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9/2022

武闘派でした

 窓から差し込む光を受けてまだ少し重い瞼を開ける。ぼんやりとした頭で見覚えの無い部屋の中を見つめていると、ようやく覚醒した頭が昨日の出来事を思い浮かばせる。

 そうか、異世界に来たんだったな。改めて思い返してみても、濃い一日だった。

 勇者召喚に巻き込まれ、異世界の歴史を勉強し、よく分からない魔族とお月見をして、よく分からない魔族に空の旅に拉致され、いつの間にか寝ていた――あれ? しょっぱなはともかくとして、濃い一日の大分部はあのベビーカステラの化身が原因じゃない? というか、部屋に戻ってきた記憶がないんだけど、本当にいつの間にベットで寝てたんだろう?

 と、そんな事を考えていると、突然キラキラと輝く文字が目の前に文字通り浮かび上がってくる。


『また来るね~』


 改めて確認しておこう。ここは俺が現在お世話になっているリリア・アルベルト公爵の家で人族の屋敷である。つまるところあの魔族にとっては他人の家。大事なことなので繰り返すが、他人の家である――ほんとやりたい放題だなあの幼女魔族。

 かと言ってリリアさん達に「昨日魔族が不法侵入して来てました」なんて言うべきだろうか? この世界の常識にはまだ疎いとは言え、仮にも公爵家に不法侵入となればかなり大問題になるのは容易に想像できる。現状クロが不法侵入したのは本人の弁を信じるなら俺に会うためであり、俺は実質なんの被害も受けてはいない――ベビーカステラに若干のトラウマを刻まれた位だ。

 となると非常に悩みどころではあるのだが……直感が告げてる。多分報告して厳重に警戒した所で、クロは昨晩と同じ様に呑気な笑顔で現れると。となるとやっぱり……様子見かな? どうしても、クロが悪い奴だとは思えないし、迷子になった時に助けてもらった恩もある。

 あ、でも、昨日あれだけ騒いでたんだし朝一番で聞かれる可能性も……

 そんな事を考えているとノックの音が聞こえ、朝食の用意が出来たことが伝えられる。一先ずクロの事は追々考える事にして、部屋を出て食堂に向かう事にした。


 朝食はシンプルな洋風のものであったが、真っ白な色のパンが出てきた。この世界では、新年で一番初めの食事では白いパンを食べる風習があると説明を受けた。どうやって白く焼いたのかは知らないが、味は普通のバターロールだった。


「皆さん、昨日はよく眠れましたか?」

「あ、はい」

「私も、疲れてたみたいですぐ寝ちゃいました」

「……」


 リリアさんがふとそんな事を尋ねてきて、頭に大声で叫んでいた自分の姿が蘇り咄嗟に返答する事が出来なかった。


「……カイトさん?」

「あ、俺は少しだけベランダで月を見てから眠りました」

「ああ、昨日は綺麗な月夜でしたね。『私も夜風に当りながら眺めましたが、本当に静かで天の月30日に相応しい良い夜でしたね』」

「……そ、ソウデスネ」


 あれ? 静かな夜? おかしいな……リリアさんの部屋って、俺の叫び声が聞こえない程遠くにあったっけ? 何かいまいち話が噛み合ってない様な気も……

 その疑問が頭の中でしっかり形になるよりも先に、楠さんが口を開く。


「そう言えば、こちらの世界では今日から新年なんでしたね。何か特別な事をしたりするんですか?」

「そうですね……人族は新年になって3日間は、基本的に外に出すに各々家で過すと言うのが定番ですね。その後で新年を祝う行事が行われます。多少地域ごとの差はありますが――」


 日本で言う所の三が日みたいな風習はこの世界にもあるらしく、その間は一部を除いて商店等も休みになるらしい。それからリリアさんが教えてくれた内容で、神族の祝福を受ける行事や新年会みたいなパーティが行われることが分かった。

 神族の祝福と言うのは、初詣みたいに神様が住む神殿を訪ねて一年の健康や発展を願う行事で、地域とそこに住む神様の種類によって様々な形式が存在するらしい。


「例を挙げますと、この王都には『健康』と『法』を司る神殿がありますので、一年の健康や平穏に対する祝福を受けるのが一般的ですが、『豊穣』を司る神殿がある地域では豊作への祝福だったりしますね。とは言っても、女神様等に直接お会いして祝福を受けるのは王族や貴族等だけで、基本的には神官から祝福の言葉を聞きに行くという様なものですね」


