ハルモニの苦労も喜びも記録 川崎の在日コリアンの人生追う映画完成

佐藤善一
[PR]

 戦前から多くの在日コリアンが暮らす川崎市川崎区桜本地区。海を越えて、生き抜いてきた在日1世のハルモニ(おばあさん)の人生を追ったドキュメンタリー映画「アリラン ラプソディ」が完成した。地元の川崎市アートセンター(麻生区)で先行上映が16日に始まった。22日まで。

 「ハルモニたちは戦争に翻弄(ほんろう)されながらも、戦争をくぐり抜け、必死に生きてきた。彼女たちの人生を肯定しながら映画をみてほしい」と金聖雄(キムソンウン)監督(60)は話す。

 映画の序盤、満開の桜の下で語り合う笑顔のハルモニたちの映像が、怒号が飛び交うヘイトデモのシーンに切り替わる。2015年11月、桜本に押し寄せてきたヘイトデモの列に向かい、住民たちは「差別は許さない」「私たちの街から出て行け」と声を張り上げた。金監督のナレーションが入る。

 〈この日、桜本のヘイトデモは阻止することができました。しかし、在日コリアンへのヘイトは今もなお続いているのです〉

 大阪・鶴橋で生まれた在日2世の金監督が桜本のハルモニに出会ったのは、韓国・済州島出身の母が77歳で亡くなった1999年だった。母はハルモニと同じ世代。「母がどうやって生きてきたか、ほとんど何も知らなかった。母への思いを重ねるようにハルモニたちを撮るようになった」

 ハルモニたちの日常を記録した「花はんめ」(2004年公開)で監督デビューした金監督は、それ以後も桜本に通い、カメラを回した。

 桜本の施設では在日高齢者のための識字学級「ウリマダン」が続けられ、ハルモニたちも字を学び、歌や踊りを一緒に楽しむようになった。多くのハルモニは貧困や差別の歴史を封印してきたが、字を学び、少しずつ過去について語り始めたという。

 当初、ハルモニに過去の苦労は聞かないでおこうと心に決めていた。しかし、15年9月、安保法案が国会で議論される中、ハルモニたちの姿に考えを改めた。

 彼女たちは自ら立ち上がり、戦争反対のデモをやった。横断幕をつくり、心の底から戦争はダメだと叫んだ。迷いながらも、金監督は戦争を語れるハルモニたちが亡くなる前に、彼女たちの経験をちゃんと聞き、撮らなければという思いを強くした。

 金監督はハルモニたち一人ひとりに過去を語ってもらった。

 「本当は思い出すのが嫌なの」と話す徐類順(ソユスン)さんは1926年生まれ。14歳で母と日本に渡った。旋盤工場や織物工場、鉱山で働いた。終戦後に一度帰国したが、生活が苦しく31歳で再び海を渡った。78歳で仕事を辞めるまで、土木作業やビル清掃、焼き肉店の皿洗いなど、生きていくために必死に働き続けた。「生きていたって、よいことは一度もなかった」と涙を流した。

 苦しかった過去の記憶をとつとつと語ったハルモニたちだったが、インタビューの最後に「あの戦争の日々を考えると、食べて歌って踊って笑って、今はまるで夢のようだ」と口をそろえて言ったという。

 金監督は「今は韓流ブームで関心は高いが、在日コリアンの存在や歴史がすっぽり抜けているような気がする」と指摘し、続けた。「ハルモニたちは静かに力強く生きてきた。想像を絶する苦労を、シワいっぱいの笑顔で語るチャーミングなハルモニたちに映画で出あってほしい」

 上映は連日午後2時35分から(18日休館)。毎回、上映後に金監督のトークがある。小田急・新百合ケ丘駅から徒歩3分。問い合わせは同センター(044・955・0107)。

 来年2月の東京・新宿から全国で順次公開される。(佐藤善一)

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません