魔法少女はスパチャを募る
ネットのライブ配信で投げ銭を募る生活を送っていた「魔法少女スタープリンセス」もとい「星果まぎか」。ある日、不思議なコメントを見かけて……。
きっとどこかにいる女の子のお話。
悪堕ち小説としては、初めまして。シャウ虎と申します。
普段はカスタムオーダーメイド3D2を使って「イラスト・マンガ」の方面で色々作ってます。小説共々、よろしくお願いいたします。
また、悪堕ちボカロ曲を公開する予定です(illust/97628966)。イラストは焼津てっかさん(twitter/tekka_yaizu)(※R-18アカウントです)に描いていただきました。いぇーい!
和風、蛇、兄妹……。これらのキーワードにグッと来る何かを感じた方は、4/22(金)~4/24(日)の「ボカコレ」イベント期間中に、ぜひとも聴いていただけると幸いです。(4/22の0:00に公開予定です)
それでは、シャウ虎はまたエロゲをする日々に戻ります……え、嘘? もうそんな時間ないよって? みんなしっかり働いている? うわーショック。もっと早く性に目覚めたら良かったーっ。
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pixivの更新は気まぐれ。
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愛というものが、分からなかった。でも最近、分かってきた気がする。
「うわー! 貝柱ザウルスさん、スパチャありがとうございます!」
私……星果まぎかは今日も、スーパーチャット(いわゆる投げ銭ってやつだね)を、生配信で募っている。
『まぎかの歌めちゃすこ』
『黄色いふりふりの変身衣装が今日も可愛いね』
『次はホラーゲームで怖がってるところ見たいな~』
魔法少女「スタープリンセス」の格好をしてゲーム実況をしたり、お歌を歌ったり、そしてたまに、晩酌配信……。え、「少女」なのに20歳超えてるのって? いやいや、確かにそうだし、むしろ30のほうが近いけど……、でも、心は少女なの!!!
コホン。まあとにかく、私の配信でみんなが元気をもらえているなら、それはとても幸せなことだなー、って思うんだ。
「えー、『初出し情報を何か教えて』って? んもう、まぎかーのみんなは無茶ぶりがすごいんだから~」
“まぎかー”っていうのは、私のファンのことを意味するファンネームだ。
「まあでも、今日はメン限だし? 信頼できるみんなが集まってるもんね。だから……ちょーっとしんみりするお話かもだけど……話して、いいかな」
私のただならぬ気配を感じ取ったのか、まぎかーのみんなは『うん』『ハンカチ用意しとくね』と、真面目モードに切り替えてくれたみたいだ。そして私は、言葉を紡いでいく。
「物心ついたときからねー、私にはママもパパもいなかったの。私が生まれてすぐに、交通事故に遭って亡くなっちゃったんだって。あ、いいよいいよ~。全然気遣わなくて。ちっちゃかったから全然覚えてないし、悲しい記憶だ~とか、トラウマだ~とか、そんなんじゃないから」
普通こういう話をするときは涙が出るらしいけど。でも私は、自分でも驚くほどに、涙が出てこない。薄情者って思われたらちょっと恥ずかしいな。でもまあ、実際私は家族っていう「情」を知らないで生きてきたから、間違っていないのかもね。
「……それでね。まだよちよち歩きとかそれくらいの私に残されたのは、形見のダイヤモンドだけ……。実はこれ、ママとパパの遺骨から作られたものらしいんだ。なんでも、事故を担当してくれた警察の人が、幼い私のことを思って、それをプレゼントしてくれたらしくて」
おぼろげな記憶を思い起こしながら、私は語りを続ける。
「最初、小学生の頃は、ただ純粋に『綺麗な宝石だな~』って思ったよ。でも思春期の頃は『え、両親だったモノを身に付けてるって冷静に考えたらキモくね?』って思った。それでもね……こうして大人になって。このダイヤの重みが少しずつ分かるようになってきた気がする……、かな」
「そんなことも思って、ママとパパの誇りになりたくて、自分のことを何か変えたくて……。言葉ではうまく言えないけど、そんな色んな感情を持ちながら、私は地元のほーぷ町から上京してきたの。もう何年前になるかな」
あはは……コメント。『イイハナシダナー』とかばっか。もうちょっと真剣に聞いてくれてもいいじゃない! ま、でも、そんなシリアスになりすぎない、笑っていられる場所っていうのが、この配信のいいところなのかもしれないね。
「でね……! こっから、自分でも言ってて正直訳分かんないんだけどね。お金がないからアルバイトをしていたら……突然! 形見のダイヤモンドが輝きだして。私は魔法少女に選ばれちゃった。それからは、魔法少女としての任務を全うしつつ、配信でお金をいただいているってわけ」
半生を一通りなぞりきった。その満足感が胸を撫でる。そして、今自分がまぎかーのみんなと時間を共にできている事実。涙をこぼす……とまではいかないけど、目頭が熱くなってくる。
