#映画事故 空いた映画館で「となりのトトロ」→「火垂るの墓」の順に観てロビーに出たら、節子くらいの女の子を連れた母親がしゃがみ込んで立てなくなっていた。 女の子はよく分からない様子で、母親の頭をなでていた。
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@woody_honpo
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芦原妃名子の漫画のドラマ化におけるトラブルの件は、そもそも原作者が最初に提示した条件が、ほとんどドラマ化を拒否していると言って良いほど厳しいものなのだが、プロデューサーは「OKを取ってしまえば、なんとかなる」と安易に考え、脚本家に原作者の意向をちゃんと伝えていなかったのではないか。
黒澤明は「日本人を小さくしたのは江戸時代であり、戦国時代までの日本人は大きかった」と力説していた。黒澤明は、趣味と実益を兼ねて武士の甲冑を集めていたが、戦国時代の甲冑は大きくて、当時の武将には180cmくらいはざらにいたらしい。 それが、江戸時代に入ると次第に小さくなって行くそうだ。 t.co/giA8tjB3MR
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英語の資料によると、アラン・ドロンはインドシナ戦争最大の激戦、ディエンビエンフーの戦いに行っている。 17歳で入隊したが素行が悪く、備品の窃盗で逮捕され、除隊を免除する代わりに最前線に送られたのだ。アラン・ドロン19歳。 この時のことはあまり語りたがらなかったという。地獄を見たらしい。
脚本家・荒井晴彦の「つまらない原作を面白く、面白い原作をさらに面白い映画にしようと思っているだけなのに、原作者は脚本に赤を入れてくる」というシンポジウムでの発言が批判されていたが、宮崎駿は(直接、そう口にしなくても)正に、そういう考えで原作を改変して来た作家だと思う。 押井守も。
『風の谷のナウシカ』はジブリ作品ではないし、プロデューサーは鈴木敏夫氏ではない。ナウシカのプロデューサーは高畑勲氏。 制作スタジオ、トップクラフトの社長は原徹氏。原徹氏は『おもひでぽろぽろ』までジブリの社長だった。 最近、どうも勘違いしている人が多いので、念のために呟いておきます。
日本のTwitterのアカウント凍結基準が「何だか変」であることがBBCで報じられたと思ったら、何とliteraのアカウントが凍結。literaがネットメディアとして特に悪質とは言えないだろう。明確に反安倍政権であるけれど。 そもそも、メディアのアカウントを凍結するのが異例では?
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ただ、それだけではなく、日本の映画・ドラマ界に昔からある「脚色という技術の軽視」という風土の影響もあるだろう。 日本では、脚色をオリジナル脚本より「低い仕事」と考え、脚色の際に、脚本家が自分のオリジナリティを付加したがる。 そして、原作を大胆に改変した脚色が高く評価されたりもする。
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その結果、「小説や漫画などの、異なる表現形式による原作の"本質"を映像という表現に移し変える、脚色という技術」が、確立しないまま、ここまで来てしまったのではないか。 米国の映画賞では、脚色とオリジナル脚本を別のものとして評価するのだが、日本もそうすべきだと思う。
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@woody_honpo
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日本の映画文化が衰退した理由の一つは、原作を巧みに編集し映像にアダプトする「脚色」という技術がきちんと評価され、承継されて来なかったことにあるのではないか?今からでも、主要な映画の賞では、オリジナル脚本と脚色を分けて評価すべきではないだろうか。
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「まあだだよ」を作った時は、当時の実際の背広を集めたが、みな小さ過ぎて、仕立て直さないと今の役者は着られなかったそうだ。 黒澤明は、鎖国をした江戸時代の300年が日本人をあんなに小さくしてしまった。だから僕は江戸時代は好きじゃない。…と語っていた。
「もののけ姫」が米国で公開された時、多くの批評は「善も悪もいない」構造を称賛していたが、ある批評が「安易に相対化することで悪を裁くことから逃げている」と批判していた。 当時はその批評に反発したのだが、それが心の奥にずっと引っかかっている。
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@woody_honpo
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逆に、劇場版「ナウシカ」の初公開当時は原作を単純化したことが不満だったのだが、今はそのシンプルさと率直さを評価したい気持ちが強い。 漫画版「ナウシカ」の後半の登場人物達のセリフって、私には「深い」よりも「カッコつけて幼稚」に思えるんですね。 これは、ずっとそう思っていた。
