わたしの研究がまさか…科学雑誌の表紙になるなんて

わたしの研究がまさか…科学雑誌の表紙になるなんて
世界的に有名な科学雑誌「サイエンス」の表紙を1枚のイラストが飾った。

描かれているのは、海水に漂う小さな藻。
生命の進化の歴史を考える上で非常に重要な発見に関わっているという。

この論文を発表した著者の1人は、高知市内に独立した研究室を構える異色の女性研究者だ。

彼女が“うちの子”と呼ぶ「小さな海の藻」は、いかにして世界の注目を集めることになったのか。

(科学・文化部 記者 山内洋平)

異色の研究者 研究は“6畳一間”で

「サイエンス」に掲載された論文の著者の1人、高知大学客員講師の萩野恭子さん。

高知市郊外で待ち合わせた漁港に向かうと、萩野さんは小さなバケツを海に投げ入れ、海水をくみ上げる作業にあたっていた。

海水中の小さな生き物を調べているというが、バケツのなかをのぞいても見えたのは透明な海水だけ。
海水には肉眼では小さすぎて見えないさまざまな種類の微生物が暮らしているといい、研究対象の「小さな海の藻」もその1つ。

顕微鏡で観察すると姿形がよく分かるというので、私たちは萩野さんの研究室へと向かった。

ところが案内されたのは萩野さんの自宅。

玄関を入ってすぐ右手にある6畳一間の部屋には高性能の顕微鏡や作業用の簡易的なクリーンルーム、培養装置などがずらり。

大学と遜色ない研究室がそこにあった。
客員講師の立場の萩野さんは現在、大学から研究費を受けておらず、家族の理解を得て私財を投じて自宅に研究環境を整えてきたそうだ。

高性能の顕微鏡の値段は軽自動車1台分にも相当するという。
萩野さん
「研究を始めてすぐの頃に結婚して子どもができて。子どもがいるので家でできることをするために少しずつ増やしていきました。集中もできますし、自宅なので疲れたらリラックスして休むこともできるので、私にとっては最高の場所です」

小さな藻はかわいい“わが子”

驚いている私たちをよそに、萩野さんは慣れた手つきで顕微鏡の準備を済ませると「小さな海の藻」の実物を見せてくれた。

顕微鏡をのぞき込むと、2本のべん毛がある小さな生き物が水のなかを元気に前に後ろにと泳ぎ回っていた。

大きさはわずか100分の1ミリほどだという。
萩野さん
「泳いでいる様子がとてもかわいくて。前に進んでちょっと後ろに下がって、また前に進んでというのが、まっすぐ前に行ってしまうよりも共感するものがあります。長いつきあいになるので、やっぱりちょっと“わが子”のような感じがします」

表紙飾る小さな藻 どんな生き物?

「小さな海の藻」の名前は「Braarudosphaera bigelowii」。

学名が長いので研究者からは「ビゲロイ」と呼ばれている。

この藻が、大気中の8割を占める窒素を直接取り込む能力を獲得した生き物と分かり、世界の研究者の間で注目を集めている。

国際研究チームに高知大学から参加した萩野さんが「ビゲロイ」を安定的に培養できる手法を確立し、詳しい分析が可能になったことが今回の研究の突破口となった。

窒素を直接取り込み 何がすごい?

「ビゲロイ」が窒素を直接取り込めることが、なぜ世界の注目を集めているのか。

それを理解する前に、まずは窒素について簡単に説明したい。
ふだん意識していないことだが、地球の大気のおよそ8割を占める窒素は、遺伝子、筋肉、タンパク質などを構成する生命に必須の元素の1つとして知られている。

肥料としても使われ、コメや野菜といった農作物の成長にも欠かせない。

ところが私たちは、空気中にたくさんある窒素を直接取り込むことができない。

呼吸で空気中から吸っているのは酸素だけで窒素はすべて吐き出してしまう。

その代わりに、窒素を含むタンパク質(アミノ酸)を肉や魚から摂取している。

また植物のなかには根に窒素を取り込む細菌を住まわせて、窒素分を受け取っているものもいる。

しかし「ビゲロイ」は動植物とは異なり、海水中に含まれる窒素を直接取り込んで利用することができる。

ヒトに例えるなら肉や魚、プロテインを摂取せずとも、いわば窒素を“呼吸”するだけで成長し、マッチョになれるような能力を獲得したということなのだ。

「小さな海の藻」が注目される理由を身近に感じていただけただろうか。

出会いは30年前 美しい形に”一目ぼれ”

