はじめに

ギャラクシーさん、日本人の7割は病院で最期を迎えるらしいですよ。

 

藪から棒になに!? でも正直、そういうこともたまーに考えますよね。

そういう年齢に来ちゃってますもんね。

 

最近、亡くなる有名人も「めちゃくちゃテレビで見てた!」って人が多いですしね。

だからって次は自分の番……と思うのはまだまだ早いけど、想像しておくこと自体は別に悪いことじゃないですからね。

僕、長期入院したことがないんで、そういう場面でちゃんと自分の気持ちを言えるか不安なんですよね。遠慮しちゃいそうで。

遠慮?

「こういう不安があります」、「なんか体のこの部分が気持ち悪いです」というストレスを感じていても、医療現場の人が忙しく働いているのをみると、迷惑かけるのが怖くて「ぜんぜん大丈夫です!」って言い張りながら死んじゃうんじゃないかという……。

それは勇気を出して言うべきですよ。ただまぁ、「看護師の方も一人の患者に割ける時間の限界っていうのは実際あるんだろうな」とかいらんこと考えちゃいますよね。

そこでなんですが……「ソシオエステ」っていうお仕事があるのを知ってますか? 僕も看護師をしている妻から最近聞いて知ったばかりなんですけど。

ソシオエステ? 全然知らないです。

エステっていうと美容のためにやるイメージが強いんですけど、高齢者や障がい、病気を抱えた方達にこそエステは必要ではないかということで、フランスで始まった職業らしくて……

え? なんかすごくいい考え方ですね。

でしょ!? このお仕事について知ることが、僕たちの終活にも関わってくると思うんです!

まだ僕らは終活しなくてもいいと思いますけど、そんなにいいお仕事なのに知られていないのはもったいない!

 

ということで今回は、ソシオエステティシャンの志賀千恵子さんにお話を伺ってきました!

志賀 千恵子

2016年8月より 東京都の病院にて ソシオエステティシャン(非常勤職員)として勤務。入院患者への施術のほか、在宅や施設への訪問施術も行う。

 

 

ソシオエステとは?

早速なんですが、ソシオエステって何でしょうか?

ソシオはソーシャルという意味で、直訳すると「社会的なエステティック」ということになります。肉体的・精神的・社会的な困難を抱えた方を対象に、エステを通じて自分らしく生きるお手伝いをする仕事です。

なるほど。困難っていうのは、具体的に言うと…?

肉体的な困難というと、事故や病気の方が多いです。怪我などにより継続的に痛みや不自由を抱えている方、高齢で体の自由が利かない方、障がいをお持ちの方などが対象です。精神的な困難っていうのは鬱の方や、大きい災害や事故でPTSDを抱えてる方依存症や摂食障害がある方も、精神的な困難に入ってくると思います。

肉体的、精神的な困難というのはなんとなくイメージできるのですが、社会的な困難というのはどういった場合でしょう?

社会的な困難については、例えばDVを受けてシェルターにいらっしゃるような方。肉体的に元気だとしても、社会的に外に出れないとか。海外だと服役中の方も対象になったりします。

 

ソシオエステティシャンとは、そういった理由で様々な困難を抱えている方に、エステを提供されている職業ということですね。エステというと、やはりマッサージなどを施術するということでしょうか?

ちなみにマッサージという言い方は、日本では本来 柔道整復師さんや理学療法士さんなどの決まった職業でしか使えない言葉なんです。なので、トリートメントやエステと言ったりします。

マッサージって、決まった職業でしか言っちゃいけないんだ! 知らなかった……

あとはメイク、ネイルなんかもしますね。治療の影響でまつげが抜けちゃった方に、治療前のお顔の印象に近づけるようなメイクのレクチャーをしたりとか…

複数人で、お家で楽しめるアロマスプレーやサシェを作るワークショップをしたこともありますね。香りに癒しを感じてもらったり、みんなでコミュニケーションをとりながら作業することを覚えてもらって、社会復帰に繋げていったりすることが目的です。

なるほど。困難を抱えている方にも、やはりメイクやネイルが必要だと。

はい! メイクやネイルをすると、自分のことを大切に扱えるようになるんです。自分が大切な存在だと感じてもらうのが、セルフケアの第一歩と言えますね。

 

 

施術を行った患者さんのエピソード

今までのソシオエステの利用者さんの中で、印象に残っているエピソードってありますか?

毎日のようにあります(笑)。私が利用者さんから生きる力をもらっているような感覚です。

素敵……

例えば、話しかけても反応が何もない患者さんが、ハンドトリートメント(指先や手にトリートメントを行うこと)をするようになってから、私が行くと笑うようになったりしたことがあります。

すごい! どんな状態の方だったんですか?

