パワハラなどの内部告発を巡り県議会で不信任決議を受けた斎藤元彦兵庫県知事は、9月30日付で失職し、出直し選挙に出馬する意向を明らかにした。これまでパワハラを認めず、繰り返し続投を訴えてきた斎藤知事。記者会見では「知事の仕事をまだまだ続けたい」と語り、選挙によって県民に信を問う決断に至った。自死したとみられるパワハラ告発者への不適切な対応や、県議会の調査で明るみに出たワインのおねだり音声、騒動を機に次々と離れていく県幹部など、一連の経緯を振り返った。(時事ドットコム取材班)※最新情報を踏まえて更新しました(2024年9月26日)
7つの疑惑の告発に「うそ八百」
事の発端は、2024年3月中旬、当時県西播磨県民局長だった男性職員が報道機関や県議に斎藤知事らを告発する文書を送付したこと。文書には、プロ野球阪神・オリックスの優勝パレードを巡る不正行為や知事の贈答品の「おねだり体質」、職員へのパワハラなど7つの疑惑が記されていた。
パワハラ疑惑については、知事が20メートル手前で公用車を降りて歩かされただけで怒鳴り散らしたり、気に入らないことがあると机をたたいて激怒したりするなどの事例を挙げ、「知事のパワハラは職員の限界を超える」と訴えた。
斎藤知事は3月27日の記者会見で、「事実無根の内容がたくさん含まれている。うそ八百含めて、文書を作って流す行為は公務員として失格」と強い言葉で批判。県は5月、内部調査で「文書は核心的な部分が事実ではなく、真実と考える合理的な根拠は何ら示されなかった」と結論づけ、男性職員を停職3カ月の懲戒処分にした。
真相解明へ、百条委設置
告発者が誰かを突き止めて調べた県幹部も、この問題に関与している可能性が疑われたため、兵庫県議会は、県の内部調査では不十分と判断。6月、事実関係を調べるため、地方自治法に基づき強い調査権限のある調査特別委員会(百条委員会)を、51年ぶりに設置し、関係者の出頭や証言を求めた。百条委は、7月末に辞職した片山安孝前副知事をはじめ、県職員らを証人尋問。告発した男性職員にも証言を求めていたが、7月に亡くなっているのが見つかった。自殺とみられる。
百条委で男性の証言を聞くことはかなわなかったが、男性は知事が県内町長に特産ワインを「折を見てお願いします」と要求する音声データを残しており、遺族が提出した。
8月30日には斎藤知事が証言。告発文書に記された複数の職員に対する叱責に関して「当時の認識としては合理的な指摘だった」と述べ、パワハラを認めなかった。一方で、「不快な思いをさせたなら謝りたい」と謝罪の言葉も口にした。
告発文書を作成した男性職員を懲戒処分したことについても「適切だった」と回答。証言後の記者団の取材には、「自分の改めるべき、反省すべきところを受け止め、県政を前に進めたい」と、改めて続投する考えを示した。
百条委が8月に公開した職員アンケートの中間報告では、回答約4500件のうち約4割がパワハラ疑惑について見聞きしたと回答。自由記述欄には「エレベーターに乗り損ねて県職員を怒鳴りつけた」「自身が出席するイベントにマスコミが来ていないと怒る」などの指摘が相次いだ。
「公益通報かどうか」も争点
百条委の調査では、パワハラ疑惑などを文書で告発した職員の行為が、勤務先での不正を告発する正当な「公益通報」に当たるかどうかも争点となっている。公益通報者保護法では、通報を理由とした降格や減給といった不利益な取り扱いを禁止し、「通報者捜し」を防ぐ措置も求めているからだ。
参考人として出席した公益通報者保護制度に詳しい山口利昭弁護士は、職員が報道機関や県議に告発文書を配布した行為は「外部公益通報」に当たると説明。職員を保護しなかった県の対応は同法違反との考えを示し、「誰がどんな目的で文書を書いたか調べることはあり得ない」と指摘した。
これに対し、斎藤知事は、当時の片山副知事らに「誰が出したか徹底的に調べてくれ」と指示しており、県は別の弁護士に法的な意見も聞いた上で、5月に職員を停職処分にしたと主張。告発内容がうわさ話を集めていることなどを理由に、「誹謗中傷性が高い文書で公益通報に該当するとは思っていない」と反論し、平行線をたどった。
組織内の問題を指摘する声をいかに守り、組織風土の改革につなげていくか、という課題も浮き彫りになった。
全会一致で不信任
側近だった副知事の辞任に続き、理事の降格や総務部長の病欠も相次ぐなど孤立を深める斎藤知事だが、「未来の兵庫のために頑張りたい」などと述べ、一貫して続投する考えを表明。しかし、前回の知事選で斎藤知事を推薦した日本維新の会が9月9日に、辞職と出直し選挙を申し入れた。自民党や公明党、共産党など4会派と無所属議員も同月12日、維新に続き県議会の全議員(86人)が辞職を求める異例の事態となった。それでもなお、斎藤知事は「4年間の任期を務めさせていただくことが県民からの負託だ」と話し、辞職を再度否定した。
議会内では、辞職勧告決議案を検討する動きもあったが、一連の県政の停滞に危機感を募らせた全議員は同19日の本会議で不信任決議案を共同提出。不信任決議は「県政に長期にわたる深刻な停滞と混乱をもたらした政治的責任は免れない」と批判しており、採決の間、斎藤知事は口を一文字に結び、硬い表情を崩さなかった。不信任決議は全議員の賛成で可決され、県議会が退陣を求める強い意思を突き付けた形だ。
10日以内の議会解散か失職かの選択を迫られた斎藤知事は、議会閉会後の記者団の取材に対し、「しっかり受け止めなければならない重い状況だと認識している。どのタイミングかは申し上げられないが、しっかり考えて決断したい」と語った。
失職決断、出直し選へ
斎藤知事は9月26日に臨時記者会見を開き、地方自治法の規定に基づき、30日付で失職した上で、出直し知事選に出馬する意向を明らかにした。自身のパワハラ疑惑などを受けた県政の混乱については、「結果的に私に大きな責任がある」とした一方で、「仕事をしていくことも責任の果たし方だ」と選挙への意欲を示した。
投開票は11月10日か17日になる見通し。総務省によると、知事への不信任が可決されたのは斎藤氏で5例目。過去4回のうち、知事が議会を解散したケースはない。失職後、知事選に出馬し、再選したのは長野県の田中康夫氏のみ。