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第47話「術式破壊」

 大英雄の神剣から幾重もの衝撃波を纏った斬撃が見舞われる。

 古代の勇者であったレナですら、その斬撃の1つ1つを見極めるのは困難を極めた。

 ただ動くだけでは回避すら間に合わない。


 禁術に値する転移術式を何度も使い、強大なる神剣の力の範囲外に移動しながら攻性術式を放つ。

 すぐに神剣によって防がれるのは目に見えていたため、転移で移動。

 だが、転移先へと移ったわずか一瞬後には、眼前にクロードの姿があった。


 神剣による無数の斬撃が叩き込まれるのを、間一髪で回避しその背後に転移しざまに双剣を振るった。

 だが、それは空を切る。

 真横に跳んだクロードが渾身の一撃を放ち、レナは直撃する寸前に転移した。


 間合いを取るために数十メートル離れた位置に移動した途端、レナの身体の横を暴風が過ぎ去った。

 後少しでも身体がズレていれば、その暴風に巻き込まれて身体がバラバラに裂かれていてもおかしくはなかった。


(転移先を読まれている……? 魔力もろくに持たない者が、これほどとは)


 レナはふと思い至る。

 逡巡した後、それを実行した。


 足を動かし、ほんのわずかに身体を後退させた時には、目の前にクロードの姿があった。

 その首を刎ね飛ばさんとする一撃をしゃがんで回避し、すぐに喉元を穿つ一撃を放とうとするが――。


「くっ!」


 クロードは大振りの一撃の勢いを利用し、回転しながらもう一撃放ってきた。

 咄嗟に転移を使って回避する。


 レナは転移先に移動した後、一切の隙を見せずにクロードを見据えた。

 間違いない。あの男はこちらのわずかな身体のブレや、瞬きによる一瞬の隙を完璧に捉えている。

 刹那にも満たない隙が、クロードにとっては絶好の機会なのだろう。


 レナが持つ剣は禁術相当の魔力によって作られたものだが、あの神剣の前では咄嗟の防御にすら使えない。

 大英雄の斬撃を防ぐことは敵わず、彼をそのまま斬り捨てる勢いで攻撃する他ないのだ。


(いくら神使とはいえこんなに若い者が――)


 転移にも優る爆発的な速度で迫ったクロードの斬撃を回避する。

 思考すら読まれている気がして、レナは息を呑んだ。

 先程の一撃によって頬から血が流れている。傷痕は半魔神の驚異的な回復力によって既に塞がっているが、流れる雫を拭う暇さえない。


 クロードの瞳には覚悟の光が灯っていた。

 自らが守るべき者のために、かつて憧れた古代の勇者をも斬り捨てる強き決意。

 足止めをするどころの話ではない。本気で殺しにかからなければ、こちらが斬り捨てられる。


 眼前の大英雄の強さは、テネブラエに侵攻した時の自分をも上回っている。

 レナはあらゆる神々の加護を一切失った代わりに、ルシファーの儀式によって半魔神となった。

 彼の血による加護は、凡百な神々のそれを遥かに上回っていた。今のレナの実力は、500年前のテネブラエとの総力戦の時よりも確実に上がっている。


 歯噛みせずにはいられなかった。

 テネブラエでは強大な力と永遠にも等しい若さと命を与えられただけに留まらず、魔族としての様々な戦い方や知識を身につけてきた。


 500年近くにもなるその研鑽が、目の前の若き英雄の力と同等以下だという事実を認めたくはなかった。

 今ならまだ力は拮抗している。お互いに致命傷は受けず、かすり傷が出来る程度で収まっているが――懸念すべき事柄があった。


(この男は、まだ本気を出していないのでは――)


