逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第29章 戦う地球の荒鷲たち、バルゼー機動艦隊の最期

 地球防衛艦隊と白色彗星帝国艦隊が航空機撃滅戦を開始して、およそ3時間が過ぎた。
  史実では地球艦隊は対空砲火のみでバルゼー艦隊の航空攻撃をしのいでいるが、『武蔵』の出現によって生じた歴史の歪みは、両方の陣営に空母戦力による正面決戦を強い、ありえなかった激闘を作り出していた。
  確認されているそれぞれの被害は、地球側が巡洋艦8、駆逐艦40が撃沈もしくは戦線離脱、彗星帝国側は空母15が撃沈もしくは航空機発進不能。艦載機の損失はそれぞれ100機と200機、航空戦は地球軍側が一応優勢に見えるが、後に控えた艦隊決戦においては必要となる戦闘艦艇のダメージは地球側のほうが大きかった。
  そうしているうちにも、両艦隊は惑星間航行速度でゆっくりと進み、会敵予想地点である木星圏南西140万宇宙キロの地点まで、あと28時間となっていた。
 
 
「第5次攻撃隊、着艦しました。帰還機数は30機、敵空母1を撃沈、一隻を中破とのことです」
  戦艦アンドロメダの艦隊司令に、通信士官が空母艦隊からの報告を伝えた。戦果は攻撃を繰り返すたびに少なくなっている。敵空母の数自体が少なくなってきているのもあるが、発進する攻撃隊の数も少なくなってきているのである。
「敵の残存空母数は、あとどのくらいだ」
「はっ、後は大型空母が2、中型空母が1……損傷した敵空母は後方に数隻の護衛艦に守られて下がっていったと報告がありますから、敵の航空兵力は残りその3隻のみといってよいと思います」
  よくここまで打ち減らせた。大規模な航空機動戦力を持っていた彗星帝国軍に対して、地球側は各惑星の基地航空隊も集めて対抗していたが、その努力がなんとか報われようとしているということか、もしヤマトが敵の増援艦隊を防いでくれていなかったら、鉄板に卵をぶつけるかのような結果になっていただろう。
  けれども、まだ終わってはいない。空母3隻分の航空兵力があれば艦隊決戦を有利に動かすことはたやすくできる。
「こちらの残存機動兵力は?」
「空母は全艦健在ですが、未帰還機、損傷機が多く、予備機を組み立てたとしても出せるのは直援のコスモタイガーが20機、雷撃機、爆撃機が合わせて20機ほどが限界です」
「空母1隻分強か……」
  それだけの航空兵力で3隻の空母を撃沈しなければならない。訓練の標的に当てて壊すだけなら問題ないが、敵の迎撃網を縫っていく間に撃墜されてしまう率を考えると、成功する可能性は低いと言わざるを得ない。
  敵空母を全て撃沈し、なおかつ敵主力艦隊に打撃を与えて艦隊決戦を有利に動かすといった、当初の甘い見通しはもう捨てなければならないが、せめて敵空母くらいは仕留めなければならない。いや、こうなれば撃沈という贅沢な考えは捨てて、艦隊決戦の間だけでも航空機を使えなくするだけでも満足せねばならないか。
「現在補給中の全攻撃機隊の装備を、雷装から爆装へ切り替えろ」
  魚雷は大きくて威力がある代わりに、一機に2発しか積めず、さらに速度が遅いために発射まで肉薄しなければならないために迎撃されやすい。これが爆装、つまり軽量のミサイルならば威力は劣るが、一機に6発積めて速度が速いために命中率が格段に上がる。もちろん、大型艦にどちらが有効かと言われれば大威力の魚雷だが、今この状況では敵空母の飛行甲板をえぐって飛び立てないようにできればとりあえずの脅威は避けられる。
 