萩野さんと「ビゲロイ」の出会いは30年以上前の1993年、高知大学4年生のころにさかのぼる。

卒業研究のテーマとして東北地方沿岸に生息する藻の仲間を調べることになり、与えられた海水のサンプルの中に偶然含まれていたのが「ビゲロイ」だった。
当時撮影された画像がこちら。

サッカーボールのような形。

正五角形の面がある殻に覆われ、違う生き物のようだが、同じ「ビゲロイ」だというから驚きだ。

ライフサイクルのなかで大きく姿形を変える生き物なのだそうだ。

小学生の時、星や天体が好きだった萩野さん。

顕微鏡で見た「ビゲロイ」の幾何学的な形が、望遠鏡で眺めた天体のようで美しく感じた。一目ぼれだった。
その後、萩野さんは博士号を取得し、ポスドク(任期付きの研究者)として「ビゲロイ」の遺伝的な特徴を調べていたとき、サッカーボールのような形をした「ビゲロイ」と今回論文に掲載された「小さな海の藻」のDNAの塩基配列が一致することに気付いた。

当時、別の生き物と考えられていた2つの生き物が、実はライフサイクルのなかで大きく姿を変える、同一の生き物だったのだ。

培養への挑戦 海水採取 6年間で232回

「ビゲロイ」のことをもっと深く知りたい。

そのために培養手法を確立させ、仲間を増やす過程や、生きた個体を調べたいと考えた萩野さん。

この時は北海道大学に在籍し、神戸の大学に勤めていた夫とは別居生活となり、札幌で1人、長女の子育てと研究に奮闘していた。

任期も迫っていたが、育児のかたわらでも続けられるテーマだと考え、「ビゲロイ」の培養を試みる研究に着手した。
とはいえ「ビゲロイ」が海水中から見つかることはまれで、文献が限られ詳しい生態が分からないため研究は全くの手探りだった。

時間や場所を変えてとにかく海に向かい、家族とともに海水をくみ取り、そのなかから「ビゲロイ」を見つけ出すことから始めた。
その後鳥取県に引っ越し、家族3人で暮らし始めてからはさらに研究に熱が入り、海水を採取した数は6年間で232回にのぼった。

「ビゲロイ」が見つかりやすい場所や季節などの条件を絞り込み、家族3人の連名で論文にまとめることができた。

そんな中で、長女に思わぬハプニングが起きたことを明かしてくれた。
萩野さん
「家族を巻き込み、土日は娘を連れて海に海水をくみに行っていたので、娘は『海は海水をくむ場所』だと思い込んでいました。海水浴に行くところだとは思っておらず、むしろ海水浴に行った友達の話を保育園で聞いてきて『何々ちゃんは海に行って泳いできたなんて変なことを言う』と勘違いしていたほどでした」

10年失敗も 高知名物が突破口に

培養に着手してから8年後、再び高知で暮らし始めてからも海に通い続け、海水をくんで見つけ出す作業に明け暮れた。

「ビゲロイ」を見つけ出して、培養を試みるもののわずか数日で弱り、一度も成功することはなかった。

転機となったのは、さらに3年がたった2017年。

10年以上失敗が続き「ことしを最後にもう諦めよう」という気持ちがくすぶるなか、高知大学の足立真佐雄教授のもとを訪ねた。
そこで授けられたのが「藻を培養するなら海藻のてんぐさを原材料とする『ところてん』由来の液体を使ってはどうか」というアドバイスだった。

足立教授は、藻の培養に海藻由来の成分が有効なのではと考え、高知名物の「ところてん」に着目。

別の藻で、培養を促進する効果があることを確認していた。
同じてんぐさを原材料とする寒天も試したものの増殖は促されず、何が効いているのかは「不明」だというが、「ところてん」由来の液体には培養に有効な成分が含まれているとみられるという。
萩野さんはアドバイスに従い「ところてん」を凍らせてから抽出した液体を培養に使ったところ、「ビゲロイ」の様子がこれまでとは明らかに違うことに気がついた。
萩野さん
「今までは培養液のなかにビゲロイを入れても数日でぐったりして1週間たったら死んでいたのですが、『ところてん』から出てきた液体をちょっと加えたところ、しばらくしても元気なままで前後にシュッ、シュッと泳いでいて、そこから数が増えるまではまだ時間がかかったのですが、明らかに今までとは違いました」
10年越しの悲願だった培養に成功した萩野さんは早速、お礼を伝えに足立教授のもとを訪れた。