 常に最悪を想定しているレナですら、この期に及んで初めて気付いた違和感。

 金髪の将は、かなり疲弊している。

 冷や汗が頬を伝い、呼吸も幾分か荒い。だが、それはこの戦闘によるものではなかった。


 彼がまだ戦いを躊躇っていた時から、疲弊しているのはわかっていた。

 恐らくは神殿の警備に失敗した時に、何かしらの影響を受けたのだろう。


 レナは上空に開いている次元の裂け目が出来た時から、この場で起こった出来事を注視していた。

 フレスティエ小隊が集まり、ゼナン竜王国の者が現れ、サタンを覆っていた繭の扱いで意見が違えたのをきっかけに戦が起こった。

 竜騎兵が巻き起こした殺戮の直後に現れたクロードが100を超える竜騎兵を蹂躙する様は驚異的だったが、それだけでこの大英雄が疲弊するはずもない。


 神殿の警備の最中に何かが起こった可能性が高いだろう。

 あの時、神剣リバイストラの圧倒的なそれには及ばないものの、とても覚えのある感覚が神殿の方角から発せられた直後に次元の裂け目が出現した。


 それは神気。

 ルシファーの第一夫人たるルミエルが常に身体から発している神の領域にある力。


 街中で発せられた神気と、次元の裂け目が無関係であるはずがない。

 ルシファーがレナに街中の戦には参戦せず、状況を見守れと言ったのもこのような事態が起こることを予期していたからなのだろう。


 ――もし、大英雄が全力でなかったとしたら。

 この激しい剣戟けんげきすらも万全な調子でないものだったのなら。

 そして、彼を追い詰めた時、その疲弊すら乗り越えた全力で向かってくるのであれば。


 自分が相手取るには過ぎたる相手だ。

 レナは冷静に判断しながらも、怯みはしなかった。

 少しでも時間を稼げればそれでいい。たとえ、この命を懸けてでも。それが最愛の夫にして、己がすべてを捧げた魔王の命令なのだから。







 サタンを相手取り、両手に持った剣で切り裂いた。

 相変わらずの強靭な肉体だ。あの出来損ないの魔導生物たちも大したものだったが、こいつとは比べものにすらならん。

 むしろ斬り付けた私の手の方が麻痺して感覚を失っている分、こちらが消耗していると言えるのではないだろうか。


『小童ノ如キ非力ナ一撃、我ニハ通ジヌ!』


 サタンの全身から紫電が迸る。

 すかさず結界でそれを防いだ。

 これまで即席の結界術式を何度も張って、その度に壊されてきたが――私は荒ぶる盟友の姿を前にして、悲痛な感情を抱いた。


「……弱くなったな、サタン」

『戯言ヲ!!』


 紫電が結界術式を破壊するが、私の身を焦がすまでには至らない。

 この時点で既におかしいのだ。

 以前のサタンの雷であれば、人間に化けた私のことなど結界ごと消滅させるほどの力を有していた。だが、今の奴にはその力がない。


 言動からして、敵対する者を相手に加減が出来るような状態ではないのは明らかだ。

 だが、動きも鈍重。身体から放つ魔力も弱ければ、理性すら持たない。

 ただの人間や弱い神使相手ならこれだけでも驚異的だろうが、今の状態であの大英雄と戦えばまず勝ち目はない。


 私は言葉が届かぬことを承知で問いかけた。


「どうして帝国の神殿にある水晶がすべて破壊された途端に、あの裂け目が出来た?」


 返答の代わりに落雷が私を穿つ。

 結界術式が粉々に砕けた代わりに、私の身体には傷1つない。


「何故、次元の裂け目からお前が現れた?」

いくさ口舌こうぜつハ不要也!!』

「弱き者がそれを口にするか、サタン?」


 ふっと笑って言った途端に、数十もの落雷が周囲の地面を穿つ。


「そういう言葉は今の私を殺してから吐くがいい。今のお前は低位の魔族にすら劣る」


 サタンが雷光の如き速度で迫ってくるが、その動きはもう読めていた。

 その腕が大地を叩き割り、熱風を纏った衝撃波が襲ってくるが簡易な結界術式で防いで、隙だらけとなったサタンの両肩に双剣を突き刺した。

 そして、私はサタンの魔力を吸収する魔術のための詠唱を紡ぐ。


「――暴威の根源たる魔力を、我の身に捧げよ――魔力吸収アブソーブ!」

『グゥッ……!?』


 サタンは凄まじい脱力感に襲われているのだろう。

 だが、すぐに振り払われ、私は近くの地面に着地して双剣を構えた。

 魔力は確かに吸収出来た。これを何度も繰り返し、その戦闘力を枯渇させなければならんが――。


『小賢シキわっぱニ“我ガ力”ヲ行使スル屈辱――忘レハセヌゾ』

「……サタン。本気で言っているのか」

『出デヨ、カデシュ・セゲル――!!』


 サタンの青黒い巨躯をも超える丈の、戦斧が顕現した。

 カデシュ・セゲル――サタンの扱う神器だ。

 王族のみが扱える代物であり、それ以外の者は触れることすら叶わない。


 神器は持ち主の生命力と魔力によってその姿を顕現させることが出来る。

 十全を期した王族の振るう神器の威力は、並大抵のものではない。

 破壊衝動に蝕まれた今のサタンですら、大地を穿ち、衝撃波で海を裂き、遥か彼方の地にまで攻撃の余波が届くのは確実。


 この帝国の地においてそれを使えば、甚大な被害が出る。

 しかしそれ以上に憂慮すべき事態があった。


「サタン。今のお前がそれを振るえば、身体が負荷に耐えられんぞ」

『我ハタダ眼前ノ虫ケラヲ滅スルノミ』

「私を殺して自分も滅べばそれで満足か。強者たり得る者の行動とは思えんな」


 その時、周囲の空間が歪んだ気がした。

 ほんのわずかな魔力が感じられる。

 そしてその魔力を放ったであろう主の姿が脳裏を過ぎった時、サタンの後方に突如として黒い穴のような空間が拡がった。







 テネブラエ魔族国のルシファーの宮殿にて。

 黒髪の少女は赤い瞳で、青髪の少年を見つめてからぽつりと呟いた。


「――特異術式。陛下の人間形態への形成変化は、禁術の第10階梯に相当するかしら」


 それを聞いていたルミエルがぱちくりと瞬きをする。


「ふぅん、そーなの? わたしにはよくわかんないけど、あの駄目イドが絶賛してたわ」

「そうね。レナにはこの領域の術式を扱う力はないもの。そんなものを、あなたとレナにせがまれて何十、何百と行使して今の姿に落ち着いたというのだから、陛下の力はとても凄いわ」


