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くまクマ熊ベアー  作者: くまなの
クマさん、新しい依頼を受ける
852/852

828 過去編 リディア視点

 妹が病気になった。

 体に赤いポツポツが出て、熱が出る。

 薬師に診てもらうと、治すにはベルトラ草という薬草が必要だと言われた。

 しかもベルトラ草は入手が難しく、普通には売っていなく、売っていたとしても価格は高くなるそうだ。

 しかも長期的に薬は飲まないと治らないと言われた。

 わたしたちの家には、長期的に高額の薬を買うお金はなかった。

 父は冒険者だったけど数年前に亡くなり、兄さんとわたしは冒険者として仕事をしていたけど、収入は多くなかった。

 薬師はわたしたちに取り引きを持ちかけてきた。

 森に行って薬草を採取してくれば安く薬を調合すると、そのついでに他の薬草も採取してくれば引き取ると言った。

 わたしたちは、その取り引きを受けるしかなかった。

 妹は自分のために危険なことはしないでほしいと言うけど、わたしと兄さんの気持ちは変わらなかった。

 妹が、わたしたちのことを心配してくれると同じように、わたしたちも妹のことを大切に思っている。

 母を説得し、妹のことは母に任せることになった。

 兄さんは父から剣を学び、そこそこの実力を持っている。

 わたしは魔力はあり、少しは魔法が使えた。でも、魔物と戦おうとすると魔法が使えなかった。

 そのため、何度も兄さんの足を引っ張った。

 冒険者ギルドや冒険者に聞いたりしたけど、緊張から使えないんじゃないかと言われた。

 落ち込むわたしに、兄さんは優しく支えてくれた。


「リディアには誰も持っていない耳があるだろう」


 わたしは誰よりも耳がいいみたいで、遠くで魔物や動物が枝を踏む足音、草を分ける音を聞き分けることができた。


「そのおかげで、安心して動くことができる」


 この耳のおかげで、魔物より先に気付くことができ、有利に戦うことや、数が多いと分かったら、逃げることができた。

 それからも、特技を磨くため、魔物が通った跡、どこを見るか、いろいろな冒険者たちから話を聞いて学んだ。

 それと同時に自分の戦う武器を探し、剣より、弓が得意なことを知った。

 わたしは弓を学び、冒険者として一人前になることができた。

 近くの森で技術を学んだわたしと兄さんは、ベルトラ草があると言われる森に行くことになった。


 わたしたちは王都に向かう馬車に乗せてもらい、途中で下り、森に向かう。

 深い森、街から離れており、冒険者もあまり行かない森。

 でも、その森に妹を治す薬草がある。


「大丈夫だ。俺が魔物から守る。リディアはいつもどおりに周囲を頼む」


 兄さんも恐いはずなのに、不安そうに森を見ているわたしに心強く言ってくれる。

 わたしは緊張しながら森の中に入る。


「この紐がそうだな」


 赤いリボンのようなものが木に結ばれている。

 先駆者の冒険者が進んだ道。

 初めて見た。

 このリボンを目印に進めば森の深くに、迷うこともなく進むことができる。

 進んだってことは危険を減らすことができる。

 先駆者に感謝しないといけない。

 もちろん、絶対に安全な道とは限らないけど、わたしたちにとっては危険を減らしてくれる道だ。


 わたしたちはリボンを頼りに森の奥に進む。

 少しずつ進む。

 急ぐ冒険者は死を早める。って口癖のように父は言っていた。

 父は母と結婚してから、ソロで活動していた。

 危険な仕事は受けず、1人でできる依頼をしていた。

 でも、その父も魔物に殺されてしまった。

 他の冒険者が偶然に父の死体を見つけてくれた。

 ギルドカードと荷物を回収して、死体は埋葬したと教えてくれた。

 母は泣き、わたしも兄さんも泣いた。

 幼い妹は、わたしたちが泣くから、一緒に泣いていた。

 父の言葉は心に残っている。


「兄さん、この葉は?」


 見覚えがある葉を見つけた。


「ちょっと、待ってくれ」


 兄さんは紙を取り出す。

 薬師から、お金になるめぼしい薬草を教えてもらった。

 その薬草の絵の写しが描かれた紙だ。


「ちょっと違うな」


 兄さんが絵と比べる。

 わたしも横から見る。


「葉の形が違うね」


 残念だけど、違ったみたいだ。

 わたしたちは先に進む。

 それから、わたしたちは運がよく、いくつかの薬草を見つけることができた。

 でも、目的のベルトラ草は見つからない。

 季節によって変わってくる。

 今を逃すと1年後になってしまう。


「兄さん、待って」


 わたしは小さい声で兄さんに呼びかけ、ハンドサインで、静かにと伝える。

 枝を踏む音が聞こえた。

 耳を澄ませる。

