大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2324号 判決 1998年8月27日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人は、被控訴人に対し、金七一〇〇万円、及びこれに対する平成七年八月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その三を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1(破産会社株式会社ニシキファイナンスの破産及び破産管財人の選任)の事実は当事者間に争いがない。
二 本件手形割引にかかる預金払戻請求について
1 請求原因2(控訴人十三支店における手形割引取引の約定、本件手形割引)の事実は、本件手形割引の日を除いて当事者間に争いがない。本件手形割引の日は、後述のとおり平成七年七月三一日である。
2 抗弁1、2(控訴人の破産会社に対する貸金債権、相殺の意思表示)の事実は当事者間に争いがない。
3 破産法一〇四条二号本文の適用又は類推適用(再抗弁)について
(一) 本件手形割引の成立時期
(1) <証拠略>によると、次の事実が認められる。
破産会社は、控訴人に対し、平成七年七月二〇日、第三者振出、満期同年九月一二日ないし平成八年一月一五日の約束手形四四通金額合計八三二八万円について、手形割引をして割引金をその預金口座に振り込むように依頼し、右各手形を割引契約が成立したときに譲渡する趣旨で控訴人十三支店に預けた。もっとも、破産会社は、平成七年七月二六日ころまでに、右割引依頼のうち、五通金額合計九五五万円分について、依頼を撤回し、残りは三九通金額合計七三七三万円とした。
同支店では、右手形三九通の割引依頼に対し、平成七年七月二六日、控訴人本店に、割引の承認について稟議を申請した。これに対し、控訴人本店では、審査会での審査及び稟議の結果、同月二八日、従前破産会社から割り引いた手形の同月二七日から同月二八日にかけての決済額が一一五〇万円に達することを確認することを内部条件として、右三九通の手形割引を承認し、その旨控訴人十三支店に連絡した。なお、その際、稟議書の申込条件欄のうち実行予定日は七月二八日と記載された。もっとも、右実行予定日の記載は、七月二六日とされていたのを、七月二八日と訂正されたことが読みとれる。
控訴人十三支店では、平成七年七月三一日貸付主管者で手形割引の責任者である遠藤が、本件手形割引にかかる稟議書に実行指令印を押捺して、直ちに同支店の係員に手形割引の実行を指令し、これを受けて同係員が同日午後二時一一分から同三〇分にかけて、右各手形のうち三九通金額合計七三七三万円について、右金額を割引金として同支店の破産会社名義普通預金口座(本件預金口座(一))に振り込み、これから割引料合計二〇七万八八三〇円を引き落とした。
(2) <証拠略>によると、右割引依頼にかかる各手形のうち、控訴人が割り引いた後、満期に取立に出し、決済されずに返却されたものには、第一裏書人欄に破産会社代表取締役の記名押印があることが認められる。しかし、乙七の3ないし6によると、破産会社の割引手形申込書には、裏書人の記載がなされていないこと、右割引手形の第一裏書人欄の裏書日は同年七月三一日と記載されていることに照らすと、右第一裏書人欄の破産会社の記名押印は、同日以降になされた可能性があるので、手形割引の依頼、手形の預入時になされたとは認められず、これがいつの時点で記入されたかは証拠上明らかではない。なお、控訴人は、平成九年一一月六日付け準備書面第二の四3(二)において、「本件では、控訴人はニシキから、個々の手形についての裏書を受けてはいないが、控訴人は手形について現実の占有を取得している」旨、占有取得時に裏書のなかったことを認めながら、その後裏書があった旨主張を変更した。控訴人は、右主張変更後も、右第一裏書人欄の裏書日及び被裏書人については、各手形の割引依頼時未記入であったことを自認している。
