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脳に情報を「書き込む」(後編)

(2021年12月31日に、2021年時点の最新情報を追記しました。)

こんにちは。東京大学医学部を卒業し、現在は東京大学の池谷裕二先生の研究室で脳と人工知能をつなぐ研究をしている紺野大地と申します。

本noteは"脳に情報を「書き込む」"の後編記事であり、
"脳への情報の書き込み(write-in)"についての新しいテクノロジーや全体についての考察を記していきたいと思います。

脳情報の読み取り・書き込み
 脳への情報の読み書き


前編noteはこちらです。

本noteの内容は以下になります。

 1. "脳への情報書き込み"の歴史(前note)
 2. "脳への情報書き込み"の最新研究(前note)
 3. "脳への情報の書き込み"に用いられるツール(本note)
 4. すべては脳が生み出している"仮想現実"(本note)

早速始めていきましょう。

3. "脳への情報の書き込み"に用いられるツール

本noteでは、脳刺激に用いられる代表的なツールとして以下の5つを取り上げたいと思います。

 ⅰ. 電気(侵襲)
 ⅱ. 電気(非侵襲)
 ⅲ. 磁気
 ⅳ. 超音波
 ⅴ. 光

まず、全体をまとめた図が以下になります。
(この記事の執筆で一番時間がかかりました笑)

脳刺激まとめ_cc
"脳への情報書き込み"に用いられるツール
(ご利用の際は右下の出典を明記ください)

脳への情報書き込みを考える上で重要な3つのポイント

それぞれのメリット・デメリットを考える際にキーポイントになるのが、「空間分解能」・「時間分解能」・「侵襲度」であり、この3つの観点で考えると、それぞれの優劣をクリアカットに捉えることができます。

まず、これらの指標について簡単に説明します。

「空間分解能」どれだけ細かく領域を絞って脳を刺激できるか
この性能が低いと狙っていない細胞まで活動させてしまい、高い精度で情報を書き込むことは困難です。

「時間分解能」:どれだけ細かくタイミングを絞って脳を刺激できるか
この性能が低いと意図しないタイミングで脳が活動してしまうため、これも高い精度で情報を書き込むためには必須の要素です。

「侵襲度」:そのツールが身体にどれだけ物理的なダメージを与えるか
いかに空間分解能・時間分解能が優れていても、「頭蓋骨を開ける手術が必要である」と言われたら気軽には手を出せません。

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イラスト:須山奈津希さん、図版:アトリエ・プラン

以下では、これら3つの観点から電気(侵襲)・電気(非侵襲)・磁気・超音波・光という5つのツールの特徴を見ていきます。

(なお、「ツールの簡便さ」や「脳深部へのアクセス」なども重要な観点ですが、本noteでは扱わないこととします。)


ⅰ. 電気(侵襲)

電気は脳刺激において歴史が古く、最も用いられています。
なかでも、脳に直接電極を埋め込む侵襲的手法は空間分解能と時間分解能に優れているため、イーロン・マスク率いるNeuralinkもこの手法を採用しています。

一方で、本手法の欠点はなんといっても「侵襲度の高さ」に尽きます。
頭蓋骨を開ける手術が必要なため、少なくともしばらくの間、広く普及することは困難でしょう。

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イラスト:須山奈津希さん、図版:アトリエ・プラン

(なお、Neuralinkについては前に別のnote記事を書いたので、興味のある方はぜひご覧ください。)

ⅱ. 電気(非侵襲)

次は非侵襲的な電気刺激です。この手法は手軽かつ頭蓋骨を開ける必要がないという大きなメリットがありますが、空間分解能と時間分解能は紹介している5つのツールで最低クラスです。
これは大きなデメリットであり、"脳に情報を書き込む"という観点ではかなり厳しいと言わざるを得ません。

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イラスト:須山奈津希さん、図版:アトリエ・プラン

ⅲ. 磁気

3つ目は磁気です。磁気は空間分解能・時間分解能ともに電気より上回っており、なおかつ侵襲度もほぼゼロです。
臨床医学でもうつ病の治療などに用いられており有望な手法ではありますが、それでも
「そこにリンゴがなくてもリンゴが"見える"」
「実際にラーメンを食べていなくても"美味しく感じる"」
といった高精度の情報書き込みは非常に困難なのが現状です。

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イラスト:須山奈津希さん、図版:アトリエ・プラン

ⅳ. 超音波

4つ目は超音波です。超音波による脳刺激は近年ホットな分野であり、まだまだ人間におけるデータは少ないものの、空間分解能・時間分解能ともに電気や磁気を上回ると言われており、侵襲度もほぼゼロです。

超音波は個人的にもかなり注目しており、今後の研究の進展がとても楽しみです。

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イラスト:須山奈津希さん、図版:アトリエ・プラン

ⅴ. 光

最後に紹介するツールは、光です。
光による脳刺激とは、主に光遺伝学(オプトジェネティクス)と呼ばれる手法を指します。

光遺伝学はこの10-20年の脳科学の進歩を支えてきたテクノロジーの代表であり、近い将来ノーベル賞をとるだろうと言われています。

光遺伝学はこれまで紹介してきた4つの手法のどれと比べても比較にならないほどの空間分解能・時間分解能を誇り、その精度は狙った1細胞をピンポイントに刺激できるレベルです。

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イラスト:須山奈津希さん、図版:アトリエ・プラン

これだけ聞くと、"脳への情報書き込み"の大本命だと思うかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。