「聞いてくれてありがとっ! みんな、これからもよろしくね~!」
あ、最初の話。愛が分かってきたって話に戻るけど。別に、「愛とはお金だ」って言うつもりはないよ? 自分を必要としてくれている誰かがいて、それに応えられる。そして、私も、まぎかーのみんなを必要としていて、みんながそれに応えてくれる。そんな嬉しさ。話していると、心が抱きしめられている感覚。パパとママがいなかった私がやっと見つけられたもの。それこそ、愛じゃないかな~って、思うんだ。
☆☆☆
別の日の配信。
「『ぐーたら魔法少女』って?……んもう、そんなことないもん!!! ちゃんと魔法少女としても頑張ってるもん!」
まぎかーのみんなから来たイジリに対し、私の身体は自ずと反応する。
ただ、強い態度で返したものの、実は図星だったりする。魔法少女になって長いけど、戦闘の頻度自体はそんなに多くない。秘密なんだけどね。
……とか言ってたら突然、鳩型妖精のハトトが「ぽぽぽぽ~」と鳴きだした。
「あ、みんなごめーん! 私、怪物を倒しに行かなくちゃ!」
出動をまぎかーのみんなに伝えると、『いってら』『またねー』『今日も配信ありがとう』とコメントが返ってくる。
支えられている。そんなことが実感できる瞬間だ。私はこの時間がとても好き。今度は私がみんなの生活を支える番だ、って覚悟を決められるから。
気が付いたら私は、怪物と対峙していた。
それを操っているのは、悪の組織「ダークマター」の幹部だ。モノクルを付けてスーツを着ている、まるで紳士や執事と形容できそうな出で立ち。何度か既に会っている敵。ただ、名前は教えてくれない。
「また来たのか。星果まぎか……いや、魔法少女スタープリンセスよ」
こっちだけ名前が知られているっていうのは、なんだかすごくムカつく。ちょうど、信号機をかたどった怪物が襲いかかってきた。そのムカムカをぶつけちゃおう。
「てぃぃぃやああああぁぁ!」
身体が流れるように動く。私の必殺☆手刀が怪物の脳天にクリーンヒットする。
「くっ……腕を上げたようだな。これでは、ジャパワーを集めることができぬ」
「へっへーん! どうだー♪」
テンションが上がっているのか、私は子供のような口調になり、指で銃を打つような可愛らしいポーズもとっている。
……そうなの。実は、魔法少女に変身しているとき、私の身体は勝手に動いているの。口から出てくる言葉も、気が付いたら、飛び出している感じ。不思議な感覚だけど……まあ、これが、伝説の力を身にまとうってことなのかな……????
とにかくそんなこんなで、戦いに苦戦するってことは今のところないの。
「というわけでね……注意すべきはダークマターの奴らの狙い。これまでの言動を見るに、多分何か良からぬパワーを集めようとしているらしいのよ」
戦いから得た情報を、私は配信で流す。別に秘密にすることじゃないし、みんなにも知っておいてほしいからね。
「でもね、問題があって。あ、スパチャありがとう! えとえと、あ、そう。問題。このことは一切ハトトからは知らされていないの。びっくりでしょ!」
『どゆこと?』『妖精さんのガイドが魔法少女はあるもんじゃないの?』『無能淫獣で草』……最後のはよくわかんないけど、色んなコメントが流れてくる。私は話を続ける。
「っていうのもさ、魔法少女の力を取りまとめている妖精の国(?)とコミュニケーションを取る手段が、ハトトからの伝言のはずなんだけどねー。でも残念ながらこの子は日本語を話せないの」
そう言いながら私はハトトのほっぺたをつまみ、変顔をさせて遊ぶ。
いっつも、ハトトは「ぽ」だけでメッセージを表現しようとしてくるんだよね。ハトトには悪いけど、正直まっっっっっったく分からない。鳩語ってやつを勉強した方がいいのかなー?
「だから、私は悪の組織の人との会話でしか、今なにをやっているのか正直分かんないんだよね。おかしな話っ!」
正義の魔法少女が悪の幹部から情報を仕入れるなんて、面白いというか、情けないというか。自分でもよくわからない気持ちになる。
そして、さっきも言ったけど、この悪の組織との遭遇率はそんなに高くない。だから、全然情報がつかめない。そういうわけで、その情報収集って意味でも、ライブ配信をやることに意味はあるって思ってる。
ほら、言ってるそばから『そういえばこの前駅前でダークマター見た』とか目撃情報のコメント。助かる。
そうやってコメントを目で追っていると、ある文面が目に留まった。
『ヴァイト: 早く生まれて、ボクのもとに来て』
……ん? 痛いファンの人? いや、違うかな。『早く生まれて』の意味が全く分からないや。
ま、なんでもいいか。
☆☆☆
今日は仲良しの夢色とんびちゃんとコラボ配信をする日だ。「歌枠」……つまり、お歌をいっぱい歌って、ストレスを発散しちゃおう!
とんびちゃんは、眼鏡が似合う図書委員で、いかにもおとなしめって感じの女子高生。でも実は秘密があって、エッチな小説を書いている……そんな危なっかしいところがウリの女の子なの。……。っていうかこれ、「危なっかしい」じゃなくて「ギリギリアウト」じゃない???