そのときの様子が印象的だったと足立教授は振り返る。
足立教授
「萩野さんが来られたとき、非常に興奮されていて、ちょっと小躍りされていたのを今でも覚えています。本当にうまくいくとはあまり思っていなかったものの、うまくいったと聞いて非常にうれしかったです」

6畳一間から世界が注目の存在へ

高知の自宅にある6畳一間の研究室で、「ビゲロイ」の培養を成し遂げたことで、萩野さんの研究は思いがけない展開を見せていく。

最先端の研究環境がそろったアメリカのカリフォルニア大学のチームから共同研究の提案を受けることになったのだ。
これまで「ビゲロイ」は、その細胞のなかに窒素を取り込む能力を持ったバクテリアが住み着いているのではと考えられていた。

ところが、カリフォルニア大学のチームが萩野さんの手法を用いて培養した「ビゲロイ」を使って細胞分裂の様子を詳細に分析したところ、「ビゲロイ」本体が分裂する前に、窒素を取り込む部分が先に分裂して2つになり、そのあとほかの葉緑体や核などの部分も増えて、最終的に本体が2つに分かれる経過をたどることが確認された。
これは、「ビゲロイ」の細胞のなかに窒素を取り込むバクテリアが住んでいるだけなら説明が付かない現象で、体の一部として一体化しつつある決定的な証拠とされ、2024年4月、科学雑誌サイエンスの表紙を飾ることとなった。

今回の国際研究チームを率いた、カリフォルニア大学のジョナサン・ゼア名誉教授は、萩野さんの貢献がなければ今回の成果は無かっただろうと振り返る。
ゼア名誉教授
「サイエンスの表紙になるのはとてもまれなことで、私のキャリアのなかでもこれまで一度もありませんでした。それを可能にしたのは、萩野さんのすばらしい研究のおかげです」

ミトコンドリア、葉緑体と並ぶ発見

「ビゲロイ」のようにバクテリアや細菌を取り込み細胞内の小器官「オルガネラ」として一体化する事例は非常に珍しく、生命の進化を考える上で重要な発見とされる。

2つの異なる生き物が“合体”するとはSFのようだが、実はそうではない。

私たちの祖先もまた、細胞に別の生き物を取り込んで進化してきたと考えられるという。
ヒトをはじめ動植物の体内に呼吸で取り込んだ酸素を使いエネルギーを生み出している、細胞内にある小器官の「ミトコンドリア」。
植物のなかで太陽光を使って二酸化炭素と水から酸素などを作り出す光合成を行う「葉緑体」。

これらはいずれもかつては別のバクテリアや細菌だったと考えられ、私たちの祖先にあたる原始的な生物が、これらを細胞内に取り込んで“合体”することで、新たな機能を獲得してきたと考えられている。
“合体”による窒素を取り込む能力の獲得は、生命の歴史のなかで、ミトコンドリアと葉緑体に並ぶ新たな能力獲得の事例であり、今回が初の発見だ。

しかも「ビゲロイ」の場合、内部の窒素を利用するバクテリアはまだ完全には細胞内の小器官「オルガネラ」になっておらず、2つの生物が「一体化しつつある」状況にあると見られるという。

2つの生物がどのように合体し、一体化していくのか、生命の進化の謎に迫る手がかりになると期待されている。

地球規模の問題解決に役立つ可能性も

さらに研究が進めば、地球全体で窒素がどのように生物の中に取り込まれ、食物連鎖を通じて生態系のなかで循環しているのかを解明することや、窒素をみずから取り込み利用することができる能力を応用して、将来的に肥料が要らない農作物を作り出すことなどにつながる可能性もあるとしている。

窒素肥料の多くは、工業的に空気中の窒素と水素からアンモニアを合成して作られており、水素の製造には天然ガスなど化石燃料が使われている。

つまり研究が進めば、食糧問題や環境問題など地球規模の課題の対策にもつながることが期待されるという。

研究生活から得た教訓

「サイエンス」で論文を発表してから半年近くがたち、研究成果がメディアに取り上げられるなど注目を集めたが、その後も萩野さんの生活は変わらず、この日も遠く離れた鳥取県内の漁港を訪れ、「ビゲロイ」を求めて夫婦で海水をくんでいた。