(3) 控訴人が破産会社に対し、平成七年七月三一日午後二時一一分から同三〇分にかけて、控訴人十三支店が三九通の手形金合計七三七三万円を破産会社名義普通預金口座に振り込んだ時点より前に、いつ、どのような内容で、手形割引依頼についての応答を通知連絡したかを認めるべき証拠はない。もっとも、証人伊藤裕司によると、控訴人が、破産会社に対し、右手形の割引金を平成七年七月三一日に破産会社の預金口座に入金されるであろうことを連絡したことを窺えるが、右通知連絡が、いつの時点でなされたか、手形割引依頼が四四通から三九通に減った時点或いは稟議申請の時点、稟議承認のあった時点等においてなされたか、またその通知連絡の具体的内容を認めるべき証拠はない。
仮に、破産会社の割引依頼が四四通から三九通に減った時点など稟議申請以前の段階で、手形割引の見通しについて何らかの通知連絡をしたとしても、本店の稟議承認がない段階では、控訴人の手形割引の諾否は、右稟議承認によるものと考えられるから、控訴人からの通知連絡が、手形割引について、単なる見通しを超え、承諾の意思表示と認めるべき余地はない。本店の稟議承認を停止条件とする承諾の意思表示なるものは、自らの意思による行為を停止条件と言うのに帰するのであって、このようなものを停止条件とする事態は考えがたいし、仮にこれを停止条件とすると、翻って当初の通知連絡は意思表示として甚だ不確実なものと言わざるを得ないこととなるので、右のような停止条件付意思表示を認めることはできない。
これに加え、証人岡山悟によると、控訴人は、手形割引金の割引依頼者の預金口座への入金作業をするまでは、貸付主管者らの判断により、割引をやめる自由があることが認められるから、本件で、手形割引金の破産会社預金口座への入金がなされた平成七年七月三一日午後二時一一分ないし同三〇分より前に、手形割引契約について控訴人が承諾の意思表示をしたこと、右契約が成立したことを認めることはできない。
(4) 意思実現による手形売買の成立について、本件について、手形割引による手形金の破産会社預金口座への入金が、専ら控訴人側においてなすものであり、弁論の全趣旨によると、破産会社は控訴人より、従前から多数回に亘り手形割引を受けてきたが、割引金の振込以前に割引の通知連絡がされないことも多かったことが認められることを遠慮すると、承諾の意思表示と認めるべき事実は、控訴人本店審査会の稟議承認ではなく、手形割引金の破産会社預金口座への入金と考えるべきである。それより前においては、前述したとおり、控訴人は、手形割引に応じるかどうかの自由を有するものと認められるからである。特に、本件の場合、控訴人本店の稟議承認には、従前の手形割引にかかる手形決済の金額を確認する内部条件が付けられており、控訴人十三支店は、これを確認したうえで割引実行をするものと考えられ、乙七の一及び<人証略>によると、本件手形割引の稟議書には、控訴人十三支店の割引実行指令の欄があり、稟議承認の後、割引実行の際にこれに主管者が押印することが認められるから、このことは一層明瞭である。
よって、意思実現による手形売買の成立時期は、控訴人十三支店が三九通の手形金合計七三七三万円を破産会社名義普通預金口座に振り込んだ時点である平成七年七月三一日午後二時一一分から同三〇分にかけてである。
(5) したがって、控訴人が、手形割引契約の成立時点に関する平成七年七月三一日であるとの主張をそれより前の同月二六日以前ないし同月二八日と変更した点は、自白の撤回にあたるところ、自白が真実に反することを認めることはできないので、自白の撤回は許されない。
そうして、前記(1)認定事実及び(3)(4)の説示によると、控訴人は、平成七年七月三一日午後二時一一分から同三〇分にかけて、控訴人十三支店が三九通の手形金合計七三七三万円を破産会社名義普通預金口座に振り込んだ時点で本件手形割引契約を承諾して右契約を成立させ、直ちに右金額を割引金として振り込んだもの、或いは右振り込み行為が承諾の意思表示と認めるべき事実であるので、その時手形割引契約が成立したものと認められる。
(二) 破産会社の支払不能ないし支払停止時期
(1) <証拠略>によると、次の事実が認められる。
