「保険証廃止」一体誰がどう決めたのか 「記録はない」と判明…首相報告や閣僚間のやりとり 経緯は闇の中へ

2024年9月25日 06時00分
<シリーズ「検証マイナ保険証」>
現行の健康保険証の廃止がどのように決まったのか、その決定経緯が分かる記録を政府が残していなかったことが、東京新聞の情報公開請求や関係者への取材で分かった。
事実上のマイナンバーカード取得義務化にも等しい大きな政策転換だったにもかかわらず、政府内でどのような議論があったのかブラックボックスになっている。(マイナ保険証取材班・戎野文菜)

◆4カ月で「選択制」から一転…

政府が現行保険証の廃止の方針を示したのは、2022年10月13日。河野太郎デジタル相が記者会見で、「2024年度秋に現在の健康保険証の廃止を目指す」と表明した。後に政府は2024年12月廃止と決定した。
それまで政府は「原則廃止」としながらも、「強制はしない」と現行保険証の選択の余地も残していた。
東京新聞は今年6月、厚生労働省とデジタル庁に、「完全廃止」を決めるまでの政策決定のプロセスが分かる文書の開示を求めた。

◆開示されたのは既に公表済みの資料ばかり

2カ月後、両省庁から開示されたのは、2022年6月に政府が原則廃止を決めた「骨太の方針」、22年9月29日と10月12日に開かれた「マイナンバーカードの普及・利用の推進に関する関係省庁連絡会議」の議事概要や資料、廃止を表明した関係大臣の会見概要だけ。
ほとんどはホームページで公表済みだった。
連絡会議の議事概要は、2回分を合わせて7枚。厚生労働省は「連絡会議も決定経緯を示す一部」と説明するが、いずれの会議も記されていたのは河野氏の発言だけだった。

◆会議中の発言、河野太郎デジタル相だけ

河野氏は会議で、マイナ保険証をカード普及の「切り札」と述べ、「各種カードとの一体化はどんどん前倒しでやらせていただきたい」と意欲を示していた。
保険証廃止の経緯が分かる記録として開示された連絡会議の議事概要。河野氏以外の発言はなく、関係府省庁からの意見は「なし」と書かれている

保険証廃止の経緯が分かる記録として開示された連絡会議の議事概要。河野氏以外の発言はなく、関係府省庁からの意見は「なし」と書かれている

議事概要では、関係省庁からの意見が「なし」と記され、保険証廃止を議論した形跡はうかがえない。「2024年度秋」とする廃止時期の言及もなかった。
両省庁は、東京新聞の取材に連絡会議とは別に大臣間でも協議していたことを認めたものの、「大臣間の協議の記録はない」とした。

◆総理に報告していても「記録はない」

河野氏は廃止を表明した2022年10月13日の会見直前、厚労、総務の2大臣とともに岸田文雄首相に保険証の廃止方針を報告している。
だが、両省庁から開示された文書の中には、首相報告時の記録もなかった。
内閣官房や総務省にも、首相報告時のやりとりや廃止の経緯を記した文書がないかを尋ねたが、いずれも「記録はない」とした。
内閣官房の担当者は「デジタル庁が事務局となっている連絡会議に基づいての報告。(記録を取るとすれば)デジタル庁ではないか。内閣官房が関与しているものではない」とした。
総務省の担当者も「基本的に現行の保険証廃止の決定に至る調整は、厚労省とデジタル庁の間でなされている。総務省は主体的に政策決定に関わる立場ではないので、議事録も我々の方で作成するものでははない」と説明した。

◆公文書管理法は文書作成を義務付けるが…

公文書管理法では、「閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議(これらに準ずるものを含む)の決定又は了解及びその経緯」も作成すべき文書の一つに定めている。

公文書管理法 公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と定義。軽微な場合を除き、行政の意思決定過程や事業実績を検証することができるよう、文書の作成を義務付けている。閣議や閣僚らで構成される会議の決定のほか、法令の制定や改廃、その経緯などが対象となっている。

デジタル庁の担当者は「公文書管理法に定める意思決定に至る過程として、連絡会議の議事録を作成し、開示している」と説明。「大臣間の協議は適時・適切に行われており、記録はない。総理への報告は、連絡会議の報告をしたものであり、特段の記録はない」と答えた。
厚労省の担当者は「首相への報告はあくまで報告なので記録はない。大臣間で協議や報告、確認の作業はしていると思うが、我々が保有しているものは開示請求で示した通り」と話した。

◆内閣府「個別の判断は各省庁に」

公文書管理法を所管する内閣府公文書管理課の担当者の話
「合理的な跡付けや検証にどのような文書が必要かは、公文書管理法や行政文書に関するガイドライン等に則って規定がある。規定では、大臣間のやりとりであっても、事務事業の実績で残すべきものや、必要な意思決定過程は文書にしなければならない。ただし、個別具体の判断は各省庁に任せている」

◆河野デジタル相「関係省庁で議論の上、決定」

東京新聞は、現行保険証の廃止決定に関わった当時の3大臣に、どのような協議があったのかを尋ねた。
河野氏は8月末の閣議後会見で、「マイナ保険証のメリットを早期に多くの方に体験してもらうため、政府内、関係省庁で議論の上、決定した」と述べた。
当時厚労相だった加藤勝信氏は、自民党総裁選への出馬を理由に「今は回答が難しい」。総務相だった寺田稔氏は「お答えできない」とのことだった。

◆専門家「国民への説明責任果たしてない」

公文書管理に詳しい山口宣恭弁護士の話
「保険証廃止はマイナンバー法や医療保険各法の運用に関わるものであり、大臣間や省庁間の協議は公文書管理法の趣旨に照らして文書作成の義務がある。ましてや保険証廃止の影響は、国民皆保険制度の下で国民全体に波及するもので、その決定過程を残すのは重要だ。政府が国民への説明責任を果たしているとは言えない」
    ◇
<シリーズ「検証マイナ保険証」>
現行の健康保険証の廃止には、いまだに不安や疑問の声が聞こえます。本紙は「検証マイナ保険証」と題して、マイナ保険証一本化への課題や利用者の声を伝えていきます。
マイナ保険証に関するご意見や情報をお寄せください。メールはtdigital@chunichi.co.jp、郵便は〒100 8505(住所不要)東京新聞デジタル編集部「マイナ保険証取材班」へ。
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