陸自発砲事件、容疑者は任期制の「自衛官候補生」どんな制度? 元精鋭隊員らはどう考える

2023年6月17日 12時00分
 岐阜市の陸上自衛隊射撃場で隊員3人が死傷した発砲事件。詳しい動機は分かっていないが、逮捕された18歳の容疑者が属する「自衛官候補生」は昨年末の安保3文書改定で見直しが始まっていた。隊員不足が深刻化する中、任期が限られ、「廃止」も取り沙汰される自衛官候補生とはどんな制度なのか。岸田政権の防衛費倍増を前に、自衛隊が抱える採用・教育の問題を、元自衛官や専門家に聞いた。(中山岳、山田祐一郎)
自衛官候補生の廃止に言及した防衛省有識者検討会の資料

自衛官候補生の廃止に言及した防衛省有識者検討会の資料

◆契約社員のイメージ 「処遇悪い」と指摘も

 「処遇改善が図られるよう、自衛官候補生を廃止し、任期制士も入隊の時点で自衛官に任官できるようにすることも視野に…」
 4月、自衛隊の人的基盤強化を議論する防衛省の有識者検討会で、こんな記述の資料が配られた。昨年末の防衛力整備計画で「あり方の見直し」が掲げられた自衛官候補生のことだ。
 どんな身分なのか。約23万人の自衛官は、階級順に「幹部」(19%)、「曹」(60%)、「士」(19%)などで構成される。このうち、任期を定めた士(8%)になる前提で採用されるのが自衛官候補生。民間企業で言えば契約社員のイメージに近く、正社員に当たる非任期制士(11%)とは異なる。
 自衛官候補生になると、約3カ月間の教育訓練を受ける。その間は自衛官ではなく、有事対応はない。終了後、「2士」に任用。任期は陸自が1年9カ月、海自と空自は2年9カ月だ。任期を更新して2期、3期と続ける人もいれば、昇任試験に合格して非任期の「曹」に上がる人もいる。
 そんな自衛官候補生だが、応募数は東日本大震災後の2012年度に3万4038人となって以降、減少傾向。前出の検討会資料は、年収が非任期制士の一般曹候補生より安く、「処遇差」があると指摘する。
 同省によると、高卒の自衛官候補生の初任給は、一般曹候補生や警察官などより安い。「改善しようとすれば、自衛隊に入ってすぐ自衛官になることが考えられる。そうした観点を踏まえて廃止も視野にあり方を検討している」(人事計画・補任課)という。

◆元空挺隊員「採用段階で魅力を伝えられていない」

 ただ、陸自に20年以上在籍した元空挺くうてい隊員で、運送会社「ミリタリーワークス」を経営する木村裕一社長は「自衛官候補生は任期を終えるごとに退職金をもらえ、そうした点も含めれば金銭面の待遇は決して悪くない」と話す。「ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、日本でも有事のリスクに現実味を感じて避ける人もいるだろう」
 元自衛官を雇用し、セカンドキャリア形成に努めてきた経験から、もっと直視すべき問題があると説く。「自衛官候補生になって3カ月の教育期間中に辞める人が少なくない。採用の広報活動で『自衛隊は楽しい』などと言われて入隊した人が、上下関係の厳しさなどを感じているからだ」
 逆に、「国を守る」「災害派遣」といったイメージにあこがれて入隊した後、現実とのギャップを感じる人もいるという。
 「自衛隊で災害救助の訓練はせず、あくまで軍隊に準じる組織として射撃訓練や演習をやる。国防にやりがいを感じて入隊しても、周りの候補生や隊員を見て『こんなに甘くていいのか』と幻滅する人もいる。採用段階や教育期間中に、自衛隊の魅力を伝えることができていないことが問題では」
 今回の発砲事件についても「自衛隊にあこがれて入隊したとすれば、周りの候補生や隊員たちとの間で、意識のギャップを感じた可能性はある」と話す。