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『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミは「ロジャー・コーマンは山師みたい見えるが、演出についての金言を何度も貰った」と語っていた。 ロジャー・コーマンの言葉① 「演出するにあたっては根拠もなく、ただカメラを動かすべきではない。しかし、常にカメラを動かすことを考えて、その根拠を探せ!」
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ジブリの歴史から原徹氏の功績が過剰に消されている気がする。 原徹氏が『ナウシカ』の制作を引き受けなければ「国民的作家」となる宮崎駿のキャリアもジブリの成功もなかったのでは?全て鈴木敏夫氏がやったかのようになっているが、ジブリを軌道に乗せた経営者は原徹氏ではないのか。 釈然としない。
宮崎駿は本人も言っているように「転向」したと思うんですね。 その点はこれから考えて行きたい。 「風の谷のナウシカ」は漫画版こそ本物という意見が一般的で、私もそう思って来たのだが、漫画版の後半は、宮崎駿が「新自由主義に陥落する軌跡」ではないか?と最近評価を変えた。
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橋本忍は「つまらない原作を脚本で面白くしてやってるんだ」とハッキリ発言していましたね。 日本の脚本界にはそうした考え方の伝統があります。 それは「脚本家にとって、原作は自ら選ぶのではなく与えられる場合が多い」という問題があると思いますが、橋本忍は自ら選んだ原作にも、その態度でした。
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この経験が、アラン・ドロンに、単なる二枚目俳優とは違う陰を与えたのではないか。 彼は甘いルックスの二枚目であると同時に、銃を日用品のように自然に扱う、暗黒街の住人が似合う俳優でもあった。
『フォレスト・ガンプ』は「価値観が古くなった」のではなく、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と共に、レーガン政権以降の米国の保守回帰の流れに乗り「カウンターカルチャーの否定」「保守的道徳観の復活」「反知性主義」をソフィスティケートして提供する、という明確な戦略の上で作られていた。
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橋本忍は『砂の器』の脚色などでそれを実行していたとも言えるのですが。 『砂の器』の小説は、松本清張としては余り良い出来ではなく、映画の成功は(好き嫌いは別にして)ほとんど橋本忍の脚色に依存しています。 あの映画は、橋本忍の世界ですよね。 松本清張の世界は、あんなにウェットではない。
ドバイ万博日本館。外国向けジャパネスクのみで、最新科学や技術の影は全くない。もう日本はそういう国ではなくなったことがよく分かる。 着物とガンダムの国。
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恩地日出夫が監督し須田正己が作画監督を務めた『地球へ…』は、失敗作のよう言われることが多いが、極端に少ないカット数、長回しの多用、実写的なカメラアングル、ユニークなメカデザイン等、実写の監督である恩地日出夫のこだわりに須田正己が良く応えていて、再評価されるべき作品だと思う。
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ロジャー・コーマンの言葉③ (作品をヒットさせるには)「悪役を主人公よりも魅力的に描くんだ」 「そして、エンターテインメント作品であっても、中に反体制的なメッセージを込めろ。ただしチョットだけな」
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原徹は東映動画で『ホルス』の制作だったが、ホルスの興行的失敗で東映を退社することになった。 その後、合作アニメプロダクション、トップクラフトを立ち上げ『ホビットの冒険』や『ラストユニコーン』などのファンタジーアニメを制作。 奇しくも『ナウシカ』で宮崎駿、高畑勲と再び組むことになる。
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ロジャー・コーマンの言葉② 「目だよ!観客は目から映画を見るんだ。観客の目を楽しませなければ、彼らの脳に入り込むことなんて出来ない。すべてのカットで観客の目を楽しませる工夫を凝らせ。彼らに『この画面は前にも見たぞ?』と思わせるな!」
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映画プロデューサーの奥山和由が「富野由悠季が億万長者にならない日本はおかしい」と言っていたが、これだけ(21世紀の今も)ガンダムで商売しまくっているのに、富野由悠季には殆どお金が入らない。一瞬は「天下を取った」日本が急激に衰退した理由の一つは、間違いなくこの「構造」のせいなのでは?
