(フロントランナー)昆虫学者・前野ウルド浩太郎さん サハラでバッタの謎に挑む

フロントランナー

 《唇はキスのためでなく、悔しさを噛(か)みしめるためにあることを知った32歳の冬。少年の頃からの夢を追った代償は、無収入だった。》(著書「バッタを倒しにアフリカへ」から)

 憧れの昆虫学者にはなれないのかと絶望しかけたのが12年前。当時は日本政府の派遣で、西アフリカで「サバクトビバッタ」の生態を探っていた。任期の2年が迫るが、ポスドク(博士研究員)で就職先も見つからない。それでも現地で研究し続ける道を選び、日本の大衆も味方につけながら試行錯誤し、今や世界で最もバッタに詳しい博士の一人。ただし長年励む婚活は、残念ながら苦戦している。

 突然大発生して農作物を食い荒らす「蝗害(こうがい)」の歴史は古く、旧約聖書に記される。しかし21世紀になっても発生のメカニズムはよくわからず、空中を飛び交う群れを追って農薬を散布するにも限界が。各国の精鋭がテクノロジーを駆使して研究する中、この人はサハラ砂漠に野宿してフィールドワークに励む。突き止めたのは、メスとオスはふだんは別集団で生活し、産卵直前のメスがオスの集団へ飛んでいき、交尾後の夜にカップルが狭い範囲に集まって一斉に産卵するという奇妙な繁殖行動。10年越しの成果を3年前に発表し、高く評価された。

 小学生のころに図書館で借りた「ファーブル昆虫記」を読み、自分でも虫の謎を解きたくなった。大学院へ進んだ23歳、サバクトビバッタの研究に着手。ポスドクになるまで8年間、研究室にこもって、朝から晩までバッタに密着して実験したが、野生の姿を見たことがなかった。31歳の春、モーリタニアへ飛ぶと、発生源のアフリカでも約40年間、野外調査が行われていなかった。

 昼間は気温40度を超す、悪路の砂漠。専任ドライバーで相棒のティジャニ氏と大群を追う。採取したら自ら考案した道具を使って、その場でデータを収集。地雷原に阻まれ、サソリに刺され、300キロ走って捕獲5匹という不運も。そんな逆境を随所にちりばめた学術的な新書を執筆し、大ヒット。現在は国際農林水産業研究センター(国際農研)主任研究員で、累計33万部のベストセラー作家でもある。

 例年バッタが発生する秋から約4カ月間は現地へ赴き、今月25日に日本を出国した。婚活も中断を余儀なくされ、「サハラでなら自分は光るのに」と苦笑いした。(文・高橋美佐子 写真・外山俊樹)

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 まえのうるどこうたろう(44歳)

 (3面に続く)

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