 また聞こえた。

 ハンドサインで、音が聞こえた方向を教える。

 数は一体。

 経験からしてウルフ。

 わたしは弓を手にして矢をセットして、ゆっくりと矢を引く。

 耳を澄ませる。

 ……ガサ。

 矢を離す。

 弓から放たれた矢は音がしたほうへ飛んでいく。

 矢が刺さる音がすると、倒れる音が聞こえる。


「ふう」


 わたしは息を吐く。


「もう、大丈夫だよ」

「俺の立場がないな」

「遠くにいる場合だけだよ」


 接近戦は無理だけど、長距離はわたしの有利な距離だ。


「近くに来られたら、なにもできないから」


 矢が外れて、魔物が襲いかかってくるときもある。

 そのときは兄さんが頼りだ。

 最近は命中するようになったけど、初めの頃は外してばかりだった。


 ウルフを倒した場所に向かう。

 ウルフの頭に矢が突き刺さって倒れていた。

 わたしは矢を抜き、兄さんが解体を始める。

 素材の全てを回収したいけど、街が遠いので持ち帰ることはできない。

 持ち帰ることができる魔石と牙、爪、それから食糧になる肉を少々手に入れる。

 本来なら、魔物が寄ってくるので、埋めたり、燃やしたりしないといけない。

 でも、魔法が使えない、わたしと兄さんでは穴を掘るのも、燃やすこともできない。

 他の冒険者が来ることもないので、残りの素材は放置して先に進む。


 わたしたちは地図を描き、先駆者のリボンや薬草を見つけた場所を書き込んでいく。

 手に入れた薬草も増えてきた。

 でも、目的のベルトラ草は見つからない。

 そして、森の中に入って数日後、大きな洞窟を見つける。

 先駆者が入ったと思われるリボンが近くにあった。

 誰かが通ったあとだ。

 でも、噓の可能性もある。


「……兄さん」

「入るぞ。危険だと思ったら引き返す」


 洞窟の中は暗い。

 ランタンを付ける。

 天井にはコウモリの飛ぶ音が、地面を這いずる音が聞こえてくる。


「兄さん、わたしの後ろをお願い」

「分かった」


 わたしは弓を構える。

 這いずる音を聞く。

 矢を引き、放つ。

 矢の飛ぶ音が暗い洞窟の中を飛んでいく。

 突き刺さった音がする。

 同じことを3回繰り返す。

 動く音がしない。


「たぶん、当たった」


 わたしたちは進む。

 しばらく進むと矢に刺さって死んでいるスネイクがいた。


「最近、命中率が高いな」

「外れても、兄さんが守ってくれると思うからだよ」


 兄さんがいるから、安心して矢を放つことができる。

 わたし1人だったら、外したことを考えると、恐くてできない。

 数匹のスネイクを倒しながら進むと明かりが見えてくる。

 外だ。

 わたしたちは無事に洞窟を抜けることができた。

 洞窟を出て、さらに森の奥に進む。


「ちょっと待て」


 先に進むわたしを兄さんが肩を掴んで止める。


「あの花に見覚えが……」


 兄さんが考え込む。

 薬師から貰った絵には無かったと思う。


「ああ、あれは爆発花だ」

「爆発花?」


 聞いたことがない。


「爆発花は、近づくと花が爆発して、種を飛ばす」

「種を飛ばすぐらいなら別に」

「下手をしたら、体を貫通する」

「……」


 そんなに威力が……。


「どうして、兄さんが、そんなことを?」

「知り合いの冒険者に、この森のことを聞いて回ったときに、絵を描いて教えてくれた冒険者がいた」


 兄さんとわたしは、危険を減らすために、この森に入る前に情報を集められるだけ集めた。

 この森に入る冒険者は少なく、教えてくれる冒険者もいなく、金銭を要求する冒険者もいた。

 でも、教えてくれた冒険者がいたんだ。


「その冒険者に、絶対に近づくなって言われた。足でも当たりでもしたら、歩けなくなり、魔物の餌になるだけだと」

「あんなに、綺麗なのに」


 まだ、蕾だけど、色とりどりの蕾がある。

 咲いたら綺麗だと思う。

 そう思って見ていたら、なにかが近づいて来る音がした。

 会話をしてて、気づくのが遅くなった。


「兄さん、なにかくる」


 わたしの言葉に兄さんは口を閉じる。

 来たと思った瞬間、鹿だった。

 わたしと兄さんは安堵する。

 でも、それは束の間のことだった。

 鹿が爆発花の中に入った瞬間、鹿が倒れた。


「……」

「……」


 倒れた鹿は起き上がることはなかった。


「教えてくれた冒険者に感謝だな」

「うん」


 知らずに進んでいたら、鹿と同じ運命を辿っていた。


「戻るぞ」

「うん」


 わたしたちは進んできた道を戻ろうとした。


「兄さん、ちょっと待って」

「また、鹿か?」


 この足音は違う。

 何度も聞いている音だ。

 しかも草木を踏む音が多い。


「たぶん、ウルフ。数は多い」


