逆転!! 戦艦ヤマトいまだ沈まず!!
第28章 全艦戦闘準備、土星決戦

 八分勝ちは敗北の予兆であり、大勝は完敗の前触れである。
 
  史実において、西暦2201年、地球防衛艦隊と白色彗星帝国主力艦隊は、この巨大な輪を持つ太陽系第6惑星土星にて決戦をおこない。俗に、『地球防衛軍、最大にして最後の勝利』と皮肉混じりに語られる大勝利を収めたが、その直後白色彗星本体に対して完全なる敗北を喫して壊滅する。
  大勝と完敗、この二つの出来事が見事に列を組んでやってきたことは、ひとえに彼らの油断に帰意すると言われる。白色彗星艦隊との艦隊決戦において、拡散波動砲戦術による完全勝利は彼らの思考を停止させ、白色彗星本体に対しては、後方に下げておくべきだった空母、駆逐艦をも至近にすえた上で攻撃をおこない、その結果逃れることもできずに一網打尽で壊滅する。言ってみればただこれだけ、歴史書を紐解くまでもなく、子供でもわかる論理である。
  しかし、すでに史実へ続く流れは変えられてしまった。
  地球防衛軍は史実に勝る戦力を構えて待ち構え、宇宙戦艦ヤマトもプロキオン方面で敵増援部隊を撃滅し、さらに戦艦『武蔵』もサンザー星系から太陽系へと帰還しようとしていた。
 
 
「地球防衛艦隊、全艦出撃!」
  艦隊司令の命の元、土星のガニメデ基地から艦隊旗艦アンドロメダをはじめとする地球防衛艦隊の艨艟達が一斉に飛び立っていく。
  史実の陣容に加え、時間的猶予を得たおかげで地球艦隊には以下の艦隊が参入していた。
 
  戦艦
  アンドロメダ級……『ネメシス』『カシオペア』
  主力戦艦級……『アイル・オブ・スカイ』『ネヴァダ』『ドレッドノート』『金剛』『イリノイ』
  戦闘空母級……『葛城』『ラングレー』
  巡洋艦級……10隻
  駆逐艦級……14隻
 
  総勢33隻……無人艦隊工場こそ壊滅的被害を受けて放棄されたが、その分の資材を投入されて工員達の不眠不休の必死の努力によりなんとか間に合った新品の艦隊だ。
  乗組員も、民間宇宙船からの募集や宇宙戦士訓練学校の生徒を繰り上げ卒業させての寄せ集めだが、その戦意は一様に高い。
  この他にも、20隻ほどの艦が工場で艤装中だったが、残念ながら間に合わなかった。
  また、奇跡的に工場の被害から生き残り、完成間近だった無人駆逐艦が『ダガー』『レイピア』という名を与えられて、艦隊の前面に猟犬のように牙を向いている。
 