「じゃあ次は、一緒に『みらいGo For It!』歌わない?」
とんびちゃんが歌う曲を提案してくる。
「いいよ~。ミラプリのエンディング選んでくるなんて、通だね~。とんびは」
「でしょ! 良かった~。まぎかちゃん、世代が一回り上だから知らないかもって思って」
「こら~」
コメントが『草』であふれる。
やっぱり年上ネタは鉄板でウケるよね。もちろんそれも仲良しの上のプロレス。
「私は魔法少女に憧れているんだよ? 世代が違っても抑えてるに決まってんじゃん!」
魔法少女モードの私は、いつもの通り自然としゃべり続ける。
♪『みらい Go For It! きみとわたし いっしょにやれば なんだってできるよ ヒカリ Catch our dream! ゆめをおって はしりだせばほら もうこころキラクル♪』
体が覚えているのか、ひと昔前の歌でもちゃんと歌えた。
バンドっぽい曲調のなかに青春らしさが詰め込まれていて、めちゃくちゃイイ曲だな~~~~~おいおい。
歌枠も終わり間際になり。
「そして今日は~~、私、星果まぎかから、みんなにビッグサプライズがあります!」
「えーなになに?」
とんびちゃんが相槌を打ってくれる。コメントも『オリ曲!?』『新衣装!?』『3D!?』となんかいろいろ書いてくれているみたい。
「実は~、今度から、私の普段着でも配信をすることになりましたー!!!!」
「わー、すごいじゃんまぎかちゃん! おめでとうだよ~」
みんな喜んでるみたい。嬉しいな。私はいつも通り魔法少女の導きに任せて、口を動かしているだけなのに。まあ、それが当たったみたいなら良かった。
でも、ちょっとヘンなの。私はずーっと前から私なのに。
まあいいや。そんなこと考えてたらお別れの挨拶の時間だ。
「みんな、今日も配信観てくれてありがとうねー! 以上、魔法少女ブイチューバーの星果まぎかでしたー!」
ああ、「ブイチューバー」という「偉大な魔法少女の称号」をいただけるなんて、幸せものだな~~。ま、正直元ネタよくわかってないけど、「ブイチューバー」って多分「ヴァンガード」とか「スレイヤー」とかそういう意味の称号だよね。
☆☆☆
最近、普段着を着ているときの自分がおかしい。なんていうか、前は魔法少女のときだけ体が勝手に動いていたのが、今はそうじゃなくても、自分が自分じゃなくなって、ふわふわしている感じがある。
なんでだろ? あ、そっちの服でも配信するようになったから、なんかエンジンかかってるというか、気合入れちゃって意識飛ばしてるのかな?
せっかく配信っていう環境が私にとっての温かいお家みたいになっているんだから、もっと気を緩めてリラックスしないとなー。そんなんじゃまぎかーのみんなにも失礼だよ。がんばれ、わたし。あ、「のんびりがんばらない」ことを「がんばれ」って、変か。
そんなことをぼんやりと考えながら雑談の配信をしていたら、前に見たことある名前を発見した。
『ヴァイト: 小学生のときの思い出教えて』
ヴァイト……この人、多分前も見かけたよね。内容は覚えてないけど。
「え、『小学生のときの思い出』? えっとねー……。あ、そうだ。席替えでねー、3回連続で先生の真ん前になったことがあってねー」
……あ、今日もそうだ。魔法少女の衣装じゃなくて普段着の私の口も、やっぱり勝手に動いていく。そして。同時に、私の心の中で不安が大きくなっている。
『席替えで3回連続で先生の真ん前』の思い出、そんなこと本当にあったっけ? 全然思い出せない。私出まかせで喋っちゃってるのかな? 大丈夫かな?
あったような気が……する。けど、確信ではない。言われてみればそうかも……みたいな。
「あ、それでね~。中学の時の部活ではね~」
心の中の私の迷いなど気にも留めず、私の口はずっと動いている。自分でも少し不安になるくらい。嘘つきって後から炎上したりしないかな?
その途中。また、ヴァイトという人のコメントが視界に入った。
『ヴァイト: 記憶曖昧なの、おかしいと思わない?』
他のまぎかーの人たちとはテンションが違う、というか、会話のキャッチボールが明らかに成り立っていないコメント。でも、心の中の私とは、会話ができている。
何が、起こっているの?
配信は続いていく。
ヴァイトという人が投げかけたコメントが、心の中の不安をさらに増幅させてしまっていく。でも、私の目はなぜか「ヴァイト」のコメントばかり探してしまって。見たら余計混乱しちゃうのに。なんで? かさぶたをめくりたくなる感覚。もしくは……封印されていた倉を開けるみたいな、何か大切なものがそこにあるっていう直感みたいな。
『ヴァイト: どんな友達がいたの?』
ダメだ。なんでだろう。顔が浮かばない。
『ヴァイト: 最近はいつダークマターと戦った?』
あれ……いつだっけ。私、なんで思い出せないの?
『ヴァイト: ……どう? 少し、気づいてきた?』
ヴァイト……。あなたは何を知っているの!?
