で起きた事件やジークの『変身』を把握しました。
・板橋区で発生した火災及びバーサーカー(アベル)に関する情報を入手しました。
【アサシン(零崎曲識)@人間シリーズ】
[状態]魔力消費(中)、殺人衝動(中)
[装備]少女趣味(ボルトキープ)
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:マスターである少女(飛鳥)を殺さないようにする。
2:『神隠しの少女』を笑って死なせてやりたい。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・『神隠し』にサーヴァント、あるいはマスターが関与していると考察しております。
・警察に宝具『作曲――零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』による肉体操作を行いました。
(それを見ていた一部のNPCは『映画の撮影か何かだった』と思っているようです)
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・ランサー(ヴラド)の存在を把握しました。
・セイバー(フランドール)を殺害した為、殺人衝動がしばらく収まります。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・トド松がマスターであることを把握しましたが、外見で六つ子を区別していない為、間違えるかもしれません。
・桐敷沙子とメアリーをマスターとして把握しました。
-
最初に嘘をついたのは――――『カイン』だ。アベルじゃあない。
体を震わせながらルーシーは駆けていく。
アベルの姿はないが、きっと霊体化したまま。ルーシーと……沙子達の傍らに存在している筈。
雪の勢いが少し強まった様に感じられる中。
凍てつく息をルーシーは漏らす。
警察は……どうしているのだろうか。
曲識の宝具の影響で、混乱状態にあるのをルーシー達は知らない。だから、警戒を怠らなかった。
漸く、人気がないと判断できる位置に身を隠せた彼ら。
沙子が本に書かれた電話番号を見つめる。
ルーシーは、ふと所持品にある携帯端末を思い出した。
彼女に渡せば……だけど……
抵抗がある。
沙子と梟が、自分に危害を与えない。何もしない保証が無い事。
嘘でもそれを答えない沙子は、きっと……聖杯を手に入れたいからだ。梟の方は分からないが。
蹲るルーシーを首傾げて見つめていた梟が。
前触れもなく、メアリーとの念話で不快になったザックに「おい」と呼びかけるのに、ザック自身が驚く。
梟はそれ以上語らず、ルーシーを指差した。
ザックの方は「何だよ」という風な嫌々な様子だった。
あの梟がルーシーに気を使った訳ではないだろう。
多分、話が進まないと判断したから。
ルーシーは、相も変わらず涙ぐみながら言う。
「わたしを……殺さないで………」
「あぁ? 馬鹿かよ。テメェを殺したらアベルが殺せねーだろ!」
「……じゃあ、アベルを殺した後は? 全てが終わったら、始末しないと……保証してくれるの……?」
「わかんねぇ」
少なくとも、訳も分からず泣いてばかりの少女を。
ザックが今スグに殺すかなら、否だ。
アベルを殺せないし……折角だから幸せそうな表情から泣き顔にしてやりたいのが、正直なところ。
ただ。
『殺さない』だとか『殺す』とも断言しないのは、嘘に発展するかもしれない要因を生み出さない為でもあった。
信憑性も、信用性もないのに、嘘をつくような真似をされるより。
確実に――あの『大統領』よりかは、信用できる。危険なのには変わりがないが。
意を決して……ルーシーはザックに携帯電話を渡す。
だが、ザックは授かりか何かと捉えたのか「いらねぇよ」と即答した。
「あなたが電話をして………お願い」
「あぁ? 訳わかんねえ。アベル、お前がしろよ!!」
直接話すならアベルがした方がいいに決まっている。頭の良くない自分に、どうしてこんな真似をさせようとするのか。
そんなザックを余所にアベルが出現する様子はなかった。
見かねた沙子が、ルーシーへ告げる。
「ルーシー………あなたを守るわ」
「………」
「確かに、私は聖杯が欲しい。でも、あなたを殺さない」
それは……約束なのか?
ルーシーが困惑する。電話番号を把握しているのは、人喰いの少女の方だ。
自然と沙子の手が、携帯に伸びたのを目にしたルーシーは、ハッとしてから強引にザックに手渡す。
人喰いの梟と少女の様子は、良いものではない。
だけど、ルーシーは震え声で言った。
「どちらが電話をしたっていい……そうでしょう………?」
膠着状態が続く中。殺人鬼が舌打ちをして、携帯電話に視線を落とした。
-
【四日目/未明/千代田区】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
3:カイン……
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
・信長には聖杯を手にする為、方針を変えたように宣言しましたが、本人はそのつもりはありません。
→やはり、信長の方針について行けず。脱出手段を探す方針を本格的に試みます。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
【バーサーカー(アベル)@SCP Foundation】
[状態]霊体化、カインに対する憎悪、魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:闘争を楽しみ尽くしたら、ルーシーを殺害する。
1:アサシン(カイン)をここから抹消する。
[備考]
・アサシン(カイン)の存在を感じ取っておりますが、正確な位置までは把握できません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]拳銃、『王のビレイグ』、拳銃の弾(幾つか)
[所持金]神原駿河の自宅にあった全額
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい。聖杯が欲しい。
1:ルーシーを守る。
2:カインとアベルの行く末を見守る。
[備考]
・参戦時期は不明。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。現在はバーサーカー(アベル)らの人質として報道されています。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
・安藤家の電話番号を入手しました。
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全部殺して、自分が一番だと証明する。
1:スナコ………
2:アベルくんは俺が喰うっつってんだろ。
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
-
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]魔力消費(小)
[装備]鎌
[道具]携帯電話
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全員殺す。
1:一番にアベルを殺す。
2:神原駿河に対しては――
[備考]
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・駿河がアヴェンジャー(マダラ)のマスターであるのを把握しました。
・アサシン(カイン)の能力の一部を把握しました。
・バーサーカー(アベル)が何らかの手段で蘇ると把握しました。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
・沙子を変わった少女として認識しております。
<その他>
・神原駿河が『聖杯戦争』の概要、及びアベル達周りの情報を聴取で説明しましたが。
・警察は『聖杯戦争』を信用しておらず。また、沙子とメアリーを危険因子とは判断しておりません。
・曲識の宝具による精神操作で、警察内部に混乱が生じています。
・信長邸に出入りする家政婦(オルミーヌ)はルーシーがアダムを殺害した事を把握しています。
・オルミーヌはアサシン(カイン)の存在を確認しております。
・メアリーの発言がテレビで報道されるかは不明です。
・二宮飛鳥のライブ放送がネット上でどの程度影響があるか、現時点では不明です。
-
◇
――――開示情報が更新されました――――
◇
-
【クラス】バーサーカー
【真名】アベル(S■P-■■■-1)@SCP Foundation
【属性】混沌・悪
【パラメーター】
筋力:A+ 耐久:A+ 敏捷:A+ 魔力:C 幸運:E 宝具:A
【クラススキル】
狂化:EX
人類からは理解不能の精神を持ち、殺戮を楽しむ。
性、愛や平等といった観念は完全に消失している。常識はまるで通用しないが知能は高い。
人類を軽視するが、唯一彼自身が優れていると認めた相手に対しては、たとえ人間であろうとも敬意を抱く。
しかし、それらはアベルの価値観に基づく為、意図してアベルと対話しうる人間を演じるのは
困難を極め、事実上アベルと対話するのは不可能である。
【固有スキル】
直感:A
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。
Aランクの第六感はもはや未来予知に等しい。また、視覚・聴覚への妨害を半減させる効果を持つ。
戦闘続行:A+
名称通り戦闘を続行する為の能力。
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
【宝具】
『神に与えられし勇敢なる戦士の揺り籠(S■P-■■■-1)』
ランク:A 種別:対人(自身)宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
黒い変成岩とその内部空間にある棺が宝具。
アベル死亡時に効果を発動し、約6時間かけ棺の中でアベルを再生・復活をさせる。
復活には、それ相応の魔力が必要となるだろう。
この宝具は、Aランク以上の宝具によって破壊可能。少なくとも、アベルが復活を繰り返す事はなくなる。
常に実体化かつ設置させる必要があるものの、その気になれば移動可能。
【weapon】
ブレード
別次元から"空間の小さな穴"を通じて引っ張り出す無光沢の黒い金属で構成されたもの。
【人物背景】
兄に殺された弟。
大罪を課せられた兄を葬るべく地の底から舞い戻り、不愉快で下劣な世界に存在する事を余儀なくされた。
その際『確保・収容・保護』を理念と使命に持つ組織に発見されてしまう。
最終的に兄は再び罪を重ね、世界を歪め、弟がそれを終わらせ、兄弟はその世から消滅した。
儚い朝が訪れる前に眠りたい狂戦士は、誰かが子守唄を奏でるのを待ち望んでいる。
【サーヴァントとしての願い】
殺戮、闘争、戦争。
最終目標はルーシー・スティールの殺害。
【捕捉】
クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0に従い、
SCP Foundationにおいて創作されたSCP-076-2のキャラクターを二次使用させて頂きました。(匿名のため原著者不明)
ttp://www.scp-wiki.net/scp-076
またSCP-076-2のキャラクター背景として使用させて頂いたのは
SCP財団(日本支部)においてdarumaboy氏が創作されたTales-JPです。
ttp://ja.scp-wiki.net/brotherhood
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投下終了します。タイトルは「until death do them part」となります。
また、明らかな誤字脱字を発見しましたので、wiki収録時に修正します。
続いて カナエ&ヴラド(槍)、馳尾&ヴラド(狂)、エミ を予約します。
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投下します。
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クリック? クラック!
さあ、本日は『聖杯戦争』のお話をしましょう。
しかしながら、聖杯戦争と一括りにしても様々なお話があります。
例えば、聖杯によって災害が招かれた話。
例えば、月で行われた数多の主従が織りなす話。
例えば、二つの陣営に分けられ、大聖杯を巡る話。
例えば、偽りの地にて行われた偽りの聖杯戦争の話。
…………………………
では今回は<虚無>によって招かれた聖杯戦争のお話をしましょう。
昔々あるところに強大な<虚無>の組織がありました。
彼らは、様々な惑星を渡りながら、それらを滅ぼし、そこに住む生命を意のままに支配し、同じ<虚無>の同胞として率いれました。
ある日。<虚無>の群れは『クレイ』と呼ばれる惑星に辿りつきました。
そこに住む勇敢な戦士たちと長きにわたる戦争の末、敗北を与えられたのです。
仕方なく、<虚無>は撤退をしました。
それから彼らは偶然、『聖杯』と呼ばれる奇跡の願望機の存在を知りました。
彼らは聖杯戦争も知りました。
「サーヴァントを戦力として加えられれば、今度こそ『クレイ』を滅ぼせるだろう」
「聖杯を生み出せば、きっとあらゆる星をも滅ぼせる。あらゆる生命も、我々に降伏を余儀なくされるはずだ」
しかし『聖杯』は一つの願いしか叶えられません。
恐らく、願いを増やせと要求したとしても、実現されるか保証はありませんでした。
なので彼らは考えました。『聖杯』を幾つも生み出せばいい。人工的に『聖杯』を産み出そう。
<虚無>は過程を研究する為、聖杯戦争を始めようとしました。
どのように聖杯が誕生するのか。
同じ手段で聖杯は創造されるのか。
何事も実践しなければ分かりませんでしたので、彼らは聖杯戦争を監視することにしました。
そして、実際に願いが叶ったらどうなるのか?
<虚無>はそれも確かめなければなりません。
何が問題が生じるようでは、聖杯に無暗やたら願いを求めるべきではなくなるからです。
偽りの空間で、聖杯戦争は始まりました。
呪われた兄弟が召喚されました。
兄は罪人であった為に、あらゆる罪を背負った英霊が呼ばれました。
また、兄は吸血鬼の元であった為に、吸血鬼の英霊も呼ばれました。
吸血鬼に纏わる『竜』を司る英霊も同じく呼ばれました。
弟は穢れない者であった為に、神に穢れのないと認められた英霊が呼ばれました。
かつて弟は兄を止めた為、同じように兄を止めた英霊が呼ばれました。
また、弟は殺戮者であった為、ただ人を殺す英霊も呼ばれました。
そして………
◆ ◇ ◆
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神隠しの物語。
噂は様々、状況や場所も多数。目撃情報は、信憑性も問題を差し引けばそこそこ。
しかしながら、現在話題の刺青男とその一味によって情報が乏しいのだった。
都市伝説の噂なんて、所詮そんな程度の影響力であろう。
一方。
その物語に感染してしまった人間からすれば、堪ったものではない。何より、いつ『神隠し』の魔の手が及ぶか定かではない。
『神隠しの少女』を葬り去らねばならない側の存在からは……
「―――!」
カナエ=フォン・ロゼヴァルトは、ハッと唐突に顔を上げたが、何もない。
自分の目の前に『捕食』した薄汚い人間(ゴミ)の残骸はあれど、それらを目撃した第三者の心配はなかった。
だけど。
何か引っ掛かる。
血を拭い、そそくさと馴れた風に現場から立ち去れば、カナエがついさっき人間を殺した(ましては捕食した)
など感じされない――整った顔立ちをする外国人にしか見られないだろう。
まさか『神隠し』?
随分と噂は広めておいたが、やはり時間は限られている?
やはり……少女を殺害せねば不味いのか。カナエに確証はなかったものの。
カナエ個人としては、少女の噂を利用し、敵マスターを排除できれば都合が良いし。
少女を迅速に始末するべきだと考えていた。
問題は、少女の行方である。
さっぱり見当がつかない。唯一の手掛かりは信憑性も定かではない噂だけだ。
しかし。
明確なのは少女はマスターで、サーヴァントは既に消滅をした。ただの邪魔な障害。聖杯を得る権利を失った存在に過ぎない事。
だが、令呪が残されている限り、少女は死ぬ事も無い。
あんな臆病な少女が、自殺をしようとも想像できなかった。
死ぬ事すら怯え、どこかで身を震わせて、物影で縮こまっている事だろう。
手掛かりとなるのは神隠し特有の妙な臭いくらいか……
カナエは改めて噂を確認する。
さすがに、少女も拠点を確保しているのではないだろうか。
幾ら神隠しという怪異そのものであっても、どこか、彼女が一息つける特定の位置くらいは……
神隠しの被害(があったと思しき)情報はバラバラだ。特定の場所らしいものはない。
少なくとも、現在は東京23区内で発生しており。
ここに少女が居続けている可能性が十分高いだろう。
最後の公になった被害らしい被害の情報は……葛飾区にある不動高校で生徒が行方不明になった事。
ニュースサイトで、行方不明が発表された唯一信頼できる情報だ。
彼女は、元よりこの葛飾区周辺に居たのでは?
カナエの推測は全く見当違いなのだが、皮肉な事に神隠しの少女は確かに葛飾区へ移動していた。
仕方なしに、カナエは移動する。
自身のサーヴァント・ランサーの魔力を確保する必要があった。
「……?」
刺青男の影響で、活気は異常なまでに失われていたが。
そんな最中。
二人の少年少女が夜の街を走り抜けていた。あまりに不自然な彼らに、ランサーが念話で伝える。
『あの生贄共、魔力が並のものとは明らかに異なる』
(つまり)
マスターか………
-
先導エミはふと目が覚めた。まだ、深夜とも呼べる時間帯ではない。
自室で出来る事など限られているが、今のエミは普通の少女のように本やゲームを嗜んで、気分を晴らすほど余裕はない。
普通は、そうだった。
夜な夜な犠牲者を出す殺戮者が、東京に徘徊している状況で。
どうして誰も避難などしないのだろうか?
学校や会社だって、政府の対応もそう。何もかも不自然なのに、誰も気にしない。
主催者にコントロールされているなら納得できるが……エミからすれば、その主催者が問題だった。
「アイチ……」
つい最近の事だった。頼りない兄・先導アイチが変わって行ったのは……
『ヴァンガード』を通して兄は変化していき、何か悩みや色々思い詰めた様子だった時もあり。
それでも、前向きになって、高校ではカードファイト部を設立して……それから……
自分は兄のことを何も知らなかった。
知っているようで、家族だから誰よりも分かっていたつもりだった……エミは一人溜息を漏らす。
瞬間。
窓ガラスを叩く音が聞こえる。
ビクリと小さな体は跳ねあがり、二階にあるはずの自分の部屋に起きた異変を探るエミ。
部屋の窓はカーテンが閉められていない。薄暗い外灯が自棄に明かりとして差しこんでくるのは
多分、雨でも降りそうな曇り空のせいだった。
二階の――エミの部屋にも通じるベランダ側のガラス。
そこに一人の少年がいた。
誰かは分かる。
名前を知らぬが、かつて自分を殺そうと接近してきたマスターだ。
恐怖で逃げ出そうとするエミは、足が震えて立ち上がる事すら叶わない。
一体どうしてエミの居場所を突き止めたのか?
パニックで些細な疑問は泡のように消える。
「待て! 話を聞け、俺はこの聖杯戦争を解決しにきたんだよ!」
解決?
少年の話に興味を一つ生まれた。だけど、エミは死の恐怖を身に覚え始めている。
油断したところで、殺される……サーヴァントのブルーベルも、いない。
ああ。どっちにしたって……もう…………
せめてもの命乞いのつもりで、エミはガラスごしに話をする。
「私のサーヴァントの、ブルーベルちゃんはいない………それでも、私をころ、すの………?」
「………ッ。殺さねえよ。俺は〈泡禍〉を……聖杯戦争を止めに来た。
お前は、聖杯戦争に乗り気じゃないってことでいいんだよな」
「聖杯戦争なんて。意味が分からない。ブルーベルちゃん………
ブルーベルちゃんが……もういないんだよぉ。死んじゃったの……!」
涙が溢れる先導エミを目撃し、少年・馳尾勇路は苦悶に満ちた表情をする。
やっぱり、エミは不安で押しつぶされそうだったのだ。
彼女にとって、サーヴァントのブルーベルは唯一無二の頼れる拠り所。なのに。
ホット・パンツと彼女のランサーに対する憤りを胸に秘め、勇路はなるべく平静に尋ねる。
「先導アイチはお前と関係があるんだよな」
「アイチだって、こんな事……! 絶対にしない! 絶対間違ってる……嘘、信じたくない!!」
-
自分の兄の仕業じゃない!
きっとアイチの名前を騙った悪意ある存在なのだ!
断じて……アイチのせいなんかじゃない。エミは必死に訴える。
サーヴァントもいない。何の力も持たない少女が、一人喚くような行為。
しかし、勇路は頭を掻いて。遣る瀬無い態度をしつつ、エミに告げた。
「分かった。信じる」
「……え?」
「聖杯戦争が、そのアイチって奴の仕業じゃねーてことをだよ」
「どうして………」
勇路は面倒そうながら至って真面目に、疑心暗鬼に捕らわれている少女に話す。
「俺は、簡単に言えば悪霊払いみてーなことしてて……いや、信じられねーと思うが。
とにかく妙な現象には原因があるんだよ。俺はそれを解決する仕事みたいな事をしている」
「………」
「要するに、アイチが関わってたとしても。それはアイチ自身が好きで起こした訳じゃねえ。
悪霊みたいな悪いもんがアイチに入り込んで操作した、とかな」
まだ確証は得ていない。
アイチが〈泡禍〉の発生源であれば、勇路はアイチを倒さなければ――滅ぼさなければならない。
それでも断言できる段階には至っていない。
何より。
先導エミ。彼女が聖杯戦争の渦中にいるのは重要だ。
聖杯戦争解決の重要なキーワードとなりえる彼女がいれば、一歩前進するのと同じ。
話を耳にし続けたエミは、涙を服で拭う。勇路は彼女を気使いながら問う。
「何か心当たりがあったら教えてくれ。取り合えず、それだけでいい。俺を信用しちゃいないだろ」
「……ごめんなさい。………何も、本当に何も心当たりがないの」
遠くに鳴り響くパトカーか救急車のサイレンに、勇路が反応を見せたが、きっと刺青男関係で自分は無縁なはずだ。
先ほど。強引に警察署から脱走してきたが、勇路としては重要ではない。
強制的に、あそこ(自宅)へ戻る事こそ。勇路の致命的な崩壊に通じえるのだ。
勇路が一つ確認する。
「俺以外に居場所を知られていないんだな」
エミは頷く。
ホット・パンツを信用する訳ではない。だが、あの様子では無理に先導エミを捜索しているとは思えなかった。
まだ、余程の情報網を持っていないならば、先導エミの存在を把握している奴はいない。
勇路はそう判断した。
「だったら、大丈夫だ。何も余計なことはするんじゃねぇぞ。逆に狙われる」
「あの…………」
「悪りぃ。俺もお前を匿えるほど余裕がない。家に帰るのは……不味いんだ」
普通ならば同い年だから、どこかで知り合った。友達だ。などと言い訳できるはずだ。
でも、出来ない。
帰れない。
安息できる場所が……無い。
眠りたい。嗚呼、眠らせて欲しい。
喧しい騒音を耳にしながらも。勇路は申し訳なくエミに伝える。
「また明日来る。今日と同じくらいの時間に……その方が良いだろ」
「あのっ!」
先導エミは漸く覚醒した。……悪夢から目覚めたのだ。
多分。本当に勇路は信用してもいい。でも、彼の言うとおり。彼に頼っては迷惑になるだけ。
エミは、彼女なりに覚悟をしている。
「私を……私も連れて行って! お願いします!!」
「なっ」
「同じなんです。ここに居たらアイチの事を忘れてしまう気がして……
記憶を取り戻すまでアイチの事を忘れていた自分が……信じられなくて。そんな自分に戻りたくない……!」
「………………」
でも、彼女を連れて往けば。
サーヴァントや<断章>を持つ勇路が守れば……? そんな欲が、わがままが生まれた。
彷徨う主を、実体のない吸血鬼が見守っている。
そして、勇路の決断は如何にも彼らしかったのだった。
-
―――なんだ?
走る少年少女を主と共に追跡し始めたランサーは、奇妙な違和感を覚える。
胸騒ぎとは、戦場前の高揚感ではない異常極まりない感覚に対し、霊体化を解除するべきか躊躇した。
手傷は満足に回復していない。
魔力も……このままでは、カナエの負担になりえる程。相手方もサーヴァントが健在しているだろう。
『マスター。俺から距離を取れ……何か妙だ』
(奴らの動向がか)
『そうではない』
しかし、ランサーは実体化をする。
完全に雲が覆われ、月光すら差し込まない夜空の元。血塗られた槍を携え、少年たちに攻撃を仕掛けようと構えた。
次の瞬間。
彼らの周囲に冷気が立ち込める。カナエはハッとした。
何故なら、似たような感覚を体験したのだ。そう……聖杯戦争が開幕する以前、激情したランサーが発生させた冷気。
黒い霧。
生物のよう蠢くソレが、何か形取る。
これが攻撃だと即座に理解できなかったのは仕方がない。カナエよりもランサーが驚愕していた。
「何だと!」
叫びながらも、ランサーは対応していた。黒い霧をかき消すように槍を振るう。
地中から出現する剣山のような攻撃が、霧に対して続けられるが。
それらは槍の森を抜けだし、一人の吸血鬼の姿に変化するべく集結する。
吸血鬼も、同じく槍を手に攻撃を仕掛けて来る。
「マスター! これは……『俺』だ!!」
一体何を言っているのか。
カナエの困惑とは別に、ランサーの証言は真実だった。
確かに、彼らの眼前に出現を果たした吸血鬼――バーサーカーはランサーでもある。
ヴラド三世。
全く異なる側面の存在でありながら、根本が同じ故に。バーサーカーが不敵に笑うのだった。
「成程。ならば――ここで滅ぼすしかあるまい!」
不味い!
カナエたちの登場に気付いた勇路。
ベランダ用のサンダルを履いて駆けるのに精一杯のエミ。
ランサーとバーサーカーが双方因縁の対決を強いる一方で、カナエが早足で少年少女に向かう。
逃げ場は……求めようにも、彼らの往く手は行き止まりだった。
叫べば、誰かが助けに現れそうな住宅地だったが、勇路は安全ピンを手に取る。
「後ろに下がれ!」
「は、はい!」
-
エミも危機感を覚えたのだろう。迷いなく返事をすれば、ジリジリと後退をした。
最終的に民家の塀に背をぶつけてしまうが、それでいい。確かにエミは自分の背にいるのを確認する勇路。
小動物のように見える少年少女。
カナエは、何ら躊躇もなかった。
彼らは彼なりの警戒をしているのだろうが………哀れな子羊にしか感じられない。
怪我をして身動きが取れないウサギのような。カナエは、そういう風にしか二人を見られなかった。
『分かっているな。そいつは最早、人間ではない』
バーサーカーの念話に、勇路は返事をする。
だったら。躊躇など必要ない。<断章>で攻撃を……!
――ザン!
「………………………………………………………………………………っ?」
何が起きた……?
勇路は理解できなかった。自分は、攻撃されたのだろうか? 痛みは無い。ならば。
彼の視認する光景はまるで非現実的で。
童話じみた幻想でもタチの悪い。悪趣味な装飾だった。
カナエの背後から――奇妙な器官が生えており、それが真っ直ぐ、鞭のように勇路の方へ伸びている。
文字通り。目にも止まらぬ速さで、勇路は何一つ反応を起こせない。
だけど……ソレは勇路の身ではなく。
一瞬にして。
勇路の背後にいた先導エミの体を貫いていたのだ。
「………………あ……」
捕食者であるカナエは、先導エミがマスターらしい魔力を持つ少女としか認識していない。
だから。
勇路は放心している。
捕食器官に貫かれたのも――夢じゃないかと。
乾いた声が勇路ではなく儚い少女の口から洩れている。人間ではない。生物の呻きだ。
生を求めるかのように。
少女は少年に手を伸ばす。
だけど、届くはずもなく……希望もなく。彼女は必死に求めた兄のところにも至れず、死に絶える。
振り返った少年の視た光景は、デジャヴなのだ。
聖杯戦争が始まる前。
少年は、一人の少女を生き返らせた。
それは死者への冒涜か、あるいは生命の冒涜か。それを犯した彼もまた『罪人』だったのだろうか。
生き返らせても、殺した罪は消えない。二度も、幾度も、生き返らせようが殺した結果は残る。
何よりも……自分の無力が為に、少女は死んだ。
元から、少女は死ぬべき存在であったとしても、死なせたのは少年自身だ。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」
少年の咆哮と共に、周囲に絶叫が鳴り響いた。
-
野鳥が不吉にも幾千羽も泣き喚くような、耳を塞ぎたくなるような騒音。
それは、誰かの叫び。少なくとも、ここら一帯にある住宅から聞こえるものが多かった。
異常性の帯びた現象に、カナエは少女の死体を薙ぎ払って。
少年に魔の手を伸ばそうと試みる。
しかし、叶わなかった。
カナエの足元。コンクリートから植物のように生えて来る『針』は、カナエのサーヴァントであるランサーの宝具を彷彿させる。
内部に次々と侵入し、細胞を破壊する『針』。それは、もはや理性的な攻撃ですらない。
カナエは赫子を駆使することで、少年の攻撃を中止しようとする。
少女とは異なり。
黒い霧が少年の周囲に出現する。断片的だが、あのバーサーカーの能力だ。
「この……!」
赫子が黒い霧から出現する獣を薙ぎ払い、カナエ自身はブチブチと足に縫い付けられた『針』を力任せに引きちぎる。
この程度の痛みなど!
怯みに値しない――。先ほどの絶叫が周囲に人間をかき集めていた。
家から飛び出す人間たちは、カナエと同じく足が『針』に縫い込まれ、それを強引に引きちぎったよう。
全身が針に犯された風貌のまま、何かに助けを求めている。
「ここは一時、引きますぞ!」
サーヴァントであるランサーには、針の影響がまるで無いらしい。
ひょっとしたら彼の装備で防がれているだけかも分からないが………カナエを担ぎ上げたランサーの跳躍と共に。
二人は撤退する他なかった。
バーサーカーの方は、追跡を何故かしない。
当然だろう……ランサーの追跡以前に、異常かつ異端な光景が広がっているのだ。
周辺住人の呻きがサイレンみたいに響く渦中で、転がった少女の死体に放心を続ける少年。
これは、自分のせいで。
自分の罪だというのに。
「………………………………………………殺す」
少年・馳尾勇路の中に一つの『衝動(うらみ)』が誕生した瞬間だった。
「殺してやる………………!」
カナエを殺す。
可能なら、ホット・パンツも殺す。
出来れば、ジャック・ブライトも……!
嗚呼、最初からこうすれば良かったのだ。少年は憎悪に取り憑かれる。
そんな哀れな姿をバーサーカーが見降ろしていた。
【先導エミ@カードファイト!!ヴァンガード 死亡】
-
【三日目/夕方/中野区】
【カナエ=フォン・ロゼヴァルト@東京喰種:re】
[状態]肉体ダメージ(足/中)、魔力消費(中)、???
[令呪]残り2画
[装備]赫子(鱗赫)
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]かなり裕福
[思考・状況]
基本行動方針:習様の元に馳せ参じる。
0:ランサー(ヴラド)の魔力を確保しに向かう。
1:『神隠しの少女』を始末する為、葛飾区へ。
2:『神隠しの物語』を意図的に広める。
3:紙袋の男(平坂)はマスターかもしれないが……
4:私は習様を……■している……?
5:少年(勇路)に警戒する。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・あやめを視認したことにより神隠しのカウントダウンが始まりました。
・あやめとキャスター(ヨマ)の主従を把握しました。
・平坂黄泉がマスターではないかと疑っております。
・刺青男(アベル)とそれに関係する情報をある程度調べました。
またフードの男(オウル)が喰種であることを把握しました。
・アサシン(明)の存在を把握しました。
・アサシン(曲識)の存在を把握しました。また「零崎」というキーワードも得ています。
・トド松がマスターであると把握しました。
【ランサー(ヴラド三世)@Fate/EXTRA】
[状態]魔力消費(大)、肉体ダメージ(大)
[装備]槍
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの愛を見る。
1:魔力を確保する。
2:神隠しの少女の始末をする。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。あやめを視認する事が可能です。
・アサシン(明)の存在を把握しました。
・アサシン(曲識)の存在を把握しました。また「零崎」というキーワードも得ています。
・トド松がマスターであると把握しました。
・バーサーカー(ヴラド三世)が自身と異なる側面の存在だと理解しました。
【馳尾勇路@断章のグリム】
[状態]魔力消費(中)、精神疲労(大)、肉体疲労(大)、右手の甲に傷、暴走
[令呪]残り3画
[装備]安全ピン
[道具]ルーシーの携帯電話番号が書かれたメモ
[所持金]中学生としては普通+■親からくすねた分
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:カナエを殺す。
2:ホット・パンツやジャック・ブライトも殺したい。
[備考]
・役割は「不良中学生」です。どこの中学校に所属しているかは後の書き手様にお任せします。
・エミとキャスター(ブルーベル)の主従を把握しました。
・トラウマのこともあり、自宅には戻らないつもりです。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
・アーチャー(ひろし)のステータスを把握しました。
・ルーシーの携帯電話番号を把握しました。
ルーシーがマスターであると把握しましたが、刺青男(アベル)のマスターとは知りません。
・刺青男(アベル)のことは噂程度に把握しております。
・キャスターのマスター(ブライト)は生存中と判断しました。
・ホット・パンツとランサー(アクア)の主従を確認しました。
・精神不安定により<断章>が暴走を始めつつあります。
【バーサーカー(ヴラド三世)@Fate/Grand Order】
[状態]霊体化、魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:???
[備考]
・エミとキャスター(ブルーベル)の主従を把握しました。
・アーチャー(セラス)の存在を把握しました。
・何となくですが、ランサー(ヴラド三世)の存在を感じ取っています。
・キャスターのマスター(ブライト)は生存中と判断しました。
・ランサー(ヴラド三世)が自身と異なる側面の存在だと理解しました。
-
「あの」
既に『立ち入り禁止』のテープが貼り巡らされており、刺青男への対応人員を削いで出動させた警察が
現場検証、聞きこみなどの対応を黙々と続けている。
自然と、帰宅途中の社会人や近所だった為、足を運んでみた野次馬などが集まっていた。
現場に通りかかった一人の女性が、何気なく野次馬の一人に尋ねる。
「何があったんですか?」
「猟奇殺人だってよ。この先、通れないみたいだから遠回りした方がいいぜ」
きっと、この辺りに住む人間だろうと彼は判断したのだろう。
女性に対して、そのような対応を取った。
「はぁ」と惚けた風に女性は、ボサボサの髪を撫でながら、もう一つ聞いた。
「あれですか。アレ。刺青男の仕業ですか」
「あー……いや、それはどうだろ。雰囲気的になんか違うって噂らしいよ」
「成程成程……」
納得した女性は、少しばかり背伸びしてから、向こう側がどうなっているのか様子見するが。
中々どうして望めないものだ。
流石に無理か。女性は、好奇心を抑え込んでトテトテと踵を返す。
足並みをパタパタとさせる変わった様子の女性を、どこかの誰かは視た事あるような気がするだろう。
だけど、誰だったかな。と首を傾げてしまう。
意識をしなければ、誰も気づくことすらない。―――『有名人』とはそういうものなのだ。
女性が携帯端末で色々とかき集めた断片的な情報に目を通す。
葛飾区で変身を遂げて、大男と戦闘を繰り広げた少年。
噂によれば警察に補導される可能性があって、ネット上では少年の援護する声が拡散されつつある。
テロリストの一味として称された松野トド松なる人物がいる。
彼と瓜二つな人物が、葛飾区で露出狂として出現していたらしい。
合成写真だ。いや動画も撮影したし、それは間違いない。違う違う、双子の兄弟じゃなくって五つ子兄弟なんだ。
五つ子じゃなくて四つ子。ひょっとしたら六つ子の兄弟かも……
などなど意味不明な噂が飛び交っている。
そして……刺青男。
アベルという名が感染するかのように広まる最中。
彼らに関しても様々な噂があり。どれが真実かも分からぬほど、信憑性の欠片のない話ばかり。
だけど、明確なのは。
『アベル』はきっと刺青男の名で。
包帯男とフードを被った人喰いは彼の仲間で。
沙子と金髪の少女(メアリー)、そして神原駿河は彼らに巻き込まれた哀れな市民だ。
恐らくの話だが。
彼の画像を愛おしそう眺めながら、女性は不敵に笑う。
「アベルくんかぁ」
幼い少女のような笑い声が『東京』の一角で響いていた。
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投下終了します。タイトルは「黒山羊の卵」となります。
続いて、ホット・パンツ&アクア、そして『とある小説家』を予約します。
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投下乙です
他聖杯に比べると展開がハイペースな虚無聖杯ですが、今回の話でかなり物語の核心に近づいて来たんじゃないでしょうか
元から吸血鬼関連、兄弟関連の参加者が多いと言われてましたが、呼ばれたサーヴァント全員に意味があったという展開はやっぱり胸熱
そして、確実に主催と何かしらあるだろうと思ってただけに、エミちゃん退場は意外
例の彼がどう出るか気になりますね……
さて次回作に登場する“とある小説家”
これまで本に携わる人間の名前はチラホラ出てますが、恐らくこれは平行世界において無事小説家となった明さんのことですね、間違いない(確信)
-
やっぱ明の話はおもしれェ!
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予約分を投下します
-
鏡には異界を映し出す力があるという。
合わせ鏡やスペキュラムを代表とするそれらに纏わる迷信。
それらの成立した背景は不明だが、とかく鏡という存在は古来より神秘のイメージとして見られ続けてきた。
合わせ鏡の数学的無限回廊などその最たる例だが、単純に”対象を正確に映し出す”という特性それだけでも十分神秘の対象として見出すことができる物である。
さて、古代の人間は所謂”映し身”の世界を信仰するだけであったが、近代に入って鏡以外に”映し身”の世界を収めることができる機器を開発するに至った。
それがカメラを初めとする撮影機である。
余りにも正確に現世を写し取る事から、魂を吸い取られるとかつて信じられていたソレらは、この魔都東京においても人ならざる者達の跳梁跋扈するする姿を納めていた。
それはスマホのカメラであったり、マスコミのカメラであったり、
そして、この不動病院の監視カメラもまた、例外ではなく……
-
▼
不動総合病院の病棟の奥に位置する病室に続く廊下。
洛陽の橙色の光が照らすその回廊の奥にセイバーとあやめは佇んでいた。
風貌だけに注視すれば、目立つ組み合わせである。
一人は、コートを着込んだ白人の偉丈夫。
もう一人は、おおよそそんな男が連れ立って歩くには余りにも不似合いな、
臙脂のケープを着た儚さを漂わせる美少女。
彼らの眼前では看護婦や白衣を着込んだ医師達がせわしなく廊下を駆け回っている。
無理もない、何せ、今の東京は非常事態宣言が発動されている異常都市。
魑魅魍魎奇奇怪怪テロリストが暴れまわり、多くの無辜の市民に被害が出ている。
にも関わらず、搬送されてくる被害者が違和感を覚えるレベルで少ないのは、
もう“そうなった状況”になった時点で原型を大きく破損した状態で死亡している者が大多数だからだろう。
それでも、まだ面会時間の終了時刻まで幾ばくかの猶予があり、雰囲気としては慌ただしい。
ほんの十五分前までは警察がすぐそこまで来ていた程だ。
しかし、その悉くの人間が、ただの一人としてこの男女の存在に気が付かなかった。
「……大したものだ」
セイバーが思わず呟きを漏らした。
成程この神隠しの力は正しく規格外だ。
霊体化していない状態でもセイバーごと自分の存在を“隠す“。
人間とは遥かに存在する魂の比重が違う、英霊であってもだ。
サーヴァント間ならば補足はできるが、NPCにとっては霊体化してるも同義だろう。
お陰で人目を憚ることなく、目標を見つけ、見張ることができることができた。
二人の視線の先には、壁一枚隔てた先に白人の青年が眠っている。
「あの」
くいくいと、コートの裾が引っ張られる。
視線を少し下げると、あやめが何か言いたげな瞳で此方を見ていた。
何が言いたいかは言わずともわかる。あの白人のマスターの処遇について相違ないだろう。
少し首をそむけ、セイバーは気だるげに答えた。
「さぁな、この男に利用価値がある用なら生かして、そうでなければ消すだけだ」
この白人の少年が運び込まれてからまだそう経ってはいないが、マスターが行動不能な時に不在、また馳せ参じない事から、サーヴァントは既に敗退したのだろう。
だが、見逃してはぐれサーヴァントと再契約されても面倒だ。
殺すメリットも薄いが、生かしておく理由も無い。
そんな少年の命を危うい分水嶺で押しとどめていたのは、ひとえに彼の右手に宿る特異な令呪の存在だった。
体の中を循環する魔力も、近づいてよく観察してみれば毛色が違う。
これにセイバーが興味を示していなければ、当にこの少年の首と胴は分かたれていたに違いない。
だがそれは、少年の生存を保証するものではなく。
何か彼の意に背く事があれば、間違いなくこのセイバーというサーヴァントは一切の躊躇なく粛清の刃を少年に向けるはずだ。
あやめのキャスターだったヨマとは違い、彼は進んで殺戮を行わない。
だが“考えた”結果、目的のために必要と判断した場合は顔色一つ変えず大量虐殺をやってのける。
あやめは直感的に、それを察していた。
最も、彼女はほとんど人と接したことがないため自分の観察眼に対する自信は皆無だが。
(………)
そこまで考えたところで、あやめはある疑問に行き着く。
-
そう言えば、
彼が聖杯に賭す願いとは何なのだろうか。
キャスターは明快だった。彼は彼の世界を守るために異分子である自分を消して、その障害である者たちの殺戮こそが目的だった。
ならば、この自分の傍らに腕を組んで佇むこのサーヴァントは一体、何を思って……、
あやめはたっぷり一分逡巡したが、ケープの裾をギュっと握り、意を決して尋ねた。
答えてもらえないであろうことは分かっていた。
知ってどうなるものでもない。
だが、セイバーは壁にもたれ掛りながら、あやめの予想に反し、無感情に答えた。
「―――聖杯を使って人類を滅ぼす。と言ったら?」
「え?」
思わずセイバーと目が合う。
何を考えているのか汲み取りにくい、目だった。
だが、この男が下らない小学生染みた冗談を言うとは雰囲気的に思えない。
顔を青ざめさせていくあやめに対し、セイバーは鬱陶しそうに吐き捨てた。
「…………仮定の話だ」
「ご、ごめんなさい」
機嫌を損ねたと勘違いしたあやめは反射的に謝る。
セイバーの方も少し軽率だったか、と思いながらも慮る事はなく、欠伸で返した。
この少女が自分のやろうとしていることを知ったところで、何ができるわけでもなし。
無差別かつ非常に危険な力のお蔭で自分のマスター(アイリス)に腹積もりを話される心配もない。
例えアイリスが知ったところで、彼にとってはどちらでも良いことだが。
それでも、セイバーの一挙一動に目を白黒させざるを得ないあやめを尻目に、
彼は欠伸で歪めた目の端に廊下の隅で蠢く何かを捉えた。
僅かな黙考の後、壁にもたれ掛っていた体を起こし、あやめに告げる。
「少し席を外す。お前は奴を見ていろ」
「……!すみません、おねがい、します」
一瞬驚いた表情をするあやめだったが、セイバーの視線の先にあるモノを見て、申し訳なさそうに頭を下げた。
セイバーは別段に意に介する様子もなく、少女に一瞥もせずに廊下の奥の方にあるトイレへと向かった。
そんなセイバーの背を見送りながら、あやめの脳裏に、ある人物がよぎった。
自分に襲い掛かってきたあの少年。
あの人は、この夜を越せないかもしれない――――、
-
▼ ▼ ▼
…
……
………
ギイ、と言う音を立てて扉が開かれる。
セイバー…ナイブズがトイレに入ったのは勿論用を足すためではない。
電気をつけていないため、中は薄暗い。
その中でも、まったく光の指さない闇そのもののポイントがあった。
孤独の王は終始無言で、それを睨む。
すると“闇”がうぞうぞと動き出した。
それは人の気配をしていた。
だが、人ではあり得なかった。
『それら』は這いずり、のたうち、絡み合いながら次々と吐き気を催すような変形を繰り返しているのだった。
あるものは子供ほどの背丈にひき潰され、またあるものは個室のドアよりも高く伸びあがる。
ずるずる、げてげて、うぞうぞ。
ひたすらそう広くはないはずの空間で無限に繰り返される、歪な影絵。
『それら』は、肉で出来ていた。
異形の肉の塊だった。
くすくすくす………
嘲笑するかのような笑い声が響き、それ以外の音は何も聞こえない。
“無音円錐域”(コーン・オブ・サイレンス)。
UFOやタイムホールなどの異常空間で発生すると言われる雑音が一切消えた無音空間。
今、このトイレの中は正しく『異界』だった。
肉塊は、ぶよぶよと脈打ちながら白い手を伸ばしてきた。
手の持ち主は闇の中。闇の中で陰影だけをさらしている。それは、死人の様に白く、子供のように小さかった。
それは人間であり、"できそこない"だった。
『異界』に取り込まれ、帰ることも変わることもできなかった人間の末路。
そして、ぶる、と肉塊が震え『引き込み』が始まった。
―――異界へ、
――――――異界へ。
常人であるのならば間違いなく心胆を凍らせ、悲鳴を上げるであろう光景だった。
いつの間にか、世界は闇一色で覆われ、セイバーはその光景に取り囲まれていた。
世界は闇に覆われ、唯一の異物をその中に取り込もうとする。
しかし、当のセイバーの顔は涼やかなものだった。
超越種たる彼にとってこんな物は脅威になりえない。
そして、興味もまた、無かった。
こんな、彼が嫌悪する人ですらいられなくなった、唾棄すべき敗残者達にいつまでも付き合ってはいられない。
だからセイバーは闇に告げるのだ。
消え失せろと。
セイバーの指先から、高次元にすら届きうる天使の刃が振るわれた。
片手間に撃ったとしても人口千人程度の町一つを切り刻むのは彼にとって容易い。
異界を切り裂いた数秒後にあったのは、夢でも見ていたかのように何事もないトイレだけだ。
ぶぅ……ん、と電灯の明かりが戻り、鏡に映る自分の顔が映った。
ゆっくりと向き直り、自身の頭を仰ぐ。
既に黒髪化は進行しており、彼の頭髪の幾らかは疲弊の黒に染まっていた。
彼がこの地にて全力でプラントの力を使ったのはまだ数回。
生前よりも黒髪化の進行は早いとはいえ、余力はまだ十分ある。
しかしそれは自身の宝具を攻撃にのみ使った場合だ。
数時間前に戦ったアーチャーの様に御しやすい相手ばかりとも限らない。
もし重傷を負って自身の肉体の修復にプラントの力のリソースを裂けばそれだけ現在より苦しくなっていくだろう。
加えて、あの神隠しの童女の事もある。
セイバーは英霊だ。語弊がある言い方を敢えてすれば同じく異界の住人だ。
だからこそ、異界の干渉を跳ね除ける事ができ、その人理を超越したプラントの能力の特性を行使して異存在を返り討ちにするのも可能だ。
だが、自分のマスターは別だ。
直接あやめと出会っていない以上今しばらくの猶予はあるかもしれないが彼女が神隠しの物語に感染しているのには変わりない。
今日の夜は越せても明日は、その先は?
保障などどこにもない。
「保護か」
一人ごちる。
「いつまでそんな傲慢で蒙昧な事が言えるものか、見ものだな」
-
▼ ▼ ▼
息が切れる。
足が鉛のように重い。
もうあと数十メートル程の距離が、英治にとっては余りにも遠い距離だった。
このままではまた倒れるハメになる。
そんなマヌケを晒すわけにはいかない。少なくとも今ここで自分が潰えれば、あの白人のマスターを倒す千載一遇はきっともうやってこない。
(どうした…早く動け、それでも俺を入れる器か!!)
汗を滝のように流しながら、それでも止まることなく英治は進んでいた。
令呪は最後の一画を残し使い切り、魔力を回復させることも出来ない。
こんな有様で本当にあのマスターを殺せるのか、とは考えない。
精神だけは強く持たなければ、肉体が全てを棄てる。
サーヴァントを失った時点で元より絶望的な戦いなのだ。これしきの苦境で折れていては聖杯を掴むことなど不可能だ。
しかし、もう魔力の消費は打ち止めのはずなのにこの倦怠感はどういう事か。
そんな疑問も、今の英治には考える余裕は無かった。
当然のことだが、心が諦めなくとも肉体的な限界は必ずある。
覚束ない足元が英治の命令に背き、地に膝をついた。
四つんばいで荒い息を吐き、力を籠めようと喰いしばった歯はミシミシと軋む。
視界がまるで濃霧がかかった様に霞がかっていく。
「ここまで、なのか……」
どう考えてもおかしい。
バーサーカーは死んだはずだ。なのに何故体調が好転しない。
否、好転どころか自宅を出たときよりも悪化している。
自分が何のためにこんなに苦しい思いをしているのかさえ、分からなくなってきた。
ここまで自分が無力だと思ったのは、あの冷たい死の味がした―――螢子との口づけ以来だった。
(螢子……そうだ、螢子だ)
そのたった二文字の言霊が英治の意識を再び現世に引きずり戻す。
自分は誓ったではないか。あの不動高校で出会ったマスターを絞殺した時から、
或いは、もっと前、螢子と口づけを交わしたあの時から。
必ず螢子を救うと。
例え邪魔をする有象無象のカス共と螢子を見殺しにした屑を何百人、何千人、何万人、何億人を犠牲にしてでも救ってみせると。
その為に、自分は悪魔に魂を売り渡したのではないか。
今ここで自分が斃れれば誰が螢子を救える?
誰もいない。
まして使用人の様に螢子は引き取り先の養父母達にこき使われていたのだ。
螢子は自分とともに幸せになる権利がある。
きっと、今も螢子の”救われない魂”は冷たい水面の底を彷徨っているだろう。
それが英治には許せない。
「だから、何人殺そうが…俺は螢子を救うんだ……!」
幸か不幸か、螢子の名前は彼に力を与えた。
アスファルトに転がる小石を喰いこませながら拳を作り、足に力を込め立ち上がる。
すると、頭が何かにぶつかった。
「なん、だ」
-
! ?
始め、英治はそれが人であると気付けなかった。
それ程までに英治の頭にぶつかった足は大きく、冷たく、まるで年を重ねた大樹の様に立っていた。
そして英治はそれが何なのか知っている。
「バーサーカー……」
狂戦士ジェイソン・ボーヒーズ。
その威容は朽ちることなく、まるで巌の様に復活を果たしていた。
英治はその名を呆然と呼びヨロヨロと後退すると、
「はっ……はははは」
犯行を名探偵に暴かれ、自暴自棄になった犯人のような様相で笑い出す。
それを見るバーサーカーの醜悪な表情はホッケーマスクによって隠されており伺えない。
「そーだよ、そうこなくっちゃな。それでこそ俺のサーヴァントだよバーサーカー」
掌で顔を覆い、尚も可笑しいのかクツクツと笑い続ける英治。
これで合点が行った。何故こんなに自分の消耗が激しいのかも。
同時に僅かながら希望が湧いてきた。
病院でダウンしているあの白人のマスターは既にサーヴァントを喪っていて、自身も未だ傷は癒えてはいないはず。
引き比べるに、バーサーカーは万全だ。
―――あとは、魔力の問題さえクリアできれば、
逆境は今も続いている。
だが、その適度な逆境の存在は英治の頭に”冴え”を与えるのだ。
螢子の仇候補がアクシデントで彼が仕掛けた罠に飛び込んでこないと知った時、彼自らが罠から飛び出し標的を殺したように。
「そう言えば、あの時殺したアイツが言っていたアレは……確か、そう、魂喰いだ」
振って湧いた様な希望と未だ続く課題によって冴えた英治の頭脳は、忘れかけていた殺したマスターが言っていた話を思い出していた。
その内容は、魂喰いについてだ。
あの刺青のバーサーカーの大量殺戮は魂喰いを目的としたものではないかと彼女のサーヴァントは語っていたらしい。
彼女は魔力消費の事は教えてくれなかったので、魂喰いとは何たるかは推理するほかない。
だが、バーサーカーは確実に燃費が悪い。理性がないため常に実体化して暴れまわるためだ。
当然魔力もバカにかかる。そのためにやるとするのならば……
魂喰いとは殺人によって魔力を回復する方法であり、
あの大量殺戮は魔力を回復するために行った事だった?
魔力を知った今の英治だからこそできる推理だった。
単純にその刺青のバーサーカーにとって殺戮は呼吸のようなのものであったのでしただけであり、その推理は大外れなのだが、ここでは関係ないので置いておく。
兎に角英治はその時は魔力消費の事を聞かされていなかったので与太話と思って失念していたが、もしこの推理が的を得ているのならばもうこれに賭けるほかない。
何せ令呪はもう二画使ってしまっているのだ、最後の一画を使ってしまえば事実上の敗退が決まってしまう。
「喰え、バーサーカー。魂喰いだ。ただ殺すだけじゃだめだ。
病院から逃げようとする奴、そしてあのマスターも…!」
だから英治は命じた。己が従僕に。
病院から逃げようとする者に限定したのは逃げられない羊が多い方が、万が一あの白人のマスターが抵抗した場合足手まといになるからだ。
あのバーサーカーを倒したという謎の変身能力も、バーサーカーとの戦闘でケガ人が巻き込まれる可能性を考慮した場合さぞ使い難いだろう。
バーサーカーをマスターの身で打倒するような異能を持つ奴だ、倒した時に得られる魔力も期待できる。
「いけるぞ…あとは病院から奴を逃がさなければ……」
-
その課題さえクリアできれば、計画を完全に有利に進められると踏み、数十メートル先にある病院を睨んだところで、英治は気づいた。
病院を覆うようにして濃霧が立ち込めている。
さっきまでは自分の目が霞んでいるのかと思ったが、目をゴシゴシと擦っても変化がない。
しかも、マスターである英治からしても何か嫌な気分と予感がする霧だ。
「バーサーカー、まさか、お前が?」
バーサーカーは答えない。
だが英治はそれを無言の肯定と受け取った。
こんなわずかな間に天気は悪いとはいえ湿気はそれほどないにもかかわらず濃霧が立ち込めるとはずがないのだ。
鑑みるに、ここはバーサーカーの狩場なのだろう。
それすなわち、今この病院周辺は殺人鬼(ジェイソン)の檻の中ということになる。
……本来ならば魔力が底を尽きかけている英治に固有結界の宝具の魔力の供給などできようはずもない。
しかし、彼にとって幸運なことに、今、夜であるこの瞬間の病院付近に限って言えば別だった。
夜とはそれ即ち怪異・悪霊の時間である。
勿論、怪異や悪霊程度では英霊とは余りに魂のレベルが違うため危害を加えることなどできはしない、魔術師ですら不可能だ。
例えば、先ほどセイバーに対し”引き込み”を行った異存在の様に。
だが、異存在は撃退することはできても、元の物語を断たぬ限り消えてなくなる事は無い。
もし…先ほどセイバーが切り刻んだ異存在が消滅していなかったとしたら?
最もそれは細かく切り刻まれ、最早存在するだけだ。本来ならば害はない。本来ならば。
だが、そんな水面下で怪異が蠢く病院の直前で、悪霊とも呼べる殺人鬼が復活した。
そしてその時、悪霊としての性質が近い”できそこない”達が『13日の金曜日』に取り込まれていたとしたら?
バーサーカーは復活の際にこのことを霊格に記録していたため魂喰いの概念を理解できたのだ。
加えて、病院という場所。
ジェイソン・ボーヒーズという殺人鬼の最も鮮烈に残っている逸話と言えばクリスタルレイクでの凶行だろう。
だが、もう一つ。病院――正確には精神病院だが、そこは初めて彼の伝説を利用した”模倣犯”が現れた逸話が『13日の金曜日』及び『クリスタルレイク』の宝具に記録されている。
そして、取り込まれた”できそこない”達も元々はとある山の神の眷属であり、内包する魔力は高く、何より『隠し』の性質があった。
もし、昼であるか、『神隠しの少女』がいなければ、或いは場所が病院でなければこうはならなかっただろう。
だが、様々な偶然が噛み合い、本来心象風景の具現化であり、不可侵である固有結界が歪な形で発動し、病院を鬱蒼とした森と湖畔に”隠し”、『奇譚・13日の金曜日』が発動した。
それは彼には知る由もないことだが、これで目下全ての課題はクリアだ。
後は往くのみ。
「いいか、バーサーカーもう一度言うからしっかり聞け」
英治は魂喰いについての計画を懇切丁寧に、細心の注意を払ってバーサーカーに伝えた。
これが彼の最後の賭けだった。
幾ら綿密な計画を立てようとも、バーサーカーが聞き入れなければ全てがご破算。
分の悪い賭けだったが…その時小さな奇跡が起こった。
バーサーカーが首を縦に振ったのだ。
これがもっと複雑な命令や殺し以外の事なら狂化し理性を失っているバーサーカーが聞き入れることは不可能だっただろう。
だが、英治が命じたことはシンプルだった。
―――病院から出ようとするものを、食い殺せ。
その悪魔のような命令だったからこそ、バーサーカーの耳に届いた。
またそれを命じる英治の表情も一因であった。
彼の表情は、母のような狂った笑みだった。狂笑とでも言うべきか。
ジェイソン・ボーヒーズという殺人鬼は、母にだけは忠誠を誓っている。
そのために、夢魔の殺人鬼に体よく利用されたことがあるという逸話まで残っているほどだ。
-
英治と狂戦士の作戦は実行段階に移った。
二手に分かれ攻めいる。
つまり挟み撃ちの態勢である。
バーサーカーに派手に暴れさせて、自分は背後から無力なNPCのふりをして背中を狙う。
英治はポケットのSKのキーホルダーを強く握りしめた。
その冷たく堅い感触は、彼の中の何かを不滅のモノへと変えていく。
敵は手ごわく、強い。だが、その強い力を病院で使おうとすれば間違いなく巻き添えでより多くの人間が死ぬだろう。
自分が助かるためなら他人を犠牲にしても構わない…正しくカルネアデスの板ではないか。
「――さぁ行くぞ、正義の味方の喉笛を食い破ってやる……!」
そして、本来傷や病を癒すべき場所である病院は惨劇の檻(クローズドサークル)に相成り、二人の残忍な殺人鬼は迫っていた―――。
【三日目/夜/葛飾区 不動総合病院/???】
【バーサーカー(ジェイソン・ボーヒーズ)@13日の金曜日】
[状態]宝具『13日の金曜日』発動 、魔力充実
[装備]無銘・斧
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:殺戮
1:???
[備考]
?恐らくマスターかサーヴァントを発見すれば、それらの殺害を優先すると思われます。
?アサシン(カイン)を把握しました。ライダー(ジャイロ)を把握しているかは不明です。
?バーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)、アサシン(アイザック)とメアリー、神原駿河を把握しました。
?ジークがマスターであると把握しました。
?宝具の発動により再び現界を果たします。次の再臨までにどの程度の時間がかかるか、後の書き手様にお任せします。
?宝具『13日の金曜日』発動が2回発動しました。
?怪異達を喰らったため魔力が回復しました。
【遠野英治@金田一少年の事件簿】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り1画
[装備]私服
[道具]携帯電話、睡眠薬(ハルシオン5日分)、アイスホッケーマスク
[所持金]並の高校生よりかは裕福
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、螢子を蘇生する。
0:マスターを全員殺す。まずは銀髪の少年(ジーク)から狙う。
1:不動高校の生徒を目立つ形で“眠らせる”事件を起こす
2:学校内にいるかもしれないマスターに警戒。
3:SNSで情報を集めて見る手も……
[備考]
?役割は「不動高校の三年生」です。
?通達は把握しておりません。
?体調不良が魔力の消費によるものと把握しました。
?聖杯戦争については大方把握しております。
?刺青の男・バーサーカー(アベル)が生存と、新宿区で事件を把握しました。
?フードを被ったサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
イニシャルが『S・K』である桐敷沙子に関する情報を得れば、彼女の始末を優先するかもしれません。
?銀髪の少年(ジーク)がマスターと把握しました。また何らかの手段でサーヴァントと戦闘を行ったと推測しております。
?バーサーカーを見直しました。
?でもそれはそれとして、もっと燃費のいいサーヴァントがいたら速攻で乗り換えようと思っています。
▼ ▼ ▼
-
セイバーがトイレから出ると、扉のすぐ前にあやめが立っていた。
彼は何故あの眠っているマスターから離れたと問おうとしたところであやめと目が合った。
その眼の雰囲気は只ならぬもので、何かが起こった、或いは起こっているのは明白だ。
彼女の視線が、セイバーから窓の外へと泳ぐ。
窓から見えた景色は、都会の喧騒を表すようなネオンや車の光などでは決してなく、
「あの、同郷の匂いとよく似た……!?」
あやめが何か言う前に、セイバーは少女の軽い体を小脇に担ぎ上げた。
そのまま窓の淵に足をかけ、一息に飛ぶ。
「――――――!」
少女は声にならぬ声を上げるが、セイバーはまったく気にする様子はない。
そのままグングンと跳躍し、上空にはなった弓矢がそのまま地上に落ちるように、弧を描いてセイバーは病院の屋上に着地。
そしてあやめを下すと、傍らの彼女と共に病院の屋上から霧向ける森と湖畔を見た。
「これは……」
「固有結界、か?風変わりではあるが」
青ざめたあやめの呟きに答えるように、ナイブズはそう判断した。
同時に舌打ちをする。
舌打ちの理由は二つだ。
まずあの病院と切り離された空間である異界の中にいたとはいえ、ここまで後手に回った事。
結界を展開したにも関わらず、まったく気配を感じないということは、敵はアサシンか。
だが、そのアサシンが仮にあの白人の少年のサーヴァントだとすると解せないところがある。
何故、このタイミングで固有結界などはったのか
主人の意識がない状況ならクラススキルである気配遮断を生かしてまず奪還と離脱を選ぶはず、宝具の開帳など存在を知らしめるようなものだ。
ハッキリしているのはマスターの意向はどうであれ、相手方のサーヴァントは此方を獲りに来ているのは間違いない。
そうなるとつくづく後手に回ったのが痛いと感じた。
高ランクの対魔力を有するセイバーの力量ならばどのクラスでも先手を打つことに成功すれば宝具の展開前に鏖殺することすら可能だっただろう。
まぁこれは悔いたところで詮無い話ではあるが。
何にせよ、これで迂闊に外に出るわけにはいかない。
これが二つ目の理由。
セイバーの宝具はこの東京でも文字通り最高クラスの火力を持つ。
だがそれだけにリスクも大きく、黒髪化という代償が常に付きまとう。
そんなセイバーにとって、一番避けたい事態は宝具の無駄撃ちだ。
この視界の悪い中、直感スキルを頼りに宝具を撃つのは愚鈍に過ぎる。
勿論、病院ごと天使の刃で全てを消し飛ばすことも可能と言えば可能ではあるが
アサシン一体にエンジェル・アームの全力展開は黒髪化の進行とつり合いが取れないし、確実性に欠ける。
もし離脱用の宝具やスキルを敵が持っていたら目も当てられない。
彼の主であるアイリスの魔力的な問題もある。
加えて、あやめの存在だ。
アイリスはセイバーに彼女の保護命じ、そのためにここへ来たともいえる。
何しろ、野放しにしておくには『神隠し』という存在は余りにリスキーに過ぎる。
この不動病院は戦火の影響が薄く、少女の隠れ家兼、収容場所としては及第点だ。
そんな場所を到着早々に失うのは面白くない。
となれば、彼が取る選択肢は一つだ。
「向こうが仕掛けてきたところで迎え撃つ他ないか」
未だ気配を感知できず行方は様としれぬサーヴァントを迎え撃ち、倒す。
セイバーは淡々とそう宣言した。
それを傍らの少女がそれを不安げに見つめる。
だがやはりセイバーは我関せずといった様相で、屋上と病棟を繋ぐドアへと進む。
そして、ドアノブに手をかけたところで、初めてあやめに一瞥した。
「俺はまずあの白人のマスターを抑える。お前は、好きにしろ」
セイバーが神隠しの少女に選択を迫るのは、これで二度目。
あやめはその言葉に戸惑い、逡巡し、俯いていしまう。
自問する。
セイバーにすべてを任せるのが最善と言えるのかもしれない。
しかし、それで本当に善いのだろうか。
ただ存在しているのではなく、”考え、対決”していると言っても良いのだろうか。
本当は、”道”を拓く事こそが―――
だから、
「……行きます、私も」
少女はあの月に散った自分のキャスターは何と言うのだろうと一瞬考え、
次いで何かを決意するように表情を硬くすると、セイバーの背を、小走りに追いかけて行った。
セイバーがそれについて何も言うことはなかった。
-
【三日目/夜/葛飾区 不動総合病院/屋上】
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]魔力消費(小)、肉体ダメージ(小)、黒髪化進行
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:魔力を持つ患者(ジーク)に接触する?
2:あのアーチャー(ひろし)は……
[備考]
?アーチャー(ひろし)のマスターについての情報を得ました。
?神隠しの物語に感染しました。あやめを視認することができます。
?アーチャー(与一)のマスターは健在であると把握しておりますが、深追いする予定はありません。
?アーチャー(与一)での戦闘でビルの一部を破壊しました。事件として取り扱われているかもしれません。
?バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
?ライダー(幼女)の存在と宝具『SCP-682』について把握しました。
?緊急搬送された少年(ジーク)がマスターであると把握しました。
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]魔力消費(中)、サーヴァント消失
[令呪]残り1画
[装備]神隠し
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争が恐ろしい。
0:ごめんなさい……
1:どこかに身を潜めておきたい。誰も巻き込みたくない。
2:搬送された少年(ジーク)が気になる。
[備考]
?聖杯戦争についておぼろげにしか把握していません。
?SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
?カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
?トド松とセイバー(フランドール)の主従を把握しました。
?カナエがマスターであると把握しましたが、ランサー(ヴラド)の存在は確認しておりません。
?役割は『東京で噂される都市伝説』です。
?セイバー(ナイブズ)とライダー(幼女)のステータスを把握しました。
?飛鳥とアサシン(曲識)の主従を把握しました。
?緊急搬送された少年(ジーク)がマスターであると把握しました。
-
▼ ▼ ▼
時は僅かに巻き戻り、セイバーが神隠しの少女を窓から放り投げ、飛び出した頃。
飛び起きる事は無く、静かに最後の役者―――ジークは目を覚ました。
慎重に周囲を伺い、ここが病院だと悟ると、自分に接続された点滴やチューブの類を引き抜く。
まだダメージや消耗が抜けきっていないため、可能ならばもう少し休んでいたかったが、
覚えのある悪寒を感じ取った事でそうもいかなくなった。
「ぐっ……」
俄かにうめき声を上げて、傍らに置かれていた服をとると病室から出る。
幸い遠くにいた患者の老人には見つかったかもしれないが、医師や看護婦に見つかることなく部屋を出れた。
そのまま足早に離れる。
そして、渡り廊下の窓から外を見た。
想定していた通り、そこはあのバーサーカーの固有結界の中だった。
「くそ……」
バーサーカーはこの手で討ったはずだった。
だが、この宝具が発動している以上、バーサーカーの生存は認めざるを得まい。
「だが、あのバーサーカーの宝具だとすると、何故この病院ごとここにある?」
さっきこの湖畔に引きずりこまれたときは自分一人だった。
だが、今回は病院にいたNPCまでここにいる。
異変に気付くNPCも出てきたようで、騒ぎはゆっくりと、だが確実に浸透している。
考える余裕は余り無さそうだ。
それでも、やらなければいけないことはハッキリしている。
あのホッケーマスクのバーサーカーを今度こそ討ち果たす。
「俺は―――『東京』を守ってみせる。彼も…セイバーも、そうするだろう」
それが裏切りも暗闇も恐れず戦った者の代わりに、生き残った者の責務だ。
『正義の味方』は、変わらず、潰えず、魔を断つ剣を執る。
【三日目/夜/葛飾区 不動総合病院/東館一階】
【ジーク@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費・肉体ダメージ(小)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画(令呪の模様は残っております)
[装備]
[道具](警察に押収されました)
[所持金](警察に押収されました)
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還、そのために聖杯戦争を見極める。
0:セイバー……ランサー……
1:あるべき『東京』を取り戻したい。
2:アヴェンジャー、及びそのマスターと接触したい。
3:板橋区で何が起きたか知りたいが……
[備考]
?役割は「日本国籍を持つ外国人」です。
?バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
?葛飾区にある不動総合病院に搬送、入院しております。
?葛飾区内で戦闘を行った為、多くの人々に『変身』を目撃されております。
→警察が銃刀法違反で聴取をする予定です。ジーク自身はまだ知りません。
?『竜告令呪』は使用しても令呪は消えません。しかし、残り2回の『変身』を行えば邪竜に変貌します。
?傷や魔力は『ガルバニズム』で回復しますが、蓄電が満足にない為、時間がかかります。
▼ ▼ ▼
-
かくして、この世ならざる異界の者たちは集う。
正義の味方は目覚め。
殺人鬼の片割れは、英雄に突き立てる牙を磨ぎ。
神隠しの少女は畏れながら、それでも進み。
殺戮の天使は粛清の刃を向ける相手を探り。
殺人鬼のもう一人は気配を殺し、ただ殺め続け。
そしてもう一騎、死を操りし主従もこの場所を目指す。
思いは交差し――――
眠れぬ夜が、始まる。
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投下終了です
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投下&感想ありがとうございます!
>Blood Blockade Battlefron
再びジェイソンの虐殺が始まろうとしていますが、ジークくん以外にも厄介な存在がいますね……
遠野先輩とジェイソンのコンビが、なんだかんだ不思議と似合っているが良いですね。
一方の巻き込まれたナイブズとあやめちゃん。
彼らは遠野先輩だけではなく、ジークくんにとっても予想外でしょうし。
今後の不穏を感じさせます……果たしてジークくんは正義を貫き通せるのか。
投下ありがとうございました。
続いて、私も予約分を投下しますが。その前に先導アイチを追加宣言します。
-
【3日目 18:32:09】
東京都内にある高級マンションの一室。
このような時間帯に起床した女性は寝ぼけ半分ながら、呟いた。
「おやおや……これは一体どういう事だい」
驚きながらも新手の趣旨に愉快そうな女性は、手入れをしていないボサボサの短髪を掻いて。
だらしのない服装を身にまとい、整理整頓されていない室内を見渡す。
読みかけの本、付箋やメモがあちこちに。
属に言う掃除嫌いの部屋だろう。しかし、神原駿河並に壊滅的な汚さとも言い難い。
片付いていないものの、どこか清潔感はあった。
まるで、誰かが所々掃除をしてくれているかのように……
女性は何年ぶりに遊園地を訪れた風に室内を見回していた。
乱雑に放置されている本。
一冊の本に目が向かう―――『王のビレイグ』。
彼女が、それを手に取り眺めていると、所持していた携帯電話が鳴る。
電話の主を確認。
「―――塩野」
不思議そうに女性は電話を取ると、慌ただしい、情けのない声が聞こえた。
『ああっ、やっと繋がった! 高槻先生。あの、室井先生との対談で今日打ち合わせがあったのご存じですよねっ!?』
「………………」
『あれ? えっと、先生~? 高槻せ……』
「すまん。ちょっと出かける用事を思い出した」
担当編集者からの電話を切ってしまうと。
彼女は、何とも言い難い溜息を深くついてから、そこにある『宵闇』に尋ねた。
「ところで、君は誰かな」
●
-
「聖杯戦争ねぇ」
意味深にゆっくりと呟く女性――『高槻泉』に対して、彼女のサーヴァント・アヴェンジャーは言う。
「君の望みは分かっている。君の『衝動』……僕はその復讐に手を貸しに来たのさ」
「復讐? ……ハハハ、私はもう『役目を終えてしまった』しな。こうして招かれたのが信じがたい事だ」
まるでもう未練のない死者のようだった。実際、そうなのかもしれない。
一方の復讐者は、どこか不満げにマスターを眺めていた。
きっと彼にはマスターに『衝動』があるのを理解しているのだ。なのに、それを叶えようとしないのは。
復讐を成し遂げようとしないのが、不服に感じる。
高槻は、そんな復讐者の機嫌を察したのか。不敵な笑みを浮かべつつ、執筆に使うパソコンを起動した。
「『聖杯』や『聖杯戦争』……私の知る限り、私の世界には魔法なんてものはなかったから尚更興味深い。
つまり、聖杯とやらはキリストが用意した杯の事かね? アーサー王伝説で取り上げられた聖杯とか」
「……残念だが、僕はそれを知らない。僕だけではなく全てのサーヴァントが実体を把握していないだろう」
「おやおや。何だい、それは。その時点で胡散臭いとは思わないものかね」
「あくまで僕は願いを持たない。僕の存在意義は『復讐』に手を貸す事だけだからね」
単純明快な演劇の役目に、宵闇色の青年が饒舌に述べた。
笑みを保ったまま、高槻はパソコンの液晶画面で様々なサイトを広げる。
中でも、テロリスト扱いされているサーヴァント。
刺青男・アベルの存在。………その彼の傍らにいる人喰いの梟。
「随分と元気そうじゃないか」
多分、偶然で間違いは無い。それにしたって奇妙な偶然だと高槻は笑う。
知り合いとはいえ、何ら縁の深い関係という訳ではなく(あくまで高槻自身の見解)他人でもない。
様々な噂から炎上までお祭り騒ぎのSNSを横目に、高槻は改める。
「君の名は?」
「メルヒェン」
「童話の?」
「そうかもしれない。ここではあくまで『アヴェンジャー』と呼んで欲しい」
「アヴェンジャーか……申し訳ないが、私は『排斥される側』の存在だ。
君に何か特別願いがあるならば、少々付き合っても構わんよ。好き勝手にしたまえ」
「…………」
宵闇色の青年の瞳は、特別睨みつける類ではない。
瞳の模様までも宵闇に染まっているようで、彼自身に特別な復讐心などは存在しない。
元より、彼は復讐に執着して。復讐に加担することでしか実感できない。
復讐の為に居る。正真正銘の復讐者なのだから――彼は召喚された時から一つの目標しかなかった。
宵闇から産み出した指揮棒を手に、アヴェンジャーが振るえば、マンションの一室に『井戸』が出現する。
すぐにでもアヴェンジャーが召喚した産物だと分かるが。
あまりに非現実じみた光景に、高槻も感嘆の息をつく。
「これは『通り道』だ。哀れな魂が井戸の底で澱みとなっている。……妙だね。
まるで生まれたばかり魂だ。所謂、大木の年輪のような厚みが無いのさ」
しかしまぁ。
アヴェンジャーはここ(東京)で死に絶えた魂に疑念を抱きながらも。
これほど淡白な魂の中から、マスターやサーヴァントの魂を引きずり出すのは容易だと捉える。
指揮棒を引き上げるような動作で振るえば、まずは『一つの英霊』が出現した。
少しばかり関心を惹かれた様子の高槻だった。
-
水に溶けて消えてしまった、哀れな人魚姫。
「え……何コレ。嘘でしょ………? な、なに……サーヴァント………!?」
この『東京』から消滅を果たした筈の少女は、驚愕を浮かべていた。
本来ならば、もうここに戻ることは叶わないのだ。それこそ、奇跡でも起きない限り。
少女・『人魚のサーヴァント』は、呆然としている。
眼前には、宵闇色の青年が居た。
困惑する少女だったが、自分が拘束され、身動きが封じられていのを理解した。
既に消滅した自分が、一体どうして再び呼び戻されたのか。
否、違う。
異端な事態だが、人魚のサーヴァントを使役しようとしているのは宵闇色の青年なのだ。
彼の隣には、だらしのない洒落た風でもない格好の女性が。
ボサボサの髪に、ほんわかな雰囲気の……堅苦しい様子のない人物、だろう。
視界を覆うように宵闇が目隠しとなって彼女に纏わりつく。
最早、物理的な抵抗すら叶わない状況で、人魚のサーヴァントは小さく喚いた。
「ちょっと……やめて! 何するつもり!?」
「――君は何故この境界を越えてしまったのか。さあ、唄ってごらん」
訳が分からない。
自分を使役しようとするサーヴァントが何者で、何が起きているかも知らぬまま。
人魚のサーヴァントは命じられた通り、唄う他なかった。
消滅を果たしたサーヴァントが死者に含まれるように、死者を統べる彼には抗えぬのだと漸く理解できる。
不幸な事故で泳げなくって。
大好きな兄を失って。
その空虚を突かれ、騙されて。
聖杯戦争で召喚されたのに、それを願えなくて。
唄えば唄うほど。自分の人生はロクでもない……何の価値もない、救いようのない結末だと実感する。
人魚のサーヴァントの末路を聴き終えた宵闇色の青年は「なるほど」と頷いた。
「それで君は利用された訳だね。無意識ながら。
君の願いが叶わなかったならば、君のマスターの望みも叶えられるべきではない」
エミ。
本当に? そうなの?
エミはアイチが居て……アイチがいる。
嗚呼、そうだった。
ブルーベルと違って、エミにはアイチがいるんだ。
ブルーベルが死んだって。それで生き伸びたエミは……ずるい。
ずるいよ。
そんなのずるい。やっぱり可笑しい!
どうして!? どうして、ブルーベルは駄目なの!!? エミはアイチが居るの!?
エミは自分がふつーだとか言ってたけど。それはブルーベルも同じ!
ブルーベルだって、エミと同じだった!
おにいちゃんがいて! 誰よりも早く泳げて! 人なんか殺してなんかない、英霊にもなれない。
そーいう、普通の………女の子で居たかったのに!!
人魚のサーヴァントの嘆きを聞いた青年は、不敵に笑う。
まるでエスコートをするかのように語りかけた。
「心の準備はよろしいかな? 『人魚姫』。さぁ、復讐劇の始まりだ!」
人魚姫のマスターは、声を失い。
助けを求める事すら望めず、兄とも再会出来ぬまま。死に絶えましたとさ。
めでたしめでたし。
-
憎悪に身を焦がした戦乙女。哀しみの涙を流し続ける………
君は何故この境界を越えてしまったのか。さあ、唄ってごらん。
「私は……後悔………そう、後悔をしています。彼をちゃんと殺すべきだったと」
宵闇に使役された槍使いの戦乙女は答える。唄う。
どうして、何故。自分は再び『東京』へ舞い戻ったのか、そのような些細な疑問を差し置いて。
きっと、戦乙女はありのままの本心を打ち明ける機会に恵まれたからこそ。
眼前にいる宵闇色の青年と、そのマスターに全てを伝えようとしたのだ。
願望が叶うかはともかく。
宵闇色の青年が戦乙女の嘆きに、嘲笑するかのように首を傾げる。
「しかし、君には『衝動(うらみ)』がある。愛しい人を殺された『衝動』。愛しい人を殺せなかった『衝動』が」
すると今度は、戦乙女の方が引きつった狂気の笑みを浮かべた。
「何を。何を仰っているのか分かりません。私の愛しい人はただ独りだけ。そう『シグルド』です。
私を殺してくれた、可哀想で救われないわ、わたし、私の、私だけの『シグルド』……」
あんなもの、残酷過ぎる。
彼は救われようがないのだから、殺してやるべきだ。死なせておかないと。
戦乙女は、確かに愛おしい者に対する狂気に犯されていたのだが。
彼女の逸話と関わった『シグルド』なんてものは居ない、この東京には存在しない。
『シグルド』に似通った英霊はいるが、『シグルド』に似通った英霊の心臓を持つマスターはいるが。
双方、どちらも戦乙女の死には関与していなかった。
「おや? もしかして」
沈黙を保っていた女性のマスターの方が、愉快そうに言う。
「それは『滝澤』くんのこと?」
「………………タ……タキ………?」
困惑する戦乙女を余所に、面白おかしく笑みを浮かべて愉快気なマスター。
彼女に対して、宵闇色の青年は大学講義で教壇に立ち、生徒に質問する教師のように問いかける。
「シグルド――という人物と『彼』は異なる存在ではないかね?
根本の在り方すら重なり合わない以上、間違える方こそ僕は理解に苦しむ。最早『彼』は愛とは無縁なのだから」
「乙女心なんて所詮はそんなものさ。少し優しくされたら、割と心を許してしまうほど簡単なものから、そうではないものまで。
千差万別だがね。彼女の場合は、愛される事が二の次なだけだよ」
改めて、死に絶えた戦乙女に女性のマスターが尋ねた。
「君の言う彼は『シグルド』じゃない『滝澤』くんだが……一体どうしたい?」
「……わ………わたしの……可哀想で、愛おしい、こ。殺すゥ。ころ殺したい、死なせてあげたい。
今度こそ! 今度こそ私の手で……! あの人の為です。わたしが殺す、死、なせないと!!」
「そうかい」
狂気に帯びた戦乙女を前にしても、女性のマスターは微動だにしない。
何ら大げさな反応もしない。
彼女は、彼女らしく。相も変わらず不敵な笑みを浮かべながら、呆気なく答えた。
「しかし、まぁ……それは。『怨み』ではないだろう?」
―――――…………ぇ?
「アヴェンジャー。君の復讐劇には『怨み』が必要だ。そして、彼女の願いは『復讐』ではない。
尤も、君が『怨み』も『復讐』もない。ただの狂気の愛憎に加担するならば、一向に構わんよ」
マスターの言葉は、宵闇色の青年を試しているかのようだった。
むしろ、試しているのだろう。
復讐者の名に相応しい、復讐のみに手を差し伸べる指揮者か。あるいは、ただのお人良しか。
あどけない笑い声を漏らすマスターは、人の皮を被った化物である以上に。
絶望から生まれた悪魔のように見える。
宵闇色の青年が、どこか憐れみの帯びた表情でマスターを伺えば、ゆっくりと返事をする。
「その通りだ、マスター。残念だが君には協力しない。申し訳ないが、再び眠りにつきたまえ」
―――――なに……どうして……!? 待って下さい! 待って!! はやくはやく
早く殺してあげないと、死なせてあげないといけない! それが叶えられるなら、何も、聖杯も
―――――お願いします! お願い。最後に、彼を、死なせて。嗚呼、そんな……そんな!!
やっと、やっと分かったのに、私がするべき事を、叶えられるのに、名前……
戦乙女が幻想のようにかき消される寸前。
宵闇の中から、小さな真実だけが聞こえたのだった。
―――――タ………キ、ザワ………
-
道端で崩れ落ちた人形。死して尚、微笑みを浮かべる顔。
君は何故この境界を越えてしまったのか。さあ、唄ってごらん。
「……私、どうして殺されたのか。分からないわ」
吸血鬼の少女はポツリと呟く。素っ気ない彼女の唄は、単純で平坦でもあった。
明確な理由は、本当に分からないのだろう。
尤もそれは―――あの男に関して。少女を殺した殺人鬼に関してだ。
「私が女の子の姿をしていただけで殺されたのかしら。全然納得できないわ。私、ちょっぴり気が触れているけど
アイツの方が、大分気がおかしいと思うわ。ああいう人間には会った事ないもの」
「成程、それで君は切り崩されてしまった訳だね」
吸血鬼の少女は、眼前にいる宵闇色の青年すら理解できない。
こんなサーヴァントが召喚されていたのか?
何故、このような事をするのか? そう、復讐を手伝うなんて……
復讐。
確か……先導アイチが通達で言っていた……復讐者。アヴェンジャー……?
「如何にも。僕は『アヴェンジャー』のクラスを冠している者。復讐の手引きをする事こそ存在意義」
「ふうん。つまらなそうね」
「それは人それぞれさ。僕の場合はそれが存在意義。君を殺した彼もまた、少女を殺す事が存在意義だ。
尤も……『人ではない』君にとっては共感が難しいかもしれないがね」
「ええ、分からないわ。全然分かりたくもない」
そんな訳の分からない理由で殺されたのだ。
やっぱり、吸血鬼の少女は思う。納得ができない。宵闇色の青年の思惑通りになるなど、それこそ『道具』に成下がったも同然。
既に消滅を果たした自分は、怨念にもなれないのだから。
あの、訳の分からない殺人鬼を殺すには、こうする他に術が見つからない。
宵闇色の青年。彼のマスターらしき、人ならざるマスターが愉快に尋ねた。
「ここに来る途中。色々と恨みのある者と会ってきたよ。
死者への冒涜だの、恨みがないなんて嘘も、あげくには単純に気に食わないなんて言われてしまってね。……君はどうする?」
「…………」
酷い奴だ。
吸血鬼の少女は思う。
そのマスター……自分の姉のような悪度さがひしひし伝わる。
心底、気に食わない野郎を絶望させたい性癖でも持っているに違いない。
………と感じたが『復讐』とソレは関係ない。
彼女の『衝動』を感じ取った宵闇色の青年は応えた。
「時間はかかってしまうが、少女の恨みは少女が晴らすものさ。―――さぁ、もうしばし。『運命』の時を待ちたまえ」
-
「そういうことですか。よく分かりました」
聖杯戦争の舞台『東京』ではないどこか。
<リンクジョーカー>の一味として参加者から認識されている少年・先導アイチが呟く。
現在、彼ら(主催者)にとって異常事態が幾つも発生していた。
まずは解析。
英霊(サーヴァント)の解析は現段階において、幾つか切り離しが行われていた。
<リンクジョーカー>の能力『虚無』の影響は、正当な英霊にこそ絶大な効果を発揮する。
つまり、全うではない英霊……
幾つか名前を出してしまえば『ミリオンズ・ナイブズ』や『アイザック・フォスター』が該当する。
それらのような者に『虚無』を無暗に与えてしまうと、逆に脅威になりかねない……
故に、先ほど該当しないと判断された二騎の英霊の他にも、解析を打ち切った英霊があった。
効果に適した英霊は『那須与一』『ジークフリート』『セラス・ヴィクトリア』などだろう。
次に解析障害。
どういう訳か<リンクジョーカー>の技術を以てしても、解析エラーが生じ。解析を断念せざるおえない存在が浮上した。
これは数えるほどで……『アベル』『カイン』『うちはマダラ』。そして………
『二騎目のアヴェンジャー』。
既に消滅した為、もはや話題に上げる必要もないが。
うちはマダラに関しては、その真名やスキル。ある程度の情報が入手出来た。
しかし『二騎目のアヴェンジャー』に関しては、何一つ。真名に関しても情報が不明確。
その次にアヴェンジャーの存在。
現在、二騎のアヴェンジャーが確認されている。これは聖杯戦争本選が開始され、NPC……所謂、無関係なレプリカたちに
記憶を取り戻さぬよう、マスター候補の記憶封印プログラムが発動されている。
にも関わらず。どういう障害か、ある『二人』の人物がプログラム発動後、記憶を取り戻していた。
ここで疑問が生じるだろう。
何故、アヴェンジャーは二騎存在するのか? 何故、先導アイチはそれを告げていなかったのか?
残念なことに……『二騎目のアヴェンジャー』が召喚されたのは、通達よりも大分後のことで。
しかも、捕捉に時間がかかってしまったのが要因だ。
最後に『二騎目のアヴェンジャー』の宝具によって聖杯に異常が発生していた。
詳細な能力は、未だ把握できてはいないものの。明確になった事実だけ挙げていくならば。
アヴェンジャーは聖杯に至った『英霊の魂』を引きずり出している。
恐らく、アヴェンジャーの宝具によって招かれているのだろうが、あまりに異端、あまりに常軌を越えた事態。
一体どのような効果を以てして聖杯の原料となる『英霊の魂』を引きずり出すのか?
原理はさておき。
聖杯に多大な影響を及ぼしかねないアヴェンジャーの存在は<リンクジョーカー>には想定外だった。
無論、先導アイチにも。
例のアヴェンジャーとそのマスター……『高槻泉』と呼ばれる小説家。
東京においては、ベストセラー作家として名を馳せた存在。
-
「要するに我々の干渉によっての『処理』ですか」
<リンクジョーカー>の提案がソレだ。
アヴェンジャー及び、マスター『高槻泉』の始末。
サーヴァントであるアヴェンジャーを差し置いて『高槻泉』を殺害してしまえば、事は済む。
しかし、先導アイチは言う。
「彼の宝具の影響は致命的ですが、彼らもまた聖杯を求める者では?
アヴェンジャーの召喚は確かに『イレギュラー』ではありますが。一方で、彼らは聖杯戦争を行っています。
逆らってはいない。彼らなりの方法で、敵を葬っています」
むしろ。危うい方針を取っていたのは『うちはマダラ』の方だった。
彼は明確に聖杯戦争と<リンクジョーカー>を滅ぼす意思があり、そして敵対する意思も表明している。
一方の『宵闇のアヴェンジャー』はそうではない。
先導アイチは提案する。彼らとの交渉を。話はそれからでも遅くない。
しかし……その場合は『聖杯』の正体を明かさなくてはならないのだ。
聖杯が必要とする『英霊の魂』……その原理を。
まぁ<リンクジョーカー>は、それを良しとはしないだろう。
「我々が独断でサーヴァントやマスターを処理すれば、参加者の皆さまに不信感を与えてしまいます」
彼らは、決して主従と敵対しているのではない。
目的のため、聖杯を与える事は約束出来る。サーヴァントが行動しやすい環境を整えている。
無暗に<リンクジョーカー>へ脅威を向けない為に……ならば。
「討伐令ですか」
聖杯及び聖杯戦争に大きな損害を与えているとして、特例に討伐令を発令する。
との事だ。
発令されるのは、次回の通達にて。
それまでにアヴェンジャーが倒されれば、それは問題ない。
先導アイチは監視される彼の小説家を虚ろな瞳で傍観していた。
「エミ……」
彼らによって葬られた妹の名を、少年は呟いた。
-
東京都練馬区。
隣接する板橋区での火災……それが収まってきた頃。1人のマスターが所在を置く教会にて、体を休めていた。
彼女の名は、ホット・パンツ。
馳尾勇路からの攻撃の傷は、完全には癒えていない。
結局、あの『針』を全て摘出するのに時間がかかった。むしろ、彼女のスタンドがなければ不可能だったろう。
勇路もそうだが。
刺青男(アベル)を警戒すれば、夜間の内に体を休めた方が良い。
静かな休息を送るマスターの傍ら。
彼女のサーヴァント・アクアは、霊体化したまま教会内部から周囲の警戒を続けていた。
休み要らずとはいえ、霊体化しなければ魔力やダメージの回復は望めないのが困り所。
このまま、何も起きなければ良いのだが……
『………ん』
やはり、そうはいかない。
明らかに異常な気配を察知したアクアは実体化を遂げた。
外の景色を視認すると、驚いた事に雪が降りしきっている。
他愛ない質素な柵の隙間から、何者かの姿を確認できたのにアクアは警戒した。
俄かに信じがたいが、あれはマスターの部類だ。
一体どうして、アクアたちの存在を捕捉したというのか?
否。
今は、あのマスターを対処するのを優先させなくては。アクアが霊体化をし、機会を伺おうとした時。
ホット・パンツがアクアの元に現れる。
外出時とは異なり、教会に相応しいシスターの恰好で。
アクアは、少々驚きを見せた。
「なんだい、起きてたのかい」
「あぁ……まだ外が騒がしいからな」
ホット・パンツも教会の外にいる女性のマスターに気付いた。
どうする? 無視をするか、適当にあしらうか。
アクアはそのマスターの気配を感じ「接触するなら気をつけな」と警告を出す。
万全の態勢とは言い難いものの、ホット・パンツは頷いてから教会の扉を開けると――
雪が舞い込んでくる。
そして、外であどけない様子でウロウロする、如何にもな雰囲気の女性に話しかけた。
「何か?」
いたいけなシスターを装って話しかけるホット・パンツに、女性はハッとして申し訳なさそうに言う。
「すみません、ちょっと素敵な教会でしたのでつい~……あのー写真取ってもよろしいですか? 駄目??」
「……このような時期に、何故ここへ?」
何だコイツは。ふざけているフリなのか。
内面、困惑するホット・パンツを差し置いて、女性はにこやかな、悪い表現をすればヘラヘラとした態度で
一片たりとも不信な素振りをせず、饒舌に語るのだった。
「私、しがない小説家をしておりまして……所謂、ネタ探しって奴です。教会で殺人事件が起きるとか。
あ、不謹慎でしたらすみません。トリックとか考える上に、どうしても実物を見てみたいなぁと思いまして」
「…………はぁ」
-
割とまともな理由に感じられるも、この女性はマスターだとアクアは察していた。
ひょっとすれば、ホット・パンツがマスターだと分かって。いや、分かっておらず接触してきているのか。
戸惑いの様子を見せれば、女性は続けた。
「あ、そうそう。ついでに一つ聞いてもいいですか?」
「なんですか」
「『聖杯戦争』……というのはご存知でしょうか?」
「……………」
やはり、ふざけているのか。
だが、ホット・パンツは女性の意図に気づいた。
マスターには聖杯戦争に関する知識を持たず、全貌を把握するにはサーヴァントから聞かなくてはならない。
ホット・パンツがサーヴァントと意思疎通出来ているか否か、試しているのだろう。
恐らく……刺青男が意思疎通していない部類に属する。
「いいえ。それは、なんでしょう? 聞いた事もありませんが」
惚けたフリをするホット・パンツに対し、女性はボサボサの髪を掻きあげながら言う。
「近頃、そういう噂があるんですよ。あの刺青男も『聖杯戦争』なるものに関わっているんだとか!
具体的な詳細については、全く知らないんですがね。でも、それが事実なら大変!『戦争』ですよ『戦争』!!」
「疑念に捕らわれてはいけません。常に神があなたを見守って下さります」
瞬間。
奇妙な沈黙が広まる。
どこか不敵に笑う女性と、ホット・パンツの視線が混じり合う光景。
「腹の中に居るのは『神』ではないぞ」
「…………」
宵闇が傍らで蠢いた気もするが、きっと見間違いだろう。ホット・パンツは思う。冷や汗を一つ伝いながら。
アクアの言葉は、ホット・パンツは脳裏で渦巻き続けていた。
――――あのマスターは………『人間じゃあない』……………
深淵を覗きこんだような風貌を醸す女性は、ヒトの形を留めたままの怪物。
バックリと顔面が裂けて、ホット・パンツを喰らいにかかっても違和感はない。
先ほどのヘラヘラした女性とは、不自然に別人だった。
「失敬。こんな時間ですし、また機会がありましたらお尋ねします。
本日はどうもありがとうございました。おやすみなさい」
また……機会が…………ありましたら。か………
ホット・パンツは、少々呆然とした様子でリズムを刻むように歩む女性を見届けるだけだった。
-
『衝動』は新たな『衝動』を紡ぐ。『復讐』は新たな『復讐』の誕生でもある。
高槻泉が辿っていたのは例の――人魚姫の復讐を達成させ、そこで死に絶えた先導エミの死体の放置された現場。
そこから、続く怨み。私怨。
やるせない、どうしようもない感情の爆発と悪夢。
石の道しるべを頼りに進むヘンゼルとグレーテルのように向かえば……
お菓子の家はなかったが、お菓子(アメ)を抱え持つマスターのいる教会へ到着した。
しかし、出迎えてくれたシスターに『衝動』はない。
『衝動』を抱え持つのは、恐らくサーヴァントの方だった。
「彼らに再び会うつもりなのかな」
宵闇が尋ねるのに、高槻は至って冷静に携帯端末を眺め続けながら、スケジュールを確認する。
締め切りの原稿がある訳ではないのだが、明日には【ある作家】との対談があった。
無視しても悪くは無いのだが。少々、関心のある高槻はスケジュール(シナリオ通り)に過ごそうと企む。
尤も、全て事が行く保証は何一つないが……
「『彼ら』が死んだら再び会おう。そういう意味さ」
残酷な物言いをするが、彼女からすれば他愛もない表現に過ぎない。
成程。傍らに存在していた宵闇が納得する一方、高槻は一つ尋ねてみた。
「君の感知とやらは、どの辺りまで適応される? 例の……アベルくんの『衝動』とかは感じられんのかね」
「『衝動』ならば大凡掌握しているも当然だが……誰がどの『衝動』を抱えているか分からないものさ」
故に宵闇もアベルを捕捉していない。
高槻としては、何も焦る理由も見当たらない為、悠長に言う。
「……ともあれ、これは隠居生活みたいなものさ。気長にやっていこうじゃないか」
○
『マスターよ』
『主人公(キミ)が結末(ダレカ)を怨むのならば、その復讐に手を貸そう』
●
-
【三日目/夜間/練馬区】
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(小)、肉体損傷(中)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]『クリーム・スターター』
[所持金]それなりにある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、弟に許されたい。
1:同盟可能な相手を探す。
2:ライダー(幼女)の対策をする。
3:刺青のバーサーカー(アベル)は夜が明けてから検討。
4:勇路の能力に警戒する。
[備考]
・役割は「教会のシスター」です。
・拠点である教会に買い溜めした飴があります。当分、補充が利く程度の量です。
・通達を把握しました。
また通達者の先導アイチは先導エミが探す人物ではないかと推測しております。
・先導エミはマスターであると確信しました。
・平坂とライダー(幼女)の主従を把握しました。
・端末は後日、中野駅に向かい引き取る予定です。
・フードの男(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・馳尾勇路とバーサーカー(ヴラド)の主従を把握しました。
・勇路の能力を目撃しましたが、全てを把握しておらず、スタンド能力ではないかと疑っております。
・高槻泉をマスターと判断しました。
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル】
[状態]霊体化、魔力消費(小)、肉体ダメージ(小)
[装備]
[道具]アメ(教会で補充しました)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。ホット・パンツにはなるべく従う。
1:もう何も迷わず戦い続ける。
[備考]
・平坂と少女のライダー(幼女)の主従を把握しました。
・幼い少女は妹を連想させる為、戦うのに多少抵抗を覚えてしまうかもしれません。
・高槻泉をマスターと判断しました。
【高槻泉@東京喰種:re】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]携帯電話
[所持金]小説家としての給料
[思考・状況]
基本行動方針:???
0:馳尾勇路の『衝動』を辿る。
1:アベルくんかぁ……
2:滝澤くん、元気にしている?
[備考]
・参戦時期は[削除済み]。
・現在『東京』で発生している事件については大方、把握しております。
・現在までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・ホット・パンツがマスターであると把握しました。
【アヴェンジャー(メルヒェン・フォン・フリートホーフ)@Sound Horizon】
[状態]魔力消費(小)、実体化(スキルによる視認不可)、宝具『終焉へと奔る第七の地平線』発動中
[装備]
[道具]吸血鬼の少女(セイバー/フランドール)の魂
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:『復讐』に手を貸す。
0:馳尾勇路の『衝動』を辿る。
1:吸血鬼の少女の『復讐』を手伝う。
2:マスターの『復讐』を成し遂げたい。
[備考]
・キャスター(ブルーベル)の復讐は達成しました。
・現在、セイバー(フランドール)の復讐に加担しております。
・ホット・パンツのサーヴァント(アクア)の『衝動』を感知しています。
・馳尾勇路の『衝動』を感知しています。
・現在までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・マスターに強い『衝動』があるのを感知しています。
・彼の宝具によって聖杯に致命的な問題が発生しております。
【三日目/夜間/???】
【先導アイチ@カードファイト!!ヴァンガード】
[状態]健康、???
[令呪]不明
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の遂行?
0:エミ……
1:次回の定時通達で討伐令を告げる。
[備考]
・参戦時期は少なくともアニメ三期終了後。
・ある程度、先導アイチとしての意思は残っている状態です。
<その他>
・次回の定時通達にて、高槻泉とアヴェンジャー(メルヒェン)の討伐令が出されます。具体的な内容は不明です。
-
◇
――――開■情報■更新さ■■した――――
◇
-
【クラス】アヴェンジャー
【真名】メルヒェン・フォン・フリートホーフ@Sound Horizon
【属性】秩序・悪
【パラメーター】
筋力:E 耐久:C 敏捷:C 魔力:A+ 幸運:D 宝具:A
【クラススキル】
復讐者:C-
受けたダメージの度合いにより、魔力を得るスキル。
デメリットとして、自軍の能力を低下させてしまう。
忘却補正:A
自身の逸話に関する情報を抹消させる。
メルヒェンの場合、ほとんど歴史の名を残した記録すらなく。
真名を把握したとしても、彼の逸話を発見するのは困難である。
自己回復(魔力):D
マスターの魔力が枯渇している状況下であっても、自力で魔力を得るスキル。
あくまで、自家発電じみた能力の為。『単独行動』とは異なり、マスター不在の魔力を補うのは不可能。
【保有スキル】
宵闇:A
普段は実体化していても視認が不可能。ただ、声はどこからか響くように聞こえる。
メルヒェンを視認出来るのは、マスターである高槻泉や彼の『復讐劇』の傀儡になった対象。
また同ランク以上の『直感』などのスキルを有すれば看破可能。
気配感知:C
近距離ならば同ランクの『気配遮断』を無効化する。
メルヒェンの場合『衝動(うらみ)』の感知に特化している。
屍揮者:C(A+)
『衝動』を抱える者を操る能力。死者に対しては()内のランクとなる。
彼に対して自らの『衝動』を唄わざる負えなくなる。
……酷似したスキルを他のサーヴァントが有しているが、それとは異なり。
カリスマや精神干渉の類ではない。抗えるのは『衝動』に逆らえる精神を持つ者だけ。
【宝具】
『イドへと至る森へと至るイド』
ランク:EX 種別:対魂宝具 レンジ:東京~??? 最大補足:???
魂が集う井戸を出現させる宝具。
少なくとも、聖杯戦争の舞台である『東京』で死に絶えた魂たちとの邂逅を可能にする通路。
聖杯に注がれた英霊の魂までも呼び起こせる事から、最低でも聖杯の基盤まで効果範囲は及んでいる。
『終焉へと奔る第七の地平線』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
メルヒェンが発動する復讐劇。対象に強い『衝動』があれば傀儡にし、対象を通して『衝動』を理解し、その復讐を手伝う。
発動する対象によってその効果は異なるが、童話になぞらえたり、対象自身に影響された復讐が成される。
その復讐は、運命・因果を操作する類。場合によっては時間がかかるが、必ず成就させる。
復讐劇が閉幕するまでに、メルヒェンかマスターを倒さなくてはならない。
ただし、対象となった存在の魂は摩耗する。故に、NPCなどの軟弱な魂では復讐劇を達成出来ない。
【人物背景】
井戸に落ちた少年。
復讐こそが彼の存在意義であり、彼を召喚するマスターはどこかで『復讐』を望んでいる。
メルヒェンは、マスターが望もうとも、望まずとも。一つの意思の元、行動する。
【サーヴァントとしての願い】
マスターの復讐に手を貸す
【マスター】
高槻泉@東京喰種:re
【マスターとしての願い】
???
【能力・技能】
???
【人物背景】
高い人気を持つ若き天才ミステリー作家。
代表作は『王のビレイグ』『黒山羊の卵』など。
-
投下終了します。タイトルは「光と闇の童話」です。
続いて
安藤&カイン、潤也&ジャイロ、アイリス&ナイブズ、あやめ、ジーク、遠野&ジェイソン、ブライト&幽々子
以上を予約します。
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投下します
-
東京都葛飾区―――不動総合病院。
もう少し経過すれば深夜に等しい頃合いに、二人の女性が訪れる。
都内にテロリストが出現しているせいもあり非常事態に備えて、本来は受付を終了している時間帯にも関わらず。
明かりが未だに消える気配がなかった。
雰囲気としては『不合格』なシュチュエーションだろう。
だけども、ルビーらしき宝石をあしらった派手な首飾りを身につける女性が言う。
「こんな時間だと病院に『幽霊』が現れるのはありえなくはないが……実際のところ、どうだい? ユユコ」
「まぁ、ありきたりな展開ねえ」
一人は、肉体性別は女性ながら中身はまるで違う。
聖杯戦争のマスター、ジャック・ブライト。都内を蹂躙する『アベル』や『カイン』を収容していた財団に所属する博士。
もう一人は、ブライト博士のサーヴァント――キャスターの西行寺幽々子。
彼らの目的は決して肝試しや、超常現象を探る為でもない。
ここに入院していると噂されている、ある少年・ジークと接触する為だった。
幽々子は早速、建物内部を感知してみる。
成程。明らかに異常な………これはサーヴァントの魔力に等しいほどのものではないか?
そう驚愕を隠せないものを感じ取った。しかし、サーヴァントが明らか様に実体化している。
少年(ジーク)のサーヴァントの可能性も? この状況下では、何とも判断しようがないものの。
だが……幽々子が抱いた違和感は、他にあった。
言葉では表現し難い。全体的に靄がかけられたような、そして明らか様の妖気。違う。
これに等しい感覚を幽々子が知っているからこそ、正体を掴みとれる。
幽々子は、己のマスターに告げた。
「多分だけど、幽霊はいないわ。代わりにサーヴァントと『妖怪』がいる」
「ヨウカイだって?」
ブライトの声色は、恐怖ではなく好奇心に満ち溢れたものだった。
そんなマスターに呆れながら、幽々子は話を続ける。
「なんとなく『居る』って感じられるぐらい。いいえ、似たような類を知っているから、分かったようなものかしら」
「それで一体どういう妖怪なんだい?」
「焦らない方がいいわ。妖怪には厄介な制約を持った部類もいるし、早計に判断したら駄目よ」
何より。
どのような妖怪は知ってしまえば、面白半分にブライトが実験紛いの行為をしそうだ。
相手が、どういった性格の妖怪かも分からぬ以上。余計な手出しをすれば、機嫌すら損なう。
瞬間。
突如としてブライトと幽々子の周辺に霧が立ち込めた。
『西行妖』による影響ではないだろう。それらは一瞬にして、情景を変貌させ。
まるで、異界へ放りこまれたような錯覚を露わにさせる。
何もブライトたちだけを狙ったものではない。
彼らの眼前にあった不動総合病院も健在だ。明かりもそのまま。如何にもな雰囲気の森林と湖が隣に広がっていた。
-
「?」
ブライトも反応に困るほど、突然の変化。
幽々子はサーヴァントながら、異変の正体を把握していた。
即ち、これは―――
「固有結界ね」
「ケッカイ? 私達の身動きを封じる為の??」
「だったら病院ごと――というのが理解できないわね。私たちは『ついで』に巻き込まれたのよ。
恐らく、犯人の目的は病院の中にあると思うわ。例えば、例の少年」
「うーん……それでも、効率的ではないんじゃないかな。つまり、現実世界――ああいや。
『東京』の方じゃ病院は完全に消えてしまって。所謂『神隠し』のような現象が発生しているのだろう?」
「そうなるかしら」
「それはそれで目立ち過ぎじゃないか。何より『固有結界』も宝具の一種だ。
自ら手の内を大胆に明かすのは、些か無計画と言わざる負えないというか……」
「後先考えてない性格なんでしょうね。ブライトと同じで」
余計なひと言を加える幽々子。
固有結界は、相手の先手。これだけで十分優位に立ちまわれるという訳だ。
幾ら、真っ向からある程度の戦闘が可能とはいえ、幽々子もこうも視界が悪い状況では不利に等しい。
すると。
建物・病院から悲鳴が聞こえた。
次第に悲鳴や騒ぎは大きくなっていく。
今、あの建物の内部では何が発生しているのだろうか。少なくとも――人々・NPCの虐殺。
嗚呼。要するに、少年を探す為に虱潰しをしている。何とも迷惑な話だ。
「いや。待てよ?」
ブライトは、人々の呻きを余所に思い至る。
また、余計な事だろうか。幽々子が少しばかり呆れる一方。
彼(肉体的には『彼女』)は幽々子に言う。
「ユユコ。確か『魂食い』というのがあっただろう?」
「え? ……ああ、そうね。もしかしたら、そっちの目的もありそう」
「うん。私はその線が濃厚だと判断するよ」
魂喰い。
サーヴァントが行える魔力を回復させるための手段。人間の命を奪う行為。
刺青のサーヴァントは『魂食い』の為に虐殺をしているのだという、そういう噂をマスターの誰かが口にするかもしれない。
実際は違うと、ブライトは理解しているが。
この固有結界を発動させたサーヴァントは、それも目的だろう。
建物の外からでも分かる。
サーヴァントは派手に暴れ続けては『魂食い』により魔力を得て、悠々自適に殺戮を勤しんでいるのだ。
「ユユコ。一仕事して欲しいのだが、魔力の方はどうかな?」
「それなりに回復したわね。『西行妖』の方はギリギリ四分咲きくらいかしら」
「よし。それじゃあ、結界を持つサーヴァントよりも大げさにやってくれ」
-
「………?」
神隠しの少女・あやめは、何か違和感を覚えた。
固有結界による類……じゃない。もっと、恐ろしい。純粋なモノのような。
だけど、あやめはソレの正体を理解していないが為に、共に行動するセイバーへ伝えようにも出来ない状況だった。
コートを着こなした冷酷な雰囲気を纏ったそのセイバーは、彼自身のマスターからの念話を受けていた。
(セイバー? ちょっと話があるの……)
「危機的状況ではないなら少し待て。こちらは新手のサーヴァントを相手にしている」
少女のマスター・アイリスは、セイバーの話を聞いて。
間を置いてから尋ねた。
(どういう状況?)
「固有結界だ。病院ごと隔離されている。気配の察知に支障を来しているのは、結界が原因かも知れないが。
アサシンの部類の仕業だ。何であれ、お前の心配事は問題ないだろう」
(それは――『あの子』のことよね)
「あれはそう簡単には見つかるまい」
そう。
しかも……例え見つかったとしてもアイリスの仮説通りならば、異界へ惹きこまれてしまう。
『ブービートラップ』に近い。
だが、相手サーヴァントの気配が察知出来ず、攻撃の対処が寂しいのは仕方がない。
すっかり霧の立ち込めた病院の廊下を早足で進み。
記憶していた病室の扉を開ければ――そこに少年の姿は一つの欠片も無く。
あの一瞬の隙に……
流石の異常事態で、本能的に危機を察したのだろう。
取り逃がすのは非常に面倒な話だが、まだ結界内に捕らわれている状況は変わらなかった。
無言で状況を睨みつけながら、セイバーは念話で素っ気なくアイリスに伝えた。
「話は敵を倒してからだ。それまでお前も静かにしろ、マスター」
(……ええ。分かったわ)
アイリスにも何か重要な話があったのは、どことなくセイバーも勘付いたが。
それでも、悠長に話に耳を傾けるほど余裕のある状況ではないのだ。
まずは、あの少年(ジーク)の捜索をするべきか。
セイバーが再び病室から廊下へ移動した。
「え?」
あやめは、不可思議なものを目にして声を漏らす。
彼女とセイバー。二人は、霧の中から現れた『蝶』を目撃した。
奇妙な美しさを纏った煌びやかな『蝶』。固有結界にある森林や湖とはまるで趣向の違う。
これが結界の持つサーヴァントの攻撃?
セイバーの『直感』は、この時ばかりは冴えた。物のついでにあやめを掴み、ヒラヒラと飛行する『蝶』を避ける。
よく分からないが『不味い』。
本当の意味での直感を頼りにセイバーは『蝶』を避け続ける。
中には、ホーミングするように追跡を執拗に行う『蝶』も居た。それは居た仕方なく切り落とす。
閉鎖的な空間に、このような罠を仕掛けるのは、厄介な部類であった。
セイバーとあやめが、チラリと病室を横眼にすれば。
そこで眠る人間たちに『蝶』が集っているのが明白だった。
「何だ! 一体何の音だ!!」
騒がしさに不満を爆発させた老人が、暴言と共に廊下へ飛び出す。
その矢先。
ヒラリと現れた『蝶』に触れられると、糸を失くした操り人形のように倒れる。
死んだ。
馬鹿馬鹿しいほど呆気なく。
これっぽちに人間を殺めるなど、それこそ悪魔のような所業であった。
きっと、人間の生命も。あらゆる生命も、些細でどうでもよく感じる……『科学者』のような。
あやめが悲鳴を漏らし、ナイブズが憤りを覚える。
けれども。こんな馬鹿げた攻撃が非常に厄介だった。
ナイブズも大方予想を抱く。
サーヴァントの目的は間違いなく少年(ジーク)と『魂食い』だ。
屋上からここへ至るまで少年らしき姿も、サーヴァントもいない……舞台は下だ。
-
「逃げろ……! ここに居るのは不味い!」
噂になった少年・ジークが必死に呼びかけ続ける。
避難する患者たちの手助けを、痛みのある体を酷使し続けながら対応していた。
周囲には看護師もいるが、彼女たちも異常事態に戸惑いや混乱で冷静さを失っている。
ジークは、こうして避難させるしかなかった。
例の『蝶』……あれは接触すると死を招くものなのだ。
ジークの持つ『理導/開通(シュトラセ/ゲーエン)』は接触しなければ、解析も破壊も不可能……
実質、無力の状態に等しい。
『竜告令呪』は残り二つ。
否、肉体に呪いが充満しているのをジーク自身が理解していた。
だから、使用できるのは実質一回のみ。
再びあのバーサーカーを倒す為にも、変身可能な時間を考慮すれば、奴を捉えたところまで変身は温存しなくては。
「『蝶』に触れては駄目だ。とにかく、先生たちのいる一階へ向かうんだ」
「あ……ありがとう………」
看護師が車椅子に乗った男性患者を運ぶのを見届け、ジークは病室に取り残されている子供を発見する。
集ろうとする蝶を、咄嗟に避ける為。
子供の体の方を掴んだ。
このような事態を知らぬように、子供は眠り続けている。
「くっ…………これで最後か………」
ジークの居る階層にいる人間は、これで避難をしたはず。
子供をどうにか一階まで運んで……体の傷は、少々痛み続けるが、まだ戦えるとジークは実感した。
固有結界内で安全な場所なんて存在しない。
あげくに、死の充満した異界へと変貌しつつある。
!?
一瞬の悪意……!
ジークはそれを以前感じたことがあったが、直ぐに反応が許されなかった。
廊下に現れたジークの真横に、怪物が出現する。
子供を握りしめたまま。二度も同じ手段を赦す訳のないジークは、本能的に『磔刑の雷樹』を発動させた。
怪物は、瞬時に霧へ姿を溶かしてしまう。見失ってしまった。
油断すれば奴は、再度攻撃を仕掛けるに違いない。だけど、それでもジークは気を保った。
魔力がある。『磔刑の雷樹』は常時発動できる状態だ。今のは威嚇に等しい小規模な威力。
本来は、拡散ホーミングサンダーのようなものだ。
子供には被害を及ばぬように、自身の周辺に電撃を発生させるジーク。
姿を消しているが、気配がないだけで実体は確かにある。アサシンの気配遮断と同じならば……!
――ガシャン!
何かが倒れる音。
それは、バーサーカーのものか? それとも………
ジークが聞こえた方へ走れば、そこにあったのは。何でもない。
エレベーターに乗ろうとした看護師と男性。先ほど、ジークが手助けした二人だったのだ。
「………っ!」
彼らはどう見たって『殺されていた』。
蝶によって招かれた死ではない、強靭な力と残虐な凶器によって、無残に血肉をバラまかれている。
ジークの殺害よりも、無辜の人間の殺害を優先させるなど……!?
