828 過去編 リディア視点
妹が病気になった。
体に赤いポツポツが出て、熱が出る。
薬師に診てもらうと、治すにはベルトラ草という薬草が必要だと言われた。
しかもベルトラ草は入手が難しく、普通には売っていなく、売っていたとしても価格は高くなるそうだ。
しかも長期的に薬は飲まないと治らないと言われた。
わたしたちの家には、長期的に高額の薬を買うお金はなかった。
父は冒険者だったけど数年前に亡くなり、兄さんとわたしは冒険者として仕事をしていたけど、収入は多くなかった。
薬師はわたしたちに取り引きを持ちかけてきた。
森に行って薬草を採取してくれば安く薬を調合すると、そのついでに他の薬草も採取してくれば引き取ると言った。
わたしたちは、その取り引きを受けるしかなかった。
妹は自分のために危険なことはしないでほしいと言うけど、わたしと兄さんの気持ちは変わらなかった。
妹が、わたしたちのことを心配してくれると同じように、わたしたちも妹のことを大切に思っている。
母を説得し、妹のことは母に任せることになった。
兄さんは父から剣を学び、そこそこの実力を持っている。
わたしは魔力はあり、少しは魔法が使えた。でも、魔物と戦おうとすると魔法が使えなかった。
そのため、何度も兄さんの足を引っ張った。
冒険者ギルドや冒険者に聞いたりしたけど、緊張から使えないんじゃないかと言われた。
落ち込むわたしに、兄さんは優しく支えてくれた。
「リディアには誰も持っていない耳があるだろう」
わたしは誰よりも耳がいいみたいで、遠くで魔物や動物が枝を踏む足音、草を分ける音を聞き分けることができた。
「そのおかげで、安心して動くことができる」
この耳のおかげで、魔物より先に気付くことができ、有利に戦うことや、数が多いと分かったら、逃げることができた。
それからも、特技を磨くため、魔物が通った跡、どこを見るか、いろいろな冒険者たちから話を聞いて学んだ。
それと同時に自分の戦う武器を探し、剣より、弓が得意なことを知った。
わたしは弓を学び、冒険者として一人前になることができた。
近くの森で技術を学んだわたしと兄さんは、ベルトラ草があると言われる森に行くことになった。
わたしたちは王都に向かう馬車に乗せてもらい、途中で下り、森に向かう。
深い森、街から離れており、冒険者もあまり行かない森。
でも、その森に妹を治す薬草がある。
「大丈夫だ。俺が魔物から守る。リディアはいつもどおりに周囲を頼む」
兄さんも恐いはずなのに、不安そうに森を見ているわたしに心強く言ってくれる。
わたしは緊張しながら森の中に入る。
「この紐がそうだな」
赤いリボンのようなものが木に結ばれている。
先駆者の冒険者が進んだ道。
初めて見た。
このリボンを目印に進めば森の深くに、迷うこともなく進むことができる。
進んだってことは危険を減らすことができる。
先駆者に感謝しないといけない。
もちろん、絶対に安全な道とは限らないけど、わたしたちにとっては危険を減らしてくれる道だ。
わたしたちはリボンを頼りに森の奥に進む。
少しずつ進む。
急ぐ冒険者は死を早める。って口癖のように父は言っていた。
父は母と結婚してから、ソロで活動していた。
危険な仕事は受けず、1人でできる依頼をしていた。
でも、その父も魔物に殺されてしまった。
他の冒険者が偶然に父の死体を見つけてくれた。
ギルドカードと荷物を回収して、死体は埋葬したと教えてくれた。
母は泣き、わたしも兄さんも泣いた。
幼い妹は、わたしたちが泣くから、一緒に泣いていた。
父の言葉は心に残っている。
「兄さん、この葉は?」
見覚えがある葉を見つけた。
「ちょっと、待ってくれ」
兄さんは紙を取り出す。
薬師から、お金になるめぼしい薬草を教えてもらった。
その薬草の絵の写しが描かれた紙だ。
「ちょっと違うな」
兄さんが絵と比べる。
わたしも横から見る。
「葉の形が違うね」
残念だけど、違ったみたいだ。
わたしたちは先に進む。
それから、わたしたちは運がよく、いくつかの薬草を見つけることができた。
でも、目的のベルトラ草は見つからない。
季節によって変わってくる。