光遺伝学を人間に適用するには、
 ①遺伝子改変を行う
 ②光ファイバーを脳に直接刺す
という2つの極めて大きなハードルがあります。
すなわち、「ⅰ. 電気(侵襲)」よりもさらに侵襲度が高くなってしまうのです。

そのため、侵襲度を低くするブレークスルーがない限りは、光による脳刺激は現実的でありません。
逆に言えば、何らかのブレークスルーが起きれば"脳への情報書き込み"における筆頭候補となるでしょう。

以上、"脳への情報書き込み"に用いられる代表的な5つのツールを見てきました。

理想的には「時間・空間分解能が高く侵襲度が低い手法」がベストですが、これらはトレードオフの関係にあり、良いとこどりのツールは存在しないのが現状です。

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(以下、2021/12/31追記)

2021年の最新情報アップデート

そんな中、2021年5月に、「光遺伝学を初めて人間に医学応用した」という驚きの研究が発表されました。

この研究では、40年来の網膜色素変性症でほぼ視力が失われた患者さんの網膜にチャネルロドプシンを導入し光遺伝学を適用することで、部分的ながら視力が回復したということを報告しています。

光遺伝学がこんなに早く人間に応用されるとは思っていなかったので、個人的に大きな衝撃を受けました。

しばらくは適用するにしても患者さん限定になるとは思いますが、「光遺伝学を人間に適用しうる」ということを示した点で、この研究は非常に意義が大きいと感じます。

また、2021年10月には別の方向性で素晴らしい研究が発表されました。

それは、「電気刺激のパターンにより、特定のタイプの神経細胞を活性化・抑制できる」という研究です。
この研究がとりわけすごいのは、「どのような電気刺激パターンが適しているのかを、人工知能が導き出した」点です。

この研究は、これまでは光遺伝学を用いなければできなかったような精密な操作を電気刺激で可能にしたという点で非常に意義が大きく、この先汎用性が極めて高い技術になると思います。

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ⅵ. 電脳化

ここからは完全に個人的な妄想ですが、仮に自分の脳をコンピュータ上に再現できたとしたらどうなるでしょうか?

これを仮に「ⅵ. 脳をコンピュータ上に再現すること(電脳化)」と名付けます。
その場合は、上記の5つのツールは比較にならないほどの精度で脳に情報を書き込むことができるでしょう。

あくまで個人的には、この「ⅵ. 脳をコンピュータ上に再現すること(電脳化)」が長期的には最も有望ではないかと考えています。

脳刺激まとめ_電脳化
"脳への情報書き込み"に用いられるツール〜電脳化バージョン〜
(ご利用の際は右下の出典を明記ください)


4. すべては脳が生み出している"仮想現実"

ここまで2日間にわたって見てきたように、"脳情報の読み取り"に比べればまだまだ道のりは長いものの、"脳への情報の書き込み"についても着実に進歩しています。

"脳情報の読み取りと書き込み"が完璧に行えるようになったら、いったいどのような未来が待っているのでしょうか?

私たちが体験する世界は、究極的にはすべて脳が作り出したものです。
「リンゴが見える」という感覚も「ラーメンがおいしい」という感覚も、すべては脳の活動から生み出されています。

そう考えると、適切に脳を刺激できれば、
「耳を介さず脳で聞く」、「鼻を介さず脳で嗅ぐ」、「口を介さず脳で味わう」ことが可能なはずです。

もしこれらが実現されたら、
「家の中にいながらまるでハワイのリゾートホテルにいて、おいしいパンケーキを食べているように感じる」ことができるようになるかもしれません。

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こんな未来、最高じゃないですか?

もちろんそれだけに止まらず、
「失明した人の視力を取り戻す」、「末期癌の患者さんの痛みを消す」こともできるようになるでしょう。

このように、高精度な脳への情報の読み書きには、無限とも言える可能性が秘められています。

脳科学がこのレベルに到達するまでには、あとどのくらいかかるのでしょうか?
まだまだ遠い道のりではありますが、近年の脳科学と人工知能の発展を見ていると、決して不可能ではないように感じます。

脳科学や人工知能に興味を持った人がどんどん研究の世界に飛び込み、世界の進歩が加速されることを心から願っています。


2日間にわたる長い長いnoteを最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
2022年がみなさんにとって、素晴らしい1年になりますように!

そして、脳科学やろうぜ!


P.S. 2021年12月14日に、初の著書(池谷裕二先生との共著)である『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』が発売となりました!

「脳と人工知能が融合する未来」について、このnoteで取り上げたような最先端の研究をふんだんに取り上げながら考察しています。

2021年終了時点で、この分野についてここまで詳しく、かつ分かりやすく説明した本はないと自負しており、「現時点での脳科学、人工知能研究の最先端はどこにあるのか」を一冊で俯瞰できる内容になっています。
興味のある方はぜひご一読いただければ嬉しいです😊

また、神経科学や人工知能、老化についての最新研究を月3回深掘りする"BrainTech Review"も連載しています。
興味のある方はぜひご覧いただければ嬉しいです😊(初月無料です!)

脳科学を学び始めたい人のための入門ガイド(無料)も執筆しています。

参考文献

Hans Op de Beeck & Chie Nakatani. (2019). Introduction to Human Neuroimaging. Cambridge University Press.



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東京大学医学部卒 医師・神経科学者. 脳や人工知能の研究を通じて、「脳の限界はどこにあり、テクノロジーによりその限界をどこまで拡張できるのか」を探究している. 著書:『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか 脳AI融合の最前線』
脳に情報を「書き込む」(後編)|Daichi Konno / 紺野 大地
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