首都圏ネットワーク

  • 2024年9月20日

子宮頸がん予防 HPVワクチン 最新状況は? ケンブリッジ大学HPV研究者・大阪大学産婦人科医に聞く

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世界各国で、子宮頸がんの撲滅が現実味を帯び始めています。

「スコットランドやノルウェーで13歳までにHPVワクチンを接種した世代の子宮頸がん発症例がゼロになった」
子宮頸がんの原因、ヒトパピローマウイルス(HPV)の研究者は「HPVワクチンに子宮頸がんの予防効果があることは疑う余地がなくなった」と話します。

一方、日本では2013年からHPVワクチンの接種率が著しく低下。国内外の専門家は今後、救えるはずの命が救えない事態が起きるのではないかと、危機感を募らせています。

(首都圏局/ディレクター 藤松翔太郎)


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世界で見え始めたHPVワクチンのがん予防効果

英国・ケンブリッジ大学でHPVの研究を続ける江川長靖さんです。

HPVは400種類以上発見されていますが、そのうちがんの原因になるハイリスクのウイルスの種類は特定できていて、そのほとんどがワクチンの接種で防ぐことができると言います。

HPV=ヒトパピローマウイルスの画像

国際パピローマウイルス学会評議員・ケンブリッジ大学病理学部 江川長靖さん
「子宮頸がんの原因になるHPVは性的接触によって感染し、男女ともにほとんどの人が20代のうちに感染することになります。
そして、一部の人から10年、20年と時間をかけてがんが発症してくるのです。感染が起きる前の年代で予防接種をしておくことが予防において最も効果的です」

江川さんは、ここ数年で子宮頸がんを取り巻く状況は一変していると言います。
15年以上前からワクチン接種が進み、接種率が8割を越える国々でここ数年、子宮頸がんの予防効果が目に見えるデータとして次々と表れてきたと言うのです。

英国やスウェーデンやデンマークで、ワクチン接種の対象となっている世代に対して行われた研究では、適切な年齢でワクチンを接種することで、子宮頸がんのリスクを9割近く下げることができたというデータが示されました。

さらに、スコットランドで1988年から96年生まれの女性45万人を追跡調査した研究結果が今年発表され、13歳までにHPVワクチンを接種した人々が25歳となり、子宮頸がん検診を受けたところ、子宮頸がんの発症例はゼロ。

ワクチンを接種しなかった集団では、10万人あたり8.4例が罹患していて、接種と検診を適切に進めている国々では、今後も子宮頸がんの罹患者が激減していくことが予想されると言います。

江川さん
「子宮頸がんは撲滅することができるがんになりました。子宮頸がんの罹患者が年間10万人のうち4人以下になることを、イギリスでは2040年まで、オーストラリアでは2035年までに達成できる具体的に実現可能な目標として掲げています。
22世紀になって振り返ったとき、HPVワクチンによって子宮頸がん・HPV関連がんがほぼ制圧できたということが歴史に刻まれるでしょう。21世紀の人類最大の医学的到達の一つとなるような発見と研究の成果が実りとしてあるということを知ってほしい」

情報が届かない“空白の9年” 知らされなかった世代に実害も?

対策が先行する国で子宮頸がんになる人の減少が報告されている一方、日本の女性たちは全く違う状況に置かれています。

出典:WHO CancerOverTimeのデータを元に江川長靖氏作成

これは子宮頸がんの罹患率を各国と比べたグラフです。

子宮頸がんの予防が先進的に進められてきた国と比較すると、日本では増加が続いていることがわかります。

近年ではヨーロッパや、オーストラリア、韓国より高いレベルになっていると報告されていて、接種率が伸び悩む状況が続けば、今後も日本の女性が子宮頸がんに罹患する割合は増えていく恐れがあると指摘されています。

日本では、HPVワクチンの接種率が著しく低下した経緯があるからです。

HPVワクチンは2009年に緊急促進事業として接種が開始され、2013年には12歳から16歳の女性が対象の定期接種となり、実質無料で接種できることになりました。

しかし、定期接種として始まった直後、HPVワクチンを接種したあとに体の痛みなどを訴える女性が相次いだことを受けて、厚生労働省は積極的な接種の呼びかけを一時的に中止しました。

このとき、こうした接種後に報告された症状と接種との因果関係についてはいまほど研究が進んでいませんでしたが、当時、『ワクチンの副作用ではないか』という指摘が出され、大きく報道されました。

また、接種後に体の痛みなどの重い症状が出たとして、130人の女性が国と製薬会社を相手に治療費の支払いなどを求める訴えを起こしています。

その後、国内外で安全性や有効性に関する研究が進み、厚生労働省は「子宮頸がんを予防する効果のほうが副反応などのリスクよりも大きい」などとして、2022年4月に積極的な接種の呼びかけを再開しました。