「バーサーカー………!!!」
だが、バーサーカーは現れる事がなかった。
安い挑発には乗らないのか。単純に魔力を補うべく、殺戮のみを目的に行動しているだけか。
定かではないが、もうここには居ない。
明確な憤慨を意思を秘めたジークは、子供を抱き締め駆けだした。
-
遠野英治は「良し」と状況を判断していた。悪くない。
体調は相も変わらず最悪だが、怪物のバーサーカーこれだけ暴れているにもかかわらず。
魔力がさほど失われた感覚はない。『魂食い』の効果は絶大である。
所詮、刺青男と同じよう殺戮しか脳がない怪物だ。初めから『魂食い』を思い出していれば、令呪だって使わずに。
少しばかり舌打ちを漏らす英治だが、今更不満を述べてたところで令呪は帰って来ない。
混乱に乗じて、英治はある場所へ向かっていた。
それは『ナースステーション』。
きっと、運ばれた少年について何か記録があったり、あるいは病室が分かるかも。
「誰だっ!?」
「!」
唐突な叫び。
院内を駆け巡っていたであろう医者らしき男性が、英治に気付いたのだ。
どうやら、何人か生き延びた連中がいる。まだ英治は少年の居所を掴めていないというのに。
苦し紛れの言い訳を、英治は言う。
「す……すみません! さっき妙な男に襲われて、隠れようと……」
「……あぁ、そうだったのか。なら、こっちに来い。皆が避難している場所に案内する」
生きている奴がいるのか。
英治の感想は、殺人者やテロリストの思考そのものであった。
殺戮者であるアベルは、英治のような感想は抱かない。例え生き伸びた人間がいたとしても、彼からすれば関心がないのだ。
案内する医者に対して英治は、迷う。このまま案内を終えたら殺してしまおうか。
捜索をしている中。
英治は幾つかのメスを入手していた。
人を救う道具であり、使いようによっては人間を殺害出来る。
「あ、先生! 尾崎先生!!」
向こうから看護婦が一人、小さなそれでいてハッキリした声で呼びかけてきた。
尾崎と呼ばれた医者は彼女に確認する。
「どうだ?」
「駄目です! 携帯電話も圏外の状態で、どこにも連絡が取れない状況で……もう、どうしたら!」
「やっぱりか……一先ず、籠城だ! 患者以外の男性全員に手伝って貰うよう頼んでくれ」
「は、はいっ」
無辜の市民を守護しようとする精神は、一般的には『善』なのだろう。
しかしながら、聖杯戦争の舞台上においては、全くの『無』に等しい行為でしかなかった。
英治は、内面では愚行に呆れてものも言えない。
どうせ全員バーサーカーによって皆殺しだ。文字通りの『生贄』という訳だ。
ふと。英治の視界に、奇妙な物体が登場した。
艶やかに輝く『蝶』だ。
このようなもの……歪な外見に似合わず、バーサーカーの宝具なのか。英治がそう思いこむ。
同じく、尾崎も不思議に感じた『蝶』は何なのか。ふっと、僅かに接触をした途端。
尾崎は―――倒れる。
-
「っ!?」
なんだ……?
英治は鼓動が早まるのを感じながら、恐る恐る尾崎の体に触れた。
こうしている間も、尾崎は一切反応をしない。呼吸も……していない。死んでいる!?
馬鹿な! これがサーヴァントの攻撃など!!
異常極まりない現象に、英治は得体の知れぬ恐怖に襲われる中。
「あー、いたいた。これをやらかしているサーヴァントのマスターは、君じゃないか?」
と、調子こいた様子で出現したのは、一人の女性。
奇抜なほど伊達なルビーの首飾りを身に付けたマスター、ジャック・ブライト。
そして、キャスターの幽々子。
二人はまるで、観光を楽しんでいるかのように病院内を移動していた。
呑気に捜索をしていた彼らに捕捉された英治だが、取り合えず知らぬふりを決め込む。
「ま。マスター……? さ、サーヴァントって、なんです? そ、そんなことより! とんでもない暴漢がここで暴れてて……」
「臭い演技はやめて欲しいね。さっき、君の令呪が見えたんだから」
―――令呪……!? し、しまった。
浮かれていた訳ではないが、令呪もマスターの正体を知られる原因の一つだ。
事実。とっくの昔に殺害した不動高校の女子生徒もまた、英治の令呪に気づいて声をかけたのだ。
反射的に英治が令呪のある腕を抑え込んでから、ハッと我に帰る。
そうだった。
英治の令呪は、腕を捲る位置に刻まれていた。普通は見えるはずが……!!
しかし、もう時は遅い。
「ハハハ! 犯人がこういう安直な引っかけに嵌るもんかなぁと、大分前から疑問だったのだけど
今日解消したよ。どうも、ありがとう」
「…………貴様」
-
「それで、これは君のサーヴァントの仕業かな? 随分と大胆で馬鹿な真似をしたものだ」
随分と小馬鹿にした物言いに苛立ちがない訳がなかった英治。
だとしても。英治は、くつくつと笑いがこみ上げる。
「分からないのか? お前達は逃げられないんだぜ! お前も、あの正義の味方気取った子供も!
全員、俺のバーサーカーが――殺す!! 一人残らずな……!!!」
「あー……やっぱりそういうことか。君とバーサーカーの狙いは『魂食い』。うん、大体予想通りだ。
病院に収容されている人間でも塵も積もれば山となる。そんな事をされたら、私たちも参ってしまうよ」
ブライトの読み通りだ。
英治が自信に満ちた表情なのも、魔力が尽きる事ないから故の慢心。
だったら、どいつもこいつも全員殺してやる。なんて頭のどうかした思考回路に対して、ブライトは効果覿面な反論をぶつけた。
「そこで私は考えたのさ。だったら、私達が『先に』全員殺せばいいってね」
「…………な………に?」
「おいおいおい! 何も『魂食い』というのは君のサーヴァントの特権じゃない事くらい分かっているんじゃないかな?」
「……あ、ああっ…………!!」
「そうだとも。君のウスノロなサーヴァントなんかより、ユユコの方が仕事が早い!!
何より、ユユコは亡霊だから魂の回収はお手の物さ。さぁて、粗方生きた人間は殺しつくしたし……
多分、バーサーカーも生き残った人間の捜索に必死だろうね。残りの生存者がいるのは……」
皮肉にも、ジークが必死に誘導した。
既に死に絶えた尾崎が避難させた人々のいる場所。
恐らく『そこだけ』にしか生きた人間は最早、残ってすら居ない。
呆然とする英治に対し、ブライトは痛快なほど楽しげに語った。
「ん? ひょっとして私があの少年のように、正義感と善意に満ちた大人だと思っていたのかな?
残念ながら、私は『悪』ではないが完全な『正義』でもない。犠牲は重々受け止める所存だけどね」
「は……はは………」
とんだ発想に英治も乾いた笑いしか込みあげなかった。
ガラガラと、自分自身の理想が崩壊するのを実感してしまう。
バーサーカーは? 何をしている?
あのマスターが言うとおり、生きた人間を探すのに必死なのか。クソ!
英治は、ヤケクソ気味にメスの一本をブライトへ投げつけた。
的中したか否かはともかく――英治は逃げる。
バーサーカーの宝具の霧が、英治の身や気配を隠してくれていた。
やれやれといった具合に、ブライトは幽々子に命じる。
「多分、遠くには向かっていないだろうし。君の宝具で始末してくれ」
「殺してもいいのかしら」
「ユユコ。その程度のこと、私が説明するまでもないだろう?」
「……そうね」
正真正銘の絵に描いたような聖杯を求める人間。その為には殺人を厭わない人格者。
遠野英治は、本当の意味で危険だ。
幽々子も、以前接触した馳尾勇路やロボットのアーチャーは交渉の余地がありそうだと感じるものの。
こればっかりは救いようがないと感じた。
だからこそ『死』を与える。
死神気取りのジャック・ブライトに対し、研ぎ澄まされた殺意が振りかざされた。
-
「――――――!」
人の子であるブライトからすれば、文字通り一瞬。刹那に等しい時間で終わりを告げられた。
<天使>の刃。
その腕に纏った刃先で、セイバーは少しばかり眉を潜める。
キャスター……ブライトのサーヴァント。彼女を斬った感覚はない。
いや、確か『亡霊』だとか饒舌述べていたから、物理的な攻撃による感覚がないだけかもしれない。
最悪、仕留めそこねた可能性はあるが……何にせよ。マスターは殺した。
怯える瞳でブライトだった女性の死体を眺めるあやめ。
これほど至近距離でブライト達が、セイバー達の気配を察知しなかったのは、あやめの能力によるものだ。
『神隠し』
実体化したセイバーも、容易に隠せてしまうほどの力。
しかし、サーヴァントのセイバーを完全に隠すのは不可能だ。
皮肉にもソレを可能にした要因こそ―――バーサーカー・ジェイソンの固有結界である。
霧により異常に気配がおぼろげとなり。
『直感』を有するセイバーですら、能力が万全に機能しない状況下。
しかしそれは、宝具を有するバーサーカー以外、全員に等しい状況である。
幽々子も、ブライトも。
恐らく<天使>の刃の餌食になる瞬間まで、気付かなかった筈だ。
「ごめんなさい……でも………」
あやめは、死体となったブライトに謝罪する。
だけど、憤りを覚えるセイバーと同じく。『生』を疎かにする彼らを許せない気持ちは、あやめにもある。
故に、セイバーの共犯者となった。
それだけのことだ。
さて。
セイバーは、すでに死に絶えた人間など興味を失くし。
先ほど逃亡した遠野英治の事を思い出す。
「生き残った人間のところへ向かうつもりか……既に、居る訳だな。バーサーカー」
「あの」
「お前の力はサーヴァントには通用しない。狂ったバーサーカー相手でもだ」
「……わかりました」
-
「どうなっているの!? 警察はまだ!!?」
「さっき、刑事の人がいたよな!? なんでここに、いねぇんだよ!」
テロリストが出没したというのに、避難をし身を隠している人々は不安のあまり騒ぎ始めていた。
これでは、直ぐにでも居場所が明らかとなる。
看護婦たちが決死の思いで、彼らの機嫌を宥めていた。
男性は皆。形だけのバリケードを制作するのに必死である。
何もしないよりはマシだったが、サーヴァント相手には焼け石に水状態だ。
(敏夫……)
ホテルに帰りそびれた一人の作家が、未だ姿を現さない幼馴染の心配を胸に抱える。
何より。
その作家・室井静信は奇妙な点に気づいていた。
彼らが籠城する会議室(本来は医者・看護師のミーティングに使用される場所)へ向かう途中。
窓越しから湖が視えた様な気がした。
葛飾区は愚か。東京都内にあのような湖がある訳がない。錯覚の筈。
だけど、病院内に立ちこめる謎めいた霧や。
チラリと目にした美しい――この世のモノとは思えぬ『蝶』は、果たして幻想だったのだろうか。分からない。
静信が理解できたのは。自分が望んだ惨劇の舞台に降り立ったという実感。
後悔しているのではない。
想像以上に人間が醜い有様で、己の生をすがろうと必死な哀れな光景を目にした事。
想像していたよりも、大した地獄ではない事。
永遠に絶望を抱え込んだ状況のまま。この空間に生かされ続ける訳ではない。
病院内を徘徊する暴漢が死を与える……嗚呼だからこそ『死』こそが、ここにいる人々にとっての救いだ。
(『死』か………それなら………)
静信は、バリケードの制作に加担しながら思う。
あの刺青男。愉快に『東京』の街を徘徊する自由気ままな殺戮者たち。
きっと自分はどこかで……彼らが羨ましいと感じたのだ。彼らは『幸福』の絶頂に居る。
ならばこそ、彼らが互いに死を分けあったら。
最後に残った者が、多分『不幸』だ。
「すまない! この子を頼む……!!」
そんな静信の耳に少年の声が入って来る。
バリケードが張り巡らされている隙間から、一人の子供を差し出す少年の姿。
まだ、取り残された人が居た……!?
いや、それだけではない! 彼は―――
静信は、少年こそ先ほど緊急搬送された謎の少年であると気付いたのだ。
「い、今なんとかスペースを作るから!!」
「俺はあのバーサーカーをどうにかする。バリケードはそのままにして欲しい」
「あっ! ちょっと!!」
呼びかけに応じる様子もなく、少年はバリケードの向こう側へ行ってしまった。
恐らく少年は、自ら望んで暴漢に立ち向かおうと決死行を企んでいるのだろう。
ここで恐怖する人々の為、正義や秩序の為、彼自身が善であるが為に。
だけど……それは本当の意味で『幸福』なのだろうか。
静信はどういう訳か、少年が悲哀に帯びているように感じられた。
彼は、東京にいる誰よりも『不幸』だった。
-
視界を妨害する霧の中で潜んでいるであろう怪物に、少年ことジークは握り拳を強く作った。
ジークは、以前にバーサーカーの宝具を体験したからこそ。厄介な部類だと理解している。
例え『黒のセイバー』に憑依したところで、背後を襲われてしまえば、二の舞だった。
そうなれば。
ジークの中にあるもう一騎の英霊『黒のバーサーカー』の宝具『磔刑の雷樹』だけが頼みの綱。
もう一度『磔刑の雷樹』を展開させて、それでバーサーカーを捉える他ない。
「!」
張りつめた緊張の中。
どこからか物音が聞こえた為、ジークが振り返ると霧の中から人影が見えた。
「バーサーカー!」
「うわっ、や、やめてください!!」
ジークは我に帰る。
そこにいたのは、一人の青年。バーサーカーではない全くの無関係な人間であったのだ。
まだ、逃げ延びた人間がいたという訳だ。
少しだけ安堵するジーク。
ふと、青年の顔を目にして尋ねた。
「あなたは昨日の……体調が悪くて病院に?」
「………え? えっと………どこかで…………?」
「ああ、昨日蹲っていたところを介抱しようと……すまない。そのような場合ではなかった。
向こうにある会議室に皆は避難をしている。俺はあのバーサーカーを倒さなければならない」
「倒す!? そんな無茶な……君も一緒に!」
「奴の狙いは俺だ。恐らく仕留め損ねた俺にトドメを刺す魂胆だろう」
だけど、バーサーカーは無差別だ。
恐らく刺青男も同じ。人間の命など……ましてや無辜の生贄に気も留めない。
ジークはそれを良しとしない。許す訳にはいかない。
それらと対立する為に、こうして立ち上がった事も自覚していた。
しかし――青年の方は状況を飲み込めない愚か、邪魔をするかのようにジークへ言う。
「馬鹿な真似はやめるんだ! 相手は本物の殺人鬼なんだぞっ!!
冗談半分に立ち向かうつもりなら止めるべきだ。警察が到着するまで隠れた方が――」
「そうはいかない。彼らではバーサーカーの相手は無理だ。俺が……止めるしかない」
「いい加減にしろっ! 正義の味方ごっこじゃない!! 本当に死んでしまうんだ!!」
常識的に考えれば、青年の反応は至極正しい。
普通ならばジークの行為は愚の骨頂でしかなかった。暴漢相手に少年一人でどうにか出来る訳がなかった。
しかし、ジークは意思を曲げない。
「例えそれで死んだとしても……それは俺の望んだことだ」
-
少年が持つ、誰もが失った輝かしい正義感を目の当たりにした青年は。
僅かに怯んでしまう。
だけど、鼻を鳴らしてジークに背を向けた。
「だったら、勝手にしてくれ!」
自分はこれでもジークを制したつもりだ。これでジークが死んだところで、自分に罪はない。
そんな言い訳を堂々と宣言するような言い様である。
『カルネアデスの板』だ。
自分が助かる為には、止む負えなく他人を犠牲にしても良い。
人間世界の法では、そんな犠牲が許されているのだった。
ジークは青年からすれば板に捕まる為に、板に縋っている人間を突き飛ばすような行為。
即ち―――………聖杯戦争に生き残る術だ。
青年・遠野英治は、自棄になってジークから離れるフリをして、周辺に設置されていた消火器を掴む。
思い切り、霧で輪郭だけ捉えられたジークに目掛けて。
消火器を振り投げた。
ガッ! という生々しくも堅苦しい効果音を響かせた。
消火器はジークの後頭部に命中する。
まさか……あの青年が、自分に攻撃を……!?
ジークも、マスターだと察せなかったのも悪かったが、しかしながら。
英治は一瞬にしてアイスホッケーマスクを被った怪人へと変貌している。そして、鋭利なメスが霧の中で煌いた。
「………っ!」
「貴様はここで生贄となれ!!」
-
会議室で身を潜めていた人々がこのような状況にも関わらず、また騒ぎ立っていた。
先ほどの少年(ジーク)を呼び戻す為に、バリケードを少しだけ崩そうと何人かが意見をしている。
だが、暴漢の一見を考慮すれば。それは危険な行為であったし。
バリケードを緩めてしまえば隙が生じてしまう。
でも少年を見逃すのは……などなど不毛な論争が続けられている。
恐怖で震える人々は、静かにして欲しい。
最悪、下らない争いが原因で場所を捕捉されるのが一番に恐るべき事態だ。
(………? 今―――)
静信は、何かを耳にしたような気がした。
もしや……そんな不安が的中してしまう。バリケードとは異なる方向から、悲鳴が上がった。
例の暴漢は出入り口から律儀に侵入する事は無い。
窓だ。
暴漢は騒ぎに乗じて窓を破壊し、無力な人間たちの虐殺を開始していたのだ。
一体、どこにいる!?
皆が混乱状態の中。霧の中から生生しい潰れる音、砕ける音が耳に入って来ると恐怖が自然と湧きあがる。
決して暗闇ではない。蛍光灯に照らされ、ハッキリとしている筈の視界。
なのに――どうしてあの怪物から逃れられないというのか!!
「ッ!?」
静信は、不思議にも気配を感じ取れた。
振り返る事も無く、ただ走り出している。それは正解で、暴漢の斧が振り下ろされていた。
逃げ切れた訳ではない。
むしろ、バリケードのせいで逃げ道が塞がれた状況。
暴漢が破壊した壁から逃れるのは……? ふと静信は躊躇している。
世に絶望し、『隻眼の王』に現れて欲しく、あの殺戮者たちが羨ましい……そんな自分が生き伸びようとする意味は何だ?
―――ここで大人しく死んだ方が良いかもしれない……
瞬間。
静信の眼前に舞い上がったのは<天使の羽>。
コートを着こなした英霊・セイバーが、攻撃しようと姿を現す暴漢を捉える。
いくら霧に紛れれば気配遮断を纏うとはいえ、捉えられてしまえば話は別であった。
怪物に最期の余韻も与えず。断罪の刃は無情に振りかざされた。
周囲の物体をも巻き込み、嵐のような斬撃によって怪物は切り崩されていく。
反射反応からして、驚いた事にまだ生きている節を感じさせたものの。
胴体や腕や、肢体の何もかもが積み木の如くバラバラとなった。
「――――」
怪物が粛清されたのは、世界の定めだ。何も間違っていない。
故に……刺青男たちですら、そうなってしまうのだろうか?
ここは、反秩序の楽園ではないのか。
無情に浸っていた静信が我に返ると、霧が完全に消滅しており。周辺にある死体や人々の様子が目で分かる。
―――あの天使は……?
静信がどう見渡しても、あの<天使の羽>を纏った男や、怪物の死骸はなかった。
まるで夢のようだった。
-
「馬鹿な奴だ。助けようとした奴に殺されるなんてな!」
英治が嘲笑しながら、メスをジークに突き刺そうと襲いかかった。
頭部を殴打されたせいか、思考も意思も掠れる状況下。どうにかジークは身を捩る。
メスはジークのわき腹に刺さった。
舌打ちする英治は、今度は喉笛を突いてやろうと新たなメスを取り出す。
が―――
「うっ、ぐぅ………!?」
英治は膝から崩れ落ちてしまう。
皮肉にもジークと似たような無様な姿をさらけ出してした。
(何故だ……!? 魔力は魂食いで補っていた……まさか………!)
病院内に充満していた霧が徐々に消え失せてしまう。
バーサーカーがやられた以外考えられないが、英治は何一つ理解できなかった。
何故ならば、ジークはここにいるし。紛れこんだキャスターの仕業にしたって、先ほど向こうに居た。
バーサーカーは残りの生存者を追って、こちら側に来ている筈。
他にも新手のサーヴァントが!?
「何故、無関係な人々を巻き込んで――」
頭を押さえながらジークは立ち上がろうとする。
しかし、腹部に刺さったメスによる傷口が想像以上に酷なもので、メスが床に落ちると共に血が滴る。
出血が酷い為か、上手く動けないままのジーク。
ただの正義そのものであるジークの言葉に、苛立ちを覚えた英治は、怒りだけで体を動かした。
「聖杯を取る為に決まっているだろ! 俺は螢子を生き返らせる、そして螢子を見殺しにした奴を殺す!!」
「このような事をして『螢子』という方が喜ぶ訳がない! あなたの穢れた手で掴み取った聖杯など……望んでいない筈だ!!」
「螢子は! 命が惜しい臆病者に突き飛ばされて死んだんだ!! 後悔しかないに決まっているだろうが!」
英治は、誰よりも聖杯を求めていると過信していた。この世界にいる誰よりも――
愛した女性の為に。
彼女の――螢子の無念を晴らす為だけに!!
「お前一人の命よりも、ここで幸せそうに生きている人間よりも! 俺にとって螢子の命が大切なんだよ!!」
そう。英治がジークに刃を振りかざそうとした矢先。
慌ただしい声が聞こえる。
近くの会議室より、無事だった人々が我先に現場から離れようと移動を開始していたのだ。
我に帰った英治を目撃する市民たちは、如何にも不審な彼に度肝を抜かれる。
「なんだ!? アイツは!」
「襲いかかって来た奴と同じマスクを被っているぞ!」
「じゃあ、アイツが………!!」
怪人の死亡を見届けていない彼らは、英治こそが犯人だと思いこみ。
バリケードとして使っていたテーブルを盾に突進する。彼らはジークを助けたい思いと、自らが生き残りたい衝動に駆られていた。
これは『カルネアデスの板』なんてものではない。
正真正銘の戦い。
真っ向勝負の対決という訳だ!
「く……!」
英治は咄嗟にメスを投げつけるが、盾となっているテーブルに弾きかれてしまう。
「駄目かっ、効かない!」
当然の事を暴言紛いに吐き捨てつつ。英治は逃亡の道を選んだ。
霧が晴れれば、散々バーサーカーや亡霊のキャスターが殺し尽くした死体が転がる床を走り抜ける。
ジークのところでは、医療関係者が状態を確認している。
「君! 動かないで!! 早く止血を……」
―――バーサーカーは………!
介抱されるジークは全身の痛みと魔力消費に堪えつつ、思う。
―――倒されたのか……? まさか、他にもサーヴァントが………
-
(……………これが………今の『東京』なのか。敏夫……)
静信は死体となって発見された幼馴染の死に悼む。
彼が死ぬはずがない。自分はどこかで思っていたかもしれなかった。だけど……
尾崎敏夫以外にも、死体は様々だ。
外傷のない死体は須らく『急性心不全』と判断される。所謂『死因不明』だ。
それ以外は、殴打や強靭な外傷……中には臓器などをもぎ取られたものもあるらしい。
猟奇的な死体は、間違いようもなくアイスホッケーマスクの怪物の犯行だろう。
「こ、これ……どうすればいいのかしら。死体に布でも被せて……」
看護婦が困惑するのに、静信は我ながら冷静に言う。
「何もしない方がよろしいと思います。警察が到着するまでは現場保存をするべきかと」
「あっ……そ、そうですね」
納得する看護婦は、いそいそとその場から立ち去る。
派手な宝石の首飾りを身につけた女性も、静信は見かけなかったが。
つい先ほどまで普通に生きていたとなれば無常を感じずにはいられなかった。
静信は、緊急に運ばれる例の少年を見届け、現場から踵を返した。
(………はぁ、困ったものね)
そして。
霊体化しているキャスターは幽々子が溜息をつく。
ブライトは生存している。もはや、首飾りが飾りの機能を果たせないほど刻まれているが。
重要であるルビーが破壊されていなかった。間一髪である。
しかし、この状態では本来幽々子には満足な魔力が補えない。
今は、病院で回収した魂を食ったことと『西行妖』の魔力によって、霊体化していれば問題ない状態だ。
(セイバーかしら。まだ居るでしょうね。きっと、あの子が目的なんでしょうから)
ブライトを瞬く間に殺害したサーヴァント。
そして……幽々子が何となく感じ取っていた妖気。姿を捉えることは叶わなかったが、大凡見当はつく。
何故、セイバーを捕捉できなかったのかも、理解できる。
(ひょっとして、マスターなんて事はある?)
だとしたら厄介な相手になりそうだ。
何より、それを教えようにもブライトと念話は不可能である。
どうやら活性化するのは、誰かに憑依している間だけ。宝石状態では、彼は睡眠状態なのだ。
(少し退屈ね)
僅かな休息として幽々子は、大人しくするのだった。
-
【3日目/夜間/葛飾区 不動総合病院】
【ジーク@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(大)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画(令呪の模様は残っております)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界への帰還、そのために聖杯戦争を見極める。
0:病院に他のサーヴァントが……?
1:あるべき『東京』を取り戻したい。
2:アヴェンジャー、及びそのマスターと接触したい。
3:板橋区で何が起きたか知りたいが……
[備考]
・役割は「日本国籍を持つ外国人」です。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・葛飾区にある不動総合病院に搬送、入院しております。
・葛飾区内で戦闘を行った為、多くの人々に『変身』を目撃されております。
→警察が銃刀法違反で聴取をする予定です。ジーク自身はまだ知りません。
・『竜告令呪』は使用しても令呪は消えません。しかし、残り2回の『変身』を行えば邪竜に変貌します。
・傷や魔力は『ガルバニズム』で回復しますが、蓄電が満足にない為、時間がかかります。
【ジャック・ブライト@SCP-Foundation】
[状態]肉体なし
[令呪]残り2画
[装備]SCP-963-1
[道具]
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯戦争という概念の抹消。
0:―――
1:今後の為に『西行妖』の開花を少し早める。
2:アーチャー(ひろし)は危険と判断し、排除したい。
3:少年(勇路)は危うい存在なので、出来れば処理したいが……
[備考]
・キャスターに雑談として財団や主なSCPの話をしました。
・フードのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の宝具が設置されている博物館を把握しました。
・バーサーカー(アベル)の事件以外の情報を入手しました。詳細は後の書き手様に任せます。
・『カイン』が東京に存在することを把握しました。
・勇路がマスターであると把握しました。
・安藤がマスターであると把握しました。
・アーチャー(ひろし)のステータスを把握しました。またそのマスターを薄々勘付いています。
・少年(ジーク)の変身する動画を視聴しました。
・板橋区近辺で発生したバーサーカー(アベル)らの事件を把握しました。
・誰かに憑依していない間は、念話をすることも出来ません。
【キャスター(西行寺幽々子)@東方Project】
[状態]霊体化、能力上昇中(四分咲き) 、魔力貯蓄(中)
[装備]扇子
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:ブライト博士に付き合う。
0:ブライトに危機が及ばない限り、大人しくしている。
1:少年(ジーク)と接触する?
2:どうしてレプリカから死霊が出るのかしら?
[備考]
・ブライト博士に雑談として幻想郷や主な友好関係の話をしました。
・戦闘で発生した死霊は『西行妖』に捧げました。
・西行妖は現在四分咲きであり、冬の範囲を半径10km程までのばしています。
また天候を雪に変化させるほどの天候の影響力を持ち始めました。
・ブライト博士の影響か、死を操る程度の能力の行使に抵抗が無くなっています。
・『カイン』が東京に存在することを把握しました。
・病院で回収した魂は、魂食いしました。
・現在の状況で少なくとも幽々子が消滅する危機はありません。
・セイバー(ナイブズ)の存在を把握しました。
・神隠しの妖怪(あやめ)の存在をおぼろげながら感知しております。
-
「……同盟か」
あやめの『神隠し』を纏い、手術室へ運ばれる例の少年を見届けながらナイブズは呟く。
それに、あやめも僅かに反応を見せた。
嵐のような出来事を解決させたセイバーは、マスターのアイリスと情報を交換する。
彼女が話したかったのは『同盟』の事だ。
何よりも――相手が相手だった。
かつてアイリスを『収容』していた組織で面識のあった人物。
都内で暴走している刺青男と所縁のある人物。
ナイブズは、それらを知りつくしている。何もかも把握している。だから、アイリスと同盟を持ちかけた『カイン』の事も。
(セイバー。貴方の意見を聞かせて)
『………』
それこそ向こうが勝手にやってればいいものを。
どうして、何度もセイバーの答えを知りたがるのか?
自分で決めて、自分で絶望したらいい癖して。責任をセイバーに押し付けたいつもりか。
心底、どうでもいい風なセイバー。
マスターが、そこまで聞きたがるならば不満をぶちまけるように答えた。
『ハッキリ言うが、信用ならない』
(……え? カインが……?)
アイリスの方は馬鹿みたいに驚いていたが、お構いなしにセイバーは続ける。
『逆に聞くが、何故お前はそこまで信用している? 奴が過去に何をしでかしたのは分かっている筈だ』
(それは………反省しているわ。後悔だって。第一、昔の話じゃない)
『確か……お前が「財団」とやらで反感し、自由を奪われた事があったな。
だから、奴も目立つ反抗意思をひた隠ししていた。そういう可能性も否めないだろう』
(ま……待って。カインに限ってそんな事―――)
『第一、奴はバーサーカー………「アベル」をどうするつもりだ』
どう? アイリスは思い出す。
アベルのマスターと、彼自身のマスターを助けたいと言った。
カインのマスターは……アベルを無力化しようとしている。
だけど……アベルそのものに関しては?
言って――――なかった。
無言になったアイリスに対し、ナイブズは乱暴に言う。
『お前が話せと言っただろう』
(……うん。ありがとう)
どこか『孤独』を覚えながらアイリスは一人。学生寮の自室で迷い続けた。
-
【3日目/夜間/葛飾区 学生寮】
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(中)、神隠しの物語に感染
[令呪]残り3画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
0:同盟については……
1:神隠しの噂に関する書き込みに注目しておく。
2:遠野英治の自宅周辺の撮影は保留する。
3:『棺』の捜索のため情報を集める。
4:神隠しの少女(あやめ)を匿える場所を探す。
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
→改めて聖杯戦争の知識を得ました。しかし、セイバー(ナイブズ)に追求するつもりはありません。
・安藤潤也と神原駿河の住所・電話番号を入手しました。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・葛飾区にある不動高校の学生寮に住まいを持っております。門限は夜10時(22時)までです。
・遠野英治の住所を把握しました。
・ライダー(幼女)とライダーのマスター(平坂)、キャスター(ヨマ)の特徴を把握しました。
また、ライダーの宝具『SCP-682』の特徴を把握しましたが、SCP-682であると確信していません。
・神隠しに合ったマスターの存在を把握しました。
・東京拘置所で発生した不審死について把握しました。サーヴァントによる魂食いと判断しています。
・板橋区でアベルが出現した噂を知りました。
・アサシン(カイン)のステータスを把握しました。
・アサシン(カイン)の目的を理解しました。
【3日目/夜間/葛飾区 不動総合病院】
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]魔力消費(小)、黒髪化進行、神隠しの物語に感染
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:魔力を持つ患者(ジーク)に接触する?
2:あのアーチャー(ひろし)は……
[備考]
・アーチャー(ひろし)のマスターについての情報を得ました。
・アーチャー(与一)のマスターは健在であると把握しておりますが、深追いする予定はありません。
・アーチャー(与一)での戦闘でビルの一部を破壊しました。事件として取り扱われているかもしれません。
・バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
・ライダー(幼女)の存在と宝具『SCP-682』について把握しました。
・緊急搬送された少年(ジーク)がマスターであると把握しました。
・ブライトは殺害したと判断しております。
・逸話の経緯もあり、アサシン(カイン)をあまり信用していません。
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]魔力消費(小)、サーヴァント消失
[令呪]残り1画
[装備]神隠し
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争が恐ろしい。
1:どこかに身を潜めておきたい。誰も巻き込みたくない。
2:搬送された少年(ジーク)が気になる。
[備考]
・聖杯戦争についておぼろげにしか把握していません。
・SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
・カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
・トド松とセイバー(フランドール)の主従を把握しました。
・カナエがマスターであると把握しましたが、ランサー(ヴラド)の存在は確認しておりません。
・役割は『東京で噂される都市伝説』です。
・セイバー(ナイブズ)とライダー(幼女)のステータスを把握しました。
・飛鳥とアサシン(曲識)の主従を把握しました。
・緊急搬送された少年(ジーク)がマスターであると把握しました。
・キャスター(幽々子)のステータスを把握しました。
・ブライトは死亡したと判断しております。
-
「ハァ……ハァ………!」
アホらしいマスクを適当な場所で放り捨てた英治。
魔力消費による疲労に犯されながらも、何とか必死に足を動かし続ける。
ジークは……死んでいる事を願いたい。
医者のほとんどが、バーサーカーやキャスターによって始末されているなら、適当な医者如きにあの怪我を治療できる訳が無い。
「く……バーサーカーは……なんだっていい。あの刺青男と同じように、そこらにいる奴らを魂食いすれば――」
ガッ!
突如、英治に暴力が振りかざされた。
相手からすれば軽く突き飛ばした程度の威力なのだろうが、英治からすれば車にはね飛ばされたのような。
それほどの衝撃を全身に感じながら、近くにあった住宅の塀に叩きつけられる。
英治に攻撃を仕掛けてきたのは―――噂したバーサーカー。
「な……に。バーサーカー……おま――」
何故、病院で生き残っている人間を虐殺しないのか。
英治がそう伝えようとした矢先。
強靭なバーサーカーの拳が英治の腹部に振り下ろされたのだった。
メシリと肉体内部に響く、臓器などが破壊された悲鳴。
一体どうして? 先ほどまで従順だった怪物が、何を気が狂ったのか。
原因は、宝具『13日の金曜日』にある。
これで『三度目』だ。
『13日の金曜日』は発動するごとに危険性が高まる部類。
まだ『二度目』の発動後では、辛うじてマスターの命令などに従えるほどの知能は所持していられた。
それだけで奇跡に等しい程に。
三度目の正直と言わんばかりに、バーサーカーはマスターである英治に攻撃をしかける。
復活するごとに強化される暴力的なまでの筋力の餌食となり。
英治の半身は分かつのではないかと思われる位に無残な姿だった。
尤も。
英治もバーサーカーの宝具を把握していれば、このような事態にはならずに済んだのだろう。
素人である英治が、バーサーカーを引き当ててしまった時点で絶望的なのか。
あるいは、クラスメイトの少女を殺害した場面が運命の別れ道だったのかも………
「―――『再び』だな。バーサーカー」
ドカラッと独特の足音を鳴らすのは――『馬』。
全うに騎乗をするライダーが、そこへ登場を果たしたのである。
クルリと怪物のバーサーカーは振り返り、ライダーが馬に騎乗したまま向かってくるのを捉えた。
鉄球を構えるライダー。
何も、ライダーは理由なく、移動が面倒だから馬に騎乗していた訳ではなかった。
全ては彼――ジャイロの思惑があってのこと。
マスターである安藤潤也からの情報。
確かに消滅した筈のバーサーカーが復活したのは、何かタネがあるに違いない。例えば『宝具』。
無論、ジャイロはバーサーカーの逸話や真名を把握している訳ではなかった。
しかし。
一つ明確なのは『復活を可能とする宝具や能力』を所持する事。
ならば、ジャイロは葛飾区内で愛馬(ヴァルキリー)に騎乗しながら巡回をし、彼の宝具の準備を整えていた。
『黄金長方形による馬の走行』による『黄金の回転』。
技術を凌駕したエネルギーを可能とした宝具。
葛飾区に居るというならば……いづれは巡り合う。『あの時』投球できなかった渾身の鉄球を与える機会だ。
「今度こそ決着をつけようぜ」
ジャイロの鉄球に人型ヴィジョンが出現をした。
『無限螺旋を越えた技術(ボール・ブレイカ―)』と名付けられたソレをバーサーカーは理解しようとしない。
暴力と『無限』そのものが衝突する―――!
―――ギャルギャルギャルギャル―――
ジャイロの投球に纏ったエネルギー……
自然界の摂理か。忘れ去られた人類の知恵か。それを知る者はいない。
真っ直ぐにバーサーカーの巨体に直撃したエネルギーは『滅び』を象徴するものだった。
人智からかけ離れた肉体が朽ち果てる。破壊される。
そして。
四度目の宝具の発動により、死にかかっていた遠野英治の魔力が奪われ、完全な終わりが告げられた。
-
(要するにさっきのは宝具のせいか)
『やっぱ、魔力の負担がかかるか。俺もよっぽどの相手にしか使わないつもりにするが……』
自宅でライダー・ジャイロと念話を交わす安藤潤也。
急激な魔力消費に見舞われたが無理も無い。奇妙な能力を有するとはいえ、魔力と呼べるほどの力はない。
身体能力も、普通の少年とは大差ない人間なのだ。
ジャイロの宝具は絶大だ。
漠然と効果を耳にした潤也も、相当の力だと自覚はしていたが……
発動する為に、魔力を必要とされる為。かなりのエネルギーとして潤也の魔力が必要となった。
ジャイロとは異なる『黄金の回転』を極めた者の攻撃は、無限のエネルギーで敵を完膚なきまで攻撃をし続ける。
それと『同じ』だ。
生前ジャイロ・ツェペリが成功しなかった『無限の回転エネルギー』。
それが実現された……聖杯戦争(こういう形)で。
『後は、バーサーカーと戦ったって言う子供。まぁ……無暗に戦闘をしないで、様子見だな』
(………ああ)
潤也が机に置かれた本を横目にやる。
巷で有名な本らしいが、最早流されない事を決意した潤也は、一頁も開くことはなかった。
確かな話。
バーサーカーは今度こそ――確実に倒されたという事実だけが残っている。
自室から兄の部屋を伺う潤也。
あの兄は……きっと『東京』から生きて帰ったとしても、自らが死ぬ定めである事を知らないのだろう。
運命に抗う。
それは、世間だとか、生半可な類ではない。もっと強大な因果に逆らう事。
兄の為に――正しくは『自らの兄』の為に………
「…………」
そんな弟の視線を感じ取っていた安藤は、布団を被り、引きこもりのように蹲っている。
自分が殺されないか不安だ。
身近にいる筈の、信頼できる唯一の相手でもある弟をどうして疑わなければならないのか?
まさか――自分が『弟を殺す兄』と成り果てるのだろうか。
安藤が震えるのを見かねて、霊体化を保っているアサシン(大罪人)が念話をかける。
『マスター……やはり………』
今晩、眠れるかは分からない。
実際のところ不可能だろう。
仕方なしとはいえ、アサシンが不動総合病院まで移動するハメになればその間、安藤が無防備となる。
むしろ。
安藤もアサシンと同じく病院へ足を運べば良い。
普通は……下手に動けば、潤也に悟られてしまうかも……
だけど、安藤は未だに考える。いざという時の為に、靴を部屋に持ち込んでいた。
(潤也……………俺は…………)
前へ進むしかないと、とっくの昔に理解している。
●
「兄貴―――」
潤也は一人。誰も居なくなった兄の部屋を眺めていた。
まるで潤也の知る現実世界で、兄の気配が消えてしまったような空虚が広がっていた。
-
【3日目/夜間/江戸川区】
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]眠気(小)
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通+潤也から貰った一万円(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)と対決する。聖杯戦争を阻止する?
0:病院へ向かう。
1:考える為に情報を集める。
2:アヴェンジャー(マダラ)とライダー(ジャイロ)からの同盟の話は慎重にする。
3:明日、学校に行く。
[備考]
・原作第三巻、犬養と邂逅した後からの参戦。
・役割は「不動高校二年生」です。
・潤也がマスターであると勘付きましたが、ライダーのマスターであるとは確証しておりません。
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・バーサーカー(ジェイソン)のステータスを把握しました。
・アヴェンジャー(マダラ)のマスターが不動高校の関係者ではないかと考察しています。
・ライダー(ジャイロ)の存在を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
また首飾りの女性もマスターであると把握していますが、キャスター(幽々子)のマスターと
同一であるとは把握しておりません。
・少年(勇路)がマスターであると把握しました。
・SCP-963-1及びブライト博士についての情報を得ました。
・現時点で腹話術の使用による副作用はありません。
今後、頻繁に使用する場合、副作用が発生する危険性が高まります。
・フードを被ったのサーヴァント(オウル)が喰種であり『隻眼』という特殊な存在だと把握しました。
・神原駿河と包帯男(アイザック)、金髪の少女(メアリー)の存在を把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
・バーサーカー(アベル)のマスターであるルーシーと今剣の存在を把握しました。
・アイリスの存在を把握しました。
・『財団』について概ね把握しました。
【アサシン(カイン)@SCP Foundation】
[状態]霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)に謝罪をする。
0:深夜、不動総合病院へ向かう。
1:自分は聖杯を手にする資格はない、マスター(安藤)の意思を尊重する。
2:バーサーカー(アベル)と接触する為、ブライトに行動を悟られないようにする。
[備考]
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・ライダー(ジャイロ)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・ブライトとキャスター(幽々子)の主従を把握しました。
しかし、キャスター(幽々子)のマスターがブライトであるとは把握しておりません。
・潤也がマスターであると確信しております。
・警視庁にて、現時点までの事件の情報を把握しました。
・江東区の博物館にある『SCP-076-1』を確認しました。
・バーサーカー(アベル)が自分(カイン)の存在を確認したと把握しておりますが、安藤には伝えておりません。
・ルーシーがアベルのマスターだと把握しました。また今剣がマスターである事も把握しております。
・アイリスがマスターとして東京にいる事を把握しました。
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【安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]魔力消費(大)
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話、『王のビレイグ』
[所持金]高校生としては普通+競馬で稼いだ分(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を得る。その為にはなんでもやる。
0:兄貴……
1:兄を利用する。
2:少年(ジーク)を上手く利用してみる?
3:暇があれば金を稼ぐ。
[備考]
・参戦時期は少なくとも自身の能力を把握した後。
・役割は「不動高校一年生」です。
・通達について把握しております。
・安藤(兄)がマスターであると確信しております。
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
・織田信長をマスターと判断しました。
・バーサーカー(ジェイソン)が生存しているのを把握しました。
・マスターと思しき少年(ジーク)が不動総合病院に搬送された情報を得ました。
【3日目/夜間/葛飾区】
【ライダー(ジャイロ・ツェペリ)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]霊体化、魔力消費(中)
[装備]鉄球×2
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(潤也)には従うが……
0:病院へ向かう。
1:潤也の意思に不穏を抱いている。
2:どうにも主催者が気に食わない。
[備考]
・新宿区で発生した事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しております。
・バーサーカー(アベル)に理性があるのではと推測しております。
・アサシン(カイン)とバーサーカー(ジェイソン)を把握しました。
・アサシン(カイン)の正体に心当たりがありますが確証には至っていません。
・信長とアーチャー(セラス)の存在を把握しました。
・バーサーカー(ジェイソン)が生存しているのを把握しました。
・マスターと思しき少年(ジーク)が不動総合病院に搬送された情報を得ました。
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女性が一人、暗黒に満ちた住宅街を歩いている。
刺青男らが殺戮をする最中、いささか目立った存在ではあったが、彼女も好きでこのような時間帯に居るのではない。
こんな時期でも仕事だ。しかも残業とは運の悪い。
彼らと出くわさない事を祈る最中。
彼女の眼前に何かが現れる。外灯に照らされている人のような……何か。
「え……なに…………」
彼女もネットか何かで目にした背けたくなるような廃れた人喰いの梟と同等の、干からびた死体がある。
ミイラ?
だけど、血が滴っている……生きている? まさか、こんな状態で。
半信半疑で接近する女性と、ミイラのようなものが視線を合わせた。
「け………けい……こ………」
「ヒッ!? 嘘っ」
女性が驚愕と嫌悪の表情を表せば、ミイラの方が酷く動揺しているようだった。
「ど……どうして………お、俺は……お前の、おまえのためにっ、ここまで………」
「い、いやぁっ!!!」
ミイラのように干からびていた男にとって、どこかの誰かに酷似していた女性は全力疾走で逃亡する。
男からすれば、それは拒絶。
愛した女性からの否定が成された。
なんで。
男・遠野英治は絶望する他なかった。
お前の為に…………何人殺したんだ……俺は…………俺は、おまえの……
【遠野英治@金田一少年の事件簿 死亡】
【バーサーカー(ジェイソン・ボーヒーズ)@13日の金曜日 消滅】
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投下終了します。タイトルは「不動総合病院殺人事件」となります。
続いて、カナエ&ヴラド(槍)、馳尾&ヴラド(狂)、ホットパンツ&アクア、エト&メルメルを予約します。
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投稿乙です
悪因悪果 インガオホー
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感想ありがとうございます!
予約分投下します。
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童話はどうやって生まれてくるのか?
【シンデレラ】【ヘンゼルとグレーテル】【人魚姫】【赤ずきん】【いばら姫】………
それらが生まれてくる背景には、人々の悲しい人生があった。
彼らは【童話】の中に取り込まれ、配役を演じる定め。
兄妹を食おうとする魔女は、焼き殺される未来を理解しながらも兄妹を虐げる。
泡になるのを理解していながらも人魚姫は、代償を支払う。
針で眠りにつくのを理解していながらも彼女は、指を刺してしまう。
『英雄もまた同じさ。人々の信仰に習い、歴史という物語・逸話という【童話】に囚われる』
サーヴァントとは即ち。
童話や準えた運命に逆らうのを決した存在。それが許された存在。
前世に未練は無しと答える者もいれば、成し遂げられなかった願望の為だけに、あるいは。
自らではなく。マスターの為に願いを賭けるサーヴァントも居るだろう。
この『東京』にも捕らわれている存在が一つ。
憎悪と憤慨に満ち溢れた文字通りに復讐鬼が蹂躙するかのように、駆け抜けていた。
例え、結局のところ。それらが『彼』自身の責任逃れであったとしても。
復讐は変わりない。
そして――復讐を望むならば手を貸すのがアヴェンジャー。宵闇色の青年の存在意義であった。
『彼を捕らえる童話そのものが彼を封じ込めている。所謂【目覚めを知らないアリス】だね。
彼には、不思議の夢を覚ます『姉』がいないが為に、夢だと気付けぬまま世界に定住してしまった』
尤も。
宵闇色の青年は、復讐鬼と化した少年について述べ続ける。
『今は「彼女」の復讐劇を優先させなくてはならない。残念なことに、僕の復讐劇は一人ずつしか開始出来ない。
何よりも―――彼はまだ死んでいない。まぁ、死ぬ必要性が絶対ではないがね』
「要するに、死者の方が上手く扱える訳だ」
他愛もなく断言したのは、アヴェンジャーのマスターである女性。
女性の皮を被った化物でもある。
彼女は、相も変わらずマイペースな口調で雪が降り切る東京上空を眺めつつ。
「しかし、これは一体どうなるのだろうな」
地上は文字通りの地獄の有様だった。
人々の肉体はまるでサボテンじみた針が飛び出す姿。激痛に身を任せ、外に駆けだし息絶える者や。
ただただ、建物から奈落に響く魂の呻きが鳴り響いている者も。
どういう形だとしても。
『東京』の練馬区内は正真正銘の地獄へと変貌した。
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アベルによる殺戮や、梟の捕食が生半可に見えるほどに悲痛な阿鼻叫喚が『東京』の一角で発生していた。
酷く冷静に宵闇色の青年は、己のマスターである彼女に答えた。
『復讐を達成するか。あるいは、復讐を成し遂げられず息絶えるか。その二つに一つさ』
「成程。どちらにせよ死を以てしか終わらせられない」
ある意味では、宵闇色の青年・アヴェンジャーと似て非なる能力だった。
捕らわれ続けた童話によって、自らも、相手も、無縁な存在ですら巻き込む。
問答無用に参加を強制させられた聖杯戦争の在り方そのものだ。
『僕の都合上、復讐に加担は出来ないが……マスター、君の方は違うだろう』
アヴェンジャーのマスター……高槻泉は、少々他のマスター達とは異なる。
能力を持つ存在は幾らでもいるが、それらの部類を含めても取り分け特殊な部類に属する筈。
それほどの実力を所持する中。彼女は眠れぬ獅子として座し続けていた。
高槻は愉快気に笑いつつ、アヴェンジャーに言う。
「私もそこまで無粋ではないよ。まだ『復讐』の結果すら見ていない段階で……判断が早計じゃないかね?」
何より。
ハッキリ断言してしまえば―――高槻は、復讐鬼の少年にさほど関心が無い。
興味はある。童話に捕らわれる人間。その現象・能力・<断章>、神の悪夢とやらを。
だけども、彼女の世界とあまりに無縁であり、最早彼女は死に絶えたに等しい立場が故に。
積極性というのが極端に失われている。
生への気力が抜け落ちた『虚無』に相応しい内面だ。
せいぜい、導かれた以上ちょっとくらいは『聖杯』とやらに目をかけたいぐらい。
『……一つ手を打つとしよう。成功する保証はないが、呑気に無視できる事案でもないさ』
「じゃあ私は、ここでゆっくりコーヒーを飲みながら見物でもさせて貰うよ」
高槻泉は、自宅マンションのベランダから雪が舞う光景を目にする。
彼女の傍らに宵闇はいない。
先ほどの会話は全て念話によるものだ。
彼女は観客の一人でしかない立場。演出家は差し詰め、宵闇色の青年であった。
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―――殺す。奴だけは………
私怨を燃やし続ける少年・馳尾勇路は思う。
何故、こうなのか。どうして、自分が間違っているとは思えなかったから。
先導エミは<歪んだ鳥籠>に捕らわれるのを、自らの意思を以て拒絶し、勇路に助けを求めた。
無謀であったとしても、少女を手を払う事なんて……出来なかった。
否。
するべきではない。
なのに、先導エミは殺されてしまった。勇路の理解を越えたものによって、死んだ。
殺さなければならない。
実際、先導エミを殺害した外国人・ランサーのマスターと思しき人物は、人間ではない。
勇路と同じく<断章>などに犯された人物か、定かじゃないものの。
最終的に危険なのは変わりは無かった。
あの外国人は――化物は、滅ぼさなければならない。
「マスター」
どこか皮肉こもった男の声が聞こえた。
ビクリと勇路の体が跳ねて、それから恐る恐る振り返って見れば自分のサーヴァント・バーサーカーが居る。
果たして、自分は今、どのような表情を浮かべているのか。
あまり想像をしたくない……
バーサーカーは、正直不機嫌な様子で話しかけた。
「貴様の末路にとやかくは言わん。だが、余の家臣であるのに変わりはない」
「なんだよ、それ」
小言に耳を傾けている暇など、ありはしない。
先導エミの仇を、自分自身の汚名を晴らす為に、勇路は一刻も早く例の外国人を――化物を滅ぼす。
あれが<泡禍>の一部か、何かは知らない。
無関係の化物だったとしても。
「良いか。貴様が如何に愚かであろうが、責務は全うするべきだ」
「……俺は………殺す。決めたんだよ。あの化物も、取り逃がしたマスターたちも……あいつらは殺す」
「呆れたものだ。貴様は余と異なる狂戦士(バーサーカー)か? ……マスター、最早どうしようもないな」
どうしようもない?
さっきから、バーサーカーが何を述べているのか?
勇路は理解出来なかった。
いや………理解、しようとしていないのだろう。自己防衛の一種として。
彼らの周囲を『針山地獄が一面に広がっている』光景を、勇路がどうして理解しなければならないのか。
恐らく、根本では自覚してるかも分からない。
自覚すれば、勇路は自分自身を否定し、己の滅ぼす原因となる。
だが、全ては勇路の話。
彼のサーヴァントたるバーサーカーは、思考も意思も勇路の理想通りではなかった。
家臣であるマスターが『このような所業』をしでかした以上。
王である彼自身の責任でもある。
「余が直々に引導を渡してやろうと言っているのだ。光栄に思うがいい」
「…………」
-
カナエは、未だに逃走を続けていた。
何故?
あの少年を撒いた筈なのに……違うのである。カナエが逃げようとしているのは、軟い、小動物のような存在ではない。
雪が降り始めた東京の街。誰もいない。その――人間一人も居ない状況下が最悪だった。
錆ついた空気と不快だけを与える香り。間違いない。
『神隠し』だ。あの異界が、カナエを引きずり込もうとしていた。
ネットの拡散だけでは間に合わないのか。誰でも良いから人間に『神隠し』の噂をするべきか?
あるいは<神隠しの少女>がこの近辺に居るかも?
何ら情報のないカナエにとっては、未知なる怪異を手探りで対処しようとする無謀だ。
愚行であってもやるしかない。
しかし、愚行ですら達成不可能の状況へと変貌している。
「……マスター、これは」
カナエのサーヴァント・ランサー/ヴラドも顔をしかめた。
アスファルトで舗装された地面に裁縫針か、剣山の一部と思しきもので埋め尽くされている光景は
決して東京都内じゃなくとも異常かつ異端極まりない情景だろう。
紛れも無く、カナエが撤退を余儀なくされたマスターの少年の所業。
カナエからして小動物に過ぎない人間相手に苦戦を強いられる。それだけで十分屈辱だ。
『神隠し』が早いか、少年の<悪夢>が速いか。
地獄のような場所で小動物たちが呻く、嘆く、とても哀れだが同情している暇などない。
彼らは聖杯戦争とは無縁で、聖杯戦争に関して無知だったにせよ。
不運にも巻き込まれただけ。
元より生贄だ。
なのに、どうして普通の『人間』みたいに悲痛を訴えるのだろうか……
(たかが『ゴミ』を殺した程度で憤慨していると?)
少年からして、例の少女・先導エミとは何だったのか。
大して関わりもない。ここ(東京)で出会って間も無かった。大した交流も、友情や、ましては■すらない。
少年は自らの過ちを『なかった』事にしようとする。
それだけ。たった、それだけなのだ。
彼が成そうとし、達成しようとした役目を代無しにした。
正義の味方に成ろうとする。ソレに必要な材料を破壊されたが為の逆恨み。
(馬鹿げている)
カナエは一蹴した。
己の『忠誠』と比較するまでも無い。秤にかける理由もないのだから。
下らない<衝動>紛いの行動に、カナエの『忠誠』が劣る訳が見当たらない。
「我がマスター! 貴方の■は『怨み』に劣らぬ。
信仰のような■である。子供風情が――どうして■を認知しないのか! マスターよ、■こそが最高の感情だ」
-
針に犯された人間は、生きていようが死に絶えていようが。
ヴラドの槍に串刺された。マスターの所業ならば、魂食いは発動していない。
食われる前に、ランサーの糧とするのだ。
少年が串刺した生贄は如何に善良であれ『自由を奪うもの』に変わりは無かった。
「………」
カナエは、何もヴラドに返答する必要はないだろう。
何故なら自分の忠誠が■であっても、忠誠としての■なのだ。決して異なる■ではない、筈だ。そうではない。
戯言だ。
「私は―――」
カナエは――――
『彼』が回復し、再びあの頃に戻れるように献身的に尽くした。
現実問題……『彼』の回復には聖杯が必要だろう。
でも、実のところ。カナエは(不思議な事だが)聖杯でソレを願おうとは一切思ってすらいなかった。
発想がないのではない。知能が低いとかでもなく。
聖杯戦争に集中していたから、生き残る為だけに意識を向けていた為。自身の事で手一杯だった、のでもない。
カナエは、常に自分の事は二の次だった。
『彼』の為だけに。
ならば――何故?
「私は……望んでいなかったのか?」
「そうだとも。漸く気付いて頂いたか、マスター」
妄言が尽きないヴラドの答えなど、聞くに値しない上、信憑性もなかったが。
この時ばかりは狂った槍兵の意思は正常に感じられる。
「どうして奇跡の願望機を必要としないのか。願わないのか。それは既に貴方の望む■が手中にあったからこそ」
「………」
「貴方は何も必要としなかった。むしろ、聖杯の存在が『悪』であった」
「聖杯が……邪魔………?」
そうだ。聖杯で『あの方』を元に戻せと、皆が口にするかもしれないのを。誰かに指摘されるのも、拒んだ。
願えばきっと、かつての習さまが。私は、それを望んでいなかった?
馬鹿な、ありえない。
………いや。違う。間違い――ではない。
忌々しい『小ネズミ』や『名無し』に習さまが出会う事も、あのまま私が、ずっと。
ずっと……
「ええ…………きっと、そう………」
-
(馬鹿な! 一体どこから……!!)
ホット・パンツは必死にスタンドで手足を崩し、教会内部の側面に貼りついていた。
ハタから見れば異常極まりない光景だったが、そうすることで異常から逃れられている。
尤も、彼女が事前にその能力を体験したからこそ。
地面が地獄の風景染みた針山で一面に埋め尽くされた。
そういう『能力』……紛れも無く、あの少年の!
「駄目だね! どこにも居ない……隠蔽能力があるバーサーカーとは思えないけど」
ランサー/アクアがアメを齧りながら舌打つ。
少なくとも、教会周辺には少年の魔力を感じられなかった。
能力の範囲を拡大させて、無差別に攻撃し続けているに違いない。
「しかし、奇妙だ。奴が何故――」
別にホット・パンツは、少年・馳尾勇路を信頼し切っていない。だけど、行動が変だ。
先導エミを捜索し、聖杯戦争には反対だった。
聖杯を求めるか躊躇していた様子も……ないとは断言しにくい。
だとしても、あまりに行動が矛盾している。
無差別な攻撃を仕掛ける理由は、ホット・パンツの知る限り―――無かった。
少年の心情変化は置いておかなくては。
現状は相変わらず最悪なのだから。
アクアは、ホット・パンツに呼びかける。
「ホット・パンツ! 仕方ないから―――……」
「……言っておくが………わたしは、このまま移動する事は可能だが、目立つぞ」
「あー分かってる。あたしだけで外に出るしかないよ。むしろ、お前はそのままでも平気なんだろうね」
確かに、壁に貼りついたロッククライム的な状態は不自然過ぎるが。
致し方ないのと、スタンド能力ならば何も問題がない為「大丈夫だ」とホット・パンツは返事する。
幸いにもアクアは無事だ。
彼女は『対魔力』のお陰かもしれないと言うが、サーヴァントにマスターの攻撃が通じにくいだけだろう。
サンタクロースみたいにアメが詰まった鞄を「よいしょ」と背負ったアクア。
しかも、季節外れの雪が降り続いている。
これでソリに騎乗すれば、本物のサンタだった。
あくまでここは聖杯戦争の戦場。アクアは嫌々自力で駆け抜けるしかない。
かつての仲間に翼をつけてくれる魔法使いがいた。彼女が居ればなぁ、と内心思ってしまう。
-
地獄そのものを走るアクアの視界に、見覚えのある物体が映し出される。
間違いない。
「バーサーカー!」
無数の蝙蝠と猟犬が霧より出現する。
上空より現れるサーヴァントは、それしか居ないだろう。
勇路が周辺に存在するのか?
バーサーカーは、攻撃をしかけながらもアクアに伝えた。
「最低限攻撃は抑えてやろう。余のマスターをさっさと殺せ。最早、殺すしかない」
「なんだって?」
アクアは取り巻く獣をアメで破壊しながら、バーサーカーの言葉を疑った。
先ほどよりも不愉快な表情でバーサーカーは言う。
「分からぬか。令呪による強制だ、貴様らを殺せとな! 余が尤も不快とする所業をやらかしたのだ」
「あぁ、そうだったのかい」
アクアは他人事のように答えるが、攻撃の対処に追われているのだ。無理もない。
だが、ここまでバーサーカーが言うのだから。
心置きなくアクアも、事が進められるほどだった。
「それじゃ、今あいつはどこにいるんだい」
「さあな。余と別れた場所からもう離れているだろう。アテにならん」
「ま、そんなもんだとは思ってたよ。少しだけ吹き飛んでな!」
アクアが手中にあったアメに魔力を込め、それをバーサーカーにぶつけた。
―――マテリアル・パズル『スパイシードロップ』―――
-
死ぬわけにはいかない。
令呪で何とかバーサーカーに命令を下せたが、勇路は苦痛の表情を浮かべていた。
既に、勇路の身には傷がある。二画目の令呪を使用する前に、バーサーカーが抉った腹の傷……
バーサーカーが、ランサーへ殺害を促す必要もなく。
いづれ彼は死に絶えるのに変わりは無いのだ。
「まだ………」
何もしていない。
ジャック・ブライトやホット・パンツ。そして、あの人喰いの化物も――
呪文のような殺意を唱えようとした瞬間。
頭上から降ってきたのは、紛れもない――復讐相手のカナエだった。
だが、カナエは地面に着地をすることはなく。外灯に『鱗赫』を巻きつけ、身を吊るし、その状態で勇路に攻撃をしかけた。
「く……!」
しかし、勇路もカナエの攻撃手段を把握しているのだ。
勇路の世界に喰種なる存在はいなかったが、忌々しい先導エミを葬ったものを忘れる筈がない。恐怖よりも憎悪が勝る。
怪奇現象に直面した経験があるとして、超人かけ離れた戦闘は無経験に等しい。
野生動物の襲撃のような俊敏さで勇路に飛び蹴りをかますカナエ。
『鱗赫』ではない為か、勇路は冷静に回避した。
「舐めるな、豚風情が!」
カナエ自身は囮だ。ヴラドの攻撃を絶対に命中させる為だけの――!
ちっぽけな針山を押しのけ、地中から数本の槍が少年の体を串刺す。
それが――勇路のトラウマを増大させるのに相応しい有様。しかしながら、激痛を伴い、瀕死の危機に直面していた。
吐血をして呻く少年の醜さにヴラドは、不敵な笑みを浮かべつつ言う。
「まだ足掻くか? あの『俺』はどうした。見捨てられたのか!
貴様一人で何が出来ると思えば、獣のような虐殺とは。仕方ない、憐れみをくれてやろう」
バーサーカーも居ない。
自分が押しのけてしまった。自分だけの力で『復讐』しようとしたのに。
結局、何も。
こんなになっても、頑張ったのに。俺は、死ぬのか?
ふざけるんじゃねえ………どうして…………
勇路の見開いた瞳に映るのは、一人の人喰いの『女』。
「私は『戻る』。その為だけに小動物を殺す。愛しい習さまが帰りを待って下さる。
聖杯にその瞬間を約束する事を、それが永遠に続く事を願っても良い。
嗚呼。それでは駄目。きっと後悔してしまうから。別の願いを叶えればいいと思ってしまうの」
でも。
分かっている。その『愛』は――
忠誠と偽りながらも艶やかな色彩を誇る姿に、ヴラドは感銘を受けている。
「貴様には理解できまい! この美しさを……! 『彼女』の姿に、俺はかつて失った愛を見た!!」
ふざけんな。
訳のわかんねえもん……そんなものじゃなくて。俺は……俺は………!
俺自身の誇りの為に―――――
『成程。それで君は串刺しにされた訳だね』
宵闇が語りかける。
まるで指揮者のような口調で、呆然とする勇路を余所に語りを続ける。
『君が望むのならば、その復讐に手を貸そう。手始めにまず―――』
無情にも指揮棒が振り上げられたのだった。
『潔く死んでから出直してくれたまえ』
-
少しばかり時間は戻る。
ランサー/アクアは馳尾勇路の捜索を続けているが、サーヴァントであっても子供のなりをする彼女には苦労のかかる話だ。
しかし、彼女がやらねばならない。
アクアを妨害する為、バーサーカーが出現するよりも前に。倒さなくては。
あれからバーサーカーを一度吹き飛ばし、隙をついて彼女は霊体化したのだった。
事実上アクアを見失った形となったバーサーカーは、令呪の強制からは逃れられないらしく。
勇路が怨む者の捜索へ飛び出す。やれやれといった様子のアクア。
「さあて、どうしようかね」
あの少年だけなら『スパイシードロップ』だけで事足りる。
彼が素直に死を受け居るようには感じられないが……
―――漸く、話が出来たよ。復讐を望む少女。
「!?」
飛び上るほどではないが、アクアは驚愕を隠す事ができない。姿がまるで捉えられないが、アクアの周囲にサーヴァントが居る。
気配遮断か? そうであっても何かが異質だ。雲を掴むように存在が分からない。
ひょっとすれば声だけをアクアに届けている。そう言われても疑う余地のほどに……
―――君の望みについては……また今度話すとしよう。君も知っての通り、少々厄介な事態になっているのは分かるかな。
「あぁ、知ってるよ。だから、あたしの魔法で全てをぶっ壊すつもりだ。あのマスターをね。
あんたはアサシンかい? 巻き込まれたくなかったら、とっとと消えな」
―――そういう訳にもいかない。君はこの【童話】の本質を理解しているだろうか。
「む?」
―――砕けた言葉なら【トラウマ】……潜在的な【悪夢】が原因だ。
「あっそ。で?」
―――おや……察してくれると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「ごちゃごちゃ回りくどい! こそこそするなら姿を現しな!!」
―――……これでも君の目の前にいるんだけどね。
カマをかけているか定かではないが、アクアは半ばギョッと眼前を見つめるが、何も居ない。
周囲ですら夜の宵闇で満ち溢れている。不気味な空気が取り囲んでいた。
「まぁいい」と仕方なしに、宵闇から響く声は説明をする。
-
―――つまり【恐怖】と【悪夢】は伝染する。もはや異形と成り果てた人間達や【童話】を目撃した人間も。
「!?」
―――君のマスター『だけ』を示している訳ではないさ。この場合は、主催者によって配置された住人達の事だ。
「………ふざけた話だね。大体、何であんたにそれが分かるんだ」
―――理由は色々あるが……アレを見れば簡単かな。
宵闇が何を指し示しているか分からなかったが、少し間を置いて彼方から現れる人の形をした何かを目にし。
アクアは恐怖を顔に浮かべてしまう。
生理的嫌悪を催すような、肉の塊が――人間『だったもの』とは理解したくないのである。
あれほどの針を肉体に食いこませても、体の皮膚と肉をひきはがしながら徘徊する狂気を人間のものとは認めたくない。
怯みはしない。
弱さを露わにさせては駄目だ。
アクアは、噛みしめながら宵闇に対して答える。
「つまり……あれごと全部ぶっ壊せってことかい」
―――生憎、君とは違い。僕は破壊的な能力を持ち合わせていなくてね。
「そんなことだろうとは思ったよ」
ならば、もう一つの宝具を発動させて全て吹き飛ばす方が効率的だ。
宵闇の話を全て信用しているのではないが、あの異形が『東京』全土に出現し続けるならば、始末するしかない。
ただ、問題はある。
破壊的な宝具を放つには、魔力を込める時間が必須。
「なら、あんたはバーサーカーを足止めしな」
―――バーサーカー?
「コレをやらかしてるマスターのサーヴァントだよ。令呪で操られてる状態でね。さっきも邪魔してきたんだ」
―――………成程。それなら問題はない。彼を止めればいいのだろう。
一体どのような宝具や能力を所持しているか分からないが、不思議な事に宵闇は自信に満ちていた。
意外な事に度肝を抜かれるアクアだったが。
そうは言ってられない。
近くで蠢いていた異形を吹き飛ばしてから『漆黒の槍』を放つ為の魔力を込め始めた。
「出来るんだったら、さっさとやりな! チンタラしたらお前ごとぶっ飛ばすよ」
怒らせると女性は恐ろしい。
と、呟いたか聞こえなかったが、宵闇から声が聞こえる事は無くなった。
-
勇路は茫然としていた。串刺され、命も僅かな状態で、まともな思考を動かすのは無謀だが。
そうであっても、分からなかった。
現実が―――勇路の前に出現する存在を。
「あ…………な………ん………」
何故。
バーサーカーはここにいる!?
令呪で命令したはずだ! 勇路が死に物狂いで二画の令呪を以てして!!
勇路の殺害目的じゃない。カナエとランサー/ヴラドの始末で出現したのか。違った。
カナエたちも油断を抱いた訳ではなく、単純な仲間割れか。
少なくとも、バーサーカーはここへ出現しないと蚊帳の外へ放っていた存在。
「マスター!」
叫んだのはランサーのヴラドだ。
バーサーカーは猟奇的な瞳を輝かせては、いない。奇妙な『目隠し』をしていたが、カナエや勇路の位置を把握しているかのよう。
一瞬で終わる。回避は不可能。
ならば『先に』一撃で仕留めるしかないのだ! 仕留めた方が勝利する!!
異なる側面の串刺し公が、互いに叫び合った。
『串刺城塞(カズィクル・ベイ)』 『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』
かつて――――ヴラド三世が産み出した情景。残虐な手段。その逸話による宝具。
何かが異なっても最終的に行き着く場所は同じ。
【串刺し】である。
双方の暴力が組み合わさった結果。
瞬く間に、全てが埋め尽くされた。勿論【串刺し】という形で。
勇路も、バーサーカーも、カナエも、ランサーも。平等に貫かれている。
針山などなかったかのように、全てが杭によって埋め尽くされた光景。
どれがどちらの杭か定めるのは手間暇かかるが、ハッキリしているのは勇路の頭部に【串刺し】たのは、バーサーカーのヴラド。
-
「平和と秩序の為に生きても【英雄】にはなれないものだね」
宵闇を纏った青年が不敵な笑みを浮かべて、串の森を見降ろしている。
以前は、青年・アヴェンジャーの肩に乗った人形が相槌をしてケタケタと笑っていた場面だろうが。
ここにはアヴェンジャーだけが居た。
「……ふん、当然だ。名誉と賛辞を欲して成ろうとする生半可な者は、根本から英雄の素質はない」
否。
バーサーカーの方だけが、死に際に一つ云い残す。
アヴェンジャーは目を見開いて、消滅するバーサーカーを見届けた。
彼は確かに令呪で絶対的な制約を強いられていたが、アヴェンジャーがそれを覆したのである。
【衝動】だ。
バーサーカーには【衝動】があった。馳尾勇路に対する【衝動】――その【衝動】を抱えるならば
『屍揮者』のアヴェンジャーは、バーサーカーを従えられる。
アヴェンジャーの指揮から逃れる為には【衝動】に抗う他なかった。
抗うつもりもないバーサーカーには効果覿面という事。
バーサーカーは、本来は利用されるのを好まないが………多少、アヴェンジャーの加担を許していたのだ。
マスターを見捨てて、他のマスターと契約する抵抗もあっただろうに。
あくまで『王』の責務を全うしたつもりなのか。
哀しみだけの、救いも無い、貶められ、無残に死に絶えたとしても
「君が満たされたならば【結末】は覆った」
一つの復讐劇が、こうして幕を降ろした。
【馳尾勇路@断章のグリム 死亡】
【バーサーカー(ヴラド三世)@Fate/Grand Order 消滅】
-
彼方に見えるのは『漆黒の槍』。死神のように走り抜ける一筋。
それは全てを破壊する為だけの魔法。執念。そして、怨みによって為した結晶である。
決して、暗黒なる異物ではない。
闇ではない、光を目にしたカナエは心のどこかで安心をした。
あそこへ引きずり込まれたならば、きっと『彼』とは違う場所へ行ってしまった。だけど、これだけは良かった。
この世で不幸なのは、自分らしく生きられず。
幸福は自分らしく死ねる事だ。
最後に理解できた。自分がどのように生きていたかを―――
何も知らぬまま、忠誠で偽り続ける最後ではなくて良かったのだ。
そうなのだろうか?
「愛を望みながらも、叶えようとしなかった『哀しい女』よ。
これだから――貴女は美しい。そんな貴女を一体どうして救われないと言うのか」
オレと貴女は違うのだ。
ランサーの言葉だけが鮮明に聞こえた彼女は、溜息と共に思う。
―――最後に、私の名前を呼んで
【カレン=フォン・ロゼヴァルト@東京喰種:re 死亡】
【ランサー(ヴラド三世)@Fate/EXTRA 消滅】
-
ランサー/アクアから全てを聞き終えたホット・パンツが、一つ尋ねる。
「アサシンはどうなった?」
「さあね。勝手に生きてると思うよ。それより……あいつの話が本当なら、
ここら一帯もぶっ壊さないと不味いみたいだね。どうする? ホット・パンツ」
アメを咥えながらアクアは、至って平静だった。
悪夢が収束した中。何ら異変のないマスターのホット・パンツに安堵しているのかもしれない。
少なくとも、アクアが『ブラックブラックジャベリンズ』で吹き飛ばした方角に勇路らも居たのだろう。
地中から出現する針山はなくなり。必要以上に呻く声が聞こえなくなった。
だけど、まだ異形は残っている可能性は――ある。
「あくまで、あたしは命令に従うさ。どっちもどっちだからね」
「………そうだな」
ホット・パンツは私服に着替えており、まずは一つだけ目標を得ていた。
「携帯端末……まずはアレを回収する。中野区まで影響があるとは限らないが、念のためだ」
「じゃあ、残ってるかもしれない面倒なアレは放置だね」
「そうもいかないが……虱潰しをする余裕はないからな………」
第一、この時間帯はあの刺青男が出没する。
購入したアメや残りの現金を手に取り、教会から出るホット・パンツ。
落ち落ちはしていられなかった。
しかし……一つだけホット・パンツは可能性を抱いていた。
「アサシンか………奴とは同盟を組めそうか?」
「んー……あたしは好きじゃないよ。それに、マスターの方はどうだろうね」
アクアは邂逅したアサシンのマスターを捕捉できていない。
無論、あのような状況下。
マスターを外出させる方がどうかしている。だから、アサシンだけでアクアと接触したのは十分理解できた。
しかしながら。
彼女たちが勘違いしているのは、あの宵闇はアサシンではなくアヴェンジャーである事。
そして、マスターは既に出会っている事。
何より――聖杯戦争で重要な『聖杯』そのものを混沌に陥れようとしている復讐者である事は、まだ知らなかった。
【四日目/未明/練馬区】
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(小)、肉体損傷(中)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]『クリーム・スターター』 、アメ
[所持金]それなりにある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、弟に許されたい。
0:携帯端末を回収し、今後の方針を定めたい。
1:同盟可能な相手を探す。
2:ライダー(幼女)の対策をする。
3:刺青のバーサーカー(アベル)は夜が明けてから検討。
[備考]
・役割は「教会のシスター」です。
・拠点である教会に買い溜めした飴があります。当分、補充が利く程度の量です。
・通達を把握しました。
また通達者の先導アイチは先導エミが探す人物ではないかと推測しております。
・平坂とライダー(幼女)の主従を把握しました。
・フードの男(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・高槻泉をマスターと判断しました。
・アサシン(アヴェンジャー/メルヒェン)の存在を把握しました。
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル】
[状態]霊体化、魔力消費(大)
[装備]
[道具]アメ(教会で補充しました)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。ホット・パンツにはなるべく従う。
1:もう何も迷わず戦い続ける。
[備考]
・平坂と少女のライダー(幼女)の主従を把握しました。
・幼い少女は妹を連想させる為、戦うのに多少抵抗を覚えてしまうかもしれません。
・高槻泉をマスターと判断しました。
・アサシン(アヴェンジャー/メルヒェン)の存在を把握しました。
<その他>
・練馬区の一部に異形が残っている可能性があります。
・練馬区周辺がアクアの宝具によって破壊されました。
-
物語は終わり、物語は続く。
高槻が一つだけ関わった点としては、令呪を一画消費した事くらいか。
彼女のサーヴァント・アヴェンジャーが交渉した相手、アクアの宝具に巻き込まれぬよう。
移動させる為に消費した一画。
貴重な一画であるのにも関わらず、湯水のごとく使用したのに理由は無い。
そもそも、高槻が聖杯戦争に強く肩入れする理由もないのだから。
パソコンの液晶画面には、生放送サイトが映し出されている。
何でも。あの刺青男と接触しよう、なんてバカな誰かがやる企画が行われようとしていた。
視聴者の誰もが、冗談半分に書き込みなど行う中。
高槻は不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、なんだ。私から言わせて貰えば『正義』ほど滑稽な見せ物はないよ」
これから始まる反秩序の時間を、彼女は心待ちにしていた。
【四日目/未明/杉並区 マンション】
【高槻泉@東京喰種:re】
[状態]健康
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]携帯電話
[所持金]小説家としての給料
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:アベルくんかぁ……
2:滝澤くん、元気にしている?
[備考]
・参戦時期は[削除済み]。
・現在『東京』で発生している事件については大方、把握しております。
・現在までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・ホット・パンツがマスターであると把握しました。
・勇路が起こした異常を把握しました。
・二宮飛鳥が行う生放送を視聴します。
【アヴェンジャー(メルヒェン・フォン・フリートホーフ)@Sound Horizon】
[状態]魔力消費(小)、実体化(スキルによる視認不可)、宝具『終焉へと奔る第七の地平線』発動中
[装備]
[道具]吸血鬼の少女(セイバー/フランドール)の魂
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:『復讐』に手を貸す。
1:吸血鬼の少女の『復讐』を手伝う。
2:マスターの『復讐』を成し遂げたい。
[備考]
・現在、セイバー(フランドール)の復讐に加担しております。
・ホット・パンツのサーヴァント(アクア)の『衝動』を感知しています。
・現在までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・マスター(高槻)に強い『衝動』があるのを感知しています。
・彼の宝具によって聖杯に致命的な問題が発生しております。
・ランサー(アクア)の能力を把握しました。
・勇路が起こした異常を把握しました。
-
投下終了します。タイトルは「其れでも、お征きなさい仔等よ」となります。
続いて
アベル&ルーシー、沙子&オウル、アイザック、
安藤&カイン、潤也&ジャイロ、アイリス&ナイブズ、
あやめ、ジーク、ブライト&幽々子
以上を予約します。
-
前編を投下します。
-
東京都江戸川区にある住宅街。
(駄目だな………)
潤也は強引に眠りに就こうと考えたものの、全く眠りにつけない。
兄に関しては深追いするつもりはなかった。
もし、サーヴァントと同行し、超人的なスピードで引き離されてしまったら追跡は無駄骨となってしまう。
第一、兄がどこへ向かうかは見当がつかない。
部屋の窓を横目にやれば、外は真冬を連想させるかの如く雪が降り続ける。
兄は確か傘など持って行かなかった筈だ。
一体どうするのだろう。
など、呑気に考える自分はどうかしている……潤也は沈黙する。
一応、ライダーには兄が外出した事を伝えた。
ひょっとしたら、潤也とライダーの目的と同じく病院に搬送された少年の接触かもしれない。
あれから時間は経過したが、あの少年とライダーは接触したのだろうか?
このまま睡眠を取らなければ、明日の学校に支障がありえるが。
遠足前日で興奮して眠れないかのように、潤也は未だ瞳を閉じなかった。
―――― ……――――
一瞬、聞き間違えかと疑った潤也。
二度目、三度目と同じ音色が一階から響き渡るのを聞いて、バッと布団を押しのける。
これは電話だ。
だが、このような時間――文字通りの丑三つ時に鳴り響くとは、不吉にもほどがあった。
何より。聖杯戦争の最中だ。
「………」
潤也は思った。
電話に出ないのも一つの手段だと。兄の方は様子見で一回は電話に出ないかも。
しかし、潤也は出ずにはいられない性格だった。
元よりこういう性分だったのだから、仕方ない。例え罠であったとしても、前進する為なのだから。
「………はい、安藤です」
声色は緊張気味ではなく、どちらかと言えば気怠いものだった。
潤也自身、我ながら酷い声を出すものだ。そう他愛なく感情を抱いている。
対して向こうの、電話主の方は異常なまでに機嫌よくテンションも馬鹿みたいに高かった。
『おー出たぞ、おい!! アンドーだっけか? なぁ、お前。今どこにいるんだ?
アベルの野郎がテメェぶっ殺してぇっつってんだよ。俺もそろそろアベルを殺したくてイライラしてるからさ……』
-
すると、途中で向こうがゴチャゴチャと言い争いになった模様。
いきなり『殺す』だの『どこにいる』だの。相手を警戒しかさせない問いかけは、全くの無計画と言わざる負えない。
潤也は重要な単語を耳にしていた。
アベル。
あの刺青男……の仲間?
フードを被ったサーヴァントのどちらか、だろう。
どうやって安藤兄弟の居場所を突き止めたのか? 恐らく……神原駿河。
潤也の記憶上、さほど駿河と関わりはなかったし電話番号すら教えていないが、高校で調べるのは不可能じゃない。
何より。彼らは聖杯戦争開始直後に、学校を休んだのだ。
怪しまれる前提だった潤也も、アベルに突き止められるのは少々予想外である。
再び、先ほどの男が話を続けた。
『あーったく! テメェのサーヴァントが、なんだ? カイン?っていうのはわぁってるんだ。
アベルがそいつを殺すって聞かなくて………おい、話聞いてんのか!』
やっぱりか。
潤也は察していた。
電話番号を知っている状態で、住所を知らないのは少々奇妙過ぎるが。
むしろ、住所を把握されていたら、問答無用に襲撃されていたのだ。運だけは良いと、潤也は冷静である。
ライダーを思い出す。今は彼がいる場所……
「不動………総合病院……」
『あ?』
自然と口にしてしまったが、再度潤也は告げた。
「不動総合病院だ。俺はそこへ向かう。サーヴァントを連れて……用があるなら、そこまで来い」
そうして潤也は電話を切った。
何か恐ろしく思えて、電話線も引き抜いてしまう。
長い溜息。
潤也は、気持ちを落ち着かせてからライダーに念話をかけたのだった。
-
東京都千代田区。
そこから『不動総合病院』のある葛飾区までの移動距離は大分ある。
サーヴァントの足ならば、きっと問題ない距離だが……携帯電話で情報を検索したルーシーは体を震わせる。
寒さのせいか。それとも周囲にいる狂人たちのせいか。
梟は指を咥えて、アベルの様子を伺うが。どういう訳かアベルは霊体化を解いた状態だったが、顔をしかめたまま動こうとしない。
相変わらず彼の行動は意味不明で、嫌々電話をしたザックも苛立ちを見せる。
「お前が殺すって自棄になってた癖して、急に冷めたのかよ! 本当何なんだ、お前なぁ!!」
震える体を抑えつつ、ルーシーは虚空を眺めるアベルを一瞥し。
必死になってザックに対して言う。
「……さっきの話……本当だと思う? 例えば『罠』とか……わざわざ場所を指定するなんて………」
それを聞いて、ザックは少しだけ気性を落ち着かせた。
沙子も眉間にしわを寄せて「そうね」と同意する。
ルーシーだって思うのだから、アベルもその程度の想像はしているのだ。
待ち合わせ場所に、どうして病院が指定されたのかも理解できない程。多分、そこには何かある。
誰も何もしようとしない現状に、ザックが沈黙を破る。
「じゃあ、他にアテがあんのかよ」
そんなの無い。
ルーシーが地図と睨み合いしながら、首を横に振った。
「それに………場所も遠い。すぐには行けないわ…………」
移動にルーシーと沙子は足を引っ張ってしまう。
行けたとしても、そこにカインが居る保証はどこにも……何より罠だと思う。
果たして、電話に出た相手はカインのマスターだったのか? ルーシーはそれすら怪しかった。
何より。
彼女自身……カインは生きて欲しい。
ルーシーはどうにか脱出を、生きて夫の顔を拝めるには時間が欲しい。カインはそれを約束してくれた……
長い思考の末、沙子が言う。
「私がやるわ」
え?
ルーシーは言葉の意図が掴めず、困惑をしてしまう。
沙子は彼女なりの答えを導き出していた。彼女に出来る事は僅かしかない。
このまま、何もせずじっとしている事だけは選択肢に含めて居なかったが………
「令呪でバーサーカーを病院に移動させて、カインが居るかどうか確かめて貰う……それでいい?」
「…………」
普段のように梟は首を傾げて沙子を眺めていた。
令呪。
ルーシーが我に帰る。
どうする? もしかして、まさかアベルが令呪を使えと自分に訴えるのでは? そんな不安が浮上した。
成程、確かにそうだ。令呪には『そういう』使い方もある。
命令で強制する以外にも……だけど、ルーシーは途方に暮れてしまった。
想像以上に沙子は知恵が回っていた。
彼女が言い出さなければ。ルーシーは発想しなければ、そういう使い方をする可能性も低くなったのに。
-
ルーシーは恐る恐る様子を伺う。
アベルは、チラリと梟と視線を交えたが、気味が悪いほど視線を合わせているのに逸らさない。
少々異常な光景が、そこにはある。
だけど、双方何も……一言の会話もないものだ。
ザックも突然の沙子の提案に「いや」と気乗りではない様子で答える。
「したけりゃしろよ。でもな……この人喰い、念話とかできんのか?」
「ザックきゅんよりは出来る」
変に即答する梟に、ザックは喉に小骨が引っ掛かったような、もどかしいムカつきを感じた。
その時。
ルーシーの手から携帯電話が強奪される。
咄嗟に振り返れば彼女の背後にアベルが居た。
獣のような瞳に恐怖を覚えるルーシーに、アベルは興味などない。
黙々と携帯電話を操作し、ザックがそんな彼に吠えた。
「アベル。お前も何か言え! あークソ、今度は一体………あぁ? スルガじゃねぇか。なんだこれ」
そこそこ身長の高いザックでも、少し背伸びしてアベルの掲げる携帯の液晶画面を覗き込む。
何故か「ザックさんはアベルさんと旅行してきてくれ」と願って、囮になった神原駿河。
SNSでは彼女の情報が拡散されていた。
その祭りは大分前に行われたもので、もはや残骸に等しい情報量である。
「……!」
ルーシーは思い出す。
確か、駿河が沙子に情報を伝える時、何と言っていたのか―――
カインのマスター『アンドウ』なる人物を先輩と呼び、同じ『不動高校』にかよう生徒だと教えてくれた。
つまり……不動高校へ行けば『アンドウ』の住所も把握できる訳で……
『不動』。
気にはなっていたが、この『不動』とは何か? 例の病院の名前も『不動』だ。
まさか、病院の近くに『不動総合病院』があるのでは!?
ルーシーの不安は的中する。殺戮者は自然と駿河のかよう不動高校の存在を突き止める。
無言で画面と睨み合いをしたアベル。そこから視線を逸らし、沙子を見た。
一瞬、それが何を意味するか意図を掴むのに時間を要した。沙子は手に刻まれた令呪を一瞥する。
ああは豪語してしまったが、梟の方はどうなのか。
沙子が、血みどろの口元をそのままにした人喰いを気にかければ。
向こうの方は、至って文句もない。
不気味なほど沈黙を保ってから、別れを告げる代わりに手を振るだけ。
意を決して沙子は、令呪に願うようにして言う。
「バーサーカーを『不動総合病院』に移動させて」
あれほど非現実な現象ばかり目撃したというのに、梟が一瞬にして姿が消えた光景は、まるで奇跡の魔法だった。
沙子の手に刻まれた令呪が一つかき消される。
令呪を呆然と見つめてから、沙子が顔を上げれば、アベルは未だに携帯を操作し続けていた。
アベルの操作を眺めるザックは、いよいよ訳が分からず。弱音じみた独り言を呟く。
「……マジでこれ何してんだ」
-
一文字すら理解できない文字の羅列が水流のように下から上へと、更新されるたびに増えてく。
意味不明なザックとは違い。アベルは異常なほど対応をし続けていた。
ハッキリ断言してしまう。
アベルのやらかしている行為は、きっとアベル以外は誰も理解出来ない。
もしかしたら、梟が知っていたかもしれないけども、この場にいない以上、無意味な話だ。
不動高校の存在を突き止めたならば、高校へ向かえば安藤兄弟の居場所も把握できる筈。
普通は、そんな発想だが。アベルの場合は違う。
先ほどのSNSの存在と、そこで行われる愚かな叩きあい・謂わば炎上を理解した彼は。
偽りの空間であれ設置されている『あるサイト』へ向かったのだ。
『不動高校の裏サイト』に。
SNSで神原駿河の個人情報が流出した大本は『ここ』である。
即ち、ここであらぬ噂でも、生徒の悪口でも、些細な切っ掛け(燃料)を投下すれば自然と情報が提供される訳だ。
安藤……安藤潤也。
そういえば、今日は学校を休んでいたな。
なんて他愛のない話から始まり、適当に話題を提供されれば。
十数分程度で安藤潤也の電話番号や住所が、どこかの誰かが落書き気分で書き込んでくれた。
何より。電話番号は、駿河が教えたものと一致している。
名もなきNPCの情報だが、信用は出来るだろう。
アベルは、前触れもなく乱暴にルーシーへ携帯端末の画面を見せつけた。
「う………」
見え隠れする掲示板の書き込みの内容を目にして、何と恐ろしい事をしているのかとルーシーは睨む。
多分、アベルはどうでも良いのだ。
手段でしかない。忌々しい兄弟を滅ぼせるなら容赦もしない。
どうなっても構わず、カインを殺す―――
ここへ向かう。なんて見せつけじゃない。
ルーシーに令呪で飛ばせと命じているのだろう。令呪は……使いたくなかった。
そのような事を抜かせば、果たして殺されるのか。
否。それは断じてない筈。
でも……ルーシーが、迷う中。アベルはザックと視線を合わせて、彼に告げる。
「これは君を信用した上での話だが」
「はぁ……? 急に気持ち悪りぃこと言うんじゃねぇ」
心底、不愉快そうにザックが反応したのにアベルは満足げだった。
「アイザック、一度だけ話す。電話を取ったのは『奴』のマスターではない」
「んだよ、だったら無視すりゃ良かっただろ。何で人喰いの奴、行かせたんだ」
「不愉快だ。目障りだからサーヴァントも殺す」
-
初めてアベルの子供じみた本音が、吐きだされた。
つまりの事。電話の主はアベルにとっては喧嘩を売る相手であり、アベルは喧嘩を買った。それだけの話。
カインを殺すよりも先に始末してやりたい。そんな衝動だけが動機。
殺戮者による殺意を知ったザックは、少しだけ疼きを感じる。
苛立ちよりかは、歓喜に近いものかもしれない。良く分からない感情をそのままに、ザックは頭を掻いた。
「何となく分かるわ」
「『向こう』は彼(梟)に任せ、私は『こっち』を殺す」
「おー……て。俺はどうすりゃいいんだよ!」
今度は別の画面に切り替えるアベル。
事前に調べてあったのだろうか、自棄に長ったらしい沈黙はここまでのシナリオを描いていた為なのか。
ザックにある場所を示す地図を見せつけるアベル。文字も読めないザックとしては、困惑するばかりだ。
「どこだ? ここ」
「行けば分かる」
文字が分からないザックではなく、沙子に携帯を差し出すアベル。
妙に緊張気味で、沙子はそれを受け取った。
しげしげと携帯端末を観察する沙子の傍らで、相変わらず涙を浮かべるルーシーをアベルが鋭く睨みつける。
「…………っ………」
ルーシーは手に刻まれた令呪を一瞥し、呼吸を整える。
神に祈るしかない。
果たして、神はルーシーに死を与えようとしているのか………それとも。
-
不動総合病院にて。
深夜を回った頃合いだというのに忙しない現場である。
つい先ほどまで、ランドセルランドや葛飾区の住宅地で出現した暴漢がここに出現し、殺戮をつくしたのだ。
生存者よりも死者の数が明確に上回っていた。
警察などが到着しても、後の祭りに過ぎないというのに。
現場の撮影など行われている一方で、生存者たちをどうしたものかと警察側で話し合いが行われていた。
現在、手当がされている患者や被害者の処置が終わったところで。
警察病院に搬送したり、何ら手傷のない一般人は警察署で聴取を受けて貰う事に決定される。
そして。
「……うん、視界もハッキリしているようだね」
一人の患者の処置が終わった。
その少年は一見、大した怪我を負った様子もなく、上半身を包帯で巻かれているが、至って健康体に見える。
事実、少年・ジークと呼ばれる彼は、数時間ほど前は生死が危ういほどの重傷。
更には、暴漢らしき人物に腹部を刺されたというのに。
驚くほど命に別条はなかった。
喜んでいいのか、悪いのか。
流石のジークを診た医者も、このような事を口にするのだった。
「君、本当に刺されたのかい? 傷らしいものが見当たらないんだけど………」
「多分、かすり傷だったのだろう。大げさに言ってしまい、すまなかった」
ジークも仕方なくそう返答する他ない。
彼は、あまりにも特殊なマスター。奇跡的な存在なのである。
ジークの中に居る『黒のバーサーカー』の能力により、傷の治り具合も早く医者いらずと言ったところか。
対応した医者は、微笑みを浮かべた。
「何もないに越したことはないよ。さぁ、後は警察病院の方で診て貰った方がいい」
「わかった。ありがとう」
礼儀よく会釈をしたジークが廊下に現れれば、病院内には警察関係者ぐらいしか残っていない。
時間も時間だ。
それと幾ら刺青男(アベル)の事件で対応が遅れていようが。
人数が酷いほど少数に感じられた。
ジークが何とか守り切った人々ですら、もう警察に連れられ移動したのだ。
「君、少しいいかな」
「!」
話しかけてきたのは、一人の警察官。他にも数名の制服を身につけた者が居る。
「今回の件と、葛飾区での事件について話を聞かせて貰うよ」
病院内の件はともかく――葛飾区の事も。
あの時、消滅したセイバーや繋がりが切れたのを感じ取っているランサー。
ジークは心臓を手で抑えつけ、込み上げる感情を抑え込みつつ。頷いた。
「あぁ、わかった。全てを話そう」
当然の義務だとジークは信じて疑わなかったし、むしろ聖杯戦争について伝えた方が良いとすら思う。
ここでは、魔術の隠蔽すら行われていない。神秘の類を認知すらしていない世界だ。
彼らは文字通り『生贄』となって、無知のまま葬られる……それは、断じて間違っている。
『東京』を守りたいからこそ、ジークは警察に連行されようとしていた。
「……あれは」
病院に到着したもう一人の役者。
ライダー・ジャイロが、そんな少年の姿を目にしているとは知らずに。
-
葛飾区にある不動総合病院に集結していた関係者は、撤収されようとしていた。
患者も、この時間帯だが出動した救急車などで搬送され。
警察は警備として配備される者だけを残し、立ち去って行く。
そんな中。
「悪いが………佐々木刑事に頼まれて、裏手にあるものを彼に確かめさせるように言われていてな……」
「そうなのか?」
ジークは警察に連行されずに、現場確認をされようとしていた。
現場検証は後日行うのが普通なのだが、その辺りの知識に疎いジークは違和感を覚えず。
刑事からの命令ならば……と警察官たちも少々引っ掛かりを感じても、反論はなかった。
裏手に死体などない。
強いて言うと、例の暴漢(バーサーカー/ジェイソン)が会議室に侵入した際、通ったか通らなかったかな場所。
一体何の確認だろう?
誰もが思った瞬間。警察官たちが前触れも無く倒れてしまった。
うめき声も微かに聞こえた。ジークはあまりの出来事に言葉を失う中。
たった一人、生存している警察官が居る。現場確認を促した警官だった。
「はぁ。やれやれ全く! 君、どういう状況なのか分かっているのかな。あまりに見るに耐えないから、私が手を貸してしまったよ!」
「まさか……貴方は、マスターなのか!?」
周囲にあの忌々しい『蝶』を目にしたジークは、その警官を睨む。
『蝶』は触れた者の命をいともたやすく奪い去る。それを実行したのは、このマスターなのだ。
遅れて登場する女性は、どこか存在が乖離していた。
ジークが視認すればステータスと『キャスター』というクラスが把握できる。
「取り合えず自己紹介させて貰うよ。私はジャック・ブライト。こっちはキャスターのユユコだ」
サーヴァントの真名を簡単に教えてくれた彼。
ジャック・ブライト、という名前からは想像できないほど『日本人』の顔立ちをしている。
それもその筈。
ブライトは、あるルビーの首飾りを身につけた人間に憑依する存在なのだから。
さっきまで首飾りの状態だったブライトは。
鑑識の手に渡り、鑑識に憑依してから警察官に憑依をし……といった具合に、ジークと接触可能なまでに持ち込んだ。
「君の噂を聞いてここまで来たんだけど、もう一騎。セイバーが潜んでいたらしくてね……
あぁ、その話は後でしよう。勿論、私は聖杯戦争が理由で君に接触した訳だ。えーと………名前は?」
「……俺はジークだ」
「うん、ジーク君か。ジーク君、どうやらサーヴァントを失っているようだけど、今後どうするつもりかな?」
「その前に一つ、聞かせて貰いたい。貴方は何故、彼らを殺したんだ。
この病院に居た人々もキャスターの能力で『死』に追いやったのは貴方だろう。それはどうしてだ」
-
愉快なブライトに対して、ジークの表情は険しい。
彼の中では静かな憤りが見え隠れしていた。ブライトは顔をしかめる。
何だか気不味いよりも、半信半疑な様子で返答をした。
「順を追って説明するとだね……病院の件は、例の固有結界を使ったサーヴァントに魂食いをさせないように。
警察官たちに死んで貰ったのは、君を解放する為だよ。このままじゃ、警察に連行されて聖杯戦争どころじゃないだろう?」
「俺は、どれも必要な犠牲とは思えない」
「………」
「俺はバーサーカーとそのマスターを止めようとしていた。貴方もそうするべきだった筈だ。
警察官もそうだ。俺は警察で聖杯戦争の事や、俺がどうしてセイバーに変身できたかも説明するつもりだった。
そうすれば、彼らも無暗に刺青男たちを止めようと犠牲になる必要がなくなる」
「あー………ええーと………」
真剣に語るジークに、ブライトとキャスターの幽々子は「やれやれ」な態度である。
彼らの態度に納得いかないジークと同じく。
ブライトたちも、ジークの姿勢に呆れてものを言えない状態だった。
「ジーク君? あのさジーク君、ちょっといいかな。君、聖杯戦争のことは分かってるかな?
この『東京』の舞台の事……先導アイチの通達とか、君のサーヴァントから聞かされている?」
「勿論、ランサーから聞いている。聖杯戦争も……十分理解している」
「だったら――君のしようとしている事に、意味はないって分かるだろう?」
「意味が、ない?」
顔をしかめるジークを見て、ブライトは大げさに溜息を漏らす。
「私も大人だからね。ちゃんと説明してあげるよ。君を馬鹿にしているつもりはないさ、ただまぁ。
君は頑固で、信念を曲げない正義感溢れる少年だから、納得できていないだけだと私は信じているよ」
「………」
「いいかい? ジーク君。取り合えず、私の話を最後まで聞いてくれ。反論はそれからだ。
先導アイチは言った。ここにいる人間は生贄なんだと。そして、この『東京』……現実世界の『東京』じゃないと私は思う」
-
即ち仮想空間だ。
ブライトは、東京都から脱出不可能なのは先導アイチ、<リンクジョーカー>が操作しているから。
ではばく、ここは偽りの『東京都』であって、東京都の外は『無』に等しい。
即ち。
この空間には『東京都』しか存在しないのだと推測していた。
「だとしたら――東京都にいる人々が模造品であるのは事実なんだ。大規模に洗脳や操作をしているんじゃない。
最初からプログラムとして組み込まれているんだ。聖杯戦争を認知しない、魔法も認知しない、東京都の外に関して疑問を持たない」
「………」
「断言させて貰う。彼らは模造品だ。この東京都の秩序も社会も偽り……従う理由なんてない。
何より――聖杯戦争の進行にとっては邪魔でしかないんだとね。
まぁ、私は聖杯が欲しいって訳じゃない。聖杯と、聖杯戦争の抹消が目的なんだ」
ブライトも、話や性格を聞いてジークは聖杯戦争に乗っ取る存在ではないと察していた。
サーヴァントを失ったら尚更、あまり敵対する理由もない。
穏便に対処しようと話を持ちかけたのだった。
「……いや」
しかし、ジークは首を横に振った。
「俺は………そうは思えない。貴方はここにいる人々と接したのか? 俺は彼らと会話し、接し……そうじゃないと理解したんだ」
彼らには不安があった。
思いやりや信念、嘘偽りとは思えない感情が確かにある。
アレが模造品だとは、そのような疑問を持てないほど、確固たる意志を感じたのだ。
「貴方の考えは一つの推論でしかない。ここが本物の『東京』で人々も本物である可能性もある」
まさに不毛な争い。悪魔の証明の話であった。
だけど、ジークは『東京』が偽りだったとしても『人々』が偽りだとは考えていない。
ジークの純粋なる想いに対し、ブライトは素っ気ないものだった。
「成程、確かに一理ある。……それで? そうだとしても、意味はないんだ」
「どういうことだ!? 意味はある! 彼らを助ける事こそ『東京』を守る事なんだ!!」
「―――じゃあ厳しく言わせて貰う。正義の味方ごっこなんて止めろ」
-
これこそがブライトの本音であろう言葉。
別に、ジークは正義を貫こうとしたが英雄になりたいとは思わなかった。
正義の味方として成すとしても、それは彼自身が『そうしたい』と望んだだけ。
どのような者にも、救いの手を差し伸べる。ジークの心臓の英雄らしい生き方を引き継いだ。
理由を知ろうが、知らないとしても。ブライトはキッパリと言い放った。
「現実は甘くない。非常だ。君は存外『ロマンチスト』だね、実際のところは残酷だよ。
聖杯戦争じゃなくとも、君の理想は夢物語さ。誰かを救ったから称賛される、許される……そんな理想はね」
ジークフリート。
結局、彼が成した事はどうだっただろうか?
正義の為、誰が為、最終的な結果だけを見れば滑稽でしかない。
彼もまたそれを後悔するほどに。ジークがしようとする事も同じだ。
アベルだって、誰だって、聖杯戦争に関わる人々が皆全てに言える事なのだから。
「散々、他人を巻き込んで。人間を殺しておいて。それで事を解決したからって英雄になれると思ったか」
誰からも賛美などなく。
世界を救っても、人々はソレを知らない。
そんな影ながら人類を救済し続けたブライトだから、ジークに言う。
それでも救いたいという意思なんてのは、群衆によって踏み潰される。
彼らからすれば、人を殺した罪が残り続けるし。
どんな理由があったとしても許しはしない。
「―――」
ジークは、ブライトを見ていなかった。
それよりも
「……………バーサーカー……?」
一体いつから其処に居たのだろう。幽々子もジークに釣られて視線を向けた。
アベルと同行していた人喰いの『梟』だ。
まさか、アベルがここに?
そんな疑問をする暇も無く。
-
「―――■■■!」
梟が叫んだ。
まるで獣のように。空気を引き裂かんばかりの悲鳴を叫びながら、その狂気と荒廃を目撃した幽々子も。
即座に攻撃を仕掛ける事ができなかった。
猟奇的な仮面が出現した梟は、迷いなくブライトへ凶器を振りかざした。
何の抵抗もなく、巨大なブレードへと形状を変えた『赫子』がブライトの体を貫く。
「■■■■■■■■■!!」
ジークや幽々子も制止をあげる事が不可能だった。
完膚無きまでにブライトが憑依する人間の体が、食いちぎられるよう梟にあしらわれている。
訴えるかの如く殺戮を繰り返す中。
ブライトは何かを耳にする。
「あ………」
首に下げる為、なんとか繋ぎとめていたルビーの首飾り。
梟が引きちぎろうと『赫子』を振りかざし、大きく破壊された首飾りが地面に落下した。
ルビーは完全に形を崩し。もはや原型もない。
警察官が虚ろな表情で紡いだ。
「し……に、たくない」
果たして、誰の本音だったのだろうか。
【ジャック・ブライト@SCP Foundation 死亡】
-
なんで どうして。
どうして、どうして――
俺は――
俺は、
沙子は俺を怖がらなかった。同じだから。むしろ、同情してくれた。
そうだよな。そうなんだよ。
だって腹が減っちまう。我慢してても食べたくなってしょうがねえんだよ。
沙子も俺も同じだった。
だから、沙子の為に聖杯を手に入れようと思った。
聖杯をあげたら、沙子は喜んで――俺のこと【英雄】だと思ってくれる。
沙子は俺が人を食っても、殺しても、大丈夫だから。
(沙子だって人殺してる)俺のこと認めてくれる。
なのに、それなのに。
何が悪いんだよ。(俺だってそんなつもりない)腹が減ってんだよ。(だったら、どうすりゃいいんだよ)
俺、夢だったんだ。この力を誰かの為に使おうって。(好きでこうなった訳じゃない)
本当に沙子に聖杯をあげようと思ってたんだ(本当に欲しがってるし)
それで、それで俺が一番になれば………
そうに決まってるだろ(沙子ちゃんは良い子だ)それで俺の事、認めて貰えるに決まってんだろ!
何分かったような口で物言ってやがるんだ。何も知らないクセして
ああ、つまり――死ね。ってことか?
ふざけんな。俺はそんなの望んでねぇ(死ぬためにこんな事してるんじゃない)
(俺だって本当はこんな風にならなかったんだ)死にたくない(ただ、見て貰いたかった)
(巽くん、酷かったよなァ。マジで笑えないくらいに)あんな風に、死にたくない。
―――死にたくて……生きているんじゃ、ない―――
-
呻く梟に対してジークは言葉を失った。
幽々子は、漸くブライトが死んだとだと魔力で理解する事ができる。
彼女は『西行妖』の魔力のお陰で、限界を保っているのだ。マスターと再契約すれば、消滅は免れるだろう。
だが……ブライトを虐殺した梟を前に、幽々子はただ沈黙していた。
「■■■■……!」
梟は錯乱していた。元より正気のない彼に、狂気が蝕めば、もはや対話のしようがない。
『赫子』をそのままに、梟はジークに攻撃をした。
その瞬間。
―――ギャルル!―――
鉄球が投球される。それは安藤潤也のライダー・ジャイロの仕業。
ジークの動向を伺っていたジャイロは、この襲撃に対処できなかった。
否、むしろ。梟の突然の速度に対処できないと表現した方が正しいかもしれない。
言い訳であっても、ジャイロは鉄球を確かに投げた。
「間に合え!」
ジャイロが投げた先は素早い梟の方ではなく、ジークの方。
鉄球の回転で――肉体を硬化させる!
遠目だが、ジャイロは見えた。ジークの肉体は『赫子』で守れる。しかし、衝撃がそのままジークの体を吹き飛ばした。
『ヴァルキリー』を出現させたジャイロは、残りのもう一球を構える。
しかし、梟は縫うようにジャイロへ接近をした。
騎乗したジャイロの死角。それは――馬の足元……!
本能のままに動いているとしても、異常なまでの的確で出鱈目な梟は、そのまま『ヴァルキリー』の腹部から『赫子』を貫通させた。
串刺されたジャイロは吐血する。
だが――最後の一球。
残された一球を………バーサーカーに………
ジャイロはぼやける視界の中、どうにか『黄金長方形の回転』の軌跡を描き、梟へ――投擲した。
どこへ、投げ込まれるか。
鉄球は梟に貼りついていた『仮面』へと吸い込まれた。
仮面が破壊されたことにより露わになった梟の顔。
「なんだ……………泣いてるじゃねーか……」
泣きつつ立ち上がる親友を思い出したジャイロは『ヴァルキリー』と共に、地へ転倒する。
ジャイロは、それから潤也を思い出す。
ああやって『マイナス』にいた人間は『ゼロ』に戻ろうとする。何か、切っ掛けがあれば。
涙ながら接近しようと歩む梟に、ジャイロが血の味を口に満たしながら言う。
「一つ教えてやる。『一番の近道は遠回りだ』……俺もそうだった」
狂った相手にそれを理解する知能があるかは分からないのに。
いや、ジャイロはきっとあると判断する。あの涙がその証拠だ。
「そして、その道はお前一人じゃ渡れない……」
それを――潤也に教えなかったのは、彼にはまだ告げるべきではなかったから。
理解できなければ、言葉は意味を為さない。
これでいい。
必ずしも何かを残せる訳じゃあない。聖杯を必ずしも獲得できるとも、結果を残す事も。
突然の終わりも……だが、俺は全てを尽くした。
これで例え、バーサーカーが変わらなかったとしても
そういう事なら、 そういう事でいいんだ。
【ライダー(ジャイロ・ツェペリ)@ジョジョの奇妙な冒険 消滅】
-
(生きている……?)
ジークは体で回転をしていた鉄球を目にし、痛みを堪えながら起き上がった。
消滅してしまったサーヴァント。
一瞬、目撃できた……確かライダー?
(俺を……助けてくれたのか…………)
何故。という理由よりも、彼はそうするべきだと判断した。ジークフリートと同じく後悔もないだろう。
原型が辛うじて残っている警官の死体。
血だけが残り、消滅してしまったライダー。
そして……涙を流す梟を目にし、ジークの体は揺らいだ。
梟が何をしたいのか。ジークには理解できなかった。あれは何の涙なのか、ジークは分からない。どうしても。
どうにかそれでも一言、話そうとジークは思う。
あのままでは、駄目なのだ。
ジークは震える唇で、ポツリポツリと話し始めた。
「バーサーカー………何故……なんだ? ………お前は……人を――」
そこまで聞いた梟が、突如ジークに掴みかかり。
首をへし折ろうと両手で握り締めようとした。サーヴァントの力ならば簡単にできる。
バーサーカーならば尚更。
梟の手は、どこか震えていて、涙ながら尋ねるのだ。
「なんだよ。なんでそんな事聞くんだよ、そうじゃねぇ。お前――俺に『助けられた』んだぜ?
何でその事を話さねぇのよ。どうして俺に礼の一つもくれないんだ。なぁ!?」
ジークから洩れる呻きなど差し置いて、梟は今にも首の骨をへし折りそうだ。
令呪。
ジークの持つ特殊な令呪ならば、梟に攻撃する事も可能だろう。
だけど「助けた」と言う梟に、ジークは僅かに躊躇が生まれてしまった。
(助けた………つもり、なのか?)
むしろ、ジークが『助けられた』と感じたのはライダー/ジャイロの方で、梟の方は。
そんなつもりだった事すら、想像できないほど。
確かに……もしかすればブライトに攻撃されていたかも分からない。
論争の末、キャスターとジークが戦う事になっていた可能性も、そんな世界もあったのだろう。
ひょっとすれば、梟はそれを阻止したのかも………
だが。
ジークには分からなかった。
彼が知っているのは、事実のみ。この東京で起こした――確かなものだけ。
錯乱して、思わずジークを攻撃してしまった。暴走の末の過ちであったとしても――
「俺………は―――無関係な人々を、巻き込んだ……お前を許せない」
でも。
―――ゴシャ―――
【ジーク@Fate/Apocrypha 死亡】
-
「ねぇ、ブライト。お望み通り死んだけれども、これで良かったのかしら?」
今亡き主に尋ねるキャスター。
桜の花びらのように降りしきる雪を尻目に、キャスター/幽々子は何もせず惨劇を眺めていた。
彼女は聖杯が欲しい訳でもない。
かといって正義感を胸に、梟だけでも道ずれにしようとも思わない。
どうしたものかと、呑気な幽々子の前に餓えた獣のような梟だけが残った。
あまりに見るに耐えない。
かつては人であっただろうに、一体どのような所業を与えて人でなくしたのやら。
首をへし折った少年の死体など目もくれず、梟は涙が溢れる瞳で幽々子を睨んでいる。
捉えようでは、殺意に溢れていると感じられるが。
幽々子はそのようには受け止めなかった。
ちょっとした『なぞなぞ』の答えを見つけたかのように、彼女は言う。
「貴方、構って欲しいのね? ……そうね、私も消えちゃうから長くは話せないけど」
にしては、悠長な態度で幽々子が一つ思いついた。
「どうして『彼』と一緒に居たの?」
「…………」
「刺青の彼――アベルという名前があるのだけど。他にも一緒誰かいたじゃない? 名前は知らないけど」
「…………」
「どうして?」
梟は直ぐに話す事は無かった。喋ろうとして、言葉を迷って。
それから、やっとのことで口を開く。
-
「スナコは……寂しがり屋で、アベルくんと一緒に居たいって言うけど……きっと、寂しいから。
でも、多分。俺と同じで、本当はヒトなんか殺したくねぇんだ」
「………」
「ザックくんは、な。あの子、信じられねえけど文字読めないんだぜ? ビックリしちまう。
今までどんな風に生きてきたんだろうな。可哀想すぎて、俺が文字教えてやりてえくらい」
「メアリー……マジ気持ち悪いってザックくんが言うの分かるわ。なんなんだろうな、アイツ。
死んだ魚みてえな目しててよ。きっと俺とは違って、自分が嫌で死にたいだけ」
「スルガちゃん。アレは普通にいい子だよ。俺と普通に喋れるし、びびってねえの。アベルくんの事は怖がってるけど
でも……別にびびってない演技してたとしても、俺はいいかな……許すよ」
「アベルくんは、俺の事……見ていてくれてる。俺だけじゃないけど……無視はしてないんだ。皆の事。
まぁザックくんに殺されなきゃ嫌、みたいなわがまま言う子よ。そう考えると可愛い性格じゃねえの……」
嗚呼。そうだな。
そこまで話して梟は笑った。
「一緒に居て楽しいから」
「そう。だったら、いいじゃない」
幽々子は正義だの秩序だの、信念を以て語り合ったジークとブライトの言葉を無に帰すよう、答えた。
『郷に入っては郷に従え』と言うように、郷で全てが決まるのならば。
この聖杯戦争の舞台には、元より規則なんて存在しない。
「死を恐れる『人の子』。貴方にこの言葉を残すわ」
あらゆる者にも『死』は訪れる。
ゆっくりと、歩くような速さで誰にでも現れる。
とても、ありふれた事。
ならばこそ。
悔いのないよう、今を生きなさい。
生きる事は、決して誤りではないのだから。
【西行寺幽々子@東方Project 消滅】
-
前編投下終了します。また本日はバーサーカーこと滝澤政道の誕生日です。
おめでとうございます。後編はもうしばらくお待ちください。
-
後編投下します
-
東京都葛飾区、不動総合病院。
まだ人喰いの梟が現れても居ない頃。
暴漢の騒動を知らぬ一人の少年が、降りしきる雪の中、ひっそりと訪れていた。
一体何が?
