袴田巌さん 58年後の無罪 なぜ死刑囚にされたのか

【回答詳報】再審請求を経験した裁判官アンケート、法改正の提言続々

森下裕介

 強盗殺人などの罪で死刑が確定した袴田巌さん(88)の再審判決に合わせ、朝日新聞社は8~9月、再審請求審をめぐる現行の法制度について、実際に再審請求審の経験がある裁判官らに見解を尋ねた。取材に応じた元裁判官15人、現役の裁判官3人の主な回答内容を紹介する。

 1948年に現行刑事訴訟法が制定されてから70年以上、同法第4編「再審」の19カ条は改正されていない。再審請求をめぐる現行の法制度について「十分だ」と「不十分だ」の二択で尋ねたところ、「十分だ」の回答はなく、「不十分だ」が15人、無回答が3人だった。

 「不十分だ」と答えた15人に、具体的にどんな点が不十分だと思うか複数回答で尋ねた。最も多かったのは「証拠開示の規定がない」の13人で、「検察側の抗告が許される」(8人)▽「手続き(期日指定など)の規定がない」(7人)▽「証拠保全の規定がない」(5人)▽「再審請求審の公開規定がない」(3人)――が続いた。

 匿名で寄せられた意見では、ある現役の刑事裁判官が、証拠開示の規定がない点を「不十分」とした一方、「三審制の下で確定した事件なので、簡単に確定判決の効力を否定しづらい」と明かした。

 また、ある元東京高裁判事は、担当した再審請求事件の多くが再審事由がないことが明らかな事件だったとし「再審請求事件の処理について、公判と同様の堅い審理手続きを定めることが合理的とは思われない」とした。

 実名回答の主な意見は以下の通り。

 最高裁の統計によると、地裁に再審請求があった事件で、2021年に終局した165件のうち、受理から終局までの平均審理期間は9.7カ月だった。2~3年は11件、3年超も7件あった。

記事の後半では、回答内容の詳細を質問項目ごとに紹介しています。元検事総長と日本弁護士連合会の再審法実現本部長代行の談話もご覧いただけます。

 こうした再審請求審や無罪確定までの長さについて「適正だ」と「適正でない」の二択で尋ねたところ、「適正だ」の回答はなく、「適正でない」が15人、無回答が3人だった。

 匿名で寄せられた意見では、現役の刑事裁判官が「困難な再審請求事件をなるべく動かさず、2~3年程度放置すれば、転勤によって事件から安全に離れられる」ことが背景にあると指摘。「たとえ努力目標でも、審理期間の目安を具体的に定め、人事考課上も正当に考慮すれば状況は変わってくる」と提案した。

 実名回答の主な意見は以下の通り。

 再審請求審での証拠開示のあり方についても質問した。通常審では、公判前整理手続きなどに付された事件について、検察側に一定の証拠開示を義務づける仕組みがあるが、再審請求審については証拠開示に関する規定がない。

 自身が携わった再審請求事件で、検察側に証拠の開示を促したことがあるかを複数回答で尋ねたところ、10人が「ある」と答えた。うち「証拠などの有無を尋ねたことがある」は7人、「開示を勧告したことがある」は8人だった。ただ、促した結果、2人は「開示されなかった」とした。「特段促したことはない」は5人だった。

 匿名で寄せられた意見では、現役の刑事裁判官が、通常審で十分に証拠が開示されていない再審請求事件があるものの、再審請求審では証拠開示の規定がないため「(裁判所には、開示させる)強制力がない」と指摘。別の現役裁判官は「明らかに存在が推認される証拠について『見当たらない』『紛失の可能性あり』とされ、開示されないことがあった」と打ち明けた。

 実名回答の主な意見は以下の通り。

 再審開始決定に対し、検察側の抗告が認められている点について「妥当だ」と「妥当ではない」の二択で尋ねたところ、「妥当だ」は5人、「妥当ではない」が9人で、見解が分かれた。

 匿名で寄せられた意見では、「妥当だ」とした元東京高裁判事が「再審請求事件の審理では、弁護側と検察側双方に抗告権を認めることが、裁判所の適正な判断に必要だ」と理由を説明した。一方、「妥当ではない」とした元名古屋高裁判事は「検察官の抗告を認めることで、再審請求手続きが重厚にならざるを得ない。再審請求審と再審で2回、同じようなことを繰り返すことになっている」と問題視した。

 実名回答の主な意見は以下の通り。

 このほか、自由意見では、ある現役の刑事裁判官が「いかに三審制といっても、人間がする裁判だ。結果として間違っていれば、可能な限り早期に救済する必要がある。手続き規定の不備という国際的に見ても恥ずべき事態は、すぐにでも解消する必要がある」と訴えた。

 実名での主な自由意見は以下の通り。(森下裕介)

写真・図版
松尾邦弘・元検事総長=2024年9月13日午後0時35分、東京都世田谷区、森下裕介撮影

 元検事総長・松尾邦弘弁護士の話 裁判官たちが、検察官の証拠開示への対応を問題視していることがうかがえる。

 ただ、再審請求の中には、主張が再審開始の事由にあたらないのが明らかな「乱訴」というべき事案も多い。それでも請求されれば、裁判所に加え、検察も対応しなければならない。その負担はとても大きい。

 最高裁までの三審制に加え、再審請求審を実質的な「四審」にしてはならない。検察の前段階として、第三者がまず、真に取り組むべき事件かどうかを検討するような仕組みもありえるだろう。

写真・図版
日本弁護士連合会で再審法実現本部長代行を務める鴨志田祐美弁護士=2024年9月9日午前11時33分、東京都千代田区、森下裕介撮影

 日本弁護士連合会で再審法改正実現本部長代行を務める鴨志田祐美弁護士の話 実際に再審請求審に携わった裁判官のうち、取材に応じたほぼ全員が現行の制度を「不十分」だと問題視している点に注目すべきだ。法務省はこれまで、再審請求事件は「千差万別」のため、裁判官の裁量に任せるべきだと説明してきたが、裁量に従わない検察官の不十分な対応や、わずかな規定しかないために処理が後回しにされる可能性も指摘された。法改正の必要性が切迫していることの表れだ。

 明らかに再審開始の事由がない事案をのぞき、真に救済が必要な事件の証拠を開示する制度も含め、法改正の議論を進めるべきだ。

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この記事を書いた人
森下裕介
ネットワーク報道本部|地方裁判担当
専門・関心分野
司法、刑事政策、人権

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