一条の「意外な一面」
彼が初めて、大阪市議会議員選挙(西成区)に立候補したのは79年である。以来4年ごとに出馬し、落選を続けていた。統一地方選挙(前半)が91(平成3)年4月に迫っていた。釜ケ崎で大規模暴動が起きてから半年が過ぎようとしていた。
屋台で一条と居合わせたころ、稲垣は選挙の推薦人を探していた。これまでも彼は、自分の活動を理解してくれる著名人に推薦人になってもらっていた。過去には西ドイツ(当時)から釜ケ崎にやってきて、断酒のための活動をしていたキリスト教の指導者や、作家でタレントの中山千夏に支援してもらっている。
91年の選挙を前に稲垣は、知名度が高く、この街の男性に人気のある一条に声を掛けた。
「次の選挙で推薦人になってもらえへんかな」
彼女は、「いいですよ」と気持ちよく引き受けた。「炊き出し」活動を通して、稲垣を知り、「雨が降る日もカンカン照りの日も、炊き出しを続けるのは立派なことや」と感心していた。
彼女はどんなに忙しくとも、選挙では投票を棄権しなかった。若いころから、創価学会に加わり公明党を支持していた。一方、釜ケ崎では教会の日曜ミサにも参加している。稲垣から要請を受け、地元の候補者である稲垣を応援しようと思ったのだろう。