疑問を抱いている少年は、聖杯戦争のマスターの一人。安藤だ。
弟の存在に冷や冷やしながらも、おっかなビックリな足取りでここまで辿り着いたのである。
アサシンだけで行かせても良かった。
しかし、弟のいる状況下で安眠がしづらく。
何より……同盟という交渉で、マスターの安藤が姿を現さないのは信頼を削ぎ落す事に通じるからだ。
運ばれていく患者らしき人物たち。
ここから侵入するのは難しいんじゃないか……? そのように感じた安藤。
腹話術で切り抜けようにも、考えなければ。
「――来たか」
まるで気配を感じなかった為、安藤は驚愕を浮かべるばかり。
咄嗟にアサシンが実体化するが周囲を見回してようやく、そこにいたセイバーの存在を捉える事ができた。
どうやら……安藤が話に聞いた少女のマスター・アイリスの存在はいないらしい。
セイバーの瞳は、まるで刺青男と大差ない。
人間を見下す人外そのものの瞳で、安藤に緊張が走った。
「俺のマスターが確認したいのは、お前の目的……聖杯戦争においての方針だ」
「目的……」
アイリスの目的は――知っている。
聖杯の獲得だ。
恐らく、彼女は可能な限りマスターを生かそうと努力をしようとする。
安藤は……出来れば、聖杯戦争の過程で『死者』を必要だと企む主催者には逆らいたいのだった。
「主催者の目的を阻止したい」
「何だそれは」
「サーヴァントやマスターを死なせる前提なのは、必ず理由がある。
………本当に、聖杯戦争を達成させて俺たちに聖杯を与えるつもりなのか? 何でも願いが叶う物を、自分たちの手で使わないで」
「…………」
「俺は………単純に、奴らが聖杯戦争を行った訳がないんだ」
「証拠や確証がどこにある」
「何もないし………だからといって、流れに乗って生き残ろうとは思わない」
-
逆らいようがないならば、聖杯戦争で生き残る他ない。
安藤は、そう絶望をしたくないし。訳も分からないまま、先導アイチの陰謀に巻き込まれるつもりは毛頭なかった。
シンプルでありながら、簡単な行動。
考える。
安藤の武器は、その一つだけ。
感情を差し引いて安藤の方針が正しいか否かもともかく、セイバーは判断する。
言わば、強がりを言っているものの。彼らには聖杯を獲得する術がない。
アサシン/カインの逸話通り、脅威的な能力を有するが。
決定的な手段ではない。能力を把握された以上、マスターを殺せば事足りてしまう。
だが……それを承知で安藤もここまで来た。
命の惜しくない勇敢な人間ではなくとも、震える体を引きずり登場するだけでも十分な強さの誇示だ。
セイバーは、分かっていながらも自身の意思を見せない。
「アサシン、お前はそれでいいと」
確認するかのようにセイバーは問う。
マスターの安藤が、アベルと対決を望み、彼を倒す事を目的とするならば兄弟として見過ごせない場面が無くもない。
果たして、構わないのか――と。
カインは機械じみた声色で、ハッキリ返答した。
「私が唯一望むとすれば『弟』に謝罪することです」
「………」
「仲を取り戻し、再び兄弟として成れるのならば後悔はありません。きっと、その為に私たちはここに居るのだと確信しています」
ここだけ聞けば聞こえは良い。
だが、逸話を知り、尚且つ同じ『兄』であるセイバーからすれば。
自分の手で『弟』を殺しておきながら、よくまぁこんな善意顔が出来たものだと呆れるところだ。
一方で。
カインにはそれが正しいと、それで許されるとすら感じている節がセイバーにはあった。
そのような妄想を抱いている時点で、とんだ畜生な上。
心底、コイツは狂っているのではないか? など疑問を覚えるほどだった。
だからと言って、ややこしい事に巻き込まれたくないセイバーは、執拗に問い詰めはしない。
セイバーにとっては、勝手にしろ。な面倒事に過ぎないのだから。
彼は、マスターの言葉を伝えるだけである。
-
「……俺のマスターは『同盟を受ける』そうだ」
安藤は、体を大きく挙動させるほど反応した。
恐らくの話だが、セイバーが納得したよりもマスター……アイリスが良しとして承諾したに近い。
あの様子で、セイバーが安藤たちの同盟に頷いたとは断言できない。
セイバーは……ただ話に合わせている。
でも……安藤は家で書き込んだメモをポケットの中で、握りしめた。
チャンスは一度。
これは到達するまでの過程だ。乗り越えなければ……何も前進しない。
「………『棺』のことは……知っているか?」
「バーサーカーの宝具の事ならな」
素っ気なくセイバーに、安藤が例のメモを差し出す。
「『棺』が設置されている場所だ……俺たちは見つけた。でも、どうする事もできない」
セイバーやアイリスが、安藤たちを完全に信用しきらぬように。
安藤たちもまた同じように、同盟が成立するまでは『棺』の情報を伏せていたのだ。
『棺』の重要な情報だ。
それを利用する危険を冒さない相手だと、安藤は察したことで提供する。
メモを一瞥したセイバーは、睨むように安藤たちに視線を向けた。
「俺達が破壊しろ、か」
「……何にしても『棺』は破壊しないと駄目だ。もし、出来なかった時は………また考えないと」
マスターを殺害すれば事足りる。
単純な案ですらアイリスも安藤も、なかなかどうして実行しない。
実にもどかしい話だが、セイバーは念話でアイリスに淡々と話を続けるばかりだ。
『信用すると決めた以上、「棺」も破壊しに向かうか』
『……場所は?』
『江東区だ。博物館内部に設置されている』
セイバーが教える住所を調べたアイリスは、少しだけ思案する。
アベルの『棺』……確かに重要かつ直ぐにでも破壊するべきものだろう。
しかし――――
不動総合病院にはマスターの少年(ジーク)がおり、神隠しの少女(あやめ)も居る。
この場合……アイリスは、神隠しの少女はこのまま病院に配置しておけば問題ないと踏んでいる。
少なくとも、彼女がここに居る事や。マスターであることも把握されている可能性は低い。
だが、ジークは?
セイバーの宝具でアベルの『棺』を破壊する事は可能だろう。
その隙に、ジークを見失ってしまうのも一つある。
安藤を病院に残すべきか? 否、安藤もアイリスと同じく学生の身分と思われる。
故に、深夜の長居はいくら同盟相手とはいえ頼むのは無粋ではないか。
何より。安藤は、アイリスたちの事情を知らない。
(……いえ)
どういう状況であれ、やはり『棺』の破壊は優先だ。
安藤の情報が確かならば……アイリスはそう判断を下した。
「………なら、まずは『棺』を破壊しに向かう。お前たちはどうするつもりだ」
ナイブズが簡単に行動を述べたのに、安藤は病院の様子を伺う。
「あそこで何が?」
「先ほどまでマスクのバーサーカーがここで暴れていた。もう倒したがな
………そして、サーヴァントを失ったマスターが一人、残っている」
安藤は、そのジークについてはまるで知らない。
だからこそ、ここで接触しようとするのは一理ある行動の一つだ。
カインは安藤の張りつめた表情を伺った。
-
殺戮者が登場したのは、日常では至って平凡な一軒家だった。
誰も彼も。このような場所に報道される凶悪犯が出没することが悪夢であって欲しいのだろう。
雪が降り続けるのを無視し、出現した場所で霊体化したアベルは
そのまま躊躇なく家に侵入するのだった。
アベルは現代日本の日常風景、ましてや生活感あふれる整理整頓されているようで
物がごった返している部屋を目にするのは、実は初めてだ。
財団の異常な清潔感あふれる無機質な空間ばかり体験していたアベルは、この世の地獄かもしれない。
微かな気配。
まだ、室内に人間は存在する。
サーヴァントの方が……居るようには感じない。
アベルの『直感』は正確だと信用するのは、アベル自身の経験で理解していた。
一つの個室。そこに少年が一人。
アベルに気づく愚か、アベルがここを捕捉した事すら想像していないだろう。余裕な風を保っている。
少年は、改めて机にある一冊の本を目にする。
「兄貴……」
ピクリとアベルが殺意を放つ。
気を張り詰めていた少年は、悪寒を覚えたらしく勢いよく振り返った。
空気が破裂したかのような音と共に、少年の右の手首が吹き飛ばされる。
実体化している刺青男を前に、少年は漸く立場を把握したらしい。
令呪でサーヴァントを呼び寄せようが、気付いた時には上半身すらもブレードで切り裂かれていた。
油断していた訳ではない。
だけど――少年は、令呪があれば問題ないのだと。そんな甘い考えが、あった?
あぁ、だったら『兄貴』の方が正しかったんだ。
少年は、そんな尊敬の念を抱いていた。
俺が居て……それで『兄貴』は助かった。アベルに殺されないで――
流血がぶちまけられた自室と、瞳の色だけでプレッシャーを与える殺戮者を目にした安藤潤也は
震える声で告げる。
「俺は―――お前とは、違う…………!」
俺は、兄貴を助けられたんだ!
昔と違って、兄貴を助けられなかった時とは違って……!!
そう思えただけで潤也の表情には狂気の笑みが浮かびあがった。
まるで『兄』という存在に捕らわれているような安藤潤也の姿を目にしたアベルは、酷く冷淡に答える。
「………あぁ、そうだな」
兄を利用して、誰かに殺して貰おうなんて甘い考えを持つ潤也と。
自らの手を以てして兄を殺害し、再び繰り返そうとするアベルと。
二人が同じな訳がない。
ついさっきまで、この世界にいた『兄』を想ってすらいない潤也には必要無い。
アベルは、安藤潤也と同一にされる事すら屈辱に感じるだろう。
「…………」
それきりだった。
少年はしばらく硬直し、突如糸が切れた人形のように血で満たされた床に崩れ落ちる。
醜い状態の死骸となり果てた少年に、アベルは何ら興味が湧かなかった。
一つ。
あの憎たらしい兄のマスターが、この少年の兄である。そんな皮肉めいた情報だけ入手する。
少年が見つめていた本。
アベルは見覚えがあった気がする。確か、沙子が同じ本を所持していた。
小説に興味があるとは言い難いが何も、ザックのように文字が読めない訳でもない。
驚くほど血に穢れていない手で、本に触れれば流し読むとしても適当にページを捲った。
内容を理解しているのか、疑わしいものの。
アベルからすれば十分な事だったらしい。
物語の世界は、反秩序と悪意に満ち溢れており、さもそれが正しい風に描かれていた。
だからこそ――それが―――
「……これは、素晴らしい」
【安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX 死亡】
-
アベルが堂々と一軒家から外へと踏み出せば、先ほどまで上空から降り続いていた雪が止んだ。
凍てつくような肌寒さは消え、完全に春の陽気に満ちている。
気候の突然変異にも関わらず自然というのは従順で、閉じていた花の蕾が膨らみ。
遠くでは、桜の香りが漂っていた。
僅かにアベルも反応を見せたが、それは一瞬だけで。
彼の記憶にある不動総合病院の位置へと足を運ぼうとしている。
そんな殺戮者を制するように、前触れなく虚空から『手』が出現した。正確には『少女の手首』。
アベルがソレを見上げれば、手が持っていた紙が一枚。アベルに向かい落ちて来る。
手の方は、即座に消滅してしまった。
手の主を―――アベルは知っている。
サーヴァントとして? いや、きっとマスターとしてだろう。アベルは何故かそう判断した。
ヒラリと舞い落ちた紙を拾う。
内容は
『アベル、貴方はカインを殺す為に居るの?
もし、そうなら私は貴方とカインを合わせる事が出来る。
その代わりに、必要以上に何もしないで欲しい』
無意味な内容だ。
このようなもの―――アベルは罵声の一つを口にしたかったが、結局のところ自分自身の目的を思い出す。
忌々しいルーシー。
自分を召喚した彼女を始末する事。
違う。
カインを始末する事、だろうか?
それも違う。カインは気に食わない、アベルが口にした通り。単純に嫌いだから。
何よりも、それが召喚された理由だと確信しているから。
確固たる理由。闘争。退屈を持て余す為に。
……違う。
確かに、ルーシーは憎たらしい。自分の生だけを考え、生き続けている。
カインも忌々しい。折角の闘争が、彼の気配を感じ取れるだけで、不愉快な気分だ。
だけど………
二人を始末する為だけに『東京』へ至った? いいや、違う!
アベルは、自覚したのである。
今、問われているのはアベル自身の本心に対してだ。
どうするべきなのか? 途方に暮れたアベルの脳裏に、言葉が蘇った。
まるで、退屈が満たされないと理解し、彼の為に設立された組織を代無しにした。
あの時のように。
―――絶対に俺がお前を殺してやる。――――神に誓ってな
「嗚呼……そうか………私は…………」
-
東京都千代田区に隣接する文京区に、ルーシー達は移動をしていた。
吹雪のような状況下、さらには深夜の時刻なのに肉体的にも、精神的にも堪えるのを強いられている。
不気味なくらいに誰とも邂逅しない東京を歩み続ける中。
携帯端末に表示された地図の場所へ到着した。
沙子は、大きな漆黒の瞳を険しく細めながら言う。
「多分……この辺りだけど?」
どこか疲労が垣間見える沙子。ルーシーは少々心配を抱く。
一方、アサシン/アイザックだけは周囲を見回してから、ある場所を目にして呆然としている。
殺人鬼にも、アベルがどうしたかったのか理解できた。
不敵な笑みを浮かべつつ、上機嫌な口調で話す。
「おー、なんだよ。ここか! 久しぶりじゃねぇの」
沙子が顔をしかめて「来た事があるの?」と尋ねたのに、アイザックことザックは呆れた様子で答える。
「昼間にここ来てさ、スルガの奴にも会ってよ……あー、そういやお前は寝てたな」
三人が到着したのは―――『ランドセルランド』。
かつて、ここでバーサーカー/ジェイソンが殺戮を行い。
安藤とアヴェンジャー/うちはマダラが邂逅を果たし。
アベルたちがカインの存在を捕捉し、神原駿河と出会った……因縁が収束された場所である。
ザックも懐かしさを感じながら、軽快な足取りで扇動する形でアベルが切り裂いた裏門から侵入した。
躊躇ない殺人鬼の行動に戸惑いつつ。沙子とルーシーも後に続く。
どうやら、アベルたちの騒動の後。警察がここを調べた形跡はなかった。
裏門の状態がそのままなのが証拠である。
ルーシーは恐る恐る門を閉めて、内部に監視がないか冷や冷やした。
この時代の遊園地なんて、少女二人からすれば初めての場所。
慣れない空間に困惑する中。
ザックも、どうしようかと迷ったあげく、適当な建物を見つけ、強引に扉を破壊した。
どうやら従業員の控室らしい。手探りで照明のスイッチを入れたルーシー。
ジェイソンの騒動から、そのまま。現場は何一つ動かされていない。
大き目の鞄などを発見し、ここなら小さな沙子も入って安全だろうとも想像できる。
沙子自身、眠気と疲労を強く感じていた。
疲労は今までの出来事からだと思うが、実際は梟が暴走し、魔力消費も含まれたものであった。
眠気は、もう夜明けが近い為だろう。
多少の不安を覚えた沙子は、ルーシーも噛んでおきたかったが、アベルとの約束を思い出す。
-
ルーシーは、かき消された令呪の一画を呆然と眺めている。
後、一回しか使えない。でも……
ぼんやりとしている沙子に、ルーシーは声をかけた。
「……スナコ?」
「少し眠くなってきただけ……多分、そろそろ夜明け………」
彼女は恐らく――『吸血鬼』だ。
伝承などでの噂。駿河に吸血した姿や死人のような肌は、きっとそう。
日の光は……ルーシーは僅かに気持ちが揺らいだが、今のいままで沙子や梟が恐ろしくとも味方ではあった。
でも、アベルが死ねば………
ルーシーが、一つ話をする。
「スナコ、元の世界に戻る事で話があるの」
「……そんなに帰る事を考えてどうするつもり? ルーシー……貴女は、本当に聖杯が欲しくはないの?」
「よく考えて。聖杯を手に入れたところで、元の居場所に戻れなかったら意味がないわ。
家族は………いる? 待っている人が居るなら、ちゃんと考える必要があると思う……」
「…………」
沙子が脳裏に浮かんだのは、同じ屍鬼の仲間たち。
血の繋がった家族ではないが……似たようなものだろう。
元々は、ある閉鎖された村へ引っ越そうと計画している最中だった沙子。
気付いたら、このように聖杯戦争に巻き込まれてしまった。確かに……彼らは一体どうしているだろうかと思い出す。
ここで心配した所で、何の意味もない。
「そうね。でも………どうすればいいか分からないわ……先導アイチに、聞けばいいかもしれないけど………」
単純に考えれば、主催者に話を聞ければ疑問は解消されそうだが……
ふとルーシーが横目にやれば、沙子は蹲った状態でピクリとも動かなくなってしまった。
再度、名前を呼んでみるが何一つ反応が無い。
ザックが呆然と眺める外は、厚い雲の隙間から朝日が差し込んでおり。
雪の代わりに、ランドセルランド内に植えられていた桜が花びらを散らしていた。
日差しから避けさせる為、ルーシーは搬送用らしき大き目のバッグに沙子を入れる。
それから、外に視線をやってアベルの帰還を待つザックを強引に室内へ引っ張った。
ザック本人は、非常に不愉快そうだったが。
沙子が眠りに就いたからこそ、ルーシーは話をした。
「もう一度聞くけど……アベルを殺す、つもりなのね………?」
「何度聞けば気が済むんだ、テメェ。それの何が悪りぃんだよ!!」
沙子が目を覚ましてしまうかと警戒してしまうほど、大声で返事するザック。
ルーシーは、冷や汗を流しつつ。頷いた。
「分かった……信じるわ」
「俺は嘘をつかねえよ」
「……スナコのバーサーカーは? 彼はどうするつもり??」
「あー……聖杯戦争ってアレだろ。サーヴァント全員殺すって奴だから、全員殺すつもりだぜ。
どっちしろ、アイツも殺してえからな。………それがどうした」
「なら、メアリーは? あの子……聖杯が欲しいとか、そういう目的は無いの?」
-
第一、そんな事をザックに話そうともしていなかった。
沙子と共に聖杯戦争を把握した筈にも関わらず。何も―――否、確かお願いがあるとか言っていたような。
しかし、結局まだ聞けず仕舞いだ。
メアリーの前振りが、かつて自分を殺して欲しいなどと吐き気を催す要求をした少女の様子と酷似している。
ザックは悪寒じみた予感を胸に渦巻く。
違う?
ほとんど同じの間違いではないだろうか……?
信憑性もない話だ。ザックは嘘つかぬ為に「知らねぇな」と短く答える。
ルーシーが、話を続ける。
「家に帰りたいとか……聖杯が欲しいとか。メアリーが頼んだら、貴方は応じるの?」
「………あぁ、クソ! 俺はなぁ、そういうの嫌いなんだよ!!」
「え?」
「頼まれるのがゾワゾワするんだよ! 命令されるのはムカついて仕方ねぇけどな!!」
生前から、こればっかりは慣れないと嫌悪丸出しでザックは吠える。
ルーシーには理解に苦しむザックの基準だが、アベルから頼まれた時も似たような不快な表情をしていた。
本当に嫌で仕方ないのだろう。
ザックはハッキリ自覚している。
アベルへの殺意も、誓いも、冗談半分のものではない。確かな動機があると。
あの時、あそこで出会って―――それで。
嗚呼。こいつ、なんてつまらねぇ顔してやがるんだ。
そう感じたのだ。
心底、退屈そうで窮屈そうな顔を見せびらかし、さも構って欲しそうな憐れみを求めている。
ザックでも、殺人を楽しんでいるのに。
アベルでは、殺人は暇つぶしでしかない。
つまらなそうな顔だが、それでも殺意が湧いたのはレイチェル以来だろう。
故に、ザックは神にまで誓ったのである。
俺が殺してやるから。ちったぁマシな顔して死ねよ、アベル―――
-
【四日目/早朝/文京区 ランドセルランド】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(中)、精神疲労(中)、肉体疲労(中)
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
3:カイン……
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
・信長には聖杯を手にする為、方針を変えたように宣言しましたが、本人はそのつもりはありません。
→やはり、信長の方針について行けず。脱出手段を探す方針を本格的に試みます。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]睡眠、魔力消費(大)、肉体疲労(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]拳銃、『王のビレイグ』、拳銃の弾(幾つか)、携帯電話
[所持金]神原駿河の自宅にあった全額
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい。聖杯が欲しい。
1:ルーシーを守る。
2:カインとアベルの行く末を見守る。
3:元居る場所に帰れるか、少々不安。
[備考]
・参戦時期は原作開始前、村に向かう直前。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。現在はバーサーカー(アベル)らの人質として報道されています。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
・安藤家の電話番号を入手しました。
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]魔力消費(小)
[装備]鎌
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全員殺す。
1:一番にアベルを殺す。
2:神原駿河に対しては――
3:メアリーとレイは同じか……?
[備考]
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・駿河がアヴェンジャー(マダラ)のマスターであるのを把握しました。
・アサシン(カイン)の能力の一部を把握しました。
・バーサーカー(アベル)が何らかの手段で蘇ると把握しました。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
・沙子を変わった少女として認識しております。
-
東京都葛飾区、不動総合病院に戻る。
あれから安藤はどうしたのか? その場に残ったのであった。
病院に居るマスターらしき少年・ジーク。彼と、どうにか接触しようと様子見したのだが。
事態は急変する。
どうやら患者など生き残った関係者は、警察病院に移動してしまい。
ジークに関しては、警察に事情聴取を受けると、気配遮断を利用して情報を集めたアサシンから話を伝えられた。
実際に、警官たちに補導されていくジークを病院内の敷地にある物影から目撃した安藤。
仕方なく、ここでジークとの接触を諦めるか?
いや、そういう訳にもいかない。
ジークと接触出来なければ、今後も出くわす可能性だって無に等しい。
現場検証で病院の裏手に回ったジークを届け、安藤が考え始めた矢先。
この世のものとは思えぬ絶叫が響き渡ったのだ。
物影から、周辺ある植木を利用して、安藤は距離を保ちつつ。裏手へ移動した。
気配遮断を纏ったアサシンは問題ないが、安藤は違う。
どういう状況か分からないが、例の人喰いの梟が出現をし、ブライトが虐殺された辺りから安藤は目撃した。
ジークを含めた、宝石の首飾りをしたマスター……カインが『ブライト博士』と思しき人物が。
彼のサーヴァント・キャスターと、安藤に同盟を持ちかけたライダーも。
雪崩れじみた惨劇を目撃し、安藤の体は震えていた。
キャスターの消滅と共に。
春が解放されていく幻想的な感覚に浸っている余裕すらない。
安藤は、体を震わせ草影からただ一人残った梟を睨みつつ。腹話術をする構えを取る。
アサシンが、そんなマスターに促す。
「マスター……! 無理に行動しては………」
「分かっている………だけど、サーヴァントにも『腹話術』は通じるんだ……」
実験をした。
腹話術を仕掛けた相手は、アサシンだったが。
多少、普段よりも力を込める必要がある。だけど、サーヴァントにも適応される。
安藤はアサシンに言う。
「あいつが居るなら、きっとアベルが……来る………! 周りの警戒をしててくれ……!!」
-
何故、病院に出現したかも不明。
そして、梟はアベルと同行していたサーヴァントなのだ。
ならばこそ、梟と共に居た彼らもきっと―――だが、現れたのではアベルじゃない。
ジーク達が戻るのを待機していた残りの警察関係者。
虚ろで無気力な表情の梟など気にもせず、現実は無情に押しのけて来る。
「な、なんだ!?」
「おい、見ろ! テロリストの一味って噂の奴が………!!」
「確保だ! それと応援を呼べ!! まだ周辺に仲間が隠れているかもしれないぞ……!」
ハッと安藤は身を低くして、それでも視界の中に梟を捉え続けた。
アサシンが、令呪でいつでも飛べるよう安藤の方を掴む力が強くなる。
落ち着け……安藤は、自分自身に言い聞かせる。
時間を稼げばいい。『腹話術』の有効範囲に梟は居るのだ。
大きく息を吸い込み、安藤は『腹話術』を実行した。
―――私、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。
皆様ともども、冥利ジャンス高鳴る大東京に仮の住まいまかりあります――
ビリッと『腹話術』をかけた感覚が、安藤の体を駆け巡る。
しかし、相変わらず梟は指を加え始めて、いつになく無気力な瞳で拳銃を構える警察官達を睨む。
駄目なのか!?
安藤は再度、同じ感覚で『腹話術』を使用してみるが。やはり異変は起きない。
アサシンが心当たりを触れる。
「精神干渉を遮断する能力があるのでは」
「もし、そうだとして、どうやっても『腹話術』は不可能なのか……?」
別に、安藤は興味本位で無謀に挑戦するのではない。
アベルと接触する以上、あの梟をどうにか対処しなくてはアベルと対決する事も叶わない。
再度『腹話術』に挑戦しようとする安藤。
瞬間。
異変が発生したのは警察官達だった。
操られたかのように拳銃を降ろせば、ぞろぞろと足並み綺麗に揃えて立ち去って行く。
あまりの光景に、安藤とアサインだけではなく。梟も首を傾げていた。
-
「今回は特別です」
音も無く出現をした一人の少年。
生き残った者たちが一同に視線を集める彼は、姿を知らずとも声色から何者か察する事が出来た。
アサシンは「まさか」と緊張を高めた。
「先導アイチ……?」
「!」
安藤は考えた。
残ったのは自分たちと梟だけ。先導アイチに何か……何か出来ないのだろうか。
必死な安藤を余所に、虚ろな瞳をしたアイチが『ジャック・ブライトの残骸』を一瞥し、それからジークの死体に注目する。
首と胴体が分けられた状態の死体。
それを謎めいた黒輪で包みこめば、不思議な事に死体は跡片もなく消え去ってしまう。
所謂、死体の回収。警官を退かせた理由はこれにある。
安藤は、悠長にはしていられなかった。
(聞く事……聞ける事………!)
今なら出来る!
安藤は、決して梟の心情を理解している訳ではないが――この状況なら大丈夫だと考えた。
大きな問題。それは――『腹話術』を成功させる事!
(喋れ! 何でもいい、喋ってくれ!!)
先導アイチが消え去ってしまう前に。
安藤は力を込めて『腹話術』の力を梟にかける。必死な思いのせいか、鼻血が滴る有様であった。
ちっぽけな自分が持つ、ちっぽけな力だ。
だけど―――
「マスターはどうなる」
安藤が我に帰る。梟が口にした言葉は、安藤が念じた幾つもの質問の中の一つだった。
先導アイチにも僅かな反応が見られる。
梟の言葉は続いた。
「サーヴァントを失って生き残ったマスターも、どうなるんだ」
「………マスターの心配をなさっているのでしょうか」
-
サーヴァントの中には、そういった部類もいるが、梟が尋ねるのが意外であろう。
アイチの反応も、どこか驚いた雰囲気を感じられた。
安藤が『腹話術』で梟に言わせた言葉に過ぎない。
しかし、アイチは『腹話術』による質問だと知らぬらしく淡々と話す。
「分かりました。外野を掃ったのですから、ついでに説明しておきましょう」
「?」
『腹話術』をかけられた間は、意識が奪われる。
だから、梟の視点ではアイチが勝手に説明を始めたように見えるのだ。
力の失った瞳を細める梟を前に、アイチの話は開始された。
「我々――即ち<リンクジョーカー>が如何にしてマスターを集めたのか。
それこそが、マスター達が帰還する術であり、手段でもあります。ご安心を、貴方のマスターにも可能です」
「………」
「マスターを収集する際、その力を使ったのはこの僕です。……そして、その能力とは―――」
「『イメージ』です」
「―――意味わかんねぇよ」
もったいぶっておいて、答えが『イメージ』なんてのは普通に納得できない。
梟ですら、馬鹿真面目に語っているアイチにそう突っ込まざる負えなかった。
それでもなお、アイチは虚ろな瞳ながら、確固たる発言力で梟に伝えるのである。
「我々の世界において『イメージ』は重要なのです。事実、幾つもの世界を通じられたのはイメージ力……
異なる次元を超える為に、マスターは平均よりも強いイメージ力を持った存在に限られました」
真正面から受け止めては、キナ臭い宗教団体の勧誘と変わらない。
『イメージ』とは、何か特殊能力を示す用語であると考えた方がマシじゃないのか。
アイチが真剣に話す。
「つまり――元いた世界への帰還にも、イメージ力は必要不可欠です。
僕も可能な限り手を貸し、イメージを補う所存ですが……それはあくまで聖杯戦争の勝者に限ります。
他の生存者には、自力で帰って貰う他ありません」
「――………」
「少々、納得いただけないようですが、僕は事実を伝えました。いづれ、その時になれば分かるでしょう」
それでは。と、アイチは黒輪に包まれて姿を消失する。
梟が納得いかない内に、奇怪な臭いが漂う。
鼻をひくつかせ、振り向いた梟が草影を睨んだ。
「クソ兄貴か?」
梟は、皮肉こもった表情で駆け抜けていく。
そして―――
-
東京都江東区。
そこにある博物館の一つに到着したセイバー/ナイブズが目撃した光景。
血みどろの現場と、転がる死体たち。
検証し続ける警察関係者と事件現場の前で撮影を続けるテレビクルー。
人間で言う虫が集る光景に、ナイブズが顔をしかめる。
彼らは生贄で、殺害したところで然したる問題ではないが。
このままナイブズが、関係者の視線に構いなしに殺戮を行ったところで、それこそ事件として取り上げられかねない。
未だ、彼自身が表で噂されていない。
折角の立場を代無しにするのは、愚の骨頂だろう。
けれども。
特徴も無い博物館で殺戮を行うとなれば、やはり『棺』があった。
その確認だけは、霊体化してでも可能だった。
群がる虫(人間)が居なくなった瞬間。『棺』を破壊し、アベルの殺害へと至れる。
ナイブズにとって、それだけの事。
『奴(カイン)を囮に使うつもりだろう』
(…………そうだったわ)
『なんだ、また妙な事を気にかけているのか』
(ううん……とにかく『棺』は破壊して大丈夫………)
念話の先にいるアイリスが、手に握りしめられた紙切れを見つめ続ける。
アイリスが渡した紙切れに、ブレードにこびりついた血で文字を書き殴ったアベル。
それを虚空に向けて、差し出したのはアイリスにも予想外だった。
震える手で紙をアイリスが受け取ったのを確認した殺戮者は、即座にどこかへ駆けだしていた。
アベルからのメッセージ………
『私にとっての「隻眼の王」が現れた。君は勝手にしろ』
最初から、私と戦う気すらないみたい………絶対に、そんな気がする…………
カインを殺してしまったら。悪夢が終わるように、彼は消えるつもりなんだわ。
信じられない……でも、最初からこういう人格じゃないの………
『答え』を得た殺戮者の顔は、アイリスが知る中では信じられないほどの穏やかな表情だったから。
-
【四日目/早朝/葛飾区】
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(小)、神隠しの物語に感染
[令呪]残り3画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話、勉強道具
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
0:隻眼の王……
1:神隠しの噂に関する書き込みに注目しておく。
2:遠野英治の自宅周辺の撮影は保留する。
3:神隠しの少女(あやめ)を匿える場所を探す。
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
→改めて聖杯戦争の知識を得ました。しかし、セイバー(ナイブズ)に追求するつもりはありません。
・安藤潤也と神原駿河の住所・電話番号を入手しました。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・葛飾区にある不動高校の学生寮に住まいを持っております。門限は夜10時(22時)までです。
・ライダー(幼女)とライダーのマスター(平坂)、キャスター(ヨマ)の特徴を把握しました。
また、ライダーの宝具『SCP-682』の特徴を把握しましたが、SCP-682であると確信していません。
・板橋区でアベルが出現した噂を知りました。
・アサシン(カイン)のステータスを把握しました。
・アサシン(カイン)の目的を理解しました。
・安藤家を撮影した写真を通して、バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
・安藤(兄)と同盟を組みました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
【四日目/早朝/江東区】
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]霊体化、黒髪化進行、神隠しの物語に感染
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:騒ぎが収まったら『SCP-076-1』を破壊する。
2:あのアーチャー(ひろし)は……
[備考]
・アーチャー(ひろし)のマスターについての情報を得ました。
・アーチャー(与一)のマスターは健在であると把握しておりますが、深追いする予定はありません。
・アーチャー(与一)での戦闘でビルの一部を破壊しました。事件として取り扱われているかもしれません。
・バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
・ライダー(幼女)の存在と宝具『SCP-682』について把握しました。
・逸話の経緯もあり、アサシン(カイン)をあまり信用していません。
・安藤(兄)と同盟を組みました。
-
「あ……えっと…………」
「………」
梟が草影で発見したのは、神隠しの少女だけだった。
正確には、梟は神隠しの少女を認識していない。少女――あやめは、先ほどまで安藤とカインの監視をしていた。
自分がここに残る以上、セイバー/ナイブズから無言でそれを命令されたに等しい。
それでも梟が、あやめを認識できる可能性もある。
『神隠しの物語』を耳にしていれば、ひょっとすればあやめを目にできたかも……
どうやら、彼は『神隠しの物語』を知らぬようだった。
無言で、安藤達のいた箇所を眺めている。
誰かが居たのは明白で、何より電話を信用すればそれがカインとそのマスターであった可能性がある。
しかし、もはや誰の姿もない。
彼らは実質、先導アイチの会話の途中で抜け出した。
そうでもしなければ、令呪なしであの場を脱する事は不可能だっただろう。
枯れ草に鉄錆を含ませた様な匂いだけが梟の鼻にこびりついた。
神隠しの少女は、残虐な殺戮を実行した人喰いを前にして、恐怖を抱いていない訳じゃない。
だけども……哀しみに帯びた化物に、あやめはどこか同情を出来てしまった。
狂気に帯びた眼力を失った梟は、死人のようにふらついた。
もう往くアテのない化物は、死体すら手をつけない。
一人残されているあやめに関しては、途方に暮れて梟を追おうと躊躇する。
その時。
桜吹雪が舞う景色の向こう側、屍たちが列を為して伏せる地平線の彼方より。
彼の殺戮者の姿が現れた。
悪魔的な刺青が生き物のように見える。
存在の全てが禍々しい――アベルの様子も、梟やあやめの知る雰囲気とはどこか違って感じられる。
「………!」
あやめは、動揺してしまう。
殺意のないアベルの様子だが、彼女は奇妙なことにアベルと視線が合わさったような気がした。
偶然などではない。『見られた』と本能的に察知したのは、ナイブズと同じ。
アベルも『神隠しの物語』を聞いてもいないが『直感』だけで、あやめの存在を把握している。
「アベルくん」
梟が酷く戸惑いながら、何とか話そうとした。
「あ………あの、アベルくん……これ………違う。俺―――」
アベルは少しだけワタワタする梟の様子を伺ってから、地面に落ちていた首飾りに着目した。
派手なルビーは、無残に破壊された後である。
忌々しい刻印のような令呪の模様が残されたソレを、犯行現場のナイフを思わず握ってしまうかのようにアベルは手にしている。
それから、アベルは尋ねた。
-
「奴は何と言っていた?」
重要でもない他愛ない会話である。
アベル自身、興味どころか意味すら見出して居ない筈。
ポカンとする梟に、再度アベルは聞いた。
「殺したのは、君だろう」
あぁ……そういえば…………
梟は、ぼうっとしつつ返事をするのだった。
「『死にたくない』」
まるで梟自身の台詞のようで、実際に首飾りの持ち主・ブライトが呟いていたような。
アベルは、珍しく梟に対して不敵な笑みを零す。
本当に珍しい気がした。梟は思う。
いつも、退屈そうに人間を殺していた癖に、共に行動するザックに対しては常にどこか穏やかに話していたのだ。
「……愚かな奴だ。私が忘れていると思ったか。よく記憶に残っているよ。
死から見放された哀れな人間。形はそうだろう。しかし、実際のところ『生』の延長戦でしかなかった。
事実として、結局『死』んでいるも同然である『真実』を受け入れずに死んだ訳か」
「…………」
「死への『恐怖』ではなく、死を与えられる『幸福』こそが素晴らしい。君も――そうは思わないか?」
アベルが語りかける。
内容が無意味であったとしても、未来に変化を与える出来事じゃなくとも。
梟は、何故か笑みを浮かべられた。
誰かを嘲笑する風ではなく、心底人間のような笑顔をしている気がした。
かつて、どこかの誰かとこんな雰囲気でベラベラとお喋りしていた。それが心地よかったような。
そんな遠い記憶。
「―――ア~~~ベルくぅん! やっぱり、おめぇ。俺がぶっ殺してやる!」
満面の笑顔のまま、梟は猟奇に帯びた言葉を続けた。
「臓物と下半身をグチョグチョにしてやって、両腕をバラバラの積み木にして遊んでからデザートのジャムを喰うって事よ!
ザックくんに殺されると思ったら、大間違いだぜ。このロマンチスト野郎!!」
もう、そんな言葉でしか返事ができないから。
もう、普通の言葉では伝える事が出来ないから。
梟が道化じみた滑稽な有様で話し、アベルはそんな彼にどこか満足気だった。
「クソ兄貴、消したら覚悟出来てるんだろうなァ。アベルくんよォ!!」
「………それなら、殺されないように気をつけよう」
-
【四日目/早朝/葛飾区 不動総合病院】
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全部殺して、自分が一番だと証明する。
1:アベル、お前絶対ぶっ殺してやる。
2:先にクソ兄貴の方、殺さないといけねぇな。
3:沙子たちと合流する。
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
【バーサーカー(アベル)@SCP Foundation】
[状態]魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:アイザックとの約束を果たす。
0:それなら、殺されないように気をつけよう。
1:アサシン(カイン)を始末する。
[備考]
・アサシン(カイン)の存在を感じ取っておりますが、正確な位置までは把握できません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・アイリスがマスターであることを把握しました。
・あやめの存在を『直感』で感じ取っています。
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]健康、サーヴァント消失
[令呪]残り1画
[装備]神隠し
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争が恐ろしい。
1:どこかに身を潜めておきたい。誰も巻き込みたくない。
[備考]
・聖杯戦争についておぼろげにしか把握していません。
・SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
・カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
・トド松とセイバー(フランドール)の主従を把握しました。
・役割は『東京で噂される都市伝説』です。
・セイバー(ナイブズ)とライダー(幼女)のステータスを把握しました。
・飛鳥とアサシン(曲識)の主従を把握しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
-
【四日目/早朝/葛飾区】
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]眠気(中)、精神疲労(中)、腹話術の副作用(小)
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通+潤也から貰った一万円(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)と対決する。聖杯戦争を阻止する?
0:病院から距離を取る。
[備考]
・原作第三巻、犬養と邂逅した後からの参戦。
・役割は「不動高校二年生」です。
・潤也がマスターであると勘付きましたが、ライダーのマスターであるとは確証しておりません。
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・アヴェンジャー(マダラ)のマスターが不動高校の関係者ではないかと考察しています。
・フードを被ったのサーヴァント(オウル)が喰種であり『隻眼』という特殊な存在だと把握しました。
・神原駿河と包帯男(アイザック)、金髪の少女(メアリー)の存在を把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
・バーサーカー(アベル)のマスターであるルーシーと今剣の存在を把握しました。
・アイリスの存在を把握しました。
・『財団』について概ね把握しました。
・アイリスと同盟を組みました。
・セイバー(ナイブズ)のステータスを把握しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しているかは不明です。
・『腹話術』を過剰に使用した為、副作用が始まりました。
・精神干渉遮断の能力を持つサーヴァントにも『腹話術』は発揮しますが、その際、過剰に能力を使用する事になります。
【アサシン(カイン)@SCP Foundation】
[状態]霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)に謝罪をする。
0:病院から距離を取る。
1:自分は聖杯を手にする資格はない、マスター(安藤)の意思を尊重する。
[備考]
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・警視庁にて、現時点までの事件の情報を把握しました。
・江東区の博物館にある『SCP-076-1』を確認しました。
・バーサーカー(アベル)が自分(カイン)の存在を確認したと把握しておりますが、安藤には伝えておりません。
・ルーシーがアベルのマスターだと把握しました。また今剣がマスターである事も把握しております。
・アイリスがマスターとして東京にいる事を把握しました。
・アイリスと同盟を組みました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しているかは不明です。
-
投下終了です。タイトルは「ヒトクイロマンチスト~隻眼の王の帰還~」です。
続いて
信長&セラス、メアリー、カラ松&宮本明、トド松、ひろし、平坂黄泉&幼女
以上で予約します。
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投下乙です
帰る場所をイメージできないマスターは帰還できない
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感想ありがとうございます!
現在の予約に 神原駿河、今剣 を追加予約します。
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予約分投下します。
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果たして、地獄から逃れられるものだろうか?
□
「お疲れ様。夜分に申し訳ない」
「いえ、よくぞご無事で」
刑事、警察官たちがそれぞれに挨拶を交わし合う。
千代田区内にある、とある警察署。メアリーを乗せた一台のパトカーが、そこへ到着をした。
メアリー本人は疲れのせいか、眠気に襲われ、瞳を閉じている中。
警察関係者たちは、あれやこれやと話を続けていた。
「奴らはどこへ向かったか……目撃情報の方はどうだ」
金髪の女性刑事が尋ねるものに「それが」と言葉を濁す警察官。
テロリストたちの行方は分からない。
周辺住人から証言を得るのは難しいだろう。何故なら、このような時間帯。本来ならば、寝静まった頃合いだ。
仕方ない。
としても……他に重大な事件が発生している為、現場が混乱状態にあるのが原因の一つとして含まれる。
気難しい顔をして、女性刑事は聞いた。
「なら、暴動の一件はどうなった?」
「はっ……それに関しては先ほど収束したとの報告を受けております」
数十分程度前の話だ。
例のテロリストの一味を壊滅させる勢いで、警官隊及び自衛隊の集大成と称しても良い大規模な集団が完成された。
彼らは、刺青男――通称:アベルの居る警察署へ突入しようと移動し、もう間もなく到着しようとした矢先。
突如として、警官隊や自衛隊の一部が妨害に出たのだ。
それを始まりに、次次へと寝返りは発生してしまい。最終的に、その反乱を制止する為に時間と労力を割いた結果に終わる。
皮肉にも対話を求める飛鳥が行った足止めで、現場は混乱状態だった。
その――二宮飛鳥。
彼女が行ったラジオ生放送も、ネット上では話題となっている。
深夜の時間帯の為、さほど注目されてはいないが。
人々が起床する頃合いになれば、話が変わって来るだろう。サイバー部門では映像削除を徹底している最中だ。
配信主である飛鳥自身が、何か法を犯してないかは少々疑問でもあるのだが。
如何せん、映像が問題で彼女自身の聴取を試みる為、警察は特定に急いでいる。
そして――
メアリーと同行した刑事たちが到着した警察署には『松野トド松』が居た。
こうなったら、まとめて保護する方針にしようと決定されたのだ。
うとうとしている内に、メアリーは警察官たちに運ばれ。
金髪の刑事たちと共に署内へと移動をする。
それを様子見していた一騎のサーヴァント・ロボひろしが見届けていた。
(あの女の子………アベルの奴と行動してたって。まぁ、脅されて一緒に居たんだろうけどな)
メアリーをこのまま警察に任せる。のも、悪くは無い手だが。
ひろしが行おうとするのは、全く別。
トド松の真意を問いただす事。
「よし……頼んだぜ」
-
警察署内の取調室に閉じ込められていたトド松。
ついに『聖杯戦争』の情報をいよいよ話してしまったが、刑事たちの態度はトド松を馬鹿にしたもので、まるで信用されていない。
折角、本当の事を喋ったのに! 聖杯戦争の主催者から何と言われるか。
いやいや、これは仕方が無かったのだ。むしろ、マスターが誤認逮捕される事態を想定していない先導アイチたちが悪い!
胃がキリキリと痛むのを感じるトド松
取り調べを行っていた刑事が廊下に呼び出され、一度席をはずした。
外からヒソヒソ話が聞こえる。
それは、トド松にプレッシャーを与えるつもりの演技なのだろうか?
実際のところ、意外な事に『聖杯戦争』の話題とはトド松も予想だにしていまい。
「神原駿河も同じような事を?」
「ええ……恐らく『サーヴァント』や『マスター』は共犯者を示しているのではないかと」
しかし、どうにも彼らは聖杯戦争を受け入れようとしていない。
無論。要因は様々だ。
まず聖杯戦争を受け入れないよう『彼ら』はコントロールされているのだ。
原理は不明だが、これは事実である。
あくまで日常の役割を演じ続ける事を強制され、さらには魔術など非現実的な類を信用しないようにされている。
ジークの変身やアベルが『棺』から出現した件などなど。
幾らでも奇妙な現象が起きているものの。
注目される一方、それを『不思議』や『怪奇』だとして無暗に話題が上がらないのは、主催者たちの操作が成されているからだ。
最低限、意識に残る程度で……
何より――聖杯戦争の参加者以外は主催者が用意した生贄でしかない点。
これを信用する人間は、まずいない。
自分が自分である為にソレは否定するべき問題だ。
だからこそ、松野トド松の話も。神原駿河の話も、妄想として受け流される。
サーヴァントやマスターは、アベルの共犯者だと称された。
「話によれば、人質にされている桐敷沙子と金髪の少女もマスターの一人だとか……」
「馬鹿馬鹿しい。あんな子供が共犯者だと? 少なくとも桐敷沙子は、病院から誘拐されたも同然じゃないか」
「ですが、噂では桐敷沙子が拳銃を所持して、民間人に発砲したなどありまして―――」
そんな具合な論争が繰り広げられる。
だったら尚更。
何故、先導アイチら主催者は、アベルやトド松のような警察に目をつけられる情報を隠蔽しないのか?
答えは――する必要性がないからだ。
生贄にサーヴァントは殺害不可能。
マスターである彼らに、生贄はよっぽどの事情がなければ手出しすらしない。
最低限の生贄たちへの意識操作で十分過ぎたからだ。
そもそも、だったら正式なルーラーを召喚して、運営を任せてしまえばいい話でもある。
サーヴァントのデータを採取するため、それを禁止するのを宣言してしまった故。
むしろ、これ以上の対応は難しいと言える。
マスターのみを狙う。それも一つの戦法だ。真っ向勝負が困難であるアサシンならば、絶対に。
なのに、それを妨害する情報操作は運営上「よくない」と判断された訳だ。
-
再び刑事が部屋に入ってくる音に、トド松はビクリと体を揺らした。
すると、刑事は聴取を書き取る警官を呼び出し、どういう訳か部屋から誰もいなくなってしまう。
トド松が状況を把握するのに、時間がかかった。
この隙に逃げられるのでは?
否、逃げれば怪しまれるだけだろう。大人しくしていた方が……
音を立てて扉を開けてきたのは――刑事ではない、紙袋を頭に被った一人の男だった。
その不審者を警察で見かけた事を記憶に残っているトド松。
彼は違和感しかないくらい堂々とした態度で話を始めた。
「君は正義か悪か。それを確かめに来た」
「え、えっ? ぼ……僕は、そのっ、テロリストじゃないです!」
「私が問いかけているのは『聖杯戦争』についてだ」
念話でセイバー/フランドールが返事を全くしてくれない。
紙袋の男は言う。
「冷静に聞くんだ。彼女……君のサーヴァントは消滅してしまった可能性が高い」
「せ……セイバーちゃんが………!? そんな……そんな訳…………」
「そして、サーヴァントを失っても再契約が可能なマスターである君を始末しようと、他の敵が現れる事だろう」
「!?」
トド松は、濃密な情報に脳内が真っ白となる。
セイバーが死んだ? そのような話は知らない。
再契約が可能な事も、こんな状態でも殺される危険性がある事も。
もう……聖杯戦争とは無関係に近いトド松が、一体どうして死ななければならないのだ!
ただただ混乱するトド松に対して、紙袋の男は続けた。
「私は、改めて問わなければならない。君は、未だ聖杯を欲しているのか? 何が目的だ?」
「……………ぼ………僕、は………」
どうすればいいか。何がなんだか分からない。
本当にセイバーは死んでしまった? 多分、いいや、そう言われれば、そうなんだと思ってしまう。
実は眼の前の男が嘘をついて、トド松を騙そうと企んでいるかも………
しかし、トド松は冷静に判断する力が失われていた。
長時間の尋問。戦闘による疲労。紙袋の男が伝えた話……どうしたらいいのか分からない。
確かであるのは―――
「い、生きて……死にたくないんです! ほ、ほんとは隠れて……セイバーちゃんには戦わせないようにするつもりだったんです!!」
ドライな思考であったとしても、女の子のセイバーを戦闘させようなんて。
トド松は考えていなかった。クズっぽいが、自分を良く見せたい全力のアピール。
情けない話だが、今のトド松は無力なのだ。
けれども、彼は本心を語っている。
単純に――生き残りたい。
それは聖杯戦争の始まる前から抱いていた一つの目標であったのは、偽りなかった……
-
「貧血?」
先ほどアベルらによって地獄の風景と化した、トド松のいる警察署とは別のところ。
そこには、トド松と同じく共犯者と称されている神原駿河が、存在している。
彼女は仲間に救出されず、一人気絶をした状態で取り残されていた。
やはり、彼女は面白半分の協力者ではないかと警察が判断しようと噂が立った。
倒れていた駿河を、念の為、検査をしてみたら医者は貧血だと診断したのである。
取り調べが開始される以前から、神原駿河は体調の悪さを訴えていた。
どこかボーっとした様子で、受け答えにもおぼろげな返事。
屍鬼の沙子に吸血され、そのような容体となってしまったのだが。
駿河本人に、その記憶は一切なかった。
しかも、短い期間で二度も吸血されてしまった。最悪、命に関わる可能性もあるが、生贄でしかない特別ではない医者はそれを知らない。
彼女の症状は、ただの貧血として処理されてしまう。
とにかく。
駿河の取り調べは中断された。何より、現場の状態からして彼女もまた別の警察署……
あるいは、警察病院へ運ばれるだろうか。
そこに………
一人の少年――今剣が、駿河の居る部屋へ侵入を試みていた。
小柄な今剣だからこそ、ソファの隙間からこっそり移動するのは不可能ではない。
牢屋ではない。
会議室の一つに布団が敷かれ、そこで横になっている駿河。
眠りに就いた駿河を起こしてしまうのは気が引けるが、それでもルーシーの事を聞かなくては
「ごめんなさい、おきてくださいっ」
「……誰だ?」
力なく、それでいて無気力な返事をした駿河。
かつてアベルやザック相手にかました、堂々たる態度が嘘のようだ。
今剣はなるべく話を引き伸ばさない事を考える。それは、駿河を気使っての事である。
「ぼくは今剣といいます。るーしーをさがしているんです。あべるに、つれていかれたときいて………
なにか、ごぞんじないでしょうか。おねがいします……おしえてください」
半ば賭けでもあった。
これで駿河が知らなければ、それまで。
今剣の問いかけに対し、どうにか駿河も返事をしようとした。
確か……沙子に伝えたのは………いや……この少年は、何者か?
最悪、沙子たちを追跡し、そして――
そう考えてしまうと、駿河は返答を限定せざる負えない。
「すまない……なにも……分からない。心当たりは無いんだ………」
「……そう、でしたか。ありがとうございます」
落胆しなかったと言えば嘘になる。
だが、今剣は礼儀よく駿河へ告げると自力でルーシーの捜索へと向かう決心をした。
あのまま、ルーシーを放置しない訳にもいかない。
例えサーヴァントのアベルたちに刃を向けられたとしても、逃げる理由にはならない。
(ぼくは、ずっともとのせかいへ……かえることだけ、かんがえていました。でも………)
刀剣男士なら今を生きる人々を守るべきだ。
少なくとも、ルーシー……彼女を見捨てる事は断じて出来ない。
今剣が隠していた短刀の回収を考え始めた時。大きく大地が揺れた気がする。
地震とは異なり、まるで大規模な爆発が立て続けに発生しているような振動に近い。
「これは、いったい……?」
異常な揺れの最中。
それでも駿河は体を動かせず、意識も虚ろの状態だった。
-
メアリーが澱んだ色の瞳を開けると、見知らぬ空間――部屋で横になっていた。
毛布がかけられ、ソファの上にいた彼女だが、室内の異様な静けさのせいで目覚めたのだろう。
警察署内であることすら理解してなかった。
しかし、途方に暮れてしまう。
誰もいなければ、メアリーは目立った行動も起こす気力が湧かない。
少なくとも……彼女のアサシン・ザックと約束した通り、死んではならないのだ。
今だけは――
「どうしようかな……」
お腹が空いたような気もする。
建物を調べれば、食料の一つや二つ。発見できるかもしれない。
メアリーが、ソファから降りたところで部屋に異変が発生したのだ。
サーヴァント。
視認すればアサシンのサーヴァントと分かる、どこか戦場慣れした雰囲気の持つ男が出現する。
彼女は思い出す。今は、死なないようにするのだと。
令呪で……ザックを呼ばなければ?
「……落ち着いてくれ。話がしたい」
一方のアサシン――宮本明は冷静過ぎるメアリーに、多少の抵抗を覚えながら話しかけた。
少女にしては、大人びている。……よりも、一周回って不気味なように感じられるメアリーに。
明は、重要な話をしようとしていた。
警察の聴取が続けられているが、パトカーのサイレン以外は五月蠅くない。
そんな署内で、誰かの侵入がないのを確認し終えた明。
部屋の扉に警官が監視を置いているが、室内には居ない杜撰な警備だ。
「聖杯戦争のことは……分かっているんだな?」
改めて確認をする明。
メアリーは、蒼色の瞳で彼を眺めた後、頷いた。
「なら、俺はお前のサーヴァントと……他のバーサーカーとも同盟を組みたい」
「同盟?」
「あぁ……仲間、みたいなものだ。アイツらはそういう関係なんだろう」
「仲間だったら、ザックがアベルを殺すから一緒にいるって変だと思う」
「どういうことだ?」
「アベルはザックが殺すから、殺さないで」
ちょっと意味が分からない。
メアリーもふざけた様子ではないし、少女が理解に苦しむ話を持ちかけるとは明も想像してはいない。
恐らく、事実。なのだろうが、一体どう発展すればそんな方針となるのやら。
明は、それでも冷静に対話を続ける。
「俺の目的は……アベルじゃない。普通に戦うのが厳しい相手が居る。そいつを倒すのに協力して欲しいんだ」
「本当に?」
「本当も何も、聖杯戦争ではサーヴァントを全て倒さなきゃいけねェ。分かってくれるはずだ」
「……」
殺す? 倒す? ああ、そうだった。それが聖杯戦争………ザックも……
メアリーは、何か思うところがあって視線を逸らせば、自分と同じ金髪の少女がそこに居る気がした。
どうしてザックは、アベルを殺したいの?
あの金髪の少女は答える。
―――多分……私と同じだと思う。私を殺したいのと、同じ。
―――ザックは自分で殺したくて、殺しているから。誰かに命令されているんじゃない。
わたし………分からない。殺したいって気持ちが、あんまり分かんない。
でも。
自分で決めてる。誰かに命令されてるんじゃない……なら。
ザックは、誰が殺すの?
アベルじゃない。わたしは殺される。そしたら、わたしも死ぬから? わたしが殺すの??
金髪の少女は、沈黙した。
そうだ。それは違うんだ。
メアリーが、自分の死によってザックを殺すのは『誤り』だと気付いた。
「……分かった」
スルガは嘘をつかなかったけど、わたしは……
ザックは嫌だろう。でも、ここで自分が死ぬのは駄目だとメアリーは嘘をついた。
アベルも梟も、明の同盟には乗りはしないだろう。
だが、拒絶こそが死だとメアリーも承知していたのである。
-
(お……おお、同盟は成立したって訳か)
『あくまでメアリーとの間だけだ。まだサーヴァントの……ザックには直接話をしていない』
念話でそのような会話をした明と、彼のマスター・松野カラ松。
アベルの一味と同盟を持ちかける。
似たような挑戦をし、失敗した主従とは異なり。脅迫ではなく純粋に、探り探りで行った。
偶然、トド松との接触を試みようとした明のところに、人質として報道されていたマスターが現れた。
メアリーは、少女だった。
ただの少女がサーヴァントを前に成す術がない為、仕方なしに返事をしたとも考えられる。
流石にカラ松も、入念な確認をした。
(アサシン、変な脅しとかしてないだろうな? 相手は穢れも無い少女だ。
第一、お前……そんなガールを殺すつもりはないだろ?? 幾らなんでも、それは、俺でも……胸糞悪い、というか)
クソファッションを着こなし、痛々しい発言を連呼するカラ松にも。
幼い少女を殺害して、生き残って、悠々生きられるほどの人間ではなかったのだ。
上手く表現できない言葉で、どうにかカラ松が明に念話する。
聖杯戦争は甘い生半可な内容ではない。
だが、カラ松の想いは明にも理解できるものだった。
『最悪の場合は、そうせざる負えない場合もある………まァ、最悪の時だ。なるべくはしない』
(よ、よし。それでこそクールアサシンたるお前だ)
『第一、ザックってサーヴァントがアベルを殺害するって約束が本当か分からねェ』
(いや……ニューカラ松ガールが意味不明な嘘をつく方が、俺には理解できないぜ……)
確かにカラ松の言うとおりなのだが、簡単に明は頷きをしない。
メアリーの不気味で虚ろな、正真正銘『虚無』の有様には、どうも警戒していたのだ。
何を考えているか……分からない。
きっと、アベルよりかはマシだとしても、ひょっとすればメアリーは第三者に洗脳でもされているのでは? と明は考えていた。
だが――瞬間。
(お……おい? アサシン!?)
突如として明との念話が途切れてしまう。
精神のよりどころであり、気を紛らわせる為の話相手だった明の返事がなくなった事に。
カラ松は、酷く動揺してしまい。不安を覚えてしまった。
――が。
しばらくした後。明の念話が聞こえてくる。
『マスター、俺は無事だがしばらく戦いに集中する。そっちで動きがあれば念話をしてくれ……
返事をする余裕はねェかもしれないが、ちゃんと聞くようにはする』
(す、ストップ! 何が起きているかぐらいの説明は――アサシィィン!?)
状況が危機的なのは理解しているが。
それでもカラ松は、少しは説明が欲しい場面であった。
しかし、彼は今、警察署の牢屋の中だ。状況把握する自由すら貰えない状況下。
警察だってサーヴァント相手には無力だというのに……カラ松は一人、不安と戦うのだった。
-
松野トド松は複雑な心情のまま、ビクビクとしながら紙袋の男を追う。
不気味な警察署内だ。
どういう訳か、誰も彼もトド松を見向きもしない。
正々堂々。正面玄関から登場したって、そこにはマスコミも居なかった。
マスコミは逆に、神原駿河の居る警察署の方へ移動をしており、そこでの緊急報道に勤しんでいる。
「少々、君を救出するのに、時間をかけてしまってすまない」
「とんでもないです! 本当にありがとうございましたっ……」
しかし――どうやってこんな事を?
トド松が紙袋の男・平坂黄泉に問いかければ、彼は至って平然と言ってのけるのだった。
これは『催眠術』なのだ、と。
聖杯戦争があって、催眠術がない訳ない。この際、平坂がどのような経緯で催眠術を取得したかは省いておこう。
「催眠術をかけるのに、どうしても時間が必要でね。君も疲れただろう」
「あ……あぁ、その、僕は大丈夫です。それより、これからどこへ?」
「先ほど説明したアーチャーが居る場所だ」
マスターを失ってしまったサーヴァント。
彼のマスター……その娘の救出を願うべく、または聖杯をアベルなどに渡さぬよう奔走する存在。
もし、セイバーを失っているトド松と再契約できるならば……
そんな話を聞かされ、呑気に生き残ればいいと考えていたトド松は、どこか申し訳なく感じてしまう。
聖杯戦争を生き残り。
サーヴァントに対抗するには、平坂たちの仲間と言う手段しかない。
トド松は、そう判断した。
「えっと。こんな状況で聞くのは変ですけど、貴方のサーヴァントは?」
「私のサーヴァントは、確かに居るとも。正直……英霊と言われても、信じられなかったくらいだ」
話を聞いていたらしい平坂のサーヴァントは、音も無く実体化をした。
『ライダー』とクラスが視認できるソレは、少女ではなく幼女に近い見た目なのだから。
平坂の話に頷いて同意できる。
何より、彼女はセイバーと死闘を繰り広げた存在だった。
トド松はそれを承知の上で、平坂と行動することを自ら志願したのである。
このままでは、死ぬ。
聖杯戦争という限定的なものではない。
もう、十分身内には迷惑をかけている事だろうし、社会的にも『死』が決定されてしまっていた。
松野トド松が誤認している情報。
『東京』や『住人』が、世界そのものが偽りであるという事実。
それを認識していないだけで、方針は大きく異なる。
無罪が晴れたとしてもネットの晒し者だった痕跡は未来永劫に残り続ける。
痕跡をかき消す、それが聖杯には可能な筈である。
娘を生き返らせる、世界に平和をもたらす。正義を全うする。
誰もが共感し、納得できうる願いと比べればとんだクズな思考ではあるが。
現実的に考えよう。むしろ、現実を見よう。
例え、聖杯で金持ちに成ったところで世間は永遠に、テロリストの濡れ衣を着せられた男。
もしくは、以前逃走を続けるテロリストの男で『松野トド松』を記憶し続けるのだ。
そんな現実で平穏に生活しようなんて、正気の沙汰ではない。
だから――聖杯を手に入れる。
平坂たちを利用する。
-
「僕……最初は生き残る事だけを考えていました。でも、僕をこんな目に合わせた刺青男達の手に聖杯を渡すくらいなら……
『正義』の為に、頑張ろうと思います。『正義の味方』になりたいです!」
トド松は、平坂と話を合わせる為にあえて告げた。
自らの為に聖杯を手にするのではない。
『正義』の為に聖杯を手にすると言えば、聞こえがいいから。
平坂もトド松から強い正義の意思を(勝手に)感動してる事だろう。
「刺青男は強大な相手だ。恐らく、私も経験した事のない死闘となる……君も覚悟した方が良い」
「大丈夫です! その子だって強いじゃないですか! あの――巨大なトカゲなら刺青男だってあっという間に倒せます!!」
幼女は、二人の会話を耳にしている。
よく分からないが、彼女はそうだと判断してしまった。
平坂黄泉と松野トド松は、自分の友達である『彼』の召喚を待ち望んでいる――と。
魔力はそれなりに回復した幼女は、ちょっとした物心で騎乗する『不死身の爬虫類』を召喚する。
まるで、冗談半分にピンポンダッシュを仕掛けるくらいの気持ちで。
あるいは、通りすがりのタクシーを呼びとめる程度の些細な想いで。
幼女に召喚された岩の塊と錯覚する巨体の爬虫類。
突如として出現した姿に、トド松は一瞬にして恐怖で意気消沈する。下半身に力を失くし、ヘナヘナと座り込んでしまった。
眼前でまじまじと目にすれば、毒々しい鱗や強靭な牙から漏れる吐息が、非現実の存在を現実に溶け込ませているかのよう。
平坂は盲目ながら、圧倒する存在感を身で理解したのだろう。
本来なら、正義のロボットに倒されてしまうべき怪獣。
しかし、今回ばかりは味方だ。
東京を破壊するのが基本なゴジラが、正義のため、悪と戦うような構図だからだ。
「改めて――私は正義の味方をしている。彼女のマスターだ。共に正義のために戦うのだ!」
「………そんなものは知らん」
えっ。
トド松と平坂は同時に呟く。
今、誰が喋った? 幼女……じゃない。マスターの二人でも。まさか………この爬虫類が!?
驚愕に襲われた瞬間。
バグン! と、風を喰ったような音が鳴り響いた。
「………ぇ…………な…………んで……?」
トド松は、ガタガタと体を震わせ続ける。
幼女の方は、ただただ呆然としていたのだ。
史上最悪の怪物は、正義を饒舌に語った平坂黄泉を抵抗させる暇なく、一瞬で胃袋へ放りこむ。
喰い損ねた肉体の欠片が、遅れて地面に落下した。
-
マスターが……死亡した……?
なのに、サーヴァントの幼女や爬虫類が消滅しないのは、マスターを『喰った』からだろう。
魔力のあるマスターだけじゃない。
令呪3画。平坂に残されていた令呪を、怪物がエネルギーとして吸収し、それを幼女にも与えることで現界を保っている。
捕食したあらゆるものをエネルギーに変換可能なこの怪物だからこそ、実現できた暴挙であろう。
セイバー(フランドール)が敵として対峙した場面とは違う。
正義の為だの、何だの。
不死身の怪物―――SCP-682を『利用』しようと好い気になった平坂黄泉を、完全に嫌悪した結果なのだ。
幼女は。
彼女はどうして友人に等しい爬虫類が、このようにマスターを捕食したのか。
それが理解できない状況だった。
血臭を漂わせる怪物が、次の獲物であるトド松を睨みつける。
トド松は、果たしてどうすればいいのだ?
走って逃げるか? サーヴァントもいない……一体どうすれば……むしろ、ここで終わるのが定めなのか。
何とか、トド松が必死に言う。
「あ………あぁ……あ、あの……刺青男……刺青男を倒して………聖杯を……」
「刺青? フン……まさかと思うが『アベル』とやらではないだろうな?」
どうして?
トド松はギョッとする。確かに、刑事が刺青男をそう呼んでいた気がする。だけど……
何故、怪物がソレを知っているのだろうか? 不思議でたまらない。
人形のように首を傾げるトド松を眺め、怪物は笑いもしなかった。
「面倒な。奴が居るならば、先に始末する必要がある……」
怪物も理解していたのだ。
刺青男――アベルですらこの怪物に完全なる勝利を与えた事がないものの。
聖杯戦争。召喚された身であり、マスターを失った以上。
魔力という制限が設けられている。
怪物でなく、アベルも同じ条件に置かれているが、アベルが予想以上に手をかける存在で。
魔力を無駄に消費する相手だと、怪物は酷く冷静に判断していた。
「は……はっ………」
獣の唸り声のような音を鳴らす怪物が大人しくなったのを目にしたトド松。
ゆっくりと、ゆっくりと。
足が動かない代わりに、両腕の力で体を後ろへ引きずって行く。このままどうにか逃れられるかも。
僅かな希望がトド松の中で生じた。
-
「大丈夫かっ!」
「!!!」
突如、霊体化を解きながらサーヴァントが出現する。
もしかしたらトド松が契約するかもしれない、マスターを失ったアーチャー・ロボひろし。
不死身の爬虫類が召喚されたのに、ただならぬ気配を察知し、悪寒を信じて助けに向かったのだ。
ロボひろしの行動は、歪なほど正当な行為だろう。
このまま、善意を信じてトド松を救出するべく駆けつけたのだから。
誰もが望んだ理想の父親は、足をプロペラに変形させて、満足に動けないトド松へと飛び向かう。
「今助けるぞ!」
しかし、ここでは逆効果だった。
微妙に落ち着きを醸しだした怪物の機嫌は、ロボひろしの登場により再び火を灯す。
「う……あ…………だ、駄目―――」
トド松はそれを理解している。
なんて余計な事をしたのだと、いつもの調子で罵声を上げたいくらいに。
でも、不可能だ。
怪物が、ロボひろしを薙ぎ払うついでに目に見えぬ速さでトド松は、文字通りの一瞬で捕食されてしまったのだから。
「ぬぅ、おおおおおおおおぉぉぉおぉぉっ!!?」
ロボひろしの装甲に、かつて受けた天使のセイバーによる攻撃以上の衝撃が襲う!
同時に風圧だけでロボのアーチャーは、遠くへと吹き飛ばされる。
これでマスター二人分を捕食した怪物。
十分な魔力を取得した怪物は―――さらに喰らう。喰らい尽くした。
人間を、建物を、自然を、大地までも………
体勢を整えたロボひろしは、その暴食に目を見開いてしまう。
「ち……畜生……! なんてこった……!!」
マスターを失った彼が満足に宝具を使用できないのを嘲笑うかの如く、不死身の爬虫類の体は巨大になっていく。
捕食をした数だけ、取り込んだものを魔力に変換し続ける分だけ。
いや、もはや東京のあらゆるものを破壊し、喰らい、蹂躙する為に怪物は暴走のスタートを切る。
呆然とするロボひろし。そして、幼女。
―――何で……僕は…………
そして、怪物の胃袋へと消えてゆくトド松と平坂。
最期にトド松の脳裏で過ったのは、兄たちの事。思い出せば、聖杯戦争に参加していたらしい兄。
でも、結局……トド松が選んだ方針に、彼らは居なかった。
トド松もバイト先に現れて欲しくない彼らだが……
そんな彼らと再び会いたい―――トド松はそう願っていた。
【松野トド松@おそ松さん 死亡】
【平坂黄泉@未来日記 死亡】
-
「うーん」
東京の街で、風に吹かれる男が一人。
彼を『織田信長』。戦国大名と同姓同名だなんて持てはやすものではない。正真正銘の本人なのだ。
信長は、あれから江東区の地獄から離脱した後。
何やら騒ぎが発生している千代田区の方へ移動したのだった。
信長にとって千代田区にある警察内で、信長の情報が出回っていないか不安で何より。
しかしながら。
アベル。そして人喰いの『滝澤政道』がご丁寧な殺戮を行ったお陰で、織田信長含めた目撃された情報は全て抹消されたらしい。
今のところ、捜査線上に織田信長を名は上がることない。
とはいえ、まだ安心できる段階ではなかった。
様子見として彼のサーヴァント・アーチャーことセラスに監視及び巡回をさせている。
アベル達と無縁な筈の松野トド松を捕らえている警察署にも、霊体化したセラスが現れていた。
そこでセラスが耳にしたのは、メアリーと明の会話であった。
信長は念話で知り、顔を渋めている。
「んで? まさか信用するつもりか」
『私はですね。ぶっちゃけてしまうと、ありえなくないと思います』
何を考えているか分からず。
さらには突発的に目的すら変化させるアベルだ。
どのような思考回路の不具合で、ザックに殺害されようなんて目論んでも、格別不自然じゃあない。
セラスの見解は、そうだった。
彼女も、いい加減な行動をしでかす吸血鬼の主で、根本がねじ曲がった相手は慣れているのだろう。
一方の信長は、信用しきるのは無理がある。
だけど「あー……なんか分かる」ってノリで納得している節は、なくもなかった。
アベル以上にあの包帯男――ザックは豊久っぽい残念な子臭が尋常ではないからである。
「取り合えず、お前も昼間は満足に動けんし。怪我とか色々万全じゃないんだろ」
『はい。気付かれていないようですし、このまま監視を続ける方針でよろしいでしょうか?』
「うむ。そうなるな。俺も少しばかり休むとするか……」
その時だった。
千代田区に巨大な振動が発生し、大きく砂煙が舞い上がったのは。
-
「なんだ!? セラス!」
『こちらは無事です! メアリーとサーヴァントの方も、確認できます!! ですがっ……あれは……』
セラスの声色は困惑が隠し切れていない。
次々と建築物が飲み込まれていく光景ばかりを、そこそこの高さを持つビルの屋上から確認する信長。
ありとあらゆる物体を、有象無象を、捕食し続ける怪物が露わとなった。
サーヴァント……じゃない。
少なくとも、召喚された生物であるのは間違い無いだろう。
あれは攻撃を開始しているのか?
信長だけではない。
霊体化したままのセラス・ヴィクトリア。
捕食されそうになった警察署から脱出を果たすメアリーと宮本明。
怪物の暴走に、成す術がないロボひろし。
被害から逃れようと奮闘する今剣と意識が朦朧とする神原駿河。
状況を全く把握できていない松野カラ松。
そして、マスターの死を受け入れ切れていない幼女。
否。
他の主従たちも、不死身の爬虫類の降臨に注目せざる負えない状況にある。
ここは、聖杯戦争。
生贄達が喰らい尽くされ、レプリカの空間も喰われていく。
当初はアベルの襲撃事件を報道する筈だった報道陣も、一変してしまう。
どこからともなく上空にヘリが飛行を開始。
ソレに乗り込んだアナウンサーが熱烈に生中継を始めた。
「皆さん! 緊急事態です!! 御覧下さい……ああ! 何と言う事でしょう!
怪獣がっ……! 怪獣が『東京タワー』を破壊しております!!
い、いえっ……違います! 『東京タワー』を食べています! これはCGなどではありません!! 緊急事態ですっ!!」
偽りの『東京』……その秩序と社会、そして人々が試されようとしているのだ………
-
【四日目/早朝/千代田区】
【ライダー(SCP-053)@SCP Foundation】
[状態]魔力補充(極大)、マスター消失、『SCP-682』召喚中
[装備]
[道具]絵[アサシン(アイザック)とメアリーを描いたもの]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:遊ぶ?
0:???
1:マスターの死に動揺。
[備考]
・神隠しの物語に感染しました。
・アサシン(アイザック)とメアリーの主従を把握しております。
・セイバー(ナイブズ)とあやめの存在を把握しました。
・トド松とセイバー(フランドール)を把握しております。
・アーチャー(ひろし)の存在を把握しました。
・マスターを失いましたが『SCP-682』が平坂黄泉と松野トド松を捕食・吸収した事と
NPCなどを『SCP-682』が捕食し、魔力を得ているため、消滅は免れております。
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん】
[状態]魔力消費(小)、ダメージ(小) 、マスター消失
令呪【見つけ次第、ルーシー・スティールを殺害しろ】
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯でアダムを願いを叶える
0:なんてこった……
1:アダム……
2:ルーシーを家族のところに帰してやりたいが……
3:バーサーカー(アベル)やセイバー(ナイブズ)に聖杯は渡さない。
4:サーヴァントを失ったマスターの捜索。
[備考]
・ダメージは燃料補給した後。魔力で回復できます。
・SCP-076-1についての知識を得ました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・財団について最低限ですが知識を得ました。
・平坂黄泉とライダー(幼女)の主従を把握しました。
【メアリー@ib】
[状態]目が死んでる
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい? 殺されたい?
0:なに……?
1:わたしが死んで、ザックが死ぬのは間違ってる。だったら……?
2:今は死なないように頑張る。
[備考]
・役割は不明です。
・参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・SNSでバーサーカー(アベル)の人質として情報が拡散されております。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
・アサシン(明)のステータスを把握しました。
【アサシン(宮本明)@彼岸島】
[状態]肉体ダメージ(小)
[装備]無銘の刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
0:何が起きている?
1:メアリーを守護しつつ、怪物への対処をする。
2:燕尾服のアサシン(曲識)への疑心。
3:神隠しの少女をどうするべきか……
[備考]
・バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・コートをマスター(松野カラ松)に貸しました。
・神隠しの少女(あやめ)が攻撃的ではないと判断しております。
・松野家がアヴェンジャーによる火災で全焼した把握しました。
-
【織田信長@ドリフターズ】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]資料、購入した銃火器
[所持金]議員の給料。結構ある。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を頂くつもりだが……?
0:なんだ、ありゃ……
1:アサシン(アイザック)を信用するか、否か?
2:情報を整理し、他の主従を警戒したい。
[備考]
・役割は「国会議員」です。
・パソコンスキルを身につけました。しかし、複雑な操作(ハッキング等)は出来ません。
・通達を把握しております。また、聖杯戦争の主催者の行動に不信感を抱いております。
・ミスターフラッグから、東京でここ二、三日の内に起きている不審死、ガス爆発、
不動高校、神隠し、失踪事件の分布、確認されているサーヴァントなどの写真を得ました。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・江東区の博物館の館長を脅迫もとい交渉した結果、博物館の警備の強化などの権限を得ました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING】
[状態]霊体化、魔力消費(中)、肉体ダメージ(大)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(信長)に従う。セクハラは勘弁して欲しいケド。
0:あれは……!?
1:アベルに関して何か思う点がある。
2:メアリーを通してアサシン(アイザック)と接触してみる?
[備考]
・刺青のバーサーカー(アベル)を危険視していますが……
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
【四日目/早朝/千代田区 警察署】
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]精神疲労(中)、肉体ダメージ(小) 、肉体疲労(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:現状を把握したい。
1:ルーシーと共に脱出する。
2:カイン……
3:なるべく人は殺したくない。
[備考]
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されています。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・短刀は江東区の草影に隠しました。
-
【神原駿河@化物語】
[状態]魔力消費(中)、肉体的疲労(大)、吸血による貧血(中)、沙子による暗示、サーヴァント消失
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の世界に帰らなくては。
0:沙子の安全を第一に考える。
1:警察に聖杯戦争への介入をしないよう説得を続けてみる。
2:安藤先輩を助けたい、だけど……
[備考]
・参戦時期は怪異に苦しむ戦場ヶ原ひたぎの助けになろうとした矢先。
・聖杯戦争について令呪と『聖杯』の存在については把握しておりません。
・役割は「不動高校一年生」です。安藤潤也と同じクラスに所属しております。
・アヴェンジャー(マダラ)の発言により安藤兄弟がマスターであると把握しております。
・『レイニーデビル』が効果を発揮するかは、現時点では不明です。
・NPCに関して異常な一面を認知しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスと沙子の主従を把握しました。
・アサシン(アイザック)のステータスとメアリーの主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスと真名を把握しました。
・安藤(兄)のサーヴァントが『カイン』ではないかと推測しております。
・安藤兄弟自宅の電話番号、遠野英治の電話番号を知りました。
・葛飾区にいた主従(カラ松たちと飛鳥たち)の特徴を把握しました。
・沙子の暗示により沙子の手助けを優先させます。
このまま吸血行為を受け続けると死に至ります。死後どうなるかは不明です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。住所など個人情報もある程度流出しています。
・警察にはアベル達以外の情報を教えないつもりです。
【四日目/早朝/北区 警察署】
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]精神疲労(中)
[令呪]残り3画
[装備]警察が容易してくれた簡易的な服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:俺にも分かるよう説明をプリーズ!
1:トド松がマスターだった事に動揺。
2:アサシン(曲識)に不信感。
[備考]
・聖杯戦争の事を正確に把握しています。
・バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
・神隠しの物語に感染していません。
・デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
・Twitterで裸姿が晒されています。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・二宮飛鳥の連絡先を把握しました。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・おそ松一行がカラ松と容姿が似ている為、葛飾区にて誤認確保されました。
・現在、北区にある警察署の牢屋におります。
警察の監視下におかれている為、カラ松に異常が発生すれば即座に分かるでしょう。
・飛鳥からの伝言とトド松がマスターであることを把握しました。
・アサシン(曲識)をなるべく信用しないよう心がけます。
・アサシン(宮本明)のコートなど所持品は警察に押収されました。
<その他>
・『SCP-682』が東京都の破壊を開始しました。
・東京タワーが『SCP-682』によって破壊されました。
-
投下終了します。タイトルは「ショーは続けねばならぬ」となります。
そして
アベル&ルーシー、沙子&オウル、メアリー&アイザック、安藤&カイン、アイリス&ナイブズ、あやめ
駿河、今剣、幼女、飛鳥&曲識、カラ松&宮本明、ひろし
ホットパンツ&アクア、エト&メル、信長&セラス
さらに加えれば、東京23区にいるNPC全て
つまり、全員予約します。
執筆に時間がかかると思われるので、事前に延長をさせていただきます。
-
投下乙です
なんだかクソトカゲがスゲーことになってんぞ~
東京タワーは壊すものだってハッキリわかんだね
-
感想ありがとうございます!
一先ず、前編にあたる分だけを投下します。
-
怪物――もはや『怪獣』と称すべき規模の存在の咆哮が鳴り響いている。
それは、東京都内。少なくとも23区内全域に聞こえるものだった。
とある財団組織が『SCP-682』と番号を与えた名もなき怪物は、自らの願望を叶えていた。
怪物が望むのは人間の虐殺。
そして、虐殺………文字通りの、人類種の滅亡を望んだ存在である。
マスターの平坂黄泉を殺害したものの、依代としての肉片を吸収し、蓄え、魔力を捕食で補っている為、奇跡的に現界を保っている。
思うがままに、ある意味では夢であった人類に死を与え続ける。
そんな獣でも、僅かに恐れている相手が唯一――どういう因縁か定かではないが――実在していた。
殺戮の王として近日まで降臨する刺青男・アベル。
聖杯戦争において『バーサーカー』として召喚された戦士。
彼もまた、不死身の爬虫類の襲来を知らぬものではなかった。
東京都葛飾区にある不動総合病院。
数刻前まで殺人会場と変貌していた悲劇の舞台で、彼方より聞こえた唸り声に耳を傾けていたアベル。
その傍ら。神隠しの少女が酷く動揺する。
「え………? なに??」
彼女は怪物の存在を把握していない。
同じく、人間の死体を貪る梟も顔を上げて、首を傾げていた。
アベルだけが分かる。
何と言う事だろう。アベルが幾戦も死闘を繰り広げ、それでもなお打ち滅ぼせなかったあの獣が。
不気味なほどアベルが待ち望んだ。アベルが求めたものばかりが集う、夢の世界であった。
だけど。
アベルは、脳裏に『隻眼の王』を過らせ、曇った表情をする。
もしかすれば、時間がない。
あの怪物が全てを破壊し、全て代無しにしてしまうのならば……急がなければ。
悟ったアベルが静かに語る。
「アレは間もなく、この土地の全てを喰らい尽くすだろう。そうでもしなければ止まらず、終わりもしない。
酷く―――残酷ではあるが、成す術はない。かつて私も奴を完全に仕留めることは叶わなかった」
まるで世界の滅亡を悟ったかのように、アベルは冷淡な様子である。
梟も、生半可な気持ちで耳を傾けてはいない。
逆に普通ならば危機感を持つべきだ。
アベルですら打破不可能の相手を、一体どのように打ち滅ぼせばいいのだろうか。
至って冷静な雰囲気の中。神隠しの少女だけが絶望した。
「そんな……一体どうすれば………」
-
東京が終わる?
少女の努力は虚しく終わり、聖杯戦争愚か、全てを破壊する怪獣を倒す手立てがない。
アベルは、意味深に指を加える梟に尋ねた。
「――君の名は」
意外にも初めてその疑問が梟に投げかけられる。
狂ったバーサーカーが律儀に質問に応答するか定かではない為か。あるいは、真名を明かさぬよう惚けられるか。
それ以外の理由があっても、誰も聞く事は無かった。
マスターの沙子ですら、不思議と問いかける場面がないほど。
大きく目を見開いた人喰いが、漸くその名を呟く。
「タキザワ」
「……そうか。タキザワ………カインを消しに行こう」
ちょっとした遊びに誘うかのように、アベルが言った。
驚く他ない。神隠しの少女が言葉を失うのも無理はない。
アベルの言葉に人喰いの―――滝澤が、ポカンと間を開けてから、皮肉を込めた嘲笑を上げた。
「マジかよ。アベルくん、正気か? クソ兄貴に構ってる場合じゃないんですけどォ?」
「君は『この世界』を救うつもりじゃないだろう」
君は『救世主』か?
清々しいほどのアベルからの投げかけに、滝澤は悪魔めいた笑顔を浮かべた。
「何で俺がここに居る連中(食料)を助けなきゃいけねェんだよ」
「なら早く奴を始末してしまおう。もう全てが終わるのさ」
「ヒ……ヒヒヒッ! 頭おっかしィ、アベルくん。――――最ッ高!!」
愉快な人喰いと殺戮者を前に、神隠しの少女が呆然とするのは仕方がない。
普通だったら、あの怪物相手に奮闘するべき状況である。なのに、彼らはどうしてかまるで視界にすら入っていない。
さらに言えばアベルは、撃ち滅ぼすべき『カイン』すら中間地点だと認識していた。
アベルが見据えているのは。
たった一人。
あの『隻眼の王』だけだ。
-
同じ葛飾区内。ここでも大混乱が生じていた。
不動高校の学生寮にいたアイリスも、管理人からの呼び掛けにより緊急避難を余儀なくされる。
咄嗟に、携帯端末と愛用のカメラ(SCP-105-B)だけを手にとって。
私服の恰好で、他の学生たちと共に移動を開始した。
しかし、避難と言えども。どこへ避難すれば安全だというのか………
アイリスは、向こうで暴走を開始している怪物に心当たりが大きくあった。
だけど、同時に一体どうすればソレを倒せるか不安で仕方ない。
念話で江東区の博物館で待機していたセイバー/ナイブズと早急なやりとりを交わす。
不死身。
あらゆる手段を以てしても『死』を与えられなかった怪物。
だが、アレそのものがサーヴァントではない。サーヴァントによって召喚された存在なのだ。
ナイブズが冷静に念話で応じる。
『召喚したサーヴァント……それかマスターを殺せば、消滅するだろう。何もアレを直接滅ぼす必要はない』
(ならいいけど……)
アイリスが不安なのは、あの『不死身の爬虫類』は単純に『死なない』だけの脅威ではない事。
死を脱しようと進化しているのではなく。
死を与える存在を憎悪し、復讐するかの如く抗う精神。
その凶暴性が問題であった。
簡単に、サーヴァントかマスターを倒せば良いと言うが。
ナイブズは、一度だけ確認したライダー/幼女と、そのマスターの平坂黄泉の二人を、どうやれば捕捉できるだろうか。
あれほど暴走されては、至近距離に位置するだけ命の危機に瀕する。
恐らく離れた場所に、傍観を徹している可能性はある……が。
(神隠しの……あの子。私が直接会う訳にはいかない。でも……まだ、あそこに居るなら………)
アイリスは『神隠しの少女』の安否を心配する。余裕を持つ暇すら無駄だとしても、思う部分が少なからずあった。
彼女自身、無力に等しい。
けれどもナイブズは江東区の……アベルの『棺』を破壊する為に移動している。
博物館に居座っていた人間も姿を消して、逃走を試みている。
アイリスを含めた都民たち。
中には乗用車を強引に走らせ、一目散に逃げようとする者。
区内にある東京拘置所からも脱走者及び、受刑者が警察官を押しのけて雪崩のように駆け抜ける。
生にしがみ付こうと醜く抗う地獄の亡者。
東京都民は、まさにそんな姿だった。
-
「はぁ……はぁ……! ど、どこに避難すればいい!?」
「そりゃ、この辺の近くってなら『不動高校』……か?」
「馬鹿野郎! 学校になんか避難するな! 行ったって意味ねぇだろうが!!」
「ならっ……どうすりゃいいんだよおおぉおぉっ!!」
しかし、彼らには往くアテが無いのだ。
通常ならば東京都からの脱出を目的とすればいい。しかし、この『東京』の外に他県は愚か、世界が何も存在しない。
NPCは東京に居続ける事を余議なくされている。
故に彼らは、泣き喚く術しか持たないのである。
まさしく、アベルが見越した通り。全てが終わりを告げていた。
そんな中。
「そうだ! あそこだ!! 奥多摩の方に向かえばいい!」
誰かが混乱する群衆の中で叫ぶ。
えっ? と、人々が僅かに静まる一瞬の隙をつくかのように、続けて他の誰かが吠えた。
「奥多摩だ! そうじゃなくても、八王子の方に行こう!」
ざわざわする東京民たち。
だけども、彼らは納得していた。
この世界の東京には外がない。飛行機も、電車も、全てが無意味。だったら、確かにそうである。
奥多摩方面へ向かうべきだ。
自然に満ち溢れたあそこならば、沢山の人間が向かっても問題ない。
「よし……あっちだ! 奥多摩だ、奥多摩に行けばいいんだ!!」
「みんな、走れ!!」
本能に従順な動物じみた大移動をする人間たち。
きっと、ナイブズが眺めれば醜態を晒している風にしか感じられない光景。
アイリスは、一連の流れに『違和感』を抱えながらも、大移動する彼らに紛れ。あの怪物から距離を取る事を考える。
濁流の光景。
洪水はせき止められず、威力をそのままに大地に広がり、全てを飲み込み、滅ぼす。
少年が一人だけ、誰にも流される事なく。
むしろ、流れに逆らって歩んでいる。
「……なにを、しているんだ。俺…………」
咳き込む少年。
なんだか意識も朦朧としている。
彼は、聖杯戦争のマスターが一人。安藤と呼ばれる少年。
腹話術で『東京』にいる人々を救ったところで、何も意味なんかないのに。
けど、やらなきゃいけない気がして………
「マスター……動けませんか」
サーヴァントであり、アベルがとっとと始末しようとする忌まわしき罪人・カインが呼びかける。
どこか虚ろな風に安藤は言う。
「少し、疲れただけ……だと思う。それより、あの怪物は倒せないのか……?」
「………」
カインは、如何にあの爬虫類が規格外な存在かを重々承知している。
絶対的な破壊力を持つサーヴァントがいたとしても。
アベルのような勇猛な戦士が居たとしても。
完全に滅ぼすのは困難を極める筈だ。
故に、カインは言うのはまだ理解の範囲で可能な手段だった。
「恐らく……マスターを倒す。それが最善策となるでしょう。尤も、マスターの捜索もこの状況では……」
「だけどっ………このままじゃ聖杯戦争どころじゃない! 何か、方法を考えるしかない」
マスターがどこにいるか。
あの怪物をどうするか。
何か、何も出来ない訳がない!
『考える』
安藤が持つ唯一の武器を信じ、戦略を張り巡らせるのだった。
-
「不味いな……」
港区方面でかつての東京のシンボル『東京タワー』を捕食する爬虫類を横目に、明はメアリーを抱え、移動を続けていた。
あれほど巨大になった化物を、相手にした事は……ない。
確かに、明は数多の巨体の怪物を倒してきたが、アレはそれのどれとも異なる。
建築物や生命を喰らい、今もなお肥大を続ける。手に負えない怪物。
詳細を知らない明であっても、あの怪物に時間を与え続ける事が、ますます討伐が困難にさせると理解できた。
しかし、まずメアリーをどこかに避難させなくては。
明自身のマスター……カラ松は、まだ葛飾区にいるなら安全だろう。
否。
ここで安全も何もない。他の場所より幾分マシなだけだ。
『おい――おい! メアリー、返事しろ!!』
「ザック」
その時。メアリーが我に帰るような反応を見せた。
彼女のサーヴァント、アサシン/ザックからの念話である。
あれからどうなったのか? まだアベルを殺害していないのだろうか?
色々疑問は絶えないが、ザックもメアリーも、そんな状況ではなかった。
ザックの他、ルーシーと沙子のいるランドセルランドでも異変が明らかである。
外の騒ぎよう。地響きはすぐ近くに感じた。
ランドセルランドのある文京区は、怪物が暴走する付近にある区域。近いも遠いもあった話ではない。
(今……あの大きなトカゲから逃げてる)
『オメェも呑気だな! 取り合えず、俺んところに来い!! あーなんだ、ランドセルランド?ブンキョーク?って所』
(うん、わかった。………ザック)
『あ?』
(ザックは、あの大きなトカゲ。倒せる?)
『マトモな成人男性がどーにかできると思ってんのか』
(……ううん。教えてくれてありがとう)
なんだか、ザックのもどかしい罵声が聞こえたようなメアリーは、納得した。
精一杯の威勢で「殺せる」なんて言わない辺り。やはり、ザックは嘘をつかない人間だと理解する。
メアリーは明に対して話しかけた。
「あのトカゲって、倒せるの?」
「間に合えばな。それでも、俺だけで倒すのは難しいかも分からねェ」
「……私、一人でザックのところに向かう」
-
まさかメアリーから言いだすとは、明も予想外な展開に多少の戸惑いを垣間見えさせる。
果たして、同盟として成立可能なのか?
だが、事実。メアリーを戦場に連れていくほど、明は余裕がない。
仮に明がメアリーを盾にしてでもメアリーに価値があるか。
彼女は、アベルでも『人喰い』のマスターではなく、包帯男のマスターなのだ。
メアリーは更に明言する。
「ザックは無理だって。だから代わりに倒して欲しい」
「そうか……」
即ち、実力的な問題。
アイザック・フォスターが英霊として召喚された身でも『ジャック・ザ・リッパー』並に突出した実力は秘めていない。
マトモな成人男性もとい。一般男性が、ちょっとばかり力を得た程度。
正直、あのアベルを殺害すると宣言するには似つかわしくない存在。
うちはマダラが、警戒愚か視界にも入れない英霊。
無駄に張り合わなければ、明も余裕で倒せる位の相手。
同盟を組む価値があるかも怪しい。
必要なければ、メアリーをここで殺してしまえば……?
しかし、カラ松の言葉を思い出す。
マスターを殺害する理由……明はメアリーをアスファルトで舗装された地面に着地させ、尋ねた。
「一つ聞きたい。聖杯を求めるつもりは、あるか」
「……ない」
だって、ザックが「ない」と答えたから。
嘘じゃない。
メアリーは言葉にせずとも、心の中で深く繰り返す。
明は、手元に幾つもの化物を葬ってきた『丸太』を出現させる。恐らく、あの怪獣に通用する武器に違いない。
あれほどの相手は、不思議な事に昨日の夜、死闘を繰り広げたキャスターよりも絶望的だ。
しかし、アベルたちやザックですら手に負えない相手を、一体誰が倒す?
最早、聖杯戦争じゃない。世界そのものを喰らおうとする怪物を打ち滅ぼさなくては。
「よし。余計なことを考えないで、サーヴァントと合流しろ。最悪、令呪でサーヴァントを呼べ」
「うん」
無力なメアリーは避難する人々と共に、大地を駆け抜ける。
そして、明は怪物を相手するべく逆方向へ駆けだした。
皮肉にも、かつて人類の為、化物と死闘を繰り広げる……あの日々のようだと、明は痛感した。
-
面倒な事態だ!
念のため、織田信長は確認の一つとして政府関係者へ連絡を取った。
自衛隊などの配備。ミサイルなどの攻撃許可。世界規模の国家攻撃ではない、交渉の余地もない怪物相手だ。
あらゆる手段において総理の決定を求められる一大事。
政府関係者が、異例の事態に無反応な訳がない。
案の定。
まだ政府関係者は目覚めた頃合い。しかも、早朝のハプニング。
対応を始めろと要求する方が無理のある話か。
信長が連絡を取ろうとすれば、電話回線が混雑しているせいで一向に連絡が叶わない。
「いざって時に限って混乱してマトモに対応出来んとは、是非も無いわ! しゃーないか、セラス!」
『はい! 宝具使用許可をお願いします!!』
「許可する。問題は狙撃する位置だが……できるか」
『場所を捜索しています。狙撃準備整い次第、攻撃開始します!』
手慣れたようにアーチャー/セラスからとの念話が交わされた。
彼女は、巨大砲を所持しており、それは怪物を攻撃するに相応しい武器と呼べるだろう。
が……セラスは吸血鬼。
折角、昇り始めた太陽が邪魔となって、満足に実体化が不可能な状況だった。
巨大トカゲを攻撃可能な位置……まずはそこを確保しなくては!
そんな千代田区では、警察が対応に追われていた。
アベルの一件により人数が大幅に減らされてしまったり、アサシン/曲識の宝具で疑心暗鬼が生じていたが。
怪獣が出現したとなれば、話は別である。
メアリーを保護していた警察関係者も、パニック状態の市民を誘導する。
「パトカーを使用するな! 渋滞を招かないように誘導を徹底しろ!!」
「ん!? おい、待て!! そこの君……!」
誘導に必死だった警官も、あまりの光景に声を上げてしまう。
一人の少年が、高校生の少女を担いでいる。
図体に似合わない無謀な行動だ。どうして彼女を担げるかも不思議で堪らない。
何よりも。
その少女は、神原駿河。テロリストのアベルに共犯した重要参考人の一人だった。
警官は改めて少年に言う。
「何をしているんだ! 君!!」
「こ……このひとは、うごけないんですっ! ひとりじゃ、にげることもできません!! ぼくが、つれていきます!」
「駄目だ! 彼女は重要参考人なんだ。未成年とはいえ……」
「なら! ぼくのかわりに、かのじょをつれていってください! おねがいします!!」
「分かった! 分かったから、君は逃げるんだ! ご両親は!?」
-
警官たちが強引に神原駿河を持ち上げ、仕方なしに彼女を地面に置くのだ。
それを見て少年――今剣は、いよいよ我慢の限界だった。
「いますぐ! いますぐです!! みなさん、はやくにげてください!! かのじょをつれて、みんなにげてください!」
「……私達の仕事は市民を守る事なんだ。ここに残らなくては」
「うう……!!」
「緊急だ! 首相の車が通る! 全員全力で道を開けろ!!」
千代田区には『総理大臣官邸』が存在する。
即ち、首相の執務の拠点。そこから政府関係者が一斉移動を開始したとの報告が、現場でされた。
首相は、日本の要となる重要な人物。
群れなす民よりも大事な、このような緊急事態だからこそ生きるべき存在だ。
恐らく『総理大臣官邸』でアベルの対策会議が行われていたか。あるいは、他の重要課題の為か。
ともかく、彼らは怪物の魔の手から逃れるべく、東京23区からの脱出を試みようとしている。
「え……ま、まって」
「ほら! 君も逃げて!!」
市民を押しのける警察関係者。
強引に今剣を引っ張る警官。
一体どうして逃げないのか、このままでは死んでしまう。
このままでは、駿河も逃げる事が叶わない!
「なら――かのじょを、スルガを!!」
「それはいいから! 君は逃げるんだ!!」
「っ…………! うそつき!!」
思わず今剣は激怒した。
少年とは思えない形相に警官も思わず、手離す。
今剣は、再び神原駿河を担ぎあげ、制止の声に耳を傾けず。全力で走る。
「しなないでください、スルガ! ぼくと、ルーシーといっしょに、もとのせかいにかえるんです!!」
次の瞬間だった。
不死身の爬虫類が飛び込んで来たのは―――
-
爬虫類――人間が認識するに巨大トカゲ――は、大きく跳躍をし、突進してきたのだ。
高速で大地と激突した瞬間。
大地震に匹敵する揺れと、大爆発が起きたかのような衝撃が襲いかかる。
無力な人間は、踏み潰され。あるいは吹き飛ばされ、倒壊する建築物の下敷きとなったり……
理由は様々だが、彼らは犠牲となってしまう……
高槻泉は、杉並区にそびえ立つ高級マンションから怪物の暴走を眺めているのだった。
彼女のサーヴァント。アヴェンジャー/メルヒェンの話を耳に傾けながら。
それもまた【衝動】のある物語である。
「強い恨みか……ま、差し詰め人間に虐げられた存在。哀しき獣だろう」
『全ての生きた人間に復讐をするよりも、個人のみに意識した復讐が強いように、復讐の念が分散されるのは本来よくはないが……
彼、と呼ぶべきだろうか。その恨みの強さは格別だ。よほどの所業を受けたと察するよ』
先ほどまで祭り騒ぎの如く拡散されていた動画。
彼の殺戮者・アベルとの奇跡の対話としてあらゆる場所で上げられている。
しかし、悠長に視聴しているのは高槻くらいではないだろうか。
「さて。この状況……君はどうするつもりかね」
すると。
ドタバタ慌ただしい物音が高槻のいる階層で響くと、乱雑にインターホンを鳴らす者が。
呑気な動作で高槻が最新の映像機能で玄関先の人物を確認できるもので、ひぃひぃと息を切らす男性を目にした。
実際、その生きた姿を確認すると複雑な心情の高槻。
彼女の中で、沈殿していたドス黒い感情が浮上するのを覚えた。
『た、高槻先生!?』
「おぉ、今日の予定はなんだったかな。打ち合わせ?」
『何言ってるんですかっ! 早く逃げて下さいよぉっ!!』
ここからの眺めは格別だよ、とその担当編集者である男性と高槻が会話を交わす時。
地上に残っているホット・パンツとランサー/アクアは、駅から携帯端末を回収し終えていた。
彼女たちのいる中野区は、被害が未だ及んではいないものの。
巨大トカゲが、ちょっとした気まぐれで接近してくる可能性は全く否定できない。
「ランサー……戦えるか」
『ちょいと休ませて貰って、離れた位置から「ブラックブラックジャベリンズ」で仕留めてやる。
その間に、ホット・パンツ。お前は遠くに逃げな。一撃でも喰らえば一溜まりもないよ」』
「……あぁ」
無論、そのつもりしかなかった。あんなもの、ホット・パンツは一瞬で捕食されて終わり。
正真正銘、サーヴァントでしか相手に出来ない規格外の怪物。
聖杯戦争以外にも、全てを無に帰すべく召喚したと連想されてしまうソレに。
絶望を抱いている場合じゃない。
彼女たちは、己の欲望が為に『聖杯』を求める以上、あの化物を倒す他なかった。
-
考える。
僅かな手段を考えるしかない……!
アーチャー/ロボひろしは、強大な敵を前にマスターを失い、宝具の使用不可な状況にも関わらず諦めを捨てない。
何かまだ手が残されている!
倒せない化物なんかこの世にいないように、巨大生物を倒す術は確かにあるだろう。
「そうだ……!」
史上最悪を召喚したサーヴァント。
皮肉にも、平坂黄泉のライダー/幼女によって召喚された存在。
だが、ひろしは平坂の死や、幼女が怪獣を召喚したことをまだ知らない。
むしろ。平坂を見失ってしまい。トド松より以前に捕食されのをタイミング的に把握できていなかった。
最低。平坂や幼女が召喚したものではない、と判断してしまう。
彼は、居る訳もない未知なるサーヴァントとマスターの捜索を続行していた。
マスターを失った。
そのマスターを友として認識していた怪物が捕食したことに、幼女は困惑を続けていた。
彼女は哀しみを深く覚えている。
どうにか、怪物へ制止をかけようとするが、もはや騎乗する為に怪獣の一部に掴みかかるので一杯一杯。
最終的にはいとも簡単に振り飛ばされてしまう。
幼すぎる彼女が試みる手段は、あまりにも無謀だが諦めない精神は、他のサーヴァントと匹敵する筈。
そして、文京区にあるランドセルランド。
この世の終焉に等しい情景を脇に、ルーシーは沙子が入っている事を確認し、大き目のその鞄を閉めれば。
何とか持ち上げることに成功する。
力仕事こそザックに任せるべきだが、彼がサーヴァント……敵に遭遇した際、邪魔にならないようしなくては。
ルーシーは、文句も言わず。自分で沙子を運ぶ事を決心した。
恐ろしい怪獣の進撃。
つい先ほど、ソレが一気に接近した為、ルーシーは体を震えあがらせる。
情けない話だが。アベルや滝澤が戻ってくれば、あの怪物を倒せるかもしれないと希望を抱くルーシー。
当のアベルに、そのような気力はないとも知らずに。
涙を浮かべならが必死に生きようと、自分自身に言い聞かせるルーシー。
訳も分からない憐れみを見せつける少女に、ザックは舌打つ。
結局、人喰いからの念話が来る事は無かったし。メアリーはともかく、アベルは帰って来ない。
何か思い出したザックは、独り口にする。
「まさか……死んでるんじゃねーだろうな」
それはアベルに対してではない。人喰いの方にだった。
-
「パチンコ警察風に連行はともかく、大丈夫なのかブラザー。俺の無罪が魅力によって晴れた……」
「いーから早く!!」
一方、葛飾区の警察署にいるカラ松は実に呑気なものだ。
外が劇場版・大怪獣バトルチックな光景と化しているとは露知らず。
兄弟たちに連行、もとい救出された彼は、葛飾区内を逃げ惑う人々で一面が覆われていると把握した。
これこそ、映画の撮影に見えなくない状況。
「デカパン博士ー!? くそー! 先に逃げたのか!?」
周囲を見回すおそ松が、あるものを発見した。
おそ松一行が警察に連行された際、同じくして移動させられたカーマシンが放置されている。
怪獣に驚いて博士だけは一目散に逃亡してしまったのだろう。
むしろ、カーマシンが起動可能な状態で放置されているのは幸運か。
「こいつは! デカパン博士の『ベストフレンド』!! ……待て、俺の時みたいに暴走しないだろうな?」
すっかり警戒心に満ち溢れたカラ松。
十四松だけは通常通りの十四松らしく「さっきちゃんと動いてたから大丈夫大丈夫!」とフォローした。
一目散に操縦席に座ったおそ松は、エンジンを起動させる。
「とにかくコレで逃げるしかないだろ!」
「あー……ブラザー達。不安だから一応確認させて貰うが、警察から出て大丈夫なのか? あと、一体何が起きている?」
「説明は後でするから、早く! カラ松兄さん!」
「アッハイ」
チョロ松に急かされて、というか全員が「とっとと動けよ。クソニート(お互い様)」な表情をするものだから。
仕方なくカラ松は乗車する他ない。
五人も乗車したせいか、自棄に動きが遅い『ベストフレンド』だが、人間の足よりは大分マシと思われる。
逃げ惑う人々の思考は結局のところ同じだ。
車で逃げるのが速いのは当然であり、誰もがそれに頼ろうとするせいで渋滞が巻き起こっていた。
おそ松たちは苛立ちを覚えるのは当然だ。
「こんな時に!!」と憤りを露わにするおそ松だが、散々社会に貢献する働きを避けていた彼らが
一般人に譲りを与える時が今なのかもしれない。
同じように苛立ちや不満を爆発させ、罵声が飛び交う車で埋め尽くされた道路に、カラ松も異常だと理解できる。
車の合い間を通りぬける人々を見た一松が冷静に「これ走った方が速くない?」と呟く。
兄弟たちも無言の同意を交わし、一斉に『ベストフレンド』から降りた。
まるで、大規模なマラソン大会のワンシーンだと言われても違和感のない。
圧倒される光景にも関わらず、歪なほど緊張感を覚えるカラ松。
遠くからまた音が聞こえる。
カラ松は音を怪獣の遠吠えであると理解していなかったのだ。
「……ん!? あれはカラ松ガール!」
幸運か不幸か、カラ松は人混みの中。同盟相手の二宮飛鳥の姿を捕らえた。
正確には車内にいる飛鳥を発見できた………だが。
このまま、車の彼女を呼びかけたかったものの。どうやって呼び出そうか? 彼女は家族と共に避難を試みているようだ。
カラ松相手に家族が「娘とどのような関係ですか!」と問い詰められれば、冗談めいた言い訳でやり過ごせる自信がない。
「しかし、このまま……はっ! なんてことだ!!」
一瞬、目を離したすきにカラ松は兄弟を見失ってしまったのだ。
どうやって人混みの中。探し出せば!?
幾ら顔が同じでも、こんな状況で悠長に人探しなんて……
-
カラ松が迷っていれば、飛鳥が何か気付いたように車から飛び出す。
家族は、車での逃走を諦めたのだろうか。
否。違う。
家族はそういう目的だが。飛鳥自身は、怪獣以外の異変に注目していたのだ。全力で人混みをかき分ける。
道路に植えられた木々――急激に朽ち果てて往く、その情景。
飛鳥が、人の濁流に呑まれそうなのに逆らう。
彼女の手を引っ張ったのは、アサシン/零崎曲識。
「アサシン!?」
「マスターも気付いたのだろう。あれだ」
曲識が率先して誘導する先には―――少年を背負って移動するサーヴァントが。
彼の移動と共に、折角妖桜が巻き起こした冬を耐えしのんだ草花が、平等に死んでいった。
飛鳥の視認により『アサシン』というクラス名が判明した。
だけど、飛鳥はとっくにその真名を理解している。
誰よりも早く逃げるサーヴァントに、飛鳥が叫んだ。
「待ってくれ! カイン!!」
飛鳥の声は、阿鼻叫喚の地獄の中で澄んだ音色として響き渡る。
それは……彼女が『アイドル』であるが為に会得した一つの技術かもしれない。
どんな状況であれ、誰かに何かを伝えたい強い意志が形となった。
声はカインに届き、彼は振り返る。
意識を失ってカインに背負われていた少年・安藤にも。
飛鳥と接触しようとするカラ松にも。
そして―――…………
「………カイン」
彼の最悪の弟であるアベルにも―――…………
「カァイィィィィンッ!!! 貴様ァ!!!」
植物の腐食を目印にしたのは飛鳥だけではなかった。アベルと、彼と同行する滝澤の瞳にも映った。
えっ? と頭上を見上げた人々は、アベルにとって邪魔でしかない。
着地するなり一帯を一掃したのである。
あっさり出来あがった地獄の風景に、飛鳥とカラ松は戦慄した。
それこそ草木を刈り取る些細な動作で人間を虐殺するアベルは、決して愉快な心情ではない。
かといって、カインに憎悪を剥き出しに怒り狂っている訳でもない。
憎しみがないと言えば嘘になるが、アベルは邪魔でしかない障害を消そうと行動するだけ。
人間の殺害によって前進するアベル。
テロリストなど、怪物の存在でかき消されていただけで人々は呆然と恐怖に飲み込まれていた。
アベルに続いて滝澤が、狂気じみた動きで先回りし。あっさりとカインを蹴り飛ばす。
ダメージの反射など物ともしない滝澤が、痛みを無視しながら。『赫子』をカインに突き立てる。
咄嗟に、カインはマスターの安藤を手離す。
胴体を貫かれた激痛が走る。それは滝澤も同じだろうが、彼は狂喜を浮かべたまま、告げるのだ。
「おォいおいおい、痛てェの? こんな程度で? 痛みは感じちまうってかぁぁ!?」
「が……はっ……! ま、スター………!!」
苦しむカインの視線の先には、地面に投げ飛ばされた安藤。
何とか立ち上がろうとする彼にアベルの刃が迫るのだ。
『腹話術』をアベルに………! 安藤が決死の能力の使用をするが、全く無意味である。
現場に居合わせた飛鳥と曲識、カラ松も寸劇に成す術が無かった。
無力とは、まさにこれを指し示すのだろう……
そして―――
-
―――緊急通達を開始します。
現時点までに生き残ったサーヴァントの方々、おめでとうございます。
賛辞のお言葉はさておき……皆さま、この『東京』で発生している異常事態をご理解している前提で話を進めさせて貰います。
私ども、主催者も可能な限りサーヴァントの皆さまに、快適な聖杯戦争を堪能させたく。
出来る限りの制限、抑止などを留めた所存です。
しかしながら……今、ライダーが召喚しました宝具により、舞台である『東京』の空間そのものに支障を来す。
そう判断をし、先ほど私――先導アイチが直接、ライダーのサーヴァントに警告を行いましたが。
警告を無視。さらには緊急修正の不可能な段階までの破壊活動が続けられております。
具体的には――現時点で東京都23区の大規模な破壊。及び、今後の破壊規模の予測。
東京都に所属する政府関係者及び重要機関責任者の死亡、限度以上の警察関係者の死傷者。
東京都民の緊急修正対応の間に合わない死傷者の予測……など。
総合しますと、このまま聖杯戦争続行が困難の危機に立たされております。
そこで………
私ども主催者の決定により―――ライダーとその宝具の討伐クエストを開始します。
そして、皆さま方。
現時点で戦闘可能なサーヴァント全てにこれを命じます。
どうやら、心良く思わない方もいらっしゃるようですが、ご理解の方をお願いします。
これより私が『イメージ』を通じ、皆さま方に令呪を使用いたします。
………
先導アイチが使用する令呪は、遺体から回収した令呪である。
裁定者/ルーラーのクラススキルとしてある、全サーヴァントに使用可能の絶対命令を下せる特殊な令呪。
ではない。
ならば、どうするというのか?
イメージ。
この場合はサーヴァントと繋がりのある『マスター』を通じて、令呪を使用するという荒技なのだ。
故に。マスターを失ったロボひろしは、令呪は受けられない。
だけども。
聖杯戦争を続ける為に、夢を終わらせない為に、世界を終わらせない為にも――
これより正真正銘、奇跡の幕が開かれる事となるだろう。
「令呪を以て、全サーヴァントに命じます――東京を破壊する怪物を打倒せよ!」
.
-
投下終了します。
次が後編になるか中編になるか、何とも言えませんがしばらくかかります。
-
前編その2を投下します。
-
サーヴァントには令呪が使用された、という自覚が残る。
ルーラーとは異なる手段を用いる令呪の命令。
だが、厳密にはイメージでマスターと通じ合い。そして令呪を使用。
とは言え……
先導アイチは戦況を冷静に監視していた。
元より『不死身の爬虫類』を討伐しようとしていたサーヴァント――セラス、宮本明、そしてアクア。
彼らは既に怪物周辺に存在し、攻撃するべく準備を整えていた。
令呪が、むしろ糧となった。
一方。
全く怪物に見向きもしないか、あるいは早急に対応しようとしないサーヴァント。
これらは案外多く存在している。
『対魔力』のないアサシンクラスのザックや曲識、カインなどは個々に不満を抱きながらも。
抵抗する術も無く移動するハメとなってしまった。
高ランクの『対魔力』を所持するナイブズに関しては、動向次第で令呪を更に使用する判断もアイチにはある。
だが、恐らくナイブズもその程度の読み合いは可能だった。
無理な抵抗はなく、仕方なしに江東区から離れている。
そして―――
「お………お、おいぃっ……! どうしたんだ……?!」
東京都葛飾区。
情けない松野カラ松の声が自棄に響いた。
最早、怪物の騒動で誰も彼もが『逃げ』に徹底し、そこにはカラ松と飛鳥、安藤……そして――アベルの存在があった。
アベルは『対魔力』じゃない。バーサーカーのスキル『狂化』によって抵抗する。
満足に動けないが、ブレードで安藤を狙うべく、その場で留まっていた。
皮肉ながら令呪に逆らえない滝澤が、嫌々に移動しつつ叫ぶ。
「アベルくん、早く殺しちまおうぜ! もう少しじゃねぇか!」
状況が飲み込めない飛鳥は、既に立ち去ってしまった曲識と念話を交わす。
(これはどういう事態なんだい……?!)