 

その患者さんは普段意思疎通が取れない状態で、主治医の方からご依頼があったので伺いました。話しかけにも応答がなく、自分の意思を表現することができないようでした。手足の拘縮(こうしゅく)もあって関節の動きが悪くなり、そのせいでどうしても手に垢が溜まったりして。

※拘縮=関節周囲の軟部組織が伸縮性を失って固くなり、関節の動きが悪くなる状態

どんな施術をしたんですか?

声掛けをしながら、手を綺麗に拭いて、いい香りのオイルを使ってエステをしました。手の匂いを嗅いで、「いい香りになりましたね!」「すごい綺麗になりましたよ!」って伝えて。必要があるときは、顔や足も拭いたりしたんですけど、それを繰り返していると……私が行った瞬間にニコ~って笑って手を伸ばしてくださるようになったんです。

 

やっぱり気分が良かったんでしょうね。

その場にいた看護師さんもびっくりされていました! 動かないと思われてたのに、私の方にこうやって手を伸ばしてきてくれて。そういう変化も日常茶飯事です。

手の垢が命に関わることはないかもしれないけど、やっぱりキレイになるって嬉しいんですよね。

そうですね。それに治療以外で自分に会いに来る人がいるっていうのが嬉しいのもあると思います。看護師さんもヘルパーさんも自分のところに来るときは熱を測る、オムツ交換をするっていう目的のために来るので、自分に会いに来るっていうことが少ないんですよね。

確かに!患者としての自分ではなく、人としての自分に会いに来てくれるという……

だから、体調ももちろん聞くんですけど、その人が好きだったこととか趣味とか、どういう人生を送ってきたかとかに興味を持ってお話をします。

その方が喋れない場合はどうするんですか?

こちらから一方的に、病気とは全く何の関係ないことをお話ししたりしますね。例えば「今日外がすごい暑いんですけど、暑いの得意ですか? 私は結構いけるんですけど(笑)」っていう感じで。

そういった方だと特に、施術を通してコミュニケーションを取れるのって力になるだろうな……

そういう雑談を通して、その方の関心がどこにあるかを見極めることで、その人らしさを引き出すのが、ソシオエステの役割とも思っています。

 

以前、腰を悪くした方のところに通っていたんですが、その方への施術は腰じゃなくてハンドトリートメントが多かったんですよ。私とお喋りをしながらハンドトリートメントを受けるのがすごく好きと言ってくれて。

え、腰を痛めているのに手を揉むんですか?

そうなんです。事故の後遺症からくる腰部の疼痛コントロールのため、痛み止めを使用していた患者さまだったのですが、そのお薬を使用してもいつも痛みに苦しんでいたのに、私が看護師さんたちに「その方が痛そうな表情をしていない時ってありますか?」って質問したら、看護師さん全員が「ソシオエステを受けている時」って。

すごい!腰を揉んでいるわけじゃないのに。

私は「腰も見ますよ」って言ったんですが、「あんたは手をしてくれればいいの」っていつも言われるんです。ハンドトリートメントしてお喋りしてるだけだったんですけど、その間は痛みを感じていなかったというか、忘れていたのかなって。

 

 

メイクやネイルについて

メイクやネイルの施術をされる機会も多いんですか?

実は、病院では一応メイクをしてはいけないというルールになっているんです。患者様の顔色がわからなくなってしまうと体調の悪化に気付けなかったりするので。

「メイクぐらい許して」とも思うけど、体調の変化に気付けないって理由なら、まあ仕方ないか…!

同じ理由でネイルも最初はダメだったんですが……でも、ネイルってケアにすごく効果があるんです。

なぜですか?

お顔のメイクは鏡がないと見ることはできませんが、ネイルなら自分の目で見ることができるし、周りの人や家族が「綺麗ね」って言ってくれてコミュニケーションが取れるんです。本人もそう言ってもらえたら嬉しいじゃないですか。だからクリスマスのときに病院にちょっと掛け合って、1本の爪だけでいいんでクリスマスツリーのシールを貼りたいんですって提案したことがありました。

いいですね。ネイルをきっかけにして、場が和むんですね。

 

 

ALSの患者さんのこと

あとは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者さまのことが心に残っています。

ALS……全身の筋肉が徐々に痩せて、動かなくなっていく病ですね。

はい。嚥下や呼吸に必要な筋肉も動かなくなって、しかしその一方で、考えたり感じたりする力は保たれる病気です。

その女性は既に人工呼吸器や胃ろうを使用されており、ソシオエステを始める少し前までは、わずかに動く右手で筆談ボードに字を書くことができていたようですが、それもできなくなってからは「意思疎通が取れない」と主治医やナースからは言われていました。

