赤い羽根共同募金などを自治会費に上乗せして強制的に徴収するとした決議は、思想信条の自由を侵害し、公序良俗に反し無効であるとされた事例
決議無効確認等請求控訴事件
【事件番号】 大阪高等裁判所判決/平成18年(ネ)第3446号
【判決日付】 平成19年8月24日
【判示事項】 赤い羽根共同募金などを自治会費に上乗せして強制的に徴収するとした決議は、思想信条の自由を侵害し、公序良俗に反し無効であるとされた事例
【参照条文】 民法90
憲法19
【掲載誌】 判例時報1992号72頁
【評釈論文】 判例時報2011号184頁
民事法情報261号71頁
民法
(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
憲法
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
主 文
一 原判決を取り消す。
二 平成一八年三月二六日開催の被控訴人の定期総会でなされた、自治会費を年六〇〇〇円から年八〇〇〇円に増額する旨の決議が無効であることを確認する。
三 控訴人らの被控訴人に対する会費の支払債務は、年額六〇〇〇円を超えて存在しないことを確認する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
主文と同旨
第二 事案の概要
一 本件は、地域自治会である被控訴人が平成一八年三月二六日開催の定期総会において自治会費を年六〇〇〇円から年八〇〇〇円に増額する旨の決議(以下「本件決議」という。)をしたことにつき、被控訴人の会員である控訴人らが、本件決議は控訴人らの思想及び良心の自由等を侵害し公序良俗に違反するなどと主張して、本件決議が無効であることの確認及び控訴人らの被控訴人に対する会費の支払債務が年六〇〇〇円を超えて存在しないことの確認を求めた事案である。
原審は、控訴人らの本訴請求のうち、控訴人らの被控訴人に対する会費の支払債務が年六〇〇〇円を超えて存在しないことの確認を求める部分については、本件決議が無効であることの確認を求める請求に当然に含まれるから、同請求と併せて確認を求める利益はないとして、この部分に係る訴えを却下し、本件決議の無効確認を求める部分については、理由がないとしてこれを棄却した。
二 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)〈編注・本誌では証拠の表示は一部を除き省略ないし割愛します〉
(1) 控訴人らは、いずれも被控訴人の会員である。
(2) 被控訴人は、滋賀県甲賀市甲南町希望ヶ丘一丁目から五丁目までの区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体であり、平成一四年二月一四日に地方自治法二六〇条の二に規定する「地縁による団体」として認可を受け法人格を取得した。
なお、平成一八年ころの被控訴人の会員の世帯数は、対象区域内の一〇六〇世帯の約八八・六パーセントに当たる九三九世帯であった。
(3) 被控訴人は、平成一八年三月二六日開催の定期総会において、自治会費を年六〇〇〇円から年八〇〇〇円に増額する旨の決議(本件決議)をした。
(4) 本件決議による増額分の会費二〇〇〇円は、被控訴人において他の自治会費六〇〇〇円とは別に管理し、その全額を、希望ヶ丘小学校教育後援会、甲南中学校教育後援会、赤い羽根共同募金会、甲賀市緑化推進委員会(緑の募金)、甲賀市社会福祉協議会、日本赤十字社及び滋賀県共同募金会(歳末助け合い運動)(以下、まとめて「本件各会」という。)への募金や寄付金に充て、翌年度には繰り越さないことが予定されていた。
三 争点及びこれに対する当事者の主張
本件決議が無効であるか否か。
(控訴人ら)
(1) 寄付をするか否かは、本来個人の自由な意思に委ねられるべきものであり、その決定は、思想及び良心の自由として憲法一九条により保障されているところ、本件決議は、本来任意に行われるべき寄付を、支払を義務づけられる会費とすることにより、強制するものであるから、控訴人らの思想及び良心の自由を侵害し違法である。
小学校及び中学校の教育後援会への寄付金を強制的に徴収することは、義務教育無償の原則に基づき寄付をしたくないという会員の思想の自由を侵害する。また、赤い羽根共同募金は社会福祉法一一六条により、緑の募金は緑の募金による森林整備等の推進に関する法律一六条により、いずれも寄付者の自発的な協力を基礎とするものでなければならないと規定されている。社会福祉協議会や日本赤十字社は、特定の目的のために設立された被控訴人とは別個の組織であり、これに加入するか否かは個人の自由であり、これに対する会費や社費の支払は、これに加入した者が行うべきものであるところ、本件決議によりこれらへの会費や社費を徴収することは、思想信条上又は経済的な理由により加入しない者についてまで、加入したものとみなすこととなり、憲法二一条で保障された結社の自由、団体参加の自由を侵害する。
(2) また、地方自治法二六〇条の二は、同条一項の認可を受けた「地縁による団体」は、「正当な理由がない限り、その区域に住所を有する個人の加入を拒んではならない。」(七項)、「民主的な運営の下に、自主的に活動するものとし、構成員に対し不当な差別的取扱いをしてはならない。」(八頁)と規定しているが、被控訴人は、本件決議後開かれた役員総務会において、会費増額に反対して会費の支払を拒否する会員には自治会離脱届の提出を求めることを決議している。また、被控訴人は、被控訴人に加入しない者に対し、配布物を自治会組織で配布しない、災害や葬儀等の時に被控訴人として一切協力しない、ごみステーションを利用できないなどの生活上の不利益が及ぶことを明言している。そうすると、本件決議は、寄付金の強制徴収に反対する会員に対し不当な差別的取扱いを行うものであり、上記法条に違反する。また、本件決議は、これに反対して自治会費を支払わない会員に対し、被控訴人からの退会を求めることにより、被控訴人の所在する地域に居住する自由をも侵害するものであり、居住の自由を保障した憲法二二条一項に違反する。
(3) 本件決議は、上記のように、人権の諸規定に違反するものであるから、公序良俗(民法九〇条)に違反し、無効である。