“わが子”のような存在である「ビゲロイ」については、姿形を大きく変えることなど、いまも分からないことだらけだ。

沿岸にいるものや、沖合に生息するものなど、いくつかの種類が存在することも知られている。
「それらについても培養を成功させることで、窒素を取り込んで利用する能力を持っているのかどうか、解き明かしたい」のだと、新たな目標を語ってくれた。

萩野さんにとって「ビゲロイ」はもはや単なる研究対象ではなく“わが子”と呼ぶ存在となったが、今回の成果は、萩野さんのことを理解してくれた本当の家族の存在抜きには語れない。
研究を諦めかけたときに家族からかけられた「ことしはやらないの?」という言葉に背中を押されて「もう1回、頑張ろう」と気持ちを奮い立たせ、困難な挑戦を続けることができたのだと胸の内を明かしてくれた。

夫の富岡尚敬さんも研究者だが、専門が異なるため最初は研究内容もよく分からず「なんで海水をすくっているのだろう」と思いながら妻の研究を手伝っていたという。

ただ、夢中になって研究を続ける妻をそばで見守るうちに、自然とよき理解者へと変わっていった。

家族に支えられながら地道な研究を継続し、成果につなげた萩野さん。

最後に、若い世代に伝えたいメッセージを伺った。
萩野さん
「夢を追いかけたくても、さまざまな状況やお金、自分の能力が伴わないことがあると思いますが、いまできないからといって諦めずにできる範囲のことを続けてほしい。失敗に終わることがあっても少しずつ続けていると、結果としてチャンスが来たときに『これは本当に逃しちゃいけない』と分かり、最適な行動を取ることができるのだと思います」
2024年9月29日(日)おはよう日本で放送予定
科学・文化部記者
山内洋平
2011年入局。佐賀局を振り出しに青森局、札幌局を経て科学文化部。
わたしの研究がまさか…科学雑誌の表紙になるなんて

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わたしの研究がまさか…科学雑誌の表紙になるなんて

世界的に有名な科学雑誌「サイエンス」の表紙を1枚のイラストが飾った。

描かれているのは、海水に漂う小さな藻。
生命の進化の歴史を考える上で非常に重要な発見に関わっているという。

この論文を発表した著者の1人は、高知市内に独立した研究室を構える異色の女性研究者だ。

彼女が“うちの子”と呼ぶ「小さな海の藻」は、いかにして世界の注目を集めることになったのか。

(科学・文化部 記者 山内洋平)

異色の研究者 研究は“6畳一間”で

異色の研究者 研究は“6畳一間”で
「サイエンス」に掲載された論文の著者の1人、高知大学客員講師の萩野恭子さん。

高知市郊外で待ち合わせた漁港に向かうと、萩野さんは小さなバケツを海に投げ入れ、海水をくみ上げる作業にあたっていた。

海水中の小さな生き物を調べているというが、バケツのなかをのぞいても見えたのは透明な海水だけ。
海水には肉眼では小さすぎて見えないさまざまな種類の微生物が暮らしているといい、研究対象の「小さな海の藻」もその1つ。

顕微鏡で観察すると姿形がよく分かるというので、私たちは萩野さんの研究室へと向かった。

ところが案内されたのは萩野さんの自宅。

玄関を入ってすぐ右手にある6畳一間の部屋には高性能の顕微鏡や作業用の簡易的なクリーンルーム、培養装置などがずらり。

大学と遜色ない研究室がそこにあった。
客員講師の立場の萩野さんは現在、大学から研究費を受けておらず、家族の理解を得て私財を投じて自宅に研究環境を整えてきたそうだ。

高性能の顕微鏡の値段は軽自動車1台分にも相当するという。
萩野さん
「研究を始めてすぐの頃に結婚して子どもができて。子どもがいるので家でできることをするために少しずつ増やしていきました。集中もできますし、自宅なので疲れたらリラックスして休むこともできるので、私にとっては最高の場所です」

小さな藻はかわいい“わが子”

小さな藻はかわいい“わが子”
驚いている私たちをよそに、萩野さんは慣れた手つきで顕微鏡の準備を済ませると「小さな海の藻」の実物を見せてくれた。

顕微鏡をのぞき込むと、2本のべん毛がある小さな生き物が水のなかを元気に前に後ろにと泳ぎ回っていた。

大きさはわずか100分の1ミリほどだという。
萩野さん
「泳いでいる様子がとてもかわいくて。前に進んでちょっと後ろに下がって、また前に進んでというのが、まっすぐ前に行ってしまうよりも共感するものがあります。長いつきあいになるので、やっぱりちょっと“わが子”のような感じがします」

表紙飾る小さな藻 どんな生き物?