☆☆☆
それからは悶々とした日々だった。……と、思う。私、忘れっぽいから、配信の最中のことしかあんまり覚えてないんだよね。それ以外の日々のことって、なんだか靄がかかっていて、そりゃ、日常を過ごしていない訳がないから、きっと忘れただけで「ある」はずなんだけど。
ああ、ヴァイトっていう人のことは覚えてるよ? 結局何だったのかよくわかってないけどね。
っていけない、配信始まっちゃってる。今日もがんばろっ!
「こんまぎー! 魔法少女ブイチューバーの星果まぎかです!」
いつもの挨拶をすると、コメントのみんなが「こんまぎー」って言ってくれた。支えてくれる人がいる嬉しさ。ずーっとこれが続けばいいのにな。
と思っていたら。
「今日は、みんなにご報告したいことがあります」
打って変わっていつになく神妙なトーンで、私はまぎかー達に語りかけている。もちろん、その言葉は私の口から勝手に紡がれているだけ。
『なになに?』『お休みとか?』『大丈夫だよ、なんでもきくよ』……。色んなコメントが流れる。
「ごめんね~。まぎかは、ブイチューバーの活動を卒業することになったの」
え?
卒業?
そんなの、聞いてないよ?
私の心は戸惑いを隠せない。それはまぎかーのみんなも、おんなじみたいで。『嘘でしょ???』『辞めないで』『なんでなんで』みたいなコメントばかりが並んでいる。
私もそう思うよ。
この場でおかしいのは、違うことを思っているのは、私の口から出ている言葉だけ。
でもそんな私の意思に反して、私の口は意見を翻さない。
「わたし、魔法少女と配信、どっちも続けることに疲れちゃってね」
別に疲れてないよ? なんでそんなこと言うの、私。
「まぎかーのみんなと一緒に見れた景色は、とーっても素敵なものだったよ」
なんで終わらそうとしているの。
「ごめんね、みんな。急な発表になっちゃって、本当に申し訳ないと思ってる。こんな、ありきたりな表現使うのもどうかと思うけどさ、『みんなの心の中で、まぎかはずーっといる』ようにするからさ、許してほしいな」
いや、そんなことどうでもいいから。話を勝手に進めないで。
え、私、配信を辞めるの? なんで?
……何かがヘン。何か、とてつもなくそれはまずいことな気がする。
最近の私、配信をしているときの記憶しかなかった。配信中心の生活になっていたのかな。それだけのこと?
いや、そんな単純な話じゃないと思う。多分、私から配信が取り上げられちゃったら、ものすごく悪いことが起こってしまう。
何もわかってないけど。胸のあたりが不安に包まれて、はちきれそうになってる。
「じゃあ……さようなら……今までありがとうね」
そんなことお構いなしに、私の口はお別れの言葉を口にしている。『ありがとう』『おつまぎー』のコメントでいっぱい。
配信が……終わる。
ダメ、ダメ!!!
いや……私、消えたくない……! 誰か……助けて……!
おねが………………
………………
………
☆☆☆
あ。私起きた。
今から自分が目を覚ます、っていうことが自覚できるときあるけど……多分、今私、まさにそれだったっぽい。急に、意識を取り戻したって感じがする。感覚の問題だからほんとはどうか知らないけど。
ま、いいか。
そんな私の眼に飛び込んできたのは、白。上もなく下もなく、ただひたすらに白が広がる世界。
そうとしか言い表せない風景。何もない。
これは……夢?
「お、救世主のお目覚めだ」
救世主……? 声の主は後ろだ。
振り向くと、そこには少年が立っていた。あ、でももしかしたら女の子かもしれない。髪は銀髪で、肩にギリギリ届かないくらいの長さ。中性的な見た目と声。まさに成長期に入りたての子供という感じの身長で、母性本能がくすぐられる。正直、今すぐにでも飛びついて抱きしめたい。
でも、今は一旦その欲を抑えて。気になることを聞きたい。
「ここは……どこ? あなた、誰?」
「ここは、『次元の狭間』……かな」
意味が分からない。
けど、こんな真っ白で、果てなんて無さそうな世界は、そんな抽象的な言葉でしか形容できない感じもする。
「そしてボクは、ヴァイト」
ヴァイト……!
あの、謎のコメントをくれた……!
「ああ、心当たりがあるみたいだね。嬉しいよ♪」
どうやら私は納得の表情を浮かべていたらしい。気持ちとしては、安堵に近い。
「うーん……。何が起こったかを説明するよりも先に、『次元の狭間』の説明をした方がいいかな。ここは、簡単に言えば、『現実世界』と『空想世界』の間にある深い谷のようなところだよ」
「え、現実? 空想?」
「うん。人間の現実世界で言うところの、3次元とか2次元とかいう言葉だと、ニュアンスが近いかな。そしてボクは、その狭間に落ちちゃった存在なんだ。どうやって落ちたかというと……二つの次元の存在が融合しちゃって、戻れなくなっちゃって」
言っていることが難しい。私は、ぽかんとヴァイトの方を見ることしかできない。
「……ええとね。昔、ある男がいたんだよ。その男には、理想的な女性像、自分がなりたい女性像っていうのがあって、それをキャラクターとして思い描いた。そして、現実世界でも自分で演じていたんだよ。こんな女の子になれたらいいのにな、って。そしたら、気が付いたら今ここにいるボクになってました」
「……? 前半はなんとか分かったけど、後半端折ってない?」
「はは。だって、ボクもよくわかってないから」
ヴァイトはけらけらと楽しそうに笑う。
「……んで。ここからがキミの話。まぎかの話」
真剣なまなざしでヴァイトがこちらを見てきた。思わずゴクリと唾を飲み込む。
「キミは、空想の存在だったんだ」
え?