 信仰が強い土地柄か否か等も影響するらしいが、大抵の人族は各々祝福を受けるらしい。ただこれはあくまで人族の風習であり、神族と魔族には当てはまらない。

 神族は今日一日は創造神に祈りを奉げ、食事等も一切取らない。

 魔族は六王に感謝と言う形式で、新年1日目は定められた何れかの食品のみを口に入れるらしい。


「ちなみに皆さんの既知ですと、ルナは魔族の形式を取ります」

「え? ルナさんって、魔族なんですか!?」

「ヒナさんの疑問には、その通りとも言えますし、違うとも言えます」

「簡単に言ってしまえば、私は人族と魔族の混血です」


 リリアさんが口にした言葉を受け、いきなりの事実に俺達は驚くが当のルナマリアさんは当り前の様に回答する。どうやら、魔族と人族が友好的なこの世界において、混血と言うのは全然珍しく無く当り前の存在らしい。


「細かく言えば、私はエルフと人間の血が四分の一ずつで、魔族の血が半分です。なので、耳に少しエルフの名残がありますね」

「ほえ~」


 そう言ってルナマリアさんは俺達に耳が見える様に髪をどかす。確かにルナマリアさんの耳は少し尖っているが、イメージにあるエルフの長耳と言う程長くは無い。

 成程、この辺りも種族間の交流が盛んなこの異世界ならではと言えるのかもしれない。というか、ルナマリアさんって割と異世界要素の塊みたいな人だな。


「異世界の方は、割と混血というイメージに敏感と聞きますが――この屋敷で働く者の三分の一ほどは混血ですし、この世界ではごく一般的ですね」


 俺達が驚いているのが伝わったのか、リリアさんが別に珍しい事じゃないと笑顔で説明してくれる。確かにファンタジー物でも混血が迫害とかってのも多いし、偏見的なイメージを持っていたのかもしれない。そこは失礼の無い様にしっかり修正しておこう。

 ちなみにリリアさんは純血の人間らしいが、先祖まで遡ると分からないと苦笑していた。


「……まぁ、ルナが魔界の形式で新年を過ごす理由は単純でして――ルナ、貴女が今日一日口にするのは?」

「敬愛する冥王様の名において指定された食品のみです!」

「……補足しておきますと、本来は六王様の何れかの名で指定された食品ですからね」

「「「……あぁ」」」

「ちなみに、今年冥王様の名で指定されているのは67種で……」

「いいです。ルナ、そこは説明しなくて良いです」


 疲れた顔で告げるリリアさんと、生き生きした顔で答える狂信者。

 てか、指定されてる食品って種類多いな!? あ、そっか、魔族って物凄い沢山種類が居るんだったっけ? 体質的に食べられない物があったりするだろうし、その配慮かな? 冥王が指定した食品のみ全種覚えてるルナマリアさんにはどん引きだけど……


















 朝食を終え、昨日と同じ部屋でこの世界についての話を再び聞く流れになった際、リリアさんが思い出した様に口を開く。


「ああ、言い忘れていましたが……皆さんには後ほど貴族や王族と同じ様に女神様から直接祝福を受けてもらう事になります。と言うのも、勇者様は体質的に風土病にかかりやすい様で、無病の祝福は必ず受ける様になっているんですよ」


 成程免疫力と言う概念がこの世界にあるかどうか分からないけど、確かに環境や気候が異なる場所に来てるんだし、無病の祝福とやらは名前を聞いただけでも重要だと分かる。流石に、異世界に来て流行病で病死しましたは勘弁いただきたいしね。


「お嬢様は一度『愛』や『婚姻』の祝福でも受けた方が良いのではないでしょうか?」

「……ルナ、貴女……分かってて言ってますよね?」

「……ああっ! そう言えば、もう二回程――ぐふっ!?」


 今、何が起こったんだろうか? ルナマリアさんの言葉の途中でリリアさんが立ちあがり、物凄い速度の拳がルナマリアさんの鳩尾辺りに叩きこまれた気がした。正直リリアさんの手が消えて、ルナマリアさんが胸元押さえて膝をついた様にしか見えなかったけど……


