2-1
あれから2年経ち、俺は17歳、妹のリタは15歳になった。
俺の身長はドワーフの血なのか150センチほどで止まったが、鍛冶師としては誰にも文句を言わせない腕前を身に着け、細工もエンチャントも一級品を作れるほどになった。
リタは身長170センチ、角も含めると175センチと中々の長身になり、尻尾も太く立派なものになった。
10歳の誕生日に贈った剣も手足のように扱えるようになり、そして魔法も扱えるので、今や村でもトップクラスの万能戦士だ。
そんなリタが15歳になったということはつまり、あの約束を守る時が来たのだ。
俺とリタが村を出る、その前夜。
俺は大切な話があるとして、ゾーリン父さんとヒルダ母さん、そしてリタを居間に集めた。
「明日、俺とリタは二人の元から巣立つ。
ゾーリン父さんとヒルダ母さんには心から感謝しているよ」
「なーに、こちらこそだよ」
「ああ。魔剣の作り出される瞬間も目撃出来たしね」
そう言って笑う二人。だがその笑みはどこかぎこちない。
きっと俺もだ。
「それでだ、旅立つ前に二人とリタには知っておいてほしい、俺の秘密がある」
「ほう?」
「……俺な、前世の記憶があるんだ。多分魂もそのままだ。
俺の前世は高橋春人って名前で、22歳で死んだ。妹を暴漢から守ろうとして刺されたんだ。
妹は15歳で……丁度リタと同じ年齢だな。それで、えーと……」
いざそれを打ち明けると、次の言葉が出てこない。
整理をしていたはずなのに、今の俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「オレたちも、実はハルトに隠してたことがある。な?」
「ああ。17年間ずっと黙っていたことがね」
「知ってたんだよ。ハルトが別の世界からの転生者だって」
「……え? う、嘘だろ? っていうかいつ気付いたんだ?」
「最初からだよ」
「最初からって、いつ!?」
まさかの展開に頭が追いつかない。
「あたしが赤ん坊を妊娠したって分かった日だ。
夢の中に女神様が現れて、あたしにこう告げたんだ」
『あなたのお腹に宿った新しい命は、別の世界の魂を持っています。
でも心配しないで。
あなた方は特別なことをする必要はありません。
ごく普通に、愛情をもって接してあげればいいのです。
では、頼みましたね。わたしの大切な……』
「飛び起きてゾーリンにこのことを話したら、ゾーリンも全く同じ夢を見たって言ってね、確信したよ。今のは本物の女神様だって」
「この世界にはごく稀に転生者が現れる。でもそれはこの世界からの転生者であって、世界を超えての転生なんて聞いたことがない。だからしばらくは二人で本気で頭を悩ませた。
けどヒルダのお腹が大きくなるにつれてその悩みは消えていった。
女神様が仰ったからな。特別なことをする必要は無いって」
「まさかあんた自身が特別だなんて思わなかったけどね」
「はっはっはっ! 全くだ!」
俺は今、天を仰いでる。
女神様、そういうのは俺にも言っておいてくれないとさぁ……。
「俺な、これを打ち明けるかどうか、15年以上悩んでたんだぞ」
「それはご愁傷様。
でも正直に打ち明けてくれて助かったよ。オレたちの肩の荷も、これようやく降ろせる」
「ここひと月くらい、話すべきか隠すべきかずっと話し合ってたからね」
「それはご愁傷様」
同じ言葉で言い返し、大きなため息をついて頭を切り替える。
と同時に気になったのがリタの反応。
先ほどからずっと無言なのだ。
「リタ、なんていうかそのー……」
「いえ、それでも兄様は兄様です。
それに前世の妹さんを身を挺して守り抜くだなんて、さすが兄様です」
「……神格化はしないでね?」
「それは分かりません」
笑顔でこれを言ってのける妹。恐ろしい。
だがそれでもショックではあったようで、その後は心ここにあらずで尻尾も下がりっぱなしだった。
翌朝、出発前。
王都までの行程は、まず一番近い町まで歩き、そこからポータルと呼ばれるテレポート施設で一気に飛ぶ。
この一番近い町まで山を二つ越えなければならないので、6日分の準備が必要になってしまう。
そのため俺の背負うリュックは1メートルを超える巨大サイズになっている。
「ドワーフの力じゃなかったら持ち上がらないだろうな、これ」
「戦闘は私に任せてください。兄様には傷一つ付けさせません」
「うん、頼りにしてるよ」
尻尾をパタパタと振るリタ。
そんなリタに、まずは両親からのサプライズプレゼント。
「リタ。いや、リコッタ。オレたちからの餞別だ。受け取ってくれ」
「これは、アダマンタイトのフルアーマー?」
「いや、残念ながらただの黒鉄だ。さすがにアダマンタイト製になんてしたらお金がいくつあっても足りないからな」
「あはは、そうだね。でも嬉しいよ。ありがとう」
パタパタからブンブンに変わるリタの尻尾。
この鎧だが、正確には両親がデザインを出して、俺が錬金鍛冶で出力して、ゾーリン父さんが装飾を打ち、ヒルダ母さんがエンチャントを施した。
デザインは可愛らしさの欠片もない漆黒の鎧で、普通のフルアーマーとの違いは角の関係で兜ではなく縦にスリットの入った額当てである点。
その他、初期デザインではあまりにも可愛げのないズボン形状だったので、俺が勝手にスカートに変更しておいた。
最初のうちは実用性だ何だと文句を言っていた両親だが、実際に着用したリタを見れば、両親にリタ自身もこちらの方がいいと太鼓判を押してくれた。
「ハルトにはこっち。王都の冒険者協会にいる【ハーリング】ってオッサンへのの紹介状。王都で困ったことがあったら頼るといいよ」
「あ~、ダズ兄ちゃんの時に言ってた人か」
「よく覚えてるね。そいつだよ」
紹介状を受け取り、リュックに入れる。
「もうひとつ、こいつも連れていけ。名付けて【ゾーリンのハンマー】だ」
「これ鍛冶用の大型ハンマーだよね。まさか俺のために作ったのか?」
「そのまさかだ。大切に使えよ?」
「当然だよ! 俺の一生の宝物だ!」
手に持つだけで分かる、ただものではない雰囲気。
鉄を打ちたい気持ちを抑え、ゾーリンのハンマーも丁重にリュックに入れる。
これで俺たち兄妹の、旅立ちの準備はすべて完了した。
「ハルト、リタ。王都でも元気でな」
「たまには手紙をよこしなよ」
「当然だよ。あ~……俺が金持ちになったら二人を王都に呼ぼうか?」
「いいや、オレたちにはこの村が丁度いい」
「だね。ってもあんたらをこっちに呼ぶのも大変だし、たまにこっちから会いに行くよ」
「ああ、その時を楽しみにしておくよ。
それじゃあゾーリン父さん、ヒルダ母さん、お世話になりました」
「15年間、お世話になりました。行ってきます」
こうして俺とリタは、生まれ故郷の名もなき村を旅立った。