  そのころ、空母『葛城』の格納庫で、愛機の翼の上で昼寝をしながら補給完了を待っていた野中中佐は、自分の出番がそろそろ幕であることを悟っていた。
  すでに、稼動機はいくらもなく、医務室も負傷したパイロットで溢れて、飛べる人間も数えるほどしかいない。考えるに、出撃はあってあと一回、しかもそれで生きて帰れる可能性は極めて低い。が、14の時に親に勘当されてエアカー暴走族になり、チューブ列車のパイプの上を走り回って警察に捕まり、それなら合法的に飛べるようになってやると入った訓練学校時代に教官機のコクピットをペイント弾で真赤にして撃ち落し、ガミラス戦時に飛べる機がないとなれば、ほかの部隊の格納庫に忍び込んで丸ごと盗み出したという逸話の持ち主である野中には恐れる気持ちはまったく無かった。
「大会戦で最後の部隊を率いて散る。なかなか面白いじゃねえか」
  かつてパトカーとの壮絶なチェイスの末に、地下動力ケーブルに飛び込んで感電死しかけ、メガロポリスの一区画を停電にさせて警察病院で1年間うなされた記憶が蘇ってくる。
  けれども、そうして過去の武勇伝に思いをはせているうちに時間は過ぎていって、やがて翼をガンガンと叩く音とともに、部下の声が彼の惰眠をストップさせた。
「ボス、動ける奴は全員集まりました。いっちょお願いします」
「おう、来たか」
  翼の上からさっそうと降り立ち、隠す気もなく大きなあくびをすると、彼は集まった『葛城』の残り10名の搭乗員全員を見渡して言った。
「野郎共、足はついているか?」
「おう!!」
「腹は減ってねえか?」
「満腹です!!」
「小便と糞はしてきたか!?」
「おう!!」
「遺書なんか書いちゃいねえだろうな?」
「もちろんです!!」
「上出来だ!!」
  『葛城』の格納庫全体に響き渡るほどの大声で、彼と彼の部下たちは合戦支度のかけ声を上げた。
  ひとつひとつ、それぞれが士気をあげるのと同時に、戦いの前に準備が万全であるかを確認する意味もある大事なことだ。前の基地では品位に欠けると上官に叱られたことがあるが、ひとっ飛びしたらすぐに忘れてしまった。
「よーし、野郎共、よくぞここまで生き残ってきた。つまり、今ここにいる奴らは俺を含めて、地球で一番運と腕をかね揃えた猛者どもだってことだ。帰ったら遠慮なく自慢しろ、文句をつけられる奴は宇宙中探してもいやしねえ、わかるな、俺たちは、宇宙最強だ!!」
「おう!! 俺たちは宇宙最強だ」
「そうだ、だがその前にあと一仕事だけしなくちゃならねえ。敵には、あと3隻空母が残ってるって話だ。俺たちはこいつを……」
「ぶっ殺す!!」
「声が小さい!!」
「ぶっ殺す!!!!」
  格納庫を超えて宇宙空間にまで響くのではないかと思うくらいの、汚い大声が唱和され、野中中佐は満足げにうなづいた。
  この、野中中佐率いる一隊は、宇宙のマフィアと尊敬と畏怖を込めて、ノナカファミリーと呼ばれている。その入隊条件はただ一つ、空を飛ぶのが好きなことだけ。実際、部下たちは彼の元で飛べることを望んでわざわざやってきたいわくありげな猛者ばかり、関係なく偶然配属されてきた者達も、朱に交われば赤くなるで、どんどん態度がでかくなっていった。
  むろん、彼らは軍のイメージを下げるものとして上層部から睨まれているが、飛べれば後は知ったことではないといった連中なので、そんなことはどこ吹く風。その操縦技術のみで軍の内部に地歩を築く彼らは、傲岸不遜、傍若無人、ただしいつ戦死しても文句は言わない。そんな野中中佐の男気に惚れてついてきた命知らずの男たちは、死地を目の前にして誰一人臆した様子は見せていない。
「そのとおりだ!! ゴキブリみてぇにしぶとく残ってやがるが、俺たちの前にいるのが運の尽きだ。今度の出撃は全機爆装だ、意地でも叩きつけて敵の飛行甲板を火達磨にしてやれ。わかったな!!」
「押忍!!」
  最後に、整備員達も混ざっての押忍の大号令で、訓示という名のぶち殺しコールは幕を閉じ、全員が己の愛機に飛び乗っていく。
  まずは護衛戦闘機隊が先導するために、先んじてエレベーターで飛行甲板へと昇っていき、野中中佐の攻撃隊は、暖機運転が充分になったところで、エレベーターに乗り、一面の星空に包まれた飛行甲板へと昇って来た。
  オーライ、オーライ……
  甲板上の誘導員に動かされて、コスモタイガーはゆっくりと甲板上を進んでいく。
  そして、先頭に立つ自分の愛機がカタパルトにロックされたのを確認すると、野中中佐はカタパルトオフィサーにGoサインを出した。
「発進!!」
  電磁カタパルトが、一気にコスモタイガーを真空の宇宙へとはじき出す。昔の飛行気乗りのように、重力に逆らって昇っていく感覚はないが、飛行気乗りにとってこれほど自由を体感できる瞬間はない。見ると、彼の指揮下の僚機も次々に飛び出してくる。一機の欠けもなく、爆撃隊は見事な編隊を組んで艦隊に別れを告げ、敵を目指して飛んだ。
 