「……何か、言いましたか?」

「……さ、流石です……お嬢様……腕は衰えてない様で……」


 恐ろしい笑顔で話すリリアさんと、全然懲りてない感じのルナマリアさん。この二人って仲良いなぁ~なんて感想を抱くより先に、俺達三人は小声で話をする。


「……今の、見えた?」

「いえ、まったく見えませんでした」

「リリアさんって、もしかしてすっごい強い人なんじゃ……」


 ヒソヒソと先程見た……正確には見えなかった攻防を話し合う。


「まったく貴女は――はっ!?」

「「「ッ!?」」」

「あ、いや、違うんですよ皆さん! 今のは、その、えと……」


 公爵家の令嬢様とはとても思えない程のキレのある拳を見て、俺達が若干引いているのが分かったのか、リリアさんは大慌てと言った様子でこちらを向いて弁明を始める。


「む、昔少しだけ、騎士団にお世話になった事があって……嗜む程度に武術経験がありまして……えと……」

「爵位を受け取る前のお嬢様は、王国騎士団第ニ師団の『師団長』でした」

「「「ええぇぇぇ!?」」」

「だから、何で余計な情報を足すんですか!?」


 清楚で可憐な箱入り公爵令嬢様かと思っていたら、まさかの武闘派だった。

 そしてルナマリアさんは殴られたことへの反撃なのか、リリアさんをからかう良い材料を見つけられたのか、意地の悪い笑みを浮かべて情報を付け足す。


「……リリアさんって、確か王族だったんじゃ? 武闘派だったんですね」

「カイトさん!? い、いえ、母上に文武共に学ぶべきと言われまして、ほんの少し所属していただけなんです!」

「……つまり僅かな期間で師団長に? 相当凄かったんですね」

「アオイさんまで!? い、いえ、ほら、変に血筋とかそういうののせいで、やたら早く昇進してしまってですね……」

「……ちなみに『白薔薇の戦姫』と呼ばれる程度に武勲――具体的には単騎で盗賊団を壊滅させたり、魔物の群れを血祭りにあげたり等で、異例のスピード出世を果したそうです」

「ルナァッ!!」

「……リリアさんって、ひょっとして物凄く怖い人……」

「ヒナさん!? 違いますよ! あくまで、周りが面白がって大きく話が膨らんでるだけですからね!? そんな怯えた目を向けないで下さい!」


 大慌てのリリアさんとは対象的に、ルナマリアさんは明らかに面白がって情報を追加している。けど、明確な否定が無い上、これだけ慌ててるって事は……たぶん誇張じゃなくて実話なんだろう。


「ちなみに、私がお嬢様を初めて見たのは、毎年行われている王国騎士団の団員が技量を競う大会でした」

「ルナ……お願いです。その話は止めて下さいぃぃ」

「当時私は冒険者の真似事をしておりまして、たまたま立ち寄った王都で大会を観戦していたのですが、儚げにすら見える当時14歳の少女が美しい剣劇で勝ち抜いていく姿は見事なものでした」

「やめて……やめてぇぇぇ……それは駄目な話だから……」


 なにやらリリアさんにとっては余程の黒歴史らしく、主従が逆転したかのようにルナマリアさんに縋りながら懇願している。正直可哀想だと思うけど、それ以上に内容が気になって口を挟めない。ごめん、リリアさん。


「ですが相手も歴戦の騎士達! 5回戦で当たった強者の一撃を受け、お嬢様の剣が折れてしまい……私を含めた観戦者はお嬢様の敗北だと思いました」

「……違うんです……あれは、初参加で興奮してて……」

「しかし、そこでお嬢様は即座に剣を投げ捨て、振り下ろされる上段からの訓練剣を『魔力を纏った両拳で挟むようにして粉砕』!!」

「「「え?」」」

「そのまま、甲冑を着た相手の懐に飛び込み一転攻勢! この少女は人族じゃなくて突然変異したオーガなんじゃないかと思える猛攻で『甲冑を拳で破壊して』勝利を収めました」

「「「ええぇぇぇぇ!?」」」

「もぅ、止めてくださぃ……本当に……」

「晴やかな笑顔で拳を突き上げるお嬢様を見て、私は――この方に仕えよう。とそう思ったわけです」

「あぁぁぁぁ……」


 晴れ晴れとした表情で話しきったルナマリアさんと、若気の至り? を暴露され耳まで真っ赤になり顔を覆って机に伏してしまうリリアさん。

 ルナマリアさん、本当に容赦ないな。けど壮絶な内容を助け船も出さずに聞いておいて失礼かもしれないが、美人が真っ赤な顔で恥ずかしがっているのには、不覚にも萌えてしまった。


「……違うんです……あの時は咄嗟で……」

「ちなみにその一件で、当時親が選んでいた『婚約者候補の精神』も粉砕して、婚約の話は無かったことになりました」

「「「……」」」


 絶句である。もうやめてあげて、ルナマリアさん! もう、リリアさんのライフ残ってないから!? 半泣きだから!!

