ミトコンドリアDNA

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「なぜ、ミトコンドリアDNAはすべて母系なのか」について、ご説明させて頂きます。あくまでもヒトの遺伝に限った話です。(私は一応、日本遺伝学会に所属しております)

 

「ヒト細胞における生殖細胞系列」
まず、ヒト細胞は大きく分けて、「体細胞 somatic cell」と「生殖細胞系列 germline」に分けることができます。前者は「生殖細胞」を除く「ヒトのからだを構成する細胞全て」を意味します。個体の細胞の中の染色体が46,XXか46,XYかをみればその個体が男性か女性か区別できます。

 

「生殖細胞系列」とは、配偶子(接合して新しい個体をつくる=発生を起こすもの)を形成する細胞のことで、女性ならば「卵母細胞」のことを意味し、胎生期にのみ細胞分裂して数が決まり、生まれたあとではその数は変わらず、減数分裂が起こって毎月原則として1個ずつ卵子として排卵されます。(卵母細胞の年齢はその個体の年齢と同じといういこと、20歳の女性の卵母細胞は20歳、30歳の女性の卵母細胞は30歳ということです)

 

一方男性とは、父親由来のY染色体のSRY遺伝子によって発生過程で生殖腺が精巣に分化した個体群のことですが、男性では、精巣の「精原細胞」は思春期以降、栄養をとって肥大し、直径20μmくらいの「精母細胞」となり、更に分裂して2個の「精娘細胞」となり、さらに分裂して4個の精子細胞になります。通常は1回目の分裂のときに染色体の数が半減する減数分裂が起こります。

 

減数分裂とはDNAの量を半分にする特殊な細胞分裂のことで、減数分裂がうまくおこらないと、受精卵の中の染色体が45本になったり47本になったりして、通常は、こうした受精卵は育たない(不妊、流産)ことが多い。

 

減数分裂によって卵子と精子細胞のにはそれぞれの核の中に22本の常染色体と1本の性染色体をもつことになるのですが、卵子の性染色体は全てX、精子はXまたYとなります。

 

つまり、精子の中の性染色体がXかYかで、X精子なら受精卵が46,XX→女性、Yなら46,XY→男性と決まります。(ただし、例外もあり、XX男性、XY女性という性分化の異常が起こることもありますが、これは、前に「Y染色体」のところで書きましたので、興味がある方はそちらをお読み下さい。)

 

卵子と精子を「配偶子」ともいいますが、両者が接合して受精卵が出来、受精卵が細胞分裂を繰り返すことで新しい個体の形成(発生)が始まります。

 

「ミトコンドリア内のmtDNAが注目されるに至った経緯」
ところで、卵子も精子細胞も「細胞」であるゆえに、細胞質の中にミトコンドリアという「細胞呼吸」をおこなっている細胞小器官のをもちます。ここでいう「呼吸」とは酸素を介さない、①糖の酸化、②クエン酸回路、③電子伝達系回路でATPという物質をつくり出して「エネルギー産生」の働きをしているため、細胞内の「発電所」にたとえられています。

 

生命体中の遺伝情報の最小必須セットを「ゲノム」といいます。約30億の塩基対からなり、通常の体細胞は2倍体なので2セットのゲノム(60億塩基対)からなります。ヒトゲノムの中の遺伝子が占める割合は1/4に過ぎず、それもタンパクをコードしている部分はたったの1~2%です。つまり、ヒトゲノムの99%はタンパクに翻訳されるコード情報をもたない塩基配列です。

 

DNAとは細胞の核の染色体に存在する核内DNAと、細胞質内のミトコンドリアに存在するミトコンドリアDNA(mtDNA)を含みます。ただし、mtDNAは16569塩基対(ゲノム全体の20万分の1)しかないので、通常ゲノムDNAといえば核内DNAのことです。

 

核内DNAのゲノムの20万分の1しかないにも関わらず、ミトコンドリアゲノムが注目されてきたのは、核遺伝子の典型的なメンデル遺伝では説明のつかない遺伝性疾患の家系は、今ではそれらが「ミトコンドリアゲノム変異」に起因し、明らかに母系遺伝を示すことが判ってきたからでした。

 

細胞で合成されるRNA及びたんぱく質は、全てが核DNAでコードされているわけではなく、少数ではあるものの、「重要な機能をもつもの」の中には、ミトコンドリアゲノム内の遺伝子(mtDNAの情報)にコードされているものがあることがわかってきたのです。

 

mtDNAは37の遺伝子が含まれ、ヒトの中枢神経系や骨格筋系を冒す疾患の原因となる100以上の異なる再構成及び100以上の異なる点変異が同定されています。


「ミトコンドリアは細胞分裂の際に複製分離される」

ミトコンドリア染色体の独特な特徴の1つの目は46本の染色体の体細胞分裂や減数分裂時にみられる厳重に制御された分離ではないこと。細胞分裂のとき、細胞内の各ミトコンドリアのmtDNAの多数のコピーが複製し、新しく合成されたミトコンドリアにランダムに振り分けられる、次にそのミトコンドリアが2つの娘細胞の間でランダムに分配される。この過程を複製分離といいます。



「mtDNAの母系遺伝」
さて、どうしてそのようなミトコンドリアゲノム(mtDNAの遺伝情報)が全て母系なのか、という今回のテーマについていえば、実は、「全て母系」とはいいきれない稀な例もあるそうなのです。母系遺伝の例外は、母親がmtDNAの欠失変異のヘテロプラスミー(注)である場合に生じます。(理由は不明ですが、欠失をもつmtDNAは一般に臨床的に罹患した母親から子へは伝達されない。ホモプラスミーの変異をもつ女性の子はその変異を次世代に継承する。ホモプラスミーの変異をもつ男性の子は、その変異を次世代に継承しない。)

 

とはいえ、mtDNAの遺伝学の明確な(原則的な)特徴は母系遺伝である(maternal inheritance)であること。「精子のミトコンドリアは、一般に胚から排除される」ため、mtDNAは母親から受け継がれるのです。


(注)ヘテロプラスミーとは臓器によって正常遺伝子と変異遺伝子が混在すること。後者の含有量が大きいと発症する。

引用:「トンプソン&トンプソン遺伝学」(メディカルサイエンスインターナショナル)
    「遺伝医学への招待」(南江堂)より抜粋

 

 

2018年5月5日ヤフーブログに投稿した記事より

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