  そして、その陣営に参加するべく『ヤマト』もプロキオンから帰還した。
「ワープアウト完了、土星軌道、衛星フェーベの周回軌道です」
「『蝦夷』『メリーランド』ともにワープアウトを確認、両艦ともに損傷は認められず」
  『ヤマト』を含む3隻の宇宙戦艦は、敵機動部隊の壊滅という困難な任務を乗り越え、勇躍して友軍の待つ土星軌道へと進んでいく。
  増援部隊を撃破したとはいえ、敵は依然として地球艦隊より強大な規模を誇っている。戦艦3隻の参軍は地球艦隊にとって心強い要素となろう。
「地球防衛艦隊に打電、我らこれより主力部隊に合流す」
  『ヤマト』と2戦艦から轟然と噴射炎があがり、絶対防衛線で待ち変えているはずの地球艦隊へと向かっていく。
  やがて、『ヤマト』のメインスクリーンに藤堂司令長官が出た。
〔ご苦労だったな、ヤマトの諸君〕
「長官、敵増援艦隊の撃破任務を完了し、これより主力艦隊と合流、敵主力艦隊との決戦に望みます」
  土方艦長が敬礼をしながら答えると、藤堂長官は満足げにうなづいた。
  だが、藤堂長官は『ヤマト』の主力艦隊合流に一旦待ったをかけてきた。
〔土方君、君達の送ってきた白色彗星の情報はこちらでも詳細に検討してみた。その結果、白色彗星のガス体の……君達がデスラーから聞いたという彗星の唯一の弱点である中心核……それは主力艦隊に装備されている拡散波動砲では貫通できないということが判明した〕
  その情報は、史実では地球防衛艦隊は知らないまま全滅してしまった。今では千金にも勝る重要な情報だった。もちろん、これが伝わったのも『武蔵』の介入があったからだ。
  そして、土方艦長は藤堂長官の言から、『ヤマト』に何が求められているのかを明敏に理解した。
「了解しました。『ヤマト』は主力艦隊と別行動をとり、白色彗星本体への直接攻撃に向かいます」
〔すまん、いつもヤマトにはもっとも過酷な任務をとらせてしまう。本来なら主力艦隊こそが担うべき仕事だが、主力艦の波動砲を拡散型から収束型に改造するには時間が足りん。せめて、敵艦隊はなんとか押さえこんでおこう〕
  『ヤマト』を超えるものとして作られたアンドロメダ級の拡散波動砲だったが、進化系と思われていた広域破壊の特性が裏目に出て、時代遅れに見られた収束型が唯一の希望になるとは、歴史の皮肉の味は安物のブラックコーヒーにも似て、ただ苦くて飲み込みづらい。
  もし、運命の女神などというものが存在しているとすれば、彼女の描く世界の絵の具には黒や茶色しか残っていないのだろう。結局人間は白と黒だけで、総天然色に対抗できる鉛筆画を描かなければならないようだ。
「『メリーランド』と『蝦夷』は主力艦隊に戻します。両艦共に拡散波動砲タイプの艦ですから、この任務には向かないでしょう」
〔いや、その2隻はそのまま連れて行ってくれ〕
「なぜです? 今主力艦隊は一隻でも多くの増援が必要な時ではありませんか」
  あの2隻が有能な働きをしてくれるというのは、先の戦いで証明されたけれども、今は限りある戦力を少しでも艦隊決戦に裂きたいところだ。白色彗星への攻撃は、『ヤマト』だけでも何とかなる。
〔彗星本体が攻撃されれば、当然敵主力艦隊は反転してくるだろう。それに、君達からのデータでは彗星の渦の中心核を撃っても、そのガス体を吹き払うだけで精一杯だという結果も出ている。主力艦隊が駆けつけるまでに『ヤマト』はどうあれ一隻で戦わざるをえん、波動砲を撃ってエネルギーを消耗した『ヤマト』が艦隊と彗星本体との挟み撃ちに耐えられるかね〕
  言われてみればそのとおりだった。彗星に波動砲を撃って、それで勝利というわけではなかったのだ。
「了解いたしました。彼らの身柄は引き続き『ヤマト』がお預かりいたします」
〔うむ……彗星への攻撃のタイミングは君に一任する。今後、傍受の危険性があるので通信は切ることになるが、成功を祈っている〕
  藤堂長官は見事な形の敬礼をして姿を消し、土方艦長は腹に力を込めてクルー達に一声をかけた。
「全員、これより『ヤマト』は進路を変更し、敵の心臓に直接打撃を与えるために出撃する。全員ただちに中央作戦室に集合せよ!!」
 