表紙飾る小さな藻 どんな生き物?
「小さな海の藻」の名前は「Braarudosphaera bigelowii」。

学名が長いので研究者からは「ビゲロイ」と呼ばれている。

この藻が、大気中の8割を占める窒素を直接取り込む能力を獲得した生き物と分かり、世界の研究者の間で注目を集めている。

国際研究チームに高知大学から参加した萩野さんが「ビゲロイ」を安定的に培養できる手法を確立し、詳しい分析が可能になったことが今回の研究の突破口となった。

窒素を直接取り込み 何がすごい?

「ビゲロイ」が窒素を直接取り込めることが、なぜ世界の注目を集めているのか。

それを理解する前に、まずは窒素について簡単に説明したい。
ふだん意識していないことだが、地球の大気のおよそ8割を占める窒素は、遺伝子、筋肉、タンパク質などを構成する生命に必須の元素の1つとして知られている。

肥料としても使われ、コメや野菜といった農作物の成長にも欠かせない。

ところが私たちは、空気中にたくさんある窒素を直接取り込むことができない。

呼吸で空気中から吸っているのは酸素だけで窒素はすべて吐き出してしまう。

その代わりに、窒素を含むタンパク質(アミノ酸)を肉や魚から摂取している。

また植物のなかには根に窒素を取り込む細菌を住まわせて、窒素分を受け取っているものもいる。

しかし「ビゲロイ」は動植物とは異なり、海水中に含まれる窒素を直接取り込んで利用することができる。

ヒトに例えるなら肉や魚、プロテインを摂取せずとも、いわば窒素を“呼吸”するだけで成長し、マッチョになれるような能力を獲得したということなのだ。

「小さな海の藻」が注目される理由を身近に感じていただけただろうか。

出会いは30年前 美しい形に”一目ぼれ”

萩野さんと「ビゲロイ」の出会いは30年以上前の1993年、高知大学4年生のころにさかのぼる。

卒業研究のテーマとして東北地方沿岸に生息する藻の仲間を調べることになり、与えられた海水のサンプルの中に偶然含まれていたのが「ビゲロイ」だった。
当時撮影された画像がこちら。

サッカーボールのような形。

正五角形の面がある殻に覆われ、違う生き物のようだが、同じ「ビゲロイ」だというから驚きだ。

ライフサイクルのなかで大きく姿形を変える生き物なのだそうだ。

小学生の時、星や天体が好きだった萩野さん。

顕微鏡で見た「ビゲロイ」の幾何学的な形が、望遠鏡で眺めた天体のようで美しく感じた。一目ぼれだった。
その後、萩野さんは博士号を取得し、ポスドク(任期付きの研究者)として「ビゲロイ」の遺伝的な特徴を調べていたとき、サッカーボールのような形をした「ビゲロイ」と今回論文に掲載された「小さな海の藻」のDNAの塩基配列が一致することに気付いた。

当時、別の生き物と考えられていた2つの生き物が、実はライフサイクルのなかで大きく姿を変える、同一の生き物だったのだ。

培養への挑戦 海水採取 6年間で232回

「ビゲロイ」のことをもっと深く知りたい。

そのために培養手法を確立させ、仲間を増やす過程や、生きた個体を調べたいと考えた萩野さん。

この時は北海道大学に在籍し、神戸の大学に勤めていた夫とは別居生活となり、札幌で1人、長女の子育てと研究に奮闘していた。

任期も迫っていたが、育児のかたわらでも続けられるテーマだと考え、「ビゲロイ」の培養を試みる研究に着手した。
とはいえ「ビゲロイ」が海水中から見つかることはまれで、文献が限られ詳しい生態が分からないため研究は全くの手探りだった。

時間や場所を変えてとにかく海に向かい、家族とともに海水をくみ取り、そのなかから「ビゲロイ」を見つけ出すことから始めた。
家族連名の論文
その後鳥取県に引っ越し、家族3人で暮らし始めてからはさらに研究に熱が入り、海水を採取した数は6年間で232回にのぼった。