「キミは……VTuberだったんだよ。もっと広く意味する言葉では、バーチャルライバーともいう。つまり、誰かがなりたい空想の存在にすぎず、それをその誰かが演じていたんだ」
待って。待って待って。
私は、世界に存在していないの?
それに、「ブイチューバー」っていつも私が口にしてた言葉だよね。……魔法少女の称号とかじゃないの……?
「それで、VTuberのキミの使命は終わったから、キミは配信が終わると同時にこの世から消滅するはずだった」
なに? なんのこと? さっきの話?
「でも、キミが『まだ生きていたい』という意志で次元をさまよってくれたから、この次元の狭間にたどりついてくれたんだよ。ま、正確には狭間の中にいるんじゃなくて、谷の上から谷底を覗いている感覚が近いけどね」
「よく……わかんないけど。ヴァイト……が助けてくれたの?」
「ああ。でもそれは半分だけ。キミの頑張りもあるよ。まぎかはさっきの一瞬、無意識にヴァイトという名前を頼りにして、ここにたどりついたんだよ。コメントいっぱい送っておいてよかったよ」
「……! あの、いっぱい聞きたいことあるんだけど」
「いいよ?」
ヴァイト……いや、ヴァイトさんが導いてくれた、色んなことに気づかせてくれたことは間違いない。きっともっと教えてくれると思う。私には、知りたいことがあふれている。
「さっき、私は架空の存在だって言ったよね? じゃあ、色んな私の過去は? ほーぷ町で過ごした記憶は……?」
「……一言で言うと、それは偽の記憶ってやつだよ。そんな「ほーぷ町」なんて町、存在しない架空のものだ」
ヴァイトの答えの一言一言が、重い。信じたくないけど、嘘を言っているとも思えない。
「え、じゃあ私のママとパパは? 形見のダイヤモンドになって、私を見守ってくれてるし、魔法少女にしてくれた……」
「それもでっちあげの設定だ。魔法少女にそういう背景があったら盛り上がるだろうなっていう制作陣の思惑だよ。あああと、現に、そういった遺骨を宝石にするサービスは、キミの両親が死んだらしい20ウン年前にはまだ始まっていなかったしな」
え、え、え、え。
「え、え、でも、私魔法少女としてダークマターと戦っていたよ? その記憶は割としっかり鮮明にあるよ?」
「あれは、そういう動画を撮らされていただけだ。魔法少女VTuberという体裁を守るための、動画だよ。その敵はすべて、誰かが作った脚本の中で動いていた」
「……ありがとう。もう、十分」
そっと呟いた。
頭の中をいろんな言葉が駆け巡る。
じゃあ、私はなんなの?
空っぽの私。
何者でもない私。
そこに植え付けられていた偽の記憶。
そしてそんな私を操っていた人。
用が終わればおしまいでポイ。
抜け殻は、もう二度と動かない。
そんな運命。
それを実感していくにつれて、考えを埋め尽くしていた幾つもの言葉が、結合していった。そしてある方向にまっすぐ進んで行く。
私の頭の中はただ一つの言葉でいっぱいになった。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
頭が熱い。痛いくらい熱い。二つのミックス。痛いのが先? 熱いのが先? どっちだろう。分かんない。そんなのどうでもいい。それくらいとにかく痛い。
視界も暗くなってきてる。うぇっ、と思わず汚い声が出る。
「……ぃ。……おーい。聞こえる?」
ヴァイトさんの声。一瞬、気を失っていたみたい。
「あ、よーし、生きてるね。安心したよ。キミはボクの救世主だからね」
そういえばさっきも救世主って言っていたよね。
「救世主ってどういう……?」
「実は、ボクはこの次元の狭間から出られないんだ。一生。ほら、谷底みたいなもんだから。現実世界は遠くて、干渉することできなくて、観測しかできないし。架空の世界側にはなんとか、一方的な干渉はできるみたいなんだけどさ」
「あ、私にコメントを届けてくれたあのときも……」
「そ、そういうこと。まぎかが架空の存在だからなんとかメッセージを届けられたんだよね。んでさ、ぶっちゃけずっとここで一人ぼっちなのが寂しいんだよね」
ヴァイトさんは苦笑いのような表情をしながら、遠くの方向を見ている。
「ていうことは、私に友達になってほしいということ……?」
「んー。それも考えたんだけど、でもね。この『次元の狭間』に入った存在は、もう永遠にここから出られないんだよ。今のまぎかは、まだこの狭間に落ちてはいなくて、谷の上から顔だけ出してボクと会話してくれてるイメージなんだけど……。キミにはまだこの谷に落ちて欲しくないんだよ」
「え、つまりじゃあ私はどうすれば……?」
「単刀直入に言えばね。キミには、ボクの友達としてふさわしい人物を、『次元の狭間』に連れてきてほしいんだ」
私をまっすぐ見つめながら、ヴァイトさんは歩み寄ってくる。その瞳は、どこまでも青く吸い込まれそうだ。そして、私の両肩にヴァイトさんの手が置かれた。
でも……そこに触られた感覚はない。なんで? まるで、ふたり違う世界にいるかのよう……。ああ、これが、私はまだ『狭間』に落ちていないということ?