『先導アイチが令呪を使用した。全てのサーヴァントに対し、あの怪物を打倒しろと。
流石の僕も、文字通り実物の怪物を相手するのは、今回が初めてになるが………』
(アベルが、令呪に逆らっているんだ!)
『………それは不味いな。先導アイチが再度令呪を使用する手もあるが……最悪の場合』
だけど、曲識も令呪を使用されて、どうする手立てもない。
ましてや、あの最悪な強さを誇るアベル相手に、少女の強さしかない飛鳥がどうしろと?
第一。彼女は邪魔をしないと『約束』してしまった。
これがアベルとカインの最期ならば、そうだったなら、抗わず。納得するしか手段はないのだろう。
-
渾身の抵抗の末、アベルはヤケクソ気味にブレードを投擲する。
銃弾に匹敵するスピードで、刃が安藤に迫った。
……ところが、ブレードはアスファルト舗装がされた地面に深く突き刺さった。
この距離の攻撃をアベルが失敗したのではない。
全く予想外。令呪によってサーヴァント達が討伐令に強制参加されたと知ったのは、飛鳥だけではなく。
カラ松もだった。
これより『不死身の爬虫類』を倒すと明から念話で(漸く)説明を受け。
彼が『東京』で発生する異常全てを把握したのと同時に、一つの希望を獲得したのである。
ならば――アベルが安藤の殺害だけに手一杯だとしたら!
カラ松が、安藤の体をちょっとでも引っ張る事は可能ではないか!!
たったそれだけで、安藤への攻撃を回避させられるのだ。しない訳がない。
「き……決まったあああああぁぁあぁぁぁっ! どうだ、カラ松ガール!!」
聖杯戦争で情けない姿を晒し続けるほど軟な男じゃない。
借りを作ったのだから、これで安藤のサーヴァントと協力が出来るかもしれない。
あるいは、聖杯を譲って貰える。……のは都合のいい話過ぎるが。
ともかくカラ松は、ようやっと聖杯戦争において輝きを取り戻したのだ。
華麗に飛鳥へドヤ顔を見せつけたつもりだったが、実際目が合うのは例の殺戮者・アベル。
人生で経験した事も無いほどの殺意を間近に感じたカラ松は、やはり一瞬にして震えあがる情けない男である。
「あ、いや。その」
「お前は殺す」
サァーと血の気が引く感覚を全身で味わったカラ松が、いつ卒倒しても不思議じゃない。
不自然なほど素直にアベルが踵を返したのは、恐らく先導アイチが『二画目』の令呪を使用したのだろう。
脱力に見舞われたカラ松が地面で座り込む隣。
咳き込む安藤に対し、飛鳥は話しかけた。
「大丈夫かい………?」
「あ……あぁ………そっちの人も、ありがとうございます」
何とか礼を述べた安藤。カラ松は返事の代わりに、弱々しいうめき声を漏らした。
悠長にはしていられなかった。
アベル達――サーヴァントが集結を余議なくされた要因である怪獣。
まず、あれを何とかしなくては……
フラフラと立ち上がる安藤。飛鳥は少女であるが、彼の肩を貸そうとする。
周囲を見回すが、アベルの出現に恐怖が感染した為か。車に乗車していた人々も皆、どこかへ逃げ去っており。
もしかしたら、逃げ遅れた人間が現れるだろうか?
飛鳥は、深呼吸する。
ライブ本番前で緊張をほぐすかのように。
「ここから離れないと……すまない。車を運転して欲しいんだ」
-
飛鳥の頼みはカラ松に向けられていた。彼の方は、ワンテンポ遅れてリアクションを起こす。
それから平静を取り戻したい一心で、相変わらずの痛々しいカッコつけを見せつけた。
「ふ……フッ、運転なら俺に任せろ。カラ松ガール……だが、この状態じゃ時間がかかるぞ」
「歩いて移動するより大分マシじゃないかな。彼の方は無理に動けないようだしね」
アベルによって地で動かなくなった死体を、嫌でも目につけながら飛鳥とカラ松で安藤の肩を貸し。
鍵をつけたまま放置されている乗用車一台に乗り込んだ。
こんな緊急事態。ましてや、偽りの『東京』の秩序に逆らう抵抗を抱いている余裕すらない。
成るべく迅速に彼らは車を発進させ、道路の空いたスペースを利用しながら現場を離れる。
カラ松と飛鳥が、どうにか落ちつけたのは。
兄弟たち、家族の死体が転がっていないと分かったせいか……
「折角ならブラザーたちと合流したいところだが……その、なんだ? こういう場合、避難先はどこだ?」
「普通だったら隣接する他県方面に避難するはずさ。尤も、この聖杯戦争の舞台は東京都しかない。
家族も知り合いも、全てが偽物。東京以外の世界は存在しないからね」
「な、なんだと!? 偽物っ……? そうだったのか!?」
「えっ。知らなかったのかい?」
思わず飛鳥が聞き返す。
一方のカラ松は、ある意味の衝撃が走っていた。
ここが実際の『東京』じゃない? 兄弟たちも本人じゃない?? 偽物……?
なら、自分が起こした犯罪。焼失した家。何もかも無意味で………
変に気が抜けてしまうほどカラ松は、酷く安堵するのだった。
「じゃあ……本物のブラザーたちは?」
「変な表現だけど、元の世界……本物の『東京』で生きているだろうね。
そう言えば、本物の世界では僕たちは行方不明扱いなのかな? ……フフ、呑気に想像している場合じゃないのに、不思議だよ」
そう微笑む飛鳥の存在が、奇妙にカラ松を安心させた。
彼女がアイドルたる所以の和ませなのか。分からずともカラ松は、先ほどのアベルからの殺意を忘れるかのように気を保つ。
だったら、尚更。それこそ聖杯戦争を生き残れば大勝利!
前向きな姿勢でカラ松はハンドルを握った。
「他県もないとなれば、電車も飛行機も駄目……『ここ』のブラザー達はどこへ消えたんだ」
「確か――……誰かは知らないけど『奥多摩』方面に向かおうとしていたね」
「流石に遠過ぎだろ!?」
「あくまで方角を指し示していたと思うよ。即ち『23区』からの脱出さ」
「なるほど……」
偽りの人間たちが移動可能な範囲は『東京』に限られている。
奥多摩方面に『しか』避難する行く先がないということ。
尤も、そちらまで怪物が襲撃してきた場合は、誰にも分からないが……
-
飛鳥が助手席から外の様子を伺う。まだこちらまで怪物の襲撃範囲は及んでいないが、この状態が続くとは思えない。
カラ松は、落ち着きを取り戻したせいか、こんな不満を呟いた。
「だったら、俺達を一旦避難させてくれよ……」
「?」
「要するにこの『東京』そのものがヤバイってことだろ? 俺達の安全を第一に考えない方がどうかしてるぜ」
先導アイチを含めた主催者が、どこから傍観しているか定かではないものの。
聖杯戦争を続行させるには、マスターの存在が重要の筈。
だったら――カラ松の言う通りに、マスターを避難させるべきだろう。
彼らの会話に息を切れ切れの状態で、後部座席で横たわっていた安藤が割り込む。
「俺も………ずっと、考えていた。この『東京』はどうなっているのか………主催者たちは、どこにいるかを」
例え『東京』自体におらずとも。
どこから聖杯戦争を監視し続けているなら……そして『東京』に脱出するのを禁止されている事。
安藤は、考えた末。一つの結論を導いた。
「この世界が、どういう構造なのか……分からない。けど………先導アイチ達は『東京』の外にいると思う」
突然な話に、飛鳥とカラ松は反応に困るが、安藤は話を続ける。
「単純な話……俺達の避難を優先させるのは当然だし………主催者が直接俺達を移動しなくとも
例えば『東京』の外へ避難して良いと……誘導させればいい………それをしないのは、あいつらの都合が悪いから」
飛鳥が恐る恐る加わった。
「だけど、必ずしもそうとは限らないだろう?」
「主催者は『東京』の外へ脱出した場合『始末』をすると言っていた。
……だから、少なくとも『東京』の外まで監視している事になる……『東京』の外で俺達を観測している
そういう構造なら、納得できるんだ……まるで、地球儀を観測しているみたいに」
想像すれば不気味である。
しかしながら、カラ松は戸惑いながら安藤に返事をした。
「な、なかなか興味深い話だが、今は関係ないだろう? 偽りとはいえ、俺達は『東京都』の命運の狭間にいるんだぜ」
「いや……『ある』! ……あの……怪物を倒す方法………それを考えた………!」
□
-
「何と言う事でしょうか……! こちらは上空より生中継しております!!
御覧下さい……もう地上は原型を留めていません! 建物は全て怪獣が喰らい尽くしてます!」
東京都上空。
ヘリコプターから『不死身の爬虫類』の破壊活動を熱弁するアナウンサー。
彼ら以外にも、この光景を撮影しようと無事だったヘリコプターを利用する者が現れた。
興味本位が無くも無いが。彼らは報道人生を賭けて、世紀末じみた大事件を1人でも多くの人間に知って貰おうと必死なのである。
「怪物は……どうやら墨田区方面に向かっています! 現在、怪物は墨田区方面に進行中……
ん……? あれは!? カメラ! あそこのビルの上……誰かいます!?」
アナウンサーが驚愕するのは無理もない。
高層ビルの屋上に1人。誰かが立ちつくしているのを発見できた。
それが何者かは分からない。雨や雪すら降っていない快晴にも関わらず、レインコートを身に纏い。
フードを被っているせいで顔は確認が難しかった。
何より。
その人物が背負う巨大過ぎる砲台に、全てが沈黙するだろう。
まるで、怪獣規模を破壊させる為だけに作られたようなえげつない武装。
アーチャーのクラスに相応しい姿。
セラス・ヴィクトリアの宝具。
―――拠点防衛用長々距離砲撃戦装備 ハルコンネンⅡ―――
人間には所持不可能の重量・345キロを悠々と持ち上げるセラス。
二丁の砲身を両手でかまえ、怪物に砲打撃を開始したのだった。
連続射出される弾は遠くから眺めれば花火の一種と説明されても何ら違和感のない。
それほど、赤く真っ直ぐな軌道を上空に描きながら、怪物に命中させた。
怪物との距離は決して近いものじゃない。
彼女の射撃位置からでは、怪物もそこそこの小ささに見えてしまう位の遠距離。
だが、セラスは的確に命中させている。怪物に直撃するたび、黒煙が繰り返し立ち上る。
怪物も黙っている訳が無い。
セラスの攻撃を幾度も受け続けるが、段々と鱗に厚みが増してくるのだ。
異常極まりない怪物の圧倒的な存在そのものが、セラスを嘲笑しているかのよう。
彼女も理解したらしく、砲台を操作すると背後で待機し続けていた弾筒が満を持して登場を果たす。
―――広域立方体制圧用 爆裂焼夷 擲弾弾筒 「ウラディミール」―――
放たれた二つの閃光。
余裕で身動きせず、高層ビルを捕食していた不死身の爬虫類を真っ直ぐ捕らえる!
直撃した刹那。
-
ボッと大きく炎上する周囲と、見るもおぞましい怪物。黒煙に包まれ、誰も彼もが怪物へのダメージを期待してしまう。
ヘリコプターで実況するアナウンサーや、スタッフたちも漫画のような光景に唖然としていた。
何とか正気を取り戻しながらアナウンサーは話す。
「あ……えっ……こ、これは自衛隊の新兵器なのでしょうかっ!? とにかく、怪物に直撃しました!!」
遠くから炎上に胸を躍らせながら、マスターの信長が言う。
「セラス! やったかっ!?」
『まだです!!』
ダメージは与えた。
けれども傷は直ぐに癒えようと、怪物の鱗が別の生命体の如く蠢いているのをセラスは目で分かる。
信長は思わず舌打つ。
例え、セラスの攻撃が有効であっても、信長の魔力が限界だった。
令呪で魔力を補うのも一つの手段だが……信長は、戦場から離れた位置にいる為、セラスに問いかけるしかない。
「なら、他のサーヴァントはどうだ。令呪で強制収集されたってなら、そろそろ現れる頃だろ!」
信長の読み通りだ。
怪物が、ギロリとセラスを睨み注目する中。
東京都内を犇めく建物に隠れ、魔力を一点に集中させていたサーヴァントが一騎。
ランサー・アクア。
彼女はセラスの攻撃を無駄にはしないと、宝具を解き放った。
「ブラックブラックジャベリンズ!!!」
漆黒の大槍が、死を運ぶ死神のように駆け抜ける。
アクアの可能な限り、最大最強の魔力と威力を誇る一撃は怪物に衝突するのだった。
周囲に風圧を巻き起こし、周辺を飛来していたヘリコプターですら満足にコントロール不可能に近い状況に陥る。
怪物そのものだけではない。
高層ビルを含めて、些細な物体ですら完全に破壊をする。
「どうだあああぁぁっ!!」
ガリガリと怪物の体を削る音が響く。
されど、怪物は吹き飛ばされまいと肢体を支えるべく、奇妙なトゲを生やし、地面に突き刺した。
最低でも肉体が離れず。留まったものの。完全に肉体に大穴が開けられていた。
-
魔力を大分使いきってしまったアクアだが。
破壊し尽くした眼の前の光景に、僅かに満足を得た。
「……へっ、馬鹿だね。このくらい、あたし一人で十分――」
「油断するな!!」
すると、アクアの元に丸太を手にした男が出現する。
一見すれば棒切れでしかないソレを、男――宮本明が攻撃を防ぐかのような構えをアクアの前で行えば。
肉体を分離した怪物の上半身が、アクア達の方へ飛び込んで来たのだ。
ゴオンッ!と鈍い効果音が響けば『丸太』と『不死身の爬虫類』が互角に衝突したという、財団も真っ青な光景が広がる。
宝具ではあるが、やはり『丸太』だ。
そして、英霊とはいえ生身で巨大化しつつある途中の怪獣相手だ。
重みに明は耐えるのが限界の状態である。
(抑えきれなッ……!!!)
「おっさんッ!!」
咄嗟に、アクアがアメ玉一つ分だけだが、それで怪物を押し込んでみせる。
ハァハァと荒い呼吸をしながら、明が我に帰れば『丸太』に凹み……否、捕食された痕跡があった。
明にとってはこれ以上にない信頼できる武器であった『丸太』が、いとも簡単に……!
例えるなら、世界樹の枝のような神秘性。アーサー王の『エクスカリバー』に匹敵しうる約束された勝利が。
それだけで十分、明へ絶望を与えられた。
アクアは思わず舌打つ。
「あれで生きているのかい! 今度は頭をぶっ飛ばすしかなさそうだね」
「いや……よく見ろ。お前の攻撃で傷一つ、ついちゃいない……」
怪物が周辺にあるあらゆる物体を口に放ると、肉体が修復されていく。映像で早送りするかのような光景。
あの怪物は、全てに適応するべく幾度となく変化を続けるのだ。
恐らく『ブラックブラックジャベリンス』は通用するとしても、通常の『スパイシードロップ』が効くか怪しい。
二騎のサーヴァントが次なる手を模索する前に。
「作品No.9――『雲梯』」
重低音の旋律が大音量の爆音で、再生途中の怪物に襲いかかる。
怪物が先ほどと異なり、衝撃に耐えきれなかったのではなく。肉体全体に響いた。
衝撃波が。
上半身のみの怪物は簡単に肉体を回転させつつ、後方へと吹き飛ばされる。
直接のダメージはないものの。『サーヴァント』としての威力に相応しいレベル。
大の人間を吹き飛ばせるが人間レベルなら、英霊ならば怪物くらいは吹き飛ばされる訳だ。
-
「悪くない」
それを行ったアサシン・零崎曲識が頷いたのは、怪物に対しての宝具の威力……ではなく。
彼が手にしていた『コントラファゴット』への感想。
以前、マスターの飛鳥に要求した楽器。
令呪であのような命令をされたが『怪獣を倒すに必要な武器の調達』は可能だった。
即ち――怪物の討伐をするに辺り、必要不可欠となる行動は許されるようだ。
警備も盗難も二の次になる緊急事態だ。楽器が一つ失われても、まさしく『悪くない』状況だろう。
改めて曲識が、明と魔法使いの少女を視認してから言う。
「丸太のアサシン。お前のマスターから『作戦』は聞いているか?」
「……作戦?」
「いや、すまなかった。カラ松は運転中でそれどころじゃないらしい……どうあれ、僕のマスター……
正確には他のマスターがある『作戦』を提案してくれたんだが。中々なものだ。
僕もあの怪物を倒しきる自信がハッキリ無いから、是非とも協力して欲しい。丸太のアサシンとそこの少女」
あの、どうしようもない化物に有効な作戦など、存在するのか?
曲識から伝えられた事実に困惑する彼ら。
アクアは半信半疑に問いかける。
「いきなり出てきて何様か知らないけど、本当に通用するんだろうね。その作戦」
「確実に通用するとは思うが……まぁ、僕が信用されていないのは承知の上で話を持ちかけている」
「……そうかい。だったら、具体的にはどうするのさ」
「あの怪物を倒さない。それが『作戦』だ」
-
■
「どうしたら……」
神隠しの少女・あやめは、途方に暮れていた。
彼女は、もはやそうするしかないし。どうすることも叶わない状況である。
怪獣を倒す術もなく。役に立てるかも怪しいうえ、さっさと立ち去ってしまったアベルや滝澤に比べて。
直ぐにでも怪獣の元へ駆けつけれる身体能力だって皆無なのだ。
だが、そんな彼女の前に救世主が現れる。
「やはり、まだ居たか」
「!」
セイバー・ナイブズが、不動総合病院の敷地に舞い降りた。
本来ならば、今なお破壊活動を続ける『不死身の爬虫類』のいる方面とは真逆の位置におり。
令呪に逆らっている状態のはずだが。
彼は何ら影響なく、涼しい顔でここへ至った。
怪物の討伐には『神隠しの少女』が必要だ……そのように判断した為、令呪に縛られる事はないらしい。
どこか怯えた表情をする彼女に、ナイブズは相変わらずの冷酷な雰囲気で話す。
「ここから移動するぞ」
「は、はい」
どういう目的であれ、あやめもここから移動するべきと判断する。
いざ、ナイブズと共に病院から離れていくと、都市から物々しい破壊活動が騒音となって聞こえた。
あやめは、恐れ慄くようにナイブズの腕で体を震わせる。
きっと、自分は能力を駆使し、ナイブズの気配をかき消して、あの怪物を倒す他ないのだ。
怖いけども、やるしかない。自分にしか出来ないのだから……
「……あれは何だ」
しかし、実際のところ。
ナイブズは、怪物が暴走している地帯で起きる破壊が――怪物の仕業ではないと気付いたのである。
意味が分からない。怪物の代わりに破壊を繰り返すのは、集結したサーヴァント達。
先ほど、怪物に対して強力な一撃をぶちかましたアクアが。
サンタクロースのように、鞄からアメ玉を無数にばらまきつつ。一斉に爆発させる。
目標である怪物は、むしろ傷が癒えてしまっている。
上空から地上の風景を目にしていたアナウンサーも、驚きの声を上げたのだ。
「先ほどとは一変! 謎の集団による都心部の破壊活動が開始されております!? これじゃまるで、大地の破壊神だーー!!」
-
困惑するのは信長も同じだった。
令呪で行動が制限されている以上。恐らく彼らは怪物を倒すべく、何か起こしているのだろうが。
全く以て意図は分からない
セラスが現場から状況を念話で伝える。
『マスター! サーヴァントたちが建造物を破壊し続けています!!
このままでは怪物の周辺にある全てが破壊されてもおかしくありません!』
「おい、トカゲは。あのクソトカゲはどうしている」
『えッ………はい。傷が癒えて、もう体は完全に修復した状態です。まるで意味がありません。もう一度、私が攻撃した方が……』
「違う! 怪物の方は今、何をしているかと聞いている」
『……食べて、ますね。周辺にある色々な物を』
俄かに信じがたいようにセラスは言う。
怪獣ならば光線を口から吐き出したり、歩行するだけで大地を鳴らし、あらゆるものを踏み潰し。
眼前の建造物を破壊し尽くのみ。
怪物が、その破壊活動の一環として高層ビルの捕食を行っていたが。
――そうか!
信長は理解した。
恐らく、破壊活動をするサーヴァントたちも同じであろう。
「セラス。火を放て」
『……火!? あの私、そういう宝具は』
「さっきの巨大おっぱい砲をもう一度周辺にぶぁーーっとぶっ放すんだよ! それで火の手が上がる!!
火が上がれば車も燃えるし、ちっとは生えてる草木にも火が移る」
『あの、どういう意味があるんですか』
「奴らの狙いは――『魔力』だ」
『魔力……』
「あのトカゲが建物やら何やら喰っとるのは破壊目的ではなく、魔力補給だとすればどうだ」
『!』
即ち。
並の魔力だけで、あれほどの脅威的な不死性を持つ生物の召喚は耐えられない。
破壊と同時に魔力の補給を続けるならば、あの『捕食』には意味があった。
令呪やマスターとサーヴァントの魔力以外で存在を保つ方法。
セラスはもう一度『ハルコンネンⅡ』を構えた。
狙いは、怪物ではなく―――『東京』そのものへと………
-
◇
車で移動を続ける安藤たちは『作戦』を話し合っていた。
「凄ェ……まさか、そんな方法があったとはな…………」
安藤から『作戦』を聞かされ、カラ松は関心してしまった。
怪物を倒さずに殺す方法。それは魔力切れ。
捕食という名の破壊で魔力を補っている事は、安藤がカインから聞かされた情報の一つ。
あの怪物――『不死身の爬虫類』の特性。無機物ですらエネルギーとして変換させ、捕食する異常性から推測したもの。
確信はないが、恐らくはそうだ。
安藤が、少々咳き込みながら話を続ける。
「怪物は今……墨田区付近にいるらしい………海に面していないから、怪物がそっちに逃走する心配は無い」
しかし――問題は。飛鳥が言う。
「向こうもタダでやられる訳がないさ。怪物が移動してしまう場合はどうするんだい」
「……俺のアサシンが止める」
正しくは、令呪で怪物の進行方向にカインを移動させる。最悪、ダメージを反射できるかもしれない。
あの怪物の突進を受けただけで相当のダメージが予想できた。
安藤も半ば、消費する魔力を不安に感じる。
先ほどから体の調子が悪いのは、きっと魔力のせいではなく……『腹話術』か?
胸を片手で抑えつつ。安藤は何とか話を続けた。
「間違いなく、怪物も俺達の作戦に気づくはずだ……そこを狙う!
俺のアサシンが足止めしたところを、サーヴァントたちで集中攻撃するんだ……」
「OKだ。俺の令呪の一つや二つを使う時が来たようだな」
痛々しくカッコつけするカラ松を脇に、安藤は「それと」と一つだけ加える。
「怪物を『地面に叩きつけるように』攻撃して欲しい」
「ん……? どういうことだ?」
「……怪物を『地下』へ叩き落として欲しい。そう言った方が正しいのかも……
それで怪物の動きを止めて、確実に倒せる形にしたいんだ……」
飛鳥が「なるほど」と納得する。
「つまり、落とし穴のようなものだね?」
「あぁ……」
安藤は、確かな緊張感を胸に、考察を思い返す。
――ここが偽りの『東京』で、主催者たちがこの外にいる可能性……
ここが本物の『東京』じゃないとしたら……ここは『地球』じゃないって事になる。
だったら………
-
所謂『基盤』のこと。
作られた『東京』は何の土台で創作されたものだろうか?
安藤たちのいる『東京』……この地面は一体『何』で構成されている?
少なくとも、それは『地球』なんかじゃない。
――そう……主催者達が作った人工的な『土台』! 地下を貫けば、外の景色が確認できる!!
怪物を『東京』から排除したうえで……この世界がどうなっているか……全貌が分かるはず………!
そして、地下の――外の景色はどうなっているのか?
そこに先導アイチの姿は? 他の主催者は? それ以外にも何か、重大な秘密があるのでは?!
怪物を倒すと同時に、安藤は全てを知るための決死の作戦を考えついたのである。
でも。
安藤も分かっている。
怪物と同じだ。空間に支障を来す行為……最悪、先導アイチからストップがかかる可能性もある。
これは………賭けなのだ。
このままの勢いで、明たちが怪物を『東京』から叩き落とすか。
先導アイチがそれを制止するべく念話をするのか。
故に、安藤は飛鳥とカラ松には伝えていない。
安藤の思惑に巻き込まれているだけで、察しないならば先導アイチ達の警告からは免れるだろう。
例え……これで俺が死んだとしても……………
(潤也………)
俺の代わりにお前が、やってくれれば。
安藤は知らない。
彼の弟は、最悪の弟によって葬り去られた事を。
そして、安藤自身。腹話術の酷使で命を削っている事を――
◆
-
(アベル……!?)
セラスの宝具によって炎上した東京の都市。火の海の中。カインは周囲を見回した。
理由が分からない。
安藤の念話によれば、カインを襲った滝澤やアベルも、すでにこちらへ向かっている筈なのに。
彼らは姿を現さない。
そもそも、カインの知るセイバー/ナイブズも怪物の周辺に居る様子がなかった。
何より。アベルに関すれば、あの『不死身の爬虫類』と幾度に渡って死闘を繰り広げた相手。
聖杯戦争の……しかも、先導アイチに命ぜられたとは言え。
夢のような舞台を目の前に、何故戦う意思を見せないのか?
怪物は二の次で、カインの殺害を優先させたいだけか?
否。
カインは、重要な使命を全うしようとしている。
先導アイチが、これはライダーのサーヴァントの宝具だと説明していた。
財団の情報を全て網羅するカインだからこそ、心当たりがあったのだ。
きっと、どこかに『彼女』がいる。
「おーい! あの怪物を召喚したサーヴァントのマスターを探してるのかー!?」
驚いた事に、カインの上空からその声は響き渡った。
ロボットのアーチャー/ひろしは、怪物が起こした余波を喰らったせいでボロボロの恰好なまま。
『単独行動』で未だに現界を保っている。
プロペラに変形させていた足を元に戻しつつ、ひろしはカインの脇で着地した。
カインは機会染みた声色で「いえ」と答えた。
「私は……サーヴァントの方を捜索しております。あの怪物を召喚した英霊に心当たりがあるのです」
「なに? 本当か!」
「特徴だけですが……私の記憶上ならば、三歳ほど少女で花柄のワンピースを着た――」
「その子……見た事あんぞ! でも。あの子が怪物を召喚したってのかよ!?」
ひろしは、怪物の脇で呆然としていた幼女を思い出す。
平坂黄泉のサーヴァント。
天と地の差がある存在。怪物と幼女の組み合わせに戸惑うのは当然かもしれない。一見結びつかない。
一方、カインはその幼女が『不死身の爬虫類』に騎乗した記録を確かに記憶していた。
-
安藤は『不死身の爬虫類』を倒す作戦を決行しているが。
酷い話。アレを倒しきる確証は、カインはまるでなかった。
逆に最悪の結果を招く事になるだろう。だから、あの幼女を探す他ない。
カインは、ひろしに話す。
「彼女にどうにか怪物を止めて貰うべきだと、私は判断します」
「そうか………情けねぇが俺も……マスターが居なくてな。宝具も使えない以上、なにもできねぇ。あの子を探すのを手伝うよ」
マスターが居ない。
もしかすれば――カインは、ある考えに行き着くものの。深く言及はしなかった。
今は、ひろしと協力して幼女を見つけ……最悪は………
黒い思惑が渦巻く中。
怪物の周辺にある物体のほとんどが僅かなゴミ程度しかなくなっている。捕食するには、あまりに少な過ぎる位に。
低く唸る怪物。
カインはもう限界と判断し、ひろしに言う。
「私達が足止めをしている内に、どうか彼女を!」
「あぁ! そっちも頑張ってくれ!!」
カインが神経を集中させて、安藤にいつでも念話できるよう構えている。
怪物が炎上しつづけ、崩落していく。けれどもまだ原型が残る建造物を喰らおうと睨む。
そして――瞬間的な疾走。
あの巨体でここまで素早く動けるのか。衝撃波や風圧だけで建造物が破壊され、怪物の大口が開く。
「―――よし! こっちに来たぞ!!」
待ってましたと言わんばかりに、怪物が飛び込んで来た方向で待ち伏せしていた明。
彼の傍らには『丸太』。基本的な抱えられるほどの大きさの比ではない、巨大な『丸太』が存在していた。
セラスやアクアが破壊活動を続けた傍ら。明は、カラ松からの令呪ブーストで得た魔力を有難く使用し、これを出現させる。
まるで『槍』にも等しい形状と巨体のソレは、車輪が備え付けられ。
如何なる弓矢の雨が降ろうともビクともしない頑丈さを持つ。
故に、いくら英霊の身でも1人で動かすべき代物ではなかった。
この時ばかり、明は曲識に呼びかけた。
「燕尾服のアサシン! 頼む、なるべく勢いをつけてくれ!!」
「あぁ、問題は無い。僕もマスターから魔力を得たからな」
巨大丸太の後方に位置する曲識が、コントラファゴットで衝撃波を発生させる。
衝撃波によって巨大丸太は凄まじい勢いで。それも怪物と同等の速度で発進したのだった。
まるでロケットのような軌道に、上空のヘリコプターで傍観していた人間たちは皆「凄ェ!」の感想しか脳裏に浮かばない。
怪物も、魔力が満足にない為か。
避けようとはせず、丸太に直撃してしまう。
明たちと別方向で怪物を待ち構えていたアクアとセラス。
セラスは広範囲の攻撃となる『ハルコンネンⅡ』ではなく、『ハルコンネン』で怪物に接近し、弾丸を発射させた。
怪物を見事地面に叩きつけた形だったが。
怪物は『捕食』を始めたのである。その地面を―――………
限界まで魔力を蓄えたアクアは、大きく吠える。
「おっさん達! 一度、離れな!!」
アクアの魔力を感じ取った明たちは、咄嗟に怪物周辺から離脱した。
漆黒の槍が、再び煌いた。
-
●
「あー……マジでムカつくんだよ、こーいうの」
包帯男の英霊、アイザック・フォスターの一番の問題は『精神汚染』や逸話にも語られるよう炎がトラウマである件でもなく。
仲良しこよしが尤も彼に不可能な行為だったのだ。
その象徴として『反骨の相』のスキルまで備わっている。
アイザックことザックを、令呪による強制討伐を命じたのは先導アイチの失態であろう。
第一、あんな怪獣を殺す経験も無い。(自称)マトモな成人男性が怪物を倒す術がないと、ザックも分かっている。
彼はそこまで馬鹿じゃない。
結論として、彼はどうしたらいいのか分からなかった。
最初から協力して倒しましょう、なんて事すら想像しない上。
恐らく並のサーヴァントと比較して優れているとは言えない彼は、逆に足を引っ張りかねなかった。
だが――ザックはそこまで詳細に考えてはいない。
彼は馬鹿なので、怪物をどうやって倒せるか。それを思いつかないので、不思議な事に全く動く必要が無かった。
嫌々、サーヴァント達が暴れる周辺で途方に暮れているザック。
「――君のことだ。そうなるとは分かっていたよ」
「!」
そんな彼の元に現れたのが、アベル。
殺戮者は、忌々しい兄や宿敵である爬虫類を差し置いて、『直感』を頼って、ここまで来た。
ザックが戦力になれるか否かを見極める意味合いも込められ、令呪に反することなくザックと合流できたのだ。
一瞬だけザックは目を見開いたが、遅れて言う。
「おい! アベル、何やってたんだよ!」
「カインを殺し損ねた」
「そうじゃねーだろ! カインじゃなくって、なんだ、別の野郎ぶっ殺しに向かったんだろうが!!」
「奴のマスターの顔は記憶した。次は殺す」
相変わらず支離滅裂な会話を繰り広げつつ、アベルは直ぐにでも踵を返してしまう。
とにかく、一度だけでも話が出来ればいいと彼は思っていたから。
ザックがやはり戦力にはならないと理解してしまった以上。
二画の令呪を使用されたアベルには、精一杯の会話だったのだ。
「アベルくん。アイチきゅん怒らせたから、令呪二つも食らってるんだぜ」
嘲笑しながら立ち去った殺戮者を傍観していた滝澤。
苛立ったザックは、意味不明なアベルに対して言及を止めて、人喰いの化物に対して吠えた。
「一つ聞きてぇんだが、あの電話した野郎は殺したんだろうな。オイ」
「センセー、ザックきゅんが指示に従いませぇ~ん」
「あぁ!? テメェも結局、念話しなかっただろ!」
「スナコちゃん、寝てるし」
-
自分の失態をマスターのせいにする滝澤だったが。ふと、鼻につく何かを感じた。
枯れ草に鉄錆を含ませた様な匂いだ。
どこかで嗅いだ記憶はある。
滝澤の記憶に残っているのは、病院での出来事。そこでそんな匂いを嗅いだ気が……
似たような悪臭が、東京都内に犇めいているならまだしも。記憶にある不動総合病院から離れた位置でも漂うのに、疑問を抱く。
大きな瞳で周囲を見回した滝澤が、どうにか捉えたのは――あるサーヴァントだった。
まるで、アベルが怪物の方へ駆けて行ったのを、見計らったような……
絶妙なタイミングで登場するコートを纏った男。彼は怪物の居る方面へ建物を飛び越え、移動をしている。
文句を垂れるザックを傍らに、滝澤は指を加えようとしたが……止めた。
――悔いのないよう、今を生きなさい。
「………………………………………………ザックくん、お留守番できるだろ」
「……あ?」
「お留守番。一度くらいやったことないの」
「ねぇよ」
「じゃあ、初めてのお留守番だな」
漆黒の槍が輝いた瞬間を目にした滝澤は、何もザックに詳細を教えず駆けていく。
彼は馬鹿ではないが、あまり考えてはいなかっただろう。
しかし、幾つか確証はあったのだ。
何だかんだ。アベルが『不死身の爬虫類』の討伐をする事や。
他にも――コートのサーヴァントはきっと元より、怪物を倒す事を考えていないだろう事を。
滝澤自身がやろうとしている行為に、意味がない事も。
それでも
○
-
「え………?」
アクアの放った『ブラックブラックジャベリンズ』は間違いなく怪物に直撃した筈。
だが、彼女は困惑の声を口にしていた。
ハァハァと耳触りな吐息をする明が、冷や汗を流しつつ驚愕していた。
「まさか…………食ったのか……!? 今のをッ!!!」
そう。
10個のアメ玉によって構成されていた漆黒の槍は、魔力に満ち溢れた――言わばエネルギーの集合体。
形のある宝具、とは言い難い存在だった。
だからか、怪物が大口で『ブラックブラックジャベリンズ』を飲み込んだと同時に、ゴクンと吸収してしまったのである。
無論。怪物の肉体が膨張するほどの爆発が内部で起きた様子はあった。
最悪な事に『不死身の爬虫類』は、膨大な魔力としてアクアの宝具を糧にしたのだ!!
衝撃的な展開に、アクア自身も。
周囲のサーヴァントたちも、勝機を見失いそうになる。
「いや……まだだ! 無駄にしてたまるか!!」
明はまだ原型を留めている巨大丸太を駆使しようとしたが、怪物は固い鱗にヒビが入り。
バリバリと、ガラスを踏み潰したかのような効果音が響き渡れば。
毒々しい表面から、綺麗サッパリ傷一つない新たな怪物の姿がヌッと現れる。
丸太にしがみ付きつつ明は、冷静に判断した。
「脱皮したのか、チクショウ………」
こんな調子ではいよいよ怪物を倒しきるのは不可能だ。
だが、諦める訳には早すぎる。
もう一度だけ、マスターに令呪を求めるべきか? ここで使い果たしてもいいと?
自分達の宝具は……果たして怪物に通用できるのだろうか?
怪物の尾が全てを薙ぎ払うかのように振りかざされた。
残った魔力を込め、明が巨大丸太を盾として利用するが相当の衝撃が入った。
明は吹き飛ばされる事はなかったが、先ほどと立場が代わり、今度は明が丸太の下敷きとなって地面に叩きのめされる。
そして――
どういう訳か、怪物も地面に叩きのめされた。
-
未知なる能力で押しつぶされたように、怪物は明たちの猛攻以上の威力で地面に這いつくばっている。
安藤のアサシン。
カインが、令呪によって巨大丸太の上に移動させられた為だった。
無論。怪物にダメージが跳ね返ったのと同じく、カインには全身の肉体が押しつぶされる激痛が襲いかかり。
安藤も魔力消費に身を苦しませているだろう。
しかし、これこそが安藤とカインが狙っていた瞬間。
異常に反応したのは曲識。
巨大丸太の上で苦しむカインを発見し、行動に出た。
とにかく――地面に落とすのは先決であろう。しかしこの場合……曲識はここで気付く。
この怪物を地中に落としてしまってもいいのだろうか? と。
(……いや。悪くない)
むしろ、それしか手段は残されていないのだ。
曲識は再びコントラファゴットを手にとって演奏を開始する。
衝撃波でどこまで地面を破壊できるか。対人ならまだしも、地面相手になど無謀すぎた。
だけど―――チャンスは今しかない……!
巨大丸太から降りたカインは、再び怪物に動きが無いか警戒し続けた。
さらに、一筋の血色の線が上空を走り、巨大な砲を捨てた女吸血鬼・セラスが到着する。
巨大丸太にセラスの影が纏わり、そのまま高々と持ち上げるのだ!
明は叫ぶ。
「凄ェ! 奴に刺すつもりか!!」
「で りゃ あ ああ あっ!!!」
やはり対化物用の神秘性のある丸太だ。
鋭利に加工された槍の形状と化した巨大丸太は、強靭な厚みを帯びた怪物の鱗に刺さる。
アクアの宝具以来、怪物に明確な大ダメージを与えられただろう。
しかしなお、怪物は死なない。
最早、常識のように全員が理解していた。魔力を消費しつくさなければ、怪物を滅ぼせないものだと
渾身の速さで漸く現場に駆け付けたアクアが、僅かな魔力を込めたアメ玉を出来る限りの数を手にしていた。
「くっ………こ、これで……最後だ!」
―――マテリアル・パズル『スパイシードロップ』―――
-
大規模な爆発と錯覚するのは無理もない。
砂煙が舞い上がり、広範囲の破壊。それも大地を破壊する為の攻撃でしかない威力。
全ての収束の末。安藤の思惑通りに地面は崩落した。
地下街へ落下。
そして――地下鉄へ怪物の巨体と共に、周辺のサーヴァントが落下。
このままの勢いで、さらなる地下へ………
影で丸太を抑えていたセラスに衝撃が走る。
丸太に向かって、何かが衝突した。
そのせいで丸太はさらに怪物を貫き、地中に切れ目を生み出し、先導アイチが注意した破壊を促すものだった。
巨大丸太に立つ存在……
「アベル!!!」
殺戮者の名前を吠えたのは『不死身の爬虫類』の方だった。
アベルが降り立った丸太に向かって拳のラッシュを繰り出したのである。
怪物が肉体の形状を変化させる前に、丸太を怪物の肉体に貫通させ、そのまま全てを破壊しつくのみ。
最悪。丸太を破壊する勢いで――否! もう丸太の耐久が残っているか、否かの問題!!
怪物の足場として存在する地中が崩壊するかの話だ!
そして、時は訪れる―――
◎
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投下終了です。ここまでを前編とさせていただきます。
タイトルは「踊る聖杯戦争~不死身の爬虫類を打倒せよ!~」です。
次は後編となります。もうしばらくお待ちください。
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丸太って何なんでしょうね
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投下乙です
令呪で行動を強制された状況は各サーヴァント事に様々な対応が見られて楽しいですね
魔法の如き絶対命令権である令呪を対魔力でなく狂化によって跳ね除けるアベルは恐ろしい、でも結局妨害を受けヤケクソにブレードを投げつける姿はどこかコミカル
カラ松もここにきて成長するとは、直後のアベルとの寸劇でやはりカラ松はカラ松、クズは所詮クズであると確信しましたが
唯一この東京で本物の兄弟であったトド松の死を知った時彼はどうなってしまうのか
後半は迫力満点のバトル!セラスのハルコンネンⅡやアクアのブラックブラックジャベリンズ等圧巻の大火力でも斃れない不死身の爬虫類
究極の完全生物を彷彿とさせるしぶとさ、強さである種の清々しさすら感じます
そしてそんな爬虫類討伐に登場した真打『丸太』には思わず膝を打ちました
しかも令呪ブーストをフル活用して「弓矢が効かねェ!止めようがねェ!」のあの丸太とは!
原作と違いどうやって命中させるのかという疑問も曲識兄のファゴットによって解消されまさに総力戦といった様相、NPCと同じく「凄ェ!」という感想しか出てきません
ラストのアベル&丸太vs爬虫類は丸太が保つのか保たないのか、目が離せませんね
本編の全容も明かされつつあり、後編も楽しみにしています
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◆.wDX6sjxscさん、感想ほんとうにありがとうございます。
これより後編その1を投下します。
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東京上空では無数のヘリコプターが飛び交い、テレビ局の他にも警察のヘリも混じっていた。
現場は騒然としている。
怪物が暴走した周辺は既に崩落状態。ポカンと巨大な穴が大きく開かれている。
混乱した人々が、落ち着きを取り戻した頃。
避難所でテレビの映像を頼りに、人々は状況把握に勤しんでいた。
このような状況下でもアナウンサーは実況を続ける。
『現在、生中継でお送りしております。先ほど入った情報によりますと―――
警察及び消防、自衛隊が現場に急行しております。生存者の救出。目撃されたテロリストの確保を行うとの事です。
怪物は――未だ、姿を確認できておりません。繰り返します。現在……』
ワラワラと集る虫と同じ行為をする人間を睨むナイブズ。
この現場が撮影されている事も把握できた。迂闊に神隠しの少女をカメラに移せば、それは大規模な被害が発生することだろう。
ナイブズの知った事じゃない。
アイリスには厄介だった。
あやめと同行すれば周囲の目も気にせず、どうにか出来たものを……
あの人間たちは危険を顧みず。真実を追求しようとする姿勢を持つ。
人間の尊い意思か。科学者のような他愛ない好奇心か。その感情は紙一重だ。
返答次第では、ナイブズも連中を殺してしまっても良いような気さえ抱いていた。
神隠しの少女・あやめが憂鬱な趣きで「あの」と呟く。
ナイブズが先に答えた。
「お前はここに居ろ」
「どう……するつもりなんですか………?」
知れた事を。説明する必要すらない。
ナイブズは不安の表情を隠しきれぬ少女は放置し、あの巨大陥没の場所へ向かおうとする。
既に『天使』の力を前面にさせた状態で。
最低でも、厄介なアベル・爬虫類を討伐していた明たちサーヴァントがあそこに居る。
爬虫類の生存は定かではない。
しかし、ナイブズにとっては然したる障害じゃない。
全てを葬り去るだけなのだから――
-
ナイブズの行為は非常に効率的だった。
『天使』には使用が制限をかけられてしまう恐るべき能力。優秀だが燃費も悪く、無暗に連発する代物じゃない。
複数のサーヴァントを一気に処分出来る恵まれたチャンスが今だ。
聖杯戦争で、ナイブズの策を否定する者は居ないだろう。
だが、それ以外は?
そんな事でアベルたちを葬り去って……彼らのマスター達や、アベル達、そして……『東京』に居る人々。
彼らは、そんな結末を望んでいるのだろうか?
「何の真似だ」
ナイブズを制止した存在に、あやめもハッと後ずさりをする。
フードの被った人喰いの梟。
彼が悠々と現れたのは怪物の姿形が無い。謂わば、生存確認が曖昧な状況下だからであろう。
指を咥えたまま、滝澤はどこか慰めを求めた瞳でナイブズを睨む。
「おめぇこそ何してんだ」
「まだ、あの怪物は倒し切れていない。邪魔をするな」
『直感』を頼りにナイブズが発言している訳ではなく、これこそ口先の出まかせだった。
実際のところは分からない。
最低でも、アベルたちサーヴァントは生存している事だろう。
あるいは討伐に成功していれば、先導アイチから念話がある筈。
そう考えれば憎悪に取りつかれた怪物は、地下で暴走を続けているに違いない。
危機感を抱くべき状況下に対し、滝澤は皮肉を込めた静かな笑みで答えた。
「それ、本当か?」
どうやら本気で信用していないらしい。
成程。殺戮の天使は酷く納得せざる負えなかった。
ナイブズも、視線であやめを追いやれば、彼女も慌てて彼らから離れようと小走りで駆けていく。
しかし、どうしてか。
理由を考えたが、人喰いの癖をしておきながら『あの弟』と同じ、下らない動機で立ちはだかるつもりか。
ナイブズは鼻先で笑う。
-
「今更、そんな事をして何の意味がある? お前のやった事は俺以外の人間ですら知れているぞ。
俺を妨害したことで借りを作ったとしても、最早誰もお前を信用しないだろう」
「…………」
「まさか――『アベル』を庇うつもりで居るのか」
「…………」
「奴が望んでいるとは――到底思えないがな」
何のつもりで?
散々人間を喰らい尽くした、それこそ人類種の天敵たる恐ろしい存在に恐怖を覚えない者はおるまい。
受け入れる訳がない。そんなことがありえる筈ない。
血眼になって集団でくびり殺しに来る。実際に、無力な名もなき人間たちがそうした。
急いで逃げて、ほとぼりが冷めて寄り添う事すら叶わない。
喰種も、屍鬼も、そうだった。
今でも変わらない。
きっと誰も感謝しないし。アベルも滝澤の行動に関心すら抱かないだろう。
『正義の味方』である事も叶えられない。
誰を助けても、何の意味すらない。
こんな事をしたって聖杯戦争じゃ、まるで愚行だ。
英雄に成れなかった。
もう『喰種捜査官』じゃない。
自分はこうなりたかったんじゃない。
だけど、けれども―――…………
「俺は―――お前をぶっ殺しに来んだよ!!!」
今は自由になったんだ。好きなように『生きさせて』くれよ。
「なら、ここで『死ね』」
-
出鱈目な突進を仕掛ける滝澤に、ナイブズは無情な『天使』の刃を十分に振るった。
滝澤の勢いはまるで止まらない。
彼には『赫子』による弾丸が生え出ており、前触れもなくナイブズに襲いかかる。
傷が浅いか?
肉体全てを切り落とす威力で放ったつもりで、結果違いの光景にナイブズは眉を潜めていた。
『天使』の能力で刃のように変化した翼で弾丸を防ぐ。
切り落とした腕が、糸状の何かで繋ぎとめられており、徐々に再生されているのが理解出来る。
元より攻撃を受けるつもりの特攻をしている。
滝澤がナイブズの猛攻に痛み知らずで駆け抜ける矢先。
彼の背後から翼じみた猟奇的な『羽赫』が出現したのに、それを切り落とそうとナイブズは刃を振るったが。
的中しない。
『羽赫』が貫いたのは滝澤自身の肉体だったからだ。
ナイブズも「攻撃が来る」と理解しながらも、それが我が身を犠牲にした一撃である判断を
即座に下せるか、否か。
直撃はしていない。だが、ナイブズも攻撃を受けていた。
『天使』の能力で肉体が貫通していないだけで、確かな手傷を負ってしまう。
馬鹿げている! 冷や汗を流すナイブズは、ただただ滝澤の愚行に憤りを覚えるばかり。
「こんぐらいで、痛がってるんじゃねぇええぇ!!」
刃の形状が自然と、かつて『あの弟』との戦いで露わにした銃口へと変化した。
切り刻んでも、どうしようもない。
だから撃ち尽くすまでだ! ナイブズは己自身に言い聞かせるかのように、ただの人喰いに産み出した銃弾の嵐を浴びせた。
怪物と英霊たちによる仕業ではない。
全く異なる死闘は、静寂の訪れた戦場では自棄に響き渡ってしまった。
今度は何事か。
また新しい怪物が出現し、東京を破壊しようと反則的な攻撃が開始されたのだろうか?
しかし、全く異なる風景が広がっている。
怪物の存在が夢のようになった戦場の上空にいた人間たちは、次なる死闘を目撃する。
謎の『天使』と、東京を恐怖のどん底へと陥れた『化物』。
圧倒的な威力と壮大な死闘に、すぐ誰もが注目するのは当然のこと。
避難所や携帯端末、被害の及んでいない人々はテレビでそれを目にして……
最初は訳が分からなかった。理解が追いつかない。
一つ明白なのが、双方が戦い合っている事実。
どういう理由でこんな戦いが始まっているかなんて、誰も知らない。
-
どこかで誰かが言う。
「何なんだ……これCGか?」
「あれってテロリストよね……? ほら、ニュースで報道されてた…………」
「戦ってんの誰だよ!」
「しらねーよ! 俺に聞くなって!!」
どこかで誰かがネット上に書き込む。
『このままテロリスト殺してくれねーかな。それやったらマジ正義のヒーロー』
『天使だから味方だよ(偏見)』
『警察も自衛隊もまじ使えねーwww このままアベルの奴もぶっ殺してくれ天使様』
『結局、あのクソトカゲどうなったの?』
まるで大きな洪水だ。
ナイブズは自身の能力を人間は恐れるだろうと称して来たが、人喰いを殺してくれと人間たちから望まれているとは知らない。
滝澤も自分のやっている行為に意味はないし、さっさと逃げてしまって。ナイブズがアベル達を殺し、聖杯に一歩前進すればいい。
人々は、二人の思惑なんて知らない。
好き勝手に殺せだの、死ねだの。考えもせず発言をする。
「……だから…………俺が、やるしかねぇだろ………」
.
-
正直、滝澤の魔力は限界だ。
全力での戦闘を続けてしまえば、それだけで彼自身が消えてしまいそうだった。
分かってる。
そんなの分かっている。
「でも――俺しかアベルくん、庇えねぇだろ……!」
誰も助けねぇよ。俺達なんて死んだ方が世の中の為じゃねえか。
そんなん、どんなお人よしが助けてくれるんだよ。
今も。誰も俺を助けてくれない。あぁ、所詮こんなもんだ。俺のやってきた事、俺の存在、俺の人生、他人の為になってない。
マジでゴミクズ。
「俺が……俺にしか………俺がやらなきゃ、誰が―――」
人類を信じるとか信じないとか、そういう問題じゃない。
誰か殺さなきゃいけて行けないし――殺さないと気が済まない。
人間の社会では生きられない。
でも、それを切り離す事すら叶わない。
人類を滅ぼすなんて大それた事をしても、自身には支障がありもしないナイブズの方が
喰種や屍鬼に比べて有意義に感じられてしまうほどに。
同じ穴の狢で生きてろって訳だよ。
そっちが幸せなのは当然じゃねえの。そっちで生きて何が悪いんだ。
俺は――俺は、それで……
『天使』の刃は広範囲に拡大し、滝澤ごと周囲を一蹴させてしまう。
まるでかき消されたかのような破壊力だが、人間の誰もがその力の恐ろしさよりも。
東京を恐怖へ落としこんだテロリストの敗北を望んでいた。
刻まれても立ち上がるしかない。
倒れ込んだ滝澤が我に帰れば、右足が見事なまでに切断されて満足に立てない状態だった。
絶叫する。
痛みではなく、絶望的な咆哮。
「ああああああああああああああああ!!!」
戻れ、戻れよ!
なんでこんな時に限って、何も、早く戻れって、早くしてくれ――
死に絶える寸前の獣のように喚く人喰い。
傍らで、ナイブズは黒髪化の進行を建物のガラスに映る自分自身で理解する。
この程度の相手に、無駄な時間と労力を割いてしまったと舌打った。
一向に回復しない滝澤に、ナイブズは冷静に告げる。
「馬鹿な奴だ。哀れにも思わない。余計な手出しをしたせいで己の破滅を招くとは、まるで理解出来ない―――」
「だったら―――さっきからゴチャゴチャ指摘するんじゃねえええええッ!」
-
ピキリ。
と、僅かな苛立ちがナイブズの中で生じた。
もう死にかかった魚のような、惨めな末路を下った化物などわざわざ手にかけて死なせる方が無駄に感じられる。
だからこそ。この状態で最大の『天使』を放出すれば滝澤ごと全てを無へ返せるに違いない。
(セイバー!)
しかし、彼のマスター・アイリスがそれを制する念話をしたのである。
流石のナイブズも苛立ちを隠しきれない。
乱雑な口調で返事をしてしまった。
『邪魔をするな! 多少の危機はお前がどうにかしろ!!』
(そうじゃないの! 私は平気。…………でも、一度戻ってきて)
『ならば、止めを刺し終えてからだ』
(いいから戻ってきて!)
『お前は――聖杯が欲しいと願ったのは嘘か!』
(嘘じゃないわ! お願いだから、今すぐ戻ってきて欲しいの!! セイバー……!)
アイリスは、己のサーヴァントが繰り広げた壮絶な死闘を避難先の建物に置かれてあるテレビで目撃していた。
彼女の魔力が危うい訳ではない。いくら浪費が激しいセイバーの魔力消費でも、まだ余力はある。
だけど………ナイブズの主張通りで、このまま滝澤を殺せばいいのに。
避難所にいる人々が映像を目にしながら。
滝澤の死を望む声や不自然にもナイブズを応援する声など聞いて、彼女は嫌悪感を抱いてしまった。
アイリスは結局のところ。表面上でしか聖杯戦争を把握していなかったのだろう。
こうして、世間一般人の声や世界観に溶け込んでみれば。
自分のやっている事は、何だったのだろうと感じてしまう。
聖杯戦争とは無縁の人間たちが口にする戯言だ。知らぬふりすればいいものを、他人事とは思えない。
なんだか止めて欲しかった。
本当に、自分のやっていることが正しいのか分からない。
聖杯を手にする為に、人喰いのサーヴァントは倒さなければならないのだ。
けど、彼はどうしてナイブズと戦っているのだろう?
ナイブズがあのままアベルたちを葬り去れば、彼も聖杯に近付けると言うのに――……
考えれば考えるほど、アイリスは訳が分からなかった。
どうして人々は恐ろしい態度でテロリストに悪意を吐きだせるのか?
まるで――かつてボーイフレンドの死に関与していると犯行を疑われた自分に向けられた、世間の他愛ない態度だ。
熱狂的な大洪水の中。
誰かが望んだ。誰かが願った。
.
-
「………どう、してェ……」
ナイブズも滝澤の弱々しい驚愕に反応するのに遅れた。
遅れてしまったというよりも。ナイブズは、単純に反応出来なかったのだろう。
彼は慢心をしていなかった訳じゃないが、きっと『ありえない』と判断を疎かにした結果。
そして、不幸か幸運か。なけなしの『気配遮断』が生きたのである。
ナイブズが振り返った瞬間に、馬鹿げた殺人鬼――アイザック・フォスターが鎌を振り降ろしたのだ。
何とか刃でソレを防いだナイブズであるが、憤りを抱かざる負えなかった。
訳が分からない。
こんな――排水溝の底に溜まっているゴミような、英霊に成れた人間の分際で。
ナイブズの背後を取った? 一瞬の隙があったせいで!?
大体、散々人間を食い散らかした化物をどうして庇うのだ!
あまりの事にナイブズは自然と叫ぶ。
「な………ん、なんだ! お前はあああああああああッ!!!」
苛立ったザックも叫んだ。
「テメェの方こそ、何なんだよおおおおおおおおおおお!!!」
互いが互いに共感できないまま、ナイブズが無情に『天使』の刃で切り刻もうと構えるが。
殺人鬼は、そんなものどうでもいい風に、鎌をガリガリとナイブズに押し込み続けた。
「アベルも、そこの人喰いも! 俺が殺すんだよ!! ここでくたばりやがれ! この―――」
空気を切り裂く乾いた音が鳴り響く。
あっ、と滝澤が終わりを覚えると同時に、ザックの肉体が切り刻まれた。
血しぶきが尋常ではないほど舞い上がった。滝澤でも肢体を切断される威力だ。
そんな攻撃を全身に浴びたザックは―――
「クソ野郎がああああああああああああ!!!!!」
鎌をナイブズの肩に押し込めば、漸く異なる血が東京の大地に零れ落ちた。
普通だったらとっくに死んでる。
自分じゃなければ間違いなく死んでたとザックですら分かるものだが、人間であるザックが耐えきった事がまず可笑しい。
-
そんなものは知らない。
ナイブズが、どんな存在かも知らない馬鹿が。
一々細かい問題をあれこれ気にする方が、本当にどうかしている。
激情に満ち溢れたナイブズが、咄嗟にザックを蹴飛ばした程度で呆気なく吹き飛んだ。
忌々しく傷が生じた部分も、大したものじゃない。
だが、これ以上の屈辱はないだろう。
一瞬にして満身創痍となって、死にかかっている人間は、誰にも匹敵しうる大英霊ではないのだ。
滝澤のような『ただの化物』らしく。
所謂『ただの殺人鬼』だ。
折角、助かった滝澤ですらこのような発言をしてしまう。
「留守番もできねぇのか……! クソサーヴァント!!」
「……やった、事。ねぇっつっただろうが…………やった事ねぇのは、やらねぇ主義なんだよ……!」
屍が強引に立ちあがろうとするのに、滝澤も訳が分からなかった。
それはナイブズも同じだった。
どうして、こんなものに手間を取らせられるのだと。黒髪化を意識して威力を弱めてしまったか、ナイブズは記憶にない。
当然だ。目の前で死にかかっているのは、正真正銘ただの人間なのだから。
「人間風情が……!」
「……あ?」
ナイブズの悪態に、ザックは少々驚いてしまう。
「実力の差を理解出来ないのか! 俺とお前ではスケールの差が違い過ぎる。新手の馬鹿か……!」
「…………はは」
何故か笑ってしまう。
どうして、このサーヴァントはいとも簡単にザックを『人間』なんて呼べるのだろうか? と。
ザックは人間相手に『化物』呼ばわりされ続けた『人間』なのだ。
初対面の相手に『人間』と称される方が斬新で、ザックからすれば気持ちが悪い。
皮肉を込めてザックは返事をする。
「おーそうだよ。俺は馬鹿で、アベルとは違ってマトモな成人男性だぜ。
でも、テメェの言ってる意味がわかんねーよ。一般男性殺せねぇ時点で大した奴じゃねえんだろ? なぁ、オイ」
「………………………!!」
こんなものは去勢だ。
普通だったら。
だが、奴は『本気』で言っている。
故に理解ができない。真祖の馬鹿とは危機感すら皆無なのかと、英霊になってから知らされるとは……
ナイブズは、呆気なく殺人鬼に対して『天使』の能力を差し向けようとする。
決して全力を発揮せずとも、死んでしまいそうな人間には十分過ぎるものだろう。
(セイバー!)
アイリスの念話が再度響き渡った瞬間。
大地が大きく揺さぶられる。
その場にいた全員が目撃したものとは異常過ぎる『化物』だった。
-
◆
『セラス! しっかりしろ!!』
あれからどうなった?
巨大丸太を影で掴み取っていた女吸血鬼は、自身の中にある人間の魂の声によって覚醒したのである。
彼女――セラスが起き上がれば、例の巨大丸太は縦方向に真っ二つとなって壁にもたれ掛かけられていた。
………壁?
周囲を見回せば、自分以外にも丸太を取り出した張本人である明や、破壊を徹底的に率先したアクア。
彼らと協力していた曲識の倒れた姿が確認できる。
もしかせずとも、彼らは満身創痍だ。
魔力も限界で――セラスは『単独行動』のお陰もあって満足に動けるだけだ。
何より、ここは一体? 『建物の中』……!?
まるでそこは研究施設である。
彼らのいる空間の天井。確信的な物体が浮遊していた。下方が破壊された状態の球体。
正しくは透明な球体に包まれている模型のような――しかし、あの形。あれこそが
「『東京』……!?」
自分たちはあそこに居たというのか!
驚きを隠せないセラスの隣に、彼の殺戮者が平然と佇んでいる。
あまりの静けさで、セラスはギョッとするほど体を硬直させてしまった。
しかし、刺青男――アベルの視界にセラス達は存在しない。彼らの居る空間と接している通路の先を見据えていた。
通路には破壊された痕跡がある。
まるで巨大な何かが強引に通り抜けたかのような……
アベルがズガズガと先行するのに、慌ててセラスが続いて向かう。
漆黒に見える通路の奥底へ溶けて消える二人を見届けていた明。
彼はハァハァと荒い呼吸をしつつ義手に仕込んだ刃を取り出す。
「ヤベェ……まだ終わっていないのか!」
けれども―――どうやって戦えと?
明は、再度マスターのカラ松に令呪を要求するべきか、判断に苦しむ。
今後を考えれば、令呪の消費は一つに抑えておきたい。そうは言って居られない場合が、今だと?
明の悩みは、曲識と同じだった。
令呪も尽きたアクアは、最早成す術がない。
『キャンディはもう無いの? 甘くて美味しいキャンディ………』
-
「!?」
幼い少女の声が聞こえた。アクアはそれが幻聴じゃないかと錯覚していた。
きっと、自分の妹――アロアの……
バッグには、アメ玉一個すらない。万策の尽きた状態。
曲識が握りしめていたマラカスを動作で鳴らせば、ジャラジャラと耳触りな雑音に聞こえる。
明は、冷静に状況を見定めた。まずは曲識に対して問う。
「どうだ、アサシン。まだ動けるか?」
「一応は……そちらの少女はアメが無ければ攻撃すら難しいだろう」
アクアは情けない様子で、頷く。彼女自身それが屈辱以外の何でもない。
沈黙を守るアクアは、ふとポケットを探ればカサリ、とアメ玉が一つだけ触れた。
あれ。いつの間に入れていたのだろう?
ひょっとしたら、アロアが……そんな訳ないけど。
一方の曲識は、一息ついてから話を続けた。
「僕としては成す術がない。サポートに徹底した方が向いているんだ。精神操作も、怪物には通用しないからな」
「実際、やってみたのか?」
「どさくさに紛れてだが」
念のために、一度はやっておいて当然か。
危機的な状況で詮索する暇もない明は、抱え持ち出来るサイズの丸太を改めて出現させた。
無論。一人で立ち向かうのは無謀過ぎる。アベルとセラス、彼らと共闘することで打倒が可能か怪しいレベルだろう。
明は告げた。
「とにかく……俺は向こうに行く。最悪令呪をもう一画消費する事になっても……あの怪物だけは倒す」
「分かった。僕は……少しマスターと相談をしてもいいだろうか?
お前と同じく、令呪の事も考えなければ……なるべく早めに追いつくよう努力しよう」
「あァ。分かった」
二人が会話を終えれば、明の方がアベルたちに続いて怪物のいる舞台へと向かった。
アクアは、僅かに残った魔力をしっかりポケットのアメ玉に込める。
正真正銘。嘘偽りなしの最後の一撃……これで何が……
-
「そこの少女……クラスはアーチャーか?」
曲識が生真面目にボケる隣で、アクアがやれやれといった様子で返事をした。
「ランサーだ。悪いね………お前の言う通り、アメがなくちゃ……宝具も打てないよ」
「僕も、あの怪物に有効な術がないんだ。お互い様で悪くない。しかし、何もしない……のは流石に『悪い』だろう。
少し話をしようじゃないか、ランサー……例えば、僕たちの居るここだ」
「ここ?」
「普通に考えれば……ここは主催者、先導アイチたち<リンクジョーカー>と称される者たちの基地だ。
どうやら、研究施設に見えなくないが………彼らは聖杯戦争を運営する傍ら、何をしていたのだろう」
指摘されれば、アクアも曲識同様疑問を抱く。
しかし、彼女は疲労や緊迫した空気のせいも相まって思考回路が働かない。
曲識は淡々と続けた。
「先導アイチが『解析』など少々耳につく単語を口にしていた。それはサーヴァントの解析ではないかと思う。
国家とも自称していた辺り、サーヴァントのコピーを兵力として利用する……そんな使い方だろうか。
想像しただけで脅威的に感じられる。しかし、妙だとは思わないか。ランサー」
「………何が」
アクアも、行動先が見当もつかない為、仕方なしに曲識の話を聞いている。
「そのような事をしなくとも『聖杯』を使えば済む話なのだ。例えば――国家の繁栄を願う、という具合に」
「…………………」
「なら、主催者の目的は『聖杯』を横取りする算段。……それが本来の目的ではないか」
「あたしは……難しい事を考えるのは苦手でね」
曲識の話も一理あるとは言え、正直アクアは主催者たちが横取りしようが聖杯を我が物に出来れば良いと考えていた。
<リンクジョーカー>が良からぬ方針を持つ悪の組織であったとすれば。
尚更、強引に聖杯を奪取してしまえば問題ない。そんな力技の思考を持つアクア。
曲識は、険しい表情のアクアに対し言う。
「気を楽にするべきだぞ、ランサー。あの大トカゲは任せてしまうのが面目ないが、恐らくアベル達が倒してしまえる筈だ」
「……どういう理由で、其処まで自信があるんだい」
-
「いや。全くない。確証も何一つない。この場合はそうする他ないんじゃないか? 先導アイチ達も同じ考えだ。
あれを倒せるサーヴァントは、もうここに残ったアベル達だけだ。僕たち以外にトカゲの討伐に現れなかったのが答えだろう」
「!」
つまり……生き残ったサーヴァントも、アクアを含めた彼らだけ?
いや、そんな馬鹿な。
アベルと同行していただろうサーヴァントは? アクアに話しかけた姿なきアサシンは?
仲間割れで死んでしまった、のかもしれない。アクアの知らない所で殺されたのかもしれない。
もし、そうだったら……アクアは思う。
ここにいるサーヴァントを倒すだけで……きっと………
アメ玉を一つ、取り出そうとしたアクア。
だが
「何をしようとする、ランサー。『動くな』」
「っ!?」
床にアメ玉が転がり落ちてしまう。人形のようにアクアは身動き一つ叶わない。
これが、曲識の宝具による仕業だと大分遅れて彼女が理解した。
曲識は冷淡な雰囲気で、アメ玉を拾い上げてから呟く。
「全て『戯言』だ」
「…………!」
「どういう理由であれ―――僕は最初からお前を殺すつもりだった。お前は僕に殺される条件を満たしていたからな。
ここらで殺しておかなければ、僕はマスターの方を殺してしまいそうだ。
流石に、うっかり自害するような行為は、かっこ悪いにもほどがあるだろう?」
究極の菜食主義者である殺人鬼。
ある意味では、アクアのような少女の英霊を殺せる事こそ貴重なのだ。
むしろ、少女が英霊になれる可能性すら僅かな希望であるのに、それを二人も殺せるならば零崎曲識は幸運であろう。
夢のような瞬間。
アメ玉が爆発したのだった。
.
-
「………ぐっ!」
爆発の威力に影響されないアクアは、曲識の支配下から逃れ、必死なって真っ二つになった巨大丸太に接近する。
木目が裂け、鋭利になった部位を無理矢理剥すのは少女に困難だが。
アクアは英霊としての筋力のお陰か、何とか出来た。
一方、無残にも直接爆発を受けた曲識は、転倒したまま状況の把握が追いつかない。
何故、アメが爆発したのか!
曲識はアクアの宝具あるいは魔法を、アメ玉に直接魔力を込めて爆発させるもの。そう認識していた。
しかし、魔法『スパイシードロップ』には微妙ながら様々な応用が存在する。
アメ玉を『時限爆弾式』に変化させる……そういう使い方があった。
「この……クソ変態野郎! お前は………最悪のサーヴァントだ!!」
意味不明な殺意を以てして最初からアクアが殺害対象だった、なんて。
馬鹿馬鹿しい動機には、アクアじゃなくとも憤慨するに違いない。
魔法使いじゃなく、英霊としてでもなく。殺意を胸に、アクアは杭のように鋭利と化した丸太の断片を曲識に振り降ろした。
「お前が地獄に堕ちな」
嗚呼、確かにその通りだとも。
「僕もそのつもりだ」
次に願いが叶ったならば。殺人鬼は笑ってそう答えた。
【アサシン(零崎曲識)@人間シリーズ 死亡】
『何故、人は愛と性欲を切り離せないのだろうね?』
「―――え?」
消滅した曲識の傍らでアクアが頭上へ視線を逸らした。
透明な球体に包まれている『東京』。アベル達の攻撃によって生み出された下方に破損した部分は、そのままだ。
アクアは、どういう訳か。姿なき宵闇のサーヴァントの声をハッキリと聞こえる。
ヒソヒソと球体から声が犇めいている。
誰かが居る。よりかは、何かが居る。
ガシッと巨大な手のような器官が二つほど球体の裂け目を拡張させるように、掴みかかれば単眼の異形がヌッと顔を覗かせたのであった。
「―――………え……………?」
ずるずると這い出てきたソレは奇怪な触手を生やしており、口のような器官からは「イヒヒ」「おはよ~」「オイ」など
まるで人間のような言葉を発し続けている。あの大トカゲと同じ怪獣に匹敵する存在。
それが―――
「ランサァーーーーーーーーーーーー!」
動物の鳴き声にしか聞こえない咆哮を発する、それが!
アクアは絶望的に体を震わせながら、いつの間にか走り出していた。
「ま、さか……う……うわ、ああ、ああぁぁああぁぁぁあぁぁぁ!!!」
「逃げるな、オラァッ!!」
『マスター』だと!?
-
『東京』は酷く静まり返っていた。
崩落に巻き込まれなかったカインは、覚醒を遂げて起き上がる。
「アベル………っ………!」
肉体がまだ痛む。流石は『不死身の爬虫類』の一撃だ。肉体としては貧弱なカインには十分過ぎるほどの威力。
それを奴に跳ね返したとしても、この程度の激痛を日常の如く味わう怪物には無駄だ。
アベルはどうなった?
周辺には誰も居ない。
カインのマスター・安藤の読み通り、巨大な穴が陥没した先は闇が広がっている。
ふと、奥底から「しゃわしゃわ」と誰かが喋るような声が聞こえた。
カインが覗きこもうとした矢先。
彼方から「おーい!」とロボットのアーチャー・ひろしの声が響き渡る。
我に返ってカインが注目すれば、ひろしは全ての騒動を巻き起こした張本人、ライダーの幼女を抱えてこちらに現れた。
ロボットだが、どこか疲れた様子でひろしが言う。
「あのトカゲは!? 倒したのか!」
「いえ……恐らく完全に破壊は出来ていないでしょう。SCP-05………いえ、ここではライダーでよろしいですか」
丁寧にカインが話しかける相手。幼女は、涙目ながら拗ねた様子だった。
容姿はボロボロで、これも『不死身の爬虫類』の暴走に巻き込まれた結果だろうと分かる。
やれやれと言う様子のひろしが、代わりに答えた。
「俺も説得してるんだけどよ……どういう訳か、あの怪物を消してくれなくてな」
「……ライダー。SCP-682を召喚し続ける理由はなんですか?」
「…………」
カインの質問にも返事をしない幼女。
これでは結局分からず終い。最悪、彼女を殺さなければならない結末に至るだろう。
だが……まだ上空にはヘリコプターが飛び交っている。
陥没した穴じゃない。向こうから聞こえる戦闘音につられて、意識はカインたちの方には向けられていないようだ。
今しかない。殺すならば……だが………
カインもひろしも、そのような考えは一切なかった。
-
「ライダー……きっとあなたはSCP-682……彼と遊びたかったのでしょう。ですが、彼はそれを望んでいなかったのです。
少なくとも……この瞬間。彼はそういう気分ではなかった。だからこのような結果になってしまった」
幼女は酷く愚図っている。
多分、彼女は誰もが遊んでくれて、誰もが遊びたがっている。幼いながら、そう考えていた。
聖杯戦争も、戦士たちの遊びと称すれば、可愛げを感じさせるが。
実際はそうじゃない。
「ライダー。一度、彼の現界を中止して下さい。少しだけ時間を置いて……ほとぼりが冷めてから、彼を召喚するのです」
嫌々な態度で首を横に振る幼女。
苛立ちを見せず、機械的な声色だからカインが冷静に思えるが。
実際は、地下に居るアベル達の安否に焦りを覚えていた。
「先導アイチの通達を聞きましたか? ……先導アイチは私達にSCP-682の討伐を命じました。
彼から令呪によって縛られた私達は、それを行わなければならなりません。
………ライダー、あなたはSCP-682を傷つけたくはない筈。それは我々も同じです」
幼女は顔を上げる。
カインの声色に感情は無いが、表情は確かなものだった。
「SCP-682の現界を一度中止すれば、その必要はなくなります。
先導アイチも討伐令を取り下げるかもしれません。ライダー……改めて、お願いします」
ひろしも、明るく振舞って言う。
「そうだな! 今度、おじさんをあのトカゲに乗せてくれよ、ライダー! あいつ、すげぇ足速いし、楽しいだろうなぁ」
涙を拭った幼女は頷く。
彼女から僅かな魔力を感じた瞬間―――幼女から光の粒子が発生する。
即ち、これはサーヴァントの消滅を意味する。彼女のマスターは見つからなかったのではなく、死んでいた。
恐らく『不死身の爬虫類』に捕食されたのだろうとカインは思う。
唐突な消滅に呆然とするひろしとカインに、幼女は静かに手を振って別れを告げたのだった。
【ライダー(SCP-053)@SCP Foundation 消滅】
■
-
入り組んだ迷路のような道筋の先―――
アベルとセラスが到着した空間に、やはり『不死身の爬虫類』が存在している。
だが、怪物は既に何者かと戦闘を繰り広げていたのだ。
特徴的な赤いオーラの帯びた黒輪を身に宿した、機械的かつ無機質な兵士たち。
人型もおれば、怪物に匹敵する大きさの獣や竜らしき存在が、咆哮を上げて攻撃を繰り出していた。
それが先導アイチの説明にもあった『リンクジョーカー』の軍の一部であるとは、セラス達はまだ理解していない。
彼らは普通のファンタジーの一部ではない。
得意な能力を駆使する強力な兵士だろうが、英霊の召喚物である怪物相手は容易く葬り去られてしまう。
薙ぎ払われる未知の兵士たちは、怪物が無残に踏み潰す。
竜と力比べする怪物。奴の進行方向には、ある物体が存在する。
『聖杯』
如何にもな器の形を模したソレが、台座の上で浮遊している
奴は………これを捕食しようとしている!? 当然だ。
聖杯とは膨大な魔力の塊。アレを喰ってしまえば、怪物がいよいよ止まらなくなる。
何としても阻止しなくては………!
おどおどしくセラスが声を発する。
「あ…………アベ………」
アベルは、まだ。
セラスたちと比較して魔力が残っている。怪物と死闘の一つや二つ繰り広げれる。
が……果たしてアベルがその要求に頷くだろうか?
だけど、不気味なほどアベルは冷静だった。
否。
彼はこんな状況にも関わらず、微動だにしない。
竜を捕食し終えた爬虫類がグルリと振り返って唸り声を上げる。それどころか人間の言葉で
「アベル……また貴様か。それでまた『狗』にされ、命じられた訳か」
「…………!」
怪物が喋った点にセラスは驚愕していたが、違う。他にもある。
アベルは――無関心な声色で答えた。
「違う」
-
あまりに高揚感に欠けたそれに、セラスはいよいよ確信した。
アベルはかつて彼女が仕えた『不死王』と何か通じていたが……そうではなかった。
先ほどまでの、セラスを細切れにしようと猛威を振るったアベルは退屈に満ち溢れている。
退屈に厭いてしまった死に底ない……
今のアベルは、退屈の――その水平線に一筋の光を得た。あの『不死王』そのものだった。
「―――動くな」
セラスが自分に対して言われたのだと理解した時。
遠くから絶叫と共に、ここへ至っていない丸太を抱えた明の叫び声が、聞こえてくる。
「そっちに『化物』が向かってくるぞッ!!!」
明は、冷静を失いパニック状態となって逃げ惑うアクアを確保した。
それから、猛スピードで這うように移動する『化物』と対峙するべく丸太をかまえる。
幾らなんでも『不死身の爬虫類』を相手で消耗した明なのだ。無傷の化物相手は難しい。
しかし『化物』は明とアクアを素通り。
生物的なうめき声を上げながら、アベルたちの居る空間へ飛び込む。
『不死身の爬虫類』も単眼の化物に威嚇するが、どういう訳か急激に勢いが衰えた。
それは幼女が『不死身の爬虫類』の現界を中断した為。
単眼の化物は、猛威を振るっていた爬虫類を叩きつけるように抑え込みながら、ギョロリと睨む。
「ア―――――ベぇえぇぇぇぇぇぇル~~~~~くぅん!」
触手らしき部位に生えてる口が「おぉい」「一旦殺そうぞ」と喋る。
『不死身の爬虫類』は、幼女の消滅と同時で世界から消滅を果たしていく一方。
セラスは言葉を失う。
――これはサーヴァントじゃない……召喚物ですらない!
だったら……マスター以外の何者でもないのだが、それを理解しろというのが無理であろう。
逆に、これがサーヴァントじゃない方こそ訳が分からない。
唯一。
アベルは、その巨体の化物に乗る宵闇色の青年と視線を交わしていた。
冷静に宵闇色の青年・メルヒェンが念話で静かに教えた。
『彼は気付いているようだね』
(ほんと? アベルくん、こわ~~~~~)
-
そもそもの話。彼らはわざわざ派手な登場をした理由は―――『聖杯』にある。
聖杯で願いを叶えよう何て目的は皆無の主従だ。
実物の聖杯。現物の確認。
無論、彼女――高槻泉は『聖杯』がここにあると確証を得ていた訳じゃない。
しかし、彼女もまた安藤と同じく『東京』の舞台構造そのものに興味を得ていたのだ。
『……そういう訳か』
メルヒェンは『聖杯』を眼にした事で、一つの真実に到達している。
だが、同時にそれはかなり――いいや尤も『最悪なシナリオ』が想像できてしまう。
ケタケタと笑う化物(高槻泉)が、突如として出現した黒輪に注目した。
そこから姿を露わにした少年・先導アイチ。
天井を這い上がる様に移動する化物を虚ろな瞳で睨むアイチ。
「『おともだちぃ』―――大切におしなよ、アベルくん――金庫にも保管しておけ」
ドタドタ移動する化物に、明とアクアがすれ違う。
あの方向は『東京』が包まれている球体のある―――それより、明が注目したのは無論、アベル達ではなく『聖杯』。
願望機に相応しい魔力を感じさせるソレに、アクアも顔を上げたが。
先導アイチが、どこか厳しい口調で制止したのだ。
「全員。動かないで下さい」
「………!」
しばらく間が開けば、聖杯が先導アイチと同じような黒輪に包まれて消失してしまう。
実際のところ。同じ手段で空間移動させられている。
解釈としては、そうなる。
先導アイチが冷淡に口を開いた。
「皆様。今回の討伐クエスト達成、おめでとうございます。我々としても感謝の意を表明します」
セラスが困惑気味ながら尋ねる。
「……先導アイチ。あの…………これは一体?」
散々言葉を迷った末の質問であったが、少年は冷静に答えた。
「あの器こそ――ご想像の通り『聖杯』です。申し訳ございません。
念には念を。『聖杯』の検査をする為、ここに配置したものです。こちらの不手際で聖杯を奪取されかねませんでした」
「……いえ。そうではなく」
ここは一体?
主催者は『何』をしようとしているのか?
そういった質問がセラスの望みだったのだが――先導アイチは更なる言葉を告げた。
「今回の緊急討伐に貢献して下さった皆様方のみ、我々からの報酬がございます」
「――――それは『聖杯』です」
□
-
投下終了です。
恐らく次で最後となる予定なので後編その2はもう少しお待ち下さい。
-
大変お待たせしました、後編その2投下します
-
次から次へと祭り騒ぎのような『東京』では、上空撮影を続ける人々が更なる混乱に包まれた。
地中から『化物』が出現した。
大地より突き破って這い上がるソレは、アベル達が陥没させた穴の裂け目を拡大させるかのように、わざとらしく破壊を招く。
おぞましい、創作映画でしかありえないような異形の化物は。
先ほどの爬虫類よりかは、小さく感じられるが、巨悪性において右に出る者が存在しないほどである。
「こ、今度はなんだぁ!?」
ひろしが腰を抜かしそうな驚きを前面にする横で、カインはひろしに声をかけた。
「一旦……離れましょう」
「お……おう! そうだな。でもよ、あそこにいるアベル達は? どうなるんだ??」
「それは……先導アイチが何か手を打つかもしれません」
地下の先に存在する場所。
<リンクジョーカー>及び先導アイチが存在するならば、尚更。
きっと、大丈夫。あの最悪な『爬虫類』は消滅したのだ。アベルは――生きている。
カインが己に言い聞かせつつ、ひろしと共に謎の化物から距離を取った。
俄かに信じられないが―――あれは、サーヴァントじゃあない……
(セイバー!? 離れて!)
一方。
化物がドタドタと地中から這い上がった先に居たナイブズ。
念話で呼びかけるアイリスは無視をしようとするが――確かに、これが『マスター』の能力なのは異常極まりない。
ぐぱぁと口を開いたソレから不気味な言葉の羅列が聞こえる。
最早、人間なのか怪しい。
恐らくヒトとは異なる存在で、ナイブズのようにヒトの形をしているだけなのか。
あるいは………
ナイブズが答えを見つける前に上空で、世紀の対決を撮影し続けていた人間たちに化物の攻撃が襲う。
鞭のように振りかざした化物の触手がヘリコプターに激突。爆発音が連鎖する。
マスコミであろうが、警察であろうとも化物はまるで関係がなかった。
マスターならば、残りの魔力でナイブズは戦えるだろう。
しかし―――
問題は『神隠しの少女』。
アイリスが指摘するように警察などが確実に集結をしており、ここからあやめを担いで移動するには………
嫌々仕方ない様子で、ナイブズが距離を取る。
まだ周辺にいる少女を探し出さなくては………
ナイブズの事情を知らぬ滝澤が、ありったけの余力で化物を睨む。
「こ………のぉ………エトかぁっ………!」
ぐぱぁと生々しく開かれた化物の口から包帯を纏った女が覗かせた。
「むはは。滝澤くぅん、キミ喰らいたがり過ぎでしょ。カネキくんでも少しはよけますよ。ホントにサーヴァント?」
-
何とか足を回復し終えた滝澤が、どうにか立ち上がる。
それを嘲笑するかの如く『東京』においては『高槻泉』の名で通っている人喰いは
異色の手でゴミを持ち上げた。
ゴミみたいだが、それでも英霊だとは俄かに信じがたい。
滝澤が我に帰る一方、ケラケラと高槻は悪魔のようにゴミのような英霊を眺める。
「何コレ? 干物? あはははははは」
「…………! 返せッ!!」
「いや、君のものでもないだろ」
巨体には相応しくない俊敏な動きで駆けだした滝澤をあしらう高槻。
登場の遅刻に対しての弁解無しに、警察や救急隊などがサイレンを鳴らしながら、これ見よがしに存在を露わにする。
それらを把握した高槻は、自身と共に瀕死状態の英霊も化物の口内へと引っ込んで行く。
意味する事は分かる。
だけど、滝澤の体が全て追いつかない。
魔力もそうだが、何か、決定的に欠けたままの状態だった。
「オ、イィ!! 待て………待てよ!」
化物特有の不気味な声色で笑い声だけが、反響している。
滝澤は、訳が分からなかった。
どうして、こんなにも必死で頑張ったはずなのに。あのセイバーを妨害できたはずなのに。
助けなんか来ないと思ったのに。
助けるなんて、ありえないと………
「ふざ、けんなッ……! どうして、どう、ど……うして……!!」
分からない。
自分が優れていると自慢したかった。セイバーの指摘通り、大した英霊じゃないくせに。本当に嘘じゃない。
でも、結局。
最終的には―――どうしてザックに助けられているのかが滝澤には分からなかった。
分かりたくも無かった。
皮肉にも、怪物の存在が消え去った事を良い気に、堂々と姿を露わにした警察一同は
猛スピードで駆けていく化物には到底叶わないと完全無視を決め込み、まだ対処が可能だと判断した滝澤に銃口を向けた。
清々しい愚行に、滝澤も苛立ちを隠せない。
かつて、似たような立場に属していた滝澤は自身の過去ですら忌々しく思い始めていた。
「邪魔するんじゃねえええええええええええええ!」
-
車で移動をしていた安藤、カラ松、飛鳥の三人だったが、全員が異様なほどに疲労を感じていた。
無論。カラ松が運転を続けて、どうにか葛飾区から離れていたが。
彼らはサーヴァント達の戦闘で魔力を消費してしまったのだ。
あまりのことに、カラ松は一旦運転中止をする。
このまま明が魔力を消費する戦闘を行えば、いよいよ危ない気がしたからだ。
「へ……ヘイ、二人とも。調子はどうだ?」
どうにか気使おうとするカラ松。
飛鳥は立ちくらみに近い感覚を覚えつつ、何とか頷いた。
しかし、安藤は胸を抑え込んだまま。わざとらしくない、ただならぬ咳き込みをする。
カラ松と飛鳥の心配など知らぬ安藤は、二人に尋ねた。
「ふ……二人のサーヴァントは………!? 今、どうなって……」
明らか様に顔色の悪い少年相手に押されながらカラ松は答える。
「いや………俺のアサシンからは、まだ念話がないぜ。戦ってる最中かもな、それより……その」
「でも……! 生きてはいる………だったら、俺は、知りたいんだ。あの地下について、そこに、何がっ……」
腹話術は使っていないのに――安藤は激しくなる胸の痛みを必死に堪えた。
カラ松と飛鳥が声をかけても、彼に届いては居ない。魔力消費のせいか?
いや、きっと『腹話術』の使いすぎなんだ。安藤は、どこか本能的に理解している。
カラ松は、安藤に心配する一方で。何か持病で安藤が死なれては、一体どうすればいいんだ。と不安をかき立てられていた。
「こ、こういう時は病院に……だ、大丈夫なのか!? 畜生……お、俺だって、体がこんなんじゃなきゃ――」
飛鳥も途方に暮れていた。
しかし、彼女はカラ松以上の不安を感じている。
明はともかく――曲識から念話がないのは、一体どういうことなのか。彼の身に何か……?
死んだ。なんて考えたくは無い。想像もしたくはないが、最悪の事態を想定する必要はある。
脱出する方法。
元の世界に戻る方法。
飛鳥も、どことなく安藤の考えを理解していた。
彼が地下に対して興味を示しているのは、彼自身の目的がそこにあったからこそ。
最初から地下を把握する為だけに、飛鳥たちへ作戦を持ちかけた。彼はそれを探している……?
だけど……安藤はカインのマスターだ。
彼を庇えば、それこそアベルから恨みを買われて、約束を破る意味と化す。
「いや…………大丈夫さ」
-
飛鳥は自分自身に言い聞かせるように呟く。
アベルは、きっと自らの手で安藤を殺しに向かってくるのだ。
それまでなら………飛鳥は車から降りて周囲を見回す。警察でも救急隊員でも、一般人でも構わない。
飛鳥がカラ松に言う。
「誰か助けを探してくる。だから、なるべくここに居て欲しい」
「危険だぞ!? カラ松ガール!」
「でも、運転出来る状態じゃないんだろう?」
「うっ……そ、そうだが、しかし―――」
まさか年の差が大分離れた少女が頼りとは、実に情けない話だが。
クズなカラ松は、飛鳥がこれを期に逃げ出すんじゃないかと半ば疑ってしまう。
このような危機的な状況では仕方ないだろうが、飛鳥は真剣に話す。
「ボクを信じてくれるかい」
「……わ、わかった」
やっぱり頼れない痛々しい男には変わりなかった。
【四日目/午前/足立区】
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]気絶、魔力消費(大)、精神疲労(中)、腹話術の副作用(中)
[令呪]残り2画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通+潤也から貰った一万円(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)と対決する。聖杯戦争を阻止する?
1:地下についての情報が欲しいが……
[備考]
・原作第三巻、犬養と邂逅した後からの参戦。
・役割は「不動高校二年生」です。
・潤也がマスターであると勘付きましたが、ライダーのマスターであるとは確証しておりません。
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・フードを被ったのサーヴァント(オウル)が喰種であり『隻眼』という特殊な存在だと把握しました。
・神原駿河と包帯男(アイザック)、金髪の少女(メアリー)の存在を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のマスターであるルーシーと今剣の存在を把握しました。
・『財団』について概ね把握しました。
・アイリスと同盟を組みました。
・セイバー(ナイブズ)のステータスを把握しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しているかは不明です。
・『腹話術』を過剰に使用した為、副作用が始まりました。
・精神干渉遮断の能力を持つサーヴァントにも『腹話術』は発揮しますが、その際、過剰に能力を使用する事になります。
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(大)、魔力消費(大)、肉体的疲労(中)
[令呪]残り2画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額 (サンダルを購入した分、減っている)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。そして、聖杯戦争を伝える。
0:アサシン………
1:移動する為に助けを探す。
[備考]
・アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
・葛飾区にある不動中学校に通っています。
・『東京』ではアイドルをやっておりません。
・神隠しの物語に感染していません。
・NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・板橋区で発生した火災及びバーサーカー(アベル)に関する情報を入手しました。
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]魔力消費(大)、精神疲労(中)
[令呪]残り2画
[装備]警察が容易してくれた簡易的な服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1:安全な場所に移動する。
2:偽物とはいえ『東京』に居る兄弟たちと合流したい。
3:マスターのトド松については……
[備考]
・聖杯戦争の事を正確に把握しています。
・バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
・神隠しの物語に感染していません。
・デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
・Twitterで裸姿が晒されています。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・二宮飛鳥の連絡先を把握しました。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・おそ松一行がカラ松と容姿が似ている為、葛飾区にて誤認確保されました。
・飛鳥からの伝言とトド松がマスターであることを把握しました。
・アサシン(宮本明)のコートなど所持品は警察に押収されました。
-
●
一人の少年が、高校生ほどの少女を担いで移動をし続けていた。
場所は江東区のある一角。
仕方なく少女を地面に寝転がせてから、少年は草影に置かれていた短刀を発見する。
それこそ、少年――今剣の本体。
懐に短刀を忍ばせてから今剣は再び少女・神原駿河を担ぐ。
体格差のある駿河を担ぐのは、今剣が付喪神であったとしても苦労のかかる話だった。猫の手も借りたい。
「坊主。大丈夫か?」
まだ江東区では逃げ切れなかった人間が多数存在していたらしく、通りかかった男性が心配そうに声をかけた。
親切心があってだろうか。
だけど、頼れるはずの人間は、誰も彼もが敵に感じられてしまった今剣。
聖杯戦争とは無関係な人々には当然の行為が、敵意や悪意に思える。
人間不信よりかは、聖杯戦争の関係者以外には決して頼らないと今剣は心に決めた。
きっと――ルーシーも、駿河も、助けられるのは自分しかいない。
駿河に至っては、アベルの影響もあって犯罪者扱いなのだ。
今剣は、返事もせずに全力疾走を始める。
唖然とする大人たちを尻目に、今剣は一刻も早くここから抜け出して、人目のつかない場所を血眼で捜索する事を決心したのだった。
【四日目/午前/江東区】
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]精神疲労(中)、肉体ダメージ(小) 、肉体疲労(大) 、駿河を背負っている、NPCへの不信
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]短刀「今剣」
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:人目のつかない場所を目指す。
1:ルーシーと共に脱出する。
2:カイン……
3:なるべく人は殺したくないが、聖杯戦争の関係者以外は信用しない。
[備考]
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されています。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
【神原駿河@化物語】
[状態]気絶、魔力消費(小)、肉体的疲労(中)、吸血による貧血(中)、沙子による暗示
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の世界に帰らなくては。
0:沙子の安全を第一に考える。
1:警察に聖杯戦争への介入をしないよう説得を続けてみる。
2:安藤先輩を助けたい、だけど……
[備考]
・参戦時期は怪異に苦しむ戦場ヶ原ひたぎの助けになろうとした矢先。
・聖杯戦争について令呪と『聖杯』の存在については把握しておりません。
・役割は「不動高校一年生」です。
・アヴェンジャー(マダラ)の発言により安藤兄弟がマスターであると把握しております。
・『レイニーデビル』が効果を発揮するかは、現時点では不明です。
・NPCに関して異常な一面を認知しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスと沙子の主従を把握しました。
・アサシン(アイザック)のステータスとメアリーの主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスと真名を把握しました。
・安藤(兄)のサーヴァントが『カイン』ではないかと推測しております。
・葛飾区にいた主従(カラ松たちと飛鳥たち)の特徴を把握しました。
・沙子の暗示により沙子の手助けを優先させます。
このまま吸血行為を受け続けると死に至ります。死後どうなるかは不明です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。住所など個人情報もある程度流出しています。
・警察にはアベル達以外の情報を教えないつもりです。
-
『東京』の地下にてサーヴァント達は驚愕せざる負えない。
「聖杯……!?」
先導アイチが報酬として挙げた『聖杯』。つまり、聖杯戦争の勝者が獲得できる『聖杯』をここで入手できる……!?
呆然とするサーヴァント達に対し、アイチは虚ろな瞳で話を続ける。
「正しくは――我々がライダーの宝具討伐に貢献したと判断した方々のみ。
聖杯戦争で勝ち残った場合、さらに『聖杯』を一つ追加する。という事です」
詳しい説明など、どうでも良くは無かった。
それを聞けば『更なる混乱』と『謎』がより一層深まったのである。
優勝時。通常一つ貰える筈の聖杯が……二つ! 夢の願望機が二つ貰える!?
喉が出るほど欲しい産物を、この世に一つとしかないと思われていた……それが、二つあるとは一体!?
何より、それを所持している先導アイチの所属する<リンクジョーカー>とは何なのだ!
しかし、独り。
アベルだけは冷酷な雰囲気のまま、先導アイチを睨んでいる。
彼の令呪によってカインの殺害を妨害された為、不愉快な上。彼は聖杯なんてどうでもいい。
普通の人間ならば気落とされる相手に、虚ろなアイチは不気味な様子で問う。
「何か」
「………向こうに戻って良いか」
!?
流石の明も「正気じゃねェ!」と叫んでしまった。
ここまで胡散臭い、どう視点を変えようが怪しい目論みを抱えているであろう主催者を、完全に無視を決め込む方がどうかしている。
否。
アベルは狂戦士(バーサーカー)だから仕方が無いのだろうか。
「うわぁ」とドン引きしているセラスは、何となく――嗚呼、本当にどうでもいいんだろうな。この人――とアベルの心情を察した。
代わりに、気力を取り戻したアクアが邪険に尋ねる。
「馬鹿は放っておけ、おっさん! それより――やい、先導アイチ! どういう事なんだい!!」
「………どう、とは」
「この施設とか。どーして聖杯が二つもあるかとかだよ!! 答える義務くらいあるんじゃないか!」
明も頷いた。
「あァ……できれば説明して欲しいが…………」
「申し訳ございませんが、お答えする事はできません。しかし、この場にいるサーヴァントの皆さま方……
全員には聖杯を『二つ』獲得する権利がございます。それだけは事実であるとお伝えいたします」
「………………」
多分、どんなに脅したって先導アイチは口を割る事はないのだろう。
セラスは思う。
故に案外アベルの言う通りなのかもしれない。セラスは恐る恐る喋り出す。
「あの……皆さん、戻りましょう。ここに居ても……意味はないと思います。気持ちは分かりますが」
-
誰もが沈黙するのは、実際にアイチ達の裏が不明確なまま。
無駄に逆らえば令呪で操作されかねないし、聖杯を得る事が出来ない。
マスター達もどうなるか不安も僅かに込み上げる。
アイチは相変わらず冷静に話を続けた。
「後ほど行われる通達でもお伝えしますが……御覧の通り、地下の崩落が起きた地域周辺の崩落が誘発されております。
そこで……聖杯戦争開始から五日目。即ち、今夜零時に周辺地域――『東京23区』を切り離します」
「え……!?」
驚きの声を上げるセラスに対し、アイチは落ち着いていた。
「我々としても、あそこまで大規模な戦闘は想定外でした。舞台の耐久性に問題があったのはこちらの不備です。
その為、皆さま方のマスターを移動させる猶予期間として、我々主催者から今夜零時まで休戦命令を行います。
仮に戦闘が行われた場合。戦闘をしかけた者に対しペナルティを設けます」
ある意味。
聖杯戦争の運営としては無難愚か大分甘い対応にも感じさせられる。
しかし、23区を全て切り離し、残りの『東京』を拠点として聖杯戦争を実行する。
色々と問題が多すぎるような気がする。
明はそれを指摘した。
「待ってくれ。ならマスターの立場はどうなる? 家もそうだ。そこがなくなっちまうのは、駄目じゃないのか」
「それは継続されます」
「……なんだって?」
「我々はマスターの皆さまに支援は施しません。サーヴァントの皆さま方の力を以てすれば、物資の調達は簡単でしょう……」
「ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあ、その……物を盗んで食料を調達しろと言ってるような………」
おどおどしいセラスや憤りを抱く明を涼しい顔で横眼にやるアイチ。
「別に犯罪行為であっても、あの『東京』では意味はありませんし……生贄程度、皆さま方に支障はない筈です」
「はぁ!? 冗談じゃないよ! あたしに盗みをやれって訳かい!!」
「改めて説明させていただきますと。社会的混乱の要因として、23区は災害地域として立ち入りが禁止されている
そのようなカバーシナリオの元、世界設定を定めさせ、23区内に居る生贄を消去します」
「!!」
「しかし……発生した出来事。ライダーの宝具による災害やその他、マスターの方やサーヴァントの皆さま方が起こした事件は
継続して世間に公表され続けます。マスターの方の住居が23区内ある場合、そこが現住所です。ご了承ください」
言葉を失くすサーヴァントたちの傍ら。
アベルは、心底無関心な様子でアイチを眺めてから、無言で踵を返す。
もう必要のある情報はないのだと、彼は理解してしまったのだろう。
何故ならアベルには関係ない。
聖杯が幾つあろうが、主催者たちが何を目論んでいようが。
約束を果たせれば――それで構わない。
-
★
「ハァ………ハァ………」
ルーシーは、ランドセルランドで体を震わせ続けていた。
人々による騒音と怪物とサーヴァントが発しているであろう戦闘音。上空に鳴り響くヘリコプター。
爆発や、それからサイレン音。
助けが来た……? 不安を抱え込んだまま、ルーシーは信じ続ける。
先導アイチからの令呪によってザックは立ち去ってしまったものの、他のサーヴァントも収集されている。
だから、大丈夫。
少なくともサーヴァントに襲われる心配は……無い。
「……ルーシー?」
解錠された門から侵入してきたであろう少女・メアリーが、疲労感漂う姿でルーシーの前に現れた。
年下の少女が、どうにか頼りに見えてしまうルーシーは、恐らく聖杯戦争という状況下で
何ら願いを持たない。しかし、冷静なメアリーが今剣と同じように心強かった。
安堵したルーシーは、本来荷物用で使用されるランドセルランドの台車に、沙子の入ったバッグを乗せていた。
「メアリー……大丈夫?」
「怪我とかはしてない………」
合流出来たが、これからどうすればいいのか。
いや……ここはメアリーを休ませるべきでは? あの怪獣は倒せたのか……把握できない。
ルーシーは深呼吸をして落ち着く。
体がフラついているのは精神的な問題と、魔力消費によるせいだと信じたい。
無理矢理にでも体を動かそうとするルーシーに、念話が聞こえた。
『話を聞け』
「……!」
思わず周囲を見回してしまうが、誰も居ない。
だけど、それがアベルの声だと理解してルーシーは再度体を震わせてしまう。
唐突に動きを止めたルーシーに困惑するメアリーを傍らに、アベルの言葉が続けられる。
『一度しか言わない。何度も私に説明させる暇を与えるな。そして反論もするな』
「え……あ………」
-
令呪でも使えと脅されたら。
不安が渦巻くルーシー。アベルの言葉は非常に淡々として、まるで説明書を読みあげているかのようだった。
『まず移動しろ。どこでも構わないが、23区の外だ。
アイザックのマスターとタキザワのマスターから離れるな。お前がどうにかしろ。
私はお前の所には戻らない。アイザックも、タキザワもそこへは戻らない』
「ま、待って! タキザワってあのフードの……」
恐らくフードのバーサーカーの真名、なのだろうが………
其れきりアベルからの念話から途絶えてしまった。
アベルが戻って来ない……のは正直安心するものの、ザックとフードのバーサーカーが戻って来ないのは何故?
事情はどうあれ。ルーシーはメアリーを目にして、説明をどうしたらいいか迷う。
ザックが戻らない、と教えれば彼女は不安を覚えてしまうに違いない。
「メアリー……ここから移動しなければならないの。もう少し、頑張って」
「うん」
ランドセルランドから脱出した二人の少女。
ルーシーは思い出す。
『23区』……東京都から逃げ出そうとした際、少しばかりルーシーも調べていた。
そこから外とは八王子方面。徒歩で移動するにしても少女二人には、あまりにも無謀。そして交通機関がまともに機能していない。
不思議と遠ざかるサイレン音。
警察に頼るのは? だけど……信長を脳裏に浮かべれば、止めた方が良いとルーシーは判断する。
『――狂戦士のマスター。そっちではないよ』
「!?」
ルーシーが俊敏に反応するが、誰の姿もない。まさかサーヴァント!?
どうやらメアリーも声は聞こえているようだ。
ドッと冷や汗を流すルーシーに対し、宵闇から響く青年の声は話を続ける。
『大丈夫。君たちの事情は十分承知している。僕の指示通りに向かって欲しい。
アベルたちが時間を稼いでいるんだ……君たちを逃がす時間を。他の主従に狙われないよう、僕が誘導する』
「なんですって……?」
アベルが時間を?
こっちには戻って来れない……そういう意味?
けれども、ルーシーは不安でしかない。例え事実であったとしても、謎の声を信用する理由にはならない。
「あなたは……誰? あたし達の敵ではない証拠が欲しい……じゃないと従えない」
『この場で君たちに攻撃しなかった……というのは、どうかな』
「………」
『君たちを殺しただけで、大きく聖杯に前進出来るだろう。僕がそれをしないのは、僕のマスターが聖杯に関心がないからさ』
「……本当に、そう――なのね?」
遠くから鳴り響くサイレンを耳にしたルーシーは、決心するのだった。
-
☆
どうしよう……なんて説明すれば………絶対嫌われるだろ、こんなん。
滝澤は人肉をやけ食いしていた。
美味しさや有難味を一切感じないで、ただただ貪っている餓えた獣。
立ち向かってくる人間たちは本当に餌でしかなかった。魔力を回復させる為だけの。
食い散らかしても蛆虫のように湧きあがる人間を、幾ら襲っても構わないが、前進はしないままだ。
滝澤自身、憂鬱な気分で――食欲が失うほどの気分で向かう。
叱られると分かってながら、それでも家に帰る子供と同じだ。
滝澤が辿り着いた場所は、例の怪獣が落下した穴。
東京の大都会の中心にソレはあるのだ。
現実では想像つかない異常な光景。
絵柄だけでこの世の終わりを連想させる情景に、全ての人々は言葉を失うだろう。
自分が暴走しているせいで、また警察などがこちらへ来ると分かっている。
しかし、高槻泉――『エト』を見失ってしまった。魔力はどうにか、傷は完全とは言えない。
何より自分が情けない。
結局……何も出来ていない。
蹲っている滝澤の所へ足音が聞こえる。
「……………アベルくん」
言わずもがな、彼に会う為にここへ来たのだ。覚悟を決めても、いざとなれば言葉が詰まる。
「あ、」
「アイザックは」
いつになく恐ろしくアベルを感じてしまう。
声を震わせながら、滝澤は首を横に振った。
「お……俺のせいじゃない」
「……………」
「だ、だって。ザックくん、何も出来ねぇのに! アベルくんを殺せる訳ねぇよ、あのクソザコ!!
馬鹿な真似したら、し……死ぬに決まってるだろ! 馬鹿だぜ、あの子!! ほんっとバカ――――」
-
蹴られた。
滝澤の感覚だけ理解する。
間違いなくアベルも苛立っている。次は殴られる。
でも、滝澤は思う。あれは自分のせいじゃない。あれこそザックが勝手にやったことで、自分は関係ないのだと。
アベルの鋭い眼光を目の当たりにすれば、情緒な言い訳など許されないと怯えた。
「ごめんごめん、アベルくんごめん殴らないでごめんなさい痛いのほんとうはいやだ。お、俺も、俺だって、俺、」
「もういい」
「え、エトの奴。俺がぶっ殺してやる。ザックくんも取り戻すから、だから、俺を……」
見捨てないで――見ていて欲しい……お願い。
「………」
アベル以外にも嫌々地下から帰還を果たしたセラスたちが居た。
状況が飲み込めないのだが、明がある事に気づく。
鳴り響くサイレン、走り駆け巡る車の騒音。警察がこちらに来る……!?
第一、あれほどの騒動やテロリストとして報道されているアベルや滝澤までこの場にいるのだ。
仕方なく明が一番に切り出す。
「全員、霊体化をしろ。このままじゃ俺達まで面倒事に巻き込まれるぞ」
やれやれといった態度でアクアが答えた。
「……言われなくても。あたしはマスターのところに戻るけど、おっさん達は?」
「俺もそうする。……お前はどうだ? アーチャー」
「えっ。あぁ……具体的にはまだ。一先ず、霊体化はしますが……マスターに地下での一件を報告をしなきゃいけませんし」
「分かった。なら一旦別れよう」
明の意味深な発言。
恐らく、彼も主催者の動向で思う部分があるに違いない。
慌ただしい状況下では話も進まないだろう。アベルと滝澤以外のサーヴァントは霊体化を遂げて、存在を消す。
装備音や敵意を持った人間たちの気配が迫って来る。
アベルは退屈そうな態度で、全てを察していた。彼は、蹲っている滝澤に素っ気ない――いつもの調子で話す。
「君も来い」
「…………は?」
-
思わず滝澤が間抜けな様子で顔を見上げれば、ジリジリと銃口構える警察隊の姿が無数に存在している。
彼らによってアベルと滝澤は包囲された状態だ。
サーヴァントである彼らからすれば、銃弾も武装も無意味な鉄くずに等しい。
一掃するのも容易だろう。
主催者たちですらゴミのように扱う彼らを相手に、アベルは常時出現可能のブレードを地面に放り捨てた。
それから両腕を上げる。
警察隊も意味が分からず呆然としていた。
即ち、それは投降を意味するからだ。滝澤も理解に苦しむ。
「マジで意味わかんねぇよ! お前!!」
「アイザックを連れ去った奴が君の知り合いだったら尚更。
……アイザックは満足に動けない訳だろう。ならば、彼を令呪で呼びだしても意味はない。マスターが狙われる」
「!! ……………」
「見当は――ついている。奴は恐らく、君や私に交渉を持ちかける算段でアイザックを連れ去った。
だったら私は逃げも隠れもせず、こうすればいい。奴も真正面から干渉する他ない」
「…………」
「時間を稼げ、タキザワ。マスターを逃せ」
つまり――自らが囮になる。
ザックを令呪で呼びよせても、それは逆にアベル達のマスターへの危険が及ぶだけ。
沙子も、ルーシーとメアリーでどうにか守り抜かなければならない。
警察などに確保されれば、それだけで居場所を探られてしまう。
彼女たちはニュースなどでマスターなのは判明しているのだからこそ、尚更。
滝澤は周囲で放心する人間を、気だるい様子で見回した。
◆
-
東京都北区。
随分と遠い昔のように感じてしまうが、板橋区内で発生した火災。
そこで使用されている避難所に、怪物から逃れた人々は集っている。
安全――とは言い難いが、既に怪物は消滅し、少なくとも東京都全てが滅亡する状況ではなくなった。
だが。
自棄にわざとらしい溜息を一人のマスター・織田信長がしている。
「はぁ~~~~~~~~~~~ワケわからん。もー俺、見て見ぬフリしたい位なんだけど、駄目?」
『同盟組むとか言ってましたよね』
「言ってないよー覚えが無いにゃー」
アベルの思考が読みとれない信長が、諦め気味の態度で情報を整理していた。
大分、錯綜しているものの。
テロリスト……アベルと滝澤が警察によって拘束されたのは事実のようだ。サーヴァントが簡単に降伏などありえないし。
アベルが警察にやすやすと捕まっている光景など、SCP財団が見ればミーム汚染が発生していると疑っても可笑しくない。
目的があるのは明白だった。
「しゃーない……アーチャー。お前はアベルに貼りついてろ」
『えと……マスターは?』
「無暗に動けば目立つしな。しばらくはここで待機する。令呪は温存しておいたんだ。いつでもお前を呼び出せる」
『分かりました』
やれやれと信長は、改めてセラスから報告された地下について考察し始めた。
離れた位置で他のマスターが存在するとは知らずに……
同じ現場にいたマスター……ホット・パンツが、アクアからの念話を聞いている。
聖杯を二つ獲得できるという話。地下で起きた出来事。
全て把握してから、彼女は思わず信長と似たような溜息を漏らす。
「一つ、残念な知らせを聞いたな。ある意味『良い知らせ』でもあるが……」
『聖杯のことかい?』
ホット・パンツは間を置いて頷く。
「……聖杯は『聖遺物』ではない可能性だ。私の身を清めるものじゃあない」
-
貴重な、それこそ奇跡の産物が二つも存在する時点で、最早奇跡でも何でもない。
聖杯の名を騙った、異なる異物でしかない。
決して断言は出来ないが、ホット・パンツはそれを考慮する。
「しかし、お前は必要だ。ランサー」
『二つも要らないけどね……それに…………』
アクア自身、一連の体験をしてから先導アイチを疑わしく感じている。
恐らく、アクア以外のサーヴァントも同じに違いない。
聖杯が欲しくない訳がない。だけど……彼らの企みがキナ臭く感じると黙っていられなかった。
躊躇する気力を胸に、アクアは伝える。
『まずは、近くに居る主従と接触してみればいいよ』
「いるのか」
『あぁ。大分、魔力があるから目立っているね。あそこにいるカメラ持ってる金髪の奴さ』
ホット・パンツが、アクアの情報を頼りに注目したのは一人の少女。
今の時代には似合わない年代物のポラロイドカメラを抱え込む――アイリス=トンプソン。
彼女は、ホット・パンツ達に目をつけられているとは知らず。
アベルに関する噂を耳にして、更なる混乱に陥っていた。
(アベルが警察に……?)
信じがたい話だが、どうやら本当の事らしく。
警察や自衛隊も警戒態勢で確保したアベルと人喰い(滝澤)を連行しているせいで、現場が騒然とさせられているとか……
人々の様々な声が聞こえる。
「マジで捕まったの? 絶対嘘だって!」
「散々暴れ回ってあっさりしすぎじゃね。まだ仲間とか居るだろ?」
「あーあ、何か馬鹿みてぇー」
お祭り騒ぎさせた主犯者の投げ出した結末に、人々はどこか退屈を感じさせていた。
まるで冷水を浴びせられたように熱気は冷めていく。
現実を目にすれば、火災に怪獣騒動、おびただしい惨劇……まるで震災のような被害に疲れを覚える。
狂気じみた世界観から一変。
日常を取り戻す一歩を踏み出せたように感じさせられた。
そんな光景を目にしたアイリスの隣で、一人の男性が焦りを全身で表しつつ、携帯電話で何度も誰かにかけていた。
現在、電話回線は混雑しているだろうに。彼も理解を承知で繰り返しているのだろう。
-
「あ~……大丈夫かなぁ~~……高槻先生、忘れ物したってホントに危機感ないんだから………」
「塩野さん」
男性に声をかけた僧侶が居た。
塩野といった男性は「これは室井先生!」と我に返って、挨拶を交わしている。
アイリスが少々気になって二人の会話を耳にした。
「ご無事で何よりです! あぁ……でも、今日やる予定の対談どころじゃなくなっちゃいましたね……」
「ええ。……塩野さん、一つだけ。高槻先生にお伝えして欲しい事があるんです」
「あ、はい。なんでしょう」
「……私は、対談で『隻眼の王』についてお尋ねしたいと思っていました。
正確には――高槻先生にとっての『隻眼の王』とは何だったのかを」
『隻眼の王』。その正体………?
