「何で元木が1位で僕が6位なんですか!」指名挨拶で中日スカウトに“文句” 種田仁は入団前からプロ向きだった
2022年6月16日 10時29分
◇中田宗男の「スカウト虚々実々」
スカウトの世界には表があれば裏もある。元中日の中田宗男さん(65)が今回振り返るのは、1989年のドラフトだ。38年間のスカウト人生で、思い出深い会心作。それは6位指名した種田仁(50)だった。
◇ ◇
私の長いスカウト生活で、指名順位に文句をつけてきた数少ない選手が種田です。何とも生意気な18歳ですが、われわれの世界ではこういう部分こそ「プロ向き」だと評価します。スカウトにとって1、2位の選手は活躍して当たり前。下位指名の選手が、いかにチームの戦力になるかが腕の見せ所です。
【写真】種田仁の『がに股打法』
この年のドラフトでは野茂英雄に8球団が1位で競合。中日は与田剛を単独指名しました。投の目玉は何人もいましたが、打の目玉は種田と同じ大阪・上宮高の元木大介(現巨人コーチ)でした。超高校級の打撃を誇る大型遊撃手。甲子園のスターでもあり、もちろん中日も1位指名を検討しました。しかし、私は会議でこう言ったのです。
【写真】種田仁の『がに股打法』
この年のドラフトでは野茂英雄に8球団が1位で競合。中日は与田剛を単独指名しました。投の目玉は何人もいましたが、打の目玉は種田と同じ大阪・上宮高の元木大介(現巨人コーチ)でした。超高校級の打撃を誇る大型遊撃手。甲子園のスターでもあり、もちろん中日も1位指名を検討しました。しかし、私は会議でこう言ったのです。
「元木より種田の方がいいです。必ずチームの役に立ちますから」。中山了球団社長、星野仙一監督は明らかに不満そうでした。当然です。「元木はどうなんだ?」と尋ねられているのに「種田がいい」と答えるんですから。ましてや私は上宮OB。元木を推してしかり。しかし、OBだからこそ見える背景もあるのです。
私は元木を中学生の頃から知っていたし、1年生の時には調査を始めていました。スカウトとしては駄目なんですが、OBの肩書を利用して両親とも会いました。「必ず2年後にプロに行けますよ」。プロのスカウトがこう言うと、ほとんどの親は目を輝かせます。ところが元木家は「いやいや、ウチの子はとてもプロなんて…」と答えたのです。スカウトとしての違和感。その正体は、ほどなくわかりました。巨人との蜜月関係が早々と築かれていたのです。
当時のコーチだった田中秀昌(現近大監督)は、私の同級生。こっそり尋ねると案の定、首を横に振りました。しかし、耳寄りな情報も教えてくれました。「種田もいいぞ」。聞けば元木へのライバル心は強烈で、コーチにも「僕の方がショートうまいです。僕を使ってください」と何度も願い出たそうです。
話をスカウト会議に戻します。スカウトという人種は、なかなか「無理です」とは言えないのです。だから元木を知りたい首脳と、種田を推す私とではかみ合いません。しまいには「種田がいいという根拠はあるのか?」と怒鳴られました。私も若かった。「だから、いいものはいいと言ってるんです!」と怒鳴り返してしまいました。
結果として巨人は同じく相思相愛だった大森剛を1位指名。元木は2位で取れると判断したのでしょうが、ダイエーが野茂の外れ1位で指名しました。元木は前身の南海と縁が深く、私も「翻意させられるとしたらダイエーだけ」と見ていましたが、元木はハワイでの浪人生活を決意。1年後に巨人入りします。そして種田への指名あいさつ。冒頭に書いた抗議は、こんな言葉から始まっています。
「何で元木が1位で僕が6位なんですか! 理由を教えてください」。このむき出しの闘争心は、やはりプロ向きでした。通算1434試合、1102安打、71本塁打は全て元木を上回っています。会心の6位指名。よき思い出です。(中日ドラゴンズ元スカウト)
▼中田宗男(なかた・むねお)1957年1月8日生まれ、大阪府出身の65歳。右投げ右打ち。上宮高から日体大をへてドラフト外で79年に入団。通算7試合に登板し、1勝0敗で83年に引退。翌84年からスカウトに転じ、関西地区を中心に活躍。スカウト部長なども歴任し、今年1月に退団した。
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