最高裁「違法」判決後も女性トイレ制限 経産省、トランス女性職員に
経済産業省がトランスジェンダー女性の50代職員に対し、勤務階から2階以上離れた女性トイレを使わせたのは「違法」と判断した昨年夏の最高裁判決をめぐり、同省が判決から1年以上経っても、トイレ制限を続けていることが分かった。
専門家は、裁判所のこうした判決は関係省庁を拘束するなどと定めた行政事件訴訟法を踏まえ、「遅くとも半年以内に制限を是正する義務が国側にあった。違法状態だ」と指摘する。
職員は、男性として生まれ女性として暮らすトランスジェンダー。入省後の20代でホルモン投与などの性別移行を始めた。2009年に「性同一性障害」の診断書と民間企業での先行事例を添えて、女性用の服装での勤務や女性トイレの使用などを要望した。
だが、経産省は、同じ職場の女性が普段使うトイレを避け、2階以上離れた女性トイレを使うよう求めた。職員は、この制限をなくすよう人事院に訴えたが、15年に退けられ提訴した。
最高裁は23年7月、職員が女性トイレを使い始めてからトラブルはなく、明確に異を唱える同僚もいなかったと指摘。経産省の対応に問題はないとした人事院の判定を「職員の不利益を不当に軽視した」として取り消し、トイレ制限は遅くとも15年の判定時点で「違法」だったと判断した。
性的少数者の職場環境をめぐる最高裁の判断は初めてだった。
職員は23年7月の判決直後、経産省に制限をなくすよう改めて訴え、同省は同年10月「最高裁判決補足意見を踏まえ理解醸成活動を実施し、環境を整えた上で判断する」と書面で回答。
だが、制限が是正されない状態が続いている。
人事院も、制限の見直しを経産省に求める新たな判定を出していない。
「いつまで闘い続けなければならないのか」
職員が女性としての処遇を願い出てから、15年が過ぎた。
職員は「近くの女性トイレが使えないため、気分が悪くなったときに間に合わず、袋の中に嘔吐(おうと)したこともある。最高裁判決が出ても、ひとごとのように傍観している国側と、いつまで闘い続けなければならないのでしょうか」と訴える。
経産省は取材に「最高裁判決の補足意見で経産省の理解醸成活動が不十分だったと指摘された点を踏まえ、管理職へのLGBT研修など理解醸成を進めている」。
人事院は、最高裁判決の趣旨に従い対応を検討するよう同省に依頼したとし、「今年8月に再判定に向けた職員の意向を確認するなど対応している」とコメント。
いずれもトイレ制限を見直すかどうかは回答しなかった。
識者「経産省にも実務上の是正義務」
早稲田大の岡田正則教授(行政法)は「行政事件訴訟法を踏まえると、人事院は最高裁判決を受け、遅くとも半年以内に、トイレ制限の見直しを求める再判定を出す義務があった。経産省の対応を見守っている現状は違法で、職務放棄に等しい」と指摘。
判決で対応の違法性が認定された経産省についても「人事院の再判定を待たず、制限を積極的に是正する実務上の義務がある」と話す。
職員が改めて訴訟を起こせば、国側に賠償が命じられるような状況にあるという。(二階堂友紀)
トランスジェンダー女性の経済産業省職員とトイレ制限をめぐる経緯
1998年ごろ ホルモン投与を受けるなど性別移行を始める
2008年ごろ 女性として私生活を送るように
09年 女性用の服装での勤務や女性トイレの使用などを経産省に要望
10年 女性用の服装で勤務開始。経産省が勤務階から2階以上離れた女性トイレの使用を求める
13年12月 トイレ制限の撤廃などを求め、人事院に行政措置要求
15年5月 人事院が要求を認めない判定
同年11月 経産省の対応は違法などとして提訴
19年12月 一審・東京地裁がトイレ制限は「違法」と判断
21年5月 二審・東京高裁で職員が逆転敗訴
23年7月 最高裁がトイレ制限は「違法」と判断
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- 二階堂友紀
- 東京社会部
- 専門・関心分野
- 人権 LGBTQ 政治と社会
- 【視点】
最高裁が違法だと判断し、しかもそれが大きく注目された以上は、当然、速やかに是正される(された)だろうと誰もが考えていた事案で、こうした後日談があるとは驚きで、報じることに高い価値があります。 判決で認定されていた事案の経緯を見ても、経産省や人事院の対応は緩慢かつ消極的でしたが、それが判決後も続いていたことになります。意識が本当に低いのか、それともよほどの個別事情があるのかは不明ですが、いずれにしても、その他の判例や理解増進法の制定にも現れている通り、性的マイノリティの権利利益の保障・尊重が強く求められている中、早期の対応が求められます。 齋藤健経産大臣は、かつて、「同性婚法制化にどちらかといえば賛成」と回答しています(https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/shugiin/2021/survey/47418.html)。記者はぜひ、大臣会見で本件についても質問していただきたい。
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