豊崎由美氏がTikTokの書評を批判した件で、豊崎氏に理解を示す小説家が見当たらない(同じ批評家の町山智浩氏は同情していたが)ことに衝撃を受けた。 今の作家には、批評に価値を見出しその専門性に敬意を払う者がいないのか。 これは出版業界が、経済的な衰退に伴って知的にも衰退したということだ。
ハーラン・エリスンの翻訳作品が少ないのは、彼が「日本の出版社の提示する金額は安すぎる」と契約したがらなかった為だ。ハーラン・エリスンには作家や脚本家の権利を守るために戦い続けた側面がある。「ターミネーター」を自作の盗作だと訴えたのもその一環で、ずっとそうした戦いを続けていたのだ。
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「安易な相対化で悪を許す」ことこそ、日本を腐敗させ、凋落させた元凶ではないか?と自省も込めて思う。 悪を裁くことから逃げて来ただけなのに「善悪二元論に陥らない、複雑なオレ」にピエロ的に酔いながら、没落して来たのではないか?この国は。
ハーラン・エリスンは英語に翻訳された江戸川乱歩の短編集に感銘を受けて「これこそ私の理想。私はSF作家なんかじゃない。こういう作品を書きたいんだよ」と語っていた。「暴力と幻想とエロス」が融合した乱歩の短編にシンパシーを感じたのだろう。乱歩は英語が堪能なので、英訳にも積極的に関与した。
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「悪を許さない」というのは、他者を裁くだけでなく、自分の中の悪の要素と向かい合い、それを超克しようとする精神的営為ではないのか。 悪を相対化したがる人間は、自分の中の悪を許したがっているだけではないのか。
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逆に、劇場版「ナウシカ」の初公開当時は原作を単純化したことが不満だったのだが、今はそのシンプルさと率直さを評価したい気持ちが強い。 漫画版「ナウシカ」の後半の登場人物達のセリフって、私には「深い」よりも「カッコつけて幼稚」に思えるんですね。 これは、ずっとそう思っていた。
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バンダイが日本サンライズを買収した時、富野由悠季は「その目的がガンダムの権利である」ことと、しかし「買収について富野由悠季には全く知らされなかった」ことの2つに大きなショックを受けたそうだ。 ガンダムの権利について、富野由悠季は関係ないってことなんだよね。これが日本のクリエイター。
漫画(や小説)と映像作品の違いを根拠に、原作者のドラマ化への介入を否定する人もいるが、それは「オリジナリティ」というものへの軽視としか思えない。 原作者が自分の作品を守るために戦うのは当然のことだ。 「それが嫌なら、オリジナル脚本でやれ」と言う他はない。
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エンタメ放浪者 ウディ本舗
@woody_honpo
芦原妃名子の漫画のドラマ化におけるトラブルの件は、そもそも原作者が最初に提示した条件が、ほとんどドラマ化を拒否していると言って良いほど厳しいものなのだが、プロデューサーは「OKを取ってしまえば、なんとかなる」と安易に考え、脚本家に原作者の意向をちゃんと伝えていなかったのではないか。
この反応には驚いた。 記事を読んだと言いながら、批判に対する謝罪も反論もなく「貴方こういう原画を贈りましたよね」と間接的に貶めるとは、表面は丁寧だがかなり恫喝的で嫌味ではないか。 佐藤秀峰氏のブログを読んだ時は「撮影前の集中している時だからね…」と同情したが、本当に嫌な人なのだな。
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ORICON NEWS(オリコンニュース)
@oricon
「記事を読みました」伊藤英明、『海猿』原作者から贈られた原画添え思いつづる「僕にとって一生の財産」 oricon.co.jp/news/2313132/? #伊藤英明
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漫画版「風の谷にナウシカ」は、4巻までは何度読んでも素晴らしいのだが、5巻以降は初読の時から何か釈然とせず、終盤に向かうほど作品に入り込めなくなる。 何度読んでもそうだ。 宮崎駿は「問題を複雑化し深化」させているつもりだろうが、次第にこれは「妥協とゴマカシ」ではないか?と思えて来た。
私は「ジブリは好きだが鈴木敏夫は嫌い」な人間であり、鈴木敏夫という人物は過大評価されていると、ずっと言い続けて来たので、こうした醜聞も意外ではない。 かつて、ジブリの制作部門を解体し、全アニメーターを解雇した鈴木敏夫氏がやっていることが、これなのだ。
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週刊女性PRIME
@shujoprime
ジブリ生みの親・鈴木敏夫氏がタイ人女性にベタ惚れで内部崩壊! タイで公認レストラン経営、未経験で写真家に起用、社長を更迭、公私混同すぎる驚きの振る舞い : jprime.jp/articles/-/273 #文化人 #ジブリ #アニメ
『ナウシカ』が制作されていた頃、私は雑誌の制作ルポなどを熱心に読んだが、金田伊功やなかむらたかし等の外部から招聘したスターアニメーターに比べて、トップクラフトのアニメーターは扱いが軽いな、と感じていた。 近年、当事者の人が「大部屋扱いだった」と回想していて、やはりそうか…と。
『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』で重要な人物は、美術の小林七郎だ。押井守は小林にレイアウトを教えられたと語り、その後のレイアウト至上主義とも呼ぶべき演出スタイルの出発点となった。出崎統の全作品や『カリオストロの城』を手掛けた小林七郎の重要性はもっと認識されるべきだろう。
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日本の映画文化が衰退した理由の一つは、原作を巧みに編集し映像にアダプトする「脚色」という技術がきちんと評価され、承継されて来なかったことにあるのではないか?今からでも、主要な映画の賞では、オリジナル脚本と脚色を分けて評価すべきではないだろうか。
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小林七郎は見事なレイアウトとクリアな色彩で鮮烈な空間を作り出す美術で細かく描き込むタイプではない。アニメ美術には余り描き込まない「前に出る美術」と細かく描き込む「奥に広がる美術」があるが、近年は後者に比べ前者の評価が低過ぎると思う。絵なのだから、細かければ良いというものではない。
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「せっかく盛り上げてくださっている(売上に貢献してくれている)のに、水をかけるな」と、ほとんどの作家が唱和しているのに驚いたよ。 それだけ、売れていないんだろうな…小説。貧すれば鈍するって、これですね。