 
  そのころ、この戦争の趨勢にもっとも大きな影響力を持つ、見えざる飛車は白色彗星と木星のほぼ中間地点に陣取り、どこに次の一手を打とうかと、盤上をじっくりと眺めていたが、『ヤマト』からの緊急連絡を受けて、全員がメインスクリーンの前に集まった。
「ご苦労様です。先ほどの通信はこちらでも傍受していました。本艦は『ヤマト』の援護に当たりましょう」
  藤堂艦長は、すぐさま状況を判断して『ヤマト』につくことに決めた。
  この通信は『ヤマト』と『武蔵』の相互にのみ通じるようになっている専用回線で、この時代の科学力では傍受は不可能である。
〔了解しました。しかし、本来の歴史より長引いたために、彗星帝国のほうも史実より戦力を増したようです。問題なく地球艦隊は勝てますかな?〕
  土方艦長は慎重に現状を鑑みて言った。『武蔵』の戦力はまさに飛車にも相当する最強の戦力だが、飛車は一つしかないという弱点がある。『ヤマト』の護衛をしている間に防衛艦隊のほうがやられてしまっては、『ヤマト』と地球防衛艦隊両方を残そうという『武蔵』の目的が達せられなくなってしまう。
「わかっています。防衛艦隊のほうには本艦の艦載機を見張りに残しておきましょう。本艦同様のステルス装備を持っていますし、連絡があれば本艦の能力なら10分以内には太陽系のどこにいても急行できます」
〔なるほど……〕
  土方艦長と『ヤマト』の面々はあらためて『武蔵』の能力に驚愕した。『武蔵』は作戦内容を伝えられるとすぐに転進し、この時代の艦船ではワープを使っても不可能なほどの速さを持って『ヤマト』の元へと急行してきている。『メリーランド』と『蝦夷』がいなければ、もうすぐ『ヤマト』の窓から『武蔵』の艦影が見えてくることだろう。
  まったく、200年の差というのはすごいものである。それに、無事に彗星のガス体を払うことができたら、すぐに都市帝国本体との戦闘になる。そうなれば『武蔵』の戦力はぜひとも欲しいところとなるだろう。
「ところで、彗星の中心核の位置は把握できていますか?」
〔むう……それが実はまだなのです。真田君〕
  パネルに土方に代わって真田が現れた。
〔彗星が高速で飛行しているうちは、正面のガス体が乱れて本艦の観測機器では探知ができないのです。せっかくデスラーから教えてもらった彗星の急所、活かさないわけにはいかないのですが〕
「そうですか……確かに史実とは状況が違いますね……本艦の観測機器なら探知は可能ですが……」
  藤堂艦長は少し悩んだ。自分達は簡単に見つけられたので失念していたが、この時代の観測機の性能を計算に入れていなかった。
  しかし、かといって単純に『武蔵』の観測結果を『ヤマト』に伝えればいいというものではない。後でどうやって中心核を見つけたのか言い訳ができないからだ。藤堂艦長は考えたが、いい案も浮かばずに黒田大尉に案を求めた。
「そうですね……2201年レベルであの彗星の中心核を見つけるには……よし、でしたら亜空間ソナーの使用をおすすめします」
〔亜空間ソナーですって?〕
「はい、あの彗星の中心核は当然最大の重力場が働いていますから、そこは空間も乱されて小規模のブラックホールとなっているでしょう」
〔そうか、その手があったか!! それに亜空間ソナーなら『ヤマト』の設備でも製造は難しくない。艦長、さっそく製造にかかります!!〕
  真田は時間がもったいないと、さっそく艦橋を飛び出していった。
「これで、方針は決まりましたね」
〔ええ、助言に感謝します。これから本艦は彗星帝国本体の攻撃に向かいます。攻撃開始時刻は、彗星帝国艦隊と地球防衛艦隊が接触したときに設定します。本体が攻撃されたと知ったら彗星帝国艦隊にも少なからず動揺が走るでしょう〕
  完全に機械化された戦争では分かりづらいが、心理戦というものは実際に砲弾やミサイルを撃ち合うよりも強力な場合が多い。どんなに高度な機械であろうと、結局それを扱うのは、どこまでいこうと人の手にゆだねられるのだ。
  先日サンザー星系にて『武蔵』が暗黒星団帝国にやったのも、そういう事例の一つである。また、自然界でもライオンが威嚇する咆哮や、ドクガエルがけばけばしい配色をして毒があるという存在を誇示しているのも、相手の警戒心を刺激して身を守る心理戦の一種といえないこともない。
  『武蔵』はその実体を晒すことのできない艦である以上、幽霊のように立ち回って敵味方の心理を操っていかなければならない。以前藤堂艦長が言ったように、ただ圧倒的な戦力を持って彗星帝国を叩き潰すだけでは歴史をよい方向に動かすことはできないのだ。