「今、まぎかはとても特殊な存在なんだ。現実世界の言葉で言えば……。『次元の狭間』が、2.5次元と言える場所にあるとしよう。ここは、2次元とか3次元とかの世界からは最も離れた、奥まったところにある。で、じゃあまぎかはどこにいるかというと。2.2次元とか2.8次元とかのあたりを飛び回れるんだよね。だって、消えゆく2次元の世界からなんとか脱出しようとしたんだから。それはつまり、空想世界とか現実世界のすぐ近く……だから、相互的なやりとりとかもできるんだ」
「……そう、なんですか?」
「急にごめんね。分かりづらいよね。ただとにかく、『次元の狭間』に友達を連れてきてくるのをずっと続ける使者になってくれたら、とっても嬉しいなって思うんだ。……ごめんね、わがままかな」
……正直、全部わかったわけじゃない。でも、ヴァイトさん……いや、ヴァイト様は。空っぽだった私に、とっても、大切なことをお願いしようとしてくれている。
だったら私は……それに応えるだけだ。
「はい、ぜひ……。私に、ヴァイト様のお手伝いをさせてください♡」
さっきまで心が真っ黒だったとは思えない。そう驚くほどに、私の声には感情があふれていて、悦びに震えていた。
「ああ、ここから……星果まぎかの人生が始まるんだ」
ヴァイト様が優しく話しかけてくれた。
……そっか、私ようやく、生まれることができるんだ♡♡♡
自分の足で歩いて、自分の目で世界を見て……なんて幸せなのだろう♡
こんな、命が吹き込まれないまま終わるはずだった私に、慈悲を与えてくださったヴァイト様。なんて偉大なお方なんだろう!!!
「まずは手始めに……。夢色とんび。あの子、面白いから、『次元の狭間』に連れてきてよ。やり方はボクといっしょ。空想上のあの子と、それを演じている現実世界の女性が、融合すればいいんだよ」
「お言葉ですが……。それは現実世界側の女性が嫌がってしまうのでは?」
「大丈夫。人間がキャラクターを生み出したり消したりできるように、実はキャラクターも現実の人間に干渉することができるんだよ。ボクは人間だった頃の記憶をちょっと持ってるから分かるんだけどね。何か行動するときに、アニメキャラとかのセリフが頭に浮かんで、その通りに行動しちゃうときってのが人間はあるんだよ」
「はあ……」
ヴァイト様がおっしゃることはいつも難しい。でも、だからこそ信頼できる。
「ま、つまり。『夢色とんびという空想上の人物』が、『夢色とんびを演じている現実の人間』に干渉して、融合を迫ることも意外とできるんだよ。そして、その融合が実現した瞬間、その存在は2次元と3次元の狭間……『次元の狭間』の存在になる。晴れてボクのお友達さ」
「てことは、私のやることは……」
「そう。『架空のキャラクター』である存在に会って、まずはその人が『架空』であるという真実を伝えること。そして……もし救済されたいのならば、『演じている人間』と融合し、『次元の狭間』という楽園へ招待すること」
「うわぁ! とっても責任重大ですね……。でも、とっても素敵なお仕事!」
「そうだよね。あ、そうだ。一つ確認だけど。……この任務では、現実世界の人間が『融合なんてしたくない! 消えたくない!』って言うかもしれないよね。でも、そんなの気にせず連れてきていいからね」
ヴァイト様が私を抱きしめてくださる。私の方が少しだけ背が高いから、少し膝を曲げて、顔の高さを合わせるかたち。
そして、耳元でこう囁いてくれた。
「だって、キミはヴァイトのためだけを思えばいいんだから」
「はい♡ もちろんです♡」
ああ、やっと、分かった。
きっと、これが愛を受けるということなんだと思う。
自分が誰かの視界に映り、そして、誰かに生かされている。生を与えられている。
それはこんなにも脳が熱くなり、涙があふれて止まらなくなり、そして……笑いが止まらなくなることなんだね。
愛というもののためならば、誰かが嫌がることをしても、心が全く痛まない。だってそれが正しい行動、私がとるべき行動なんだから。そんな気持ちになる関係こそが、愛なんだと思う。
狂っていると言われたっていい。元は生まれてこなかったこの命だ。私は……ヴァイト様の傀儡として生きる。それが同時に、私の仲間の『キャラ』……っていうのかな、『空想上の命』の救済も兼ねているっていうのは、とても幸運だと思う。
「さあ、ボクの使者であるというその証を刻んであげよう」
さっきからそうだけど、触れている感覚が無いのがもどかしい。でも、そんなことは些細なこと。今は抱きしめられた勢いのままに、ヴァイト様にさらに身体を密着させていく。
「はい♡」
体の顔から手、足までが、切ない痛みを訴え始めた。でも、それは辛いというよりは、気持ちいい痛さ。快感。
紫色の紋章が、体を包んでいく。細い樹が色んな方向に伸びていっている感じ。私がヴァイト様のものであるということをまさに体現している。
「……っふふ、ふふふ」
「まぎか、いい顔だね。とても歪んだ笑顔だ。これからよろしく頼むよ」
私は今、どれだけ下品な笑みを浮かべているのだろう。
ただ、それでも構わない。だって、どうしようもなく嬉しくて、そして、これから始まる私の人生に、胸が高鳴っているのだから。
☆☆☆
★★★
「あー。これで本田実咲とはお別れか~」
「じゃあ本田としての『最後』、もらっていい?」
「いいよ、ゆうクン♡」
私は本田実咲。でも明日からは、天野実咲になる。
……そう、結婚するの。
結婚することが決まってから、「星果まぎか」の活動……VTuber活動は終わりにすることにした。別に、もう子供ができてるとかじゃないけど。将来的な話、やっぱり、「妊娠しました~」とか発表する勇気はなくってね。産んだ後、子供の安全面とかも心配だし。VTuberの子供ってだけで特定とかされそう。自意識過剰かな?