ア 破産会社は、中小企業、商店主等を顧客として、手形割引、手形貸付による金融を業とする会社であったところ、平成三年ころから資金繰りが苦しくなった。破産会社は、そのころから、顧客から、貸付に先立ち手形の振出を受けてこれを預かり(これを破産会社は予約手形と称していた。)、貸付より前に顧客に無断でこれを金融機関等に割引に出して資金調達をすることを繰返すようになり、さらに平成四年終わりころから平成五年初めころにかけて以降、貸付予定額の予約手形を決済期日の延期用と併せ、二通以上預かって、これらを直ちに割引に出して融資を受けるようになった。破産会社は、右予約手形の割引による資金調達のため、顧客からの受入利息以上の利息支払を余儀なくされ、人件費などの経費も多かったうえ、自らの振出手形の他に、顧客から受け入れて割引に出した手形の決済資金も調達する必要があり、これらの決済のために、顧客からますます多くの予約手形を取得し、これらを割引に出して資金調達をする方向に走ったため、収支状況はますます悪化した。これらのため、破産会社は、平成四年三月決算期以降毎年経常損益、当期損益とも赤字であり、しかも年々赤字額を急激に増大させており、資金繰りは年を追うごとに厳しさを増して行った。破産会社の資金負債のバランスも、平成四年三月決算期以降は、負債超過であったうえ、右超過額は増大の一途をたどっていた。破産会社は、粉飾決算により、金融機関等からの融資を維持し或いは新規に受けるなどして資金繰りをつないでいたが、平成六年九月、資金不足のため、顧客の手形を一部決済できず、不渡にさせたことがあった。破産会社は、その後も資金繰りはぎりぎりの状況が続き、平成七年に入ると、毎月末ごとに、手形の決済資金の調達に窮し、金融機関からの新規融資等でようやく切り抜ける状況が繰り返された。破産会社は、平成七年四月には、資金不足のために破綻寸前の状況に追い込まれたが、控訴人に緊急融資を申し入れ、同月二五日控訴人から五億円の融資を受けたことで、ようやく乗り切った。しかし、破産会社の資金繰りはその後ますます厳しさを加え、破綻寸前の状況が続いていた。
イ 破産会社は、控訴人と、平成元年以降融資を受ける取引を継続しており、年を経るごとに取引額を増大させてきた。特に、平成六年九月ころ以降、破産会社の関連会社であるサンファクターが東証信販等の名義を使って実際は破産会社が借り受ける迂回融資もよく利用するようになり、平成七年三月には、融資残高が約八〇億円弱と巨額に上り、破産会社と控訴人とは、他の金融機関との間と比較しても、特に融資残高が多く、密接な取引関係を有するに至っていた。控訴人からは、破産会社に平成六年九月五日から平成七年一月一三日まで従業員として泉隆夫が出向派遣され、右泉は、破産会社の財務状況を控訴人に報告していた。この過程で、右泉は、破産会社が融資先の顧客から手形を先取りし、これを資金運用に回していることも把握した。右泉からの報告で、控訴人は、破産会社が毎月資金繰りに苦しんでいることなどその財務状況を把握し、倒産の危険も感じていたが、融資をやめることはせず、種々の名目で高金利を支払わせたり、担保を重く取ったりしていた。
ウ 破産会社は、平成七年七月、同月初めの段階で、月末には約二二億円の資金不足が予想され、その後も取引金融機関、企業からの融資の増額及び支店への送金の繰り延べ等の方策を尽くしたものの、同月二八日(金曜日)時点でも、月末の三一日(月曜日)に顧客振出の予約手形等の手形の決済に当てるべき資金が約八億二〇〇〇万円必要であるのに対し、どうしても約五億円は不足していた。そこで、代表取締役の泉秀男や他の取締役らは、同日、控訴人に対し、破産会社の窮状を訴え、五億円の融資がなければ手形の不渡が出て破産会社は倒産する旨述べて必死で右融資を懇請した。これに対し、控訴人は、一億五〇〇〇万円のみ融資に応じる旨、残りは他の金融機関で調達するよう告げた。右一億五〇〇〇万円の融資は、同日実行された。
しかし、破産会社ではこの他に必要な三、四億円程度について、控訴人以外からの調達の目処はどうしても立たなかった。そこで、泉秀男は、同月二九日(土曜日)、翌々日の同月三一日に再度控訴人に対し、三億五〇〇〇万円の融資を懇請し、融資されない場合には自己破産申立する旨決意し、弁護士に破産手続の相談をするとともに、同月三〇日(日曜日)、破産会社の役員全員を集めて、控訴人に融資を頼み、融資を受けられなければ破産申立することを弁護士とともに説明して取締役らの了承を得た。
