「最初のアメリカ人」論争に決着が着いたというおはなしです。
1996年アメリカ・ワシントン州ケネウィックを流れるコロンビア川沿岸から一体の古い遺骨がみつかり、「ケネウィックマン」と名付けられた。その遺骨の体の臀部に古い矢じりが突き刺さっていたため、不審に思った警察が地元の考古学者ジム・チャーターズ博士に年代測定を依頼。炭素14と呼ばれる炭素の放射性同位体元素の半減期を利用する方法で測定したところ、なんと遺骨は9300年前(後に8500年に訂正)のものであることが判明。
頭像の復元を行ったチャーターズ博士は「ケネウィックマン」は40~50歳くらい、身長約175センチくらいの「白人男性のもの」と主張。
これに対して、アメリカ先住民ウマティラ族から、「9300年前のアメリカに白人が存在するはずはなく遺骨は自分たちの祖先のもの」という抗議の声が起こり、1990年に制定された「北米原住民に遺骨の所有を認める権利」に基づき直ちに遺骨を返還し埋葬するよう訴訟が起こされた。
一方、この発見を重視したスミソニアン協会のダグ・オーズリ―博士は詳しい調査のため軍に遺骨の移送を依頼。オーズリー博士らはネヴァダ州で発見された「スピリットケーブマン」がやはり「現代のアメリカ先住民と異なる特徴をもつ」として兼ねてから研究を行ってきたのである。
しかしアメリカ陸軍はなぜか先住民の主張に賛同し遺骨を調査に渡さず、「ケネウィックマン」が見つかった遺跡の埋め戻しに着手。これに対し科学者たちは軍の行動を不服とする訴えを起こし、この訴えは一般の支持を受け、地元選出の下院議員ドック・ヘースティングスは陸軍の行動を規制する法案を提出、上下両院で可決された。
法案の内容は「ケネウィックマンの遺骨が発見された土地に対していかなる変更も加えてはならない」とするシンプルかつストレートな内容だった。しかし、米軍陸軍工兵隊はこの法案可決をまたず、「護岸」を理由に2000tの土砂を使って遺跡を結局埋め戻してしまったのであった。
一方、2004年に米国政府は研究者たちが「ケネウィックマン」の骨の学術研究を行うことを許可。
2018年の今年、遺伝学者たちがケネウィックマンの核ゲノムの塩基配列を決定することに成功。結局「ケネウィックマン」は骨の返還闘争を行ってきたワシントン・エリアの5部族の少なくともひとつの部族と非常に近縁であることが判明。
更には、ケネウィックマンよりも古い複数の骨のゲノムDNA分析が行われ、現代アメリカ先住民はアジア系集団の直系の子孫で、少なくとも15000年前にベーリング海峡を渡ってアメリカにやって来たことがほぼ示されたのであった。
今や「アメリカ先住民はケネウィックマン以降の移住者集団に由来する」という説や「最初のアメリカ人はアジアではなく(地中海にいたフェニキア人などの)ヨーロッパから来たという説は完全に否定されたのである。
引用:http://www.sciencemag.jp/breakthrough/2015/kennewick
更に現在、「ケネウィックマン」は日本のアイヌ人やポリネシア人との類似性が指摘されるようになったのだそうだ。つまり「ケネウィックマンは縄文人である可能性」が出てきたのである。(次の記事につづく)
2018年8月22日ヤフーブログに投稿した記事より