「ビゲロイ」が見つかりやすい場所や季節などの条件を絞り込み、家族3人の連名で論文にまとめることができた。

そんな中で、長女に思わぬハプニングが起きたことを明かしてくれた。
萩野さん
「家族を巻き込み、土日は娘を連れて海に海水をくみに行っていたので、娘は『海は海水をくむ場所』だと思い込んでいました。海水浴に行くところだとは思っておらず、むしろ海水浴に行った友達の話を保育園で聞いてきて『何々ちゃんは海に行って泳いできたなんて変なことを言う』と勘違いしていたほどでした」

10年失敗も 高知名物が突破口に

培養に着手してから8年後、再び高知で暮らし始めてからも海に通い続け、海水をくんで見つけ出す作業に明け暮れた。

「ビゲロイ」を見つけ出して、培養を試みるもののわずか数日で弱り、一度も成功することはなかった。

転機となったのは、さらに3年がたった2017年。

10年以上失敗が続き「ことしを最後にもう諦めよう」という気持ちがくすぶるなか、高知大学の足立真佐雄教授のもとを訪ねた。
足立教授(左)と荻野さん
そこで授けられたのが「藻を培養するなら海藻のてんぐさを原材料とする『ところてん』由来の液体を使ってはどうか」というアドバイスだった。

足立教授は、藻の培養に海藻由来の成分が有効なのではと考え、高知名物の「ところてん」に着目。

別の藻で、培養を促進する効果があることを確認していた。
同じてんぐさを原材料とする寒天も試したものの増殖は促されず、何が効いているのかは「不明」だというが、「ところてん」由来の液体には培養に有効な成分が含まれているとみられるという。
萩野さんはアドバイスに従い「ところてん」を凍らせてから抽出した液体を培養に使ったところ、「ビゲロイ」の様子がこれまでとは明らかに違うことに気がついた。
萩野さん
「今までは培養液のなかにビゲロイを入れても数日でぐったりして1週間たったら死んでいたのですが、『ところてん』から出てきた液体をちょっと加えたところ、しばらくしても元気なままで前後にシュッ、シュッと泳いでいて、そこから数が増えるまではまだ時間がかかったのですが、明らかに今までとは違いました」
10年越しの悲願だった培養に成功した萩野さんは早速、お礼を伝えに足立教授のもとを訪れた。

そのときの様子が印象的だったと足立教授は振り返る。
足立教授
「萩野さんが来られたとき、非常に興奮されていて、ちょっと小躍りされていたのを今でも覚えています。本当にうまくいくとはあまり思っていなかったものの、うまくいったと聞いて非常にうれしかったです」

6畳一間から世界が注目の存在へ

高知の自宅にある6畳一間の研究室で、「ビゲロイ」の培養を成し遂げたことで、萩野さんの研究は思いがけない展開を見せていく。

最先端の研究環境がそろったアメリカのカリフォルニア大学のチームから共同研究の提案を受けることになったのだ。
これまで「ビゲロイ」は、その細胞のなかに窒素を取り込む能力を持ったバクテリアが住み着いているのではと考えられていた。

ところが、カリフォルニア大学のチームが萩野さんの手法を用いて培養した「ビゲロイ」を使って細胞分裂の様子を詳細に分析したところ、「ビゲロイ」本体が分裂する前に、窒素を取り込む部分が先に分裂して2つになり、そのあとほかの葉緑体や核などの部分も増えて、最終的に本体が2つに分かれる経過をたどることが確認された。
これは、「ビゲロイ」の細胞のなかに窒素を取り込むバクテリアが住んでいるだけなら説明が付かない現象で、体の一部として一体化しつつある決定的な証拠とされ、2024年4月、科学雑誌サイエンスの表紙を飾ることとなった。

今回の国際研究チームを率いた、カリフォルニア大学のジョナサン・ゼア名誉教授は、萩野さんの貢献がなければ今回の成果は無かっただろうと振り返る。
カリフォルニア大学サンタクルーズ校 ジョナサン・ゼア名誉教授
ゼア名誉教授
「サイエンスの表紙になるのはとてもまれなことで、私のキャリアのなかでもこれまで一度もありませんでした。それを可能にしたのは、萩野さんのすばらしい研究のおかげです」