「それでは、本艦は『ヤマト』の後方5万宇宙キロにつけてついていきます……ついては、申し訳ありませんが、本艦の備蓄食糧もそろそろ底をついてきましたので、補給をお願いしたいのですが」
〔わかりました。では、前作戦前に僚艦から補給してもらった分の物資をお譲りしましょう。廃棄コンテナで偽装して、後方に投棄しますので受け取ってください〕
「どうも、ありがとうございます」
  藤堂艦長は心から感謝した。
  『武蔵』が参戦した当初の目的の一つは、補給不可能であった食糧の調達であったことを忘れてはならない。『武蔵』は確かにオーバーテクノロジーの塊ではあるが万能ではない。戦闘に関連のある機器の製造をする機能はあるが、基本的に艦隊を組んで補給艦がつくことを前提として設計された艦であるために、食糧の備蓄はそう多くないし、艦内での野菜の生産機能などもない。
「では、後はよろしくお願いします。何かありましたら、いつでも呼び出してください」
  藤堂艦長は敬礼して、通信を切ろうとした。しかし、その直前に古代が敬礼をする藤堂艦長の姿を見て、はっとして引きとめた。
〔ち、ちょっと待っていただけますか〕
「はい、なんですかな?」
  突然呼び止められたことにも特に動じず、藤堂艦長は悠然として答えた。
〔いえ、もしかしてと思っただけなのですが……藤堂艦長、貴方と地球防衛軍の藤堂長官の姿が似ていると思いまして、それに……〕
「苗字がいっしょ、そういうことですかな?」
〔えっ、も、もしかして、本当にそうなのですか?〕
  それは、古代をはじめヤマトの乗組員のほとんどが、薄々感じながら言葉にはしなかったことだった。
  顔つき、そして名前が似ていて、未来から来た相手、それはすなわち。
「藤堂平九朗長官は、私から見て5番目の祖父に当たります。もうだいぶ血は薄まっていますが、そうですか、まだ面影が残っていましたか」
  感慨深げに言う藤堂艦長を見て、島や相原も、そういえばどことなく長官に似ているなと感じた。
  しかしそうなると他にも気になることがある。
〔あの、ひょっとしたら……〕
「はは、すいませんが貴方方の身内は乗っていませんよ。私がいたこと自体がかなり確率の低い偶然だったんです。一人一人の家系のその後となると、いくらなんでも把握できませんからね」
  残念ながら、古代たちの思惑は外れたようだ。
「ただ、近しい人ならいないこともないですよ。黒田技術班長のご先祖は、この時代では確か中央天文台の所長をしていたそうだな」
「ええまあ、しかしたいした名前は残っていないようで、私もこの時代に来て調べるまでは知りませんでした」
  黒田大尉はあまり興味無げに言った。
  『武蔵』のクルー達は、この時代に来てから少し経った後、この時代の自分の先祖がどこにどうしていたのか可能な限り調べていた。もちろん203年も経てば先祖の数も多くなるし、調べられる資料も少なく記録に残っていない人も多いので、分かったのはごく一部だったが、藤堂艦長は先祖が先祖だから小さい頃からそれは聞かされていた。
  ちなみに、分かった中では、神村少尉の先祖の一人が南部重工の溶接工、山城中尉の先祖が洋服店経営、桑田少尉が野球選手、荒島中尉がキャバレーの店長、葉月中尉が銀行員と皆色々なことをしていたんだなと感心したものだ。
  『ヤマト』の面々は、自分達の子孫がいなかったことに、ほっとしたような少し残念なような表情を浮かべたが、地球人の血が25世紀でも確かに息づいていることを確認できて、最後には安堵の色を浮かべていた。
  そして今度こそ通信が終わり、静けさが戻ってきたブリッジで、座席に深く座り込んだ藤堂艦長に、黒田大尉が言った。
「いいんですか、確か一人『ヤマト』のクルーの子孫が、この中にいたんじゃなかったでしたっけ?」
「ふ、余計なことは言わないほうがいいだろう。自分の嫁さんが誰になるかなんて、この時代の彼が知ったら失神するぞ」
「まあ、確かに」
  意地の悪い笑みを浮かべる藤堂艦長に、黒田大尉も同じような笑みを返した。
  実は『ヤマト』のメインクルーの一人が、『武蔵』のメインクルーの一人の先祖であった。けれど、そのことを伝えて悪い意味で歴史が変わっては大変と、あえて伝えなかったのだ。
「だが、それはまあいいだろう。山城、『ヤマト』後方5千宇宙キロに『武蔵』を配置しろ」
  この程度の操艦なら『武蔵』には息をするようなものである。『ヤマト』より格段にスムーズな動きで巨体が動き、目的の位置に遷移した。
  『ヤマト』は彗星帝国の哨戒線に引っかからないように迂回しながら、白色彗星本体へ向かって進撃を始めた。
  地球防衛艦隊と、彗星帝国艦隊が衝突するまでの時間は、推定であと35時間……
 