でも確か。アイリスは思う。
彼女も少し目にした。桐敷沙子が読んでいた『黒山羊の卵』の作者の最新作『王のビレイグ』……そこに登場する存在。
それ以上も以下でもないはず……故に、アベルの残したメッセージをアイリスは理解できずにいた。
室井と呼ばれた僧侶が、話を続ける。
「私は『王のビレイグ』を読み終えた時。思いました……『隻眼の王』に現れて欲しいと」
「はぁ。室井先生はダークヒーローと言いますか、ああいった主人公が好みなんですか」
「あの時も思いました。先ほど――避難所のテレビで流れていたテロリストの戦闘で」
「え?」
「…………そして――『隻眼の王』が現れました」
アイリスは、何かを察した。
塩野は困惑気味に「ええと?」と眉を潜めつつ、記憶を辿る。
「もしかして、邪魔してきた包帯男の事ですか? なんかよく分かりませんけど、すぐコテンパンにやられちゃってましたよね?」
「勝ち負けに……意味はない。彼の登場でどうなったのかが問題です」
あの瞬間。映像を目撃した人々は、熱気が冷めた。
賛否の声を上げる暇も与えられずに、現場は有耶無耶になって、ヘリコプターからの生中継は強制終了されたのである。
色々、あーだこうだ文句を述べ終えてから、興味は瞬く間に失った。
-
「私は確信しました。『隻眼の王』とは理想そのものなのだと」
「理想………ですか」
「誰もしもが夢抱く理想の人物が『隻眼の王』。……私以外の誰か願っていたかもしれません。
例えば……あの人喰いと噂される彼。本当は誰かに助けて欲しかった……彼にとっての『隻眼の王』に。
塩野さん。この答え合わせをして貰いたいのです。高槻先生の対談は叶わなくとも―――」
『隻眼の王』は存在する。誰かの腹の中に必ず潜んでいる。誰にも、平等に
そうして、新たな舞台の幕が上がった。
【四日目/午前/北区 避難所】
【織田信長@ドリフターズ】
[状態]魔力消費(大)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]資料、購入した銃火器
[所持金]議員の給料。結構ある。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を頂くつもりだが……?
1:情報を整理し、他の主従を警戒したい。
2:訳分からんがアベルの動向に警戒。
[備考]
役割は「国会議員」です。
パソコンスキルを身につけました。しかし、複雑な操作(ハッキング等)は出来ません。
通達を把握しております。また、聖杯戦争の主催者の行動に不信感を抱いております。
ミスターフラッグから、東京でここ二、三日の内に起きている不審死、ガス爆発、
不動高校、神隠し、失踪事件の分布、確認されているサーヴァントなどの写真を得ました。
神隠しの物語に感染しました。
江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
江東区の博物館の館長を脅迫もとい交渉した結果、博物館の警備の強化などの権限を得ました。
正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(大)、肉体損傷(中)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]『クリーム・スターター』 、アメ 、携帯電話
[所持金]それなりにある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯については……
1:同盟可能な相手を探す。
[備考]
・役割は「教会のシスター」です。
・通達を把握しました。また通達者の先導アイチは先導エミが探す人物ではないかと推測しております。
・フードの男(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・高槻泉をマスターと判断しました。
・アサシン(アヴェンジャー/メルヒェン)の存在を把握しました。
・聖杯が聖遺物ではない可能性を抱きました。
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル】
[状態]魔力消費(大)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲りたいが……
1:地下で見たものは……
[備考]
・幼い少女は妹を連想させる為、戦うのに多少抵抗を覚えてしまうかもしれません。
・高槻泉をマスターと判断しました。
・アサシン(アヴェンジャー/メルヒェン)の存在を把握しました。
-
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(大)、複雑な心境、神隠しの物語に感染
[令呪]残り2画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
0:『隻眼の王』……
1:状況が落ち着くまで大人しくする。
2:ナイブズと話し合いたいが……
3:神隠しの少女(あやめ)を匿える場所を探す。
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
→改めて聖杯戦争の知識を得ました。しかし、セイバー(ナイブズ)に追求するつもりはありません。
・安藤潤也と神原駿河の住所・電話番号を入手しました。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・板橋区でアベルが出現した噂を知りました。
・アサシン(カイン)のステータスを把握しました。
・アサシン(カイン)の目的を理解しました。
・安藤家を撮影した写真を通して、バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
・安藤(兄)と同盟を組みました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
【四日目/午前/移動中】
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(中)、黒髪化進行、神隠しの物語に感染
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:あの人間(アイザック)は何なんだ……
2:アイリスに苛立ち。
[備考]
・アーチャー(ひろし)のマスターについての情報を得ました。
・アーチャー(与一)のマスターは健在であると把握しておりますが、深追いする予定はありません。
・アーチャー(与一)での戦闘でビルの一部を破壊しました。事件として取り扱われているかもしれません。
・バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
・逸話の経緯もあり、アサシン(カイン)をあまり信用していません。
・安藤(兄)と同盟を組みました。
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]健康、サーヴァント消失
[令呪]残り1画
[装備]神隠し
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争が恐ろしい。
1:どこかに身を潜めておきたい。誰も巻き込みたくない。
[備考]
・聖杯戦争についておぼろげにしか把握していません。
・SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
・カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
・役割は『東京で噂される都市伝説』です。
・セイバー(ナイブズ)とライダー(幼女)のステータスを把握しました。
・飛鳥とアサシン(曲識)の主従を把握しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
-
【四日目/午前/移動中】
【バーサーカー(アベル)@SCP Foundation】
[状態]魔力消費(大)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:アイザックとの約束を果たす。
1:アサシン(カイン)を始末する。
2:『エト』の動向を探る。
[備考]
・アサシン(カイン)の存在を感じ取っておりますが、正確な位置までは把握できません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・アイリスがマスターであることを把握しました。
・あやめの存在を『直感』で感じ取っています。
・地下空間で見たものには、まるで関心がありません。
・現在、警察に連行されています。
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(中/捕食による魔力回復含め)、肉体ダメージ(大/再生中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全部殺して、自分が一番だと証明する。
1:エトの野郎、ぶっ殺してやる。
2:ザックくん……どうして……
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
・現在、警察に連行されています。
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING】
[状態]霊体化、魔力消費(大)、肉体ダメージ(中)
[装備]日差し避けのレインコート
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(信長)に従う。セクハラは勘弁して欲しいケド。
1:アベルの動向を探る。
2:地下空間で見たものについては……
[備考]
・刺青のバーサーカー(アベル)を危険視していますが、かつてのマスターと酷似していると理解しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
-
【四日目/午前/移動中】
【アサシン(宮本明)@彼岸島】
[状態]魔力消費(大)、肉体ダメージ(大)
[装備]無銘の刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る?
1:マスターとの合流。
2:神隠しの少女をどうするべきか……
[備考]
・バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・コートをマスター(松野カラ松)に貸しました。
・神隠しの少女(あやめ)が攻撃的ではないと判断しております。
・松野家がアヴェンジャーによる火災で全焼した把握しました。
・曲識は化物(高槻)によって倒されたと判断しています。
【アサシン(カイン)@SCP Foundation】
[状態]魔力消費(大)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)に謝罪をする。
0:マスターと合流する。
1:自分は聖杯を手にする資格はない、マスター(安藤)の意思を尊重する。
[備考]
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・警視庁にて、現時点までの事件の情報を把握しました。
・江東区の博物館にある『SCP-076-1』を確認しました。
・ルーシーがアベルのマスターだと把握しました。また今剣がマスターである事も把握しております。
・アイリスがマスターとして東京にいる事を把握しました。
・アイリスと同盟を組みました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しているかは不明です。
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん】
[状態]魔力消費(中)、マスター消失、令呪【見つけ次第、ルーシー・スティールを殺害しろ】
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯でアダムを願いを叶える
1:アダム……
2:ルーシーを家族のところに帰してやりたいが……
3:バーサーカー(アベル)やセイバー(ナイブズ)に聖杯は渡さない。
4:サーヴァントを失ったマスターの捜索。
[備考]
・ダメージは燃料補給した後。魔力で回復できます。
・SCP-076-1についての知識を得ました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・財団について最低限ですが知識を得ました。
-
『東京』の片隅………交通渋滞は緩和されつつあった。
ここは、まだ怪物の被害が皆無であった為、警察がようやく誘導を開始したことで順調な流れが産まれる。
必死になってルーシーは困惑する。
警察の目を掻い潜ってきたが、限界なのでは?
すると、例の青年の声がルーシー達に話しかけた。
『誰かに乗せて貰った方が良い』
「駄目よ。メアリーのこと……すぐにバレてしまうわ」
『安心するんだ、狂戦士のマスター。人の記憶とは信用に足らないものさ』
「…………」
周囲を見回してからルーシーは、ノロノロと走る車の群れの中でタクシーを発見する。
お金がないのだが……こういう事態でも仕方ないと受け入れてくれるのだろうか?
躊躇するルーシーに、声が答えてくれる。
『僕のマスターのところへ向かえばいい。僕が場所を教えよう』
「………ありがとう」
今剣の時と同じ言い訳をしようか悩んだルーシーだが。
金を払うので乗せて欲しいと言えば、タクシーの運転手は何ら違和感なく受け入れてくれる。
きっと、ルーシーとメアリーを姉妹と勘違いしている事だろう。
運転手はメアリーには反応がない。
散々報道されているのに? ルーシーの想い違いだ。全ての人間がメアリーを把握しているとは限らない。
満足に映像を視聴できないタクシー運転手なら当然。
警察も、誘導に必死で車内を確認する余裕はないようだ。
「ザック……大丈夫かな」
ふと、メアリーが漏らした言葉にルーシーは「大丈夫よ」と反射的に答える。
ラジオでは驚愕のニュースが流れ続けていた。
テロリスト『アベル』と称される人物の逮捕。
共犯者のフードの男……恐らく『タキザワ』も同じく、現行犯逮捕されたという。
謎の声の話は、本当だった………だからルーシーも僅かに緊張が解ける。
『随分と無茶な要望をされたものさ』
(何、それでもちゃんと見つけられたじゃないか。
アベルくんが警察に捕まるのは、恐れ入ったがね。アレじゃあ動く様子はないよ)
-
呑気に念話を交わす高槻と宵闇色の青年・メルヒェン。
高槻が吹っ掛けた要望とは――アベル達のマスターの捜索というものだった。
幸運であったのはメアリーが一人単独でランドセルランドへ向かった為。
魔力の強い彼女だけ、ポツンとがらんどうな都市を走るのは非常に目立ったのだ。
どうしても、彼女たちを押さえておきたかったし、最悪他の主従に最も狙われる存在である。
聖杯が『英霊の魂』で構成する産物だと知れば尚更。
現段階において、他の主従を倒す訳にはいかない。そして見失う訳にもいかない。
マスターさえ抑えれば令呪で呼び寄せるのも可能だろう。だが……ルーシーはあれほどの殺戮を行うアベルを令呪で制御しない。
令呪をしないのか……あるいは。
まだ直接話さない以上、高槻が容易に断定する事はしなかった。
何の被害も及んでいない杉並区の自宅マンションに戻っている高槻は、床に転がったボロ雑巾じみた英霊を眺める。
英霊とは、どんな者であれ高貴な部分が一つや二つ、あってしかるべきなのに。
ただの殺人鬼には、何一つない。
酷く惨めで惨たらしい有様だったが、それでもなお生きているのが唯一の特権……かもしれない。
聖杯が欲しいとか、主催者の目論みは知った事ない。
問題は――………………
絶望的な現実を突き付けられた参加者たちが、どうするかだ。
【四日目/午前/移動中(杉並区方面)】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(大)、精神疲労(中)、肉体疲労(大)
[令呪]残り2画
[装備]沙子の入ったバッグ
[道具]バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
0:謎の声のマスターと会う。
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
3:カイン……
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
・信長には聖杯を手にする為、方針を変えたように宣言しましたが、本人はそのつもりはありません。
→やはり、信長の方針について行けず。脱出手段を探す方針を本格的に試みます。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
-
【メアリー@ib】
[状態]魔力消費(中)、肉体的疲労(大)、目が死んでる
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい? 殺されたい?
1:わたしが死んで、ザックが死ぬのは間違ってる。だったら……?
2:今は死なないように頑張る。
[備考]
・役割は不明です。
・参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・SNSでバーサーカー(アベル)の人質として情報が拡散されております。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
・アサシン(明)のステータスを把握しました。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]睡眠、魔力消費(大)、バッグの中
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]拳銃、『王のビレイグ』、拳銃の弾(幾つか)、携帯電話
[所持金]神原駿河の自宅にあった全額
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい。聖杯が欲しい。
1:ルーシーを守る。
2:カインとアベルの行く末を見守る。
3:元居る場所に帰れるか、少々不安。
[備考]
・参戦時期は原作開始前、村に向かう直前。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。現在はバーサーカー(アベル)らの人質として報道されています。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
【アヴェンジャー(メルヒェン・フォン・フリートホーフ)@Sound Horizon】
[状態]魔力消費(小)、実体化(スキルによる視認不可)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:『復讐』に手を貸す。
1:ルーシーたちを誘導する。
2:マスターの『復讐』を成し遂げたい。
[備考]
・ホット・パンツのサーヴァント(アクア)の『衝動』を感知しています。
・三日目夕方までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・マスター(高槻)に強い『衝動』があるのを感知しています。
・彼の宝具によって聖杯に致命的な問題が発生しております。
・ランサー(アクア)の能力を把握しました。
・『聖杯』の原理を理解しました。
【四日目/午前/杉並区 マンション】
【高槻泉@東京喰種:re】
[状態]肉体的疲労(小)
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]携帯電話
[所持金]小説家としての給料
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:聖杯の詳細を理解したから……?
[備考]
・参戦時期は[削除済み]。
・現在『東京』で発生している事件については大方、把握しております。
・三日目夕方までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・ホット・パンツがマスターであると把握しました。
・二宮飛鳥が行う生放送を把握しました。
・『聖杯』の原理を理解しました。
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]睡眠もとい気絶、魔力消費(中)、肉体ダメージ(大)
[装備]鎌
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全員殺す。
1:一番にアベルを殺す。
2:神原駿河に対しては――
3:メアリーとレイは同じか……?
4:あいつ(ナイブズ)の方こそ何なんだよ
[備考]
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・駿河がアヴェンジャー(マダラ)のマスターであるのを把握しました。
・アサシン(カイン)の能力の一部を把握しました。
・バーサーカー(アベル)が何らかの手段で蘇ると把握しました。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
・沙子を変わった少女として認識しております。
-
これで投下終了いたします。タイトルは「踊る聖杯戦争~東京23区から脱出せよ!~」となります。
そして、先導アイチ――定時通達を予約します。
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通達を投下します
-
―――通達を開始します。
『聖杯戦争』に参加しているサーヴァントの皆さま、改めましてこんにちは。主催代表の先導アイチです。
早速ですが、まず。現時点での結果を発表いたします
現時点で生存しているサーヴァントは9騎。イレギュラーを除いて9騎となっております。
そして、イレギュラーであるアヴェンジャーですが、現在生存中です。
我々主催者はアヴェンジャーのサーヴァント及びマスターの動向を精査しましたが
運営に支障を来すと判断した為、先ほどのライダーの宝具討伐同様、討伐令を発布いたします。
こちらは令呪による強制は行いません。報酬として令呪一画、もしくは最低限の特別支援をいたします。
特別支援とは、マスターに関する社会的情報操作、または物資の無償配布などです。
アヴェンジャーの真名は不明。能力・宝具等の情報も我々から観測不可です。
何らかの隠蔽能力があり、姿すら認識出来ておりません。
アヴェンジャーのマスターの名は『芳村エト』。
東京都内では『高槻泉』の名で小説家として活動をしています。
多少、調査を行えば足がつくと思われます。
以上で情報開示を終了します。
皆さま、ご検討の方をお願いします。
また、地下の崩落が起きた地域周辺の崩落が誘発されております。
聖杯戦争開始から五日目。今夜零時に周辺地域――『東京23区』を切り離し作業を決行いたします。
23区は災害地域として立ち入りが禁止。そのようなカバーシナリオを作成し、23区内ごと生贄も消去いたします。
発生した出来事。ライダーの宝具による災害やその他、マスターの方やサーヴァントの皆さま方が起こした事件は
継続して世間に公表され続けます。マスターの方の住居が23区内ある場合、そこが現住所です。
皆さま方のマスターを移動させる猶予期間として、我々主催者から今夜零時まで休戦命令を行います。
仮に戦闘が行われた場合。戦闘をしかけた者に対しペナルティを設けます。
ただし――アヴェンジャーのサーヴァント及びマスターとの戦闘・殺害は不問とさせていただきます。
我々はマスターの方に関しての支援はアヴェンジャー組の討伐報酬以外いたしません。ご理解の方お願いします。
以上で、通達を終了します。
この後、ライダーの宝具討伐に我々が貢献したと判断したサーヴァントの方のみ追加通達がございます。
それでは良き、聖杯戦争を――
■
-
先導アイチです。ライダーの宝具討伐、お疲れ様でした。我々は非常に感謝しています。
宝具討伐の報酬についてご説明いたします。
それは『聖杯』。
該当者である皆さま方の誰かが優勝者となった場合、本来一つのみ授ける『聖杯』をもう一つ獲得する権利です。
そして、該当者以外のサーヴァントの方々にこの件をお伝えするのは、禁止とさせていただきます。
無論、混乱を招いてしまうからです。ご配慮の方お願いします。
それでは良き、聖杯戦争を――
□
<ライダーの宝具討伐報酬獲得該当者>
アーチャー/セラス・ヴィクトリア
ランサー/アクア
アサシン/カイン
アサシン/宮本明
バーサーカー/アベル
◆
-
<現時点生存者>
アイリス=トンプソン&セイバー:ミリオンズ・ナイブズ
今剣
アーチャー:ロボひろし
織田信長&アーチャー:セラス・ヴィクトリア
ホット・パンツ&ランサー:アクア
あやめ
安藤&アサシン:カイン
松野カラ松&アサシン:宮本明
二宮飛鳥
メアリー&アサシン:アイザック・フォスター
ルーシー・スティール&バーサーカー:アベル
桐敷沙子&バーサーカー:滝澤政道
神原駿河
高槻泉(芳村エト)&アヴェンジャー:メルヒェン・フォン・フリートホーフ
合計 23名
-
投下終了します。
次にルーシー、沙子、メアリー&ザック、エト&メルヒェンで予約します。
-
投下します
-
――――焼き爛れた身体、理解不能の罪状を科せられた殺人鬼――――
――――君は何故、この境界を越えてしまったのか…… ――――
――――さぁ、唄ってごらん――――
■
アイザック・フォスターの過去など思い返す価値がないほど悪質であった。
人間の不幸の程度に個人差があったとしても、彼の人生はきっと恐らく確実に、人並よりかは不幸に違いない。
彼自身、それを自覚しないほど馬鹿じゃない。
だけどそれに疑問を持つ事は無かった。
何ら苦もなく、不自由なく障害を終える人間がいるように。
自分は幸福など一切与えられずに、不幸と苦痛と試練で満ち溢れた人間なんだと思っている。
しかし、宵闇が突如、語りかけて来る。
「人生の分かれ目は誰しもあるだろう。君に関しては――例えば、その身体。
君がそのような火傷のない、普通の少年であったとしたら君の人生は大いに変化したに違いない」
「君の母親が、あの男を連れて来なければ……確実に君の人生は平凡に近いものだった」
「君は、その二人に『復讐』を願わないかな?」
アイザック・フォスターは思い返す。
炎がトラウマになった切っ掛け。
そのせいで、醜い自分は捨てられたのだろう。
しかし、彼は『復讐』という単語を挙げられて、首を傾げてしまった。
―――あぁ?
―――あいつらがどーなったか、もう興味ねぇし……どーでもいい。
―――大体……何なんだよ、お前。『復讐』? 俺は過去なんて思い返すだけで面倒だ。一々、話を掘り返すんじゃねぇ。
「それはどうかな。君の母親があの施設に君を捨てなければ」
「あるいは……あの夫婦が君を愛してくれれば。そう思った事はないかい?」
愛?
愛がなんだって?
サーヴァントの身にも関わらず、アイザック――ザックに悪寒が走る。単純な生理的嫌悪である。
間を置いてから、ザックは答えた。明らか様に不愉快な声色で。
―――………お前、マジで気持ちわりぃな。サーヴァントじゃなけりゃ吐いたぞ。
ザックの返事に対し、宵闇は少々困った様子だった。
だが、物語は続けられる。
「どうも……君はあまりにも欠如した部分が多すぎるようだ。ならば、話を進めよう」
「君にも恵まれた時があった。君を家に置いてくれた老人。君に優しくしてくれた数少ない人間だ」
「君は彼の『復讐』を一応果たしたとは言え……
彼がもし生きていれば、そう思った事は無いだろうか? 君は僅かであれ『幸福』を感じた筈なのだから」
-
幸福?
ザックは宵闇の話が分からなかったが、よくよく考えてれば意味が理解できる。
嗚呼、あれが『幸福』。あのぞわぞわして気持ちの悪い、吐き気を催す、あの感覚……
本当に、そうなのか?
漠然とした感覚が確信へと変わり、あんなものが『幸福』なのかと心底呆れた。
同じくしてザックは、何故か安堵を抱く。
もう自分に対してあのような感覚は与えられる事はないのだ。二度と………
―――……あいつは、俺が殺してやろうと思ってて、そんで。勝手に殺されやがったのだけ、気に入らなかった。
「殺す? 君に何ら危害も加えていない彼を殺すのが最も『良くない』事じゃないかな」
―――殺したかったんだよ。
とにかく、殺したい。
殺したいと思ったから、人を殺す。ずっとそうして来た。これからも、この先も。
ザックの殺人衝動は正常に機能している。アベルに返答した通り。
殺人鬼の自白に、宵闇は漸く答えを得たようだった。
納得した口ぶりで、語り手を演じ続ける。
「成程。君は『幸福』が恐ろしいんだね? 分かれば単純だが非常に難しい問題だ。
君が老人を殺したい理由がソレさ。君は『幸福』を与えられているが故に、それから逃れるために彼を殺そうとした」
―――うるせぇな……どうだっていいだろ。
確かにザックは『幸福』が怖い。が………だから何だ、という話である。
ザックを捨てた母親も、火傷を負わせた男も、施設の夫婦も、老人も。
誰も彼もいなくなった。
ザックからすれば、何の価値も無い。忌々しいが関心すらない過去の人間でしかない。
宵闇は「よろしい」とザックの態度で切り替える。
「話を変えよう――まずは、君のマスターについて」
かつて自分を殺して欲しいなんて気持ちの悪いお願いをしてきた少女・レイチェル。
彼女に酷似したマスター。
金髪に蒼い瞳。泥水のように濁った蒼は、レイチェルとまるで同じだったが――………
ぼんやりと出現した彼女の像をしげしげと観察し、宵闇は言う。
「どうやら……君は彼女を殺そうとはしたが、アベルのように殺す約束を交わしていないようだね」
―――そーいやそうだな。
彼自身忘れていたかのように。出会った当初、鎌の刃を振り下ろした記憶すら遠きものとなっていた事。
ザックは、宵闇に指摘されてから覚めたように蘇る。
しかし……何度思い返してもメアリーはつまらない表情だ。
レイチェルよりも、何故かつまらない。割と似ている気がするのに、やっぱり別人だとザックは思う。
宵闇が答えた。
「それは君にとっては『マスター』以外の価値がないからだよ」
―――は?
「分かりやすく言えば、彼女は君を『幸福』にはしない」
―――……………
「君にとっては『障害』にはならない。邪魔なものではない。彼女は素直だ。君の為に行動してくれる」
「しかし、それ以上もそれ以下も、彼女の価値はない……普通なのさ」
-
邪魔じゃない? 障害、じゃない?
ザックは分からなかった。分からないし、理解できないし、ワカリタクナイ。
彼からすれば「何となく殺したくは無い」「殺したってつまらない」それで十分じゃないかと思える。
宵闇の話は、ザックからすれば耳触りな雑音だった。
雑音。
「……………」
見渡せばゴミまみれの部屋。
雑誌やら衣服やら、大人物の奴が辺り一面に散らばっている。悪臭もする。
醜い容姿となったザックが捨てられた劣悪なあの施設に、再び戻っていた。
気がつけば、ザックの手にはスコップが握られている。
スコップ……あぁ。ぼんやりとザックは思い出す。死体を埋めろと、夫婦に命じられたんだったか。
一体何人の死体を埋めてきたのか、もう覚えていない。数えたくもなかったが。
だが、先客が居た。
気味悪い死体の肉を頬張っている存在が、どうしてかいる。
あの『人喰い』だ。
奴が喰らっているのは、ザックが埋めるはずだった子供の死骸だ。触るのだって嫌だし、興味も湧かない死体の肉を。
相変わらず、フードを被った人喰いは美味しそうに食べているのだ。
「なに…………してんだよ」
思わずザックが尋ねる。
振り返った人喰いの表情は、鳥のように目を見開いており、奇妙そうな様子。
相変わらず何を考えているのか分からない。だから、殺したくなるような。そんな姿。
「うるせぇな。腹減ってんだよ」
黙々と食べ続ける人喰い。
そうだった、俺も腹が減っていた。ザックは脳裏で記憶を再生する。
施設に入れられた子供はロクに食事を与えられなかった。餓死して腐って行くだけ……
ザックは夫婦が捨てるゴミから食べられるものを、何でもいいから喰って餓えを凌いでいた。
無論、食べ物がない時だってある。
不思議なことにザックは、それでもなお生き続けていた。考えて見れば変な話である。
人喰いも――腹が減って、人間の死体で餓えを凌ぎ続けたから、人間を喰うようになったのだろうか。
喰種なる存在を知らないザックは、ふと思い至る。
ザックは、子供の死骸を喰って餓えを凌ごうとの発想は皆無であった。
そういう意味ではザックは『マトモ』な人間だった。
「……ザックくん。俺を殺すの」
血まみれの口で人喰いが問う。ザックは即答した。
「おー、アベルを殺し終わったらな。スルガの後でもいいか?」
言葉を交わした時、ザックは自然と愉快になって笑みが零れた。
人喰いの表情はフードのせいで見えないが、いつもの口調で再度問いかける。
「本当に――殺すの」
「……あ? んだよ、今更死にたくないって命乞いか?」
チラリとザックが目視した人喰いは、憐れみを抱いているかのような不気味に美しい表情をしていた。
ザックの手元が狂う。我に帰れば手にしているのはスコップじゃない、鎌だ。
一度だけ浮かべた人喰いのこの表情をザックは覚えている。気が狂うほど鮮明に。
殺したいと思った。
-
人を喰っておいて、あんなにも愉快でケタケタ笑う狂人がする表情なんかじゃない。
最初、目にした時はザックもギョッと引いてしまった。
だけど、今となっては殺意が込みあがる。
アベルとの約束がなければ、あの時。ザックは人喰いを殺してしまったと思うほどに―――
「いいよ? 殺しても」
人喰いの発言に、ザックの刃が制止した。
コイツが…………こんな事、言う訳ない………
この顔だって………あれ以来、一度もしちゃいない。こんな綺麗な顔。
所詮、夢の中じゃねぇか。だったら……俺は。この顔のコイツを殺してぇの……か……?
分かっていても。鎌の刃は人喰いの首元を捉えていた。
力を込めてしまえば首が落ちてしまう。
ザックの手元は異常に震えていた。人喰いを殺せる歓喜のせい、きっとそう。
「うそつき」
中々殺さないザックを煽る人喰い。
ギロリと睨みつけながら、ザックは乱暴に答えた。
「嘘はついちゃいねぇ…………テメェは、まだ殺さない。先に殺す奴がいんだろ」
なぁ……アベル。
人喰いの姿も、悪臭漂う施設の空間も消えた。
暗黒の中に刺青男とザックだけが存在する。刺青の――アベルは退屈そうな表情でザックを見つめる。
一体、どうしたらまともな表情を出来るのか。
だけど、ザックは薄々察した。
「チッ……カインだったか? そいつ殺してねぇんじゃ、テメェは殺せねぇな」
「……何故、約束なんてものに頼る」
アベルが言葉を吐き出すたびに大気が揺らめく。
ザックは一切表情や態度を崩すことなく、眉を潜めてながら返事をした。
「テメェが殺すだの、なんだの。ふざけた野郎だから始末するって言いだしたんだろうが!
嘘をつくんじゃねぇぞ、アベル。………俺も、お前に嘘はつかねぇ」
「なら――君は私を殺せるのか」
「おー、殺してやるぜ。カインを殺したら――ちったぁ、マシな顔して死ねよ。分かったな」
「……………」
ザックの言葉を味わったアベルは、まるで絵画の美女のような微笑みを浮かべる。
刺青の殺戮者自体が、空想の産物に思える。
目を離してしまったら霧と化して消滅してしまう。希釈な雰囲気を漂わせた。
殺したい。
絶対に、殺してやる。
それ以外――――何も考えられない。
-
□
――――なるほど、君は本当の意味で無知なまま生涯を終えてしまったのだね?
――――考えられない。分からない。そうではなく君は『知らない』と表現した方が正しいさ。
――――『復讐』を知るために、時間をあげよう。
――――もうしばし『恨み』や『幸福』について知るといい………
◎
-
忌まわしい雑音が鳴りやんで、ザックはやれやれと溜息をついてしまう。
今更どうだっていい。ザックの答えは、一つ。
復讐なんて興味がなかった。
幸福なんかなりたくないし、知りたくも無い。
関心を持たず、心底呆れてる話だったので、もう少しすれば過去の記憶にも残らず藻屑のようになる。
「■■■■■■■■■………」
だが、ザックの中で声が響く。
あの宵闇は、まだ居たのかと苛立ちの炎に油が注がれた気がした。
「今度はなんだ! 復讐も恨みも、どーでもいい!! 俺はアベルを殺せりゃ……」
「■■■■■■………■な………」
「……?」
ノイズ混じりの声は、宵闇のものではない。
知らない声だった。段々と謎めいた声が強く脳に直接響き渡っていた。
「■■■■■■………」
「心が……■■■■■■………■■■■■……■■」
「…………アイザック・フォスター………『殺すな』」
「お前の心は迷っている………『殺すな』…………神原駿河も……滝澤政道も。そして………アベルを『殺すな』」
次は誰だ。俺は嘘をつかねぇ。俺を……嘘吐きにする魂胆か………?
冗談じゃねぇよ。アベルも、スルガも人喰いだって殺す。
殺すと言ったからには殺すんだよ。何が迷ってる? 何も迷っちゃいねぇ。
苛立ったザックが心中に殺意を抱え込めば、謎めいた声はやがて消えた。
『殺すな』という命令に等しい言葉だけがガンガンとザックの脳裏で響き続ける。
無論、ザックは嘘をつかない。本気でアベルたちを殺す気だ。
精神を追い詰める頭痛を抱えながら、ザックの意識は深く落ちていった。
◇
-
「あのー……大丈夫ですか?」
ルーシーは身体を飛び起こす。
タクシーの後部座席で眠りについていたのを忘却していた為、車内の天井に頭をぶつけそうになった。
羞恥心を胸に周囲を見回してから、ルーシー側のドアが開かれており。
くしゃくしゃの短髪にラフな服装の女性が、おどけた様子で顔を覗かせていた。
彼女は眼鏡を上げる仕草をしつつ、財布を取り出している。
「私が払いますよ。すみません、お幾らになります?」
「…………」
傍らに座っていたメアリーも、肉体的な疲労により睡魔に襲われていた。
すっかり夢の世界にいる少女をどうしようかとルーシーは戸惑う。
運転手が荷物であるバッグを運んでくれる。そこには沙子が………
自分は、どちらを持つべきなのか?
沙子とメアリー……眼鏡の女性は、宵闇から聞こえる謎のサーヴァントのマスターだ。
素直に信用する理由がない以上。仕方ないがメアリーを起こす他ない。
緊張感を露わにするルーシーを察した女性は、呑気に話す。
「あ、大丈夫です。このバッグは私が運びますから~ちゃんメアの方、よろしくお願いします~~」
「えっと……ちゃん?」
「其処の子ですよ。寝てる子」
ビックリするほど馴れ馴れしい話し方をする女性に、ルーシーは流れを持って行かれそうになる。
だけど、メアリーはしっかり自分が抱え運ぼうと決心した。
無論、沙子だって見捨てない。
危険だが……アベルたちを失う訳にはいかないのだから。
女性が「大した場所じゃないんですけど、どうぞ~」と案内するのは高層マンション。
さぞお高い家賃だろうと思わせる内装。薄々価値くらいはルーシーも理解できる。
だけど、ここは所謂偽りの『東京』なのだから。実際に女性の住む場所ではないのだろうが。
彼女たちがエレベーターに乗り込んだところ。
漸く女性はルーシーに言う。
「申し遅れました。私、しがない小説家をしている高槻泉と言います。えぇと……あーそうだった。
アヴェンジャーの姿………見えないんだった。案内してくれた私のサーヴァントは、アヴェンジャーです」
「……アヴェンジャー、ですって?」
「確か、通常では召喚されないクラス。なんですよね? あはは、私もよく分かってないんですけど」
へらへらと笑みを浮かべる女性――高槻。
アヴェンジャーなるクラス。かつてルーシーを殺害しようと襲いかかったマスター・アダムから耳にした。
イレギュラーの存在。
本来、聖杯戦争に呼ばれるべきではなかった? とか。先導アイチたちが、警戒している主従?
ルーシーも、詳細を知らぬ為。高槻に対し何と話せば良いのか分からなかった。
首を傾げる高槻が問いかけた。
-
「もしかして……私が聖杯を取る邪魔をするんじゃないかって不安ですか?」
「い、いえ! わたしは………聖杯は欲しくありません。元の世界に戻ろうと……」
「成程……じゃあ、サーヴァントの――刺青男? バーサーカーですか? 彼とは意思疎通できていない?」
「………あ………それは……」
ルーシーは、アベルからの念話を覚えている。23区から出ろ、と。
サーヴァントの傀儡になるだけなんて、それこそ何も考えずに漠然なだけだろう。
だが、アベルがわざわざ念話までして伝えてきたのだ。理由がある筈。
アベルの都合じゃあない。ルーシー達にも関わる事が……それを高槻に伝えるべきか?
踏みとどまったルーシーが口を開いた。
「ごめんなさい。わたし達、これから行かなくてはならないんです。ある場所へ……」
「ふむ、長居は出来ない?」
「はい……何度も言いますが、聖杯は欲しくありません。元の世界に帰る手段を探そうと思っています」
「でも~……その子。ちゃんメアは報道されちゃってますし、今はまだ大人しくした方がいいんじゃないかと。
大分お疲れのようですし。それに、私の部屋で待ってる彼もいますから」
「……?」
疲労は確かにある。
ルーシーも睡眠を望む体の悲鳴が聞こえてくるが、でも高槻を完全に信用しては駄目。
カインやメアリーほど、確証を得る信頼を感じられないから。
彼女も、ひょっとしたら聖杯を望んでいないようだが。嘘吐きじゃないとは断言不可能なのだ。
エレベーターが停止した高層階。
そこにある高槻の部屋へ案内されたルーシーの目にした光景は、読みかけの本の山。
床一面に、付箋が貼られた資料や本が放置。描かれた風な小説家の空間である。
異質な場所の中。床に転がっているのが不自然な存在が一つ。
「ハッ!? あ……アイザック………?」
血まみれの包帯男。アサシンのクラス名とステータスが、ルーシーの知るアイザックと一致した。
彼が一体どうして……!? この傷はまさか――
冷や汗流すルーシーを余所に、高槻は焦る様子なく能天気に話す。
「倒れて気絶してたの見つけたんですよ。警察に捕まっちゃうのも不味いかと思いまして……ちゃんメアのサーヴァントですよね?」
「え……えぇ………」
「サーヴァントのあれこれは知りませんけど、私のアヴェンジャーが言うには大丈夫らしいです。
寝てればある程度の傷も治って行くらしいので……ごめんなさーい、貰ったお菓子ぐらいしかないんですけど」
いつの間にか、決して良いとは言い難いが、飲み物と菓子を差し出す高槻。
おどおどしくルーシーが受け取る。
慌ただしい状況だ。食事も取っていなかったものの。やはり、渡されたものを容易に口にするほどルーシーは余裕がなかった。
緊張気味のルーシーを見て、高槻はせせ笑う。
-
「堅苦しくならなくてもいいですって~小説家でも、大した人格者じゃないし。私もババアですから
ところで……お名前は? あと、歳は?」
「わたし……ルーシーです。14です……」
「14!? それは驚き! やっぱり外人は違いますなぁ」
高槻が缶コーヒーを口にしつつ。勝手にバッグの中身を確認すれば、沙子がまだ眠り姫の状態。
ルーシーは警戒を怠らず、呼吸も自然と早まる。
適当に置かれてあった椅子を指差す高槻。
「ちゃんメアはそこに座らせてあげてくださいな。適当に腰かけてどうぞ」
ビクビクしながらメアリーを座らせ、ルーシーはバッグの中で蹲った沙子を取り出す。
高層マンションの窓ガラスから差し込む光を警戒しつつ、影に彼女を置いた。
ザックに関しては……彼を寝かせる場所がソファぐらいしかないが、高槻がすでに占領している。
どうやら、ルーシーが着席するのを待っているようなので。
飲み物と菓子を手にしながら、ゆっくり向かいのソファに座ったルーシー。
高槻はいきなり本題を持ちかける。
「私が興味を持ったのは『聖杯の正体』です。そして、それを知ることが出来ました」
「聖杯……ですって?」
ルーシーは、無論『聖杯』を手にする欲望は一切抱いていない。
だけど、『聖杯』が如何なる物かぐらいの関心はあった。
聖杯の正体。
もったいぶらず、高槻は簡潔に答えを告げる。
「ズバリ、聖杯は『サーヴァントの魂』によって構成された膨大な魔力……それを閉じ込めた器――です」
「……………!!」
「色々説明しますとですね。まず、私のアヴェンジャーの能力と言いますか、魂を操ることが可能でして。
聖杯戦争の大凡の流れや情報は、マスターやサーヴァントの魂から直接お聞きしたんです。
英霊であるサーヴァントの魂が『東京』に留まっている事は、その過程で不自然だと気付きましたけどね」
疑問が確信へと変化したのは――あの地下。
怪獣との死闘で発生した巨大な穴。暗黒の先には、主催者が創造したであろう謎の研究施設めいた場所。
更には、聖杯そのものを発見したと高槻は説明する。
聖杯を視認したアヴェンジャーが理解したのは、聖杯には『サーヴァントの魂』が留まっている事実。
だからこそ、アヴェンジャーは座に帰るであろう『サーヴァントの魂』を呼び寄せられた。
-
「―――なんですが。そこで奇妙な事実が判明しました」
「それは?」
「聖杯にある魂は数にして『7つ』だけだったんです」
7………暗証番号の一部みたいな印象ある数字。
ルーシーが漠然と話を耳にし続けた。
「そこで思い出したのは―――本来、この聖杯戦争に参戦する正式なサーヴァントの数です」
「…………」
「正式な参加数は『22』……7で割れば、あまりは『1』。勝者となったサーヴァントがちゃんと残れる仕組みな訳です。
先導アイチたち主催者は、聖杯を1つ差し出しても結果として『2つ』の聖杯を利益として獲得。
いやぁ……奇跡の願望機とやらは案外安いものだったんですね。私もビックリしましたよ~」
……が。問題は聖杯の仕組みじゃない。
ルーシーも、重要さくらい感じ取れるほどに。
高槻の口調は相変わらずだが、内容は異常なまでに歪の塊だった。
「要するに、これは聖杯製作の実験です。サーヴァントを7騎召喚して、それを器に注ぎ。
意図も簡単に『聖杯』が完成する方法を手に入れた先導アイチ、あるいは<リンクジョーカー>………
絶対、良からぬ企みを企てているじゃないですか。そんなものは」
「………!」
「具体的な目的は分かりませんよ? 世界征服だとか、様々な妄想は幾らでも可能ですけど、情報がありませんからね。
唯一確かであるのは、彼らが恐ろしい手段を入手してしまった事実だけ……」
聖杯が、本当に正常な願望機であればあるほど、恐ろしい陰謀だ。
ルーシーは理解してしまった。ひょっとすれば大統領の狙いすら霞む様な、壮絶過ぎる話。
世界を掌握するなど、いとも簡単に終わる。
缶コーヒーを飲みほした高槻が、さて。とルーシーに尋ねる。
「――――どうします?」
「………え!?」
ルーシーは思わず大声で聞き返してしまった。
-
羞恥心は遅れてやってくるが、些細な問題にも感じられてしまう。
一方の高槻が、面白半分な様子で話す。
「他人事じゃないと思いません?」
「……………っ………!」
この人!?
ルーシーの中で戦慄が走り、冷や汗がタラリと頬を伝うのをハッキリ分かった。
高槻は――何も考えていないのか? 否! そんな訳が無いのだ!
ここまで話しておいて「これからどうします?」――なんて質問はルーシーを試しているに違いない。
試す?
むしろ、主催者と戦えと……その協力を求めているように、ルーシーは思えてならない。
震える唇でルーシーが言う。
「……先導アイチを倒せと……仰りたいのですか?」
「あーいいえ、そういう訳じゃないです。どうやら貴方のバーサーカー……アベルくんでしたっけ?
彼を完全にコントロール出来ている様子じゃないですし、彼も主催者の目論みに興味はないでしょうし」
「だ……だったら、どうして………わたしに話を………?」
「それでも出来る事ってあるかもしれないじゃないですか」
「……………」
「とにかく、私はこの事実を他の参加者の方々にも知って貰うべきだと思ってまして。
ま、焦る話でもありませんし、ゆっくりして下さい。……あっ、出前でも頼みましょうか?」
「……ごめんなさい。少し休ませて欲しいんです………疲れてしまって」
ルーシーに襲いかかった目眩はきっと、アベルが消費した魔力にも原因がある。
だけど、深く考える余裕なくルーシーはソファで横になれば、深く眠りに沈んでしまった。
高槻を警戒してても、疲労には勝てなかったのだ。
シン……と静寂に満ちた室内で、宵闇色の青年の声が響き渡る。
『なかなか奇天烈な存在だよ、彼は。一体どうしたら彼のような人間が完成出来るか、些か興味はあるが……
僕が従わせるには骨が折れるとだけは言っておこう。マスター、次はどうする?』
宵闇のアヴェンジャーが語るは床で眠る殺人鬼の事。
ふぅんと、大して大げさに反応を示さない高槻は、執筆用のノートパソコンで検索する。
特徴的な部分。
包帯――火傷、オッドアイ――左右の瞳の色が異なる、殺人鬼。
…………『アイザック』。
キーワードを暗号のように打ち込んで検索すれば、やっぱりと高槻は納得する。
英霊に成れる位の知名度があれば、何らかの殺人鬼として記録されているものなのだ。
高槻が発見した『シリアルキラーサイト』を目に通せば、欠如しきった殺人鬼の逸話が記されている。
「アイザック・フォスター……か」
【四日目/午後/杉並区 マンション】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]睡眠、魔力消費(大)、精神疲労(中)、肉体疲労(大)
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
0:高槻は危険……?
1:脱出する方法を探す。
2:令呪はむやみに使わない、いざという時まで取っておく。
3:カイン……
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・アーチャー(ひろし)のステータスは把握しておりません。
・アダムが財団職員であり、聖杯の収容を目的としていると判断しております。
最悪、自分たちが財団によって処理されると思いこんでいます。
・今剣がマスターである事、アーチャー(与一)のステータスを把握しました。
・信長には聖杯を手にする為、方針を変えたように宣言しましたが、本人はそのつもりはありません。
→やはり、信長の方針について行けず。脱出手段を探す方針を本格的に試みます。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・聖杯の詳細を知りました。
-
【メアリー@ib】
[状態]睡眠、魔力消費(中)、肉体的疲労(大)、目が死んでる
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい? 殺されたい?
1:わたしが死んで、ザックが死ぬのは間違ってる。だったら……?
2:今は死なないように頑張る。
[備考]
・役割は不明です。
・参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・SNSでバーサーカー(アベル)の人質として情報が拡散されております。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
・アサシン(明)のステータスを把握しました。
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]睡眠もとい気絶、魔力消費(中)、肉体ダメージ(大)、???
[装備]鎌
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:アベルを殺す?
2:神原駿河に対しては――
3:メアリーとレイは同じか……?
4:あいつ(ナイブズ)の方こそ何なんだよ。
[備考]
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・駿河がアヴェンジャー(マダラ)のマスターであるのを把握しました。
・アサシン(カイン)の能力の一部を把握しました。
・バーサーカー(アベル)が何らかの手段で蘇ると把握しました。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
・沙子を変わった少女として認識しております。
・一応アヴェンジャー(メルヒェン)の姿を確認しております。彼に従うつもりはありません。
・謎の声による命令を『反骨の相』で抗っています。暗示は現在進行形で続けられています。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]睡眠、魔力消費(大)、バッグの中
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]拳銃、『王のビレイグ』、拳銃の弾(幾つか)、携帯電話
[所持金]神原駿河の自宅にあった全額
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい。聖杯が欲しい。
1:ルーシーを守る。
2:カインとアベルの行く末を見守る。
3:元居る場所に帰れるか、少々不安。
[備考]
・参戦時期は原作開始前、村に向かう直前。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。現在はバーサーカー(アベル)らの人質として報道されています。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
【高槻泉@東京喰種:re】
[状態]肉体的疲労(小)
[令呪]残り2画
[装備]
[道具]携帯電話
[所持金]小説家としての給料
[思考・状況]
基本行動方針:???
0:アイザックに揺さぶりをかける?
1:聖杯の詳細を参加者に教える。
[備考]
・参戦時期は[削除済み]。
・現在『東京』で発生している事件については大方、把握しております。
・三日目夕方までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・ホット・パンツがマスターであると把握しました。
・二宮飛鳥が行う生放送を把握しました。
・『聖杯』の原理を理解しました。
・アサシン(アイザック)のステータスと逸話を把握しました。
【アヴェンジャー(メルヒェン・フォン・フリートホーフ)@Sound Horizon】
[状態]魔力消費(小)、実体化(スキルによる視認不可)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:『復讐』に手を貸す。
1:アイザックに『復讐』を持ちかける?
2:マスターの『復讐』を成し遂げたい。
[備考]
・ホット・パンツのサーヴァント(アクア)の『衝動』を感知しています。
・三日目夕方までに死亡したマスター及びサーヴァントの魂と接触しました。また彼らから他の主従に関する情報を入手しています。
・マスター(高槻)に強い『衝動』があるのを感知しています。
・彼の宝具によって聖杯に致命的な問題が発生しております。
・ランサー(アクア)の能力を把握しました。
・『聖杯』の原理を理解しました。
・アサシン(アイザック)に対して能力を使用しました。
-
投下終了です。
タイトルは「神がおわしめすならば、私には必ずや天罰が下るでしょう」となります。
続いて、アベル、オウル、今剣、駿河を予約します。
-
予約分投下いたします。
-
東京虚無聖杯戦争 ログ-0326
記録日:聖杯戦争開始から4日目 12:31
付記:当時放送されていた■■テレビ局の緊急記者会見。
<再生開始>
記者:ついにテロリスト、通称『アベル』の確保に至った訳ですが、彼は投降したと噂に聞きます。事実なのでしょうか?
■■刑事部長:はい。アベルは我々に包囲された後、武器を捨て、投降いたしました。
彼同様、フードの男も抵抗することなく確保に至りました。
記者:何故、あれほどの規模のテロ行為をしたにも関わらず、投降したのでしょうか?
■■刑事部長:えー……それはまだ分かりません。現在、聴取が行われおりますので、次第に明らかとなって行くでしょう。
記者:人質の安否はまだ確認できていないのでしょうか?
■■刑事部長:はい。人質である少女達の捜索は、引き続き行っております。
記者:まだ、共犯者一名の行方が分かっておりませんが。
■■刑事部長:そちらは、えー……全力を尽くして捜索・逮捕に踏み切る方針でございます。
[以下、責任追及やアベルの罪状に関する話題]
<再生終了>
□
-
神原駿河を担いでいた今剣は、建物の物影に身を潜め続けていた。
彼自身の体力的な問題もあるのだが、駿河がアベルの共犯者として報道されている以上。
市民の視線から逃れる意味合いも考慮しての行動。
とはいえ、いつまでも隠れてやり過ごし続ける訳にもいかない。
今剣は途方にくれる。
だけど、一つだけ確固たる意思を持つ。
神原駿河――彼女を断じて名もなき人間たちの手中に陥れさせたくない。
今剣は無意味であっても叫びたい。
聖杯戦争の全てを……聖杯戦争での事実を。
そんな最中、名もなき生贄達の会話を今剣が耳にした。俄かに信じがたい一報。
アベルが確保されたという話。
サーヴァントが如何に強力で、人間相手では無力か。今剣は十分承知しているからこそ、理解できないもの。
どうしようもない殺戮者が……無力な生贄相手に降伏するなど?
思わず今剣は「うそです」と否定の呟きをしてしまう。
小さな少年が耳にしているとは知らず、無関係な通行人達は会話を続ける。
「結局、捕まっちまったのかよ。大した事ねぇな~~」
「思い切って銃殺とかしてくれた方が面白かったのによー」
分かっている。
彼らは、聖杯戦争を知らぬ。何ら無力で名も無い、存在すら生贄だと主催者に称される他愛ない通行人だ。
それでも今剣は、無性に苛立ちを抱え込んでしまう。
決してアベルを庇い建てる訳じゃない。彼が大量虐殺をやったのは事実だ。
動機も、殺したいから殺した。なんて冗談ではないほど内容の薄いもの。
だけど、今剣は道路に飛び出して、通行人たちに訴えたい気分になる。
真実を知らない人間は、どれほど気が楽なのだろう。
彼らは今剣たちの苦痛を全く知らない。分かっていない。それが……許せない。
「あべる………ぼくは…………」
噂だけでは何とも言えない。
ひょっとすれば、アベルはサーヴァントの能力で拘束され、本当の意味で確保されてしまったのかも。
その場合。ルーシーは?
アベルの仲間である人喰いや包帯男は?
「………アベルさんが……どうしたのだ…………」
「!」
血色は相変わらず最悪の状態だったが、どうにか神原駿河は息を吹き返したのだ。
今剣が偶然、アベルの名前を口にしたせいでもあったか、否か。
沙子に血をかなり吸われた為、意識はかなり朦朧としているが駿河は堪えている。
我に帰った今剣が、駿河の安否を不安しようとするが、それよりも先に駿河は尋ねた。
「すまない……かなり寝てしまったせいで、状況を把握してないのだが……ええと……確か」
「あ……ぼくは今剣です。さっき、けいさつしょで……」
「警察署……ううん。やはり記憶にない……迷惑でなければもう一度話をして欲しいのだが」
「わかりました。そのまえに、ここからすこし、いどうしましょう」
今剣も警察署での駿河のやりとりが曖昧であったのは分かっていた。
吸血のせいとは知らない今剣は、駿河は寝ぼけていたかと見当違いの解釈をしている。
しかし、駿河の容体を考えて人気のない、怪獣騒動の避難の為に開けっぱなしの状態の建物へ移動した。
-
●
東京虚無聖杯戦争 ログ-0351
記録日:聖杯戦争開始から4日目 正午過ぎ
付記:東京都千代田区■■■■ ■■■■警察署 SCP-076-2に関する調書。
<再生開始>
[終始物音や警察関係者による重要性の低い会話が続けられる]
刑事:えー。まず、お前さんの名前を聞かせて貰おうか。
SCP-076-2:[無言]
刑事:巷じゃ『アベル』と呼ばれているそうだが、本名は何だ?
SCP-076-2:[無言]
刑事:アベルというよりお前さんは『カイン』の方だろ。俺だってちったぁ聖書を齧ってるぞ。
人類最初の犯罪者って奴。え? そこんところどうなんだ。
SCP-076-2:二度とその名を口にするな。
刑事:[数秒の沈黙]あぁ、そうかい。喋れるんだな、てっきり緊張して喋れないかと思った……
SCP-076-2:[削除済み]
SCP-076-2:君が知りたい私がここへ至る経緯だ。洗いざらい喋ってやった。
刑事:あ……あー……もう一回話してくれ、早口過ぎる。
SCP-076-2:二度も話さない。
刑事:[舌打ち]どうしてこんな事した? そっちのカルト宗教の習わしか何か?
SCP-076-2:先ほど話した。
刑事:人質は?
SCP-076-2:私と同じ君たちの敵だ。
刑事:……冗談も大概にしろ。こんな女の子がお前さんの仲間だって?[恐らく桐敷沙子などの写真を見せているものと思われる]
SCP-076-2:この国に少年兵の文化はないのかな。
刑事:[数秒の沈黙]分かった。次にお前さんの仲間についてだ。あの包帯男はどうした?
SCP-076-2:私も探している。その為にここへ来た。それ以上の理由はない。
刑事:あぁ、そりゃ良い判断だ。日本の警察は優秀だからな、直ぐにお前さんと同じ牢屋へ入れてやるさ。
SCP-076-2:……タキザワはどうしている。
刑事:誰だ?
SCP-076-2:知らないなら、いい。
刑事:よくないんだよ、こっちは。
もしかして、あのフード男の名前か。そいつは助かった。あいつ、ロクな会話も出来やしないんだ。
[編集済み]
<再生終了>
-
○
「ありがとう……しかし、どうしたものだろうか」
今剣から一通りの経緯を説明されて、駿河は身震いする不調を抱え込んだまま、眉間にしわを寄せた。
駿河は、静寂に包まれていた彼らのいる空間を興味深く観察する。
デスクワークが可能なものが備えられた、現代社会において職場なのは確かだ。
目ぼしいポスターや象徴的な類は一切置かれていないせいで、何の企業は見当はつかない。
しかし、パソコンはどれの電源が入った状態(怪獣が出現した事態でシャットダウンする余裕などある方が可笑しい)。
なので駿河は、申し訳なく感じつつも、適当に一台のパソコンを拝借する。
頼りになるのはネットだ。
彼女だってホームページの一つや二つは表示する事が可能だ。
インターネットホームページの見出し。目立つ位置にニュース一覧は表示されている。
最新で、尚且つ注目度の高いものはトップに表示されたままだろう。
まさしくその通りで。
正午お昼時に緊急記者会見が発表、アベル逮捕の一報が大きく掲載されていた。
「まさか」と駿河も驚きを隠せなかったものの。詳しい情報を探るが、なかなか上手くいかない。
「アベルさんが居るのは……千代田区の……どうにか見つけたいのだが」
「どうするんですか?」
「アベルさんとバーサーカーさんと会うのだ。ルーシーさんはアベルさんのマスター……
尚更放っておけはしないではないか。ルーシーさんの判断通り、アベルさんがいなくては聖杯戦争は危険だ」
駿河自身が選んだのだ。
どういう事情であれ、アベルと協力しようとしたのは事実で。
世間的に犯罪者扱いされるのは仕方ない。
今剣はやるせない感情に支配されかけていたが、駿河は不調を全身で味わいながら言う。
「どうか私に協力して欲しい」
「はい! もちろんです!!」
「私達の目的は……主催者やここにいる人々の想いを踏み潰す行為なのだ。
私は……アヴェンジャーが、そう受け入れろと教えてくれたから。そのお陰で安心している……」
ここにいる人間は生贄、というよりかは模造品。
彼らは偽物なのだと最初に知ったが故に、割り切れた。
だけど、彼らも主催者も障害だが、ここから生きて脱出するだけの行為は彼らにとっての『悪』。
自分たちは『悪』である。
「そんなつもりじゃないのは私も同じだ。だが、覚悟が必要なのだ。自らの願いが他人を犠牲にするのだと」
ルーシーも、涙を浮かべて訴えていた。
自分は最低で、きっと『悪』である。
今剣が少しの間を開けてから深く頷いて、駿河に伝えた。
「わかりました………アベルのいばしょをさがして、ぼくもあいにいきます!」
「うむ。ええと、SNSで何か分かるかもしれないから……アカウント? しまった、分からないぞ」
手が詰まってしまったのに、駿河が躊躇すれば机の上に置かれたままの携帯端末が目につく。
我に返って、端末の液晶画面に触れて見れば、電源が入った。
ロック解除のスライドを行えば、運良く暗証番号のロックがかけられていない。
安堵した駿河は、噂で耳にするSNSのアプリを探る。
「良かった……これで…………」
けれども。
駿河は意を決して今剣に持ちかけた。
「私を信用してくれるならば、作戦が一つあるんだ」
-
◆
東京都千代田区にある警察署。
テロリスト二人の聴取が引き続き行われていた。
とはいえ、アベルからすれば喋る事は喋ったうえで、何も話す事が無いというのに。
「おい、いい加減にしてくんねぇか」
ドン!と喧しく、あえて脅迫する為にわざと机を叩く刑事の表情は険しい。
彼と面するように座るアベルの様子は、微動だにしない。恐怖の仕草をするどころか、息すら吐かなかった。
刑事はまだアベルが隠し事をしているのでは、と尋問を続けているのだ。
『財団』で似通った類は散々受けた為、不愉快な気分になるだけでアベルは余裕である。
無いものは無いのだ。
それ以上、一体何を話せばいいのやら………
「お前さんの目的はサッパリだが、他にも仲間がいるんじゃねえか?」
勿論、喋ったとも。
アイザックや滝澤の件もそうだが、アベルは全てを喋った。
神原駿河が馬鹿正直に話したように、聖杯戦争の事実もアベルの過去や経緯も(これは早口で刑事が聞き取れなかったらしい)。
何より……他の主従も。
そう。アベルは心底どうなっても良かった。
むしろ、アイザックが望むように聖杯戦争の全貌を暴露してしまうかの如く。
湯水をコップから溢れさせた。
だから―――アイリスも、安藤兄弟も、二宮飛鳥も、桐敷沙子達も、松野カラ松も、織田信長達も。
知る限りの情報を全てだ。
警察がそれをどのように解釈したか分からない。
アベルが沙子に関して少年兵を例えで挙げたから、いよいよ危険因子と判断したかも知れない。
松野カラ松や二宮飛鳥は、警察も追っていた為、本腰を上げるだろう。
あとサーヴァント。
カインもそうだが、謎の施設で顔を合わせた明やアクア、セラスの事まで。
アベルは面していないものの滝澤と交戦したナイブズ。
僅かにアベルが取り逃しているマスターとサーヴァントは存在するが、もはや大凡全てだ。
つまり、聖杯戦争に関わる全て。
こうなってしまえば、最早――聖杯戦争どころなんかじゃあない。
主従全てが『東京』において犯罪者扱いされる。
警察も――……一般人までもが、全て敵と化すのだ。
「包帯野郎を庇ってるんじゃねぇのか? 本当は居場所を知ってんだろ、お前さん」
刑事の言葉は、アベルにとって馬の耳の念仏。
唯一、アベルが伝えなかったのは『高槻泉』の存在。
彼女がきっと、アイザックを誘拐した犯人に違いないとアベルは直感で察していたし。
無暗に刺激すれば、素直に警察署へ顔を露わす機会が失われかねない。
「もし……何か隠してるなら今の内に喋った方がいいぞ。お前さんの罪状がちったぁマシになるかもしんねぇ
日本は死刑制度があるぞ。お前さんは間違いなく死刑になんだろうな」
散々話しかけられるものだから苛立ったアベルが呟く。
「だったら……今直ぐ殺せばいい。それが出来ない時点で軟な精神だ」
-
アベルの挑発を受けた刑事が隙を狙ったかのような暴力の手段を仕掛けた。
中年男性による一瞬だけの本気。
彼自身が本能と激情に流された動作。
どんなに足掻いたところで、アベルだけではない。恐らく包帯男のアイザックですら回避できる弱々しい動き。
アベルがドアノブを回す仕草で、男の腕を大きく捻った。
流れるようで、人間からすれば尋常ではない速度の世界の出来事に誰もが驚愕するのは当然。
「いっ―――!? お、おおおおお、腕の骨がぁあぁぁぁ?!?!」
マジックミラーごしで監視していた複数の刑事が、取調室に乱入してきたが。
アベルはいつの間にか手錠を破壊していた。手錠の残骸を手元で玩ぶアベルは、それで刑事たちの頭部に致命傷を与えた。
トンファーを扱うような動作に、聴取を書き取っていた警官が放心する。
恐怖に支配された空間で、アベルは警察に関心は一つも無かった。
「……騒がしい」
彼が起こした騒動ではない。
警察署内部から野外にかけて、人々がざわめき立っているのを直感で理解しているアベル。
一瞥したつもりのアベルだったが、唯一無傷の警官は睨まれ、意識が朦朧だ。
質問の返事はされないだろう。
全てを察したアベルは、退屈凌ぎとして取調室を後にした
◇
「馬鹿な真似はやめなさい……!」
「私は本気だ! 早くアベルさんと会わせてくれないかっ!!」
アベルが居ると噂された警察署内では、緊急事態に一階エントランスは騒然となっていた。
一人の少年に刃を突き立て人質にした高校生の少女。
彼女は、アベルの共犯者と噂された神原駿河。
決して警察も、監視の目を緩めていた訳ではなく。神原駿河に関しても、怪獣騒動で行方知れずの状態だった。
続けるようにしてアベルが降伏あった為、捜索の余裕がなかった。
警察側は半ば駿河が、崩落などに巻き込まれ死亡したと判断しかけていたのも事実である。
……真実の話。
駿河はアベルと会う為に、わざと少年――今剣を人質にしている風に装っていた。
彼女が持つ刃は、今剣が所持していた短刀。
謂わば、共謀した結果がコレなのだが、真相を知る者は限られていた。
勿論、これは興味本位で訪れた野次馬。マスコミの視線を完全に釘付けとさせるもの。
「するが! ほんとうに、アベルとあえるのですか……!?」
「いいや……私の狙いはそれではないのだ。警察がアベルさんを連れて来てくれる訳が無い……
私達はアベルさんを待っているのだ。アベルさん自身が来てくれると信じる」
そう。
これほど騒がしければ、サーヴァントによる拘束下以外でアベルが無反応ではいない筈。
……そうじゃなくともきっと。駿河は一つの可能性を信じ続けた。
失敗や不安を恐れては実行できない。
「――――ちゃんスル?」
「!!」
騒音をかき分けて発せられた狂った声色を、即座に反応する駿河と今剣。
少年少女の知る人喰いのサーヴァントが、指を咥えて、吹き抜けのエントランスの二階から傍観している。
どこか道化を装った雰囲気ながら、駿河にも察せる程に気力が削ぎれた状態のバーサーカー・滝澤。
滝澤にとって、一体どうして駿河が戻ってきたのか理解に苦しむ。
「バーサーカーさん……! ええと、ザックさんは!?」
-
何気なく尋ねた存在は最も滝澤を苦痛へ追いやっているとは知らぬ駿河。
滝澤が知りたい。
アベルだって知りたい。
不満をベラベラ無駄に語らず、滝澤は駿河達の所へ舞い降りる。
駿河と今剣を取り囲んでいた警察や、その他関係者は殺戮者が堂々と登場したのに恐れを為す。
「ザックきゅんはね………迷子なのよ」
「……うむ、そうか。なら、私も探すのを手伝おう。皆で探せば、必ず見つかる筈だ」
しかし、駿河は何も触れなかった。あくまで、触れなかったのである。
事情はとやかく。心情は定かではないが滝澤も何か思い詰めているならば、深く追求するべきではない。
終始無言の滝澤を傍らに、今剣も小声ながら。しかし確かに宣言した。
「ぼくもさがします! ルーシーやメアリー、すなこも………ぼくは、もういちど、あいたいです!!」
今剣による決心が口にされた直後だった。
尋常ではない大規模な揺れが、警察署という建物自体に襲いかかる。
撮影するテレビクルーは機材を担ぎつつ、野次馬は一目散で逃亡する中。やはり警察は居残った。
予想外の事態は、駿河たちにとっても同じ。
警察の誰かが叫ぶ。
「今だ! 容疑者確保ー!!」
警察を演じる生贄の足掻き。
少年少女と人喰いを覆い尽くすかのように、透明な警察専用の盾を持って包囲した状態から身動きを封じさせるかのように押し込む。
だが、無意味。
滝澤が化物の刃(羽赫)を形成した、周囲を一掃させる勢いの回転斬りをかませば。
盾などクッキーじみた耐久でしかなく。頭部や肉体が切断され、床に飛び散るのだった。
「ば……バーサーカーさん!」
駿河がどさくさに紛れて、今剣に短刀を返却する。
警察の数人が拳銃を取り出そうとするのを目視してから、駿河は滝澤に接近した。今剣も必死に続く。
すると、建物の床に明確な亀裂が走った。
駿河は例の――『不死身の爬虫類』による被害の全貌を把握していない。
故に彼女は言う。
「サーヴァントの攻撃なのか!? いや……まずはアベルさんを探しに――」
「………」
確固たる駿河の執念を眺める滝澤。
警察の面々も危機感を覚えた者は、建物内部からの避難へ行動を変化させつつある。
そして―――
再度、念を押すかの如く。警察署内部が……否、千代田区周辺で大規模な振動が走ったのだった。
▼
-
アベルは冷静に窓から外の景色を傍観していた。
警察署そのものは、完全に崩落しきっていない――安全とも言い難いが。
少なくともサーヴァントであるアベルからすれば大した問題じゃない。
東京都民からすれば、危険性の高い問題なだけ。
「大変危険です! 地盤沈下が急激に速まりました! 皆さん、大変危険ですので離れて下さい!!」
誘導する警察関係者は多く存在するが、彼らは退去することはない。
一時的に持ち場を離れざる負えなくとも、いづれ戻って来る。
先導アイチの通達が正しければ、彼らはこの土地ごと無かった事にされるのだから。
……結果だけが残る。
アベルが犯した罪、滝澤が喰らった人間の死、事件や噂。
過程など公にされず、理解もされず、ただ消滅していく………
「アベルさん!」
「あ……アベル!!」
騒動に紛れて上層階に到達した駿河と今剣は、滝澤と共にアベルを発見した。
彼は取り調べを受けたとは思えないほど冷静で、何ら不安の色も浮かべず、適当に設置してあるベンチに腰掛けているのだから、驚きだ。
アベルが神原駿河を睨む。
咄嗟に新たなブレードを虚空から出現させ、刃を駿河へ向ける。
「―――!」
駿河は恐怖がない訳はない。心底、未だにアベルへの恐怖心が渦巻いていた。
他愛もない、されど殺意の籠った気迫を空中に漂わせるアベル。
浮かない表情の滝澤を横目に、アベルは言う。
「何をしにきた」
実際に会話をしているのだと自覚すれば、アベルの言葉すら呪文めいたおぞましさを醸す。
駿河は冷や汗一つ流し、息を飲んでから答えた。
「ザックさんを探しに行こう」
「必要ない」
心底呆れながらアベルは刃先を方向を変化させる。
「何故、私の邪魔をしたがるのか」
「邪魔は―――」
「安藤のことを知っていた」
「…………」
沈黙する駿河を必要ないと言わんばかりに、アベルは凶器を振りかざそうと構えた。
今剣が思わず目をつむる。
だが、神原駿河は叫んだのだった。
「―――私、神原駿河は『アイザック・フォスターに殺され隊 名誉会員No2』だ!! 殺される訳にはいかない!!!」
-
静寂が広まったのは、正真正銘誰もが言葉を失くした状態だからだ。
おかまいなし駿河が続ける。
「ちなみにこれはザックさん公認だ。本人に確かめて貰っても構わない!
勿論、No1はアベルさんだぞ! バーサーカーさんは……ええとNo3だ! 間違いない!!
とにかく―――アベルさん!! ザックさんが大切ならば、アベルさん本人が迎えに行くのが礼儀ではないだろうかッ!」
「……………」
馬鹿の骨頂に思えるが、アイザック・フォスターは確かに神原駿河を殺すと宣言していた。
間違いようが無い。
だけど、先に殺すのはアベルだ。
それもアベルは知っている。駿河は、殺される相手はアイザックなのだと断言している。
信じられないやり取りに、今剣が呆然とする矢先。
滑稽に笑ったのは滝澤。悪魔めいた嘲笑は久方ぶりに響き渡った。
「ちゃんスル、やっぱ馬鹿じゃねぇの」
何も恐怖を克服してまでアベルにぶつける発言では到底ないからである。
刃が数秒間、動かないまま。
駿河からゆっくりとアベルが離したのに、今剣は安堵の息を吐く。
「やっぱり、アベルさんもツンデレだぞ! 聖杯戦争は別名:ツンデレ戦争に改名するべきだな!!」
「つんでれ? というものは、いいものなんでしょうか?」
「素晴らしい日本の文化だ! 後世に伝える価値は十分ある!!」
アベルが手を出さなかったのは、たった一つ。
シンプルで単純な事。
信用足りえないが、それでもアイザックを嘘吐きにはしない為だった。
崩落が停止した隙をつくように、警察が再びアベルたちと対峙しようとする。
聖杯戦争とは無関係で、何の意味も成さない、馬鹿げた戦いが幕を上げた。
-
【四日目/午後/千代田区 警察署】
【今剣@刀剣乱舞】
[状態]精神疲労(中)、肉体ダメージ(小) 、肉体疲労(大) 、NPCへの不信
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:警察への対応をする。
1:ルーシーと共に脱出する。
2:カイン……
3:なるべく人は殺したくないが、聖杯戦争の関係者以外は信用しない。
[備考]
・役割は「孤児院の子供」でした。行方不明となった為、警察に捜索届けが出されています。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アサシン(カイン)のステータスと真名を把握しました。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・駿河と情報共有しました。
【神原駿河@化物語】
[状態]肉体的疲労(中)、吸血による貧血(中)、沙子による暗示
[令呪]残り3画
[装備]私服
[道具]短刀「今剣」
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の世界に帰らなくては。
0:やっぱりアベルさんはツンデレではないか!!!
1:ルーシーや沙子達と合流する。マスター達はなるべく全員で脱出したい。
[備考]
・参戦時期は怪異に苦しむ戦場ヶ原ひたぎの助けになろうとした矢先。
・聖杯戦争について令呪と『聖杯』の存在については把握しておりません。
・役割は「不動高校一年生」です。
・アヴェンジャー(マダラ)の発言により安藤兄弟がマスターであると把握しております。
・『レイニーデビル』が効果を発揮するかは、現時点では不明です。
・NPCに関して異常な一面を認知しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスと沙子の主従を把握しました。
・アサシン(アイザック)のステータスとメアリーの主従を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスと真名を把握しました。
・安藤(兄)のサーヴァントが『カイン』ではないかと推測しております。
・葛飾区にいた主従(カラ松たちと飛鳥たち)の特徴を把握しました。
・沙子の暗示により沙子の手助けを優先させます。
このまま吸血行為を受け続けると死に至ります。死後どうなるかは不明です。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。住所など個人情報もある程度流出しています。
・警察にはアベル達以外の情報を教えないつもりです。
・今剣と情報共有しました。
【バーサーカー(アベル)@SCP Foundation】
[状態]魔力消費(大)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:アイザックとの約束を果たす。
1:アサシン(カイン)を始末する。
2:『エト』の動向を探る。
[備考]
・アサシン(カイン)の存在を感じ取っておりますが、正確な位置までは把握できません。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・アイリスがマスターであることを把握しました。
・あやめの存在を『直感』で感じ取っています。
・地下空間で見たものには、まるで関心がありません。
・現在、千代田区にある警察署で聴取を受けている事になっております。
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:全部殺して、自分が一番だと証明する。
1:エトの野郎、ぶっ殺してやる。
2:ザックくん……どうして……
3:ちゃんスルがいつも通りで良かった。
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
・現在、千代田区にある警察署で聴取を受けている事になっております。
<捕捉>
・アベルが彼自身が捕捉している主従を聖杯戦争の関係者であることを警察に暴露しました。
警察は聖杯戦争の関係者=テロリストの仲間と解釈している為、恐らく彼らを逮捕及び確保する方針です。
桐敷沙子、メアリー、ルーシーも人質ではなく共犯者であるとアベルが訂正した為、警察の対応も変化するかもしれません。
・また、前述に関して先導アイチ・主催者からの対応は不明です。
現時点では介入がないと判断しております。
・東京23区の崩落が進行しています。現時点で千代田区周辺まで被害が拡大しております。
-
投下終了します。タイトルは「長い長い夢の中の宴」です。
続いての予約をしたいところですが、ここでハロウィンイベントに関する招待状が届いております。
トリックオアトーチャー! 全世界のかぼちゃ達、みてる~?
生真面目に聖杯戦争を頑張っているかぼちゃ達に特別公演のお知らせよ!
東京都に特設会場・魅惑のチェイテ城が建設された記念にハロウィンイベントが開催されるわ!
スタッフ(使い魔)一同、全力でおもてなしをさせてもらうから、思う存分楽しみなさい!
……と、いきたいところなのに!
かぼちゃ達も知っての通り、ハロウィンを代無しにする場違いな奴が紛れこんだらしいの!
ハロウィン主催者直々の討伐令をここに宣言するわ! 報酬はチェイテ城貸切の特別公演チケット!
こんなピンチはさっさと片付けて、楽しいハロウィンにするのよ!!
……以上です。
という訳で、ハロウィン特別番外編を予約します。
本編とはそんなに関係ありませんので、通常の本編予約はどんどんして構いません。
なお、ハロウィン終了までに投下できるか怪しいので、そこを一応報告いたします。
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楽しみ
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アベルさんほんかわ
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感想ありがとうございます! 一先ず区切り良いところまで投下いたします。
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東京都チェイテ城内。
ハロウィンドレスに身を纏った少女のキャスター、エリザベート・バートリーは飾り付けを終えて満足げであった。
一体どうして彼女がハロウィン風味に変貌しているか。
経緯などは長くなってしまうので少々省く。
エリザベートの目的は一つのみ。ハロウィンを楽しむ事。
準備をしっかりしておきつつ、エリザベートは不満を漏らしていた。
「全く! 私(アタシ)がここまで手間かけなくちゃ駄目ってどういうこと?!
どうしようもないカボチャのブタどもね! マスターもそう思わない?」
彼女のマスターは、いわば肥満体形の中年男性であり。
エリザベートに要求されて制作した菓子を並べていたが、皮肉籠った返事をかえす。
「お前が散々頼むから仕方なく作ってやってるんだ。前にも話したが、俺はもう菓子なんかこりごりなんだよ」
「わ、分かってるわよ。アナタのお菓子だってサーヴァントにしか食べさせないから!」
それに………
如何にもハロウィンらしい飾り付けと、それに似合った飴細工のドラゴンや豪勢なケーキなど。
手間暇かかったであろうパーティー会場。
エリザベートは言う。
「何だかんだマスターも気合い入ってるじゃない! お菓子だって、本当は作りたかったのね」
「………はぁ。そうだな。最初は好きで作ってたんだよ……こんな風にならなきゃな」
やれやれと溜息ついて力を抜いた小太りの男性が、肩を回す。
「俺は少し休むよ。文字通り、腕を振るったのは久しぶりだ」
「そうね。あとはかわいいブタたちをここへ招待するだけ……ありがと、マスター」
マスターである男性が立ち去った後。
エリザベートが魔力を込めれば、菓子の幾つかに異変が発生する。
使い魔となったソレらはハロウィン一色へ染まった東京都へと徘徊を開始するのだった………
◎ ◎ ◎
-
ハロウィンシーズン到来!
偽りの東京都に突如として出現したチェイテ城の主により、ハロウィンが開催されたのである。
近現代の最先端都市は一夜にして幻想と神秘、恐怖と狂気に満ち溢れた空間へと変貌。
あちこちでかぼちゃ頭のスケルトン。クッキーで構成されたゴーレム。
ホラーを演出するドラゴン。魔女の容姿をしたスケアクロウゴースト。
腹をすかせたハングリーウルフが平然と徘徊するようになった。
そんな最中。
救世主のように東京都民を救うのは召喚された『24騎』のサーヴァントたちであった。
ハロウィンらしい吸血鬼や人喰い、怪物の英霊など恐怖ではなく、これ以上にない主役。
キャンディで悪いモンスターを破壊するランサー。竜殺しのセイバー。
子供に人気のロボットアーチャー。ゴーストを従えるキャスター。正義の味方と称し活躍するかぼちゃ仮面と大トカゲに乗ったライダー。
……という具合に、東京都はお祭り騒ぎなのだ。
だが―――
「こ、こんなところで死にたくない~~!!!」
不運にも、この時期の日本に帰国してしまった
アメリカにある世界最高峰の研究施設『ER3システム』を抜けた天才女子高生(ギフテッド)
どこかの世界ではアイドルをやっている『一ノ瀬志希』という少女が夜道を全力疾走する。
彼女は前述にあったモンスターたちに追われている。
別に理由なんかない。
犬や猫、鳥や魚の思考回路のように、モンスターたちは通りかかった志希を襲っているだけに過ぎない。
愉快で楽しいハロウィンだが、全てが全て順風満帆じゃない。
モンスターは都民に襲いかかるし、ゴーストは家に入って来る。
警察もそうだが、住職もてんやわんや。
モンスターによる死傷者の数だって日に日に大きくなっていくのは事実。
つまり、志希のような犠牲者は日常茶飯事なのだ。
「もう犠牲になった的な扱いは止めて~! ふにゃー! どうしよ、逃げ場が無いー!!」
彼女が逃げ込んだ路地は行き止まりだった。
途方に暮れる少女。
哀れ! 一ノ瀬志希の人生はここまでなのか!?
―――― ――――
「な、なに?」
志希は驚愕する。
突然、モンスターたちに異変が発生した。
ゴーストは成仏よりか完全四散し、ドラゴンとウルフは悪寒を感じて一目散に逃亡。
スケルトンはその場でただのかぼちゃに戻り、ゴーレムもただのクッキーとなったのである。
夢から現実に引き戻された感覚だ。相変わらず街の風景はハロウィン一色ではあるが………
「………死なせるつもりではなかったが」
通行人のように気付かぬ間に居合わせたらしい男性が、ポツリと呟く。
長身の細身。黒い裾出しシャツを着こなす彼の容姿で異色を放っているのは腰に下げた日本刀。
だけど、きっと何かアニメキャラのコスプレだろうと志希は指摘すらしない。
むしろ、初対面相手にくんくんと動物みたいに匂いを嗅ぐ。
男は怪訝そうな表情で尋ねた。
「そんなにかび臭いか?」
「んー? かび成分の匂いは全然しないよ! キミはいい匂いさせているからいい人だって!! アタシのこと助けてくれて、ありがと~!!」
「……今の内に逃げた方がいいぞ」
「あ、そうだね~!」
それじゃあと明るく元気に走り抜けていく姿は、ある意味アイドルらしさを醸しだしている。
噂によれば、チェイテ城の主はアイドルを自称するという。
志希のようなアイドルか。もしくはアイドルを強引に解釈しているのか。
「……俺が表に出されたのは、この事態をどうにかしろ。という命令か。……置物の俺に解決できるのやら」
その男。
ハロウィンにおいてイレギュラーの存在。『25騎』目のサーヴァント。
クラスは『ルーラー』である。
-
◆ ◆ ◆
私立不動高校。
ここも活気づいて(というか調子乗って)ハロウィンパーティーなんて催しを学校が企画していた。
殺人事件が発生した知名度にあやかって催しを実行に移すなど、度胸だけは認めても良い高校である。相変わらずイカれた魔境だ。
何より。
この学校には巷で噂のサーヴァントを従えるマスターが複数存在する事で有名となり。
冗談半分で開催されたハロウィンパーティーは一般人には好評だった。
「はぁ……ハロウィンか」
マスターの一人、安藤という高校二年生の少年が落ち着きない校内を見回す。
彼自身、なんだかここに居たくないものの。
無暗に街へ出て見ればモンスターがうじゃうじゃいるのだ。
サーヴァントが無数に存在する不動高校が皮肉にも安全地帯である。
霊体化している安藤のサーヴァント、カインが尋ねた。
『マスター。何故、マスターの身分を隠しているのでしょうか?』
『だって……変に注目されるのは変な気分になるんだ。カインも無暗に実体化できないし』
『……それもそうですね』
申し訳なさそうにカインが(霊体化しつつ)頷く。
カインの能力のせいで、かぼちゃからお菓子まで全て台無しになってしまう。
安藤も、自身の経験から無暗やたらに能力を明かすのは躊躇していた。
一方……安藤と同じクラスにいる來野巽は、セイバー・ジークフリートの存在で異常に際立っている。
会場である高校周辺を警備していた巽が、出現したモンスターに驚愕する。
「上空に竜……あれ、かなり大きくないか!!?」
「謂わば、リーダー格の竜だな。どうやら個々ではなく一群を率いて攻めて来たらしい」
恐竜に等しい規模の竜。
正真正銘恐怖の塊と呼ぶべきものが、平然と東京上空を飛来する。
だが、相手は竜殺しの異名を持つ英霊。巽が興味本位で取り囲んでいる野次馬を払いながら、ジークフリートに命じた。
「ジークフリート! 宝具で一掃してくれ!!」
「ああ!」
闇夜を切り裂く閃光――『幻想大剣・天魔失墜』が発動する最中。
不動高校一年生の教室の店番を担当しているアイリスと神原駿河。
唸りながらアイリスはふと呟く。
「ジャパニーズの『メイド喫茶』というのは知ってたけど、これってファッションショーみたいなものじゃない?」
そこは有名な『メイド喫茶』ではなく『コスプレ喫茶』である。
馬鹿真面目にメイド服を着るアイリスを傍らに、駿河は部活で使用している運動着だ。
駿河が熱烈な語りをした。
-
「分かっていないな……メイドや執事が萌えるのは、もはや常識レベルの話なのだ。
時代は最先端を往く。運動着や制服、大正ロマンなどジャンルが幅広く展開されている」
「あぁ、ブライト博士も言っているくらいだし。流行が変化したってことね?」
「うむ、例えば軍服などはデザイン性が非常に優れているぞ。今度、アヴェンジャーにも着させたいのだが……
そういえばセイバーはどうしたのだ? ツンデレ具合を確かめようと私は登場を心待ちにしているが」
「ごめんなさい。セイバーは用があるって……多分、こういう場所が嫌いなのよ。スルガのアヴェンジャーは?」
「アヴェンジャーはそもそも参加しないと。正直困った話だ。アヴェンジャーが宣伝すれば集約数学年一位を獲得できた筈……
お互いツンデレサーヴァントを持つ者同士、苦労が絶えないな……」
「え? ツンデレってこういう意味?? なんかもっとこう、カワイイ感じがしたわ」
二人が会話を繰り広げていると。
安藤の弟である潤也が、自らのサーヴァント・ライダーのジャイロを引き連れて現れる。
「全然客きてねーじゃん! なぁ、暇なら二人とも手伝って欲しいんだけど……」
「構わないが。どうすればいい?」
すると、ジャイロが嫌々しい表情を浮かべて答えた。
「クッキーのゴーレムとか、倒したら菓子になるモンスターがいるだろ? あれ食おうって話さ」
流石にアイリスも困惑の表情で「止めた方がいいんじゃ」と言う。
決して、潤也やジャイロも好き好んで提案している訳ではないのだ。
周囲にはそういう声が絶えない。
片づけるのに邪魔な使い魔の死骸の処理方法の一つとして確立しよう……そういう周囲の意見である。
とは言え。されど少し前まで生きたモンスターな訳で……
駿河も眉を潜め、腕を組みながら意見した。
「可能ならば率先してやってもよさそうだが、人体に害はないのだろうか」
潤也が携帯端末でSNSを確認しつつ、教える。
「それがさ、勝手に食ってる奴らが居るらしいんだよ。情報がマジなら何ともないって」
「ええ……?」
アイリスはSCPの類を熟知している為、改めて状況を見直す。
「多分……あの城に住んでいるキャスターの能力で動いているモンスターよね? 直接確かめた方がよさそうかも」
「あーそっか! でも、あの城。こっから距離あるんだよなぁ」
-
潤也が悩むところ。
廊下を走り、何かを探す生徒が一人。
生徒会長で有名だった三年の遠野英治である。主従関係者である潤也達がそこに居た為、咄嗟に英治は問う。
「みんな! 僕のバーサーカーを見かけなかったかい!?」
「む? 遠野先輩のバーサーカーは、また無断に、いや勝手に高校から出て行ってしまったのか?」
「あぁ……申し訳ないけど、見かけたら止めておいて欲しい」
命令をさせるにしたって意思疎通不可能なバーサーカー相手に難しい話だ。
幾ら遠野英治が好青年で、優秀な魔術であっても、彼のバーサーカー・ジェイソンを完璧にコントロールするのは不可能。
ある意味、彼は貧乏くじをひいてしまったのだろう。
苛立ちと疲労を浮かべながら「頼んだよ」と立ち去る遠野は情けなさがある。
「このままでいいのか……?」
そんな光景を眺めていた安藤。
何か……何か良くない気がする。平穏が肌に合わないというか、非現実的すぎて感覚麻痺を起しているのか。
安藤自身、理解に苦しむ。
アテもなく安藤は、念話でカインに尋ねた。
『なぁ、変わった事ってあるか? なんかもう色々と起こり過ぎているけど』
『そうですね……どうやら新たにサーヴァントが召喚されたようです』
『サーヴァント?』
『随分と強大な魔力を感じました……いえ、正確には今も感じられるのですが。
これほど距離がありながら、私にも感知できる魔力……元より膨大な魔力を保有するサーヴァントなのでしょう』
つまり、非常に目立つという事。
それだけでも面倒なサーヴァントに絡まれそうなのだが……
安藤は切っ掛けが欲しかった。新たな変化を取り入れる為の切っ掛けを。
◇ ◇ ◇
-
ハロウィンの夜は長い。
何ら討伐クエストを設けられた訳でもなくジークと彼のサーヴァント・ランサーのブリュンヒルデは、
街で徘徊し続けるモンスター退治に明け暮れていた。
永遠に続くハロウィンなどありはしない。10月31日が終われば、奇妙で愉快なお祭りは終わりを告げる……筈だ。
「どういうことなんだ? あの城にいるキャスターの仕業なのだろうか……」
ジークは戸惑っていた。
何時まで経過してもハロウィンは終わらない。
永遠に31日がやってくる……きっと、否。紛れも無く犯人は、城にいるハロウィンのキャスターだ。
だが、一体目的はなんなのか。
しかし、ハロウィンが人々を楽しませる催しだと理解したジークは、思い詰めている。
ブリュンヒルデが言う。
「一先ず、彼女に使い魔たちの件で話し合ってみましょう」
「そうだな。俺もハロウィンを中止したい訳じゃない。彼女も人々を楽しませる為にやっている」
足を運ぼうとするジーク達を観察していた主従が一つ。
適当に、魔女っ子のコスプレを楽しんでいた女性の体を乗っ取ったジャック・ブライトが
やれやれといった具合で、溜息を漏らす。
「クッキーのゴーレムを倒すと道路がクッキーまみれになるのは、どうにかしないのかね。私はうっとおしくて堪らないよ」
ブライトのサーヴァント・幽々子は「そうね」と同意した。
「でも、実際攻撃してくるんだから仕方ないじゃない。
そこらにいる幽霊も、私の能力で集めたところで収集がつかないのよね。ハロウィン仕様に成ってるせいで魂食いできないし」
「あの桜の木に捧げればいいんじゃないかな?」
「ハロウィンのキャスターが『季節はずれにもほどがあるから撤去しなさい!』って言ったじゃない」
ただ――幽々子だからこそ感じ取った異変が一つある。
彼女がそれを語ろうとした傍ら、自棄に騒がしい声が聞こえる。
人々に囲まれている金髪の少女・メアリーが面白そうにお菓子を貰っている。
隣では「凄いコスプレだ!」とサーヴァントとして認知されていないものの、人気者扱いされてるアイザックことザックが居た。
「本気でやってますね! そのメイクどこでやったんですか!?」
「写真撮らせて下さい!!」
「名刺交換しませんかっ!」
今日に至るまで、こんな風に注目された事ないザックは、気持ち悪く感じて。
害虫を払うように集って来る人間を蹴散らしていった。
「あー」と疲労感漂う溜息をつくザックに、メアリーが話しかける。
「ザックもお菓子食べる?」
「食い飽きた。つーか……なんか物足りねぇっていうか」
-
ザック自身、何か違和感を覚えながら。
先ほどジーク達が倒したゴーレムの残骸を拾って食べる子供たちを目にした。
誰かから貰う菓子ならともかく、いくら食べられるとは言え使い魔の死骸を食うのはどうかしていると呆れる。
「……何か忘れてるよーな………」
そんな事をぼやくザックの目の前で、突然。
――――バン!!!――――
「………あ?」
「ひっ………!?」
ザックは目を丸くし、メアリーは恐怖に支配された。
『子供が一人、前ぶれも無く爆発した』……のである。
文字通りの爆発四散。血肉が四方に飛び散って、骨の破片が凄まじい勢いで建造物に衝突。凄まじい破壊を巻き起こす。
それに巻き込まれ怪我を負った子供が数人泣き喚く。
突然の事態に現場は戦慄が走った。慌てて戻ってきたジークは叫ぶ。
「何が起きた!?」
「うえ、えええええん………」
恐怖のあまり、連鎖的に泣き続ける子供。その一人が、またもや爆発。
いよいよ、周辺で立ちつくしていた人々も未知の恐怖に逃げ惑い始めた。
メアリーも涙目ながら、ザックに訴える。
「ざ、ザック! 早く逃げようよ!! きっとサーヴァントの仕業だもん、こんなの!!」
「……そうだ」
血まみれの光景。破壊的な情景。
ザックは周囲の状況などおかまいないしに、ある事実を思い出す。
不敵な笑みを浮かべながら、瞳の死んでいないメアリーに対して呼びかけた。
「信じられねぇぜ、肝心な事を忘れてたなんてよ! おい、メアリー!! アベルの野郎探しに行くぞ!」
「え? 誰?? あ、待って! ザック!!」
そそくさと逃走するザックとメアリーを余所に、ジークは周辺を警戒するが理解できない。
サーヴァントの攻撃ならば、何らかの反応があるだろう。一切、感じられない。
使い魔が原因? なにがどうして爆発が?
使い魔を捕食したよるものならば、他の捕食を行った人間に影響がないのは一体??
ジークは拳を握りしめる。
「原因が分からない……使い魔のせいなのか? いや、とにかく使い魔達に近寄らないよう注意を促そう。ランサー」
「ええ、それが最善です。マスター」
一連の光景を意味深に眺めるブライトと、思う幽々子。
幽々子は、最近召喚された例のサーヴァントの件を重ね合わせる。
ジーク達もザック達も、個人の考えの下行動を開始してしまったので、仕方なく遅めの提案をブライトに持ちかけた。
「ブライト? 一つ話があるのだけど……どうしたの?」
「あぁ……もしかして、と思ったんだけど確証が無くてね。それより何か妙案でもあるのかい」
「ええ。きっと役立つ作戦よ。でも、私と貴方だけじゃ……ちょっとね?」
「?」
-
● ● ●
東京都内は各々の仮装を纏った子供たちがあちこちで見かけられた。
ここにもまた一人。
子供ながらも、マスターの一人である少年。今剣が通りかかった人々に対し告げる。
「とりっく・おあ・とりーとです! おねがいします!!」
偶然、今剣が声かけた下校途中の中学生・二宮飛鳥と先導エミの二人もまた、マスターだったが。
彼らはここで初対面になったばっかりで、これといって関係もない。
最早馴れた様子でエミが学生鞄からお菓子を差し出す。
飛鳥はお菓子とは言い難いが、のど飴が入っていたのでソレを渡してやる。
今剣を笑顔で見送ったものの。エミは溜息つく。
「はぁ~……もうお菓子がなくなっちゃった」
呆れたエミのサーヴァント・ブルーベルが霊体化を解いて、不満げに顔を膨らませた。
「もー! 調子に乗って渡し過ぎるから、そうなっちゃったのよ! アイチ達に渡す分はどーすんの!!
「うん……どこかで買うしかないよね。飛鳥ちゃん、途中でお菓子屋に寄ってもいい?」
「まぁ、仕方がないさ。ボクもついでに買おうかな」
しかし、飛鳥は念話で霊体化しているアサシン・零崎曲識と会話する。
『本格的なハロウィンは想像以上に大変なものだね……
街に徘徊しているモンスターだけじゃなく、お菓子を求める子供たちにも気をつけないとは。
ボク自身もまだまだ子供とはいえ、ああいう風にお菓子を求める年頃ではないよ』
『ふむ……マスターは慎んでいるが、お菓子を求める側に回るのも悪くない。積極的に祭りごとに一歩踏み出す勇気が必要なのだ』
『そうかい? 少し考えてみようかな。ところでアサシン。
キミはエミのキャスター……ブルーベルと違って実体化しないようだけど、何故だい?』
『あぁ、それか。ハロウィンというのはアレだ。遊園地や行楽地とは大いに異なる。
家族連れではなく、子供達のみで構成された群れで行動する点だ。更に加えてソレらが向こうからやって来る……
僕にとって目に毒以上に、人体に毒と称するべきイベントだと思い知らされたものだ』
『……? つまり、子供が嫌いなのかい?』
『いや、嫌いではない』
厳密には少女を殺したくなる。
少女のマスターには暴露できない性癖を抱えた殺人鬼にとって、ハロウィンほど都合のいい(殺人的な意味合いで)祭り事はない。
欲求不満な曲識が、周辺を探ればまた一人の少女の姿が確認できる。
-
洒落た喫茶店にいるゴシック系ドレスを着こなす、死人の肌を持つ少女・桐敷沙子。
彼女は馴れないハロウィンに戸惑うマスター達とは異なり、この世界に感動していた。
「本当に夢みたいだわ……これほど素敵な世界ありえないもの」
寝ても覚めてもモンスターが踊る夜。
例え人を喰っても何ら不満をぶつけられる訳じゃない。
どんな種族ですら、ショッピング街を堂々と走り抜けて楽しめる理想の塊。
ハロウィンを開催したキャスターは、決して沙子の願望を叶えたつもりはない、利害が一致したに過ぎないのだろう。
しかし、残念な事に沙子以外の屍鬼の仲間はここにはいない。
「全員でここに住めたらいいのに……バーサーカー?」
コーヒーしか飲まない、向かいで座る狂った梟は指を咥えて、沙子の話を聞いているか定かではなかったが。
喫茶店を覗き込む小説家の高槻泉の姿を目撃し「なんだアイツ」と本音で呟く。
ガラス越しで手を振る高槻に気付いた沙子は、少々驚きながらも。
沙子や梟がとやかく動作する前に、店内に入って来たのである。
「ちゃんスナ~♪ その服、めっちゃかわいいねー。あ、店員さん、アイスコーヒーよろしく~~」
「高槻さん? 今日はどうしたのかしら」
「いやぁ、事件だよ。ちゃんスナ……ちょっと滝澤くん、奥につめてよ」
「スナコの隣に座れよ」
赤の他人を追い払うかのような梟の態度に呆れつつ、高槻は沙子の隣に腰掛けて話を進めた。
「今日、自棄にゴーストがいないと思わないかね?」
「幽霊(ゴースト)? 言われてみれば、そうね……」
チェイテ城の主に酷似したハロウィン風のゴーストが日常のように徘徊していたのを、沙子は知っているが。
指摘されれば、確かにアレはどこにもいない。
むしろ。
現在、沙子たちのいる周辺地域には使い魔の姿すら確認されていなかった。
それ故に、今剣を含めた子供たちがお菓子を求めて行進が行われているのだろう。
現実的では当然で、ハロウィンにおいては不可思議な現象に、高槻が運ばれてきたアイスコーヒーを飲み干しながら話す。
「最近、新たにサーヴァントが召喚されたんだけども……知ってる?」
「何となく知っているわ。いえ……何だか嫌な感じがするのよ。本能的に謙遜してしまうような」
「お、流石ちゃんスナ。ご名答! どうやら『奴』が原因であるのは間違いないのだよ」
即ち。
ハロウィンにとっては『イレギュラー』な存在。
使い魔たちの消滅でハロウィンの雰囲気が損なわれてしまう。
否、彼らの存在は『東京』において住人は必要不可欠であるのと同意義なのだ。
-
でもまぁ。高槻が続ける。
「私のアヴェンジャーも迂闊に近付けないほどでね。誰かと協力したいのだけど……」
「……アベルは?」
沙子が一言口にしてみれば梟が不敵に笑みを零す。
「アベルくんは協力しないだろ」
「そうね……ごめんなさい。私には心当たりがないわ。放っておきたくは無いけど」
「うーん、残念。となれば他を当たるしかなさそうかな」
如何にも惜しそうに高槻がわざと述べていると。
突然、店内に破裂音と悲鳴が響き渡る。
それは外にいた飛鳥たちにすら聞こえるほどの騒ぎで、何が発生したかと言えば客の一人の『肉体』が爆発したのだ。
文字通り、爆弾のように。
戦慄が聞こえる状況で、今剣が不安げに言う。
「よいち、いまのは……サーヴァントのしわざですか!?」
『いえ。こちらからでは何とも言えませんが』
霊体化した状態ながら、今剣のサーヴァント・アーチャーの那須与一が冷静に告げた。
与一を含めたサーヴァント全員が魔力らしいものを感じていない。
マスターの所業が浮上していた。
○ ○ ○
-
「……あれか?」
『ルーラー』が半信半疑で睨んだのは、現代の東京都には似つかわしくない、すっかりハロウィン仕様となったチェイテ城。
全ての元凶があそこにいるとは、少々目立つというか。
逃げも隠れもしない。何を考えているか共感すら難しいのだ。
相変わらずの気だるい態度でルーラーはやれやれと溜息を漏らす。
「素直に引き下がってくれそうにないか……だが、事を解決しなければ、俺も蔵に戻れないんでな」
「蔵? どこかで聞いた事ある! 蔵くらしのナントカ? ひょっとして未来からやってきた人型ロボット~?」
「………」
沈黙したルーラーの代わりに、居残っていた少女・一ノ瀬志希が説明する。
「あの城って、アタシが来る前にはあったらしいけど。誰が住んでいるかは皆知らないみたいだよー
そもそも、住んでいるかも定かじゃない。正真正銘のミステリーホラーっていう?」
「……おい。なんでいるんだ、逃げたんじゃないのか」
「んん~~不思議な事に、キミの周りはモンスターがやって来ないんだー! よく分からないけど安全地帯にゃ♪」
志希の言葉通りで、彼女は逃げようにも。
悠々自適に徘徊するモンスターのいる街中をわざわざ突っ切るよりかは、マシだ。
だが、残念なことに安全な場所なんて東京には存在しない。
家にいれば何にも巻き込まれないと過信するようなものである。
呑気な志希に対し、苦悶の表情を浮かべるルーラー。
「むしろ逆だぞ。この状況からして、俺が召喚された原因は何かと面倒な奴だ。俺に関わらない方が良い」
「召喚って何?」
「……遅かったか」
現代においては異常な、ハロウィンにおいては日常的な冷気が漂えば
一人の武人と人喰いの主従が現れる。
決して、ルーラーが呼び出した訳じゃないし、むしろ彼らはルーラーから離れるべき種族であろう。
にもかかわらず、目の仇にして憤りを抱いた様子なのは、奇妙奇天烈なハロウィンの影響なのだ。
重装備の鎧を纏ったランサー・ヴラド三世がルーラーを睨み、叫ぶ。
「なんと忌々しい『気』か! 貴様……何者かは知らぬが、鴉すら死へ葬るとは………余程この地獄の具現を邪魔したいようだな」
-
ルーラーが沈黙を守るのに。
ランサーのマスターであるカナエが命令を下した。
「ランサー。あの小動物が奴のマスターだろう。あれを仕留めるだけでいい」
「御意のままに。必ずや、あの血肉を貴方に」
「え? え!? なんだか変な勘違い発動中……!?」
困惑する志希と殺意に満ち溢れたランサー。
双方を眺め、いよいよルーラーが腰にさしていた日本刀を引き抜く。
周辺で漂うだけだったゴーストや、飛行するドラゴンも本能に合わせて避けて行った。
ランサーの宝具『串刺城塞』が志希とルーラーを地中から襲いかかるものの、物ともしない愚か。
ルーラーの斬撃によって一掃されたのだった。
絶大な威力に、ランサーも唸る。
「成程……! その刃は血で穢れていないと云うか!!」
「試し斬りぐらいだったら、したことはあるがな」
「戯言を!!」
カナエが上空からおびただしい蝙蝠の群れを発見し、舌打ちをする。
何も、邪魔が入らないとは慢心してはいないが――現れたのはランサーの異なる側面・バーサーカーのヴラド三世である。
瓜二つとも言えず。
全てがそっくりじゃない。
それでも二人はヴラド三世である矛盾した状況。
ランサーの方が苛立ちを隠し切れておらず、憤慨を露わにしていた。
「よりにもよって貴様が邪魔をするとは……!」
「勘違いをするな。余は妨害の前提でここに至ったのではない。そうだろう、マスター」
ルーラーの膨大な魔力に惹かれて現れたのは、やはりサーヴァントとマスター。
そして、バーサーカーのマスター……馳尾勇路の登場により、彼が確信めいた言葉をぶつける。
「お前だな! ハロウィンを邪魔しやがってる〈潜有者〉(インキュベーター)は!!」
「インキュベーター? 魔法少女の契約する人だったかな……」
そのように惚ける志希を余所に、バーサーカーの方が勇路に指摘する。
「冷静になれ、奴はサーヴァントだ。貴様には何か見えないのか」
「サーヴァント? ……ルーラー? アヴェンジャーみたいな基本クラスじゃねーもんか?」
「ほう、裁定者か。ならば本来、この場を取り仕切る存在であろう。何故、このような妨害をする」
まだ寛容性のあるバーサーカーからの問いかけは有難いが。
ルーラーは、呆れてどう反論すればいいか、言葉に迷う場面なのだ。
顔をしかめたルーラーが、至極冷静に返答……否、彼らに問いかけたのである。
「だったら言わせて貰うが……アンタらこそ『聖杯戦争』を放棄して何をしている?」
「?」
-
聖杯戦争の知識のない志希はともかく、揃った主従全員がルーラーの質問が理解できなかった。
まるで『聖杯戦争』とは何事だと言わんばかりの。
聖杯戦争を取り戻そうとするルーラーこそが敵であると称するような。
漠然とした空洞が口を開いて待ちかまえていた。
当然のことだ。
これは聖杯戦争だ。聖杯戦争の途中だった。ハロウィンパーティーなんて本来はやっていないし、元々東京の季節は春。
しかも四月の上旬の時期。桜が咲き乱れて、花見を楽しむべき頃。
ところが……どういう影響なのか、彼らは聖杯戦争を放棄し、ハロウィンを満喫している有様だ。
謎めいたルーラーの話をカナエが一蹴した。
「何を分からん事を……裁定者であろうが場違いなのには変わりない!」
「ふわぁー!?」
最終的に彼らは攻撃を仕掛けて来る。
無数に襲いかかるバーサーカーの使い魔や、ランサーの槍の森。
四方を挟まれ攻撃されては、志希じゃなくとも成す術ない。
だが、ルーラーが刃に魔力を込めた斬撃を振るえば、触れただけで使い魔は消滅し、槍は薙ぎ払われた。
何より――バーサーカーはルーラーの発生させるただならぬ魔力に、悪寒を感じた。
それはランサーも同じく。
双方が自らにとって危険な攻撃であるのは明白で、バーサーカーはマスターである勇路にも危機が迫るものだと察する。
「お~……? 何とかなったカンジ?」
志希が顔を上げれば、殺意を燃やしていた敵の姿は全ていなくなる。
とはいえ。ルーラーも容易に『宝具』を展開してしまうほど、厄介な状況であった。
早急に事を解決させなくてはならない。
ルーラーの使命はきっと、聖杯戦争を取り戻す事なのだ。
刃を仕舞ったルーラーが志希に告げる。
「分かったか? 偶然巻き込まれただけでは済まされないからな」
「うーん。とんでもない匂いがプンプンするから一緒にいるよ!」
「おい……」
「だって、あの人達。まだ近くに居ると思わない? それにキミがこの事件解決してくれるなら、手伝った方がいいと思うんだよね!!」
改めて志希が言う。
「アタシは一ノ瀬志希ちゃん! 日本に帰ってきたの、最近なんだー帰国子女って奴~! 君の名前は?」
「………『大典太光世』」
「え? 『オール電化は三○』?」
「…………」
「にゃーっはっは! 嘘だよ、ちゃんと聞こえてるから♪ おおでんた? すっごい珍しい名前~!」
「ルーラーと呼んでくれ」
-
所謂、志希は名もなき東京都民の一人でしかない。
格別ルーラー……大典太光世も彼女を単純に巻き込もうとも、引き込もうとも考えていない。
しかし、どうやら彼女は立ち去る気配が無い。
ゴーストや使い魔であれば、問答無用に払う能力でどうにかできるものの。
仕方が無いので、ルーラーは説明した。
「待ちに徘徊する使い魔を発生させているのは紛れも無く、あの城にいるサーヴァントの仕業だろうな」
「サーヴァント?」
「……あそこに住んでいる奴だ」
「ふんふん、城に住んでる魔王様を倒せばステージクリアー、ってことだね!」
「あぁ……全てが『元通り』だよ」
元通り。
即ち『聖杯戦争』が再開される―――ハロウィンは完全に消滅し、全てが無かったことにされる。
夢のような物語は、きっと志希の記憶にも戻らないだろう。
聖杯戦争で血で血を洗うハメになるよりかは、断然マシな世界。
されど、夢から覚めなければらない。ルーラーも、夢を打ち砕く為だけに召喚された。
志希の足取りは軽いが、ルーラーは重い。
双方それぞれの思惑を抱く一方。
離れた位置から超人的な聴力で全てを聞き取った不審なかぼちゃを被った男が、拳を握りしめる。
「なんと……! 全ての元凶、全ての悪とは城に住むキャスターだったというのか!!」
男は聖杯戦争のマスターが一人・平坂黄泉。
ハロウィン仕様の為に被っているかぼちゃはさておき、彼は共に行動していた幼女のライダーに言う。
「今こそ正義が立ち上がる時! 共に行くぞ!!」
ライダーは力強く頷き、マスターと共にルーラー達よりも早く街を駆け抜けて行ったのだった。
▼ ▼ ▼
-
投下終了します。絶対にハロウィン期間には間に合わないと思いますので、続きは気長に待って下さい。
-
中編投下します
-
▼ ▼ ▼
「えぇ? 人体爆発ぅ? まさかセイバーちゃんのせいじゃないよね??」
『私の場合は、ドカーンってやって粉々にするから肉片は高速で飛んで行かないわ』
「そっかー良かった~……って、良くないけど!」
SNSで噂になっている人体爆発事件。
しょうもない情報によって松野トド松のサーヴァント、フランドールの仕業じゃないと証明されたものの。
使い魔たちが襲いかかるならまだしも、正体不明の攻撃に襲われるのは誰もが御免である。
東京都内。折角のクリスマスのような、折角のハロウィンに。
釣り堀にいるトド松とカラ松。
霊体化しているが、フランドールとカラ松のサーヴァント、宮本明も居た。
しかしまぁ。
カラ松は微動だに動かない竿を眺めつつ、話した。
「物騒な事から逃れるには、最近召喚されたサーヴァントの近くに居れば安全って訳だ。そろそろ行くぞ、トッティ」
「行くって、アテはあるの?」
「勿論! ノープラ―――
『魔力を辿って行けば簡単だろうな』
お決まりを遮った明の念話に、少々フリーズしたカラ松。
気を取り直して、続ける。
「……例のサーヴァントは魅力を解放しきっているようだ。俺のアサシンとトッティのセイバーによるシックスセンスで――」
「もー、僕は先に行くよ? トド松兄さん」
「待て! 最後まで聞いてくれ!!」
トド松も、フランドールが魔力を探ると念話で助言した為、そそくさと目的地へ向かう。
揃いも揃って兄弟二人の作戦とは。
マスターである彼らは使い魔などサーヴァントによって倒してしまえば、それで解決である。
だが、サーヴァントが戦闘を行えば魔力が消費される。
一般人の松野兄弟にとって、魔力消費は滅多にしない肉体労働も同然。
なので――勝手に使い魔たちを払う能力を持つサーヴァント(ルーラー)に頼ろうと云う話だ。
情けないクズっぷりである。
それにしても、トド松は呟いた。
「モンスターを追い払ってくれるサーヴァントって……陰陽師?」
「おお、日本なら『安倍晴明』じゃないか!? 尚更、頼って問題ないな!」
最早、頼る前提のクズマスターはさておき。
念話で明がカラ松に話す。
-
『ありえなくない話だが……それならキャスターのクラス。最悪、東京都全土に何らかの術式を施すだろう』
「な、なんだ。不安になるような事を………だったら他に心当たりの英霊はいるのか、アサシン」
『そうだな……「大典太光世」じゃねぇかと思っている』
「オール電化? 凄まじい名前だが聞いた事ないぞ」
『いや、刀の名前だ。宝具と言った方が正しいか……魔除けの霊刀であり天下五剣の一本だ』
それを所持する英霊?
