ーねぇ、くろ、きて。もっと。
濡れた目で、細い腕が巻き付いた。
小さな唇がねだるように小さく開く。
舌でなぞり、柔らかく噛む。
縋り付くように絡む舌と伝う唾液。
「…くろ、ほしい、ね、くろ」
耳朶を食むとぶるりと震えた。
サラサラした髪の毛を指で梳くと大きな瞳から涙が溢れ。
「けんま」
壊れ物を扱うように優しく抱きしめながら名前を呼ぶ。
白い頬を濡らす雫を拭い、腕の中に閉じ込める。
ーここは安全だから大丈夫。
そう伝えるように、背中を擦る。
「…研磨、どしたの」
「どうもしない。しないから。はやく」
泣き濡れた顔を仰向かせると、小さな嗚咽が溢れだす。
そのまま、掻き抱いて深く口付ける。唾液も涙も吐息も、全部奪うように。
濡れた音が静かな部屋に響く。
轟々と風が吹き、窓がきしりと軋む。
大粒の雨が庭の梅の葉をバタバタと叩く音。
そっと唇を離すと、追いすがる手のひら。
背中に回してしがみつかせる。
「くろ」
艷やかな黒髪が腕の中でサラリと崩れる。
「ここにいるだろ?」
抱きしめる腕に少しだけ力を込めて、体をぴたりと沿い合わせる。
「どこにも行かないから」
「絶対?」
「絶対」
子どものようなやり取り。
それでも呼吸がリズムを取り戻し、こわばった身体が解けるなら。
何度だって繰り返してやる。
「…何があった?」
「…わかんない」
「じゃ、なんでこんなに」
泣いてるの、と掌で頬を拭う。
涙で冷たく冷えた頬。
日に焼けた自分の手と対象的に白い肌。
昔から日に焼けにくい、彼の。
「わかんない」
しがみつく腕から伝わる小さな震え。
しがみつける様になって良かった。
泣いてくれるようになって良かった。

いつもは冷静で大きく慌てることもない。
目の前の事象を細かく観察し淡々と処理していく。
子供の頃からずっとそうだ。
研磨を知る人は皆一様に『それが研磨だ』と頷くだろう。

ただ一人、黒尾鉄朗を除いて。

表に出さず処理したはずの感情が時折暴れ出しては研磨を苦しめた。
それは身体的な疾患となって顕れるか、時として精神までも蝕んだ。
幼い頃は吐き気、腹痛。そこに中学あたりからひどい頭痛が加わった。
後で知ったことだが黒尾が高校を卒業した後、しばらく食欲不振や不眠の症状があったという。
そして、1番厄介なことに。
奴はそれら全てを抱え込み他人に見せないようにそれはそれは上手に『隠す』。
まるで怪我をした野良猫さながら、他人どころか、しばらくは黒尾にまでそれを見せることを拒みいつも一人でなんとかしてきた。
ほぼ強引に、隠したがる小さな腕を振りほどき、共有することを求めた。
大きな瞳が伏せられて困惑するのが分かっていても、見せたがらない薄暗さ込みで研磨の全てが欲しかった。

