納車したてのバイクで国道2号
ツーリングしたオッサンの末路
【CBR250R】
国道2号を弾丸ドカンやって
いる人の動画。
兵庫県西明石から広島県三原
まで行き、機材忘れたのに気
付いて新幹線で西明石まで取
りに戻って、また三原まで新
幹線で行くという行動。
すげえフットワークいいな(笑
三原に知り合いとかいれば、
連絡入れて、とりあえず充電
コード貸してちょ、とかでき
ただろうになぁ。
ということで、言葉。
例によってこの動画の関西圏
の人も「~さ」と「~じゃん」
という横浜東京ジャンサー言葉
を日常会話の中で使っています。
これ、1980年代にはあり得な
かった事。ほんとに。
ちなみに三原の現在の女子高
生の会話としてはこんな使い
方をしています。
「じゃけぇさぁ、うちがそれ
がぶちいいじゃんって言った
じゃろうがぁ」
長崎チャンポンですね。
今全国的にジャンサーが普及
していますが、それは珍妙で
す。
「じゃん」と「さ」は標準語
ではなく、横浜と東京の方言
なので。
東京人が「なんでやねん」と
日常で普通に使うようなもの。
とても妙です。
横浜人が「ばってん、いっちょ
ん変わらんばい」とか日常会話
で言うようなもので。
先日、江戸時代から代々江戸
御府内の屋敷に住み、明治以
降も東京生まれ東京育ち東京
以外に住んだ事ない同級生の
奴と電話で話をしていた。猫
の話。
九州の話題の直後だったので
俺があえて「その子(猫)、いい
子っちゃね~」と言ったら、
「そうなのよ。いい子ちゃん
なの」と。
多分「っちゃね~」という九
州弁が全く通じずに「ちゃん
ね」と東京もんだから聞き間
違ったのだろう。
この例でも判るように、方言
が全国でも通じる「じゃん」
と「さ」はむしろ国内では特
異なケースといえる。北部九州
の「ちゃ」は全国版ではない。
「じゃん」と「さ」だけが全国
的に波及している。
重ねて言うけど、方言だから、
それ。
「じゃん」なんて、1970年代
初期には埼玉県大宮市(現さい
たま市)でも一切使う人いな
くて、横浜から転校した俺の
言葉が珍しがられて興味津々
で親しみ込めてクラスメート
からいじられてたりしたのだ
から。まじで。埼玉県はジャ
ンサー国ではなかったという
証明。つまりジャンサー国=
京浜地帯ではない、という事
が如実に存在していた。
勿論、1990年代でもジャロケェ
国ではジャンもサーも皆無よ、
皆無。大阪でも同。
今では大阪人の漫才師さえも
が「じゃん」と「さ」を使う。
それを大阪出身で府内の大学
出てから大阪を離れた奴に言
ったら信用しなかった。
「そんなん、ありえへんて」
と。
バッキャロ、おめえ嘘と思うな
らYouTubeで大阪人の漫才観て
みろぃ、とおいらが言ってそい
つは観てみておったまげてた。
「なんやこれ?」と。
東京横浜=京浜地帯の方言(横
浜市でも鶴見区、港北区、川
崎市はジャンは使わないので
例外。神奈川県湘南は1960年
代からジャンジャン言ってた)
であるジャンサーは今ではホン
トに全国版になった。
北海道や鹿児島、沖縄でも使う
のだろうか。
「俺がさぁ」とか「言ってん
じゃん」とか。
標準語の言葉が普及するのは
良い事だ。
地方言葉の方言も全国的に認
知度が高まるのは喜ばしいと
もいえる。
だが、特定地方の方言を別な
地方の人間たちがさも大昔か
ら自分たちの地言葉かのよう
な意識で話しているのは、何
だか釈然としない。
「おめえんとこの言葉じゃねぇ
のに自分たちのもんみたいに
勘違いしてるなよ」と。
「じゃん」「さ」はまさにそれ。
マッポやヤサやチンコロやダセ
えが全国版になるのは別にどう
でもいい。
それも東京の方言だが。
しかし、「じゃん」と「さ」を
自分たちの昔からの元から言葉
であるかのような意識でジャン
サー国以外の「外国人」が使う
のには、ジャンサー本国人から
したら如何とも承服しかねると
ころがある。
横浜と東京の方言であるという
のを一切意識せずに無頓着に
自分らの大元からの言葉であ
るかのような無神経さで使って
いるのは、非常に気に障る。
東京と横浜の方言なのだと意識
して使っているならともかく。
その無頓着の意識性は剽窃のよ
うに感じるのだ。
使用言語の無意識性というのは、
時として特に特定社会情勢の中
で非常に危険な精神土壌となる
虞がある事を認知したほうがよ
いと思われる。
言葉には鋭敏になってほしい。
それに、ジャンサーを使いなが
ら併用してジャロケェを使い
続けるのは非常に変。大阪民国
(だいはんみんこく)人が「せ
やな。だからさ、言うたじゃん」
とか言うのもとても変。
まるで極端に言うと「おいどん
がやったけぇそうなられはった
んとちゃいますやろか、って思
ってんだぃ、おいらはよぉ。ん
だべ?だからさぁ、それでええ
じゃん。したっけ、ぺっこ違う
だげだなもし」みたいなもんだ。
あるいはルー大柴の日本語英語
みたいなのとか。
もしくは「ズンドコベロンチョ」
の営業三課の三上課長みたいに。
「つまり、アーバンライフにお
けるコンテンポラリーのニーズ
に応えるために、今のインテリ
ジェントビルにはアメニティ空
間としてのアトリウムは欠かせ
ないわけです」(by ズンドコベ
ロンチョ三上課長=草刈正雄)
あの恐怖のギャグ映像作品は、
まさに言葉による意思疎通の
齟齬を皮肉として描いた秀作
だった。
P.S.
おれぁ「しだりしたしねり」な
んてこたぁ言ってねえよ。
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