 
  一方、白色彗星帝国でも、史実に比べて決戦に時間的猶予が生まれたため、『武蔵』の想定外の出来事が起きていた。
  彗星帝国前衛艦隊、通称バルゼー艦隊に、彗星帝国から増援として奇妙な形状の戦艦を中心とした半個艦隊が合流したのは、ちょうど『ヤマト』と『武蔵』が交信していたのと同時刻のこと。その数は、戦艦3、駆逐艦6、現在の環境から言えばそこまで戦略的価値のある増援量には見えないが、この際量よりも質、中核となる奇妙な形の新鋭艦に問題があった。
  けれども、軍機密の塊であるこの新鋭艦を目にした将兵達の感想は一様に冷ややかであった。ひらべったい甲殻類のような形状に、艦首方向に目のように突き出た砲口と、その間に挟まれたやたらと大きなエネルギー砲と見られる砲口、それはいいのだが、他の武装は茶を濁す程度に大口径砲塔が数機備えられているだけで、標準的な戦艦級と比べても雄々しさというか強そうに見えなかった。
  しかし、それはあくまでこの船の性能を知らない者が見ればこそ、建造からこの艦に携わり、完成が決戦に間に合わなかったことを誰よりも悔やんでいたバルゼーは、この異形の戦艦の参戦を百年待った恋人ととの出会いのごとく祝福した。
「ふっふっふっふ、これで地球艦隊など恐れるに足らず。いまや、我が艦隊は宇宙最強となったも同然だ。はっはははは!!」
「提督、偵察機より入電しました。土星の衛星ガニメデの南方、150万宇宙キロの地点に地球艦隊確認、戦艦45、巡洋艦91、駆逐艦多数」
  この報告には空母は含まれていないが、これは地球防衛艦隊の空母が主力戦艦改造のために、これを戦艦と偵察機が誤認してしまったからである。実際遠目で見ると堂々たる艦橋と砲塔を備えた地球軍空母は戦艦に見えなくもない。
  獲物が現れたことを知ったバルゼーは、迷わず麾下の全空母艦隊に攻撃を下した。
「ようし、まずは前哨戦だ。全空母へ打電、第一次攻撃隊発進、敵を消耗させろ。あとは足が鈍ったところを一気に叩き潰してくれるわ!! ふははは!!」
  高らかな哄笑が、その新旗艦『メダルーサ』に響き渡る。その真価を知る者は、地球にはまだ誰もいない。
 