 前は爆発花、後ろはウルフの群れ。


「兄さん」


 わたしは無言で左右を見る。

 右か左か。


「右に行く。そして、爆発花の反対側に移動する」

「それって」

「ウルフを爆発花に誘い込む。近寄られると、ウルフも俺たちを追って爆発花を避けるかもしれない。急いで移動するぞ」


 わたしは頷く。

 考えている時間はない。

 わたしと兄さんは爆発花を避けるように移動する。

 わたしと兄さんの息遣いだけが聞こえてくる。

 どうにか、ウルフに追い付かれる前に、爆発花の反対側に来ることができた。

 そして、爆発花のほうを見ると、爆発花を挟むようにウルフの群れがいた。


「爆発するよな。倒せると思うか?」

「知らないわよ」


 鹿は倒れた。

 ウルフが倒れるかどうかは分からない。

 それに、あの数だ。

 花の爆発は一回だけだ。

 通り抜けてくるかもしれない。


「いざとなったら、俺が残るから、リディアだけでも逃げろ」

「兄さん!?」

「俺に、妹を2人も失うことはさせないでくれ」


 それを言ったら、わたしは兄と妹を失うことになる。


「妹を守るのは兄の役目だ」


 それを言ったら、兄を守るのは妹の役目だ。

 わたしは弓を構える。


「……リディア」

「少しでも、倒したほうがいいでしょう。それに、矢を放てばこっちに向かって走ってくるでしょう。もし、倒れずに、こっちに来たウルフはお願い」

「……分かった」


 兄さんはそう言うと、ウルフに向かって叫び始める。


「こっちにいるぞ! 俺たちを追ってきたんだろう!」


 兄さんの手が震えている。

 もし、爆発花が爆発しなかったり、ウルフに致命傷を与えられなかったら、あの数のウルフに、わたしたちは襲われることになる。


「早くこい!」


 兄さんが逃げるフリをして背を向けると、ウルフが駆け出してきた。爆発花の中に入ってくる。

 爆発花は爆発して、ウルフが倒れていく。

 でも、倒れたウルフと同じ場所を通るウルフは爆発花の影響を受けない。

 わたしは矢を放つ。

 ウルフは躱すが、躱した先で爆発する。

 当たらなくてもいい。別の場所を走らせればいい。

 ウルフは爆発花によって、次々と倒れていく。

 わたしの矢も命中して、数は減っていく。

 そして、わたしたちに辿り着いたウルフは一匹もいなかった。

 爆発花の中で、たくさんのウルフが横たわっている。


「終わったのか?」


 兄さんは構えていた剣を下ろす。


「うん」


 まだ、生きているウルフもいるけど、死ぬのも時間の問題だ。わたしたちを襲うことはできない


 わたしは足の力が抜けて、地面に腰を下ろす。


「大丈夫か?」

「うん」

「それなら、早く移動するぞ。ウルフの血の匂いを嗅いで、他の魔物が来るかもしれない」


 爆発花は、かなり爆発した。次に魔物が来たとしても、同じ方法は使えない。

 わたしは足に力を入れて、立ち上がる。


「近くに魔物はいるか?」


 わたしは耳を澄ませる。

 爆発花を越えた先から魔物らしき音が聞こえてくる。


「一度、戻ったほうがいいかも」


 わたしたちは爆発花を迂回して、戻ることにした。

 そのことが良かったことに、違う方向へ進むと目的のベルトラ草を見つけることができた。


 


爆発花のネタを考えたとき、ユナに使わせようと思っていたのですが、ユナに必要がないことを気づき、なかったことになりました。

あと、リディア視点を、どこかで入れたかったので、今回となりました。


※文庫版11巻が予約受付中です。発売日は10/4です。抽選のアクリルスタンドも引き続き行う予定となっていますので、よろしくお願いします。


※投稿日は4日ごとにさせていただきます。

休みをいただく場合はあとがきに、急遽、投稿ができない場合は活動報告やX(旧Twitter)で連絡させていただきます。


【書籍発売予定】

書籍20.5巻 2024年5月2日発売しました。(次巻、21巻予定、作業中)

コミカライズ12巻 2024年8月3日に発売しました。(次巻、13巻発売日未定)

コミカライズ外伝 2巻 2024年3月5日発売しました。

文庫版10巻 2024年5月2日発売しました。(表紙のユナとサーニャのBIGアクリルスタンドプレゼントキャンペーン応募締め切り2024年8月20日、抽選で20名様にプレゼント)(次巻、11巻10月4日発売予定)


※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。

 一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。

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