もともと1980年代には「オタク」という言葉は男のアニメファンや鉄道マニア、SFマニア、同人誌活動をしている一次創作・二次創作の作家たちを中森明夫がバカにして使い始めた言葉なので、出だしのところからメールジェンダーと強く結びついた語彙だった。それが1983年頃。一方で1980年代初頭には雑誌「JUNE」を中心としてフィメールジェンダーの一次創作・二次創作が盛んに行われるようになっており、今で言う「BL」はこの辺りが直接のルーツ(外国文学のブロマンスから繋がる流れもあるが)。彼女たちの文化は「やおい」と呼ばれてメールジェンダーの「オタク」とは区別されていた。批評・評論も盛んに行われていて、中島梓の『コミュニケーション不全症候群』(1991)、それに上野千鶴子、樋口恵子、白藤花夜子(藤本由香里の別名義)など当時のフェミニズム論壇の中心人物たちが編集委員として関わった「ニューフェミニズムレビュー」でも女性の「やおい」は紙幅を割いて論じられている。そうした歴史を無かったことにしてアニメやマンガの批評をメールジェンダーのためのものだったとするのは歴史改竄ではないのか?