  地球防衛艦隊と彗星帝国前衛艦隊は、刻一刻とその距離を縮めていた。
 
  そしてそのころ、最初の戦端が彗星帝国艦隊の最前衛が土星圏の最外周の哨戒線、一基の監視衛星を破壊してその位置を暴露したときから開かれた。
「敵艦隊、土星西方180万宇宙キロの地点に確認!!」
「全艦戦闘配備!! 空母艦隊、第一次攻撃隊発進!!」
  地球艦隊の司令官は即座に指揮下の全空母から攻撃隊の発進を命じた。
  いかに艦砲の威力が高かろうと、射程では艦載機には及ばない。最初の一手はどちらが先手をとろうと航空機戦になると予測されていただけに、この指示は素早かった。
  けれども、敵の増援艦隊を退けたとはいえ彗星帝国の機動戦力はまだまだ強大である。その数の劣勢を覆すには先手でどれだけ敵の空母を叩けるか、決戦兵器拡散波動砲も使う前に破壊されては意味がない。
  戦艦改造の空母から満を持して中型爆撃機や雷撃機、制空隊のコスモタイガーが飛び立っていく。
「左舷上方70度、敵偵察機発見!!」
「迎撃せよ!!」
「ちっ、こちらも発見されたか。全艦防空陣形を組め、各攻撃隊発進を急げ!!」
  これで、敵空母からも艦載機の大群が押し寄せてくるだろう。防空能力には自信があるが、戦場というのは何が起こるかはわからない。どれだけ拡散波動砲搭載艦の数を温存して決戦に臨めるかが運命の分かれ目となるだろう。
  地球防衛艦隊と白色彗星帝国前衛艦隊との戦いは、双方艦載機を全機投入しての航空機戦で幕を上げた。
 
 
  その様子は、『ヤマト』そして『武蔵』でも傍受されていた。
「艦長、現在『ヤマト』は敵艦隊の側面にいます。コスモタイガーを出して奇襲をかけますか?」
「いかん、今敵に発見される危険を冒すことはできん。艦隊決戦は防衛艦隊に任せて我々は白色彗星本体への作戦に集中するんだ」
  古代の提案を一蹴した土方は、続いて工作室の真田に亜空間ソナーの完成具合を尋ねた。
「真田君、進捗具合はどうかね?」
〔は、すでに設計が終わって部品の製造にかかっています。組み立てと調整も合わせて、あと3時間いただけますか?〕
「なるべく急いでくれ。それから、ワープ後でも問題なく稼動できるかね?〕
  白色彗星に攻撃をかけるには真正面から攻撃するしかない。しかし馬鹿正直に前から向かって行ってはあっという間に察知されてしまう。万一艦隊を出して妨害をしにこられたら、全てがご破算となってしまうだろう。成功させるためには、史実でもおこなわれたように小ワープで一気に正面に出て、間髪いれずに波動砲発射につなぐしか方法はない。
  だが、精密な機器である亜空間ソナーがワープのショックに耐えられるかが課題であった。
〔それについては、現状可能な限りの補強と衝撃緩和のパーツを製作しているところです。ただ、それに従ってやや完成が遅れてしまうのはやむを得ませんが〕
「仕方があるまいな、今は1パーセントでも成功の可能性が多くなるように務めてくれ」
〔は、全力を尽くします〕
  土方は、それ以上は作業の邪魔だろうと艦内電話を切った。
「森、白色彗星の現在の状況は?」
「はい、現在海王星軌道に近づいてきています。進路、速度そのまま」
  白色彗星本体もまた、地球へ向かって驀進を続けている。前衛の大艦隊とてこいつの前では露払いに過ぎない。仮に今、加速でもされて追いつけなくなっては、防衛艦隊は史実どおりに全滅してしまうかもしれない。
「友軍艦は問題なく着いてきているか?」
「はい、メリーランド、蝦夷共に本艦の後方1000に着いています」
  ニナ艦長と子龍艦長の指揮する2隻の主力級戦艦もまた、藤堂長官の命に従って『ヤマト』を護衛するために付き従っていた。
  彼らには、つくづく困難な任務を押し付けてしまうと、土方やヤマトのクルー達は苦々しく思った。本来なら、まだ訓練学校でシミュレーションを繰り返している時期のはずなのに、戦局がそれを許してくれない。恐らくは、藤堂長官もまた同じ気持ちなのだろう、自身の責任で送り出した若者達が戦死したと報告が来るときの、その胸中を思うと、彼らを絶対に死なせてはならないと思えてくる。
「艦長、後方の友軍艦がケーブルを出して有線通信をおこなっているようです。問いただしてみますか?」
「不要だ、傍受される心配がないのなら、あとは彼らの裁量のうちだ。一から十まで指図する必要はない」
  土方は、決戦前にそれぞれのあいだだけの話し合いに、無粋な口出しをするべきではないと考えていた。
 