 
「ずいぶん少なくなっちまったな」
  虚空を飛ぶ自軍の編隊を見渡し、野中中佐は憮然としてつぶやいた。攻撃隊の数は最初の攻撃時の半分もない。
  けれども、どうせこの攻撃で全機を使い果たすのだから、別にどうでもいいことだ。それに、単座機のコスモタイガーと違って、爆撃機仕様型は三座機、死ぬも生きるも共に飛ぶ仲間がいるのだから寂しくはない。
「お前ら、今日までよく俺についてきてくれたな」
  野中中佐は、後部座席と銃座の部下に向かって話しかけた。
「なんです隊長、急にあらたまっちゃって。死亡フラグですか?」
「すいません聞こえませんでした。もう一回言ってください」
  偵察員の下川少尉と、対空銃座でヘッドホンで音楽を聞いていた中村少尉がめんどくさそうに答える。
「ん? 悲壮感を出そうと思って言ってみたんだが、おめえらもノリが悪いな。こういうときは泣きそうな声で「隊長ぉ」とか言うとか、「縁起でもないこと言わないでください!!」とか怒るもんだろ」
「うわー、古くさー」
「隊長、いくらなんでもベタ過ぎますよ。どうせテレビドラマの真似でしょうが」
  ちょっとかっこうつけてみようと思ったのだが、どうもうちの隊員達はすれていて可愛くないと、野中中佐は自分のことを棚にあげて世も末だと嘆いていた。もっとも、世も末は2年前に過ぎてしまって、次の世まではまだ98年もあるのだったが。
  そして、自動航法装置に任せて編隊はだらだらと進み、敵艦隊と地球艦隊の中間あたりで、彗星帝国の攻撃機隊とすれ違った。
「上方に敵編隊を確認、戦闘機30、攻撃機50」
「ふん、敵さんもしつこいな。根性だけは認めてやる」
「隊長、どうしますか」
「ほおって置け、今こんなところで戦闘機隊をすり減らしている余裕はない。艦隊のことは艦隊に任せて、俺たちは敵空母を仕留めることのみ考えろ」
  距離にしておよそ千メートルほどの至近距離を、2つの編隊は無言のうちに見送った。
  会敵予想時刻まで、あと1時間、彼らの命日までは1時間と10分ほどか。
 