エ 平成七年七月三一日(月曜日)、泉秀男は、午前九時過ぎ、弁護士とともに控訴人本店を訪れ、控訴人の木下常務理事と面談し、破産会社の窮状を訴え、他からの調達ができないと言って、三億五〇〇〇万円の融資を懇情するとともに、融資が得られない場合直ちに倒産することを告げた。泉秀男は、次いで川瀬理事長と面談し、同様に融資を懇請した。これに対し、川瀬理事長は、三億五〇〇〇万円の融資に応じても良い旨、その返済期限等の融資条件について、他の役員らと詰めるよう述べ、すぐに本店を退出した。泉秀男は、控訴人側の多田審査部長らと融資条件について協議したところ、控訴人側から返済期限について、同年八月四日、五日というごく近い時期を指示され、やむなくこれを受け入れた。右融資については、その後、控訴人十三支店において進めることとされ、泉秀男は午前一二時までには控訴人本店を退出し、破産会社の従業員らに対し、融資について控訴人本店の了解を得た旨を告げ、控訴人十三支店に融資の担保として差し入れるべき手形を持参して融資手続を進めるよう指示した。
控訴人においては、事務分掌上、融資業務は各支店又は本店営業部において行うこととされており、三〇〇〇万円を超える融資実行に先立っては、担当支店等から本店宛稟議申請をし、本店の審査会等の稟議を経ることが必要とされており、理事長らが融資に応じる旨を告げた場合にも、例外ではなかった。
そこで、控訴人本店の多田審査部長らは、同日午後一時三〇分ころまでの間に、控訴人十三支店に対し、繰り返し、三億五〇〇〇万円の融資を実行するよう指示するとともに、直ちに本店に対し稟議申請するべき旨促した。しかし、控訴人十三支店長である岡山悟は、同日午前一〇時ころ以降同支店から外出しており、同支店の貸付主管者遠藤は、前記三億五〇〇〇万円の融資について、その危険性を感じて反対の考えであったところから、控訴人本店の指示に従わず、右融資及びそのための稟議申請を拒み、破産会社の従業員らが担保とする手形を同支店に持参し、その受取と融資の実行を求め、他の破産会社従業員らが電話で融資の実行を求めたのに対し、担保手形の受取及び融資を拒絶させた。支店長岡山も、右融資について、右遠藤と同じく反対の考えであったところ、外出先から同日午後一時三〇分ころまでの間に右遠藤と繰り返し電話連絡をした際、前記遠藤の融資拒絶等の措置について同意した。こうして、前記三億五〇〇〇万円の融資は実行されなかった。
破産会社の財務担当従業員らは、泉秀男から、控訴人からの融資が得られるとの連絡を聞いて、控訴人十三支店や本店に連絡し、融資の実行を促したが、十三支店では、支店長が不在であるなどして、融資実行に応じない態度で示され、また担保手形の差入れを拒まれたりしたため、同日午後二時前には、前記三億五〇〇〇万円の融資を受けてこれを必要な手形決済に使用することは無理との判断を固めた。そこで、そのころ、破産会社の取締役副社長宮崎は、泉秀男の同意を得て営業停止の決断をし、その旨本社内で宣言し、従業員らに営業及び店舗の全面閉鎖を指示した。そこで、破産会社従業員らは、直ちに、本社扉のシャッターを降ろして本社を閉鎖して、右シャッターに営業停止する旨の張り紙をした。破産会社はそのまま、同年八月二日破産申立をし、同月一六日破産宣告に至った。
控訴人本店から破産会社本社に派遣されていた従業員らは、同日午後二時ころ、右張り紙及び閉鎖等を現認して直ちにこれを本店に報告したので、控訴人は破産会社の営業停止を知り、直ちに十三支店を含めた各支店にその旨連絡した。
オ なお、同日午後一時三七分ころ、破産会社の財務部長である堀義浩は、控訴人からの三億五〇〇〇万円の融資が間に合わず、破産会社の倒産を避けられないとの判断のもとに、ショベル工業株式会社に対し、借入金の弁済として二億円を送金した。
控訴人は、同日破産会社のために、午前九時一一分ころイズミコーポレーション宛一五〇〇万円、午前九時二〇分ころ破産会社宛一億二二三七万六一九〇円、午前一〇時五九分ころ株式会社ダイセン宛四一〇〇万円の各送金をしている。
他方、控訴人は、同日破産会社のために、東証信販名義泉州銀行大阪支店普通預金口座に送金する予定であった東証信販名義裏書にかかる担保手形の決済金のうち二五〇〇万円を右口座に送金せず、サンファクター名義住友銀行心斎橋支店普通預金口座に送金する予定であったサンファクター名義裏書にかかる担保手形の決済金のうち四〇〇万円を右口座に送金しなかった。また、控訴人は、同日手形割引して控訴人十三支店の破産会社名義普通預金口座に入金した七三七三万円から割引料二〇七万八八三〇円を差し引いた七一六五万一一七〇円を、第一勧業銀行船場支店の破産会社名義普通預金口座に送金しなかった。