 隣に座っていた死霊を統べる魔王が溜息を吐いた。


「あの頃に感じた度重なる魔力の放出はそれが原因か……。あれのせいで死霊たちが縮こまって怯えてしまう事態になったというに。それもこれもぬしのせいか、ルミエル」

「わたしだけじゃないもーん。レナだって、自分好みの外見にするために何回も注文してたんだから」

「……まったく。とんでもない女共じゃ……。たかが変身のためだけに、一体どれだけ魔力を扱えば気が済むのやら」


 嘆かわしそうに頭を振ったレヴィアタンは、皿に盛られていたクッキーを摘まんでぱりと噛み砕いた。

 ジゼルは空間魔法の先を見据えたまま言う。


「そして陛下は人間になることによって魔力を大幅に低下させて、自力での術式解除を難しくさせたのね。何かの反動で変身が解けてしまわないために」

「そーそー。その上からレナが禁術相当の封印術式をかけたから、二重の束縛みたいになっててそう簡単には解けないようになってるの……あ、ちなみにあの淫乱メイドの禁術に力を貸したのはわたしなんだからね! わたしの魔力がなかったら、あそこまで完璧な人間になることなんて出来なかったんだから! えっへん!」


 薄い胸を張る堕天使を見て、レヴィアタンは眉をしかめながら紅茶のカップに手をつけた。


「つまり、レナが封印術式を解除した後、更に陛下が自身の全神経を集中させて長時間かけて術式を解除して、初めて元のお姿に戻ることが出来るようにしたのね」

「うん。まあ、街中で術式が解けちゃったら大変だもん。だ~りんの魔力は文字通り殺人級だから」


 空間魔法に映る光景を見つめていたレヴィアタンが、ふと呟いた。


「……まずいことになるやもしれぬぞ」

「えー? なんで? あのサタンとかいうの弱いじゃん」


 青黒き異形の魔神の手には、巨大な斧が持たれていた。


「だからこそじゃ。そんな状態でカデシュ・セゲルを振るったらどうなるか……」

「別に弱いんだからどうってことないでしょ」


 その言葉を受けてレヴィアタンはテーブルを叩いた。


「たわけ! サタンは全力の状態であればぬしを一瞬で殺めることすら出来る力を持っておる! そして我ら王族が使う神器は行使する者が万全たる状態であることを前提にして扱うもの!」

「なによ、ぎゃあぎゃあうるさいババアね。そしたら何だって言うの?」

「サタンがアレを振るえば、初撃は全力の一撃に等しい破壊力になる。周囲はその衝撃だけで甚大な被害を被り、弱り切ったサタンはその一撃の代償として身体が自壊してもおかしくはないのじゃ! 早急に止めねばならん。わらわが出る。ジゼルよ、急ぎ空間魔法を――」


 勢い込んで立ち上がったレヴィアタンをよそに、第二夫人は静かに告げた。


「サタンは陛下の次に強い魔王。いくらレヴィでも、そう簡単に止められないでしょう?」

「身体が半分以上消し飛ぶくらいのことは起こるやもしれぬが、その程度で済めば問題ない」


「でも、本当の姿の陛下ならその一撃を止められる。違うかしら」

「確かに本来のあやつであれば可能であろうが……」

「仕方がないわ。陛下のお気持ちには反するけれど、術式破壊をしましょう」


 それまで呆けていたルミエルが「ええっ!?」と変な声を上げてテーブルを叩いた。


「さっき言ったじゃない。だ~りんには二重の束縛がかかってるんだから、解除するには長い時間がかかるって」

「レナの封印術式は禁術の第三階梯。陛下の分も合わせても、この程度の術式を破壊するのなら簡単」


 ジゼルは空間魔法の先へ向かって、腕を伸ばしながら言った。


「3秒で十分」

「えっ……」

「3、2、1――」


 第二夫人の指先に凄まじい魔力が集まり、彼女はふっと微笑んだ。


「はい、おしまい。さあ、あなたの本当の姿を見せて? 私の愛おしい陛下」


 指先で極限まで圧縮された魔力が、空間魔法の先にいる青髪の少年に向かって放たれた。

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