脳に情報を「書き込む」(前編)
(2021年12月31日に、2021年時点の最新情報を追記しました。)
こんにちは。東京大学医学部を卒業し、現在は東京大学の池谷裕二先生の研究室で脳と人工知能をつなぐ研究をしている紺野大地と申します。
脳情報の読み書きとは
私は現在"脳と人工知能をつなぐ研究"をしていますが、これを本当に実現しようと考えたとき、2つの重要なポイントがあります。
一つは"脳情報の読み取り(read-out)"、もう一つは"脳への情報の書き込み(wtite-in)"です。
そこで今回は2日間にわたって、
"脳への情報の書き込み(write-in)"についての新しいテクノロジーや最新の研究を紹介していきたいと思います。
(もともと1つのnoteとして書き始めたのですが、書くのが楽しくなり予想以上に長くなってしまったため2つのnoteに分割しました。年末年始にのんびり読んでいただければ幸いです。)
さて、"脳情報の読み取り(read-out)"とは、
「記録した脳活動から、その人の考えていることや気分を読み取ること」
であり、例としては
「脳活動を人工知能で読み取り、考えていることを文章に翻訳する」などが挙げられます。
一方、"脳への情報の書き込み(write-in)"とは、
「脳を適切に刺激することで、狙った運動や感覚を生じさせること」
であり、例としては
「視覚野を刺激し、実際には存在しないリンゴが"見える"ようにする」などが挙げられます。
"脳と人工知能の融合"とは、人工知能を用いてこれら2つを高精度で行うことだと言っても過言ではありません。
なぜなら、私たちが体験する世界は究極的にはすべて脳が作り出したものだからです。
たとえば、「リンゴが見える」という感覚も「ラーメンがおいしい」という感覚も、すべては脳の活動から生み出されています。
ですから、脳情報の読み取りと書き込みが完璧にできれば、
「そこにリンゴがなくてもリンゴが"見える"」
「実際にラーメンを食べていなくても"美味しいと感じる"」
という感覚を人為的に生み出すことができるはずです。
他にも、医療に応用すれば、失明した人の視力を取り戻すことや末期癌の痛みを消すこともできるでしょう。
このように、脳への情報の読み書きには無限とも言える可能性が秘められています。
脳情報の「読み取り」について
このうち、前者の"脳情報の読み取り"は近年急速な進歩を見せています。
たとえば、
「脳の活動を人工知能で読み取り、考えていることを文章に翻訳する」
「他人が見ている夢を可視化する」
など、人工知能の進歩により"脳情報の読み取り"の精度は加速度的に上昇しています。
この先も、さらなる進歩が続くことは間違いないでしょう。
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(以下、2021/12/31追記)
2021年の最新情報アップデート(その1)
2021年にはメタバースが大きな話題となりましたが、「脳情報の読み書き」はメタバースの未来に直結すると個人的には考えています。
たとえば、2021年時点ではメタバースと現実世界をつなぐインターフェースはコントローラーやキーボードですが、将来的には脳活動を直接読み取ることで、メタバース内で自在に空を飛ぶ移動やテレパシーのようなコミュニケーションができるようになったり、
脳を直接刺激することで、「絶品パンケーキを食べている」という感覚をデジタルに生み出せるようになったりするかもしれません。
さらに言えば、私たちが感じる世界は究極的には脳活動が作り出したものに過ぎません。
そう考えると、将来的に脳についての理解がもっともっと進めば、私たちは自らが望む「世界」そのものを自在に作り出すことができるようになるかもしれません。
これは文字通りの意味で「メタバース(複数の世界・宇宙)」と言えるでしょう。
このような意味でも、「脳情報の読み書き」の最前線について知っておくことは、非常に意義があると私は考えています。
さて、まずは2021年時点における「脳情報の読み取り」についての最新情報を簡単にアップデートしていきましょう。
2021年5月には、脊髄損傷患者の脳に192本の電極を埋め込み、
「頭の中で想像している単語を脳活動から翻訳する」という研究で、リアルタイムの翻訳精度が94%、オフラインの精度は99%に到達し、翻訳速度は毎分90文字を達成しました。
これは従来の針型電極における最高速度(毎分40文字)を大幅に上回っており、また、一般人におけるスマートフォンの入力速度が毎分115文字程度であることを考えても、大きなブレークスルーと言えるでしょう。
また、2021年3月には、ブレインテック企業Neuralinkが、
「念じるだけで卓球ゲームをプレイするサル」の動画を公開し、大きな話題となりました。
この動画の内容自体は科学的に新しいというわけではありませんが、将来の臨床応用を見越したうえでの各種デバイスの設計や、進捗を出すスピード感は、産業界ならではと言えます。
Neuralinkに限らず、近年ではKernelやSynchronといったブレインテック企業が増えており、脳研究はこの先アカデミアの中だけでなく、産業界をも積極的に巻き込み,ますます進展すると期待されます。
(なお、このNeuralinkの発表については以下の無料noteで深掘りしているので、興味のある方はぜひご覧ください😊)
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一方で、"脳への情報の書き込み"はまだまだブラックボックスです。
その最大の理由として、
「脳をどう刺激すればどのような感覚が得られるか」の知見がまったく足りないことが挙げられます。
とはいえ、"脳への情報の書き込み"においても近年様々な進歩が見られています。
そこでこのnoteでは、"脳への情報の書き込み"についての新しいテクノロジーや最新の研究を紹介したいと思います。
内容は以下になります。
1. "脳への情報書き込み"の歴史(本note)
2. "脳への情報書き込み"の最新研究(本note)
3. "脳への情報の書き込み"に用いられるツール(次note)
4. すべては脳が生み出している"仮想現実"(次note)
それぞれ見ていきましょう。
1. "脳への情報書き込み"の歴史
上で、"脳への情報書き込み"はまだまだ進んでいないと述べましたが、実はすでに活用されているテクノロジーもいくつか存在します。
代表的なものは「人工内耳」です。
人工内耳は、難聴の人にデバイスを埋め込み聴力を取り戻すテクノロジーです。
記録された音はデバイスにより電気信号に変換され、聴覚を支配する内耳神経が刺激されます。
人工内耳は「音という情報を脳に書き込むデバイス」であり、"脳への情報書き込み"の大きな成功例です。
このように、現時点でも既に"脳への情報書き込み"に成功している例は見受けられます。
ですが、一つ大きな問題点があります。
それは、「これらのデバイスは末梢神経を刺激している」点です。
いったいどういうことでしょうか?