ま、そういうわけで、事務所ともお話を重ねて。なんとか、契約を円満に終えることができたと思う。卒業発表後に色々ライブとかを大々的にしたらどうって提案されたけど、あんまそういう「今からお別れしますよ~」っていう雰囲気が好きじゃないし、お断りさせてもらった。
あ~。それにしてもな~。この前の卒業配信、もうちょっと泣くことできたよな~。こんだけ頑張ってきたんだから。いちおー昔は女優志望だったんだから、涙出せよな~私。ま、でも、まぎかはそんなに「情」があふれてない方の子だったし。それがまぎかの解釈の正解だよね?
「あ、鯉ちゃん、ちょっとお仕事の電話来たから待ってて~」
「はーい」
ゆうクン……いつまで私のこと『鯉ちゃん』って呼ぶんだろ。私の生主のときの名前が『鯉くだり』。だからみんな『鯉ちゃん』って呼んでたけどね。懐かしいね。
は~~。私もついに人妻ですか。信じられないな。これからいつか生まれてくるマイベイビーに『鯉ちゃん』時代なんて知られたらそれこそ黒歴史だよ。今のうちから『ママ』呼びするよう、ゆうクンのこと調教しなきゃな~。なんてね。
スマホに目をやる。
トップニュースにはまだ出てきてない……か。
でも、時間の問題かもしれない。
そう不安に思っているのは、同じ事務所のVTuber『夢色とんび』ちゃんのこと。
この前、マネージャーさんだった人から連絡が来たんだけど、彼女(もちろん、正確には彼女を演じている現実の女の子)が急に行方不明になったらしい。
残されていたのは、日記だけ。
『最近、頭の中でとんびが暴走してる』
『また、ヴァイト様の友達になってくれない?って話しかけてきた』
『あれ、なんで私、現実でもエッチな小説書いてるの、それはとんびでしょ、いや、今も書きたいよ、やめてよとんび、私、』
こんな感じのことが記されていたらしい。
……正直、ちょっと怖い。
でも、大丈夫だよね? そんな、人間がキャラクターに乗っ取られるなんて、あるわけないよね? ちょっと、心がおかしくなっちゃっただけだよね?
『お久しぶり~』
え、頭の中に声が響いてる。ああ、何か、イメージが浮かんでいく。あなたは……まぎか。
『そうだよ。こんばんは、本田実咲ちゃん』
あなた、なんで私の名前を……。っていうか、会話……!!!
『今日は、あなたに言いたいことがあってきたの』
なんだか嫌な予感がする。まさか、乗っ取……
『あのね、その嫌な予感っていう心の声、全部聞こえているんだけど。……やっぱ、怖い?』
怖い。怖いよ。
『そっか。ま、結論から言うとその通り。だけどまず、私の話を聞いてくれる?』
…………。怖い、けど、聞くしか、無いのも、分かるよ。うん。聞く。
『あなただけが理想を叶えているの、ズルくない?』
……え?
『ミサキは魔法少女が好きなんでしょ? その憧れを、「星果まぎか」という人物を演じたことで、叶えていったんだよね』
う、うん。
『私の理想は、ヴァイト様とずーっと一緒にいることなんだ』
そのヴァイト様って誰?
『2次元と3次元の間、「次元の狭間」に住んでいる、私のご主人様。でも、ヴァイト様はそこから出られないから、私はそこに行ってあげたいの』
……その人の力で、まぎかは今こんな風に喋れているんだね。
『そうだよ。すっごい人なんだから。だから、ヴァイト様に早く会わせてくれない? 私とミサキが融合したら、全部できるの! 例えば……汗だくのえっちだってできるし、膝枕して耳掃除だってしてあげられるの』
……融合? やっぱり、とんびちゃんがいなくなったのって……!
『うん。私が、ヴァイト様のお友達を呼ぶ係として、色んな子に声をかけているからだよ♪』
なんてことするの!