ミトコンドリア、葉緑体と並ぶ発見

「ビゲロイ」のようにバクテリアや細菌を取り込み細胞内の小器官「オルガネラ」として一体化する事例は非常に珍しく、生命の進化を考える上で重要な発見とされる。

2つの異なる生き物が“合体”するとはSFのようだが、実はそうではない。

私たちの祖先もまた、細胞に別の生き物を取り込んで進化してきたと考えられるという。
ミトコンドリアの電子顕微鏡画像(ヒトの培養細胞)
ヒトをはじめ動植物の体内に呼吸で取り込んだ酸素を使いエネルギーを生み出している、細胞内にある小器官の「ミトコンドリア」。
緑の部分が葉緑体(ヒメツリガネゴケの顕微鏡写真)
植物のなかで太陽光を使って二酸化炭素と水から酸素などを作り出す光合成を行う「葉緑体」。

これらはいずれもかつては別のバクテリアや細菌だったと考えられ、私たちの祖先にあたる原始的な生物が、これらを細胞内に取り込んで“合体”することで、新たな機能を獲得してきたと考えられている。
“合体”による窒素を取り込む能力の獲得は、生命の歴史のなかで、ミトコンドリアと葉緑体に並ぶ新たな能力獲得の事例であり、今回が初の発見だ。

しかも「ビゲロイ」の場合、内部の窒素を利用するバクテリアはまだ完全には細胞内の小器官「オルガネラ」になっておらず、2つの生物が「一体化しつつある」状況にあると見られるという。

2つの生物がどのように合体し、一体化していくのか、生命の進化の謎に迫る手がかりになると期待されている。

地球規模の問題解決に役立つ可能性も

さらに研究が進めば、地球全体で窒素がどのように生物の中に取り込まれ、食物連鎖を通じて生態系のなかで循環しているのかを解明することや、窒素をみずから取り込み利用することができる能力を応用して、将来的に肥料が要らない農作物を作り出すことなどにつながる可能性もあるとしている。

窒素肥料の多くは、工業的に空気中の窒素と水素からアンモニアを合成して作られており、水素の製造には天然ガスなど化石燃料が使われている。

つまり研究が進めば、食糧問題や環境問題など地球規模の課題の対策にもつながることが期待されるという。

研究生活から得た教訓

研究生活から得た教訓
「サイエンス」で論文を発表してから半年近くがたち、研究成果がメディアに取り上げられるなど注目を集めたが、その後も萩野さんの生活は変わらず、この日も遠く離れた鳥取県内の漁港を訪れ、「ビゲロイ」を求めて夫婦で海水をくんでいた。

“わが子”のような存在である「ビゲロイ」については、姿形を大きく変えることなど、いまも分からないことだらけだ。

沿岸にいるものや、沖合に生息するものなど、いくつかの種類が存在することも知られている。
「それらについても培養を成功させることで、窒素を取り込んで利用する能力を持っているのかどうか、解き明かしたい」のだと、新たな目標を語ってくれた。

萩野さんにとって「ビゲロイ」はもはや単なる研究対象ではなく“わが子”と呼ぶ存在となったが、今回の成果は、萩野さんのことを理解してくれた本当の家族の存在抜きには語れない。
萩野さんと夫の富岡尚敬さん
研究を諦めかけたときに家族からかけられた「ことしはやらないの?」という言葉に背中を押されて「もう1回、頑張ろう」と気持ちを奮い立たせ、困難な挑戦を続けることができたのだと胸の内を明かしてくれた。

夫の富岡尚敬さんも研究者だが、専門が異なるため最初は研究内容もよく分からず「なんで海水をすくっているのだろう」と思いながら妻の研究を手伝っていたという。

ただ、夢中になって研究を続ける妻をそばで見守るうちに、自然とよき理解者へと変わっていった。

家族に支えられながら地道な研究を継続し、成果につなげた萩野さん。

最後に、若い世代に伝えたいメッセージを伺った。
萩野さん
「夢を追いかけたくても、さまざまな状況やお金、自分の能力が伴わないことがあると思いますが、いまできないからといって諦めずにできる範囲のことを続けてほしい。失敗に終わることがあっても少しずつ続けていると、結果としてチャンスが来たときに『これは本当に逃しちゃいけない』と分かり、最適な行動を取ることができるのだと思います」
2024年9月29日(日)おはよう日本で放送予定
科学・文化部記者
山内洋平
2011年入局。佐賀局を振り出しに青森局、札幌局を経て科学文化部。

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