医学的には、内耳神経は「末梢神経」に属します。
すなわち、これらのデバイスは「脳そのもの」に直接情報を書き込んでいるとは言い切れないのです。
「脳そのものに直接情報を書き込む」とは、大脳皮質や海馬を直接刺激することをイメージしていただければ良いでしょう。
内耳神経などの脳神経は末梢神経系に属する
そこで次は、「脳そのものに情報を直接書き込む」ことについて一つのブレークスルーとなる研究を紹介します。
2. "脳への情報書き込み"の最新研究
ここで紹介するのは、
「視覚皮質を電気で刺激することで、アルファベットを認識させることに成功した」という研究です。
「脳への情報の書き込み」についての衝撃的な研究。
— Daichi Konno / 紺野 大地 (@_daichikonno) May 15, 2020
視覚障害者の脳に電極を埋め込み刺激したところ、
「脳への電気刺激パターンを文字として理解・表現できた」という。
しかもそれを、ネズミやサルをとばしていきなりヒトでやっている!!https://t.co/7g3UL0BgyI pic.twitter.com/0KFcHe9Q1J
この研究では、視覚皮質を「まるでペンでなぞるように」電気刺激したところ、被験者は「Z」や「W」といったアルファベットを知覚できたというのです。
(©2020 Daniel Yoshor et. al., CC-BY 4.0)
これはとんでもない結果であり、
「会話することなく相手に意図を伝える」ことが原理的には可能となります。
この技術を応用すれば「画像を画像のまま」直接伝えることも不可能ではないでしょう。
まさにテレパシーですね。
この研究は、"脳への情報書き込み"における一つのブレークスルーとなるでしょう。
今後の発展がとても楽しみになってきます。
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(以下、2021/12/31追記)
2021年の最新情報アップデート(その2)
ここでは、2021年時点における「脳情報の書き込み」の最先端について紹介したいと思います。
個人的に強く印象に残ったのは、
「うつ病患者の脳活動を常時モニターし、"落ち込んでいるパターン"が検出されたら電気刺激することで気分を急速かつ持続的に改善できた」という研究です。
この研究のすごいところは、
「患者の脳活動に合わせて刺激する脳領域を柔軟に選択している」という点です。
この手法の根幹にある発想は、うつ病に限らず多くの疾患に適用可能と考えられ、「神経・精神疾患のテーラーメイド治療」という新時代をもたらす可能性があります。
また、これは半分妄想混じりになりますが、将来的には、「なんとなく今日は気分が悪いな」という朝にBrain Machine Interface(BMI)を利用して脳活動に応じて電気刺激を行い、脳の状態を常に健康に保つという時代が来るかもし れません。
「朝起きて5分で脳のメンテナンスをする」という、まさに未来のマインドフルネスという呼び方がぴったりです。
BMIによる精神ケアがまるでジムに行くかのように当たり前になり、誰もが身体的・精神的に健やかに生きられる時代を個人的には切望しています。
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さて、今号で紹介した研究の多くは、脳を「電気で」刺激していましたが、脳の刺激には超音波や光といった他のツールも用いることができ、それぞれに長所と短所が存在します。
次のnoteでは、脳を刺激する代表的なツールについて紹介し、それぞれの長所短所について見ていきたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。続編は以下になります!
P.S. 2021年12月14日に、初の著書(池谷裕二先生との共著)である『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』が発売となりました!
「脳と人工知能が融合する未来」について、このnoteで取り上げたような最先端の研究をふんだんに取り上げながら考察しています。
2021年終了時点で、この分野についてここまで詳しく、かつ分かりやすく説明した本はないと自負しており、「現時点での脳科学、人工知能研究の最先端はどこにあるのか」を一冊で俯瞰できる内容になっています。
興味のある方はぜひご一読いただければ嬉しいです😊
また、神経科学や人工知能、老化についての最新研究を月3回深掘りする"BrainTech Review"も連載しています。
興味のある方はぜひご覧いただければ嬉しいです😊(初月無料です!)
脳科学を学び始めたい人のための入門ガイド(無料)も執筆しています。
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