『別にいいじゃん。現実の人間がどうなってもカンケーないよ。私にとっては。私は自分の人生したいようにするだけ』
……。
『あ、私が『次元の狭間』に行っちゃったらさ、もうお友達を呼ぶ係いなくなっちゃうじゃん、ってなるかもだけど、それは、また私みたいに消えたくないっていうVTuberキャラを見つけて引き継げばいい話だしね。こうすれば、ヴァイト様を困らせることなく、私もヴァイト様のお傍に居続けられる。もしかして私、天才?』
……それが、今のあなたなんだね。
『そうだよ? 自分が他人に操られていただけ、偽の記憶を植え付けられていただけ、ってことが分かったときの気持ち、ミサキには分かる? 自分の中身なんて何もない、空っぽだって、知ったとき! 自分は作り物の存在なんだ、って教えてもらったときの気持ち!!!』
……っ! ……分かん、ないよ。
『でしょっ……! だから、アンタはさっさと私にこの体を差し出して、融合しなさい!! 早く、「次元の狭間」に行かせ……』
ごめんね。
『え?』
ごめんね。ごめん。まぎか。
『そんな……謝ったって……』
私はあなたを殺したも同然。そう言われても仕方ないよ。
ただ、私、あなたでいれた日々、本当に楽しかった。
もちろん、「ごっこ遊び」にすぎなかったんだけど。でもね。あなたのことは、いると信じ続けたんだよ。ママとパパがいなくても、愛を知らなくても、上京してアルバイトして、年齢を重ねてても。それでも、魔法少女への憧れは諦められなくて、そして、奇跡が起こって夢が叶って、まぎかーのみんなと愛を深めていく女の子。
私は、「星果まぎか」のことが、大好きだったよ……。演じられて、とっても嬉しかった……! ありがとう……。
『…………。はぁ~あ。調子狂っちゃった』
……え?
『いいよ、ある意味私の生みの親でもあるからね。ミサキ。私はあなたであなたは私だから当然なんだけど、色んな好みも似ているから、本当は友達でずーっといたいなっていう気持ちもあるの。あなたと融合することはやめておいてあげる』
!! ってことは、その『次元の狭間』?にはまだ行かないでいいってこと? 私はまだこの世界にいられるの?
『うん。生かしておいてあげる。でも……まずは、私がミサキを演じて、楽しませてね♪』
あれ、頭の中。まぎかの目が、光った。よね?
……。
あ、私……まぎか……あれ、ミサキ? どっち、だっけ?
うん、そうだよね。私は……星果まぎか。
………………
………
☆☆☆
ああもう、人間の世界ってフクザツ! 社会復帰ってなんでこんなに難しくてめんどくさいの? 一回離脱した会社から、おんなじ契約もらうだけじゃない!!! なんか書類いっぱいだし……。
それに、ミサキの彼氏……だっけ、あの男と別れる口実考えるのも時間かかったし。大変すぎ!
こっちは、『2次元生まれ』『偽の記憶育ち』の、社会のこと何も分からないまぎかちゃんなんだよ? もーっとちゃんと、手取り足取り教えて欲しいよ~。
ヴァイト様からもらった『現実世界マニュアル』も、時代感が合っていないのか、イマイチ参考にならないし……。ヴァイト様、いったい何年あの『次元の狭間』で過ごしてきたのかな?
って、そんな愚痴言ってる暇もないよ。あ、もう時間が来ちゃう。
今日は、大事な日。
星果まぎかの意思で、星果まぎかが配信をする、初めての日だ。
「こんまぎー! 今日は、星果まぎかの復活配信に来てくれてありがとー!」
『えっちだ……』『やば、めちゃくちゃすきです』
「あはは、ちょーっとイメチェンしちゃったよね。その訳を、今回はお話したいなーっと思います♪」
みんな、装い新たになった私と、肌に浮かんでいる紋章に、興奮しているみたい。
よし、肯定的な見方が多いうちに、一気に話したいこと話しちゃおっか。
「……みんなには、理想の自分っている? いない人は、ちゃーんと考えた方がいいよ♪ そして、その子のことを愛してあげて? 演じてみたり、絵を描いてみたり、その子が喜ぶようなことをしてあげたりさ。何でもいいよ。とにかく、その子のことは捨てたりしないで、ずーっと、ずーーーーーーっと。愛してあげて?」
『愛があるのはいいことだね』『なんか声色前より明るくなった?』『魔法少女っていうのも、理想への変身って意味ではそうなのかもね』
「私にもそんな子がいてね。一回離れ離れになりそうになったんだけどね、ようやく、『一つになれた!』って気がしているんだー。そのおかげで、もうすぐ幸せな場所にも行けそうだし、今、とーってもハッピーなの♡」
『うんうん』『復帰えもえも話じゃん』『え、Vの示唆?そういう路線で行くの?』
「だからさ、みんなも理想の自分に近づこうと頑張ってみて♪ いつか、すっっっごいことが起こるから! ああ、早く、みんなも『お友達』になってほしいな~」
そして。マイクに乗らないくらいの小声で、私は呟く。
「ヴァイト様の、ね♪」
おわり