しかし、その宝具が原因とも断定してはならない。
何であれ彼らは、例のサーヴァントと接触する方針に揺らぎは無かった。
最も、兄弟二人は自分の安心のため。
サーヴァントの二騎は、何故このタイミングでサーヴァントが召喚されたのかを不信に思って。
そんな彼らの前に登場したのは、使い魔退治に明け暮れているロボのアーチャー・ひろし。
今日は、珍しい事にマスターであるアダムの姿もあった。
アダムが少々血相を変えて、通りかかった松野兄弟二人に声をかける。
「あぁ! 君たちは確かマスターの……マスターの二人かね? すまない、何分見分けが出来ないものでね……」
トド松は「そうですけど」と答えて問いかけた。
「何かあったんですか?」
「君たちも噂で聞いていると思うが、人体爆発の事件……あれの原因が判明したんだ」
「本当ですか!? やっぱりサーヴァントの仕業……?」
「恐らく――信じがたいがマスターの仕業だ。街に徘徊するモンスター……あれを捕食する事で人体に影響を及ぼす」
「……ほっ!? 食べるって、アレ食べた人がいるんですか!?」
驚愕というより呆れた突っ込みをするトド松。
確かにお菓子で作られたモンスター。クッキーやケーキ、ドラゴンも飴細工の欠片があったり……
だけど、それを食べようなんて発想は馬鹿のやることではないか。
トド松の理解を凌駕する馬鹿が、東京にはいたらしく。
アダム曰く、原因はそれなのだとか……
「何。食べた人間はすぐ爆発する訳ではない。3日ほど時間が経過する必要がある。
一先ず、君たちも使い魔を食べないよう注意を促して欲しい」
心良く頷く場面なのだが、カラ松の顔色が自然と悪いものへと変化していた。
「まさか」とトド松が察する。
「カラ松兄さん……アレ、食べちゃったの!? 馬鹿なの!?!?」
「あ……その……」
『冗談じゃねぇぞ!? マスター!』
-
カラ松の記憶では数日前、近所の住人が明の倒した使い魔の死骸を片づけるついでに、食べているところに遭遇し。
流れに流され、ついつい使い魔の残骸を口にしてしまったのである。
味は意外といけていた気がしたが、もはや関係ない。
ロボットながら焦るひろしは、カラ松に尋ねた。
「おい、全部食っちまったのか!?」
「い、いや。クッキーゴーレムの一部だけしか食べていないぜ……」
「はぁ………良かったな。爆発は全部食べなきゃ発揮されねぇよ」
「フッ。流石は俺……運だけで危機を乗り越えるとは………」
「一歩間違えば死んでたの、分かってる?」
トド松からの冷たい突っ込みに「アッハイ」と小さく返事をするカラ松。
とはいえ人体爆発の原因が早期に判明したのは、アダム自身、原因を把握する人物であったから。
これがサーヴァントではなく、マスターだと断言できた理由の一つだ。
霊体化していたフランドールが実体化しつつ、確認する。
「つまり、どうするつもり?」
「ハロウィンは中止にする訳にはいかない……使い魔を東京に放つ事を禁止して貰うか。あるいは――」
アダムの言葉を先読みしたトド松が答えた。
「最近、召喚されたサーヴァントですか? 僕たちもその人を探しに行くところだったんです」
「あぁ……ならば行こう。最悪の事態が起きてしまう前に」
カラ松が落ち着きを取り戻しつつ、眉をひそめる。
「最悪の事態? これ以上、何が起こるっていうんだ?」
「ハロウィンの主催者であるキャスターからすれば、使い魔たちを追い払う例のサーヴァントは邪魔者でしかないだろう?」
「………ということは、つまり―――」
▽ ▽ ▽
-
「何て事をしてくれたんだ! キャスター!!」
「私に言わないでよ! そんなつもりなかったんだから!!」
東京都チェイテ城では一組の主従が喧嘩を繰り広げていた。
城の主であるキャスターのエリザベート。
小太りの男は、彼女のマスターである。
件のマスターの『お菓子』には途方もない、悪趣味かつ異常極まりない性質が施されてしまう。
故に、彼はあまり菓子作りを積極的に行おうとしなかったのだが。
ハロウィンパーティでサーヴァントのみに振舞うとエリザベートと約束が成された為、彼は久方ぶりに腕を振るったと云うのに。
一体どうしてこうなったのだろうか。
エリザベートが渋々話す。
「たっ……確かにそうよ! 私はマスターのお菓子を使い魔にして、街に放ったけど……
でも、それを食べようって神経の方がおかしくない!? 私は食べないと思ったからそうしたのにっ!!」
「ええい! 言い訳はもういい! 何もかもが遅すぎる……!! あああ、クソったれ………!!」
先ほどから得体の知らない苦しみを味わうマスター。
意を決したエリザベートは、えいっと彼を気絶させたのだった。
折角のハロウィンがこのような事態になるとは、エリザベートも浮かない表情で溜息をつく。
「一体どうやって誤魔化そうかしら……それにしても、何で使い魔を食べようなんて――」
「呆れたものだな。予め対応策を考えておけばいいものを……」
「だ……誰!?」
気配なき声に困惑するエリザベート。
それもその筈。声の主は『気配遮断』によって先ほどからの存在をかき消しており。既に城内に侵入していたのだから。
更に、蝙蝠の真似事のように天井に貼りついていたとは、エリザベートも予想外だった。
むしろ。本来は『アサシン』のクラスが適正であるアヴェンジャー・うちはマダラ。
彼の世界は「忍びなのに忍んでいなくない?」な風潮があるが、立派な暗殺者には変わりない。
唐突なマダラの登場に、奇怪な悲鳴を上げるエリザベートを余所に。
華麗に着地したマダラは話を続けた。
「一つ聞かせてやろう。世の中には悪影響を及ぼす外来種が出現すれば
『こいつらは食料化可能なのか、そして美味しいのか』を探る連中がいる。
手間暇かけて駆除し、死体処理するよりかは自分の糧となった方が効率的だからな。つまり、今回のケースがそれだ」
「訳が分からないわ……それがクールジャパンって奴………?」
「そういう事にしておけ。……俺以外に誰か居るようだな」
「………」
-
マダラに指摘されたことにより霊体化を解いたのは、セイバーのナイブズ。
格別、感情を浮かべていない様子の彼だったが。
どこか忌々しくエリザベートに問う。
「あの使い魔共を撤退させる気は毛頭なさそうだな」
「当たり前じゃない! だって、あれがなきゃ『ここ』でのハロウィンが盛り上がらないのよ?」
反論の内容がナイブズにはいまいち理解出来ないものの。
決して、使い魔が徘徊するのは心良くない。
何故ならナイブズの宝具もとい能力には、存在の消滅に危機を伴う代物だ。
ハロウィンなどで摩耗させなくてはならない理由がどこにも見当たらない。
手っ取り早くエリザベートを始末するべきだろうか……
ナイブズが改めて言う。
「なら、いつまでこのふざけた祭りをやるつもりだ」
「ふざけてないわ! それに………パーティを開催したいのだけど、邪魔者先にどうかして欲しいのよ」
「邪魔者?」
「最近召喚された謎のサーヴァントよ! 使い魔たちを倒すんじゃなくって、消してしまうの」
「……つまり、あのサーヴァントを始末し、パーティとやらを終わらせればハロウィンも止めると」
「最初からそうだって言ってるじゃない!!」
無駄な戦闘を回避できるなら、それで十分か。
ナイブズがあっさりと引き下がったのは、エリザベートがハロウィンを完遂させるのを目的であると確信しているからであり。
更には、エリザベートが話題に上げた謎のサーヴァント。
その魔力は明らかに………『本来の』聖杯戦争には存在しないものだから。
不気味に大人しく退散したナイブズの後を、先ほどの会話に同席したマダラが追跡していた。
しかめっ面のナイブズに、マダラは冷静に話す。
「お前も事の全貌が分かっているなら、余計な手出しをする必要はないだろう」
「……」
恐らくマダラもナイブズ同様。
聖杯戦争の記憶が残っており、ハロウィンなる異常に対抗しようとしている。
例のサーヴァントは、間違いなくエリザベートを妨害する要因だ。
確かに、彼らの出る幕などない……だが。
城内から今までとは異なるかぼちゃの使い魔が、城内から飛び出したのを目にして流石のマダラも不満を口にした。
「ドラゴン娘め、姑息な手を………」
ナイブズは、もしやと直感を働かせ、自らのマスターに念話をするのだった。
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「あの~……マスター。付かぬ事をお聞きしますが、盛り上がってないですよね?」
「『はろうぃん』とやら盛り上がる? 全ッ然。盛り上がる要素、どこにあるワケ? 大体なんだよ、その格好。舐めてんの?」
東京都内にある国会議員の一人、織田信長の自宅にて。
吸血鬼のコスプレもとい。
女吸血鬼だからこそ吸血鬼の格好を着こなす、アーチャーのセラス・ヴィクトリア。
一方、ハロウィンの知識おろか関心もない信長にとっては、奇天烈な祭りごとはあまり気乗りではなかった。
というか。異国の文化なので、馴れないのは当然であろう。
それよりも。
彼の自宅にはもう二組の主従が存在していた。
一組は、シスターの格好のまま居るホット・パンツ。彼女のサーヴァント、ランサーのアクア。
ハロウィンに便乗して、あちこちから貰い貰ったキャンディを口にしながら、アクアが言う。
「アダムのおっさんが人体爆発の件を手っ取り早く伝えるには、お前に頼った方がいいって聞いてきたんだけど」
「そもそも、俺は食品衛生部門の政治家じゃない」
「てか。使い魔を食べるって……食品衛生上の問題なんでしょうか。それ以前の問題だと思うんデスガ」
「第一。なーんでアダムの奴が爆発の原因を把握している。そこが胡散臭いだろ!」
あぁ、とホット・パンツが同意する。
「アダムは機密事項な為、詳細は伝えられないと一点張りだったが……」
アダムの対応には不信感があるものの。
結局、使い魔を捕食しなければ異変は発生しないという訳だ。
セラスが思い出したかのように、ある一枚の紙を取り出す。
「先ほどハロウィン主催者のキャスターさんから討伐令が届きまして………
何でも使い魔を無力化させてしまうサーヴァントを打倒した後、皆でパーティを開催すると」
「はぁ?」
胡散臭いと言わんばかりの信用しない表情を浮かべる信長。
これまでの情報通りなら、爆発の原因である使い魔を消滅を止めさせろなんてとんだ話だ。
アダムの話が事実であれば、だが。
しかし、信長も例のサーヴァントに気づいており、討伐しろなど言われても。
ジト目でセラスを睨みながら、信長は問う。
「パイチャー。お前、あのサーヴァントには近づいたら死ぬんだったか」
「い、いえ。死にはしませんけど、嫌だなぁ……って感じで。私にとっては天敵だと思います」
セラス――即ち『吸血鬼』には天敵。
やれやれと溜息ついたアクアが腰を上げた。
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「どっちにしろおっさんには無理だって訳かい」
「お前がおっさん言うな、ロリババア」
「今度それ言ったらぶっ飛ばすよ。やい、テンション低いそこのマスター。お前のサーヴァントは戦えるんだろうね」
「!」
アクアに声をかけられたのは少女のマスター……ルーシー・スティール。
申し訳そうに。
それでいて緊張気味にルーシーは答えた。
「分かりません……念話をしているんですけど、返事がなくて」
「まーたアベルの奴はほっつき歩いとるのか、マジでお豊の亜種だな」
元より人類には理解不能の思考回路の持ち主だ。
完璧に意思疎通が可能で、完全にコントロール可能だと慢心する毅然とした人間の方がどうかしているか。
だが、自分自身の不甲斐無さにルーシーは意気消沈する。
ホット・パンツは、一つ確認した。
「ノブナガ。お前は誰を倒す? 私は……あのキャスターを倒しても良いと思う。奴がいなくともハロウィンは続行可能だ」
「それが妥当よ。俺のパイチャーを即死させかねないあのサーヴァントとは、最初から戦わん」
アクアが口に含んだアメ玉を噛み砕いて、加わる。
「キャスターもそうだけど……問題はマスターの方じゃないかね。そっちを倒した方が早いよ」
「うむ。事実確認してからでも遅くはあるまい」
キャスター・エリザベートが待ちかまえる城へと向かう信長達に同行するルーシーは、少々奇妙に思った事がある。
それは、勿論アベルのこと。
理解不能な殺戮者であるのは変わりなかったが、何時になく様子が可笑しい。
憤りを使い魔の破壊や人々の虐殺にぶつけていたのは最初で。
今はそのような事が無い。
故に、ルーシーは魔力消費で苦しむ心配はないのだが……アベルは決定的な『何か』を欠如したかのようだった。
△ △ △
-
エリザベートが、至急に命じた討伐令は使い魔たちによって順調に配られていた。
人体爆発の真相を把握していない者や、ルーラーを心良く思わない存在からすれば願ったりな話。
否、命じられなくてもやってやろうな者だって居るかもしれない。
そんな中―――
東京都の一角。
先ほど人体爆発が発生したおかげで、騒然となった喫茶店のある場所。
マスターの少年・今剣が必死に伝えたのである。
「ぼくは、あのサーヴァントのしょうたいをしっています! だから、いいます。かれは、わるいことをしようとはしません」
それを聞くのは現場に居合わせた飛鳥とエミ、その二人のサーヴァントたち。
戸惑いつつ飛鳥が尋ねる。
「なら……彼の真名を教えて欲しい。もし善人であれば逸話で十分把握できるからね」
「残念ながらそれは難しい話です」
今剣の代わりに、彼のサーヴァント・那須与一が答えた。
「彼とはそもそも人ではないのですから」
驚きを浮かべながらエミが聞き返す。
「えっと、人じゃないって化物とかですか………?」
「真名は『大典太光世』。天下五剣の一つであり、魔除けの霊刀としての逸話は語り継がれているでしょう」
「それはつまり『宝具』じゃないのかい?」
飛鳥は浅い聖杯戦争の知識で導きだす。
英霊の人物が所持する宝具。『大典太光世』はそれに分類される方が正しい。
だが、今剣は首を横に振った。
「いえ、ぼくとおなじです。ぼくは短刀『今剣』の付喪神です………しょうかんされたのは『大典太光世』の付喪神なんです」
「な……何よそれ~! 無茶苦茶じゃない! 宝具がサーヴァントになってるって事でしょ!?」
-
ブルーベルの言葉通り。
今剣同様『付喪神』であれば、肉体を得てサーヴァントであっても納得できるが。
その前提こそが受け入れ難い話だ。
けれども、飛鳥のアサシン・零崎曲識は霊体化したまま「ふむ」と言う。
『「大典太光世」……僕も聖杯の知識で知ったが、魔除けあるいは病除けとして使用された太刀だ。
何でもソレの保管してあった蔵に止まった鳥は全て死に絶えるらしい。成程、使い魔など接近しただけで消滅する筈だ』
「それはそれで恐ろしい話だね……」
『何より問題は……何故今頃になってソレが召喚されたのかだ』
「確かに……以前から思っていたけど………」
何か理由があるとすれば?
飛鳥が思案する中、ブルーベルが今剣に問い詰める。
「ホントーに大した奴じゃないのよね、そいつ! 余計な願いとか持ってるんじゃないでしょーね!!」
「う、うーん……なんといえば………いつも『俺なんかどうせ……』とかいっています?」
「俺なんかどうせ……」(ブルーベル)
「……俺なんかどうせ……か……うん………」(飛鳥)
「俺なんかどうせ……?」(エミ)
天下五剣の癖してなんだその卑屈精神は、なる突っ込みはさておき。
改めて今剣は方針を語った。
「ぼくは、かれ(大典太光世)とごうりゅうします!」
「……とマスターが申しておりますので、私もそのつもりですが。皆さんは?」
しばしの沈黙の末。飛鳥が口を開く。
「ならボクもそうするよ。理由が何であれ、彼と直接会った方が話は早いんじゃないかな」
エミも「うん、そうね!」と同意した。
意見が固まったところで、突如人々の騒がしさが増加している。
再び人体爆発が発生したのではなく。使い魔たちが雪崩の如く、この地域に押し寄せているのだ。
理由としては、例のサーヴァント(大典太光世)の能力から逃れようと、本能的に逃走した末がここだったのだろう。
ブルーベルが苛立って吠える。
「やっぱりブルーベル達の邪魔してるんじゃないの!?」
「そ、そんなつもりじゃないですよ!」
今剣による苦し紛れのフォローをかき消すかのような乱闘が始まった。
-
■ ■ ■
「討伐令……?」
かぼちゃの使い魔によって運ばれた手記に困惑の声を漏らす巽。
彼以外にも、不動高校に揃っていたマスター達――アイリス、英治、駿河、潤也の手にも同様のものが渡されていた。
討伐対象は近頃召喚された正体不明のサーヴァントと云う。
集結したマスター達の中で、率先して英治が切り出した。
「とにかく、指示に従おう。ハロウィンが中止になりかねないなら仕方ないよ」
まず、アイリスが申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。セイバーが討伐令には従うなって念話で伝えてきたわ……」
「えっと……どういうことだ?」
疑問を投げかける巽。
アイリスもセイバー・ナイブズの意図を完全に掴めていない。
彼からは、従うなの一言のみだった。それ以上の言葉はなかった。
つねに言葉数は少ないし、駿河も感動するツンデレのテンプレなのかも定かじゃないが。
ハッキリしている事実がある。
「多分、セイバーは協力してくれないわ。スルガはどう?」
「うーむ、私に関しては念話すらない! 実質放置プレイだぞ!!」
潤也が「なんで嬉しそうなんだよ……」と苦笑いを浮かべつつ、答えた。
「俺のライダーは大丈夫だぜ。サーヴァントも魔力が目立ってるらしいから簡単に見つけられるってさ!」
「あぁ、俺のセイバーも問題ないぞ」
巽と潤也のサーヴァントは双方共に指示に従う(貴重な)存在であった。
そして、英治は言うまでも無い。狂ったバーサーカーとは念話すら交わせないのだから。
渋々話を進める英治。
「……どっちにしても二人のサーヴァントが頼りだ。僕たちは出来る限りの事をするしかないね」
「よーし、さっさとサーヴァントの奴を倒しに行こうぜ!」
乗り気な潤也を制して巽が言う。
「対策とか必要なくていいのかな? とは言っても手掛かりはないけどさ……」
「あー……真名とか? 使い魔を追っ払うなら『安倍晴明』かなーって思うな」
「随分とお困りのようだね!」
-
迷える少年少女を嘲笑するかのように出現した魔女のコスプレをした女性。
もとい、彼女を乗っ取ったジャック・ブライトと幽々子。
彼らも討伐令を受けて、わざわざここまで至ったのである。
幽々子が早速話を切り出す。
「例のサーヴァント、真名なら心当たりあるわ。戦力としては誰が?」
ブライト博士の登場に、嫌な予感を抱きつつアイリスが答える。
「タツミのセイバーとジュンヤのライダー……その二人だけど…………」
「なら十分ね。とくにセイバーがいるなら頼もしいわ」
「俺のセイバーが? ひょっとして竜に纏わる英霊とかなのか」
面白おかしく唸りながらブライトが笑う。
「相手は実戦経験が乏しい……と言えば十分かな? 実力勝負で押し切れるという訳さ。
宝具を甘く見てはいけないだろうが、君のセイバーなら大丈夫だよ! 安心したまえ」
実戦経験のない英霊など意味不明で謎が深まるが。勝機があるならば問題はない。
ハロウィンを継続させるべく、戦地へ誘って見せるべきだ。
不安を一つ感じたアイリスがブライトに尋ねる。
「ねぇ、博士。今回の件、SCPは関わっているの?」
「おや。察しがいいじゃないか、アイリス! まぁ君は心当たりはないだろうけど、とあるSCPが関係しているのは確かだよ」
「やっぱり……じゃあ例のサーヴァントが――」
「そこは残念、ハズレだ。正解は、お菓子の使い魔を捕食した際に発生する人体爆発の異常だ」
「!?」
ハロウィンパーティーに夢中だった彼らは、頻繁に発動する人体爆発の件を把握していなかった。
事件にも衝撃を受けたうえ。
それがSCPの仕業なのも驚きを隠せない。
霊体化を解いたライダー・ジャイロが冷や汗浮かべつつ、言った。
「やっぱり! 止めておいて正解だったじゃねーか、ジュンヤ!!」
「だってさ食って爆発したって話は聞いてないぜ!?」
「ハハハ! そこがこのSCPのタチの悪いところ。捕食して大凡三日後に爆発する仕様なんだ、これが」
それに。
ブライトは少々深刻そうな表情を浮かべて、続ける。
「生憎、私も詳細に把握してなくてね。なんせ……この異常を発生させているのは『SCP-345-JP』……
日本支部で収容されている人型オブジェクトなんだから」
□ □ □
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「ザック! 待ってよ……一体誰を探してるの……?」
「あぁ? 何言ってんだ、アベルに決まってんだろ。……そーいやお前も様子が変だしよ」
「……????」
必死に追いかける少女・メアリーの瞳を見て、ザックは顔をしかめていた。
彼は思い出したのだ。
だけど、東京は聖杯戦争ではなくハロウィンパーティーを開催。
メアリーの瞳に淀みは無い。
傍らには少々変わった少女・沙子の姿や、気の狂った梟はいないが。殺戮者であるアベルの姿すらない。
彼なりにアベルを捜索し続けるが、一向に発見できないのが現状だった。
馬鹿だが、ザックはどうにか考える。
「あーくそ! アベルの野郎、どこにいんだ!! カインの野郎は殺したのか!? だったら直ぐにでも殺して……待てよ?」
そもそもハロウィン開催を宣言したのは派手なドレスを身に包んだキャスターだ。
なら、彼女を殺せば?
いいや、それではアベルとの約束が成立しない。
だけども――彼女をどうにか問い詰めればハロウィンは中止となって、聖杯戦争が、全てが戻るかもしれなかった。
………それでいいのか?
「良いに決まってんだろ」
一瞬浮上した迷いを振り払うかの如く、ザックは言い放つ。
とにかく、ハロウィンは中止にする。もう一度アベルを殺害する為に、東京を戻す。
ザックの険しい思惑を知らぬメアリーは、そこに通りかかった少年を目撃した。
彼は紙を手にしながら思い詰めた表情だった。
――討伐令か……
少年・安藤は、不可思議な状況について考え始めていた。
使い魔を倒されて困る。だったら、今まで他の主従たちがしてきた使い魔退治は不問する訳だ。
何故、あのサーヴァントのみ討伐を求められているのか……
キャスター・エリザベートに関して致命的な鍵を握っているか、どうか?
違う。
もう少し状況を考えろ。安藤は自分自身に言い聞かせる。
確かに、東京中に溢れ返りそうな使い魔たちも全てを倒し切れる訳じゃないのだ。
実際、魔力の都合で巽ですら危険な使い魔だけを集中的に狙っており。
他の主従も同じであろう。
そして――例のサーヴァントは恐らく、壊滅的に使い魔を滅ぼす能力を所持しているという事……
つまり……?
-
「トリック・オア・トリート!」
「……え?」
メアリーがそう安藤に告げてきたものだから、間抜けな声を漏らして安藤は目を丸くした。
お菓子?
何か持っていたような、持っていなかったかも?
慌ててバッグを探ろうとする安藤。自然とメアリーの傍にいたザックに視線が向かう。
ハッと我に帰る安藤。
(サーヴァント……!?)
マスターの安藤にステータスが視認可能なのは当然だ。
しかし、それを躊躇する動作を起こしたせいでザックは自然と鎌を構えていた。
あれは本物だと確信した安藤。
一方で何故、動揺しているのか自身に疑問を抱いても居た。
どうして殺されるなど不吉を感じ取るのか。ハロウィンパーティーの最中だ、サーヴァントやマスターが殺しあえなど……?
『マスター! お逃げ下さい!!』
即座に反応したのはカイン。
実体化した瞬間、ザックが振りかざそうとする鎌の盾となって立ちふさがった。
本来ならばカインが手傷を負う立場の筈が、ザックの腕に傷が生じる。
理解不能な現象も聖杯戦争ならではものならば……!
確信を得た安藤と同様、夢から目覚めた殺人鬼は猟奇的な笑みを浮かべた。
「あ!? いってぇ……やっぱりマスターか! おい、アベルの野郎知らねぇか? あいつを殺す約束してんだよ」
「………!」
よりにもよって聞く相手が間違っているが、カインは決して口を開かない。
アベルがどこにいるかは知らない上。彼を死なせたくない想いが、確かにあるのだから。
安藤は意を決して言う。
「なら……聖杯戦争を取り戻してからだ。ハロウィンを中止する為に、あのキャスターを倒す!」
「……あー何だ。お前、あのコスプレ嬢ちゃんをどうにかするつもりか?」
凶器を片手に悠々と喋るザックは、安藤にとってはかつて命を狙った殺し屋を彷彿とさせた。
しかし、どうやら彼の方も聖杯戦争の関する部分を取り戻しているらしい。
最早、聖杯戦争おろか神秘の隠蔽すら追いつかない状況下だが。
あのキャスターが異常を発生させているならば、倒す他ない。
単純な計画だが、ザックも賢くない頭脳を働かせていた。
「つーか、こんな事。サーヴァントが出来んのかよ。聖杯戦争やってねーし、メアリーも様子が変だしよ」
「私? そんなに変かな」
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わざとらしく惚けている様子ではないメアリーを余所に。
安藤は一つの存在に気付いた。
ポツンと不自然なように、少女が一人。こちらに近づいてくる。
けど、きっとマスターの一人だと安藤は確信して。ザックに関しては見覚えがあった。
「アベルの前にイカれ嬢ちゃんの方が先に会ったな。人喰いの奴もいんだろ」
「……私、あなたとは初対面のはずだけど。どこかで会ったかしら」
「はぁ? 何ボケてんだ、テメェ!」
首を傾げる少女・沙子は細かい部分を差し引いて、話を続けた。
「ハロウィンは中止にしないで欲しいの。私はこの世界がいつまでも続いて欲しいわ」
「そんなの……いつまでも続く訳がないだろ!」
厳しい口調の安藤。
少女とは思えぬ眼力で睨む沙子。
馬鹿げた願いは本心から出たものであった。しかし、安藤の言うとおり夢物語が続く保証は無い。
それでも――
安藤たちの頭上から奇襲を仕掛けてきた人喰いの梟。
少なくとも、安藤やカインは対応が遅れてしまうがザックはどうにか一撃を防ぎきった。
狂ったように笑う梟に対し、苛立ちを爆発させるザック。
「あぁ、そうかよ! このイカレコンビが!!」
瞬間。
安藤達の周辺が暗黒に包まれる。メアリーは未知なる闇に対して、潜在的な恐怖が込みあげて来る。
ザックが時間を稼ぐのを察した安藤は、蹲るメアリーを引っ張り駆けた。
暗黒から抜けても、部分的な闇は広がっており、ザック達の様子は分からない。
安藤とメアリーと共に脱出したカインが我に帰った。
「餓えた木になっているな」
そうこの世のものとは思えぬうめき声と共に、巨大な化物が襲いかかる。
怪獣と称して違和感のない、ビルの合い間を這うように移動するソレは安藤やメアリーの肉体より何十倍ある巨体。
骨のような腕が安藤たちを襲う。
「おおうい。何サマのつもりだ。逃げるなオラァ!」「植えた気になってる「リンゴォ!」「頭がしゃわしゃわしてくる」
触手らしき器官から発生する口がそれぞれ喋り続けるのが、鳥肌が立つ。
攻撃を仕掛けるソレが、サーヴァントではない事実が安藤にとっての恐怖であった。
カインが魔力の秘めた触手の攻撃を受ければ、怪物本来の口内から女性が苛立った声が聞こえる。
「いってぇなぁぁぁぁあぁぁ~~~~~このクソザコボケナスがよぉぉおぉぉぉ」
「………!」
「マスター! 私が時間を稼ぎます!! あの城へ向かって下さい!!」
「あ、あぁ……!!」
止める――あのキャスターを、しかしどうやって!?
安藤はメアリーと共に狂った東京の街を走り続けながら考えるのだった。
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● ● ●
「ふ、ふにゃ……これピンチなんだよね………?」
志希が緊迫気味に焦りを覚えるのは無理もない。
呑気に構えていたつもりじゃなかったが、あれから再び体勢を取り戻したヴラド三世のランサーとバーサーカー。
謎のかぼちゃ頭のバーサーカー……ではなく。行方不明の遠野英治のバーサーカー・ジェイソン。
彼らは問答無用に志希とルーラーに猛襲を続けていた。
ジェイソンは、ハロウィン仕様のせいでアイスホッケーマスクじゃないが、能力は健在だった。
確かに動きは遅いが、幾度もなく復活を果たし。逃げようものなら固有結界を発動させる……
膨大な魔力を誇るルーラーであっても。消耗戦を強いられては不利だ。
疲労を感じつつルーラーが呟く。
「やはり……置物の俺では…………」
「このまま押し切れ、バーサーカー!」
人々が楽しむハロウィンを中止させては駄目だと、勇路が吠える。
彼らの想いは確固たるものだが、本来――聖杯戦争をやるべきなのだ。
一つ、歯車が狂ってしまっただけ……想いを踏みにじるハメになると分かっていたが――
ルーラーは今まで躊躇していた。だけど、こうなっては致し方が無い。
魔力の具合から、ランサーが反応する。
「もしや、宝具の解放か。僅かな魔力で終わらせようとは―――良し! こちらも応えようではないか!!」
余計な真似をしでかそうとするランサーにカナエが言った。
「ランサー! 調子に乗るな。撤退しろ!!」
「マスターよ……あれも最後の一撃だ。こちらが確実に仕留めようぞ」
ランサーはルーラーの一撃を真っ向から受けて立つ算段だったが、バーサーカーは勇路に促す。
「あれを喰らっては貴様もタダでは済む訳がない。分かっているな?」
「……くっ」
恐らく、勇路の保有する<断章>の影響か。
ルーラーの怪異殺しの一撃を、あるいは波動すら受けてしまったら勇路の死に直結しかねない。
無論それは――吸血鬼のバーサーカーも同じく。
なけなしの魔力を解放したルーラーの宝具――『烏の音が鳴き止む晒され頭の子守唄』。
効果の範囲が及ぶ全土に対して展開される一撃。
逃げ遅れた使い魔たちは全て消滅し、ルーラーの斬撃が敵対するサーヴァントへ向けられた。
だが。
それを受け止める騎士が出現する。
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「そうはさせない―――!」
「何!?」
『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』
その宝具を所有するセイバー・ジークフリートが斬撃を喰らいながらも、物ともせず更なる宝具を解放した。
『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』
竜殺しの黄昏の剣気と霊刀の剣気が衝突を巻き起こすのだった。
高濃度の魔力爆発が東京一角で巻き起こり、結果は相殺となった……しかし。
「どうせ……こうなろうとは思っていたが………」
「ルーラー!? ほらほら! 座り込んじゃったら駄目でしょー!?」
志希がどうにかルーラーの気力を回復させようとするが、元よりルーラーは裁定者らしく願いはないが気力もない卑屈精神である。
むしろ、アイドルの可能性を秘めた志希の明るさを眩しく感じるほどに。
遠くに見える城をぼんやりと見つめるルーラーが言う。
「少しは俺が時間を稼ぐ……そのくらいは出来るさ………」
「え、一緒に行こうよ!」
「そもそもアンタは……関係ないんだ。何も心配しなくていい」
「………もー! 分かった!! 志希ちゃんがお城のラスボスにお願いして、ハロウィン中止して貰うから!!」
「おい……」
志希がアイドルにも、海外にも味わえなかった魔王の住む城への突入という珍事に手をかける。
ルーラーが無気力ながら突っ込んだ先。
霊体化して潜んでいたジェイソンの登場に、少女らしい悲鳴を上げる志希。
それを妨害したのはライダー・ジェイロの鉄球だった。
ジェイソンが鉄球により転倒した隙に、志希は必死に全力疾走する。
散々な乱入の末、カナエが割り込んだ。
「何故アレを逃がした! 殺せば良かったものを……!!」
「よく見ろ! あいつはマスターなんかじゃあない。魔力も何も感じなかったぜ……余計に殺さなくて良かったな」
「クソ……」
-
だったら。
状況を飲み込めない勇路が尋ねる。
「その……ルーラーのマスターはどこだよ? つーか、ソイツ倒せば終わりだ。話はその後でもいいだろ」
「……………」
しかし、皆が一向にルーラーに止めを刺さないのは、彼があまりに無抵抗な態度だったからだ。
宝具を解放する魔力も、万策を尽きたから諦めているうえ。
どうせ殺すつもりなんだろう。な表情と来たものだから、訳が分からない。
果たして、訳の分からないサーヴァントとして倒すべきなのか?
「お……おいおい! 何してんだ、お前ら!!」
慌てて間に合ったロボットのアーチャー・ひろし、それからカラ松のアサシン・明が登場した。
魔力の具合から何が起きたか全て把握している。
だからこそ、明もひろしに続いて言う。
「あの使い魔は危険だ。俺達が倒さなきゃいけねェのは分かっている筈だ、そこのサーヴァントは力になってくれるだろう!?」
呆れた風にバーサーカーのヴラドが答えた。
「キャスター曰く、ハロウィンを邪魔する奴だ。討伐令があるのを知らぬか」
「討伐令だと!? 絶対おかしいだろうが! そんなの!! あの使い魔を食えば爆発させる奴がキャスターの背後にいんだよ!!」
ひろしの熱弁に対しジークフリートが申し訳なく話に加わった。
「すまない……確かにそれは把握している。だが、ハロウィンを危機に追いやる存在ならば倒すべきではないかと、俺達は考えたんだ」
考えた。
とは言うが、ジークフリート自身の意思というよりも、巽たちマスターの総意が込められた結論ではあった。
対して明は「そいつはどうかな」と反論する。
「要するに、そこの吸血鬼のサーヴァントや使い魔たちが居心地悪くなるから倒せとキャスターが言っているんだろうな。
だが、使い魔のいない安全地帯くらい隔離して作るべきなんじゃねェか? 俺はそいつを倒すには反対する」
どうやら現場へ急行した明たちの目的はソレなのだと理解できる。
ハロウィンを平和に継続する為に、ルーラーを利用する……だがルーラーは決して命が助かりたい訳じゃない。
彼の目的は一つ。
すまなそうながら、それで居て面倒そうにルーラーが話を割り込んだ。
「悪いが……俺自身は反対だ。俺の目的はハロウィンの中止だけだ」
-
ルーラー自ら反対を申し出るのだから。
全員が戸惑う。もとい、これではルーラーは八方ふさがりで自身の危機を悪化させただけだ。
流石に、ジャイロがルーラーに問いかけた。
「だったらお前さん、どうしてそこまでハロウィンを止めさせようとしてんだ」
「……元々ここ(東京)はハロウィンじゃなく『聖杯戦争』が行われていた。
そう説明したところで、アンタらは覚えていないだろうが……俺は聖杯によって『聖杯戦争』を取り戻す為に召喚された」
「聖杯戦争……?」
誰もがルーラーの言う話が全く読めていない。
説明しても無意味だとはルーラー自身が察しているのだ。
故に、彼は心底諦めた風で降参を認めている。
「どうせ、俺はここまでだと分かっていたよ。俺以外のルーラーが召喚されて、解決してくれるはずだからな……」
カナエがルーラーを鼻先で笑った。
「こうも殺してくれと言うのだ。殺さない通りはない」
「やっぱり聖杯戦争ってのを理解した方がよくねぇか!? こいつを倒しても別のルーラーってのが召喚されるみてぇだし……」
諦めムードに満ち溢れたルーラーをどうにも納得できないひろしが制止するが。
ハロウィンの中止を断固として曲げない態度に、やはりルーラーは倒すしかないという想いが無意識に生じた。
それを妨害したのは、一発の弓矢。
放たれた矢が的確に殺害の意思を見せたカナエへ吸い込まれようとするのを、ランサーが見逃さない。
次には、巨大なアンモナイトが降りかかり。
衝撃波がその場にいるサーヴァントとマスターに襲いかかった。
「よかった……! ぶじでなによりです!!」
「まさか……」
ルーラーも正直驚いた。
駆けつけたのは彼と同じ『刀剣男士』の今剣とアーチャーの与一。
共に行動していた二宮飛鳥と先導エミ。二人のサーヴァント――曲識とブルーベルが登場する。
思わずせせ笑うルーラー。
「俺の霊力で正体が分かったから助けたのか……?」
「あなたは、わるいことはしません。ぼくはしんじています!」
「今の内に逃げましょう。手数ではこちらが不利です」
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与一が冷静に告げる中。
ブルーベルが雨のバリアでバーサーカーのヴラド三世の猛攻を防ぎ合っていた。
飛鳥は、他にも存在するサーヴァント達を確認してから、曲識に言う。
「アサシン。君ならどの程度、時間を稼げるだろうか?」
「精神操作が通用するなら……半分以上は足止め出来るが、最悪僕は逃げ出す」
「ちょっと! こんな状況で逃げる事考えてるんじゃないわよ!! 取り合えず、エミたちは逃げて!」
「うん! ブルーベルちゃん達も死なないで……!!」
しかし、ルーラーが今剣たちと逃走してしまえば。
サーヴァント3騎に対して、対峙する数はどうやっても多い。曲識の精神操作で妨害するにしても――
だが、応援が現れるものだ。
既に遠距離より攻撃は定められていた。
高濃度の魔力により形成された漆黒の槍が走る!!
「ブラックブラックジャベリンズ!」
ランサー・アクアの宝具と共に、彼女と攻撃を仕掛けるのはアーチャーのセラス。
ハルコンネンの砲撃とが襲いかかる状況下。ジークフリートが再び宝具を構えようとした矢先。
魔力放出を発動させて現場に到着したセイバー・フランドールの宝具がぶつかる。
「『汝が継続できない炎の禁忌(レーヴァテイン)』!」
これほどの戦いならば、幾ら破壊をしても構わないだろうと彼女は満を持して宝具を展開させた。
宝具で理解した与一が影となって駆けつけた吸血鬼に声をかけた。
「セラス殿。これはこれは、どういうおつもりで」
「何というか成り行きです! それより――あの魔力を持つサーヴァントは!?」
「それなら僕のマスター達が連れて行った……どうだろうか。この数。手伝ってはくれないか」
曲識は即座に味方と判断したセラスは、しっかりと頷く。
まさしく大乱闘と言わんばかりの状況でひろしが行動を起こす。
彼はルーラーを追跡しようとする。だけど、確固たる意思を持ってだった。
ひろしは、明に言う。
「アサシン! ルーラーを追いかけようぜ! このままじゃ納得いかねぇ!!」
「……アーチャー。奴の目的は確かだと思う。それでも……ハロウィンの中止が正しいと判断するのか?」
「分からねぇよ! だから、ハッキリさせに行くんだ! あのキャスターにも使い魔のことで聞くべきことがあんだろ!」
ひろしの言葉に、ジークフリートが答えを得た。
彼もまた、きっとこれで全てが終わると信じてしまっていた……
あのルーラーが悪だという証拠すらなかったのに。
「俺は……また道を違えようとしてしまったらしい。すまない、ライダー。俺は――」
「おいおい、勝手に話を進めるなよ。聖杯戦争ってのもそうだが……ルーラーの奴を追わなきゃいけねぇからな。俺も行くぜ」
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投下終了します。後編までもうしばらくかかります。お待ち下さい。
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本日中に書き終えるか怪しいので延長申請します。
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投下します。
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○ ○ ○
「これは……どういうつもりなのよッ!?」
東京都内でサーヴァントとマスターによる混乱が生じる最中。
チェイテ城では、エリザベートがキャスター・死神ヨマと交戦していたのだった。
無論、彼にもルーラーの討伐令は届いているし、ルーラーの存在だって認識しているだろう。
ヨマは他の者たちと異なる点は、元よりハロウィンを楽しんでいる訳じゃない事。
エリザベートの宝具『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』とヨマの攻撃が衝突する。
ハロウィンという状況下。
常に満月が上空にある異常状態の為、ヨマの魔法は最大限のものであった。
説明するまでもなくエリザベートは押されてしまっている。ヨマは悠々と話した。
「俺は城を集めるのが……趣味でな………記念すべき100番目の城をお前の城にしようって訳だ………有難く思えよ」
「全然有難味がない! 第一、城を集めるなんてどういう趣味よ! 自分だけの城を持つべきだわ!!」
そんな調子で戦い続けるのでヨマのマスター・あやめは困惑気味だ。
元々、彼女は怪異である為、ルーラーの存在から逃れなくてはならなかった。
だからこそ、エリザベートのいるチェイテ城に足を運んだのに、争いに発展してしまったのは予想外であり、哀しい事である。
あやめが我に返ると、更なる異常が発生していた。
「あっ……!? きゃすたー、城が……!」
「一々口出すんじゃ……………何!?」
何とチェイテ城がまるでお菓子のように巨大な怪獣に捕食され始めていたのだ。
戦いに夢中だったヨマとエリザベートが反応に遅れたのを良い気に、鉄のような不気味の鱗で全身を覆った大トカゲ。
騎乗する幼女のライダーと、彼女のマスター・かぼちゃ仮面を被った平坂黄泉が名乗りを上げる。
「街の平和を脅かす悪き魔女め! 正義の名のもとに、ハロウィンレッドがお前を倒す!!」
「ふざけるんじゃねぇ……! あの野郎……大人しくあのサーヴァント(ルーラー)を殺しに行けばいいものを………!」
「それ、アナタが言う!? でも、このままじゃマスターが危険だわ! 先にあいつを倒させて頂戴!!」
「当たり前だろうが……! 俺の城を食われてたまるか……!」
「私の城!!」
何とも奇妙な共同戦線が誕生するのを、ナイブズが呆れて傍観していた。
どうやら、彼のマスター・アイリスは大人しく待機しており。
令呪を使用する様子もないので、警戒する必要はないのだが……
そうも上手くいかないのが現実。
ナイブズは遠くから城まで一直線に移動していた少年・ジークとランサーのブリュンヒルデの姿を捉えた。
二人のキャスターによる強力な攻撃に、物ともしない愚か巨大化と捕食・破壊の規模を増す『不死身の爬虫類』。
ジークは状況を判断し、令呪を確認していた。
「二騎のサーヴァントが歯に立たないとは……俺達も戦おう」
「マスター。いけません……私が往きましょう。その令呪を使ってしまっては、貴方の命が……」
「しかし――あの城には、恐らくキャスターのマスターがいる筈だ……一刻も早く倒すには――」
ジークの持つ『竜告令呪(デッドカウント・シェイプシフター)』が発動する。
令呪を一角消費する事によって英霊『ジークフリート』の能力を会得するジークだけの特異。
マスターでありながら、三分間のみ全力で戦闘が可能となるのだ。
再現された竜殺しの風貌に、ブリュンヒルデは戸惑う。
構う事なくジークはある確信を持って『不死身の爬虫類』と対峙する。
「俺に任せてくれ! キャスター!!」
「えっ!? もしかして……あの時のかぼちゃなの?」
エリザベートもセイバーの力を得たジークに驚く一方。
ジークは黄金の聖剣『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』を怪獣へ解き放ったのである。
ある存在により竜種に分類されてしまった『不死身の爬虫類』に竜殺しの一撃は紛れも無く効果的だった。
恐らく、攻撃に適応しつくしたヨマとエリザベートによる攻撃を凌駕するだろう。
けれども怪物は倒れない! 必殺技を受けてもなお微動だにしない。ヒーローものであれば絶望的な相手である。
平坂は誇らしげに言う。
「我がライダーの友はこの程度では倒れたりはしないぞ! 降参し――
「『幻想大剣・天魔失墜』!!!」
「ふぇ?」
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ジークは追加の剣気を、続けてもう一発の『幻想大剣・天魔失墜』も叩きつける。
ジークフリートとは異なりジーク自身が『ガルバニズム』のスキルを保有しているのだ。
これにより、宝具を連射可能という荒技をやってのける。平坂もこれには動揺を隠せなかった。
「ちょ、ちょ――待って!!」
「もう一撃……! 『幻想大剣・天魔失墜』!!!」
最後と言わんばかりのジークの技を受けた『不死身の爬虫類』は吹き飛ばされた。
肉体の損傷も激しいが、完全に敗北に喫した様子じゃない。最終的に怪物は平坂とライダーの魔力が尽きたことによる消滅で終わりを迎えた。
「おのれ! 覚えていろ、キャスター!!」と最後の気力で退散する平坂は、やはり正義の味方というより悪の手先である。
ジークも魔力を大分消費した為、一息つく。
「まさか……あれほどの竜がいるとは………彼らの魔力が尽きなければ、俺も危うかったかもしれない」
「か……かぼちゃ! アナタ、なかなかやるじゃない! 見直したわ♪」
エリザベートなりの感謝を告げられる。
ジークは、彼女と今回の一件で話がしたかったのだ。
だが、突如として新たな衝撃音が響き渡る。
次は―――ブリュンヒルデが宝具をジークに振りかざそうとしている。巨大化した槍をどうにか避けながら、あまりの状況に。
ヨマが顔をしかめた。
「はぁ? なに……自分のマスター、殺そうとしてんだ……バカか?」
「え?(きゃすたー……)」
彼の言葉に流石の違和感を覚えてしまったあやめの傍ら、ブリュンヒルデは必死に訴える。
「彼は私のシグルドです! ええ、紛れもなく愛しいシグルド……何故、このような場所にいるのですか? 自力で会いに……?」
「しっかりするんだ、ランサー! 俺はシグルドではない……!!」
ブリュンヒルデの振りまわす槍によって発生する風圧。
それが、周囲を過大な影響を及ぼすのは当然の結果であった。
エリザベートのチェイテ城も然り。怪獣によって破壊された部分から、飾りからお菓子まで。
「かぼちゃ! 自分のサーヴァントくらいコントロールしなさいよぉ!!」
「すまない、キャスター! マスターを連れて逃げて欲しい。ランサーは俺が引きつける……!」
「わ、分かったわ」
これほど派手に馬鹿をやっている状況でも、ただ傍観するナイブズ。
しかし、思わぬ乱入者が登場したのだ。
ちっぽけな人間。
聖杯戦争の関係者にいなかった少女・一ノ瀬志希。
爆風が吹き荒れて志希は前進することも満足ではない状況、それでも彼女は崩落しかかってる城へ目指そうとしていた。
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「ふにゃーん! 体が動けないよ~!! あともう少しなのに……」
「ランサー! ……っ!!」
やがてジークの肉体は元通りになったが、ブリュンヒルデは無言で攻撃を続ける。
彼女は、どのような姿であれジークを殺しておきたい。願いは覆らない。
分かってはいるが、ジークはバーサーカー・フランケンシュタインの宝具を使用出来たとしても、ブリュンヒルデと完全に渡り合うには――
ブリュンヒルデの大槍が振りかざされる直前、それを受け止める魔力で構成された巨人が出現した。
何事かはともかく志希は、この隙に全速力で駆け抜けた。
仕方なしな態度で宝具を展開させたのはアヴェンジャーのマダラ。
「自らのサーヴァントに殺意を向けられるとは、どんな不満を齎したのやら……」
「アヴェンジャー!? すまない、ランサーは俺に不満があるのではない。話し合わせて欲しい……!」
「これが話し合える状況か? 悠長なものだな。悪いがさっさと始末させて貰うぞ」
マダラの巨人とブリュンヒルデの大槍が衝突する最中。
エリザベートは城にいる自らのマスターを捜索し続けていた。
自分の城なのだが、ここまで崩落が酷いとぐちゃぐちゃで何がどうなっているかサッパリである。
「私が現界してるから生きているんでしょうけど……どこにいるの!?」
「はぁ……はぁ……! 魔王さまをはっけ~ん! じゃない?」
「こんな時に……って、誰よ!?」
エリザベートが突っ込むのは無理もない。志希はマスターでもない一般人だ。
ハロウィンを開催する際、彼女のような人間は決して存在していなかった。
故に、意味不明な人間が割り込むなんて訳が分からないだろう。
しかし、志希は必死であった。
「お願い! ハロウィンを中止して欲しいんだ!! えっと……お城に住んでるお姫様だよね?」
「え? ま、まぁそうね! ハロウィンのお姫様ってことでいいわ……だからハロウィンは中止にしないわよ!!」
「本当にお願い!! セイハイセンソー?っていうのを始めないと行けなくてルーラーが言ってたんだ。
それに、このままじゃモンスターのせいでたっくさ~ん人が死んじゃうよ! 絶対に良くない!!」
「る……ルーラー? 聖杯戦争……うう、いや、でも分かってたわよ。そんな気はしてた………
だけど、ハロウィンはまだ終わらせないわ! チェイテ城でのコンサートもハロウィンパーティーもまだやってない……!!」
「じゃあ、それをやればハロウィンは終わるんだね! ……あー! 駄目駄目!! 皆がルーラーを傷つけるのを止めて欲しいにゃー!!」
「そんな事言ったって……」
エリザベートはルーラーの存在をどことなく把握していた。
所謂、あるべき聖杯戦争を取り戻す抑止力。
彼女もハロウィンを続ける行為を理解したうえで、ルーラーの討伐を宣言させたのである。
ルーラーは問答無用にハロウィンを中止させる。だが――まだハロウィンでやらなくてはならないモノが沢山残っていた!
「悪いけど譲れないわ! アナタだってパーティーに招待していないんだから、帰って頂戴!!」
「志希ちゃんは絶対に帰らないよ! ここで諦めたらルーラーが死んじゃう……!」
聖杯戦争に無関係でも志希は一つの答えを得ていた。
ルーラーは、善良な存在だと。
例えば、この状況のように悪だと見なされたとしても。彼女はルーラーが正しいと考えたのだから。
睨み合う少女たちを馬鹿らしく見下すのは、ヨマ。
舌打ちをしてから、無情に月光で生成された弾幕を産み出す。
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「うるせぇな……まとめて死ね」
「!!」
ヨマの攻撃は、サーヴァント相手では無傷に済まされないが、ただの少女である志希が受けては一溜まりも無い。
誰もが息を飲んだ瞬間。
ここで絶叫が響き渡る。
悲劇的な叫びとは異なる―――腹の底から、全身全霊の空気を吐き出すかのような―――
何よりも……叫んだ人物とは、攻撃を仕掛けようとしたヨマだったのだ。
「う、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
意味不明な現象に、誰もが困惑する出来事だ。
それを産み出しているのは――マスターの一人、安藤である。
鼻血を垂れ流しながらも、チェイテ城の上層階でヨマに距離をつめて腹話術をかけていた。
だが、人間とは異なりサーヴァントは呼吸混乱に陥るのだろうか?
否。
安藤はそのようなことは狙っていない。引き続き、腹話術をヨマにかけ続けるだけだった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
謎めいた絶叫は冗談のように聞こえるものだ。
遅れてやってきたルーラーと飛鳥達も、この不可思議な状態を把握していた。
戸惑いを隠せずエミが尋ねる。
「これって、どういう状況なの?」
「さぁ……」
気を抜かしそうになる状態。ルーラーは、もしやと何かを察する。
「ここから動くな。戦いに巻き込まれるぞ」
「まってください! ひとりでいくのは、きけんです……!!」
「あのキャスター………自分で叫んでいる訳じゃあない。少々、厄介事になるかもしれないんでな」
相変わらず、絶叫は響き渡る。
ヨマのマスター・あやめはとっくに異常を自覚しているが、原因が分からない以上、途方に暮れていた。
安藤も限界が来るまで、永遠とヨマへの腹話術を止める気配はなかった。
志希とエリザベートすら、どう対応すればいいか困っている。
ナイブズやマダラも、これが安藤の仕業と察しても、彼の意図を掴めずにいるだろう。
ただ一人。
ルーラーだけは嫌な何かを感じ、ヨマの足元に志希が立ちつくしているのを目撃した。
まだ腹話術が終わらない今だからこそ。
「早く逃げろ!」
「あ、ルーラー! 無事だったんだね!!」
魔力が僅かとなっていたせいで接近を感知できなかったエリザベートは、我に返って即座に攻撃態勢へ移る。
「よく分からないけどッ! こうなったらアナタは私が直々に倒すわ!!」
「―――!」
志希ごとルーラーに『竜鳴雷声』を放ったエリザベート。
先ほどヨマと交戦したにも関わらず衰えない彼女の魔力と威力。
ルーラーが、一つの答えを得ながらも、彼女の宝具に対抗する魔力が尽きてしまった以上。
最後だけ――志希を庇い。消滅を果たそうと覚悟を決めた。
そして……
◎ ◎ ◎
-
「はぁ……はぁ………間に合った、ようだな」
「………!」
間一髪。
エリザベートの宝具を『鎧』で防ぎ切ったのは正真正銘・セイバーのジークフリートだった。
先ほどと立場が変わって、庇われたルーラーも驚く。
無論、エリザベートも反論せざるおえない。
「何で邪魔するの!?」
「すまない……だが、無関係な少女に攻撃するのは見逃せない。それと―――俺は事実を教えて欲しいんだ。本当にルーラーは悪なのか?」
「決まってるでしょ!? ソイツはハロウィンを妨害しに来たのよ!」
睨み合う二人に対し。
絶叫をし続けていたヨマが突如として正気に戻ったのだった。
本人は、絶叫していたことすら記憶には欠如していたが……首を傾げて、疑問にも思わず。
エリザベートたちに攻撃を放つ。
「死ね!」
「っ………! セイバー、俺の代わりにそいつを頼む!」
ルーラーの頼みにジークフリートは頷いて、志希をヨマの攻撃から庇ったのだ。
構う事ないヨマの攻撃に、エリザベートも苛立ちが隠せない中。
ジークフリートに気付いたブリュンヒルデは、槍を肥大化させつつ混乱している。
「シグルドがあそこにも!? いえ、いえ……シグルドはここにも、シグルドが二人……!? あぁ、そんな困ります! 私―――」
明らか様な動揺による隙をついて『須佐能乎』が暴走していたブリュンヒルデを気絶させた。
手間をかけさせられたのに、溜息つくマダラにジークは告げる。
「すまない、アヴェンジャー……貴方を巻き込んでしまった」
「そう思うなら、貴様はあの小娘と話をつけて来い。俺には向いていない」
エリザベートが攻撃されている現場では、ジークに命を与えたジークフリートが居る。
彼を追って登場したロボひろしが、ロボットパンチをヨマへ飛ばす。
打撃はヨマには効果的なダメージを与えられないが。
攻撃の意図は、ヨマを遠ざけるものだった。
「遅れちまって悪りぃ、セイバー! ライダー(ジャイロ)とアサシン(明)は誤解されて足止めを喰らってる。後で来てくれるぜ!!」
「すまない、アーチャー。……キャスター、話して貰えないだろうか?」
「そうだぞ! お前のマスターが爆発させる菓子を作ってるのは分かってるんだ!」
「う……そ……それは、マスターのせいでも、私のせいでもないわよ……! ただ、まさか使い魔を食べるなんて想像しなかったの!!」
アナタ達は自分の使い魔が捕食されるイメージがある訳!?
と、勢いで主張するエリザベートに、ひろしもジークフリートも言葉を失ってしまう。
即ち、故意じゃなかったのだ。
仕方ないですまされる問題ではないものの。彼女にも、彼女のマスターにも悪意はない。
流れに乗るようなタイミングで、一声がエリザベート達に聞こえた。
「大人しくしたほうがいいぞ、ちっぱいキャスター!」
「イラッとさせる渾名は止めてくれる!? ……あ」
-
声の主に敵意をむき出したエリザベート。
彼女の意思をへし折るかのように、声の主―――織田信長の姿と共にエリザベートのマスターが捕獲されているのを視認できた。
何故、信長――そして、ホット・パンツとメアリーが、彼女のマスターを捉えたのか?
全ては安藤の思惑通り――。
安藤とメアリーは、エリザベートを倒そうと向かっていた信長たちと合流した時。
この作戦を考えたのだ。
エリザベートが一筋縄で交渉に譲歩する訳が無い。良くも悪くもアイドルである彼女だからこそ、卑怯ながらも有効な手段。
安藤が腹話術で気を惹きつけている内に、信長たちがエリザベートのマスターを確保する。
予想外過ぎる邪魔は幾つも襲いかかったけども。
セラスとアクアがサーヴァント達を妨害し、現場はマダラたちのお陰で収まった。
ルーラーは溜息を漏らす。
彼が不安視していたのがコレだったからだ。一応、数多の戦いの中、エリザベートのマスターの捜索をし続けたが。
安藤達に先を越されてしまった。
事を穏便に済ませたかったルーラーは、気不味そうに頼む。
「マスターを人質にするのは止して欲しいが……」
「仕方ないだろ。使い魔が厄介で堪らんのだ。俺達としちゃ無駄な魔力を消費する上、住人にも危害を加える……
第一、そいつを倒したところでハロウィンは中止にならんだろ。俺達でも継続可能だ」
「主催者は私よ!? 主役は私! ちゃんと話は聞いてたの!? ルーラーを倒したらパーティーをするって……」
ホット・パンツが仕方なくエリザベートに告げた。
「確かにハロウィンの開催を宣言してくれたのは感謝する、キャスター。だが、お前の役目はそれで終わった筈だ」
「な………」
「ハロウィンの楽しみ方は様々だろう。どうするかは東京にいる人間や私達が決める……
そもそも、雰囲気作りとはいえ物騒な使い魔を徘徊させる理由にはならない」
だがここでエリザベートがいよいよ不満を爆発させたのである。
「……だったら、一つ反論させて貰うわ。
どーして私がハロウィンを宣言したのに全員盛り上がらなかったのよ!!!!」
「―――え?」
ポカンとする一同に対して、エリザベートは彼女が抱え込んでいた想いを解き放つ。
「折角、ハロウィンだっていうのに。アナタ(かぼちゃ)達もそうだけど、ここにいる人間。誰一人歓声の一つも上げなかったのよ!
誰も仮装して街を徘徊しないし! トリック・オア・トリートって言う子供はいないし、飾り付けする家なんてちょっとだけ!!
その時の私の辛さ……アナタ達には分からないでしょーね! 折角のコンサートで客が数える程度な気分よ!!!」
「…………」
★ ★ ★
-
「そういえば……最初の頃、こんな盛り上がっていなかったわよね?」
不動高校で残り、ハロウィンの催しに対応するマスター達。
その内、一人であるアイリスが懐かしむように呟いた。
ここは日本の東京。
やはり異国の文化だけあって盛り上がりは希薄に等しく感じられた。
アイリスも自国とは違って、学生寮の飾りがちょこっとだけ。学校に至っては飾りすらない。
部活動でコスプレをするところがあったらしいが、これほど派手にやるまでじゃなかったのだから。
少々、アイリスは驚いていた。
「ははは」と笑う巽が、アイリスに言う。
「池袋で仮装イベントとかやってたくらいだもんな。俺の居た時代じゃ、そういうイベントも珍しかった」
「本当?」
まぁなと話を聞いていた潤也も同意した。
「イベントやっても他人の迷惑だ。皆が皆、ハロウィンを楽しんでるんじゃねーぞ、空気読めって話も良く聞くぜ?」
流石の駿河も、情けなく頷いた。
「確かに楽しいイベントの一つだが日本には馴染みのない文化だ。色々問題が生じる。
いくら日本が比較的安全な国とは言え夜に子供を徘徊させる訳にもいかない。イベントを行えばゴミのポイ捨てなどが問題視されるな。
そもそも、皆がハロウィンが本来『悪霊払い』の祭りである事を分かっていないのだ」
「へぇ……神原君、詳しいなぁ」
関心しつつ英治もアイリスに話す。
「もっと早く日本に伝われば、見方は変わったかもしれないかな」
「そうだったのね……あれ。『悪霊払い』……もしかして」
「あぁ、そうだよ。だからこそ――あのサーヴァントの正体が自ずと分かったのさ!」
ブライトが饒舌に語る。
つまり――ルーラー・大典太光世は聖杯戦争を正す為に召喚されたと共に、
ハロウィンという悪霊払いの催しがある意味の媒体となって召喚した……という事。
何も根拠なしに、ブライトは真名を確定させたのではない。
「つまり『大典太光世』こそがハロウィンの主役だと私は思い至ったのだよ」
巽は自然と疑問が生じた。
「待ってくれ、博士。それじゃあ、俺のセイバーや潤也のライダーに『大典太光世』を倒させるよう指示したのは……」
「ん? そりゃハロウィンを終わりにして欲しかったからさ」
「ちょっと! ブライト博士!?」
「冷静になって考えたまえ、アイリス。ハロウィンは一日限りで十分じゃないか。私は毎日がハロウィンなのは耐えられないよ」
「あぁ……もう………」
呆れて言葉を失ってしまうアイリス。
ひょとしたらセイバー・ナイブズがルーラーの討伐に乗り気ではなかったのは、彼も薄々察していたからだろう。
彼の懸命な判断に有難味を感じるアイリス。
事の重大さを理解した全員が、即座に気持ちを切り替えた。英治が言う。
「安藤君! 來野君! 早くサーヴァントたちを止めてくれ!!」
「は、はい!!」
☆ ☆ ☆
-
「気持ちは……分からなくもないさ、キャスター。ボクもアイドルをやっているからね」
「え!? そうだったの!!?」
エリザベートの話を聞いた二宮飛鳥の言葉に、エミが驚く。
不思議なアイドル同士の共感が生じた末、飛鳥はそのまま彼女に話を告げた。
「まさか、使い魔はそれで放ったのかい?」
「ええ……ええ! だってそうするしかなかったのよ!! 仕方ないからハロウィンの飾りを私が用意したら
邪魔だとか、ゴミだとか迷惑って……ハロウィンなのによ!? むしろ用意してあげた私に感謝するべきじゃないの!?
だからゴーストを呼び寄せたり、雰囲気あるかわいい使い魔を放ったら漸くハロウィンらしくなったのよ!!」
「あーだろーな。色んな意味で盛り上がるわなー(パニック的な意味で)」
しょうもないエリザベートの動機を聞いて棒読みじみた発音をする信長。
場が落ち着いたところで、事情を聞いたジークは少々戸惑っている。
「それは……何故なんだ? 皆、ハロウィンに何か抵抗感でもあるのか……??」
「あったり前だろ、お前。俺も現代の日本の空気ぐらい読めるわ。みーんな好き勝手やりたいんじゃボケ」
信長に続いて、エミはフォローする。
「でも、したい人はするわ。皆の迷惑になるから建物の中でやったり……私もアイチ達とハロウィンパーティーする予定だったもの」
「だったら派手にやってもいいじゃない!」
腹話術で息が絶え絶えだった安藤が呼吸を整えて、エリザベートに言う。
「キャスター……気持ちは分かる。でも駄目なんだ! なんというか……日本人は、こういうテンション………
………海外の波長とは異なるんだ。ノリが合わない、って言えばいいかな……」
「……そもそも日本でハロウィンをやろうとしたのが間違いだったって訳?」
「まぁ………そう言う事だ。どの国も同じような対応、反応をする訳じゃない」
「がーん…………」
やっとのことでエリザベートは納得し、落ち込む。
確かに、日本じゃない。英語圏の国でやっておけば盛り上がりはエリザベートの理想通りだっただろう。
開催地が悪かっただけなのだ。
文化などの違いが、あまりに食い違っていただけで、仕方ない事。
彼女のハロウィンを楽しみたい気持ちは悪ではなかった。
だけど、彼女の気持ちと周りの気持ちに落差があり過ぎただけ。日本ではハロウィンが浸透し始めた程度。実際、特別視されちゃいない。
ジークも「そうか」と理解する。
「文化や人柄が違えば、こういう事もあるのか……」
少し回復したルーラーがエリザベートに告げる。
「キャスター……悪いがもうハロウィンは終わらせるぞ」
「それは駄目よ! 私のコンサートは!? 皆に渡した招待状だってパァに……」
「もうこれ以上、聖杯戦争を中断させるな。俺を倒したところで、俺が同情して手を緩めたところで、また他のルーラーが召喚される」
「………」
-
エリザベートから奇妙な光が溢れる。
神々しい魔力に「まさか!」とひろしが驚きの声を上げた。
「それ、聖杯か!?」
「……正しくは聖杯の欠片だな」
ルーラーから告げられた衝撃の事実に安藤が珍しく声を張る。
「聖杯戦争の優勝賞品である聖杯の!? どういう事なんだ、ルーラー! 聖杯は何らかの理由で破壊されて……!!」
「アンタ、記憶があるのか。……それは安心しろ。これはアンタらの関わっている聖杯戦争の『聖杯』じゃない」
「え………? 聖杯は複数存在する、のか?」
「まぁ、別の聖杯戦争で優勝品とされた聖杯か……」
だけど、ハッキリするのはエリザベートが偶然これを手にしてしまい。
彼女の願いをどうにか叶えようと聖杯が機能し、東京がハロウィン一色となったのだろう。
欠片でも十分な効力を得られるのは流石である。
「悪いがこれを破壊させて貰う」
「………ええ」
エリザベートも反省したのか、抵抗の様子は無かった。
ルーラーの刃が、聖杯の欠片を砕いた………
◎ ◎ ◎
「ええ!? 今度は何が起きてるの!?」
明やフランドールを追っていたアダムとカラ松、トド松。
彼らは東京都内の異常を目撃していた。
明たち、サーヴァントが戦闘を繰り広げた現場に到着した頃。エリザベートによって飾られたハロウィンの雰囲気、装飾。
徘徊していた使い魔が次々と消滅し……上空を見上げればランサーのヴラドが「むっ!?」と反応する。
「何故、夜明けが……!? 霊体化する他ないか……!」
「え? もう朝??」
フランドールも即座に霊体化した。
吸血鬼のサーヴァントが自棄に多いせいで、次々と致し方なしに霊体化していく面々。
それどころではない。
周囲の異変は、突如現れた夜明けや、急に芽吹いた桜じゃない。
他のサーヴァントやマスターたちにも何か光の粒子が纏っていた。
カラ松は一種のパニック状態へ陥る。
「おおおおお、おい!? どうなるんだ俺達はっ! アサシン!! これは何が起きている!?」
「………」
「ヘイ! アサシン!! しっかりしろぉぉ!?」
「マスター………聖杯戦争だ」
「………え」
「俺達は―――聖杯戦争の為に、居るんじゃなかったか」
-
夢から目覚める。
悪夢のようで楽園のような、ひと時の休息は突如として終わりを告げたのだった。
誰かは思い出してしまう。聖杯戦争のことを。
誰かは思い出す。もう自分は死んでしまったのだと。
誰かが思い出した。自らの願いを………
こんな事をしている場合じゃなかった。いざ、理解してしまうとせき止められた水の如く、全ては大人しくなる。
「君は………相変わらずだな…………」
「……チッ……どこに居たんだよ…………」
刺青男・アベルが満たされた雰囲気を纏い、満身創痍のアイザックのところに現れる。
項垂れている沙子と、どこか哀しげな赴きをする梟。
離れた位置では、高槻と宵闇色の青年がそれらを見届けていた。
周辺の景色もハロウィンの色が失われて、全てが無かった事にされようとしていた。
梟が、ようやっと口を開いた。
「マジでザックきゅんは馬鹿だったよ。アベルくん……まぁ、元々こういう子だから」
「あぁ……!? 当然だろうが! 聖杯戦争とかで呼び出された癖に、殺し合いもしてねぇんだぜ!?」
馬鹿正直に主張するアイザックことザックを傍らに。
沙子が、申し訳なく――それでいて歓喜の混じった声色でアベルに告げる。
「さっき……カインが居たの。アベル、カインは貴方の事―――」
「聞きたくない」
「どうして……?」
納得できない沙子に、アベルは冷淡に答えた。
「関心はない。……どうでもいい」
「……それが貴方の答えなのね………」
所詮、夢の中での記憶などぼんやりと霞んで終い。些細な夢の内容を覚えている者は少ないだろう。
アベルも、バカなハロウィンはそんな程度の価値としか受け止めていない。
だけど……不自然なほど、梟が沈黙をして、ザックも不貞腐れた表情だ。
最初に口を開いたのは梟だった。
「アベルくん……怒ってる?」
「何が」
首を傾げてから「そう」と無関心になる梟。
一方のザックにアベルが聞き返す。
「君は何が気がかりだ」
「あ? ……別に」
嘘ではないが、ザック自身。彼の中で引っ掛かる節を理解出来ずにいるせいで、回答が曖昧なのだ。
仮にザックの答えが異なるものだったら。
ひょっとすればアベルの失望する内容かもしれなかったが、そうじゃなく――ザックの変わらなさに安心したのかもしれない。
「また後で会おう」
しかし、それだけをアベルが確かに伝えれば。
沙子たち。ザックにも、不思議な事で安心できたのだった。
△ △ △
-
「あれ………? 志希ちゃんも体が光ってるよ!? これどうなっちゃうの?」
次々とマスター達が消失し、元の東京が復元されている最中。
志希にも異変が発生していた。
NPCとはいえ、彼女も東京で役割を持つ存在。主従同様に記憶は消され、一瞬にして夢物語扱いされる。
ルーラーは冷静に告げる。
「前も言った通り、元あるべき世界に戻っている。つまり、ここに来るべきじゃなかったお前も、本来居るべき自宅に戻されるだろう」
「ビックリ! これどういうファンタジーか分からないけど……もう誰かが襲われる事は無くなったんだね!」
しかし、キャスター・エリザベートの消滅は違った。
彼女は本来東京には存在しない……即ち、聖杯の断片はエリザベートを召喚していた。
それが消失することは、強制的な彼女の消滅も意味するのである。
あぁ、と落胆を隠しきれないエリザベートだったが、彼女はあくまで自分を貫く。
「今回のパーティーは中止しちゃったけど……また、どこかで楽しくパーティーが出来ればいいかしら……ね」
「キャスター……」
と、気絶して信長に拘束されていた小太りの男。エリザベートのマスターが意識を取り戻し、声をかける。
「結果はどうだっていい。話は聞いた。お前は悪気があった訳じゃない……」
「マスター」
「俺も少しの間……お菓子を作って楽しかったのは本当だからな」
両者が完全に光の粒子となった。
すでに安藤達も、皆が全て忘れてしまう。
そもそもハロウィンではなく、聖杯戦争が行われるべきだった場所が帰って来たに過ぎない。
ならば、きっとハロウィンの催しなど。一時期続いた平穏など、無意味だった。無駄で終わる。
だが―――志希はルーラーに告げる。
「キミのことは忘れないよ! ルーラー!! ここであった事も、何だかんだ楽しかったよ!」
「……そうだな」
あくまで悲観させない為、ルーラーはそう返事をしてやる。
やがて、志希もこの場から消滅した。厳密にはあるべき場所へ還ったのだ。もう、彼女は聖杯戦争とは無縁となる。
そして……ルーラーも。
ハロウィンという事件が解決してしまった以上、役目を終えた。
あの殺戮と地獄の東京の再演が始まる――――………
「待て…………何故、俺は………まだ『残っている』?」
ルーラーこと大典太光世は動揺の声を上げた。
彼の役割は既に終えたのだ、しかし……否………終えた、とは一体どういう事だ?
むしろ聖杯戦争を取り仕切るのがルーラー・裁定者としての役割。
どうして、これで終わりだなんて光世は勘違いしていたのか?
まさか。
彼は裁定者である以上、役割を見失う訳じゃない。
だったら……
光世が取り残されているのは、東京の街ではない異なる異質な空間だった。
そして、彼の前に現れるは虚ろな瞳を持つ少年………
<東京虚無聖杯戦争 再開>
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投下終了します。
クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0に従い、
SCP Foundation(日本)においてIkr_4185氏が創作されたSCP-345-JPのキャラクターを二次使用させて頂きました。
ハロウィン企画なのに投下が大分遅れて申し訳ございませんでした。
続いて安藤&カイン、カラ松&明、飛鳥、ひろしを予約します。
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予約分投下します
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あれから具体的な経緯は曖昧だった。
カラ松が安藤の容体を心配しながらも、彼を様子見しているだけでいると飛鳥の姿を目撃する。
正直、彼女が裏切らないかと冷や冷やだったカラ松だが、14歳の少女に余計な穢れなどない。
飛鳥は、未だ念話の一つもないアサシン・曲識の安否を不安しながらも、現場に急行していた救急隊を捕まえる事に成功したのだ。
安藤が担架で運ばれ、飛鳥とカラ松は救急隊員に誘導され、救急車に乗車する。
名もなき隊員に巨大トカゲの件を尋ねてみれば、アレは突如陥没した穴に落下してそれきりだとか。
カラ松達のアサシンらが活躍したらしい話題も耳にして。
アベルと滝澤が警察に確保された噂も、音楽のように聞こえていた。
どれもこれも、信憑性が定かじゃないし。
何よりカラ松達のサーヴァントが帰還おろか念話すらない状況である。
意識の安藤を除いた二人は、言葉を発しない緊張感を醸しだす。
ようやく発進した救急車。
共に乗車する救急隊員の一人が親切に「お二人にお怪我はありませんか」「一応、病院で検査を受けて下さい」と言い。
流されるまま、カラ松達は頷いた。
聖杯戦争を考慮すれば、このような悠長な行動を怠っている暇はない。
だけど、状況的に断る理由もないので、彼らに違和感を与えないようこの場を凌ぐ事を考えた。
『マスター。どこにいる?』
そして、念話の第一声を発したのはカラ松のアサシン・宮本明。
カラ松は立ちあがって大声を出したい気分を、どうにか堪えつつ、しどろもどろに状況を説明する。
飛鳥の様子を察して、カラ松は恐る恐る明に尋ねた。
(アサシン……カラ松ガールのアサシンはどうなった?)
『……死んだ』
やっぱり。
カラ松は悪寒を的中させた罪悪感を胸に、話を続ける。
(お前が疑ってかかった理由は分かるが―――まさか)
『俺じゃねェ。トカゲとは別の……巨大な化物が現れた。信じられない事にアレはマスターだったが……』
(お……おいおい!? 化物って)
『ともかく、その化物のマスターが燕尾服のアサシンを殺した。……と、ランサーが言っていた』
意味深な明の発言だったが、彼は気持ちを改めてカラ松に伝える。
彼が話すのは、まず先導アイチからの話。聖杯を二つ獲得する権利、それから23区からの消失。
頭を銅器で殴られたような衝撃的な内容だったが、明は無理矢理でもカラ松を動かそうと強く語った。
『マスター……深夜までには23区から脱出しなくちゃならねぇ。これだけは肝に命じろ』
(あ……あぁ。つまりカラ松ガールに伝えておけという訳だな)
いつもの痛々しいドヤ顔かまして話せる内容じゃない。
困り果てるカラ松に、明が一つ問う。
『安藤と言ったか……そのマスターの容体は?』
(俺にはサッパリだぜ。咳き込んでいたし……喘息とか、持病を持っているんじゃないか?)
実際の事情は分からないが……
何より、NPCが十分な措置を行ってくれる保証が一つもないのだ。
カラ松じゃなくとも心配するのは当然である。
安静にすれば安藤が再び急変することはない……と祈りたい。
明も、今回の――地下であった事を安藤と話し合う必要があると考えていた。
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『わかった。俺は周辺を探る……いや、いっそのこと安藤のサーヴァントと接触しようかと思う。その方が話が早い』
(それでいいぞ、アサシン。そうだ! ついでにトッティを探してくれ)
『……急にどうした』
(急も何も、トッティがマスターであることはお前も知っているだろう! ブラザー達は行方を知らないらしい)
『………』
明は思い出す。
トド松が居た警察署が巨大トカゲの被害に巻き込まれ、明は咄嗟にメアリーを救出し脱出もしたが……
決して、明もトド松に注意を疎かにしていた訳じゃない。
あのトカゲの存在そのものが予想外だった。
けど……結果として、トド松は? 恐らく――
明は深く言及はせず「わかった」と承諾するだけに終わった。
状況が切羽詰まっているせいもあるが、気力のあるカラ松の精神を危うくさせては意味が無い。
ここは、カラ松にはしっかりして貰わなければ……少なくとも23区から脱出するまで。
念話を終えたものの。
カラ松は飛鳥に対して何と切り出せばいいのか、正直戸惑っていた。
いつになく真面目に話せば、あえていつも通りに話せばいいのか。
少なくとも、飛鳥は聖杯獲得の権利を失っている。彼女は聖杯戦争を把握しているだけの一般人だ。
サーヴァントも居ない。悪い言い方、足手まといと化したのだ。
結局、彼らの居る救急車が崩落被害の少ない練馬区まで到着するのに大分時間をかけてしまった。
渋滞も人命優先で、救急車を通すよう必死に呼びかけたが、大災害の影響で東京都民全てが避難に必死なのだ。
病院に到着したのは昼過ぎ。
現在まで、千代田区周辺まで地盤沈下の被害が発生しているらしく。
一先ず安藤は練馬区の病院で検査を受けて、それから被害状況を把握次第、23区外の病院に搬送すると医者から話を聞く飛鳥とカラ松。
まだ意識が回復しない安藤。
病院内は様々な症状、怪我で運ばれる患者で充満する。
逆に、こういう状況だからこそカラ松は飛鳥と影で聖杯戦争に関する情報共有をした。
空気的に飛鳥のアサシン・曲識の死を直ぐには伝えず。
明から聞かされた先導アイチの話をした。一通り把握した飛鳥は、不思議と冷静に頷く。
「じゃあ……遅かれ早かれ、23区から脱出しなければならないんだね」
「しかも物資などは提供されないと来たものだ。最悪じゃねェか、俺なんか金持ってないし……カラ松ガールもそうだろ?」
「宿も提供してくれないのは残念だよ……それに」
「?」
「23区ごと消去されてしまう。先導アイチの言葉を信用するなら、ここに在住する設定のNPCも消滅を余儀なくされる」
「まぁ、そういうことだな」
「ボクの家族も……いや、偽物だと分かっていても、消されてしまうのは心苦しいのさ」
「…………」
-
ん? 待てよ?
カラ松は飛鳥の言葉の重みを感じながらも、何か見落としている感覚に陥る。
そうだ。つまり、偽物とはいえカラ松の兄弟たちも――飛鳥の家族、友人達と同様に消滅してしまうのだ。
偽物だから放っておいても問題ない? 本当に??
カラ松の中に躊躇が芽生えるが、飛鳥は前向きに話を続けた。
「すまない。ここは割り切ろう。23区脱出後の行動を考えないと」
「あ……あぁ。アサシンが言うには準備期間として今日の深夜まで戦闘禁止を設けるらしい。
俺なりに考えはしたんだが……俺達早めに脱出し、隠れ場所を探す。物資に関してはアサシンに調達を任せる。完璧なプランだ」
このような事態だ。
特に、崩落被害が進行する千代田区周辺の物資を盗み出すのは合理的である。
もはや悪だとか正義とか、論争を解いている余裕はどこにもない。
珍しくカラ松がまともな意見を提案した為か、飛鳥も同意をしてくれた。我ながら一種の感動を噛みしめるカラ松。
ところで。
飛鳥が一つ尋ねた。
「ボクのアサシンのことで何か聞いていないかい」
「え……っとだな」
一体どうやって切り出そうか。カラ松が躊躇していると飛鳥が確認する。
「やはり――死んだんだね」
彼女も何か悟っていたのだろう。カラ松の想像以上に曲識の死を受け止めていた。
お陰でカラ松も、気不味い話に加わる事が叶った。
残念な話。悲しみと不安に苛まれているだろう飛鳥に何と声をかければいいのやら。
カラ松が言う。
「安心しろ! カラ松ガール。俺は見捨てはしない!!」
唐突な主張に飛鳥も反応に困った様子だった。
急ぎ過ぎたのを自覚しつつカラ松が、改めて話す。
「ここまで俺に協力をしてくれたからには、見捨てる真似はしないぞ」
多分。いや、絶対。
情けないクズニートの一端である松野カラ松であっても、恩人相手を放置にしたりしない。
ホームレスになってもお似合いなカラ松とは違い、飛鳥はまだ中学生の少女なのだ。夜道を徘徊するだけで、どれほど危険か。
しかし、あれほどの戦場。死闘が繰り広げられる聖杯戦争だ。
口先だけなら幾らでも「俺がお前を守ってやる」等キザで痛々しいセリフを吐けるが。
実際、行動可能か定かじゃない。
飛鳥は目を見開いて「ありがとう」と小さく答えた。気休めにもならないが、飛鳥は自らの立場を承知していた。
「彼は……きっとボクのような人達の為に、何か考えていたんだ」
「?」
安藤の行動。
マスターはサーヴァントが脱落しても生存するが、どのような末路が待ち受けるかは分からない。
脱出する術。元の世界へ帰還する方法。
僅かな可能性を諦めず、安藤は考えたのだ。
そして、主催者たちの目論みも――
「ボクはボクなりに最善を尽くそう。でも、最悪の場合は……ボクを見捨てても構わない」
「なっ、何を言っている!?」
カラ松はらしくもなく焦った。
告げた飛鳥自身だって見捨てられるのは嫌だ。死ぬのは怖い。だけど、それはカラ松も同様だと飛鳥は理解していた。
だからこそ伝える。
「共倒れになってしまったら、それこそ無意味だろう?
恥じる事じゃないさ。人間として、いや……生存本能という奴かな。逆らえない恐怖は誰にだってあるんだ」
「…………」
なんなんだ? 本当に彼女は中学生なのか??
二宮飛鳥の態度に慄然とするカラ松。彼が飛鳥の言葉に少しだけ気を緩めたのは、事実だった。
-
◆ ◆ ◆
「来たか」
カラ松達が居る病院周辺を実体化しながら警戒する明。
逃げも隠れもしない彼を前に、ロボットのアーチャー・ひろしが姿を現す。
ひろしのような風貌だけでも非常に目立つが、彼らのいる場所は病院周辺にある建物の屋上で。
一般人も立ち入る状況のが幸いして、人目を考慮せず対話を行えるのだ。
明が屋上に降り立ったひろしに問いかける。
「お前が安藤のサーヴァントか」
「いいや。それはこっちのアサシンの方だな」
ひろしの返事に答えるように、新たなアサシンが実体化をした。
肢体が未知の金属で構成された義手となった男性ではあったが、明同じく外見とは裏腹に異常な能力を有する存在。
東京で殺戮を尽くしたアベルが憎悪する相手――カインだ。
そうか。
明がカラ松からの情報や、その他噂でアベルの名前そのものを把握していた為あってか。逆に納得する。
カインは人工声帯のような声色で話しだす。
「私のマスターを介抱して下さり、ありがとうございます」
「あァ……あんたの正体も事情も把握している。だが、逆にあんたの弱点は俺達の手中にある訳だ」
即ち、安藤自身。
彼を殺害すればカインは消滅する。
ひろしが咄嗟に「おい!」と憤りを露わにした。
「意識のないマスターを手にかけるつもりか!? 正々堂々、真っ向から挑むが筋ってもんだろ!」
「……本気でしょうか」
カインが確認すれば、明の返答は「状況次第じゃ」だった。
聖杯を獲得するにはサーヴァントを倒さなければならないが、カインに関してはひろしの提案する真っ向勝負が困難を極める。
まず、普通に倒せない。
むしろ、マスターである安藤の死でしか完全に倒す術がない。
明が更に質問をかけた。
「あんたは追加通達を受けたか」
「はい」
「だったら事情は分かるはずだ。そこのロボがいる以上、詳細を話し合えないが」
「どういうことだよ?」
「追加通達の内容は公にするなと先導アイチからの言葉です」
ふぅんと疑い深く首を傾げるひろし。
聖杯が二つもあるという事実。奇跡の願望機がバーゲンセールのように出品される有様だ。
明が目撃した地下での出来事も同じく。確かに聖杯は実在するが、先導アイチに言う『二つ目の聖杯』は確認されていない。
主催者側のハッタリかも定かじゃない……何より。
明は、主催者が用意したあの空間の事も、聖杯自体にすら疑念を抱き始めていた。
少なくとも、これだけはハッキリしなければならない。明は話を続けた。
-
「俺は少し聖杯や主催者に疑念が生じた。だからといって疑念が解消されれば無論、聖杯を獲る」
「!」
明はひろしに対して言う。
「そこのアサシンはマスターを倒さなきゃ駄目だ。それを理解して欲しい」
「……あぁ。だろうな。特徴からアダムの言う『SCP-073』じゃないかと俺はとっくに気付いてた」
SCP-073。
忌々しい番号で呼ぶのは財団職員以外考えられない。そして、ルーシーが殺害したマスター・アダム。
カインはどこかで理解していたが、この場は口をつぐんだ。
理解していながらもひろしは言う。
「だが、俺は今を生きるマスターを殺したくはねぇ! 甘っちょろい野郎だと思いやがれ、それでも俺は本気だ!!」
成程。明もひろしに嘘偽りないと悟る。
「焦るな。まだアサシンから話を聞いちゃいない。はっきりさせて欲しい。あんたが聖杯を欲しているか、否かを」
「ありません。あくまでマスターの命を優先させます。目覚めたマスターに令呪使用を要求して貰っても構いません」
「意思はないと」
「はい。それはマスターも同様です。少なくともマスターは聖杯で何かを願うのを抵抗しております」
セイバー・ナイブズと交わした同盟とは異なる。
もはや脅迫に等しい契約。聖杯を手にする身分ではないが、かの弟に心残りがある。
アベルと話がしたい。
カインは薄々だが、彼には憎悪はあったが殺意がないと察していた。
きっと、何かあったに違いない。それを確かめたい。
故に、死ぬわけにはいかなかった。「いいだろう」と明は承諾する。ただし、安藤が目覚めれば令呪の使用を強制するとの取引だ。
最も――今、安藤を見守っている飛鳥やカラ松が彼に手をかけられるか怪しい。
謂わば、明はハッタリをかましたのである。一方でひろしにはこう告げておいた。
「お前にも、後で地下の一件を話す」
「地下? ひょっとしてあのトカゲを落とした穴の?」
「そうだ。だが……お前のマスター・アダムという奴は、これからどうするつもりだ?」
「アダムはもういねぇよ。俺はアーチャーのクラスだ。単独行動のスキルでどうにか現界してんだ」
寂しげに告げたひろしに、明が反応した。
「なら提案がある」
-
「再契約……少し、考えさせて欲しいんだ」
「え?」
飛鳥からの返事に素っ頓狂な声を上げるカラ松。
先ほど、明と念話を交わして何だか物騒な展開に巻き込まれ、内心冷や冷やしているカラ松だったが。
明が発見したマスターを失ったサーヴァント。ロボットのアーチャーとの再契約を持ちかけられた飛鳥の様子はどこかぎこちない。
見知らぬサーヴァントとの再契約に抵抗があるのか。
否、家族のことや自らの命が奪われる恐怖を覚悟している少女が、今更些細な変化に抵抗など……
案外、彼女自身はアサシン・曲識のこともあって躊躇しているのだろう。
再契約は悪い事じゃないと言い聞かせるべきなのか? とカラ松も戸惑っていた。
しかし、彼としては明が教えた事実。安藤を殺さなければ、彼のアサシン・カインを消滅させられないのに動揺が隠しきれない。
殺すのか……殺すしかないというのか………
折角、安藤を病院へ運んだのに? あの大トカゲを倒せたのも、安藤の作戦だったのに?
他に成す術はないのか。
カラ松は考えるより、最早打つ手はないのだろうと絶望する。
一方。
カラ松と物資や次の拠点先の話を受けた明も、ひろしからある事実を教えられた。
それは――トド松の死。
大トカゲが出没している時刻。
そして、カラ松がトド松以外の兄弟を確認したことで、ひろしが目撃した……トカゲに捕食されたカラ松似の男はトド松しかありえない。
ひろしもカインですら、事実を告げるべきでは? そう意見するほどだが、明は今は止めておく。
折角のチャンス。
この流れを塞き止めて無意味だ。カラ松はこのままであるべきだろう。
明はそう判断した。
彼の決断が、懸命なものかは誰にも分からず終いで時間は過ぎ去るのだった。
東京都23区の消滅まで10時間を過ぎた時である。
【4日目/午後/練馬区 病院】
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX】
[状態]気絶、魔力消費(中)、精神疲労(中)、腹話術の副作用(中)
[令呪]残り2画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]高校生としては普通+潤也から貰った一万円(貯金の方は別としてあるかもしれない)
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)と対決する。聖杯戦争を阻止する?
1:地下についての情報が欲しいが……
[備考]
・原作第三巻、犬養と邂逅した後からの参戦。
・役割は「不動高校二年生」です。
・潤也がマスターであると勘付きましたが、ライダーのマスターであるとは確証しておりません。
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・フードを被ったのサーヴァント(オウル)が喰種であり『隻眼』という特殊な存在だと把握しました。
・神原駿河と包帯男(アイザック)、金髪の少女(メアリー)の存在を把握しました。
・バーサーカー(アベル)のマスターであるルーシーと今剣の存在を把握しました。
・『財団』について概ね把握しました。
・アイリスと同盟を組みました。
・セイバー(ナイブズ)のステータスを把握しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しているかは不明です。
・『腹話術』を過剰に使用した為、副作用が始まりました。
・精神干渉遮断の能力を持つサーヴァントにも『腹話術』は発揮しますが、その際、過剰に能力を使用する事になります。
-
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(大)、魔力消費(大)、肉体的疲労(中)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額 (サンダルを購入した分、減っている)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。そして、聖杯戦争を伝える。
0:再契約……
1:安藤が目覚めるのを待つ。
2:アーチャー(ひろし)との再契約は……
[備考]
・アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
・葛飾区にある不動中学校に通っています。
・『東京』ではアイドルをやっておりません。
・神隠しの物語に感染していません。
・NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・板橋区で発生した火災及びバーサーカー(アベル)に関する情報を入手しました。
・アサシン(曲識)の死を知りました。
・先導アイチからの通達内容や地下の存在を把握しました。
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]魔力消費(大)、精神疲労(小)
[令呪]残り2画
[装備]警察が容易してくれた簡易的な服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1:安藤が目覚めるのを待つ。
2:偽物とはいえ『東京』に居る兄弟たちと合流したいが……
3:マスターのトド松については……
[備考]
・聖杯戦争の事を正確に把握しています。
・バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
・神隠しの物語に感染していません。
・デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
・Twitterで裸姿が晒されています。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・二宮飛鳥の連絡先を把握しました。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・おそ松一行がカラ松と容姿が似ている為、葛飾区にて誤認確保されました。
・飛鳥からの伝言とトド松がマスターであることを把握しました。
・アサシン(宮本明)のコートなど所持品は警察に押収されました。
・アサシン(明)から先導アイチからの通達内容や地下の存在を把握しました。
【アサシン(宮本明)@彼岸島】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(中)
[装備]無銘の刀
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲る?
1:聖杯や主催者の動向に探りを入れたい。
2:神隠しの少女をどうするべきか……
3:安藤に令呪を使用させる。
4:トド松についてはまだカラ松に伏せておきたい。
5:安藤が行動可能となったら、物資の調達や拠点探しをする。
[備考]
・バーサーカー(アベル)の存在は把握、危険視しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・コートをマスター(松野カラ松)に貸しました。
・神隠しの少女(あやめ)が攻撃的ではないと判断しております。
・松野家がアヴェンジャーによる火災で全焼した把握しました。
・曲識は化物(高槻)によって倒されたと判断しています。しかし、ランサー(アクア)に何か思う節があります。
-
【アサシン(カイン)@SCP Foundation】
[状態]魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(アベル)に謝罪をする。
1:自分は聖杯を手にする資格はない、マスター(安藤)の意思を尊重する。
2:アベルの心情の変化が気がかり。
[備考]
・今朝のニュースで新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
またフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子が『人ではない』と考察しています。
・警視庁にて、現時点までの事件の情報を把握しました。
・江東区の博物館にある『SCP-076-1』を確認しました。
・ルーシーがアベルのマスターだと把握しました。また今剣がマスターである事も把握しております。
・アイリスがマスターとして東京にいる事を把握しました。
・アイリスと同盟を組みました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しているかは不明です。
・アサシン(明)から地下での一件を把握しました。
・アーチャー(ロボひろし)のマスターがアダムであることを把握しました。
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん】
[状態]魔力消費(中)、マスター消失、令呪【見つけ次第、ルーシー・スティールを殺害しろ】
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯でアダムを願いを叶える
1:アダム……
2:ルーシーを家族のところに帰してやりたいが……
3:バーサーカー(アベル)やセイバー(ナイブズ)に聖杯は渡さない。
4:二宮飛鳥と再契約する?
[備考]
・ダメージは燃料補給した後。魔力で回復できます。
・SCP-076-1についての知識を得ました。
・ルーシーがバーサーカー(アベル)のマスターであると把握しました。またルーシーの携帯電話番号を知りました。
・財団について最低限ですが知識を得ました。
・アサシン(明)から地下での一件を把握しました。
・アサシン(カイン)がSCP-073であると理解しました。
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投下終了しました。タイトルは「衝動」です。
続いて以下を予約します。
織田信長&アーチャー(セラス・ヴィクトリア)
ホット・パンツ&ランサー(アクア)
アイリス=トンプソン&セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)
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遅くなりましたが、あやめちゃんの予約を忘れていたので追加させていただきます
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予約分投下します
-
非常に面倒極まりない事態へ発展したとナイブズは舌打つ。
自らの行動を見返せば、大トカゲの討伐には加担していないのは明白なのだが、問題なのは東京23区の抹消という異常極まりない手段。
舞台となっている『東京』に如何なる支障が発生したのは知ったものではないものの。
主催者側、もとい。先導アイチらが必要最低限の援助すらしない。
施しが欲しければアヴェンジャーの討伐を実行しろとのこと。
高槻泉。有名小説家の一人だ。噂だけ頼っても住所程度、下調べが可能そうだ。
余程の事情で討伐を要求すならもったいぶらず、個人情報の全てを明らかにしてしまってもいいだろうに。
あくまで穏便に通達で討伐令を発表したのは、大トカゲ(ライダーの宝具)打倒を令呪で強制した為。
サーヴァントたちの反感を警戒。
もしくは、さほど重要な討伐令でもないからか。
それこそ大トカゲのような、令呪で強制も可能である筈。
あるいは……主催者・先導アイチは、非常時に備えて令呪の使用を控えているのか。
むしろ、これ以上。サーヴァントが抵抗する事態が待ち受ける運命が、決定されてもいなければ令呪は必要ではない。
否。
そうであったとしたら?
「………」
ナイブズにとって理解不能の状況は、多く残されたままだ。
巨大怪物のマスター。
魔力の規模は使い魔に劣るか怪しい為、脳裏で風貌を再現しても、やはりアレはマスターだったとナイブズは冷静に判断を下せた。
しかし、アレの目的や。出現の意図は不明である。
ナイブズと一戦交えた人喰い・滝澤か、包帯男・アイザック。彼らと同行していた刺青男・アベルに関心があったのか。
神隠しの少女・あやめの特性を考慮した撤退を行ったせいで、怪物の正体も分からず終い。
とは言え。結局、アレはアレで良かったとすらナイブズは回想していた。
何故か、アベルと合流したであろう滝澤まで、ただの人間相手に拘束されたと噂に聞く。
ワザと拘束される理由もサッパリだ。
ナイブズは一つもアベルに共感出来ない。
きっと、人間への憎悪だけは共通していただけに過ぎなかったのだ。
アイザックの事は忘れてしまおうとナイブズは思った。
彼もイカれた殺人鬼が推し量る人間の正常に分類されるに値しない。聖杯戦争におけるちっぽけな障害の一つだったに過ぎない。
人であることを止めた滝澤や、人であるにも関わらず人間を憎悪するアベル。
あの二人だってそう。
まだ、東京で表面上やあることないことで見当違いに騒ぎ立てる人間の方がマトモだ。
アイザックの冗談は、外見や経歴にして欲しいものである。
-
さておき。
先導アイチからの通達通り、深夜までにはアイリスを23区外に移動させなくてはならない。
一方で、アベルの棺は……どうなのだろうか。
アイリスも『棺』が移動される可能性を視野にいれているかと思えば、彼女は「それはない」と何故か断言していた。
ナイブズは、少々理解ができない。
最低限。魔法などの怪奇現象を無関心・無視するよう人々、東京に存在する彼らに意識は施されているが。
アベルのような犯罪に加担するような行為は、無視されなかった。
ナイブズも、滝澤とあのような戦闘を大胆に公衆の面前でやらかしてしまった。
『不死身の爬虫類』に注目が向けられ続けているかと、軽率に判断したつもりじゃないが、現実は――彼の種族達は思い通りに動きはしない。
立て続けに発生する異常を目の当たりにし、人々が噂するのは『不死身の爬虫類』ではなく。
東京都内で大量虐殺を引き起こしたテロリストの逮捕だ。
震災レベルの崩落よりも、根強く残るアベルの痕跡に少しばかり驚かせる関心の高さだ。
アイリスも『神隠しの物語』は皮肉にもアベルのお陰で拡散は抑えつけられている、との見解を示す。
それでも、噂は噂だ。
アベルの話題が表沙汰で広まっていても、些細な立ち話気分でいつでも噂は口に出来るのだから。
ナイブズが人間の群れが悪化する地域に注目した。
相変わらずの醜態にナイブズは鼻を鳴らす気分も湧かない。
彼女も事態を把握しており、恐る恐るナイブズに確認する。
「あの……マスターの方はこの先に……?」
「それだけは伝えてきたからな」
ナイブズの口調がどこかぶっきら棒だったので、あやめは酷く己の行動に警戒した。
アイリス=トンプソン。
彼女は聖杯獲得の意思を揺らいでいるのだろうか?
人間だから固い決心など口先に過ぎず、些細な出来事で思考を変化させた可能性も捨てきれない。
それでも聖杯が欲しいと嘘ぶくというのか。
往く果て次第じゃナイブズがアイリスを切り裂くのは、時間の問題だろう。
あやめの能力を使用すれば、人間の目は掻い潜れた。
魔力を探れば、そこそこ人並優れた魔力を持つアイリスの捜索は容易である。
故に。
ナイブズは――彼女の監視中であろうマスターの存在を捕捉し、仕方なくアイリスに念話をする。
『離れろ。マスターが居る』
不思議だがアイリスは狼狽する動作が一切見られなかった。
態度も堂々とした風貌で、銃口を向けられたり、敵サーヴァントを目前にしても冷静を保てるような精神だけは一人前。
彼女は、ある人物と会話している。
男性――塩野と呼ばれた人物。
アイリスは念話を聞き取りながらも話を続けていた。
偶然にも、高槻泉・芳村エトの担当編集者――それが塩野で、彼から彼女に関しての事情を問い詰めていたのである。
アイリスが高槻泉のファンだと名乗れば、面倒そうにあしらわれるが、それでも塩野からは不審者扱いされていない。
今、後方を振り返る暇はない。そこばかりはセイバー・ナイブズ頼りである。
冷静に念話の返事をするアイリス。
(監視されているだけ? 何かする様子は?)
『ない』
即答するナイブズ。
アイリスは、先ほどナイブズから告げられた通達を思い返す。
アヴェンジャー主従の討伐令。報酬は居住地などの支援だと聞かされた。
ナイブズは令呪を伏せている為、彼女にはそう伝えておいたのだ。彼女は疑問を抱いていない。
ただ。
アイリスはカインより令呪の存在は把握しており、未だ使用していない為、結局は必要なかった。
23区の消滅。
生活に大規模な支障を来す事態に、アイリスは討伐令に従う事を選ぶ。
塩野はやれやれといった態度でアイリスと別れた。
結局、塩野は編集者故にエトの情報を頑なに守った。
だけど、彼こそ間違いなくエトに近しい人物なのに変わりは無いのだ。
ならば……
-
◇ ◇ ◇
東京都北区で人々が犇めく避難所。
定時通達については概ねランサー・アクアからの情報通りで、ホット・パンツは改めて例の金髪少女を監視し続ける。
唯一異なるのは『アヴェンジャー』の討伐令だ。
報酬は令呪一画か、マスターへの支援。
ホット・パンツとしては令呪が有難い。
この時点で彼女は既に令呪二つを消費してしまったのだ。再び令呪が使用可能となるならば……
しかし、携帯端末で『芳村エト』もとい『高槻泉』を調べて驚きを隠せないホット・パンツ。
何故ならば、彼女は既にエトと邂逅を果たしていたのだ。
彼女の素顔。
以前、教会にひょっこり顔を見せたしがない小説家。その人である。
(奴は……一体何故?)
ホット・パンツは、状況把握しなければならなかった。
先導アイチがどうしてアヴェンジャーの討伐に踏み切ったのか。
運営に支障を来すとは。何より、聖杯もそうだ。
恐らくホット・パンツが求める聖遺物としての聖杯なんかじゃあない。正体不明ながら奇跡の願望機。
『大体。二つあるなら二つ見せろって話だよ。あたしが見たのは「一つ」だけさ』
(ならば……その一つは間違いなく『聖杯』だと)
『まぁ、あの魔力の具合からして正真正銘の代物だろうね』
アクアも釈然とはしていない。
胡散臭い地下施設や聖杯が二つある情報。アヴェンジャーに関して。
怪しさでは高槻泉ことエトも同レベルではあったが、アクアは改めて問う。
『ホット・パンツ。お前、エトって奴と顔見知りになったんだろ。ちょっくら話でも聞いたらどうだい』
(確かに奴は有名人だが……この状況下では探すのに手間がかかるぞ)
『でも、今は奴から情報を聞き出して、先導アイチの企みを探るよ』
ホット・パンツはアクアの話を聞きながら、金髪少女のマスター・アイリスの様子を伺う。
彼女は、ある男性と会話をしているようだった
彼が一体何者か。
アクア曰くマスターではないらしい。
『大体。アレがお前の望んだ聖杯だって可能性も、残っているんだ』
(ひょっとすれば『聖杯』は元々二つ存在していた……かもしれないと)
『そうは言っちゃいない。二つあるか分からないんだからね』
(成程)
-
一つ、実在を目撃すれば二つ目の存在もまた確実だと思いこませる作戦か。
少なくとも、アクアは通達及び先導アイチの証言を鵜呑みにしない。
ホット・パンツも同じだった。
聖杯が二つ存在する。神が残した聖遺物とは異なる意味の聖杯か……
アクアが提案した通りに、まずはアヴェンジャー及び高槻泉・エトとの接触を試みるべきだろう。
以前、<断章>によって深く抉られた肉体もスタンドで、どうにか修復が進行している。
まだ体内に残された針が違和感と痛みを与えるが、今は不満を口にする余裕はなかった。
「………?」
アイリスが男性と会話を終えて、人混みをかき分け進む。
どこへ向かうのだろう。彼女自身のサーヴァントと接触する可能性も高いのか。
ホット・パンツは、アイリスが話しかけた男性に一瞥する。パッとしない一般的な男性。どこかホケーと気の弛んだ態度をしている。
彼女なりの個人的な事情で声をかけた程度か。
深く追求せず、ホット・パンツはアイリスの追跡を試みた。念の為、アクアにも念話で呼びかる。
(ランサー。あのマスター……最悪、お前なら追跡可能だな)
『ちっ。駄目だよ、ホット・パンツ。先導アイチが戦闘禁止令をひいているんだ』
(確保し、脅迫する程度は許されると思うが?)
『さぁ……戦闘をしなきゃいい。マスターとサーヴァントを殺害しなければいい。どっちでも解釈はできるね』
聖杯が聖遺物ではないとしても、何にせよ聖杯戦争を生き延びなくてはならなかった。
ホット・パンツも、アクアも、己が為に。
聖杯を欲していた。欲しなければ、罪滅ぼしすら成し遂げられない。
彼女らの目的はアイリスとの同盟である。
無論、自らの手段を増やす為。アクアの能力では全てを賄うのは無理がある。例えば刺青男・アベル。
アクアの魔法『スパイシードロップ』は接近戦向きだが、彼女自身身体能力には優れていない。
『ブラックブラックジャベリンズ』も連発は難しい。
ホット・パンツはスタンド『クリーム・スターター』のスプレーを片手に、アイリスを捉えようとする。
アクアが、霊体化したままアイリスの追跡を続けるが、どうにも無防備だ。
彼女のサーヴァントは?
サーヴァントを失ってもマスターは死亡には至らない。
故に、彼女がそういうマスターの可能性も低くは無い状況だ。分からない以上。最終的な結論は接触あるのみ。
アイリスは、避難所から大分距離を取った。
(既に動きが把握されている?)
ホット・パンツはスプレーを握りしめる。彼女の周辺にサーヴァントが居るのは明白。
ならば、ホット・パンツもアクアに指示を出す。
やれやれといった具合で、棒付きキャンディーを片手に実体化するアクア。
人気が途絶えた建物裏に移動するアイリスに、彼女が立ち塞がっていた。
少し遅れてホット・パンツがアイリスの背後を捉えるべく、接近を試みる。
-
(さて、どうする)
アクアがキャンディを口にし、話しかけた。
「待ちな。そこのマスター。動いたら攻撃するよ」
「…………」
「なんだい。お前のサーヴァントは呼び出さないのかい」
アイリスは大きく溜息をついた。
「ごめんなさい。降参するわ」
「は」
「私のサーヴァント……深手を負ったせいで戦えない状態なのよ」
ふむ。アクアは顔をしかめる。
真っ向勝負が常識な聖杯戦争じゃないが、いざ言われると奇妙な事に困るものだ。
ホット・パンツも、アイリスの様子を確認するが彼女は酷く冷静に感じられる。危機的な状況にしても焦り一つない。
内心では一裏企みを目論んでいるに違いなかった。
アイリスが話を続ける。
「だから……姿を現すことが出来ないっていうのは知っているわ。………お喋りする余裕もないと思うの」
「聖杯戦争の事を分かってるなら、あたしはお前をぶっ壊すしかないよ」
「セイバーはマスターが死ぬ必要は無いと教えてくれたわ」
「そんな甘っちょろい戦争じゃないんだよ」
通常だったら即座に攻撃をしかけても構わない。
だけど。
様子を見るに、先ほどの通達を知らないようで一部の聖杯戦争の情報も欠けているようなアイリス。
実際は、戦闘禁止を設けられている為、アイリスを攻撃した時点でホット・パンツらの負い目となる。
アクアが身を潜めているホット・パンツの代わりに言った。
「なら令呪を使って貰うよ」
「令呪?」
まぁ、教えていないだろうとアクアは察しがついていた。
聖杯戦争の知識を曖昧でしか伝えない時点で、その程度の英霊。
「体に変な模様が浮かんだだろ。それはサーヴァントの命令権だ。今直ぐ、あたしたちに従うよう令呪を使って貰う」
「………」
◆ ◆ ◆
-
(よし、監視は続けろ)
一方。
同じく北区の避難所に存在する最後のマスター・織田信長は、この場にいないアーチャー・セラスと念話を交わしていた。
セラスは、現在アベル及び彼周辺の動向を探っている最中。
彼女からの報告では、アベルのいる警察署がある千代田区で陥没が進行。
しかし、アベルが退散する様子はないらしい。
アベルの周りには、同じく拘束されたフードのバーサーカー・滝澤。
那須与一のマスター・今剣。それと神原駿河。
駿河に至っては彼女自身のサーヴァントの気配は、セラスでもまだ感知できぬようだ。
気配遮断を纏っているのか? あるいはサーヴァントを失った今剣と同じか?
少なくとも、今剣と駿河はルーシー達の捜索を願っており。
愉快でイカれたトリオの一人、アイザックことザックは何故か離れており、彼の捜索も同時進行だとか。
セラスも、信長に意見を述べた。
『マスター……接触はしなくてよろしいのでしょうか』
(俺は魔力とやらが大分減って、ぶっちゃけツライ。凄くツライ)
『あ、いいえ。私も魔力は承知していますって。でも、彼――アベルは戦闘が目的とは思えません』
地下での奇妙で奇跡な出来事の影響かは定かじゃない。
だけど、セラスが確信しているのは、アベルは聖杯を目的にしていないが、最果てに願うのは勝利ですらないということ。
信長もセラスの感覚を信用ならない訳ではない。
最悪、戦闘に発展しかねない可能性が僅かに残るならば、慎重に行動するべきである。
猟奇と残虐で満ち溢れた襲撃は、信長も我が身で味わった。
(一先ず、ルーシー達と合流するつもりならば、尚更監視で様子見だ。今は23区から離れるのが優先だ)
『あの……彼女。ルーシーは』
(殺す。と言いたいところだが、生憎人手不足だ。しばらくは生かすが、死なせない道理もないわ)
『………』
冷酷な信長の返事に、沈黙するセラス。
ルーシーは結局、アベルへ余計な恨みを買われるのを恐れて信長を裏切った。
セラスからすれば彼女は裏切り者だったが、ルーシーの判断は間違いなく正しいだろう。
信長は、彼なりにセラスから事前に先導アイチからの通達を把握していた為、ある程度の手筈を整え始めている。
彼の場合。役割が『国会議員』なだけに金は困らないレベルだ。
適当にホテルへチェックインし、迎えの車をどうにか用意させられるのは問題ない。
むしろ議員だからこそ、優先させられる節があった。
何よりも。
どうやらライダーの宝具『不死身の爬虫類』による襲撃で総理大臣を含めた国会関係者の多くが、消息不明の状態だとか。
ある意味じゃ、信長の存在は貴重となっていた。
一人の男性が少しばかり顔を明るくさせ、信長に話しかけた。
「織田議員! ここでしたか。お車が用意できました」
「うむ」
安否が確認できた運転手が直接信長本人を出迎えてくれる。
人手不足のせいだと分かっているが、信長もやれやれといった様子で運転手の後に続く。
結局、色々信長なりに考察はしたのだが、先導アイチの目論みに見当はつけない。
それに聖杯が二つある保証も無い。
アヴェンジャーの討伐は……ある意味、裏もありそうだが。
この状況下で、高槻泉ことエトの捜索が困難なのだ。
現場が錯綜しているのも理由に含まれるが、こういう状況だからこそ面倒な事態が発生していた。
例え住所が判明したとして、そこにエトがいるかは定かじゃない。
討伐令を下される覚えや、居場所が明らかな有名人なら、現住所で呑気に構えるなど不可能だ
信長が大きく溜息をつきながら車の後部座席にドカリと腰かけたのを、運転手は何ら気に欠けることなく。
ドアを閉め、運転席へつくと普通に車を発進させたのだった。
-
◇ ◇ ◇
「攻撃は嘘でしょう?」
迷いなくアイリスが答えた。
彼女は酷く冷静だった。
眉間に皺をよせ、アメ玉に魔力を込めるアクアを眼前にしても、不気味に落ち着いている。
アイリスにとって、鮫の瞳を連想させるアベルの殺気と比べれば、アクアの戦意など虚勢でしかなかった。
「彼から通達は聞いているわ。今は戦闘禁止だって……
ひょっとして、彼とのコミュニケーションが粗悪と思ったの? そういう訳じゃないわ」
「ふん。確かにペナルティをつけると言ってたけど、ペナルティの一つや二つ。どうってことないね」
ペナルティを差し引いてもサーヴァント一騎を潰せるのは安い。
彼女の話が事実であれば、アクアに対処するのも困難な状況下に置かれている。
実際、アクアは念話でホット・パンツに問う。
『どうする。本気で攻撃するかい』
(……やめておけ)
だが、先導アイチから伝えられたペナルティ。その概要は不明のままだった。
これが令呪一画を代償に――の場合は目も当てられない。
恐らくアイリスは警戒している。
ホット・パンツがスタンドで攻撃する可能性を、彼女は熟知しているだろう。
アクアにも念話で伝えておいて、ホット・パンツはアイリスの前に登場を果たした。
きっと彼女は賢い。
アイリスに対してホット・パンツはそのような確信を得た。
「あなたがランサーのマスター……ですか?」
半信半疑で問うアイリスにホット・パンツが頷いた。
「脅してすまなかった。取引をしたいと思っている」
自らのマスターによる演技に呆れた風なアクアは、アメ玉に魔力を込めるのを止める。
アイリスは緊張感を保ったまま。
ホット・パンツも、平静に話を続けた。
「私はどうしてもアヴェンジャーを倒したい。協力して欲しい……そうすれば、最後の二組になるまで手出しをしないと約束する」
「……わかりました。私の出来る事は限られています。ただの高校生ですし、私のサーヴァントも戦えません。
でも一つだけ。あなた方が私の存在を把握していたなら、分かる筈……さっき、私が話しかけていた男性のことです」
-
アイリスから塩野の話を聞かされ、ホット・パンツは真偽を差し引いて。
もしや、彼女は最初から交渉を前提に行動していたんじゃあないか? と裏を探っていた。
無論。ホット・パンツはアイリスが嘘をついた可能性も考慮している。
例えば――アイリスのサーヴァントは負傷していない、とか。
だとしても……否、どうだろうか。
俄かに信じがたい展開にホット・パンツは疑念を覚えながら、塩野の存在に半ば意識を巡らす。
高槻泉の担当編集者……
ホット・パンツの変装を用いれば、あるいは彼そのものを利用しても何か得られるだろう。
「ベラベラと情報を教えてくれるのはいいけどさ。お前はアヴェンジャーを倒そうってつもりはないのかい」
アクアの唐突な質問にも動じることなくアイリスが返事をした。
「さっきも伝えた通り、私のサーヴァントは負傷しているの。どっちにしろ戦えない。
彼はアヴェンジャー討伐報酬で主催者から援助されると言ったけど、私には必要ないから……」
「……そうかい」
素っ気なくアクアが言う。
一先ず。アイリスとしては一つの山場を越した。
だが、ホット・パンツも警戒は怠らない。
「なら……『一緒に』彼を追跡して欲しい」
「一緒、ですか」
アイリスも承知はしていた。完全に信用していないのはともかく。
彼女自身を確保・監視する必要性があるからだ。
仕方なくアイリスは承諾するが、無論彼女も大人しく従う訳ではなかった。
◆ ◆ ◆
「はぁ……やっぱ、一度マンションに向かうしかないのかなぁ~~~……でも、ここからじゃ遠いし……」
連絡のつかない高槻を心配に思う塩野。
途方に暮れて、どうしたものかとごまついていれば一人、誰かと塩野がぶつかる。
混雑した避難所だから、この程度の事。一つ二つあったので塩野は、相手に軽く会釈しただけだった。
相手とは――ホット・パンツ。
彼女は、何ら表情を変えず無言でアイリスと彼女の傍らで霊体化し、監視しているアクアのところへ戻った。
軽くぶつかった程度だが、ホット・パンツはそれだけで十分。
スタンド『クリーム・スターター』
これで塩野に変装させる情報が手に入った。
だが、ホット・パンツが変装するのではない……するのアイリスだ。
そして、変装はここでしない。
ホット・パンツは、スタンドで自らの変化した手を利用し、塩野の鞄から手帳を盗み取っていた。
手帳を広げ、それをホット・パンツとアイリスは一瞥する。
-
「高槻泉の連絡先……住所……スケジュールや必要な物まで書かれてあるな」
「これでどうするんですか? 今、電話回線は混雑してて連絡は難しいと思います」
「あの男と話したお前なら出来る事がある……まずは試しに高槻泉のマンションへ向かう」
彼らの動向を冷淡に監視していたセイバー・ナイブズ。
あやめも困惑気味だったが、ナイブズは一足先に行動を起こしていた。
先回りだ。
ナイブズとアイリスの目的もアヴェンジャー組の討伐である。
ホット・パンツを利用し、高槻泉(エト)の情報を入手する賭けは相当なものだったが、今回は運良く『勝った』。
しかし、油断はできない。
あの様子では、ホット・パンツの方がアイリスを利用する魂胆だと予想できる。
アイリスも察していた。
期限は今日の深夜まで……アイリスの安全が保証されている内にしか、ホット・パンツを裏切れない。
仮にこれで高槻泉がマンションにいなければ意味がなかった。
それ故の先回り。
令呪の話題がアクアから語られた時。
アイリスは何ら動じることはない。厳しい表情ながらも、別にナイブズに問い詰めなかった。
さては、事前にどこかで知ったのだろうか。
例えば――アサシン・カインから教えられたとか。
だったら尚更、令呪に関して問い詰める行為をアイリスはしない。
――別に……あってもなくても、変わらないと思ったくらい。
彼女はそう答えた。
逆だろう。あるかないか、その差は歴然だ。それでも変わらないと思うのは、アイリスが厳重な命令を下す意思がない証明なのか。
よく分からない。
ナイブズは、ただこの先に居る復讐者たちのところへ駆けるだけだった。
-
【四日目/午後/北区】
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]魔力消費(大)、肉体損傷(小)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]『クリーム・スターター』(塩野の情報込み)、携帯電話、塩野の手帳
[所持金]それなりにある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯については……
1:アイリスを利用する。
2:聖杯について探りを入れたいので、高槻泉に討伐の件で探りを入れる。
[備考]
・役割は「教会のシスター」です。
・通達を把握しました。また通達者の先導アイチは先導エミが探す人物ではないかと推測しております。
・フードの男(オウル)と桐敷沙子の主従を把握しました。
・高槻泉をマスターと判断しました。
・アサシン(アヴェンジャー/メルヒェン)の存在を把握しました。
・聖杯が聖遺物ではない可能性を抱きました。
・アイリスがマスターだと把握しました。
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル】
[状態]霊体化、魔力消費(大)
[装備]
[道具]アメ(市販の一袋程度)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲りたいが……
1:地下で見たものは……
[備考]
・幼い少女は妹を連想させる為、戦うのに多少抵抗を覚えてしまうかもしれません。
・高槻泉をマスターと判断しました。
・アサシン(アヴェンジャー/メルヒェン)の存在を把握しました。
・アイリスがマスターだと把握しました。
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(中)、複雑な心境、神隠しの物語に感染
[令呪]残り3画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:今はホット・パンツと行動する。
2:ナイブズと話し合いたいが……
3:神隠しの少女(あやめ)を匿える場所を探す。
4:アベルは……
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
→改めて聖杯戦争の知識を得ました。しかし、セイバー(ナイブズ)に追求するつもりはありません。
・安藤潤也と神原駿河の住所・電話番号を入手しました。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・板橋区でアベルが出現した噂を知りました。
・アサシン(カイン)のステータスを把握しました。
・アサシン(カイン)の目的を理解しました。
・安藤家を撮影した写真を通して、バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
・安藤(兄)と同盟を組みました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
・ランサー(アクア)のステータスを把握しました。
・高槻泉の住所を把握しました。
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(小)、黒髪化進行、神隠しの物語に感染
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:高槻泉のマンションへ向かう。
2:アイリスに苛立ち。
3:あの人間(アイザック)は……
[備考]
・アーチャー(ひろし)のマスターについての情報を得ました。
・アーチャー(与一)のマスターは健在であると把握しておりますが、深追いする予定はありません。
・アーチャー(与一)での戦闘でビルの一部を破壊しました。事件として取り扱われているかもしれません。
・バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
・逸話の経緯もあり、アサシン(カイン)をあまり信用していません。
・安藤(兄)と同盟を組みました。
・高槻泉の住所を把握しました。
-
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]健康、サーヴァント消失
[令呪]残り1画
[装備]神隠し
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争が恐ろしい。
1:どこかに身を潜めておきたい。誰も巻き込みたくない。
[備考]
聖杯戦争についておぼろげにしか把握していません。
SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
役割は『東京で噂される都市伝説』です。
セイバー(ナイブズ)とライダー(幼女)のステータスを把握しました。
飛鳥とアサシン(曲識)の主従を把握しました。
バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
【織田信長@ドリフターズ】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]資料、購入した銃火器
[所持金]議員の給料。結構ある。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を頂くつもりだが……?