そんな状況の時に志賀さんが呼ばれたと。

私が関わることになったときは、話すことはもとより、うなずきや首振りなどでの意思確認もできませんでした。できることは、口の端がわずかに動く、目を開いたり閉じたりできる、身体を少し左右にうねうね動かせる、右足を持ち上げることができる、その程度のもので、コミュニケーションが困難と思われる状態でした。

でも、読み取ることは難しくても、毎回その方の表情を確認し、お顔を見ながら話しかけ、YESかNOか感じ取る努力をしていました。お顔の筋肉はほとんど動きませんでしたが、表情は分かっていました。毎回手足の衛生保持とオイルトリートメントを行っていたのですが、施術を始めると目を閉じ、触れられる感覚や心地よさを感じようとしてくださっているのがよく分かりました。

「意思疎通が取れない」と主治医やナースからは言われていたそうですが、それでも伝わる“何か”があるんですね。

あるとき、施術が終わったあと、その方がわずかに持ち上げられる右足を動かし始めました。何か言いたいことがあるんだなと思い、ナースさんを呼びましたが……普段そのように足でコミュニケーションをとろうとすることはなく、意図はわからないとのことでした。結局その日は訴えを読み取ることができないまま、「次回また教えてくださいね」とお願いして、病室を去りました。

一体何を伝えようとしたのでしょう?

次に訪問した時、施術後にまた右足を動かしてくださったんです。どうやら、空中に字を書いているようでした。私はご本人に質問をしながら、もう一度教えてください、もう一度書いてくださいとお願いして、何とか意志を読み取ろうとしました。20分以上かかったでしょうか?

その方が空中に書いた字は……

 

「い」「い」「き」「も」「ち」「だ」「つ」「た」

 

「『いい気持ちだった』ですか?」と訊くと、ご本人はわずかに動く口の端をニッと持ち上げて、身体をうねうねさせました。きっと正解だったのだと思います。それから毎回エステに行くたびに、施術が終わると右足で「いいきもちだった」と書いてくれるようになりました。私にお礼を言ってくださっていたのだと思います。

すごい話だ……

足で空中に字を書くなんて、大変だったと思うんです。動かすことがやっとの筋肉を使って、伝わる保証のないものを、それほどの時間をかけて書いてくださるなんて、お疲れになるだろうと。そこまでして伝えてくださった想いが、大切でなりませんでした。

 

 

「タッチング」の技術について

ソシオエステティシャンに必要なスキルって、どんなものがあるのでしょうか?

主には、タッチングやコミュニケーションなどの技術ですね。

タッチング?というのは具体的にはどういう技術でしょう?

たとえば、人の顔に化粧水を塗るとき……

 

こうやって狭い面で力が入って指が反ってしまうことがよくあります。でも、エステティシャンの場合は……

 

このまんま、ベタっと触ります。

なるほど、接地面積が広いんですね。

そうです。隙間が一切ないような状態で包み込むように触ります。

これ、自分でやってみると、なかなかできないかも!

体の上で力をペタッと抜くのがコツです。それが密着度に繋がるんです。

 

慣れてくるとハンドトリートメントをするときも、手の平をピタッと密着させたま、手から肘までいって戻ってくることができます。

 

いや、絶対浮いちゃうな!? ムズイ!!!!

どこかに力が入っちゃいますよね。いかに人の肌の上で力が抜けるかっていうのが、エステティシャンの技術だと思います。

これがタッチングなんですね。実際に施術を受けてみてもいいでしょうか?

 

うおっ! 普通に触られているのとは感覚が違う! なんていうか、手の重みを感じます。

今は手を置いて力を抜いてるだけなんですが、重力方向に手の重みがかかっていきます。

そう、力をかけられてるって感じじゃなくて、手が乗ってるって感じ。

これがなかなかできないんですよ。大事なものを抱えて眠るときみたいなイメージです。大事なものって落としちゃいけないから手を密着させて持つんだけど、壊しちゃいけないからぎゅっとは持たない。

 

なんか……人の体温に触れると、肯定されている感じがありますね。今日はいい日だったな…って感覚がある。ギャラクシーさんも受けてみてください。

僕も!?いいんですか?

 

実はちょうど、左肩が痛いんですよね。2年ぐらい前に階段から落ちた後遺症がまだあって……

そうなんですね……(スッ)

 

わっ! 手ーーあったか~~~!!!

マッサージうまい人あるある「手があったかい」っていうのありますよね。

『焼きたて!!ジャぱん』の太陽の手ってこういう感じなんだろうな。

そして確かに、「接地面積の違い」っておっしゃってたのがわかりますね。広~く優しく触られているから、満遍なく人の手の重みを感じて……包まれているような……

 

この技術は確かに一朝一夕では身につかない気がする! 分からないけど、総合格闘技にも活かせそうな感じがします。

脱出できない寝技の技術とかに応用できそう。

私は格闘技はやらないですが(笑)。深いところでつながっているかもしれませんね。

 

 

ソシオエステの課題

ソシオエステって本当に素晴らしい仕事だと感じてるんですけど、課題とかってあったりするんですか?