 
  そのとき、2隻の間では有線回線を通じて、子龍とニナだけでなく、それぞれの艦の乗員達が許された時間を使って、互いの船に乗った友人、兄弟、恋人と最後になるかもしれない会話を楽しんでいた。
「それにしても、中々粋なことを思いついたもんだな」
「たいしたことではありませんよ。今乗組員達の士気をもっとも高める方法は何かと考えましたら、こうするのが一番だと思っただけです」
  そういう二人も艦長室で久しぶりの二人だけの会話を楽しんでいた。
  宇宙戦士訓練学校でいきなり過程を省略されて繰り上げ卒業となり、その後できたての新鋭戦艦を任されて、しかも最初の任務があの『ヤマト』との共同作戦だと聞かされたときは、二人揃って夢ではないかと思ったくらいだ。
「……この戦争、勝てると思うか?」
「その質問、聞くだけ無駄ですよ。これは普通の戦争じゃなくて、勝つか負けかではなく、勝つか終わるか、勝ったとき以外のことは考えても無価値です」
  ニナは長く伸びた金髪を揺らして切なげに答えた。
「まあ、それはそうなんだがな」
  子龍は少し弱気になっていたかなと己を見つめなおした。あるドイツの作家が「自信を持つと、他人の信頼も得る」と書いたというが、その逆もまた真理、艦長は気弱な姿は部下には見せられない。
  けれども、この戦争に勝ったとしても『蝦夷』や『メリーランド』が無事でいられるとは限らない。いやむしろ、いざ戦闘となったら『ヤマト』の盾となって真っ先に沈まなければならない立場にある以上、2隻揃って生き残れる可能性はあまりない。もちろん簡単に沈む気はないが、こうして顔をつき合わせて話せるのも最後かもしれないため、どうしても胸のうちの本音が出てしまう。まあ、愚痴を聞いてくれる友がいるということは、それだけで得がたい財産なのだが。
「なあ、この戦争が終わったら……」
「やめましょう、辛気臭い話をしても、戦いに迷いを生むだけです。私達は誰一人欠けずに勝つ、そうでしょう?」
「ああ、そうか、そうだったな」
  現実的に考えると、そんな可能性は限りなくゼロに等しい。しかし、刺し違えてでも勝とうなどと最初から玉砕を考えているよりは、はるかに前向きで、なにより気が明るい。笑う門には福来るというように、人間の強い意思というものは自然と肉体の基礎性能にも影響し、事象の成否に大きく関わってくる。
  二人は、それ以上余計なことを語り合おうとはせず、最後にそれぞれげんを担いで持ち込んでいた白と赤のワインをモニターごしに乾杯して、勝利を誓い合った。
 
 
  この空のどこかで、今でも誰かが戦い血を流している。
  神ならぬ身ではそれを全て把握することはできないが、それでも知らない者の意向などは無視して粛々と戦いは続いていく。
「コスモタイガー隊、損失20パーセント、敵艦載機の攻撃隊を現在も迎撃中、我がほうに現在沈没艦なし」
  アンドロメダの艦橋に逐一入ってくる報告に、艦隊司令は戦況図を凝視しながら聞き入っていた。
  地球艦隊は対空火力の強い駆逐艦を外周に揃え、対艦戦闘力に特化した巡洋艦や戦艦を内側に納めた球形陣形で、内部に侵入しようとする対艦攻撃機デスバテーターを次々に撃墜していた。
  ミサイルが敵機を追い、パルスレーザーが艦の間をすり抜けようとする敵機を蜂の巣にする。さらに対空火力のすきまを抜けようとする敵機を逃すまいと、上空直援のコスモタイガーが駆け巡って弾丸を浴びせかける。
  だが、彗星帝国側も数にものをいわせて濁流のように攻撃機を送り込んでくる。また、彗星帝国側の直援機イーターⅡも、小型ではあるものの、コスモタイガー以上の機動性をもって攻撃機の道を切り開こうと、立ちふさがるコスモタイガーと壮絶なドッグファイトを繰り広げ、少なからぬ数を血祭りにあげた。
「駆逐艦『峰藤』損傷、戦線を離脱します」
「輪形陣に穴を作るな、艦の間隔を調整して陣形を保て」
  ついに最初の離脱艦が出た。艦隊全体としては微小だが、戦いはまだ始まったばかり、これからどれほどの数の犠牲が出るのか、あらゆる方向から襲い来る敵機の大群を見て、楽観的な未来志向のできる者はいなかった。
 