  けれど、全滅覚悟で進撃を続ける野中編隊を、そうはさせないと見守る目が存在していた。
「艦長、こんな少数編隊では全滅必至です。援護しましょう」
  『武蔵』のメインスクリーンに映る野中編隊を見て、荒島中尉が迷うことなく艦長に進言した。藤堂艦長は答えることなくスクリーンを見つめている。
  実は、第一次攻撃がおこなわれたときから『武蔵』は偵察に出したシューティングスターを通して一部始終を観察していたのだ。けれども手を出さなかったのは、彼らの行動の根幹にもある大前提、地球人類を精神の堕落から救い出すことにあった。もし、ここで『武蔵』なりシューティングスターなりが横から手を出せば、地球軍の攻撃機隊にほとんどダメージを残さずに、敵空母艦隊を殲滅することができるが、それでは彼らの心に有害無益な無敗神話が生まれて、後の暗黒星団帝国、ボラー連邦との対決に生き残ることはできない。いわぱ、痛みを覚えさせて成長をうながすということであるが、それにもそろそろ限界があるようだった。
「艦長、ここであの編隊まで失っては、戦後に航空兵力を再建する人材まで不足することになります。そろそろ頃合ではないかと思いますが」
  黒田大尉も荒島中尉に同意するに当たって、艦長もようやく重い腰を上げた。見ると、艦橋の誰もが二人と同じ顔と目をしている。
「武部少尉に連絡、援護を許可する。ただし、敵の通信、レーダー妨害にとどめて、直接手は出すな」
  艦長の命令は、敵の迎撃能力を削ぐだけの間接的なものにとどまった。確かに通信も、レーダーも使えなくては敵の迎撃効率は激減する。しかし、通信もレーダーも使えなくては地球編隊のほうも攻撃能力が減衰してしまう。そのことを黒田大尉から指摘されると、艦長は静かに言った。
「これで数の上でのハンディはなくなったはずだ。あとはここまで生き残ってきた彼らの腕と運次第、逆に言えば、ここまでしてやって戦果を出せないような奴は、この先生き残っても仕方がない」
  冷酷な、しかし合理的な正論がその言葉にはあった。『武蔵』も、別に慈善事業でこんなことをしているのではない。これは戦争だ、大の虫を生かすために小の虫を殺さなければならないこともある。しかし、生き残るチャンスがあるのならば、あとはそいつの努力と運しだいだ。
〔こちら武部機、任務了解、これより電波妨害を開始します〕
  シューティングスターの装備でも、この時代のC級タキオン通信程度を使用不能にするのはたやすい。さて、お膳立てはしてやった。吉良邸に討ち入って見事首級をあげるか、それとも返り討ちとなるのか、じっくり見せてもらおうか。
 
