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阪神タイガース日本一に思う阪急、阪神経営統合からの時の重み

チャンピオンフラッグを持つ阪神の杉山健博オーナー(左)と岡田彰布監督(中央)=京セラドーム大阪
チャンピオンフラッグを持つ阪神の杉山健博オーナー(左)と岡田彰布監督(中央)=京セラドーム大阪

今年の関西はプロ野球で盛り上がった。日本シリーズは、18年ぶりにセ・リーグを制した阪神タイガースと、パ・リーグ3連覇のオリックス・バファローズによる59年ぶりの関西決戦となり、阪神が38年ぶりの日本一となった。阪神は岡田彰布(あきのぶ)監督の手腕と選手らに優勝を過度に意識させないため「アレ」と言い換えるユニークさが際立った。

いろんな「〇年ぶり」の中で、阪神の18年ぶりのリーグ制覇に感慨を抱いている。それは、村上世彰(よしあき)氏率いる「旧村上ファンド」が、球団の親会社、阪神電気鉄道株の約27%を取得し、筆頭株主に躍り出たことが判明したのが前回優勝した平成17年9月だったからだ。金融筋に「私鉄株がファンドに狙われているらしい」と注意喚起されていたにもかかわらず株価が急上昇しても、阪神は「タイガースのご祝儀相場」と何ら手を打たず、存亡の危機に立たされた。曲折の末、阪急ホールディングス(HD)との統合構想が浮上し、阪急のTOB(株式公開買い付け)が成立した。

記者は阪急と阪神が18年10月に経営統合し、阪急阪神HDが誕生したときに取材した。大阪―神戸間で鉄道路線が並走し、1世紀にわたって百貨店やホテル、不動産など各分野で競ってきた宿敵同士の統合は戸惑いが大きく、救済された阪神側に「阪急にのみ込まれる」と危機感があった。人気球団のタイガースの行く末は、村上氏から株式上場を要求されたこともあって関心が高く、「阪急タイガースにされる」と懸念する声も根強かった。

これに対し阪急HD社長として阪神買収を決断した阪急阪神HDの角和夫会長兼グループCEO(最高経営責任者)は球団経営を阪神に任せ、阪神の聖域に踏み込むことを避けた。数年後、阪神首脳が「阪神電車とタイガースは守った。統合は結果的に良かった」と語ったのが忘れられない。

一度、角氏に理由を聞いたことがある。角氏は「顧客である阪神ファンの反感を買うなどもってのほか。阪急ブレーブスの経営がオリックスに移って以降、私は野球への興味を失った。興味も知識もない男が意思決定にかかわるべきではない」と語った。

ところが昨年末、阪急阪神HD社長だった杉山健博氏が阪急出身者として初めて阪神球団のオーナーに就任した。心変わりかと角氏に改めて聞くと、球団経営は阪神が担うことに変わりはないことを前提に「一度、阪急の目も入れて球団経営を見てみるということ。ショック療法かもしれないが…。それに杉山は野球に詳しい」と答えた。

この言葉の意味が阪神のリーグ優勝直後の9月16日付本紙「岡田阪神研究①」を読んで腑(ふ)に落ちた。角氏は昨年9月、別の人物を推した阪神側の意見を却下して、岡田氏の監督復帰を決めた。経営統合以降、タイガースが優勝を逃し続けたことに加え、新型コロナウイルス禍で選手間にクラスター(感染者集団)が発生したのにも「危機管理能力が甘い」と断じたという。そうした球団経営に「阪急の目」も入れるため、杉山氏をオーナーとして送り込み、岡田監督の後ろ盾にした。そして1年目でセ・リーグを制し、日本一に輝いた。もはや「阪急タイガース」などと否定的に語る声は聞こえてこない。

「マーケットが縮む中で『阪急だ』や『阪神だ』なんて意識して仕事はしていない」

「もう何年経(た)ったと思っているんや。憎しみながら互いに事業なんてできないよ」

杉山氏のオーナー就任時に取材したとき、こんな声を何度も聞いた。阪急と阪神は同じグループとして歩み続け、信頼関係を築き上げてきたのだ。

もう一つの18年の時の重みを感じている。(松岡達郎)

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