ただ積極的な呼びかけが中止されていた9年の間、定期接種対象の女性には、HPVワクチンに関する情報が届くことがほとんどない状態が続きました。

大阪大学研究グループによる推計

これは日本人女性の年代ごとのHPVワクチン接種率を表したグラフです。

HPVワクチンが導入される前の世代、大半がHPVワクチンを接種した世代、接種の呼びかけが停止された世代に分かれます。

大阪大学の研究グループは、この空白の期間の女性について調査を続けていて、2000年度から2004年度までに生まれた現在19歳から24歳までの女性のうち、およそ260万人が無料接種の機会を逃したと分析しています。

研究グループの一人、上田豊医師は「救えるはずの命が救えない事態が実際に起きている」と話しました。

大阪大学 産婦人科医師 上田豊さん
「2000年度生まれた世代で、20歳の子宮頸がん検診で異常が指摘される割合が増え始めています。ワクチンの接種が進んだ世代に比べて、子宮頸がんの手前の前がん病変がこの年代から増えていて、(9年の空白の)実害が現れ始めています。海外から見たら本当に異様な状況だと思います。国際学会でも『日本はどうした』『このままだとまずいことになる』と言われるほどです」

安全性は?有効性は? “空白の9年”の研究で分かったこと

HPVワクチンの安全性についてこの9年でどれほど検証され、科学的なデータはどれくらい蓄積されてきたのでしょうか。

HPVワクチンの接種後に、体の広い範囲に広がる痛みや手足の動かしにくさなど、「多様な症状」が起きたとする報告が、国に上がっています。厚生労働省によると、接種した1万人のうち約3~5人が入院にいたるなどの重篤な症状として報告されています。

厚生労働省 HPVワクチン リーフレット

これだけを読むと、「ワクチンのせいで起きた症状」に見えるかもしれません。
しかし、症状が起きていることは事実でも、これが「HPVワクチンそのもののせいで起きた症状とはいえない」というデータが次々と出てきました。

厚生労働省がHPVワクチンの安全性を確認するために行った調査では、次のような結論が発表されました。

厚生労働省 全国疫学調査 資料より

つまり、ワクチンを接種した後に出たと報告されたさまざまな症状がワクチンを接種していない人にも出ていたことが確認されました。

全ての人の医療情報が一元管理され、ワクチン接種とさまざまな症状についてひもづけて調べることができるヨーロッパの国々やアメリカ、韓国などでもHPVワクチンと副反応の疑いがある症状についての大規模調査が行われましたが、いずれも「接種していない人にも同様の症状が一定数起きていた」、「発生頻度にも有意な差はない」などの結果でした。

こうした結果に加え、子宮頸がんそのものを予防する効果についても海外から報告が続いたことで、厚生労働省は「ワクチンの有効性が副反応のリスクを大きく上回る」などとして、9年ぶりに積極的な接種の呼びかけを再開したのです。

さらに、HPVワクチンとの因果関係は不明でも、HPVワクチンの副反応の疑いがあると報告された人について厚生労働省による追跡調査も行われました。

その結果、発症日などの詳細が把握できた人のうち、約70%の人は、7日以内に症状が回復。約90%の人は症状が回復または軽くなり、約10%の人は症状が続いていました。

症状を訴える女性の中には症状を相談した病院で、「ワクチンのせいではない」「仮病じゃないか」と言われ、たらい回しにされたという例もあり、適切な診療を受けられないまま「症状が改善しない」、「悪化した」というケースもあったといいます。

この9年の間にわかってきたことを踏まえ、いま全国の医療機関では接種の不安への対応や実際に起きうる症状への対応などの整備が進んできたと言います。

上田医師
「まず副反応はそんなすごい確率で起きることはないということも分かってきましたし、もしもの時の診療体制も構築されています。当時は多様な症状が起きた人の診療も分からないことが多かったこともあり、たらい回しだとか、心ない言葉を浴びせられた人は間違いなくおられたと思うんです。そこは医療者として申し訳ないところです。
いまは各都道府県にある協力医療機関が地域ごとに定期的にミーティングも持って、情報を共有し合いながら、よりよい対応の仕方を検討しています。どの地域で症状が起こっても、たらい回しにならないよう体制を強化しています」

9年の空白によって、子宮頸がんにつながりうる症状が増え始めている現状を受け、知らないまま接種の機会を逃す女性を一人でも減らそうとする動きが加速しています。

当時は分からなかった多様な症状についての最新の知見を元に副反応が出づらい接種の方法を模索する専門家の取り組みと、「知らないまま後悔しないで」と自ら発信を行う当事者世代を取材しました。

HPVワクチンを無料で受けられる「キャッチアップ接種」とは?対象世代の接種期限迫る 

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