 静かになった部屋でブツブツと「違うんです」と呟いてるリリアさんの声だけが聞こえてくる中で、ルナマリアさんは何故か俺の方を見て、机に伏してるリリアさんの方を指差す。

 え? なに? まさか、フォローしろとかそういう感じ? 無茶振りにも程があるだろ!? 楠さんと柚木さんも、なんでこっち見てるの!? 無理だから、こんな空気で切り込めとかぼっちに要求する難易度じゃないから!?

 が、しかし、しかしである。完全に原因はあの駄メイドであるのは間違いないが、俺も途中で話を止めなかったという微かな罪悪感は感じている上、多数決と無言の圧力には逆らえないヘタレに選択権は無かった。


「……あ、あの、リリアさん?」

「……うぅ……カイトさん……違うんです。私は『血も涙も無い暴力女』だとか……『白薔薇のトゲは竜の牙』だとか……そんなんじゃないんです」


 あ、これ、過去に相当からかわれたんだな……もうトラウマみたいになってるよ。縋る様な目がくっそ可愛い……じゃなくて! えと、フォロー、フォロー……


「わ、分かってます! 大丈夫、ちょっとビックリしただけで、リリアさんが無闇に暴力を振るう人だなんて思ってませんから!」

「ぐす……本当ですか?」

「勿論です! だって、14歳の時の話でしょ? そんな年齢で初大会なんですし、必死になって当然ですよ。たまたま、偶然が重なって勝っちゃっただけで……」

「ちなみに、最終結果は『準優勝』でした」


 ちょっと、余計な情報足さずに黙ってろ駄メイド。


「と、ともかく、まだ出会って1日ですけど、リリアさんが優しいのは分かってますし、当時の事は知りませんが……過去の出来事でリリアさんを怖がったりしませんから」

「うぅ……カイトさん……」


 う、上手くフォロー出来たのか? おい、なにサムズアップしてんだ駄メイド!

 悪乗りの後始末を押しつけておきながら、よくやったとでも言いたげにこちらを見るルナマリアさんにイラッと来たので、ちょっと方向を変更することにした。


「……と言うかですね。これ……リリアさん何も悪くないですよね?」

「……え?」

「……へ?」

「ほら、誰にだって知られたくない過去の失敗の一つや二つあるものですよ。それを喜々として、他人に話すなんて酷い事ですよね。謝って許される事じゃないと思うんです」

「あ、あの、ミヤマ様? ミヤマ様?」

「……なので、そう言った悪人がいるなら断罪されるべきなのはそっちでしょう。リリアさんは優しい人ですが、こういう場面ではズバッと成敗しちゃって良いと思うんですよ」

「……そう、ですよね」


 出来るだけ優しい声で、なおかつリリアさんは全く悪くないと肯定する。リリアさんの涙は止まり、逆にルナマリアさんの顔が青ざめていく。が、そもそも自業自得である。


「っと、すみません。俺ちょっと朝食食べすぎたみたいで……少し腹ごなしに散歩してきますので、お話しはそれが終わってからで……楠さんと柚木さんも少し屋敷内を見学させてもらわない?」

「……そうですね」

「賛成です」


 リリアさんはとにかく俺達に不安を与えたりしない様にと気を配ってる感じで、今回の件も俺達に怖がられてしまうという点が大きかった筈だ。だからリリアさんは出来るだけ、俺達の前で怒ったりはしない様に気を付けてるんだろう。

 早々に話を打ち切り、わざとらしく楠さんと柚木さんに声をかけて扉に向かう。視界の端でユラリとリリアさんが立ち上がるのが見え、ルナマリアさんの顔が青を通り越して白くなる。


「あ、あの、私もご案内――「あ、道は覚えてるので案内は不要です」――ッ!?」

「……ル~ナ~」

「ひっ!? お。お嬢、様……あ、あの……」


 地の底から響く様な恐ろしい声が聞こえた気がするが、振り返らずに部屋の外へ出る。少しした後、『誰の声かは分からないが』猛獣に襲われたみたいな叫び声が聞こえてきたが、たぶん気のせいだろう。


 拝啓、お母様、お父様――リリアさんはとても優しく可愛い人です。でも――武闘派でした。

 


 


別にフラグとかではないです。単に怖がられたくないだけです。

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