  その一方、出撃した地球艦隊の航空機隊も、果敢に彗星帝国艦隊に襲い掛かっていた。
「全機突撃、第一目標空母、第二目標空母、三、四がなくて、五も空母だ!! 続け野郎ども」
「了解であります!!」
  コスモタイガー重爆撃機使用型部隊隊長、野中友鶴中佐の命令と形式つけた怒声が全部隊に響き渡った。
  この野中中佐率いる爆撃機隊は対ガミラス戦時からブラックタイガーを駆って、性能で劣る中を生き残ってきた荒くれ者達が中核となる、いかなる分厚い対空砲火の壁をも恐れぬ攻撃力では地球最強の部隊である。素行の荒々しさと、平均年齢が30代という高齢のためにヤマト乗り組みからは外されたものの、ヤマトが冥王星基地を破壊した後に太陽系内からガミラスの残党を駆逐したのは、彼らの功績に深く依存するところである。
「後方、敵迎撃機!!」
「後部銃座、撃ちまくれ!! いいか、何があってもひるむんじゃねえぞ」
  彗星帝国艦隊は対空火力が地球艦隊に比べて貧弱だが、その代わりに迎撃機は山のように揃えていた。近づけさせまいと機銃を撃ちまくりながら近づいてくるイーターⅡに後部銃座が弾幕を張って応戦する。
  沈めるべき目標は空母のみ、敵の機動戦力さえ無力化できれば、残った戦闘艦隊はこちらの戦艦部隊がなんとかしてくれる。戦艦も得がたい獲物ではあるが、今彼らには他の艦艇をも相手にしている余裕はない。
「敵大型空母、雷撃コース乗りました」
「沈めぇぇぇ!!」
  翼下から切り離された2発の大型魚雷が白色の大型空母へ向けて突き進んでいく。そのうち一発は敵の対空砲火で撃ち落されたが、もう一発は敵空母の艦橋直下に命中して司令塔を艦体からもぎ取っていった。
「ちっ、致命傷になってねえ」
「いえ、後続3機、雷撃しました……命中です!!」
  今度は合計4発の魚雷に艦体を打ち抜かれた敵空母は、火炎が艦内に用意されていた第2次攻撃隊の弾薬に命中して、内側から風船がはじけるように爆発した。
「ざまあみろ!! ほかの連中はどうだ?」
「第2編隊、敵中型空母1撃沈、第3編隊敵大型空母1大破、第4編隊、敵中型空母1中破なれども、5機撃墜、第5編隊、7機喪失、戦果なし、第6、第7編隊通信途絶」
「見事だ。攻撃完了部隊はすぐに帰艦して再度出撃せよ、すぐに第2陣が殴りこんでくるぞ、奴らの邪魔になるな」
  やはり、熟練度の高かった第1から第3編隊までは戦果が高かったが、それ以降の新兵の多かった部隊は損失が大きかったか。だが彼らの死を悲しんでいる時ではない、今はどれだけ損害が出ようと往復して、敵空母が一隻残らずいなくなるまで攻撃を続けなければならない。敵に制空権を残したまま艦隊決戦に突入したら、ただでさえ敵より少ない地球艦隊の火力は減殺されてしまうし、必殺の拡散波動砲も自由には使えなくなる。残酷なようだが、ほかに方法がないのだ。
「第一次攻撃隊第2陣、突撃を開始しました」
  彼らも、何人が生きて母艦に帰れるだろうか。戦いはまだ始まったばかりだ。
 
 
  第28章 完

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