 
  武部機が流した妨害電波は、一瞬のうちにバルゼー機動艦隊の周辺のあらゆる通信、レーダー索敵を不能にした。バルゼー艦隊の通信士やレーダー手はいきなりの機器のダウンに驚き、必死で修復しようとするが25世紀のジャミングは23世紀の技術で解くことは不可能で、そんな混乱の中に野中編隊は突っ込んでいった。
「隊長、やはり通信は一切不可能です。なにか強力な妨害エネルギーが働いているとしか思えません」
「敵の仕業か? 自分達も通信できんだろうに、こんな少数編隊に意味のわからんことをするな。一思いに火力を集中して叩き潰せばいいものを……まあいい、通信ができなくてもやることに変わりは無い。下川、発光信号だ。作戦変更、作戦案Cに移行する」
  作戦案Cとは、現場で通常の攻撃が困難であったときのために事前に作成してあった作戦のひとつで、内容は4番から8番機は隊長機に続いて突撃、2番機は9番から14番機を、3番機は15から20番機を率いて各個に目標を算出して攻撃、あとは独自の判断で帰投せよというものであった。
「各機応答あり、これより編隊を組みなおします」
  戦場を間近にしての急な作戦変更、しかも通信の使えない状況であるというのに野中編隊は将棋の駒を並べなおすように整然と配置を変えていった。
  そして完全に配置転換が終わったときに肉眼でも敵艦隊の姿が確認できるようになり、やがてその周りに群がる白い敵戦闘機の姿も判別できるようになり、野中は口元に凶悪な笑みを浮かべると、自ら信号弾を風防の外に突き出し、突撃せよの合図の弾丸を自らの頭上に放ち、誰よりも早くその行動を遂行した。
「突撃ぃ!!」
  野中機を先頭に、地球軍編隊はまっしぐらに敵艦隊の右舷上方から突撃していく。上空直援の戦闘機を無視するようなその猪突猛進たる突進に、敵のイーターⅡも気づいて阻止にかかるが、護衛のコスモタイガー隊もそうはさせじと一撃離脱、または背後に喰らいつこうとする壮絶なドッグファイトが展開されはじめた。
「意外に防御網が薄いな」
  敵戦闘機の防空ゾーンを思ったより簡単に突破できたことに野中は怪訝な顔をした。前回までの攻撃では、それこそ雲霞のように敵戦闘機が群がってきて、まるで洞窟の中を蝙蝠の群れに襲われながら進んでいるようだったのに、今回は少なくとも攻撃機にはまだ撃墜が出ないままに突破できてしまった。敵戦闘機の攻撃が散発的で、まるで統制がとれていなかったからなのだが、気づいてみればもう襲ってくるはずの護衛艦隊の対空ミサイルも姿が見えない。
「隊長、やっぱこの電波妨害のせいで、敵さんの通信網や防空火器もダウンしているようです!!」
「やっぱりそうか、レーダーが利かなきゃミサイルも撃てるわきゃないからな」
「しかしこの電波妨害ですが、これじゃ我々より敵のほうがデメリットがでかいじゃないですか、なんかの罠ですかねぇ?」
  下川が心のうちに芽生えた不安感を形にして吐き出した。薄い防空網で懐に引き寄せ、一気に殲滅しようとのたくらみではないのかと察したのだ。
「これっぽっちの相手に罠なんか仕掛けても意味ないさ、もしかしたらこの妨害エネルギーは敵のものじゃないのかもしれん」
「えっ、それじゃいったい誰が!?」
「知るか、天の助けか自然現象か知らんが、こいつはチャンスには変わりない。全機突撃態勢、一気に行くぞ!!」
  戦いは冷静な判断力と決断力に左右されるが、それで判断できないときには伸るか反るかの賭けに出る度胸が必要となる。今、野中中佐は博打に打って出た。護衛艦隊を素通りして一気に密集隊形をとっている3隻の空母に肉薄する。激しい対空砲火で見舞われるが、照準があっていないようで大半があさっての方角を向いている。
「この妨害エネルギーの中じゃ、こっちもミサイルの追尾装置が役にたたねえ。誘導を切って至近距離から急降下爆撃をかける!」
  電子兵器が使えない中では、戦術も200年前の人間の腕のみにかかった原始的な方法にトーンダウンせざるを得なかった。計器盤の数字はほとんどあてにならず、マニュアル操作に切り替わった操縦桿はいつもよりぐっと重い。野中中佐とその部下達は、その重みを力づくでねじ伏せ、敵空母の飛行甲板を目掛けて直線突撃に入った。他の編隊も同じ判断をしたようで、敵空母から見て45度の方向から逆落としに突っ込んでいく。
「用意!」
  通常、爆撃は操縦士が敵をロックオンしておこなうが、マニュアル操作で野中中佐が操縦に専念している今は偵察員の下川少尉が投下レバーを引く。
「用意!」
  下川少尉の復唱を待つまでもなく、敵との距離は急速に縮まっていく。1000、700、500、300……
「撃っ!」
  投下レバーが引かれるのに続いて、彼のコスモタイガーの翼下に吊り下げられたミサイルを固定していた電磁石が解除され、ミサイルはエンジン噴射をおこなわずに慣性の法則に従って落下していく。
「くぬっ!!」
  足の裏からミサイルが切り離された衝撃が伝わってきた瞬間、野中中佐は操縦桿を下げた。それにより、物理的関係が消滅したコスモタイガーとミサイルは、それぞれ別の進路へと別れを告げた。すなわち、生存と破壊へ。
 
