第37話 流星鉄は惑わない

◇流星鉄は惑わない◇


「おう。来たな。物はできてるぜ」


「おお!ハルト!これが新しい鎧か!なかなか良さそうじゃないか!」


 俺とナナは長めの休暇を終え、完成した装備を取りにブラッドさんの工房を訪れていた。目の前には既に俺とナナの鎧が用意されており、ナナは俺の後ろから覆いかぶさるようにして鎧を覗き込む。


 …どうもあの日から、より一層ナナとの距離が縮んだ気がする。主に物理的な距離が…。


 今日は新しい鎧を着込むため、普段着ている皮鎧も着ておらず、感触がダイレクトで伝わるため対応に困ってしまう。


(おのれ…!ナナのくせに…!俺を惑わすだと!?)


 ナナは普段は男っぽく振る舞い、清楚とはかけ離れている存在だ。そんなナナにドギマギさせられることが妙に悔しく感じてしまう。


(だが、…ここで下手に気障な対応をするのは…悪手!)


 俺が気障な対応をすれば、ナナは大抵は初心な反応を返すのに、時折妙に大胆な性格を表に出す。俺は通称ナナさんモードと呼んでいるが、最近はナナさんモードになることが多い。下手に詰め寄れば、返り討ちになりかねない…!


「…?どうしたのハルト君?悩んでるみたいだど何か不具合あった?」


 ナナに苛まれている俺の様子を見て、ミシェルさんが問題があったのかと心配している。


 おっといけない。変な心配を掛けてしまったか。


「い、いえ。鎧に問題があったわけではないです。…手にとって見てもいいですか?」


 俺は自分の鎧に手を伸ばす。ナナも先を競うように自身の鎧を手に取った。


「ほうほう。造りは騎士鎧と同じだが、こう、なんというかシュッとしているな。私を意識してくれたのか?」


 ナナは鎧を調べながら、感想を呟く。ナナの鎧は一般的な騎士鎧がベースとはなっているが、各部にふんだんに竜鱗が使われ、全体的なシルエットも女性に向けた意匠となっている。恐らくミシェルさんのデザインだろう。


「俺のほうは中々見ない作りをしているな」


 俺は自身の鎧に目を落とす。一番の特長は背面だろうか。一枚の金属板を使うのではなく、バイク用の脊髄プロテクターのように、鉛白色の鱗が、背骨に沿うように並んでいる。


「おめぇさんの防具は、稼動部分を極端に増やしてある。その分、打撃には弱いし何より音が出やすいから斥候にはお勧めできないが…」


「俺の場合、音を消せますからね。鎧が擦れて鳴る音は完全に消すことができます」


 一応、念のために各部に音消しの処理も施しているそうだ。これなら本当に近距離でなければ風壁の結界も要らないだろう。


「ね、ね。ナナちゃん。鎧の内側の胸の部分見てごらん?」


「ちょ…!?ミシェルさん…!それは内緒…!」


 ミシェルさんの唐突な暴露を、俺は焦って止めに掛かる。


「…?これは…葉っぱの刺繍だろうか…?」


「…それは、イチジクの葉の刺繍だ。…災い避け。ハーフリングのおまじないだよ」


 ばれてしまったら仕方がない。俺は素っ気無くそのレリーフの説明をする。…恥ずかしいから知られたくなかったのに…。


「ハルト君がねぇ。工房に通ってるときに施したんだよ?ナナちゃんが少しでも危険から遠ざかるよう、一針一針丁寧に」


 ミシェルさんが、俺に対して更に追い討ちを掛ける。


「…ハルト…。ありがとう…。凄く嬉しい…」


 ナナは鎧を胸に抱き寄せ顔をうつむかせて呟いた。どうやらナナさんモードは発動しなかったらしい。


「えへへへ。…ハルト。…ハルト」


 鎧の次は俺を抱き寄せてきた。…コイツ、俺を抱き枕にしてからと言うもの、抱きつき癖がついてないか…?


 俺は努めて平然としているが、心臓は高鳴っている。


「…おいおい。いちゃつくんなら外でしてくれ」


 ほれみろ。ブラッドさんがあきれているじゃねぇか。


「…!?い、い、い、いい、いちゃいちゃ…ちゃちゃちゃ!?」


 そしてナナがバグり始めた。なんだよ、ちゃちゃちゃって…。


「はいはいーい。それじゃ早速着てみようか」


 おかしくなったナナを回収するようにミシェルさんが個室へと引っ張っていった。ナナはまだちゃちゃちゃちゃ言っている。


「ほら、坊主も着てみろ。特におめぇさんのは調整が必要だ」


「はいはい。調整お願いしまーす」


 俺は言われるがまま、鎧を身に付ける。俺の鎧につけた注文の一つが、調整の幅を大きめにすることだ。…モリモリ成長しても使えるようにと…!!


