ごきげんよう!さわこです。

今朝の通読箇所は列王記下20,21章

南ユダ王国のヒゼキヤは神に忠実に仕えた王でした。
20章にはそうしたヒゼキヤ王が死に至る病気に罹患し、嘆願の祈りを捧げた結果、神様が寿命を15年延ばしてくださったことが書かれています。
そして、その約束の徴として、アハズの日時計の上の日蔭を10度退かされたと書かれています。

この日時計については、20年ほど前に、元高校の化学の教師をしていた長老から興味深い話を聞きました。その長老も眠りにつかれてこの話も懐かしい思い出になりました。

NASAの科学者がコンピュータで軌道解析をしたところ、コンピュータが正常に作動しなかったそうです。過去の日が消滅しているのが原因だったそうなのです。そのことについて、1人のクリスチャン科学者が聖書で1日と40分、日が止まったことを思い出したといいます。

太陽の動きが1日止まった史実は、紀元前1200年代ごろのこと、ヨシュア記10章12~13節に出てきます。「・・・こうして日は天のまなかにとどまって、まる一日ほど出て来ることを急がなかった。」
40分はイザヤが祈って日時計の影を10度後戻りさせた時間。

そこで、その時間をコンピュータに入力した時、正常に動き出したのだそうです。


聖書を非科学的だという人たちもいますが、ただ科学が聖書の真理をまだ充分に説明し切れていないだであり、考古学が聖書に追いついてきたように、やがて科学も聖書に追いついてくることでしょう。

聖書に書かれている一番大きな奇跡は、神の独り子であるイエス様が人間の姿をとってこの地上を歩まれ、私たちの罪を背負って身代わりに死んでくださり、そして蘇られたことです。
このことを信じる者は完全に救われるということです。
それから比べると、太陽が止まったり、逆戻りしたということは小さな奇跡といえるかもしれません。

そして個人的な奇蹟と言えば、私自身がキリスト教に反発していたにもかかわらず、イエス・キリストを我が主、我が救い主と信じるようになったことです。


さて、ヒゼキヤ王が病気と聞いてバビロンからの使者がお見舞いにやってきます。
そこでヒゼキヤはとんでもない失策をしてしまうのです。

宝物の蔵、金銀、香料、貴重な油、武器庫、その倉庫にあるすべてのものを彼らに見せたのでした。家にある物も、国にある物も、ヒゼキヤが彼らに見せない物は一つもなかったというのです。

バビロンは敵国です。油断も隙も与えてはならない関係にあります。
例えば、普段から問題ある一家だと知って、用心して付き合っている隣人が病気見舞いに来てくれたからと言って、喜んで金庫の中身を全部見せ、預金通帳を見せ、高価な宝石や先祖伝来のお宝を見せたりするでしょうか!
常識ではありえないことです。

しかし、ヒゼキヤは、神様の素晴らしさをバビロン人たちに伝えるためには、この方法が一番良いと思ったのかもしれません。

「自分たちの信じる神様は物質面でもこれだけ豊かな恵みを注いでくださるんだよ。いいだろう、すばらしいだろう、俺たちの神様はどうだい?」と。

ヒゼキヤ王の死に至る病気を祈りによって癒してくださった神様を紹介するよりは、バビロン人たちにはこの方法が効果的ではないだろうか、その方がバビロン人たちの価値観に合っているのではないだろうかと思ったのかもしれませんが、それは愚かな考えでした。
ヒゼキヤのこのもてなし方は、バビロン人の精神や心に真実の神を敬う心をもたらしませんでした。
ユダ国の物質的な富を、神を恐れることも愛することもしないバビロン人に見せたことは、彼らの強欲さという火に油を注ぐようなものでした。


イエス様は、鳩のように素直であれ、蛇のように賢くあれ、と言って弟子たちを伝道に出しました。
蛇のように、慎重に、用心深く、危機管理能力を発揮すると、愛の薄い人だと隣人愛のない人だと疑り深い人だと言われやしないか、と人の目を気にしてしまうのです。
いい人ねって思われたいのです。(笑)

しかし、クリスチャンの善意に、隙あらば付け込もうと、手ぐすね引いて待っている神を神とも思わぬ人もいるのが現実社会。
鳩のように素直であろうとするあまり用心を忘れてしまうなら、ヒゼキヤのように宝物庫を全部見せてしまう結果になりはしないでしょうか。

そうしたヒゼキヤについて、E・Gホワイトは「ヒゼキヤの行為は、神に栄光を帰すためではなく、外国の君たちの前で、自分を高めるためであった。誇りと虚栄がヒゼキヤの心を捕えた」と書いています。

ヒゼキヤは、神からいただいた宝のすべてを見せるよりも、死に至る病気が、神に信頼してすがる祈りによって癒されたということ、自分たちの信じる神は人間が祈りによって頼ってくるのを喜ばれるお方であるということ、こうしたことをじっくりと語って聞かせることが最高のもてなしだったはずです。



さて、ヒゼキヤ王の亡き後、王となった息子のマナセは、父の壊した高き所を建て直し、バアルの祭壇を築き、アシラ像を造り、天の万象を拝んで仕えました。

自分の息子を火に焼いて捧げものとし、占いをし、魔術を行い、口寄せと魔法を用いました。
すべて聖書に禁じられていることばかり行いました。

マナセの息子アモンも父と同じ、偶像に仕えて先祖たちの神、主を捨てて、主の道を歩まず、家来たちに殺されてしまったのでした。

実に親の信仰が、そのまま子供に受け継がれるわけではない、哀しみを感じます。
そして、アモンの息子ヨシヤが王となりました。
ヨシヤは父アモス、祖父マナセの道ではなく、曽祖父ヒゼキヤと同じく父祖ダビデの道を歩んだのです。
背信の父、祖父を見倣うことなく、曽祖父ヒゼキヤの信仰を曾孫が受け継いだのでした。

北イスラエルの歴代の王は、偶像礼拝や異教の神を礼拝し続けましたが、
南ユダには、ヒゼキヤやヨシュアのような善王も現れました。


マラナ・タ
こうしてみていると、単純に親の教育のせいばかりとは言い難く思われます。

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