  この攻撃で野中中佐の指揮する部隊があげた戦果は、双方の軍隊の司令官にとっておおむね満足がいくと、自らを説得しうるに足るものであった。その結果を簡単にまとめると、彗星帝国機動艦隊は、その全ての空母を失って完全に航空艦隊としての機能を喪失した。対して、野中編隊の損害は戦闘機8、攻撃機6が喪失、生還機は両方合わせて26機で、こちらも再度攻撃などはもはや望めず、空母こそ健在だが、機動艦隊は護衛艦に守られて火星基地まで撤退した。要するに、このとき地球艦隊司令と、バルゼー提督は「敵の機動部隊を道連れにしたからまあよし」と、損害より戦果に未来への希望を抱こうとしていたのだ。
  だが最終的に、引き分けに終わった機動部隊戦ではあったが、この戦いはその後の地球軍の建艦思想に少なからぬ影響を与えていくことになる。すなわち、この戦いで空母は生き残ったものの、搭載機は全滅している。しかし、最終戦では謎の電波障害が起こらなければ、少数編隊による地球軍の攻撃は成功せずに、空母3隻に撃沈された空母の搭載機をプラスした彗星帝国軍が最終的に勝利しただろうと、後の戦術家は分析しているのである。つまりは地球軍は最後の押しをするところで艦載機が足りずに息切れを起こしてしまった。これは地球軍の空母が戦艦改造で、砲兵器なども多数残した半空母的な存在のために、搭載機が彗星帝国軍の空母の半分程度だったというのが大きい。敵に対する攻撃も、最初からもっと多数の艦載機をぶつけていれば、地球軍は勝てていたかもしれない。これにより、幾人ものパイロットや空母乗組員に本格空母の建造を望む声があがってくるのだが、それは彼らがこの戦争を生き残れてこそ生きてくる話であろう。
 
  火星方面へ撤退する機動艦隊の中で、生還することに成功した野中中佐は、格納庫に生き残った者や整備員、集められるだけの人間を集めて酒盛りを開いていた。彼は、そこで辛気臭い弔いの言葉や格好つけた台詞は何一つ言わなかった。ただ、飲め、食え、笑えを、全員が酔いつぶれるまで続けただけで、それが彼らにとって何を意味するのか、彼ら以外には知りようもなかったのである。
 
  両軍の機動艦隊は壊滅、その戦闘続行能力を失った。
  後は、双方ともに戦闘艦艇をもってしての殴り合いしか道は残っていない。
「前方、敵艦隊発見、戦艦70、巡洋艦120、駆逐艦、少なくとも200以上!」
「全地球艦隊、戦闘準備」
  艦隊司令の命に従い、地球艦隊は旗艦アンドロメダを中核にした矢尻型の陣形を組んでいく。
 
  その一歩も引かぬ姿勢を見て、バルゼー提督も不敵な笑みを口元に浮かべる。
「きおったか子ネズミども! 望みどおり宇宙の塵にしてくれるわ! 全艦隊扇形陣形を組め、包囲して踏み潰すぞ!!」
  バルゼー艦隊は数の優位に任せて陣形を広めにとり、ローラーのように地球艦隊に向かっていく。
  だが、幕僚の一人が堂々と正面から進撃を続ける艦隊の動きに危惧を覚えて進言した。
「バルゼー提督、地球艦隊には波動砲という決戦兵器があるとの情報がありますが、いかがいたすのでしょうか?」
「ふっ、ヤマトがゴーランド艦隊を破ったときに使ったというやつか? 案ずるな、だから陣形を広くとっているのだ、あの兵器は威力は強大だが影響範囲が狭い、ゴーランドの奴は密集隊形をとっていたのが仇になったが、連中の戦艦が全て波動砲を持っていようと、これだけ散開した我が艦隊をつぶすのは不可能だ」
  バルゼーはまだ、地球艦隊の波動砲が艦隊決戦用に改良された拡散波動砲だとは知らなかった。
「それに、まだ撃ってこないということは射程に入っていないのだろう。まあ見ていろ、お前たちはまだ知らないだろうが、この『メダルーサ』の威力をな」
 
  第29章 完

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