◆元レンジャー「イメージと実際の縦社会にギャップか」

  元陸自レンジャー隊員の井筒高雄氏も「容疑者は、陸自に災害派遣や人助けのイメージを抱いていたのかもしれない。レンジャーへの関心もあったという報道もあり、自分の中で膨らんだイメージと、実際の縦社会の理不尽さにギャップがあったのでは」とみる。
小銃発射事件について取材に応じる浜田靖一防衛相=14日、防衛省で

小銃発射事件について取材に応じる浜田靖一防衛相=14日、防衛省で

 2、3年を1任期とし、本人が志願すれば、任用が継続される「任期制自衛官(任期制士)」は1954年の自衛隊発足当時に自衛隊法で規定された。その目的は、若者を採用し「組織を常に精強な状態に維持する必要があるため」とされる。
 その中で、2010年度に「自衛官候補生」制度を設定。任期制自衛官として採用された若手を教育に専念させるため、3カ月間の候補生期間を設けた。
 制度案内では、任期中にさまざまな資格を取れると示している。任期後の「就職のサポート体制」や「大学等への進学支援」などを挙げ、「キャリアプランを自由に設計できる柔軟性のある制度」とPR。不安定な雇用形態を「契約社員」や「非正規雇用」と比べる声に対しては、「昇任試験に合格すれば、定年まで勤務することも可能」と違いを強調している。

◆24時間逃げ場なし、パワハラ‥‥ケアできていない

 だが、自身も高卒後に任期制自衛官として採用され、後に昇任して非任期制任用となった井筒氏は「教育期間中は外出を制限され、給料も自分の意思で使うことができなかった。職場と居住地が同一で24時間逃げ場がない。オンオフの切り替えができない」と一般社会とは異なる特殊な環境を強調する。
 その上で「武器を使う訓練では特に厳しい指導になるのは否めない。行軍などつらい訓練もあり、連帯責任やパワハラといった自衛隊特有の構造的な問題があるのだろう」と事件の背景を推察する。
 内閣府の世論調査では、自衛隊について「良い印象を持っている」との回答がいまや9割を超えているにもかかわらず、自衛官候補生の採用数は年々減少している。山口大の纐纈厚名誉教授(政治学)は「社会的な人手不足の影響を特に受けているのが自衛隊だ。支持は高いが、期待するのは災害救助。ウクライナ危機や台湾有事への懸念や不安定な雇用形態が大きなブレーキ要素となっている」と説明する。
 その上で「人材確保が厳しさを増す中で、入隊前の適性の審査が機能していないのでは」と指摘する。「入隊後は、閉ざされた世界の中で肉体的、精神的な暴力が繰り返されている。問題が起き、相談窓口を設置しても、アリバイづくりでしかない。今回の事件で、自衛官候補生のケアができていない自衛隊の脆弱ぜいじゃく性を露呈した」
 そもそも人口減少社会で、人材不足は以前から指摘されてきた問題だ。現在、自衛官の定員が約25万人なのに対し、実際に任務に就くのは23万人程度。そんな状況でも、任期制自衛官の8割以上は2任期以内で辞めている現状がある。

軍事ジャーナリスト「抜本的な人員削減が必要」

 軍事ジャーナリストの清谷信一氏は「安易な『契約社員』である任期制自衛官で、人員削減に対応してきた。本来なら『正社員』を減らして組織をスリム化する必要があるのに、その努力を怠ってきた。とくに陸自は3万人程度は削減する必要がある」と批判する。
 「人手不足なのにパワハラやセクハラで途中で辞める人が多く、真摯しんしに対策を講じてこなかった。一定の質を確保するには、自衛隊が自身で人員を減らさなければいけないのに、ポストを確保することしか考えていない」と抜本的な人員削減の必要性を訴える。

◆デスクメモ

 安保3文書改定で、「現在の自衛隊の能力ではこの国を守り抜くのに十分ではない」と語った首相。話題の中心は、敵基地攻撃能力を持つミサイルをはじめ高額装備の数々だった。使う隊員の採用・教育も当然必要になるのに、どれだけ議論したのか。十分説明したとは全く思えない。(本)

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