このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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米パデュー大学と米ノースカロライナ州立大学に所属する研究者らが発表した論文「Extracting and Storing Energy From a Quasi-Vacuum on a Quantum Computer」は、量子力学の性質を利用して、一見空っぽに見える空間からエネルギーを抽出し、瞬間移動させ、さらには貯蔵する方法を実証した研究報告である。
量子力学の世界では、完全に空の空間は存在しない。どんなに何もない場所でも、量子場の微小な揺らぎ(真空の量子揺らぎ)が常に存在する。これは、ハイゼンベルクの不確定性原理に基づく現象で、エネルギーと時間の関係から生じる。
研究チームは、この量子揺らぎと量子もつれ(2つの粒子がどれだけ離れていても相関関係を保つ現象のこと)の性質を組み合わせて、抽出、転送、貯蔵の3つでエネルギーを操作することに成功した。
エネルギーの抽出では、まず量子もつれ状態にある2つの量子ビット(キュービット)を用意する。これらは初期状態では最低エネルギー状態にある。一方のキュービットを測定すると、その測定行為によってエネルギーがその場に注入され、量子状態が変化する。もう一方のキュービットのエネルギーはその時点では変化しないが、測定結果の情報を用いることで、そのキュービットからエネルギーを取り出すことが可能になる。
エネルギーの転送では、量子エネルギーテレポーテーション(QET)プロトコルを使用する。これは量子もつれの性質と古典的な通信を組み合わせたもので、一方のキュービットの測定結果に基づいて他方のキュービットに操作を加えることで、エネルギーを転送(テレポート)する。
エネルギーの貯蔵では、転送されたエネルギーは非常に微弱で不安定なため、すぐに環境に逃げてしまう。そこで研究チームは、このエネルギーを第3のキュービットに転送して貯蔵する方法を開発した。これにより、抽出したエネルギーを後の利用のために保持できるようになった。
この研究は、米IBMの量子コンピュータと量子回路シミュレーターの両方を用いて実証されており、理論と実験の両面から検証が進んでいる。まだ実験段階だが、将来的には量子コンピュータの性能向上や、他のさまざまな分野での応用が期待される。
Source and Image Credits: Xie, Songbo, Manas Sajjan, and Sabre Kais. “Extracting and Storing Energy From a Quasi-Vacuum on a Quantum Computer.” arXiv preprint arXiv:2409.03973(2024).
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