(2) 証人多田澄昭及び同川瀬徳之は、平成七年七月三一日午前、控訴人の川瀬理事長が破産会社の泉秀男と面談したり、三億五〇〇〇万円の融資に応じると告げたことはない旨供述する。しかし、右供述は、(1)冒頭掲記の各証拠から容易に認められる同日昼頃以降の破産会社と控訴人十三支店、控訴人本店と控訴人十三支店とのやりとりや、証人伊藤裕司、同泉秀男の証言等の(1)冒頭掲記の各証拠に照らして措信しがたい。
(3) 右(1)の認定によると、破産会社は、平成七年七月三一日において手当して決済するべき手形金について、資金の不足額三、四億円があり、控訴人からの融資以外に右不足額の調達の目処がなかったこと、したがって、当日控訴人に申し込んだ右融資がなされない場合は、直ちに破産会社の支払不能と言うべき状態であったこと、しかし、同日午前中、破産会社の代表者泉秀男の申込に対し、控訴人の理事長川瀬徳之は、融資する方向で返答し、担当支店である十三支店にもその旨指示させたが、十三支店では同日午後一時三〇分ころまでに、右融資に応じない態度を明らかにしており、したがって、破産会社において、同日手当するべき手形の決済金が得られないことも、そのころ確実になった。よって、破産会社は、同日午後一時三〇分ころには支払不能の状態となったものと認められる。また、破産会社は、右支払不能状態を受けて、同日午後二時ころ本社を閉鎖して営業停止の張り紙をしたから、その時支払停止したものと認められる。
(三) 控訴人の認識
前記認定によると、控訴人は、同月二八日の破産会社からの五億円の融資申込時、及び同月三一日午前の三億五〇〇〇万円の融資申込時の二度にわたり、破産会社から右融資がなされなければ倒産する旨を告げられており、にもかかわらず、同日午後一時三〇分ころには三億五〇〇〇万円の融資を断る態度を明らかにしたのであるから、そのころには、破産会社の支払不能の状態を知ったものと認めるべきである。また、控訴人は、同日午後二時ころ、破産会社の本社の閉鎖及び営業停止の張り紙を知ったから、そのころ、破産会社の支払停止をも知ったと認められる。
そうすると、控訴人は、本件手形割引を、破産会社の支払不能を知り、かつ支払停止も知ってなしたものであって、これらを知って右手形割引金七三七三万円から割引料二〇七万八八三〇円を差し引いた七一六五万一一七〇円の控訴人への預金払戻債務を負担したものと認められる。控訴人十三支店の貸付主管者遠藤は、破産会社に対する三億五〇〇〇万円の融資を断り、他方では本件手形割引の実行指令をした者であったうえ、証人岡山悟によると、岡山悟は、午後二時三〇分ころの電話で右遠藤から、破産会社が既に営業停止した事実を聞いたことが認められるから、控訴人十三支店の本件手形割引担当者についても、右割引前の知情の事実は認められる。
したがって、控訴人の本件手形割引により負担した右債務を受働債権とする相殺については、控訴人が、破産会社の支払停止を知って右債務を負担した点において、破産法一〇四条二号本文の適用があると言うべきである。
また、支払不能は、債務者の弁済能力の継続的な欠缺により、一般債権者に債務を弁済できない客観的状況であり、これを知ることができた場合は、支払停止の場合以上に債務者の破産宣告に至るべき予測を持ったことになるから、この場合にも、破産法一〇四条二号本文の趣旨により、破産債権者に偏頗な債権回収を禁じるべきである。したがって、本件は、控訴人が破産会社の支払不能を知って本件手形割引による債務を負担した点において、右条項の類推適用があると言うべきである。
(四) 破産法一〇四条二号但書の適用の有無(再々抗弁)
控訴人は、前述のとおり、破産会社の支払停止、支払不能を知ったのちに、手形割引契約を締結してその割引金を破産会社の預金口座に振り込んでその払い戻し義務を負担したものである。
控訴人は、この負担が、支払停止、支払不能を知ったときより前に生じた原因に基づくと主張するが、手形割引契約とその履行は平成七年七月三一日午後二時一一分から三〇分であり、それ以前に控訴人は破産会社の支払停止、支払不能を知っていたものであるから、破産法一〇四条二号但し書により相殺が許される場合に該当しない。