今を逃すと1年後になってしまう。
「兄さん、待って」
わたしは小さい声で兄さんに呼びかけ、ハンドサインで、静かにと伝える。
枝を踏む音が聞こえた。
耳を澄ませる。
また聞こえた。
ハンドサインで、音が聞こえた方向を教える。
数は一体。
経験からしてウルフ。
わたしは弓を手にして矢をセットして、ゆっくりと矢を引く。
耳を澄ませる。
……ガサ。
矢を離す。
弓から放たれた矢は音がしたほうへ飛んでいく。
矢が刺さる音がすると、倒れる音が聞こえる。
「ふう」
わたしは息を吐く。
「もう、大丈夫だよ」
「俺の立場がないな」
「遠くにいる場合だけだよ」
接近戦は無理だけど、長距離はわたしの有利な距離だ。
「近くに来られたら、なにもできないから」
矢が外れて、魔物が襲いかかってくるときもある。
そのときは兄さんが頼りだ。
最近は命中するようになったけど、初めの頃は外してばかりだった。
ウルフを倒した場所に向かう。
ウルフの頭に矢が突き刺さって倒れていた。
わたしは矢を抜き、兄さんが解体を始める。
素材の全てを回収したいけど、街が遠いので持ち帰ることはできない。
持ち帰ることができる魔石と牙、爪、それから食糧になる肉を少々手に入れる。
本来なら、魔物が寄ってくるので、埋めたり、燃やしたりしないといけない。
でも、魔法が使えない、わたしと兄さんでは穴を掘るのも、燃やすこともできない。
他の冒険者が来ることもないので、残りの素材は放置して先に進む。
わたしたちは地図を描き、先駆者のリボンや薬草を見つけた場所を書き込んでいく。
手に入れた薬草も増えてきた。
でも、目的のベルトラ草は見つからない。
そして、森の中に入って数日後、大きな洞窟を見つける。
先駆者が入ったと思われるリボンが近くにあった。
誰かが通ったあとだ。
でも、噓の可能性もある。
「……兄さん」
「入るぞ。危険だと思ったら引き返す」
洞窟の中は暗い。
ランタンを付ける。
天井にはコウモリの飛ぶ音が、地面を這いずる音が聞こえてくる。
「兄さん、わたしの後ろをお願い」
「分かった」
わたしは弓を構える。
這いずる音を聞く。
矢を引き、放つ。
矢の飛ぶ音が暗い洞窟の中を飛んでいく。
突き刺さった音がする。
同じことを3回繰り返す。
動く音がしない。
「たぶん、当たった」
わたしたちは進む。
しばらく進むと矢に刺さって死んでいるスネイクがいた。
「最近、命中率が高いな」
「外れても、兄さんが守ってくれると思うからだよ」
兄さんがいるから、安心して矢を放つことができる。
わたし1人だったら、外したことを考えると、恐くてできない。
数匹のスネイクを倒しながら進むと明かりが見えてくる。
外だ。
わたしたちは無事に洞窟を抜けることができた。
洞窟を出て、さらに森の奥に進む。
「ちょっと待て」
先に進むわたしを兄さんが肩を掴んで止める。
「あの花に見覚えが……」
兄さんが考え込む。
薬師から貰った絵には無かったと思う。
「ああ、あれは爆発花だ」
「爆発花?」
聞いたことがない。
「爆発花は、近づくと花が爆発して、種を飛ばす」
「種を飛ばすぐらいなら別に」
「下手をしたら、体を貫通する」
「……」
そんなに威力が……。
「どうして、兄さんが、そんなことを?」
「知り合いの冒険者に、この森のことを聞いて回ったときに、絵を描いて教えてくれた冒険者がいた」
兄さんとわたしは、危険を減らすために、この森に入る前に情報を集められるだけ集めた。
この森に入る冒険者は少なく、教えてくれる冒険者もいなく、金銭を要求する冒険者もいた。
でも、教えてくれた冒険者がいたんだ。
「その冒険者に、絶対に近づくなって言われた。足でも当たりでもしたら、歩けなくなり、魔物の餌になるだけだと」
「あんなに、綺麗なのに」
まだ、蕾だけど、色とりどりの蕾がある。
咲いたら綺麗だと思う。
そう思って見ていたら、なにかが近づいて来る音がした。
会話をしてて、気づくのが遅くなった。
「兄さん、なにかくる」
わたしの言葉に兄さんは口を閉じる。
来たと思った瞬間、鹿だった。
わたしと兄さんは安堵する。
でも、それは束の間のことだった。
