多額の税金が投入されているラピダスは、事業の厳しさをかねてから指摘されてきたが、実際はどうか。ベテランの半導体エンジニアが解説する。
2021年の半導体不足から始まった半導体狂想曲で、日の丸半導体政策の中心にあるラピダス。同社について多くの報道がなされているが断片的な内容も多く、その全貌を正しく理解していない人が報道側も含めて多いようだ。
多額の国費も投じられ、その是非も問われるラピダスについて、本稿では現時点でできる限り同社の採算性を試算するほか、ビジネスモデルや課題について指摘したい。
なお、ラピダス設立の背景や現在の国策としての枠組みは「最先端半導体の国産化を狙う『ラピダス」』の背景」で説明しているが、改めて概要を説明しておきたい。
ラピダスは創業個人株主12名とトヨタ、ソニー、NTTなどの大手企業8社からの出資で資本準備金を含め73億円あまりの資本金等で運営されている。よく勘違いされているが現在累計で9200億円の資金が手当てされている最先端ロジック半導体の製造技術開発費用はラピダスへの補助金ではなく、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の基金からラピダスに対する委託費である。北海道千歳市に建設中の工場も今年末から搬入が始まるEUV露光機などの半導体製造装置も国の資産となる。
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ラピダスの損益計算を勝手にしてみた件
現在、ラピダスは2027年第3四半期には技術移管を完了し量産開始を目標としている。この移管時期をベースにラピダス社の資金需要を含めた損益を試算してみた(図1参照)。
この試算は以下の前提条件で行った。
・5兆円の総投資額の50%を国が支援
・生産量/歩留まりの推移は筆者の経験などから仮定
・人件費について製造部門は売上原価に、研究部門は研究開発費で計上
・売上原価はウェーハ1枚当たり25万円と仮定
・税収は仮計算値。実際は法人税の繰り越し欠損金があるため、納税は先に延びる
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本試算は筆者が考えるベストケースでのシナリオであり、多くの不確定要素を含む。ただ、この試算からわかるポイントは以下の4点である。
経営者目線で言うと歩留まり70%を超えてくる2030~2031年や、初回の設備投資の減価償却が終わる2033年を目安に次の第3棟、第4棟の建設を計画したいところである。
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ラピダスの半導体は誰が買うのか?
前項は数字遊び的な内容であったが、問題は誰がどのような目的でどれだけラピダスの半導体を買ってくれるかである。これはラピダスが継続的に収益を出せるビジネスモデルをつくれるかに直結する話だ。
そこで、まずは前提となるウェーハ価格と半導体チップ価格の関係について簡単に説明したい。
表1は2nmノードで生産された300mmシリコンウェーハ1枚の価格を300万円と仮定し、チップサイズと歩留まりとを考慮したチップ単価である。
チップサイズが400㎟とした場合、1枚のウェーハからは取れるチップ数は約145個である(実際はチップ形状により多少の収差がある)。歩留まりが80%の場合、チップ単価は2万5862円となり、ユーザーが100万個の半導体チップを必要とすると260億円弱である。
問題となるのは歩留まりが目標に到達しない場合である。実際に半導体ファウンドリー(受託製造)は通常ウェーハ単位での契約であるため、想定していない歩留まりの場合その費用をどちらが負担するのかが課題になってくる。また100万個のチップ製造に必要なウェーハ枚数は歩留まり80%で8621枚である。
ウェーハ生産枚数が月産4万枚つまり年間48万枚の場合、400㎟の半導体チップ100万個を必要とするユーザーを56社確保する必要がある。一方でアップル社のiPhoneを例にすると、スマホ年間販売台数は2億台、使われている半導体チップサイズが100㎟で計算すると必要となるウェーハ枚数40万枚でありアップル1社だけで工場の年間需要はほぼ満たすことができる。
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ラピダスは多品種専用生産なるものを掲げており、スマートフォンのような大量生産は念頭にないようだ。したがって工場需要を満たすためにはおそらく小口の顧客を多く集めるか、「多少」高くても半導体チップを購入してくれる太客を確保する必要がある。
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今後のラピダスの課題
必要・十分・ゼッタイ・至上の条件はパイロットラインで実際に動作する半導体デバイスが製造できることをラピダスが証明することである。これが証明できないことには話は一歩も進まない、逆に歩留まりが悪かったとしてもデバイス製造できることが証明できると、今は様子見をしている潜在的な顧客もラピダスに注目することだろう。
いつの時代でも強すぎる出る杭は打たれるものであり、TSMCのセカンドソースを求める声は少なくない。初期段階では株主であるNTTやデンソー、技術供与元であるアメリカIBM、技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)とエッジAIアクセラレータを共同開発しているカナダ・テンストレント(本社はアメリカ・テキサス州)などが顧客となるだろう。実績を積み重ねて、歩留りを向上させることで一定数の顧客を確保する可能性はあるだろう。
ただし、TSMC、インテル、サムスン電子との先端ロジック製造チキンレースに参入した以上、開発投資を止めることはできない。冒頭で説明したように売上利益による直接納税よりも開発・設備投資を優先させる必要がある。
また、今回示したような事業性に関する試算はラピダス起業時には行われているべきであるので、おそらく経済産業省も採算性が厳しいことを理解したうえでプロジェクトを始めたはずである。逆にこのような試算が行われていなかったとしたならば、それこそ税金の無駄遣いと言われても仕方がない。
先に示したようにラピダス事業単体による税金の回収は非常に厳しい。とはいえ、近い将来のデジタル田園都市構想の基幹技術である光電融合デバイスやAIサーバー向けデバイスの国内製造、先端製造技術が国内にあることによるデバイス設計を含めた人材育成など、日本にラピダスがあることによるメリットを考慮し、国側は適切なタイミングで適切な判断を行い、これまでの国策プロジェクトであったような中途半端な判断をしないことを期待する。
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