細い体を抱き締めて何度も名前を呼ぶ。
できるだけ、優しく、怖がらないように。
「…大丈夫、ここにいるから」
耳元で囁くと、ふうっと小さく息を吐く。
泣き続けた目元が腫れて痛々しい。
研磨は最近、時折こうして泣くようになった。
弱さを晒せるようになった、と嬉しく思う一方、抱きしめることしかできない自分がもどかしい。
もっと寄り添えたらいいのに、と思う。
研磨の心の奥、1番暗くて柔らかくて痛い所。
そこに手をかざしてやることができたらいいのに。
「くろ」
肩に額を擦り付ける仕草。
猫のようで子どものようでただ愛しい。
胸の奥が焼け付く。
重なる唇、濡れた声、絡んだ指先。
繋がる、体。
「…ん、ぁあっ」
白い体が闇にうねる。
ゆっくりと抱き起こし対面座位となる。
は、は、と短い呼吸を繰り返す背中を擦った。こどもをあやす、それに似た手付きで。
「けんま、口開けて」
自分よりずっと小さく狭い口腔を余すところなく貪る。
飲み込めなかった唾液がつうっと白い肌を汚し、涙と混ざる。
細い体を押さえつけるように密着させ、突き上げると途端にビクビクと痙攣する。
「ぁ、ぁあっ、や、んぁあっ」
「…痛い?」
自我を失いかけたまま、かろうじて頭を振る。
ずん、と一層強く突き上げると、短い喘ぎと共に研磨は達した。
飛び散った白い精が黒尾の腹筋を汚す。ずる、と引き抜くと喉から漏れる細い息。
くたりと力の抜ける体を横たえ足を抱えてぐいと開く。
「や、やだ…」
恥ずかしさで顔を朱に染める研磨のこめかみから涙の滲んだ目元、ぐっしょり濡れた頬に口付ける。
「かわい」
体を割り込ませ閉じれなくしたまま、達したばかりの研磨の性器を大きな手で包む。あ、と小さくヨがるとまた涙がシーツに吸い込まれた。
「…っは、やら、また」
「気持ちくなる?」
頷き返す研磨のそれはまたひくんと勃ちあがり、とろりと泣き出した。
「肩、つかまってろ」
限界の自身を小さな後孔にねじ込むとほんの少しの抵抗のあと柔らかく飲み込んだ。
「あ、くろ、ん、んぅ」
研磨のそこは熱くうねり、黒尾を包む。覚えてしまった感じる場所を擦ると甲高く鳴く。
「や、やぁっ、くろ、くろぉっ」
「…イって。イくとこ見せて」
突き上げて、擦って、舐めて、力任せに抱き締めて。
快感で泣きじゃくる研磨をもっと泣かせたい。
こいつの頭ン中俺だけになればいい、他のことなんか入り込む余地ないくらい、全部俺だけになればいい。
「…っんあ、や、出ちゃ…、あぁあっ」
「っ、けんま」
ビクッと大きく痙攣して研磨がそうなるのと黒尾が達したのは多分一緒。
荒い息のまま汗だくの体を抱き締める。ふと視線が絡み、そのまま口付けて、また抱き締めて。
どこにも行けない2つの心臓が脈打つのを体中で感じて。
名前を呼ぶだけでこみ上げる愛しさを、なんとしてでも伝えたくて。
ありったけの思いを込めて呟く。
「ーーー愛してる」、と。


風で窓がガタガタと揺れ、ふと瞼を持ち上げた。
いつものベッドに寝てるのは自分だけで。
「クロ?」
だるい体を起こし、見回しても背の高い姿はどこにもなかった。
引きずるようにベッドから這い出て引き戸を開けようとすると。
「…お、研磨、どした」
ミネラルウォーター片手に風呂上がりの黒尾が立っていた。
「どうした?」
ポスンと広い胸に頭を押し付けると深く息を吐き出す。
「研磨、どした」
「…なんでもない、いなくて探してただけ」
「いなくなんねぇから」
頭をぽんと撫でそのまままたベッドに戻される。
「朝飯の準備してた。遅くなってごめん」
ううん、と首を振る。
布団に潜ると黒尾の匂いに包まれる。
温かい体がそこにあって息遣いがあって、黒尾の存在が何よりも安心する。
「もう少し寝とけ、何も考えんな」
大きな手が背中にあり、ゆっくり擦られる。
「明日の朝飯、サンドイッチ。卵のやつ。……お前好きだろ」
ゆで卵できてるから、と笑う。黒尾の作る、卵とマヨネーズだけのシンプルな味のサンドイッチが研磨は好きだった。
「そんでさ、お前が行けそうならこないだ気に入ってたアップルパイ、買いに行こう。食って帰ってもいいし」
「…買って帰る……」
「ん、わかった」
背中の手の温もりにうとうとと微睡む。
「クロ……」
猫のようにすり、と体を寄せる。
「クロ」
「んー?」
「クロ、好き」
「…俺も」
「好き」
俺も好きだよ、研磨が好き。
囁く声が闇に溶けて、朝を連れてくる。
止まらない日々に身を投じ全ての武器を駆使して今を乗り越える。
朝までの数時間。
闇に溶ける甘さをひたすら味わい続けた。