鹿が爆発花の中に入った瞬間、鹿が倒れた。
「……」
「……」
倒れた鹿は起き上がることはなかった。
「教えてくれた冒険者に感謝だな」
「うん」
知らずに進んでいたら、鹿と同じ運命を辿っていた。
「戻るぞ」
「うん」
わたしたちは進んできた道を戻ろうとした。
「兄さん、ちょっと待って」
「また、鹿か?」
この足音は違う。
何度も聞いている音だ。
しかも草木を踏む音が多い。
「たぶん、ウルフ。数は多い」
前は爆発花、後ろはウルフの群れ。
「兄さん」
わたしは無言で左右を見る。
右か左か。
「右に行く。そして、爆発花の反対側に移動する」
「それって」
「ウルフを爆発花に誘い込む。近寄られると、ウルフも俺たちを追って爆発花を避けるかもしれない。急いで移動するぞ」
わたしは頷く。
考えている時間はない。
わたしと兄さんは爆発花を避けるように移動する。
わたしと兄さんの息遣いだけが聞こえてくる。
どうにか、ウルフに追い付かれる前に、爆発花の反対側に来ることができた。
そして、爆発花のほうを見ると、爆発花を挟むようにウルフの群れがいた。
「爆発するよな。倒せると思うか?」
「知らないわよ」
鹿は倒れた。
ウルフが倒れるかどうかは分からない。
それに、あの数だ。
花の爆発は一回だけだ。
通り抜けてくるかもしれない。
「いざとなったら、俺が残るから、リディアだけでも逃げろ」
「兄さん!?」
「俺に、妹を2人も失うことはさせないでくれ」
それを言ったら、わたしは兄と妹を失うことになる。
「妹を守るのは兄の役目だ」
それを言ったら、兄を守るのは妹の役目だ。
わたしは弓を構える。
「……リディア」
「少しでも、倒したほうがいいでしょう。それに、矢を放てばこっちに向かって走ってくるでしょう。もし、倒れずに、こっちに来たウルフはお願い」
「……分かった」
兄さんはそう言うと、ウルフに向かって叫び始める。
「こっちにいるぞ! 俺たちを追ってきたんだろう!」
兄さんの手が震えている。
もし、爆発花が爆発しなかったり、ウルフに致命傷を与えられなかったら、あの数のウルフに、わたしたちは襲われることになる。
「早くこい!」
兄さんが逃げるフリをして背を向けると、ウルフが駆け出してきた。爆発花の中に入ってくる。
爆発花は爆発して、ウルフが倒れていく。
でも、倒れたウルフと同じ場所を通るウルフは爆発花の影響を受けない。
わたしは矢を放つ。
ウルフは躱すが、躱した先で爆発する。
当たらなくてもいい。別の場所を走らせればいい。
ウルフは爆発花によって、次々と倒れていく。
わたしの矢も命中して、数は減っていく。
そして、わたしたちに辿り着いたウルフは一匹もいなかった。
爆発花の中で、たくさんのウルフが横たわっている。
「終わったのか?」
兄さんは構えていた剣を下ろす。
「うん」
まだ、生きているウルフもいるけど、死ぬのも時間の問題だ。わたしたちを襲うことはできない
わたしは足の力が抜けて、地面に腰を下ろす。
「大丈夫か?」
「うん」
「それなら、早く移動するぞ。ウルフの血の匂いを嗅いで、他の魔物が来るかもしれない」
爆発花は、かなり爆発した。次に魔物が来たとしても、同じ方法は使えない。
わたしは足に力を入れて、立ち上がる。
「近くに魔物はいるか?」
わたしは耳を澄ませる。
爆発花を越えた先から魔物らしき音が聞こえてくる。
「一度、戻ったほうがいいかも」
わたしたちは爆発花を迂回して、戻ることにした。
そのことが良かったことに、違う方向へ進むと目的のベルトラ草を見つけることができた。
爆発花のネタを考えたとき、ユナに使わせようと思っていたのですが、ユナに必要がないことを気づき、なかったことになりました。
あと、リディア視点を、どこかで入れたかったので、今回となりました。
※文庫版11巻が予約受付中です。発売日は10/4です。抽選のアクリルスタンドも引き続き行う予定となっていますので、よろしくお願いします。
※投稿日は4日ごとにさせていただきます。
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。