0:まずは23区からの脱出をする。
1:情報を整理し、他の主従を警戒したい。
2:訳分からんがアベルの動向に警戒。
[備考]
・役割は「国会議員」です。
・パソコンスキルを身につけました。しかし、複雑な操作(ハッキング等)は出来ません。
・通達を把握しております。また、聖杯戦争の主催者の行動に不信感を抱いております。
・ミスターフラッグから、東京でここ二、三日の内に起きている不審死、ガス爆発、
不動高校、神隠し、失踪事件の分布、確認されているサーヴァントなどの写真を得ました。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・江東区の博物館の館長を脅迫もとい交渉した結果、博物館の警備の強化などの権限を得ました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
【四日目/午後/千代田区】
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING】
[状態]霊体化、魔力消費(中)、肉体ダメージ(小)
[装備]日差し避けのレインコート
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(信長)に従う。セクハラは勘弁して欲しいケド。
1:アベルの動向を探る。
2:地下空間で見たものについては……
[備考]
・刺青のバーサーカー(アベル)を危険視していますが、かつてのマスターと酷似していると理解しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・『カイン』が『東京』に召喚されている事を知りました。
-
投下終了です。タイトルは「誰が為の世界」となります。
続いて先導アイチ、大典太光世を予約します。
-
投下乙です
ナチュラル上から目線、ナイブズとアクア。速攻でナイブズがザックの事を記憶から消す事を決めたのにのは笑いました
今回は今まで受動的だったアイリスが大きく動いた印象の回でした、アクア様相手に駆け引きを行う胆力やよし
ただまだ踏み込めている様で踏み込めていない関係に見受けられるので、アイリスとナイブズの関係はどんな顛末に転がるか楽しみですね
不確定要素の強いアヴェンジャーと出会う事で何かが変わるか
-
感想ありがとうございます!予約分投下させていただきます。
-
俺は長い夢を見ていたのか。
ルーラーが、そう悟った。もはやどのような馬鹿馬鹿しい夢を見ていたのかすら、記憶にないのだが……
新たな聖杯戦争に召喚させられた。何らかの異常によって。
ルーラー……即ち『裁定者』のクラスが召喚された時点事こそ、異変の象徴だった。
皮肉にも、自らが不吉。絶対に喜ばれるべきものではない。
聖杯戦争にだって、様々な私情を持ち込む参加者らにとっては邪魔でしかないのだから。
「それで――」
ルーラー・大典太光世は、状況を確かめた。
何故、召喚されたのか。
否。
何故……今頃になって召喚されたのか、のではなく。
彼は間違いなく『既に召喚されていた筈だった』のである。当然だ。
規定数以上のサーヴァント召喚・仮想空間に閉じ込められての聖杯戦争・聖杯の量産を目論むリンクジョーカー。
これらが揃い揃った状態で、一体どうしてルーラーが召喚されなかったのか?
先導アイチは通達で述べた。
『裁定者』が登場しない、という宣言。
ルーラーを召喚・野放しにはさせないという主催者の計らい。
ある意味『裁定者』、聖杯そのものに対する妨害行為と考えるべきだろう。
妨害が何であったのか?
兎にも角にも、妨害が削がれた事により大典太光世は改めて召喚されたのである。
彼が登場した周辺は大分薄暗い。太陽の光は愚か、夜空の月光すら差し込まない、窓一つない研究施設。
天井には、聖杯戦争の舞台である『東京都』全てを包み込んだ透明な球体が。
通常ならば、あそこへ向かうべきだ。
しかし、光世が召喚に至ったのは主催者たちの管理場である場所。
光世が周囲を警戒すれば、どこからともなく赤黒の黒輪と共に幾つかの非現実的な兵士らが出現した。
だが、彼らは攻撃はしない。警戒する様子は見受けられるが、微動だにしない不気味さ。
まるで生気のない機会である。
一応は生命体である彼らは、恐らく輝かしい存在だっただろうに。それを『虚無』で染め上げられてしまった……
最早生き晒し状態の兵士に対し、光世が刀を鞘から引き抜く。
たったそれだけだった。
それだけで全てが終わってしまう。
―――『烏の音が鳴き止む晒され頭の子守唄』―――
-
大典太光世の逸話にして、宝具。
『虚無』と呼ばれるソレはある種の病と称しても誤りではなく、ある意味での『怪異』そのもの。
肉体を蝕む行為はどれも符号が合致する症状に大差ないが故。
光世の宝具によって『虚無』は消失してしまった。
もしくは、どこか彼方へ逃避行に走ったかもしれない。
何であれ……兵士たちを蝕んでいた『虚無』は消失してしまった。
リンクジョーカーと化した彼らは『虚無』が死に絶えたことにより、逆に死を招く結果となる。肉体が崩壊した。
だが。
死にゆく彼らの誰かが呟く。
ありがとう、と。
「………」
光世は『虚無』に支配された彼らを解放する為の救世主ではない。
通過点……これは過程の一つでしかないのだ。感謝される行いではなかった。だからこそ、複雑でもあった。
感謝されたところで、役目を終えればそれきりだから。
すると、周囲の空間。
あるいは――施設全体に異変が現れた。纏わりついた邪悪が退散していく感覚。
名状しがたい違和感が急激に発生していったのに、光世が眉をひそめれば、静寂だけが広まった。
基本的に、サーヴァントの能力に拮抗する能力を持つ存在は限られる。
リンクジョーカーらも『虚無』の能力を所持しているが、決してサーヴァントに有効的な能力などではない。
『精神汚染』を有しているか否かじゃなくとも『虚無』は通用するかと問われれば困難だと断言できる。
だったら尚更。リンクジョーカーは何もしない。
『虚無』と対峙する『解放』に匹敵する能力――存在力と称される――を所有する光世に、無謀にも立ち向かうほど愚かではない。
最低でも、光世のいる空間に居たリンクジョーカーは退散したのは間違いなかった。
やれやれといった様子の光世。
彼じゃなくとも、一つだけ。取り残されたちっぽけな気配を辿る事は容易である。
「どう………して」
光世が気配を辿って到着した先で、困惑する一人の少年が居た。
唯一、リンクジョーカーの居た世界観とは無縁である広大な世界において、小さな人間である先導アイチ。
彼が明白に様子が変化しているのは光世の宝具の影響だろう。
参加者たちの前で出現した、虚ろな瞳・冷淡な声色じゃなくなっている。
これが先導アイチ本来の姿。
彼そのものの人格。
だからこそ……解放された喜びよりかは隠し切れない罪悪感を露わにしていた。
アイチは哀しげな態度で、突如として現れた光世に問いかける。
「もしかして、貴方が僕を……?」
「運も絡んでいるだろうが、そうなるな。俺はこの聖杯戦争に召喚された『ルーラー』だ」
「ルーラー……ということは。僕を……僕に処罰を下しに来たんですね」
聖杯戦争に無縁なアイチがルーラーの役割を認知していないのは、仕方ないことだが。
身に覚えの強い状況下の為、アイチはオドオドしく口を開いた。
「彼らの支配下に置かれていたとはいえ、僕は多くの人々を……妹の、エミまでも死なせてしまったんです。
許されない事をしてしまった。死んでも償いきれるか分からないほどに」
「……俺の役割はお前に死罪を下す事じゃない。聖杯戦争の異常を解決するのが使命だ。それ以外、余計な手出しはしない」
「えっと」
アイチとしては、むしろ償いを望んでいた。
だが、裁定者が行うのはアイチのイメージとは異なる。
出くわしの否定に躊躇するアイチに対し、光世は至って冷静に尋ねた。
「あんたが、この聖杯戦争においてどういう立場かは知らないが、出来る限りの情報を教えて欲しい」
「分かりました」
アイチは頷く。
彼自身、自分が成すべき事だと話始めたのである――
-
◆ ◆ ◆
この聖杯戦争の切っ掛けはリンクジョーカーが『偶然』聖杯を入手した事より始まる。
何故。どこで。経緯や動機、手段などは一切不明のまま。
先導アイチが把握する事実は、聖杯を入手したリンクジョーカーの目的のみ。
サーヴァントの儀式召喚と聖杯の量産。
それによって齎されるのは、戦力増強だけ。
リンクジョーカーは、如何に素晴らしい能力ですら『虚無』で染め上げ、支配だけを視野に入れているのだ。
彼らの第一目標は、かつて敗北を喫した相手――『クレイ』という惑星そのものである。
聖杯で強化された彼らは『クレイ』に勝利した後。
他のあらゆる世界の破壊と支配を繰り返すだろう……平行世界を理解している彼らが、他のあらゆる次元に侵略を目論むのは説明するまでもない。
つまり
「聖杯が俺を召喚した理由は、それか……」
ルーラー・光世が理解する。
アイチは申し訳なさを抱きながら、話を続けた。
「『聖杯』が一体どんなものか僕にも分かりかねますが、少なくともリンクジョーカーが発見した『聖杯』は既に
リンクジョーカーの目論みを阻止するべく、ルーラーさんよりも前に『あるサーヴァント』の召喚を行っていたのです」
「俺以外に、か……となれば『抑止力』のサーヴァントだな」
「抑止?」
「世界の破滅要因が発生した場合に発動する措置みたいなものだ」
「しかし、そうだとして僕には理解ができません。召喚されたサーヴァントは『バーサーカー』……観測するに真名は『アベル』です」
第一に召喚されたのは。
そして、聖杯によって召喚されたサーヴァントこそが『アベル』だった。
彼に関しては、ルーシーとの契約以前に宝具である『棺』が東京都内に出現したのである。
無論、リンクジョーカーは異常を察知し、アベルもとい『棺』が聖杯より召喚されたと判明させた。
彼らは『虚無』の力を最大限用いて聖杯を抑えることに成功する。
だが……絶対的な阻止には繋がらない。
『虚無』の力もまた完璧ではなかった。
アベルは聖杯のバックアップの元、現界が叶わない代わりにルーシーという契約者を得て、聖杯戦争に参加。
さらに、カインやうちはマダラ、メルヒェン・フォン・フリートホーフ。
彼らも同じように召喚された。
だが、彼らもアベル同様。バックアップ代わりのマスターとの契約の上で、聖杯戦争に紛れこませる。
……算段だったのだろうが。
『虚無』によって召喚が不自然に行われてしまい、リンクジョーカーの目につけられる結果となったのだろう。
-
「アベルもですが、解析不能のカインやアヴェンジャーたちも『抑止力』?」
「さぁな。聖杯が人手が足りないと判断した末に召喚したのか……とにかくアベルに関しては抑止力だ。
一言で救済措置といっても邪魔者相手だったら、ロクでもない虐殺をしでかしても別に問題じゃないからな」
「東京にいる人々が邪魔なんて。否定は……出来ませんけど、アベルはリンクジョーカーを打倒する姿勢が見られません」
「……分からなくも無いぞ。先導アイチ。奴が何もしない理由……ここにはリンクジョーカーの本体が実在しないからだろう」
「!」
リンクジョーカーの目論みを打破するには、当然リンクジョーカーらの壊滅が尤もだが。
当事者たちは、ここ。『東京』は愚か『施設』からも逃げ隠れしている状態である。
アベルですら、逃げ隠れし、手出しの仕様もない状態で無為に暴走するほど単純なんかじゃない。
だが、アベルに限った話ではない。
折角召喚が叶った光世本人ですらリンクジョーカーの状況を把握していなかった。
彼らが逃亡を図るのすら、見逃してしまう可能性がある。
「手段があるとすれば『聖杯』だ」
「聖杯、ですか」
アイチは浮かない表情でオウム返しをした。
光世も気乗りではないが、最善を尽くせる唯一の手段であるのに間違いは無い。
「聖杯でリンクショーカーに伝わった聖杯戦争に関する情報を全て抹消するしかないだろう。
あるいは、聖杯そのものを奴らの手に渡さぬよう願うか……聖杯戦争そのものが開始されない状態へ戻すのが最善だ」
「……」
「ただ、例の聖杯についてが問題だな。どうやら他の聖杯戦争にて生成された産物らしいが……」
「全て……元通りになったとしても………」
アイチは不穏なままだった。
何故なら
そもそもの話、どうして彼がリンクジョーカーに操られてしまったのか。
主催者として『イメージ力』を駆使し、参加者たちを聖杯戦争へ先導してしまった。
「僕の中にある『シード』は、どうなるのでしょうか」
光世はしばしの沈黙から「まだ残るだろう」と静かに返答した。
アイチが重い感情を胸に口を開く。
「『シード』が存在する限り、リンクジョーカーは滅びません」
『シード』。
リンクジョーカーの核となるモノと称すれば良いだろうか。
かつて先導アイチに敗北してしまったリンクジョーカーが、彼に埋め込んだ『シード』は憑代を乗り換えるごとに力を増幅させる性質を持つ。
例え、アイチにファイトで勝利したとしても。
勝利した相手へ『シード』が乗り移るだけなのだ。
この『シード』の影響によりアイチがリンクジョーカーの手駒として、聖杯戦争の主催者を全うし。
今日に至るまで、本来の人格でなくなった理由である。
-
光世の宝具により『シード』の影響力は弱まり、宿り宿主を乗っ取ることはできなくなったが。
聖杯戦争が終わり、光世が居なくなれば、再びアイチの中にある『シード』は効果を発揮することだろう。
幸か不幸か、聖杯が複数存在する。
ならば、その一つに『シード』の消滅を願うのも視野に入れるべきではないか。
アイチの決心に、光世は至って平静だった。
あくまで役割は『聖杯戦争で発生してしまう異常を解決させる』ことのみ。
光世が先導アイチの願いや思いを否定するのは、個人の感情に過ぎないからである。
それに。
リンクジョーカーを滅ぼすならば、最悪。光世が先導アイチに宝具を振りかざし、滅ぼせばいいのだ。
だが、あくまで提案はしない。
アイチ自身、光世の宝具の概要を把握した際。その手段を考慮しているに違いないから。
彼がそれを切り出さないのは、彼が『聖杯』という希望を捨てていないが為。
「なら……先導アイチ。いや、ここは『マスター』と呼ぶべきだな。あんたは聖杯戦争を解決する――その方針でいいんだな」
「え?」
アイチがキョトンとするのは当然。
聖杯戦争で召喚されたルーラーには、通常マスターが存在しないのが常識だ。
しかし。
大典太光世の場合は少々事情が異なる。
聖杯からのバックアップが困難である為、偶然そこに居合わせ――ある物を兼ね備えていたアイチと契約する形となっていた。
実質、アイチの魔力によって光世は顕現しているのだ。
「あんたの体にある令呪。どうやら、それと魔力が繋がっている。だから一応は『マスター』だ。
俺のような武器の役割のないサーヴァントで悪いな」
「い、いえ! こちらこそ、よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げるアイチ。彼は幸運にも残されていたソレを一瞥した。
アイチが回収を命じられた『令呪』。
残り一つ、アイチが所持したそれが契約のパスだ。
逆に返せばそれを失えば、光世も、全てを終わらせるチャンスを無にしてしまうと捉えるべきである。
手汗が滲み、思わず喉を鳴らしてしまうアイチ。
しかし、聖杯戦争も、参加者達も、リンクジョーカーらも待ったはなしの状態。
一刻も惜しい緊迫した状況下なのである。
「マスター。向かうべきは……アヴェンジャーの主従のところだな」
「はい。彼らの能力で聖杯戦争の中断が叶うはずです……そうだ!」
アイチは急いだ。
リンクジョーカーが『シード』に加えた機能が幾つか存在する。
まず一つが、令呪の剥奪能力。
もう一つが、参加者全てに対する念話であった。
◇ ◇ ◇
-
―――緊急通達を行います。主催代表の先導アイチです。
現在、この通達はサーヴァントの皆さま方のみならず、マスターの皆さま方にも行っております。
マスターの皆さま方は初めましてとなります。
この度は……聖杯戦争のマスターに選出されたことを……
ごめんなさい。本題に入ります。
先ほどのアヴェンジャー主従の討伐令ですが、中止とさせていただきます。
再度申し上げます。
アヴェンジャー主従の討伐令は中止です。
なお、現在布かれております戦闘中止令ですが、そちらは継続です。
仮に戦闘を行った場合……ペナルティとして令呪二画の剥奪を行います。
マスターの皆さま方に改めて忠告させていただきますが、皆さま方の体に刻まれた刺青――聖杯戦争の参加権でもある『令呪』は
今、聖杯戦争において重要かつ貴重なものです。
令呪を全て失ったマスターは、自動的に死亡措置を取ることになります。
ご注意ください。
突然の通達、申し訳ございませんでした。
23区消滅までの猶予、次の戦闘に備えるべく休息を取って下さい。
以上で通達を終了いたします。
◆ ◆ ◆
「ルーラーさん、急ぎましょう。これで少しは時間を稼げるでしょう」
「……あぁ」
光世に察していた。
どうせ、俺に強力なサーヴァントを倒すほどの技量は持ち合わせていないと。
実際にその通りである。
『大典太光世』は『日本刀』そのものだ。
武器だからこそ、自らが刀を握る事が無い。故に戦闘面では並のサーヴァントより劣る面は否めないのだ。
リンクジョーカーの陰謀を阻止するには先導アイチを守りきらなくてはならないが
果たして……
(その時は、その時……だな)
卑屈ながらも光世は、自分に出来る最善を尽くす事を決意した。
-
【四日目/午後/移動中】
【先導アイチ@カードファイト!!ヴァンガード】
[状態]健康、『シード』(現在弱体化)、ルーラーと契約
[令呪]1画
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の打破
0:参加者らに念話をする。
1:アヴェンジャーの主従と接触する。
2:聖杯戦争の知識を得たリンクジョーカーを第一に止めたいが『シード』も……
3:エミ……
[備考]
・参戦時期はアニメ三期終了後。
・ある程度、先導アイチとしての意思は残っている状態です。
→ルーラーの宝具により『シード』が弱まり、自我を取り戻しました。
・リンクジョーカーの目論みを大凡は把握しております。
・現在、他のマスターから入手した令呪はライダーの宝具討伐にて使用し、1画のみです。
マスターから令呪を奪う能力は『シード』を介して、現在も使用可能です。
・『シード』を介して全ての参加者に念話する事も可能です。
【ルーラー(大典太光世)@刀剣乱舞】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:リンクジョーカーの企みを打破する
0:アヴェンジャーの主従と接触する。
1:まずは、聖杯戦争の現状把握。
[備考]
・聖杯からのバックアップがない為、先導アイチと契約した状態です。
-
投下終了いたします。タイトルは「you」です。
続いての予約は、現在生存中の主従、全員予約します。
-
人理修復してきたので投下します。
-
遥か地平線の彼方に沈む夕日。
崩落していく大地と近代建築物の数々。その中には、嗚呼、恐らく無辜の人々すら紛れこんでいる筈。
彼らはここで在り続ける事を宿命づけられた存在だから、逃れる自由だってない。
美しくも廃退な光景を眺めながら、一人の男が問う。
「君は『エルキドゥ』を知っているか?」
好奇心に満ち溢れた子供のような男に対し、相手の方は酷く無反応。
本当の意味で関心もなく、また『エルキドゥ』なる存在の知識を持ち合わせていないのは明白だった。
沈黙を貫く相手を差し置いて、男は語り続ける。
「太古の時代。神の泥人形が地上に落とされた」
「それは人間としての知性はないものの、人智を超えた力を備わった神の兵器」
「しかしながら、当時の王――『ギルガメッシュ』は泥人形を眼中にも入れなかった」
「泥人形はある聖娼と出会い。彼女の美しさに魅了され、人間へと退化する」
「人形は多くの偉大なる力を失った代償に、理性と知恵を得た」
「人間として『ギルガメッシュ』の前に立った人形と王は死闘を繰り広げ、その末。唯一無二の友となった」
話を聞き終えた相手は、全く理解できないまま。
ただ純粋に言葉を呟いた。
「だから……なんだよ」
「私は君が『エルキドゥ』だと思っている」
「俺は人形じゃねぇし、道具でもねぇよ」
「そうだとも。だからこそ君は―――『人間』だ」
◎ ◎ ◎
-
どうしよう。
今剣は罪悪感で押しつぶされそうだったが、隣に居る神原駿河も同じだと彼女の表情で理解した。耐えるしかない。
東京都千代田区にある警察署内。
相変わらず警察らとアベル達による籠城戦は引き続き行われていた。
実際に、部屋に存在するのは駿河と今剣のみ。
霊体化しているアベルもいるだろうが、霊体化しており、戦闘は人喰いのバーサーカーが全て賄っている。
事実。彼だけでも十分制圧可能な戦力しか、警察署周辺には集結していないのが『東京』の現状だ。
何より。
人喰いのバーサーカー・滝澤は、戦闘力だけでも脅威だが。
血肉を喰らえば魔力や傷の回復にも通じる種族なのも相まって、不自由なく、むしろ一層脅威となる。
だが。
「……チッ」
珍しく血まみれの口元が笑わない滝澤。
圧倒的な実力差、能力、脅威。それらを前面にさせてもなお警察含めた自衛隊の勢いが衰える様子がないのだ。
現実的には不自然だ。
しかし、この『東京』において士気は二の次だろう。
籠城状態にあり、孤軍奮闘の滝澤を追い詰めるチャンスだと向こうは僅かな希望に賭けている。
まだ戦える。
だが、滝澤が手を止めた理由はキリのない死闘よりも重要な――先導アイチからの通達だ。
廊下の窓ガラスは全て打ち砕かれ、自衛隊が意図も容易く侵入可能な状況。
そこで幾人の死体が転がっているか、最早誰も屍を数えていない。
滝澤は適当な頃合いで踵を返して見れば、ランドセルランドと同じく死体が粒子化し、次々に消滅が開始されていく。
警察署内にある小さな会議室に籠城する駿河らの元に、滝澤が現れたのに。
もはや駿河と今剣はギョッとする様子はない。
むしろ、安堵を覚えるほどだ。
攻撃の手を緩めた以上、向こうも再び体勢を取りなおして、攻め込んでくるだろう。
相手は雑魚だが、無限に湧きあがる存在なのだから。
駿河は、吸血による体調不良を顔色で表現しつつ、滝澤や霊体化しているアベルに言った。
「直接エトという人物の元に向かうべきではないだろうか。このままでは、キリがないし。エトも私達の元へ現れるとは思えないのだがっ!」
「……本当の所。エトがここに来る可能性ってのは低い」
会議室の窓から外部の様子を伺えば、盾を装備した機動隊が次々に現れる。
一方で、周辺の土地は崩落が進行しており。
関心のあるテレビ局クルーや野次馬の一般人が巻き込まれて落下するのが目に見えた。
今剣は顔を覆いつつ、震える声で問う。
「そ、それなら、ここから……だっしゅつするべきです。なぜ、ここにとどまらなければならないんですかっ……」
「エトの野郎が俺を挑発する為にザックくんを連れ去った訳じゃねぇ。結局、狙いはアベルくんよ」
-
不気味なほど真面目に語る滝澤に驚きつつ、駿河は「アベルさん?」と復唱して尋ねた。
指を咥えながら、滝澤は続ける。
「昼間の通達でエトの討伐令があった。さっき、それを撤回する通達が来たのはお前らも知ってる」
「な。アヴェンジャーの主従とは私の事ではなく、エトの方だったのかっ!? しかし、私の方に討伐令がなかったのはどうしてだろう」
「ちゃんスルのアヴェンジャーはもう死んだだろ」
「むぅ……」
納得いかない不満を浮かべる駿河。(ある意味、討伐令からはずされ幸運だったが)
しかし。
だったら尚更、今剣は理解できなかった。
「ここに、とどまらなければならない、そんなひつようはない、ですよね?」
「クソ兄貴を殺す為って言ったか?」
滝澤は虚空を睨む。
そこにアベルが霊体化しているか定かじゃないが、狂気の帯びた声色で彼は言う。
「違うだろ」
「えっと……? アベルさんの目的の事か? カイ……いや、安藤先輩のサーヴァントを倒すと聞いていたのだが?」
「そう。クソ兄貴が面倒事するかもしれねぇから、召喚されたってな」
あくまで駿河が『カイン』の名前を出さないよう気使ったが。
だからと言って、理解はますます困難となっていた。
アベルはカインを倒すべく召喚された。と、かつて二宮飛鳥には告げたが、実際は……
今剣は、躊躇なく断言した。
「カインは、そんなことをしません! カインは……ぼくやルーシーを……」
「そういう話はしてねぇよ」
「え?」
支離滅裂な導入に翻弄される今剣と駿河。
漸く、滝澤は本題に入った。
「そもそも、アベルくんが『サーヴァント』で召喚されると思ってんのか」
「うん? 実際に召喚されているではないか。それともアベルさんが召喚されるのに不自然な点があるのだろうか?」
「アベルくんは一体『何』したかって、クソ兄貴に殺されただけだろ。分かるか?」
「……………あ」
人間を圧倒させる戦闘力。
幾度も無く復活を可能とさせる宝具の『棺』。
しかしソレらは、聖書に登場するアベルの逸話に基づいているかと問われれば、答えは否である。
駿河は理解したのだ。
ならば、どうやってアベルがそれらの能力を保持したかと問われれば。
今剣も知っての通り。
二宮飛鳥にアベルが語った通りに。
再度、現世に復活を遂げた際、どういう訳かその能力を保持した状態であり、それらの能力を以てしてカインを倒した。
だったら、それらの能力は如何にして入手したか?
一つ心当たりがある。
「……要するにエトの野郎も、そこに勘付いているんだよ」
「つまり、どういうことなのだ? アベルさんは一体………」
-
○ ○ ○
「ふむ、つまりこういうことか……抑止の存在は人類滅亡、世界滅亡の助っ人だと」
東京都杉並区、高級マンションの上層階に住む高槻泉。
あるいは芳村エト。
彼女の部屋には他にもルーシー達が存在するが、ここには姿を見せない彼女のサーヴァント、アヴェンジャーとの会話を続けている。
『概ね解釈に間違いは無いよ。となれば、僕や僕以前に召喚されたアヴェンジャー……うちはマダラも例外ではないさ』
「流石にガバガバ過ぎないかい、それ。しかし、リンクジョーカーとやらの目論みが危険だからこそ、聖杯も切羽詰まって召喚したのかね」
エトは、正義側である抑止の存在がアベルなのに嘲笑する。
アヴェンジャー・メルヒェンも然り、うちはマダラも救世主かと問われれば言葉がない。
悪ではないが、善でもない。
いいや。
過程がどうとでもいいように、人格の問題など些細でしかないのだろう。
『恐らくリンクジョーカーも僕らが抑止の英霊だと察しているはずさ』
「それなら……アベルくんだってそうだろう? 彼には何故、手を下す動きが無いのか」
『彼はリンクジョーカーからして不利益になる行為をしていないからさ。僕の方が聖杯製作の妨害をしているからね』
「成程。随分甘い判断じゃないか」
エトが不敵な微笑を浮かべる中、部屋で眠りにつくルーシー達にも少々異常が見られた。
理由は先導アイチからの念話。緊急通達によって、メアリーは瞳を開ける事が叶った。
ルーシーと沙子は、まだ眠りから覚めない。
沙子に至っては吸血鬼の本能の方が勝っており、ルーシーも魔力消費による疲労が重かったのである。
「……?」
「ん?」
珍しい事にエトの虚空を眺め、メアリーの異常には気付かなかった。
何故なら、彼女もまた先導アイチによる通達を初めて耳にした為、自然と意識を向けてしまったから。
メアリーも通達をボンヤリと耳に流していたが、それよりも。
彼女の視線は、床に転がっている薄汚いサーヴァントに注目する。
――ザック?
何故、どうしてここに彼が居るのだろう。
しかも、血まみれ。ボロボロの状態、生きているかも怪しい。
――そんな……ザック………!
-
誰がやったか? そんなの、そんなのは、深く考え込む必要ないほど単純に。
メアリーは目を泳がせ、沙子やルーシーの姿を捉え、それから……沙子のバッグに注目した。
彼女は鮮明に記憶していた。
確かバッグの中には―――………
「!?」
次の瞬間。ルーシーは流石に飛び上がった。
すっかり眠りについていたのに、全力疾走したかのような呼吸をしつつ、周囲を見渡せばメアリーの体が床に倒れている。
近くには拳銃が……
(拳銃、ですって!? そ……そうか! さっきの騒音は銃声だった!! まさかッ!? メアリーが発砲を……!?)
混乱するルーシーの視線を追えば、エトの姿がある。
「舐められちゃ困るよ、こっちも」
「ハァ……ハァ……! メアリー……どうして」
「この人がザックを……死なせたくない…………私なんかより、ザックだけは!」
勘違いだ……!?
直ぐにルーシーはメアリーに指摘するべきだと思うが、どういう形であれルーシーはエトから逃れなくてはならない。
沙子はまだ眠りについている。しかし、まだ見ぬエトのサーヴァントが、どこから攻撃を仕掛けて来る事か!
ルーシーは、咄嗟に拳銃から手をつけた。
拳銃の威力で吹き飛んだ体を起こすメアリー。
(早く逃げなくては! いえ、駄目!! サーヴァントに追跡される! 令呪でアベルを呼ぶしかないんだわ……こ
こんなことで令呪を使えば……アベルに殺されてしまうのでは!? う……悠長な状況じゃあない!)
涙目で拳銃をかまえるルーシー。
睨むエト。
彼らへ割り込むように、一筋の斬撃が振りかざされた。
● ● ●
(何だ、何が起きている!?)
無論、他の主従は皆。異常な通達に無反応でいる訳ではなかった。
エトとアヴェンジャーの主従討伐を目標にしていたホット・パンツは、先導アイチからの言葉に不快となる。
折角のチャンスを失ったは愚か。
やはり、ペナルティが令呪であった事も明らかとなれば。
(いや……これでも構わない。ランサー、アヴェンジャー主従と接触を続行する)
『フン。気に食わない事ばかりだけどね』
アクアは明らかに急変した先導アイチの態度が癪に障った。
まるで、ついさっきまでは洗脳かそれに匹敵する能力で操られていたかのような……通達からでもそんな様子だった。
事実か? 演技か?
なんにしろアクアの不満は募るが、一方でホット・パンツは冷静に判断を下す。
(どっちにしろ聖杯を獲得する過程で、アイリスもアヴェンジャーも倒さなくてはならない)
「………」
しかし、アイリスも同じであった。
先導アイチ。
彼の声色だけ聞いても、些か不審な点が垣間見える。それでも緊迫な状況に変化はなかった。
危機的である。
-
『着いたぞ』
物騒な念話が前触れなくアイリスに伝わった。
不意に顔を上げてしまった為、アイリスは改めてホット・パンツに話かける。
「先ほどの通達……どう思いますか」
「……正直、先導アイチの身に何か起きたのだろう。しかし、原因は分からない。あのアヴェンジャーの主従に接触する理由が一つ増えた」
「彼らが主催者と何か関わっていると?」
「あぁ」
軽く対話をするアイリスは、念話の相手・ナイブズに返事をしていた。
(大丈夫……?)
『何がだ』
自棄に声色が苛立っているナイブズ。
アイリスですら、彼自身の影響を不安視したつもりだったが、余計な世話なのだろう。ますます不愉快そうだ。
なるべく、落ち着かせながら慎重にアイリスは質問を続けた。
(彼らの様子はどう?)
『魔力で分かった。位置も把握している』
(神隠しの子も、まだ一緒に居るのよね……?)
『なら、どうする』
(ううん。こっちも考えていたわ。……決めた…………セイバー、落ち着いて聞いて欲しいの。私……『令呪』を使うわ)
ナイブズからの返事は無かった。
だけど、アイリスは平静に話を続ける。体には冷や汗が伝うが、構わない。
(『令呪』二画分。それがペナルティだと先導アイチは教えてくれた)
『……まさか』
これにはナイブズも反応が異なった。
彼女も、一つの決心をする。
故の解答。全ての危機を脱する手段だからこそ。
(ええ。ペナルティの代償として二画、先導アイチに奪われる前提で彼女……ホット・パンツを、殺して)
◇ ◇ ◇
-
安藤の意識は朦朧としていた。
昏睡状態に陥っていた間、安藤は夢を見た気がする。
弟・潤也と久々に何か……どうでもいい、些細な会話を交わして居たような………
ふと、潤也が「俺はもう行かなくちゃ」と言ったのに安藤は「それなら俺も」と立ち上がろうとした。
だが――それを潤也は制止し、安藤に告げる。
「兄貴にはまだやらなきゃいけない事、あるだろ。俺……向こうで待ってるから。兄貴が来るの」
「潤也………」
意識を取り戻した安藤は、病院のベッドの上だった。
体がダルイ。
病院は相変わらず落ち着きのない空間だ。安藤は不吉な恐怖を全身に味わう。
薬品の匂いや、清潔感に満ち溢れた純白の色調が視界に入り、日本人特有の心霊感覚を呼び起こすような。
病院とは死に近い場所だ。
死にたくない。と思うのは人間にとって当然であり。
死があるからこそ、心霊現象など未知の恐怖を味わう現場になる。
故に、安藤は我が身を震わせた。
(俺は……死ぬ)
安藤は悟る。
(潤也が……きっと死んだんだ。何故かは分からない。俺には……そうだ、やるべきことが残っている)
『マスター………マスター!』
虚ろな安藤に対し、必死に呼びかけるのはアサシン・カインだ。
病室に姿は無い。
霊体化し、念話で語りかけているのだろう。
周囲はライダーの宝具による被害を受けたらしい被害者らがベッドで横たわり、看護師が慌ただしい対応を行っていた。
漠然とした赴きのまま、安藤はカインの念話に答える。
(俺はどうなった……状況は)
『はい、説明します。ですが……マスター、貴方は大丈夫ですか。少し休んだ方が――』
(……悪い。アサシン………いや、カイン。俺……もう駄目みたいだ)
安藤は正直に告げる。
大丈夫だと虚勢を張っても良かったが、自分のサーヴァント・カインは最後まで安藤に合わせてくれたのだ。
聖杯戦争なる大洪水で、共に逆らってくれた。
だからこそ、嘘ではなく事実を伝える。
(俺自身、なんでこんな能力……『腹話術』が使えるかも、その副作用がある事も、知らなかったんだ…………
案外……『腹話術』は使い続けちゃいけないものだったみたい……例え、この先……使わなくなっても、助かるか)
『マスター、駄目です。貴方は生きて下さい。貴方のしてきた事、私は意味があると信じております』
(俺も………そう思いたいよ)
-
でも無理なんだ。安藤は悟っていた。
カインも承知の上で無茶を申し出ているのだろう。
分かっていても……時間に限りがある。
(あの事は……伝えてくれたのか…………)
『はい。脱出方法の事は、サーヴァントを通して協力して下さったマスター二人に伝わったかと……信用していただけるか、分かりかねますが』
(いいんだ……そうだったら、それで…………)
出来る限りの事はした。後は―――
安藤は、アベルの事を思い出す。殺気を露わに、安藤へ刃を振りかざそうとした殺戮者を。
考えろ――安藤は自身に命令を下した。
唯一の手段が『考える』事なのだ。幾度だって自分は切りぬけた。
ブライトと馳尾の交戦を制止したのも。
先導アイチから脱出方法を聞き出したのも。
不死身の爬虫類を無力化させたのも。
全てが考えた末のこと。
安藤は一つ、どうしてもやっておきたかった。アベルと対決すること、主催者の目論みを解き明かすこと。
どちらも叶わないだろう。
犬養に腹話術をかけたかったのも同じく、アベルにも馬鹿馬鹿しい発言を腹話術で言わせたかった、と。
一矢報いたかったのである。
安藤はカインから状況を聞いた。
今、自分は危機に置かれているらしい。結局のところ、聖杯を必要とするカラ松のサーヴァントは、安藤を人質にし、カインに令呪をかけるよう
取引もとい脅迫をする魂胆なのだとか………
最も、カラ松のサーヴァント・宮本明も主催者たちの企みを怪しむ節は垣間見えたらしいが……
それとこれ。奇跡の願望機、聖杯の存在が必要不可欠なのには変わりないのだと。
同じく……カインに協力してくれたロボアーチャー・ひろしも同様だ。
(聖杯なんて……必要ない)
安藤は思う。
皆、成す術が無いから聖杯に頼ろうとしている。散々努力を尽くし、諦めず、信念の為、聖杯を必要とするのは分かる。
でも、それで戦争を行うのは結局、考えないのと同意義ではないか。
だったら――どうすればいいか。解決の糸口はあるのか。
安藤にはそれらの解答を出す知恵も能力も、残念だが持ち合わせていない。
それでも流されない。
だからといって流されない。
何も考えず、サーヴァントを殺せ。生き残れ。聖杯を勝ち取れ。
―――なりたくない
漫然と生きているだけの人間なんかに。
周囲に流れて他人を傷つける人間なんかに!
-
安藤は――静かに、しかし鮮明に、カインへ言った。
(カイン。アベルの居場所……あいつが居そうな場所は)
『アベルは……警察に確保されたと噂で聞きました。場所は千代田区の警察署……』
(そういう………ことか……アベルはきっと『対決』するつもりなんだ。主催者と………)
カインの返事はない。
否、むしろカインは察していた。カインこそが、アベルの抑止となった原因なのだから。
いや。安藤は「違う」と更に加える。
(多分……アベル自身はどうでもいいんだ。だって、あいつは人類がどうなろうが、それこそどうでもいいから………)
『……ええ。私も、思います』
(そういう『フリ』をしている……だけ………)
ある意味、犬養の方がよっぽどマシに思えるほどの酷い思考だ。
アベルは抑止力であるからこそ、抑止をする『フリ』をしている。
例えば『リンクジョーカーとの対決に勝利できなかった』『リンクジョーカーの目論みを阻止できなかった』
『聖杯戦争の参加者の誰かに殺されてしまった』
とか。
そういう展開ならば、アベルを送りだした聖杯も「仕方ない」と諦める他ないのである。
少なくとも、アベルは世界を・人類を救済する気は皆無だった。
あのまま千代田区、即ち23区に居残り続ければアベルは、宝具もろとも消滅する。
アベルは、それでも構わない。
むしろ、そうであって欲しい。
狂戦士の傍若無人な思考回路にとやかく言う状態ではない安藤が、最期に残せる一手は………
(カイン……最後の最後だ。あいつにひと泡吹かせてきてくれ)
■ ■ ■
-
「う………あ、ああああぁ……!」
呻きを漏らしたルーシーだったが自然と安堵を抱いた。
どうして安心できたのだろうか、あまりにも非現実で猟奇的な状況に! だけど―――
ルーシーは拳銃を手にしたまま涙を流す。
「あっ、アイザック……!」
「……チッ、くそが。アベルと同じ風に呼ぶんじゃねぇよ、泣き虫お嬢ちゃん!」
結局、血まみれのままで手傷が癒えたとは断言不可な様子の殺人鬼。
アサシンのアイザックは、エトに対し鎌の刃を振り下ろしていた。
しかし、ザックは満身創痍の状態。人間ではないエト相手にどれほど渡り合えるかすら怪しい。
ザックとエトが双方睨み合う中。ルーシーはどうにか、寝ている沙子の方へ移動した。
彼女が入っていた大きな鞄に視線をやる。
「ザック! 彼女を殺さなくてはならない!! あたし達は彼女に攻撃してしまった!! 戦わないといけないの!」
「ふざけんな。俺はな、アベルを一番に殺すんだよ」
「そんな事を言っている場合じゃあないわ! 殺される………! このまま逃げ切れない!!」
「俺はテメェの道具なんかじゃねぇ」
非常に苛立ったザックの言葉に、ルーシーは言葉を失う。
彼は脳裏に響き続ける謎の声ですら頭を悩ませているのに、一番不愉快な命令やお願いなどを要求されてはたまったものじゃない。
アベルとの約束がなければ、即座にルーシーを殺していたとザック自身、理解している。
だが、ルーシーも決死に叫んだ。
「なら一体どうすればいいのッ!? どうやってこの状況から逃れられる方法は………!!!」
「知るかよ! 俺は殺さねぇぞ! 俺はアベルを殺す―――嘘は嫌いなんだよ!!」
どうしようもない我儘を吐き捨てるザックの傍ら。
割り込むように侵入者が現れた。
上層階にある窓ガラスを破壊しながら飛び込んだのは、未知なるサーヴァントと……先導アイチ。
ザックとメアリーは、彼の姿を目撃したからこそ異常な状況に呆然としている。
何故なら……
ステータスを目視で確認できるルーシーとエトは、先導アイチと共に現れたサーヴァントが『ルーラー』であると把握したのだ。
ルーラーとは?
確か、聖杯戦争には召喚されない存在と主催者が告げたクラスでは?
エトは様々なマスターやサーヴァントの情報で分かっていたからこそ、顔をしかめる。
「良かった……間に合った……! ごめんなさい! 彼女の討伐令は取り下げました!! お願いです。攻撃を中止して下さい!!」
「はぁ? ったく、最初から殺すつもりねーよ。攻撃する気だったのはソッチだ」
-
ザックは馬鹿正直に答え、ルーラー・光世はやれやれといった様子である。
緊迫した空気。
先導アイチが……主催者の関係者がここへ訪れただけでルーシーは震えあがっているのに。
敵に囲まれた状況で、一体どうすれば。
銃を持つ手が震えた。
彼らに割り込むかのように、マンション周辺からサイレンが聞こえた。
先ほどメアリーが発砲した為、不信に思った誰かが通報したのだろうか。
尚更、状況は追い詰められている。
ルーシーが途方に暮れる中。先導アイチが落ち着かせるよう穏やかな声色で話す。
「皆さん。一旦、ここから離れましょう。僕は……僕の話を聞いて欲しいからこそ、ここに来ました」
「それは………」
ルーシーが震え声で尋ねる。
「聖杯戦争のことですか………聖杯を獲得するために、戦えと?」
「違います! 本当はそんな事をしたくなかった……そう言い訳しても、信じて貰えるか分かりませんが」
「………」
メアリーは立ち上がって、周囲を様子を伺い。
ザックを目にする。
彼は確かに手傷を負った状態だが、メアリーは念話で問いかけた。
(ザック……どうするの? アベルを殺すの)
思わずザックの視線がメアリーに注がれる。
彼は、謎めいた声が脳裏に響き続け、気分は最悪、アベルを殺したいのか。殺したくないのか。
どうかしてしまいそうだった。
群衆のような設問の嵐がザックは苦痛であった。
『考える』のが苦手である彼が、流れに逆らう意思があるかと聞けば、ある。
例え、殺すなと命じられてもザックはアベルを殺そうと意思は捻じ曲げない。
何があっても自分の在り方を変えない。
濁流を受けてもなお健在する大木のような、歪み強い彼の精神力があった。
「決まってんだろ」
嘘は絶対につかない。何であっても、これが不正解だとしても。
メアリーが頷く。
彼女はザックの代わりに『考えた』のだ。
このまま先導アイチは自分達やエトと対話を持ちかける。ザックはアベルと離れ続ける。
例え、先導アイチが何をしようとも、ザックの約束だけは、ザックに嘘だけはつかせまいと。
そして――メアリーもまた、アベルが『どうなったか』知っているから。
「ザックをアベルの所まで移動させて」
「えっ!?」
ルーシーが驚きの声を上げるのは当然だった。メアリーは『令呪』を使用したのである。
アイチらも目を見開いた矢先、ザックの姿は消えてしまう。
だからこそ、ルーシーは絶望した。サーヴァント達のいないルーシー達が不利になってしまったからだ。
「メアリー! どうしてそんなことを……!!」
「ルーシー、沙子と一緒に逃げよう」
「無理よ!! 私達だけでどうやってここから逃げるの!?」
-
サイレンの音は、警察の威嚇でもあるのに――警察に確保されれば、信長にも捕捉されてしまうのだ!
ルーシーは全てを理解しているからこそ、絶望している。
メアリーがこんなことをしなければ! とすら思うほどに―――
違った。
メアリーは常識を知らなかった訳じゃない。
「私達の敵じゃない?」
彼女が問いかけた相手は先導アイチである。
彼は目を見開き、困惑気味で視線を逸らしつつも、深く頷いた。
メアリーでさえも以前の、偶然出くわした先導アイチと彼は別人のようだと察したのだろう。
ただ、光世が面倒くさくメアリーに確認する。
「何故、お前のサーヴァントを令呪で転送させた?」
「アベルが心配だったから」
「……そうか」
本心でありながら、建て前じみた言い訳に光世も一応承諾する事にした。
推測を追求する暇など、この状況下には残されていないのだから。
次の瞬間。
彼らの居るマンションを襲う大規模な爆発が巻き起こった。
「!?」
ひょっとしてまさか、アヴェンジャーの討伐令に従い続けている者の仕業なのだろうか!?
否、そんな訳ないと先導アイチは焦る。
自分は確かに念話で討伐令の取り下げを告げたはずなのに。
残念なことに聖杯の魅力は衰えること無い。
聖杯戦争が続行されている事実に代わりは無いのだ。
例え、主催者が不審な目論みを企んでいようが。
例え、先導アイチが改心したとしても。
聖杯が欲しい。聖杯が必要不可欠だと乞う者は絶えない。そうじゃない者もいる。しかし、そうでない者もいるように。
驚愕するアイチらを余所に。
誰よりも元の世界への帰還を望むルーシー・スティール。
彼女は、沙子をバッグへ詰めた矢先。メアリーの手を掴み、全力で部屋から脱出を図った。
そうでもしなければ!
ルーシーは決して先導アイチを信用などしていなかった。
彼がどういう気の変わりか知らないが、絶大な能力を持つ敵に、彼女を聖杯戦争に導いた悪に間違いは無い。
-
「待って下さい!」
アイチに決して悪意はなかった。
ルーシーにとっては逃さまないとする叫びに聞こえたのだろう。
躊躇するアイチは、ルーシーがそれほど恐怖し、警戒する理由が理解出来なかったのだ。
彼女は少女だ。たった14歳の少女だ。
周囲には血まみれの殺戮者と人喰いと殺人鬼がいる。
舞台の東京都も彼女が知らぬ異国、信用できそうな存在が僅かばかり。そのような状況で一体どうして簡単にアイチが信じられるか!
「まぁ、どうせ逃げなきゃいかんだろ。私が後を追いかけようじゃないか」
そう呑気に駆けだすエトの足並みは、アイチの想像以上であった。
光世が外の景色を確認してみる。
優先するべきは、やはり先導アイチの安否なのだが……外で発生している出来事。
「マスター、俺たちは先に外へ向かうぞ。攻撃で警察も撤退しているようだ」
「一般人は……そうでした。攻撃しても構わないと僕が――」
「あれは――あそこの人間たちは、一体何なんだ」
「複製品です。正真正銘の。ある種の『人間そのもの』ではありますが……
一部には『マスター候補』だった人々も記憶を失ったまま、幾人か残されているでしょう」
「複製、なんてのは簡単に出来るものなのか。俺は知識が疎くてな」
「ええ……『本物』がいれば『本物』を模って『偽物』が量産できます……つまり……」
「………」
「基本的にはマスター候補としてイメージによって引き寄せられた彼らの居た世界、それらから複数人。様々な人間を引き寄せました。
世界観としては大した問題になっていない……何故なら、あらゆる世界から数人・数十人程度失踪したことになるだけです」
□ □ □
-
「悪いけど、邪魔だから吹き飛んで貰うよ!」
爆発の主はランサー・アクアの『スパイシードロップ』による攻撃。
銃声を聞きつけた警察らに被害が及ぶ。アクアの攻撃がアメ玉を用いた爆発の為、生贄である彼らは状況を呑み込めないまま。
聖杯戦争に翻弄されている最中だった。
「爆破テロか!? 首謀者を探せ!!」
「こ、ここは周辺住人の避難から――――っ!!!」
コンビニで販売されている程度のアメ玉だけで、人は軽く吹き飛ばせる。
途方に暮れる彼らを、アクアは魂食いを目的に殺害をする魂胆はなかったのだ。
先ほど述べた通り。聖杯戦争の邪魔であるからこそ、彼らを遠ざけ、一掃しているだけである。
戦場になろう場所から警察一同が漸く諦めがつき、撤収を始めた頃。
物影から様子見していたアイリスが、ホット・パンツに問う。
「本当にアヴェンジャーのマスター……エトという方はここに?」
「間違いない。……攻撃を受けてもなお、サーヴァントも姿を見せないとはな………やはりマンションにはいないか?」
「いいや。あたしでも、魔力は感じられるね。気配は消していないだろうね」
アクアが感知していたのは、厳密にはアヴェンジャー・メルヒェンではない。
エトが拾ってきたアイザックや、先ほどエトの部屋に侵入してきたルーラー・光世の魔力だ。
しかし、メルヒェンの魔力を感知したことないアクアは、何も分からなかった。
否。
彼女は実際にメルヒェンと邂逅したが、彼の姿・魔力を捉えていないのである。
故に、彼女の判断は仕方ないと言うべきか。
ホット・パンツはアクアを信用し、アイリスの方へ向き直る。
「お前には侵入をして貰う……私のスタンドで、高槻泉の担当(塩野)になりすませ……そう、お前がだ。
アイリス……お前は奴と会話したならば、演技も最低限可能だろう。護衛にランサーがつく……
分かっているとは思うが、一種の監視でもある。下手な真似はするな」
「……ええ」
だけど、やはり聖杯が欲しい。
アイリスとホット・パンツ……両者の欲望。
それが交差した瞬間。
『スパイシードロップ』で発生した砂煙が立ち込める中、アクアが一つ叫ぶ。
「ホット・パンツ! 今の内だよ!!」
「あぁ――」
――― ―――
一筋の光。斬撃で両断されたのは、ホット・パンツであった。
上空から急スピードで下降したセイバー・ナイブズの一撃が致命傷。
確実に致命的な一撃だったが、終わりではない。
アクアが咄嗟にアメ玉一つに全力の一撃を放ったのである。無論、攻撃は――アイリスに対してであった。
「!!」
アイリスが何かを叫ぼうとしたが、アメ玉は有無を言わせず炸裂した。
「意外だね」
アクアはホット・パンツが再起不能だと理解した。
彼女のスタンド――そのスプレーすらナイブズによって切り刻まれていたから。
そして、アクアによる渾身の一撃はいともたやすく防がれていた。
恐ろしくも美しい『天使の翼』で。
アイリスの前に立ちはだかるナイブズを見て、尚更。消滅が進行するアクアは言う。
「アンタ……絶対、マスターを庇ったりする性格じゃないと思ってたんだけどね」
「マスターの死はサーヴァントにとっては決定的だろう」
「なんだい。よっぽど叶えたい願いでもあったのかい。そういう風にも感じなかったよ」
自分の何を分かっている?とナイブズがアクアを睨むが。
彼女は、非常に惜しんでいた。
最初からここで終わるつもりも、主催者の目論みを放置する訳でもなかった。
ナイブズが手負いで戦力外である事も怪しんでいた。
単純に―――彼が強すぎた。
決定的な実力差だからこそアクアは、情けない言葉を漏らす。
「また勝てなかった……」
【ランサー(アクア)@マテリアル・パズル 消滅】
【ホット・パンツ@ジョジョの奇妙な冒険 死亡】
-
一応書き終えている部分のみ投下終了いたします。
続きの完成は来年になりそうなので、これを今年最後の投下とさせていただきます。
それでは、よいお年を。
-
投下乙です
病院戦から一貫してナイブズ強いなー、流石最優のクラス
対抗できるのが滝澤とアベル位でトリックスターのアヴェンジャーとこいつら次第じゃ優勝も見えてくるか
-
非常に申し訳ありませんが、正真正銘今年最後の投下をします。
-
時間は少し遡る。
アイリスとナイブズが戦闘を決断すると同時に、神隠しの少女・あやめはエトの居るマンション最上階に置くことになった。
住人は、物好き以外マンションから撤退しているだろうし。
彼女がエトやルーシーらの監視にもなりうる。
足手まといにも、邪魔にもならない。
これが唯一自分に出来る事だと、あやめも許容する。言い聞かせる。
分かっている。
アイリスとナイブズは新たに主従の殺害を計画していることも――……だけど。
これ以上。誰かを死なせては、消えさせては、それだけはあってならない。
もう聖杯戦争を脱落したような身分。
被害も、何もしたくない。
彼女自身『神隠し』は制御不可なのだ。
自力・アイリスなどの外部の協力で回避を試み続ける他ない。
だからこそ。あやめにとって、次に発生した緊急事態は予想外だったと言わざる負えなかった。
ルーラー・光世の存在。
エトの部屋に登場した彼は、文字通りの怪異殺しだ。良くも悪くも清浄な霊力が満ちる。
あやめは逃亡するしかなかった。
高層マンションのみならず、ある程度の高さを持つ建造物には備え付けられてるだろう非常用階段で、決死に駆け下りる。
そうしなければ、あやめに『死』が待ちうけていた事だろう。
怪異である彼女の『死』。
むしろ、『死』こそが彼女が受け入れるべき現実と宿命であると分かるのに。
どうしてか『生』へと逃れようとした。
光世が如何なる存在か、あやめも把握していない。逃走は本能に近い行為だった。
あやめが恐る恐る顔を上げる。
接近してくる気配はない。向こうはあやめの存在に気づいていないらしい。
一安心したところで、あやめは呟く。
「きゃすたー……」
神隠しで在り続ける宿命を選んだ。
聖杯戦争を拒絶し、抗う為にあやめは覚悟した。その為に、キャスターを……自らのサーヴァントを。
なのに。
結局、聖杯を手にしようとする主従に加担する。(でも神隠しの被害はない)
結局、必死になって生きようとする。(自分が死のうが生きようが、関係ない筈)
あやめは、どうすればいいか。
-
すると、頭上から慌ただしい足音が聞こえてきた。
荒い、絶え絶えな呼吸が耳触りなほど、あやめの耳に届いたのである。
まだ生存者がここに!? あやめは自然と焦りが浮上してきた。
階段踊り場で休息していた彼女にとって、再び予想だにしない事態が発生する。
もしかしなくても、階段を下りて来る彼らは自分と遭遇する! 最悪、彼らを―――
無論、あやめも慌てて駆け降りようとするが、向こうも必死でもう間もなく合流してしまう。
どうしよう。
あやめが不安を抱いても、誰も助けてはくれなかった。
「あ………」
バッグを抱えた少女。
その彼女よりも幼いであろう金髪の少女。
思わずあやめは顔を手で覆い、うつ伏せ、現実から目を背けようとする。
だが、何も起きなかった。
呆気ないほどに。
幸か不幸か、彼女達――ルーシーとメアリーは『神隠しの物語』を知らなかったのだ。
織田信長が様子見程度で試みた決断により、彼らはマスターでありながらも、引き込まれる事はない。
普通だったら。
殺戮者や災厄に襲われなければ『神隠しの物語』が繁栄したに違いないが。
ここでは些細な常識ですら、まかり通らない。
安堵の余韻にあやめは浸ってしまう。
一方、ルーシー達は不安と恐怖に押しつぶされそうな、あやめにはお構いなしだ。
嗚呼……これが孤独か。
彼らが無事であったことを喜ぶべきだろう。
だけども、言葉にならない、陰鬱な感情が込み上げるのは不思議なものだ。
異界の香りを含んだ溜息を漏らしたあやめが体を立たせ、振り返った瞬間に。
ある女性と視線が合った。
ルーシー達よりも大分遅れて、ゆっくりゆったり老体を動かすような歩くような速さで上層階から移動して女性。
彼女の足音は、ルーシーらよりも静かなモノで。
あやめの耳にも届かなかったし、女性の方も目を大きく見開いて、あやめの時代遅れの服装をしげしげ観察していた。
枯草に、少し鉄錆びが混ざったような香りと――
不自然なほどの静寂。沈黙。
昼間だというのに、暗転が始まった。
くすくす。と誰かが笑う。
闇の中から誰かが覗きこんでいる。
コチラをムコウから。妬ましそうに、恨めしそうに、嘲笑するかのように。
あやめは息を飲む。
闇から現れし、醜くも哀れな肉塊。辛うじて原型っぽさを持つ『腕』が、女性を引きこもうとしている。
あやめは小さな悲鳴を漏らす。
不気味な事に、女性は無表情だった。
多少の驚きはあったかもしれないが、それはごく僅か、最初の内だけで顔は固定された芸術品らしく微動だにしなかった。
-
「なぁ、君は何をしているんだ」
女性は笑顔で、神隠しの少女に問いかけた。
こんな状況。
早く神隠しから逃れなくては、異界に引き込まれ、そこにある異形の肉塊に成り果てるのに。
あやめは、そんな異常性に体を震わせる。
不思議にも、あやめは質問に返答が出来た。
「わたし……誰も、こんな事にさせたくなくて……だから……なのに―――」
「何、正義顔しているのやら。君の存在は――ふむ『こういうもの』なら、最早犠牲は尽きものじゃないかね?」
「でも」
「でも。じゃないよ。現にそうだろう。君はそういう存在には変わりない」
「でも……!」
「だったら―――本当に自分が出来る事を『考えろ』よ」
――わたしに、出来る事? 本当に、出来る事………
闇が嘲笑う。
自分には彼女の『神隠し』を止める手段はない。
どんなに考えたって、どんなに努力したって。もし、それで叶えられるなら、あやめはとっくの昔に手を伸ばそうとしている。
再び顔を俯いて、女性の神隠しから逸らそうと必死に怯えるあやめ。
だが、声が聞こえた。
闇ではなく。『宵闇』から。
『小さな怪異の少女。君が何故境界を越えてしまったのか、興味はあるが。それはまた今度にしよう』
『どのように、僕やマスターが君の事を知ったか』
『それは君のキャスターと話をしたからだよ』
「……え……きゃすたー………」
あやめが顔を上げれば、宵闇に居る一人の青年の姿が捉えたような気がした。
彼女もまた闇だから、宵闇色の青年を実体で目にできたか。定かではないが……
青年は物語を読み聞かせるように、語り続ける。
-
『彼は饒舌に君のことを教えてくれたとも』
『尤もそれは、マスターを神隠しに引き込みたかった理由もあるだろうね』
『一つ、君に伝えるならば』
『僕は復讐を手伝う。復讐者(アヴェンジャー)として、主人公(キミ)が結末(ダレカ)を怨むのならば、その復讐に手を貸す』
『だが』
『彼は君への復讐は願わなかったのさ』
『それだけは事実だ』
「……そ……んな………きゃすたー…………」
あやめの声は震えていた。
最後に宵闇色の青年は指揮棒を振り上げる。これこそが最後の幕引きと言わんばかりに。
『終焉こそ君の復讐に手を貸す事は、既に決定されていたんだ。マスター』
「君もしつこいなぁ。ストーカーか」
『生憎、それが僕という復讐者の役目だ。そして、君は僕を召喚した復讐者に違いは無い』
別に復讐なんて下らない。
そう一蹴した女性――エトは不敵に笑った。
らしくはないが、腹に一物抱えて消えてやろうと。
『心の準備はよろしいかな?』
『さぁ、復讐劇の始まりだ!』
終わりにして最後の復讐劇。
道化ピエロへの復讐が叶ったのか否かは、これまた別の物語。
そして、あやめは。
何故だか信じがたい事に、らしくもなく呟いたのだった。
「きゃすたー……ありがとう………」
【高槻泉@東京喰種:re 消滅】
【アヴェンジャー(メルヒェン)@Sound Horizon 消滅】
【隻眼の小説家の復讐劇 続く】
-
現場へ駆けつけた先導アイチとルーラー・光世は呆然としていた。
予想はしていたし、だけども異常過ぎる光景。
消滅してしまったランサー・アクアの宝具による襲撃で負傷しながらも気絶した状態の警察官。一般市民。
破壊された建造物。
唯一斬殺状態の死体は、聖杯戦争参加者のホット・パンツ。
無残に転がるスプレー缶を一瞥してから、死体の傍に佇むアイリスとセイバー・ナイブズ。
アイチや光世が、とやかく問い詰める前にアイリスから告げた。
「令呪、ですよね」
彼女は分かり切った風に令呪を差し出してきた。
故に、アイチは理解が出来なかった。否、どうしてなのか。と思う。
ハッキリ言うと、アイリスは自分と同い年かあるいは僅かに年が違う程度の少女にも関わらずだ。
容易に犠牲を割り切れる。
まるで覚悟した大人のような態度だった。
確かにペナルティとして令呪を剥奪を申し出たのはアイチ本人。
だけど……念の為。
あるいは僅かな希望を胸に、アイチは真剣に尋ねた。
「一応、戦闘を行った理由を聞かせて貰ってもよろしいですか」
これは予想外だったアイリスは、ほんの少し動揺を浮かべて見せたが、それきりで、以降は真面目に受け答える。
「聖杯を獲る為でもあり、自分の身を守る為でもあります……あのまま彼らに殺されていた可能性は十分ありました」
「……分かりました」
正当防衛を主張するが、それでもペナルティだ。
しかも、アイリスは全てを承知している。決して、アイチに弁論したから好転するとは考慮していない。
ちゃんと。
確実に令呪を奪われる前提でやった。
アイチは理解した。
彼女が本気で聖杯獲得を目標としている事に―――
「ごめんなさい」
いきなり先導アイチは謝罪する。
光世は、もしやと予感を覚えたが、制止はしなかった。
あくまでアイチ自身が決心したこと。頭を下げるアイチに困惑するアイリス。眉を潜めるナイブズ。
アイチは事実だけを伝える。
-
「僕の判断が軽率で、あなたに罪を負わせてしまいました。その方も、あなたではなく僕が殺したようなものです。
いえ……あの通達でハッキリ断言すれば良かった。リンクジョーカーの監視を恐れ、事実を伝えなかった僕の責任になります」
「……待って? 何? なんなの? アイチ=センドウ……あなたは何を言っているの………??」
「聖杯戦争は中止して下さい」
……え?
頭が真っ白になるアイリスは、しばし言葉を失う。
アイチは憂鬱だが、鮮明な意思を以てアイリスとナイブズに話を続ける。
「リンクジョーカーは世界滅亡。あらゆる平行世界に点在する世界全ての破壊を企んでいます。
それを阻止する為に、聖杯が必要なんです。リンクジョーカーから『聖杯戦争』の知識と技術を消去するには、他に術がありません」
「………」
「急に……このような話をされても、受け入れられないのは承知です。
多くの犠牲と、アイリス=トンプソン。あなたを含めたマスターの方々に深い傷を負わせてしまった……それは罪です。
僕が背負うべき罪です。僕を憎んでも構いません。ですが、世界を――」
「いいえ」
アイリスは放心しながらも、首を横に振った。
「ごめんなさい。わたしは聖杯が欲しい」
「お気持ちは分かります。ですが――」
「世界が滅びるから? そんなの、そんな理由で、いいえ……だったら尚更、私は願うわ。聖杯で願う。家族に会いたいと」
「どうして!?」
「傲慢だと罵ってもいいわ。世界が永遠だと、私は信じていない。どんな世界であっても、終わりがない事なんてありえない。
……リンクジョーカーという主催者の恐怖よりも、わたしは聖杯で家族との再会の望みが強い」
二度と叶わない願いだ。
二度と不可能な願いだからこそ。
譲れない。
譲りたくない。
どうして、世界が滅びるから願いを放棄する理由になるだろうか。
「わたしは! 分かっているの。アベルの言った通り……財団はわたしをパパとママに会わせてくれない。
ひょっとしたらもう、財団はパパとママの記憶を操作して……社会的にわたしが『なかった事』にされているかも……!」
-
思わず涙ながらアイリスは訴える。
だったら絶対に聖杯が必要なのだ。
世界が滅びるなら、滅びる前に家族と再会する。再会『してやる』!
「下がれ!!」
叫んだのはルーラー・光世だ。
彼はルーラーの持つ『神明裁決』を行使せず、咄嗟に宝具を使用していた。
普通なら、マスターへの確認を行うであろうナイブズの攻撃は、アイリスを無視して行われようとしていたから。
呑気に令呪で阻止するよりも体が動く。
―――『烏の音が鳴き止む晒され頭の子守唄』―――
大典太光世の宝具は、己の膨大な霊力を斬撃へと変換させる。
一方で、ナイブズの『天使』は単純に規格外なまでに万能で脅威で破壊的な能力だ。
純粋に単純に。
双方共に神秘と魔力に満ち溢れた宝具。
衝突するだけでも衝撃波が周囲を襲いかかる威力である。
「ルーラーさん……!」
「……マスター。俺は何が正しいとか悪いとか、そういうのは言えない立場だ。
だが、一つだけ言うなら。アンタらしく在り続けろってことだ。リンクジョーカーを止めたいって決心を抱き続けろ」
「はい――!」
先導アイチに刻まれているのは一画の令呪のみ。
魔力は人並より上な程度。
だが、負ける訳にはいかないのだ。
世界の為、未来の為。アイチは令呪を通して光世に全力で『殺戮の天使』へ立ち向かったのだった。
▲ ▲ ▲
「悪いけど……ボクは君と契約しない。本当にすまない」
練馬区・ある病院の一角にて。
二宮飛鳥が静かに告げた。流れるようなセリフはアドリブじゃなく、最初から台本に明記されていたかのよう。
彼女の返答に、少なくとも居合わせたカラ松は口をポカンと開け。
マスターを失ってしまったロボひろしは(ロボながら)真剣な眼差しで飛鳥の返答を聞き取った。
「どうしてだ」
納得がいかない、訳ではないが。
ひろしは飛鳥に問う。
彼女は、遠くの景色を眺めながら述べる。
「酷い話。ボクは君やアダムというマスターにとって何でもない。その逆も然りさ。君の願う、アダムの娘を救う願いは……
きっと純粋で美しい正当な願いだと思う。でも、ボクには無関係……同情が出来ないのさ」
「お……おいおい、カラ松ガール。酷過ぎないか。俺とてアサシンの願いがある以上、賛同する訳にはいかんが。
アダムという奴の娘は救われないんだぞ。良くはないんじゃないか……?」
カラ松のフォローに、飛鳥は俯く。
-
「聖杯が疑わしいとアサシンも言っていただろう? ……ボクも願いが叶えられるか、怪しいと思っているんだ」
「う……」
「ボクは聖杯に願いを求めるより、元のあるべき世界を望むだけさ」
「な……なら、俺だってそうだ!」
カラ松もそこまでは頷いた。
いや、しかし、本当にいいのか? 良くなくないか?
躊躇を打破するかの如く、ひろしから口を開いた。
「ああ、そうだよな……そりゃそうだ! 俺も馬鹿だったな……悪りぃな、無理に決断させようとして」
「……ボクの方こそ。それに――ボクのサーヴァントは何であれ『彼』しかありえないと思うからさ」
二宮飛鳥が召喚したのはアサシン・零崎曲識なのだ。
彼が殺人鬼であれ、少女趣味だとしても。どういう在り方にしろ事実は覆せない。
良くも悪くも。
そして。ひろしも飛鳥の言葉で我に返った。
自分はアダムのサーヴァントとしてアダムの願いを叶わせる。
飛鳥が無縁にも関わらず、巻き込ませる理由にアダム(他人)を使うなど、ひろしは震えるように首を振った。
我に返ってひろしは霊体化をする。
慌ただしく登場する看護師が飛鳥とカラ松を発見するなり、病院内だが張り上げた声で呼びかける。
「すみません。先ほど患者さまがお目覚めになりましたよっ」
「おお! そいつは吉報だ。早速見舞いに行こうじゃないか、カラ松ガール!」
カラ松の一言に飛鳥も頷いた。
恐らくじゃなくとも安藤の事である。
まだ病院内は犇めき合う状態故、文字通り駆け抜ける事は叶わなかったが……
看護師が安藤の身を拭いてくれたお陰で、ボロボロだった身なりもマシな姿になった。
起床したばかりで、おぼろげな様子の安藤がボーッとした様子でカラ松と飛鳥を見る。
「心配かけて……本当に悪いと思ってる」
「いやいや、ここはお互い様だろう?」
気を紛らわせようと、あえて痛々しい煌きを見せつけるカラ松。
せせ笑う安藤は、ポツリポツリと言葉を続けた。
「俺の……腕………右肩のところ……見てくれないか……」
「えっと? ここかい……!」
飛鳥が安藤の服を捲った部分、安藤が告げるようめくれた右肩には令呪が刻まれているのだ。
-
通常は手の甲が基本だろう。
場合によっては、異なる位置に刻まれる事も十分ある。
ある意味、安藤は珍しい。
そして――令呪が消しゴムでかき消されたかのような跡となっている。正確には『二画』がそうなっていた。
安藤は言う。
「俺もまた……いつ気絶してしまうか……分からないんだ。アサシンから話は聞いた……もうアサシンに令呪を使用してある………」
「お……おう……そいつはありがてぇ話だが、安藤? お前、体調の方は大丈夫なのか?」
「問題ない。持病みたいなもんだ……」
やっぱりかと飛鳥達が納得した矢先。―――彼方から爆発音が鳴り響いた。
振動も病院を多少揺らす程度、襲いかかって軽い悲鳴が内部で聞こえる。
何事だと。
人々が不安になる中、アサシン・明がカラ松に念話で伝えた。
『マスター……どうやら向こうで派手に戦闘をしている奴がいるらしい』
「だったら無視した方がいいだろ……? 戦闘禁止令とか……あと、アヴェンジャー?って連中の討伐もなくなったのだからな」
『念の為、様子見だ。通達を無視して戦闘を行う奴だ。例の……アベルかもしれない』
アベル。
その名を聞いてカラ松はゴクリと息を飲んだ。
不運にも奴に喧嘩を吹っ掛けて、生命の危機を感じ取っているのは明白。
やれやれと自分らしくカラ松は冷や汗流しつつ、痛々しく決める。
「なら、アサシンとアーチャーで出陣か……フッ。向こうよりかはコチラが有利じゃないか?」
(油断はしない方が良い。……が、安藤のアサシンがいれば問題ねェ。余程の事がなければな……マスター、全員に伝えてくれ)
「OK。これより襲撃作戦プランBを決行する!」
「なんだい? それは」
真面目に首を傾げる飛鳥と疲労のせいでボンヤリした様子の安藤が、カラ松に視線を集める。
「つまりはだな……この近辺で戦闘が行われている場所へ、サーヴァントを急行させるものだ」
「結構、シンプルだね」
「しかしだ! アーチャーにはマスターがいないとは言えコッチは三人だ! 負ける要素が無い!!」
少しだけ間を置いてから安藤は言う。
「……でも、俺のアサシンはギリギリまで霊体化しないと……能力で捕捉される」
「問題ない。安藤、俺の令呪は一つ残っているんだぜ」
カラ松は、あの不死身の爬虫類との戦闘で自信をつけたのか。
それとも――危機的状況から、自前の痛々しさに磨きをかけて、立ち直る事が叶ったのだろう。
どういう形であれ。カラ松は現状でも前向き・ポジティブ姿勢を保てていた。
彼の慢心を目にした安藤は、笑みを浮かべている。
優しい微笑ではなく、まるで『魔王』の笑みだった。
-
「再突入準備、完了しました!」
無駄だ。
まるで無意味だ。
聖杯戦争においては邪魔でしかない愚かな行為が、永遠に繰り返されようとしている。
自衛隊、警察隊。現在、東京都内で集結できる最上限の戦力が、幾度も籠城するアベルへ攻撃をしかけていた。
彼らは諦めない。
戦力が尽きる事が無い。
湯水の如く『復活』してしまうのだから。
リンクジョーカーの複製能力により『本物』が管理され続ける限り、湧きあがり続ける事だろう。
窓から様子見していた今剣が、生贄たちの動きを目にして、息を飲んで叫んだ。
「また! またこっちに、きています!!」
駿河が冷や汗を浮かべながら言う。
「駄目だ……良くないぞ、この状況は! 何故なのだ、アベルさん!?」
アベルは実体化すらせず、混沌を傍観するばかり。
だから救うつもりではない。
人類を救済する魂胆を最初から持ち合わせていないのだ。
ただ、殺戮を尽くす為だけに。
ただ、自分の在り方を否定する為だけに。
兄に殺されるだけの存在など――納得できる訳がなかったのである。
突入しようと構える彼らを前にして、駿河達だって黙ってはいられない。
アベルと滝澤はサーヴァントだからこそ、彼らの行為が無意味だと承知しているのだ。
だけど、駿河と今剣は異なる。
彼らは抗う。
無意味であったとしても……
滝澤も呆れた風に、いよいよ警察らの虐殺も行おうとしておらず、会議室から動こうとはしなかった。
駿河は沈黙の末。答えを出した。
「つまり……エトという彼女がここへ来て、アベルさんに問いかけるのを待っているなら。
いや、アベルさんは別の誰かを待っていたとしても。私が時間を稼ごう」
「スルガっ、むりがあります!」
「しかし、そうでもしなければザックさんは一体どうなってしまうのだ」
「……」
-
沈黙する一同。そして、再び大地が大きく揺れる。
窓から様子を伺えば、警察署周辺の地盤沈下進行が目に見えて早まったのだ。
規模は絶大。考えもせず突入ばかりを試みようとした警察らは、塞き止められた洪水のように溢れかえる。
流石の彼らも一時的な撤退を行おうとする。
崩落を回避叶わず、そのまま奈落へ消え去る者や。
何とか逃れた人々も少なからずいる。
連鎖するように次々崩壊は発生していく。一体何事かと騒ぐ者もいるだろうが。
もはや『東京』という大地が限界に到達に過ぎないのだ。
アベルらのいる警察署周辺は、孤立する状態にある。避難した警察一同は口々に話し合う。
「これよりどうすれば!?」
「ヘリコプターを利用して再突入を試みるのは…………」
「あるいは、消防車の梯子なら届くかも……」
「兎に角。一刻も早くテロリストの排除を行う事! それが最優先事項だ!!」
「…………いいえ。もう止めましょう」
一人の若い刑事が殺伐とする空気を振り払うかの如く一言告げる。
中年警察が「何を言っている!」と反論する。
周囲の人々もアベルの打倒を胸に熱気と士気が高まっている為、今にも若い刑事を殴りかかりそうだった。
それでも彼は続けた。
「冷静になってください。この状況では彼ら『も』あそこから脱出は出来ません。
あそこにいた一般市民の避難は完了しています。このままでは、巻き添えになって死ぬだけです。撤退しましょう」
「………」
ザワザワと口々に言葉を交わす者達。
そうした方が良い。なんて基準はどこにもない。
若い刑事は『この場にいる全員の命を秤にかけていた』だけ。
彼の判断が懸命か定かではないが……若い刑事に付き添っていた長身の部下がおどおどしく声をかける。
-
「ほ、本気ですか?」
「僕としては早く帰ってお菓子が食べたいんですね」
「……ハァ」
相変わらずなぁと長身の部下が呆れる一方。
一連を傍観していた者の中に、霊体化したままのアーチャー・セラスが存在していた。
彼女はアベル達の動向を探るため、彼らの傍らに居続けている。
無論。
例の話ですら、セラスは念話で信長に伝達済みだ。
(で、あるか。まぁ、さっきの先導アイチの通達からして奴は『リンクジョーカー』の行動阻止に方針を切り替えた。
お前も奴の様子が妙だと感じていたのと推測すれば、妖術的なもんで操られてたって訳か)
『はい。恐らく……マスター、これよりどうしますか。アベルは「世界や人類を救済する意思」がありません』
(だったら俺達が世界を救えって? ははは、とんだ御伽話じゃねぇの。――とまぁ、笑ってる場合じゃないな。
そっちにはアベルとフードのバーサーカー……タキザワだったか、コイツ日本人だったのかよ。あと今剣、神原駿河が居ると)
『マスター二人は私で移動させられますが』
(確かにソイツらはアベルともタキザワとも無関係だ。
ただ、リンクジョーカーには所謂国家規模の戦力があるわけだ。
馬鹿やって戦力を欠けさせてはいかん。どんな事があってもアベルは死なせるな、って状況とはなーマジキツイ)
とはいえ。
素直に信長が、正義の為にリンクジョーカーと対決しようなどと企んだりはしない。
彼は聖杯獲得を諦めはしないのだ。
聖杯を手に入れる過程で、リンクジョーカーの打破が必要不可欠だった。
その真実を知っただけに過ぎないのである。
「聖杯を手に入れる。主催者の野郎も倒す。両方やらなくっちゃあいけないのが、第六天魔王の辛いところよ」
廃退的な状況下。
信長が冷静に状況を分析し、セラスに一つの命令を告げる。
セラスはギョッと度肝を抜きつつも、確認した。
『本気ですか!?』
(むしろ余裕だろ。そろそろ日も暮れるしな)
信長は優雅に車内から夕陽を拝める。
セラスが察して心良く頷いた。
『了解。「力仕事」ですから、迅速に終わらせます』
霊体化していたセラスがそのまま夕日に向かって駆けて行くのにすれ違うかの如く。
警察署内にも、ある異変が起きた。
駿河たちの元に、一瞬にして何かが現れる。
それこそメアリーの令呪で転送されたサーヴァント・ザックだった。
-
「ザックさん!?」
駿河が叫んだ矢先。ザックは既に血まみれの満身創痍の状態。
折角、到着したというのに、ザックは絶え絶えに呆然と驚愕を浮かべる駿河達を睨んで不敵に笑う。
流石の有様に、アベルも実体化を解いて威圧感を大気に充満させた。
アベルは淡白な表情だったが、察したらしいザックは舌打つ。
「こんぐらいじゃ死なねぇよ。直ぐにでもお前を殺してやりたんだ、こっちはよ……!!」
「……」
ガンガンと騒がしい脳裏で響く声を無視しながら、ザックが言う。
アベルも、滝澤も沈黙を続けていた。
瞬間。
頭上から無数のヘリコプターが羽ばたく騒音が振動となって警察署内で体感可能だった。
恐らく、自衛隊による新手の突入作戦である。
崩落の進行が続く最中。避難を始めた警官一同ですら戦慄が走った。
アベルら、テロリストの脅威ではなく、この状況でもなお突入する彼らの狂気に。
「ばっ……バカ! あんなん無茶苦茶だろ!?」
鮫歯の若い警官が叫び、眼帯の女性警官も「そんな」と目を見開いている。
どうする? と一同は再び混乱した。
特徴的な泣きホクロの刑事が真っ先に「逃げろ!」と叫ぶ。
正気に戻ったかのように、警察一同は撤退よりかは逃避に行動を移した。
ヘリコプターからロープを蔦って突入しようとする自衛隊。
サーヴァントであるアベルらにとっては、なんら苦難ではない邪魔ではない。ザックもかつて、警察という存在に阻まれた時とは違う。
だが、同じように彼らは障害として壁になる。
いつだってそうだ。
彼らは在り方を変えないよう。自分達だって変わらない。
窓ガラスを蹴破り、あるいは屋上や他の通路から侵入する彼ら。
だが、彼らの想定外は『ここ』にアベル達のみだけ籠城していると思いこんでいる点。
そして……アベル達に他多数の仲間がいる、と報告を受けたにも関わらず、警戒を疎かにした事。
「!!」
ザックと同様に、突如実体化をしたサーヴァント。
不愉快そうなアベルは、きっと彼の気配を直感で理解していたのだろう。
肢体が義手であるサーヴァント……真名は『カイン』と言った彼。
銃口の標準を定められた危機的状況にも関わらず、アベルは不気味にも微動だにせず。しかしながら、カインを睨みつけた。
カインは振り返ること無く、アベルへ告げるのだった。
「本当に……すまなかった……アベル。今日まで私は何もしてやれなかったんだ。
お前は確かに愛されていたが、お前に自由は一つもなかった……好きにして、死のうが生きようが、自由になるんだ」
「………」
「か……カイン」
-
今剣の震え声が空気で響いた瞬間。
カインが躊躇なく、突入を図った自衛隊に特攻をしかけたのだった。
彼は、否。サーヴァントである以上、カインに傷一つつかない。
しかしだ。カインに攻撃を的中させる為、それらの攻撃は自動的に跳ね返ることとなる。
カインに発砲した生贄は無残に死に絶えて行く。続いて様々な階層から、自衛隊が雪崩込む。
次は廊下から。
会議室の二つの扉が乱暴に解き放たれ、銃口が定められた。
滝澤は面倒くさそうに構え、カインは即座に無力な今剣と駿河の盾となった。
アベルは恐ろしく冷静に破壊された窓を観察する。
窓から頭上を確認すれば、ヘリコプターが幾つか確認できるが、突入を試みる兵士はいない。
ザックを強引に掴み、アベルは壁面を駆けあがる超人じみた行動に踏み込んだ。
酷い銃声が鳴り響いた。
引っ張られたザックが最後に目にしたのは銃弾の嵐。
滝澤もカインも、物ともしない強行。だが、マスターの今剣や駿河にとっては地獄。
あまりの有様に滝澤は能力を振ろうともしない。
カインは――違う。
攻撃を跳ね返す能力を存分に発揮されていた。
彼は今剣と駿河、滝澤を庇って攻撃を受け続けている。
こんな攻撃。生身の人間が受ければ間違いなく即死ではないか。
攻撃はちゃんと跳ね返されている。
だからこそだ。
カインの魔力消費は尋常ではないレベル。
そして、カインが跳ね返し続け、膨大な魔力を消費し続け、やがては粒子化していく。
彼のマスターの方こそ、恐ろしい末路に至っているのではないだろうか。
ザックですら、想像できるほどに。
故に理解できなかった。
そこまでアベル達を助けようとする精神が―――
呆然とするザックを余所に、アベルは酷く冷淡だった。淡白で、しかしながら、彼はそのお陰でザックと共に屋上へ至った。
【アサシン(カイン)@SCP Foundation 消滅】
◆ ◆ ◆
-
正常な世界から疎外され、今のように追放された二人が屋上で見たのは――赤い空。
下劣で毒々しい赤と藍色に近い紫が混じった夜空色が混ぜ合わせた、美しくも不気味な色彩の上空。
確か、昨日も同じように空を眺めていたのが記憶に新しく感じた。
場違いにもヘリコプターが鳥の群衆に飛び交い。
不自然な景色に邪魔をしている。応援に登場したヘリコプターも幾つか登場を果たしている。
『自由』を望めない彼らは、アベルらを目撃するなり、様々な指示を飛び交わせる。
危機的だが、ぼんやりと情景に浸る。
アベルは静かに言う。
「君は『エルキドゥ』を知っているか?」
神に作られた泥人形の話。
人の為、人として、ある王と親友になった存在の物語。
それを耳にするザックの心情は、何か不思議だった。苛立ちでも、猟奇的な興奮でも、自分の知らない。
未知なる感情が自分の中で満たされ……やがては恐ろしくなる。
自分はアベルに対して、どう感じているのか。何一つ分からないのだから。
「だから……なんだよ」
ザックの返答は震え声だった。
「私は君が『エルキドゥ』だと思っている」
「俺は人形じゃねぇし、道具でもねぇよ」
アベルは不自然なほど穏やかで、清々しく。騒音に等しいヘリコプターの存在に目もくれず。
包帯塗れの殺人鬼へ振り返ったのである。
「そうだとも。だからこそ君は―――『人間』だ」
あぁ……そうか………?
ザックが理解する。
脳裏で響き渡る声のせいで微動だにしない肉体の中で意識が鮮明になった。
自分よりも幸福な人間ばかりだ。
自分はどうせ幸福にはなれない人間だ。
死にたがっている人間を殺したところで意味は無い。
死にたがっている人間を殺しても、何の面白味も無い。
そうじゃない。
アベルはそうじゃない。
-
――おい……メアリー………聞こえるか。
脳裏で響く声の中、ザックはどうにか念話を行う。
メアリーから返事があったか分からない。だけど、念話を諦めない。
――令呪を使え、俺にアベルを殺させろ! 殺してぇんだよ!!
何と言われようが、これが正当ではなかろうが、ザックは迷いない。
殺人が罪だとか。間違っている、許されない。そんなものはどうだっていい。
自分は嘘をつかない。嘘にはしない。
誰かが見れば無情に鎌を振り下ろしたかのように見えるが
ザックとしては、確かに約束通りに鎌を振り下ろしたのだった。
「嗚呼、そうだ。それでいい」
「いいな。君は」
「君は自由に生きた」
「今度も生きた」
「私は―――君のようになりたかったよ」
屋上を吹き抜ける風が灰を乗せて、彼方へ旅立った。
眼前で発生した容疑者。アベルの死亡に上空を飛来するヘリコプター内では冷水を浴びせられた静寂が起きている。
もう、ザックの脳裏に謎めいた声は響かなかった。
まるで向こうが諦めたかのように。
アベルの霊核を貫き、最期の言葉まで聞いて。
ザックは放心しながら……胸にぽっかりと現れた虚無に戸惑いながらも、呟いた。
「良い訳ねぇだろ………俺の人生……」
本当に、訳が分からない。
もう、どこにもいない殺戮者に対してザックは呆れではない、別の感情を抱いている。
その感情の名を、ザックは知らなかった。
-
一先ずここで投下終了です。また、このまま延長申請をしたいのですが。
このまま最終回まで執筆を続けようと思います。
虚無聖杯戦争も間もなく終幕に近いです。最後まで書き切ります。
それでは良いお年を。
-
随分遅れてしまいました。明けましておめでとうございます。
投下します。
-
―――どういうこと?
必死に駆け降り続けていたルーシーは、幾度か背後を振り返るのを繰り返していた。
エトが折って来ないとは?
ルーシーたちは、エレベーターが直ぐに来ない様子だったので、即座に階段へ移動を切り替えたのである。
ひょっとして先回りされているの可能性も……
不安を覚えるルーシーの矢先、鞄が大きく揺れた気がした。
まさか、ルーシーは察したがエトの追跡を警戒し、鞄の中にいる彼女・沙子へ呼びかける。
「ごめんなさい。まだじっとしていて」
地響き。
ルーシー達も居るマンション全体を大きく揺らすほど、強大な力が衝突したであろう事は理解できた。
だからこそ、ルーシーは警戒する。
間違いなくサーヴァントの宝具、あるいは彼らの戦闘で生じた衝撃。
サーヴァントの居ないルーシー達は無力過ぎた。
直接対面しただけで――死。
これだけでも危機的状況にもかかわらず、ルーシーに更なる追い打ちが襲いかかる。
気配をなるべく潜めつつマンションからの脱出を図ろうとした矢先。
急激な魔力消費がルーシーに起きた。
アベルが無駄に戦闘や実体化をしたのか?
ある意味、その通り。
メアリーはルーシーの気付かぬ内、ザックに命じられた通り令呪を使用した。
何とも乱暴な念話で要求してきた――アベルを殺すよう強制するもの。
深く考察するメアリーだが、ザックからの頼み事であれば躊躇なく令呪を消費をする。
つまり、ザックがアベルを殺害したことで『アベルの宝具が発動した』のである。
ザックもアベルの宝具。即ち、何故復活したのかの意味は解明していない
元より馬鹿なので、忘れている可能性も否めない。
だったら、あのようにアベルがザックに『殺され』ては無意味ではないかと思われるだろう。
無論。
アベルとて考慮している。
『棺』は東京23区内に存在していた。
主催者が実行しようとする大規模な23区消失は、アベルの宝具すらかき消すものか怪しいが。
もし、このままアベルの棺ごと消失すれば、アベル自体も消失してしまう。
アベルの脱落だ。
しかし、アベルはルーシーなどおかまいなしだった。
あるいは……ルーシーを魔力枯渇で死なせる魂胆もなくはない。
倒れ込むルーシーは悟る。
このままでは、本当に死が待ち受ける。だけど、彼女は最後の最後まで令呪を一画残していたのだ。
思えば最初に宝具が発動した際、あそこで魔力消費に耐えきれず令呪を使用すれば。
間違いなく、自分はここを乗り越えられなかったと思うほどに。
ルーシーは即座に令呪を一画消費した。
魔力はどうにか耐えきれた。だが……ルーシーは倒れ伏す。
動けない、意識も遠のく。
呆然とするメアリーがルーシーの落とした鞄に視線を向けた。
鞄を開ければ、死人じみた肌色を持つ少女・沙子がひょっこりと姿を現わにする。
「ルーシーは?」
沙子が眉を潜める。
メアリーは魔力消費の問題にあまり関心がない愚か、自覚も無いほどだった。
ルーシーが何故、倒れ込んだのか。原因すら理解していない。
だから「分からない」と正直に答えるのだった。沙子は顎に手を添え、状況をどうにか把握する。
「バーサーカーとアベルは? 貴方のサーヴァントも」
「ここには居ない。……アベルは……ザックが殺したから、いない」
沙子は一瞬言葉を失ったが、即座に迷いを振り払った。
「アベルは簡単には死なないわ。そうでしょう?」
彼女だけが確信している。
ある意味、アベルを不死身だと思い。そうであって欲しいと願望を抱いているに近い。実際、間違っちゃいなかった。
メアリーと沙子だけで、ルーシーを運べない。
どう考えたって、助けを呼ぶか。否――この状況、他人を信用するに値しない。
沙子は自身の令呪を眺めた。
己のバーサーカーに頼るしかない。彼ならばアベルが登場した博物館へ移動するような駆け抜けが可能だ。
サーヴァントも居ない以上。
他の主従に対応するには、それ以外術が無かった。
沙子は、話で聞いた通りのやり方で念話を試みるしかない。
(バーサーカー……?)
恐る恐るの沙子の返事に、バーサーカーこと滝澤の返答は遅れる。それどころではなかった。
-
東京都千代田区。
滝澤は、相変わらず混戦模様を描く警察署内を、単独で蹂躙していた。
粗方片づけた現状。しかし、油断すれば再び兵士たちが建物内を満たそうと溢れかえる。
恐らく彼らはアベルや滝澤が、もしくわ聖杯戦争が終了する瞬間まで止めようとはしないだろう。
カインによって守られたマスター二人の行方を滝澤は知らない。
文字通り。
滝澤が適当に生贄らを葬る最中。彼らは退避する以外、手段がないのが事実。
二人のいた場所に、最早誰の姿もない。今剣や駿河、カインも。
アベルとザックは屋上へ向かったのは、滝澤もおぼろげに記憶にあった。
だが、今剣と駿河は?
『……スナコちゃん』
(ルーシーが倒れたの。アベルは?)
『ああ、そう』
滝澤の念話は酷く苛立ったものだった。全てを察したから。
会議室を見回せば、不自然な血痕が残されている。跡を辿れば点々と廊下へ続いており。
そして――
離れた場所から銃声が鳴り響いた。それから人間の悲鳴。破壊音。使命を全うする為だけに、聖杯戦争に歯向かう生贄。
されど、彼らも努力すれば同じ人間であるマスターを殺害は可能だ。
『ちゃんメアと少し待ってろ』
(……ええ、わかったわ。でも悠長にはしていられない、外で誰かが戦っているの)
思考する以前に滝澤は駆けだしていた。悲鳴を上げたのは今剣や駿河ではなかった。
違う。
居るのは誰でもない。
彼が到着した時―――神原駿河は殺されていたのである。
◇ ◆ ◇ ◆
少し時は遡る。
絶え絶えな呼吸をしながら駿河は今剣を引きつれて、戦闘する滝澤から離れていた。
今剣が流れ弾に当たり、負傷をしてしまった。
しかも、腹部。
とはいえ、今剣は刀剣男士。並の人間よりも丈夫であり、この程度の負傷は大事には至らない。
だが、今剣はいつものように飛んだり跳ねたり。それほど元気に身動きが叶わないのが現実だった。
彼を運ぶ駿河も理解している。
ザックは現れたが、結局エトと呼ばれた彼女は現れず。
カインも、アベルと対決をしない愚か、人間の攻撃を庇う為だけに、今剣と駿河の犠牲となって消失してしまう。
「案外……素敵にならないものだな………」
理想と現実。憶測と結果。
沙子もアベルとカインがどのように末路を迎えるか期待していたものの。
これは、彼女の望んだ結論か定かじゃない。
ひょっとすれば、エトもザックが現れた以上。何か予期せぬ事態が発生し、こちらへ到着出来ないのかも。
「するが、ごめんなさい」
「大丈夫だ。私に怪我はないぞ」
駿河が窓を恐る恐る開ければ、ヘリコプターはここにまで距離をつめないらしい、ソレの姿は無く。
陥没した地面、奈落と化した大地が広がっている。
ここから華麗な跳躍で渡るのは……流石に無謀だろう。
自らの足に自身はあれど、失敗すれば死へ繋がる重要な場面。
強く今剣の体を握りしめた駿河は、自分の腕に違和感を覚えた。
猿の手。
-
かつて駿河が願った白物。呪いの産物。彼女も願いを軽率に扱った訳じゃない。
むしろ何も願わないようにと必死に抑え続けていた。
承知していた。だが、それでも。何を犠牲にしたって願いたいモノがあるように、駿河の片腕が獣と化している。
彼女は知らない。
その正体が下級悪魔だと。噂、怪異よりも、ただ単純に人間の魂を狙う類。
知らずとも、駿河は覚悟を決めた。
自分は……確かに願った。そうであると―――生きたい。ただただ、生き残りたい。
元の世界へ帰りたい。
神原駿河の願いは、きっとルーシー・スティールと比較し、勝るとも劣らない程度だ。
そして、それが叶わぬものだと理解したからこそ。
彼女は願ったのだった。
最期にして最後。
今剣を更衣室に置いて、扉から現れた時。駿河は少女ではない、レインコートを被った悪魔に変わり果てていた。
「■■■■■■■■■■■■―――――!!!!」
彼女の姿に恐れ慄いた侵入者たちが、息を飲んで銃口を向け放つ。
幾度か、彼女の肉体に銃弾が命中しても怪物は止まらない。
戦闘続行を発動させたサーヴァントの如く、死に絶える瞬間まで彼女は敵を葬り続けようとするだろう。
正確には、神原駿河の肉体を乗っ取った悪魔が。
生き残る為、全てを敵に回してしまった以上。
自分を滅ぼそうとする彼ら全てを、絶滅させなくてはならなかった。
それが本能として。不可能でも成し遂げる。
ひたすら蹂躙と虐殺を尽くす『悪魔』の前に登場した殺人鬼が一人。
虚無感に溢れた殺人鬼は、レインコートの悪魔と対面し不気味なほどに無反応である。
何も。存在に気づいていない訳ではないが、彼の反応は恐ろしい位、欠落していた。
殺人鬼。
ザックとして、アベルの死は謎が多すぎた。
恐らく名のある名探偵でも解明不可能な、複雑怪奇な出来事。
元よりアベルの思考は人類には理解不能なのだから、あまり深く追求する必要性はないのだ。
むしろ、ザックは殺戮者を前に即刻殺害されなかった奇跡や幸運を噛みしめるべきだが。
彼は無知だった。
純粋にザックはレインコートの悪魔の正体を分かる。
「は? スルガ??」
悪趣味な格好をしやがって。ザックの反応は非常に淡白であったが、正常的な切り返しで鎌を手にする。
彼女――あるいは彼女の格好をした悪魔は、ザックを殺害する無謀な強行へ走った。
何故ならば、ザックは神原駿河を殺害する宣告をした。
だから殺さなければ。
駿河は元の世界へ戻ることすら叶わない。
されどザックには意味を為さない。
彼は最早、嘘をつかない。約束通りザックはアベルを殺した。再度復活を遂げても、嘘ではない。
そして、駿河も殺害するのだ。
例え、ザックにとって彼女がどのような存在であれ。
アベルだって殺した。嘘じゃない。
嘘をつかないのが重要なのではない。これが自分の存在意義であるとザックは理解している。
刹那の一閃。
ザックに躊躇はない。アベルの死こそが枷を失くしたかのように。
悪魔からの突進に対して、鎌は真っ直ぐに胸を裂く。悪魔きっと駿河だからザックは殺せないだろうと慢心していた。
そんな気もあったのではないだろうか。
違った。
悪魔が勝手に想像し、慢心したに過ぎなかった。悪魔の腕もついでに大きく刈り取られる。
「ざ……っく、さん」
血まみれで倒れ転がった神原駿河は、言葉を発する。
-
約束を、宣言を成し遂げただけのザックは、これから死に耐える駿河に関心はない。
どうとでもいい表情。
満たされてはいなかった。優越感も高揚感も、ザックにはない。
不思議な事だ。
かつては、こうではなかった。殺人はザックにとっては唯一の快楽なのだから。なのに――
「ザックさんなら……わたしを止めてくれると、そう思ったのだ。ありがとう……本当に申し訳ない」
「………」
「わたしは……死にたくなかった」
駿河から情けない言葉が溢れた。
死に際だからだろうか。ザックの望んだ恐れを露わにするが、決して愉悦を覚えるものじゃない。
ただただ、悲痛な、地獄の奥底から響く後悔だ。
「死にたくない」
「こんなところで死にたくない」
「生きて、戦場ヶ原先輩のところに―――」
「……戦場ヶ原先輩」
「好きだと、まだ…………」
涙を零しながら神原駿河は、何の表情でもない。虚ろのソレを浮かべて動かなくなる。
嗚呼、死んだか。
ザックの感想は意外にも淡白だった。多分、少ししたら彼女の事も忘れそうに感じられた。
彼は、絶望を浮かべた駿河の表情をしばし眺めてから、無言で立ち去る。
死体には興味無い。踵を返した先に、フードを被った人喰い・滝澤が存在した。
「オメェ――本気かよ、クソザコ野郎が!」
滝澤は不敵な笑みも狂気の態度でもない、憤慨を露わにし赫子のブレードを展開した瞬間。
全力で殺人鬼へ駆けだした。
ある意味、予想外の行動にザックも目を見開く。
「ちゃんスルも、アベルくんも、何で殺しやがった!!」
「殺したかったから」
「んなもん理由じゃねぇよ!!」
【神原駿河@化物語 死亡】
● ○ ● ○
-
強大な宝具の衝突から静寂が広がった。
アイリスが恐る恐る顔を上げれば、煌びやかな粒子が舞い上がっている幻想的な情景がある。
我に帰れば、切り裂かれたのはナイブズ――と対峙していた光世。
無論、ナイブズも手負いの状態ではあったが。勝利は、間違いなくアイリス達が掴んだ。
漠然な心情を抱き、アイリスは問う。
「勝ったの……?」
半信半疑にアイリスが光景を眺めれば、光世がどうにか体を起こし、アイチを確認する。
恐らく、光世は悟った。ナイブズの攻撃を受けきれないと。だからこそマスター(アイチ)を庇った。
アイチも死を理解し、気絶しているようだ。外傷など、身体に問題は無い。
光世は再度、ナイブズと向き合う。
「悪いが、マスターは……殺すな……生憎、さっきの話はハッタリなんかじゃなく事実だ」
「尚更生かす理由はない」
「……そうか」
「諦めは潔いのか」
「どうせ俺はその程度の英霊ってことだ。アンタが気にする事、必要はない。ただ――」
チラリと光世が何かを察知し、振り向いた。
先導アイチの肉体。
彼から黒赤に輝く物体――アイチを操作した要因でもある<リンクジョーカー>の『シード』が出現する。
本来『ヴァンガード』と云うカードゲームのファイトを介し、その勝者を乗っ取ろうとする『シード』だ。
しかし、聖杯戦争での勝負も、そうした敗北として受け入れられたのだろう。
「あの物体だけは破壊しろ。アンタのマスターを乗っ取ろうとする」
「……どうでもいいと言ったら?」
「アンタも、流石にそこまでの奴じゃないだろ」
ルーラーである以上、光世もナイブズがどのような英霊か事前に理解していたのだろう。
癪に障るが、既に彼は消滅してしまい。
気絶した先導アイチとアイリスに取りつこうと宙を浮遊する『シード』だけが残る。
ナイブズは接近する虚無の脅威を眼前に『天使』の能力で、ソレを無情に握りつぶすだけである。
絶望するべき虚無の種子は打ち砕かれた。
あらゆる次元で警戒されるべき虚無も、圧倒されるべき力の前では単純なほど無力だ。
呆然とするアイリスに対し、驚くほど冷静にナイブズは告げた。
「一度退け。魔力の底が尽きる」
「!」
-
随分と戦闘が続いたものだ。
むしろ、あれほど大胆にナイブズが『天使』の能力を発動させたこともない。
アイリスも、漸く自身が感じる魔力消費を体験しているほどだ。
だが、彼女だって聞くべき事実が残されている。
「何故……ルーラーに攻撃を……?」
彼女は命令していない。
確かに、彼女からすれば先導アイチが障害であったのは事実。しかし、ナイブズには何も―――
ナイブズは、淡白に返答した。
「冷静になれ。先導アイチが聖杯戦争を否定し反意を翻した状況……奴はもう主催者陣営に属していない。
言うならば――主催者の敵だ。攻撃しても問題はない。むしろ好都合と捉えられる」
成程。
説明されれば一理あるとアイリスも頷けるが。
結局は解決に繋がらない。
今は……やはり撤退が必要だろう。アイリスは現場から駆けだす。
彼女の行動を見届けたナイブズも霊体化し、消耗した魔力の回復に専念した。
一連を観察していたサーヴァントが存在する。
アサシン・宮本明とアーチャー・ひろし。
恐らく、間違いようが無いがナイブズも彼らの視線を直感で把握していた。
だが、彼らに戦意はあるか? 主催者の指示を律儀に従い、様子見程度に抑えるだろうか。
アイリスのように令呪を犠牲に戦闘を仕掛けるならまだしも。
現状、先導アイチが完全に主催・リンクジョーカーへ反意を示したのを知るのは、アイリスとナイブズだけ。
ほぼほぼ戦闘を仕掛ける可能性はない。
「あの子がマスター……」
ひろしが呟く。
魔力から以前交戦したセイバーだと、ひろしも承知していたが。
マスターの彼女・アイリスを、どうにか殺さずにしておくにはどうすれば。
勝機が無い。
と断言しては情けが無いが、戦士であり幾千の化物を相手にした人間である明に、常軌を越えた英霊との真っ向勝負は困難だ。
が……カインとひろしと共闘したところで、ナイブズに太刀打ち出来るか、否か……
ひろしが提案する。
「俺はあの子の追跡する!」
「いや、それは俺に任せて欲しい。あのマスターが魔力を消耗しているなら、俺の方が安全に戦える。アサシン」
明は虚空を呼びかけた風に見えるが、実際は霊体化しているであろうカインに呼びかけている。
成程。ひろしも理解した。
カインの能力なら、あのセイバーの反撃を受けても対処可能。
もしかすれば、アイリスを殺害しなくて済むだろう。
しかし、実体化をしないカイン。いや、能力でバレてしまうのだからギリギリまで引き寄せる魂胆か。
何であれ、明はひろしに言う。
「あそこで倒れている奴を頼む」
「おう。あいつは……マスターか? ま、起きて事情を聞けばいっか」
明が去り際に指示したのは、先導アイチの事。
魔力のある少年だとしかひろしは分からない。彼が主催者であり、元凶に近しい存在だとは想像しえないだろう。
ソレをマンション出入り口から様子見しているのがメアリー。
彼女は考える。令呪は二画まで消費出来ない。令呪を失えば、自分は死ぬ。
メアリー自身が死ぬのに何ら躊躇は無いが、ザックに関しては……
だから、メアリーはザックを呼び出せず。
沙子はもう一画だけ令呪を使用出来る。だったら――メアリーはルーシーと沙子の所へ駆けもどる。
そして、先導アイチを運ぼうとしたひろしも馬鹿に強いメアリーの魔力を感知した。
「ん? 今の子……まだここに他の主従がいんのか?」
-
全力で戻ったメアリーは、沙子に問う。
「どうだった?」
「バーサーカーは少し待って欲しいみたい。きっと……向こうが大変なのよ」
沙子は不安そうだった。
滝澤やアベルが居ないから、サーヴァントに手出し出来ない状況。
そして、サーヴァントの彼らの安否を。
メアリーは思う。
アベルを殺してしまった以上、ルーシーを庇う意味はあるのか?
ザックから念話はない。ザックは……死ぬ訳はないだろうが、だけど、一体どうすれば。
「避けろ!」
「!?」
不幸にも、前ぶれも無くルーシー達に攻撃が放たれる。
正しくはルーシー・スティールに向けて。
メアリーを追跡したひろしは、階段の踊り場で休む彼女らを発見してしまい。
そして、ひろしのマスター・アダムが残した令呪。ルーシー・スティールの殺害が強制的に発動してしまう。
対魔力のランクが低いひろしは、令呪に抗う術が無かった。むしろ、ひろしが現界に必要とする魔力に令呪も作用していたのだ。
抗える訳が無い。
彼女らにとってサーヴァントが襲撃してきたに近い。
対応は追いつかず。ルーシーの前に居た沙子とメアリーは、ひろしの金属性の腕で薙ぎ払われる。
壁に叩きつけられた少女二人に「大丈夫か!!」と声を上げるひろし。
彼もまた警戒を疎かにしていた訳じゃない。
メアリーが、自分をルーシーの元へ導く事を想像しえなかっただけ。
ルーシーの首をへし折ろうとするひろし。
彼女らのサーヴァントは居ないのか。
ひろしが周囲を見回すが、何とか立ち上がる沙子に注目した。
「き、傷が治ってんのか!?」
「っ!」
沙子の頬に生じたかすり傷が再生されていくのを、ひろしが驚いたのに。
小さな化物は、ギョッとした。
駄目だ! このままでは、ルーシーは愚か。自分も化物として殺されるのだ!!
恐怖心と覚悟を胸に、沙子は躊躇がなかった。
「来て!! バーサーカー!!!」
■ □ ■ □
-
滝澤は衝動のまま凶行を及ぼうとする人格性が、やはりバーサーカーとしての性質そのままだった。
感情的になり、本気でザックを殺そうとブレードを振りかざしており。
だけど。
我に返って見れば、実際にブレードを刺した相手はザックではなく、ロボットのアーチャー。
核を貫かれた訳でもないが。滝澤が負わせたのが致命傷で(ロボットだから正しくは故障か)となり。
粒子となって消滅する最中だった。
安堵したかのように「バーサーカー!」と叫んで飛びついて来た沙子を、ぼんやりと滝澤は見降ろしていた。
彼は複雑だった。
自分が沙子を守れたのか実感がなく。
ザックを殺さなくて良かったとすら思えて。
だけど、ザックはあのままどうなってしまったのかと不安にも感じ。
立ちつくしていた。
ここは警察署じゃなく、階段の踊り場。何故か病院で匂った独特な錆臭が鼻についた。
あの時の事を思い出す。
「俺は……もう一度だけ、一緒に居たかっただけなのに………」
「……?」
滝澤の独り言に首を傾げる沙子。メアリーも無言で居た。
彼らに対し、消滅しようとするひろしは、アベルと共に虐殺を尽くした人喰いに対し。
だけど、彼はそうせざる負えなかったからこそ言う。
「バーサーカー! あの、腕を変形させるセイバー……あいつを、あいつだけに聖杯を渡すな!」
「―――」
「あいつは、人間を滅ぼすつもりだ! 聖杯で、んなこと叶わせちゃいけねぇ。分かるだろ!! 頼む!」
「……なんで……俺に言うんだよ」
正義感溢れるひろしの頼みを、嘲笑で返す事もできただろう。
しかし、滝澤の声色はどこか震えて、情けないもので。
それを聞いたロボひろしも、気絶したままのルーシーを一瞥してから「へへ」と笑う。
「だよな。悪りぃ……お前に頼んじまって」
ひろしはロボットらしくもなく笑顔で消滅していった。
滝澤だからこそ分かる。ひろしが忠告したセイバーとは、滝澤が叶わなかったあのセイバーだ。
どちらにせよ。
どうあがいても。
戦いは避けられなかった。聖杯を獲得するには、あのセイバーも、アベルも、アイザックですら。
倒さなければ、いけないのに………
漸くメアリーが重い口を動かした。
「ザックは……」
「しらねぇよ」
怒鳴る様に滝澤が即答する。信じられないほど早口で滝澤は語る。
「あんな野郎、しらねぇよ。くたばって勝手に死んじまってんだろ。もう知らねぇ」
「でも、ザックは」
「うるせぇ! あのクソザコボケナスゴミ野郎なんざ、どうでもいいんだよ!!」
-
横暴な滝澤に、流石のメアリーも怯む。
多分、ザックは生きているのだろう。その程度の察しは、沙子にも出来たのだ。
しかし、周囲も警察が一時的に撤退したとはいえザワザワと遠くより、人々の動揺する声が聞こえて来るほど。
誰も自分達を阻害する存在は皆無だと分かった。
「バーサーカー……今は逃げましょう。ルーシーは私達じゃ運べないわ。お願い」
「………」
少しの間、滝澤は指をガリガリと咥えてから、乱雑にルーシーを担ぐ。
チャンスなのだ。少女二人の足並みに合わせるとは言え、全員がなるべく急ぎ足で駆ける。
マンションから彼らが外へ脱出した際、既に夜空が広まっていた。
あと幾許か。
東京都23区より脱出しなければならない。
「おい」
急ぐべき場面にも関わらず滝澤が呼びかけた相手は、気絶して倒れたままの先導アイチ。
沙子とメアリーは、彼と面識があったからこそ。
一体どうして彼がここで倒れているのか疑問だった。
滝澤が足でどついた為、嫌でもアイチは意識を覚醒させる。
「う……僕、は………ルーラーさんは!?」
「何言ってんだ。ルーラーはいねぇだろ」
しかも、先導アイチ本人が通達で告げたではないかと、馬鹿馬鹿しい態度で滝澤が返答した。
アイチは、彼らの存在に目を丸くさせる。
同時に自身の中にあった『シード』の感覚が消え去ったのに、戸惑う。
鳴り響くサイレンを聞いたアイチは、しばしの沈黙を経てから、彼らに告げた。
「僕は―――今回の、聖杯戦争の件で話を聞いて貰いたいんです。一旦、ここから離れましょう」
以前とは明らか様に変化した彼・先導アイチの態度。
対話した経緯のある沙子達は、虚ろではない真剣かつ光のある眼差しに一種の困惑を抱くほどである。
聖杯戦争。
一体、何が――アイチがどうしようとするのか。
そんな彼らを神隠しの少女が見守る――
【アーチャー(ロボひろし)@クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん 死亡】
【ルーラー(大典太光世)@刀剣乱舞 死亡】
-
【四日目/夜間/杉並区 マンション前】
【ルーシー・スティール@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]気絶、魔力消費(極大)、肉体疲労(大)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]拳銃、バーサーカー(アベル)についての報告書と添付資料
[所持金]少し頼りないくらい
[思考・状況]
基本行動方針:生きてスティーブンと再会する。
1:脱出する方法を探す。
[備考]
・役割は「東京観光をしに来た外国人」です。
・聖杯戦争を把握しました。通達については知りません。
・バーサーカー(アベル)に関する情報、またそれらに関連するSCP(アイリス、カイン、SCP-682)の
情報をある程度、入手しました。『財団』がどういう組織かも把握しております。
・信長には聖杯を手にする為、方針を変えたように宣言しましたが、本人はそのつもりはありません。
→やはり、信長の方針について行けず。脱出手段を探す方針を本格的に試みます。
・信長たちと情報を共有しましたが『神隠し』については把握しておりません。
・アーチャー(セラス)のステータスを把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・聖杯の詳細を知りました。
【メアリー@ib】
[状態]魔力消費(小)、肉体的疲労(中)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:死にたい? 殺されたい?
0:ザック……
1:わたしが死んで、ザックが死ぬのは間違ってる。だったら……?