もっとも、破産会社の手形割引契約申込みは、控訴人が破産会社の支払停止、支払不能を知る前にされているが、契約の申込があっても、控訴人の承諾のない時点では、控訴人が手形割引金振込や預金払戻の義務を負担するものではないから、控訴人の負担が控訴人が破産会社の支払停止、支払不能を知る前に生じた原因に基づくとすることはできない。この点で、信用組合において、取引先の支払停止を知る前に、手形取立委任契約が既に成立していた事案に関する最高裁判所昭和五九年オ第五五七号同六三年一〇月一八日第三小法廷判決、民集四二巻八号五七五頁は本件に参考とはならない。
乙六によると、破産会社は、控訴人との間で、平成元年八月三一日付けで信用組合取引約定書を差し入れて信用組合取引約定を締結したが、その約定書一条一項には、手形貸付、手形割引、証書貸付、……その他いっさいの取引に関して生じた債務の履行については、この約定に従う旨、四条三項には、担保は、かならずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により控訴人において取立または処分のうえ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できるものとし、なお残債務がある場合には直ちに弁済する旨、同条四項には、控訴人に対する債務を履行しなかった場合には、控訴人の占有している破産会社の動産、手形、その他の有価証券は、控訴人において取立または処分することができるものとし、この場合もすべて前項に準じて取り扱うことに同意する旨が記載されていたことが認められる。
しかしながら、控訴人は、右約定四条四項に基づき手形を取立または処分して、破産会社に手形割引金交付債務や預金払戻債務を負担したものではなく、あえて自己の責任で手形割引契約申込みを承諾して割引金を振り込んだものであるから、右約定四条四項の規定は控訴人の相殺を有効とする根拠とはならない。この点では、手形割引申込みを承諾することなく、預かった手形を約定四条四項により取り立てた事案についての、最高裁判所平成七年オ第二六四号同一〇年七月一四日第三小法廷判決、裁判所時報一二二三号七頁は、本件に参考とはならない。
そうすると、本件手形割引に基づく控訴人の債務負担については、破産法一〇四条二号但書にいう、控訴人が破産会社の支払不能又は支払停止を知る「前ニ生ジタル原因」に基づくものとは言えない。
(五) よって、控訴人が、本件手形割引により負担した預金払戻債務を受働債権とする相殺について、破産法一〇四条二号但書の適用があるとは言えず、右相殺は、同号本文により許されないものであって、無効である。
4 破産会社の詐欺行為と被控訴人の請求(当審における新たな抗弁)について
(一) 前記3(二)(1)認定及び甲一、乙一四の1ないし21、並びに弁論の全趣旨によると、破産会社の控訴人に対する本件手形割引依頼にかかる各手形は、従来破産会社が繰り返していたのと同様、破産会社が融資取引の顧客から、貸付の予約手形として取得したものであり、右貸付の実行前に、顧客には無断で割引を依頼したものであったことが認められる。
右行為は、顧客との関係で詐欺に問われるべきであるのみならず、控訴人に対しても、予約手形であるなどの事情を隠して割引を依頼し、控訴人が右事情を知らなかった場合には、控訴人との関係でも、詐欺となる可能性がある。
(二) しかし、前記3(二)(1)認定によると、控訴人は、破産会社と長年取引を継続して平成七年ころには密接な関係を有するに至っており、従業員を出向させるなどした結果、破産会社の財務の状態もかなり把握し、破産会社が融資先の顧客から手形を先取りして、これを資金運用に回していることなども承知していたものと見られる。
したがって、控訴人が、前記(一)の事情を知らなかったとまでは認められず、破産会社が控訴人に対し、本件手形割引をさせたことが、詐欺であったとは認められない。
(三) そうすると、被控訴人の本件手形割引金にかかる預金払戻請求について、破産会社の詐取行為による結果を管財人(破産財団)が享受することになるなどとする控訴人の主張は、その前提を欠くものであって、失当である。