まず大きいのは、職業として成立していないことですね。私含め、ソシオエステ以外のところで収入を得て生活している方が多いです。

えー!そうなんですか!? ソシオエステ1本で食べていけてる人ってどれくらいいるんでしょうか?

おそらく片手もいないぐらいじゃないかなと思います。

そんなに厳しい世界なんですね。施術の料金ってぶっちゃけどれくらいなんですか。

明確には決まっていないし、人によっても違うのですが、仮に個人からご依頼いただく場合があるとしたら、10分で1,000円ぐらいとか……実際多いのは、30分で3000円くらいかな

え、安い!? 受ける側にとってはとっても嬉しいことですが……それで生活するのは確かに厳しそうです。

移動の時間とかもあるので、なかなかこれだけで食べていくのは難しいんです。普通の(美容やダイエットなどの)エステだと1時間で3万円したりすることもあるので、それに比べるとかなり安価だと思います。

 

技術が必要なのは一緒なのに……何でそんなに安いんですか?

ソシオエステってフランスから来たものなんですが、フランスの保険制度と日本の保険制度の違いが大きな理由です。

どんな風に違うんですか?

フランスも日本と同じように病院に行くとそのうち6割〜7割を国が負担してくれるんですが、残りの3割、日本は自己負担ですよね。フランスではそこをサポートする団体や保険があったりして、ほぼ自己負担ゼロになるんです。だからソシオエステに関しても自己負担ゼロで受けられます。

じゃあ、フランスのソシオエステティシャンはそのサポート団体からお金をもらってるんですか?

そうですね。自己負担ゼロで、困難を抱える人だったら誰でも受けられるというのがフランスのポリシーです。でも日本だとまだ制度として整っていないんですね。だからといって高額のお金をいただいてしまうと、フランス本国のソシオエステのポリシーに反してしまうんです。ソシオエステはお金儲けの手段ではないので。

 

日本にも一般社団法人 日本エステティック協会というのがありまして。日本での新しいソシオエステの形を作っていきたいとは言ってるんですけど……なかなか難しいのが現状ですね。でもソシオエステシャンが仕事として成り立たないと、活動を続けていくのが難しくなってしまいますよね。

確かに……何かいい方法はないんでしょうか。

私は今病院からお金をもらってソシオエステを行っているんですが、それがもう少し進めば、ソシオエステだけで生活していけるようになると思います。

もし病院に入院している患者さんがソシオエステをお願いした場合、患者さんには追加で費用ってかかるんですか。

私が入っている病院の場合は、かかっていないです。患者さんにより良い入院生活を送っていただくための病院からのサービスという形になります。ただ、受けられる数に限りがあるので、行ける頻度が少なくなったりはしてしまっているのですが。

他に課題はあるでしょうか?

あとは、まだまだ職業としての認知度が低いところですね。多職種連携・チーム医療と言いつつも、医療職の資格を持ってないと患者さんに触っちゃいけないという場面もありますから。エステティシャンっていろんな人の肌を見てきてる仕事なので、触っただけで、この肌だったらどこまで垢を取っても大丈夫かとか、筋肉が固まってるなってわかったりとかするんです。でも、「美容の人だから」っていう認識がまだまだあって、なかなか医療の分野に一緒に入っていけないことがあります。

ソシオエステティシャンの方がいることで、医師や看護師さんにとっても助かる場面がありそうだけど……

私の病院でもアンケートを取ったことがあって、看護師さんも本当はもっと患者さんに向き合いたいけど、時間や平等性の観点でなかなかできないっていうジレンマがあるみたいです。その中でソシオエステテシャンがいると、看護師さんたちも安心して自分たちの仕事に打ち込むことができたりするのかなって感じてます。私達はマッサージの傍ら、本人1人と向き合う時間があるので、患者さんのニーズを引き出しやすいという強みもありますね。

この壁を崩していくには、まずはソシオエステっていうものの認知を高めないといけないですね。

そうですね。男性のソシオエステティシャンがまだいないなどの課題もあるので、原宿さん、ギャラクシーさん、ぜひ今からソシオエステの世界に来てください。今からなら日本初になれます!

日本初というのは魅力的な響き…!

原宿さん、実務経験が5年必要らしいです!

今から始めれば、50歳までには……

 

 

終わりに

老いへの不安から、今後の社会で重要になりそうな新しい職業にたどり着いた今回の記事。

ソシオエステに興味を抱いた方は、ぜひ日本エステティック協会のサイトもご覧ください!

ソシオエステティックについて

 

 

構成|瀬戸はるか