「どうだ。変に感じる箇所はないか?」


 俺は体操をするように体を動かし、鎧の感触を確認する。何点か気になる箇所を指摘すると、着たままの状態でブラッドさんが即座に調節をする。その際に各部の調節可能部位を俺に説明してくれた。


 一通り調節をすれば、鎧は俺の体に吸い付くような着心地となった。動きに対する支障もほとんどない。この鎧であれば、俺の行動を阻害することはないだろう。


「パーフェクトです。ブラッドさん」


「ふん。当たり前だ。なんだかんだ、坊主のように動きを極力阻害しない鎧をほしがる奴は多い。こういった鎧も作りなれている。…その中でもお前の鎧は特に良く動く形状の物だがな」


 俺の戦い方は機動力重視だからな…。攻撃は鎧で受けるのではなくかわすのが前提だ。


「はいはーい。ハルト君。こっち注目。ご感想をどうぞー」


 俺の鎧の確認が終わる頃になると、個室の扉が開き、二人が中から登場した。


「…ハ、ハルト…。どうかな…?」


 ミシェルさんの手が示す方には、鎧を着込んで少し照れているナナが立っていた。


(…え?ここでこんな感想求められるの?)


 いや、ドレスじゃねぇんだぞ?…褒めるのが正解なのは分かる。だが着込んでるのはお洒落な洋服ではなく鎧だ。何といって褒めるのが正解なのだろうか…?


 考えろ!考えるのだ俺! 


「ふむ…。まさしく戦乙女といったところか。戦士と言うにはあまりに可憐だが、曲がらぬ強さを感じるのも確かだ…」


「…ハルト君。ちょっと気障過ぎない?」


「…えへへへへ」


 ミシェルさんには低評価だったようだが問題ない。当の本人は照れてもじもじしている。あまりにも易しいナナを、ミシェルさんも呆れたように見つめている。


「…はいはい。なるほどね。…それじゃ、ハルト君の大本命のお披露目しようか」


 ミシェルさんはカウンターの下から包みを取り出し、それを広げた。中はもちろん、二振りのマチェットだ。


 俺は目線で許可を取ってから、その剣を鞘から抜いた。


「黒い…」


 牙を削って作った剣なのだ。てっきり乳白色の見た目をしていると思っていたが、その剣は艶の無い黒色の剣であった。


「竜の特性なんだろうな。その牙は驚くほどに金属のがいい。芯材に牙を使い、金属でそれを覆うように施してある」


「金属もただの金属じゃないんだよ。うちの工房の取っておきの流星鉄さ」


 ブラッドさんとミシェルさんが得意げに説明をする。…流星鉄か。希少度合いであればミスリルよりも上だ。そんなものを使ってもらえるとは…。…通りで結構な額を要求したわけだ。


「まさか…流星鉄とは…」


 流星鉄。遥かなる宙から飛来した、大地の欠片。それは空を引き裂き突き進む中で、風に磨かれ鍛えられるという。そのため、大地の結晶たる鉱物でありながら、僅かに風の属性を宿す。結晶となった風はもう何者にも惑わない。


「ボスゴレブレの牙だろ?普通に鍛えたんじゃ土属性の剣となる。だが、流星鉄を混ぜれば別だ」


「なんたって数少ない風属性の鉱物だからね。ハルト君に似合う剣となるはずだよ」


 ミシェルさんだけでなく、ブラッドさんもいつになく饒舌じょうぜつだ。よほどこの剣に自信があるのだろう。


 俺はもう一振りも鞘から抜き、剣の具合を確認する。そして、工房の片隅の試し振りの空間にて剣舞をおこなった。


「いいですね。凄く馴染む。何より、剣自体が風に乗る」


 俺にとって風は自身の一部であるが、剣は風と交わらぬ故に、俺は剣の感覚を完全に把握することができなかった。だが、この剣は違う。剣自体が風の気を宿すため、そこまで俺の感覚が伸びるのだ。


「…すごいぞハルト。剣舞が風と一体になっている」


「剣が発動体つえの代わりになってるんだ。剣にとって都合のいい風が、手に取るようにわかる」


 剣舞を終えた俺は剣を鞘にしまい、即座に腰に取り付けた。


「…どうやら気に入ってもらえたようだね」


 剣を腰に携えた俺を見て、ミシェルさんが満足そうに言い放った。


「ええ。満足も満足。大満足です」


「それじゃぁ坊主。出すもん出してもらおうか」


 粗暴な言い回しだが、単に料金の催促だ。特に文句も無いため、俺は素直にブラッドさんに料金を支払う。これで竜狩りの褒賞の半分以上が吹き飛んだことになる。


「毎度ありー。砥石や油をサービスで付けとくからね」


 そう言ってミシェルさんは俺に手入れ道具の入った袋を渡した。


「あぁ。ありがとうミシェルさん。最初はちょっと悩んだけど、ミシェルさんにお願いしてよかったよ」


「ああ。素敵な鎧と剣をありがとう。大切に使わせてもらうよ」


 俺とナナは二人に礼を言う。悩みはしたが、この工房を頼ったのは正解だったわけだ。紹介してくれたエイヴェリーさんにも礼を言わねば。


「それじゃ、二人とも気をつけて」


「えぇ。また何かあれば頼らせてもらいます」


 そういって俺はナナと共に工房を後にした。まだ日も高い。ちょっとした依頼で装備を試すのもいいだろう。


 俺とナナはやる気に満ちた顔で狩人ギルドへと足を向けるのであった。


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