2:今は死なないように頑張る。
[備考]
・役割は不明です。
・参戦時期はエンディング『ある絵画の末路』後です。
・バーサーカー(オウル)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・SNSでバーサーカー(アベル)の人質として情報が拡散されております。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
・アサシン(明)のステータスを把握しました。
・バーサーカー(アベル)がザックに殺されたと思いこんでいます。
【桐敷沙子@屍鬼(藤崎竜版)】
[状態]魔力消費(中)
[令呪]残り1画
[装備]
[道具]『王のビレイグ』、拳銃の弾(幾つか)、携帯電話
[所持金]神原駿河の自宅にあった全額
[思考・状況]
基本行動方針:生きたい。聖杯が欲しい。
0:先導アイチの話を聞く。
1:ルーシーを守る。
2:カインとアベルの行く末を見守る。
3:元居る場所に帰れるか、少々不安。
[備考]
・参戦時期は原作開始前、村に向かう直前。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)のステータスは把握しております。
・役割は「入院生活を送る身寄りの無い子供」でした。現在はバーサーカー(アベル)らの人質として報道されています。
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・屍鬼としての特性で日中は強制的な睡眠に襲われますが、強い外的要因があれば目覚めるかもしれません。
・信長とアーチャー(セラス)の主従を確認しました。
【バーサーカー(オウル)@東京喰種:re】
[状態]魔力消費(小)、???
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:沙子と共に行動する。
2:ザックなんかもう知らねぇよ。
[備考]
・沙子の屍鬼としての特性は理解しており、彼女の身はある程度考慮しております。
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
-
【先導アイチ@カードファイト!!ヴァンガード】
[状態]魔力消費(大)
[令呪]1画
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の打破
0:一旦、現場から離れ、沙子達に説得する。
2:聖杯戦争の知識を得たリンクジョーカーを第一に止めたいが……
3:エミ……
4:『シード』はどこへ?
[備考]
・参戦時期はアニメ三期終了後。
・リンクジョーカーの目論みを大凡は把握しております。
・『シード』が消失したことで、令呪を奪う能力と念話が使用できなくなりました。
【あやめ@Missing-神隠しの物語-】
[状態]健康、サーヴァント消失
[令呪]残り1画
[装備]神隠し
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:自分に出来る事を……
[備考]
・SNSで画像がばら撒かれています。そこから物語に感染する人が出るかもしれません。
・カラ松とアサシン(明)の主従を把握しました。
・役割は『東京で噂される都市伝説』です。
・セイバー(ナイブズ)とライダー(幼女)のステータスを把握しました。
・飛鳥とアサシン(曲識)の主従を把握しました。
・バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
・バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
☆ ☆ ☆ ☆
あれ……俺、どうなったんだろう。さっき、急に眠くなって……それで、また気を失ったのか。
アサシンは――カインは。
ぼんやりと思うと、遠くから誰かの声が聞こえた。
カインの声。
だんだんと鮮明になって俺の耳に届く。
「マスター……申し訳ありません。正直、うまくいきませんでした。私の想いが、アベルに届いたのかも定かではありません」
「……そうか」
「不本意ながら、私の望みを叶えていただいたのに……結果を出せなかったのは――」
「いい。別に俺はこれで解決できるとは思っていないさ」
どんな事でも同じだ。
例えば、俺が犬養の裏を暴いたとして。それとも、犬養の奴に腹話術で……そうだな。
「巨乳大好き」とか言わせたとして、それで犬養に失望する人間も居れば。
それでも犬養を信用し、奴に心酔し続ける人間だって居るには違いない。
だったらどうすればいいのか。
俺は『考える』しかないと思う。
人間は、自分で『考え』続けるしかない。
いや、それが人間なんじゃないか? 人は考えられる生き物だ。理性に流されず、自らの生き方を変えられる。
何で休んでいるときにも、こんな事………
潤也だったら何故「ごきげんよう、おひさしぶり」(ゴキブリの別名だ)が生理的嫌悪感を与える存在か。
みたいな、下らない事を考えれば良いとか言いそうだけど。
-
そういうのもあるんだろうな。
俺みたいな人は考えなきゃいけないし。
潤也みたいな人は、考えなくてもあるべき自分を保てる。
俺は……
「自由に生きる、か。自由ってなんだろうな」
「少なくとも柵も無く、あるがままを貫き通せる事でしょうか」
カインが答えた。
姿は見えないけど、不思議だ。気配を感じる。
「アベルは……私という存在に柵を奪われてしまった。あのようになったのも。英霊として記憶された彼も。
それが無ければ、魂は解放され。自由を望めたでしょう。私が彼の全てを奪ってしまった」
だったら。
何の柵がないアベルは一体何なのだろうか。
それこそ価値は見出せないんじゃないか? 嗚呼、でも。自由。
アイツの望みが、自由か。
何でもない。
ただの殺人者になればいい。恨まれば復讐が叶う、害悪な犯罪者に成下がるのが?
全然、理解できない。そんなもの。
それだったら、兄に復讐を望む弟でいいだろうに――違うのか。
恨みなんて無いのか。自らの在り方を求める為、あいつが『考えた』結果。
「俺は」
良かったのか。この聖杯戦争。
俺は抗った。俺なりの手段だけで、俺が可能な事だけで、ちっぽけな力で――
心残りが無い訳じゃない。でも生きていると、俺は誰かのために生きたんだって。
自己満足だとしても。
俺は俺が生きていると実感した。
「俺の方こそ、ごめん」
カインが笑いかけてくれた気がする。
「消灯ですよ」
★ ★ ★ ★
-
「なんだと?」
俄かに信じがたい話に明も聞き返してしまう。
念話でポツリポツリとマスターのカラ松が、虚ろな声色で再度繰り返した。
(安藤が……死んだ…………容体が急変したとか……死因はよく分からない……心不全だと診断されて………)
『……分かった。少し待っていろ』
カラ松から返事はない。
それでも明は、アイリスへの追跡を止めずにいた。
呆気なさすぎる。実感すら明は感じ取れない。
安藤が、持病をかかえていたから、それが悪化したと想像はつく。しかし……カインは音も、声も無く消滅してしまった。
動揺はある。
同時に今こそがチャンスだ。アイリスのサーヴァントを倒す。
明は、マスターが念話を耳にしている事を願い。話を続けたのだ。
『アーチャーがそっちに戻って来る。先導アイチを連れてな。奴と合流してくれ』
明は丸太を構えた。同じくしてナイブズも察している。
このまま接近戦に持ち込む魂胆はなかった。それこそ、ナイブズ達の思う壺。
明は、丸太を投擲した。
サーヴァントの筋力で速度がある丸太の速度を、アイリスが回避するのは困難を極める。
ナイブズも、実体化を強いられる状況。
丸太を適当にあしらおうと、直接丸太を弾こうとするが、これがなかなかどうして頑丈だ。
最低、ただの棒切れではなく神秘性のある産物だと分かる。
しかし、丸太のままという見た目負けした武器が宝具になってしまったのか、少々理解が出来ない。
アイリスは周辺を確かめながら、問う。
「セイバー……戦える……!?」
「……お前の魔力が残っているならな」
「もう少しだけ頑張って!」
アイリスは全力で駆けだしていき、ナイブズは明による丸太の猛攻を回避する。
少しでも接近すれば、明はナイブズに警戒をしなければならない。
だが、陽動だ。
彼女の行く先には――先ほどの騒動で撤退を余儀なくされた野次馬、警察等が群れを成していた。
「そこの君! 大丈夫かっ!?」
アイリスが保護され、人混みに紛れこんだのに明も躊躇してしまう。
卑劣な策だったが、アイリスを殺害すれば事足りた。
よりにもよって聖杯戦争とは無関係だが、無辜の人々を利用されたことで明はアイリスを見逃さざるおえない状況に。
真っ向勝負。
アサシンというクラスなら、本来あり得ない構図ではあるが。
どちらかなら、明は真っ向勝負ながら、状況に応じた起点で切り抜ける者。
しかし、今回ばかりは異なる。
勝算が残された化物なんかじゃあない。正真正銘、真祖の意味での超人的な能力を持つ強者だ。
「く―――!」
ナイブズが一撃だけ『天使』の能力を発動させた。
本能の危機察知を生かして、明が後退すれば周辺にあった建造物らが軒並み切り刻まれる。
丸太は愚か、頑丈な宝具ですら両断されてしまいそうな。
ナイブズとしては、想像以上に明が俊敏であったのが問題だった。
-
『天使』の能力を乱用してはならない。
出来る限り一撃で仕留めるのが定石。無駄に力を振るっては、アイリスの魔力ではなく自らの消失に関わる。
明は、一旦影に身を隠す。攻撃を警戒したが、不用意にナイブズが仕掛けなかったので安堵した。
「やはり、マスターの方を狙うにしても……いや……無理にでも行くしかねェか」
強大な敵だからこそ、今しかなかった。
明は、ナイブズが能力を乱用不可能であるのに気付いていない。
彼が狙うのは、魔力消費だ。魔力の限界に至れば、向こうも霊体化せざる負えない。
「よし!」
再び丸太の投擲。
明の魔力が許す限り、ナイブズを消耗させる。
ナイブズは、明の戦法が愚かだとは思わず、ある意味では的確だと判断した。
しかし――念話が聞こえた。
『セイバー、私が逃げた方向に!』
明もナイブズとは一定の距離を保とうとしているだろう。それを利用する。
まだ現場へ足を踏み込もうとする警察や消防。混沌を極める状況を面白おかしく撮影し続けるマスコミ。
アイリスが居る人混みへ、ナイブズが向かって行った。
人々に動揺が走る中。明も、あえて渦中へ飛び込む。
瞬間。
―――― !!!―――――
緊迫した雰囲気に似合わぬ大音量のメロディーが響き渡った。
何事か。と、皆が注目した方向。明も音につられて振り返れば……空中にポツンと人間の手が浮かびあがっている。
手に携帯電話が握られ、今もなお音楽を垂れ流している。
「なんだ。あれは!?」と超常現象に反応した人々が驚愕の声を上げた矢先。
宮本明の体が真っ二つに切られる。
アイリス=トンプソンの能力。
彼女は、カメラで撮影した光景へ腕一本なら写真を通して物理的な接触が可能だ。
あのようにサーヴァント相手でも隙をつくった。
明がアイリスの能力を把握せず……そうじゃなくとも。あの結末になっていたかもしれない。
理解していても、僅かな隙を生み出せた。
アイリスはナイブズが無言で霊体化したのを見届けて、ありえない光景に脱帽する人混みをかき分けて行く。
聖杯戦争。聖杯を手にする為の戦争。誰もが聖杯を望んでいる。
そうじゃない人ですら、そうせざる負えない。アイリスの場合、自ら望んでそうした。
願いに対する餓えが、宮本明。そして、松野カラ松を上回っただけに過ぎない。
【安藤(兄)@魔王 JUVENILE REMIX 死亡】
【アサシン(宮本明)@彼岸島 死亡】
-
【四日目/夜間/杉並区 移動中】
【アイリス=トンプソン@SCP-Foundation】
[状態]魔力消費(大)、神隠しの物語に感染
[令呪]残り3画
[装備]SCP105-B
[道具]携帯電話
[所持金]そこそこ余裕がある
[思考、状況]
基本行動方針:聖杯を獲る。
1:安全な場所に退避する。
2:念の為、令呪を消費しないようするべき?
[備考]
・ロールは不動高校一年に留学してきた学生です。
・あやめを視認すると同時に神隠しのカウントダウンが始まります。
→神隠しの少女(あやめ)がマスターではないかと推測しております。
また現実世界で神隠しの少女(あやめ)を視認する事が危険だと推測しています。
・聖杯戦争について歪曲された情報しか持っていません。
→改めて聖杯戦争の知識を得ました。しかし、セイバー(ナイブズ)に追求するつもりはありません。
・新宿区の事件とフードを被ったのサーヴァント(オウル)と桐敷沙子の存在を把握しました。
また、桐敷沙子が『人ではない』と確信しております。
・板橋区でアベルが出現した噂を知りました。
・安藤家を撮影した写真を通して、バーサーカー(アベル)のステータスを把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
【セイバー(ミリオンズ・ナイブズ)@TRIGUN MAXIMUM】
[状態]霊体化、魔力消費(大)、黒髪化進行、神隠しの物語に感染
[装備]
[道具]アダムの免許証
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:人類を見極める。
1:まずは退避をする。
[備考]
・バーサーカー(アベル)の宝具について把握しました。
・SCP-076-1が江東区の博物館の設置されている事と、その情報を入手しました。
【四日目/夜間/練馬区 病院】
【二宮飛鳥@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(大)、魔力消費(中)、肉体的疲労(小)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画
[装備]私服
[道具]携帯電話
[所持金]十四歳の少女のポケットマネーとして常識範囲内の金額 (サンダルを購入した分、減っている)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰りたい。そして、聖杯戦争を伝える。
0:………
[備考]
・アサシンが自分の殺人においてルールを課してることは知っていますが、それの内容までは知りません。
・葛飾区にある不動中学校に通っています。
・『東京』ではアイドルをやっておりません。
・神隠しの物語に感染していません。
・NPC『一ノ瀬志希』の存在、及び彼女が今後所属する学校を知りました。
・松野カラ松&アサシンと同盟を結びました。
・板橋区で発生した火災及びバーサーカー(アベル)に関する情報を入手しました。
・アサシン(曲識)の死を知りました。
・先導アイチからの通達内容や地下の存在を把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
【松野カラ松@おそ松さん】
[状態]魔力消費(中)、精神疲労(大)、サーヴァント消失
[令呪]残り2画
[装備]警察が容易してくれた簡易的な服
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
0:安藤……
[備考]
・聖杯戦争の事を正確に把握しています。
・バーサーカー(アベル)の存在を確認していますが、絶対に関わりたくないと思っています。
・神隠しの物語に感染していません。
・デカパン博士から『カラ松 A GO GO !』と共に外に走って行った姿を目撃されています。
・Twitterで裸姿が晒されています。
・二宮飛鳥&アサシンと同盟を結びました。
・二宮飛鳥の連絡先を把握しました。
・自宅はアヴェンジャーによる火災で全焼したと思われます。
・おそ松一行がカラ松と容姿が似ている為、葛飾区にて誤認確保されました。
・飛鳥からの伝言とトド松がマスターであることを把握しました。
・アサシン(明)から先導アイチからの通達内容や地下の存在を把握しました。
・聖杯戦争終了後の帰還手段について把握しました。
-
× × × ×
眼前で滝澤がいなくなった現状に、ザックはポカンと呆けていたものの。
まだ周辺からヘリコプターの騒音が鳴り響き、突入してきた自衛隊の装備音が響き渡るのを耳にした。
軽く舌打つザック。
駿河の死体を一瞥してから、どうにか脱出しようと溜息を漏らす。
小さな物音が静寂で響く。
ザックが渋々顔を上げた先に、駿河が身を隠してやった今剣が手傷を負いながらも震える体で立ち上がっている。
少年は、血の水たまりが広がる光景を目にし、何ら感情がない訳がなかった。
どうして?
あのようにザックと駿河は親しみを感じ合っていた筈。
彼らは仲間だった。
理解が出来ない。駿河を殺害する理由もない。
しかし、それは今剣の主観の話であって。彼女は悪魔に体を乗っ取られてしまい、最早救いがなかった。
詳細の方はザックにも把握していない。
事情を説明しても良かっただろうが、ザックの場合。どれでもない。
今剣が涙ぐみながら叫ぶ。
「どうして……スルガを………!」
「俺は殺したかったんだよ。殺すって約束もスルガにしたし」
「だって! スルガはあなたを、しんようしていたのに! どうして!? スルガをころして、なにもかんじないんですか!」
純粋な子供の悲痛な叫びを聞いて、殺人鬼はポカンと表情を浮かべ。
やがては、不敵な笑みを漏らす。
今剣の方はザックが何故、笑うのか理解できず。困惑を通りこして憤りを覚えた。
「なにがおかしいんですか!?」
「あーいや? 散々、そーいう説教、バカみてぇに聞かされたなぁってさ。
死んじまった奴の事なんか忘れちまうし、罪の意識とか分かんねぇし。むしろ、ここで殺せてスッキリしたくらいだぜ?」
何ら悪意もなかった。
良くも何でも、純粋に述べる殺人鬼に今剣は自らの短刀を構えた。
許せる訳がない。
何よりも自分が駿河を守り切れなかった後悔と、恥とが今剣を凶行に駆り立てた。
ザックからすれば、それが愚かに思える。
理解も出来ない。
彼は消失の哀しみを抱いた事はない。否、あったが、それを自覚せずに生涯を終えた。
人間であることを自覚できなかった人間だった。
当然の結果。
今剣が実力不足という問題などではなく。単純にサーヴァントの能力が規格外なだけであった。
ザックが、ただの人間で、ただの悪人で、そして罰を受けるべき殺人鬼であればこそ、今剣に勝機はあったかもしれない。
かつての主を彷彿させるかのような跳躍を魅せ、振りかざした一撃ですら。
アサシンのサーヴァントには、ノロマな無駄のある動きだった。
漆黒の鎌が少年の体を裂く。
【今剣@刀剣乱舞 死亡】
-
「ったく……あーあ。どうやって出るか」
少年の死に関心もなくザックは先の事を考えた。
瞬間。
彼の前に、また新たな来客が現れる。
以前、同盟を組もうと持ちかけたマスター・信長のサーヴァント。セラス・ヴィクトリア。
もう、月夜の状況下で日よけのレインコートも不要だ。
アベルの棺のあった博物館で待ち伏せていた、あの気配を纏った彼女を前にし。ザックは睨む。
双方共に沈黙が続く中。先に口を開いたのはセラスである。
「ここから出ます。早く」
「……」
困惑気味なザックを引っ張り、彼女は漆黒の一閃を描きながら、ヘリコプターの隙間を縫って飛行し。
どんどんと彼らから距離をつけていく。
取り残された生贄は、鳥か何かが横切ったと思うだろう。
そして。彼らが神原駿河の死体と今剣の死体を発見した数十分後。
警察署も闇へ吸い込まれるように、崩落する。
訳も分からないザックは、適当な郊外へセラスに下ろされる。
セラスの中にある男性の魂が呼びかけた。
『おいおい……どーすんだよ。セラス。こいつを生かしたってなぁ』
「わかってますよ。意味ないかと思うかもしれないけど……一応、もしもの場合に」
『そりゃ、ホントの本当に最悪の保険じゃねぇの』
状況から取り残されるザックは、セラスが独り言をぼやくイカれた野郎に見える。
改めてセラスは、しかめた顔をする殺人鬼に告げた。
「アベルは、生きています」
「……は!?」
少し話がズレてしまうようで、根本的に関わるものなのだが。
織田信長からセラスに命じたとんでもない無茶振りというのは『アベルの棺』を博物館から移動させろ。
というのだ。
逆に言えば、ルーシーさえ確かに生存し続ければ。
『アベルの棺』……即ち、宝具でアベルは復活をし続ける。
だが、恐らくアベルの魂胆は<リンクジョーカー>が行う23区の削除を利用した自滅だ。
分かっていても、アベルを死なせては駄目な状況だ。戦力が欲しい。理由は簡単。
一つは<リンクジョーカー>への有効打。
もう一つは――現在生存しているサーヴァントの中で危険かつ、聖杯獲得を狙う主従の一つ。
滝澤と対峙したセイバー。
あれを倒すのに、アベルが必要不可欠だと理解したから。
ザックは事情を聞いて苛立った。
「ふざけんじゃねぇよ!」
「ええ、分かっています。私のマスターはリンクジョーカーを倒す前提で聖杯獲得を目指しています。ですから――」
「アベルの野郎! 俺を嘘吐きしやがって!! 殺せてねぇってことだろうが!!! あークソ! 殺す殺す、絶対殺す!!」
「………」
相変わらず見当違いな発言をするザックに、やれやれと溜息つくセラス。
しかし、重要な話。
セラスは厳しめの口調で続けた。
-
「戦力としては現状把握しているランサー(アクア)とアサシン(明)、そしてアベルと人喰いのバーサーカー(滝澤)……
ハッキリ言わせて貰うと『これだけで十分』です。マスターからは貴方を始末するよう私は命令されました」
「……」
「ですが、殺しません。貴方は急いでマスター(メアリー)と合流して下さい」
「なんでだよ」
「もしもの為です。もしも………」
セラスは吸血鬼としてではなく、ただの一個人として言葉を紡ぐ。
「私はアベルと似たような方を主に持った事があります。だから……分かるんです。多分、貴方が居た方が良い」
「いや……意味わかんねぇよ」
「いいです。意味が分からなくて。その代わり、私を信じて下さい」
教えるべき事を伝えたアーチャーは、再び夜空色へ溶け込むように漆黒の線となって飛行した。
あまりの展開に、ザックも言葉が出ない。
もみくちゃに頭を掻いて、苛立つ殺人鬼。
彼は考えるのは苦手だ。あれでアベルが死んでいないなら、どうやって殺せばいいのだ。
もう自分は嘘つきだ。
これからどうすればいい。何も、どんな些細な事ですら思考が回らない。
アベルも今は、どこへ居るのか。ザックは呻きつつ、とにかく足を動かす。
「なんだっけ……あー……メアリーだ。あいつ、探しに行くか」
確か、そーしろと言われた気がする。
一方でセラスの方は、念話で信長に一連の出来事を告げた。
『神原駿河と今剣の死亡を確認。人喰いのバーサーカーも確認出来ず、例のアサシンは始末しました』
信長が避難したのは東京都三鷹市にある某ホテル。その屋上で彼はセラスの帰還を待ち構えていた。
信長の情報はいつもの『ミスターフラッグ』頼りなのだが。
如何せん、セイバーに関する情報が皆無だ。
沙子と人喰いのバーサーカー・滝澤の居場所。そして、アベル。
現状、生存し続けている戦力の把握に勤しんでいるが、混沌した状況下で成果はまるでない。
信長が視線にやったのは、アベルの宝具・例の棺。
棺の扉は先ほど閉まったのを確認した。最低でも再び扉が開かれるのは六時間後になる。
それまでに沙子たちを捕捉し、彼らを利用しなくてはならない。
云うならまだ制限時間は残されいる。
(アーチャー、今は連中を探せ。詰め将棋を指していくだけよ)
『はい』
聖杯戦争はもう終盤を迎えようとしていた。
様々な思惑の中。自身の在り方を貫き通す織田信長とは異なり、自らの在り方を変えられてしまった殺人鬼は。
彼らの行く末は――誰も分からない。
-
【四日目/夜間/三鷹市】
【織田信長@ドリフターズ】
[状態]魔力消費(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]資料、購入した銃火器
[所持金]議員の給料。結構ある。
[思考・状況]
基本行動方針:リンクジョーカーの始末と聖杯の獲得
1:敵対する主従の排除。
[備考]
・役割は「国会議員」です。
・パソコンスキルを身につけました。しかし、複雑な操作(ハッキング等)は出来ません。
・通達を把握しております。また、聖杯戦争の主催者の行動に不信感を抱いております。
・ミスターフラッグから、東京でここ二、三日の内に起きている不審死、ガス爆発、
不動高校、神隠し、失踪事件の分布、確認されているサーヴァントなどの写真を得ました。
・神隠しの物語に感染しました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
・アサシン(アイザック)とバーサーカー(アベル)、バーサーカー(オウル)のステータスを把握しました。
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING】
[状態]魔力消費(小)
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(信長)に従う。セクハラは勘弁して欲しいケド。
1:天使のサーヴァント(ナイブズ)を倒す。
[備考]
・刺青のバーサーカー(アベル)を危険視していますが、かつてのマスターと酷似していると理解しております。
・神隠しの物語に感染しました。
・江東区の博物館にあるバーサーカー(アベル)の宝具を捕捉しました。
→博物館にあったアベルの宝具を三鷹市まで移送しました。
・正午から夕方過ぎ頃までの情報を『ミスターフラッグ』から入手しました。
・バーサーカー(アベル)の真名と情報をある程度把握しました。
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使】
[状態]魔力消費(中)、肉体ダメージ(中)
[装備]鎌
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯はいらねぇし、どうなろうが興味ない。俺は――
0:まずメアリーと合流する。
1:アベルが生きている、なら……
2:メアリーとレイは同じ?
3:あいつ(ナイブズ)の方こそ何なんだよ。
[備考]
・バーサーカー(アベル)の真名を把握しました。
・バーサーカー(アベル)が何らかの手段で蘇ると把握しました。
・SNSでバーサーカー(アベル)の共犯者として情報が拡散されております。
・沙子を変わった少女として認識しております。
・謎の声による命令を『反骨の相』で抗っています。暗示は現在進行形で続けられています。
→謎の声による暗示は、なくなりました。
【バーサーカー(アベル)@SCP Foundation】
[状態]???、宝具発動
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:???。
0:???
[備考]
・NPCに関して異常な一面を認知しましたが、本人は関心がありません。
・アイリスがマスターであることを把握しました。
・あやめの存在を『直感』で感じ取っています。
・地下空間で見たものには、まるで関心がありません。
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投下終了します。タイトルは「ギルガメッシュとエルキドゥ」です。
前回忘れてしまいましたが、感想の方、ありがとうございます。
そして、次回の予約で最終回となります。予約期間がオーバーになる事が予想されるので
今回同様。ある程度、書き貯めしましたら投下していきます。
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そんなっ!! 明が割れたっ!!
-
生存報告がてら最終回の前編を投下します
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――――アベル……アベル、我が息子よ。聞こえるか。
暗黒の静寂を切り裂くかのような、穏やかながら威厳を帯びた声色がアベルの耳に届く。
確か、自分は死んだ。殺された。
『隻眼の王』に殺されたのだ。それで終わりたかったのに。
不愉快である。
となれば、きっとここはあの忌々しい『棺』の内部なんだろう。
苛立ちを意味でアベルが、呪文の如く語り続ける声の主へ返答したのだ。
「私を呼んだのは、お前で。私をどうにかしようとしたのも、お前なのは知っていた」
しかし、どうでもいい。
何を目論んでいようが知ったこっちゃない。
結果として『隻眼の王』はアベルを殺したうえ、アベルは『隻眼の王』に殺された。
故に、思い通り往かないのが不満なのかもしれない。
だけど、それがアベルと――あの『隻眼の王』の在り方なのだ。
声は続けた。
――――聖杯を、聖杯があそこにある。お前の望みを叶えるのだ。それは純粋なるもの。私が用意したもの。
「成程」
酷く納得した様子のアベルだが、こう返事をする。
「そんなものは要らない。犬の餌皿にでもしておけ」
――――お前は自由が叶う。お前は、赦されたのだ。
「赦す?」
思わずアベルは不敵な笑みを零す。
「私は赦されようとは思っていない。私は――私は……既に終わったものに過ぎない。ただ、眠りたい」
一寸先の光すら無い闇は、ある者にとっては絶望の世界であり、希望も無い、『虚無』に等しいと称される。
しかし、殺戮者にとっては毛布のような温かみある光景だ。
凍てつくような寒さじゃなく。夢心地のまどろみを覚える世界。
確かに『聖杯戦争』は楽しかった。
まるで夢のようだった。誰かが書いたありきたりで、ベタベタな臭い脚本。
けれども、アベルにとっては喜ばしい世界。何らかの感情を抱ける飽きはない場所。
猟奇で残虐で美しさをも連想させるような滅びの景色。
きっとアベル以外――『不死身の爬虫類』などが望んだ情景だ。
哀れにも恐ろしく、狂い果てるしか術がなかった人喰いのバーサーカー。
人でありながら人ではない生涯を強いられ、されど、殺人鬼として純粋に殺人を犯す穢れなきアサシン。
嗚呼。
あのような存在がいるとならば、アベルも召喚された意味を見出せた。
これでいい。
聖杯で自由を願えば……否、やっぱりどうでもいい。
アベルは絶望的な闇の中で深く瞼を閉じた。
-
□ □ □ □
東京都は夜に包まれ始めていた。時刻は深夜を回ろうとしている。
沙子が煌びやかな都心は、既に『偽りの東京23区』へと変貌していた。
サーヴァントの戦争により完全崩落した大地、失墜した近代建造物。全てが無かったかのように幻想で塗りつぶされている。
実際のところ。
東京タワー、スカイツリー、有名テレビ局や大橋、海上を徘徊する貨物船。観光船。
それらは全て、存在するように錯覚させられているに過ぎない。
最早、あそこはつい先日までの東京都の県境と同様。
脱出してしまうと、マスターが問答無用に消失させられる仕様の結界へと変貌している。
「……僕がお伝えする話は以上です。<リンクジョーカー>の陰謀を阻止するべく、聖杯が必要なんです」
沙子らは、安全な場所へ退避をしている。
この状況下に安全は皆無だ。しかし、現在無人となったテナント募集の看板が掲げられたビル。
妙に現実味ある再現される風景を頼りにして、強引に侵入し、そこを拠点にしているだけ。
ただし、よっぽどの事態がなければ沙子らのいるビルへ忍びこむ輩も存在しない。
先導アイチの言葉に、誰もが沈黙する。
決して誰も無視していのではなく、関心が低いに近かった。
何故なら、沙子がやっとアイチに振り向くなり、冷淡に返答をする。
「私は聖杯を自分の為に使うわ」
「そう……ですか」
「先導アイチ、あなたが実際そういう人だと分かったからこそ言わせて貰うけど。酷い人ね」
アイチには覚悟の表情が浮かんでいる。
沙子のしかめた顔を理解しきって、メアリーの淀みある瞳すら、受け流す魂胆で。
人喰いのバーサーカー・滝澤を前にしても、承知の上で。
厳しくも、憎悪の色を隠せない漆黒の目で沙子は、アイチを眺めた。
「自分の願望を他人に叶えて貰おうなんて傲慢すぎるわ。そして、私がここまで生きようと思ったのは
聖杯があったからよ。聖杯で、叶えられるか定かじゃない夢が実現できると信じて……それを諦めろだなんて酷過ぎるわ」
「分かっているんだ。君が聖杯戦争を必死になって勝ち抜いたのも、僕は十分把握している。でも」
「何?」
「これが世界の危機だと理解して欲しかった。例え、君の願いが叶ったとしても、それは――」
「………」
先導アイチが訴える重大さを分からぬほど、沙子は愚かじゃない。
彼の不安通り、屍鬼が安泰を望める世界が聖杯で創造されたとしても、リンクジョーカーらに滅ぼされる可能性が……
だけど。
そんな問題じゃない。
リンクジョーカーをどう対処し、どう解決するか。
先導アイチは、思考を放棄し聖杯で頼ろうとしている。否、聖杯でなければ無理だと絶望したのだろう。
-
いや。
断じて間違いではない。
聖杯に頼るのが間違いならば、沙子ら全員。聖杯を望む英霊やマスター全員が同等の浅はかさとなる。
この場合――
「でも、アイチはマスターじゃないよね」
メアリーが差す。
彼女が意見した通り、そもそも先導アイチは主催者に操られた被害者の一人。
奇妙な経緯から、一時的にルーラーと契約状態となり、マスターにはなったが。
結局、ルーラーはセイバーとの死闘に敗北。
先導アイチは、再びただの人間へと力を失った。
「皆がアイチのお願いを聞く訳がないよ。私も、ザックの為に生きなくちゃ」
「君にも帰りたい場所だって消えてしまうかもしれない! そこにいた人達や世界も彼らに……」
アイチが訴えようとした瞬間。彼の首がもぎ取られた。
収穫を待ちわびた果実の如く、意図も容易く死を目前にしてなおメアリーの感情は奇妙にも微動だしない。
沙子は、ありきたりの死を呆然と眺めている。
まるで日常光景を受け流す風に、沙子は滝澤が持つアイチの首を一瞥した。
出会った頃みたいに、滝澤がアイチの脳髄を啜っているのは、アイチが邪魔だから殺害したというより腹が減ったから
食料調達で犠牲となった感じだった。
「バーサーカー……」
「殺しそこねた奴が残っているな」
血化粧の口元で呟く滝澤に、沙子が虚しく一つ尋ねる。
「アベルは――大丈夫なのね?」
滝澤は、血だまりを広げるアイチの胴体を眺めながら頷いた。沙子は、安堵の息を漏らす。
殺し損ねた奴。
ロボットのアーチャーが訴えた強敵・セイバー。滝澤は倒し損ねてしまった相手。
アベルも――宝具が発動した以上、無事は確認されたようなもの。
滝澤が、不死性を問う意味でアベルを倒しきれるかは、正直怪しい。
だったらルーシーを倒すのが先決だ。分かっている。けれど、滝澤は動かない。
沙子も理解していない訳ないが、あくまで滝澤には命令しなかった。
アベルが望むなら、何かじゃあない。アベルと対峙するのだったら真っ向勝負こそ適切だ。
一方。
『あー……メアリー?』
「!」
現状を切り裂く声色がメアリーの脳裏に響き渡る。
念話の相手は、己のサーヴァント……即ち、アサシン・アイザック以外ありえない。
相変わらず、歓喜する表情もなくメアリーは彼に返答をした。
(ザック、大丈夫だった……?)
『全然大丈夫じゃねーよ! ったく、どこいんだお前! アベルの奴がぶっ殺せなくて、イライラする!!』
淡白なメアリーの反応が尚更つまらないのか、何時にないほど不機嫌な口調で語った。
周囲の景色を確認するメアリーだが、異国の土地は愚か。
ビル周辺には目印になりそうな類は顔無であった。
(ごめん……わたしも分からない)
『はぁ!?』
(でも……今、スナコとルーシー達と一緒にいるから平気)
『……あの人喰いは』
(居るよ。どうしたの?)
ザックの反応が理解できないメアリーは疑問を投げつけるが、彼は「いや」と珍しく言葉を濁す。
滝澤が居る。そして、向こうはザックの生死を無視して、メアリーを生かしている。
深く考えられないザックでも、悠長な状況だと思い。
念話でメアリーに伝えた。
『ルーシーっつったか、あいつの傍に居ろ』
(うん)
あくまでメアリーに「殺せ」とは命じなかったザック。
ルーシーを殺したい訳じゃなく、あくまでアベルの殺害のみが目標。
逆に、そうすればアベルを殺せる事実を理解していなかったのかもしれない。
メアリー達の会話を知るよしもない滝澤は、独特な錆の匂いだけ嗅ぎ取っていた。
【先導アイチ@カードファイト!!ヴァンガード 死亡】
-
○ ○ ○ ○
「はぁ……はぁ………誰か…………」
少女が奔走する。大規模な東京都の市街地を孤独に駆け抜けている。
誰も、彼女の姿が見えない。
神隠しの噂を知らぬから安全であった人々。だけど、少女・あやめは助けを求めていた。
肝心な時に、誰でも良いから。神隠しに合わせてしまう恐れ以上に、今の彼女は【何か】を成し遂げたい。
「誰か! 私を……!! 私の事を!! お願い、誰か―――!!!」
これほど悲痛な叫びをあやめはしたことがあっただろうか?
生前を含めても、定かではない。彼女は先導アイチらの後を追跡した。非業なアイチの死までも目撃した。
だからこそ。
リンクジョーカーの陰謀。
聖杯が必要だと訴えるアイチと沙子。
どうすれば? 考えた結果、彼女は一つの決断を下せたのである。しかし……
協力してくれる誰かは、彼女の周囲にいない。
沙子たちもあやめを目視できず。滝澤も同じく。きっと、先導アイチはあやめを捉えられたのだろうが。
彼は人間だ。
認識して貰うべき相手は――サーヴァント。
「う…………」
あやめは立ち止まってしまう。
アイリスとナイブズに関しては駄目だ。彼らは聖杯を必要としている。聖杯を求め、どのような犠牲もいとわない。
違う。あやめは考え、結論を導いた。
自分は――リンクジョーカーを阻止したい、と。
誰もが彼らの脅威を無視し、世界を差し置いて願いを叶えようと。
そして、あやめも羨ましく思えるほど、生の執着があったのだ。
ならば……だったら、自分にこそ。あやめが再び駆け廻ろうとした矢先。
一筋の漆黒が上空を駆けた。サーヴァントか? あやめが希望を抱いたのは不思議な事。
かつては、あれほど恐怖した人智を凌駕した英霊を、これほど望んだ事は無い。
あやめがソレを見上げて叫んだ。
渾身で、必死な、かつてないほどの悲鳴や救済を乞う亡者の叫びに近い。
「……!」
周囲を見回す。
サーヴァントは!? 彼女は必死になってあのサーヴァントを探し出そうとするが、やっぱり居ない。
そんな、とあやめは再び地面に伏した。
やっぱり駄目なのか。折角自分にも出来る事を発見出来たのに。
「あの……」
「え」
-
らしくもない、情けない恐る恐るに話しかけてきた英霊がそこにいた。
英国式の軍の制服を纏った女吸血鬼。
あやめが捉えたサーヴァントこそ彼女・セラスであり、必死な少女の想い(叫び)が届いたのである。
興奮気味になってしまうのは当然だが、忙しない様子であやめが言う。
「さ、サーヴァントの方……あ、あの! わたしっ、わたし、リングジョーカーを止めます。
止めたいんです、お願いします。協力して下さい。必ず彼らを……!!」
「お、落ち着いて? そのー私としても色々聞きたい事はあるというか、止めるとは具体的には?」
「……わたしが視えるなら、わたしの事を知っていますよね」
「はい」
セラスが、少々あやめが落ち着きを取り戻したのを見て、平静に受け応える。
どういう発見であれ、セラスも『神隠しの少女』がサーヴァントではなくマスターである事実に、驚愕していた。
あやめは簡単かつ重圧を込めて、答えた。
「わたしが……彼らを異界へ送ります」
「そんなことを……?」
「出来ます。それには彼らがわたしを知っているか、どうか……になります。……対策はされているかもしれない……
それでも彼らに、わたしを認知させれば……お願いします。もう……あなたにしか頼めません」
「………」
突如、持ちかけられた話にセラスは無言だった。
少女を信用しても良いか、彼女の信念と決意を信長に伝えれば、彼はそれに答えてくれるのだろうか。
セラスの疑問は、無情にも時間をかけ解決しては貰えない。
上空より、光が差し込む。
夜にも関わらず、日中のような鮮明さを露わにさせるほどに。
だけど、それは希望の光ではない。
赤と黒で構成された『虚無』の輝き。彼方の空間に裂け目が入り、赤黒のリングを拘束のように身へ纏う軍勢。
彼らこそが<リンクジョーカー>だとセラスは理解した。
セラスは、あやめを抱えながら念話で信長に呼びかける。
『マスター! 時間がありません!! あれは――あれこそがリンクジョーカー本体です!!』
(どういうことだ! 何故ここへ現れた!?)
『分かりません! ですが、神隠しの少女が協力してくれます。まずは、彼らを倒します。マスターは避難を!』
信長は虚無を振りまく彼らを遠目にしながら、焦る。
意味が分からなかった。
何故、現れたのだろうか。信長やセラス達にもリンクジョーカーの意図が読めない。
リンクジョーカーらが『東京』に出現した理由は無論『聖杯戦争』に関わる問題だった。
現時点で聖杯戦争に存在する英霊は、残り5騎。
本来21騎で争っていた聖杯戦争も終盤に差し掛かったのである。
ならば、悠長に待機する必要は無い。
聖杯戦争を終わらせるのだ。
虚無の軍団は上空から飛来しつつ、黒輪のリングを周囲にバラ撒き出した。
深夜帯だが、居酒屋で楽しんで食事を取る人々。
日常を謳歌し、明日に備える平穏な生活を嫌でも行う彼らは、眠りについているだろう。
リンクジョーカーが解き放ったリングは彼らに接触すると、次々と消滅させていく。
深夜という時間帯のせいで、人々が異常に自覚するのは大分遅れた。
気付いた時には遅い。
破滅の情景が残された東京都内で発生し続けて行く。
いづれリンクジョーカーが成し遂げる、あらゆる次元世界の滅亡を再現しているかのようだった。
-
△ △ △ △
あれから、念話通り。ロボットのアーチャーも、先導アイチも、それ愚かカラ松のサーヴァント・明すら現れず。
カラ松は明が消滅したのを俄かに信じがたい様子だった。
無理もない。彼は安藤の死に動揺し、冷静を失っているがサーヴァントの帰還を待つがマスター。
だが、時間は限られていた。
カラ松は訴える。安藤の死体も放置してはおけないし、アサシンが戻って来ない。
もう少し待つべきだと。むしろ、促す飛鳥の方を忌まわしく感じる有様。
飛鳥も嫌われる覚悟でカラ松に訴えた。
このまま死んでしまっては元も子もない。彼女は生きようと決心している。感情に流され心中するほどじゃなかった。
カラ松も、承知の上である。
ウザったらしい痛々な態度で飛鳥に伝えた。
「先に向かってくれ。カラ松ガール……俺は最後までアサシンとアーチャーを待つ。安藤も、俺は残したくない」
「……そうかい。ボクは先に行く……三鷹駅で落ち合おう」
残り僅かな所持金で飛鳥は、カラ松に告げた通り三鷹駅まで向かう。
最悪、カラ松も誰かに送って貰ったり、徒歩でもある程度の時間をかければ行けなくはない。
飛鳥は、彼が馬鹿の一つ覚えじゃないように、23区から脱出することを願っている。
心細さは尋常じゃない。
23区も消滅、頼れるサーヴァントが全滅、所持金も行き場も失い。
何だかんだカラ松は飛鳥の心の支えでもあった。
安藤より元の世界へ帰還する術を教えて貰い、希望はある。
「……安藤。彼は……」
彼は飛鳥のようにただの人間ながら、最期まで聖杯戦争に抗い、成し遂げられる事は全て尽くした。
あれ以上、安藤が可能な事は無いと連想させる位に。でも。
飛鳥は、駅のホームから出て、独り片隅の方で縮こまりながら溜息を漏らす。
「ボクに、出来るのか不安なんだ」
名探偵だったら、トリックも暴かれ、証拠も発見すれば真犯人を指し示すのが定番だ。
けれど、飛鳥には恐怖を覚えてしまった。
真犯人に逆恨みされるのでは、自分が謎を解いて果たしていいのか。
そんな名状しがたい不安に襲われる。
「…………君、ちょっと君! こんな時間まで外で何をしてるんだい」
「!」
ありきたりな日常光景。駅員が心配してか、飛鳥に声をかけてきたのだ。
やや遅れて飛鳥も返事をする。
「すまない。人を待っていたのさ……今は――」
「もう、12時まわっているよ」
「っ!?」
-
途中、うたた寝していた感覚は飛鳥にも残されていたが、飛び上がって駅構内、それから外へ飛び出す。
終電近いタイミングで帰宅した人々の、疲労感を漂わせる雰囲気。
そんな情景の中。カラ松っぽい影はどこにも。
あと数分で23区が消滅してしまう。飛鳥の中に緊迫が生まれたのは当然だ。
「まさか………」
飛鳥も黒赤の一閃を視認している。
上空から舞い降りるは、天よりの使いに等しいながら『虚無』の担い手・リンクジョーカーの軍勢。
彼らの発する黒赤の輪が弾幕の如く振りまかれた。
人間が、それに接触すれば前触れもなく粒子化して消失する。
異常を体験していった、目にした人間は悲鳴を上げて行く。
アベルや滝澤、殺人鬼や怪獣よりもマトモながら、絶望も希望もない淡白な『虚無』の感情で殲滅する姿は。
生物のソレではなく、機械に近しい。
精神構造が、もはや機械であるリンクジョーカーに感情を問うのはお門違いか。
「助けてくれー!!」
「だ、誰か……警察、なんでもいい。どうか―――」
無情に人々が虐殺よりかは、後片付けされていくような、リンクジョーカーの行為はそれほど動作に乱れがない。
飛鳥は、輪に命中しないように全力で走り続ける。
歩みを止めれば、死が待つ。
死。
いづれ待ちうける結末だとしても、飛鳥はここで死に絶えたくなかった。
きっと、聖杯戦争に居る誰もがそれを願った。
自分は『幸運』ながら、どうにか必死に、サーヴァントを失っても生き残り続けた。
安藤……カラ松……カラ松のアサシン。そして、飛鳥のアサシン。
カインとアベル。
沙子、メアリー、殺人鬼のザック、人喰いのバーサーカー。
「ボクが犠牲にしてきた、してしまった人々……」
こんな地獄を見て、果たして自分だけは生き残ろうなんて感じられるべきなのか。
生きようなんて惨めだ。
自分だけ、助かろうなんて。
最後まで無様で愚行だが、自らの意思を尊重したカラ松がよっぽどマシに思えてしまうほど、飛鳥の中は負の感情で満たされる。
飛鳥が我に返れば、眼前に飛来してきた白と機械製を基調としたリンクジョーカーの軍勢が確認できた。
思わず飛鳥は踵を返す。
何の為に、自分は生き続けたんだ。
例え生きたとしても理由を問いたい。自分が生まれた意義を。
二宮飛鳥は聖杯戦争のマスター。厳密には『元』マスター。彼女はサーヴァントも居ない。
だから、邪魔でしかない。
リンクジョーカーの技術で精製された『偽物』ではない為、飛鳥を黒輪で簡単に消失させられない。
手間はかかるが、簡単に飛鳥を始末するだけ。
聖杯戦争が終わればいい。生き残るべきマスターは、サーヴァントが居る者のみで構わない。
排除するのみ。
冷徹な斬撃や砲撃が、幾つも飛鳥に貫いた。
-
「あ――」
倒れたくは無い。でも血や傷が、彼女へ死の導きを手招いている。
リンクジョーカーは必要以上に攻撃はせず、そそくさと退散し『偽物』掃除に勤しむ。
チャンスだ。今なら逃げ切れる。
飛鳥は、傷口を抑えながらも立ち上がる。
死にたくない。アイドルとして生き続けたい。
あの時、ロボのアーチャーの契約を受け入れるべきだったのだろうか。飛鳥に後悔が生じる。
未練はないと信じたかった。覚悟は決めたつもりでいた。単純に、それっぽち程度で決断していのだろうか。
「違わない。ボクは後悔をしている……だけど、嘘はついていないんだ」
嘘じゃない。間違いじゃない。自分の選択はきっと正解で、それで―――
駄目だ。飛鳥は挫けそうになり、一歩が踏み出せない。
本当に自分が正しいかなんて分かりっこない。夢見ているだけ。信じたいだけ。
「―――カラ松ガール! 大丈夫か!?」
あの痛々しい声が飛鳥の耳に届いた。
男もリンクジョーカーらによって集中砲火を受け続けていた。
ギャグ空間じゃない聖杯戦争では、些細な攻撃描写は生命の危機。カラ松も全力疾走で飛鳥を発見したのだ。
負傷する彼女の生々しい姿によろめきそうになるカラ松。
だけど、躊躇も赦されない状況下。
カラ松が飛鳥を引っ張り、逃走劇を続けるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「一体何が起きているの?」
身を潜めて休息を取っていたアイリスも、騒がしさで起床してみれば、終焉シナリオが再現されたかのような情景。
上空より舞い降りるリンクジョーカーらの数に、圧倒される他ない。
ナイブズもあれから霊体化で、多少の魔力を回復したが、これらを敵にする余裕は皆無だ。
先導アイチの話を思い出す。
あれがリンクジョーカー。
主催者で、ただの滅びと蹂躙のみを目的とする集団。
私怨や執念ではない、本能に近いようで機械的な雰囲気を纏う彼らを、ナイブズは無言で睨む。
彼らが邪魔者である東京都民を排除する最中。
以前、ナイブズが体験した異界の感覚が充満しているのを理解する。
神隠しの少女は、撤退に集中したせいで取り残したからこそ、一旦ナイブズがマンションを捜索したが。
彼女はどこにも発見できなかった。
なら……これは彼女の仕業?
否。どこからともなく紙吹雪が舞いあがっていた。
異界の香りは充満する。対して、リンクジョーカーの消滅が謎の消失を繰り返し続けている。
消失ではなく、異界に取り込まれている。
アイリスが飛び交う紙の一つを手にとってみれば、ご丁寧に太字で記述された神隠しの物語だった。
「まさか! これって、セイバー……あの子が利用されているんだわ!!」
『…………』
-
ありったけの紙を背にバラ撒いているのは、吸血鬼のアーチャー・セラス。
果たして、リンクジョーカーが用紙の内容を把握しているか、定かじゃない。これは一応の保険。
セラスが直前まで用意出来たのは、たかが数百ページ分だった。
神隠しの少女・あやめを認知していないリンクジョーカーも巻き込む為の手段。
実際、セラスがリンクジョーカーへ特攻していき、あやめの姿を見せるだけで事足りる場合があった。
あやめに恐怖は無い。
虚無の軍勢が異界へ飲み込まれようが、それこそが自分が成せる唯一の『善』だと考えたからこそ。
恐れる訳もない。未曾有の混沌を産み出す渦の目である少女は、ありったけの自分を見せつける。
「セイバー、お願い。止めて!」
予想外の展開で、アイリスはナイブズに命じた。
あのまま、確かにあやめの能力でリンクジョーカーを排除するのは効率的で理想的な方法。
だけど、危険だ。
アイリスはあやめの安否を案じていた。
彼女に命の保証なんてない。あやめを視認する訳にはいかないアイリスは、ここより先に踏み込めない。
頼れるのはナイブズのみ。
いくら混沌極まる状態とはいえ、アイリスも冷静を失っていたのか。
ナイブズには、彼女達を阻止する意味を問い詰めたい。
あのまま放置すれば良いものを……あやめの命を救いたいが為の命令なんだろう。
ナイブズが、あくまで実行に移した動機は、セラスというサーヴァント倒す故。
遠距離から放たれた斬撃は、周囲で群れているリンクジョーカーを蹴散らすのも含まれていたが。
避けると推測して、ナイブズがセラスに向けた攻撃。
無論、セラスも察知した。
木片の如く切り刻まれていくリンクジョーカーを尻目に、セラスは大きく旋回。
攻撃を回避しつつ、近くの高層ビルの屋上に一旦あやめを置いて、建物内へ避難させる
サーヴァントとの交戦となれば、少女を抱えたままでは無理がある。
セラスは念話で信長に告げる。
『マスター。例のサーヴァントが現れました』
(よし、まずは令呪一画だ。使うぞ)
『はい!』
信長からの魔力ブースト。令呪分の魔力を糧にセラスは宝具を出現させた。
出現させるは『滅ぼし尽くす月夜の星屑(ハルコンネンⅡ)』。派手で規模のある弾丸を無数にナイブズへ打ち込む。
周囲を飛来するリンクジョーカーが盾のように着弾してしまう。
彼らは、聖杯戦争の妨害をしたくはない。邪魔になっているが……彼らの目的は、セラスとナイブズじゃない。
神隠しの少女・あやめ。
異界への飲み込まれも承知で彼らは、あやめへ攻撃を続けていた。
あくまで彼女の排除を優先させていた。
セラスとナイブズも、理解する。
しかし、双方攻撃を止める気配がなく、あやめは自力で逃亡を図ろうとする。
一刻も早く決着をつければいいだけのこと!!
-
天使と吸血鬼の思考は同じだった。
乱れ打ちする『滅ぼし尽くす月夜の星屑(ハルコンネンⅡ)』を抱え込んだまま、セラスは壮大に跳躍し、ナイブズに接近。
ナイブズも『天使』の翼で弾丸をあしらう中、前進をする。
直接、セラスの体へ『天使』の斬撃を的中させればいい。
『天使』の使用は、ルーラーとの一戦で十分やってしまったとナイブズも自覚している。
残りは……
果たしてアベルが未だに生存しているか、定かではない以上。
セラス相手に無駄使用するのだけは、避けようとナイブズは企んでいた。
彼の意図をセラスは把握していないものの。彼女は全力で攻撃を続けるのみ。
ハルコンネンⅡの片割れが両断されたにも関わらずセラスは冷静で、扱いなれた『焼き尽くす化物の咆吼(ハルコンネン)』を
展開させた。砲口の先に居るナイブズの視線は、真っ直ぐ彼女を捉えた。
乱射によって立ち込めた黒煙など、無視するかのように。
アベル並の『直感』を兼ね備えている事実など知る由も無く、セラスはただ攻撃をする。
ナイブズはハルコンネンの重い弾丸を弾いた。
あるいは受け流したと称するべきか。
なんであれ、ナイブズはセラスの間合いまで距離をつめ、蹴りを彼女の腹部へ命中させた。
「!」
重圧感ある音が響き、セラスの体が吹き飛ばされる。
最中、ナイブズの『天使』の刃が彼女を散り散りにするべく牙を向ける。
対して、セラスは血の影を展開し、それらの防御へ徹底しようと構えを取った。
無残に刻まれていく影。
面での勝負ですら叶わない。吹き飛ばされる勢いをそのままに、セラスは後退する他なかった。
『駄目だ、セラス! 防御なんかするんじゃねぇ、攻撃だ!!』
彼女の中で聞こえる男の声。
彼の言う通り、攻撃が最大の防御と称する策を実行するチャンスだった。
セラスがすれ違うリンクジョーカーを横目に、自分の肉体が到達する着地点を確認して目を見開く。
奇跡か幸運だろうか。
不釣り合いに設置された『棺』が視認できる。
セラスがビルの屋上へ叩きつけられたと同じくして、彼女は自分の隣に置かれた『棺』を影で掴む。
「う、おおおおおおおぉぉおおぉぉっ!!!」
「!!」
何とも馬鹿げた発想だが、神秘性のある『棺』はナイブズに有効な武器の一種でもあった。
セラスの宝具をまともに受けても微動だにしないアベルの『棺』。
逆に言えば、これこそナイブズが『天使』の能力を使用しなければならない宝具。
ナイブズが『棺』によって押しつぶされる前に、『天使』の翼を展開。
頑丈かつ破壊不能の『棺』も、圧倒的脅威で蹂躙されれば、鉄くずの塊となりバラバラだ。
だが、ナイブズは即座に対応したが為。今だ理解が追いついていなかった。
セラスは、ただ闇雲に『棺』を道具に利用した訳じゃなく。
巨大な『棺』でナイブズの視界を奪うのが目的であった。
-
「獲った!」
飛来で回り込んだセラスは、影でナイブズを捕らえようとするが、向こうも対応出来ている。
セラスが振りかざした握り拳は『天使』の翼と衝突し、分裂。
残りの腕を突き上げ、ナイブズに攻撃。
漆黒と純白の衝突が行われた直後。衝撃がその場、東京都全土に広まった。
それは、セラスとナイブズの攻防によるものではない。
彼らから離れた位置で留まっていたあやめ。
リンクジョーカーは、彼女の存在が危険因子と判断し、猛攻を続けている。
彼女を視認した全ての存在は、異界へ飲み込まれる定め。最早、有象無象を取り込むかの如く、リンクジョーカーを
異空間へ飲み込む腕と異形に満ち溢れていた。感情も恐怖も失った彼らは、躊躇なくあやめへ攻撃を続ける。
斬撃や砲撃、獣であれば牙や爪、魔力の帯びた特殊能力も含まれるだろうか。
あやめは、それらに襲われ続ける。
―――嗚呼、怖い。死ぬのが、自分の行く末が………
幼い少女の精神を脅かす『死』という概念。
怪異であっても待ちうける絶対の終わり。
覚悟をしても尚、体が震えるのは仕方のない事なんだろうか?
これで良かったんだ。
あやめは自分に言い聞かせた。事実としてリンクジョーカーらはあやめに脅威を覚え、攻撃をする。
別に、セラスとナイブズに助けを求めている訳じゃない。
欲しくないのは嘘になるが、これは自分のエゴだからこそ彼らに強制してはならない。
セラスは、ここまで連れて来てくれた。
ナイブズらは、ここまで自分を守ってくれた。
「あっ……!?」
あやめが足をすくむ。自身の居るビルが傾いているのを理解した。
リンクジョーカーの猛攻は、外部から続く。
彼女の肉体にも負傷となる一撃が貫いたのだ。
やがて、駆け足は止み。あやめは転倒するビルと共に体を転がしていく。
世界が破裂した。
あやめという怪異が死した瞬間、あるべき異界へと扉が急速に開閉され、有象無象を巻き込んで逝く。
リンクジョーカーは勿論、東京都内でまだ生存する人間も。
異界へ飲み込まれる。
――――――いこう、いこう、"むこう"へ、いこう、虚ろの国へ。
それは永久、それは常闇、沈まぬ陽と共に月は赤い空を巡り、無限の黄昏はひたすらに人の貌を隠す。
いこう、いこう、"むこう"へ、いこう――――――
あやめは一人心地にまどろみながら死を味わう。
必死に駆け廻って、結局命が惜しく思い。これだけ巻き込みながら、死ぬ。
既に異物となった自分に相応しい末路だと自覚しつつも、彼女は思った。
ただ一つの怪異で死ぬか消えるか。それよりは、絶対に……どうか、マトモな最期であって欲しい。
彼女は堕ちる。
自らが召喚したキャスターが唯一恐れた『闇』へ。
でも、感じて見れば不思議にも怖くない。
冷たい、孤独で、けれど穏やかで清々しい気分だった。
キャスターは何故、闇を恐れていたのだろう。
あやめが意識を希釈しながら、考えた。
想像していたよりも、闇に溶けるのは恐ろしくないのにどうして。
違う?
キャスターの最期はきっと……こんな結末じゃなかった? 分からない。
嗚呼。自分は、彼の事をまるで分かっていないまま……せめて、彼も自分と同じように安永の彼方へ。
【あやめ@missing 死亡】
-
× × × ×
赤い、赤い空が広がる。
一体何が起きたのかもアイリスは理解出来ずに居た。都心全てが飲み込まれている。
神隠しの物語で述べられた枯れ草に鉄錆を含ませた様な匂いが大気に充満した。
なんだろうか。これは――
アイリスが、一歩踏み出すごとに空間が歪む。
あの少女の身に、異変が起きたのは確かで。あるいは神隠しが暴走してしまったのだろうか。
「!?」
一筋だけ青い空が広がっていた。
そこへ駆け抜けて行くアイリスが目にしたのは、全身に蠢くような刺青が刻まれた男。
アイリスは、彼を知っている。
無残に散らばった棺を見下ろした男は、世界を震わせる溜息を漏らす。
緊迫感を覚えるアイリス。
令呪で、セイバー・ナイブズを呼ぶのも躊躇したが、刺青男は何故だか酷く憂鬱そうだった。
「一つだけ、聞かせて」
少しだけ話がしたい。
ナイブズにも正気を疑われ、財団職員だったら制止するような行為を、アイリスは為す。
「貴方は……何故、私達を裏切ったの。どうして、みんなを殺せたの。……どうして?」
意味がないと承知しても、アイリスは問わずに居られない。
刺青男も憐れむ風に、少女を見下してから、静寂を裂き言葉を紡ぐ。
まるで唄うよう。
「殺したかったから」
理由なんて―――特にない。
誰も彼も、自分に理由を求めるのに刺青男は腹ただしかったのだ。
人間を憎悪し、殺戮し、それら何から何まで、一々理由をつけようとする研究者に飽き飽きしている。
対して、あの殺人鬼は……アイザックは、なんと純粋な。
本当に羨ましかった。
刺青男/アベルは、心底ただの殺人鬼を驚くほど共感し、そして憧れた。思い出す。自分はあんな風に生きたかった。
普通の人間が、何をしようと何も言われぬように。
人間を殺害しても、イカれているからで済まされるだけの存在に。
例え、無力で不老不死じゃなく、強靭や無駄な恩恵も与えられない、ただの人間。
「だったら、私はどうすれば良かったの……」
私が家族に会えないままで居ればいい?
そのような思考をアイリスは否定し続けてきたが、弱きに口から溢れた。感情と共に。
アベルは、呆れた。
彼は、とっくの昔にアイリスが導きだす回答を知っていた。
彼女だったら、きっと答えに至れるだろうと高く買い過ぎたかと我ながら自傷気味で。
無言でアベルはアイリスの持つカメラを破壊する。
「………………あっ………」
-
大切なものを失った。
違う。
アベルの退屈そうな瞳と視線を交わし、アイリスは理解してしまった。
ああ、そうだ。なんだこれは。こんなにも……単純な事。
能力を失ってしまえば良かった。
いざとやれば、そんなチャンスは幾らでもあった……
破壊されたカメラの前でしゃがみこむ少女。
アベルだけを取り残して空間は圧縮され、少女はだんだんとアベルから遠ざかり、最終的に消えた。
異界はサーヴァントを呑み込まないらしい。アベルにとって残念で堪らない。
彼は、単純に最期を迎えたかった。隻眼の王は何の為に自分へ刃を振り下ろしたのだろう。
東京都の残骸へ到着すれば、アベルと同じように取り残された存在が一つ。
天使だ。
漆黒に侵食された髪を揺らしながら、天使は問う。
「まだ時間は残されている」
戦うつもりなのだ。
最早、マスターは異界へ飲み込まれ、天使も魔力が切れるのは何時になるか定かではない。
天使・ナイブズが全てを悟り、それでもなおアベルに刃を向けようとしている。
「これは―――単純な感情だ。俺はこれで終わるつもりはない」
「私は……別にどうでも構わないが」
対して、強者を前にしてアベルは穏やかで、しかし歓喜を湧かせず淡白な雰囲気を纏う。
ふと、アベルは唐突に言う。
「嗚呼。だけど、少しだけ用事を思い出した」
人喰いや殺人鬼の事だ。
大したものじゃない。ちょっと顔が見せられれば十分かと抱くほど、些細なもの。
だが、生き残るにしては大した事ではないかとアベルは思う。
天使の方は、眉間に皺をよせ、険しい表情で語った。
「俺は人類を滅ぼそうとした。至極冷静に『考え』――そうしようと決行した」
「…………」
「俺とて分かる。お前は、お前達は人類の選定に含まれるべきではない」
所謂、人類にも様々な存在がある。
小悪な者から善良な者まで。裕福な人生から、過酷な経験談。あらゆる種類や可能性が散りばめられていた。
しかし。
あの殺人鬼は違う。
この殺戮者も違う。
基準じゃない。するべきではない。ある種の例外があるのだと。
だから―――刃を振るう。
正義や善の感情ではなかった。突き詰めれば『意地』に近い。
あるいは、アベルやアイザックのような在り方が、人間の在り方じゃないと否定したかったのか?
奇妙にもほどがある。
だが、衝動に流されていると理解しながらも、ナイブズはこれで良いと受け入れていた。
狂戦士と剣士の刃が衝突した。
-
投下はここまでです。次の投下で終わらせるよう努力します。
そして、恐らく次回で本当に最後の投下になるので時間がかかります。
もうしばしお待ち下さい。
-
投下します
-
■ ■ ■ ■
『東京』は少女を中心に異界へ飲み込まれ、否、異界へ変貌を遂げようとしていた。
正確には、周囲の全てを取り込む神隠しの少女の残り香みたいなもの。
リンクジョーカーの大群のほぼ全てが、逃れられず異界へ飲み込まれたのは、彼らもあやめを殺害した事によるデメリットを
把握しきっていなかっただろう。
同じく。
異界が発生した影響は、大胆に空間を侵食したのである。
仮想空間。限定的な地形。
偽りであるからこそ、あるいはアベルらの戦闘で影響された空間の破損が原因だったのか。
大規模な空間収束に耐えられなかった東京そのものが、崩落を開始する。
全てが落ちた。
堕ちた先にあるのは、地獄じゃない。真実の世界。
リンクジョーカーが設置した施設。聖杯戦争の研究と監視を行っていた場所。
ぽっかりと空虚な空間が広まる中。
異界へ飲み込まれずに済んだ存在も幾つか存在していた。
一息を上げた男・織田信長が、己のサーヴァント・セラスに抱えられながら、陥没が進行する大地に舞い降りた。
「はぁ……はぁ……状況がサッパリだが、無事に済んだな。ははは」
苦笑を漏らす信長に対し、セラスも緊迫気味な表情を浮かべていた。
あやめという、神隠しを体現した彼女の死が巻き起こした事象。
周囲を見回せば異界の残り香はない。東京都を維持し続けた空間に歪みが生じている。
中々に際どいやり取りだったとセラスも身に沁みていた。
あの瞬間。
異界へ飲み込むブラックホールのような現象が発生。
セラスは、迅速に対応した。念話で信長と会話を僅かに交わし、彼の位置を把握した後。
信長を掴むと同時に、使用可能な残り一画。令呪を使用し、なるべく遠距離へ移動を行ったのだ。
幸か不幸か。信長は建物で監視を行っていたお陰で、影響は受けていない。
だが、セラスもナイブズとの戦闘があり満身創痍だ。これ以上の戦闘は、危機的であり問題でもある。
ナイブズの安否も不明な状況下。
戦闘不能は支障に来し過ぎた。
霊体化をしようとセラスは構えたが、ふと視界の元を眺める。
大口が開かれたかのような有様から何か見える。
セラスには、以前自分らが至った謎の研究施設の他にも人影を目に出来た。
驚愕する他ないだろう。
彼女が予測するに、そこに居る人々は紛れもない無辜の人間。リンクジョーカーの関係者でもないと。
あそこまで落下した上で、生存していた人々が居るとは思えない。
つまり……?
「マスター……この状況は非常に危険です。恐らく空間に異常を来しているかと。あの地下空間まで運びます」
「セラス。聖杯の場所は?」
「いえ……先導アイチが隠してしまって。ですが、あれほど膨大な魔力を感知するのは容易です。
内部で捜索すれば、恐らく発見も可能でしょう……それと、リンクジョーカー以外の人々がいるようです」
「ん? なんだ、それは」
残り僅かな魔力を糧にセラスが信長を掴み、グングンと急降下をすれば『東京都』そのものを取り囲んでいた。
例の球体の結界から離脱すれば、以前、巨大トカゲと共に至った研究施設に到着する。
そこに居た人物に見覚えがある信長。
確か、情報で得た中で露出狂としてSNSなどで話題になっていた人物じゃないか?
酷くボロボロで、彼の傍らには少女が。
少女は大分負傷しており、かなりの出血が確認出来る。医者らしき男が手当てを施している現状。
突如登場した信長とセラスへ、例の露出狂男・松野カラ松が声を上げた。
-
「さ、サーヴァント……! く、ううっ……!!」
カラ松は、すでにサーヴァントを失っている。傍らで負傷状態の少女・二宮飛鳥もだ。
幸運にも彼らは空間から落下し、施設で一命を取り留めたというのに……
そういう意味では、絶体絶命の危機を迎えようとしていた。
飛鳥の手当てを行っていた医者が問いただす。
「なんだ? あんた達は」
「格好つけて答えたい場面だが、俺も状況を把握しておらん。これはどういう状況だ」
信長が、医者らの質問に答えている様子に、カラ松は一息落ち着く。
少なくとも飛鳥と自分へ危害を与える訳ではない、のか?
最低限、警戒残しておくカラ松。
飛鳥の治療を行っていた男性の医者が答えた。
「俺達は妙なカプセルみたいなもので眠らされていた。ついさっき、そこから目覚めたところだ」
「……どういうことだ?」
「それ以前の経緯は不明だって事だ。俺達は何者かの手によって拉致監禁されたんだろう」
予測するに、彼らを誘拐したのはリンクジョーカーだ。
目的。もとい用途としては、舞台に配置されるエクストラ役者。あるいはモブ。
リンクジョーカーによって複製される偽物の『オリジナル』。
信長とセラスは知らない。
『オリジナル』を確保。
それのデータを何度も再利用していたからこそ、殺戮者らが何百何千蹂躙しようが涼しい対応をしていたのである。
医者は話を続ける。
「勿論、俺たち以外にも被害者が居る。何十……何百……幾ら居るかも想像出来ないほどだ。
今は手分けしてこの空間を捜索している最中だ。俺たちは、この子に止血を施していた……」
「何っ」
信長は冷や汗を流す。
そんな大規模に捜索をされては『聖杯』を先に発見されるのは時間の問題。
うっかり、聖杯が何たるかも理解できずに余計な願望が叶えられてしまう可能性も否定できない。
即座に、信長はセラスに命じた。
「アーチャー! 先に聖杯を探せい!! 余計な事をされては溜まったものではない!!」
「はい!」
残りの魔力を振り絞り、セラスは信長と共に施設内を駆けた。
医者らは、信長の存在を追求したかったのに。セラスの未知な能力による飛行を目の当たりにし。
言葉を失う。
カラ松としては、自分や飛鳥に危害が加えられず一安心する。
信長が口にした『聖杯』の存在を疎かにしてはいなかった。
だが、カラ松には何が出来る? 飛鳥も自分も、もはや聖杯戦争に参加する権利が皆無に等しい状況だ。
とにかく、看護師の経験がある女性が医者に言う。
「尾崎先生。ここも何だか崩落が酷くなっています。あの子を運びましょう」
「……ああ」
尾崎と呼ばれた男性は、医師ながらも煙草が恋しいのか口元に触れながら、女性に返事した。
遠くでは、大勢の人間が騒いでいる。
あそこには一体誰が居るのだろうか?
カラ松の想像の中に、自分の兄弟が存在しなかったのは当然だった。
-
● ● ● ●
ルーシーは、込み上がる苦痛により覚醒せざる負えない状態に見舞われていた。
瞼を開いた時。全て終焉を迎えた状態だった。
彼女の傍らに二人の少女。メアリーと沙子が伏せている。
未知の衝撃が彼女達に襲いかかっている。ルーシーは気絶によりまるで理解していないが、指を咥え、ルーシーらの居る廃ビル
内部から、遠くを傍観しているのはバーサーカー・滝澤だ。
異界へ有象無象が飲み込まれた。
大気に名残として例の錆臭さが充満するのに、滝澤は一つを確信を得ている。
彼は、神隠しの噂は愚か。先ほどの現象も何かを知らない。
だた……この香り。
滝澤は、リンクジョーカー(虚無の軍勢)が一片も残さず消え去ったのを見届けてから。
少女たちを取り残して、縁から跳躍をし、駆けて行く。
最早、生贄である人間だけでなく全てが抹消され、登場人物たるサーヴァントとマスター以外、邪魔もない世界。
だからこそ、バーサーカーたる滝澤も気配を感知するのは容易だ。
沙子がどうにか立ち上がる。
「バーサーカー……!? 一体どこに行くの……」
「駄目よ!」
思わずルーシーが制止をした。
この状況下を把握できないものの、ルーシーですら滝澤を含めたサーヴァント全員が居ない。
自分たちは非常に無防備な状況だと察せた。
滝澤を追跡するのはどうせ不可能。自分らは周囲の警戒を怠ってならないのが重要であった。
瞬間。
ルーシーらのいる廃ビルに振動が走った。
もとい、空間全体。大地そのものに異変が発生する。『東京都』が存在する空間の崩落だ。
震災なる抗えない脅威に恐怖を抱く沙子。
未知の事態に、ルーシーは思わず少女二人の手を取ったのだ。
彼女達は、まるで不思議の国に迷い込むかのように不可思議な浮遊を体験しながら落下する。
ルーシーたちはビルなどの建造物の下敷きになる末路はなく。
下敷きになる以前に、ルーシーたちは『東京都』の外へ吸い込まれ。
ゆったりとした動きで地下施設へ降り立った。
決して、ルーシー達の誰かが無重力を操作した訳ではない。
元よりこういう使用だったのを、周知されていなかったに過ぎなかった。
実際、カラ松と飛鳥が落下した時も、同様の現象が発生しており。
二人は格別支障を追う事もなかった訳だ。
少女達が到着した頃には、信長もカラ松達もおらず、振動が絶え間ない謎の施設と遠くから響く人々の声。
沙子だけが、人間の団結し合った号令染みた声量が恐ろしさを覚えた。
「……二人とも大丈夫?」
一応、ルーシーが声をかけたのに沙子とメアリーは頷く。
全く状況は把握出来ない。
謎の施設空間を眺めると、ルーシーはアベルの夢で見た『財団』の研究施設を思い返す。
否。まさか、ここは『財団』とは関係ないと信じたいが……
沙子だけ、一つの答えを導いた。
「もしかして……ここに聖杯が?」
「!」
-
ルーシーは聖杯に興味は無い。元の世界に戻れればいい。
メアリーも同じだ。沙子だけが違う。
しかし……ルーシーが言った。
「そうかもしれないわ。ここに来てしまった以上、聖杯を探した方がいいかもしれない……一緒に探しましょう」
「ルーシー?」
「何となくだけど、私は感じるの。ノブナガはきっと『大統領』よりマシであっても、彼に聖杯を渡してはならないと」
勘に近い感覚を頼りに、ルーシーが告げた言葉に少女たちは頷く。
向こうから聞こえる声量を追って、少女達が駆けた。
恐れを抱き、それでもなお前進する為に。
一方、無辜のエキストラだった登場人物たち。彼らは『東京都』の住人。
もしくは観光客などとして配置される役目を担う偽物の『オリジナル』。
まるで大規模なおぞましい数の軍団だった。
彼らの中に、アベルや滝澤が虐殺した人間、カインを魔力枯渇で消失させた人間、沙子へ敵意を向けた人間。
カラ松の悪評を面白可笑しく広めた人間。飛鳥の生放送を視聴していた人間。
ひょっとすれば、人ではない存在も幾つか居るかもしれない。
どうあれ、彼らの数は東京都の人口を基準にすれば凡そ1300万ほど。
観光客なども含めれば、数値は繊細に左右される。
彼らほどの数で圧倒すれば、複雑な地形の探索は容易であり。
リンクジョーカーが一片も居ない現状。『聖杯』の在りどころを突き止めるのは簡単だった。
皮肉にも、聖杯戦争とは無縁の彼らがそれを発見してしまった。
「おい、こいつは一体なんだ?」
ざわざわと即席で結成された捜索隊が目にしたのは『聖杯』。
正確には『透明かつ頑丈なカプセル内部で保管された宵闇色の淀みを帯びた聖杯』。
彼らの発見現場では二つが同様の代物が並べられていた。
これが、エトの召喚したアヴェンジャー・メルヒェンの及ぼした名残だ。
間違いなく、ここにはサーヴァントの魂が七騎収められており。
そして、聖杯から幾度も強引にサーヴァントの魂を引きずり出した結果が、このような危険性をもたらした。
最早、正常な願望機として機能するか俄かに怪しい。
しかも――二つ。
リンクジョーカーが当初計画していた三つの聖杯製作の内、二つがメルヒェンにより代無しにされた。
これでは、政道アイチに告げさせた『聖杯を二つ与える権利』すら疑念を覚えるものだ。
元より、全てを無にするため、後始末要因としてリンクジョーカーが利用する算段だったのか。
悲しいかな。
今ではリンクジョーカーの目論みなど、どうでもいい。
最悪な事に、これを手にしたのはサーヴァントでもマスターでもなく。
捜索隊にいる一人の男性がカプセル本体に触れると、不思議にも男性の手が透明なガラスをすり抜け。
聖杯に後一歩触れても可笑しくない位置まで到達したのだった。
男性は、このような非現実的な現象を目の当たりにしても関心の一息を漏らすだけで。
格別、驚愕を浮かべる素振りは一切ない。
彼は、こういった類に離れするような世界から来た人間なのだろう。
-
「よく分からんが重要なアイテムに違いない。一つ、持っておくか」
様子を眺めた、おちゃらけた雰囲気の若者が言う。
「どうせならもう一つ持って行っても大丈夫そ~じゃないっすかね~~むしろ、盾にすれば俺達を連れ去った奴らを脅せるかも」
「おいおい、平気か? ソレ、妙な感じがするんだが……」
結局、無関係な人間二人が聖杯を確保した矢先。
『聖杯』は光を放つ。
何事かと疑問が生じる間もなく、聖杯――だったものは暴発したのだった。
英霊の魂を保管する聖杯はメルヒェンの所業で既に崩落寸前。いつ暴走しても可笑しくない状況下。
にも関わらず、このタイミングで生じた理由。
手にした人間が抱いた些細な・内なる野望に反応してしまったか。
何であれ、二つの聖杯。合計十四騎分の魔力が大規模に爆発をすれば。説明など不要だろう。
爆発の規模は明確だ。
施設を一片たりとも残さず飲み込まんとする威力。
移動に徹底していたセラスは即座に方向転換をしつつ、爆発から逃れようとした。
多く居た人々の悲痛な叫びが一切ない。一瞬で消失してしまう情景。
まだ、幸運にも遠くに居たルーシー達は風圧により、破壊に飲み込まれずに、どうにか近くの壁や障害物で自らを抑え込む。
風が収まり、視界がクリアになったルーシー達が目撃したのは終端の世界。
彼女達の居る空間、もとい施設は特殊だった。
そこは宇宙空間。
無酸素状態にも関わらず、どうにかルーシー達が生存可能だったのはリンクジョーカーの施設。
残骸に等しい施設だった部分が無重力に漂う。
全ての機能が正常に働き続けるのは、先導アイチのイメージが補われているからだ。
アイチは死してしまったが、彼のイメージ力は強大だ。
月に宮殿一つを建設可能なイメージ力は、未だ顕在しており。
残されたルーシー達を生かす希望となってくれる。
メアリーは星が煌く幻想的な宇宙空間を目前に、子供っぽく関心を抱いた。
「凄い……綺麗………」
キラキラとしている。美しい場所。
かつてメアリーが望んだ『外の世界』そのもの。一面の銀河を眺めながら、不安定な足場を歩む。
ルーシーは、ハッとして叫んだ。
「メアリー! 危険だわ、独りになってはならない!!」
-
彼女の叫びによって、崩落し浮遊する施設の一つから銃口を構えて飛び出した影。
織田信長は、真っ先に沙子へ攻撃をしかけた。
沙子が拳銃を所持しているのは、十分把握している為である。
「よお、化物。お前はここで幕切れが一番お似合いだぜ」
「嫌よ……!」
ギリッと睨みながら沙子が拳銃を取り出す。が――先にセラスの影が真っ直ぐと小さな腕を拘束させた。
身動きが叶わない弱い化物へ、不敵な笑みを浮かべ引き金に指をかける信長。
だが。
銃弾は放たれる。
吸い込まれるように真っ直ぐと。
「あ……ああ………」
ルーシーがうめき声を漏らし、全員が呆然としていた。
拳銃を所持していたのはルーシーだった。沙子も、信長も、自分の知りえない間に拳銃の所有者が変化していることに気付かず。
信長も、一体どうして自分に銃弾が命中したのかが、理解を追いつけずに居る。
ルーシーはワナワナと体を震わせる。
「ああああっ!!」
撃ってしまった!
でも、これで終わった。信長が、既に躯となった男の肉体は派手に転倒した。
ルーシーは、荒い呼吸を繰り返しつつ。沙子に纏わりついた影が撤退するのを目にする。
だけども――何故なのか!? 信長のサーヴァント・セラスは、マスターを失ったにも関わらず消滅しない!
『単独行動』。
マスターなしでも現界可能とするサーヴァントのスキル。
アーチャーのクラスである彼女は、まだ立つ。まだ何かを残せる。まだ、ルーシーたちに攻撃可能だ!
「うわああああああああああああ!!!」
ただただ、ルーシーの絶望的な叫びが響き渡った。
【織田信長@ドリフターズ 死亡】
▲ ▲ ▲ ▲
-
希望に溢れた空間が天国で、絶望に満たされた空間が地獄ならば、ここは『虚無』だった。
希望は無い。
絶望も無い。
何一つ残されていない。
希望があれば前進出来るだろう。絶望があれば立ち止まって喚けるだろう。
しかし、異界へ飲み込まれ。生贄も残されておらず。
ただ、廃れた土地と建造物があるだけのミニチュアパノマナでしかない『東京都』は、感動や罵倒すら浴びされない。
無に等しい。他愛なく、退屈でつまらない。個性のない芸術品だった。
そこに足を踏むのは包帯男の殺人鬼。
高揚感のない『虚無』に包まれた彼は、漠然と歩いている。
殺し損ねた殺戮者を殺す。あいつは殺しておきたい。今度こそ……
砂漠のような大都会を歩み続けた殺人鬼は、漸く至る。
大きく倒れ伏した殺戮者と、どうにか立ち続ける黒髪の天使だった。
殺人鬼は、呆然とする。
再び、再びなのか。どうして自分は、この殺戮者を殺せないのか。
レイチェル・ガードナーとは違って、魔性じみた魅力で誰もが彼女を殺害しようと執着する訳でもないのに。
だったら。
殺人鬼は漆黒の鎌を煌かせる。
黒髪の天使を切り裂く為ではなく、転がっている殺戮者にトドメを刺す為に。
ふと、天使が一言呟いた。
「俺は人が滅びるべきか裁定をして来た。至極冷静に、再び問答する為に聖杯戦争に参加した」
「………」
「お前は――人間が愚かだと思うか」
殺人鬼は、躊躇なく答える。彼なりに天使の言葉を理解したうえで。
「人が殺したきゃ、殺せばいいじゃねぇか」
「―――いい訳がないだろう!」
天使の怒声は続いた。
「ならば、責任はあるのだな!? 俺が人を全滅させ、お前を殺しても恨みがないと。それがお前の答えだと!」
対して殺人鬼は、苛立った様子である。
心底どうでもいい風で告げた。
「あーあーうるせぇなぁ! 殺したきゃ殺せよ! テメェが俺まで殺すってなら、堪ったもんじゃねーから殺し返すわ!!
大体、難しい話ふっかけんじゃねー! 俺は馬鹿だから何もわかんねーし、責任とか取らないぜ。
勝手に殺しまくって、そんでもって逆に殺されたなら、テメェはその程度ってことでいいだろうが!」
「―――――」
ガラリ、と。
肉体が崩落しながら、天使は否定する。
「いい訳が無い」
そして、思う。
何故、殺人鬼の馬鹿馬鹿しい返答を否定するのだろうか、と。
支離滅裂で理屈にかなっていないから、それとも。分からなかった。
結局のところ、殺人鬼の解答こそが天使――ナイブズが最初に行き着いた回答であったのに。
【アイリス=トンプソン@SCP Foundation 消滅】
【ミリオンズ・ナイブズ@TRIGUN MAXIMUM-トライガン マキシマム- 消滅】
-
★ ★ ★ ★
殺人鬼・ザックは何ら感情を抱かなかった。厳密に言えば、消滅していったナイブズに対して。
彼は、それよりも第一に考えるべき物事に意識を向けていた。
無言で鎌の刃を、倒れている殺戮者・アベルに振り下ろす。
もはや使命感に等しい焦りをザックは抱え込んでいる。
何でか、一刻も早く彼を殺さないといけないような感覚だった。
高揚感も、危機感でも、恐怖でもなかった。ザックは『約束を守れなかった』事実だけを重く受け止めている。
だが、刃は抑え込まれる。
正確には倒れていたアベルが素手で掴み取った。
死んでおらず、単純に大きく出血をもたらす傷口が肉体に幾つも刻まれているが、致命的であれどうあれ。
アベルはまだ生存し続けていた。
ザックが舌打つ。
「今すぐ殺してやる!」
「……いや、いい」
「俺がお前を殺せなかったのが不満かよ!」
「そうじゃない」
否定しながらアベルが起き上がり、ザックの鎌を振り払ってから視線を向けた。
アベルは相変わらず退屈そうな表情を浮かべている。
だからと言え。ザックに対してアベルは、たっぷりと間を開けてから告げる。
「私も、それで終わって良いと思っていた。君に殺されて、それで終われば良いと。聖杯戦争自体に何も関心はないのだから」
「じゃあ、俺に殺されろよ」
「……やるべき事が一つ増えたのさ」
「またかよテメェ!!」
アベルがザックへ指示する矢先。二人は彼方より歩み寄る人影が目に入った。
人喰いだ。
指を忙しなく加え続け、恨めしそうな瞳で睨む。フードを被った老人を彷彿させる不気味さは、相変わらず。
しかし、アベルもザックも何も言わない。
人喰いも、言葉を発しなかった。
無言にアベルが崩落が進行する大地の切れ間を降下していく。
ザックは仕方なしでアベルを追う。人喰い・滝澤も同様だった。
滝澤も、ザックに不満があってもここでは言及をせずに『東京都』の外へ足を踏み入れる。
アベルが血反吐を吐きつつ、原型のない施設へ降り立ち。
残りの二人が続けて向かった先。滝澤が、ハッとして『ある物』に意識が捕らわれた。
「………『聖杯』!?」
-
そう、聖杯だった。
正確には『アベルらが一度施設で目撃した聖杯』。
そして『最初から完成された状態の聖杯』。
つまり―――『リンクジョーカーが発見した始まりの聖杯』である。
研究対象に当たる聖杯は、崩落した施設の一部から膨大な魔力を確認できた。逆に、それ以外の魔力は感知できない。
聖杯はアヴェンジャーによって出来そこないに変貌したもの、二つ。
他にも、未完成の聖杯もあっただろう。
だが、ここにはない。爆発によってまとめて破壊されたか、何にせよ。
真祖の願望機が、正常に願いを叶えるだろう物質が、そこには存在していた。
アベルは、不満げに言う。
「アレが私や君達を呼んだ」
「……あ? どういう意味だ、そりゃ」
唐突な話に首を傾げるザック。一方、滝澤は察しが良かった。
「何の為に」
「さぁ、どうでもいい。あるいは私やカインに対して、施そうとしていたのか」
「沙子ちゃんが使っても構わねぇよな」
「……駄目だろうな。恐らくアレは人でないものの願いは受け入れない。残念ではあるが」
「ふざけんじゃねぇよ」
苛立ったザックが、勝手に話を進める彼らに吠える。
「全然意味わかんねー! だから、どういうことだって聞いてんだろうがっ!!」
ギロリと滝澤が睨む。ガツガツと接近する様子に、ザックは刃を向けようとしたが殺意はない。
純粋な苛立ちだけが込みあげていた。
滝澤の方も、ザックと同様の感情なのだろう。
ザックよりか低い背丈なりに見上げながら、滝澤は言う。
「おめぇ、相変わらず何も考えてねぇし、何も分かっちゃいねぇんだな」
「うるせーなぁ! 考えるのは苦手だっつってんだろ!!」
「普通に思考停止してるだけだ、そりゃ」
ぶっ殺すぞ! と成人男性らしくない子供っぽさを露わにするザックを傍らに、滝澤は周囲を見回す。
離れた位置から明確な魔力を感じ取った。
沙子。
滝澤のマスターやメアリー、ルーシー……それ以外に。
瞬間、宇宙空間にも関わらず鮮明な銃声が響き渡る。三人は確かに反応を見せた。
最後に、滝澤はらしく狂気的に笑いながら振り返った。
奇妙な様子で顔しかめているアベルとザックに対して、滝澤が告げる。
「じゃあな、嘘つきザックきゅん」
「好きで嘘ついたんじゃねぇよ!!」
「………ヒヒ、じゃあな。………バイバイ」
-
おどけて手を振り、その位置から飛び降りた滝澤を見届けてアベルは理解したのか、踵を返す。
殺戮者が一つだけ呟く。
「主の方を選んだか」
「チッ……おい、アベル。お前、もう死ぬか? 今度こそテメェを殺して、あの人喰いを殺すんだからよ」
「……君は、まだ変に律儀だ。それが君なのだろうが」
アベルは優雅に、血を体から滴らせながら歩む。
全ての始まり。元凶である聖杯の元へ。あの聖杯は、聖杯戦争の為に……誰が為の聖杯でもない。
ある意味での正義を全うさせる為などでもなかった。
独占的な。あるいはもっと事故満足げな理由で、聖杯はリンクジョーカーの元へ導かれたのだろう。
ザックも後追って、聖杯に接近する。
強大かつ膨大な魔力。
想像を絶する、抗いようのないソレは確かに万人のあらゆる願いを叶える筈。
しかし、アベルもザックも関心がない。
願いがない歪んだ人間たちに、奇跡の価値は無に等しかった。
彼らは正当に正義も悪も、絶望すら平等に受け入れる。
「何か願うか?」
「ハッ、ねぇよ。んなもん。どうせ俺が使ったってロクな事になんねぇんだろ」
ザックは理解も把握も、何も抱いていない。
自らの経験や教訓を糧に承知の上で述べていた。
不幸でしかない。幸福になりたくない。成れる訳がないのだし、成ったところで幸せが続く訳がないのだ、と。
そういう人間であった。
今も昔も、これからも変わらない。――そう信じて。
ザックは、刃を聖杯へ振り下ろした。
× × × ×
-
「い、今……何が起きたんだっ!?」
「大丈夫ですか!!」
「やばいぞ、空間が凄いことになってる――!」
欠陥品の聖杯が起こした爆発から逃れた存在も少なからず残っていた。
退避したカラ松、飛鳥はここへ導かれている。
飛鳥は意識を取り戻し、崩落した施設の天井に見え隠れする宇宙の大銀河を目にして、不思議な気分だった。
今……自分は生死を彷徨っている最中なのか実感が湧かない。
生きている?
「カラ松ガール!」
必死な表情のカラ松(痛々しいサングラスをかけたままだが)は、心配そうに意識を取り戻した飛鳥へ声をかける。
どうにか、飛鳥がゆっくりと頷けば安心な表情を浮かべる痛男。
ギザったらしい、それでいて冷や汗浮かべ、無理に格好つけた態度で話を続けた。
「どうやら俺達は幸運な星に恵まれているようだぜ。カラ松ガール……
さっき、サーヴァントを連れたマスターと遭遇したが、何ともなく見逃され。
しかも謎の大爆発から逃れる位置に避難出来たとは、神に愛されたようなものだぜ」
「見逃した……いや、あるいはボクたちよりも優先するべき事があったんじゃないかな?」
飛鳥の指摘に、あっとカラ松が記憶を蘇らせた。
「聖杯だ! 奴ら確か、聖杯をどうとか……ま……まさか、これは聖杯の仕業!?」
カラ松が改めて謎の爆発被害の全貌を目に、息を飲んだ。
飛鳥は、自分が避難した場所が不可思議という事にも関心がある。
大広間と呼べるほど十分な空間。飛鳥を手当てしてくれた医者と関係者、警察官のような指揮を取る白黒混じりの髪の青年。
彼を慕うような部下たち。
他にも幾つか人々は確認されており、だけども当初、施設に収容されていた人々の10分の1にも満たされない数だ。
そして中央には、奇妙なモニターが幾つも空中に浮かび映像を切り変え続けていた。
映像に、一瞬だけ飛鳥の知る光景が映し出される。
アイドルがコンサートで歌い、踊る。そして、所属事務所……
あれは自分が居た世界?
誰もが緊迫感を解きかけた時。銃声が高らかに響き渡る。
幾人は悲鳴を漏らし、全員が周辺を警戒したが何ら異変は発生していない。
音の主は、ここに存在しないようだった。
そして、少女を叫び声が聞こえる。
-
「あああ、あああああああ!」
少女……ルーシーは悲痛な叫びを上げながら、逃走を試みていた。
同じく沙子とメアリーも、走る。逃げる。
アーチャー・セラスは、影を使用せずにただの身体能力だけで少女たちとの距離を縮めた。
必死になってルーシーが、セラスに銃弾を放つがまるで効果がない。
最終的に、少女たちは逃げ場のない所まで追い詰められてしまう。
「あ………うう……ううう…………っ!」
殺される!
そう思わない人間が果たしてここに居るのだろうか。
ルーシーも、メアリーも、沙子も……紛れも無く最善の手を尽くして生き延びた。
虚しく、残酷ではあるが無力な少女たちは、サーヴァントに対し為す術がないのである。
涙を流し震えるルーシー。恐怖の色がある沙子。唯一、淀んだ瞳のメアリーは周囲を見回す。
ふわふわと辺りを漂う施設の残骸。あそこへ飛び移れるだろうか?
メアリーだって、死んではならないと決意している。
死ねばザックが死んでしまうから。
自分が死ぬのは何ら問題ないが、ザックが死ぬのは駄目なのだ。
「マスターを守れなかったのは私自身の責任です。……ですが」
セラスは一つ構える。
攻撃の構え、明確な殺意。もはや、聖杯もなければ主もいないセラスにも、彼女の意思だけは残されていた。
主の敵となったルーシー達。倒す必要がなくとも、倒す理由はある。
殺す意味はない。無為に屍を重ね、尊い少女たちの命を奪う意味。
だけど、ルーシーも沙子も信長に銃口を定め、放ったのだ。
「スティール……!」
人を殺してしまったから……? 罪を犯さずに、無茶な聖杯探索を行えば? それで助かったの?
分からない。
過呼吸を彷彿させそうなほど荒い呼吸のルーシーは、必死だった。
生き残りたいだけだった。
そんな甘い考えが赦されないとしても。聖杯なんて必要ではないのに。
――ダアンッ!
-
全てをぶちのめすかのように、降りかかったのは人喰いのバーサーカー。
そのままセラスを抑え込むように着地する。
「バーサーカーッ!!」
沙子の叫びと共に。バーサーカーが着地した衝撃で、彼女たちの居た場所のバランスが大きく転倒する。
それぞれの悲鳴が引き金となって、横転する場所。
施設が大きく揺らぎ、傾いた末。運良く別の崩落した施設の一部へ渡れそうになった。
ルーシーは躊躇せず走る。
メアリーも後に続いた。しかし、沙子はバーサーカーに言う。
「早く来て、バーサーカー! お願い!!」
「……」
「貴方がいないと……聖杯だって、貴方がいてくれから手に入りそうなの! あともう少しよ!!」
「ごめんな」
何故、バーサーカーが謝罪を漏らすのかが理解できなかった。
どうして。と疑問を抱く前に、自分が立つ施設に亀裂が生じたのに沙子は焦る。
「バーサーカー! 早くしないとここが―――」
「……やっぱり、俺はどうしようもねえな。よく分かった。俺は英雄になれないって。聖杯だって……」
「そんな事より逃げて!! きっと落ちたら死んでしまうわ!!」
思わず沙子はヒステリックに叫ぶ。涙が溢れる。
「死んだらお終いよ! バーサーカー!!」
「――覚えていてくれればいい」
どうしようもない。抗いようのない状況でバーサーカーは、滝澤が一つ告げた。
本当の意味で、彼が望んだ事であって。
ただなんとなく。だけど、確かに、漠然と望んだかつての思いを、漸く願った瞬間。
「忘れないで、俺のこと」
どこか人間味の残った穏やかな滝澤の表情は、あの殺人鬼が殺したいと願ったソレだった。
彼の言葉を漠然と聞きながら、セラスは凶行へ走るのを止める。
ついに破壊された施設と共に二騎のサーヴァントが宇宙空間へ放り出された。
そして。
謎の光が空間に満ち溢れる。
一本の腕が、沙子の体を掴んだ――………
◇ ◇ ◇ ◇
-
「あーあ、スッキリした! どうせ使わなかったら使わないで、あーだこーだウルセェからな!
最初からぶっ壊せば良かったんだよ。主催者の野郎、ザマァ見ろ! ははははは!!」
ザックは我ながら満たされたようで、どこか悪餓鬼のような態度でいつもの調子で語った。
存外、聖杯もあっけなく破壊できたのは不思議である。
アベルだけ、一つ確信があった。
彼は聖杯の正体を察していた。
彼は聖杯が、ある存在と繋がりがあると理解していた。
だからこそだ。
ある種。『穢れの無い』ザックの決断を、向こうが受け止めたのだろうと。
事実、ザックは変わりなかった。
アベルを殺すなと命じられても尚、往生際の悪さで殺さず。
聖杯にも願う事ないと呆気なく破壊する方針で終えた。
そしてザックとアベル。二人の体が光の粒子と化して消失が開始される。
彼らを召喚していた基盤が破壊された為、当然。
恐らく、セラスや滝澤も同様に消失することだろう。
ザックが、まさかと鎌の刃をアベルに振りかざそうとするが、スカッとはずしてしまい。無意味なものだった。
「おい!? んで俺もお前も消えてんだよ! 殺せなくなっちまっただろうが!! どーすんだこれ!」
「意味が分からずやったのか、君は」
「死にたくねェから、何かやらかしやがったんだな。アベル!」
「心配せずとも、君は私を殺したじゃないか」
「だったら生き返るんじゃねーよ!!」
大人らしくない、子供さながらの不満と罵倒を上げるザック。
しばしの沈黙からアベルは真顔で答えた。
「生き返ったのは、本当にすまないと思っている」
「誠心誠意の謝罪なんだろーな」
ザックがどうしようも出来ないのは、どうも抗えない。アベルもまた然りだ。
自棄に目立った溜息を漏らし、ザックは言う。
戦争のようで、大した殺戮でもない。一方的な虐殺と悲劇と殺人だけで構成された物語に。
「人喰いの奴も殺せなかったしよ。こうなりゃ、絶対お前だけは殺してやる。アベル」
「―――」
「どっかでまた会ったら、絶対殺す。殺してやる」
一体どこで再会が叶うのだろう。
これが最初で最後かもしれないのに。聖杯の断片が舞い散る中、そんな些細で関心もない約束を交わす。
くだらない。
退屈だ。
だけど……これは、別に自分でなくとも人間は皆同じなのだろうと。アベルは思った。
「ああ、それがいい」
【バーサーカー(SCP-076-2/アベル)@SCP Foundation 消滅】
【アサシン(アイザック・フォスター)@殺戮の天使 消滅】
【アーチャー(セラス・ヴィクトリア)@HELLSING 消滅】
【バーサーカー(オウル/滝澤政道)@東京喰種:re 消滅】
-
支援!
-
◆ ◆ ◆ ◆
「これで全員か?」
「多分……」
飛鳥たちのいる場所では、生存者がかき集められていた。
ギリギリ救助された沙子やルーシーと、メアリー。少女らが到着したのに、カラ松は妙に緊張する。
金髪の女性が、指揮を取っている白黒色の髪をした青年に話しかけている。
雰囲気からして、青年の上司らしく感じる。
だが、ここも安全じゃない。
他の施設の残骸よりかは崩壊が進行していないだけで、ここからどうすればいいのか。
不安の色が隠せない者が多くいた。
「え、えっ、え!? う、うそ。大丈夫!?」
すると、驚愕を隠せない一人の少女が飛鳥の元に駆けつけて来た。
飛鳥も目を丸くする。
「志希……?」
「飛鳥ちゃんも居て、しかも怪我してるとか全然知らないよー! これってピンチな傷!?」
「あ……ああ…………ちゃんとドクターが手当てしてくれたから、問題ないさ」
このような終焉の状況下。
流石の少女――……一之瀬志希も涙をうっすら浮かべて心配していた。
緊張感あるが、飛鳥は何故だか笑みが零れる。
一方、カラ松の耳にも聞きなれた声が入って来たのだ。
「ああっ!? カラ松兄さん!」
「マジ? 一緒に居ないから除外されてたとばっかり………」
「ハブられてるなんて、まさにカラ松らしいというか」
「この声はブラザー!?」
どやどやと同じ顔が並ぶ。カラ松も飛鳥も、ただただ驚くばかりだ。
彼らは東京都に居たのが本物ではなく偽物だと理解していたからこそ、ここに居るのも偽物じゃないかと疑念を抱く。
しかし、ここの『一之瀬志希』が飛鳥のことを分かっており。
いつの間にか、拉致監禁されてたんだけど! 誰得なの!? と騒がしいカラ松の兄弟たち。
「そうだ」と長男・おそ松が、カラ松に問う。
「だったらトド松もここに居るんじゃないか?」
「と………トッティ………」
「俺達はまだ会ってないんだよなぁ」
気付いたら、カラ松とトド松以外全員は揃って妙なカプセルの中で眠っていたらしい。
カラ松もいるなら……その予想は的中している。
トド松が……マスターだった。ならば、ここに居ないのは、そのまさか。
マスターのトド松は自分と同じく、本物の筈で………
ごくりと息を飲んでから、カラ松は震え声で答えた。
「悪いが……知らないな…………会って居ない」
-
自分が馬鹿な真似で警察沙汰にならなければ、トド松と出会い。
飛鳥と同じよう同盟をやり、聖杯戦争を勝ち抜く方針を掲げられたことだろう。
嗚呼。そうだとも。
カラ松も、とっくの昔に分かり切っていた。
アホのように明の帰還を待ちわびていた、あの時と同じ。
「……カラ松。お前、どうしたの」
「っ!?」
流石に、でなくともカラ松らしさが抜けている事におそ松は指摘して来た。
東京都で会話した偽物とは良い意味で違う。
残りの兄弟たちも、いつも調子ではないがカラ松の様子に疑念を抱くような顔を浮かべていた。
虚勢を張って無理に笑うカラ松。
「い、いや……むしろこの状況で日常精神を保つ方こそ異常だろう。ブラザー」
一応、兄弟達も納得したようだが、カラ松はただただ苦しかった。
自分は果たして兄弟達に何時まで嘘をつき通すのか?
いづれ耐えられない末路に至るとしても、今だけは………
「そうよ! ここからどうすればいいの!?」
一人の少女が必死に叫ぶ。
「このままじゃ全員死ぬだけじゃない! 何か方法でもあるの!?」
周囲の誰かが少女を宥めるが、皆、彼女の気持ちに共感する。
それなりに原型を留めていた施設も、徐々に危機感を煽る音を立てていた。
飛鳥は、立ちあがる。
彼女が混乱する一同に、話したのは安藤が伝えてくれた脱出方法である。
誰も信用しないであろう非現実的な手段。それは『イメージ』だ。
あるべき世界。例えるなら飛鳥と志希だったら、彼女らが所属するアイドル事務所をイメージすれば、そこへ。
カラ松は家族兄弟が団欒するあの家を。
偶然にも、彼らの居る広間のモニター。
原理は不明であるが、あらゆる世界をつなげる基盤となっている場所ではないかと推測し。
可能性に賭ける。
「それは信憑性があるのか?」
飛鳥を手当てしてくれた医者・尾崎が問う。
彼女は正直に首を横に振った。
「残念だけど……でも、この情報を教えてくれたのはボクらの影で必死にこの陰謀を打開しようとした人物から
一人の勇敢な少年だというのは確かだ。ボクは彼を信じる。彼もまたボクらを信じで、情報を残してくれたんだ」
飛鳥の隣にいた志希も頷く。
「こうなったら当たって砕ける覚悟! だって他に方法ないっ!!」
カラ松は小さな声で、飛鳥に対し伝えた。
「出来るか? カラ松ガール……」
「さぁ……イメージとは想像力と同じなのか。分からないけど」
「違う。俺は正直、この先。再びブラザー達と普通に暮らせるか、不安でならない」
「……それでも生きるしかないんだ」
飛鳥の真剣な眼差しには、未来が見えた気がする。
輝かしくも、重みを背負い続ける自分。
カラ松も、飛鳥も、ルーシーも、沙子も……全員が前進し『生きなければ』ならない将来を。
『考え続けなければならない』事も。
-
飛鳥の話を信用しない者も、イメージがどうにか発動できた人々が次々に姿を転送されていくのを目にし。
一人一人と、この場から帰還を果たしていく。
だが、ルーシーもイメージを抱く前に。何か不安を覚えたのか周辺を見回せば。
メアリーだけが、何時になく恐怖の感情を露わにしていた。
「メアリー、どうしたの……」
「わたし、帰りたくない」
「何ですって?」
「か………帰りたくない! 帰りたくないよ! だって……だって……!!」
自分が元在るべき場所なんてあの暗闇ではないか。
そこへ帰って一体どうすればいい。冷たい、誰も居ない、寂しい、怖い世界へ戻る意味がない。
メアリーの恐怖を知らぬルーシーには共感が無理だった。
沙子も、聖杯を手に入れられず。また元の世界に戻りたくなかった。
だけど……
「私は生きるわ……バーサーカーの事を忘れない為に。私、それだけしかバーサーカーにしてあげられない。
そう……生きる理由があるのよ。………貴方は?」
「わたしはないよ……」
そう答えるメアリーは涙を流していた。どこにも居そうな、普通の少女らしかった。
飛鳥も、子供の我がままなのか。彼女なりのトラウマが要因か。
色々思考を巡らすが、施設が大きく振動したのに躊躇せずに大声で叫ぶ。
「君が戻りたい場所をイメージするんだ!!」
「……わたしが、戻りたい?」
「元々いた場所なんかじゃない……君が居たい場所さ!!」
「私の………居たい場所……………」
施設はやがて完全に崩落し、宇宙空間には残骸だけが散らばった。
あそこに集ったマスターや人々は、それぞれあるべき世界に戻った事だろう。
何時までも帰らない弟を待つ世界にいるカラ松。
謎の失踪を取り上げられ、しばらく騒がれる事になる飛鳥。
夫との再会を叶え、喜び泣く事になるルーシー。
聖杯で願いを叶えられず、失意ながらも戦争の思い出を書き記す沙子。
それと
「う………あ、れ。ここ……」
メアリーが目覚めたのは、見慣れた廊下。
彼女が幾度も足を運んだ場所。だから忘れる訳が無い。
我に返って、メアリーは慌てて飛び上がると廊下を走り抜け、幾つも点在する不気味な芸術品を横切り。
あの部屋へ向かった。
自分のわがままで、捨て去ってしまった二人がいる部屋へ。
「イヴ……! ギャリー!!」
-
遂に最後かぁ
全力で支援します!
-
◇ ◆ ◇ ◆
彼らがどう生き、どう死に、そして――それらはきっと幾つもの人生という物語に埋もれ。
注目されないまま、終わりへ至るかもしれないだろう。
だが、こうして物語を見届けた貴方は、どうか忘れないで欲しい。
何かを残そうと『考え』『生き続けた』人達が居る事を。
◇ ◆ ◇ ◆
<◆3SNKkWKBjc 投下主従>
來野巽&セイバー(ジークフリート)
今剣&アーチャー(那須与一)
ホット・パンツ&ランサー(アクア)
先導エミ&キャスター(ブルーベル
平坂黄泉@未来日記&ライダー(SCP-053)
安藤(兄)&アサシン(カイン)
ルーシー・スティール&バーサーカー(アベル)
神原駿河&アヴェンジャー(うちはマダラ)
高槻泉&アヴェンジャー(メルヒェン・フォン・フリートホーフ)
先導アイチ&ルーラー(大典太光世)
<候補作選出>
松野トド松&セイバー(フランドール・スカーレット) ◆7fqukHNUPM氏
アイリス=トンプソン&セイバー(ミリオンズ・ナイブズ) ◆.wDX6sjxsc氏
松野カラ松&アサシン(宮本明)
アダム&アーチャー(ロボひろし) ◆ZjW0Ah9nuU氏
織田信長&アーチャー(セラス・ヴィクトリア) ◆NIKUcB1AGw氏
カナエ=フォン・ロゼヴァルト&ランサー(ヴラド三世) ◆Jnb5qDKD06氏
ジーク&ランサー(ブリュンヒルデ) ◆aptFsfXzZw氏
安藤潤也&ライダー(ジャイロ・ツェペリ) ◆XksB4AwhxU氏
ジャック・ブライト&キャスター(西行寺幽々子) ◆yaJDyrluOY氏
あやめ&キャスター(夜馬) ◆74DEJH7lX6氏
二宮飛鳥&アサシン(零崎曲識) ◆As6lpa2ikE氏
メアリー&アサシン(アイザック・フォスター) ◆pZqFAv403.氏
馳尾勇路&バーサーカー(ヴラド三世) ◆yy7mpGr1KA氏
桐敷沙子&バーサーカー(オウル) ◆a9ml2LpiC2氏
遠野英治&バーサーカー(ジェイソン・ボーヒーズ) ◆CKro7V0jEc氏
<地図製作者 ◆John.ZZqWo氏>
<情報開示終了>
-
★ ☆ ★ ☆
「これが発見されたデータか……しかし、これはどういう事かね」
「はい。現在、SCP-076、SCP-073、SCP-053、SCP-105、SCP-682……そしてSCP-001の関連まであると……」
「聖杯はSCP-001が作成し、SCP-076、SCP-073を召喚したと。最後の記録では残されております」
「聖杯戦争なる儀式及び聖杯に関し、SCP-073は未だ黙秘を続けております」
「SCP-105は記憶に覚えが無いようで」
「リンクジョーカー……集合体:SCP-■■■-4の施設からのデータ解析を続けますが……」
「あるいは」
「これもまた、平行世界での終焉シナリオの一部か」
☆ ★ ☆ ★
ここはある世界。
海上に一隻の大型船が巨大な棺……あるいは箱を積んで某大陸を出向した。
少々名の知れぬ教授と助手や協力者らが、わいわいと騒がしくしている。
「いやぁ教授! あれは世紀の大発見ですぞ!!」
「それほどでもない。ところであの箱の内部ですが、最先端技術でどの程度内部を様子が分かるものでしょうかな」
「私が、専門を尋ねておきましょうか。いえいえ、アレがニュースで報道されれば直ぐに協力の声がかかりますよ」
呑気に外の騒ぎを聞き流しながら、船長の方はラジオニュースを耳に入れた。
『本日未明。■■■■■■州■■■■で男性の遺体が発見されました。
警察はこの街で出没する連続殺人鬼の犯行と見て、捜査しております。
男性は前日に車の新車を買うと同僚などに…………』
「はぁ、まったく。世間はこんな事件の真っ最中だってのに」
やれやれといった様子の船長を煽る様に。
大声が一つ。
騒がしいのは当然。あの巨大な箱を施錠していた鍵が、何故か解かれており。
内部構造が把握できるぞ、というものだった。
一体、どういう事だと乗務員を除いた研究者たちが慌ただしく移動した先で、彼らは一瞬にして死骸に変貌する。
悲鳴を上げる暇も無く。そして、無関係の、逆鱗に触れていないだろう乗務員全員まで、ソレは殺戮した。
ソレは長身で黒色の長髪の殺戮者。悪魔模様じみた刺青を全身に施した、ある種の殺戮兵器。
死の舟となったそこで目覚めたのを不快に感じつつ。
殺戮者は、足を止めた。
踵を振動立てるかのように返し、気配もしくは直感を頼りに船内の倉庫へ至る。
-
そこにも人間が居た。
偶然、倉庫に用事があっただろう人間は、殺戮者を見るなり悲鳴を上げた矢先。首が吹き飛んだ。
……そして。
もう一人。
その男は、殺戮者の周囲を群れた人間達とはあまりにかけ離れた異物。
全身が包帯まみれ。フードを被った、明らかに乗船者ではない人柄。
誰にも気付かれぬよう、奥の方で息を潜めて寝息を立てていた。
殺戮者は、どうでもよかった。
起きていようが、寝ていようが。
問答無用に刃を振りおろそうとし、瞬間。大きく波に煽られ船が大きく傾く。
「……? あぁ?」
包帯男がぱちくり目を開けば、珍しい事に男の瞳は左右色が異なった。
悪趣味な風貌の殺戮者に度肝を抜かしたような男の反応。
やや遅れて、男は殺戮者に対し。
「んだよお前……つまんねー顔しやがって」
「……」
「うげ。こんなところに死体置くんじゃねえ! 俺は殺せりゃいいだけで、死体いじくる趣味はねぇんだよ」
何故か船が出港しており、海上にいるのを気に留めず。
包帯男は、まるで子供のように上機嫌で自らの発想を自画自賛した。
「そうだ。海に捨てりゃいいな! あーくそ馬鹿みてぇに重い!!」
自分で死体を放り捨てて、流されていくソレを「おー」と眺める男。
殺戮者は何故だか、男を殺さずに問いかける。
「君はどうしてここにいる」
「俺? 警察がよ、俺のこと追ってんだ。逃げまくってたら船見つけてさ」
そうか。殺戮者は短く納得する。
包帯男が人を殺している者だと匂いや雰囲気から察していた。
共感した理由ではない。このように会話したのは、ほんの気まぐれに過ぎないと殺戮者は思う。
「なら私も逃げるか」
「は?」
何でそれを自分に言うのだと訴える包帯男に対し、殺戮者が言った。
「君も逃げよう」
「訳わかんねぇ、なんなんだよ」
「なら、君はこれからどうするつもりだ」
考える包帯男だったが、結局彼は何一つ思いつかなかった。
確かな事実は発見された船には死体の山ばかりで、救命ボートが一隻なくなり。
そして、発見された謎の棺の中身は空っぽ。
某所を騒がせた連続殺人鬼は、しばらく犯行がなくなったという事実だけであった。
<Fate/Reverse ―東京虚無聖杯戦争― THE END>
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支援ありがとうございます。本日をもって虚無聖杯戦争完結となります。
皆さま、今日が何の日か覚えているでしょうか。
ちょうど一年前、虚無聖杯が発足したのが2月1日でした。
それからなるべく予約を途絶えさせないようにと、私は予約と執筆を続け、悪く言えば自己リレーで完結となりました。
自分の世界に浸りまくってしまったようで、他の方々には申し訳なく思う反面。
自分の企画である以上、ちゃんと完結させようという意思の元。最終回へ到達しました。
感想や候補作を投下して下さった方々、ありがとうございます。
他にも作品やキャラクターについて語りたい事はありますが、あえて留めて置きます。
個人的に、自分の書きたい事は書き切ったと思うからです。
改めて、これまで読んで下さった方。協力して下さった方々。
本当にありがとうございました。
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完結乙です!!色々と感慨深い
ほぼ一人で書き続けて完走まで漕ぎ着けたのは凄いなぁ…
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完結乙です!
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完結乙です!一年前のコンペが、遠い昔のよう……
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投下おつでした。完結おめでとうございます!
虚無聖杯は淡々としていてある意味どこよりも聖杯“戦争”していて殺し合いだったけど。
ザックがいるだけで何か明るい最後になって癒やしだった
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完結オメシャス!
いやーホントもうザック凄い、彼がまさかこうなるとは
デレ鱒で初の生還者が飛鳥ちゃんになるのも予想できませんでした
予想外の展開の連続でここまで書き切った氏の筆力と意思には脱帽です
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完結おめでとうございます
カラッとした熱風のような静かな熱と勢いを持った企画に思えます
参加者が決まった段階ではこれを完結まで破綻させずに持っていくのはどんな書き手でも難しいのではと考えていたのですが、蓋を開けてみれば見事クライマックスまで駆け抜けられていて、読んでいるこちらまで頑張らなくてはならないと思わされる程でした
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