運動、音楽、美術などの習い事、登山やキャンプ、海水浴-。学校外で子供らが行う「体験」の重要性が指摘されている。心身の成長を促すとされるが、時間と資金を投資できる家庭と、そうでない家庭との格差も深刻だ。どう支援につなげるか、模索が続いている。
「普段も、夏休みなどに入っても、どこかに連れていくことはなかなかできない」。山梨県内に暮らすシングルマザー(45)は溜息をつく。
夫を病気で亡くし、大学、専門学校、小学校に通う子供3人を1人で育てる。学費と生活費を稼ぐため、パートタイムで1日3つの仕事を掛け持ち。朝8時から深夜2時まで働きづめの毎日だ。
正規雇用となるのは厳しく、休日に清掃業務などを入れても家計は苦しい。気にかかるのは小学3年の次男(9)のことだ。仕事の日は親や長女(20)が見てくれるが、なかなか一緒にいてやれない。家族旅行などを通じて、さまざまな体験もさせてやりたいが、そんな余裕も持てない。「我慢させてしまっている」と感じている。
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体験活動が子供の成長に及ぼす影響については文部科学省が令和3年、研究報告書を公表。平成13年生まれの子供2万人以上を追跡調査したデータを用いた分析で、小学生時に体験機会に恵まれた高校生は、自尊感情が高い傾向にあったと明らかにした。
一方、公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」が令和4年に小学生がいる世帯に行った調査(2097人が回答)では、年収300万円未満世帯の子供のおよそ3人に1人(29・9%)が、年間通じて学校外の体験活動を何もしていなかった。年収600万円以上の世帯と比べると、その値は2・6倍に上る。
同法人の今井悠介代表理事は「生活を切り詰める親の姿を見る中で、やりたいことがあっても言い出せない子供は多い」と指摘。「諦めることが増えれば、せっかく芽生えた興味・関心への意欲はそがれ、体験できていれば得られたであろう将来への選択肢の幅も狭まりかねない」と危惧する。
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こうした体験格差を埋めようという動きもある。同法人は昨年から、困窮世帯の小学生が習い事や文化活動などの参加費として利用できる体験奨学金「ハロカル」を本格展開している。寄付を原資に、電子クーポンで最大10万円を支援する。
ひとり親世帯らへ体験機会を提供してきた認定NPO法人「フローレンス」は今夏、飲料大手「サントリーホールディングス」と協力し、企業が提供する体験と応募者をつなぐ新たな支援事業を開始したい意向だ。
今年1月、東京都内の運動場に、前述のシングルマザーと子供らの姿があった。フローレンスとサントリーが機会を提供したラグビーの試合観戦に応募したのだという。
迫力ある試合を間近で見た次男からは興奮が伝わってきたと女性。「私の力だけでは与えられる体験には限界がある。サポートがあることは子供にとって、大きな支えになる」と笑顔を見せた。
(三宅陽子)
「体験は『生きる力』育む」 国学院大の青木康太朗准教授(青少年教育)の話
人工知能(AI)活用などテクノロジーの進歩が著しい時代において、人の強みとなるのは「感性」だ。さまざまな事象に興味・関心の幅を広げて疑問を探究し、新たな発見や発想につなげていける人材の需要はさらに高まっていくだろう。
子供の頃の豊かな体験活動は、これからの世界を生き抜く力を育む。例えば「登山で諦めず目的地まで到達できた」「習い事で褒められた」といった経験は自信となり、自分の良さや才能を知る機会にもなり得る。
こうした経験の積み重ねは、意欲的に課題解決に取り組む上で欠かせない自己肯定感や協調性といった「非認知能力」を磨き、視野を広げる。
だが体験活動をめぐっては格差も存在する。積極的な家庭がある一方、経済的困難から諦めざるを得ない家庭もあり、教育的側面の大切さに対する認識にも開きがみられる。官民をあげた支援体制の充実が急務だ。
体験活動の重要さを国民意識としてもてる社会を実現し、単なるレジャーで終わることのない心揺り動かされる経験を子供たちに届けてほしい。