5 よって、被控訴人の控訴人に対する、本件手形割引にかかる預金七一〇〇万円の払戻及びこれに対する約定の送金するべき日の翌日である平成七年八月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がない。
三 東証信販名義及びサンファクター名義の手形決済金にかかる預金払戻請求について
1 請求原因3、4(控訴人淡路支店と破産会社との間の東証信販名義及びサンファクター名義での各貸付取引、担保手形の差入れとその決済、控訴人淡路支店における右各名義預金口座への右決済金の入金、新たな担保手形の差入れ)の事実は、担保手形の決済金の東証信販名義又はサンファクター名義各預金口座への入金後、泉州銀行大阪支店の東証信販名義預金口座又は住友銀行心斎橋支店のサンファクター名義預金口座へ入金するべき時刻を除いて当事者間に争いがない。
2 抗弁1、3(控訴人の破産会社に対する貸金債権、相殺の意思表示)の事実は当事者間に争いがない。
3 相殺についての権利濫用の有無(再抗弁)
(一) 前記二3(二)(1)認定によると、控訴人は、破産会社が平成七年七月三一日午前三億五〇〇〇万円の融資(本件融資)を申し込み、右融資がなければ倒産必至であることを知っており、同日午前に、川瀬理事長において、破産会社代表者泉秀男に対し、右融資に応じる意向を伝えながら、控訴人十三支店において右融資を拒んで、融資に至らなかった結果、破産会社を同日営業停止に至らせたものであり、右融資拒絶が破産会社の破産の直接のきっかけとなったものと認められる。
また、<証拠略>によると、平成七年六、七月ころの破産会社の控訴人淡路支店との東証信販名義及びサンファクター名義の借入取引における担保手形決済金からの送金は、概ね正午前後になされていたことが認められ、これに対し、本件請求原因3、4記載の担保手形決済金については、平成七年七月三一日における破産会社の営業停止時である午後二時ころに至っても送金されなかったのであって、これも当日の破産会社の金策に影響を及ぼしたものと考えられる。
(二) しかし、本件融資については、控訴人の川瀬理事長が融資する意向を示したとはいえ、二3(二)(1)認定によると、右川瀬理事長の意向を受けて、控訴人十三支店において融資手続を進めた上実行されるべきものであり、破産会社側もこれを知っていたものと認められる。したがって、本件では、未だ消費貸借契約としてはもちろん諾成的消費貸借契約ないし消費貸借の予約が成立したものとは認められないから、控訴人において、融資をするべき義務を負ったとは言えず、控訴人十三支店において、さらに融資の是非を検討判断して融資しなかったとしても、背信的とまでは言えない。もっとも、控訴人において、融資する意向を示したことにより、破産会社が他で融資を受ける機会を妨げられたなどの特段の事情があれば、控訴人に責任を帰すべき場合も考えられるが、本件では、前記二3(二)(1)認定のように、破産会社は控訴人以外に有力な資金調達先があったとは言えないから、右特段の事情があったとも言えない。
また、控訴人が東証信販名義及びサンファクター名義の手形決済金の送金を遅らせたと見られる点については、右送金は何時までになすべきかの約定を認めるべき証拠はないうえ、右送金が適時にあれば、破産会社が倒産を免れたと認めることもできないから、この点についても控訴人に責任を帰することはできない。
(三) そうすると、以上の点を理由に、控訴人の相殺を権利濫用とは言えず、ほかにこれを権利濫用と言うべき事情を認めるに足りる証拠はない。
4 よって、被控訴人の控訴人に対する東証信販名義及びサンファクター名義の手形決済金にかかる預金払戻にかかる請求は理由がない。
四 よって、被控訴人の控訴人に対する本件請求は、本件手形割引にかかる預金七一〇〇万円及びこれに対する平成七年八月一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するべきであるが、その余は理由がないから棄却するべきである。
よって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 前坂光雄)
裁判官 高田泰治は、転補につき署名押印できない。
(裁判長裁判官 井関正裕)