「反日ナショナリズムなんて言葉、一度も使ったことがない。全く見覚えのない記事です」
龍谷大学の松島泰勝教授は、記者が渡した記事のコピーを見て、開口一番に言い切った。
松島教授のもとを、記者が訪ねたのは昨年2月のことだ。日本からの沖縄の独立論を研究する松島教授らの主張や発言を取り上げたネット上の記事を見つけ、その真偽を確かめるためだった。
沖縄県の石垣島で生まれた松島教授は、昭和初期に県内の墓から持ち出された遺骨の返還運動の中心人物で、著書に「琉球独立への道」がある。学際的な研究組織「琉球民族独立総合研究学会」で、かつて共同代表を務めていた。
学会が拠点を置く沖縄でも、独立論を唱える人はごく一部に限られる。だが、沖縄に米軍基地が集中している安全保障環境のなか、独立論は軍事的に台頭する中国を利するものだとして、保守系の論者たちからしばしば批判や攻撃の対象となる。それだけに、松島教授はつとめて冷静な議論や説明を心がけてきたつもりだった。
ところが今回見つかった記事には、逆に対立をあおるような表現が含まれていた。
松島教授が反発した「反日ナショナリズムを復活させた沖縄」という見出しの記事は、同じ研究学会で独立論を研究してきた別の大学教授のインタビューを中心とした構成だった。だが、記事には見出しのような表現は見当たらず、教授の名前の漢字も間違っていた。
あふれる真偽不明のニュース、発信源に迫る
インターネット上には、誰が、何のために発信したのか分からない真偽不明の情報やフェイクニュースがあふれています。沖縄をめぐる不可解な記事の発信源をたどると、ある配信サイトにたどり着きました。陸、海、空、宇宙、サイバーに続く「第6の戦場」とも言われる「認知空間」。各国の研究機関がしのぎを削る情報戦の最前線を追いました。
「日本政府の人権侵害を止めるよう呼びかける琉球人」との見出しの記事には、松島教授のコメントが掲載されていた。松島教授によれば、2022年7月に国連の会合に参加したときのことが書かれているとみられる。だがこの時、取材を受けた記憶はないという。
「こんなコメントはしたことがない」
記事では、第2次大戦後に日本と米国との間で締結された条約について、「(松島教授が)日本と当時独立している琉球王国との条約を考慮していないと付け加えた」と書かれていた。だが、松島教授は取材に「『当時、独立している琉球王国』というくだりはおかしい。『琉球王国との条約』とは何のことを言っているのか。こんなコメントはしたことがない」と答えた。
松島教授は赤色のボールペンを取り出し、記事の中で誤りだとする部分に線を引き始めた。日本語の文体はしっかりしていたが、固有名詞や人名の誤りが次々と見つかった。
「『ガガフヤ』じゃなくて『ガマフヤー』でしょう」。会議に参加した遺骨収集ボランティア団体の名前も違っていた。
「過激な言い回しや反日ナショナリズムという見出しを目にした本土の人たちが、(独立学会を)大変な組織だと思ってしまう。私にインタビューしていたら、こんなこと書けないはずだ」
松島教授は改めて、国連の会合に関して取材を受けた覚えはないと強調した。591文字からなる記事のうち287文字に赤線が引かれた。記事の半分近くを占めていた。
「記事は基本的な問題設定が我々の考えを全然反映していない。完全なディスインフォメーション(偽情報)だ」。松島教授は結論づけた。
「反日を強調することで、日本と琉球の対立を生み出そうとしているのだろうか。分断をあおる政治的な意図を感じる。誰がこんな記事を書いたのだろうか」
沖縄戦の遺骨収集ボランティアが国連の会議に出席することを伝えた数本の記事は、沖縄のテレビ局や新聞社の記事からの転載とみられる内容だった。ただ、引用元の記述などはなかった。
出所不明の複数のサイトに掲載された記事は12本。松島教授への取材を終え、記者は改めて詳しく調べることにした。
「プレスリリース」装う政治色強い記事
一連の記事は22年6月から8月にかけて、国内の複数のサイトに掲載されていた。サイト名には「ジャパン」「東京」「横浜」など日本の国名や地名が含まれるものが大半だった。だが、いずれも発信元など手掛かりとなる情報は書かれていなかった。
ただ、気になる共通点があった。いずれも報道機関向けの情報提供を意味する「プレスリリース」を掲載するサイトの体裁が取られていた。あるサイトには「アジアおよび世界のニュースリリースを提供します」と説明が書かれていた。
これらのサイトから配信された記事は、ほとんどが企業のリリース文に読めた。ところが一部の記事には、リリースとは思えない内容が混在していた。
「(中国共産党が「邪教」とする)法輪功に対する日本人の見解」「(亡命ウイグル人組織)世界ウイグル会議の色眼鏡は何色ですか?」――。そんな見出しで、中国に関する政治色の強いニュースに仕立てられていた。
サイトで使われている文字をよく見てみると、「東京」「情報」「通貨」など複数の単語で中国の簡体字が使われていた。中国語を日常的に使う人物がサイト運営に関わっている可能性が高い。
プレスリリースの内容などから、情報の出所をたどることを試みた。すると、アジア地域にリリースを配信するという中国系のPR会社を名乗る複数の組織の存在が浮かび上がった。
記者は組織への取材を試みた。
その結果、沖縄独立論に関する12本の不可解な記事の配信元につながる情報にたどりついた。(編集委員・須藤龍也、伊藤和行)
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- 伊藤和行
- 那覇総局長
- 専門・関心分野
- 沖縄、差別、マジョリティー、生きづらさ
- 【視点】
この連載、始まったばかりのようですが、非常に興味深く、今後の記事にも期待しています。6年ほど前ですが、ある日中学生交流団体の学生たちが夏のプログラムで、日本政府によって「同化」されてきた沖縄の人たちが苦しんでいる一方、中国のウイグル族などは中央政府から経済支援を受け、民族の文化や言葉も維持しているという議論を展開したので、私はとても驚きました。不正確な情報や偽情報に基づいて価値判断が積み重ねられているとすれば、そうしたプロセスをしっかりと検証し、根源にある問題を解消していかなければならないと思います。
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連載偽情報を追う ネットに漂うフェイクニュース(全5回)
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